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不定名詞句と情報構造

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不定名詞句と情報構造

著者

藤田 康子

雑誌名

年報・フランス研究 = Bulletin Annuel d'Etudes

Francaises

51

ページ

17-30

発行年

2017-12-25

(2)

不定名詞句と情報構造

藤 田 康 子

0.はじめに

DOBROVIE-SORIN(2000)は文の情報構造を単一判断文(phrase thétique),複

合判断文(phrase catégorique),転位テーマ文(phrase à thème détaché)に分類 し,この三つの情報構造にどのような統語的な制約が見られるかを考察してい る。そしてその中で,Une voiture est dans le garage. のような不定名詞句主語 文を分析し,不定名詞句(indéfini)un N, des N, du N が文の主語になれるか どうかを観察し,述語の性質との関係について述べている。しかし,その分析 は,述語の分類と単一判断文・複合判断文の定義に整合性がない。KLEIBER (2001)は,不定名詞句主語文の述語について,より説得力のある分類をして いる。しかし,すべての不定名詞句主語文について,主語が存在解釈される理 由を述語の時空間定位力の有無で説明することはできない。 不定名詞句転位文については,MULLER(2000)は,左方転位された非総称 解釈の不定名詞句がテーマとして機能することがあると主張している。一方, DOBROVIE-SORIN(2000)はこの主張を全面的に否定し,「非総称の不定名詞句 は転位テーマ位置にくることができない」と述べている(p.177)。 本稿では,不定名詞句主語文については,KLEIBER(2001)の仮説に欠けて いる点を補い,不定名詞句転位文については,先行文脈の不定名詞句,転位不 定名詞句,転位不定名詞句を受ける代名詞がどのような解釈を受けるかを分析 する。こうした分析を通じ,不定名詞句主語文と不定名詞句転位文の情報構造 について考察する(1) 17

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1.不定名詞句主語文

1.1. DOBROVIE-SORIN(2000)の問題点 DOBROVIE-SORIN(2000)は(1)を単一判断文,(2)を複合判断文であると 主張している。複合判断文の主語には存在前提があるとされる。どちらも不定 名詞句が主語であるのに,(1)の不定名詞句には存在前提がなく,(2)の不定 名詞句にはあるというのは,どういうことだろうか。

( 1 )De la fumée était en train de se répandre dans la pièce. ( 2 )Un homme est à côté de moi.

DOBROVIE-SORIN(2000)は,単一判断文,複合判断文を定義するにあたり,

述語の種類を「存在化述語」prédicat existentiel と「非存在化述語」prédicat non-existentielsに分けている(p.172)。

(A) 存在化述語:manger, affalé, assis, allongé, répandu, étalé など。

主語項を(空間)定位する。一つ,または複数の述語項の変項が,述 語に含まれる存在量化子によって束縛される。

a. ∃x∃y. x lave y b. ∃x. x est disponible

(B) 非存在化述語:malade, triste, dans la cour など。 述語項はラムダ演算子によって束縛される。 a. λx. x est intelligent b. λx λy. x aime y 単一判断文は必ず存在化述語をとり,複合判断文は述語の種類を問わないとい う。DOBROVIE-SORIN(2000)の複合判断文と単一判断文についての考え方は, 次のようにまとめることができる。 (C) 複合判断文:存在前提のある項と述語が述定関係にある。主語が表す 意味タイプは「個体 individu/entité タイプ(e タイプ)」であり,主語 は文のテーマとして機能する。述語の種類に制約はない。 18 不定名詞句と情報構造

(4)

(D) 単一判断文:主語の存在をその文において言明する。主語が表す意味 タイプは「属性 propriété タイプ」であり,主語はテーマとして機能し ない。述語は必ず存在化述語である。

(3)は複合判断文として挙げられている例,(4)は単一判断文として挙げられ ている例である。

( 3 )a. Jean est intelligent.

b. Une voiture est dans le garage.

c. Pendant mon cours, des étudiants étaient ivres / malades / affamés / endormis.

( 4 )a. Un enfant était en train de réciter un poème. b. De la cendre restait dans la cheminée. c. Il y a des enfants dans la cour.

不定名詞句主語の文は,複合判断文もあれば,単一判断文もあるとされてい る。では,主語が不定名詞句で,述語が存在化述語である場合,複合判断文で あるか単一判断文であるかは,どのように判定するのだろうか。挙げられてい る不定名詞句主語の例はすべて,複合判断文では非存在化述語,単一判断文で は存在化述語が用いられている。以下ではまず,DOBROVIE-SORIN(2000)の述 語の分類が適切であるかどうかを確かめる。 1.2.述語の分類

DOBROVIE-SORIN(2000)は,dans la cour を非存在化述語の例に挙げている。

ところが,(3 b)の être dans le garage は非存在化述語であるとする一方で, (4 b)の restait dans la cheminée は存在化述語であるとしている。être dans le

garageは主語をガレージに空間定位するので,存在化述語として分類するのが 適切ではないか。 存在化述語が存在量化子を発動させ,主語の変項を束縛するのであれば,主 語は述語に結びつくことにより,存在解釈を受けることになる。そして主語の 指示対象は,述語の表す事行が展開する空間に存在することになる。être dans 不定名詞句と情報構造 19

(5)

le garageは,主語がガレージに存在することを表すので,存在化述語として 分類するべきである。

KLEIBER(2001)は,être dans le garage を,存在化述語に分類されている述

語と同じグループに分類している(p.56)。その分類法によると,述語は,主 に出来事を表す「特定化述語」prédicat spécifiant と属性を表す「非特定化述 語」prédicat non spécifiant に分けられる。特定化述語は,時空間への定位点 point d’ancrage spatio-temporelを内包しているため,述語項が特定解釈を受け るのに対し,非特定化述語は,時空間への定位点を内包していないので,存在 解釈ができない。être dans le garage のような述語は出来事を表すわけではな いが,指示対象を空間定位するので,特定化述語に分類される。このように, 特定化述語は出来事や位置を表し,必ず外界のある時点,ある場所にこれを位 置づけるという意味で,「外在的述語」prédicat externe と呼ばれる。一方,非 特定化述語は,主語の属性を表す。属性は主語の内部にとどまり,外界との関 係を表さないので,「内在的述語」prédicat interne と呼ばれる(KLEIBER(2001)

p.50-56)。 このように,述語の分類法としては,KLEIBER(2001)の方に整合性がある。 その分類法にしたがえば,述語が特定化述語であるときは,主語の不定名詞句 は存在解釈され(5),非特定化述語であるときは,容認度が落ちる(6)。ま た,この分類基準が正しい根拠として,特定化述語を否定形にすると,存在解 釈が不適切であると判断されることを指摘している(7)。否定文では,出来事 が発生しないので,時空間への定位点が形成されず,存在解釈ができなくなる からである。

( 5 )a. Un avion s’est écrasé hier dans les Vosges. b. Des inconnus ont cambriolé la maison de Léa. c. Du givre hérissait le pourtour de sa bouche. ( 6 )a.? Un avion est gris.

b.? Des inconnus sont étonnés. c.? Du givre était glacé.

(6)

( 7 )a.? Un avion ne s’est pas écrasé hier dans les Vosges. b.? Des inconnus n’ont pas cambriolé la maison de Léa. c.? Du givre ne hérissait pas le pourtour de sa bouche.

KLEIBER(2001)の考え方は,次のように捉え直すことができる。特定化述 語が時空間への定位点を内包しているということは,事行の生起について quandと où で問うことができるということである。「墜落した」場所・時点, 「盗みに入った」場所・時点を変えると,それはもう同一の事行ではなくなる。 一方,非特定化述語は,述語の表す属性が主語に内在する。「灰色である」, 「驚いている」,「凍っている」という属性は,特定の空間に固定されない。「霜 が凍っている」という事態は,葉の上から道端へとその場所が移動しても,同 一である。否定文に関しては,事行が生起しなかったのがいつであるか,どこ であるかを問うことはできない。 1.3.存在解釈の要因

述語の分類は異なるが,DOBROVIE-SORIN(2000)も KLEIBER(2001)も,不

定名詞句主語の存在解釈の要因は,述語による空間定位であるという点では一 致している。ところが(3 c)Pendant mon cours, des étudiants étaient ivres / malades / affamés / endormis.では,主節述語が非特定化述語であるのに,主語 が存在解釈され,文は問題なく容認される。このような例は他にも見られる。

DOBROVIE-SORIN(2000)は,(8)の主節述語は非存在化述語であるとしている

(p.175)。

( 8 )a. Une femme que je connais est chauve. b. Un collègue à moi est daltonien. c. Un livre est introuvable. d. Des verres sont vides. e. Des fauteuils sont bancals. f. Des élèves sont absents. g. Une ampoule est grillée.

(7)

h. Un cendrier est plein.

非特定化述語であるのに,不定名詞句主語が存在解釈されるのはなぜか。

DOBROVIE-SORIN(2000)は,(8 a),(8 b),(8 c)のような恒常性述語は,発

話者が不定名詞句の指示対象を同定しているときに用いることができるとして いる。(8 d)以下の例については,文が容認されるための要件として,述語の 表す属性が直接知覚可能であることを挙げている(pp.174-175)。 (8 a),(8 b),(8 c)も(3 c)も,発話者が不定名詞句の指示対象を同定し ているのは明らかである(2)。しかし,そのことは不定名詞句主語が存在解釈さ れる要因ではない。これらの例では,不定名詞句の存在解釈は,主節述語の時 空間定位以外の要因に由来する。

(3 c)では,pendant mon cours により,「学生が酔っ払っていた」という事 態が「私の授業」という時空間に位置づけられ,des étudiants はその時空間に 存在するものとして存在解釈される。(8 a)は不定名詞句主語に修飾語句があ

るが,GALMICHE(1986)は Une femme est chauve. のように,不定名詞句主語

に修飾語句がないときは容認されないが,修飾語句を付加すると,多くの場合 問題なく容認されると述べている(p.49)。FODOR & SAD(1982)も A student

in the syntax class(,)who has a PH.D. in astrophysics(,)cheated on the exam. のように,関係節が不定名詞句主語を修飾すると,特定解釈が促されると指摘 している(p.361)。(8 a)が存在解釈されるのは,修飾語句が個体情報をもた ら す た め だ と 考 え ら れ る。(8 b)に つ い て は,GALMICHE(1986)が Un

collègue est daltonien. Des cousins sont témoins de Jehovah. という例文を挙げて 指摘しているように,un ami, un voisin などの語は話し手との関係を表し,こ のことが存在解釈を促すと考えられる(p.49)。このように,(8 a),(8 b)で は不定名詞句の指示対象は,特定の時空間に位置づけられるわけではない。 (8 c)以下の例では,「(…が)見つからない」,「(…が)空だ」,「(…が)ぐ らぐらしている」などの述語が用いられているが,主語の内在的属性を表し, 特定の時空間に主語を位置づけないので,非特定化述語である。GALMICHE (1986)はこのような例の不定名詞句は部分解釈を受けると述べている(pp.55 22 不定名詞句と情報構造

(8)

-59)。非総称文脈において,部分解釈される不定名詞句の全体集合の要素に存 在前提があるならば,その部分集合を表す不定名詞句は必然的に存在解釈され る。(8 c)以下の例では,本棚にあるすべての本,宴会場にあるすべてのグラ ス,クラスの全生徒など,存在前提のある全体集合が推測により導き出される ため,不定名詞句主語を存在解釈することができると考えられる。 これらの例から,主語不定名詞句の存在解釈は,特定化述語の時空間定位以 外の要因によってもたらされることがあり,KLEIBER(2001)の主張する特定 化述語による時空間定位は,その十分条件ではあっても,必要条件ではないこ とがわかる。 1.4.単一判断文と複合判断文 不定名詞句主語文は,単一判断文もあれば複合判断文もあるのだろうか。 DOBROVIE-SORIN(2000)の仮説では,単一判断文は主節述語が存在化述語であ るときに限定されるが,複合判断文は存在化述語も非存在化述語も取り得ると いうことになっていた。不定名詞句の存在解釈をもたらす要因に基づき,この 主張の是非を検討しよう。 まず,存在解釈をもたらす要因が述語にあるときについて考える。特定化述 語は,不定名詞句主語を時空間定位する。これらの述語をとる不定名詞句主語 は,述語と結びつくことによって初めて存在解釈され,その指示対象が特定の 時空間に存在することになる。これは,これらの不定名詞句主語には存在前提 がないということである。主節述語が特定化述語ならば,不定名詞句主語文は 単一判断文であり,複合判断文ではない。一方,(6)の述語のような非特定化 述語のときは,主語不定名詞句は,空間定位されず,存在解釈されない。文と して容認されないのであるから,複合判断文にはなりえない。 不定名詞句主語文の主語の存在解釈がこれらの述語以外の要因によってもた らされるときも,同様である。(3 c)Pendant mon cours, des étudiants étaient ivres / malades / affamés / endormisでも(8 a),(8 b)でも,主語不定名詞句は, 文内の時空表現や修飾語句,話し手との関係の含意によって存在解釈されるの

(9)

であって,あらかじめ存在前提があるのではない。したがって,文は主語をテ ーマとする複合判断文ではなく,単一判断文である。また(8 c)以下の例で は,不定名詞句主語の表す部分集合は,述語によって範囲が限定されることに より形成される。「空のグラス」という部分集合に存在前提はない。

DOBROVIE-SORIN(2000)が複合判断文としていた(2)Un homme est à côté

de moi,(3 b)Une voiture est dans le garage,(3 c)は,いずれも単一判断文だ と考えられる。

2

.不定名詞句転位文

2.1.不定名詞句転位文をめぐる二つの立場

DOBROVIE-SORIN(2000)が「非総称の不定名詞句は転位テーマ位置にくるこ

とができない」という主張の根拠としているのは,次のような例である。 ( 9 )*Un étudiant, Jean(l’)a examiné deux fois.

転位テーマは,統語的にも意味的にも主節の外にあり,主節に結びついてはい るが,その一部ではないという。そして,不定名詞句が用いられないのは,不 定名詞句を主節に組み込まずに用いることに対する制約,または主節から切り 離された不定名詞句と照応することに対する制約が働くためであろうと説明し ている(p.177)。MULLER(2000)も述べているように,先行研究ではこのよ うに,存在解釈の不定名詞句をテーマとして転位させた文は,容認されないと いうのが通説であった。 一方,MULLER(2000)は,「テーマ」を次のように定義している。コミュニ ケーションの達成のために,発話は二元構造をとる必要があるが,「何につい て話すか」と「そのことについて何を話すか」という意味的な対立は必須では なく,副次的なものであり,「テーマ」は単に二元構造の第一項であるにすぎ ない(pp.187-188)。そして不定名詞句主語文の主語不定名詞句も,統語的に 発話の述定部分と対立するので,述定部分に対するテーマであると述べてい る(3) 24 不定名詞句と情報構造

(10)

(10)Un médecin est demandé au bureau d’accueil. このような考えに基づき,MULLER(2000)は,転位文は有標のテーマ構造 の一つであり,特に口語で多用されると述べている。そして非総称解釈の不定 名詞句が左方転位されている例を挙げ,これらの不定名詞句がテーマであると 主張している(pp.189-196)(4)。そして,非総称解釈の不定名詞句の転位の可 否は,転位テーマに含まれる名詞が先行文脈において際立っている(saillant) ことが決定要因であると主張している。しかし,不定名詞句の解釈と主節の代 名詞との照応関係という観点から,十分に分析しているわけではない。以下で は,先行文脈の不定名詞句と転位不定名詞句の解釈,転位不定名詞句と代名詞 の照応関係を分析し,情報構造を考察する。 2.2.〈un N+修飾語句,il〉構造 まず,転位不定名詞句が il によって照応される構造を見よう。先行研究で は一般に,存在解釈の不定名詞句を転位させた文は,容認されないとされてい た。

(11)a. *Un enfant, il a fait ça hier.(BERTHOUD(1994)p.162)

b. *Un porte-manteau, il est derrière le comptoir. c. *Un éléphant, il a barri.

これに対し,MULLER(2000)は,不定名詞句に修飾語句がつくと,容認され

ると指摘した(p.192, 196)。

(12)a. Je cherche une vendeuse rousse avec un foulard vert.−Une vendeuse

rousse avec un foulard vert, elle se trouve à la caisse près de l’entrée.

b. Une décapotable vert pomme, elle a tourné à gauche il y a 5 minutes. しかし,転位不定名詞句は,先行文脈で導入ずみの指示対象をエコーのように 繰り返しているのではないと述べるにとどまり,容認される理由を分析してい ない。

FLORICIC(2006)は,関係節が特定の出来事を表すと,その事行に参加する

個体が特定解釈を受けると述べている。また,une étudiante à moi, une ancienne

(11)

étudianteのように,不定名詞句が直示詞 moi と関係づけられる語句によって 修飾されると,特定解釈されると指摘している(pp.99-100)。

(13)Au fait, une étudiante {que j’ai rencontrée ce matin / à moi}, elle m’a dit que le cours était annulé. T’es au courant?(5)

しかし,(12)では une vendeuse を修飾する rousse も avec un foulard vert も,特定の時空間に不定名詞句を定位しない。また,語意的に話し手と関係づ けられてもいない。では,(12)が容認されるのはなぜか。それは,不定名詞 句は修飾語句がつくと,特定解釈が促される性質があるためだと考えられる。 上述の(8 a)と同じメカニズムである。「赤毛」も,「緑のスカーフ」も,個 体に由来する情報として特定解釈を導く誘因となる。また,不定名詞句は,前 文の不定名詞句がエコーのように繰り返されているのであり,存在前提はな い。 これらの例では,主節主語は特定の時空間に定位される事行の主体であり, 特定解釈を受ける。このような例では,主語と照応関係にある転位不定名詞句 がその修飾語句によって特定解釈を受けると,文が容認されることがわかる。 2.3.一般論を表す〈un N, il〉構造 転位不定名詞句が il で照応される文の中には,非文にならないものがある。 (14)a. Un enfant, il vous fait ça en deux minutes.

b. Un enfant, il te fait ça en deux temps trois mouvements. c. Un ouvrier, il peut aujourd’hui aller à l’Université. d. Une fermière, elle doit s’endetter pour vivre.

こうした例の転位不定名詞句の解釈に関しては,研究者の間で意見が分かれて いる。BERTHOUD(1994)は(14 a)を取り上げ,総称解釈であるとしている (p.162)。MULLER(2000)はこの分析を引用しているが,解釈に関して修正を 加えてはいない(p.190)。FLORICIC(2006)は(14 b)の転位不定名詞句が個 体差を捨象したクラスの代表であるとしている(p.99)。東郷(2006)は(14) の全ての例で,不特定解釈されるとしている(p.10)。これらの例は,それぞ 26 不定名詞句と情報構造

(12)

れの転位不定名詞句が表すクラスに属する個体であれば,誰にでも当てはまる 一般論を表しているが,総称解釈やクラスの代表という考え方は,この点に立 脚していると考えられる。しかし,例えば(14 a)で「そのことをする」の は,すべての子供ではなく,誰であってもよい一人の子供である。転位不定名 詞句は不特定解釈を受けると考えるのが適切であろう。当然存在前提はない。 非文となる(11)と容認される(14)の違いは,主節述語の時制的価値の差 にある。(11)では主節述語が特定化述語として機能し,主語は特定解釈され るが,転位不定名詞句には修飾語句がないため,特定解釈されない。一方,一 般論を表す文では,主節述語は特定の時空間に限定される事行を表すのではな く,主語を特定の時空間に定位しない。転位不定名詞句も,修飾語句によって 特定解釈されない。このことが(14)を非文にしない理由であると考えられ る。 2.4.仮想の事行を表す〈un N, il〉構造 MULLER(2000)は,(15)のように主節述語が仮想の事行を表すときは,転 位不定名詞句を il で受けることができるが,(16)のように現実に生起した事 行を表すときは,できないと指摘している。しかし理由を分析していない (pp.192-193)。

(15)Il passait en revue les cadeaux qu’il pourrait lui offrir pour son anniversaire :

une décapotable, elle serait vite esquintée ou volée dans ce quartier. . .

(16)Il avait eu tort de lui faire ce cadeau. *Une décapotable, elle avait été volée quelques jours seulement après les premières promenades dans le quartier. (15)の une décapotable は,彼が彼女に贈るかもしれない cadeaux の一つで ある。どの車かが決まっていないので,不特定解釈を受け,存在前提はない。 一方,elle は仮想の世界において彼が贈った特定の車を指す。不特定解釈の

une décapotableを特定解釈の elle で照応できるのは,主節が仮想の世界におい

て彼が車を贈った後の出来事を表すので,une décapotable から彼が贈った特定 の une décapotable が派生され,elle はこれを受けるからだと説明することがで

(13)

きる。une décapotable と elle の間にはこのような解釈の変換操作が介在すると 考えられる。

(16)では贈り物は現実に実行されており,ce cadeau と une décapotable は同 一の特定の個体を指示しなければならないので,不定名詞句で照応することが できない。

2.5.〈un N, . . . en〉構造

では,転位不定名詞句が en と照応関係にあるとき,その解釈はどのように

決まるのか。MULLER(2000)は先行文脈のある例を挙げている(p.191)。

(17)a. Où pourrais-je trouver un porte-manteau? −Un porte-manteau, vous en avez un là-bas.

b. Et il y a déjà eu des saumons par ici?−Des saumons, la rivière en était pleine.

c. Je voudrais un parapluie.−Un parapluie, il m’en reste un.

先行文脈では,不定名詞句は不特定解釈を受けており,存在前提はない。転位 不定名詞句はこの不特定解釈をそのままエコーのように引き継ぐと考えられ る。主節述語は特定化述語であるため,en(. . . un)は特定解釈を受ける。en は先行名詞句からカテゴリーのみを受け,指示対象は受けないので,転位不定 名詞句と en は齟齬をきたさない。 BLASCO-DULBECCO(1999)には先行文脈が示されていない口語コーパスの例 が収録されている(pp.256-257)。

(18)a. des journaux qui viennent du Portugal il y en a pratiquement pas b. des livres sur Paris dans la peinture il y en a déjà pas mal c. des claques moi j’en ai pris hein

主節述語が特定化述語であるので,en は特定解釈を受ける。en は転位不定名 詞句とカテゴリーのみの照応関係にあるため,転位不定名詞句が特定解釈を受 けても,不特定解釈を受けても,文は非文にならない。

(14)

3.おわりに

不定名詞句主語文は,単一判断文である。主語の存在解釈をもたらす要因 は,主節述語に限らず,属性が発現する時空間を表す,述語以外の語句であっ たり,主語の修飾語句であったり,話者との関係を含意する不定名詞句の語意 的性質であったり,部分解釈であったりする。転位不定名詞句は,修飾語句の 有無や先行文脈によってもたらされる情報により,解釈が決まる。修飾語句に よって特定解釈を受けるときは,特定解釈を受ける il で照応させることがで きる。修飾語句がないときは,基本的に不特定解釈を受ける。主節が一般論を 表す文では,転位不定名詞句と il はともに不特定解釈を受ける。いったん不 特定解釈を受けた転位不定名詞句が特定解釈を派生し,il でこれを照応するこ ともある。en(. . . un)は転位不定名詞句のカテゴリーのみを受けるので,転 位不定名詞句の解釈の如何によらず,照応できる。転位不定名詞句には存在前 提がなく,主節述語と述定関係にないので,複合判断文の主語と同じ意味でテ ーマであると見なすことはできない。 注 ⑴ 本稿で取り上げる「不定名詞句主語文」は,主語が動詞の前に置かれるものに限 定する。また,「不定名詞句転位文」は左方転位文に限定する。いずれも,不定 名詞句は非総称解釈のみを取り上げる。 ⑵ DOBROVIE-SORIN(2000)はそのことを不定名詞句主語に存在前提があり,文が複 合判断文であることの根拠としていると推測できるが,聞き手にとっても存在前 提があるわけではないので,根拠にはならない。

⑶ さらに MULLER(2000)は,Un homme est entré. を Il y a un homme qui est entré.

のように言い換えることができることを根拠として,不定名詞句主語は,表出さ れない il y a のレーマであると同時に述語のテーマであると主張している。しか し,il y a による言い換えは,存在を表す述定を加えており,統語・情報構造を 変化させているので,この主張は当を得ていない。il y a による言い換えは,存 在解釈であるかどうかを判断するテストとして用いるべきである。 ⑷ 非総称解釈の転位不定名詞句を分析した論考には,他にも BERTHOUD(1994), 不定名詞句と情報構造 29

(15)

BLASCO-DULBECCO(1999),FLORICIC(2006),東郷(2006)がある。 ⑸ FLORICIC(2006)は指摘していないが,この例は先行文脈がないときでも,不定 名詞句転位文が用いられることを示している。先行文脈において不定名詞句に含 まれる名詞が際立っているという MULLER(2000)の仮説は,不定名詞句転位文 の成立に必須の条件ではないと考えられる。 参考文献

BERTHOUD, A.-C.(1994),“Indéfini et thématisaion”,Faits de langues 4, 161-168.

BLASCO-DULBECCO, M.(1999),Les dislocations en français contemporain, Champion.

DOBROVIE-SORIN, C.(2000),“Le(s)thème(s)entre la syntaxe et la structure de

l’informa-tion”,C. GUIMIER(ed)La thématisation dans les langues, Petre Lang, 169-183.

FLORICIC, F.(2006):“La thématisation des SN indéfinis en français et en italien”, F. C OR-BLIN et al.(eds)Indéfini et prédication, Presses de l’Université Paris-Sorbonne,

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FODOR, J. D. & I. SAG(1982),“Referential and quantificational indefinites”, Linguistics &

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GALMICHE, M.(1986):“Référence indéfinie, événements, propriétés et pertinence”, J.

David et G. Kleiber(eds),Déterminants : syntaxe et sémantique, Klincksieck, 41-71. KLEIBER, G.(2001),“Indéfinis : lecture existentielle et lecture partitive”, G. KLEIBERet al.

(eds)Typologie des groupes nominaux, Presses Universitaires de Rennes, 47-97. MULLER, C.(2000),“La thématisation des indéfinis en français : un paradoxe apparent”,C.

GUIMIER(ed)La thématisation dans les langues, Petre Lang, 185-199.

東郷雄二(2006)「不定名詞句の転位と状況解釈」『フランス語学研究』40, 1-13. (文学部非常勤講師) 30 不定名詞句と情報構造

参照

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