日中戦争期における学生運動の一事例・春川常緑会事件 - 『春川常緑会事件訊問記録』をとおして -(1)
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(2) 結論. 、春川常緑会事件 (一)春川常緑会事件. 「春川常緑会事件」について朴慶植は「治安維持法による朝鮮人弾圧」(3)で次のよ うに紹介している。. 〈春川公立高等普通学校生徒朝鮮独立運動事件〉. 江原道春川高普学校卒業生、南宮鉗は在学中より民族主義思想をもち、一九三七年 十月ごろ在学生ら三八名とともに朝鮮独立実現のために「常緑会」という結社を組織 し、あるいは読書会を開き、これに多くの学友を加入させ、民族意識を高揚させたと 言うことで検挙され、一九三九年五月起訴。同年十二月治安維持法違反として一二名 が懲役二年六月∼同一年六月の判決を受けた。 膨. さて、春川常緑会事件の経過・概要について、最も詳細に紹介しているのはr思想彙報 (第二十二号)』 (4)である。そこでは「高普校生徒の朝鮮独立運動事件」として事件 の経過と被疑者(春川中学生)の行動の事実を掲載している。しかし、この『思想彙報』 の記述からも常緑会事件の具体的な学生の活動のようすは把握できない。. 若干補足すると、春川常緑会事件は朝鮮の江原道春川郡の公立高等普通学校(旧制の中 学校にあたる)の学生が一九三七年(昭和十二)、学校内に朝鮮民族の独立を目的とする 「常緑会」を組織し、同志を拡大し、更に自らの学習と広く民族独立意識拡大のために 「読書会」を結成し、そして婦人会・敬老会(高齢者を敬う青年の会)・少年団・朝起き 会・夜学会津幅広く啓蒙運動に取り組んだ事件である。. 常緑会は翌年の一九三八年に組織が発覚し検挙された。常緑会は結成から検挙されるまP での期間が短かかったが、幅広く啓蒙活動を展開したのである。. 常緑会事件のr訊問記録』(5)は官憲側の記録であるが、そこから時間・季節・場所 ・学生たちの心の動揺等々を具体的に鮮やかに我々に伝えている。 常緑会事件は一九三〇年代、それも後半の一九三八年の事件であり、この時期は日中戦 争もすでにはじまっており、とりわけ日本の植民地政策は厳しさは度を加えていた時代で あった。我々は、ややもすればこの時期の朝鮮の民衆は、日本の厳しい弾圧の前で、その 嵐が過ぎ去るのをただじっとして、通り過ぎるのを待っているかのようなイメージのみで. この時代をとらえがちである。この点に関して朝鮮近・現代史専攻で、小説r常緑樹』の 翻訳者の一入である梶村秀樹氏は次のように指摘している。 (6). 一九三〇年代の朝鮮を、もっぱら官製の資料の側から見るならば、そこに浮かんで. 一3一.
(3) くるのは、強力で横暴な統治者が受身な「物」のように民衆をさいなみ、民衆はだた 「アイゴ・アイゴ」と悲鳴を上げながら空しく逃げまどうのみ、といったイメージで. ある。そのイメージに基づいて、私たちは勝手な同情をしたり、偏見を持ったりして きた。ところがr常緑樹』に描き出されている農民のイメージは決して単にそういう ものではない。確かに状況はすさまじいが、にもかかわらず農民たちは人間的な生活 感情をもって状況と対峙し、したたかに生き抜いている。. r春川常緑会事件訊問記録』はほとんど解明されていない日中戦争期の学生運動の記録 である。この記録により常緑会事件における学生の活動を追ってみたい。 二、常緑会. ∼九三八年(昭和十三)、春川中学校の学生十二名は春川邑にある萬寿堂でパンを買っ て食べていたところ、同校の日本人教師に発見され、禁止場所に出入りしたという理由で 学校当局より処分を受けたが、その中に日本人学生が二名含まれていたが、彼等にはなん ら処分がなかった。そのため学生達はこの不当処分を学校当局に訴えようと同盟休校を計 画したが、事前に警察・学校の知るところとなり失敗に終わっている。. 同盟休校を計画した学生達の組織は常緑会とよばれる組織であり、常緑会の存在はこの 同盟休校事件の捜査の中で明らかになり、学生達は検挙されたのである。. 常緑会の中心になって活躍していた南宮琿は常緑会の組織した目的を、春川警察署での 訊問に対して、「常緑会は日本帝国より離脱せしむる自的である」と明確に答えている。 この二間が行われた時期は取り締まりが一段と厳しさをました一九三八年(昭和十三) 十一月であることを考えると、その大胆さに驚きさえ感じる。 「吾力朝鮮ハ異民族圧制ノ下二沈論シ、総督政治施行後、朝鮮人ハ政治的自由ハ奪ハ レ、経済的二日本ノ資本家二依リ搾取サレアル。此ノ朝鮮ヲ往昔ノ朝鮮二為スニハ、. 主権ヲ奪取シ、崩壊セル朝鮮ノ経済ヲ立直シテ、独立国家ノ朝鮮ヲ建設スル其ノ過程 トシテ必要ナル人物二民族意識ヲ注入シ、熾烈ナル民族反抗心ヲ養成シ、全民族一致 協力以テ、朝鮮ヲ日本帝国ノ統治覇絆ヨリ離脱セシムル目的デ、結社シタノデアリマ ス。 (r常緑会事件訊問記録』第二巻) では、春川中学校の学生達はどのような状況で、’上記のような民族主義的な意識を持つ ようになったのであろうか。 (一)民族主義に共鳴. 一4一.
(4) 龍旧弊はr訊問記録(二巻)』で「春川高等普通学校(春川中学校)に入学して民族主 義濃厚な友と知合い、李光株のr朝鮮の現在と将来』等を読み、また日本の朝鮮に対する おしつけや差別により民族主義思想を抱くようになった」と言う意味のことを述べている が、警察当局も生徒達の考える民族主義については繰り返し訊問している。ここでは棄根 錫に対する訊問記録から、彼等の考える民族主義の内容を確認しておきたい。 問 被疑者(棄根錫)民族主義トハ如何ナルモノト思フカ。. 答 民族主義トハ、血統系統ヲ同ウスルー民族ガ、他民族ノ侵犯ヲ排斥シ、自己ノ民族 爆睡リ政治・経済ノ事ヲ支配スル事ヲ意味スルノデ、朝鮮人ノ半壊スル民族主義ト ハ、朝鮮民族ハ朝鮮民族ノ手二依リ支配シ、日本ノ干渉圧迫ヲ除キ、朝鮮国ハ朝鮮 民族二依リ、統治スル思想主義ヲ謂ヒマス。 (『常緑会事件訊問記録』第三巻). 彼等の考える民族主義とは「朝鮮国は朝鮮民族により統治する思想」を指している。. 以下、学生たちが民族主義思想を抱くようになった理由を龍聴罪を例にみたい。このよ うな考えは龍馬粗玉だけでなく、他の多くの常緑会員にも共通するものであった。 学生達は李光沫著のr朝鮮の現在と将来』等を読み、また日本による現実の民族差別・ 朝鮮民族を否定する国歌・神社参拝・国旗敬礼などの強制により、強烈な民族意識的な考 えを持つようになったことを述べている。 問 被疑者(龍換王玉)民族主義二共鳴シ、コレラ抱懐スルニ至リタル動機及環境如何。. 答 現在吾が民族ハ、異民族二統治サレナガラ、之二反抗シテ朝鮮独立運動二従事スル 意気ト熱ナキコト、憤慨スベキコトデアル。. 或ハ此ノ侭朝鮮民族ヲ放任シテ、民族ノ復興ヲ図ラネバ、遂二自滅スルデアラウト カ、又日本人ハ、日韓併合以来一視同仁トカ、内鮮一体ヲ称ヘテ居ルガ、其ノ裏面 ハ搾取圧迫ヲ包蔵セル統治方針ナリトカヲ説明サレ、或ハ又民族主義者、李光株ノ. 本タルr朝鮮ノ現在ト将来』ヲ読メト馬鐸ラレ、之ヲ見ルト朝鮮ノ民族ハ、此ノ侭 放任スレバ遂二自滅シ、更生ノ途ナキモ、壱人立派ナル人物ガ、毎年壱人宛同志ヲ 獲得スレバ、三拾年後朝鮮全民族、民族主義ヲ抱懐共鳴シ、今時ズシテ朝鮮独立ヲ 達成シ得ルトノ民族改造論ヲ読ンテ、吾が朝鮮民族前途ニモ、亦光明アリト感ジマ シタ。. 其カラ後ハ、私心二映スル朝鮮ノ実情ハ、日本ノ搾取圧迫デアリマシタ。其ノ実例 ヲ述ルト、日本ハ朝鮮二自由渡来シ得ル反面、朝鮮人ノ日本渡航ヲ制限シ、朝鮮人 ナルが故駅、兵役及義務教育ヲ実施セズ、総督府ニハ朝鮮人ノー名ノ高官モ採用セ ズ、一般官吏二於テモ日本人ニハ俸給ハ倍額ヲ給シ、農村ハ草根木皮ヲ常食トセル 四書シ、日本人ハ美衣美食ヲナシ、朝鮮人ハ愈々自滅セネバナラヌト極論サレ、私 ノ心ハ愈々濃厚ナル民族主義者トナリマシタ。. 此ノ時二当リ、秘密結社ノ協議アリ、直チニ賛成シ、同志ト共二結社組織二全力ヲ. 一5一.
(5) 尽シ、幹部トシテ、会員ヲ指導スル処カラ、各種民族主義色彩アル本ヲ耽読シ、民 族反抗心ハ熾烈トナリ、日本人ハ悉ク敵視シテ排日思想濃厚二生シ、学校二行ハル ・国歌合唱、神社参拝、国旗敬礼モ真面目ヲ欠キマシタ。 以上ノ如クシテ私曲民族主義ヲ共鳴シ抱懐シマシタ。. (r常緑会事件訊問記録』第二巻) 日本の朝鮮民族に対する抑圧、差別等は鮮明な形で学生たちの眼前に展開されていた。 龍換華寿は述べていないが以上の外に、春川中学生が民族意識を持つ事件として「岡田教 諭差別発言問題」もかなりのインパクトと持続性を持った事件のようである。 岡田教諭差別発言事件について文世鉱は次のように述べている。. 答(文世鉱)私が民族主義ヲ抱懐スルニ至リマシタ動機ヲ申シ上ゲマスト、私ハ春川中 学校第三学年頃迄ハ無垢ナル青年デアリマシタ。処が同校第三学年第二学期、昭和 十年七月二十日頃、数学ノ時間二春川中学校教諭岡田某ナル者ガ、私ノ同級生、黄 淳昊トロ論シタル時、岡田教諭ハ極メテ不都合ナル言辞ヲ弄シマシタ。ソノ要旨ハ 「朝鮮人ハ日本二抵抗シテモ、日本ハ朝鮮在住ノ在郷軍人ヲ以テ対抗シ得ル故二反 抗シロ。」卜極メテ教育者トシテ未曾有ナ暴言ヲ弄サレタノデ、私モ祖国朝鮮 ヲ 愛スルが故二、民族反抗心が芽生、・…. 以上のような状況下で民族独立を目ざす「常緑会」は設立されたのである。以下、常緑 会の内容について検討しよう。 (二)常緑会設立の契機. 「常緑会」結成のきっかけは、次のようであった。. 昭和十二年三月越ある日、数学の時間のことであった。文世鉱は日頃目をつけていた李 燦雨に「最近の学校に於ける朝鮮語の禁止をどう思うか。」 (r常緑会事件訊問記録』第 十七巻)という旨の紙片を渡したところ、「無人の広野に鳥の餌食になっても、朝鮮の青 年なる我々は朝鮮人の為犠牲になり。悲惨なる同胞を救へ。」 (r常緑会事件訊問記録』. 第十七巻)との返事があった。さっそく二人は独立を目ざす同志となり、更に南宮蛋、薯 圭奨、龍覇王玉等にも呼びかけ、民族独立組織設立の必要性について話し合っている。 問 被疑者(文世鉱)、常緑会ナル結社ヲ組織シタル顛末ヲ詳細二製品ヨ。 答 私ハ前述ノ通り、民族主義ヲ抱懐共鳴シ居りマシタ、又私ト最モ親密ナル友同志、. 白図基トモ交ワル内、私同様民族主義ヲ抱懐シ居ル事実ヲ知り、互二吾々朝鮮青年 ハ現在悲惨ナ状態ニアル朝鮮民族ヲ救済スル義務アリト語り合ヒ、悲憤慷概シテオ リマシタ。. 一6一.
(6) 昭和十二年三月日不詳、春川中学校教室二於テ、学業中同級生李油気ガ、勉強モセ ズニ、黙念ト撞球考ヘテ居ルノデ、私ハコノ時ヲ利用シテ、李燦雨ノ思想ヲ打診ス ベク紙片デ、此頃学校二元テハ朝鮮語ノ使用ヲ禁止シ、日本語ノミ何故使用スルノ カ。. ト質問シタル処、李燦雨が又紙片デ答ヘテ「無人ノ広野二、鳥ノ餌食ニナッテモ、 朝鮮ノ青年ナル我等ハ朝鮮人ノ為犠牲ニナリ、悲惨ナル同胞ヲ救へ」. トノベテアリ、之ハ李燦雨ノ親類ノ兄ガ、北満州デ死亡シタル時ノ遺言ナリト、付 記シテアリマシタ。 此処デ、私二白繭基、李燦雨冷モ皆民族主義ヲ抱懐セルコト判明シ、其ノ後滴二親. 密ナル交際シテ居ル内二、吾等ノ思想ヲ表現スル結社ヲ組織シテハ如何ニト協議ニ ナリ、同志物色二努高富ル中、我々ノ同級生デ、当時春川中学校在学中山リシ、. 第五学年 南 宮 鉗 同 曹 圭 i蓮 等、私ト同様ナ民族主義者タルコト判明シ、相互自己ノ思想ヲ披渥シ合ヒ、自分等. ノ思想ヲ表現スル秘密結社ヲ組織スル意向モー致シ、… (r常緑会事件訊問記録』第十七巻) 以上が春川中学校における常緑会結成のきっかけである。 (三)常緑会結成準備会. その後、常緑会結成のため、一九三七年(昭和十二)三月九日、午後四時頃、文世鉱が 呼びかけ人になり六名が春川中学校の庭球場に集まり、常緑会準備会を開催した。 龍換琵は、常緑会準備会の模様を次のように述べている。 問 被疑者、常緑会ヲ組織シタル顛末ヲ詳細二申シ述べヨ。. 答 私ハ民族主義二共鳴シテ、李燦雨ト交ル内同人ヲ通ジテ、当時春川中学校在学中デ 民族主義濃厚ナル同校第四学年、文世鉱・白興基・南宮斑・曹圭爽等ヲ知ル様ニナ リ、親シク交ル内二、彼等ノ思想モ判明シ、各自ノ民族反抗心モ熾烈トナリ、此等 同志ト、朝鮮ノ現在ト将来二就テ頭ヲ悩シ、此ノ問題ヲ解決スベク、同志文世鉱ノ 発起二心キ、昭和十二年三月九日午後四時頃、江原道春川幅所在、春川中学校庭球 場付近テ、会議ヲ催シマシタ。参加者ハ前述ノ私、同級生李燦雨・白興基・曹圭爽 ・南宮蛋・龍換智慮ニシテ皆集合スルヤ、円座ヲ画キタル後、文世鉱ヨリ会議開催 シタル理由トシテ、私幣今日迄、朝鮮独立ナル目標ノ下二、各自が修養鍛錬シテ来 タガ、之ノ大ナル目的二達成スルニハ各個人ノカヲ以テハ到底困難デアル、多数同 志が団結シテ、始メテ其ノ目的二達成シ得ルノデアル。. 此処二五・六ノ友ヲ得タコトハ無上ノ光栄トスル処ナリト挨拶シタ。 次テ、李紅雨ヨリ吾々同志ハ、今後相提携シテ、相助ケ、相懸へ、各自ノ完成二努 メルト共立、将来外部ヨリ同志多数ヲ獲得シ、一致団結シテ独立達成二遙進セネバ. 一7一.
(7) ナラヌト挨拶アリ。… (r常緑会事件訊問記録』第二巻) この日の準備会は、朝鮮の独立という大目標を達成させるためには、多数の同志が団結 してはじめて可能である。そして、そのためには何によりも組織の結成が必要であること を確認して解散している。. (四)常緑会結成(一九三七年三月十四日・午後). 第二回常緑会の準備会を一九三七年(昭和十二)三月十四日午前十時三十分頃、水源地 前の川原で開催し、寒くなったため、午後一時三十分頃、春川邑昭陽通一二丁目同志、二二 基の家に場所を変更し、そこで常緑会を結成し役員・組織・会則等を決定している。 答(二二玉) 春川邑前坪里水源地前ノ川原二到着、其処二心テ会議ヲ催シマシタ。. 参加者ハ私ノ外二、前述ノ私、同級生、文世鉱・二二基・二三萸・南宮瑞・李三二 ・成竹慶デアリマシタ。 文世鉱ヨリ会議開催ノ趣旨トシテ、諸兄ノ過去二三ケル民族主義ノ体験及現在各自 ノ心境ヲ披渥セラレ度シト要望シタル処、 ここでは、常緑会の中心になった次の旧名の発言を取り上げておきたい。 〈南宮瑞ヨリ〉. 一今日、朝鮮ノ実情ハ病気ニナリ、危篤状態ニアル。コノ調子二行ケバ、自滅ノー途 ヲ辿り、二二祖国ヲ持タナイ猶太民族ヤ、アイヌ民族ノ如ク祖国ナキ民族化スルデ アラウ。吾々同志、此点深ク考慮シナケネバナラヌ。之ノ朝鮮民族ヲ覚醒セシムル ニハ、朝鮮独立ヲ企図スル結社、組織スルニアリ・・ 〈李二二ヨリ〉. 従来朝鮮歴史ノ研究ヲ為シタガ、往昔ノ朝鮮民族ハ極メテ優秀ナル民族デアッタ。. 之ノ朝鮮民族ニシテ、朝鮮歴史ヲ研究セズシテ、朝鮮独立ヲ叫ブハ無理デアル。歴 二二依リ、克ク朝鮮民族ノ強キヲ知り、以テ大目二二努力セヨ・・ 〈曹圭嚢より〉. 其ノ組織大綱ハ、朝鮮独立ヲ目的トシテ秘密結社ヲ組織シ、結社ニハ外交部、書籍 部両部ヲ設ケルコト。両部二同志獲得ノ機関二関シテ、外交部、書籍部両部ヲ設ケ ルコト。両部トモ同志獲得ノ機関ニシテ、外交部ハ宣伝部長ヲ中心トナリテ、意識 分子タル同志獲得スルコト。書籍部ハ書籍二依リ同志獲得スルコト。同志獲得シタ ル時日、完全ナル意識分子トシテ認メタトキ、全会一致ノ上拒否ヲ決スルコト。. 学校内ノ活動方針トシテ、可成同級生ノ中二、意識分子トナルベキモノヲ物色獲得 スルコト。学校外ノ活動方針トシテハ、各自単独ニテ意識分子ヲ養成及獲得スルコ ト。社会日出タトキハ、本団体委員ハ各指導者トナリ、個人又四団体二意識ヲ注入 シ、集団的民族運動ヲ為スコト。 毎年結社ノ総会ハ八月二開催シ、之ノ総会ハ各会員過半数出席スレバ開催シ得ルコ. 一8一.
(8) ト横ノ連絡ハ避ケルコト。. (r常緑会事件訊問記録』第二巻). 等二決定シ、. 一九二七年(昭和十二)三月十四日、結社の必要性・朝鮮史学習の必要性・独立運動に おける婦人の役割・農村救済の必要性をそれぞれ述べ、会の機構・役員・会則等を決め、 白興基の家を会場にして七夕の参加で常緑会を結成し意識高揚を図っている。. 常緑会は外交部と読書部を設けている。外交部は宣伝により、読書部は読書により独立 意識を育てようとする組織であった。この読書部が読書会として後に独立するのである。 (五)常緑会役員. 下記のように役員が、一九二七年三月十四日決定されたが、結成後まもなく常緑会から の脱退者があり、六月に会長は南宮町に交代している。 委員長. 曹 圭 爽. 副委員長. 南 宮 蛋. 宣伝部長. 文 世 鉱. 同. 李 燦 雨 白 興 基. 副会長 龍 懊 壬玉. 盤 換 琵(私). 書籍係 李 燦雨. 書籍部長 会 計. 改選された役員・6月 会 長 南 宮 瑞 会 計 全 洪 基. (六)常緑会会則. 会則の中心は自己の完成と朝鮮独立に献身すること、そして派閥闘争を禁じている第二 条にある。そして、常緑会員及び卒業生を中心に啓蒙活動に取り組んでいるが、それは第 六条「本会ノ委員ハ何処二行ッテモ、ソノ責務ヲ果タスベシ。」に規定されている。. (7) 答(龍換王玉)決定シタル会則ノ内容ハ、今全部記憶アリマセン、アルモノヲ述べレバ、. 第一条 本会ハ常緑会ト称ス。 第二条 本会ハ次項ヲ目的綱領トス。. (1)本会員ハ、各自ヲ完成シ、朝鮮民族尊翁ゲ、以テ朝鮮独立ヲ誓フ。 (2)本会員ハ、各自二完成、各指導者トシテ責務ヲ果タスベシ。 (3)本会員ハ、団結力ノ養成訓練派閥闘争ノ悪弊ヲ除去スベシ。 第三条 本会ハ朝鮮同胞二献身シ、且思想堅実ナル有為ノ志ヲ以テ組織ス。 第四条 本会ハ毎年八月総会ヲ催シ事業報告スルコト。 第五条 本会ノ役員ハ左ノ通り置ク。. 委員長 一名 副委員長 一名. 一9一.
(9) 宣伝部長 二名 書籍係 一名 会 計 一名 第六条. 本会ノ委員ハ何処二行ッテモ其ノ責務ヲ果タスベシ。. 第七条. 委員長は年壱回総会を毎年八月に開くこと。. 第八条. 総会ハ其間ノ事業報告及将来ノ方針ヲ打合ノコト。. 第九条. 月例会ハ毎月第一土曜日トス。又月例会ハ会員ノ意見交換及研究発表ス ル。 (『常緑会事件訊問記録』第二巻). (七)会の名称「常緑会」. 発会式当日の議事で最も意見の分かれたのは、会の名称についてであったようである。 会の名称として朝陽会・復興会・同志馬槽が提案されているが、結局「常緑会」が採用. された。ここでは小説『常緑樹』との関連は述べていないが、r常緑樹』は常緑会員の間 で最もよく読まれた書籍であり、会の名称選定の大きな動機になったことは当然想像され る。. 第三案 常緑会 吾々ノ組織シタル結社ハ、常二青々トシテ、緑ノ如ク思想ヲ変更スルモノニ非ラザル ヲ以テ、常緑会ハ如何ト提案アリ、全員異議ナク之二決定シ、… (r常緑会事件訊問記録』第二巻) 次テ、李燦雨ヨリ、吾々ハ如斯結社ヲ組織シタル以上ハ、他人ノ先頭二立チ、民衆ヲ 誘導シ、極力民衆ノー致団結シ、永遠二等等ノ思想ヲ変ズ、朝鮮独立ハ何時頃達成サ レルカ分カラナイガ、吾々ノー生ヲ朝鮮民衆二捧ゲ、常緑会ヲ護り、朝鮮独立二到達 スル迄努力シナケレバナラヌト論ジテ決意ヲ甲子シ、以テ南宮蛋ヨリ、同志獲得ヲ極 メテ慎重ニシ、会ノ存在ハ極秘ニスルコトニセラレ度イト決意シ、午後三時頃散会シ タノデアリマス。. 以上ノ通りニシテ常緑会二組織セラレタノデアリマス。 (『常緑会:事件訊問記録』第二巻). 以上のような経過で、一九三七年(昭和十二)三月十四日、午後常緑会は誕生した。 (八)常緑会員のブナロード意識. 常緑会設立当初は学習・同志獲得・読書会の設置等の運動を精力的に取り組んでいる。 彼らの学習内容・思想を知るために、次に常緑会における例会での会員の演説を掲載して おきたい。 (8)として「常緑会の歌」を付記しておく。. 一10一.
(10) (1)《帰農》と題し(南宮瑞一昭和十二年七月十七日). 現在ノ朝鮮ハ今重病二時ッテ死二瀕シテオル。之ニハ大手術や食塩注射ヲヤリ、 息ノ根ヲ引キ止メネバナラン。. 此ノ大任二同志ノ外ニハナイ。此ノ瀕死ノ朝鮮ヲ如何ニシテ治療スベキカ、ソノ治 療法ノ急所ハ産業振興ニアルノミデナク、産業振興ハ農工商ヲ盛二(スル)事デア ルガ、先ズ商業二付キ観察スルニ、根底ハ商品デアル。朝鮮ニハ工場ハ殆ドナイ。. 依ッテ商業ハ、朝鮮外ノ大資本家ノ工場デ作ッタ物品ヲ売り、資本家ノ私腹ヲ肥ヤ スノミナラズ、吾等同胞ノ血潮ナル金銭ヲ扱フコトニナル。工業二就テハ、吾等朝 鮮民族ハ資本が無イカラ工場ヲ作ル事ハ出来ナイ。以上ノ如ク商工業デハ駄目デア ル。残ルハ農業ノミデアル。朝鮮四四丁田ラザル国土ト九千萬ノ同胞ガアル。之ヨ リ農産物ヲ増産セネバナラン。然ルニ吾が農民ハ、アマリニモ無知デアル。依ッテ 吾々「インテリ」階級ハ帰農シ、農民ヲ指導シテ、産業ノ振興ヲ図ル義務ガアル。. 而シテ、朝鮮ノ病原デアル農業ヲ改良シナケレバナラン。現在ノ農村ハ負債ヲ払エ バー人前歩掛五升ノ収穫ガアルソウデスガ、ソレニヨッテー年ノ計画ヲ立テ、税金 ヲ払ヒ、子女ノ教育ヲ為スカラ、負債ハ益々増ス一方デ、永久二浮カブ瀬ハナイノ デアリマス。菰ニオイテ吾等ハ帰農シ、農民ト共二辛苦シ、農民二希望ヲ与へ、 向上サセ、之ヲ救済スル義務ガアルノデ、吾々同志照照イニ努力セネバナラナイ。 以上ノ意味デ約三十分間演説シタノデアリマス。. (r常緑会事件訊問記録』第二六巻) (2)《農村の視察計画》と題し(李燦雨一昭和十二年七月十二日). 今回ノ休暇ヲ利用シテ平壌迄(自転車)旅行シ、朝鮮農村及名所旧跡ヲ視察シテ報. 告スル。 (r常緑会事件訊問記録』第一巻) (3)《環境》と題し(車柱環一昭和十二年七月十二日). 古今如何ナル時代二於テモ、英雄早馬ニハ皆環境が総テ、試練困苦二堪へ、旧弊テ 偉大ナ人物ヲ創造シタ。吾々モ現状二分半サレズ、忍耐シテ立派ナル朝鮮人出ル立 場ヲ克ク認識シ、目標タル理想二早年ッテ突進スベキデアル。. (r常緑会事件訊問記録』第二六巻) (4)《我等ノ鉄拳》と題し(龍三王玉一昭和十二年九月十八日). 吾々ハ鉄拳ヲ持ッテ居ル、之ノ鉄拳ハ萬事萬能デアル。. 吾々ハ鉄拳二信頼シテ、前途ニアル邪魔物や困難二遭遇シテモ、之ノ鉄拳ト熱ヲ以 テ突破シナケレバナラヌ。之シカ我等青年殊二朝鮮民族ノ責務デ、・… (以下 文章一部欠落)・・… (r常緑会事件訊問記録』第二六巻) (5)《農村視察談》と題し(李燦雨一昭和十二年九月十八日) 季節二例エレバ冬ノ如キ朝鮮農村ヲ視察シタガ、極メテ貧シイ有様が目二映ジタ。. 破レタ白衣ヲ身二着ケ、汗ヲ流シ、鋤ヲ振ル彼ノ細民ハ、昔ノ朝鮮ヲ追憶敬慕スル 様ダ。此ノ有様ハ私ハ胸ヲ突キ刺ス様デアッタ。. 此ノ悲惨ナル同胞ヲ救済スルニハ、将来ノ朝鮮ヲ背負テ立ツ知識階級タル吾等青年. 一11一.
(11) ノ任務ナリ。 (r常緑会事件尋問記録』第二巻) (6)《涙》と題し(南宮王6一昭和十二年十月三日). 「山下ノ人煙ハ波ノ如ク、ユウラリ、ユウラリト揺ラレテオル、彼ラバー言セズ、又. 何ノ音モ聞コエナイ。然うバ彼ラバ死ンデイルカ。否死ンデオラナイ。 又「木乃伊(ミイラ)」デモ無ク生キテオル。諸君、之が疑念デアレバ行ッテ彼等ヲ 見テ下サイ。. 彼ラバ目カラー条ノ涙ヲ流シテオルノデアリマス。彼ラバ弱者デアル。即チ、彼等ハ 余りニモ圧迫サレテオルカラロモ開カズ、只涙ノミヲ流シテオルノミデアル。. 涙ナルモノハ弱者二多イノデアル。女!子供!被圧迫者!弱者二多イノデアル。彼等 ハ圧迫サレ敗レル時ハ、唯一ノ武器トシテ涙ヲ用ヒル。 彼等ハ弱者ナルヲ以テ、悲シクテモ泣キ、喜ビニモ泣キ、常二涙ヲ持ッテオルノデア. ル。詩人ハ涙ヲ「涙!ナント辛イダロヴ・・(Have salt tear.)ト 謂ヒ、玉ノ如シトカ、銀ノ玉トカ讃ヘテオリマスガ、斯ノ様ナ涙ト意味が違フ。涙ニ ハ区別アリテ涙ヲ流ス者、心デ泣ク者ガアル。此ノ涙ヲ流サズニ心デ泣ク者ハ、平素 岩ノ如ク辛苦ヲ思ッテオルガ、一朝悲痛ヲ表現スル時ハ、恰モ火山が爆発スルが如キ 激烈ナル涙ヲ流スノデアル。以上ノ如ク涙二就テ考エタガ、私モ涙ヲ流シテ話シ度イ 事ガアル。. ソレ地響ヲ拭イテ、女心暴漫ナル男へ、弱者ハ強者へ、搾取者ハ圧迫者二対抗シナケ レバナラン。. 而シテ強クナシ、涙ヲフイテ、斯クシテ活発ト明朗ナ性格ヲ奪取セネバナラン。即チ. 現在我等同胞ハ集合スレバ前進ハ暗澹ダトカ、滅亡ダトカ、涙ヲ流スガ、吾等が厳然 ト涙ヲ押切リ進撃セネバナラン。我等ハ弱者デアル、生存競争ノ敗者ト自重シテ、今 マデ無自覚ニアキラメノ生存ヲ為シ、浮キ上ガロウトシナカッタノデアルガ、吾々ハ. 勇気百倍涙ヲフイテ強者二真向カラ突キ罹り、敢然ト戦ヒ、強者ノ圧迫搾取ヲ排除シ ナケレバナラナイ。三人ノ足下ニモ石竹ノ花が咲キ、巨岩ノ隙ニモ松ノ芽が生エオル ノヲ如何二見マスカ。. 諸君ヨ、斯ク話シテオル中ニモ万物ハ成長シ、細胞が分裂シテ、心身誓言成長シテ行 キツツアソマス。吾々ハ涙ヲヌグヒ、敢然ト立チ、心ユクマデ伸ビヨウデハアリマセ ンカ。」. 演説ハ以上ノ意味デシタノデアリマス。之モ日本ノ搾取圧迫ヲ排撃セヨト、激励シタ 演説デアリマシタ。. 一、吾々ハ朝鮮人ニシテ朝鮮ノ認識ナリ、朝鮮語モ拙イカラ読書会ヲ組織シ、而シテ 朝鮮ノ認識ヲ深メ、以テ朝鮮同胞ヲ救フト共鳴、吾々ハ何時迄モ、日本人ノ搾取 圧迫ヲ受ケテ居レナイカラ、会ヲ組織シ、吾々ノ如キ将来朝鮮ヲ背負フ中堅人物 ハ、一致団結シテ、朝鮮民族ヲ救ワネバナラヌト説明アリ。 (r常緑会事件訊問記録』第二六巻) (7)《人間ハ結局死ヌ》と題し(龍燥丑一昭和十年十月三日). 一12一.
(12) 人ハ誰デモ死ヌ。名ヲ後世二及ビ、前世二残ス四聖人モ死亡シタノデアル。 此処山雪マッタ同志モ結局ハ死ヌノデアル。. 我々ハ例へ死ヌニシテモ思ヒ残スコトナキ。即チ一生ヲ朝鮮独立ノ為捧ゲ、例へ個人 トシテハ死ヌノデアルケレドモ、朝鮮独立ノ為働イ呼名ハ残ルノデアル。之ノ永久二 残ル死ヲ遂ケヨウ。 (r常緑会事:件尋問記録』第二巻). (8)常緑会の歌. *原文ハングル(訳:春川警察署通事兼警察官). 常緑会の歌 作詩 南 宮 鉗 作曲 李 建 雨 白頭山ノ平脈ハ方々二流レテ 湧キアガル聖血ハ胸ヲ躍ス 湧キ上ル血潮ハ胸高ラカニ歌ホウ 寝テ居ル江山ヲ夢ヨリ醒ス 常緑ノ鐘ノ音ハ高ラカニ響キ渡ル 朝鮮ノ奉献者ノ輝花ヲ上ゲテ 建設ノ鉄槌ヲ持ッテ行進スル時 無智ト飢渇二郷ク同胞ハ自由ト 幸福二歌ヲ歌ウ 常緑ノ鐘が響ク所へ 常緑ノ群レヲ思ヒ乍ラ (r常緑会事件訊問記録』第二六巻) 以上のように常緑会の月例会では「吾等は帰農し、農民と共に辛苦し、農民に希望を与 え向上させ、之を救済する義務があるので、我々同志は大いに努力せねばならない。」と いう意見に代表されるように、彼等学生達は農村啓蒙運動(ブ・ナロード運動)の必要性 説き、そして学生たちの役割と決意を述べている。. 三、読書会 (一)三〇年代の学生運動. 九二九年+一月潮鮮全土で学生の抗日運動は「光州学生運動」として爆発した.そ. の後・三〇年・三一年はその余鍬支えられて轍各地で同盟休校が続発した.三二年以 後・躰の過酷な弾圧の前に牲罰は冬の時代に入り開脚休校の数もその後、徐々に 減少するが、学生運動は完全に萎縮してしまったわけではない。. 弍二九年以降の学生濁の特徴のひとつ1こ「縮会」の盛があった.三〇年代に入. 一13一.
(13) り、満州事変の勃発にともなって、日本の植民地政策もますます露骨となり、学生の目は アジア、そして世界にも向けられ、かえって反帝闘争、反日闘争の意識を高揚させていっ たのである。. しかし、このような反帝・反日闘争は以前のように公然と展開するには、あまりにも困 難な時代であった。そのため、表面をできるだけ合法的に「読書会」と名称を改め、学生 運動の活動母体として、各地に「読書会」を続々と誕生させたのである。. したがって、一九三二年以後、「同盟休校」等学生運動は数の上では減少し、活動は衰 退したようにも見えるが、決して萎縮したと結論ずけることはできない。学生の精神が内 在化し、運動が秘密結社的性格へと変質しただけのことである。総督府は当時の学生運動 を次のように分析している。 (8). 最近(一九三六年目の学生の思想は、一部尖鋭分子に依り深刻に進められつつある も、昭和二、三年頃(一九二七・二八)の如き大衆的運動として観るべきものなく、. 多数の学生は漸次非現実的理想主義、模倣主義を捨てて、現実的、実際的創造主義に 転向し、各種の実際運動に進出せんとしつつあり、特に満州事変を契機とする内鮮民 心の安定に伴ひ、一般学生の気風も著しく好転し、・・ 以上のように、総督府は「最:近(昭和十一年)多数の学生は漸次非現実的理想主義、模. 倣主義を捨てて、現実的実際的創造主義に転向し… 一般学生の気風も著しく好転し・. vと、やや楽観的な分析をしている。事実、社会主義活動に関しては、あいつぐ弾圧 そして、朝鮮共産党の解散等により、朝鮮国内での活動は困難な状態にあり、一般学生の ・・. 間に大きなうねりとして広がる可能性はほとんどなかった。. 国内の社会主義運動は、一部先鋭分子により、時代の猛威の前にかすかな火を守るのが 精一杯であったのである。. これに反し、総督府が「(学生運動は)現実的、実際的創造主義に転向し・・」と分析 しているように、啓蒙運動を中心にした民族運動が広がりをみせている。反帝・抗日を直 接行動で独立を求めるのではなく、「今朝鮮民族に必要なことは独立のため、直接行動に 立ち上がるのではなく、朝鮮の独立の機が熟す、その日のために、民族自身の自覚と実力 を養成することである。・・」とする運動である。学生たちは農村で識字運動等を組織し 啓蒙活動を展開しているのである。 (二:)春川中学校「読書会」結成. 「春川中学校常緑会」は下記のように、民族独立運動を計画、指導する組織であり、常 緑会の指導による大衆的、表面合法的な組織が読書会であった。 (常緑会は)読書会ヲ組織シ、意識分子或ハ、意識分子トナルベキモノヲ、幹部デ. 一14一.
(14) 獲得入会セシムルコト。而シテ、読書会ニハ、民族意識ヲ注入シ、意識分子ト認メタ ルモノヲ、常緑会二加入スルコト等ヲ決定シ、 (r常緑会事件訊問記録』第二巻). 読書会は普通表面合法を装った組織であったが、春川中学校の場合は〈朝鮮人タル自覚 ノ下二、民族ノ発展二貢献シ、朝鮮独立ヲ目的トスル(読書会規則・第二条)〉と、明確 に朝鮮独立がその目的であると定めていた。その意味では春川中学校読書会は決して合法 組織といえないが、活動の面では合法啓蒙活動を目指していた。. 読書会の設立・経過について、龍換丑は次のように述べている。 (三)読書会の設立 答 (龍タ;葵王玉). 其ノ後間モナク、文世鉱、及白糠基が常緑会脱退ヲ表明シ、会ノ存在二非常ナル動揺 ヲ生ジタノデ昭和十二年四月五日、午後零時三十分頃、私ノ外常緑会幹部タル、文世 鉱・習圭i莚・李急雨・南宮町等集合シ、会議ヲ催シマシタ。議事事項ハ、常緑会ノ書 籍部ヲ拡大強化シテ、読書会結成ノ打合デアリマシタ。. 協議ノ結果、読書会ヲ組織シ、意識分子船首意識分子トナルベキモノヲ幹部デ獲得入 会セシムルコト。. 而シテ、読書会ニハ、民族意識ヲ注入シ、意識分子ト認メタルモノヲ、常緑会二加入 スルコト等ヲ決定シ。読書会ノ具体案ハ、南宮鉗及薯圭爽ニー任シ、具体案決定スレ バ、常緑会員二回覧決定スルコトニシテ、其ノ日ハ散会シマシタ。 其後、具体案ノ作成モ出来、又幹部郵亭テ、読書会員モ多数獲得シタノデ、読書会結 成式ヲ挙行スルコトニナリ、各会員二指令ヲ下シ、. 昭和拾二年四月十五日、午後四時置リ、午後七時迄、江原道春川郡春川邑本町一丁目 崔養綴方二瀬テ、読書会、所謂後ノ第二常緑会ヲ組織シマシタ。 同、結式参加者ニシテ、読書会員ハ、当時春川中学校在学中ノ第五学年、棄根錫・朴 珪源・任謹鏑・車柱環・全洪基・李豊隻・李柄柱、常緑会ノ幹部、曹圭爽・南宮鉗・ 李燦雨量私(龍華王玉)外春川邑朝町居住、無職・曹興換等デアリマシタ。皆集合着席. スルト、南宮砧ヨリ「吾々ハ朝鮮人ニシテ、朝鮮ノ認識ナク、朝鮮語モ拙イカラ、読 書会ヲ組織シ、而シテ朝鮮ノ認識ヲ深メ、以テ朝鮮同胞ヲ救フト共二、吾々ハ何時迄 モ日本人ノ搾取や圧迫ヲ受ケテ居ラレナイカラ、会ヲ組織シ、・・」. (『常緑会事件訊問記録』第二巻) 一九三七年(昭和十二)三月.十四日、常緑会を組織し最初の活動は同志拡大であった。 常緑会結成後の一か月は、民族意識濃厚と思われる者に対し、直接常緑会の意義・目的を 訴え、数名の同志獲得に成功している。さらに幅広い同志獲得のために、そして常緑会の 組織防衛のためにも、常緑会の読書部を拡大して読書会の組織を急いだのである。 このようにして一九三七年(昭和十二)四月十五日、春川中学校読書会は結成された。. 一15一.
(15) 常緑会には外交部と書籍部が設けられ、外交部は主として意識分子に対しての説得を試 み、書籍部は読書活動により意識分子を育てることを目的としていた。 (四)読書会役員. 吾々ノ如キ、将来朝鮮ヲ背負フ中堅人物ハ、一致団結シテ、朝鮮民族ヲ救ハネバナラ ヌト説明アリ、引続キ役員選挙ヲスルコトニナリ、無記名投票ニテ選挙ノ結果、 会 長. 私(龍衡玉). 副会長. 南宮 王岩. 会 計. 棄根 錫. 書籍係. 曹 圭 i麺. (r常緑会事件訊問記録』第二巻). と決定し、読書会はさらに多くの同志を獲得するため、以上の役員の外に、同志拡大の ため、それぞれ学年担当の責任者を決定している。 (五)読書会会則. 引続キ会則ノ審議ヲナシマシタ。審議ノ結果決定シタル会則ハ、 第一条 本会ハ読書会ト称ス。 (之レハ間モナク常緑会二変更セリ。) 第二条ハ会ノ目的及ビ綱領デ、. 一、朝鮮人タル自覚ノ下二、民族ノ発展二貢献シ、朝鮮独立ヲ目的トスル。 二、相互親善ヲ計り、永久友トシ、協力、一致、団結ヲ養成スルコト。 三、有事ノ場合、心身共一体トナリ之二当ルコト。 第三条以下ハ順序等記憶ナキモ其内容ハ、. 一、会員ハ毎月十銭ノ会費ヲ出シ、之ヲ以テ書籍購入スルコト。 二、会員ハ毎月二冊以上書籍ヲ読書スルコト。 三、本会ニハ左役員ヲ置ク。. 会 長. 一名. 副会長. 一名. 会 計. 一名. 書籍係. 一名. 四、本会ハ毎月第一月曜日二月例会ヲ催ス。 五、会員ノ脱退加入ハ総会ニテ之ヲ決定スルコト。 六、各学年二二名以上ノ準会員ヲ選定加入セシムルコト。 社会人ニシテ本会二賛成スルモノハ賛成会員トシテ加入ヲユルス。 七、会員民会ノ秘密ヲ守ルコト。 等が記憶二子ッテ居りマス。 (『常緑会事件訊問記録』第二巻). 一16一.
(16) (六) 小説『土』・『朝鮮の現在と将来』・『常緑樹』. r訊問記録』を読むかぎり、読書会は必読文献などを指定したようすはないが、多くの 学生たちが読み、そして、啓蒙運動の中でもしばしば取り上げられている書籍は、『朝鮮 の現在と将来(李光株著)』・小説r土(李光学著)』とr常緑樹(沈薫著)』である。 以上の三野の思想は常緑会における学生たちに大きな影響を与えたようである。ここで は龍門珪の感想を取り上げておく。 《『朝鮮の現在と将来』について》. r朝鮮ノ現在ト将来』ハ李光株ノ著デアリ、コノ本ノ第一節「民族改造論」ヲ読ミ、. 現在ノ朝鮮民族ハ疲労困懲ノ極ミニアリ、コノ侭放任シテオケバ、自滅スルガ、若シ 自覚セルー人ノ朝鮮人ガ、一人ノ同志ヲ得、次デ七人が各一人宛同志ヲ幾何級数的二 増加シテ行ケバ、朝鮮二千万同胞ハ三十年スレバ、遂二改造シ得ルトノ論旨アリ。 私ハ、此ノ論旨ヲ見テ、自覚アル朝鮮民族トナリ、朝鮮ノ為、心身ヲ献ゲル覚悟ヲ定 メルト共二、之ノ論旨ヲ採用シテ、同志ヲ獲得シ、他民族ノ統治ヲ受ケザル独立国ヲ 建設シナケレバナラヌト感ジマシタ。 (r常緑会事件訊問記録』第三巻) 《『土』について》. r土』ハ李光株ノ著デ、其ノ内容ハ主人公タル許崇ハ、弁護士タル社会的名声ト物質 欲ヲ振り棄テ、貧困ナル農村二帰農シ、官憲ノ圧迫二抗シナガラ、啓蒙運動ヲナス状. 況が記サレテアリ、恰モ朝鮮ノ現状ヲ示唆シタル感アリ。私モr土』ノ主人公ノ如ク 貧シイ農村二実ヲ献ゲネバナルヌト思ヒマシタ。(r常緑会事件訊問記録』第三巻) 《『常緑樹』について》. r常緑樹』ノ内容ハ、或ル学窓生活二歩テ、知り合イニナリタル男女両主人公が帰農 シテ、文盲退治二従事中、男主人公下獄二投セラレタルニ拘ラズ、女主人公バー層熱 ヲ出シ、啓蒙運動二従事スル状況ヲ記述シアリ。其ノ熱烈ナル祖国愛二感ズルト共二 陣モ将来、両主人公二劣ラザル農村啓蒙運動ヲセネバナラヌト感ジマシタ。. (r常緑会事件訊問記録』第三巻) r朝鮮の現在と将来』は「今は日本帝国主義の力も強く、朝鮮民族はそれに対抗する力 がない。そのために今はまず、対抗できる力を養う時期であり、独立の為の実力行動に訴 える時期ではない。今は合法的手段で将来の独立の為に活動しよう・・」とする考えであ る。この運動は三・一独立運動後、総督府と妥協した運動であると非難された運動であっ. たが(9) 弾圧の厳しい日中戦争期においては李光株の民族運動論は学生たちの可能性 へ のある指針になり得たのであろう。. 一17一.
(17) やがて常緑会・読書会は小説『常緑樹』で展開されたように、校内の活動から地域に活 動の輪を広げ夜学会・敬老会・婦人会等々の活動に参加し、啓蒙活動へと活動の場を広げ てゆくのである。特に、一九三八年(昭和十三年)は、これら農村啓蒙を中心として活発 に活動している。常緑会の啓蒙活動については旧稿で検討したい。. 注. (1)阿部洋「韓国学生運動日誌(一) (二)」 r韓』第…・二号 一九七二. (2)梶村秀樹等監修r朝鮮を知る辞典』平凡社 一九八六 (3)朴慶植「治安維持法による朝鮮人弾圧」 (r季刊・現代史』 一九七六) (4)高等法院検事局思想部r思想彙報・二十二号』 一九四〇 (5)春川常緑会事件訊問記録 r春川常緑会事件訊問記録』を紹介していただいたのはハン・ソッキ氏である。. ハン・ソッキ氏の主宰する「青丘文庫」(神戸市須磨区)にr春川常緑会事件訊問 記録』の写しが所蔵されている。 この記録はソウルの「韓掴教会史文献研究院」が発掘された史料であり、同研究 院は二十六巻にまとめ、「青丘文庫」に納められている。 (6)重油著・梶村秀樹等訳r常緑樹』龍渓書字 一九八九 (7)会則の一部はr春川常緑会事件訊問記録(第二六)』により補充完成させる。. (8)朝鮮総督府警務隠亡r最近に於ける朝鮮の治安状況』 一九三六 (9)李光沫はr東亜日報』に論説「民族的経編」を一九二四年一月二∼六日にわたり連 如した。彼の考えは幻想であるとし、非妥協的民族主義者からきびしい批判を受け 一時r東亜日報』不買同盟が組織されたこともある。. 一18一.
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