群馬大学社会情報学部研究論集 第 23 巻 127-130 頁 2016 127 【短報】
わが国企業における財務数値の分散比
新井 康平
1)・ 佐久間 智広
2)・ 北田 智久
3)・ 小笠原 亨
3) 1)会計情報分析研究室 2)松山大学 経営学部 講師 3)神戸大学大学院 経営学研究科 博士課程後期課程Partitioning of Variance in Japanese Firms’
Financial Information
Kohei ARAI
1), Tomohiro SAKUMA
2), Tomohisa KITADA
3), Toru OGASAWARA
3)1)Accounting Information Systems
2)Lecturer of Faculty of Business Administration, Matsuyama University
3)Doctoral Student of Graduate School of Business Administration, Kobe University
Abstract
The purpose of this short report is to provide the essential results of applying analysis using HLM (Hierarchical
Liner Model) to various financial measures.
キーワード:財務情報,分散比,階層線形モデル(HLM)
1. はじめに
本短報の目的は,近年,Strategic Management Review 誌上を中心とした戦略論の分野で進展している HLM(Hierarchical Liner Model;階層線形モデル)を利用した分析を,様々な財務指標に適用した結果
を速報することである。
戦略論における「利益を決定するのは企業か産業か」という,いわゆる利益の決定要因についての 議論の系譜において,Misangyi et al. (2006)は HLM を検証に用いることの妥当性を主張した。それ以 降,日米独三カ国の利益決定要因を探求した Crossland and Hambrick (2007),効果の時間的ラグを探求 した Fitza (2014)など,HLM を用いた実証的な研究が戦略論において蓄積されている(新井他,2014; 新井,2015)。
しかしながら,会計学の視点からは,一連の研究が対象としていた財務数値が利益に集中している という問題を指摘できるだろう。つまり,売上高や費用項目についても,これまでの研究と同様に産 業効果や企業効果について検証する余地があるだろう。検証結果は,利益に集約される前の業績指標
128 新井 康平 ・ 佐久間 智広 ・ 北田 智久 ・ 小笠原 亨 の分散が産業,あるいは企業の違いでどの程度説明されるのかについての情報を提供することになり, 学術上の有用性が高いといえる。そこで,本短報では,利益(営業利益,経常利益,当期純利益)だ けでなく,収益・収入(売上高,営業外収益,特別利益),費用・支出(売上原価,販売費及び一般管 理費,営業外費用,特別損失)の各項目について,産業効果と企業効果,そして年効果を推定する。
2. 分析方法
分析対象となるサンプルは銀行・証券・保険を除く,上場企業全社(廃止を含む)である。これは, 財務データの入手可能性を考慮してのことであり,サンプリングの対象年は有価証券報告書における 連結財務諸表が本格的に導入された 2000 年から 2013 年までとする.ただし,企業の採用している会 計基準の違いによる影響を取り除くために日本基準を採用している企業のみを対象としている.また, 分析結果の比較可能性の観点から 3 月決算かつ決算期間が 12 ヶ月の企業のみに分析対象を絞る.これ らデータは神戸大学が契約している日経 NEEDS Financial Quest より入手した。分析においては,分析対象の財務数値をY とした場合,次のようなモデル(1)を検証することに
なる。
Y tij = a000 + b00j + c0ij + dtij + etij (1)
ここで,添字の t は会計年度を,i は企業を,j は産業を表している。つまり,Y tijは産業 j に属する
企業 i の t 年における財務数値を表している。また,a000は全てのサンプルの平均値を示す定数項を,
b00jはある産業 j のランダム効果を,c0ijはある産業 j にネストされている企業 i のランダム効果を,dijt
は企業にネストされているある会計年度 t についてのランダム効果を,etijは説明されない誤差項を示
している。これら分散について,比率を計算し分散比(VPC; Variance Partition Coefficient)として議論を 行う。なお,推定の際には,規模の影響を排除するため被説明変数を総資産額で除している。推定に は R ver3.1.1 の lmer 関数を用いている。
3. 分析結果
分析結果は図表1,2,3のとおりである。図表1は利益に関連した項目についての結果を示して おり,例えば営業利益については産業効果が 1.98%,企業効果が 59.34%,年効果が 18.24%となって いる。Misangyi et al. (2006) の結果は営業利益の分散における産業効果が 7.6%,企業効果とセグメン ト効果の和が 43.8%,年効果が 0.8%となっており,本研究の結果と乖離している。この点は我が国の 企業の特徴を反映しているだけでなく,本サンプルがリーマン・ショックや東日本大震災などのイベ ントを含んだことに起因すると思われる。また,当期純利益については,営業利益や経常利益と比べ て企業効果が小さいが,これは経常外の特別利益・損失,そして法人税等の影響が作用しているため であると推察される。いずれにせよ,利益項目の大きな決定要因は企業効果といえるだろう。 図表2は収益・収入に関連した項目についての結果を示しており,一貫して企業効果の強い影響が みてとれる。売上高については産業効果の影響が比較的大きく(24.36%),他の収益項目や利益項目とわが国企業における財務数値の分散比 129
図表1. 利益項目の推定結果
図表2. 収益・収入項目の推定結果
130 新井 康平 ・ 佐久間 智広 ・ 北田 智久 ・ 小笠原 亨 異なり,その変動の 9 割以上が産業効果と企業効果によって説明される。 図表3は費用・支出に関連した項目についての結果を示しており,売上原価と販売費及び一般管理 費(表中は販管費と略記)についてはともに産業効果と企業効果によって 9 割以上が説明されている。 ただし,販管費よりも売上原価のほうが企業効果が大きく,その分産業効果が小さい,という特徴が みられる。さらに販管費は説明できない誤差や年効果の割合が相対的に低く,これは「自由裁量費」 としての販管費の性質と整合的である。また,営業外費用や特別損失については,営業外収益や特別 利益とよく似た分散比となっている。
4. 結論
本短報は,近年戦略論の分野で進展している HLM を利用した分析を様々な財務指標に適用した結 果を速報した。その結果,次の 3 点が明らかになった。1 つ目は,産業効果が比較的大きく企業効果 とあわせて 9 割を超える財務数値は,売上高,売上原価,販管費という最も基本的な収益・費用項目 であったということである。2 つ目は,売上高,売上原価,販管費のこのような性質にもかかわらず, 営業利益や経常利益については産業効果が数%程度しかみられないことである。そして,3 つ目とし て,営業外項目は一貫して産業効果が 5%を下回り,また 10%以上の年効果を有していたことを挙げ ることが出来る。これらの結果により,企業は産業の違いによって規定される収益・費用部分ではな く,企業独自の努力によって変動する収益・費用部分,あるいは年効果によって変動する収益・費用 部分によって利益を創出しているという構造が明らかとなっただろう。 引用文献 新井康平. (2015). 業績への影響可能性を推定する:階層線形モデルという考え方. 『企業会計』, 5, 6-7. 新井康平・大浦啓輔・加登豊. (2014). 顧客収益性の統計的分析: 管理会計研究へのマルチレベル分析 の適用可能性. 『原価計算研究』, 38(2), 78-88.Crossland, C., & Hambrick, D. C. (2007). How national systems differ in their constraints on corporate
executives: A study of CEO effects in three countries. Strategic Management Journal, 28(8), 767-789.
Fitza, M. A. (2014). The use of variance decomposition in the investigation of CEO effects: How large must the
CEO effect be to rule out chance? Strategic Management Journal, 35(12), 1839-1852.
Misangyi, V. F., Elms, H., Greckhamer, T., & Lepine, J. A. (2006). A new perspective on a fundamental debate: a
multilevel approach to industry, corporate, and business unit effects. Strategic Management Journal, 27(6),
571-590.
謝辞
本研究は,JST・RISTEX「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」および JSPS 科研費 15K17157 の成果によるものである。