〈論説〉ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続
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(2) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. のような)法が成立してきている。すなわち息子および娘は双方とも, 父がドイツ人であれヴェンド人であれ,(母がドイツ人であれば)ド イツ人の母が従う者に従う。しかしヴェンド人の女性の子供は,父が ヴェンド人であれば,父に従う。しかし彼がドイツ人であれば,彼ら は母に従う。」(ラント法3・73・2)。. 前者の3・62・3では,ザクセン地方の2大司教区の一つがマクデブル ク大司教区であること,後者の3・73・2では,マクデブルク大司教ヴィ ヒマン(Wichmann von Seeburg:1152―92年) の時期以後,息子も娘 も,その母親がドイツ人であれば,その母親の法に従うという「法」が成 立したということ,が記載されている。後者の条文で規定されている「法」 とは,マクデブルク参審人によって法教示または法判告として下されてい る法であろう。なぜなら,著者アイケ・フォン・レプゴウにせよ,または ―この3・73・2は,訳者によれば,著者アイケ・フォン・レプゴウに よって記載されたものではなく,後に,おおよそ1 270年代以降に別人に よって書き加えられたものとされるから ―この法書の編纂に関わった別 人にせよ,彼らも参審人として活躍していたとすれば,彼らがマクデブル クの「法」として認識していたのは,彼らと同じ参審人であるマクデブル クの参審人(以下,マクデブルク参審人と記載する)の法教示や法判告で あったと考えても不自然ではない,からである。両者の間には―オストファー レン(Ostfalen)地方を中心とする同じ法圏の中にあると言ってもよい程 の―地域的な近接さもある。 無論,広い意味でのマクデブルク「法」には,マクデブルク参審人によ る法の他に, マクデブルク市参事会(Rat)によって制定された自治制定 法(Willkr)である, マクデブルクの都市法もあるが,この都市法はこ こで言う「法」ではないであろう。13世紀後半までの時期であれば,マク ─ ─ 44.
(3) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. デブルクの自治制定法は,未だ,これまでの慣習法である相続法の法原則 を修正しうる程の発展を示していた, とは思われない。マクデブルクの 「法」がマクデブルク参審人の法教示や法判告であったとすれば,彼等参 審人が,ザクセンシュピーゲル・ラント法の編纂に際して,後者の法素材 として,彼らの法教示や法判告を実質的に提供していた,ということにも なる。 既に筆者の前稿「14・15世紀のマクデブルク法による裁判― F・エーベ ル編『マクデブルク法』に依拠しつつ―」 (『近畿大学法学』 ,第62巻第1 号)においても言及したように,マクデブルク参審人の法教示や法判告に は,ザクセンシュピーゲル・ラント法の条文とよく似た規定や,これを踏 まえた法教示や法判告が―残念ながらマクデブルク参審人たちは,それら がザクセンシュピーゲルの条文に由来するとは言っていないが―しばしば 登場する。1261年のマクデブルク参審人からブレスラウ市宛てに送られた 法教示にザクセンシュピーゲル・ラント法と同じ規定が登場するのを初め として,その後に彼らがマクデブルク法都市に送付した法教示と法判告に も,子細に検討すれば,多くのザクセンシュピーゲル・ラント法―ザクセ ンシュピーゲル・レーン法も含めて―の条文に含まれる法および訴訟の原 則が管見される。従って,マクデブルク参審人たちも,ザクセンシュピー ゲル・ラント法が公にされると,13世紀半ばにはこれを自家薬籠中の物と するようになったのであろう。上述のように,その中に自分たちが下した 法原則も含まれているのであるから,マクデブルク参審人がザクセンシュ ピーゲル・ラント法に対して親近性と簡便性を覚え,これに依拠するよう になっていったとしても不思議ではない。しばしば人口に膾炙しているよ うに,ザクセンシュピーゲル・ラント法はマクデブルク法を通じて東欧へ と普及したと言われるが,その理由の一つはまさにここにあったのではな かろうか。 ─ ─ 45.
(4) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. 筆者の前稿の主たる目的は,マクデブルク法による裁判が一体どのよう なものであり,それはどのようにして行われたのかを論じることであった。 残念ながら,マクデブルク参審人は彼等の裁判手続法を体系的に編纂し公 刊することはなかったようであるから,筆者は,マクデブルク参審人の個 別・具体的な法教示や法判告を利用してモザイク的に素描せざるをえな かった。上述のように,その,かなり多くの法教示や法判告の中にザクセ ンシュピーゲルの手続原則が見出される。それゆえ,彼らの裁判の実態を 一層明らかにしようとするのであれば,我々は,必然的に,同じ慣習法の 分類に入ると言ってよいザクセンシュピーゲルの訴訟手続を概観しなけれ ばならない,ということになるのである。 周知のごとく,ザクセンシュピーゲルについては,久保正幡・石川武・ 直居淳訳『ザクセンシュピーゲル・ラント法』(創文社 昭和52年)の共 訳者の一人である石川氏によって精力的に広汎で優れた研究を発表され続 けている。 しかし,残念ながら,石川氏の膨大な研究論文の中で―その 論文中に,またはその註において言及されているものを除いて―論文のタ イトルに裁判という文字が付けられているものは多くはない。筆者の管見 する限り,「ザクセンシュピーゲルにおける裁判(権)」(『北大法学論集』, 第49巻第1号)と「ザクセンシュピーゲルにおける『正規の訴え』―同書 における rechte Gewere 概念の成立過程を再検討するための一準備作業と して―」(第5 5巻6号―第56巻第1号)だけであった。 前者の裁判権に関する論稿において,石川氏は,裁判(Gericht)という 用語がザクセンシュピーゲル・ラント法とレーン法の中でどのように使用 されているかを詳細に跡付け,そこから裁判(権)の意味と,さらには, 著者アイケ・フォン・レプゴウが裁判という用語に込めた意味を明らかし ようとされている。その結論は,ラント法に従った裁判こそが著者アイケ・ フォン・レプゴウの考えた裁判であり,レーン法に従った裁判ではない, ─ ─ 46.
(5) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. ということになるようである。筆者も,氏の仮説は,正鵠を射ているので はないかと思っている。 後者の「正規の訴え」についての論文では,同様に,この「正規の訴え」 という用語(rechte Klage, querimonia iusta)が,ザクセンシュピーゲ ル・ラント法およびレーン法,さらに後者のラテン語原本である Auctor vetus de beneficiis においてどのように使用されているかが,極めて詳細・ 丁寧に検討される。この膨大な論稿の特色を一言で言い尽くすことも不可 能に近いが,敢えて筆者の関心に引き寄せてまとめれば,「正規の訴え」 という用語がラント法による法廷についてのみ使用されており,著者アイ ケ・フォン・レプゴウは「正規の訴え」をレーン法による法廷については 使用していなかった,ということになる。この論文の副題「同書における rechte Gewere 概念の成立過程を再検討するための一準備作業として」も 示しているように,石川氏の主たる関心はザクセンシュピーゲル・ラント 法とレーン法の条文の内容をできる限り正確に確定し,そこから著者アイ ケ・フォン・レプゴウの中世法についての観念を解明することにあるよう であるから,上記のような筆者によるまとめは,この2論文の全体的な評 価ではない,ということも自明はあろう。筆者は,ザクセンシュピーゲル によれば,裁判はどのように進められることになるのか,ということを明 らかにしようと思っている。 しかし, これは石川氏の研究では中核的な テーマとはなっていないようである。 本来ならば,本稿では,裁判に関係する個々の条文とその本文を示して, これについて説明を加えなければならないのであるが,紙幅の関係もあり, ザクセンシュピーゲルの個々の条文内容を具体的にここで示すことはでき ない。読者には,ラント法については,上記の『ザクセンシュピーゲル・ ラント法』を参照することをお願いしたい。同様に,ザクセンシュピーゲ ル・レーン法の邦訳としては,石川武「ザクセンシュピーゲル・レーン法 ─ ─ 47.
(6) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. 邦訳―アウクトル・ヴェートゥスとの比較・対照をも兼ねて―~」 (『北 大法学論集』,第51巻第5号―第55巻第5号)を訳本としてお勧めしたい。 このレーン法の邦訳は未だ単行本として出版されてはいないが,Internet によってこれを閲覧することは可能である。ただし,邦訳は67・6番まで である。 その後の条文―最後は80・4番―については未完となっている (2014年春の時点) 。67・7番以後の幾つかの条文についてのみ,本稿に. おいては,試訳を付けている。 なお,訳語について蛇足的に付言するならば,本稿でのレーンという用 語は―ゲヴェーレ(gewere)と並ぶ―その適当な日本訳語を法制史家がな かなか見出し得ないドイツ語の Lehen のカタカナ表記である。 「封」と訳 されることもある。また Lehen 一語だけ利用される場合には,発音的には レーエンとなり,これを重視して意図的にレーンではなくレーエンという 訳語が使用されることもある。しかし,Lehen が他の名詞と結合する場合 Lehen ではなく Lehn,例えばレーン裁判であれば Lehnsgericht となる。 後者のような用法も頻繁に登場するから,無用な誤解を避けるために,Lehen はすべてレーンに統一し,Lehnsgericht もレーン裁判と訳しており,レー エンという表記は原則として本稿では使用しない。. 2.ザクセンシュピーゲルの内容とその構成 ザクセンシュピーゲルがラント法およびレーン法の2部分から構成され ていることはよく知られている。しかし,その内容自体は余り知られては いないから,ここで,ザクセンシュピーゲルの内容について簡略に紹介し ておこう。. ─ ─ 48.
(7) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. ザクセンシュピーゲル・ラント法 このラント法には,既に「1.はじめに」においても指摘したように― マクデブルク法や後述するレーン法も含めて―様々な種類の法が混在して いるようであり,ザクセンシュピーゲル・ラント法は,当時の色々な慣習 法の寄せ集めという様相を呈している。身分的にも,国王(皇帝)から隷 属農民まで及び,その他にも聖職者,さらには僅かであるが体僕(Leibeigene) についても言及されている。カバーする法分野も,近・現代法的な分類に 従えば,私法(民法・民事訴訟法・商法)から公法(刑法・刑事訴訟法・ 国家基本法)にまで広がっている。その広汎な内容のゆえに,そこには体 系性は感じられず,一つのトピック的な事象や法原則と,ここから連想さ れる条文が並んでいるだけで,時折それぞれ関係する条文の(数ケ条から 10ケ条程度からなる)集団が散在的に形成されているかのようである。 我々が今日目にすることのできるエックハルト(K. A. Eckhardt)版の 『ラント法』は,大きく3部(Buch)に分類され,それがさらに下位区分 され(Artikel) ,その下にこれと関係する条文(§:Paragraph)が配置 されている。 例えば,裁判所は,第1部の2番目である1・2に分類さ れ,その下位の,1・2の第1番目(1・2・1)には宗教的裁判所が, 1・2・2には世俗裁判所が,1・2・3にはシュルトハイスの裁判所が, 1・2・4にはゴーグラーフの裁判所がそれぞれ配置されている。ただし, この番号を付した分類自体は,著者アイケ・フォン・レプゴウによるもの ではないとされている。 上述のように,ラント法の全体的な特徴を体系的に指摘することは,少 なくとも現在の筆者には難しい。ここでは,裁判と関係する条文,そして, 裁判とは関係がないとしても,一つの纏まりある集団を構成しているよう に見える条文群を,例示的に指摘するに止めよう。 第1部(1・1~1・71)では,最初に―上述の宗教的裁判所と世俗裁 ─ ─ 49.
(8) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. 判所に見られるような―裁判所の種類について言及された後(1・1~1・ 2・4), 1・3・3から親族法・相続法に関係する条文が始まる。それ は,世襲財産から派生しているのであろうが―財産自体を持ってはいない という雪冤誓約についての条文(1・15・2)等 を挟みながら―1・3 3 まで続く。1・48・1~1・53・1には,決闘と関わる条文が登場する。 ここでの決闘は,言うまでもなく裁判の場で勝訴または敗訴を決する,言 わば神判としての決闘であり,私人間の私闘としての決闘ではない。 1・54に属する4ヶ条に,地代と地代義務者についての条文が配列され た後,裁判と直接関係する人々についての条文が続く。1・55・1~1・ 59・2は裁判人(裁判官)と,1・60・1~1・62・11は代言人と関係す る。1・63・1~1・65・1は再び決闘と関係する。1・65・2からは刑 事裁判手続法と追放刑の刑罰法に関する条文が1・71まで続く。ここには, 民事訴訟に関する条文(1・70・1~2)も挟まれている。 第2部(2・1~2・72・5)には,刑事・民事の裁判と関係する条文 がかなり多く存在する。ただし,その条文は,どこか特定の裁判所を念頭 に置いているのではなく,すべての裁判所に共通の,言わば普通法として の裁判手続と刑罰を規定しているように見える。3回の裁判期日とその延 期(2・3・1~2), 出頭およびその保証並びに被告による債務の支払 い(2・4・1~2・11・3)と続く。これまで同様,派生的な条文とし て裁判の禁制日の条文(2・10)が挟まれている。 この後, かなりまとまった条文の塊が続く。 判決発見(2・12・1~ 15),刑罰法(2・13・1~2・16・9),親子間での民事・刑事責任(2・ 17)である。その後,雑多な条文が続き,再び刑罰法の大きな塊が登場す る(2・26・1~2・41・2)。 この中には, アネファンクの訴え(2・ 36),家僕の行為に対する主人の責任(2・32・1~2・3 3)家畜の引き 起こした損害についての補償(2・40)も含まれているから,これらを一 ─ ─ 50.
(9) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. 括して刑罰法とまとめるのも適切ではないかもしれない。 続いて, 封臣間での所領をめぐるレーン裁判(2・42・1~2・45), 農地の帰属をめぐる争い(2・46), 放牧中の家畜が惹き起こした損害 (2・47・1~2・48・2),十分の一税(2・4 8),相隣関係(2・49・1 ~2・53), 放牧(2・54), 村法(2・5 5~2・56・3),そして少し離 れて野獣(2・61・1~2・62・3)と,農村に関係する条文が,ここで は,民事を中心とした事項毎に分類されている。 最後の2・64・1~2・72・5は刑事裁判手続法である。ただし,2・ 65の子供の犯罪行為についての条文のように,刑罰に関する条文もここに は見出せる。 第3部(3・1・1~3・91・3)は,既に第1部および第2部に登場 した事項も再び登場させており,どちらかと言うと,第3部は雑多な条文 から構成されているという印象を与える。従って,その特徴を指摘するこ とも一層難しくなる。条文の塊として,アネファンクの訴え(3・4・1 ~3・6・3), ユダヤ人(3・7) , 出頭保証(3・9・1~3・13), 追放刑(3・16・3~3・1 8・2), 他人の土地または家畜などの動産の 無断使用(3・20・1~3・22・3)が目立っている。その後の条文は, 具体的な紛争について,参審人が下した法教示や判決の中に登場する個別 的な実体法や手続法の原則を,無原則に並べているようにさえ見える。第 3部は,第2部までの条文の雑則ではないか,とも言えなくもない。 3・42・1~6には,有名な,体僕制の不当性についての著者アイケ・ フォン・レプゴウの考えが示されており,当時の慣習法を踏まえつつも, それを批判する著者の法思想も垣間見える。さらに,3・45・8には,日 雇いの極めて高額の贖罪金と人命金が規定されているが,それは実際の慣 習法ではなかったこともよく知られている。最後の3・52・1~3・69・ 3は,国王の有する最高の裁判権を前提とした封建的支配者層の裁判に関 ─ ─ 51.
(10) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. わる条文を並べている。この他にも,寡婦(3・75・1~3・76・3), 家臣による主君への抵抗権(3・78・2~9)等を始めとして,様々な種 類の条文が最後まで続いている。. ザクセンシュピーゲル・レーン法 レーン法は,封主=封臣関係に入った者,すなわち,封建支配者層に属 する者の間での法関係とこれをめぐる裁判手続を規定している。封建的支 配者層とは, 具体的には,ラント法の1・3・2が7つのヘールシルト (herscilde)を規定しているように,国王を頂点として,諸侯,フライエ・ ヘレン(vrie herren)へと下がっていく支配者層に属する者のことであり, レーン法は,この点で,様々な身分層にも言及しているラント法とは決定 的に異なる。その体系的な特徴もラント法に比べればはるかに顕著である。 レーン法の条文構成は,単純に1番から80番に区分され,その下に下位 区分としての番号が付されている。ラント法のような3部構成とはなって いない。すなわち,1番から始まり,80・4番で終了する。我々が目にし ているエックハルト版の『レーン法』では,ラント法と同様に,一部の条 文の配列が変更されており,77番から78・3番までは,80・4番の後に配 置されている。 以下においては, 個々の条文を○○条とは記載せず, 簡 略に,数字のみによって示すに留める。 最初の1~4・5は,レーン関係に入った封主と封臣のそれぞれの権利 と義務が規定されている。どの条文においても―ドイツ国王の,皇帝冠の 受領ためのローマ出陣に諸侯が随行すべきことを規定した4・2を除いて ―いずれかのヘールシルトに属する者を念頭においた,個別・具体的な, それぞれの固有の権利義務が規定されている訳ではない。そうではなく, 封主=封臣関係に入った者であれば,誰でも獲得し,そして誰でも負担す べき権利義務が規定されている。5・1~7・2は,レーンを現在授封さ ─ ─ 52.
(11) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. れている封臣ではなく,将来これを授封されることになる(と封主が約束 した)期待権者について,10・1~11・2は封臣がその所領に実際に立ち 入る占有指定について,14・1は一つの所領が複数の封主に帰属する場合 について,14・4~15・1は,封主の封主である上級封主による前者の封 臣(=彼の陪臣)への授封または授封更新について,規定している。20・ 1~22・3辺りでは封臣の息子が封を受領すること,すなわち,その受封 についても規定されている。 23・1からは,幾つかの関連する条文がそれぞれ纏まった塊をなしてい るように見える。レーンの対象となる所領をめぐる争い(23・1~2 4・3), 上述の授封更新と関連する,上級封主による授封更新または封主(=彼の 封臣)への授封の指示(25の5ケ条),未成人の封臣(26・1~29・5), レーンである所領のアウフラッスンクの禁止(30・1~32・4)等である。 興味深いのは,ここに,女性でも―おそらく成人の妻であろうが―死亡す るまでは授封されうる,という条文(31・2)があることである。それか ら, 封主による封臣への授封についての保証(33・1~34), 封臣である 父の死亡と彼の息子の相続(3 5・1~37・1), そして再び所領のアウフ ラッスンク(36~39・4)が配置されている。 40・1からはレーン裁判と直接関係する条文が目立つ。所領をめぐる2 人の封臣間での争い(4 0・1~42・2), レーン関係を否定された封臣に よる裁判での所領の取戻し(43・1~45・4)である。 その後は, 再び レーン関係一般に戻り,封主による所領の処分(4 8・1~49・2),授封 期間中の封主または封臣の死亡(5 0~51), 封臣と封主が同じヘールシル トになる場合(5 4の2ケ条),信託において授封された所領の法的性格 (5 5・1~55・8)が続く。後者の条文群には, 封主による封臣のレーン 裁判への召喚(55・2~3)も挿入されている。それから,夫婦による総 手的な受封(56の5ケ条), 封臣または女性である受封の期待権者(5 7~ ─ ─ 53.
(12) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. 78),封臣の資格のない者への封臣による再授封(59~60),裁判レーンの 授封(61の2ケ条)および家人(63の2ケ条)の規定が並ぶ。 65・1からレーン裁判での手続法が始まる。ここでの原告は封主であり, 被告は彼の封臣である。被告の不出頭(65・1~22),被告の出頭と彼の 応訴(66・1~68・13),そして判決非難(6 9の12ケ条)が規定されてい る。この後,村落の境界訴訟についての規定(70)が1条付け加えられて いるが,この69の12ケ条とともに(普通)レーン法の条文は基本的に終わ る。 71から特別のレーンとして3つの特別レーンとして裁判レーン,城砦 レーンが挙げられ,これは72・10まで規定されている。77に村長職のレー ンも規定されているが,これが3番目の特別レーンとなるのであろうか。 それから,賃貸地の授封(73の2ケ条),レーンの証明(74の2ケ条),妻 と共に受封すること(7 5の2ケ条) , 封主と封臣の間の敵対行為(7 6の8 ケ条),レーン裁判への不出頭の正当事由(79の3ケ条),上級封主によっ て,封臣が以前の封主よりも低位の封主を指示される場合(80の4ケ条) が目立つが,73以降のかなりの条文は,既に登場した事項が再度規定され ているようにも見える。最後の条文(78・1)は,授封の期間に関係する ものである。 以上,このレーン法では,封主=封臣関係にある者,およびそれをとり まく人々,封臣の妻,息子,他方では,さらに封主の上級封主も登場し, これらのすべての人々の権利義務関係とそれをめぐる争いの裁判手続法が 事細かに規定されている,と言える。. ─ ─ 54.
(13) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. 3.裁判の種類 ザクセンシュピーゲルにおける裁判 上述のように,ザクセンシュピーゲル・ラント法は,ほとんどの法分野 に及び,部分的にレーン法も含んでいる。一方,レーン法はレーン関係お よびレーン裁判での手続法のみを規定する条文を並べている。筆者の主た る研究対象であるマクデブルク参審人たちが依拠したのはラント法であり, レーン法ではない。なぜなら,都市内における法生活とレーン法とは基本 的に異なる法の世界であり,前稿でも指摘したように,レーン法は彼等参 審人の法教示や法判告には登場しないからである。従って,この限りで, 我々マクデブルク法研究者にとっては,ザクセンシュピーゲル・ラント法 を検討するだけで十分である,ということにはなる。 しかし,ラント法において取り上げられている裁判(所)の種類は実は 多くはない。前述のように,第1部の冒頭で,それぞれの身分には,それ ぞれ固有の裁判所があるということが例示的に示されているに留まる。条 文の内容について再度紹介しておこう。1・1では,皇帝(ドイツ国王) が世俗の最高の裁判権を,教皇が宗教に関わる最高の裁判権を有する,と いうことが規定されている。それに続いて,1・2・1では,具体的な教 会裁判(所)が挙げられ,参審自由人は司教の裁判所へ,プフレークハフ テン(plechhaften)は司教座聖堂首席司祭の裁判所へ,所有地を持たない ラントザーセン(lantseten)は主任司祭の裁判所に,それぞれ年3回参集 すべきことが規定されている。世俗裁判については,1・2・3~4に, 参審自由人は伯(グラーフ(greven) )の裁判へ18週毎に, すなわち年3 回,プフレークハフテンはシュルトハイス(sculteiten)の裁判所へ6週毎 に,ラントザーセンはゴーグラーフ(gogreven)の裁判所へ6週毎に参集 ─ ─ 55.
(14) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. することが規定されている。なお,この1・2・4では,フォークトの裁 判集会(vogetdinge)も言及され,ここでは村長(burmester)が犯罪に ついて弾劾するとされている。かなり後ろの方に位置する3・87・2では, 都市領域での裁判のことも言及されてはいる。ザクセンシュピーゲル・ラ ント法に規定されている裁判(所)の種類は以上である。 その次の1・3・1からは,前節でも言及したように,裁判とは直接関 係しない条文が始まっている。 従って,上記の裁判(所)―世俗の裁判 (所)―での裁判手続がどのようなものであるのか,それはそれぞれ裁判 では異なっているのかあるいは同じであるのか,についての記述もここに はない。裁判手続と関係する条文は,ラント法の3部全体に広がっており, その全体像を概観することは容易ではない。 レーン法は,封主=封臣関係に入った者,すなわち,封建支配者層に属 する者の間での法を規定しているのであるから,そこでの裁判も,封主と 封臣から構成されるレーン裁判(Lehnsgericht)のみであると言ってよ い。 しかし, レーン裁判も具体的な法廷または裁判所を意味するとは思 えない。ラント法の1・3・2には,7つのヘールシルトが規定されてい る。第1ヘールシルトに位置する国王が封臣とはなりえないこと, 第7 ヘールシルトに位置する下級貴族も同様に封臣になりえないことを除けば, その間の貴族は誰でも封主または封臣になりうることが分かる。レーン法 の規定するレーン裁判も,このような封建的な支配者層内での身分的な差 異をほとんど考慮してはいない。いずれの身分の場合も同様のレーン裁判 での手続が適用されていたと,条文を読む限り,言えるのである。 そうであるとすれば,レーン裁判は,封主=封臣関係にある人々にとっ ては,分かり易い手続法となる。実は,このレーン裁判での手続法が,ラ ント法においても同様に採録されていることもあるから,レーン裁判での 手続原則はおそらくラント法の裁判においても適用されたのではないか, ─ ─ 56.
(15) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. ということも想像される。このラント法とレーン法の裁判手続のみに限定 すれば,本質的には,両者の間に相違がないようにさえ見えてくる。例え ば,勝訴しようと思うのであれば,レーン裁判であれ,ラント法による裁 判であれ,証人―事項によっては人数の違いもあるが―による立証が必要 なのである。この裁判手続は,さらにマクデブルク参審人の法教示と法判 告―前稿と同じように,以下では判決とする―でも見出すことができる。. マクデブルク参審人による裁判とザクセンシュピーゲル ザクセンシュピーゲルの著者アイケ・フォン・レプゴウ等が描き出す中 世の裁判は,レーン裁判(レーン法),並びに教会裁判および世俗裁判(ラ ント法),のみである。 前述のように, レーン裁判はヘールシルト制から 考えると6または7種類,世俗裁判所および宗教裁判所がそれぞれ4種類 ということである。これが,中世ドイツにおける,すべての裁判(所)の 種類であった,ということではあるまい。 筆者の主たる研究対象であるマクデブルクの裁判は,マクデブルク(大) 司教の下で行われる裁判であるが,これは,ラント法の1・2・1に規定 されている参審自由人が参集する裁判ではない。1人のシュルトハイスと 11人の市民身分の参審人が判決発見人をつとめており,裁判集会参集者は マクデブルク市民,そこに訴訟当事者として登場する者の多くもマクデブ ルク市民である。ここには,マクデブルク法都市―例えば,ブレスラウ市 ―から参審人に法教示や判決懇願すべく旅してきた使者が出席しているこ ともある。つまり,この裁判は,基本的には,マクデブルク法の下にある 市民の裁判なのである。 市内には,このような裁判の他にも, マクデブルク市参事会(Rat)の 裁判もある。市参事会の裁判は,ブレスラウ市のようなマクデブルク法都 市においても行われていたと言ってよいが―時期的に十分重なるはずの― ─ ─ 57.
(16) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. ザクセンシュピーゲル・ラント法ではほとんど規定されていない。無論, 筆者は,アイケ・フォン・レプゴウが当時の,特に都市の裁判(所)につ いて十分な知識を有してはいなかった,と言いたいのではない。彼は,彼 が体験し,および重要と考えた裁判を,彼自らまたは当時の人々が図式的 に描き出していた中世ドイツの国家像―例えば,数字の1(唯一の神)→ 3(ラント法の1・1)→ 7(ラント法の1・3・1~3)およびその倍 数(ラント法の3・42・4等)―に従って,適切に配置して描き出してい るにすぎないと思われる,ということである。従って,ザクセンシュピー ゲルに登場する裁判が,現実のすべての裁判(所)であった,と理解する 必要はないであろう。. 裁判手続における訴訟当事者重視という共通性 ザクセンシュピーゲルにおいて列挙された裁判(所)についての規定を, 裁判に関係する主たる法源として,我々もまた余り重視しなくてもよいこ とについては,中世の裁判の発生過程そのものからも説明することができ そうである。ザクセンシュピーゲル・ラント法の1・1では,裁判はそも そも国王または教皇からの裁判権の授与によって成立する,かのごとく規 定されている。しかし,それが実際の有り方とは異なるのは,様々な歴史 的な事実が証明している。裁判とは,仲間内での紛争の平和的な解決方法 として自然発生に登場してきたと考える方が自然である。つまり,人間社 会が存在する限り,どこにでも紛争解決の一手段としての裁判は成立しう る。それが一定の共通の社会的な条件を備えた社会において発生するので あれば,場所や身分が異なるにせよ,制度的または機能的に同じような解 決方法が採られ,それが,次第にまたは急速に,普及することも十分に考 えられる。実は,後述するように,ザクセンシュピーゲル・ラント法にせ よレーン法にせよ,同じような手続原則―上級の権力者がその争いに判断 ─ ─ 58.
(17) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. を下すのではなく,訴訟当事者,特に被告の仲間がそれを判断するという 方法―がそれぞれの裁判に登場するのには驚かされる。つまり,裁判の歴 史とは,このような本来の裁判の仕組みが,時代が下るにつれて,次第に, より上位の権力者によって絡めとられていく歴史であった,と考えるべき ではなかろうか。権力者の命令によって裁判がそもそも始まった,という のは中世ドイツでは―例えば,開墾,都市建設を除いて―多くはないであ ろう。 中世の裁判において重要なのは,誰が裁判権者なのかではない。裁判が 開始されるのであれば,どのような判決発見人がどのような裁判手続にお いて判決を下すのかが,訴訟当事者にとっては重要なはずである。そうで あるとすれば,ザクセンシュピーゲルの示す個々の裁判(所)や裁判権に ついての記述はさし当り重視する必要はあまりない。我々は,ラント法に せよレーン法にせよ,その裁判において―共通に―適用される訴訟手続に 注目する。これは,マクデブルク参審人の法教示や判決を始め,少なから ずのドイツ中世都市法においても, しばしば管見される。ザクセンシュ ピーゲルには,現実の裁判において遍く利用されていた手続原則が採録さ れていたから,ザクセンシュピーゲル・ラント法は言わば法典の如く利用 された,と考えてよいと思う。. 4.レーン法における裁判手続 訴訟当事者(原告および被告) レーン法は,封主と封臣の権利と義務について規定している。この関係 は基本的に封臣から封主に履行すべき封建的な義務を基礎としているから であろうか,全体として,レーン法は封臣の義務およびその権利を中心に 規定し,封主については,封臣の封主であるという以上には何らの説明も ─ ─ 59.
(18) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. 加えてはいない。例えば,レーン法の2・1では,封臣となりえない者と して聖職者,女性,農民,商人,無権利で嫡出でない者,が列挙されてい るが,封主になりえない者についての規定はない。ただし,聖職者,女性 は城砦レーン等の特別なレーンを授封することはできるし(2・7) ,ラ ント法3・59・1以下によれば,俗人が司教,修道院長に選ばれる場合に は,彼らはまずレーンを受領しその後に聖職を受領するとされているから, 封主=封臣関係に入っている聖職者も存在したことになる。 さらに言えば, アイケ・フォン・レプゴウは―彼の他にも, ザクセン シュピーゲルの編纂者たちがいたとすれば,彼等も含めて―封臣側からの 視点に立ってレーン法を編纂した,という印象を受ける。多くの条文にお いて封臣は封主と同等の権利を持ち,場合によっては彼らの権利がより厚 く保護されているようにさえ見えることがあるからである。それどころか, ラント法3・78・2~9には,封主の不法行為に対する封臣の抵抗権も規 定されている。これは当時の封建制の有り方に由来するのであろう。 レーン裁判―71・1 に規定されているような特別なレーン法である裁 判レーンや城砦レーンによる裁判ではなく,70までに規定されている普通 レーン法(gemeneme lenrechte)による裁判―において,訴訟当事者(原 告および被告)として登場するのは,封主よりも封臣の方が多い。例えば, 訴訟当事者として封臣側として登場するのは,封臣自身の他に,封臣の息 子(例えば,21・3,22の5ケ条),将来授封されることが約束された―封 臣の息子ではない(71・11)―期待権者(5の2ケ条),封臣の妻(31の 2ケ条)等であり,それらの内容は詳細である。一方,封主側としては, 封主の他には,彼の上級封主が登場するのみである(25の5ケ条)。 (普通)レーン法による裁判には2種類の法廷がある。 封主が開催する レーン裁判(65・1以下), 並びに封主の封主である上級封主が開催する レーン裁判(49・1,69・6)である。レーン法が主に規定するのは,無 ─ ─ 60.
(19) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. 論,前者の法廷である。後者は,封臣が封主をその義務違反の故に訴える 裁判として,または前者の封主の法廷での判決を訴訟当事者が非難する場 (上級法廷)として登場するのみである。. 法 廷 前者の通常のレーン裁判の法廷は,どのような人々によって構成されて いたのであろうか。65・1以下では,封主が封臣を訴える場合の裁判手続 が規定されている。ただし,これは一つの事例にすぎない。原告と被告が 封臣である,すなわち,封臣間での訴訟(40・1)も,このレーン裁判に おいて扱われたと考えられる。 封主が封臣を訴えるのは,いかなる場合であろうか。42以下に具体的な 事例が並んでいる。封主が,封臣を,後者が所領をレーンとして受領する, すなわち,受封の期間を懈怠したと訴える場合(42・1), 封主が, 封臣 から,レーンとして授封した所領についての後者のすべての権利を既に剥 奪している,と訴える場合(42・2), または, 封主がその所領をさらに 第三者に授封する場合(43・1)等である。 65・3からは,封主(原告)が,封臣(被告)を召喚する手続が開始す る。封主は,ここに参集している封臣の1人に,被告を召喚することが許 されるかどうかについて判決を質問する。この質問は―後にこれについて の証人となりうるように―2人以上の封臣にも聞こえるように行われるべ きである,とされる。つまり,この場には,複数の封臣が参集しているこ とになる。この質問を受ける1人の封臣が,レーン裁判の裁判人になるの であろうか。この65・3では,その後判決が発見される,と規定されてい るだけである。この封臣が,裁判人であると同時に,自ら判決も発見する のか,あるいは,裁判人として,出廷している別の封臣(判決発見人)に 彼が判決を質問するのか,は分からない。後者の方が蓋然性は高いであろ ─ ─ 61.
(20) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. う。封主自身が裁判人を兼ねることもありうる。しかし,レーン法は,封 主が原告となるような場合に,封主が原告と同時に裁判人も兼ねる,とい うことを想像させない。この場合も,原告の席には,封主の代言人が着席 していると考えるべきであろう。 ただし, 封主ではなく, 封臣が原告と なって別の封臣を被告として訴える場合には,封主が裁判人であっても問 題はないであろう。レーン法は,封臣対封臣の裁判の事例と,封主対封臣 の裁判の事例とを明確に区別してはいない。 さて,判決発見人(封臣)による判決が出されたとしよう。この判決に 基づき,被告(封臣)が2週間後に召喚されることになる。この2週間後 の裁判期日が決定されると, これを封主も変更することはできない。被 告には,裁判に召喚された旨を送達する1人の使者が派遣される(65・9)。 被告の不出頭は,やむをえない事由がない限り,罰金に値し,彼がそれを 支払えないのであれば封主はこの被告の所領を剥奪することもできる(65・ 6と8) 。 被告が出頭しない場合, 封主は, 彼を召喚していたということ を,2人の封臣の証人によって証明しなければならない(65・3,55・3)。 なお,裁判が開始するまでは,封主は,原則として,被告(封臣)に,彼 の訴えの内容について開示する必要はない(1 8)。 後述のラント法(3・ 9・1)とは異なり,被告の出頭を被告側の関係者が保証する出頭保証は レーン法にはない。 最初の裁判期日が到来する。被告も出廷している。原告である封主も出 廷しているはずである。他には誰が出廷しているのであろうか。65・9に は,封主は,6人の封臣および被告,その召喚を送達した使者を出頭させ る,という規定がある。この条文を読む限り,法廷は,被告を除いて,少 なくとも6人または7人の封臣がいることになる。無論,法廷の場には, 多くの場合,証人となるかもしれない封臣,彼らを含めて原告被告側の関 係者,それから,裁判集会参集義務者としての他の封臣も出廷しているは ─ ─ 62.
(21) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. ずであるから(65・5), 6人または7人というのは, 審理を開始するた めに,必要最小限の人数ということになるのであろう。これは,後述する 67・10からも想像できる。こちらの条文によれば,判決発見人は3人で, その内の1人が判決を発見し,残り2人がこれに賛同する,となっている からである。代言人も―原告と被告のために―少なくとも2人は必要なは ずである。さらに1人の裁判人も封臣から選ばれるとすれば, 全部で6 人ということになるのである(使者を含めれば7人となる)。 裁判は午前中に開始される(6 5・15)。 被告(封臣)は昼までに出頭す ればよい(65・16)。当日の審理は日没とともに終了する。 審理が終了し ない場合には, 裁判は1 4日後に延期される(6 5・14)。なお裁判の場所は どこでもよいが,それは屋外でなければならず,室内,それから教会,墓 地も裁判には適してはいない(65・2と65・17)。 裁判の開始される時間―例えば,最初の裁判期日の開始時間―にもう一 度戻ろう。封主は,本日が裁判日であるか―の判決―を質問する。それが ―おそらく判決発見人によって―肯定されると,封主は続いて封臣の中か ら彼の代言人を得ることができるか,を質問する(65・10)。 訴訟当事者 からの判決質問に判決発見人が判決を発見できない場合には,裁判が2週 間延期されることになる(6 5・11)。 なお, 被告(封臣)も,原告と同様 に,自分のための代言人を獲得する(66・2)。 こうしてレーン裁判の法廷に原告と被告と彼らの代言人という訴訟関係 人が揃うことになる。訴訟当事者の代言人が封臣から選ばれるように,判 決発見人もまた封臣がつとめることになる(9・1,4・4)。つまり,原 告である封主は被告の仲間である封臣に審理の進行を委ねなければならな いのでなる(同輩裁判) 。 このような, 封臣が裁判を主導するという有り 様は, 上級封主のレーン裁判の場合も同様であろう(4 9・1)。封臣(原 告)が封主(被告)を上級封主の裁判に訴える場合,その法廷の判決発見 ─ ─ 63.
(22) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. 人になるのは封主(被告)の仲間たちである。そうであれば,ラント法の 1・1において皇帝(国王)は最高の裁判権を有しているとなってはいる が,皇帝の面前での裁判においても,判決発見人は皇帝ではなく彼の封臣 である帝国諸侯がつとめる,ということになろう。 判決発見人および代言人となることは封臣の義務である。「いかなる者 も,レーン裁判において判決を発見したり,証人および代言人となること を拒否できない。ただし,封主が封臣のために,逆に封臣が封主のために, そして親縁者が親縁者のために(それを果たすこと)はできない」 (71・ 23) 場合を除いて,である。. 審理過程 原告(封主)は代言人を介して被告(封臣)の出頭を確認する。これも 判決質問の形式で行われ,場合によっては,被告はその応答を拒否し,他 の封臣との協議を行うことができる(67・4)。 なお, 後述するように, ラント法の, 被告に対する原告の訴訟保証(2・15・1,3・14・2)は レーン法には見出せない。 次に,原告(封主)は訴えの各事項について被告(封臣)に応答を求め る。いずれの回答についても,被告は―彼の身分仲間(husgenoten)であ る封臣との(67・10)―協議をすることが許される(67・5)。被告の代 言人が応答する場合,その応答について被告本人がそれを認めるか―裁判 人によってであろうが―被告に質問がなされ(67・6),被告は大声ではっ きりと回答しなければならない(6 7・8)。 被告は協議のために法廷外に 退出することもできる(67・9)。その協議が長すぎる場合には, 判決に よって法廷に戻ることを求められる(67・10)。被告が彼の代言人の陳述 内容を認めない場合,当該代言人は被告が懇願した以外のことを陳述して はいなかったことを誓約しなければ,この代言人に封主は罰金を科すこと ─ ─ 64.
(23) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. もできる(19・1)。 封臣は,封主(原告)の封臣以外の者を伴うことを禁止され,入廷の際 に武装を解かねばならない。 さもなくば, 罰金を科せられる(67・1)。 法廷では,封臣の無作法な振る舞い(鼻かみ,唾吐き,あくびなど)に罰 金が科せられたようである(68・7)。封主の許可なく着席することも禁 止される(68・11)。. 筆者は,この後の審理がどのように進められ,そしてその判決に至るの か,についての規定した条文をレーン法に見出すことができなかった。原 告の訴えが正当で適法であったとしても,被告がこれに反論することも少 なくなかったはずであろうが,多くの条文は,原告の訴えとその証明方法 を規定しているだけであり,被告が原告の訴えに反論することを想定して はいない。 例えば,40・1~2は,所領について,それは自分のものであると争う 2人の封臣の争いを規定している。ただし,この場合,2人は同時にそれ が自分の所領であると主張しており,その一方が原告として訴え,これに 対して他方が反論するという形態とはなっていない。この争いは,当該所 領の農民の証言によって決するとされている。 14・2にも,原告の主張および被告の反論と読めそうな条文がある。 封臣(原告)が彼の所領は封主(被告)とは別の第三者から授封されたと 主張しても,封主(被告)が,それは彼が授封した所領であると証明でき るのであれば,彼が勝訴する,という内容である。この条文のみから,封 臣(原告)が彼の主張の根拠となる受封を証人によって証明していたかど うかは分からない。おそらく封臣はこの証明に失敗していたのではなかろ うか。この封臣による証明の失敗を受けて,封主(被告)が彼の授封を証 明すれば,彼の勝訴となると理解すべきであろう。 ─ ─ 65.
(24) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. これは上記の67,さらには65の裁判に関する条文から想像がつく。65・ 10でも,封主は,当該日が裁判期日であるか判決を質問し,これについて 判決回答がなされる,と規定されている。このように,審理のいずれの段 階においても,それぞれの訴訟行為について,その都度判決発見人の判決 質問がなされている。例えば,原告が訴えを陳述した後,それが適法かど うか,そしてその後何をすべきであるかを質問している。そうであれば, この14・2においても,原告が彼の主張―とその証明―の後に,原告はこ の後どうすべきか,またはこれは適法かどうかを,判決発見人に判決を問 うていたはずである。原告(封臣)が,彼の主張を根拠づける事実を証明 しうるならば,間違いなく勝訴になるはずであるから,ここでの原告(封 臣)は,彼の所領が別の封主から授封されていたことを証人によって証明 できなかった,のではなかろうか。そこで,被告(封主)が―ここ14・2 では原告となって―それが彼の所領であったことを証明すれば,判決発見 人によって―正式には,裁判人からの判決宣告によって―勝訴を被告(封 主)は得るということになる。これによって一つの審理は完了することに なる,という訳である。14・2の規定もこのように理解すべきであり,原 告と被告の応酬を想像しなくてもよい。なお,判決に至るまでに少なくと も3回の裁判期日は必要である(59・2)。 このような理解が成り立つとすれば,レーン法の手続法では,原則とし て,原告の訴え(およびその立証)について,それが適法であるかどうか を判断するための訴訟手続の原則が個別具体的に規定されている,と言っ てよい。つまり,原告の訴えと被告の反論(=訴え)という―場合によっ ては複数回にも及ぶ―応酬の後に,判決発見人が,言わば終局判決を下す, という段階にまでは未だ至っていなかった,と言うべきである。ここでの 裁判での判決は,原則的に証拠判決または中間判決である,ということに なる。 ─ ─ 66.
(25) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. レーン法に収録されている条文は,最後の証拠判決―実質的な終局判決 ―が下された後に,勝訴した訴訟当事者が敗訴した相手方に対して何を請 求しうるのか,ということを規定しているにすぎない。68・10では,罰金 と贖罪金は14夜以内に支払うべきであることが規定されている。封臣の罰 金額は10ポンドとされ(68・8),贖罪金は被害者の身分によって異なる とされる(68・9)。その具体的な贖罪金の金額はラント法の3・45・1 にある。 被告である封臣が敗訴となれば,彼の所領は彼から剥奪され,原告であ る封主に帰属する。ただし,被告には6週間内に自ら引き付ける―おそら く,それが自分の正当な所領であることを主張する―ことが許されており, これを懈怠すると彼は所領についてのすべての権利を失い(5 9・2),所 領をレーンとして再度授封してもらうこと―すなわち,授封更新(volge) ―を懇願することもできなくなる(59・3)。 ただし, これについて封臣 はどうやら封主の上級封主のレーン裁判において授封更新について訴える ことも可能であるようである(5 9・4)。 これは後述の判決非難の1例で もあろう。 判決に至るまでに,審理は,上述のように,3回の裁判期日を必要とす る,しかし,そうではあっても,それは3という数字から連想された一つ の目安としての裁判期日の回数ではなかろうか。実際の裁判では,延期等 によって3回では未だ判決までには至らないか(6 6・4), 全く逆に第3 回目の裁判期日を待たずに判決に至ることもあった,と考える方が自然で あろう。. 証 明 ① 証 人 原告は,彼の訴えを証明によって根拠付けなければ,勝訴を得ることは ─ ─ 67.
(26) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. できない。レーン法によれば,この場合の証明は人証によることが基本原 則のようである。 書面等の書証―国王の書面(7 2・1) 等の例外を除い. て―は見当たらない。臣従礼,授封行為を始め封主と封臣の間の法律行為 には必ず立会人を伴っていたからであろうか,ほとんどの証明は証人によ るとされている。このような人証についての規定は,残念ながら,レーン 法のどこか一か所に纏められてはおらず,それはレーン法の全体に広がっ ている。 証人は,中世ドイツにおいては,一般的に,事実または行為を見聞した 証人と,彼(ら)の依頼人が良き人格の持ち主であることを証言する証人, に分類できるようである。レーン法に登場する証人の多くは前者の証人で ある。例えば,5・2では,封臣は,彼の所領がレーンであることを,こ の事実を知っている他の封臣の証言によって証明することができる,とさ れている。 レーン裁判において証人となりうる者は,封主に対する忠誠義務を果た している者である(2・4,3,71・20)。 ただし,封主から授封された その所領は,5シリンク以上の貢租が得られる1/2フーフェ(Hufe)以 上の所領でなければならない(12・1)。逆に証人となりえない者は,レー ンを受封することのできない,聖職者,女性,農民,商人等のレーン無能 力者(2・2),破門,追放,拘束されている者(12・2),それから未成 人の封臣である。21歳に満たない封臣は第三者のための証人にはなりえな い,のである(26・4)。 証人の人数として登場するのは2人または6人である。前者は,しばし ば「自らを含めて3人」と表記され,後者は同じく「自らを含めて7人」 と表記される。上述のように,大半の法律行為には必ず立会人を伴ってい たからであろうか,証人は,履行された法律行為または事実についての証 人である。 ─ ─ 68.
(27) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. 6人の証人が必要な場合については13・1に規定がある(ラント法2・ 22・4)。それによれば「人はそのために2 1人の封臣に証言を問うことが できる(dar mut men wol enen unde twentich man umme den tuch vragen) 」とされている。因みに,この事例も,封主が,封臣が有してい る所領は彼が授封したレーンではない,として否認するというものである。 おそらく,この所領はレーンであるとする封臣が,この法文の主語である 「人(men) 」になるのであろう。つまり,封臣は,裁判に出席している他 の封臣に,おそらく,順に一人ずつ自分の証人となってくれるかどうかを 尋ねていく,ということであろう。幸いにして6人の証人をこの封臣が得 る場合には,彼は単独誓約とともにこの所領をレーンとして確保するとい うことになるのであろう。しかし,彼が21人の封臣に尋ねても6人の証人 が得られないのであれば,もはや彼はその質問を諦めなければならない, ということになる。この法文から看取できるのは,6人の証人の場合,立 証者が,6人の証人を前もって準備し,彼らを引き連れて裁判に出頭する のではない,ということである。 この6人の証人は,上記の13・1のように,授封の対象である所領の剥 奪を巡って封主と封臣の間で争いが勃発し,誰に当該所領が帰属するのか, ということを証明する場合に登場するが,他にも,38・1では,封臣が封 主から授封されていたことを証明する場合(74・2),42・1では逆に封 主が封臣に所領が属さないことを他の封臣によって証明する場合(2 4・ 3,55・2も同様) , そして, 封臣が, 授封すべき封主が身分的に自分よ りも下位の者であるとして,この封主を指示した上級封主に対して異議を 唱える際,その封主の身分を証明しなければならない場合(80・2) に登 場する。つまり,最後の80・2の事例を除いて,この6人の証人の人数は レーンの対象となる所領の帰属の証明に関係している,と言える。所領は, 封主にとって,そしてとりわけ封臣にとっては極めて重要であったからで ─ ─ 69.
(28) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. あろうか。 上記の80・2には,6人の証人と並んで,実は2人の証人も登場する。 この条文の,6人の証人に言及している前半部分から検討してみよう。. 「それから封主は,前者(=異議を唱えた封臣)が彼(=封臣自身) にとって(適法に)助けとなる何かを陳述したかどうかについて判決 を問う。人が適法に,彼がそのために何も陳述していないと判決すれ ば,彼は指示された封主に授封更新を懇願しなければならない,さも なくば,その判決を非難しなければならない。人が適法に『彼が証人 による証明をするのであれば,彼の(その)陳述は正しい』と判決す るのであれば,彼は, (新しい封主の)より低位の誕生のゆえに(mit), その指示を否定したのであるから,それを彼は,自らを含めて7人で, その権利において非難されることのない人々とともに証明しなければ ならない。彼ら(証人)がどのような人であろうとも。」. 続いて,同条の後半部分である。. 「彼が,指示された新たな封主,その父またはその祖父が低位になっ たとして,その指示を封臣たちとともに否定するのであれば,彼は自 らを含めて3人の証人による証明を行わなければならない。後者が ヘールシルトにおいて(彼と)同等の生まれであれば,彼らがその封 主の封臣であるかどうかは問わない。彼らが封主の封臣であれば,封 主は彼らに,彼らの忠誠誓約において,彼らの陳述を義務付けるべき である。彼らがしかし彼の封臣ではないのであれば,彼らは前者(の 封主)に,彼らの誓約において,指示された封主が彼の前の封主とは そのヘールシルトにおいて同身分ではないことについての証人となら ─ ─ 70.
(29) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. ねばならない。」。. 6人と2人という人数の意味がここから明らかになるようである。まず 6人の証人である(前半部分) 。 上述のように,指示された新たな封主 が,実は,彼から授封されることになる封臣よりも身分的に低位である ことを,封臣が立証しようとする場合の人数として挙げられている。そ の6人は,その権利において非難の余地のない人物でなければならない。 しかし,それらの者がどのような身分であるかは問われてはいない。次に, 後半部分の2人の証人は,上記の封主が―封臣よりも上位であったが ―自らその地位を封臣の地位よりも身分的に低下させた,ということを, 封臣が立証する場合に登場する。この証人は―幾分不明確な点もないわ けではないが―ヘールシルトにおいて封臣と同じ地位の者である,とされ る。 つまり,この80・2の条文からは,新たな封主が本来的に身分的に低 位であると証明する場合に,6人の証人が必要であり,新たな封主が, あるいは彼の父または祖父がその身分を低下させていたと証明する場合に は,2人の証人でよい,ということが分かる。前半部分の新しい封主は 封臣たちにとって不知の者であり,この新しい封主の身分を非難するには ―彼を納得させる上でも―確実で慎重な手続が封臣には求められたという ということであろうか。2人ではなく6人の,非難の余地のない者であれ ば誰でも,封臣でなくとも証人となりうる,というのは,封臣たちにとっ て新しい封主は不知なのであるから仕方があるまい。一方,後半部分の, その身分を低下せしめる行為を働いたとされる,新しい封主については, 封臣らにもこの事実を知る可能性があるというのであろうか―従って,そ の証明も容易であったからであろうか―2人の封臣仲間である証人でよい, とされている。 ─ ─ 71.
(30) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. 封臣は彼の所領を2人の証人によって証明し確保しうる,とも読めそう な規定は24・7にもある。この条文についても検討しておこう。. 「定められた裁判期日に,その封臣は,人が彼(=封臣)のために 証言について質問する(ことになる)7人を,封主と彼自身が連れて 来るべきすべての者の中から選ぶべきである。その封臣が,すべての 者の中の2人の者とともに証明する(vulkumt)のであれば,彼が勝 訴する(behalt) 。 彼がこれをしないのであれば, 彼は敗訴する。 彼 は,もし彼がレーン裁判に出頭しないのであれば,さらに敗訴する。 その封臣はしかし,その封主がレーン裁判に出頭しないのであれば, その所領を証人がいなくとも(勝訴により)保持する。しかし彼らの 誰(=封主および封臣)でもやむをえざる事由によって雪冤すること ができる。すなわち,捕囚,病気,王国勤務,ラントの緊急時である。 後者が他のラントから攻撃されたり,そのために彼が叫び声とともに 招集される場合である」 。. この24・7は,実は24・2から始まる封主と封臣間での争いの中で登場 する。封臣は,彼の所領を封主がレーンとして授封することを懇願する。 しかし,封主は,封臣が,彼が懇願する所領を特定す(benumen)べきで あるという原則を遵守せず,これを正しく特定しなかったとして,その授 封を拒否する(24・2)。そこで,封臣はそれを彼の封臣仲間,すなわち, 封主の封臣,の証人とともに証明しなければならなくなる。そして,その 際, 封臣が証人として挙げた者の中から6人―封臣自身を含めると7人 (24・7)―を, 封臣は裁判に出頭させなければならないのである(24・ 3)。 ここでも証人は,6人の証人の場合と同様に,立証を果たそうとする者 ─ ─ 72.
(31) ザクセンシュピーゲルにおける裁判手続. が自由に準備して提示しうる訳ではない。彼ができるのは,証人となりう る者―証人候補者とも言うべき者―を指定できるだけである。これは,証 人の証言を,訴訟当事者双方―特に封臣―にとって,客観的で中立なもの, と思わせる仕組みということであったのかもしれない。確かに,この手続 であれば,相手方の反証の余地はかなり狭まることにはなる。中世の裁判 手続において,必要な人数分の証人の証言を得られるならば,勝訴の判決 を得る,というのはこのような理由に基づくものであろう。 再び,法廷に戻ろう。指名された6人の証人が出廷していない場合には, 14夜後の裁判集会に封主は彼らを出廷させる義務があるが,それにもかか わらず6人の封臣のいずれかの者が出頭しないのであれば,封臣はもはや その者を,彼の封臣仲間(husgenot)―判決を発見する彼ら―に対して, 証人候補者の1人とすることはできない(24・4)。 無論, 出頭しない封 臣にやむをえざる事由(echt not)がある場合を除く(24・5)。6人の証 人の候補者について,封主または封臣が,相手方の証人の証人資格につい て問題があるとして争う場合もある。この場合,その証人候補者である封 臣はその証人資格について誓約を義務付けられる(24・6) 。 漸く,問題の24・7の条文が登場する。その証人資格に問題のない6人 の候補者の内から,封臣が2人の証人とともに自らの受封資格を証明すれ ば,彼が勝訴することになる,というのである。つまり,24・7は,封臣 であるという彼の身分が2人の証人によって確認される,という意味であ る。封臣の所領が,2人の証人の証言によって,確保される訳ではない。 この争いは,実は,裁判手続の観点から見ても興味深い。この争いの原 告は―封臣が授封を懇願しているのであるから―この封臣である。一方, 被告は―封主が授封を拒否するのであるから―封主である。従って,24・ 7に従えば,封臣(原告)は,彼の主張を6人の証人候補者の中の2人の 証人によって彼の論拠となる事実を証明しうるならば,勝訴するというこ ─ ─ 73.
(32) 近畿大学法学 第62巻第3・4号. とである。これは我々が知っている裁判手続,すなわち,原告の訴えとそ の立証による勝訴,とも符合する。 6人の証人に対して,このような2人の証人は,その他に,最近の事実 および行為の証明と思われる事例(8 0・2), 罰金が科せられるような事 例(55・2)に,登場する。55・2の次の55・3でも,封主が封臣をレー ン裁判に召喚したことを証明する場合の人数として挙げられている。さら に57・1でも,授封がなされたことを証明する封臣の証人の人数とされて いる。 人数を,2人とか6人とかではなく,その多寡についてのみ規定する条 文も70にはある。村落間の境界については,最も近くにある村の証人が聴 取され,より多くの証人を有する村落が勝訴となる。そして,その判定が 下せない場合にはラント法に従え, となっている。 ラント法の3・2 1・ 1には同様の規定があり,それによれば基本的に証人の人数の多い方が勝 訴するが,同じ人数であれば等分せよとなっている(2・56・3も参照。)。 ただし,次の3・21・2には,レーン法の40・2と同じく,水審判が一つ の方法として挙げられている。. ② 単独誓約と神判 当事者本人が,事実について,証人によることなく聖遺物にかけて単独 誓約することもある。何らかの責任を問われる場合に,それを否定する雪 冤誓約もこれに当たる。レーン法にも,これは登場するが,しかし,それ は,上記の証人による証明が不可能な場合である。換言すれば,証人によ る証明が,誓約に優先するということである。例えば,19・2では,封臣 はいかなる非難であれ,彼の雪冤誓約によってこれを退けることができる が,それは誰もそれを証明できない場合とされる。この後の条文でも,こ の原則がほぼ貫徹している。76・7に,封主=封臣関係の解消の通告をめ ─ ─ 74.
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