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近畿大学法科大学院の模擬裁判について

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Academic year: 2021

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(1)法 科 大 学 院 論 集 第 4号. 近畿大学法科大学院の模擬裁判について. 瀧. 賢太郎. はじめに. 刑事模擬裁判については,今や,裁判員制度への国民の関心を深め,意識へ の定着化を図るために,全国各地の裁判所において,裁判員裁判の模擬裁判が 頻繁に行われるようになっている。 筆者も,大阪地方裁判所において裁判員による模擬裁判を傍聴する機会を得 たが,その内容はこれから述べる近畿大学法科大学院における模擬裁判とはか なり様相が異なるものである。 しかしながら,裁判員裁判も現行刑事訴訟法の枠組みの中で実施されるもの であり,証拠法そのものの改正が行われているわけではな L、。したがって,当 院における院生による模擬裁判が,法廷活動の経験を全く持たない者によるも のであるとともに,その目標が刑事訴訟実務の体得に置かれていることからす れば,まずは,現行の刑事裁判を体験させるところから始めるべきであろう O その上で,裁判員裁判ならば,どのような点が違ってくるかを確認し,体得 させていくのが順序である o しかも,裁判員裁判は未だに実施されていない裁判のあり方である O 現実に これが実施されたときには,当初想定された理念どおりになっているのかどう かも,まだ,分からないのである。 この稿の末尾に,裁判員裁判ではどのような問題が起きるかについて,筆者 q o.

(2) 近畿大学法科大学院の模擬裁判について. なりの考えを若干述べることとするが,このような問題についても,現時点に おいて想定できる問題にすぎず,現実に実施されるときには解消されているか もしれないのである o このように考えると,当院における刑事模擬裁判については,やはり,裁判 員制度を想定しない現行の形式に従って実施することが本来の教育のあり方で あるといえよう o. 2 模擬裁判ーその意義について一 近畿大学法科大学院においては,平成 1 6年 4月の開校以来,模擬裁判を 3年 前期に配当する法律実務基礎科目の 1っとしてとらえ,. r 刑事裁判 Jr 検察実務」. 「刑事弁護」などの刑事実務基礎科目との相互関連性をもたせるための授業と 位置づけていた。しかし,開校当初からの数年は履修希望者の人数不足等の事 情のために,これを実施に移すことができなかった。 当院設立後 3年が経過した平成 1 9年度を迎えるに先立ち,平成 1 8年度に教務 担当の永井教授,下村助教授(当時,以下同じ。)を中心として,平成 1 9年度 からの実務基礎科目の大幅な見直しが行われ,これに伴い「模擬裁判」は抜本 的な改変が行われ,更に実務関係科目を総合的に所管する臨床教育委員会が設 置された。. 3年前期に刑事裁判の実務家教員に. 模擬裁判の改変の最大のポイントは. よって行われる「刑事訴訟実務の基礎」という座学としての授業科目に先立つ 時期に「模擬裁判」を実施させることにより. 3年時の院生に対し1,. 2年. 時に習得した刑事系科目の基礎的知識を再確認させるとともに,刑事訴訟実務 を立体的に体験させ,刑事訴訟実務への理解と興味を高めさせ,最終学年にお ける学習意欲を全般的に高めるという教育効果を狙うとともに,同時に. 2年時の刑事系科目での学習意欲を持続・拡大させ. 1,. 3年時の「刑事訴訟実務. 49.

(3) 法 科 大 学 院 論 集 第 4号. の基礎」の学習に引き継がせることによって,刑事系科目の学習効果を 3年間 継続させようという大きな理念を掲げたことであった。 初めて実施される模擬裁判は,このような教育効果の達成を目的としたこと から,その実施時期は,平成 1 9年 3月の春期休暇中とし,. しかも,. 3年生配当. 科目を 2年時に前倒しで行うことにしたのである o 春期休暇中には入学試験 B日程やエクスターンシップの実施,学位記授与式 など,いろいろな行事があり,その中での模擬裁判の日程の設定には困難なも のがあった。しかし,教務担当の永井教授,下村助教授の協力の下に,平成 1 9 年 3月 1 6日(金)から週末をはさんで同月 2 4日(土)までの 1週間を模擬裁判 の集中授業期間とすることが決められた。 また,このとき設立された臨床教育委員会は,エクスターンシップやリーガ ルクリニック,模擬裁判など,院外の実務家弁護士の協力の下に実施する科目 を臨床教育科目として,これらを総合的に所管するために設けられた委員会で あり,当院の実務家教員であり大阪弁護士会においても法科大学院関係の業務 を担当する中島健仁弁護士(故人)が臨床教育委員会の初代委員長となり,下 村助教授が同委員会委員となって,臨床教育科目について院外の実務家弁護士 との連絡・調整に努められ,模擬裁判についても,担当教員となる野田,江野 尻両弁護士との連絡調整等に当たられた。なお,中島健仁弁護士は平成 1 9年 7 月1 8日,逝去された。当院は優れた弁護士であるとともに,優れた実務家専任 教員を失うことになったが,現在,下村教授(平成 1 9年 4月 1日付で教授とな られた。)が中島弁護士に代わり,同委員会の委員長として活躍されている。. 3 教員による準備について ( 1 ) 刑事模擬裁判は,通常の座学としての授業とはあらゆる面で異なってい. f こ 。.

(4) 近畿大学法科大学院の模擬裁判について. 最大の違いは,院生自身による刑事訴訟手続きの実施という点である o 座学 としての授業では,院生に対し手続きのあり方とその理論的根拠を説明し,院 生が理解できればそれで良しとされ,院生に対し,刑事訴訟実務を自ら実施で きるまでの知識と能力の習得をさせることは目的とされていな L 。 、 ところが,刑事模擬裁判は,院生自身による刑事裁判の実現を目的としてい る。この目的が達成されるには,上記のレベルにとどまる院生の能力を,直接, 必要な手続きを自分自身で正確に踏み行えるまでに高めなければならな L、。し かも,実際の生の事件を題材として使うことから,その生の事件の内容を正確 に覚えさせた上で,その事実に対して,刑事訴訟手続を刑事訴訟法及び刑事訴 訟法規則等の法令に従って適用させるようにしなければならな L、。院生に対し, そこまでの学習能力を身に付けさせることは並大抵のことではな L 。 、 他方,模擬裁判は,刑事訴訟手続の習得という教育を目的としているのであ り,判決結果での勝敗を競わせることを目的とするものではな L、。この点は重 要なことであるが,現実にはこの点を院生に理解させることは必ずしも容易で はなかった。検察官役の院生は有罪を,また,弁護人役の院生は無罪をそれぞ れ勝ち取りたい,との意識をもって行動してしまうことになりがちであり,ま た,それが院生のモチベーションを高めることにつながることから,教員に とっても, i 最初からこの事件は有罪です」と決めつけることが院生の意欲や興 味の低下・喪失を招きはしないか,というおそれを生むのである O 当院の初め ての模擬裁判においては,この点が必ずしも院生に対し周知されないまま裁判 が始まったことから,それが様々なトラブルを生むことになったのである o 次に,日程調整や登録した院生の役割分担の決定などについては,実務家教 員では適切な対処が困難であるため,前記の教務担当教員,特に下村助教授に お願いし,平成 1 8年度の後期日程の全体スケジュールにあわせて模擬裁判の日 程を組み入れるとともに,模擬裁判の 2年生による仮登録を平成 1 8年度内に行 わせ,各院生から担当役についてのアンケートを第 3希望まで書かせ,これを.

(5) 法 科 大 学 院 論 集 第 4号. 最大限に尊重しつつ,裁判官,検察官,弁護人に配分する作業を担当して頂い. f こo これにあわせ. 3名の担当教員として検察官担当については検察官としての. 経験がある実務家教員の瀧が担当することとし,裁判官担当は大阪弁護士会所 属の野田英二弁護士が,弁護人担当は同会所属の江野尻正明弁護士が,それぞ れ担当することになった。 ( 2 ) 次に教材の選定は,法務総合研究所が実際の裁判記録の中から選んで,. 教材用に修正して作成した教材の中から,殺人未遂の事案の教材を選定した。 平成 1 8年 1 1月に教務担当の下村助教授を含めた担当教員の打合せ会議を持った が,この打合せの中で確認された重要事項としては, 日程が制約された中で冒 頭手続から判決宣告までのすべてを実施しなければならないため,論点を殺意 の認定,心神耗弱の主張の成否という 2点に限定して主張・立証を行わせるこ とや,予め決めた証人の他に,突然,これ以外の証人申請も行い得ることにす れば,そもそも準備の枠を越えてしまうため,証人は予め決められた者に限定 するとともに,それに応じて検察官申請の書証に対する弁護人の同意・不同意 の内容も教材の内容どおりとして,院生にはこれを前提として手続を法令どお りに正確に運用できる能力を培うことに目的を設定した。 また,決められた証人の証言内容は教材の内容を覚えさせて,これに沿う証 言をさせることとしたが,証人担当の院生は教材の内容を自ら記憶するものの, 証言の実施に際しては,一切教材を見ないで行うために,岨鴫して表現される 証言内容や予想外の質問に対する証言内容には若干ながらも教材の内容とは異 なり,証人担当院生の自主的判断に任されて証言する部分があり,それに応じ て検察官担当院生や弁護人担当院生には予想外の証言内容に対し即決即断を迫 られる場面が生じることとなったが,この点は教育目的の範囲とすることとし f こO.

(6) 近畿大学法科大学院の模擬裁判について. 4 事前準備について ( 1 ) 院生に対するガイダンスの実施. 8年 1 2月 1 1日,当院において,ガイダンスを実施した。希望アンケート 平成 1 結果を第 2志望の枠内で取り入れた結果として,裁判官 7名・検察官 8名・弁. 0名に配分した結果とともに,証人役 2名と被告人役をも公表した。これ 護人 1 で各院生は自分の担当を知ることになった。 また,証人役と被告人役は,他の者とは異なり,訴訟活動そのものを行うの ではなく,訴訟活動の前提となる事実関係の創出という役割を負担することに なる。いずれも模擬裁判の基礎となる事実を創る立場にあり,その役割を果た すだけでも相当な負担であるが,他方,法律家としての活動をする機会がない ため,証人役 2名は検察官グループの中から,また,被告人役は弁護士グルー プの中から選出し,事前の学習においては,所属グループの全員とともに法律 上の論点について学習できるようにした。これにより証人役や被告人役の院生 も,各グループの者が知るべき事実の流れや論点などを共有して裁判に加われ るように配慮した。 その上で,教材の中から各グループごとに配付すべき書証を分け,配付した。 裁判官役には起訴状 1本のみであったが,弁護人役には事前準備期間が短く, しかも模擬裁判の期間が 2日間のみという制約があったため,検察官への配分 記録と同様のものを与えることにより,検察官が証拠調請求をしない手持証拠 にはどのようなものがあるかを予め分かるようにして,証拠開示手続もできる ように配慮した。 しかしながら,院生の立場では,平成 1 9年 3月まで授業や期末試験の準備, エクスターンシップなどが続くため,本格的に模擬裁判の準備をすることは難 しい状態に置かれていたようである。. n o.

(7) 法 科 大 学 院 論 集 第 4号. ( 2 ) 院生による事前準備. 9年 3月に至り,期末試験やエクスターンシップを終了し,履修学生は, 平成 1 いよいよ模擬裁判に向けての本格的な勉強を始めることとなった。検察官役は, 手続上,最も負担の大きな立場になることを考慮し,指導担当教官が 3月 1日 に検察官役を集め,証人役 2名を含む 8名の検察官役の各人ごとに役割分担を 与えた。例えば起訴状朗読担当,冒頭陳述書作成・朗読担当,証拠関係カード 作成と証拠請求手続と要旨の告知手続の担当. 2名の証人の主尋問担当,被告. 人質問の反対尋問担当,論告書作成・朗読担当などの具体的作業ごとの担当者 を決め,直ちに具体的作業に当たらせることとした。また,弁護人役・裁判官 役についても指導担当教員の下に具体的作業に入った。. 5 授業の開始について ( 1 ) 授業始日の平成 1 9年 3月 1 6日には,午前中全員を集め,模擬裁判実施に. 関する基本事項を伝え,本授業開始と同時に履修生全員に守秘義務が課されて いる旨厳しく言い渡した。もとより,守秘義務の遵守は法律家として最も大切 な義務の 1つであるが,その遵守は実務家においてすら難しいものであり,そ の難しさを体験させるために守秘義務を課した。しかし,教育の手段としての 模擬裁判の中でこの守秘義務を院生に道守させることは,難しい面があった。 それは,院生には“模擬"ということからくる甘さがあり,例えば,個人的な 雑談の中に模擬裁判に関する情報を話題に出すということがあって,必ずしも 十分に守られず,そのために無用の混乱が生じることとなった。 この点の改善のためには,今後各グループ相互間の連絡係を指定し,連絡事 項を限定して,連絡係のみが必要最小限の連絡を行う,という取り決めを行う べきであるというのが 1つの反省事項となった。 事前準備授業期間は 3月 1 6日(金)の午後から始まった。 1 7日(土), 1 9日 QU.

(8) 近畿大学法科大学院の模擬裁判について. 2 0日(火)の実質 4日間であり, 3月 2 1日(水)は休日, 2 2日(木)は. ( 月 ) ,. 学位記授与式を経て,その翌 2 3日 ,. 2 4日の両日が模擬裁判の本番となるが,そ. の間,院生は,連日,朝から深夜まで,訴訟の進行上想定される数多くの問題 を処理しながら必要書類の作成や尋問事項の作成等の準備に没頭し,指導担当 教員による指導も深夜に及ぶこともあった。. ( 2 ) 模擬裁判の本番 -1日 目 ①. 模擬裁判は近畿大学法学部にある模擬法廷が使われた。裁判員制度を 考えて造り直された裁判官席となっているため. 7名の裁判官役全員が. 前面に座れたが,法服(これは法学部の模擬法廷に備えられている)は 訴訟指揮手続を行う裁判官役 3名のみが着用することとした。また,検 察官席と弁護人席はそれぞれ全員が着席できるように椅子と机を用意し, 各担当教員はそれぞれの部所の院生の傍に着席して随時,相談に応じら れるようにした。傍聴席には,当院の鈴木院長,佐藤前院長のほか,刑 事関係教員,教務関係教員のほか, ビデオ録画等のために事務部担当者 が座った上に,開校前補習のために登校した新. 1年生の多くが 3月 2 3日. (金)の初日の午前中,傍聴したため,傍聴席はほぼ満席の状況であり, 各担当院生は緊張の面持ちの中で模擬法廷の開始時刻を迎えた。 ②. 午前 9時に「起立,礼,着席」の号令の下に,院生による模擬裁判が 開始された。裁判官による被告人に対する人定質問,検察官による起訴 状朗読,裁判官による被告人への黙秘権告知,被告人・弁護人による罪 状認否と手続は順調に進み,検察官立証に入って,冒頭陳述書の朗読を 終えたが,検察官申請の証拠の中に予定された証拠の内容を補充する想 定外の証拠(例えば予定された証拠に書かれた内容に失血死の危険性を 示す「意識レベル 2 0 0 J という院生には分かりにくい表現部分を医学的 に解説した書証を新たに申請したものなどが想定外であった。)に対す る弁護人の認否手続に若干の混乱が生じるなどしたのち,証人 2名(目. -120-.

(9) 法 科 大 学 院 論 集 第 4号. 撃者と被害者)の証人尋問に入った。証人はそれぞれ事件の内容を頭に 入れており,自分の言葉で柔軟に証言することができたことから,検察 官の主尋問はうまくこなせたものの,弁護人による反対尋問では,間接 事実による殺意の認定という争点が,傷害の部位や程度,あるいは兇器 の種類などから殺意を認定し易いという本件事案の性格上,反対尋問に 苦労がみられた。これに続く被告人質問では,殺意の認定と飲酒による 心神耗弱の主張が論点であったが,被告人は「覚えていない」 と繰り返 し述べたため,検察官による反対尋問が難航し,重複尋問,例えば検察 官調書には記憶があるとの記載があるのに,公判廷の供述では,何故, 覚えていないと言うのかが各事実ごとに繰り返されたため,裁判長では ない裁判官(訴訟指揮担当の 3名の裁判官でなくとも,発言することを 認めていた)から「質問時間をあと 1 0分間で済ませよ」という指示がな され,検察官役が窮地に立たされることもあったが,残る質問を要領よ くこなして被告人尋問を終了した。 また,尋問に対する当事者双方からの「異議申立」はかなり頻繁に行 われたものの,裁判官が異議の理由を直ちに,かつ,正確に述べること が比較的少なく,また,相手方当事者の意見を聞いたものの,裁判官が 自ら判断を下す前に質問者が質問を変えて質問を続行している段階で 「異議を却下する」と発言するなど,実際の裁判ではあり得ない事態が少 なからず行われた。午後 6時3 0分,約 9時間を経て第 1日目が終了し, 直ちに検察官役は論告の作成,弁護人役は弁論要旨の作成に入り,第 1 日目の深夜まで各書面の作成作業が続けられた。. ( 3 ) 模擬裁判 2日目. 3月2 4日(土)午前 1 0時から検察官の論告書と弁護人の弁論要旨がそれぞれ 朗読され,約 2時間をおいて判決が宣告(有罪,猶予刑)された。判決書作成 担当の裁判官役は冒頭手続における冒頭陳述書の朗読により初めて事件の詳細.

(10) 近畿大学法科大学院の模擬裁判について. を知り,検察官の論告と弁護人の弁論を聞いたのち,裁判官役全員による合議 を経て 2時間で詳細な判決書を作成したが,実際の裁判と異なって,冒頭陳述 による事実の把握と証人尋問や判決作成までの聞が短時間にすぎることから, 冒頭手続終了後,証人尋問に入るまでに若干の時間を与えることや,結審のあ と,判決宣告までに更に時間を与えるなどの工夫も必要と思われた。. 6 総括 今回の模擬裁判は当院で初めての試みながら,受講した院生が自ら法曹に なったつもりで能動的に作業を進めるという学習方法を短期間に集中して行う とともに,指導担当教員により細かな実務上の問題についてまで徹底して指導 したことにより,院生に対し,刑事訴訟法の各規定が具体的にどのような訴訟 活動の中に現れているかを知らしめるとともに,知識不足を自覚させ,証人尋 問,特に反対尋問や異議申立の難しさを体験させることができた。このような 学習を体験したことが院生自身の当院での学習態度そのものを積極的なものに 改め,他の授業に向ける姿勢も改善されたのではないかと考える。もとより, 初めての模擬裁判という点から,不十分な結果は随所にみられたものの,傍聴 された鈴木院長,佐藤前院長をはじめとする教員からは,異口同音に初めての 模擬裁判を「成功」とする評価が与えられたほか,模擬裁判終了後,直ちに院 生に対し実施したアンケートでは,. i 大変辛い思いもしたけれど,良い経験に. なった。」とか「修了後の良い思い出になる。」等の回答が寄せられ,院生には 模擬裁判でしか得られない充実感や達成感,そして共同作業から得られる一体 感というものが体得されたことがうかがえた。当初に模擬裁判の目的として掲 げた理念は,現実のものとして院生の学習態度に現れ,当院での学習態度全般 が積極的なものとなり,他の授業に向ける姿勢までが改善されたと思われる O. -122-.

(11) 法 科 大 学 院 論 集 第 4号. 7 裁判員裁判における問題点と模擬裁判への反映 ( 1 ) ここで,裁判員裁判が行われるとき,現行の刑事裁判と比べてどのよう な点が変わっていくか,を考えてみることとした L 。 、 その基本として考えるべきことは,心証を形成して事実を認定し,かつ,刑 の量定を行うのが,裁判の経験を持たない一般国民である,という点である。 世間では「裁判官のするような難しいことが素人である一般人にできるはずは な L、。もし裁判員に選任されるならば,やはり,裁判官から色々教えてもらう しかない。」という考えを持つ者が少なくな L、。その考え方にひそむ危険は,. ,. 心証形成を自らの知覚と判断によって決めるのではなく,裁判官からその心証 を伝授され, i なるほどそうだ。」と自らの心証を裁判官の心証と同一化してし まうことである o もし,裁判員がこのような裁判官の認識や判断の影響を受け ることが常態化するとすれば,それは「裁判員裁判」ではなく,これまでの 「裁判官裁判」と同様のものになってしまい,この新たな制度のもつ意義が失 われてしまうことになる o 裁判員裁判は,現行の裁判官裁判の持つ大きな欠陥,すなわち,法曹三者の 聞においてのみ常識とされ,一般国民の常識に照らせば「おかし Lリとされる 点を排除して,一般国民の常識や感覚に合致した事実認定や刑の量定を裁判員 自身が行うことにある。 ごのように,裁判員制度の下での裁判に望まれる最も重要な機能は,裁判員 の健全な常識を証拠の評価や刑の量定に反映させることであるといえよう O ( 2 ) このように考えると,裁判員裁判における最も重要な点は,裁判員に対. し,全ての証拠の内容を正確に理解させることにある。 この考え方を更につき進めると,刑事訴訟法第 3 2 6条にいう「被告人,弁護 人の同意」の意義も変化していくことになる可能性がある o. -123-.

(12) 近畿大学法科大学院の模擬裁判について. 周知のとおり,同条の同意の意義については,反対尋問権の放棄あるいは積 極的な証拠能力の付与という意味をもつものとされている。 内容に不正確な部分,矛盾する部分,虚偽と考えられる部分などがあると考 えれば不同意にして,供述者本人に証言させ,反対尋問のプロセスの中で,供 述内容に不正確,矛盾,虚偽などがあることを明らかにして,その供述の信用 性を減殺するのである。ところが,証拠に同意するという考え方は,専門の裁 判官による判断を前提とすれば,裁判官は正確な判断ができるとして,弁護人 が反対尋問をしなくても,その書面の内容を誤って理解するということはなく, 正確に読んで理解してもらえる,証拠に対する評価は適正にしてもらえる,と いう考え方がある。 裁判員裁判においても,書面の内容に不正確な部分,矛盾する部分,虚偽の 部分などがあるときには不同意として,証人に証言させることになるが,問題 は,これらの問題点が特にないような書面であっても,内容が難解なために, 素人である裁判員が一読しても良く分からないであろうと思われる内容や, 誤って理解される恐れのある内容であるときには,内容の真実性に問題がなく ても,不同意にして,作成者から直接証言による説明を聞かせなければならな いこともあり得ると思われる o かくして,弁護人の不同意(刑訴3 2 6条)は,供述調書の内容の誤り,不正 確等を正すためということにとどまらず,供述内容は正しい内容であるが,裁 判員には理解しにくいような場合に, ー供述内容を正確に伝達させるために使わ なければならないこともあるのではないか,と思われる。 要するに,書面の内容に,正確ではあるが難解な部分があるような場合,弁 護人は不同意とせざるを得ないこととなり,従来の不同意の意義に変容が生じ ることになる o この点は,実況見分調書や鑑定書などの技術的内容を含む書面について想定 できる問題である。. -124-.

(13) 法 科 大 学 院 論 集 第 4号. しかし,刑事訴訟法第 3 2 6条の同意の意義に変更をもたらすような裁判員裁 判のあり方は望ましいことではな L、。このような結果を招来する事態を避ける とすれば,やはり,検察官は実況見分調書や鑑定書の内容について,裁判員に も分かるような内容の書面とするように,司法警察員や鑑定人との協議を行う ようにしなければならないことになる。 もし,書面の形を取る限り,その内容の表現は難解にならざるを得ない,と いうケースにおいては,検察官としては,最初から書面による立証をやめ,例 えば,パネル形式の図面を利用した証人尋問などの立証方法を最初からとらな ければならないこともあるのではなかろうか。. ( 3 ) 以上,裁判員裁判における問題を若干考えてみたが,これは,刑事模擬 裁判においても検討に値する問題である o 例えば,裁判員裁判を想定すれば, 裁判にたずさわる当事者はいたずらに裁判用語,法律用語を駆使するのではな く,誰にも分かる用語や表現を用いて立証することが必要となる o また,検察 官や弁護人の申請する証拠についても,これまでのような「要旨の告知」とい うあいまいな伝達方法は避けて,正確かつできる限り十分にその書面内容を朗 読することも必要であろう o 当院における模擬裁判は,今後も,現行の刑事裁判のスタイルを前提として 実施していくが,その中に裁判員に正確な心証を形成させるためにはどのよう な工夫が必要かについても検討を重ね,改善を重ねることが必要と思われる O. 8 今後の模擬裁判への展望 以上により明らかとなった初めての模擬裁判の経験についての反省や,裁判 員制度に近付けるための方策等を考え,現時点で考えられる今後の模擬裁判の あり方の基本事項をまとめておくとすれば,次のような諸点がある o ( 1 ) 模擬裁判は刑事訴訟手続の習得という教育を目的とするものであり,当 Fhd.

(14) 近畿大学法科大学院の模擬裁判について. 事者間での勝敗を競うものではないこと。 これは極めて重要である O 初年度の模擬裁判では,この点をもっと強調して おけば,かなりの部分の混乱は避けられたと思われる o なお,この点を強調す れば,院生の意欲を削ぐことになりはしな L、かという危倶がある o しかし,勝 敗を競うのは訴訟手続を正確に身に付けた者だけに許されることであり,いま だ,訴訟手続きを頭の中の理解だけにとどめているだけの院生が,一足飛びに 勝負を競うことは余りにも乱暴であり,教育目的が損なわれてしまうと思われ るO ( 2 ) 訴訟手続きはすべからく丁寧に行い,かっ,一般国民に理解されるよう. な言葉を使い,証拠の内容を正確に法廷に直接顕現させるようにする o これは裁判員裁判を想定すれば明らかである O ( 3 ) 事前準備における当事者間の事務連絡は,担当者を決めて,その者のみ. が全責任をもって行うこと。 これは,事前準備段階からの守秘義務の遵守のために必要なことであり,ま た,当事者相互の連絡パイプが複数存在すれば,相互の連絡に混乱が生じるこ とを避けるためにも必要なことである O ( 4 ) 裁判官役の証人調べ等についての正確な理解と訴訟指揮及び判決の合議,. 判決書作成のため必要な休憩時間を設けること。 これは① ②. 冒頭手続と証人尋問の間 証人尋問と被告人尋問の間. ③ 弁論手続と判決宣告の間 にそれぞれ必要な時間を与えることは,裁判官が十分な合議・検討を行うため に必要である o ( 5 ) 全員参加のために,各人ごとに役割を与えること。. これは,検察官役,弁護人役はもとより,裁判官役に対しても,自分の責任 分野をもたせることが教育のために必要である。 nhu.

(15) 法 科 大 学 院 論 集 第 4号. 以上が,当面考えられる模擬裁判の基本的な必要事項である o これらを踏ま え,指導担当教員,教務担当教員らと協議を重ね,今後の模擬裁判が院生の教 育に対し積極的な効果が与えられるよう,改善を重ねていきたいと考える O.

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