著者
斎藤 弘行
著者別名
Saito Hiroyuki
雑誌名
経営論集
巻
18
ページ
21-44
発行年
1981-06-30
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00005824/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja経 営 に お け る 人 間 化 の謀 題
斎 藤 ト 弘 行 21 は じ め に ち かご ろ 経営 学 のなか で もしば し ば人 間化 につ い て 語 られ る のを聞 く。し か し こめ こ とは よく考 えて み ると別 に新 しい こ とでは な い。経 営 学 は全 く人 間 を扱わ なか っ たこ とは ないか らであ る。 我 々は こ こで その間 の事情を 考 え る のでなくて , 「人間 化」 とい うテ ーマ が ど の ように現 在,経 営学 のなかで 展 開され てい るかを 調 べ るこ とに 従事 す る。 経営 学 とい って も主 とし てドイ ツ語 圏に おけ る 経営 経 済学 の こ とであ るが, 特に そ れに 限定 し ないつ もりで あ る。お よそ 経営 学 も人間 を扱 うと なれば ,科 学 とし て の立場を 維 持す ると きに は, ど うし て も人間そ の ものへ の注 目 より 乱 生産 要 素 とし て の人間 が テ ーマに な ってい る傾向 が強 か った こ と も否 定 で きない 。 しか し 今 日, この 傾 向はか な り弱 くなっ てい る。 し か るに 経営 学 は科 学( 自然科学のことではな い!) だ とい うときに , 何 らか の矛盾 が含 まれ てい る よ うに 思 わ れる。(我々 は,ここではこのあたりの説明まではたち入らないが) 人 間化 を め ぐ る議 論 の 経 過 のなか で当然 ,浮上 し て くる問 題 だ とい うこ とに 気づ く であ ろ う。 人間化 が テ ーマ とな るに つれ て経 営学 が ます ます応 用的(実践的)性格を 帯 び る と共 に ,いわ ゆ る科 学 的厳密 さを 喪失 し て く る のは避け られ ない とす る立場 であ る。 以下に おい て我 々 は人 間化 にか かお るい くつ か の問 題 を か な り恣意 的順 序 のな かで ,し か もい くつ か の関連 事 項 と共 に語 って 行 く。 そ の際 に人 間化に 関 す るあ らゆ る資 料に 目を 通し た の でない か ら必然 的 に間 題 の内容 が完 全に 捉 え られ た とはい え ない。 , 人間化問題の現況 人間化についてのドイ ツ語圏におけ る論文や著作のタイ トルをみると過去に何 百 もの存在 が 知 られ てい る と伝え られ る。 そ の な かに 次 の よ うな傾 向が 見 られ る とい う1)。 (a) 大 学に おけ る種 々な研 究 の なか での人 間化 の取 扱 い があ る。 こ の場合 に は実践 へ の 転換に 関し て余 り語ら れ ない。 学問 の側 と実 践 の領域 との調整 不足 のせ い だ とす る。 どち らの側 で も協力し よ うとす る問 題 意識 を持 たない で取 組む よ うな 事態 が存 在す るとい うのであ る。 (b ) 政 治 的 レベ ル におい て 連邦政 府 の研究 プ ロ グ ラ ムが(労働生活の人間化 について) あ っ て多 額 の援 助 金を支 出し て い る事情 が 存在 す る。 こ れはい く つ か の大 規 模企 業 の ため の方 策を 促進 す るため の も の であ って , 他の ものに は この援助 は及 ん でい ない。 (c) 西 ドイ ツ の情 況 では 実践 レベ ル での研 究 が 特 色 の よ うに 見 え る。 残 念 な がらそ の科 学 的(学問的)裏づけ が不足し てい る とい われ る。 また 人 間 化 を 追求 す る企 業 か らの情 報 も不足 し てい る こ とが よ くあ る とす る指 摘 もなさ れてい る。 こ れ らの情 況を も とに し て みる と,我 々は さ らに 労 働 の人間 化 がテ ーマ と なっ た現状 を 次 の なかに 知 るこ とが できる2)。そ れは 第1 に ,1972 年の 経営 組織 法 のな かに 要 請さ れて い る事項 のなか に 見 られ る。 これ は, 労 働場 所, 労 働の なさ れ るプ ロセス , また一 般 に 労働 の なさ れ る環 境を形 成 す るに当 っ て, 労働を 人 間 適正 に, また公正 に形 成し よ うとす るこ とにつ い て,確 実 な 科 学的知 識 を 念頭 に 置 く よ うに雇 傭者 や経営 協議 会 に要 請す る ものであ る。 もちろ ん人 間公 正 な労 働形 成 の考 え につい て は後 に なお 触 れ るけ れ ど 乱 こ の解釈 を め ぐっ てか な り の相違 があ るよ うに 思わ れ る。 例 え ば,I G (金属) 社 の 第4 回国 際研 究 会議 に おい てイ タ リア の社会 学 者は こ うい うよ うに理 解 し てい る とい わ れ る。 そ れ は, 作 業 場所(職場)構 造 の変 更を 通し て , た と え わず か な が らであ っ て 乱 そ の変 更に 関与 した 作 業 者集 団 の パ ワ ー権限お よび コン ト1==・− ル権限 を 実質的 に 高め る こ とであ る と。 これに たい し で ポ ル ボ社 め取 締 役 の見解(1974) とし て 次 の よ うな コ メ ン トが引 用 され る。 被傭 者の負担 を軽 くし , 彼等 の労 働 のな かに 意 義 と満足 な 発 見す る よ うな 方法 で 生産を つく り上げ る よ うに努 力 す る ことであ ると。 生 産 能 力 と経済 的 成果 を 減少 させ る こと なく,被 傭 者に たい し て, 自由 なコ ミ ュ ―-・ケ ーシ ョ ン,職 場 交替,つ作業 内容 の多 様化 ,生 産 との一 体化 ,品質 にた
経営における人間化の課題 23 いす る責 任, 作業環 境を 自由 に コソ トpt ーソレでき るこ とな どを可 能 にす る よ うな工 場 を 持つ こ とであ る。 あ る製 品 が,労 働 のなか に 意義 を 見 出す よ うな 人 間に よっ て生 産さ れ る な らば , 高度 の品 質 の製 品 であ るに違 い ない と語 っ て い る。 これ らの主張 のなか に は明 ら かに労 働 者集団 と くに ,作業 現場 におけ る作 業 者自身 のパ ワ ーを 高め るこ と が作業 者 の人 間 らしさ を 向 上す るこ とであ る とみてい る。 また, 作業 のな かに何 らか の生 活上 の, 意 義を 見 出寸 人間 か活 動す る職場 乱 人 間 が より人 間 らし くなる基 礎だ とみ てい る こ と も伺い知 る こ とが で きる。 どち らにし て も人間 が従 属的 位 置ない し は感 覚 か ら独立し は じ めてい る こ とに気づ くで あろ う。 さ きにあげ た政 府機 関 の援 助 に よる研究 も,労 働生 活 の人間 化 に関す る調 査 お よびテ クノロジ ーとい うプ ログ ラ ムの名 前 で知 ら れて い る。 そ こ では新 しい形 式 の作業 形 成 につ い で実践的 な試 験研 究 が なさ れレ ドイ ツ 自動 車工業 の新し い作業 構 造研 究 グル ープ が, 1976年 にそ の成果 を先 ず報 告 した とい わ れ る。 また, 大 学 関 係 で経 済関 連 のゼ ミナ ール大 会 で の研 究 会 も1977 年 に は,低 成長 期に おけ る新し い形 式 の作 業構 造を 得 る とは ど うい うことかに つ いて の討 議 が なさ れ た と伝 えてい る。 そ の研究 内 容の 方[司づけ は こ うい うこ とに あ る。 仕 事 の内 容を 高め, また より高い 賃 金を も ら う集 団 へ と昇進し よ うとす る作業 者 の要求 と, 出来 る限 り有 利 な価格 と, 出来 る限 り経 済的 につ くられ た製 品を 求 め る顧客 の願望 とを 一 致さ せ ようとす るこ とであ る。 これ は従っ て,社 会政 策 とか人 事政 策 のた め の宣 伝文 句を つ く り出す こ とでは な い こ とが分 る。 こ の よ うな一 致 が 生み 出さ れ る よ うな 新し い 作 業(引 動)シ ステ ムを追 求 す る のが 人間 化 であ る。 そ うすれ ば,人 間公正 的 な 労働形 成 と はレ 労 働科学 や 産業 社 会学 の問 題 の みな らず, 経営(経済)学 の役 目で もあ るこ とに な る。 既 に, これ まで の叙 述 か ら,人 間公 正的 な 作業条 件 につ い て の討議 が重 要 であ り,そ の こ とは70 年 代 の初 めに , アメ リ カや ス カ ンジ ナビ ア諸 国 のなか で課 題に な ってい た こ とは 前に も示 し た通 りであ る。 西 ドイ ツの情 況 もこれ に合 わせ て, 70年 代 の初 め に ,人 間化 がテ ーマ とな っ てい る の であ るが,モ の理由 とし て次 の こ とを示 す ものか お る3)。 (^) あ らゆ る生 活領 域 の改 革 と民主 化に か んし て, 1969年 の社民 党お よび
自由党の連立政策に よってこの期待が増大した。 (b) ロ ーマ クラブに よって提出された考え方があ る。すなわち,これまで の総生産の定義の意味におけ る,経済的な数量的成長は政策的 目標としては 疑問がある。生活の質が,他の社会的な指標の もとに測定される べ き で あ り,それに応じ て労働生活の質 も変化されるべきであるとする。 ㈲ 部分的に 自律的な作業集団についての,スカンジ ナビア諸国の実験が ドイ ツ語圏に 屯知れわだってきた。 スウェーデンのボルボ社 のPR 活動が広 く知 られてい るが,その「流れ作業 よさ ようなら」 とい う標語が大きく寄与 し たことは確かである。 (d)1972 年 の新しい経営組織法の成立に ともない,とくにそ のなかで,90 条 と91条が人間化テーマに関係す る。その条項に より,人間公正的な労働形 成について,正しい労働科学的知識を持つことが義務づけ られた。 お よそこれらの西ドイツの情況が人間化のテーマを反映してい るのだが, 実 は,この問題は産業化が始 まってこのかた,色 々な形 の討 議のなかで扱わ れていたことも事実である。古くはマルクスの文献がそ のことを伝えている のはあ まねく知 られてい る。考えように よっては,人間 化にたいし ては敵対 的だとされてい るテイラーさえも実は労働負担を軽減し ようとしたとみるこ とができる。 また,ホ ーソン実験から発した,人間関係運動 も,実は人間化 へのアプロ ーチの発端だったと解釈することもでき よう。 マズロ ーのモチペ イシ ョソ理論 もいわば,人間主義的な心理学を産業経営 のなかの人間化問題 に 適用したとみなし てもよいであろ う4)。 人間化とそれに関連する概念 ここでは人間化を語るに当って それをめぐる概念の説明をする。それは直 接的に実務関係(実践領域)から出るものでぱないが,一般的に人間 化 を ど う考えたらよいかの基盤を与えるごとになる5)。 そ の場合に問題の提出のし かたは,人 間性,人間目標,人間化の3 つ の概念の区別をす ることか ら出発 す る。 人間性とい う場合にはこ うい うことが想定 されてい る。「そ のときそ のと きに基礎とされている人間像によって別々に規定される,標識の組合わせ」 であって,「選択された立場に照 らし てでてくる個別 の標識の提示」によっ
経営における人間化の課題 25 て限界が 決っ て くる ものであ る。そ れは 各個 人 が 自己 の信 念 ,思想 ,何 らか の立場に 基づ い た人 間像を 提 出す る こ とであ っ て,か な り全 体的 な ,あ るい は漠然 とし た像 の形 成 であ る。 各人 が どれほ どの標識 を組 合わ せ るか, どの ように 組合 わせ るか はな か なか把 握 し難 い こ と であ ろう 。 次に人 間 目標 とい うときに は, 経済 的 目標 との区別 のな か で考え られ る。 我 々の対 象 とす る人 間 目標 は活 動す る(労働もしくは作業する) 人間 の関心 お よび欲求 に向け てお こなわ れ る目標 であ る。 こ の際 に は,個 人 の欲求 と,人 間性 の人 間 目標 の区 別 が なさ れ るこ とにな っ てい る。 個々人 の欲 求 とい うと きに は動因(動機),原 動力 ,努 力 な どに 関連 す る。人 間性 の人 間 目標は人 間 像 に関 連 す る。 こ れはな か んず く,具 体的 な欲 求 に結 びっ か ない一般 的行為 規範 とし ての 目標 であ る。 若 し も人 間性 の概 念 とはど うい うものかを 具体的 に示 そ うとす れば5 般 的 な表 現 のなか では 不可能 で あ る。 それ は現実 的な 問 題, 場所 的視点 , 時 間的(時代的)立場 の相違 のな か で こ の目標 の前提 を 考 え, またそ れを 実現し ようとす る こ とに よっ てはじ め て我 々 の理 解 のなか にはい っ てく る ものといえ よ う。 個 人 が現 在 ,職 場 の なか で どんな直接 的な 動機 で活動 す るのか ,ど んな 物的報 酬が 欲し い のかを 知 るこ と と, どんな人 間 像を 持つ か, ど んな生 活 目標を 立 て るか ,ど んな生 きか たを望 む かを分け て考え るのが よい とす るわけ で あ る。(我々はここではこの両者の考えを含む人 間目標を支持することになるのだが,それだけにとどまらない。) 人間化 とい う場 合に は, 労働 に関 す る学間 の成 果を 中心 にし て考 え ると, 非 人間的 と感 じ られ る作業 情況を 人 間的 な ものに し よ うとす るこ とだ と普 通 に は判断 でき る。 上 に示 し た人 間 目標 が そ の ま ま人 間化 だ とい う の で は な い。「 人 間化 はむ しろ , 目的一 手 段 関係 に おけ る,人 間 性 の上 位 目標 と関連 し てい る」 とさ れ る。文 字通 りに何 か す るこ と, より人 間らしい 方策 が とら れ るこ とを 底辺 に 置く。 そ の 目的 意識 が はっき りし た ときに人 間化 といわ れ るこ とに な る。 「人 間化 目標 は , 経営 に おい て(またただその限りでのみ経営経 済学にとって関心かおるのだ威)種 々 な戦 略 お よび方 策 を 通 し て獲得 され うる ものであ る」 という ‰ 「 人 間化 目 標 は, 経営 におけ る より多 くの人 間性 を 得 るた めに, 作業 情況 におけ る具 体的 な変 更(改善) に向け られた 行為 を要 求す る。 経営 的 な人 間化 方策 は従 っ て, 人 間性 お よび そ こか ら生 じ る具 体的 人 間化 目標を 尺 度にし て 判断 され ,評 価 さ れ る」 こと に なる。 上 位 の人間性
概 念 がきち ん と定 まらなけ れば , 下位 の人 間化具 体策 が 出 て こな いし ,あ っ て も不 完全 な ものに な る とみて い る。 とい うこと は上 位概 念 た る人 間性 の規定 が ど うな るかを 課 題 に す る必要 が あ るとみて よい 。 我 々 は もちろ ん この問 題に深入 りす るほ ど の知 識 は な い フ\が, よく語 られ る のは, 「主 体 とし て の人 間 の目標 力乱 よ り多 く人 間 らし き も のの性質 の な かにあ り, これ が人 間 性 と表示 さ れる」 とす る見 地を 知 るだ け であ る。 経営 の情 況に あ ては め るな らば,「 労 働は, 人 間 的 で な くては な らない ,つ ま り,労 働 は活 動す る人 間 の条件 と欲 求に合 致 し た もので なくて はな らな い」 ご とに な る呪 人 間 が主 体 とな るこ とは, 別 の意味 では「人 間 解放」,す なわ ち ,労 働 理論 の みな らず, 社会 におけ るあ らゆ る抑 圧 的情況 か らの人 間お よび 人 間精 神 の解放を い うのであ るが8) こ れ とて もかな り多 義 的 な内容 を有 す る9)。 そ の時 に, とくに , 経営 に関 し てい うな らば ,労 働, そ の条件 , お よび 作 用 に よって, 人 間 の公平 は ど の よ うに 影響 され るか, ど の よ うな 要因 かお る か を問 題( もしくは学問)の対 象 とす るこ とに な る。 そ こ で は単 に人 間の解放 を 題 目 とし て唱 え た り,そ の言葉 自体を 神聖 視し て何 の行 為 もな さ なかっ た りす る ので はな い。 人 間 と労 働 のシ ステ ムが人 間公 正的 に なさ れ る ように す るあ らゆ る方 策 を含 む よ うな 労働 の形 成を指 向す る。 つ まり ,人 間 お よび人 間 の独 自性 の規定 を尺 度に し て 労 働が形 成 され るこ とを 意 味 す る。 また こ う い う表 現を す れ ば ,次 は, 人 間公正 的 とは ど うい うもの か, 人 間 の独 自性 な い し は特 性 の規定 はど うなるか の課 題 がでて く るに 違い ない。 こ の ことはそ れで ,例 えば哲 学 の扱 うべ き 事柄 ともな るであろ う。 こ の よ うな間 題 提出方 法 はや った ら際 限 な く続 く。 要す るに,我 々 は最初 か ら人 間 の尺度 を 持ち合 わせ てい ない とす る認 識に 立た ねば な らな い こ とに な る。 人 間 の( または人間性)概 念 が先ず 整 然 とあ っ て,そ れ に基づ い て次 の問 題 が き まり よく片づ け られる とす る立場 に はない こ とに な る( またそうすることは不可能である)。 我 々 は, む し ろ ,「 人 間な る 尺度 は先 ず もっ て 発見 さ れねば な らない」 とす る考えに 賛 成 す る。 「 実践的 な人 間化 を はが るため に 適切 な立場 は与 え られてい ない 」 とす る の はもっ と もなこ とであ る。 結 局 ,人 間 性 とは,そ のこ とに より人 間 らし さ ,人 間 とし て の特性 と同 じ こ とに な る のであ って ,そ れだけを い く ら語 って も人 の納 得
可能な 人間化目標 人間化の 戦略と方策 労働生活の物理 的条件の改善 X 経 営にお け る人 間 化 の課題 27 労働生活の心理 的条件の改善 / / / 人 間 化 \ X X X X 労働生活の社会 的条件の改善 χ χ χ XX χ / / / / / / (Kreikebaum, a. a. o., s. 484) を得るには至 らない。人 間とい う尺度は,それぞれの時 と場所 により,それ ぞれの情況 もし くは実質的要求に より異なるものであろ う。具体的な,それ ぞれの経営環境のなかで,定 ってくるのであって,それを決めるのが経営の 風土 であり,また人間なる尺度が逆にそ の風土を決めているものとみること ができる10)。 人 間性 につ い ての見 解 種々な人 間性 の意 味に 関し てい くつ か の立場 か ら の説 明を 行 う。 もちろ ん こ の立場 のどれ が決 定的 に 勝れ て い るか の評 価 基 準で ものを 見 る の で な く て ,その どれを 採 用 す るか , あ るい は全 てを採 用 す るか(そのなかで 屯どれに ウェ イトがかけられるか) の問 題 に過 ぎな い。 さらに, 厖大 な人 間 性 の説 明が 余 す ところな く示 され る ので な くて,い わゆ る人 間学11)と称 せ られ る 部類 の 区 分 にお け る人 間 性を 見 るこ とにな る12)。 十
(1) 自然科学的一生物学的人間像から出発す る人間学が先ず来る。これは 動物・の行動研究の成果をふまえて人間行動の説明をなす。その特色とな るキ イ概念は,本能低下,衝動構造 の可塑性,開放性であ る。 本能低下 の概念について は,動物行動学者の説が中心になっている13)。 本 能 とは,この場合,序列段階り きちんと整 った神経的メカニズ ムであり,こ れ は外部 もし くは内部からの,一定 の予 告的な,開発的なまた方向を示す よ うな刺激に反応するようになっていて,調整 のよく とれた,生命維持と種族 保 持の運動を もたらすものとされている。それはほ とんど準自動的に反応す る行為であ る。この本能行為を人間の領域にあてはめてみると, 人 間 は 全 く, この本能低下を特色とす るいわば欠陥あ る動物 とみなされる。人間は生 まれっ き のこの能力を系統発生的に切捨ててし まっためである。人間はもは や,ある信号を受け て,それを分化し て察知 する力を無 くし てし まった ので あ る。そ の結果,人間の運動は外部的 刺激や外 部的体 験を当該個人が加工, 処理を施し て自分で組立てることにな る。従って,人間は予知されざる情況 を知的に変更してし まう能力を身につげ たこ とにな る。 このようにして,文 字通 りオ ープンな世界に立つことができるわけ であ る。 人間の衝動構造 の可塑性に関して, とくに動物0 ようには明白 に予め固定 しているのでなくて,新しい役割から観察され るべ きだ としている。すなわ ち,人間の行動が衝動構造 の理解の鍵 となっている とい ‰ 人間はその行動 や,知覚お よび思考の意思を初歩的な欲求から独立させているのを特色とす る。そ こで人間は,自己 の衝動を抑制することができるようになる。衝動は 先ず体験を組立てているなかで進化をする。そ れは経験と環境の変化に従 う ことができる。それ故に,衝動が可塑的だ とい うのは,人間はただひとつの 本 質特性に ようて刻印されるのでなくて,矛盾 の存 在として現われる理由 の もとをなす。つ まり人間は二 律背反した態度を持ち ,2 つ の対立した願望を 同時に満そ うと欲する。動物とは異なって人間のエ ネルギ ーは無 制 限 で あ り,予期せぬほどの,大きなエネルギー量を必要 とする仕事をするのに向い ているとみられる。人間は衝動力を仕事へ のエネル ギーに 転換できるのであ るが,それは人間がいつ も欠乏的感覚を有す ることを利用 することである。 人 間はそ のことに よって支えられているとい うこと ができよう。 上記 の本能低下の反対局面とし て,開放性 の特性 が認 められる。それには
経営における人間化の課題 29 衝 動 構造 の可塑 性が一 役買 っ 七い る。 開放 性 とは外 界 もし くは世 界 にたいす る開放 性 のこ とであ 呪 人 間を ,あ る一 定 の世 界 の分 節 部 分 のなか に狭め て 押 し こまない で, そ の ときそ のと き の外 界 情況 に ,知 性 あ る行 動に よって対 処 す る能力 を与 え る ものであ る。 人 間は この ときあ る一 定 の領域内 で原則的 に 自由だ とす る特 色を 有 する のだ が, こ の領 域 とは ,人 間 の洞 察力 と学習 能 力 , 規範 ,制 度的(習慣などを合んだ) 条 件 な どに よって 被 われ てい る もの で あ る。 自 由 のなか に枠 組が は め られ る とき に ,必然的 に 意思 決定 の課 題が生 じ る。無 限 に 自由で ない とは, 意思 決定 を す るこ とにほ か な らない。 代替案 を 評 価す る可 能 性が生 七 るのは こ のとき であ る。(それは,洞察力や規範を躯使 して行動することでもある力≒) そ の際 にi 人 間が 動機 とか 衝 動を 内心 的 に棄 却 し て , 自己 の内心 的 自由を得 る ことに な る。 それ は(外見上)あた か も行動 す る生物 とし て の人間 かお るか の如 くに見 え る。 こ うし て 人 間は行 動す るも の とし ての存 在 であ り,常 に意思 決 定 の特 色 を持 つ こ と に な る(何故なら, 決定しなければ行動できないからである)。 とい うのは 少な く と 乱 こ の とき2 つ の対極 的 な可能 性 の間 の どち らが よい かを 決 め る こ とに な るか ら であ る。 そ こ ではじ め て行動 は(衝動や動機の放棄の後に)あ る一定 の態度 もし く は 立 場 に よっ て特色づ け られ てい る とい うこ とが でき る。 それ は 人間行 動 の相対 的 な 自律 性 か特色 とす る ものであ る。 同時 に意 思決定 者 の責 任 も また 加わ る こ とになろ う。(しかし倫理的責任とい うよりも社会的責任に指向しているといえる が14)。) (2) ヒ ュ ーマ ニズ ムの人 間 学に おけ る人 間性 概念 の理 解 が次 の 課 題 で あ る。 ここ では特 に生 の哲 学 やヒ ュ ーマ ニズ ムの立場 を中 心 とす る人 間理 解が もとをな す15)。 そ のなか で次 の ような2 つ の見解 が紹 介 さ れ てい る。 そ のひ とつは ,あ らゆ る人 間性 の基 礎は こ ういう こ と のなか に見 てい る。 す なわち人 間の行為 は第一 に , また 特 に, 人 間 の本質 と歴 史 のなか で予 め決 め られてい る衝 動,欲 求, コンフ リ ク トに よっ て定 め られ る のだ と い う こ と。 さらに ,個人 や社 会倫 理的 規範 が 法 律 のな かや 社会 のル こル のなか に沈 澱 し でい る限 りそ れ らを受 入れ るべ きだ とす る。七 か も, そ れ らの規範 は文 化 的お よび時 間的 に条 件づけ られ てい て絶 え ず変化 に さ らさ れてい るが ,一 般 的 な社会 の賛同 の表 われた とし てい る。 そ こ には成 人 とし て の人 間 の要 請 があ るよ うに思 われ る。 だか らこそ 人 間は あ らゆ る人 間 の連帯 性,寛 容, 個
人 に特 有 の, また集 団に 独特 の行為 様式 な どを 認 め るこ とが で きるこ とに な る。 これ と共 に , と りわけ ,自己 実 現へ の努 力 が人 間性の 理 解 の中 心に とり 為 げ られ てい る。人 間 はす べ てそ の権利を有 す る のだ とす る。 権威 主 義的 な 社 会秩 序 か ら でて く る,理 想主 義的 な,集 団主 義的 な倫理 に 従 う必 要は ない のだ とみ なす 。 そ れ は階 級,政 党 ,国家 ,教 会な ど の制度 の役 に 立つだけ な のだ か ら とい うのであ る16)。 も うひ とつ のヒ ュ ーマ ニズ ム理 解は進 歩 信仰 の立 場に 反 す る ものであ る。 倫 理的 な行為 の基 礎づけ が必 要 であ り,哲 学的 基 礎づ け の思 考 方向づ け が求 め られ るべ きだ とす る。 こ れは哲 学的 人格主 義 に重 点を 置 く。 これ は個人 と 人 格 の区 別 を なし ,人 格 とは同 胞に依 存す るこ とで あ る と理 解 す る。 こ う見 る と,実存 主 義 のな かに もこ の考 えが含 まれて い る よ うに 見 え る。 個人 の 自 己 決定 と自己 実 現へ の努 力 のなか にそ の表 現を 見 る こ とが で き よ う。 こ の思 考 はや が て, モ チベ イ シ ョツ の心理 学や 臨床心 理 学 のな かに 受 継 がれ るのは 多 くの人 の知 ると ころ であ ろ う17)。 (3) マ ル クス主 義的 人 間学 の考 え方 に よる人 間性 にお い て ,若 き 日のマ ル クスが フ ォイヽエ ルバ ッハに依 存し , 自由 なヒ ュ ーマ ニズ ムを 提唱 し ていた こ とは哲 学 の テキ ス ト の教 える と ころ であ る。 これは 個 人 とい うこ とか ら出発 し ,し か も個人 は 自然 の部分 であ り, それ ばか りで な く人 間間的 関係 のなか に あ り,社 会 的 な個 人 だ とみ なす。一個人 の社 会に たい す る関係 は 決して 自律 的 では なく て, 社会 的 関係( とくに生産関係と客観的労 働条件)に よって拘 束さ れ , それに 依 存 し てい るとす る。 そ れ が また個 人 の 意識を 形 成 し ,あ るひ と つ の階 級 の全 体意識 の方向 に 向け てし ま うこ とにな る。 自由 なヒ ューマ ニズ ムと似 てい て, 人 間 が中心 に な ってい るけれ ど 乱 人 間は 自己 の幸 福を 自分 の 身 のなか に 見つ け るこ とを し ない で,人 間を脅 し , 人 間を抑 圧 す る外界 に た いす る闘 争 のなか に見 出そ うとす る。 人 間価 値を 低 め るあ らゆ る関係に対 す る 人 間 の闘 争 が マ ル クス主義 的人 間 性概念 の 出発点 だ とみな さ れてい る。 そ のこ とは社 会 の変 革( 社会的実践の変化)を 要 求し 続け る ことに な る18)。 モ の よ うな世 界変 化 の思 想 が具 体的 に現 われ る のは, い わゆ るプ ロレ タリア ー トの 自己 解放 の理 念 であろ う。 モ の理 念 の実現 の も とを な す人 間 性理 解は, 自 分 とは別 の考 えを す る者に たい す る寛容を す る0 で な くて ,そ の よ うな人 た ち のあ らゆ る者に 戦 いを 宣言 し てし まうことにあ る。 従 って そ こで は隣 人
経営における人間化の課題 31 愛 とい って 乱 人 間( の価fi) を 低 め, また 人間を 搾取 し, そ うす る よ うに 見 え るあ らゆ る者に対 し て戦 いを 挑 み, 憎し みを もっ てそ れを 迫害 し て し ま う よ うな思 想 として主 張 され る ことに な る。 こ の意に そ わ ない 者が非 人 間的 行 為を する とみな され る。 そ の よ うな非 人 間的 思 想は 決し て 疎外 化 の原 因を 除 去し ない とみなし て い る。 疎外 が除 去 され るのは,正 に 階 級 な き社会 の成 立 に おいて のみ のこ とであ り,い わば こ の社 会が 新し い人 間をつ く り出し た とい って も よい。そ こ では 各 自 に とっ て 自己 の欲求 のお 心む くま まに行 動 す る こ とが実 現され る よ うな社会 が 待 っ てい る とみ る思 想 であ る。 そ れは 社 会 の変 革 に と もな う,人 間 の変 革を も予 期し てい ることに な るか もし れ ない。 そ れ は ラジ カル なヒ ュ ーマ ニ ズ ムであ ろ う19)。 (4) キ リス ト教的 人 間 学に おけ る人 間性 は2O),西欧 にお い ては しば し ば語 ら れ る ところ であ る。 これ は とくにバ イ ブル におけ る人 間像 に立却 し てい る とす る21)。 そ こ では, 神 にた い す る人 間 の関係 の視点 で人 間を 観 察 す る。 神 が 人 間 にあ る ものを考 え てや る のであ り,神 が人 間に あ る ことを指 示 し ,役 目右与 える とい うよ うに 見 る。 とい うこ とは ,人 聞か安 心 立命 の状 況 のなか に置 か れ,神 の受 入 れ る も の とな り, 弱 者や特 権0 な い者 の助 力を な し , ま た 自己 啓発 と自由 の機 会 を うる よ うに , 神が諸 々 の取 りはか らい 聚す る こ と を 意 味 する。 この よう な一方 か ら他方 へ の恩恵 の供 与 のなか にだ け 人 間 の存 在 の意 味かお るの では ない。 つ まり,人 間は 神 の生き写 しだ とす る聖 書 の文 句 が示 されてい るが , これ が人 間存在 の重 要 な手 がか りとな る。 そ のご とに よって人 間の価値 ,尊 厳 が で て くるか らであ る。 ただ こ の点 に つ い てだ け 語 る こ とか らは, どん な人 間像 が あ る とは 明白 に なって いない 。む しろ 神 のイ メ ージ との関 連のな か で人 間は 完成 さ れ た姿 で この世 にあ る の 七な くて ,い つ も神 のイメ ージ を描 きな が らそ れに 依 るこ とに よって 自己 の決定 を す る の だ とみ ることが妥 当 す る よ うに 思 われ る。 そ うならば ,人 間 か隣 人 のた めに 心痛 し ,そ の手 助け をし た りす るのは正 に, 神 の人間 にたい す る指示 だ とい う こと になる。 この よ うな短 い 説 明か ら我 々 はキ リス ト教的 人 間学 のあ ら ま しを 理 解した とは いえ な い。む しろ我 々は こ の問 題 を より広 く宗 教 の問 題 と し て把 握す るほ うが よい よ うに思 わ れ る22)。 とす れば宗 教は , 人 間 の生 活 世 界 の主 観的 な深 層構 造 と本質的 に結 びつ い てい るのであ り,人 間 が どの よ う に 進歩 し よ うと も, 自然 の ままの姿 で生 活 の土 台を なし てい る もの と考 え ら
れる。そ れが日常的行為や日常世界 の観察(観照)のなかで姿を 現 わしてく るものといえる。 同時にまた,宗 教的思考は,より広く哲学的人間学への道 を指示 する。そ こで我々人間の存在が他の生物 とは 異なることが強く認識さ れるに至 る2‰ さて我々は この4 つ の種類の人間学的思考のどれをとるかを決定しない。 もちろ ん,この考えを提出したクライヶバウムは ,最後のキリスト教的人間 学の視点 に賛成し,他の見解に批判を加えているが,我 々は,ただこの4 つ の見地 の存在を知りさえすれば よい。そし てこ0 ような総 合的な考えを意図 す るのが, いわゆる哲学的人 間学 の 視座 だともい える。(しかし我利よいまこ の問題に立入るのでない。) 人 間化の意味の多 様性と誤解 どのように人間性 の本質が追究され ようと 乱 それが人間性の理解にとど まってはいられないどころに人間化 の難しさかお る。確かに人間性の本質は 必要であるが,それが人間化 の課題になるには人 間目標への注 目があったこ とは先程 の指摘のあ る通りであ る。しかしここでは人 間化とト うことに関し てかなりの意味上の混乱が存在す る点について触れることにする。 とい うこ とは人間性の追究 があったとし てもそれは消失し ないのだとする証明に もな るからである。 既に初め のところで指摘された如 く,最近におけ るこの概念の内容のとい かたがかなり相違し ている点につき次 のような指摘かおる24)。 ㈲ 経営 者にとって,人間化は合理化 のプログラ ムとい うように短絡的に とられてし まうとす る指摘かおる。 例えば オ ートメイションに よって非人間 的な ものと示されるような職場が無くなるのだとみる。だから合理化は正当 とみなされ るばか りかむしろお祝いされるほ どの ものだとい うことになる。 ㈲ 労 働組合では,次第に,人 間化 が, より高い賃金獲得集団に格上げさ れてくることと同じ ことだとする ようになってい ると指摘される。労働条件 を根本的 に変革し ようとす る考えが直ちに,名前を変えただけ で,これ まで の賃金協約 の用具 となってしまうのである。 (c) 政治家にとっては,きちんとしたプログラ ム上のうたい文句から出発 しない で,そのときどきにある目標のいくつかに調子を合わせる機会を与え
経営における人間化の課題 33 てし ま うこ とに な る。 そ の場 合 に √政 治家 は,価 値変 化が 現われ て 自分 に都 合 が悪 くな った りす る こ とは無 くな る。 実 は政 治家 に とっ て, 自己 のプ1=・グ ラ ムに 忠実 に従 って行 動し なげ れば な らない筈 な のに,そ うしな くて も済む の で , 人間化 を唱 え てさ えい れば よい とす る絶好 の機会を 与 えて し ま うこ と に な るであ ろ う。 (d) 特に 学問 領域 にあ っ て人 間化 研究 に努め る側 では , そ れが適 用 され る よ うに 意図 され るとし て 乱 社 会的 な発展 傾 向に かな り遅 れ を と らざ るを え な い 事 情が あ るし ,そ の研 究成 果 が,問 題 追究 のか なり後 に なっ て提 出 され てし ま うとし て もど うし よ うもない と みて い るふし があ る。 要 す るに ,人 間化( といっても正確な定義はなされていないけ れども) がい くら で も自由な理 解 力 うちに ,勝手 に とられ て い るこ とにな る。 そ の見 本 とし て 次 の よ うな解釈 が列 挙さ れ るであ ろ う2 5)。 ㈲専 門雑 誌や新 聞 な ど で既に か な り知 られてい る標語 であ る とみ る。人 間化 につ い て何 も知 らない人 が勝 手 に 書 くか ,産業 領 域 で任 意 に理 解 し てい る考 え の みがあ るだけ であ る。(b)社 会 ロ マ ン主義 者 の ノスタル ジ ヤ的 表 現 とし てあ る。 これ は, 全 体的 な手工 業 的 な 生産形 式 へ もどりた い と夢 見 てい る。(c)これ までの産 業 労 働は 非人 間的 だ と初 め から決 め てか か っ て,企 業 家 にた いし てイ デオ ロギ ー的に 対 立す る見 地 が あ る。 資 本 主義批 判 の要 素 で あ る。(d)雇傭 者にた いし て ,新 しい 要 求を す るた めの源泉 とし て ,労 働 組合 が 発見し た ものだ とみ る。 い わ ゆ る 賃 金( および給料) の増 加 が壁 につ き当 った際 に なされ ると きに 提 出 され る要 求 で あ る。(e)生 産 コス トを 高 くし ,競 争力 を 危険 に す るとい う傾 向を 持 つ とみ な さ れ るか もし れ ない。(f)労 働にお け る人 間の欲 求を より正 し く扱 い うるた め の ,経 営的 社 会政 策 , さ らに は 経営 を超 え た社 会政策 のた め の有益 な新 し い 芽 となる。 ㈲当 面 の人事問 題 もし くは 少 な くと も中期 に わ た って予 測 され る 人 事問 題を より よく解 決し うるた め の手 段 とな る。 こ れ らの列 挙 のな か のど れを とって も確 かに 人 間化 の内 容を 示 すに 違い な く,そ うす れば , これ らを すべ て含 め た もり が人 間化だ とい うこ とに な る。 お よそ賃 金( もしくは給料) の支払 を 高め る こ とを除 外 すれ ば ,作業 条 件の形 式 的改 善 もし くは 実質的 向 上 は すべ て人 間化 だ とい ってし まえそ うであ る。 また人 間化 のなか に含 まれ る倫 理 的要 請 に注 目すれば そ れ な りに 意 義 か お る。 しかし だ か らとい ってそ れ に固 執 す れば 概念 内容 が次 第 に大 きくな っ て
し まっ て ,や がて ど こ まで が人 間化 な のか は っ き りし な くな ってし ま う。 そ れ では ,人 間に役 立つか もし し くは 役立つ こ との で きるあ らゆ る行為 が人 間 化 だ とい うこ とに な ってし ま う。 あ らゆ る活 動 の共 通 分母 とし ての人 間化 が 想 定 さ れて い る こ とに な る。 そ こで これ まで の叙述 を含 め て, 結局 の と ころ, 労 働世 界 の人間化 が 規定 さ れるレ ベ ルが 異な ってい るこ とだけ は は っ き りし てい る。そ のレベ ルを示 す とすれ ば 次 の如 き区 分 があ る26)。(a)作業 災 害防 止 お よび作業 安全 確保 の実 現 のため の戦略 ,(b)個人的 自律性( または自治)の実 現 のため の戦略 バc )政治 的 な共 同決定 に よる人 間化 ,(d)階 級 社会 の克 服 のた めの戦 略 とし て の人 間化, ㈲ 支配 なき(ユートピア的な)社会 へ の道 程に おけ る戦 略。 一般 的 に い って, しかし な が ら,下 イ ツ とアメ リカ の人 間化 思考 傾向 に若 干 の相違 か お る のを 認め ない わけ には 行か な い。(といってもこの区別がそのま ま現在の情況を反映するとはいえないが。)27)アメ リカ的 な マネジ メン ト論 の ドイ ツへ の 移入 に ど もなっ て人 間化 が 語 られ る こ と, あ るいは アメリカ的 な もの が ドイ ツの人 間化 領 域に採 り入 れ られる ように た った こ と も事 実であ る。モ の際 には アメ リカ の人間化 方策 が, 給付 に関 連し たプ ラ ダマ チ ズ ムに もとづ い てい る こ とを 見逃 す こ とがで きない。 労 働 者( もしくは被傭者)の給付準備 を 高め よ うとす るために ,人 間化 が語 られ る とす る。 とす るな らば社 会政策 的 に ものご とを 考 えて ,そ の枠 組 のなか で活 動 し よ うとす るこ とは 後退 せざ るを え ない 。そ の際 に はむし ろ ,「 経営 経済 的 観察 方 法 が 目立った もめに な って く る」 とい うこ とがで き る。 \ ところ が西 ドイ ツの情況 のな か には, もち ろ ん企 業 に おけ る人 間化を 語る こ ともあろ うが, これ とは 異な る情 況 もあ る こ とを 知 らねば な らない。人 間 化 が多 数 の人 間に より,(とくに企業経営を離れた広場のなかで)論じ ら れ る よ うに な る と,熱 烈 な イ デオ ロギ ーに よって 自分0 解釈 に 都合 の よい よ うに整 え られ てし ま うこ とに な っ てし まった とい うの であ る。 人 間化 は非常 に大切 な ものだ が,資 本主義 的 社会秩 序 では 実現 で きな い とい う主 張 が通 る よ うに な る。 生産 手 段 にた いす る所 有 関係 の変 更 だけ が ,人 間的 な労 働(もしくは労 働世界)をつ く丿 上げ る ことが でき る とい うわげ で あ る。 私的 資 本主義 に お い ては 人 間化 をや った とし て も,そ の社会 シ ステ ム の安 定 化 を なし とげ , コ ンフ リ ク トを包 み隠し , また人 種差 別撤 廃論 者 の よ うな操 作 を す るに過 ぎ な
経営における人間化の課題 35 い のだ と, この イデ オ ロギ ーは伝 える。 ニ こ の対 比 は 例えば 雇 傭者側 と労 働組 合 との対比 的 な見 解 のなか に類 似 の も の とし て現 わ れ る。 企業 側 の見地 にあ る と,民主 化を あ まり唱 えす ぎ ると経 営 の本質 を 見あ や ま るの で,こ れをあ まり前面 に出 さ な い で,人 間化 とか人 間価値 の保護 , あ るい は協働 者の人格価 値 の育成 な ど と い った こ とを言 うの であ り, それ こそが ,当 面 の社会 的経営形 成 の内容 を形 成 す る も の と 言 え る。 ところが 労 働( もしくは労働組合)側 は, そ の反対 で あ って ,民 主化は , 人 間化 の前提 だ とみて い る。民 主 化を語 らない で人 間化 を ど うし ようか など とは言え ない のだ とす る。た だ こ の ような議論を し た と ころ で , 人 間 化 の 解決 にはな らな い であ ろ う。民 主 化 はど の よ うな社会 体 制 にお い て も建 て前 の上 では あ る こ とに な ってい る。 だか らとい って ,私的 経 済体 制を 無 くすれ ば , 民主 化 が進 行 し, 人 間化 が実 現す る とす る 保証 は な いか らであ る。に のことは資本主義 的生産領域で典型とみられる作業形式が別0 体制へ導入 される事実 が証明している。)要 す るに ,人 間化を イ デ オロ ギ ー的 に 捉 え るこ とは,「人 間 化 =民主化 =社会 化」 の図式 をう くろ うとす るこ とにあ る28)。 いつ もこ の図 式 に こだ わら ない こ とが 肝要 であ る。 し かし , どち らに も傾 斜し ない 人 間化 思 考ぱ なか なか 決 め られな い のであ る。 い くつか の文 献を 分 析し て み ると,人 間化を 求 め る に当 って 目的 とされ て い るこ とは バa) 労 働生 活 の質 を 増大 さ せ るた め の手段 にb )利益 獲 得 のため の手 段, ㈲社 会 シ ステ ムの克 服 のため の手 段だ とい う指 摘 があ る が,果 して これ らを うま く調和 さ せ る ような ことが可 能 な のだろ うか 。 そ こ で我 々は も う一 度, 人 間化 の本質 に立ち 返 って みる こ とに な る。 かな り の部 分 ,哲 学的 推 測を 別に すれば ,産業 化 の経 過 のなか で の労働 が 問 題 とな るこ とに よ って,労 働(または作業)が, そ の人 間化へ の努力を 同時 に 生 み出 す もの とみな す こと がで き よ う。 そ のとき に(前に繰返された説明を も含めて考えると)人 間化 はこ うい うよ うな も のとみ なさ れ る。(a)労 働 の社 会 的 形式 の変 化 にた いす る反応 とし て べb )現 在 の作業 関係 の批判 とし て,(c)現 在 の作業 組 織 の変 更を 要請 す る も のとし て, この こ とが 上 記 の3 つ の 目的 と どれほ ど異な るか は 判断 しか ね るが ,こ れら の表 現 のな かに , 「労 働 の人 間 化 は理想 主義 的 観念 の産 物 のみ な らず ,物 的生産 の現 実 陸の概 念的反映 を示 す。 生産 組 織 の社会 的 発展 と不可 分 に結 びつ い 七 人 間 化思 考 の内 容は一 方
では歴史的変化に従 うし,他方ではそのときそ のときの特色 のなかで,あ る 時 代の利益対立に よって影響されてい る」とい うことが見出される29)。 ‥人間化と具体的課題 我々は上記め種々な人間化 の意味 のなかで,(繰返しこなるが)人間化を努 力することが,個別経営の組織問題ばかりでなくて,社会的お よび政治的原 因 にまでさかのぼ ってみること,さらに,そ のさいには変化す る時代の流れ の作用を受け ることを知るであろ う。 どのような社会の構造があれば,どの ような利害相互 の対立ないしは調和 の程度かお るかを知って人間化を考える こ とになる。そ のときに,異なる社会集団が,生産過 程お よび配 分過程に た いし て相反する期待がなされているのはわかりきっていることであり,そ の ことは,すなわち,経済一技術的に合理的な財貨生産および用役生産の要求 に たいして 乱 また,生産業務を担当 する,いわば依存的な人間(労働者)の 要求にたいしても考慮を払 ってやるご とが要視される。そのとき後者につい ては作業領域における人間らしき物理的,精神的,社会的重要性を守ること が必要なのである。そ の場合に人間化を具体的に形づ くる要因 として次のも のが示 されるであろ う。社会的な権力 関係,労働運動 の組織の程度および強 さ,政治的情況の安定性,技術的一 組織的生産力 の発展,経済的な景気情況, 作業場所におけ る生活 の質にたいす る一般的 な社会的 要求など30)。 しかし我々はこのすべて の要因について,いちいち検討する余裕 と知識を 持だない。先程からも述べ られた如く,我々の関心は産業世界におけ る,し かもある場合にはかなり限定された領域とし ての経営 におけ る人 間化であろ う。 とするな らば,どうして もそ こにおけ る人間の生活 の質に注 目せざるを えない。そし て,そこにおけ る主役は人間だ という単 純な事実である。 とす れば次のように語ることが できる。「一般的な意味で,労働の人 間 化 概 念 は,産業的活動におけ る多 くの強制に よって制限された,作業におけ る人 間 の自己実現の可能性を拡大し ようとす る努力 である土 と。人間 の生活 の質は 一 方ではかなり物質なものがあるが,ここでは相当な程度精神的な ものが含 まれ ることになる。そ のときに,人間は物的お よび精 神的負担を軽くし,労 働における人間の価値 と自由を 実現し ,人間同志 の社会的,感情的欲求を満 す ようになるであ乙 う31)。ト
経営における人間化の課題 37 ニ そ うな るに は ,経営 の組 織形 態が そ れに ふ さわ し き も のでな くてはな らな い 。それを 次 の よ うな表現 のなかに知 る こ とが でき る。「 労働 が一 般的 には, 人 間行動 の序 列 とな ってい るこ とであ る。言 い 換 え ると ,最 初 と終 り のあ る 行 動か ら成 り立つ ことであ る。そ うす れば , ど の よ うに し てあ る対象 が独特 の処 置に よって変化 され るか ,あ るい は どの ようにし て あ る過 程が慎重 な関 与 に よっ て操 作 され るかを人 間 が身を もっ て 体験 す るこ とが で き る。 またそ の 間に,扱 わ れ るべ き人 間は,事 物 に反応 す る対 象 かそ れ と も測 りえ ないブ ラ ック・ ボ ックス とし て でな く,人 格 また は個 人 とし て 体 験さ れ る」 ことに な る32)。 このこ とは一 体 ど うい う意味 を示 す の であ ろ うか 。人 間が 主 体 とし て生産 過 程 のあ る対 象 物 の初 め と終 りを 知 る こ と と共 に ,人 格 とし て の存在 を認め ら れ るこ とは 現実 に「 実証 され る」 こ とな のか ど うか の 質問 を と もな うこと であ る。 ひ と 口に人 間的 な作業 生 活 の。質 とい って 乱 そ れ は我 々が外 部か ら 観 察し , 明白 に これだ と捉 え るこ とが でき るか ど うか と い う問 題 のこ とで も あ る。 そ こ で理論 的に 人 間化を 考え るこ とは 間違 い では な いが , そ れ が 。 「 実証主 義的 還 元」 に陥 る危 険を多 分 に 持つ こ とな ので あ る。 換 言す ると。 「 労 働過 程 の直 接的 現象 に限定 し, 労 働 す る人 間 の関心 におけ る改 善可 能性 に限 定す るこ と」 だけ に終 ってし ま うとい うのであ る33)。 人 は表面 に 見え る も のだけ を もってあ らゆ る問 題 を 判定 しが ち であ るが, 本当 は隠 れた 部分 の ほ うに重 要性 な いし は問 題 かお るのだ とい う立場 が 明白 にな って くる。 今 日 そ の ような還 元 様式 は , ヨ ーロ ッパに おい て は非 科学 的 だ とし て失 格 なのだ とい うので あ る。 だ か らとい っ て,イ デ オ ロギ ー批 判 が よくや る よ うに ,資 本 主義 の精 神を 調 べた り,資 本主 義 の運動方 法を 追 求し た ところ で ,個 々 の作業 者の 日常的 な 情況が ど うな って い るか は分 らない とす る指 摘 に も出 合 う34)。 どの よ うな 経済 体制 にあ っ て も存 在す る課 題が 求 め られ なけ れば な らない。 そ れは 現実 の作業生 活 の非 人 間性 のカテ ゴ リ ーのなか に見 られ ると す る のが フ ィル マ ー であ る35)・。 そ れ は,㈲存 在 もし くは生 活脅 威 と搾 取 ,(b)精 神一 身 体的 作業苦 痛 , ㈲他人 決定 であ る。 もち ろ ん こ のカテ ゴi; ーは実際 の作業 生活 のな かで は か な り重 な り合 っ ていて ,部 分的 にし か 分離 し て取 り 出せ ないで あろ う。 実に,我 々は この存 在 ない しは 生活脅 威 や 搾取 に つい て余 りに も気 に して
いない 節か お る。 フ ィル マ ーの考 えは こ の点 をつ い てい る。 今 日,そ れ で も 誰 もが こ の点 で心配 し て いな いか の ような印象 を受け る。 作業 生活 の質 を よ りよくし よう とす る議論 のほ うが 強烈 であ っ て,生活 の脅 威 を 議論 か ら除 外 す るのは ど うか と思 った とし て 乱 結局除 外 し てし ま うのが 現 状な のであ る (とくにアタリカにおげる議論にあるという指摘もある)。 本来 な らば ,自分 が例 えば 単 調な 労働 条 件 に置か れ てい ること よ り 乱 他人 が , 自分 のつ くり出し た利 益を 持 ち去 った り,任 意 的 に作業 場所 の設 立をし てし ま うこと のほ うが 心配 な のであ るけ れ ど 乱 そ の こ とは人 はあ まり心配 でな い ようであ る。 あ た か もそ の事実 を 自然 法 則 の如 く受 入れ てし まっ てい る よ うに見 え る。 また は ,そ うい うこ とを 論 じ る のは ,労 働組合 のレベ ルの こ とであ る とし てし ま うか 七し れ ない36)。 しかし 本当 は ,生 活 の脅 威 とか搾取 とい った 目に見 え ない 非人 間化 が危険 な のだ とす る考 え は, なか な か 支持 され ない。 こ の ところ が 解 決され なけ れ ば 他 の議論を い く らし て も進 行し ない と判断 し て よか ろ う。 こ のこ とは同時 に ,経営 レ ベ ル の議論 で は 解決 され ない こ と も確か であ る。 全 体経 済 の安定 計 画や福 祉計 画 や 統制 に たい す る有 効な方策 が討 議 のなか に含 まれ てこそ , 解 明の糸 口がっ か め る も のな のであ る3‰ 我 々は こ の よ うな見 解 に従 うと,い わゆ る経営( または企業) を 超 えた議論 を せざ るを え な くな る。 しか し我 々 は も う一度 ,我 々 の立 場 とし て の経営 に おげ る人 間 の現 実 的要 請 に耳 を傾け る必要 があ ろ う。( とい うことは本来 は 人 間化の具体的方策を提示すべきことになる瓜 ここではそこまで進まない。) そ のひ とつ の例 は,人 間化 の テ ーマは作業 形 成 の こ とであ ると狭 めてし ま うことであ る。 そ うすれば , 人 間化 など と言 われ る前 に既 に 進歩 的 な企業 で と られた , 労働 負担 の減 少 のた め の措 置が浮 び上 って くる。 こ れはし ばしば 人 間工 学的知 識 に 基づ い て 実施 され るこ とで あろ う。)) 作業 場所 の形 成に当 っ ては ,人 体測 定 学上 の尺度 に 依 って どの よ うな作業 姿勢 が よい かを 決め る こ とであ ろ う。(b)作業 経 過 の形 成 に当 っ て,単 純 な筋 肉労 働 , 過剰 な作業 労 働,神経 や 感覚 を 過度 に 使 う労 働な どは 回避 が努力 さ れ る。(C)作業 環 境につ い ては , 様々 な要 因か ら くる悪 い環 境影響 か ら作業 場 所を 保 護し て や ること であ る。 さ らに 一定 の美 的 な付 加的 条件 に も考慮 が払 われ る38)。 果 し て この こ とが人 間化 な のだ ろ うか。 この ことは そ の よう廠 標 語を用 い
ノ 経営における人間化の課題 39 な くて もす でに実施 され て い るこ とであ ろ う。(人間化 の方策の一種には違いな い力≒)これ ら の作業 形 成に かか お る措 置 につ い て人 間化 を語 ることは ,い わ ば作業 経過 におけ る「技術 的 観察 方法 」 であ るが ,我 々の関 心はむ しろ 「 内 容的観察方 法」 にあ る。 そ れは 次 の ような主 な領 域 の なかに 現 われ る39)。(a) 産業労 働を 次 第 に よ り大 きな 内容 を 有す る もの にし よ う とす るか また は, よ り高い 労働価 値 のあ る ものに し よ うとす る要 請を 考え る ことで あ る。 こ こで はジa ブ ・エツ ラ ージ ノ ン トやジ ョブ ・エ ソ リ ッチ メ ソ トの概 念が定着 し て い る。(b)テ クノ ロジ ー的に 限定 され た作業 上 の強 制を 無 くそ う とす る要請 が あ る。 これ は人 間 と技 術 の余 りに狭 い連 鎖を除 去 し よ うとす る。 タ ク トに 拘 束 された流 れ作業 を批 判 す る見 方が このなか に伺 われ る。(c)作業 配分 もし く は ,作業 方法 の選択 に当 り, 個人 もし くは集 団 の より 大な る自律 性 を 考 え て ,作業 組 織や管 理構 造 の変 更を 必 要 とす る見方か お る。 これ ら の要請 は経営 の作業 領域 に お いて 要請 され る かな り直接 的か つ さし 迫 った課 題 であ る4o‰ 我 々 の関 心 は確 かに こ のなか に 人 間化 の具体 的課題 を 見 るこ とが で き るが ,果 し て これだけ の問 題に応 じ る こ とが人 間化 な のであ ろ うか。 これ らの問 題を ひ とつ ひ とつ ,適 切 に片 づけ れば 人 間化が なし遂げ られるであ ろ うか とい う疑問 か らさ らに我 々 の人 間化 思考 が始 まる。 我 々は 上記 の具 体的 な事 例は, た と えそ れが 全部 解決 さ れた とし て 乱 な お人 間に 不 満が 残 る のだ とす るこ とに答 え る のが人 間化 の本質 なの であ る。 終 り に これ までの陳 述 のなか で人 間化 の定 義は なか っ た。 我 々は こ こで も人 間化 の定義 が なお 出来 ない。人 間化 の具 体的 課 題を示 し た とし て もなお 人間 化が 不 明確 とい う より 乱 そ れ がか え って 人間 化を 考 える 出発で さえあ るとい う ことは こ の思 想が かか え る内容 めむっ かし さを 知 らせ る。 経営 の人 間化 とい ってし まえ ばか な り限定 され た 領域 につ い て のみ考 え てい れば よい ように見 え るが ,実 は人 間化 は この 範 囲だけ を 追究 し てい たの では何 の手 がか りも提 出しな いこ とに 気づ い て くる。 人 間化問 題 の意 味 の基 礎づ け は, 本当 は こ う い うところ にあ った のだ と思い 起 す必 要 かお る4a) (類似の見解は前にいくつかあ げたが)。( 労 働が , 産業 社 会 におけ る人 間 の外形 の形 成42)の主 たる方 法 とた ってい る。 そ の方 法は ,人 が大 部 分 の自分 の時間を 過 す場所 ,人 が 出合 う人
物 , 自分 の もの とな る文 化を 規定 す る。 作業条 件 の変 化 ,作 業 の組 織 が 提出 す る問 題 の 解決 は もはや単 純 な る改 革 に左 右 されはし ない。 そ れ は我 々社 会 の すべ て の存在 に 関係 す る ことであ り,そ の社会 の未 来 を 決定 す る」 と。 こ の ような人 間化 概 念 の 適 用範 囲 の拡 大は より広い( また他の面では地象的 な)人 間化 概 念, と りわけ 人 間的 な もの(人間性と先に示した) の意味を 基礎 とせざ るを え ない。 か くて 我々 は人 間化 の直接 的 解答 に は応 じ られ たいが, 次 の よ うな人 間 的 な もの の概念 説 明の なかに人 間 化 の本 質を 見 るこ とがで き る43)。 (1) 他 の生物 に対 し て の人 間に と って, 自分 自身 の意識 , 意思 の自 由,創 造 的 な行為 の能 力 であ るとす る ことが 適し てい る。に れにっいては既に人間性 の分類のなかで語った。) (2) 社 会にお け る人 間 にたい し て 自由 な生活を 委 ね て ,そ れを 保 証し てや る。 この 自由 は 他 の人 間 の自由を 認 める ように す る程 度 の 自 由であ る。 これ は人 間が共 同 体的 な活 動 をす るか らこそ , またそ の こと が許 され てい るか ら こそ肉 体的 お よび精 神的 負担 か ら解放 され て よい のだ とす る規範 的意 味を 含 む。 ’ こ うし て み ると,人 間が 作業 す る者 とし て の役割を 持 っ て,中 心 点 に 立 つ 。 ただ だ か らとい って ,全体 とし て の人 間が放 棄 され て よ い と は 限 らな い。 人 間 の労 働は 結局 ,人 間 と作業 の一 定 の関 係を示 す のに ほ かな らない。 歴 史 的 に みる と, こ の関係 は 様々 な関 係 のなか に 捉え られ てい た。 天罰 とし て の労 働,共 同 体 に対 す る義 務, 金銭を 得 る もの とし て の職 務, 自己 実 現の た め の手 段 とし て の労 働 に のことがとくに人間化のなかで語られるべきだとされ るが, 我々の陳述のなかでは十分でなかった), 超越的 意 味 で の使命 ( 例えば天か ら授かった生まれっ きの役目)な どが示 さ れ よ う44‰ し かし 我 々は こ のどれ が人 間 の労 働に 合 うのか, ど の活 動を す るのが人 間性に ふ さ わし い のか 明快 に答 え る こ とはで き ない。 た だひ とつ のこ とは労 働 の人 間化 が , 他 の人 間の犠牲 で もって, な され る こ と, また わずか な人 間 のた めに し か な らな い な らば, 果 し て人 間化 な のだ ろう か とい う疑問 であ る4‰ なお 最後に , 人間 化 の問 題 は ,経営 者がい かに ,人 間 化問 題 と共 に変 化す るか また ぱ どの ように そ れを採 り入れ るか の問 題 ,人 間 学 的思 考 の うえで, キ リス ト教的 思 考 の立場 か らの他 の立場 の評価 , さ らに は人 間 の尊厳 ,に 関
経営における人間化の課題 41 す る叙 述 な ど 残 さ れ た 課 題 か お る こ と, 人 間 化 の具 体 的 問 題 に た い す る よ り 詳 細 な 説 明 な ど が 残 っ て い る こ とを 付 し て お く。
注
1) これらの情況 説明につ い て は,E. Pieroth, Humanisierung der Arbeit こ Anspruch tind. Durchsetung, in : BFup, 29 Jg., 1977, SS. 404−405. なお, これらの問 題について次 の文献が示されてい るが,そ の内容につい てはつ まびら か でないよGaugler ,Kolb, Ling, Humanisierung der Arbeits 扨elt und Produ ・
ktivitdt, Forschungsauftrag des Bayerischen Staadsministeriums fur Arbeit und Sozialordnung, Miinchen, 1976. お よび, G. Riihl,Arbeitsstrukturierung heute
und morgen, Bergisch Gladbach 1976.2
) 以下に つ い て は,ZfB-Diskussions-Forum : Thema : Humanisierung der Arbeit, in: ZfB, 48 Jg , Januar, 1978, S. 64.3
)L. V. Rosenstiel, Humanisierung der Arbeit −Schlagwort, Alibi, Prog- ramm ? in : L. V. Rosenstiel u. M. Weinkanira (Hg. ),Humanisierung der Arbeitswe
μ−Vergessene Verp μ'ichiung ?, Stuttgart, 1980, S. 12.4
) 上記につい てはRosenstiel, a. a. 0 ・, s. 11. な お こ こ で は, K. Marx, Okonomisch-philosophische Manuskripte (1844). In : Marx-Engels II :,
Politische Okonomie, Frankfurt 1966 の引用がな され てい る。 なお こ のほかに, R. Lang und W ノHellpach, Gruppenfabriktation, Berlin, 1922 を あげ て,人 間化 のため の方 法を 求めた ものとしているノA. Kornhauser, Mental health and the
industrial worker, New York, 1965 は,デトロイト の自動 車産業 労働の研究 につい て重 要な貢献をし てい るとす る。 ここでは産業 労 働と, 精神的 健康 の関係
ご に アクセントを 置いてい ると み る。こ の 研 究 は や が て, Maslow (1943) や McGregor (1960 ) の成果へ と導 くよ うにな った とい われ る。5
) 以下,本項 においてはH. Kreikebaum, Humanitat in der Arbeitswelt こ Eine Kritische Betrachtung, in: ZfB, 47 Jg , Nr. 8, 1977, SS. 483 −486 か
ら引用する。6 ) 従 って経営学 の領域以外で, 例えば法 律のなかで,刑 法 の規定がいかに人間化, と関連するか の必要 もでて くることもあ るとす る。 また 教育界におけ る人間化と い うこ とも考え て よい。 これについ て, とくに, Kreikebaum, a. a. 0・, s. 485.7 ) と くに, KreiKebaum, a. a. 0・, s. 485. こ こでは,Kirchner の論文に基づ く見解が示 され てい るがそ の全 体につ いてはつ まび らか でない。8
) 例えば, w. Fuchs et, al ・, (Hg. ),Lexikon zur Soziologie, Opladen ,1978, ss. 184 −185 におい て次の ような説明があ る。 Emanzipation は,(工)もともと, 社会的 脈絡 のなかで当然な ものとし て通 用する権力関 係 から, 権力所有者を追放 するこ と。例えば父親 の権力か ら息 子を 解放す ることで あ る。(2)18お よび19 世紀 の市民 運動で,経 済的, 政治的, 社会的ニ 精神的 依存関 係から中産 階級を解放す ること。 これは 社会的な 運動を 意味するか,それ と もそ の理 念を 意味するかであ, る。こ の理念は とくに, 依存性関 係の不 公平性を,伝 統的な,確定 した 法律形式 の維持 もし くは復 権のなかに見 てい る。(3)フラン ス革命以来,強制関 係か らの集
E団,階 級,社 会 の自律を 意味す る。 自由と平等が社会学 的理 論と社会主義的 運動 の中心点 とな ってい る。 この うち,平等は,あ らゆ る者 の目的 の規範的設定であ り,自由は政治的,経済的‥ 社会的 に制限された不平等 からの解 放の こ と で あ る。そ の場合に,そ の後, 農民 とプロレタリアートの同 権か ら始 まる,政治的 解 放が知 られる。これはSaint-Simon 主 義であ る。 も うひとつ は, 入Fourie 主義 ( 空想社会主義)以来 の,婦人 解放である。 さらに,人 間の解放 のことであ り, これは,人間的世界を再び 連れもどすこ と,人間自身 へ の関 係に もどることても る。 9 )Kreikebaum はなお,Emanzipation の考えが批判的 合理主義 と結びついた社 会哲 学 のもとを なし てい ると指摘 する。人間が神秘的 性 格のもとにおち こんでし まうこ とか ら救出す ることを解放 だとし てい るとい う。 10 ) ここに至って経営 の風土に関す る問題 へ の突 発 口を見 出す ように思われるが, 別 の機会 の問題 としなげ ればな らない。 風土 または環 境 とは, 例えば人間関 係を い かに考え るかに よって のみ生じ てくるので はない とす る認識 が重要 な の で あ る。従 って,経営 の風土は,単な るBetriebsklima で は ない。 Betriebsklima に
つ いて例えば,A. A. Oppolzer, Hauptprobleme der Industrie一und Betriebsso- ziologie, Koln, s. 46. ただ,こ の ような風土の理解 が普 通 のようであ る。 n ) 我 々 の想定 する人 間学的 理解は次 の ような説 明のな かに見 ること が で き る。 「人 間のことを 問題 にする のは……学問 の前 提だけ では ない 。そ れは そ の学問 と, そ の言明にたい して人 間学的 性格を与 え るものであ る。」「人間 が経営 におい てど の ように 経済行為を するか, どのよう な 行為を するか, どの ように教育されるか とい う質 問を もって,経営心 理学,経営社会学, 経営 経済学, 経営教 育学お よび そ の他の諸学 科も また人 間学的 質問に答え てい るのであ る・。そ の ような人間につ い てのどの ようにしてとい うこ とを経 由し て,我 々が また人間 とは誰 なのかとい う質問を することに よってもしか 七,我 々はほ んのわずかな ことし か体験してい ない のであ る。」「人間 につい て の個 々の学問 の経 験的貢献 が人 間学的 なも のとし て表示 される。同じ ように して,人間 の本質につい て,種 々の理論お よび文化的 客体化 のなかで基 礎とな ってい る見解お よび人間 像の分 析, もしくは, 全体的な 人間 像か らみた人 間の比較お よび人間 の評価 も人間学的であ る。」これ らの引用文
について, H. Rosenkranz, Soziale Betriebsorganisation, Munchen/Basei,1973, ss. 9 −10. なお ,ここでは, Barnard の組織論 乱 人間学的質 問に答え てい る
のだ とし でい る。 12
) 以下 につ いて の分類 お よびそ の説 明は,Kreikebaum ,a. a. o., ss. 486−493 を 中心にし て語 られ る。 13
) これら の名 前 のなかに,Lorenz, Koehler, Frisch, Tinbergen の名前 があげ られ るがTinbergen の文献 が引 用され てい る。 さ ら に ,A. Gehlen, Der Mensch, 8. A., Bonn, 1966, S. 25 ff. u. s. 53 の引 用 もなされている。 14
) と くにこの点について,A. Gehlen, Anthropologische Forschung, Reinbek bei Hamburg, 1961, s. 135 ff の指示 かお る。 15
) 生 の哲学につい ては,実証 主義や新 カソ ト主義 の理性を 主にした方向づけに対 立し て, ニ ーチェ> ディ ルタイ,ベ ルグ ソンなどに よって主張 され る非理性主義 的哲学 のこ とを指 す。現実 の生 々しい 生 の全体を自然 と歴史 の関 係のなかで追究 す る。創造活動を 継続する,具 体的な生を非 合理的な方法で 把握し ようとする。