椙山女学園大学
ESDの視点でつくる「生活科の指導法」の試み
著者
林 敏博
雑誌名
教育学部紀要
号
11
ページ
191-199
発行年
2018-03-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1454/00002518/
191
摘 要
ESD(Education for Sustainable Development:持続可能な開発のための教育)は持続 可能な社会づくりの担い手を育む教育である。この ESD の学びは,身近な人々から 多様な他者へ,身近な問題から地球規模の問題に広げて地球的視点をもったものの見 方・考え方を学ばせていくことによって創り出していくことができる。そのため,自 分と身近な人々,社会及び自然とのかかわりに関心をもたせることを目標に掲げる生 活科の学びの中にこそ,この ESD の学びを意識して授業実践をしていくことが求め られていると考える。そのためには,小学校のスタートカリキュラムとなる生活科を 基盤として,ローカルなものからグローバルな社会や自然へと広げる学びをつくり, 地球規模の問題を他人事としてではなく,自分事として捉えることができる資質を身 に付けさせ,学校教育活動全般を通して,態度形成を図っていくようにしていく必要 がある。 そこで,教職を目指す学生に,「生活科の指導法」の授業を通して,ESD のねらい を理解させるとともに,学びの基本になる 主体的・対話的で深い学び をどのよう にしてつくればよいのかを具体的に体験をさせる。体験を通して初めて,未来志向で 持続可能な学びづくりの重要性が認識でき,指導の際の指針となる。そのため,授業 の中で気付きの質を高める学習活動を体験させ,さらに,具体的に「おもちゃづく り」の単元で,資源の有効活用と持続可能な方法で生産し,消費することの大切さに も気付かせるように指導者が意識して授業を行なうことで,ESD の視点をもった生 活科の授業となることを体験させた。 キーワード:ESD,SDGs,学習指導要領,気付きの質,主体的・対話的で深い学び
Key words:Education for Sustainable Development, Sustainable Development Goals,
government guidelines for teaching, the quality of awareness, subjective interactive and deep learning
実践報告(Report)
ESD の視点でつくる 「生活科の指導法」 の試み
The attempt of “Teaching method of Life Environment
Studies” from the Viewpoint of ESD
林 敏博
* HAYASHI, Toshihiro*
192 林 敏博/ESD の視点でつくる 「生活科の指導法」 の試み
1.はじめに
平成29年3月31日に告示された新しい「小学校学習指導要領」では,知識伝達型 の授業から子どもの主体的な学びを促すような学習活動や体験的な活動を重視して, 主体的・対話的で深い学び づくりを求めている。この改訂の背景には,子どもた ちに,情報化やグローバル化など急激な社会的変化の中でも,未来の創り手となるた めに必要な知識や力を確実に備えることのできる学校教育の実現をめざす必要がある ことがあげられる。今回の改定は,課題に立ち向かい,解決していくには,知識を身 に付けるだけでなく,それをいかに活用していくのかが大切であり,従来の学習指導 要領の中心だった「何を学ぶか」に加えて,「どのように学ぶのか」,「何ができるよ うになるか」といった視点が盛り込まれているのが大きな特徴といえる。 これは,これまでの教育の問い直しともいえる学び方改革を提唱しているととらえ ることができるが,生活科においては,平成元年に新設された当初から,すでに具体 的な活動や体験を通した学びづくりを実践してきている。それは生活科が,保育園や 幼稚園との接続,移行,発展がスムーズになされるために新設され1),その教科目標 が,具体的な活動や体験を通して生活上必要な習慣や技能を身に付けさせ,自立への 基礎を養うことをねらいとしていることからわかる。また,各教科等(各教科,道 徳,特別活動)と生活科との関連について,小倉康が「生活科における授業の内容, 深まり,発展次第では,どの他教科,道徳,特別活動などにも,関連しうる立場がと られている」2)と述べているように,生活科の学びは各教科の学びと密接につながり, 横断的にとらえて学びをつなぐ観点をもつことが求められている。そもそも生活科 は,理科,社会科はもちろんのこと,他の教科領域との学びのつながりが重要である ことを強く意識して誕生した教科である。そして,「自立への基礎を養う」が生活科 の究極の目標として設定されているため,様々な活動や体験を通して,児童を取り巻 くまわりの人々,社会,自然に気付かせ,自分との関係やかかわりについて知った り,考えたりする学習を行なうものである。すなわち,豊かな体験をもち,自分との かかわりで学習し,自分自身についての理解を深め,習慣や技能を身に付けさせるこ とによって自立につなげることができるのである。ここでいう自立とは,学習上の自 立,生活上の自立,精神的な自立を指している3)。 ESD 実践について考えてみると,学び方,教え方について,単に知識・技能の習 得や活用にとどまらず,体験,体感を重視して,探求や実践を重視する参加型アプ ローチとすることと,活動の場で学習者の自発的な行動を上手に引き出すことを求め ているが4),これは生活科の学びづくりと共通している。さらに,その指導の時間は, 「総合的な学習の時間」などを活用して ESD を扱ったり,「ESD 科」のような科目を 創設したりするのではなく,どの科目にも持続可能性の課題を意識して授業を行なう 手法が求められている5)。これは,今回告示された次期学習指導要領等の実施にあ たって重要なポイントの一つとして「カリキュラム・マネジメント」が挙げられているが,ESD 実践では,この「カリキュラム・マネジメント」する力を発揮して意図 的・計画的に学びづくりを行なっていかなければならないということを柱として提唱 しているととらえることができる。また,ESD では,「①人格の発達や,自律心,判 断力,責任感などの人間性を育むこと,②他人との関係性,社会との関係性,自然環 境との関係性を認識し,「関わり」,「つながり」を尊重できる個人を育むことを求め ている」6)が,これらも生活科で育成すべき力と共通していることがわかる。 このように,生活科の学びづくりは,ESD の学びと関連が強く,次期学習指導要 領が求める学びの改革とも深くつながっている。生活科の授業を ESD の視点でとら えて実践することは,教科目標の達成と同時に,地球上に生活するすべての人が共に より良く生きるために,身近な人々から多様な他者との共生の世界へ,身近な社会や 自然をローカルなところからグローバルな社会や自然へと学びを広げ,持続可能な社 会づくりの担い手を育む教育実践につながる。また,両者とも学びの変容から自己変 容を促す学習のプロセスを大切にしていることから,ESD の視点で生活科の学びを つくることは意義深い。
2.研究方法
教職を目指す学生が,これまで述べたような ESD の視点で生活科のねらいに即し た授業をつくる力をつけるためには,知識伝達型の授業から課題解決型の授業へ,座 学から実習・実技へ,自学自習(個人の学び)から学び合いの授業への転換,さらに は学習のフィールドを教室だけにとどまらせず,校舎内や校内,さらには地域へと幅 広く展開していく学びの場の広がりをつくる授業を創造する力を身に付ける必要があ る。そこで,「生活科の指導法」の授業の中で,知的な興味関心へと結びつける学習 活動を取り入れて, 主体的・対話的で深い学び をどのようにつくればよいのか, 教科書を教えるスタイルではない授業をどのように展開していけばよいかを体験させ る授業と,ESD を基盤にした授業を実際に体験させる二つの実践を行なった。 2‒1. 研究対象 研究対象は,2017年度に椙山女学園大学教育学部で開講されている「生活科の指 導法」の受講学生である。前期は,教育学部保育・初等教育専攻39名,後期は,教 育学部初等・中等教育専攻60名と人間関係学部2名の計62名の学生が受講した。今 回の報告は,実践内容①については前・後期の受講生に,実践内容②については前期 の受講生に行なった実践結果である。 2‒2. 実践内容 ①生活科の目標を構造図に表す 昨年度は,生活科の教科目標について,「小学校学習指導要領解説生活編」を読ん194 図1.生活科の教科目標 (文部科学省小学校学習指導要領解説生活編より) 図2.現行学習指導要領生活科教科目標の構造図(前期実践) 林 敏博/ESD の視点でつくる 「生活科の指導法」 の試み で,「①具体的な活動を通して ②自 分と身近な人々,社会及び自然とのか かわりに関心をもち ③自分自身や自 分の生活について考えさせるとともに ④生活上必要な習慣や技能を身に付け させ ⑤自立への基礎を養う」7)の5 つの要素によって構成されていている ことを,図1に示すようなワークシー トを使って学習させた。後日,この5 つの構成要素について確認した際に は,最終目標が「自立への基礎を養う」ことについては覚えていた学生もいたが,多 くの学生がどのようにしてそのゴールを目指していくのかという,最も大切な指導の 過程については覚えておらず,学習した内容の定着率が低いことがわかった。 そこで本年度は,学習指導要領に書かれている内容を表面的に覚えるのではなく, 教科目標を繰り返し読み解き,かみくだいて自分なりに理解した上で,気付いたこと や考えたことを思い思いに構造図にして表現する活動を取り入れた。個人で考えた 後,グループでまとめて一枚の構造図をつくって発表させた結果,どのグループにお いても様々な意見を出し合い,工夫を凝らした構造図を考えることができた。図2 は,現行の学習指導要領の生活科の教科目標の構造図で,前期の受講生が作成したも の。図3は,次期学習指導要領の生活科の教科目標の構造図で,後期の受講生が作成
図3.次期学習指導要領生活科教科目標の構造図(後期実践) したものである。 ②オリジナルのおもちゃをつくってみんなで遊ぼう 札幌国際理解教育研究会では,地球的課題を教材化の視点に置き,「遊びをとこと ん楽しもう!」という単元を組み,活動を通して,将来,物を大切にする心や環境資 源を見つめ直す心を育んでいくことを目指したカリキュラムを作成し,札幌市内の学 校に配布している8)。この学習では,空き箱,ラップの芯,トレイ,カップ麺の容器 など,10種類の素材遊びを行い,普段であれば気にもとめずに捨ててしまうもので はあるが,この学習を通して,素材の面白さを感じ,楽しく遊べるものへと見方を変 化させていくことにより,将来的にゴミなど環境問題には,自分たちも関わっている という当事者意識を醸成することを目指している。 このカリキュラムを参考にして,学生に自由な発想で,「オリジナルのおもちゃを つくってみんなで遊ぼう」というテーマで,学習のねらいに沿ったおもちゃを考え, 製作して発表する活動を行なった。身近で不用となった素材を使って,低学年の子ど もたちにとって安全で,誰にでも簡単にできるおもちゃを考えて楽しく遊ぶにはどう したらよいかを,グループごとにそれぞれアイデアを出し合い,動くおもちゃや音の 出るおもちゃをつくった。その後,素材の面白さや不思議さに気付いたり,つくった おもちゃの工夫についてレポートにまとめて互いに発表し合ったりした。 この活動は,リサイクルの大切さに気付かせる ESD 実践につながると同時に,平 成28年12月21に中央教育審議会が出した答申に示されている,「国際的に共有され ている持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)なども踏まえつ
196 写真1‒1. 製作している様子 写真2‒1. 完成したおもちゃ 写真1‒2. 製作している様子 写真2‒2. 完成したおもちゃ 林 敏博/ESD の視点でつくる 「生活科の指導法」 の試み つ,自然環境や資源の有限性,貧困,イノベーションなど,地域や地球規模の諸課題 について,子供一人一人が自らの課題として考え,持続可能な社会づくりにつなげて いく力を育んでいくことが求められる」9)とした SDGs の目標12「責任を持って生産 し,消費すること」へのチャレンジにもつながる実践である。
3.結果と考察
3‒1. 生活科の目標を構造図に表す活動 生活科における気付きの質を高めるには,教師自身が気付きには質的な違いがある ことを理解しておく必要がある。そして,気付きの質を高めるということは,図4に 示された気付きの階層において,Ⅲ層からⅠ層へと導くことである。それは,学習者 自身が感動したり,自ら考えたり,不思議に思ったりしたことを,対象に繰り返し働 きかけることで気付きの質はⅠの層を目指して次第に高まっていくことになる10)。 生活科の目標を構造図に表す活動を終えて,学生は次のような感想を記述した。 「構造図を考えて表現する学習を通して活動することの良い点が三つありました。一 つ目は,しっかりと内容を理解することができるということです。二つ目は,班の人図4.気付きの階層 と話し合って絵をかくという活動が, より理解を深めるということです。三 つ目は,自分の意見を伝える力をつけ られるということです。このような活 動はとても自分たちのためになると思 います」。また,別の学生は,「具体例 をいくつか考えて絵で表すことで,文 章だけで見るより視覚化されてわかり やすくなりました。絵で表す,視覚化するという活動は,深い学びになると思いまし た」と記述していた。(学生の記述より一部抜粋) 他にも多くの学生が,生活科の教科目標について,「構造図で表現しようとすると, わかったつもりでいてもよく理解できていなかったことがわかり,改めて深く理解す ることができた」と記述しており,図4に示す階層Ⅲから階層Ⅰに近づけることがで き,気付きの質を高める経験ができたことが確認できた。 3‒2. オリジナルのおもちゃをつくってみんなで遊ぼう どのグループも家で不用になったものを持ち寄り,それぞれ工夫をこらしたおも ちゃを製作して,みんなで楽しく遊ぶ方法についてもアイデアを出し合い,活動的で たいへん盛り上がった授業となった。図5は,「紙プロペラ」のおもちゃを製作した グループがおもちゃを使った遊び方を解説したものである。「どうしたらもっと長く 飛ばせかなあ?」,「他の紙で行なってみたらどうなるかな?」,「誰のプロペラが一番 長く飛ぶかな?」といった事を考えながら,みんなで協力して,より長い時間飛ぶ紙 プロペラをつくって楽しんでもらいたいという願いを記述していた。いらなくなった 紙とダンボールだけでつくる簡単なものではあるが,この活動を考えるにあたって, 学生自身が,はじめトレーシングペーパーで紙プロペラをつくって上から落としてみ たが,他にも長い時間飛ぶ紙があるかもしれないと,何度も繰り返し挑戦しながら, プリントや画用紙,折り紙,和紙など身近な様々な素材の紙に親しみをもって取り組 んだ。 図6は,「箱の中で迷路ができるおもちゃ」を製作したグループの製作過程の様子 を書いたものである。迷路の中を,ビー玉を転がしながらゴールに導いていくおも ちゃであるが,ビー玉が通っていく過程で,「ダンボールで階段を作って降りるよう にしたいなあ」,「ぐるぐる回るようにしたいなあ」,「じゃあ両方つけよう! ダン ボールで他の形も作れそうじゃない? ガタガタにするとビー玉が通った時に音が出 るよ‼ 」といった意見を出しながら,みんながより楽しく遊べるように工夫していっ た様子が記述されていた。この作品は,「不用になったものを活用して楽しいおも ちゃをつくって遊ぶ」だけでなく,ダンボールの中が凹凸の形状になっているという 素材の特徴に気付き,その特徴を活かす工夫も見られ,資源の有効利用の幅を広げる
198 図5. 紙プロペラの製作過程と遊び方 (学生が書いた物) 図6. 箱の中で迷路ができるおもちゃの 製作過程(学生が書いた物) 林 敏博/ESD の視点でつくる 「生活科の指導法」 の試み 活用法について,他の学生たちにも新鮮な気付きを与えた。 このように,それぞれのグループで,資源の有効活用の視点を入れながらみんなで 意見を出し合い,改良を重ねて楽しく遊べるおもちゃづくりを考える活動を通して, 先生と子どもが一緒につくる生活科の授業のあり方を身をもって体験することができ た。そして,具体的な体験や活動を通して学んだことを作品として表現することが, 生活科の学びづくりにおいて大切であることにも気付くことができた。
4.まとめ
次期学習指導要領が求めている 主体的・対話的で深い学び はまさに活動と思考 と表現の一体化であり,具体的な活動や体験を通して生じた気付きを表現活動につな げる指導法を工夫することが重要である。本実践を通して,学生は,活動と思考と表 現が一体化した学び体験をし,活動をして終わりにするのではなく,活動から思考, そして表現活動にまで結びつけることの重要性に気付くことができた。 これからの教育では,各教科等の教育内容を相互の関係で捉え,学校教育目標を踏 まえた教科等横断的な視点で,その目標の達成に必要な教育の内容を組織的に配列し ていく力を身に付けていなければならない。それは教科内容だけにとどまらず,ESD のような概念についても同様である。永田佳之は ESD の特徴は,「教育のあり方自体 を問い直す性格,すなわち,教育のパラダイム転換が求められており,ESD という新たな試みをゼロから始めるというよりも,これまで取り組んできた実践に持続可能 性という観点を取り入れたり,持続可能性という視点から見直したりして,教育のあ り方自体を持続可能な方向に仕向けようとする志向性をもっていることである」11)と 述べている。生活科という教科の指導に持続可能性という観点を取り入れたり,持続 可能性という視点から生活科の指導法を見直したりすることは,次期学習指導要領が 求める学びづくりにもつながり,さらにグローバルな人材育成にもつながるものであ る。今回,こうした学びをした学生自身にとっては, 主体的・対話的で深い学び づくりの参考になったものと実感している。 課題としては,15時間という限られた「生活科の指導法」の授業の中で,こうし た視点で行う時間が限られてしまい,十分に理解させ,定着させるまでに至らせるの が難しいということがあげられる。一つの単元の授業や,一つの方法だけでなく,常 にこうした視点で学びづくりを行なっていくようにすることの大切さに気付かせるよ うに,今後は,模擬授業を行う際にも,ESD の視点を一つは入れるようにさせるな どして定着を図っていきたい。