「循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル」から心理療法を考える
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(2) 近 畿 大 学 教 育 論 叢 第2 5巻第 2号 ( 20 1 4・3). とはつまり、自己のとらえ方が変われば心理療法のあり方も変わってくるということである O 今回取り上げる杉浦. ( 2 0 1 3 ) の自己モデルは、後述するがいくつかの点において非常にユ. ニークであり、このモデルに基づいて心理療法を見ることに よって、心理療法に ついて新たな 見方や方法、重視すべき点などを提供すると同時に、心理療法に限らない自己変容やセルフコ ントロールのあり方についても多くの示唆が得られると思われる O まずは杉浦. ( 20 13 ) の自己 モデルについて簡単に説明し よう ( 図 1, 2 )。. 作動自己として意識される 重要 な活動分野 ( 仕事 、 学校、クラブなど). J戸 一 一. : 1. ミ. / 行動主体. 高校の友人. 図 1 循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル (杉浦 ( 2 0 1 3 ) を一部改変). 図 2 循環によって立ち現れる多面的自己の自己言及的特徴 2 0 1 3 ) を一部改変) (杉浦 (. 1 6-.
(3) 「循環によって立ち現れる多面的自己のプロセ スモデルj か ら心理療法を考える. この自己モデルにおいて自己とは、私たちの行う様々な行動(対人的コミュニケーション、 さらには記憶想起も含む) とその結果のフィード、 バックの記憶が循環的に積み重なった軌跡が 認識されたものであると考えている O また、そうして立ち現れてきた自己はそれ自体自己を認 識するめがねとして働くため、自己のあり方は常に同じ姿に収束するように保たれる システム 的特徴を有している O またこのモデルでは、私たちは様々な相手に向けて、またさまざまな分 野で活動をしているため、相手によって、活動分野によって多面的な自己が立ち現れて認識さ れるという O さらに私たちの活動は生きている限り続いているわけで、認識された自己像は、 新たな活動の記憶の痕跡が循環的に付け加わりながら、その状態を保っている動的プロセスモ デルであるとされる O 今回この新しい自己モデルで心理療法を捉えなおすにあたって、最も強調したいのが、この 自己モデルにおいては、自己が常に変動しつつ、同じ状態を保 っているという、 システムの特 徴を持っているということである O ここでシステム的特徴に注目するのは、杉浦 ( 2 0 1 3)の自 己モデルがもともと家族療法を中心としたシステム論的な心理療法の考え方を基盤としている ためであり、また家族療法に限らず、システム論的な考え方をその根底に持っている心理療法 が多く存在するからである O システム論とは、ある対象についてその全体像を明らかにしようとする際、その研究対象全 体について、その対象を構成する 要素を分解してそれらの総和として全体を捉えようとするの ではなく、その対象の要素同士が相互依存関係を持って恒常的に 平衡を保つことで全体がひと つのまとまり =システムとして構成されていると捉える考え 方である O たとえば私たちの身体 的生理的機能は システムとして捉えられる O 心臓なり、血管なり、肺なりはそれぞれ相互関係 を保って システムとして働いていると言える O 心理療法 においても、たとえば家族療法の発展型ともいえる短期療法やナラティブ ・セラ ピーはもちろんのこと、物事のとらえ方 (=認知) を重視する論理療法や認知療法、認知行動 療法、さらにはそれらの発展型であるマインドフルネス心理療法などもその考え方の 基盤にシ ステム論がある O そもそも心理療法の基本的枠組み自体が システム論的に自己を見ていると考えることもでき るO 一般的な心理療法ではおおよそ 1週間に 1回の時間を決めた面接を行っている ( かつてフ ロイトが精神分析を始めた当時は集 中的に 毎 日精神分析が行われたようだが)。 これは面接の 働きかけのみでクライエントを治療するというよりも、面接での働きかけを受けて クライエン. -1 7.
(4) 近 畿 大 学 教 育 論 叢 第2 5巻第 2号 ( 2 0 1 4・3). トが 1週間の聞に自律的に変わっていくことを狙っていると考えることができる O 言い換える なら心理療法は面接でクライエントの自己というシステムに働きかけることによって、クライ エントの自己が自律的、システム的に変わることを目指しているのである O 杉浦 ( 2 0 1 3 ) の自己モデルにおいては、自己とは行動とその結果のフィード、 パックの記憶が 循環的に重なった軌跡が認識されたものである O このモデ、ルから言えば、問題の解決を目指す 様々な心理療法は、問題を抱えた自己として認識されている循環を変えて、問題を持たない新 たな自己としての循環に変えようとしているという考え方によって説明できる O 以下ではそれぞれの心理療法が、システムとして働いているがために変わりにくい自己とし て認識される循環をどう変えようとしているのかを、杉浦 ( 2 0 1 3 ) の自己モデルに基づいて説 明していきたいと思う O 具体的には家族療法、ナラティブ・セラピ一、論理療法、認知行動療 法の原型となった認知療法、マインドフルネス認知療法、さらに時代は少しさかのぼるが、家 族療法や認知行動療法が提唱するよりもずっと早く、自己認知の悪循環によってシステム的に 心理的な問題が引き起こされると考えた森田療法である O これによって本論文が目指すのは、心理療法を新たな視点に基づいて説明することであり、 システムとして働くことによって変わりにくい自己が心理療法によってどう変わりうるのかを 明らかにすることである O そしてそれらの仕組みの説明を通して、最終的には筆者の関心事で ある、心理療法に限らない自己変容やセルフコントロールのためのヒントが得られるだろうと 考えている O. 2 . 家族療法は循環をどう変える? まず家族療法のあり方について、杉浦 ( 2 0 1 3 ) の自己モデルの観点から見たとき、それがど のようにクライアントの自己を変えて問題を解消しようとしているのかについて説明しよう O もともと家族療法が発展していくきっかけになったのは、統合失調症の患者を家族から切り 離して、精神病棟などで精神分析的などの治療をおこなった後に、家族のもとに戻したとき、. 9 9 3 )。 このことが精神 症状が再び悪化してしまうことが見られたからであったという(吉川, 1 症状は必ずしも患者個人のみにその原因が帰せられるものではなく、患者と家族との関係にも その原因があるという考えにつながり(この 「関係に原因がある 」 という考え方も後に否定さ れるのであるが)、それまでの精神分析の「ただ患者のみに働きかける」という決まりを破っ て家族を対象に面接を行う家族療法が始まり、症状は患者に出ているが、問題は家族の関係に. 1 8.
(5) 「 循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル」から心理療法を考える. PC I d e n t i f i e dP a t i e n t) Jという家族療法の用 あるということを示唆する「患者とされる人=I 語も生まれたのであった。 家族療法においては、 「患者とされる人」の症状は家族との関係の中で顕在化しており、そ れを解決しようとする努力がむしろ症状を強化してしまう悪循環、すなわち偽解決を引き起こ し、症状がシステム論的に維持されてしまうと考えられている(長谷川, 1 9 8 7 )。 わかりやす ~ i例で言えば、親が不登校の子どもを無理に学校に行かせようとして、逆に子どもが部屋に引. きこもってしまうような状況である O 家族療法では、この偽解決の悪循環から抜け出すために 様々な働きかけを行う O ときには常識と反する働きかけであるパラドキシカルアプローチを行 うなどして、悪循環からの脱出を図る O 例えば不登校の例では、いろいろな理由を付けて学校 に行かないことを奨励することで、本人が学校に行かなくてもいいような働きかけをしたりす るO 長谷川(19 8 7)では、不登校の子に、学校に行かないことは自立的で素晴らしい、だから 学校など行かなくていい、その代り母親が外に出て働き口を探し、母親の役割 ( そうじ、洗濯、 食事作りなど〉 はすべて君が行うように、という指示で登校につなげた例が示されている O こ の例では、母親が何とか子どもを学校に行かせようとする働きかけがむしろ不登校を強化する ように働いていたため、母親を外に出し、子どもを内に閉じ込めるというパラドキシカルアプ ローチを取ったのである O このように家族療法では、家族の関係の中で悪循環的に保たれた問題や、悪循環的に問題を 抱えてしまった「患者とされる人」 に対して、悪循環が解消されるように家族の関係を変え、 問題を解消しようとする O これを杉浦 ( 2 0 1 3)の自己モデルから見ると、家族との関係の中で 不登校の子 ( 学校へ行けないダメな自分) という役割に固定してしまっていた自己を、学校に はいかなくていい、学校に行かないことに価値があるというパラドキシカルな働きかけをする ことで、悪循環的な問題を抱えた自己を解消し、新たな家族との関係から生まれる新しい自己 の循環を作り出していると言える ( 図 3) 。 さて当初、家族療法は家族という相互関係にあるシステムが患者とされる人の症状を維持し ているのであり、家族療法家(セラピスト ) はそのシステムの歪みを見つけ出して是正する客 観的な観察者だと考えられていた。 それはマジックミラーによって隣の部屋から家族のコミュ ニケーションを観察して、その歪みを指摘するという家族療法の方法が典型的に示している O 不登校の例を示した図 3 でも、不登校の子の自己の循環にはセラピストは出てこな ~ì 。. しかし. ながら、後にはセラピストは治療を始めた時点で家族というシステムへの新しい参加者であ. 1 9-.
(6) 近 畿 大 学 教 育 論 叢 第2 5巻第 2号 ( 2 0 1 4・3). 暴力、ひきこもり. 学校へ行け. I P (患 者 と べ された人). 家族. ¥ 悪循環的な問題を抱えた自己. の解消 家族. 図 3 好循環的な自己の認識による悪循環的な問題を抱えた自己の解消. り、家族療法は、その新しい参加者としてのセラピストも含めて、これまで抱えていた問題が 問題とならないような新しいシステムを作り出す試みであるという考えに変わっていくように. 9 8 7 )。 なる ( 国谷, 1 このことを前述の吉 J I [( 19 9 3 ) の精神分析がうまくし 1かなかった例をとって杉浦 ( 2 0 1 3 )の 自己モデルから考えてみよう O 心理療法を行い、クライエント(IP) とセラピストとに新たな 関係性が作られて循環の軌跡を重ねることで新たな自己が認識され、自分はやっていけるとク ライエントが思ったとしよう O だが両者の関係性の中で認識される自己と、家族との聞にこれ まで悪循環の軌跡を重ねた自己とが別に認識される場合、クライエントとセラピストの関係性 と、クライエントと家族の関係性とは、それぞれ相互に独立した循環の軌跡たる自己になって しまい、家族との関係性においては結局症状が保たれたままになってしまうのである ( 図 4) 。 このような視点からすると家族療法は、それまでの循環の軌跡の重なりによって立ち現れた クライエントの自己が、生きづらさや精神的症状、他者との関係の悪循環などの問題を抱えて いるとき、セラピストがその循環に新たに参加することで¥クライエントとその家族とともに、 これまでとは別の、問題を内包しない循環の軌跡を重ねて新たな自己を形作っていく営みと言 えるだろう ( 図 5) 。. 2 0-.
(7) 「 循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル」から心理療法を考える. 家族. I P. 図 4 それぞれ独立した「循環によって立ち現れる自己」. セラピスト・家族. IP. 図 5 セラピス卜との好循環を基盤とした自己. 3 . ナラティブ・セラピーは循環をどう変える? 家族療法は、そのシステム論的な考え方を発展させて、ナラティブ・セラピーへとつながっ ていくようになる O その流れを確認しよう O 家族療法は当初、問題は患者とされる人ではなく、家族というシステムにあると考えていた。 しかしながら、これは結局、個人に原因があるという考え方を家族に原因があると変えただけ で、家族療法が否定した直線的因果律(原因があって結果があるという考え方) を脱していな いことになる ( 吉川, 1 9 9 3) 。直線的因果律が問題なのは、原因を個人や家族に起因するもの とする考え方に基づくと、必然的にその原因を取り除けばいいという解決法につながるが、そ の考え方ではうまく治療ができなかったためである O そこで、家族療法家たちは、社会構成主. - 2 1.
(8) 近 畿 大 学 教 育 論 叢 第2 5巻第 2号 ( 2 0 1 4・3). 義(もしくは社会構築主義) の考え方を取り入れ、問題は家族のコミュニケーションのパター ンによって作られる、もしくは家族のコミュニケーション パ ターンそのものが問題として認識 されるものであるという考え方を採用するようになる O 社会構成主義とは、リアリティが人々 のコミュニケーションによって共有されることで構成されるという考え方だ ( Burr,1 9 9 5) 。 ホワイトとエプストン ( White& Epston,1 9 9 0)は、家族の問題が維持されていることに対 して、家族がシステムとして働いているからだという見方ではなく、問題が内在するというス トーリー ( 物語) が家族間で共有されているからだという見方に転換を行っている O このよう な共有された物語はドミナント(優勢な )・ストーリーと呼ばれる O ナラティブ・セラピーは、この問題を抱えたドミナント・ストーリーを、オルタナティブ ( 代 わりの)・ストーリーに置き換えることで問題を解消しようとする O ドミナント・ストーリー はまるで変えることのできない確固たる真実 (リアリティ ) に見えるのだが、あくまでそれは 出来事に対するドミナントな ( 優勢な )一つの見方である O ナラテ ィブ・セラピーは、そのよ うな見方で見ると汲み残された、ホワイトとエプストンが 「ユニークな結果」 と呼ぶ出来事を 手掛かりにして、問題を内在しない新たな見方のストーリ一、オルタナティブ・ストーリーを クライエントとセラピストで共同制作しようとする O ホワイトとエプストンが示した例を上げよう O キャサリンは子どもの時のけがによって慢性 的な痛みの後遺症を患っており、そのために人生がうまくし 1かなくなっていた。 そのひとつに 知らない人と接触できないという問題があった。面接では、そのような問題を抱えていたにも かかわらず、知らない人と接触できたエピソードを思い出すように促し、 3年前に見知らぬ人 にすれ違いざまあいさつができたエピソードが語られた。 この 3年前には何でもない経験がユ ニークな結果として意味づけられることによって転機となり、他のユニークな結果も吟味さ れ、キャサリンは新たな人間関係を築いていくことになっていく ( White& Epston,1 9 9 0) 。 ナラティブ・セラピーにおいて、セラピストもしくはセラピーのチームの立場は、家族療法 が当初そうであったような、家族というシステムを客観的に観察して、外からその変化を試み る専門家ではな L可 。 アンダーソンとグーリシャン ( Anderson& Goolishan,1 9 9 2)は、セラピー における無知のアプローチを唱え、 「クライエントこそ専門家である 」と述べる O この意味する ところは、どのようなドミナント・ストーリーが演じられてしまっているのか、またどのよう なユニークな結果が汲み残されているのかを一番知っているのはクライエント自身であり、セ ラピストは、自分は何も知らないのだという姿勢でクライエントに教えを請いながら、クライ. 2 2.
(9) 「循環 によって立ち現れ る多面的自己のプロセスモデル」から心理療法を考える. エントのストーリーの新たな参加者としてオルタナティブ・ストーリーを共同制作していくこ とが求められるということである O ナラティブ・セラピーの実践者の 一人であるチキンは 「 私 は臨床家とは治療というストーリーに参加する出演者であると言いたい ( Cec c h i n,1 9 92 )Jと 述べている O ナラティブ・セラピーを杉浦 ( 2 0 1 3) の自己モデルの視点で考えてみよう O ナラテ ィブ・セ ラピーのいうドミナント・ストーリーは、クライエントが他者とともに重ねてきた関係の記憶 が循環の軌跡として認識されて、語られたものであり、ナラティブ・セルフ=語られた自己で ある O たとえそこに問題が内在していたとしても、循環を重ねたシステムとして容易に変えら れないものになっている O それは行動や関係の循環が重なったものにすぎず、何も実体がない にも関わらず、まるで確固たる現実 のように思えてしまうのだ。実際には循環にズレはっきも のなのにも関わらず、そのずれも似たようなエピソードの繰 り返しで重なった濃い循環に隠さ れて見えないのである O たとえば、母親にやさしくされたエピソードは、そうでない多く のエ ピソードに隠されて思い出されず、いつも自分は母親に冷た くされたという関係の循環の軌跡 のみが重なって想起されてしまうのである ( 図 6。 ) そんなドミナント・ストーリーに対して行うオルタナテ ィブ・ストーリーの共同制作とは、 循環の軌跡の重なりからずれている循環を ク ローズアップして、そこを手掛かりにして新たな 循環の軌跡をセラピストも参加して重ねてい く試みであると 言 うことができる O 例えば忘れ去 られていた母親がやさしくしてくれた一つのエピソードをユニークな結果として語り直すこと でオルタナティブ・ストーリーが生み出される ( 図 7。 ) その際、セラピストの無知の姿勢とクライエ ン トの人生への新たな参加者という位置づけ. クライエ ン ト. d. 母親にやさしくされたエピソ ー ドは 薄い記憶として自 己 として認識されない. 図6. 最も重なりの濃い循環(似たようなエピソ ー ドの繰り返し)がドミナント ・ストーリ ーとして想起され、自己として認識される. ドミナン卜・ストーリーとしての循環によって立ち現れる自己. 2 3-.
(10) 近畿大学教育 論 叢 第 2 5巻第 2号 ( 20 14・3). クライエント ユニークな結果を何度も想起することで、語り直された オルタナティブ・ストーソーとして、母親とも好循環的 関係を重ねる自己. 図 7 語り直されたオルタナティブ・ストーリーとしての循環によって立ち現れる自己. は、クライエントのそれまでの循環の軌跡を最大限尊重することによって、かつての精神分析 や家族療法が陥っていた、セラピストとクライエントの関係性と、家族とクライエントの関係 性がそれぞれ独立した循環の軌跡を重 ねてしまう ( 図 4参照) ことのないようにする 重要な役 割を持っているのである O このナラティブ・セラピーの考え方からは、クライエントとセラピストが 1対 lでおこなう 心理療法やカウンセリングの 有効性 の条件も見えてくるだろう O たとえクライエントとセラピ ストとの関係性において問題を抱えない循環の軌跡を重ねられたとしても、それだけでは十分 ではない。面接 という限られた空間の中で重ねられた循環の軌跡としての認識された自己が、 その人の中の重要な自己となって、他者や家族、社会との関係の循環を安定して重ねられるだ けの力を持つようになったとき、はじめてセラピストとの関係性によって重ねられた循環の軌 跡が意味 を持つことになるのだろう O このことをさらに一般化して言 えば、私たちの自己は多面的なのだが、そのいくつかの重要 な自己が重要な他者 との関係性によって支えられており、そのような重要な他者との関係に支 えられた重要な 自己が認識できることで、多様な関係性の中でさまざまな自己を示すことがで きるのだろう O そして、自己の核と感じられるような、重要な他者たちの関係性に支えられた 自己が認識されれば、自分らしさを失わずに他者にさまざまな自己を提示することができるだ ろうし、また自分を見失わずに自分を変えることもできるのだろう O. 4 . 論理療法・認知療法は循環をどう変える? 次にエリス ( E l l i s,1 9 8 8)の提唱 した論理療法およびベ ック ( Beck,1 9 7 6 ) の提唱した認知療 法がそれぞれどのように自己としての循環の軌跡を変えていくのかについて説明しよう O 論 理. 2 4-.
(11) 「 循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル」から心理療法を考える. 療法や認知療法はどちらも認知心理学の発展とともに起こってきた心理療法であり、近年非常 に力を持ち始めている認知行動療法の源流でもある O 論理療法も認知療法も、認知すなわち人 のものの見方、物事のとらえ方を問題にする O エリスの論理療法もベックの認知療法も抑う つ や神経症的症状の治療に効力を持つ療法で、 あり、考え方も共通している点が多くある O 特に重 要な共通点は、認知の歪みが症状を生み出しているという考え方である O エリスや ベックが論理療法や認知療法を提唱する前までは、抑うつは感情の障害であり、動 機づけの障害や抑うつ的なものの見方、つまり認知の歪みは感情の障害のために起こる 二次的 障害だと思われてきた。 ところが、エリスやベックはそれまで二次的障害と考えられてきた認 知の歪みこそ、抑うつの中核的症状だと考えたのである O より正確に言えば、感情障害と認知 の歪みが循環的に強化し合い、悪循環的に抑うつ症状を維持していると考えたのである O まずエリスの論理療法の基本的枠組みである ABC理論をエリス(19 8 8 )を基に説明しよう O. Aは a c t i v a t i n gEventであり、たとえば留年、離婚、失業など、ストレスや心理的問題を引き 起こすような出来事である O もちろんそれ自体ストレスフルで、抑うつや不安感などのネガテ ィブな結果 C ( c o n s e q u e n c e ) を強く引き起こすような出来事なのだが、 Aはストレ ートに C につながるのではなく、 Aの出来事をどのように認知するかによって Cが引き起こされるかど うかが変わってくるのである O この Aをどのように認知するかを左右しているのが、当人の持 つB e l i e f(B)であり、特に破滅的、否定的な結果をもたらす信念は非合理的な信念、イラショ ナル・ビリーフCi r r a t i o n a lb e l i ef)と呼ばれている O イラショナル・ビリーフは、非合理的で、断定的で、過大要求の must (ねばならない)的 考え方の性質を持っている O たとえば、「私は立派な職業を持たねばならない JI 私は愛する もし私が立派な職業と立派な人間関係を達成 パートナーと一緒でなければ幸せになれない JI しないならば、私は完全につまらない人間である JI 私はすべての人から認められなければな らな Lリ な ど で あ る O このようなイラショナル・ビリーフはそれが過大要求であるがために、 欲求不満や不安、抑うつ、自己嫌悪、敵意、自己憐倒などの感情を引き起こすことになる O 論理療法は、このようなイラショナル・ビリーフに気付かせ、その考えがどれほど非合理的 なものなのかを自ら論駁(反論:d i s p u t e、 D) させ、合理的な信念、ラショナル・ビリーフ. ( r a t i o n a lb e l i ef)を持たせることによって、 Aの出来事に対して破滅的な結果を引き起こさず e f f e c t、 E) を目指す。 これらのプロセスを含めて、エリスの治療理 ともやり過ごせる結果 ( 論は ABCDE理論とも言われる O. -2 5.
(12) 近畿大学 教 育 論 叢 第 2 5巻第 2号 ( 2 0 14・3). エリスの考えでは、イラショナル・ビリーフには悪循環的に否定的な結果を強化する傾向が ある O ある出来事 (A) に対して非合理的な信念 (B) は否定的な結果 (C) をしばしば引き 起こす。 さらに悪いことに、そのように引き起こされた否定的な結果 (C) を受けて、非合理 的な信念 (B) はさらに否定的な結果 (C) を循環的に強化するように働いて、エリスの言う 二次的問題を引き起こ す。 エリスは、「人は一度みじめになると、自分のそのみじめさについて、いとも 簡単に自分をみ じめにしがちである O もし自分のしていることを観察すれば、自分の不安について、自分で自 分を不安にしたり、自分の抑うつについて自分を抑うつにしたり、自分の怒りについて自分で 自分に罪障感を持たせていることに気づくはずである ( E l i s,1 9 8 8,P. l2 8) J と述べている O 引き続いてベ ック(19 7 6 ) の認知療法に ついて説明しよう 。 ベックは、抑うつや神経症、恐 怖症などの心の問題が、彼の言 う「自動思考」 によって導かれていると考えている O 自動思考 とは、ある出来事に対して意識されないまま、ほとんど反射的に頭を駆けぬけていくような非 適応的な否定的思考もしくはイメージであり、不快感や苦しみを引き起こしたり、自己敗北的 行動を生じさせたりするものである O 自動思考においては、多くの場合、現実が歪められ て認 知されており、客観的に見ればこじつけだったり、ばかげた考えだったりしても、その考えを 捨て去ることができない。 たとえばベックの示したあるうつ病患者は、 「母親が自分の行動全 体に否定的である、自分の洋服の着こなし方に批判的である、雇い主が自分のした仕事を認め ていない、 妻が自分の性行為を軽蔑 している、治療者が自分の知性を低く評価している」など の否定的思考を、正反対の客観的証拠が示されても、うっから回復するまで抱き続けていたと し 、 うO. べックの提唱した認知療法は、このような歪んだ現実認知がなされている自動思考を同定 し、その誤りを修正したり、その考えにとらわれないように距離をおいたりすることで、過剰 で不適切な情緒反応(抑うつ、神経症、深い悩み、恐怖症など) を軽減しようとする心理的ア プローチと言える O ベックは、認知療法を「患者の苦しみや障害の原因になっている歪曲、自 己指令、自己非難を明確化し、その 基底にあってこうした誤った自 己信号を生み出している規 則を患者が書き替えていくことを助けること ( Beck,1 9 7 6,p . 2 1 5) Jと述べている O ベックの認 知療法は後に行動療法の技法なども取り入れて、認知行動療法として発展している O この自動思考によって感情障害や不適切な情緒反応が引き起こされる心理的プロセスにも悪 循環的側面は存在している O 自動思考はちょうどセルフトークのように、自分自身にその否定. 2 6-.
(13) 「 循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル」から心理療法を考える. 的考えを言い聞かすように働くのである O たとえば妻が死んでから何年間も抑うつ状態にあっ た男性は「妻が死んだのは、私が悪かったんだ JI彼女なしでは生きていけな ~ìJ I これから満 足できることなど何もないだろう 」 という考えに心奪われていた。 これらの思考が彼の頭の中 に自動的に浮かんでくることによって、彼は自分自身に 「これから満足できることは何もない」 と言い聞かせることとなり、満足できることが何もない抑うつの状態から抜け出せなくなって しまっているのである O ベックは、うつ病が悪化し続けていく過程がシステム論であるフィードバック・モデルを用 いて説明できるとも述べている O ベックは「患者が否定的な態度をとることによって、気分の 沈み込み、喪失感、身体症状が否定的に解釈されるようになる O 自分には欠陥があり、それを 改善することはできないという結論は、その患者の否定的な予測や否定的自己イメージを強化 する O その結果、悲しみが強まり、環境からの“要求"を避けたいという気持ちも強くなって くる O こうして悪循環が繰り返されることになるのである ( p . 1 0 7 ) J と述べる O そして、治療 的介入として、患者が自分の体験をどのように歪曲し続けているかということを患者が認識で きるように治療者が手助けをすることで、その患者の自己批判的傾向やペシミズムを和らげ、 うつが悪化し続ける悪循環的なつながりを遮ることができると指摘している O. 5 . 自己認知の循環的性質 エリスの論理療法そしてベックの認知療法について杉浦 ( 2 0 1 3 ) の自己モデルとの関連で注 目したいのが、両者とも自己認知の歪みが悪循環をもたらし、心の問題を導くと考えていると ころである O 私たちの自己認識のプロセスには、自分がその心の働きのプロセスや方向性を変 えようと意識しなければ、基本的には現在の自己認識を同じ方向に強化する力が働いている O つまり否定的な自己認識は否定的な自己認識の方向性を維持したり、より強化したりするよう に働くのだ。 自己がシステム論によって捉えられる所以である O もちろんその逆に肯定的な自 己認識が肯定的な方向性を維持、強化するように働くこともある D もう少し詳しく杉浦 ( 2 0 1 3 ) の自己モデルを使って説明しよう O 循環の軌跡の重なりによっ て立ち現れた自己を認識主体としての自分(ちょうどミード (Mead,1 9 3 4 )の言うところの 1) が認識する O そこでどのような自己が認識されたかによって、引き続いて認識主体がどのよう に自己を認識するかが左右される O たとえば循環の軌跡の重なりによって立ち現れた自己が否 定的なものであった場合、それには例えば大学受験二浪中など客観的に見ても否定的に見ざる. 2 7.
(14) 近 畿 大 学 教 育 論 叢 第2 5巻第 2号 ( 2 0 14・3). を得ない場合もあれば、まったくの思い込みの場合もあるのだが、そのような否定的な認識を なされた自己に影響を受けて、認識主体としての自分は否定的な視点で再び自己を認識してし まう O より簡単に言えば、 「自分はダメなヤツだ」 と思って自分を振り返ったら、より自分が 。 ダメなヤツに見えてしまうということである(図 2参照〉 私たちが思考したり、行動したりするときには、自分が認識する自己に影響を受けている O ふだん私たちは自分を内省することで、破滅的な考え方を打ち消したり、否定的な結果をもた らすような行動を踏みとどまったりすることで、悪循環に陥らないように自分をコントロール している O 自分が認識した自己にヲ│っ張られすぎないように軌道修正を行っているわけだ。 それに対して、イラショナル・ビリーフや自動思考など、自分が気づいていなかったり、変 えにくかったりする認知の歪みの場合、そのような内省の調整機能が働かず、悪循環に陥って しまう O そして、エリスもベックもともに気づかれていないイラショナル・ビリーフや自動思 考に気付かせ、さらにはその考え方を変化させることで、本来的に適応的な心理状態や行動を 導く内省の機能を正しく働かせることを目指しているのである O ベックはフロイトに代表される、心理的問題が無意識の影響を受けるという考えに反対し、 「自分の心理的な問題を理解し、解決する鍵はその人自身の意識の範囲内に存在している(傍点 筆者) ( 序文 1 1ページ ) J と述べている O この考えは杉浦 ( 2 0 1 3) や本論文でも共通であり、よ り的確な自己モデルを知り、それによって自己を意識的に認識できるようになることで、心理 的な問題を予防したり解決したりすることができるようになる、すなわちセルフコントロール が可能になるはずだと考えているのである O. 6 . マインドフルネス認知療法は循環をどう変える? エリスの論理療法、ベ ックの認知療法とも 、否定的に歪んだ考え方を変容させることによっ て心の問題を克服 しようとする心理療法であるが、それに対して近年、このような歪んだ認知 はそのままにして、そのような考え方から距離を置くことで心の問題を解決しようとする心理 療法が起こってきた。マインドフルネス認知療法と呼ばれるこの心理療法は、仏教で行われる マインドフルネス膜想をベースにしたものである O 呼吸や日常の生活音、はてはレーズンなど にまで能動的に注意を向けることによって、イラショナル・ビリーフや自動思考のような否定 的な思考から距離を置き 、それらの 否定的思考が悪循環的に抑う つなどを強化することを阻止 しようとする(たとえば、 Kabat-Zinn,1 9 9 0 ;Segal,Williams,& Teasdale,2 0 0 2) 。. 2 8.
(15) 「 循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル」から心理療法を考える. マインドフルネスとは、仏教の膜想のあり方であり、カバットジンによると、「意図的に、 今 こ の 瞬 間 に 価 値 判 断 を す る こ と な く 注 意 を 向 け る こ と 」 と定義されている. 1 9 9 0) 。 マインドフルネス認知療法は、もともとカ バ ット. ( K a b a t Z i n n,. ジンがマインドフルネス膜想を. 使って行っていた様々な慢性の身体疾患を抱えた人を対象にしたストレス低減プログラムを シーガルたち. ( S e g a l,W i l l i a m s,&T e a s d a l e,2 0 0 2)がうつの再発予防プログラムとして発展. 2人を基本としたクラスで させたものである O プログラムは 1. 8週間のセッションとプログラム. で学んだスキルを実行するホームワーク、数か月間のフォローアップで構成されている O マインドフルネス認知療法が目指すのは、ネガティブな心理状態を取り除くことではなく、 マインドフルネスに心を保つことで、ネガティブな心理状態から離れて自由になることであ るO ネガティブな心理状態は取り除こうとすると、逆にそれが気になってしまってそこから気 持ちが離れなくなってしまったり、ポジティブな心理状態を目指そうとして、逆に今のネガテ ィブな心理状態と比較してよりネガティブになったりと、悪循環的にネガティブな心理状態、が 定着してしまう傾向がある O それに対して、マインドフルネス認知療法では、マインドフルネ スのスキルを身につけて、ネガティブな心理状態を受け流し、そのままにしておくことを重視 している O 別の言い方をすれば、ネガティブな心理状態をなんとか く すること 〉 をせずに、ネ ガティブな心理状態のありのまま感じること =そのままの状態に くあること 〉 が奨励される O そうすることで、ネガティブな心理状態を何とかしようとすることで悪循環的にうつの症状が 増強してしまうことを抑制、予防しようとするのである O このマインドフルネス認知療法が起こってきたのにはいくつかの理由がある O そのひとつは 論理療法や認知療法によって否定的な思考を修正しようとしても、それが困難であったこと だ。 もうひとつは治療後にも否定的な認知傾向は残ってわずかなきっかけで表面化しやすいこ と、そしてそのような否定的な認知傾向が気質的に変わりにくいものである可能性が示唆され たことだ. ( T e a s d a l e&D e n t,1 9 8 7) 。 さらにより重要なことは、そのように否定的な認知傾向. が変わりにくいにも関わらず、それらを変容させようとした認知行動療法が効果を持ったとい うことである O これは認知行動療法によって自分に否定的な認知傾向があることやその間違い に気付いた者は、そのような否定的な思考が再びわきおこってきたときでもその思考から距離 をおき、悪循環的なマイナススパイラルに落ち込まずに済ませられたからだと考えられている ( 杉浦義,. 2 0 0 8) 。. マインドフルネス認知療法において心の問題が維持されるプロセスは、エリスやベ ックの考. - 29-.
(16) 近 畿 大 学 教 育 論 叢 第2 5巻第 2号 ( 20 14・3). えた否定的な認知が引き起こす悪循環である O 杉浦 ( 2 0 13 ) の自己モデルを考慮、に入れて説明 するなら、否定的な自己認知に基づいて思考したり行動したりすることが否定的な自己の循環 の重なりをより濃く維持し続けてしまう悪循環となり、それが続いてしまうということであ るO マインドフルネス認知療法は、否定的な考えに基づいてさらに重なりを濃くしてしまって いる否定的な自己の循環を、その考えから距離を置くことによって止め、否定的な自己が悪循 環的に立ち現れないようにしていると言えるだろう O. 7 . 悪循環を変えること、悪循環から外れること 2 0 1 3)では、自己はシステム的に維持されると考えている O だがシステム的に維持さ 杉浦 ( れると 言 っても、私たちの意思が全く及ばないところで自律的に自己が存在しているというわ けではない。確かにベ ックは否定的な思考を自動思考と呼び、それが自律的、反射的に繰り返 し起こってくることを明らかにしたが、実際のところ、そのような否定的な思考に従って悪循 環に陥る選択をして否定的な自己というシステムを維持しているのは、最後のところ自分の選 択なのである O 視点を変えて言えば、様々な心の問題や症状は、常に自分で作り出し続けてい るものなのである O 河合(19 9 8)はユングの「神経症は日々作られる 」 という言葉を引用して、 神経症が過去の出来事の結果として起こるのではなく、繰り返し同じファンタジーが抱かれる ことによって維持されること、クライエントは過去の外傷経験によって受動的に神経症になっ て い るのではなく、現在において主体的に ( 神経症の ) ファンタジーを創造しているのだとい うことに気付かないと治療が始まらないと述べている O 杉浦 ( 2 0 1 3)の自己モデ、 ルから言えば、否定的な自己認知に基づいて引き続き否定的な思考 や行動を行うかどうか、 言 い換えるなら次の循環でどのような軌跡を描くかは、気づいていな いことが多いのだが、そして、それによって多くの問題が引き起こされているのだが、実は自 分の主体性にまかされているのである O 論理療法や認知療法は悪循環で心の問題が引き起こされているときに、悪循環を牽引してい る否定的な思考に気付かせ、変容させることによって悪循環を好循環に変えようとする O マイ ンドフルネス認知療法は、たとえ悪循環を牽引している否定的な思考が変えられなくとも、そ れらの否定的思考に気付き距離を置くことによって、次の思考や行動の選択の自由を獲得させ て悪循環から抜け出そうとする O マインドフルネス認知療法は、うつ病治癒後の症状再発を防ぐのに効果的と言われている. 3 0-.
(17) 「 循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル」から心理療法を考える. ( S e g a l,W i l l i a m s,& T e a s d a l e,2 0 0 2) 。 それはうつ病の治癒後も否定的な認知自体はそのまま 保たれているために、放っておけば再び悪循環にとらわれて症状が再発してしまう可能性があ るのに対して、マインドフルネスの技法を学ぶことで悪循環を食い止めることができ、再発を 防ぐことができるからである O このような悪循環を食い止めて症状再発を抑えるマインドフル ネスのセルフコントロールは、同じように悪循環に陥らないことを目指す杉浦 ( 2 0 1 3)の自己 モデルに基づくセルフコントロールを考える際に大いに参考になると考えられる O つまりどち らのセルフコントロールも心のプロセスすべてをコントロールできなくとも、問題を解決する ことができるということだ。. 8 . 森田療法はどのように循環を変える? 最後にかなり時代をさかのぼることになるが、森田療法について言及した ~ì O 森田療法は、. 森田正馬が自身の神経症的症状を克服する過程で生み出した、神経症や心身症、強迫症状、う つなどに効果を発揮すると言われる心理療法で、 ある O 森田療法の提唱は 1 9 2 0年 1 9 3 0年代だ が、認知行動療法やマインドフルネス心理療法にも通じる理論と方法に基づいた心理療法であ り、現在でも少しずつ修正がくわえられながら、 一例えば当初は入院による治療が中心だった のが、通院治療や薬物療法との併用がなされたりするなど、 一行われている ( 北西, 2 0 0 5) 。 ここで森田療法を取り上げるのは、森田療法における心理的問題 ( 森田神経質と言われ、現 在の神経症、不安障害などと重なる)が過剰な自己認識とそれに伴う誤った対処による悪循環 から引き起こされると考えられており、その機序が杉浦 (2013) の自己モデルとかなり近~ iか. らである O まずは森田療法が考える悪循環による心理的問題の機序について示した~ i。森田. ( 2 0 0 4 )は 、. 心理的問題が起こるにあたっての過剰な自己認識による悪循環の仕組みを 「 精神交互作用 」 と 名づけている O. 神経質について私がいう精神交互作用とは、われわれがある感覚に対して注意を集中す れば、その感覚は鋭敏になり、そうして鋭敏になった感覚はさらにそこに注意を固着させ、 この感覚と注意が相まって交互に作用することによりその感覚をますます強大にする、そ ういう精神過程を名づけたものである ( 森田, 2 0 0 4,p . 3 0) 。. 3 1-.
(18) 近畿大学教育論叢. 第2 5巻第 2号 ( 2 0 1 4・3). 体調が悪かったり、風邪をヲ I ~ '¥たり、ちょっとした腹痛があるようなときには、その症状に 対して注意を向けるのは誰もが行うことである O しかしながらある程度時間がたって症状が少 しずつおさまっていけば、自然と注意を向けることがなくなっていく. O. ところが森田がヒポコ. ンドリー性基調と名づけた、内向的で自己内省傾向が強く、そのために自己の身体的、精神的 不快や、病的感覚に対して気が付きやすく、またとらわれやすい者は、それらの病的感覚に過 敏に注意を向け続けるあまり、ちょっとした変化、異常にも鋭敏になり、いつまでも症状にと らわれ続けることになる O たとえば心臓の動停に注意を向けた人が自分は心臓病ではなし 1かと不安になり、そういう不 安で動停に注意を向けることによって、より動停が気 になり不安が高まってし 1 くO 気にしない ようにしようと 試みることで逆により気になってしまったり、また動惇が起こるのではなし 1か という予期不安にとらわれて自己暗示的に動停を引き起こしてしまったり、動"季が起こるのが 怖くて外出できなくなったりなど、様々な問題が悪循環的に起こってしまうのである O 不安に 囚われることで交感神経が充進し、 実 際 に脈拍が増えることもあれば、実際には脈拍は正常な. わらず、動惇症状にとらわれることによって症状が維持されてしまうのだ。. ja--EE--. のに、動惇がすると感じてしまうこともある O いずれにせよ、実際には心臓は全く 正常にも関. さらにはこのような症状があるからには安静安楽にしなければならない、症状が無くなれば なんでもできるのにと考え、安静に床に伏せていることによって体力は落ち、少し動いただけ. いうひきこもりのような状態だろう O 森田. ( 20 0 4)は、「神経質患者の頭重 や不眠や強迫観念のようなものは、みなもとは常人の. 普通の感覚、感想が、患者の病的誤想によって自己暗示的に固着 した信念である ( P . 5 4) Jと述 べている 。 つまりは、森田のいう神経質患者は、自己注目の悪循環によってみずから症状を作 り出してしまっているのである O 杉浦. ( 2 0 1 3)の 自己モデルで言えば、自分で思い込んだ症状にとらわれることで、同じ循環. だけを自己強化的に繰り返すことによってその循環の軌跡のみが強く重なってしまうような状 態だろう O たとえば性病恐怖などで検査が陰性になっても安心できず、何度も検査 を繰り 返す か ような症状の場合、症状に注意が固着しているために、検査結果 が間違っているのではな L、 と考えたりして同じ循環をみずから重ねてしまっていると 言 える O. 3 2. 1431Ills-. で動惇がするなど、さらに症状にとらわれて、まるで本当の病人のようになってしまう O 今で.
(19) 「循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル」から心理療法を考える. 9 . 森田療法の治療法 比較的よく知られているように、森田療法はすべての活動を禁止する絶対臥樗を含んだ入院 療法を原則としていた。現在では通院療法も多く行われているが、森田療法の治療原理を理解 するためには、入院療法を説明するのが適切と思われる O 森田療法においては、過剰な自己注目と、症状を重くするように働いてしまう誤った対処に よる悪循環によって症状が維持されると考えられているため、その治療の目指すところはその ような悪循環からの脱却になる O 入院療法のプロセスもこの目的を果たすために定められてい るO 入院療法のプロセスは、大きく絶対臥樗期、軽作業期、重作業期、実際生活期の 4期に分. 0 0 4 )。 けられている(森田, 2 絶対臥樗期は、食事やトイレなど必要最小限の活動を除き、一切の活動や気晴らし(読書や 運動はもちろん、それこそ鼻歌まで)、対人コミュニケーションを禁止して床に臥すことを求め る期間である O 入院治療を受ける者は、だいたい 1週間程度この期間を過ごすことになる O こ の期間が設定されている意味は、初期統合失調症のスクリーニングということもあるが、もっ とも重要なのは、その期間に不安や恐怖をありのまま経験することである O 森田療法において は、クライエントは不安や恐怖にとらわれて、それらの感情を排除しようとさまざまな対処を 行うが、それがむしろ不安や恐怖に注目させてしまい、悪循環的に症状を悪くしているという 考えを持っている O このような悪循環は 「とらわれ」 と呼ばれている O またこのような悪循環 を引き起こす対処は「はからし ' Jと呼ばれる O この期間ではこのはからいを禁止して不安や恐 怖をありのまま経験することを求める O クライエントはこの期間に不安や恐怖をありのまま経 験する過程で、はからいをしなくとも自然と不安や恐怖が治まっていくことを経験する O それ とともにあえてすべての行動を禁止することで、何かしたいという気持ちがわいてくる O これ はそれまで不安や恐怖に対するはからいによって精神的肉体的に疲弊していたからでもある O このような前向きな何かしたいという気持ちが起こったところで次の軽作業期に移る O 軽作業期はおよそ 1週間程度である 。軽作業期では、ごく軽い作業を行う O ここではまだ計 画だった作業や他の人と協力をした活動などは行わず、落ち葉ひろいや草取りなど何でも目に ついた作業を始めてし、く. O. ここでの軽作業の意味は、ひとつは不安や恐怖を抱えながらも行動. できることを経験することである O クライエントは不安や恐怖などの症状があるために何もで きない、症状が無くなったら何でもできるのにと思っている O しかしながらそのように考える ことで、不安や恐怖を除去しようと意識してそこから注意をそらすことができなくなり、より. 3 3-.
(20) 近 畿 大 学 教 育 論 叢 第2 5巻第 2号 ( 2 0 1 4・3). 図 8 特定の循環によって立ち現れる自己に囚われた状態. 強く不安や恐怖を感じてしまったり、不安や恐怖を取り除こうとする行動以外の行動ができな. 2 0 1 3 ) の図を利用して表すなら、ある一つの循環的自己に囚われ くなったりしている O 杉 浦 ( て、別の自己が見えなくなっているような状態である O 一つの循環的自己に囚われてそこに注 意が向いてしまうと残りの循環的自己は背景に退いて認識できなくなってしまうのである(図. 8)。 それに対して森田療法では、不安や恐怖はよりよく生きようとする欲望(これは生の欲望と 呼ばれる)を強く持つことで自然と起こってくる感情であり、はからいによる悪循環に陥らな ければ自然と治まってくるのであり、ありのままに感じて行動すればよいと考える O そのため にこの軽作業期において不安や恐怖をありのまま抱えたまま軽作業をすることを求めるのであ るO そこでクライエントは、不安や恐怖を抱えたままでも行動できることを、身をもって経験 するのである O またこの軽作業において計画だった作業ではなく、何でも目についたことを行う意味は、こ れまで自分の症状に向いていた注意を外に向けることで、おのずからやることが見えてくる気 づきを経験できるからである O たとえば、森田の自宅で行う入院療法では庭仕事などを行って いたが、不安や恐怖をありのまま感じることで、これまでそれら症状に向いていた注意が外に 向き、草が伸びていることや落ち葉がたまって見苦しいことに気づき、それらをきれいにした いという気持ちが行動を促し、不安や恐怖を抱えたままでも行動ができることを体験できるの. - 34-.
(21) 「 循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル」から心理療法を考える. である O この時期に日記指導も始まる O 日記指導では日々の様子を日記に書き、それに対して朱書き をして返すものである O ありのまま感じること、不安や恐怖を抱えたままでも作業することな ど、森田療法が目指すあり方に導くコメントをつけて l¥ く. O. 続いて重作業期に入る O 軽作業期には少し物足りないくらいだった作業量はこの時期になる とほぼフルタイムで作業に没頭することになり、質的にも肉体的な疲労と充実感を味わえる作 業となる O 順調に行くとこの時期には不安や恐怖をかかえたまま作業を行えるようになった り、とらわれから抜けることで悪循環が無くなり、症状を感じなくなったりして l¥ く. O. この時. 期は人により期間の長短がある O 最後に実際生活期になる O 重作業期まではある程度守られた環境での生活になるのに対し て、実際生活期においては、病院外部に出ての行動が求められる O ここで不安や恐怖を抱えな がら活動できるようになることが、その後の日常生活をやっていくためのリハビリともなって いる O これらのすべての入院療法は数十日から半年といったところである O. 1 0 . 森田療法の治療理論 森田療法はその修業的な治療方法や森田が禅や仏教の言葉を使ってその目指すところを説明 したところから、東洋的かっ神秘的な心理療法との印象があるが(筆者自身、当初はそう思っ ていた)、実際にはその方法や理論は、森田が様々な試行錯誤を経て経験的に導き出した、かな りシステマティックかつ明確な基本的理論に基づいた心理療法である O 小異はあるにせよ、こ こまで取り上げてきた心理療法、特にマインドフルネス心理療法との共通性も多く見られる O 森田療法の実践家である北西 ( 2 0 01)は、森田療法は戦略的短期療法であると述べている O 森田療法における治療とは、精神交互作用によるとらわれとはからいの悪循環によってもた らされた不安や恐怖などの心理的問題を、それらの感情をあるがまま認めることによって悪循 環を解き、それらを抱えたままでも日常を生きていけるように、その人の生き方、考え方を変 えることである O この考え方の基になっているのは不安や恐怖などの感情は誰もが感じる自然 なものであり、それらを排除しようとか、感じないようにしようとする余計な対処、すなわち はからいをしなければ、次第にその強度を減じていくものだという考え方である O たとえば新 しい環境で出会った人たちとの間で起こる緊張も付き合っていくうちに起こらなくなってくる. 3 5.
(22) 近 畿 大 学 教 育 論 叢 第2 5巻第 2号 ( 2 0 1 4・3). だろうし、新しい職場での不安も働いているうちに収まっていくだろう O 極端に言えば子ども を亡くした母親や父親の悲しみも 1 0年の月日がたてば、当初の悲しみよりも薄れていくはずだ ということだ。 それが緊張や不安、悲しみを打ち消そうとしたり、感じないようにしたりする ことで逆に増強されてしまうと考えるのである O ちなみにこのように感情や症状を打ち消そ う、無くそうとしてむしろそれらが強まってしまうことを森田は「思考の矛盾」と名づけてい るO 思考の矛盾とは、目指した考えとその結果が全く逆になってしまうことを意味している O ちょうど家族療法の偽解決が個人の心の中で起こっていると考えたらいいだろう O 森田療法はこれまで示したような心の問題がなぜ起こるのかの理論に基づいて、 一定のプロ グラムによってシステマティックに行われる O 治療ではもちろん治療者の共感や受容、クライ エントとの心の交流といった心理療法に当たり前に必要なものも求められ、さらに近年ではこ こで説明したような定型的な入院療法ではなく、森田療法の考えを生かした折衷的な心理療法 が多くなっているが、森田が入院療法で行ったシステマティックな治療とその基盤となる理論 は現在でも十分有効なものであると考えられる O. 1 1.杉浦 ( 2 0 1 3 ) の自己モデルと森田療法 森田療法の考え方を杉浦 ( 2 0 1 3 ) の自己モデ、ルから説明してみよう O 森田療法ではクライエ ントの症状はとらわれとはからいによる悪循環から生み出されると考える O とらわれは症状に とらわれたかのように症状に注意を向けることから逃れられない状態であり、はからいとは症 状を何とかコントロールしようとしたり、なくそうと努力したりすることが逆に症状を顕在化 させるような行動である O 森田療法ではこのとらわれとはからいの悪循環によって症状は相乗 的に悪化していくのであり、とらわれとはからいをなくすことで、悪循環から抜け出し、症状 が緩和していくと考える O 杉浦 ( 2 0 1 3 ) の自己モデルから捉えなおすと、症状を抱えた者は、「症状を抱えた自己」 の 循環が重なり輪郭がさらに明確に認識されていくと同時に、症状を何とかしようとする努力 (はからしすがことごとく失敗することによって症状を抱えた自己の循環がますます内側に閉じ て悪循環から抜け出せなくなっていると考えられる O 症状を抱えた自己、症状から抜け出せな い自己が認識され続ける、もしくは証明され続けている状態と言ってもいいだろう O 症状を意 識すればするほど循環は重なりを持ち明確化していくため、長引けば長引くほど症状を抱えた 自己はくっきりと認識されるようになり、症状が悪化していってしまうのである O. 3 6.
(23) 「循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル」から心理療法を考える. このようなとらわれとはからいの悪循環を断ち切るために、森田は 「 恐怖突入」としての行 動を重視する O 恐怖突入とは、たとえば赤面恐怖で電車に乗れな L¥患者に、電車に乗って自分 の赤面を衆人の前にさらす行動をしたりすることである O これは行動(この例では電車に乗る こと)ができないのは、その行動そのものに不安や恐怖を感じるからではなく、その行動に対 する予期不安、予期恐怖のためであり、その行動そのものの中に飛び込んでしまえば、つまり 恐怖に突入してしまえば不安や恐怖はそれほど感じないという考えに基づいている O それまで患者は、心の中で行動に対する不安や恐怖をイメージすることで、実際には行動し ていないにも関わらず不安や恐怖を心の中で何度も経験することで、電車で赤面して面白を 失っている自分を認識し続けてしまう O 杉浦 ( 2 0 1 3 ) の自己モデルでは、たとえ心の中の行動、 行動のイメージであってもそれらは自己の輪郭を明確にする循環を形作ると考えている O その 考えを考慮、 に入れると、彼は自分の心の中だけの閉じた循環によって電車に乗れない自分をよ り強く認識するようになってしまっていると考えられる O それが恐怖突入の行動によって、実際にはそれほど不安も恐怖もない経験をすることによっ て、それまでの閉じた循環が聞かれて悪循環がほころびることになる O 症状はそれまで悪循環 を重ねることで維持されてきたのであり、悪循環が重ならなければ不安も恐怖も薄れていくの である O もちろんそれまで予期的とはいえ耐えきれないほどの不安や恐怖を感じてきた行動を行うこ とはたとえどんなに効果があるとわかっていても簡単なことではない。 だからこそそれができ るようにするために、森田療法のシステマティックなプロセスが開発されたのであり、また行 動を励ますといった治療者の役割があるのである O 森田療法の考え方は、不安にせよ恐怖にせよ感情はすべてコントロールできるわけではな く、むしろそのような完壁主義は有害だということであり、それに対してあるがまま感情を認 めることで、結果的に症状や症状にともなう問題をコントロールし、回避できるということで ある O このような考え方は、杉浦 ( 2 0 1 3 ) の自己モデルに基づくセルフコントロールのあり方 と共通性がある O すなわち、自分の心の動きの仕組みを知ることで、心のあり方や感情につい てすべてコントロールをすることはできずとも、適切な心と行動のコントロールにより、より よく生きていくことができるという考え方だ。 このことについては、まとめにおいてさらに言 及したい。. -3 7-.
(24) 近 畿 大 学 教 育 論 叢 第2 5 巻第 2号 ( 2 0 1 4・3). 1 2 . まとめ ここまで杉浦. ( 2 0 1 3)の自己モデル 「循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル」. の視点から心理療法を見通してきた。 その結果、今回対象とした様々な心理療法において、共 通する側面が浮かび上がってきたと思われる O その共通性を端的に言うなら、様々な心理的問 題は悪循環から引き起こされていると考えること、そして問題を解決するためには、すなわち 自己を変えるためには悪循環にはまっていることに気づかせ、その悪循環を変えるために糸口 となる側面に働きかけて、システム的に悪循環が好循環に変わっていくことを目指すというこ とである O 筆者自身カウンセリングの実践家ではないにもかかわらず、本論文において杉浦. ( 2 0 1 3 )の. 自己モデルの視点から心理療法を捉えなおそうとしたのは、そこに筆者の関心事であるセルフ コントロールのヒントがあると考えたためである O なぜなら心理療法はまさに問題を抱えた心 や自己というものを変えようとする試みであるからだ。. 小此木(19 6 4)は、「カウンセリングにおける転機」という論文において、「精神療法は、一 般の精神生活と異質の精神変化を狙うわけではなく、本来われわれの人生に本質的に内在する 精神過程を、効果的かっ劇的に演出・展開する試みである」と述べている O このことはつまり カウンセリングで人を変えるために、私たちが普段の経験の中で変わってし 1 く仕組みが使われ ているということを示している O 逆に言えば、今回杉浦. ( 2 0 1 3)の自己モデルを通して浮かび上がってきた心理療法の共通し. た考え方は、私たちの日常生活においても自分を変えること、すなわち自己変容やセルフコン トロールにも適用できると考えられる O 具体的には、問題を抱えた自己を変えたり、問題自体 を解決したりするためには、悪循環を変えるための糸口となる側面に働きかけて、システム的 に悪循環が好循環に変わっていくことを目指すということである O 問題を解決するために悪循環を好循環に変えるという考え方は、ボクシングや空手のように 問題を一撃で倒すというよりも、ちょうど相二子の力を利用して攻撃を無力化する合気道に近い 問題解決法と言うことができる O 今回、杉浦. ( 2 0 1 3)の新たな自己モデルによって心理療法を. 捉えなおしたことで、セルフコントロールについて重要なヒントが得られたと感じている O 今 後、このような考え方をベースにしたセルフコントロールのあり方について、具体的に考えて いきた LiO.
(25) 「循環によって立ち現れる多面的自己のプロセスモデル」から心理療法を考える. 引用文献. A n d e r s o n,H. &G o o l i s h a n,H .1 9 9 2 Thec l i e n ti st h ee x p e r t . I nMcNamee,S .& G e r g e n, K .J .( E d s)T h e r a p ya sS o c i a lC o n s t r u c t i o n . S a g eP u b l i c a t i o n (野口裕二 ・野村直樹 訳. クライエントこそ専門家である. ブ・セラピ一. r. .・ガーゲン, K .J . (編) ナラティ マクナミー, S. 社会構成主義の実践Jl 1 9 9 7 金剛出版). B e c k,A .T .1 9 7 6 C o g n i t i v et h e r a p ya n dt h ee m o t i o n a ld i s o r d e r s . I n t e r n a t i o n a lU n i v e r 9 9 0r 認知療法-精神療法の新しい発展(認知療法シリ ーズ) J l s i t i e sP r e s s (大野裕訳 1 岩崎学術出版社. Burr,V .1 9 9 5 AnI n t r o d u c t i o nt oS o c i a lC o n s t r u c t i o n i s m . R o u t l e dg e (田中一彦訳 1 9 9 7 「社会的構築主義への 招待一言説分析とは何か』川島書庖〉. C e c c h i n,G .1 9 9 2 C o n s t r u c t i n gt h e r a p e u t i cp o s s i b i l i t i e s . I nMcNamee,S .&G e r g e n,K .J . ( E d s )1 9 9 2T h e r a p ya sS o c i a lC o n s t r u c t i o n . S a g eP u b l i c a t i o n(野口裕二・野村直樹訳 治療を拡げる新しい可能性 ラピ一. r. .・ガーゲン, K .J . (編) ナラティブ ・セ マクナミー, S. 社会構成主義の実践Jl 1 9 9 7 金剛出版). E l l i s,A .1 9 8 8 Howt os t u b b o r n l yr e f u s et omakey o u r s e l fm i s e r a b l ea b o u ta n y t h i n gY e s, a n y t h i n g ! L y l eS t u a r tI n c (国分康孝 ・国分久子訳 1 9 9 6r どんなことがあっても自分 をみじめにしないためには. 論理療法のすすめJl ) 1島書居). F r e u d,S .1 9 2 3 DasI c hundd a sE s.1 9 4 0B d . 8 .Gesamme1 teW e r k e . Imago ( 小此木啓吾 訳. 1 9 7 0 自我とエス 井村恒郎ほか編『フロイト著作集 6Jl人文書院, 2 6 3 2 9 9 .. 長谷川啓三. 1 9 8 7r 家族内パ ラド ックスー逆説と構成主義一』彩古書房. K a b a t Z i n n,J .1 9 9 0 F u l lc a t a s t r o p h el i v i n g . D e l t a (春木豊訳 2 0 0 7r マインドフルネス ストレス低減法』北大路書房〉 河合俊雄. 1 9 9 8r 概念の心理療法 物語から弁証法へ」日本評論社. 北西憲二. 2 0 0 1r 我執の病理 森田療法による「生きること」の探求』白揚社. 北西憲二. 2 0 0 5 森田療法の基本的理論 北西憲二 ・中村敬編『森田療法』ミネルヴァ書房,. P . 2 0 3 9 . 国谷誠朗. 1 9 8 7 家族システム論による家族療法 そ の 展 望 佐 藤 悦 子 ・ 稲 村 博 編 「 現 代 の エ. スプリ 2 4 2 家族療法の理論と技法』至文堂, 9 6 1 0 6 .. .H.1 9 3 4 Mind,S e l f,a n dS o c i e t y . Fromt h es t a n d p o i n to fas o c i a lb e h a v i o r i s t Mead,G 3 9.
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