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日タイ語における自称詞の認知言語学的対照研究

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Academic year: 2021

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日タイ語における自称詞の認知言語学的対照研究

著者

Roykaew Siriacha

23

学位授与機関

Tohoku University

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論文内容要旨

日タイ語における自称詞の認知言語学的対照研究

東北大学大学院国際文化研究科

国際文化研究専攻

Siriacha Roykaew

指導教員 上原 聡 教授

指導教員 江藤 裕之 教授

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日タイ語における自称詞の認知言語学的対照研究

国際文化研究専攻 Siriacha Roykaew 1.研究の背景及び目的 い か なる 言語 に おい ても 話 し手 が自 分 自 身 を言 及 する ため に 用い る表 現 があ るが 、 言 語によってその性格が異なっている。日本語の「話し手が自分を指す言葉」には「私」や 「僕」、「おれ」などの他にも、親族名称、職業名称、固有名詞、指示詞など様々なバリエ ーションがある。鈴木(1973: 146)は、この日本語の特徴を踏まえ、話し手が自分自身 に言及するすべての言葉を「自称詞」と総称している。一方、タイ語の自称詞においても 日本語と同じように、様々なバリエーションがある。 また、日本語とタイ語の両言語とも自称詞の明示は義務的ではないため、文脈から明ら かな場合は自称詞を省略することが可能である。例えば、英語の “I love you” を日本語 で言う場合、一般的には「愛して(い)るよ」など自称詞を明示しない方が自然であろう。 タイ語も自称詞を明示せずに “rák (愛する)ná(終助詞)” のみでも可能である。 このように、無形を含め自称詞の選択肢が同じように豊かでありながら、社会背景や歴 史が異なる日本語とタイ語の間の翻訳においては、自称詞の用法に違いはあるのだろうか。 あるとすれば、どのような違いだろうか。 本 研 究で は、 全 く同 じ文 脈 にお いて 日 本語 とタ イ 語の 自称 詞 には どの よ うな 対応 関 係 があるのかを調べるために、日タイ対訳コーパスを用いて、両言語における自称詞の共通 点と相違点を明らかにする。両言語における自称詞の使用実態を明らかにした上で、認知 言語学の観点からその相違点はどのような原理に基づくものであるかを体系的かつ客観的 に解明することを目的とする。 2.先行研究及び本研究の研究課題 これまで、日本語とタイ語、それぞれの言語についての自称詞に関する研究は多く行われ てきたが、日本語とタイ語を対照した自称詞の研究はまだ限られている。その上、それら の研究では、自称詞の出現数と自称詞の種類を別々に考察したものは多い。それに対して、 役 割 語 の 観 点 か ら 考 察 し た も の は 極 め て 少 な い 。 自 称 詞 の 出 現 数 に 関 し て は Uehara

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2 (2012)やルンキーラティクン(2017)などが挙げられる。両者とも日本語はタイ語よ り自称詞の非明示数が 多いことを報告してい る。その背景について 、Uehara(2012)は 日本語ではタイ語にはない内的状態述語による人称制限があるため、自称詞が明示されな いことが多い と指摘し ている。一方 、ルンキ ーラティクン ( 2017)は授受表現、希望・ 要求・感情を表す表現などの文法形式の違い以外に、社会的な要因もあると指摘している。 しかし、後述するように、他の要因も考えられるため、さらに検討する必要がある。 自称詞の種類に関する研究には Chirasombutt (1995)やケェンチャック(1989)などが 挙げられる。両者とも日タイ語における自称詞の種類についてそれぞれの言語の用法や特 徴を報告しているが、その背景や出現数との相関関係については十分に論じられておらず、 タイ語では目下の親族名称を自称詞として使用できるが、日本語では使用できない点につ いても明らかにされていない。 役割語 に関し て、日 本 語では 「ぼく 」、「 おれ」、「わた し」、「あ たし」 などの自 称詞は 明確な人物像と結びついている(金水 2003)。同じくタイ語も自称詞の種類が豊かであり、 日↔タイ対訳作品において二言語の間にいかなる対応関係があるかという点は興味深い。 しかしながら、これまでの研究には日↔タイ対訳コーパスを用いて、双方的な考察した ものが見あたらない。 こ の よう に、 同 じ文 脈に お いて 日本 語 とタ イ語 の 自称 詞の 対 応関 係と そ の異 同の 背 景 についてまだ十分に論じられていないことが分かった。そこで、本研究では、先行研究の 問題点を踏まえ、本研究の研究課題を以下の通りに設定する。 ①客観的に同じ文脈において、日本語とタイ語の自称詞の出現数の差異は先行研究と同 じようにタイ語の方が多いか。その背景には先行研究で指摘されたこと以外には何が あるか。 ②日本語とタイ語における人称名詞・親族名称・固有名詞・指示詞などといった各自称 詞の種類の出現数とその用法の違いと背景は何か。 ③共に人称名詞系自称詞1の種類が豊富である日本語とタイ語の間では、対訳コーパス において各自称詞にはどのような対応関係があるか。役割語の観点から考察を行った 場合、それぞれの言語の人称名詞系自称詞の特徴とその背景は何か。 1 後述するように、 本研究では日本語とタイ語の特徴を考慮し、一人称代名詞を人称名詞系自称詞と 称する。

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3 3. 研究方法及び用語の定義 3.1 研究方法 本 研 究で は、 同 じ文 脈・ 状 況に おい て 自称 詞が ど のよ うな 言 語形 式で 表 現さ れる か を 調べるための対訳資料をデータベース化し、両言語の構文を比較できるように一文ごとに 対訳コーパスを作成する。会話文に出現した自称詞の単数形を収集し、日本語とタイ語の 自称詞の出現数と種類を調べて考察する。なお、データを収集する際は次のように分類す る。 ① 置 き換 え: 原 作で は自 称 詞が 使用 さ れ、 その 翻 訳版 もそ れ に対 応す る 自称 詞が 使 用 されている場合。 ②追 加: 原作 では 自称 詞が 使用さ れて いな い が、 そ の翻 訳版 では 使 用され てい る場 合。 ③省 略: 原作 では 自称 詞が 使用さ れて いる が 、その 翻訳 版で は使 用 されて い な い場 合。 な お 、本 研究 で は日 本語 と タイ 語に お ける 自称 詞 の対 応関 係 を考 察す る ため 、両 言 語 とも自称詞が非明示になった場合は分析の対象外とする。 本 研 究で は自 称 詞の 分析 に 際し て、 対 話者 間の 全 体的 な人 間 関係 、話 の 流れ を観 察 ・ 把握できるように短編小説を主データ2として使用する。また、両言語の特徴が見られる ように、日本語の原作とそのタイ語訳のみならず、タイ語の原作とその日本語訳も取り入 れ、相互的に考察する(日本語原作: 10 話・タイ語原作: 10 話、合計: 20 話3)。なお、資 料を選ぶ基準は次の通りとする。 ①原作を選ぶ際、著名な作家で、一般に知られている作品を選ぶ。 ②翻訳を選ぶ際、可能な限り、様々な訳者からの作品を取り入れる。 ③資料が決まったら、次の基準に従い、データを収集する。 ⅰ.日本語が原作の場合はタイでよく知られている 10 冊のタイ語訳短編集で各冊 1 話ずつ最も自称詞が多い作品を選ぶ。 ⅱ.タイ語が原作の場合は、日本語に訳されているものの数が限られている中 で、会 話文の見られる 5 冊の和訳短編集の中から、それぞれ最も自称詞が多い作品を 2 話ずつ選ぶ。 そ し て、 収集 し たデ ータ に 基づ き、 日 本語 とタ イ 語の 自称 詞 の出 現数 と 種類 とそ の 対 2 必要に応じて、以上で挙げた 20 話の短編小説以外の作品も取り入れる。また、両言語における「役 割語」の特徴を観察する際、補助資料として、日本語漫画とそのタイ語訳も取り入れて考察する。 3 紙幅の関係上、扱った作品の詳細 は博士論文の後付を参照されたい。

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4 応関係を調べ、それぞれの言語の特徴を明らかにする。その後、認知言語学の理論的枠組 みを用い、日本語とタイ語における自称詞の用法の違いの背景を考察する。 3.2 用語の定義 前述したように、鈴木(1973: 146)は自称詞を「話し手が自分自身を言及するすべて の表現である」と定義している。しかし、この意味では、指示機能のみならず、述定機能 も含んでいる。例えば、「(私は)山田の妹です」では「妹」まで自称詞に含まれることに なる。 そ こ で、 本研 究 では この よ うな 述定 機 能 に ある 用 法は 対象 外 とし 、自 称 詞を 「話 し 手 が自分自身を言及するのに用いる指示機能において使用される全ての表現」と定義する。 また、自称詞の分類については先行研究を踏まえ、日本語とタイ語の特徴を考慮し、次の 通り下位分類する。 ①人称名詞系自称詞4 ②親族名称系自称詞 ③固有名詞系自称詞 ④役割・職業名称系自称詞 ⑤指示詞系自称詞 ⑥名詞句系自称詞 ⑦無形(自称詞が非明示になった場合) 4. 研究の結果と考察 4.1 日本語とタイ語の自称詞における出現数 下記の表 1 で示す通り、原作は日本語タイ語を問わず、全て 20 作品の対訳資料のデー タにおいて自称詞の出現数は日本語よりタイ語の方が多いことが明らかになった。 表 1 日本語とタイ語における自称詞の出現数:作品別 4 本研究では、性質が異なる英語など西洋語の(一人称)「代名詞」と区別するため、田窪( 1997) の「人称名詞」に基づき、人称名詞系自称詞と称する。 日本語原作の作品 日本語 タイ語 タイ語原作の作品 日本語 タイ語 セロ弾きのゴーシュ 24 45 チャムプーン 145 159 ヴィヨンの妻 54 94 暗闇の隅 198 208 三つの宝 67 80 僧子虎鶏虫のゲーム 24 49 厭がらせ年齢 53 87 旧友の呼び声 120 237

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5 1411 (64.49%) 2110 (96.44%) 777 (35.51%) 78 (3.56%) 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 日本語 タイ語 非明示 明示 上記の表 1 の通り、原作の日本語で自称詞が非明示である場合、タイ語訳では自称詞が 追加され、一方で、原作のタイ語で自称詞が明示されている場合、日本語訳では自称詞が 省略される傾向がある。この結果を合わせて全体の日本語とタイ語の明示数と非明示数を 割合で表すと、下記の図 1 のようになる。 図 1 全体の日タイ語における自称詞の明示と非明示の割合 図 1 が示している通り、日本語では自称詞が明示されていないが、タイ語では明示され ている場合は 777 例であるのに対し、タイ語では自称詞が明示されていないが、日本語 では明示されている場合は 78 例であり、日本語の自称詞の非明示はタイ語の自称詞の非 明示を大きく上回っている。本研究では、日本語とタイ語の自称詞の出現数の差の要因に 関して、日本語では自称詞が非明示であるにも関わらず、タイ語では明示化された事例に 着目して考察する。 4.1.1 日本語とタイ語における自称詞の出現数の差の要因 原作の日本語で自称詞が非明示である場合、タイ語訳では自称詞が明示された事例及び、 山椒大夫 62 94 本当の死 158 227 高瀬舟 39 64 いとこ 33 54 角筈にて 57 143 二十九番目の人間 13 28 我らの時代の フォークロア 141 204 エムオン娘のひたすら な愛 105 144 卒業 14 17 人に頼らず 36 57 なみうちぎわ 59 90 トマトの自殺 9 29 明示 570 918 明示 841 1192 非明示 369 21 非明示 408 57 合計 939 939 合計 1249 1249

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6 原作のタイ語で自称詞が明示された場合、日本語訳では自称詞が非明示である事例に関し て様々な要因が関わっている。本研究では主な要因として次のようなものがあると主張し た。 ① 文法形式の違いによるもの いくつかの日本語の文法形式の特徴から、日本語では話者が安易に特定できるため、タ イ語に比べ、自称詞が非明示になることが多い。本研究では、上原(2016a)の言語対照 のための主観性表現の類型を踏まえた結果、日本語とタイ語の間に違いが見られるのは体 験者主観性表現、情意者主観性表現、認識者主観性表現である。 ② 好まれている言い回しの違い(状況中心的言語/人間中心的言語)によるもの 好んで使用されている表現ないし構文は日本語と英語では異なり、日本語は状況中心的 言語であるの に対し、 英語では人間 中心的言 語であると本 多( 2005)が指摘している。 収集したデータを見ると日本語では自称詞が非明示というより、最初から言語化されてい ない、すなわち、状況表現が多く用いられている。それに対し、タイ語は英語と似ており、 人間の動作が重視され、人間中心的表現の使用が一般的であることが分かった。また、状 況中心的言語は主観的把握に対応しているのに対し、人間中心的言語は客観的把握に対応 していることから、それぞれの言語の捉え方の違いにも繋がっている。 ③ 社会・文化の違いによるもの 1)自称詞の意味の違い:いくつかの一般に使用されているタイ語の自称詞の由来と意 味は自分をへりくだるのに対し、「僕」をはじめ、日本語の自称詞は最初、自分を卑下す る意味をもっているものの、使用が頻繁になるにつれて、その意味を失うことがある(鈴 木 1975: 23)。この違いは 2)における両言語の自称詞の機能の違いにも繋がる。 2)自称詞の機能の違い:日本語では必要とされていない限り、自称詞を明示しないこ とが多い(鈴木 1973)。一方、タイ語では、自称詞で話し手と聞き手の関係を示すことが できるため、聞き手に相応しい自称詞を明示した方が丁寧とされている。 3)ウチとソトの概念の有無:親族について話すとき、日本語では「ウチとソト」の概 念があるため、自称詞が非明示であっても、聞き手の親族のことか自分の親族のことが分 かる。これに対し、タイ語では同じような概念がないため、自分の親族だと分かるように 自称詞が明示されることが多い(ルンキーラティクン 2017)。 4.1.2 認知言語学の観点から見た日タイ語の自称詞の出現数の差異の背景 日 本 語で は自 称 詞が 明示 さ れて いな い にも かか わ らず 、タ イ 語で は自 称 詞が 明示 さ れ

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ている現象をさらに見ていくと、この差異は両言語による事態の捉え方の違いを反映して いることが分かった。

Langacker ( 1985: 140 ) は 、 “Implicit reference to the speaker correlates with the speaker being construed more subjectively,…. ”と述べており、以下の例を挙げている。

(1)a. Ed Klima is sitting across the table from me. b. Ed Klima is sitting across the table .

上記の例(1)は一つの言語内での二つの表現の立ち位置の違いを示す例であるが、日 本語とタイ語の自称詞の明示・非明示の現象をはじめ、言語が違う場合でも、同じ原理で 説明できる。言い換えれば、上記のように、自称詞の明示・非明示は、それぞれ認知言語 学における〈客観的把握〉と〈主観的把握〉に関わっている。日本語とタイ語における出 現数の差異の背景においてもこの事態把握の違いに繋がっているということである。本研 究のデータを見ると、同じ状況において、日本語は話者を規定する文法形式で自称詞が非 明示になることが多いが、タイ語訳では自称詞が明示される傾向が強い。このことから日 本語は〈主観的把握〉を好み、タイ語は〈客観的把握〉を好む傾向になることが分かった。 4.2 日本語とタイ語の自称詞における種類 これまで Langacker (1985)の理論を踏まえ、日英語の話者の明示・非明示について の分析が多く行われてきた (Uehara 1998; 池上 2003; 本多 2005 など)。用語や詳細は研 究者によって異なっているが、共通して、これらの研究において話者が明示される場合の 例文はほとんど一人称代名詞(本研究のいう人称名詞系自称詞)である。また、結論とし ては話者の言語化が義務的である英語は「傍観者型の捉え方」 が優勢であるのに対し、 話者を非明示にするのが一般的である日本語では「体験者型の捉え方」 が優勢であると されている。しかしながら、Langacker(1985: 126) では、subjectivity scale について、 下記の (2) を挙げ、subjectivity が低い順から(2a-c) という順番になっているとしている。

(2) a. The person uttering this sentence doesn ’t really know. b. I don’t really know. c. Don’t really know.

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8 (2b) が (2a) より subjectivity の度合が高いということは、話者が明示されている場合 でも、用いられる表現によって subjectivity の度合は変わるということである。それでは、 日 本 語 と タ イ 語 の よ う に 、 自 称 詞 の 種 類 が 豊 か で あ る 言 語 で は 自 称 詞 の 種 類 に よ っ て subjectivity の度 合に差 があるのであろう か。 また、両言語の間では 自称詞の種類によっ て差があるのであろうか。 まず日本語とタイ語の自称詞の種類による出現数とその対応関係は以下の通りである。 表 2 日タイ語対訳コーパスにおける自称詞の対応関係の結果(種類と出現数) 自称詞 の 種類 固有 名詞 日/タ 親族 名称 日/タ 名詞句 日/タ 人称 名詞 日/タ 指示詞 日/タ 明示 計 日/タ 非明示 日/タ 対応 の ペア 計 出現数 3/ 132 49/ 264 8/ 16 1340/ 1692 11/ 6 1411/ 2110 777/ 78 2188 % 0.13/ 6.03 2.23/ 12.06 0.36/ 0.73 61.2/ 77.33 0.50/ 0.27 64.4/ 96.44 35.5/ 3.56 100 表 2 の通り、有形の場合を自称詞の種類ごとに分けると、両言語とも人称名詞系自称詞 だけでなく,固有名詞,親族名称,名詞句,指示詞が使用されていることが収集したデー タから分かった。 4.2.1 日タイ語の自称詞の種類における subjectivity scale の応用 上記の通り、Langacker (1985)によれば、自称詞が明示される場合、自称詞の種類によ って subjectivity の差がある。本研究では、Langacker (1985)に言及されていない指示詞 と固有名詞を加え、日本語とタイ語に応用できるように、subjectivity scale を整理した。 その結果を図で表すと、次の図 2 のようになる。

図 2 Langacker (1985) に基づいた自称詞の種類による subjectivity scale

図 2 の通り、直示である指示詞と人称名詞は、三人称ともなる固有名詞、親族名称、名 各自称詞の subjectivity の度合

低 高 固有名詞/親族名称/名詞句表現 人称名詞 指示詞 無形(非明示)

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9 詞句表より subjectivity の度合が高い5。上述の表 2 日タイ語対訳データにおける自称詞の 種類の対応関係の結果(表 2)を図 3 の subjectivity scale に合わせて考察すると、この自 称詞の種類による subjectivity の度合の差は日タイ語における各自称詞の出現数の差にも 反映していることが明らかになった。 す な わち 、自 称 詞を 明示 化 した もの の 中で 、固 有 名詞 、親 族 名称 、名 詞 句表 現、 人 称 名詞といった objectivity の度合の高いものがタイ語に多く、subjectivity の度合が高い指 示詞と無形は日本語の方が多いということが明らかになった。そして、この結果は日本語 とタイ語それぞれの言語の「捉え方」の特徴に繋がっていることが分かった。 ちなみに、日本語とタイ語は両言語とも親族名称を自称詞として使用することが可能で あるが、日本語では、「子ども」、「妹」、「孫」など目下(下位者)の親族名称を自称詞と して使用することができない。この背景の違いは両言語における聞き手の視点の取りやす さと関わっている(スィリアチャー・上原 2018)。日本語では聞き手の視点を取るときは 目下(下位者)親族名称の視点のみであり、上位者の視点を取って「子ども」などを自称 詞として使用することができない。また、日本語では目下(下位者)が成長すると、人称 名詞に変わることが多いことも大人になると目下(下位者)だと捉えにくくなるからであ ると言える。このことから、日本語は話者中心性が強いのに対し、タイ語は聞き手中心性 が強いというそれぞれの言語の特徴づけができる。その上、この捉え方の違いはここの論 点である日タイ語の自称詞における subjectivity の度合の違いに帰着することができる。 つまり、〈話し手中心性が強い〉言語は subjectivity の度合が高いことになり、〈聞き手中 心性が強い〉言語は subjectivity の度合が低いのである。 4.3 日本語とタイ語における人称名詞系自称詞 上記では、日本語とタイ語における自称詞の明示・非明示と自称詞の種類・出現数の相 関関係について見てきた。しかし、日本語とタイ語は同じく人称名詞系自称詞の種類が多 いため、両言語の間にはどのような対応関係があるか、それぞれの人称名詞系自称詞の役 割語の特徴は何かという疑問が生じる。本研究では収集した短編小説のデータと、追加資 料として取り入れた日本の漫画とそのタイ語訳を用いて考察する6 5 詳細の分析は博士論文の第 5 章を参照されたい。 6 本研究では、翻訳と役割語の視点か ら日本語とタイ語における対訳資料の分析方法で、それぞれの 言語における役割語の特徴を考察する。 また、両言語における役割語の特徴を考察する際、性別、年 齢・世代、性格、職業・階層、地域、時代といった特徴に分類する。

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4.3.1 データから見られた日タイ語の人称名詞系自称詞とその役割語の特徴

短編小説のデータに見られた日タイ語の人称名詞系自称詞は以下の通りである。

日本語:ぼく、おれ、あたし、わし 、おれさま、おら、わたし、わたくし、うち

タイ語:phǒm, chǎn, kuu, khâa, kràphǒm, dichǎn, raw, nǔu, ichǎn, ʔàattàmaa, ʔuá 全体的に両言語の人称名詞系自称詞を見ると、日本語では話者の「性格」を表す役割語 が 多 く 見 ら れ る の に 対 し 、 タ イ 語 で は 話 者 の 「 性 別 」 を 表 す 役 割 語 は 多 く 見 ら れ る が 、 「性格」を表す役割語はほとんど見られない。また、タイ語の人称名詞系自称詞の用法で は、聞き手による使い分けが特徴的である。つまり、話者のイメージを表わすより待遇表 現としての働きが特徴的である。さらに、日タイ語の人称名詞系自称詞の対応関係を見る と、明確な人物像と結びつく日本語の「わたし」、「あたし」、「わし」の三つとも、タイ語 の文学作品に多く使用されている 男女とも用いられる役割語の特徴が見られない“chǎn” と最も多く対応している。全ての作品を通して、全体的にみると日本語では登場人物の性 格によって人称名詞系自称詞の使い分けがあるのに対し、タイ語ではそのような傾向はあ まり見られないと言うことができる。 さらに、役割語がよく使用されている日本の漫画7とそのタイ語版を調べ た。その結果、 日本語ではそれぞれの人称名詞系自称詞は話し手の性別・性格を示唆しており、かなり明 確 な 人 物 像 と 結 び つ い て い る 。 例 え ば 、『 ド ラ え も ん 』 の の び 太 が 用 い る 「 ぼ く 」 は 〈弱々しい男〉、『ドラゴンボール』の孫悟空が用いる「おら」は〈純粋な田舎者〉、『ワン ピース』のルフィが用いる「おれ」は〈野性的な男〉、『るろうに剣心』の緋村剣心が用い る「拙者」は〈武士〉を想起させることが確認できた(Siriacha 2015)。一方、対応して いるタイ語では、「拙者」に対応する“khâa nɔ́ ɔy” を除けば、聞き手が友だちの場合には、 全て “chǎn” になっており、両親など目上に話す場合にはより丁寧な自称詞に移行する場 合が多い。このように、漫画の場合でも短編小説の結果と同じ傾向にあり、日本語の人称 名詞系自称詞は話者のイメージを表わす役割語としての働きが優勢であるのに対し、タイ 語の人称名詞系自称詞は待遇表現としての働きが優勢であると言えよう。 4.3.2 認知言語学の観点から見た日タイ語の人称名詞系自称詞の特徴の差異 上記の 日本 語と タイ 語にお ける 役割 語の 違 いはそ れぞ れの コミ ュ ニケー ショ ンの スタ イル の違 いに 繋が ると 考え られ る。 日本 語の 談話 は独 話的 〈モ ノロ ーグ 〉で ある (池上 2000: 353)。日本人は聞き手がいても、独り言のような言い方して、聞き手に察しもらう 7 資料とした漫画の詳細とその選定基準 は博士論文を参照されたい。

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11 ことが多い。一方、タイ語では、対話的〈ダイアローグ〉であり、独話のときと対話のと きが区別されている。このことについて、上原(2016b: 84-85)は日本語とタイ語の「痛 み」を表す語彙を取り上げて説明している。 場面(A):新米看護婦の下手な注射を受けて痛みを感じ、その看護婦に: 日本語:痛い(よ)! タイ語:cèp 場面(B):1人で道を歩いていて何かに躓いて倒れ、脚に痛みを感じて: 日本語:痛(い)! タイ語:*cèp 日本語の「痛(い)」は、他者への伝達を目的とした描写モード(A)でも、独り言を 含む詠嘆モード(B)でも使うことが可能であるが、タイ語の cèp(痛い)は、描写モー ド ( A)でのみ使用が可能で、詠嘆モード( B)での使用は不自然である(上原 2016b: 84)。このように、日本語は〈モノローグ、独話的〉であるのに対して、タイ語はその形 式 が 聞 き 手 を 想 定 し た 表 現 に な っ て お り 、〈 ダ イ ア ロ ー グ 、 対 話 的 〉 で あ る と 上 原 (2016b)は指摘している。 この原理は日本語とタイ語の人称名詞系自称詞における役割語の特徴にも適用すること ができる。つまり、日本語は〈独話的〉であり、登場人物の画像を提示すると、自分を登 場人物に自己同一化を行い、その登場人物はどのような人なのか、どのような人だと思わ れたいかを考えて人称名詞系自称詞を選択する。一方、タイ語は〈対話的〉であるため、 常に聞き手は誰なのかを意識しながら、聞き手に相応しい人称名詞系自称詞を選択する。 このことは Siriacha(2015)の、登場人物の画像を提示し登場人物が使用しそうな自称詞 を問い、自由記述させたアンケート調査の結果にも合致している。 さら に、 この コミ ュニ ケー ション のス タイ ル の違い は事 態把 握の 違 いに関 わっ てい る。 つまり、〈主観的把握〉は〈独話的〉なコミュニケーションスタイルに対応しやすいのに 対し、〈客観的把握〉は〈対話的〉なコミュニケーションスタイルに対応しやすいのであ る。 5. 結論 本研究の結論は以下の通りにまとめることができる。 ①日 本語 とタ イ語 は両 言語 とも自 称詞 の明 示 は義務 的で はな い。 そ れにも かか わら ず、

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12 同 じ 文 脈に おい て 、タイ 語 の 方が 自称 詞 の出現 数 は 日本 語よ り 明らか に 多 いこ と が 確 認 で きた 。そ の 背景に は 先 行研 究が 指 摘して い る 文法 形式 上 の違い 、 社 会・ 文 化 の違いの他、言い回しの好みの違いも 1 つの要因であると考えられる。また、文法形 式 の 違 いと 言い 回 しの好 み の 違い につ い ては、 両 言 語の 「捉 え 方の違 い 」 が関 わ っ て い る 。つ まり 、 日本語 は 〈 主観 的把 握 〉を好 み 、 タイ 語は 〈 客観的 把 握 〉を 好 む 傾向を示していると言える。 ②本研究では日本語とタイ語の自称詞に応用できるよう、英語を基準とした Langacker (1985) の subjectivity scale を整理し、細分化した。その結果、日本語とタイ語にお ける自称詞の種類による subjectivity の度合の差が明らかになり、自称詞の明示化し たものの中で、subjectivity の度合が高いものは日本語に多く objectivity の度合が高 い も の はタ イ語 の 方が多 い こ とが 分か っ た。ま た 、 この 両言 語 の各自 称 詞 の種 類 の 出 現 数 の差 異は 両 言語の 「 捉 え 方 」の 違 いを反 映 し てい る。 さ らに、 親 族 名称 系 自 称 詞 に つい て、 目 下(下 位 者 )の 者の 親 族名称 の 使 用の 違い は 両言語 に お ける 聞 き 手 の 視 点の 取り や すさに 関 わ って いる こ とが分 か っ た。 これ ら は本研 究 が 明ら か に した新知見である。 ③同じく人称名詞系自称詞の種類が豊富である日本語とタイ語の間では、対訳コーパ ス にお いて ど のよ うな 対 応関 係が あ る の かに つ いて 、日 タ イ対 訳の 小 説と 漫画 を 資 料 と して 、役 割 語に 焦点 を 当て て両 言語 の 人称 名 詞系 自称 詞を 考 察し た 。そ の結 果、 タ イ語 にも 役 割語 があ る が、 全体 的 に見 ると 、 日本 語で は 、登 場人 物 の性 格を 表 す 人 称 名 詞系 自称 詞 が特徴 的 で ある のに 対 し、タ イ 語 では 、登 場 人物の 聞 き 手が 重 視 さ れ て おり 、聞 き 手によ っ て 自称 詞が 変 ること が 特 徴的 であ る ことが 分 か った 。 こ の 現 象 の背 景に 関 しても 、 認 知言 語学 の 概念で 説 明 でき る。 つ まり、 日 本 語は 〈 独 話 的 〉 であ るの に 対し、 タ イ 語は 〈対 話 的〉で あ る 。そ のた め 、日本 語 で は登 場 人 物 に 自 称詞 を使 用 させる 際 に 、そ の登 場 人物は ど の よう な人 な のかを 考 え 、登 場 人 物 に 自 称詞 を使 用 させる 。 一 方、 タイ 語 では、 日 本 語の よう に 登場人 物 の イメ ー ジ で 自 称 詞を 選択 す るより も 、 その 登場 人 物の聞 き 手 は誰 なの か を考え な が ら、 自 称 詞を選択するということである。 6. 研究意義と今後の課題 本研究の意義は以下の通りである。

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13 まず、理論的意義である。「捉え方の違い」に関する認知言語学の理論を使用すること によって、日本語とタイ語における両言語間の自称詞の違いの背景を特徴づけることがで きることを明らかにした点である。また、これまでの自称詞に関する日英の対照研究は数 多くあるが、英語の自称詞の性質は日本語と異なるため、対照には無理のある部分もある。 しかし、同じく自称詞の非明示が可能であり、自称詞の種類が豊富である日本語とタイ語 の対照研究によって、今後の言語類型論の研究の展開に繋がる議論を行うことができた。 また、本研究の成果を応用することにより、日本語とタイ語の間でより正確で、かつ作 者の意図する繊細な意味合いを伝達することのできる翻訳の一助となるなど日タイ語翻訳 への貢献ができる。 本研究の限界は以下の通りである。 本 研 究の 研究 対 象は 自称 詞 の単 数形 で ある が、 今 後は デー タ をさ らに 増 やし 、複 数 形 も検討する必要がある。また、今回扱えなかった役割・職業名称系自称詞も取り入れ、両 言 語 の 自 称 詞 の 使 用 に 影 響 す る 他 の 要 因 に つ い て も 考 慮 す る 必 要 も あ る 。 subjectivity scale の分析に関して,Langacker (1985) には言及されなかった固有名詞,親族名称,説 明的名詞句の間の差についてもさらに考察していきたい。最後に、本研究では役割語につ いて人称名詞系自称詞に絞って考察したが、両言語の文末表現においても役割語の特徴が 観察されるため、人称名詞系自称詞と併せて考察することが望ましい。これらは今後の課 題とする。 引用文献 池上嘉彦(2000)『「日本語論」への招待』講談社. 池上嘉彦(2003)「言語における〈主観性〉と〈主観性〉の言語的指標(1)」山梨正明他 (編)『認知言語学論考』3,ひつじ書房,1–49. 上原聡(2016a)「言語対照のための主観性表現の類型試案―日本語を題材として―」『東 北大学言語文化教育センター年報』1,東北大学高等教養教育学生支援機構,33–43. 上原聡(2016b)「ラネカーの subjectivity 理論における「主体性」と「主観性」―言語類 型論の観点から―」中村芳久・上原聡(編)『ラネカーの(間)主観性とその展開』開 拓社,53–89. 金水敏(2003)『〈もっと知りたい!日本語〉ヴァーチャル日本語役割語の謎』岩波書店. ケェンチャック,カノックポーン(1989)「タイ語と日本語の人物呼称の用法に関する対

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14 照研究」『待兼山論叢』23,61–78. スィリアチャー,ロイケオ・上原聡(2018)「日タイ語の親族名称の用法に関する認知言 語学的一考察―親族名称系自称詞に注目したケーススタディ―」『日本認知言語学会論 文集』18, 293–305. 鈴木孝夫(1973)『ことばと文化』岩波書店. 鈴木孝夫(1975)『ことばと社会』中公叢書. 本多啓(2005)『アフォーダンスの認知意味論―生態心理学から見た文法現象』東京大学 出版会. ルンキーラティクン,カノック(2017)『社会言語学の観点から見る日本語とタイ語にお ける人称詞の使用・不使用』東京学芸大学博士論文.

Chirasombutti, Vorarudhi (1995) Self-Reference in Japanese and Thai: A Comparative Study (Doctoral dissertation) Australian National University, Australia.

Langacker, Ronald (1985) “Observations and speculations on subjectivity” In John Haiman (ed.) Iconicity in Syntax, Amsterdam, John Benjamins, 109 –150.

Siriacha, Roykaew (2016)「日本語とタイ語の自称詞の対象研究―認知言語学の観点から 見た出現数と種類の差異―」『国際文化研究』23, 31–44.

Uehara, Satoshi (2012) “The cognitive th eory of subjectivity in a cross -linguistic

perspective: Zero 1st person pronouns in English, Thai and Japanese” Tadao Miyamoto, et al. (eds.) Typological Studies on Languages in Thailand and Japan (Hituzi

Linguistics in English 19), Hituzi Syobo, Tokyo, 119–135.

Uehara, Satoshi (1998) “Pronoun drop and perspective in Japanese ,” Noriko Akatsuka, et al. (eds.) Japanese/Korean linguistics 7, 275–289.

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別 記 様 式 博 在 - Ⅶ - 2 - ② - A 論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨 学 位 の 種 類 博 士 ( 国 際 文 化 ) 氏 名 ロ イ ケ オ ス ィ リ ア チ ャ ー 学 位 論 文 の 題 名 日 タ イ 語 に お け る 自 称 詞 の 認 知 言 語 学 的 対 照 研 究 論 文 審 査 担 当 者 氏 名 ( 主 査 ) 上 原 聡 , 江 藤 裕 之 , 佐 藤 勢 紀 子 , 宮 本 正 夫 論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨 ( 1,000 字 内 外 ) 本 研 究 は 、 日 本 語 と タ イ 語 に お け る 自 称 詞 、 す な わ ち 一 人 称 代 名 詞 を 含 む 話 者 を 指 示 対 象 と す る 全 て の 表 現 に つ い て 、 そ の 使 用 実 態 と 両 言 語 に 特 徴 的 な 使 い 分 け の 原 理 を 、 対 照 的 に 記 述 研 究 し た も の で あ る 。 執 筆 者 は 日 本 語 の よ う に 代 名 詞 が 非 明 示 と な る 、 い わ ゆ る 「 省 略 」 も 自 称 詞 用 法 の 一 つ と し て 考 察 の 対 象 に 加 え 、 理 論 的 枠 組 に 、 話 者 に 対 す る 指 示 表 現 が 言 語 主 体 の 事 態 把 握 を 表 す と す る 認 知 言 語 学 の 概 念 を 多 く 援 用 し て い る 。 事 態 把 握 の 言 語 間 差 異 の 研 究 で は 、 日 本 語 が 英 語 等 の 言 語 構 造 上 対 照 的 な 言 語 と の 対 比 で 議 論 さ れ る こ と が 多 く 、 代 名 詞 が 「 省 略 」 可 能 な 言 語 間 で の 包 括 的 な 対 照 研 究 は な さ れ て 来 な か っ た 。 日 タ イ 語 は 類 型 論 的 に 同 種 の 代 名 詞 省 略 型 言 語 に 属 し 、 話 者 指 示 表 現 と し て 代 名 詞 ・ 非 明 示 の 外 、 親 族 名 称 ・ 指 示 詞 ・ 固 有 名 詞 等 が 用 い ら れ る 点 に 於 い て も 共 通 し て お り 、 そ の 意 味 で 本 研 究 は 従 来 の 類 型 論 的 研 究 の 間 隙 を 埋 め る も の で あ る 。 論 文 で は 、 第 1 〜 3 章 で 先 行 研 究 の 問 題 点 ・ 本 研 究 の 目 的 や 課 題 、 対 訳 コ ー パ ス を 用 い た 研 究 方 法 を 明 ら か に し た 上 で 、 続 く 第 4 〜 6 章 で そ れ ぞ れ 日 タ イ 語 の 自 称 詞 の 用 法 を 3 つ の 様 相 に 分 け て 分 析 ・ 考 察 を 行 っ た 。 即 ち 、 第 4 章 で は 、 自 称 詞 の 明 示 ・ 非 明 示 の 使 用 割 合 、 第 5 章 で は 、 自 称 詞 が 明 示 さ れ た 場 合 の 代 名 詞 か 指 示 詞 か と い っ た 使 用 形 式 の 種 類 、 更 に 第 6 章 で は 、 一 人 称 代 名 詞 の 場 合 の 両 言 語 に そ れ ぞ れ 複 数 存 在 す る 形 式 内 の 選 択 原 理 に 関 し て 、 そ れ ぞ れ 日 タ イ 語 間 対 訳 コ ー パ ス と い う 実 際 の 言 語 使 用 の 膨 大 な 資 料 に 基 づ き 、 各 形 式 の 使 用 頻 度 、 使 い 分 け の 文 脈 状 況 及 び 両 言 語 間 の 対 応 関 係 を 厳 密 に 調 査 し た 。 そ の 結 果 と し て 以 下 の 特 筆 す べ き 成 果 を 上 げ て い る 。 第 一 に 、 原 作 の 言 語 を 問 わ ず 自 称 詞 の 明 示 さ れ る 割 合 が 日 本 語 は タ イ 語 の 2 / 3 と 少 な い こ と を 明 ら か に し 、 日 本 語 の 方 が 非 明 示 が 多 い と い う 先 行 研 究 の 結 果 を 確 認 し た 上 で 、 両 者 の 差 を 生 み 出 す 要 因 に 事 態 把 握 の 傾 向 の 違 い に 関 わ る 新 た な 要 因 を 加 え 、 両 言 語 の 明 示 ・ 非 明 示 の 要 因 を 総 括 的 に 究 明 し た 。 第 二 に 、 自 称 詞 間 の 使 い 分 け の 実 態 の 説 明 に 認 知 言 語 学 に お け る subjectivity scale を 援 用 し 、 日 タ イ 語 の デ ー タ を 基 に そ れ を 詳 細 化 す る と 共 に 、 両 言 語 の 対 応 関 係 の 様 相 が そ の scale の ど ち ら に 偏 る か に よ っ て 特 徴 づ け ら れ る こ と を 示 し た 。 第 三 に 、 一 人 称 代 名 詞 の 形 式 間 の 使 い 分 け に 、 日 本 語 で は い わ ゆ る 「 役 割 語 」 の 機 能 が 、 対 照 的 に タ イ 語 で は 話 者 の 対 者 と の 関 係 の 指 標 の 機 能 が 主 要 因 と し て あ り 、 そ れ ぞ れ が 独 話 的 ・ 対 話 的 と さ れ る 両 言 語 の 特 徴 に 合 致 し て い る こ と を 、 補 助 的 に 漫 画 の 対 訳 デ ー タ の 分 析 も 加 え 究 明 し て い る 。 最 後 に 、 本 研 究 は 全 体 と し て 、 日 タ イ 語 の 話 者 の 指 示 方 略 の 違 い に 通 底 す る 原 理 に 、 両 言 語 の 事 態 把 握 の 傾 向 の 差 が あ る こ と を 明 ら か に し た 。 本 研 究 で 指 摘 さ れ た 自 称 詞 使 用 の 要 因 の 、 話 し 言 葉 を 含 め た 資 料 に お い て の 検 証 や 更 な る 要 因 の 解 明 な ど 今 後 の 課 題 と し て 残 る 点 も な し と し な い 。 し か し 、 事 態 把 握 の 通 言 語 的 多 様 性 を 分 析 す る 認 知 類 型 論 に お い て 新 た な デ ー タ を 提 供 し 理 論 を 更 に 展 開 さ せ た 点

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別 記 様 式 博 在 - Ⅶ - 2 - ② - B

な ど 、 客 観 的 な 手 法 に よ り 新 規 性 に 富 む 成 果 を 上 げ た 意 義 は 極 め て 大 き い 。 こ の こ と は 、 論 文 執 筆 者 が 自 立 し て 研 究 活 動 を 行 な う に 必 要 な 高 度 の 研 究 能 力 と 学 識 を 有 す る こ と を 示 し て い る 。 よ っ て 、 本 論 文 は 、 博 士 ( 国 際 文 化 ) の 学 位 論 文 と し て 合 格 と 認 め る 。

図 2  Langacker (1985) に基づいた自称詞の種類による subjectivity scale

参照

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