学校カウンセリングと経営 : 連携への展望 : 教師
と生徒の人間関係問題へのシステム的アプローチを
中心として
著者名(日)
斉藤 浩一
雑誌名
井上円了センター年報
号
5
ページ
170-148
発行年
1996-07-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002631/
学校カウンセリングと経営一連携への展望
教師と生徒の人間関係問題へのシステム的アプローチを中心として斉藤浩一蜘励
1 問題および目的 本稿は、学校へのカウンセリング導入に際し、カウンセラーが職務を 遂行する上で他職員との摩擦等の問題を懸念し、経営上どのように対応 され、連携されるべきかを「教師と生徒の人間関係」の問題へのアプロ ーチを中心として考察するものである。 登校拒否、いじめ、自殺等の社会問題化に伴い、文部省は平成7年か ら専任学校カウンセラーの試験的な導入を決定した(朝日新聞、1994年 8月24日)。ここでの学校カウンセリングにはどのような機能が期待され るのか。第1は実際に登校拒否等の生徒や精神疾患を持つ教師への面談 を主とする援助的機能である。第2はそれらの実態を調査し、必要な対 応を行うためのアセスメント機能。第3が学校に関わる全ての人々に対 する啓蒙的機能(教育、情報提供)である(国分、1994)。第1が病院の 治療なら、第2は疾患の早期発見のための健康診断に喩えられよう。 平成元年度の新学習指導要領が公表され、「新しい学力観一自己教育 力」「児童・生徒一人ひとりの可能性を積極的に評価し、豊かな自己実現 に役立つようにすること」等が掲げられている。さらにその実現のため には、教師は児童・生徒と一緒に悩み、考え、解決していくことが求め られる。すなわち、教師と児童・生徒との共感・共生の姿が必要となり、 実際の授業場面においては、それら相互の信頼関係がきわめて大切な要 素となるのである(奥田、1994)。 教師と生徒の人間関係に関しては、学校カウンセリングの機能上解決 学校カウンセリングと経営 連携への展望 g1 (170)が期待される問題の1つである。それは学校経営上の重点項目とも言え よう(高野、1980)。なぜならその在り方自体が教育の効果を高める状況 (モラール向上による学習促進等)とさまざまな問題状況(いじめ、登 校拒否、自殺等)を生み出す両刃の剣に喩えられるからである。文部省 が行った「登校拒否児童・生徒に関する調査結果」によれば、登校拒否 の原因に「教師との関係」を挙げた中学生は4.5%、保護者4.6%、学校 側2.7%と学校側の認識の甘さが露呈された。教師がケアしなければなら ないその他の学校生活上(いじめ等友人関係、学業不振、クラブ活動等 への不適応、転編入学、進級時の不適応等)の問題を含めると50%弱に もなる(文部省、1994)。 東京都中野区立富士見中学校の「いじめ・自殺事件」の控訴審判決は、 担任ら四人の教師は「お葬式ごっこ」に加担したに等しいと厳しく批判 した判決になった。対する翌日の新聞には、「あの学校には相談相手にな ってもらえそうな教師がいなかった。子どもの心を知る先生がいたら」 と、教師と児童・生徒の関係性に関する教育界への大きな批判と課題を 提示している(朝日新聞論説、1994年5月24日)。このケースの場合、い じめられ自殺に至った生徒のストレスの深さは明確に予想された。しか し、いじめた側の生徒の心理や非教育的な状況を見過ごし、それに加担 してしまった教師の疲労感やストレス、さらに最高責任者としてこのよ うな状況を避けうることができなかった経営者の心理等は、被害者・加 害者の構図の中で見過ごされがちである。当問題は被害者の生徒、加害 者の生徒、教師ばかりでなく、取り巻くクラス、学年、学校、地域、国 家等の単位で十分なアプローチが必要だったのではないか。 心身症の主因となるストレスは、症状のストレス状態とストレッサー としての環境、それを個人が受け止める認知的評価プロセスの3つの視 点からのアプローチが可能とされる(Lazarus, et al.1984)。特に個々 の生徒、教師が属する学校全体をストレッサーと捉え、個人の認知的評
価プロセス、ストレス状態の相互作用として考察するアプローチが必要 となる。ここに学校カウンセリングが学校経営に連関する必然性が見ら れる。 ラザルスらのアプローチは行動療法と言われ、米国や我が国において その発展は著しい。近年、心理・教育アセスメントが基盤となり、学校 組織への援助となるカウンセリングの可能性が述べられている(石隈、 1994)。また近藤は、教師と生徒の人間関係をシステム的(学校全体と個 人との関わり)に捉える学校臨床心理学の提唱をおこなっている(近藤、 1994)。 学校経営上の重点項目である教師と生徒の人間関係の問題解決にカウ ンセラーが役割を担う以上、学校経営もその存在を視野に入れて行われ なければならない。例えば、学校長の経営方針とカウンセリングの有機 的結合、学校が教育目的を達成する健全な状況を保つためのカウンセラ ーの役割、またその役割遂行上の他構成員の援助がどうあるべきか等は 今後予想されるカウンセラーと他構成員との摩擦等の問題と相まって重 要な課題と言えよう。 本稿においては、①米国および我が国における教師と生徒の人間関係 問題へのアプローチの明確化、②教師と生徒の人間関係に対する学校カ ウンセリングの課題の明確化、③課題解決のための教師と生徒の人間関 係問題発見、解決の過程の提示、④教師と生徒の人間関係問題発見、解 決の過程のモデル化、以上を行い、学校カウンセリングと経営の連携の 可能性を論述するものである。 2 米国および我が国における教師と生徒の人間関係問題へのアプローチ 少なくとも学校教育は教師と生徒の何らかの関わりが無くしては存在 し得ない。その意味で、教師と生徒の人間関係も多方面からのアプロー チがなされてきた。それは現在の教育について考究する学会の並列にも 学校カウンセリングと経営・一連携への展望 g3 (168)
類似している。 アプローチの第一は教育心理学の分野における学習効率の面からの研 究であり、教師が生徒を成績との関係で認知する『教室のピグマリオン』 (Rosental&Jacobson,1968)の出版に代表されるものである。この後、 教師の期待効果の問題を取り上げた研究が60以上もなされたと言い、『教 師と生徒の人間関係一新しい教育指導』にそれらの集大成がまとめられ ている(Brophy&Good,1974)。我が国においても梶田が『教育指導 の基本視座』として、文化的な視点も含めて教師の生徒への指導におけ る成績の効果を論じている(梶田、1978)。 第2には、同じく教育心理学と重複する社会心理的意味合いの強い立 場であり、現在でも数々の追試が行われつつある教師のリーダーシップ に関する研究である。特に代表的なものは三隅らのPM式リーダーシッ プ理論であろう(三隅他、1989)。教師の指導・行動(リーダーシップ) を尺度構成し、目的性(P型)と維持・管理(M型)に分類し、系統立 てている。我が国の社会心理学の教科書において、この理論を取り上げ ていないものは最近見られないと言えるほど論理の系統性を有すると言 えよう。 第3が教育経営学の分野における研究である。経営における人間関係 論が最初に注目された契機は、ハーバード大学経営大学院のメーヨー (Mayo,1960)が、1927年から1932年の5年間にウエスタン・エレクト リック・カンパニーのホーソン工場で行った実験的人間関係の研究であ った(高野、1980)。教育目標を実現するための効率的な人間関係をいか に造るかは教育経営学の主題足りえる。しかし、米国におけるこの後の 論文は以外と少ない。これは学校経営者にとって、クラス担任が学級内の 独立的な経営者として存在する個人主義的風土によるものとも推測でき る。 我が国の教育経営学の土壌でも教師と生徒の人間関係を扱った研究は
少ない。その中でも、確たる体系性を有しているのが、高野の人間関係 論と言えよう(高野、1980)。それによれば、学校における人間関係を単 なる社会的技能以上の教育的性格を持つもの、また教職という特殊な労 働者の「感情の論理」であると提示している。この論理に立った教師と 生徒の人間関係は、教育生産活動の中心であり、学校固有であり、学校 経営の現実的かつ究極的対象となる。しかし学校長は、学校経営の立場 から「教師と子どもの人間関係」「児童・生徒相互の人間関係」に直接的 操作を下せない。なぜなら教師の専門職性と教育の民主化に由来し、た とえ学校の経営管理の中核者でも、教師の行う教育・教授活動に無闇に 足を踏み入れ干渉してはならないとする。近年では、教師同志の人間関 係の総体としての組織を活性化することにより生徒との関係を活性化し ようとする実証的な研究が見られる(小野、1994)。 また高野はいま1つの問題として教師と児童・生徒の人間関係を把 握・評価するリサーチの技術の不備を指摘する。その理由として学校経 営学における実証的方法が教育社会学に依存していることを指摘してい る(高野、1980)。 1980年時点の教育社会学は客観的であり、科学的であるために全てが 数量化せねばならないとするデュルケムの哲学に由来し、社会学的研究 とは調査であり、調査とは現実の数量的な分析とするパラダイムが存在 し、数量化中心主義の実証論に終始していた観がある(山村、1982)。し かし1980年にイギリスのカラベルとハルゼーの「解釈的」(新しい)社会 学が翻訳され紹介される(Karabe1&Halsey,1977)。またそれまで学 校の問題の中心であった校内暴力は序々に沈静化し、かわって「いじめ」 「登校拒否」が台頭し、学校における教師と児童・生徒の人間関係に関 する研究のフィールドも「教育社会学」に加わり「臨床心理学」および 「教育相談」等の分野でも盛んに行われるようになる。 「臨床心理学」および「教育相談」の分野において、教師と生徒の人 学校・ウンセリ・グと経営一連携への難95(166)
間関係にもっとも古典的かつ今も影響及ぼしつつある人物は、ロジャー ズ(Rogers. C)に他ならない。主に米国における教師と生徒の人間関係 をカウンセリングとの関係において捉えた最初の論文は、公けのコミッ トメントとカウンセリングの併用による人間関係促進を主張したメイヤ ー(Mayer,1970)らのものである。その後、教育社会学と時を同じくし てフィールド観察を用いたモラコーの研究(Moracco, 1977)や生態的と いう言葉を用いた学級の多面的評価に関する研究(Judah&Keat,1977) が登場する。1984年において、論理療法の専門家が学校に入り、教師の ビリーフを点検し、対生徒へのストレスを軽減する試みを表す著述も出 版されている(Banard&Joyce,1984)。また1987年には、カウンセラ ーが学校に入り、教師と生徒の人間関係について技術を指導する実験 (Robinson&Wilson,1987)が行われた。 今まさに、我が国では学校にカウンセラーが配置され、学校のさまざ まな問題に取り組みが始まっている。これを受けて、スクール・カウン セリング技法への論及も著されている(岡堂他、1995)。中で特に注目す べきは、非行事例を単に個人的なものとして捉えるのではなく、エコ・ システミックな介入と呼ばれる個を取り巻く環境との相互作用に着目す る(吉川、1995)システム的アプローチの視点と生徒ばかりでなく、そ れらの関係づくりを主とする教師へのコンサルテーションの援助への言 及である(鵜養、1995)。 3 我が国における教師と生徒の人間関係に対ずる学校カウンセリングの課題 3−(1)カウンセリングルームを設置して行う治療機能上の課題 ロジャーズの非指示的カウンセリングは、我が国において教師と生徒 の人間関係問題に取り入れる2つの方向が存在する。 1つには学校内に教育相談室(カウンセリングルーム)を設け、治療 によって人間関係で発生した問題を解決していく方向である。そこには
次のような問題が考えられる。 教育相談はやはり治療的な場面であり、そこから出てくる人間関係に 関する情報は、問題発生およびその対処的なものが大部分を占めること である。近藤が指摘するように、カウンセラーの従来の伝統的心理療法 は、①問題は患者個人の中にあると考え、介入の対象を患者個人とし、 ②介入の担い手は専門的訓練を受けた治療専門家に限定され、③介入の 場は患者の外・社会体系にあり、④介入は問題が顕在化し重篤した後に 患者の来談を待って始められる、という特徴を持つ。さらにその危険性 は、①診断の強調は、変化を促進するという究極の目的から関心をそら せたり、人格を発達させる能力の強さの源泉を無視する考え方を助長す る、②診断には対象となる人間にレッテルを貼り、汚名を着せる危険が 存在する、等の諸点を挙げている(近藤、1994)。 Fig.1にこの方向の特質をモデル化した。カウンセラーが学校に配置 されても、カウンセリングルームに常駐し、来談者を待ち、そこで面接 が閉鎖的に行われる可能性がある。対して教師は、自身のクラスから面 接対象生徒が出ることを指導力の欠如として見られる恐れから、生徒が カウンセリングルームに来談することに懸念をもつ。それゆえカウンセ ラーは学校内で孤立し、本来の面接を主とする援助的機能さえ危ぶまれ る。それらを回避するためには、カウンセラーはカウンセリングルーム 以外にも席を持ち、積極的に学校長、教師、生徒に存在と親近感をアピ ールする必要があろう。学校長はその存在を閉じ込めるのではなく、職 員室に席を用意する配慮が必要である。 3一② 教師へのカウンセリングマインド啓蒙の課題 非指示的カウンセリングを教師と生徒の人間関係問題にそれを取り入 れる2つ目の方向は、それらの関係にカウンセラーとクライエントのラ ポール(信頼関係)を前提とするリレーション(関係)を適用すること 学校カウンセリングと経営一連携への展望 97 (164)
である。古くは文部省発行(1981)の『生徒指導の手引き』において、 生徒指導のための教師と生徒の関係に共感的理解を十分条件とする「出 会い関係」が提唱された。その後も「カウンセリングマインド」もしく は「教育相談的態度」を生徒指導、授業等の教育活動の中に位置付ける 教師の養成が言われてきた(尾崎・西、1985)。 以上のようにカウンセリングマインドは、現在の教育界のいじめ、登 校拒否等に起因する要素の1つである教師と生徒の人間関係改善に有効 と言えよう。現在、全国各地域の教育研究所では、種々の教育相談研修 が多岐にわたって開催されている(松原・萩原、1987)。この方向の特徴 は、カウンセリングマインドもしくは教育相談的態度を教師の中に育成 することにある。 実際、近藤はカウンセリング研修を主催し、教師の子どもとの関係に おける態度・意識の変容の効果を受講者の感想の形で次のように報告し ている。「子ども達と関わる時の自分の在り方が変わってきた。以前は生 活指導的な発想しかできず、大人の考え、教師の考えで強引にねじふせ よう、指導しようとしていたと思う。一筆者略一しかし子どもに寄り添 い、あるがままを受け容れる態度が不十分ながら身についてきた時、今 までよりぐっと自然に子どもも自分に寄り添ってきた。子どもが可愛く 思え、学校生活も無理なく自然になってきた」と言う(近藤、1994)。 しかし、カウンセリングマインドを一般の教師が身につけ、対生徒と の関係を改善する方向にも教育相談の指導と教育指導の原理の違いから くる対立の問題が存在する。非指示的カウンセリングの生徒の全てを受 容する立場が他の教師が行う管理・訓育・感化等を否定し、また他の教 師からは生徒の支持を取り付けている点で「甘やかしている」等の批判 を誘導する。それらの教師は「べき志向と理想主義」を持っと批判され るが、近藤が指摘するように、統制の生徒への内面化過程(集団規律の 確立)に失敗すると教授活動の失敗ばかりでなく、父母・住民からの信
頼を決定的に失う原因になる(近藤、1994)。生徒指導担当教師が「誰か が悪役にならねば」というような役割意識を持って自身を納得させてい る場合も多い。それらは対立する原理でなく、学校全体、教師個人、生 徒個人の内面においても共存し、状況によって拮抗する概念および思想 でなければならない。 それゆえ学校長は、カウンセリングマインドと統制の生徒への内面化 過程を分離し、一方のみの立場に立つことを避けねばならない。カウン セラーも教師の生徒へのそれらの働きかけを理解し、受容していく必要 がある。 多分に教師は統制の生徒への内面化過程にストレスを持ちやすい。な ぜなら教師はその生育歴において、自身の統制に対し違和感を抱いた経 験が少なく、自身を統制できない生徒に対面し、理解できず戸惑うため である。他の教師は、その場面でさえ立ち入って助言はしずらい。学校 カウンセラーこそ、教師のこの苦悩を理解し援助する必要がある。 3−(3)教師と生徒の人間関係に関する調査の課題 ではカウンセラーは教師と生徒の人間関係問題をどのように調査把握 しているのか。学校経営上の人間関係論研究は、実証論的・法則定立的 研究が関する問題(病理)の分析によって、解決のための技術的操作要 件が明らかになる。しかし、それらの研究は多くが質問紙による統計的 調査およびケーススタディが主流になってきた。 まず質問紙による統計的調査とアセスメントについて考察を行う。こ こでの実証論・法則定立的研究は、その方法のほとんどが教育社会学に 依存してきた観がある。その教育社会学においては、客観的・科学的で あるためにすべてが数量化せねばならないとし、社会学的研究とは調査 であり、調査とは現実の数量的な分析とするパラダイムによる数量化中 心主義の実証論に終始してきた(山村、1982)。 学校カウンセリングと経営 vareへの展望 99(162)
例えば三隅・矢守(1989)は、中学校における学級担任教師のリーダ ーシップの行動測定尺度を作成した。この研究は、因子分析を中心に質 問紙による統計的手法を用いて行われる。まず生徒の学校でのスクール モラール項目とその基準を上げるための教師の行動(P行動とM行動の 2因子)が因子分析によって抽出される。特にM行動の2因子は、生徒 と親密な関係を保ち、良好な人間関係を形成する因子とされる。 この実証研究をどのように教師と生徒との人間関係把握の技術として 用いるか。まず考えられるのは、このP、M因子の各項目について、各 教師に対する生徒へ調査をし、教師がPM型、 Pm型、 PM型、 pm型 のどれに属するかを評価・提示し改善(行動変容)を求めるものである (Fig.2)。これらの研究は客観的かつ科学的であり、教師の行動(リー ダーシップ)を目標達成(P機能)と維持(M機能)の因子に分類する という精度の高い系統性を提供している。しかし数量的であるために冷 たい印象があり、当教師のモラールの低下さえ招きかねない。もし安易 にこれを行えば、教師の多くは勤務評定への影響を懸念し、反発を招く 恐れさえある。 今1つの問題は、教師の全ての行動・態度が統計的に有為な因子によ って規定されるとしたらあまりに一面的である。人間関係自体が時間に よって変化する過程を有し、2つに系統付けられる因子(教師の行動・ 態度)の中でも状況によって優先順位が存在し、実際的問題に対し適切 な対応がとれない可能性が生じる。場面が目まぐるしく変わっていくの が教育であり、個人差、時間の経過による優先順位、バランス感覚は必 要であろう。 もし、この方法によってカウンセラーが教師と生徒の人間関係を調査 した場合、結果は決して公開されてはならない。もし行えばカウンセラ ーへの親近的意識は排除され、相談に行くことはなくなる。あくまで学 校全体の傾向として把握し活用する必要があろう。
さらに臨床心理学のフィールドでは、治療をケーススタディとして蓄 積し、人間関係に関する実証的研究を行ってきた。それゆえこの治療的 場面から、教師と生徒のさまざまな問題把握も可能である。しかしそれ にも問題がある。患者の対象となる問題は、個人の認知的評価プロセス を通したものであり、客観的とは言いがたい。病的なフィルターが掛か っている可能性は十分にある。一般にカウンセラーは、患者側に立つた めに、教師を悪役に仕立て病気発生の原因と見る傾向がある。 4 課題解決のための教師と生徒の人間関係問題発見、解決の過程 4−(1)教師と生徒の人間関係問題をシステム的に捉える視点 以上の危険性の確認に立って、近藤(1994)は教師と生徒の人間関係 を学校のシステムの中で捉える学校臨床心理学を提唱し、それを学校の 中で起こる児童・生徒の問題に適用すれば、①児童・生徒の問題を、児 童・生徒と教師や学校との関係の問題として、あるいは学級や学校のシ ステムそのものを問題として捉え、②問題が生じた時の介入の対象を、 子どもと教師や学校との関係、あるいは教師のあり方や学級や学校のシ ステムそのもののに広げていくことが可能であると主張する。 ここでの学校臨床心理学の視点は、個と全体の相互作用の活性化さら に調和を志向する「システム」的発想であり、経営的な志向と言えよう。 現在まで臨床心理学および心理学がこのような学校内に入り問題の把握 を拒んできたのにはいくつかの理由がある。近藤がその点にも触れてい る。 すなわち、①先行研究のほとんどが、1つの学校・学級・教師・子ど もの姿を個別的かつ全体的に記述し理解に適用したり、逆に個別的な理 解を法則定立的な研究に広げる指向が乏しいこと、②学級や学校という 「システム」を解明する理論そのものが未発達であること、あるいはシ ステムそのものに対する関心が乏しいこと、③1つの特徴をもつシステ 学触ウンセリ・グと酬一醐へa・E望101(160)
ムの中で、なぜある個人はそれに馴染めずに不適応になり、なぜある個 人はそれに適応的になるかを明らかにするような、システムの特性と 個々人の適応との関連を明らかにする理論が乏しいこと、あるいはその 種の問題への関心がそもそも乏しいことである。 以上の学校臨床心理学の教師と生徒の問題をシステム的に、全体と個 の相互作用として捉える視点は教育社会学にも存在し、研究が蓄積され ている(志水、1985)。稲垣は教師と生徒の人間関係が「生徒コード」(生 徒同志の暗黙の掟)により、秩序立てられる過程を明らかにしている(稲 垣、1989)。方法は、学級観察と教師、生徒へのインタビューである。以 上の研究は、「教育社会学における解釈的アプローチ」と呼ばれる(稲垣、 1990)。浜名(1983)はこのような研究方法を民族誌的研究として位置づ けた。 4−(2)教師と生徒の人間関係問題をシステム的に捉える方法 斉藤は、中学校における教師と生徒の人間関係研究に、民族誌的アプ ローチに川喜田の野外科学を加えてシステム的に捉える方法を導入した (斉藤、1994)。 フィールドの学校現場に研究者自らが入り、参加観察に重点を置き、 人間関係を文化として扱う。調査者は共に生活し、話し、観察し、教師 も保護者も生徒も同等に構成員として接する。加えて当研究はフィール ドにおける人間関係に一定の研究対象を限定しても、一定の仮説を設定 し検証することを目的とせず、共に問題を明確にし、現状を把握し、解 決の方向を模索していく。ここで研究者をカウンセラーに置き換え、学 校の構成員が同列に存在し、相互作用しながら、問題解決していくモデ ルが描かれる(Fig.3)。 民族誌的アプローチにより、心理的距離を好転させる条件および状況 を明確にする予備的知識を提供でき、その中での共感的理解、受容、ラ
ポールの存在、教師と生徒の人間関係の問題と教育的に優れた人間関係 の特質、形成過程、さらにそれらに影響を及ぼす要素が明確にされる。 問題の解決はその構造を明らかにすることによって可能となる。 斉藤はその研究において、フィールドにおける人間関係の追求の過程 を、おおよそ三つの段階に分割している。①そのフィールドを特徴づけ る「現在、地域、学校では何が問題か」という問題意識の把握。②前段 階の問題提起をもとに教師と生徒の人間関係について問題の現状と過程 を明確化(教師、生徒に対する面接調査)。③人間関係に関するあらゆる 事項についての問題の解決のための考察。 また研究の基本的留意点として以下3つを挙げている。①フィールド の構成員とのラポールの形成。②面接や参加観察によるデータは定性的 であるため、無意識の認識を引き出す配慮から、回答は質より量を重要 する。③内容は、他の第3者の研究者に点検してもらい、客観性を確保 する。 カウンセラーがこの過程全体を行った場合、ラポールと秘密保持がで きれば、教師への対意見でさえ教師側から管理強化の反発は防げる。ま た把握できる結果は、①調査地、学校の文化的特質、②教師と生徒の人 間関係に関するデータ、両教師と生徒の関係(教師のプロフィール、教 師の生徒一人ひとりへの意見、生徒からの各教師に対する意見および成 績、各教師の地域の生徒に対する全体的意見、その背景と考えられる教 育観、人生観等)である。以上によって人間関係を細部と全体から把握 できる可能性がある。 4−(3)教師と生徒の人間関係をシステム的に捉えた事例研究と 問題発見、解決の過程 次に以上のシステム的な人間関係の調査(斉藤i、1980)によるA教師 の事例を記述し、問題に対する学校カウンセラーと学校経営上の対応の 学校カウンセリングと経営一・連携への展望103 (158)
可能性を述べる。 事例) A教師、年齢50歳代、担当教科 国語、単身赴任 [1] 地域・学校の特質 A教師の勤務地は高校進学率50%にも満たない過疎地であり、教師8 名生徒総数60名各学年1クラスの小規模中学校である。生徒は概して人 なつこく、保護者も学校と教師に信頼を寄せている。文化的価値観の特 徴としては、進学への意識よりも教師と生徒、教師と保護者の信頼関係、 勉強するよりは家の手伝いをすることの方が重要である。学校では進学 指導よりはクラスマッチやキャンプなどさまざまな行事が重んじられて いる。生徒は放課後、職員室を来訪し、教師と触れ合っている。進学・ 偏差値が重要視される現在の日本の文化的状況とは異なる地域と言えよ う。 [2] A教師の生徒一人ひとりへの意見 一人ひとりの生徒について授業中の態度や個性を聞きたいという調査 依頼に対して、A教師は「わたしは生徒一人ひとりはわかりませんから」 と拒否の回答を得た。 [3] A教師の人生観・教育観 「若いころはカッとなったが、最近は生徒に対して厳しいことは言わ ない」と言い、学校内では同僚とほとんど会話することなく、一人黙々 と事務処理をしている。 [4] 生徒一人ひとりからA教師への意見 授業を先生が一人でやっている(A、B、 G男、 M子)。先生が好きで はない(B、C、1男P、 R子)。去年の先生はきびしい先生だったが、 今年は静かだ。この先生の授業は一番遊べる(D、E、 H、1男)。あま りにおとなしすぎる(K男)。教科書にとらわれすぎていておもしろみが ない。はっきり怒ってくれない。6カ月経っても名簿を見ながら指名し ている。A先生ほど生徒と接触しない先生はいない。存在感が薄い(K
男)。あの先生は一人で頑張っていない、何もやらない先生よりも何かを やってくれる先生がよい(N子)。注意してほしい(O子)。何回も教科 書を読ませて説明するだけなので、この時間はあまる。もっと生徒に考 えさせてほしい(Q子)。 [5]考察 このA教師の問題を概観すると、年配であり情熱を失い、自分のペー スで授業を行い、生徒が何をしようと関知せず、関わろうとしない。授 業を一人で行い、生徒はそれに対して「積極的に関わってほしい」「楽で いい」「遊べる」等の意見を持つ。問題は生徒の学習へのモラルの低下と 授業の無法状態であり、何が起きてもおかしくない状況である。 この学校の生徒は人なつこく、教師全体に信頼をよせておりおとなし い。また、1クラスの人数も少なく、統制しやすい状況にある。さらに 高校進学に急かされる心理的状況もなく、A教師に対してもストレスは あるものの少ないと推測される。もし、これが都会の進学志向(または 学力偏重)の追い詰められた文化状況では、教師も生徒も急かされ、さ まざまなストレスが発生し、いじめ、登校拒否、自殺等の問題が発生し かねない。その場面でA教師は無気力であり、問題に対処できるだろう か。現在、起こっているさまざまな教育問題の原因の1つは、A教師に 見るような、疲労感と無気力と言えまいか。 現在我が国の教師のストレスが多い状況(斉藤耕二、1987)を鑑みれ ば、教育現場に生徒とこのような関係を持つ教師が多数存在することは 容易に想像できる。残念ながらそれらは放置され、学校長の適切な指導・ 助言が発揮されているとは言いがたい。もし学校経営と学校カウンセリ ング上、A教師と生徒の関わり方を把握できれば、全人的な援助が可能 となる。学校長やカウンセラーはA教師と接し、教師以前の人生観に関 わる必要がある。また学校全体の方針として教師が子どもと深く関わる ことを打ち出し、A教師を他の教師全体でサポートする。つまり全体と 学勘ウンセリ・グと鰭瀕への鯉105(156)
個両面からの問題へのアプローチが可能となる。 教師と生徒の人間関係等の文化つまり「社会の成員としての人間が獲 得した態度と慣習の全体」の問題解決策として、ブラメルド(Brameld、 1961)は文化改造案を提案した。カウンセラーはこの論拠に依り、教師 と生徒の葛藤(ずれ)を必然的存在として受容するとともに、明確化の 働きかけを学校の構成員全員に対して行う。学校の構成者全員が人間関 係の文化における問題の構造状況を把握する(see−think)。 A教師に対し てなら、生徒はもっと先生に指導を求めている文化的事実をラポールを 形成した後に、伝えることが可能である。 カウンセラーは学校長、教師と生徒相互が自分自身と相手の行動、態 度、意識それらのバックグランドにある人生観や教育観も含めて相互理 解の促進を行う。つまりそれは情報を集約し、構造化し、明確化された 問題をもとに行う全人的な援助である。この事例においてはA教師と他 の教師、学校長や生徒との交流を活発にしていくことが可能となる。 その最終的な目標は、各員が関係の構造つまり文化を再構築し、支持 的な形に改善することである。本稿では以上を、教師(経営管理者も含 めた)と生徒の相互理解に基づく人間関係問題発見と解決の経過のモデ ルとして図に提示する(Fig.4)。 5 教師と生徒の人間関係問題発見、解決の過程のモデル化 本章では、教師と生徒の人間関係問題解決過程モデルの構築を試みる。 Fig.4によれば、第1段階は、カウンセラーが学校内で構成員に働きか けラポールの形成を行う。教師との接触の意味で職員室内に机が配置さ れる必要もある。当モデルでこの段階が最も重要であり、カウンセラー は多大な労力と時間を費やさねばならない。また学校長も互いの信頼関 係を作るための配慮が必要となる。自らが積極的にカウンセリングルー ムに出向き、自己開示を行うことや教師や生徒を受容する姿勢を示すご
とも意味がある。 第2段階は、教師と生徒の人間関係が作る文化を構造的に把握するた めの情報収集である。これは数量的調査方法または来談者の情報に頼ら ず、教師と生徒の人間関係を学校、学級等、全体と個人の関わりの問題 とするシステム的把握でなければならない。また各層の構成員と問題提 起、現状把握、本質追求という問題発見と解決の過程を経ることは、全 ての人々の立場が参画する意味で民主的であり、問題解決にも有効であ る。現状の学校システムに立脚した具体的な技術と言えよう。 第3段階は、すべての構成員に対する全人的な援助である。 第4段階において相互理解を基盤とし、自らが支持できる人間関係文 化の構築ができる。 以上の過程は、その中に①面接等の援助的機能、②調査的機能、③啓 蒙的機能のすべてが凝縮されており、学校カウンセラーの新しい在り方 と提起できよう。 教師と生徒の人間関係は国家・地域・学校・学年・学級等の文化によ って影響されうる(斉藤、1994)。これらの問題解決のプロセスは、従来 のPlan−Do−Check−Actionの管理サークルに対し、 See−Think−Plan−do サークルの導入、See−Thinkの段階で全ての立場が参画する日本型経営 管理を導入したものである。その意味で日本の風土で醸成され、社会的 にも技術的にも合理的であり有効と考えられる。
6 結論
現在、いじめ、登校拒否、自殺等が社会問題化し、カウンセラーがそ の解決の役割を担う以上、1校に1人のカウンセラーが配置され、その 勤務も週8時間というような非常勤ではなく、常に学校に駐在する常勤 でなければならない。 教師と生徒の人間関係の問題は、学校経営上も重点項目であり、カウ 学校カウンセリングと経営 連携への展望107(154)ンセラーも主体的に解決と質的向上に寄与する必要がある。逆に学校経 営とカウンセリングは、教師と生徒の人間関係の質的向上というような 学校の心理臨床的課題を共に解決する目標を共有する点で有機的に結び っくことが可能であろう。 学校における教師と生徒の人間関係は、教育上中核的な意味を有し、 現在の問題状況は深刻と言わざるを得ない。学校カウンセラーがその問 題解決を担うのであれば、当然学校経営もその存在を視野に入れて行わ ねばならない。学校長はその経営方針において、教師と生徒の人間関係 (文化)改善を挙げ、カウンセラーへの積極的な接触(校長自らが自己 開示をし、人間性を点検するような)を行う。またカウンセラーが他の 教員と接触できるような配慮も行う。さらに学校長や教師も積極的にカ ウンセラーに接し、ストレスを発散する場であるカウンセリングルーム を生徒に知らせる等の具体的施策も考えられる。 カウンセラーは学校をシステムと捉え、人間関係文化を互いの相互理 解に基づく支持的なものに改造するため、カウンセリングルームに閉じ 篭もらず、日常の接触によるラポールの形成を基盤とする調査と啓蒙を 行う。 もし学校経営とカウンセリング上、教師と生徒の関係を把握できれば、 全人的な援助が可能となる。学校長、教師や生徒と接し、立場以前の人 生観に関わる。また学校全体の方針に教師が子どもと深く関わることが 打ち出された上で、問題が発見でき構造が明らかになれば、当教師を他 の教師全体でサポートする等の施策も考えられる。つまり全体と個両面 からの問題へのアプローチが可能となる。 その職務上、カウンセラーは学校長の管轄化に置かれるべきではなく、 職制上対等でなければならない。カウンセラーにとって他の構成員は、 学校長、教師、生徒という立場を超えて対等な個人として接するべきで ある。また、単に生徒や教師の問題の援助的機能のみが期待され、例え
ば生徒、教師の健康上の問題を担う校医のような立場であれば学校の中 核的な問題である本稿で取り上げた教師と生徒の人間関係上の問題解決 機能は期待できない。学校経営を担う一員でなければならないのである。 以上、学校カウンセラーは職務上学校経営と有機的に結びつけば、現 在の教育課題解決に十分に寄与する可能性を有する。 【参考文献】 朝日新聞 19948月24日付朝刊公立校にカウンセラー一不登校の悩み、専 門家に一 朝日新聞論説 19945月21日付朝刊子供の心を知る先生がいたら Brameld, T.1961 Education for the emerging age−Newer Ends and Stronger Means. Harper&Brother, New York. Brophy, J. E & Good, T. L 1974 Teacher−Student Rerationships CAUSES and CONSE−QUENCES. Holt.(浜名外喜男他訳 1985教師と生 徒の人間関係一新しい教育指導の原点一 北大路書房) Mayo, E 1960 The Hulnan Problemes of an lndustrial Civilization,4th Edition. New York:Viking. 浜名陽子 1983 学校・学級に関する民族誌的研究一その系譜と意義一教育 学研究、50(2)、50−58. 茨木俊夫 1994 登校拒否を理解する児童心理、6月号、1−7.金子書房 稲垣恭子 1989 教師一生徒の相互行為と教室秩序の構成一生徒コードを てがかりとして一教育社会学研究、45、123−135. 稲垣恭子 1990 教育社会学における解釈的アプローチの新たな可能性一 教育的言説と権力の分析に向けて 教育社会学研究、47、66−157. 石隈利紀 199411月学校カウンセリングにおける4種類の援助サービス こころの科学、58、17−19. 日本評論社 Judah, R.&Keat, II. D. B.1977 Multimodel Assessment:The Class− room Ecology Schedule. ELEMENTARY SCHOOL GUIDANCE&COUN− SELING,97−105. 梶田叡一 1978 教育指導の基本視座 金子書房 Karabel, J.&Halsey, A. H.(eds.)1977 Power and Ideology in Educa− tion. New York:Oxford University Press.(潮木守一他編訳 1980教育と 社会変動(上・下)東京大学出版会) 学校カウンセリングと経営一連携への展望10g(152)
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生徒 学校 学校 、一一一〉校長 : ;(指導・助言) 1 , l l 情報 教師←一→生徒 ↑ 1 提示 情報 教師と 生徒の 関係 評価 t−一一一 Jウンセラー 調査 Fig.1教育相談(治療の場〉から の教師と生徒の人間関係調査 及びアセスメメントモデル図 Fig.2統計的・数量化的方法を用い た教師と生徒の人間関係調査 及びアセスントモデル図瓢 瓢
カウン←相互作用→校長セT\相互/▲
相互 作用 作用作用↓/ \↓
生徒く一一相互作用→教師瓢 瓢
学校 Fig.3 システム的教師と生徒の人間 関係調査及びアセスメントモ デル図(1)問題発見への働きかけの段階 (ラポール構築) 人間関係が作る文イ 指導 関係