批評の「正当性」について
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(2) 二六・. 勿論高橋氏にしてもすべての批評が「母親批評」であるとL^つつち. 批評の「正当性」について. が'それでも覆おかつ根強い影響力をもつのは、おそら-おつにす杏. りは覆いだろう。氏にフロイト学説を援用する気にをらしめたものは. おそち\氏の著作に対する批評文がどうみても「正当L恵ものでは. して権威をふ-まわしている人間が、この学説によって分析されたと たんに'一陣にして卑小夜存在へと転落してtまうからであろう.そ. 覆いとヤっ意識が氏の中にあったからでは凌いだろうか。私が例にあ. げた批評家の場食も、∧ホニ->夜どという感情価の高L]Vlロ葉を使っ. こにはある種の小気味のよさがある。爽快さがある。 高橋氏の例をいき夜-もちだしたのは'1私自身が最近同じようを経. てい濠添?た頂らば'私は彼の風采の上ら覆い姿を思い描-こともを. かったろうし、彼の内奥の1コンプレックス」を付度することも夜. 批評家の心理分析をした-をった覚えがあるからである。ある. 高名夜批評家が文芸批評欄で'ある一群(三人). の作家たちを評して. ∧ホニ->であると言ったのである.私は最初'∧ホニ-∨という言. 批評家の価値判断がおよそ「正当」改ものと望一己い難Sと慮ったから. 作品を評して、-そみそにこきおろした場合、そのよう夜見解の出て くる原因は作品の中にあるのでは夜-、批評家の中にあると考えるの. である.批評家が'第三者的にどう見ても-だら凌いとは思われ覆い. ある批評家が、素人作家では覆い中堅の作家たちの作品を辞して、数. は当然であろう.. 形容詞を用いるのか。∧ホニ-∨という言葉収こゆられた嫌悪と悪意 むけられた。そして私はその一群の作家の作品が∧ホニ-∨であみこ. 「ナ・プリオ-覆好悪の感情」に左右されると書い.ている.おそらく. .高橋氏は同じエッセイの中で'氏自身が他人の作品を批評する時に、. のほうに私の注意はすぐさま. とを信じ夜かったばか-か'その批評家の何とも風采のあがら覆い姿. (私にはユ-モアは感じられ夜かった). が紡梯としてきたのである。私は、「一切の批評は母親批評だ」とい. 悲.でもそうであるにちがい覆い..SW術作品を鑑賞した易漣に-る印象. 「好意の感情」であることが多いのでは覆いだろうか.だが'好 は'.. 悪の感情をあからさまに書きつければ、それが批評に覆ると吐限らを. いのである.ここに批評の困難さがある.. をのだろうか.しかし批評家も人間である限-、そん夜ことが可能を. 鑑賞時の実感夜ど、公正厳格たるべき批評家はいっさい棄てるべき. 感を感じていたのでは覆いだろうか。ところが実際には逆に、この批. のように観客的かつ厳正怒る規準を適用しょうとも、芸術作品の鑑賞. のだろうかという疑問がわきあがる。作品を批評するにあたって、ど. して露わにしてしまった、と読む読者がいたのである.. 評家は内面の奥深い4)ころにひそんだ心理的コンプレックスを期せず. 覆れをい∧ホニ->夜どという言葉を用いて'切-棄てたことに満足. だろうか.批評対象たる作品を一刀両断のもとに'しかも日本でほ耳. よう夜読み方をする読者がいることを計算してい夜かったのではない. う高橋氏の言葉を思いだしていた.その高名夜批評家はおそら-私の. 2. 百万の発行部数をもつ新聞紙上で、夜ぜ<phony>夜どという最低の. ny>であることがすぐにわかった。私は一勝樗然とした。高名夜権威. どへ留学したことがあるのを知っていたので、それが英語の<ph?. かった、でぁろう。私がそのよう夜ことをあれこれと考えたのは、その. -. 葉の意味が理解でき夜かったのだが'この批評家がかってアメ-カ夜. 験.
(3) のものでは覆いだろうかo. レオナルド・ダゲインチが、いyら人間杏. には実感が伴覆わざるをえ覆いからである。そしてどのよう夜批評に. 解剖tてみても、ついには人間そのものは把握でき覆いと言っている. にそれほどに感動を受けたのか未だにわから夜い.私がもし今この作. という作品にいた-感動を受けたのである.夜ぜ覆らば私はこの作品. たoご-素朴夜読者として読んだのである.私はその時'この「鼻L. ことがある.まだ文学夜どについての知識はほとんど持ってい夜かっ. だがこれでは他人の身の上話をきいた時の感興と少しも異るところは. あわれで'こっけい・夜主人公に感情移入したことが抄とつ考えられるO. とても説明でき覆いo. た。今この単純夜小説をい-ら分析してみても、あの時の私の感興は. .ー私はかって'芥川の「鼻」を読んだ時に異常夜ほどの感興を味わっ. が、鑑賞体験と作品分析もこれに似ているのである。. 品を批評しようとすると、あの時の感動した経験があるから、高い評. この小説の「巧みさ」に感動したのだろうか。芸術絢.. 覆い。私の感動は明らかにそういうものとはちがっていた.・それセは'. ・r.巧み号Lだけ. い-つかの理由は考えられる。禅智内供という. 価をあたえることにをると思う.文学史的事実とか伝記的事実につL. でもっているよう夜小説は他にい-らもあるから'これも私の感動を. ある特殊夜心理状態にあって'ちょうどその時偶然に洩「鼻Lを読む. 説明でき覆い。あるいはこうも考えられる、私が青春のその時期に、. 書け覆いのである.せいぜい「すばらしかったLとか「駄目を作品」. 作品と鑑賞者との特殊夜、一回きりの出会. 批評や研究はできをいということに在る.. のよう夜ものに覆って-る。このよう夜ものを基礎にして芸術作品の. こういうことに覆ると'芸術的感動というのは、あやふゃ夜屡気楼. 体験ということに覆るO. いうことに覆ると、芸術的感動というのは1回き-の、偶然的覆特殊. のも'今「鼻」を読んでみても特別に感動夜どし覆いからである0ーと. ことによって、私の内面に何かがひきおこされたのだろうか。という. い作品の何が人を感動させ七のかという問題がおこ・って-る。ここか ら作品の分析がはじまるのである。ところがここで困ることがおこる0 作品を再読して分析をはじめると、最初に感じた感動は再び帰ってこ 覆いのであるo勿論分析には分析の面白さがある.それは知的覆面自 さだ。しかしそれはどう見ても最初に小作品そのものを体験した時の 感動とは無関係を作業のように思える.作品を体験するというのは、 いっさいの反省意識をすてて、作品そのものの持続に身をまかせる、 ということであろう.-分析するというのは、知的論理的に'作品をさ. 構造主義批評の代表格であるロラン・バルトは、現在のフランスに. は二つの批評がある'と言っている(4)。「ランソンから受け継いだ. 二七. まぎま夜要素に分解してみることである.この二つの行為は全-別種 批評の「正当性」について. P>. 者はそれで済ましているのである。 「実感」とか「感動」とかに批評の基礎をおこうとする時'いった. だとか言えば'それで済んでしまうからである.事実素朴改作品鑑賞. だがそれにもかかわらず、こういった「実感Lだけを頼-に批評ほ. は変ら覆いであろう.. ての知識をどれほど集めてみようとも'究極において'私の価値判断. たとえば私は、まだ十代の頃に'芥川の「鼻」という作品を読んだ. もこの鑑賞時の実感に基礎をおか覆いものは覆いのである0. い..
(4) (実存主義、マルクス主義夜ど)を用いて作品へのアプロ-チを行覆. 実証的方法・の実践をもっぱらとする批評」と'現在のイデオロギ」. けているだけで'作品を感得する能力はまるでをいのでは覆いか、と. いかという疑問がわいて-る。彼らは職業上文学処理9哉術々身につ. ういらた敦授連中はひよっとすると文学夜どわかってい埼小のでは頂. 批評の「正当性」について. う「解釈批評」i)がそれである。バルトはここで、アカデミックを実. 思えて-るのである。だがアカデミズムはそれでもよいという。問題. のことであろうが、フランスでち. どうかは、か覆らずしも我々が作品について技術的を分析々精密. :.+{我々の作品に対する関係が密接であるかどうか、正しいものか. にやるかゃら覆いかによるとはかぎら覆い.作品骨感得する能力・. にこういう分析をしても夜か夜か持てをいことも凍る.ーそこに. I.は'こうした分析夜どし夜-ても持てることもあrるし'.潅忠逮. は必然的夜関係は覆いのだ。文体論とか韻傭学′の教授やなか求 .は、たとえ詩人を完全に分析しても,詩人を感得で頚骨S人もみ る(5)》. ということに覆る.ここでは作品体験と作品の技術的方法論的分析の. ている批評現象を見ていると'私にはどうしても苧つは思え夜小ので. 関係はいとも簡単に断ち切られてしまっている.しかt世に行.潅われ. して採用することはできをい。大学の文学部覆るところで一度でも文. ある.作品体験の個人的夜感情を吐露しただけのものが批儲に怒りえ. 凌いことははっきりしているが、そうかと言って'静的壕方法論的分. どん夜人間が操作しても、同じ機能を発揮する機械TUは異っているI. 析のみでは批評はけっして夜-たつものでは凌いo.方法七いうのは、. ものあるかと問うてみた時'そんをものは薬にした-も覆いのでぁる。. ∵たとえば先にあげた高名を批評家は、∧ホニ-∨と断じた作家溌ち. 七私には思われるのだ。. やるシェイクスピア作品の解読は'およそ無味乾燥改もので為る?. 劇場で見るシェイクスピアはいつでも面白いが'英語学の教授夜どが. しかし'アカデ,I,ズムで行覆われている文学研究に何ら魅力カしS. である。. 学を「学んだ」ことのあるもの覆ら、いゃというほど知らされる事実. どに対して学位をあたえる場合'このよう夜測定困難夜能力を劫準と. 覆いoそれは「測定の困難夜能力」だからである。つま-卒業論文壕. 例にもれず'アカデ、、、ズム批評はこのよう改ものを一切認めよう.とし. している鑑賞体験における「実感」. とはつま-、われわれが問題収. 苛酷夜要求を改めたがら覆い理由もう夜ずけるというものであ る(4)。》. ヽ. 「作品を前にして驚嘆できる能力」 ヽ. 言えば、. 証主義批評と解釈批評との相克対立について論じているのだが'私が. 二八. をのは語学力ヤ調査能力だという。ガエタン・ピコンの言葉をか-て. こ. 気に怒ったのは次のよう夜条-である.. 少夜-とも大学人にはそう見える. 《実証主義は'困難で忍耐のいる博大夜学哉を'義務として大学. -. 作品をまえにして驚嘆できる能力をしか要求し覆. ヽ. に与えている。内在批評は ようだが. ヽ. いが、これは夜か夜かに測定の困難夜能力である.大学がその. -.
(5) の作品をどう分析するだろうか.後にはいっさいの私情をすてて'客. 観的に作品を分析するだろうか。そのようをことはまずおこりえ夜い. ヽ. ヽ. ヽ. 批評とはボードレ-.ルの言うように、「か覆らず《不. 私の出発点は'例の高名夜批評家の∧ホニ-∨論議を読ん】だ時に、. 「この批評は正当改ものではをい」と感じたことにはじまる。批評文. にも読者がいることを忘れてもらっては困るのである.読者が批評に. 者がじかに作品にあたってみればできるのだが、価値評価のほうはそ. う簡単にでき覆いo批評の読者はそこで'「プロ」の意見を求めてS,. るのである。こう覆ると'批評家たるものは、彼個人の好意から'作. 品の価値判断はでき夜-をって-る.客観的実証的事実のみから出発. する実証主義批評はここから生まれて-る。ここでは個人的夜好悪は. 問題に覆らをいo 個人的を感情をすてて'批評家はひたすら'客観的、 「科学的」に覆ろうとする。だが'今日'実証主義といえどもイデオ. ロギ-のひとつにすぎ覆いことは'定説とをっているoそして実証主. も'それはvq想にすぎ覆いということに覆る。こう覆ると人間のすべ. 義的夜方法に基いた判断が客観的で'「正当」をものにみえるとして. ての判断が、イデオロギ-的改ものだから、どのよう夜判断でも容認. されるということに怒ってLまう。すべては党派性の問題に帰着する. ことに覆る.おそら-事実はそうでは覆いだろう.厳密夜手続きに. 従った批評と∧ホニ->と断じた批評家の批評は同じでは覆い.人間. の判断が究極的には幻想にすぎ覆いとしても、われわれはよ-幻想性. すると文学批評では夜-をってLまう。∧ホニ->と断じた批評も'. 問題夜のは極端に覆ることである。実証主義批評はあまりにも徹底. 批評行動にはつねに軽蔑、憐喝尊敬、拒否'容認の感情的色彩がまの少覆い判断を求めるのである.. 例批評とは、・肯定否定'愛憎等の法廷に対象を引き出すことであり、. 公平'熟狂的、政治的》夜もの」(6)夜のであろうか.あるいは、「通. のであろうかo. だが問題はのこる。はたして双方の批評は、それぞれに「正当」夜. 「感動」を証明するよう夜方向に論理を操作するにちがい覆い。. ヽ. しえ覆いからである.私は作品内外のあらゆるデ-タを集めて、私の. いのである.というのも'それ以外にこの作品を分析する動機は存在. まずかって感じた「感動」から出発するし、そこからしか出発しえ覆. 作品を義務としてでは夜-、自発的に分析L'批評しようとした場所'. 私と「鼻」の関係も逆の意味で同じことにをる.私が「鼻」という. 用夜せんさ-はし夜かったであろう0. である。そして勿論、彼と母親との関係がどうであったか夜どと'無. かが'赦密に説明されていれば彼の言うことを信じたかもしれ覆いの. ニ-∨だと言われた時には信じをかったのだが'何故∧ホニ-∨夜の. 得的改ものであれば'私は彼の判断を信ずるかもしれ覆い。単に∧ホ. 求めているものは'「正当夜」判断をのでは覆いか.作品の体験は読 みをとりだして論理を組み立てていT-にもがい覆い.この論証が説. 彼は、それら作品が∧ホニ-∨であることを証明するよう夜要素の. 批評は、すべて∧ホニ,-∨と感じた地点から出発し夜ければ怒ら覆い。. というのも'彼が行夜おうとしているのは彼の批評夜のだから。彼の. ヽ. 4. あからさま夜感情を押えることができ夜かったという点で極端に走っ. 二九. つわりついている」(7)のであろうかo. 批評の「正当性」について. 0. ヽ.
(6) マックス・ヴユ-バ-は'認識において'主体のかかわら覆い客観 性夜どありえ夜いということを、『社会科学方法論』の夜かで論じて. しかしウェ-バ-の独創は次のよう夜ところにあると思われる. 体と対象とのあいだに存在する不確定性の原理を確認し凌がら'主体. (2) (3). (4) (5). 「二つの批評」(ロラン・バルト『エッセ・ク-ティック』所収、一九. 七二年・.晶文社)三四〇頁。 「二つの批評」 、前掲書、三四七頁。. (一九六三年'紀伊国屋). (了). 三十九. 七頁。. ガエタン・ピコン、前掲書'五十四頁. 『高橋義孝文芸理論著作集』上一九七七年'人文書院、二四二頁。. ガエタン・ピコン『作家とその影』. -. 批評の「正当性」について. た好例である。しからば、ウエレック-ウォ-レンの、「感性は、相 当に概括化された理論的夜表現を容れをければ大き夜批判的夜力をう. は自己の価値体系を検証し'一方、対象との相対的を関係のをかで、. 対象を、「価値自由」的にとらえていこうとする.そして主観的価値. ることはでき覆い.それから合理的夜判断は、文学の問題においては、 直接的にしろ派生的恵ものにしろ、ある感性を基礎にし夜ければ公式. 体系からはか-されている対象の本質を明らかにするために、「理念. これは批評にとってはか夜-参考に覆る見解では凌いだろうか。文. を認識の夜かに取りいれるのである?. 型」というものを考え、主観的価値体系とは切-は浸された別の体系. 化されえ覆いのである」(8)という主張をそのまま受け入れてよいで あろうか。ここでは'あ-までも感性と理論との調和が求められてS るのであるが'少しばか-楽天的すぎ覆いだろうか、という疑問が私 にはある。. 学作品の「理念型」を考えることの困難を私も知ら覆いわけでは覆い. が、マックス・ウェバ-的夜用心があった覆らば、少夜くとも「母親. 批評」のよう改ものは出てこ覆いのでは覆いだろうか.このよう恵方. 私が言いたいのは、少夜-とも作品批評にさいしては、「価値自由L. 法をおし進めていけば新批評や構造主義批評が出て-るのであるが、. 原子物理学に不確定性の原理というのがある。ある対象を観測し認. ヽ. いる。彼は、主体の価値観を滅却し、「没価値性」の立場から対象を. (6) (7). 高橋義孝『ぼ-の文芸評論』所収'(昭和三十年、講談社) 「批評の心理学」前掲書、十頁。. 的に覆らをい限-、批評における「正当性」は期待でき覆いというこ. ヽ. (1). 識しようとする場合'主体のもっている価値体系が対象の内実をゆが. ヽ. 主. 三〇 とである。. れ覆い.つま-対象は客観的夜姿ではとらえられ覆いということにを る.個人的夜感性だけに頼る批評についても^_)れと同じことが言える. ヽ. 客観的に認識することが可能だとする近代的実証主義を批判した。こ. 注. め'対象は主体のもっている価値体系に応じた属性としてしか認識さ. が要求されるかぎ-、これはさけて通ることができ覆いo. 事は認識の問題にかかわるのである。批評というものに「正当性」. 5 のでは覆いだろうか.どん夜に論理的に首尾l賞しているように見え ヽ. る批評でも、彼の個人的夜感性に基礎を置いているかぎりでは'対象 ヽ. たる作品そのものの姿は見えてこ覆いのでは覆いだろうか。. ヽ. れは主体と対象とのあいだにある不確定性の関係を認めた主張である.. 頁。. ヽ.
(7) (8). ウエレック=オオ-レン『文学の理論』(昭和四十二年'筑摩書房) 七六-二七七頁。. 批評の「正当性」について. 二.
(8) Sur. uJuste" Dams. le. Yukihito. HIRANO. Sommaire II. se. °it giniralement. tribunaux ou. des sympathies. la "meprlSe",. qul. S'appulent. permises?. On. impartial.. esトce. possible?. que,. "crltlquer". des. antipathies.. 1'"accepte" Sur. leg. ne. doit. lisent-ils la critique et. et. II. d'ulle. ou. emotions pas. oublier. Certaine. s'agit d'apprecler. o己uvre. One. Quand. "refuse"・. la. On. lit. les促uVreS. que. les. (加vres. C'est. les. trらs souvent Mais. CrltlqueS bien. la. ponr. litt6raires a. les. crltlqueS. obtenir leur. des. ont. auSSi en. porter. devant. on. la "respecte". littiraire,. (莞uvre. rencontre. fortementpersonnelles.. (℃uvre?. une. de. C'est. artistlque, on. JuSte. un. ceuvres. crltlqueS. Pareilles, lecteurs,. Jugement. Valeur.. sont-elles et. pourquoi. raisonnable Mais. les. comment. 批評の「正当性」について. Par. Critique. la.
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