<安田賞> 2019年度社会学部優秀論文賞 (安田賞)
講評
著者
奥村 隆
雑誌名
関西学院大学社会学部紀要
号
135
ページ
125-127
発行年
2020-10-31
URL
http://hdl.handle.net/10236/00029135
2019 年度 社会学部優秀論文賞(安田賞)講評
選考委員会コンビーナ奥 村
隆
2019 年度の安田賞候補論文には、2020 年 1 月 27 日の締め切りまでに、卒業論文を指導した各教員から 計 10 篇の推薦がありました。今年度は 6 専攻分野に分かれて卒業生を出す初めての年度でしたが、現代 社会学、データ社会学、フィールド社会学、フィールド文化学、メディア・コミュニケーション学、社会 心理学の全分野から推薦がなされました。2 月 16 日に選考委員会が開催され、6 名の選考委員が評価を持 ち寄って審査を行った結果、以下のように、最優秀論文 1 篇、優秀論文 2 篇を選考いたしました。 最優秀論文には、河西優さん(貴戸理恵ゼミ、フィールド社会学分野)の「精神障害の親をもつ ヤン グケアラー の語りにみる社会的排除: ケアする存在 と ケアされる存在 のはざまで」が選ばれま した。また、優秀論文には、金琴香さん(阿部潔ゼミ、メディア・コミュニケーション学分野)の「韓国 に向けられた嫌悪と愛好──ヘイトスピーチと韓流ブームが併存する日本社会──」、柏原宗一郎さん (清水裕士ゼミ、社会心理学分野)の「排外主義の規定要因としての Zero-Sum Belief」の 2 篇が選出され ました。 最優秀論文賞を受賞した河西優さん「精神障害の親をもつ ヤングケアラー の語りにみる社会的排 除: ケアする存在 と ケアされる存在 のはざまで」は、精神障害の親をもつ子どもという立場を経 験した人々の語りを通して、彼らがどのような生きづらさを抱えているか、その存在がいかに社会におい て不可視であるかを考察しようとした論文です。精神障害の親をもつ子どもは、一方で「子ども」として 「ケアされる存在」でありながら、他方で「ケアラー」として「ケアする存在」であるという二面性をも つことによって、従来の「ケア」論や「当事者」論では的確な位置づけがなされてきませんでしたが、本 論文は「ヤングケアラー」という枠組みを用いて彼らが抱える問題を浮かび上らせることに成功してお り、社会問題の提起という意味においてもきわめて高く評価できる論考といえます。 論文の前半では福祉学的研究・社会学的研究を広く横断して先行研究を批判的に検討したあと、3 人の 当事者へのインタビュー調査の記録が再構成されますが、インタビューで得られた言葉のひとつひとつを 丁寧に検討したうえで、彼らが親の感情に対するケア労働を負わされる姿や否定的なアイデンティティを 抱えたまま困難な「自立」へと駆り立てられていく姿、こうした生きづらさを抱えているにもかかわらず 助けやニーズを表明する「当事者」にはなりえていない状況を、分厚い記述によって迫力をもって描き出 しており、資料としても重要な価値をもつものです。これを分析する後半部では、「社会的排除」概念を 導入することで彼らの状況をマクロな視点と結びつけて考察しており、孤独やスティグマを生むメカニズ ムや、現代の医療・福祉・学校教育などの構造的課題を鋭く抽出する十分な説得力をもった論理展開がな されています。査読を担当した選考委員からの「学生が書いたものとして比類のない水準にある」という 審査コメントが表すように、141 ページにも及ぶ本論文は、テーマの切実さ、調査の丁寧さ、分析の精緻 さ、文章の力強さのどれをとっても、卒業論文では稀といっていい高度な水準にあると選考委員全員が一 致して評価しました。 優秀論文賞に選ばれた 2 篇は、どちらも対外意識をテーマとした作品となりました。金琴香さん「韓国 に向けられた嫌悪と愛好──ヘイトスピーチと韓流ブームが併存する日本社会──」は、現代日本におい て韓国を嫌悪する「ヘイトスピーチ」と韓国を愛好する「韓流ブーム」という対極的な現象がなぜ同時に 起こりうるのか、という問いを解明しようとした論考です。既存の社会意識調査をもとに日本人の韓国へ の感情を世代別・ジェンダー別に分析し、ヘイトスピーチの担い手、韓流ブームの担い手の姿を主に新聞 October 2020 ― 125 ―記事データから描き出したあと、本論文はネット空間においてふたつの異なる集団が形成されており、 「政治」と「文化」が切り離してとらえられていることを指摘して、これをつなぐ役割を果たしうるのが 在日コリアンの若者ではないかと主張します。オリジナルな一次資料が在日コリアン 1 名へのインタビュ ーに限られるなどデータ的根拠をめぐる課題が指摘されたものの、歴史的背景や在日コリアン当事者の心 情を丁寧に踏まえた文章の表現力はきわめて優れており、説得力に溢れた本論文には選考委員から「力作 である」とのコメントが与えられました。 もうひとつの優秀論文賞作品、柏原宗一郎さん「排外主義の規定要因としての Zero-Sum Belief」は、 誰かが利益を得ると他の誰かの取り分が減るととらえる認知バイアス=Zero-Sum Belief が排外主義的態 度をどのように規定するかを、オリジナルなデータに基づいて検証しようとしたものです。排外主義をめ ぐる社会学・社会心理学の膨大な先行研究(英語文献を多く含む)を詳細に検討したうえで、従来の研究 では識別できなかった外国人嫌悪と一般的信念としての Zero-Sum Belief を区別して測定する指標を新た に作成していること、大学生を対象にした実験と多様な年齢の対象者への調査票調査の 2 段階から得たデ ータを重回帰分析やベイズ統計による解析など高度な手法を用いて分析していることなど、本論文がじつ に慎重に検証を進め、信頼性の高い結論を導いていることが高く評価されました。選考委員からは、この 論文の問題設定がもつ社会的意義をより明確に叙述することで説得性が増したのではないかといった課題 も指摘されましたが、専門ジャーナルに掲載されうるポテンシャルをもった論考であるとのコメントも寄 せられました。 このように、受賞 3 作品は執筆者の斬新な問題意識と粘り強い努力が高い水準で結びついたものです が、とくに現代社会固有の問題に肉薄する各論文のアクチュアリティには目を見張るものがありました。 これ以外の推薦論文も、カフェ、スポーツファン、物忌、いじめ、芸術家のイメージ、育児不安、美容と いったユニークな視点から現代社会に接近しており、選考委員会は各委員が査読した論文の新鮮な発想と オリジナルな発見を報告しあう、刺激に満ちた楽しい時間となったことを申し添えたいと思います。選考 委員会コンビーナとして、各論文を執筆されたみなさんと指導された先生方のご努力に、深い敬意を表し ます。 ― 126 ― 社 会 学 部 紀 要 第135号
最優秀論文賞 氏名 指導教員 専攻分野 卒業論文題目 河西 優 貴戸 理恵 フィールド社会学 精神障害の親をもつ「ヤングケアラー」の語りにみる社 会的排除:「ケアする存在」と「ケアされる存在」のは ざまで 優秀論文賞 氏名 指導教員 専攻分野 卒業論文題目 金 琴香 阿部 潔 メディア・コミュ ニケーション学 韓国に向けられた嫌悪と愛好 −ヘイトスピーチと韓流ブームが併存する日本社会− 柏原宗一郎 清水 裕士 社会心理学 排外主義の規定要因としての Zero-Sum Belief 以上 受賞論文 3 篇 3 名 上記以外の推薦論文 氏名 指導教員 専攻分野 卒業論文題目 里村 利菜 荻野 昌弘 現代社会学 カフェの空間としての役割と他者とのつながり 竹尾 凌汰 宮原浩二郎 現代社会学 阪神ファンはなぜ弱い阪神を熱く応援するのか? −甲子園球場における阪神ファンの社会学的研究− 辻 涼香 島村 恭則 フィールド文化学 「物忌」のゆくえ −伊豆諸島における来訪神伝承の消長− 角南 愛永 佐藤 哲彦 フィールド社会学 いじめの社会学的考察 舟橋沙友里 稲増 一憲 社会心理学 芸術家へのステレオタイプが印象形成及び作品評価に与 える影響の検討 金 琴玲 長松奈美江 データ社会学 母親の育児不安を生み出す要因 −階層、子育て方針(理想)、子育てのあり方(現実) という視点から− 丸山友里花 鈴木 謙介 現代社会学 新たな「美容」の捉え方 −若年女性の日常的美容実践を通して「美容」を再考す る− 以 上 October 2020 ― 127 ―