島津藩における麓集落に関する研究 : 屋敷割につ
いて
著者
松村 泰孝, 岩本 俊一, 揚村 固, 土田 充義
雑誌名
鹿児島大学工学部研究報告
巻
34
ページ
151-163
別言語のタイトル
A Study of the Traditional City Planning in
''Satsuma Han'' : With Especial Reference to
Block Planning in Subdivision of Samurai
Settlements
島津藩における麓集落に関する研究 : 屋敷割につ
いて
著者
松村 泰孝, 岩本 俊一, 揚村 固, 土田 充義
雑誌名
鹿児島大学工学部研究報告
巻
34
ページ
151-163
別言語のタイトル
A Study of the Traditional City Planning in
''Satsuma Han'' : With Especial Reference to
Block Planning in Subdivision of Samurai
Settlements
島津藩における麓集落に関する研究
屋敷割について
松 村 泰 孝 ・ 岩 本 俊 一 ・ 揚 村 固 ・ 土 田 充 義
(受理平成4年5月31日)AStudyoftheTraditionalCityPlanningin“SatsumaHan"・
WithEspecialReferencetoBlockPlanninginSubdivisionofSamuraiSettlements.
YasutakaMATSUMURA,ShunichilWAMOTO KatamuAGEMURA,andMitsuyoshiTSUCHIDA ThisstudycomprisesaresearchonthelotsizesofSamurairesidentsofoldtownssuchasKamou, Takaoka,Iriki,Chiran,IzumiandOkuchi・Theseoldtownswerecalled“FUMOTO,,in“SatsumaHan''・ Wehopedtofindouttheprinciplesofsubdivisionplanningbymeasuringthesizeoflotsonwhich therewereoverfiftySamuraidwellingsineachtown・Asaresultofthesemeasurments,wefound thatthesizeofthelotgetssmallerasthedistancefrom“Okariya,',theofficialarea,isgreater.【はじめに】
旧薩摩藩の麓集落の整備建設は藩の根幹をなす地頭 制度の確立にともない中世末から近世初頭にかけて一 斉に行なわれた。それは全国でも稀少なケースである にもかかわらず,建設の基本となった計画理念や具体 的な手法は明かにされていない。本報では前報に引き 続き,麓集落の実測調査をもとにしてその屋敷割につ いて,得られた結果を報告する。 調査は6箇所の麓集落で,いずれも明らかに計画的 に整備されたものである。出水・大口・高岡は国境の 要衝地で,知覧・蒲生・入来は内陸の比較的規模の小 さなものである。前者は3地区とも直轄地(地頭所と も言う),後者のうち蒲生だけが直轄地で,他は私 領注'である。【調査目的と方法】
調査の目的は,麓集落の屋敷割がどのようになされ ているかを確認し,6地区の麓集落を通した法則性に ついて検討することである。歴史資料のうえではいず れもどのように麓集落の縄張りと屋敷割りを行なった か明かでない。したがって,第一に絵図史料等によっ て江戸期の街路を復元し,第二に屋敷割りの推定を試 み,実測調査で得られた結果から屋敷割りの基本原理 をさぐる。街路と屋敷割りの復元には,古絵図・字 (絵)図・地籍図・その他各種地形図・測量図を用い ている。 本報では屋敷の間口寸法と奥行きを測定して面積を 算定し,これら3つの要素について報告する。【調査結果】
6つの麓はその面積規模から2類型に大別できよう (図l参照)。平均面積が250坪程度でそのバラつきが 共に小さい蒲生(263坪)・高岡(278坪)・入来(364 坪)の集団と,平均面積が500坪程度と大きく,また 分散も大きい知覧(499坪)・出水(507坪)・大口(55 2坪)集団である。 薩摩国の内陸地に位置する蒲生と入来は,国府を結 ぶ駅路上にあり宿駅であった。高岡は日向佐土原の島 津 氏 ・ 高 鍋 の 秋 月 氏 に 対 す る 要 衝 に あ る が , サ ン プ ル 数が少ないため結果の精度が低い。また,国境の外藩 に対する防衛の最前線である肥後の細川氏に対する出 水(出水筋の要である),人吉の相良氏に対する大口 (大口筋の要)は重要な麓であった。出水は郷士人体 (武家の戸数)と所惣高が6つの麓の中で最も大きく, 大口は郷土人体数が一番小さいが1人当りの石高が最表l−l蒲生麓街路別平均値(l間=6.5尺) 蒲生街区別平均値(l間=6.5尺) 坪
000000000000000000
987654321
蒲 生 高 岡 入 来 知 覧 出 水 大 □ 図 l 屋 敷 面 積 高岡街区別平均値(l間=6.5尺) 表l−2高岡麓街路別平均値(l間=6.5尺) 街 路 間口(間) 奥行(間) 面積(坪) 西 馬 場 西 側 西 馬 場 東 側 八 幡 馬 場 新 辻 馬 場 辻 馬 場 町 馬 場 下 馬 場 13.10 12.75 12.89 16.03 13.01 12.09 12.94 18.24 19.38 22.57 14.82 19.15 24.08 23.15 267.04 229.04 272.97 233.97 229.54 286.17 300.93 麓 平 均 13.18 20.82 262.60 街 区 間口(間) 奥行(間) 面積(坪) abCdefgh・ljk 12.17 13.32 12.09 15.46 15.91 14.53 13.62 15.15 10.48 13.90 10.95 20.62 23.16 18.43 18.00 17.33 12.41 19.75 15.43 20.28 23.45 23.78 240.97 258.83 258.71 278.14 243.00 175.20 269.05 233.76 213.49 327.27 259.83 麓平均 13.18 20.82 262.60 街 区 間口(間) 奥行(問) 面積(坪) abCdefgh・lj 15.84 17.77 14.79 18.20 11.09 15.32 17.49 13.32 22.27 12.24 23.11 15.08 18.25 17.84 17.17 366.04 253.46 288.30 269.77 181.27 麓平均 15.18 19.05 277.62 街 路 間口(間) 奥行(間) 面積(坪)ABCDEFGH
南 北 街 路 東 西 街 路 南 北 街 路 南 北 街 路 南 北 街 路 南 北 街 路 東 西 街 路 南 北 街 路 15.84 17.05 18.36 16.81 18.35 13.44 13.04 14.84 23.11 20.54 15.08 21.42 17.51 13.10 366.04 280.87 245.66 338.74 225.52 131.54 麓 平 均 15.18 19.05 277.62知覧街区別平均値(l間=6.5尺) 153 表1−6大口麓街路別平均値(l間=6.5尺) 表1−3入来麓街路別平均値(l間=6.5尺) 入来街区別平均値(l間=6.5尺) 出水街区別平均値(l間=6.5尺) 大口街区別平均値(l間=6.5尺) 表l−4知覧麓街路別平均値(l問=6.5尺) 松村・岩本・揚村・土田:島津藩における麓集落に関する研究屋敷割について 表1−5出水麓街路別平均値(l間=6.5尺) 街 路 間口(間) 奥行(間) 面積(坪) 仮 屋 馬 場 中 ノ 馬 場 西 側 中 ノ 馬 場 東 側 庵 ノ 坂 船 瀬 馬 場 船 瀬 馬 場 北 隣 上 ノ 馬 場 十 文 字 馬 場 犬 ノ 馬 場 20.73 19.59 14.22 17.40 20.13 21.39 17.09 15.27 22.24 16.02 18.37 24.91 22.07 18.68 15.99 22.21 22.48 341.70 353.69 361.28 374.60 413.19 359.27 382.56 343.13 麓 平 均 17.51 21.13 364.11 街 区 間口(間) 奥行(間) 面積(坪) abCdefg︲、 19.24 18.29 19.24 22.32 16.24 15.42 16.27 19.80 18.78 17.09 16.46 20.08 25.19 22.43 21.25 18.87 354.61 309.54 342.88 628.59 404.10 348.70 319.80 402.32 麓平均 17.51 21.13 364.11 街 路 間口(間) 奥行(間) 面積(坪) 本 馬 場 北 側 本 馬 場 南 側 本 馬 場 城 馬 場 紺 屋 小 路 19.70 24.67 19.53 19.25 20.81 28.30 21.74 27.89 21.65 16.78 617.71 495.16 604.68 425.51 373.66 麓 平 均 21.57 22.80 499.32 街 区 間口(間) 奥行(間) 面積(坪) abCdefgh・ljk 21.16 23.00 21.88 25.67 20.64 21.34 20.39 33.45 17.22 19.68 21.84 27.51 25.92 23.60 22.21 23.20 21.45 19.65 22.75 31.59 21.38 25.71 585.58 570.11 584.81 566.89 476.70 445.81 373.52 775.94 578.16 327.30 547.60 麓平均 21.66 23.71 506.85 街 路 間口(間) 奥行(間) 面積(坪) 仮 屋 馬 場 竪 馬 場 諏 訪 馬 場 諏 訪 馬 場 東 隣 天 神 馬 場 天 神 馬 場 東 隣 三 原 小 路 菱 刈 街 道 菱 刈 街 道 北 隣 上 竪 馬 場 23.31 23.25 20.10 22.88 23.51 20.11 24.36 20.54 19.68 19.62 25.13 25.90 21.23 26.01 24.91 25.17 24.30 21.08 18.23 582.49 599.95 430.96 615.66 585.93 521.83 562.72 438.23 351.23 麓 平 均 21.66 23.02 506.85 街 区 間口(間) 奥行(問) 面積(坪) abCdef9h.1 24.74 19.10 21.43 18.06 30.15 20.47 23.26 19.14 19.25 31.73 20.70 23.45 20.82 18.29 17.58 20.22 26.31 27.89 815.45 394.00 495.48 365.65 433.46 391.70 455.92 567.46 469.50 麓平均 21.57 22.80 499.32 街 区 間口(間) 奥行(間) 面積(坪) abCdefgh・ljk 29.18 22.06 31.52 18.12 23.57 23.74 20.10 19.30 16.40 17.14 19.79
9454665604922944983861
●●●●●●●●●●■
9549386021922212222233
828.60 584.95 813.95 352.28 594.39 683.80 495.60 317.66 361.66 542.80 1.062.58 麓平均 19.98 25.73 551.69 街 路 間口(間) 奥行(間) 面積(坪) 上 之 馬 場 仮 屋 前 上 之 馬 場 山 側 下 之 馬 場 諏 訪 馬 場 東 側 内 馬 場 諏 訪 馬 場 西 側 東西街路G北側 東西街路G南側 東西街路H北側 東西街路H南側 29.18 18.14 28.40 23.59 21.76 19.83 15.82 14.16 17.08 16.81 29.29 20.07 33.25 26.18 22.40 33.53 21.40 27.60 828.60 364.34 910.82 642.23 501.52 672.75 336.51 470.87 麓 平 均 19.98 25.73 551.69、釦、釦、印⑪釦、544332211
東 西 馬瑚北 G 0mの⑩⑪⑩⑩⑪、
⑪98765432
1 街 路 街 路 A E 図2−2⑩元釦為、元釦調mだ釦43333222211
街 路 街 路 街 路 C D F 高岡麓の街路別面積分布 本 馬 増 本 馬 渇 北 本 町 馬 壇 本 馬 増 南 城 馬 力 目 そ の 他 A A B A C 図2−4知覧麓の街路:I面積分布 八 幡 馬 渦 西 馬 珊 西 側 錦 土 馬 堀 西 馬 場 東 側 B A C C 蒲生麓の街路別面積分布 錨, 紺屋馬埋 , 下 馬 場 町 馬 場 F E 図2−1 竪 馬 増 仮 屋 馬 増 8 A 図2−500、⑪⑪⑪⑩⑪⑪、mOp⑪987654321
11 諏 訪 諏 訪 内 馬 増 東 西 上 之 馬 瑚 東 馬 増 西 馬 増 北 馬 増 C C E H A 大口麓の街路別面積分布 鹿 児 島 大 学 工 学 部 研 究 報 告 第 3 4 号 ( 1 9 9 2 )0000⑩、⑩⑩、、、、
鋤釦氾⑪98765432
1111
上 之 そ の 他 馬 増 A 図 2 − 6 認H 詞 肪 馬瑚東 、 天 神 三 原 天 神 菱 刈 藻 訪 そ の 他 蔓 刈 北 馬 塙 馬 増 馬 増 東 馬 喝 馬 増 E G F H C 出水麓の街路別面積分布 之埋 B 下馬釦、釦⑩釦⑩印⑩釦⑩釦66554433221
船 瀬 馬 増 上 ノ 馬 埋 庵 ノ 坂 船 瀬 北 通 中 ノ 馬 娠 中 ノ 馬 増 西 仮 屋 馬 場 + 文 字 馬 唱 D F C E B B A G 図 2 − 3 入 来 麓 の 街 路 別 面 積 分 布1400 155
00⑩⑩⑩⑩⑩⑩⑩⑪mね⑩987654321
11釦⑪釦、印、印⑪印⑪6655443322
⑪布印詣、万釦謁、元釦43333222211
松村・岩本・揚村・土田:島津藩における麓集落に関する研究屋敷割について ■】 【Ⅱ B、 d g k b c e a h i f 街 区 a h c i g e b f d 街 区 図 3 − l 蒲 生 麓 の 街 区 別 面 積 分 布 図 3 − 4 知 覧 麓 の 街 区 別 面 積 分 布⑪釦⑩釦⑪印の釦⑪544332211
5CD 400 d e h a f c g b 街 区 k a c f e b j g i d h 街 区 図 3 − 3 入 来 麓 の 街 区 別 面 積 分 布 図 3 − 6 大 口 麓 の 街 区 別 面 積 分 布 1200 1000 800 街 区 h a c i b d k e f g 図 3 − 5 出 水 麓 の 街 区 別 面 積 分 布 200 a f c d 図 3 − 2 高 岡 麓 の 街 区 別 面 積 分 布 街 区①蒲生麓(図2−1,3−1,4−1/表1−1, 2−1参照) 蒲生麓は,前郷川と後郷川に挟まれ,東西南北に山 城をもつ地に位置する。街区は長方形が歪んだ形となっ ており,間口は主要馬場に面する。また,短辺を二つ に割り,二つの屋敷地の奥行で長方形の短辺になる。 しかし,八幡馬場Bと新辻馬場Cに挟まれた二街区だ けは四方間口になっている。間口寸法は馬場ごとにば らつきが少なく13間前後である。しかし新辻馬場Cに 面する間口が約16間と大きく,奥行も平均より小さく 約15問となっている。これは,街区の中央に共有地を 設けてあるためであろう。全体の奥行きは20間前後で, 町馬場Eと下馬場Fに挟まれた街区が24間とやや大き くなっている。御仮屋前や街区の四隅には広い屋敷が 見られるが,平均面積は260坪前後で予想外に小さく ばらつきが少ない。 一般に武家屋敷の面積はその格式に応じて大小が決 まると考えられるが,ここでは屋敷面積を一定にしよ うとする傾向が見える。また,街道を重要視して間口 の狭い櫛型配列のの街区を形成し,多くの屋敷を配置 しようとする傾向も認められる。なお,ここでは武士 団の禄高構成との関係についてが課題として残る。 も大きい。知覧は,薩摩半島の南薩地方のほぼ中央内 陸地にあり,私領でもあり近世的麓(建設は1745年) である。以下に各麓集落における結果と考察を述べる。 表2−l蒲生麓の間口・奥行・面積
犀
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15.921 115.921 15.921,
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19.261 12.681 10.92 13.81 113.25 111.29 110.37 9.59 ,13.35⋮!
8562538903−9 ●●●c●●●●●●③● 3782032009︾2 111111111.1 ● ● P 23.97 23.96 23.96 23.96 23.96 22.34 22.34 22.34 22.34 22.34 23.15 図4−l蒲生麓の屋敷割図注2 00 77777444444444444444 24.73 24.72 24.721
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;
墓
2−2参照) 高岡麓は,北西に天ケ城を主城として,山裾に地頭 仮屋をおき,その前面に武家を配している。また,野 町を武家地に抱摂する。 間口は,地頭仮屋周辺のA∼Eの街路に面する間口 の平均が15間を越えており,Fの街路に面する間口平 均は13.44間,Gの街路に面する間口平均は13.04間と なっている。街路Fは地頭仮屋から遠く,間に野町を 挟んでいるため比較的身分の低い者の屋敷地が配され ていたことが予想できる。街路Gについては,一つの 街区面に三屋敷が配されており,中心の屋敷の間口平 均になっているため小さな値となっている。奥行に関 しては,A,C,D,E,Fの街路が20間前後の大き い 値 と な っ て い る 。 こ れ ら の こ と よ り , 南 北 の 街 路 (A,C,D,E,F)を重要視する傾向がある。 面積では,街路A,Eに面する屋敷地が350坪前後 で,他は250坪前後である。平均面積は278坪,角地の 比較的広い屋敷地を考慮するともっと大きくなるが, 全体として地頭仮屋から遠ざかるにつれて小さくなる。 1234輯一 一一1 B l −567鞘|
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510.32 図 4 − 2 高 岡 麓 屋 敷 割 図 注 3「
ZZ・けb 23.30 16.73 17.62 20.13 郷.bnj 24今04 17.26 18.18 20.76 街路間には一部広い敷地があり,北の街路Eの北側は 3件しか屋敷が配されていないため大きい値になった。 その他の街路に面する間口は20間以下である。 奥行は,中ノ馬場の東側B・庵ノ坂C・上ノ馬場F・ 十文字馬場Gは22間∼25間で大きい。中ノ馬場Bより 東側で20間を切るのが船瀬馬場Dとその北の街路Eで ある。仮屋馬場A・中ノ馬場の西側Bは20間以下で, 小街区のためと考える。面積でも仮屋馬場・中ノ馬場 の西側が小さい値を示している。御仮屋に近い仮屋馬 場,中ノ馬場で奥行が16間前後と小さく,他の麓と逆 の傾向である。整備前の旧態を示しているのかもしれ ない。平均面積は364坪である。街区の寸法が小さい 麓であるために,屋敷の面積が比較的小さくなった。 ③入来麓(図2−3,3−3,4−3/表1−3, 2−3参照) 屋敷地の平均間口・奥行・面積は,それぞれ約18間・ 21間・364坪であり,計画的街区では宅地が整然と隙 間なく配されている。 犬ノ馬場Hから北は街路が地形の影響から曲がり, 不整形で屋敷割も整然としていない。屋敷割からは北 側が自然発生的,南側が計画的であると考えられる。 各屋敷地の間口は東西街路に面する傾向が見られ,東 西街路(D,E,F,G,H)を重要なものとしてい る。 仮屋馬場Aと中ノ馬場Bの間口は約20間である。船 瀬馬場Dとその北の街路は20間,21間で,この二つの 表 4 − 3 入 来 麓 の 間 口 ・ 奥 行 ・ 面 積 673.正 Z3.1U 23.10 隔坦 敬 雄 11口 、、 副=6.5尺 印 39,150 42.500 19.88 21-58 Z0.b1 22.26 31了90[ 33.00〔 29.75〔 16.ZU 16.75 15.10 16..02 lOZ46.U上 1.402.5[ 3Z1.3L 361.5C 2 3 軍跨 20.73 341.7[ 778.48 100.00 280.05 330.29 488.73 772.16 151,98 898.64 783.04 185.35 581.58 458.41 283.53 329.93 342.88 353.69 628.59 456.78 296.93 231.63 201.83 305.53 407.66 361−28 34,500 40,000 41,900 37,900 17.5Z 20.31 21.27 19.24 19.59 22.39 15.84 12.24 9.54 10.13 15.33 14.04 14.22 19.04 10.71 18.94 20.92 17-40 ︽乳LLLL一 44.100 通1.200 24‘100 18,800 19,950 30.200 27.650 55,300 56,800 47,800 47.800 39,250 39,250 57,20, '9.64 11.05 19-54 21.58 17.95 19.42 26.60 20.26 21.98 22.07 20.04 27.47 20.90 22.68 22.77 23.83 23.83 L0484.38 L,106.70 1,488.27 K.783.96 369.71 285.25 383.60 459.82 374.60 砲 ノC 種 21047.5( 2,088.4モ 527.75 538-3C 胸加皿蛇潅 鹿 児 島 大 学 工 学 部 研 究 報 告 第 3 4 号 ( 1 9 9 2 ) ..+…・……│…・……・I 皿妬肥︾一別妬一一弼肥吃蛇 Zb.Ub 25.05 19.37 19.37 173.51 iil3.’§ 19,40C 10.1f 19.27 316.6E 401.9〔 L,228.50 L、559.25 39.000 49,500 37.900 19.80 25.13 19.24 21.39 払0.43 25.93 19.85 22.07 31.bOC 31、50C 15.99 15.99 16.b【 16.5( 15.99 16.5C 25.85 25.8E 19.98 19.98 ZUoOb 21.83 12.59 12.24 18.73 17.09 Z0.68 22.52 12.99 12.62 19雪33 17.63 43,3bC 49.35C 38,15C 38.15C C 十文字鴨聡 22今9f 38256 Z2.21 1,023.78 1,097.4C l,955.73 L1138.41 L,391.3G L,365.0C 1.347.06 30.200 29,500 40,200 23*400 28.600 27.300 31,400 15.33 14.98 20.41 11.88 14-52 13.86 15=94 15.27 16.8Z 15.45 21-06 12今26 14.98 14.30 16.45 15-76 17.21 18.89 24.70 24.70 24.70 25.38 21.78 22.48 430800 図 4 − 3 入 来 麓 の 屋 敷 割 図 注 4 馬場 犬ノ 38 平均 22.24 22.24 Z2.94 22.94 全 体 平 均 ’ 1 1 7 . 5 1 1 1 8 . 0 7 1 ’ ’ 2 1 . 1 3 1 2 1 . 8 0 1 1 3 6 4 . 1 1
§
師冒6.3尺 Zr調 奥行 尚目印耐晶 1雲6.3尺 面貌 中ノ鰐埼西叫中ノ馬喝東閲 456句埼醒8901234 F11●1&■I■且 羊 宮 哩 甜 且 勺 U 同 一 & ﹃ ●■P■■ 師妬砺開掘迦涌訓馳鴎砺魂偲醗 抑陛胴串加︾邸お皿9Ⅶ 27.5UO 1.900 3.U 醇輔一師補則削認剥粥閏
北回 、蕊I 34.700 45050 18.G8 kノ馬魂 平嬉 4.100 GIE四 均 イ8.650 2ウニ21 ●◆■●■&申■占 Ⅳ噛師鴎閲舶鯉碑泌 3 4 i舗乃 243159 ④知覧麓(図2−4,3−4,4−4/表1−4, 2−4参照) 御仮屋(図4−4中l)が山城の山麓を離れ,武家 地をはさんだ反対側の川そばに位置し,近世的麓の特 徴を備えている。 本馬場Aと本町馬場Bに挟まれた街区の中央に共有 地が見られる。間口はどの街路も約20間である。ただ, 本馬場Aの南側が約25間と大きい値だが,二つの屋敷 地の間口が特に大きいことに影響をうけている。 奥行では,本馬場Aの北側と本町馬場Bが約28間前 後である。本馬場北側の奥行は現県道の南側を測定し たが,この道路は新設のため,あと数間長いかもしれ ない。本馬場の南側と城馬場Cの奥行は21.7間で,そ れ以外は20間以下である。 面積は,奥行のある本馬場北側と本町馬場が約600 坪前後と大きく,本馬場南側500坪弱,その他は400坪 前後である。また,ここでも街区の角地に広い屋敷地 が見受けられる。 表4−4知覧麓の間口・奥行・面積 ?.I雨娠 購淵N灘fLgg 、
蓑
松 村 ・ 岩 本 ・ 揚 村 ・ 土 田 : 島 津 藩 に お け る 麓 集 落 に 関 す る 研 究 屋 敷 割 に つ い て ■■ ︽︾︽︼ 。■■E﹃︼同一口■“■軸。n〃■ “一列五n画︾、叩凹■■ Ⅵ■▲ 34 0845 5486 1 図4−4知覧麓の屋敷割図注5 0 8046 49244 5543 04 ■■ I5 0 ■ 020.. 34245 1111111 111011 1I nb・1 42143 23.61, 14.06 7.95 21.17 19.04 20.31 20.82 18.14 24.36 14.51 8.20 21.84 19.64 20.95 21.48 18.71鹿 児 島 大 学 工 学 部 研 究 報 告 第 3 4 号 ( 1 9 9 2 ) 表 4 − 5 出 水 麓 の 間 口 ・ 奥 行 ・ 面 積
馬場PR地E1oh‘尺罰‘階h‘尺1m“」御
⑤出水麓(図2−5,3−5,4−5/表1−5, 4−5参照) 野間口下から仮屋馬場の東端辺りまで高屋敷を取り 囲むように先廻り道と呼ばれる小路が存在する。御仮 屋前の三街区と東隣の三街区は四方に間口を取ってお り大街区を形成している。堅馬場Bの西の街区と諏訪 馬場東隣街路Dと天神馬場Eに挟まれた街区は南北に 割っている。 93,2001 42,7501 48.800 32,900 37.700 32,550蕊
….苅面 16.501 29.281 16.45 27.00 14.01 17.02 20.75 200.9 109-'1 間口は,南北街路(竪馬場B・天神馬場E・諏訪馬 場東隣街路D)と東西街路(仮屋馬場A・三原小路G) は23間前後で,諏訪馬場Cと菱刈街道Hが20間前後で ある。 奥行も同様な傾向がみられ,南北街路と東西街路が 25間前後,諏訪馬場・菱刈街道が20間前後である。 面積は,間口・奥行とも大きい街路沿いでは約600 坪で,諏訪馬場・菱刈街道では約430坪である。諏訪馬場の西側街区b,cには諏訪神社と演武地があり, 奥行が十分に取れず屋敷地が狭くなった。諏訪馬場沿 いの間口は,御仮屋に出る街区の両側が3軒配置され ていることより狭い。菱刈街道も同様に奥行きが取れ なかったと思われる。また,街道沿いに多くの屋敷を 配置するために間口が狭い。 161 東 正iC 表 4 − 6 大 口 麓 の 間 口 ・ 奥 行 ・ 面 積 L454.76 1,623.14 L’’31.48 1,286.39 1.473.68 1.182.95 986.64 1.305.58 盆 輝 子 耳 l l l v . U 5 1 Z U 、 6 1 1 醜ff4奴地I 団槙 T f 坪 Zb・郷 33.25 29.29 19.50 21.88 19.44 19.44 20.07 j,bL7.9b 2,911.48 〕,214.72 L344.00 1,576.60 [.373.82 L’359.65 L、413.37 906.76 750.44 828.60 346.42 406.37 354.11 350.45 364.34 30.41 34.17 20.61 28.40 31.38 35.25 21.27 29.30 65,50C 65,50C )5.500°C 34.31 34.31 34.31 lロ136.21 685.44 910.82 lU l l l 2 1 3 1 4 1 5 1 6 1 7 1 8 平均 b1,dOU26.04 28.22514.33 28,22514.33 44,00022.34 49,55025.16 77,27039.23 45.62523.16 26.87 14.78 14.78 23.05 25.95 40.47 23.90 34.95C 34.95C 28.650 69,90C 62,550 62,5510 76,325 42,700 ラ1.571.9 17.74 17.74 14.55 35.49 31.76 31.76 38.75 21.68 26.18 18.31 18.31 15.01 36.61 32.76 32‘76 39.98 22.37 27.01 986.46 986‘46 1,260.60 3$463.55 4.833‘24 2,853.84 30482.33 2,066.68 2.491.65 18 2 0 2 1 平均 47.4UU 32,900 48.300 42.866.7 24.06 16.70 24.52 21.76 Z4.8f 17.23 25.3C 22.4E 46,600 33,300 52,440 44.113.3 23.66 16.91 26.62 22.40 24.41 17.44 27.47 23.11 b68.33 282.39 652.85 501.52 幽加泌踊配西配加帥輔 35,20 18.05 17.04 17.95 27.97 22.05 14,13 14.70 117.05 20.46 図 4 − 5 出 水 麓 の 屋 敷 割 図 法 6 松 村 ・ 岩 本 ・ 揚 村 ・ 土 田 : 島 津 藩 に お け る 麓 集 落 に 関 す る 研 究 屋 敷 割 に つ い て
陸
L834.83 2,270.70 1.541.16 1.743.75 1,743.75 1.826.84 374.97 418.37 291.64 331.57 379.84 304.91 254.31 336.51 北 則 27,200 30,700 25,370 29,057 29,057 29,057 24,750 27.884.4 13.81 15.59 12.88 14.75 14.75 14.75 12.57 14.16 ⑥大口麓(図2−6,3−6,4−6/表1−6, 4−6参照) 標高225mの山城でる大口城と,麓の武家屋敷より 一段高くなっている地頭仮屋を取り囲むように水路が 作られており,元町実業交差点には石垣の水門が設け られ緊急時には里地区は遊水池化するようになってい た。旧国鉄大口駅西側には,町人の住む野町があった がその規模は小さい。 間口については,必ずしもある決まった一定の値は 見えない。しかし,馬場ごとに平均してみると仮屋に 近い馬場に面している屋敷地の間口が大きい。仮屋前 の上之馬場Aは29間,下之馬場B28間,諏訪馬場東C 24間,西20間である。 奥行は,仮屋前の上之馬場A29問,下之馬場B33間 諏訪馬場西C34間の30間のグループと,祁答院家(5) 前の上之馬場A20間,内馬場E22間の20間のグループ に分けられる。 地頭仮屋から離れるに従って間口も奥行も小さくな る傾向にある。特に諏訪馬場cを境にしてこの傾向が 見られる。平均面積は552坪であり,六麓中最も大きい。 、 17.77 17.77 17.77 13.91 16.81 帖卿蛇船穂一別馴卵邸別蝿一読弱師輔一卵 3b,OIJY 35,007 35,007 27,400 〕3.105.3 18.34 18.34 18,34 14.35 17.34 18.41 22.03 14.95 16.37 16.37 17.69 I . 35,150 42,050 28j540 31‘250 3L250 13.648.0 '7.85 21.35 14.49 15.87 15.87 17.08 Z6.b0 27.42 27.42 28.33 Z7,34 28.2e 28.2E 29.23 319.” 472.93 585.28 397.24 449.46 449.46 470.87 52,800 49.850 45.850 9.500.0 64.250 26.81 25.31 23.28 25.13 32.62 4b,hOU 23.10 23.83 』.402.4C その他 619.22 813.95 23.10 24.95 23.83 25.75 2,402.40 3.157.89 全 体 平 均 ’ 1 1 9 . 9 8 1 2 0 . 6 1 1 1 2 5 . 7 3 1 Z 6 . 5 5 1 1 5 5 1 . 6 9 ●貼之潟場 瞬之燭騒 ・・2鶏−34.56畿出I篭
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図4−6大口麓の屋敷割図注7【 ま と め 】
本報では,代表的な麓集落のうち6箇所について街路 構成を復元し屋敷割りを推定した後,それぞれの屋敷 地について実測結果を報告した。これによって以下の 事が明らかとなった。 1.屋敷面積 屋敷面積はその大きさによって二つのグループに大 別できる。平均300坪弱を中心とする分散の小さいも のと,500坪辺りを中心とする大きな分散を示すもの である。前者には蒲生・高岡・入来が相当し,後者に は知覧・大口・出水が相当する。 300坪は1反(段)というまとまった規模の広さを 想起させ,屋敷取りの平均的規模がこの辺りにあった 事を予見させて興味深い。後者においては,いずれも 大郷の麓であることから禄高構成が前者より広範であ ることを思えば十分に肯けるものである。その規模は 500坪という平均値に意味を持つものではなく,屋敷 面積の掲載が,上限値を3反以上として,上に極端に 少なく下に多いものであることが明かとなった。 2.屋敷配置の理念 一つの例外(入来)を除いて,屋敷面積は政庁であ る御仮屋周辺で大きく,これから隔たるに従って狭小 となり,一般にいう城下町の構成に従っている。すな わち,麓集落の士屋敷の配置構成原理は,基本的に近 世城下町の原理と同等であると考えてよい。 3.屋敷割の原理 街区内の屋敷割りは間口の接する街路で特徴付ける ことができる。すなわち,間口を多く開く方の街路を 重要視していると考えてよい。その街路は第1に街道 に相当する道筋である。第2に重要な街路は御仮屋か ら縦に設定された街路群である。御仮屋に平行な街路 より,そうでない街路に間口を多く開く例が顕著であ ることが示された。更に,街区内の屋敷割りは,両端 を除いて間口がほぼ均等になるように計画されたと考 えてよい。 本報では麓集落の屋敷割り実測調査結果に基づいて, その手法について概括した。内容は測地的結果を考察 することに留まっているが,今後事例研究を補足する と同時に,社会経済状況,とくに郷士の禄高構成との 関連を探ることが課題となった。【 謝 辞 】
本研究の基礎となった実測調査にあたり,関係自治 体の各位と郷土史家の方々に多大のご協力をいただき ました。末尾ながら,ここに記して深甚の謝意を表し ます。【参考文献】
1「鹿児島県における麓・野町・浦町の地理学的研 究」鈴木公著私書版・昭45 2「蒲生町郷士誌」蒲生町・昭44 3「高岡町郷士誌上巻」高岡町・昭62 4「入来町郷土誌」入来町・昭39 5「知覧町郷土誌」知覧町・昭57 6「出水市郷士誌」出水町・昭43 7「大口市郷土誌」大口市・昭56【関連研究報告】
1.「出水麓の成立と街路の設計理念について(薩摩 藩の麓計画とその遺構に関する研究l)」揚村他 日本建築学会九州支部研究報告第31号1989年3月 2.「麓集落における街路構成の類型(薩摩藩の麓計 画とその遺構に関する研究5)」揚村他・日本建 築学会大会学術講演梗概集・’989年10月 3.「頴娃麓の成立と遺構(薩摩藩の麓計画とその遺 構に関する研究6)福元他・日本建築学会大会学 術講演梗概集・’989年10月 4.「鹿児島城下の形成過程とその設計手法(薩摩藩 の麓計画とその遺構に関する研究7)」揚村他・ 日本建築学会中国・九州支部研究報告・平成2年 3月松村・岩本・揚村・土田:島津藩における麓集落に関する研究屋敷割について 163 5.「鹿児島城下下方限の設計寸法について(薩摩藩 の麓計画とその遺構に関する研究8)」岩元他・ 日本建築学会大会学術講演梗概集・’990年10月 6.「麓集落の領内配置とその全体像(薩摩藩の麓計 画とその遺構に関する研究9)」揚村他・日本建 築学会大会学術講演梗概集・’990年10月 7.「知覧麓の構成とその遺構(薩摩藩の麓計画とそ の遺構に関する研究10)」岩元他・日本建築学会 九州支部研究報告第32号・’991年3月 8.「入来麓の構成とその遺構(薩摩藩の麓計画とそ の遺構に関する研究11)」揚村他・日本建築学会 九州支部研究報告第32号・’991年3月 9.「志布志麓の構成とその遺構(薩摩藩の麓計画と その遺構に関する研究13)」揚村他・日本建築学 会九州支部研究報告第32号・’991年3月 10.「麓集落の街路設計について(薩摩藩の麓計画と その遺構に関する研究16)」揚村他・日本建築学 会大会学術講演梗概集・’991年10月 11.「高岡麓の歴史遺構と構成(薩摩藩の麓計画とそ の遺構に関する研究21)」揚村他・日本建築学会 九州支部研究報告第33号1992年3月 12.「高岡麓の町割と設計手法(薩摩藩の麓計画とそ の遺構に関する研究22)」揚村他・日本建築学会 九州支部研究報告第33号1992年3月 13.「大口麓の構成とその遺構(薩摩藩の麓計画とそ の遺構に関する研究23)」岩元他・日本建築学会 九州支部研究報告第33号1992年3月 14.「蒲生麓の歴史遺構と構成(薩摩藩の麓計画とそ の遺構に関する研究29)」揚村他・日本建築学会 大会学術講演梗概集(北陸)・’992年8月 15.「蒲生麓の町割と設計寸法(薩摩藩の麓計画とそ の遺構に関する研究30)」松村他・日本建築学会 大会学術講演梗概集(北陸)・’992年8月