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[資料紹介] 『出陣次第』 : 戦国時代の戦陣故実

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Academic year: 2021

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  戦国時代の戦陣故実

 

形状   縦二三・九 ㎝ 、横一六・五 ㎝ 、一九丁(原表紙含む)の袋綴の冊子で、 すべて裏打ちされており、原表紙の外に後補表紙がある。修補奥書によ れば、弘化三年(一八四六)に装潢されているので、現状はその時以来 のものと考えられる。   原 表 紙 に も 後 補 表 紙 に も 表 題 は な く、 「 出 陣 次 第 」 の 書 名 は、 修 補 奥 書 の「 右   出 陣 次 第 ・・・ 」 か ら 来 て い る と 思 わ れ る が、 す で に 通 用 し て おり、内容と大きく外れるものではないので、本稿でもこれを用いてい る。 成立と伝来   表紙下部には、戦国大名北条氏の一族で、玉縄城(現鎌倉市)城主で あった、北条氏繁(初名康成、天文五~天正六 〈 一五三六~一五七八 〉 ) の 花 押 が あ る。 ま た、 表 紙 見 返 し に は、 「 是 当 家 之 秘 傳 也、 人 ニ ミ せ 候 ハゞその ほ うのは (罰) ちに可成也、氏勝 (花押) 」という、氏繁の次男氏勝 (永 禄二~慶長一六 〈 一五五九~一六一一 〉 )による識語がある。 次 第 』 は、 戦 国 時 代 に 遡 る 武 家 故 実 書 の 原 本 と し て 貴 重 な 存 在 「田中穣氏旧蔵典籍古文書」中の一書として収蔵され、 )( ( 、全文の翻刻と詳細な検討はいまだ 議 す る 中 で、 共 同 研 究 員・ 展 示 プ ロ ジ ェ ク ト 委 員 で あ っ た 本 稿 の 執 筆 は、 書 誌 に つ い て は 小 島、 内 容 の 分 析 に つ い て は

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  内容が、軍陣での作法や行動について教えるものであることや、漢字 に振り仮名が付けられていることなどから見て )( ( 、氏繁がまだ若年の息子 に書き与えたものと見て間違いないだろう。   その年代については、表紙にある氏繁の花押が、永禄四年 (一五六一) まで使用されていたことが確認できるタイプのもので、永禄六年(一五 六三)には形状が異なっていること )( ( 、また本来の嫡子は長男の氏 うじきよ 舜であ り、天正八年(一五八〇)までその発給文書が確認されていることから、 氏繁が本書を与えた相手は、次男の氏勝ではなく、長男の氏舜であった と思われる。おそらく、氏舜が死去した後に家督を継いだ氏勝が、家の 秘伝を記した書としてこれを受け継ぎ、さらに次の世代に渡す際に、表 紙裏の識語を書いたのであろう。その相手は、氏勝の一五歳下の弟(氏 繁四男)で氏勝の養子となった繁広を想定すべきかと考えていたが、系 図類には見えないものの、氏勝には実子と思われる氏明がいたことが指 摘されているため )( ( 、氏勝が識語を書いて本書を授けたのは、氏明と考え るのが妥当のようである。   氏勝は、天正一八年(一五九〇)に小田原が落城した際、玉縄城に立 て籠もったが、徳川家康に降伏し、現佐倉市内にある岩富城一万石の城 主となった )( ( 。氏勝の死後、慶長一八年(一六一三)に岩富藩は廃藩とな り、養子として跡を継いだ北条氏重(保科正直四男)は、転封を繰り返 した後、万治元年(一六五八)に掛川藩主として死去し、嗣子なきため 改易となっている。   先 に 氏 勝 の 養 子 と な っ て い た 繁 広 は、 『 寛 政 重 修 諸 家 譜 』 に よ れ ば、 氏勝の死後、家臣堀内靫負某が氏重を立てるために江戸に行ったことを 聞いて自らも江戸に行き、急死したという。しかし繁広の子正房(初名 氏長。北条流軍学者として知られる)は旗本に取り立てられ、家が存続 した。   一 方、 修 補 奥 書 に よ れ ば、 弘 化 三 年( 一 八 四 六 ) に は、 「 壽 栄 」 な る 人物の下にあったことが知られるが、これは、地下官人であった澤村壽 栄 と 考 え ら れ る。 『 地 下 家 伝 』 に よ れ ば、 文 化 五 年( 一 八 〇 八 ) 生 ま れ、 弘化三年当時は三九歳で正五位上。嘉永五年(一八五二)に後の明治天 皇が生まれる際、その御用掛となり、日記は『明治天皇紀』に使われて いる )( ( 。   『 出 陣 次 第 』 が い つ 北 条 家 か ら 離 れ た か は 定 か で な い が、 氏 勝 が 識 語 を記してから以後、江戸期のある時点で外部に流出し、書籍を収集して いた澤村壽栄の手に渡って修補が加えられ、その死後であろうか、さら に澤村家から出たものを、同じ京都にいた田中教忠が収集したものと思 われる。伝来は単純でないが、しかしいずれにしても、本書が貴重な故 実書であることは常に認識されながら、その価値を知った人々の間で伝 えられてきたと言えよう。 項目   内容の詳細については次章で紹介するが、全体を概観するために、目 次的な形で全八八条の配列を示しておきたい。 〔 1 〕~〔 ((〕   出陣の際の作法 〔 (7〕~〔 ((〕   具足・武具の取り扱い 〔 ((〕~〔 ((〕   幡の取り扱い 〔 ((〕~〔 ((〕   軍陣神勧請・鬨の声 )7 ( 〔 ((〕~〔 (8〕   戦陣での文書の書き方 〔 (9〕       首の見せ方( 〔 (7〕と同内容) 〔 (0〕       勝ち鬨と首実検( 〔 7(〕と同内容) 〔 ((〕       城の塀と狭間 〔 ((〕       陣中三魔 〔 ((〕       武具の縫い方 〔 ((〕~〔 7(〕   首実検の作法

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〔 77〕       切腹させる時の酒の作法 〔 78〕~〔 8(〕   幕の作法 〔 87〕       弓懸を着ける時凍えぬこと 〔 88〕       弓の「むらこき」のこと   以上、多少の重複もあり、必ずしも十分整理された配列ではないが、 出陣、武具、幡、文書、首実検、陣幕など、まとまった内容がいくつか あり、その合間に、思い出したかのように個別の条項がいくつか挿入さ れている。   内容的には、 『今川大双子』 『宗五大草子』など他の故実書 )8 ( と類似した 内容のものもあり、その関係は適宜注釈に記したが、全体としては、殿 中での作法などに類するものは含まれておらず、地方の城主が実際の戦 陣でなすべき行いをまとめたものという性格がうかがえる。そのような 特質においても、本書は貴重なものと言えよう。 ( ()  小 島 「『 出 陣 次 第 』 ― 父 が 子 に 与 え た 大 将 の 作 法 マ ニ ュ ア ル ― 」『 歴 博 』 一 〇 四 号 、 二 〇 〇 一 年 。 こ れ に 先 立 ち 、 企 画 展 示 「 天 下 統 一 と 城 」( 二 〇 〇 〇 年 ) で 展 示 し 、 内 容 の 紹 介 を 試 み た 。       な お 、「 陣 」 の 文 字 は 、 原 本 の 本 文 で は 本 字 の 「 陳 」 を 用 い て お り 、 翻 刻 で は こ れ に 随 っ て い る 。 ( ()  振 り 仮 名 は 、 平 仮 名 の も の と 片 仮 名 の も の が あ る 。 平 仮 名 の も の は 多 く が 本 文 と 同 筆 か と 思 わ れ る が 、 片 仮 名 の も の は 、 細 い 線 で 書 か れ た も の な ど 、 本 文 と は 異 筆 の も の が 多 い と 思 わ れ る 。 た だ し 、 こ れ に も い く つ か の 異 筆 が あ る か も し れ な い 。 こ の 書 を 渡 さ れ た 人 間 が 、 口 伝 を 受 け て 書 き 込 ん だ 可 能 性 な ど 、 本 書 の 使 用 に 関 わ る 問 題 が 反 映 さ れ て い る と 考 え ら れ よ う 。 ( ()  佐 藤 博 信 編 『 玉 縄 北 条 氏 関 係 資 料 集 』 千 葉 大 学 文 学 部 史 学 科 佐 藤 研 究 室 、 二 〇 一 〇 年 ( ()  佐 藤 編 前 掲 書 に は 、 文 禄 元 年 ( 一 五 九 二 ) の 発 給 文 書 が 掲 載 さ れ て い る 。 な お 、 北 条 氏 勝 に つ い て は 、『 大 日 本 史 料 』 慶 長 一 六 年 ( 一 六 一 一 ) 三 月 二 四 日 条 に 関 連 記 事 が あ る 。 ( ()  城 跡 は 佐 倉 市 岩 富 町 まち に 現 存 し 、 岩 富 城 主 時 代 の 遺 品 が 、 付 近 の 寶 金 剛 寺 に 残 さ れ て い る 。 小 島 「 北 条 氏 勝 の 寄 進 し た 袈 裟 ― 佐 倉 市 宝 金 剛 寺 所 蔵 七 条 ・ 横 被 の 銘 文 に つ い て ― 」 国 立 歴 史 民 俗 博 物 館 特 別 展 示 図 録 『[ 染 ] め と [ 織 り ] の 肖 像 』 二 〇 〇 八 年 ( ()   澤 村 壽 栄 に つ い て は 、 小 倉 滋 司 氏 よ り ご 教 示 を 得 た 。 ( 7)  大 和 三 位 宗 恕 家 乗 』( 本 館 蔵 ) に よ れ ば 、 鬨 の 声 は 軍 神 を 勧 請 し 、 ま た 送 る た め の も の で 、 む や み に あ げ て は な ら な い 、 と し て い る 。     一 時 ( 鬨 ) の 声 の 事        軍 神 勧 請 し た て ま つ る 音 を ハ 時 つ く る と 云 、 敵 陣 敵 軍 推 破 勝 軍 の 時 、 勧 請 神 を お く り た て ま つ る 音 を ハ 勝 時 と 名 つ く る 也 、 然 ハ か り そ め に も ミ た り に 時 か し ら を あ け さ る 也 、     軍 陣 神 勧 請 の 次 に 鬨 の 声 の 条 項 が あ る の は 、 こ の よ う な 意 識 の た め と 思 わ れ る 。 ( 8)   注 釈 で 引 用 し た 故 実 書 は 、『 群 書 類 従 』 な い し 『 続 群 書 類 従 』 の 武 家 部 に 所 収 。 註 (小島)

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『出陣次第』

の内容を検討して

  判断、実行にあたって、合理性や信仰、理念や哲学、倫理や慣習、経 験や道徳などを基準とする。それに呪 まじな いと占いを加えられる。これは東 西 南 北、 左 右、 上 下、 陰 陽 暦、 干 支、 七 九 曜、 四 季、 星 座、 そ し て 季 節・素材の五行などを判断基準とする )( ( 。その多くの経験・規範・信条は 社会の富をもたらす農耕の政策(雨、風の有無を卜問するなど)に起因 し、戦争などその他の範囲に及んでも、人間の「行い」に影響し、それ を指南する。古代・中世・近世・近代を経て、現代にいたるまで、各種 の信仰、知識、意識、智恵は人間に決意の力を与え、連帯感を強め、恐 怖や苦悩を克服させる。おのずからの戦死への覚悟、備えもあれば、敵 の怨霊に対する恐怖も無視できない。とりわけ「生」と「死」という根 本的なところでかかる指南は求められ、慰めが欲せられている。これは 飢饉と戦のもっとも著しい共通点であろう。この 「行い」 を中国では 「道」 というように、日本でも「神道」といい、神々の行いを指したのに対し て、人間にも身分や地位、性、年齢などによって、然るべき「行い」が 求 め ら れ、 「 諸 々 の 道 」 と 理 解 さ れ て き た )( ( 。 人 間 関 係 に お い て は、 祖 先 崇拝は儀礼(吉凶)を中心にするのが礼学であり、天や地、神や祇との 関係では各々の慣習を採用しながら礼と交じった多面的な道が伝授され てきた )( ( 。   現代中国の南海岸や台湾発祥の太平洋の島々に普及した文明の系統と、 中国の中央や北の各地の山や大河の文明(焼き畑の山々、麦の黄河、米 の揚子江)の伝統とが日本で合流した。しかもユーラシア遊牧の文化に おいては騎馬民俗の伝統(神話・言葉・慣習)も朝鮮半島や西日本に大 幅に流入している。そして、いわゆる先史的宗教(石器時代のシベリア 人、アイヌの祖先や縄文人に繋がる文明)もさらに旧い層をなす )( ( 。そし て六世紀ころシルク・ロードや黄海を渡ってきた仏教と複雑な習合を生 み出した。   上 述 の よ う に 多 岐 に わ た る 宗 教 的 原 点 を 背 景 に、 「 出 陣 次 第 」 は 身 分 的 に は 武 士( な か ん ず く 大 将 )、 状 況 的 に は 出 陣・ 陣 中・ 帰 陣 に お い て、 多 面 の「 行 い 」、 即 ち そ の 道 の ル ー ル を 案 内 し、 人 間 同 士 の 礼 を 説 き、 天地や神祇との調和を計り、戦いや死や屍に絡む各々の信念を伝えてい る )( ( 。   最後に「返々も秘事なり、粗忽に人に口伝すべからず」といっている ように「出陣次第」は ほ かならぬ伝授の史料である )( ( 。自発的に思い浮か んだ色彩が濃いので、編集は整然としていない。しかし、同じ条目が二 度記されている所には「あり」という加筆も目立ち、おそらくは当時か 後 の 人 に よ る 何 ら か の 整 理 意 識 を 示 唆 し て い る。 ( 又、 思 う に、 こ の 記 録は純粋な原本ではなく、伝承された切り紙を写本にした可能性が高い。 い く つ か の 訂 正 も 見 ら れ、 書 き 間 違 い や 誤 謬 も 少 な く な い。 ) 細 か い 所 では未詳や不明とする箇所はあるが、内容を大別すれば六部に分けられ ると思われる。 ( ()出陣・帰陣の飲食やその他の行為、 ( ()女性関係 の 項 目、 ( () 門 出、 陣 の 馬 や 具 足 及 び 武 具 や 道 具、 身 支 度 と 衣 類、 ( () 声 を 上 げ た り、 手 紙 を 書 い た り す る 陣 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 特 色、 ( ()城・塀・狭間の普請や陣屋の内で幕を打つこと、 ( ()敵の扱 い方、とりわけ首実検について述べる。以上六部である。これらに関し ては特に首実検について詳しい先行研究がある )7 ( 。   さ て、 少 し 具 体 的 に 見 る こ と に し よ う。 第 一 に 挙 げ ら れ る の は、 出 陣・帰陣の飲食やその他の行為についての条項である( 〔 (〕~〔 7〕、 〔 (0〕~〔 ((〕、 ((〕、 ((〕~〔 (8〕、 77〕) 儀 礼 に お い て 飲 食 は そ の 元であり、吉凶 (食事を祝うこと、食事を忌むこと) の根本である。 「昆 布一きれ刀ニテはやさず、耳もとらず」と、刃物で切ってはいけない、

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そして耳をとってはいけないという作法もある。それは動作や物の扱い による呪 まじな いを意味していると思われる。密教の 「三業」 や 「三密」 (身・ 口・ 意 ) と い う 中 の 一 つ、 身 しんみつ 密 に 近 い。 言 葉 の 呪 い、 つ ま り 真 言 宗 の 口 く み つ 密に当たる「昆布一切れ」とは「敵を一振りで切って、 (よろ)こぶ」 という意味である。その他の肴の語呂合わせも(勝ち栗、のし鮑・打ち 鮑 の「 勝 ち 」、 「 の す 」、 「 う つ 」) 外 な ら ぬ 死 に 対 す る 除 け、 生 き 残 り の 念 を 狙 う 呪 い に 過 ぎ な い。 そ の 数 の 意 味 も 同 様。 鮑 の 五 本 は「 御 本 意 」 を達することを意味しているように。これは語呂合わせの口密と同時に 「 祈 念 」 の 意 密 と も 似 通 う の で あ る。 戦 時 中 の 出 陣( 帰 ら ぬ カ ミ カ ゼ の 若 者 の 持 ち 上 げ る 盃 )、 現 在 の 議 員 立 候 補 者 や 選 手 団 の 文 字 通 り の 出 陣 式若しくは酒樽の鏡割りの場面、結婚式の三々九度の作法、御節料理の 語呂合わせ、茶の湯などの諸種の「行い」に通じ、その呪い的名残りや 馴染みが認められる。特に酒をのみ、酌を取る場でも盃や堤子の手順や 左右の働き、膝や手を付く事・足を踏む事・門出・の順序や方向は重要 で あ る。 酒 は 零 こぼ さ な い こ と が 基 本 で、 盃 は 上 げ も せ ず、 引 き も し な い 〔 (〕。酌取は大将前では右足を踏むところ、まっぴら(真平)に向かわ ず、隅かけて(すこし横から)とる。左足を開くか開かないか、別の作 法 も あ っ た よ う で あ る〔 7〕。 首 実 検 の 時 も 酒 を 飲 み、 酒 を 首 に か け る 作法があり、のちに触れることにしよう。侍の身分なら、切腹の前に酒 を飲ませることも許された。鉋掛折敷の縁を取って肴の切れ目を前に据 え、 天 目 台 を ひ っ く り 返 し て( 逆 さ ま に し て )、 盃( 土 かわらけ 器 ) を 載 せ て 一 人 で 飲 ま せ た と い う〔 77〕。 出 陣 の 際 に 忌 む べ き こ と に 出 会 っ た 場 合 は いったん帰って、火をつけて、酒や茶を湧かして飲み、穢れを祓う (「一 日 を は ず し か え す 」 と は こ の 意 味 で あ ろ う )〔 ((〕) ち な み に、 出 陣 に は前夜の火を使わない〔 (0〕。   二 つ 目 に 女 性 関 係 の 項 目 を 挙 げ ら れ る( 〔 8〕、 ((〕~〔 ((〕、 ((〕 ~〔 ((〕)。たとえば大将は精進潔斎の一貫として出陣の時に三日女性と ( 夫 妻 と い っ て も ) 相 宿 で は 泊 ま ら な い。 行 合 う 場 合 は 女 性 の 額 に 鞭 で 「 安 」 の 字 に 準 え て 点 を う っ た り、 舟 中 に 女 が 一 人 乗 合 っ た 場 合 は 弓 の 末 うらはず 筈で 「女」 と書いたりするということも、穢れないことや浄め (除厄) の呪いを意味していると思われる。同様に妊娠中の女性に武具は縫わせ ない、産後三十三日までの女は武具に触れては行けない。また、大将は 女 性 の 後 を「 見 す る 」=「 御 覧 に な る 」 こ と を 憚 る と い う〔 ((〕。 こ こ では「勢いをもつ」と「見する」の主語は大将で、文意はその通りだが、 他の故実書と考証してみれば、むしろ「女に大将姿の後を見られること なし」という、伝承の原意があったのであろう。ひいては、伝授史料の 性 格 通 り、 言 葉 の ズ レ や、 伝 承 の 変 化 若 し く は 誤 謬 や、 聞 き 取 り や 記 録・書き写し・抄出の間違いが生じた有り様を垣間見せる箇所の一つで ある。   三つ目としては門出、陣の馬や具足及び武具や道具、身支度と衣類に 関する項目が挙げられる (〔 9〕、〔 ((〕 ~ 〔 ((〕、〔 ((〕 ~ 〔 ((〕、〔 ((〕、〔 7(〕) 門出の時、大将は中門でも大門でも通過する時、塞(=境)の下に包丁 刀の刃を外向きにして埋めたものを越す習慣があり、又、四季によって 埋めた物の素材が五行説に従って変わり得たらしい。春は木(または周 知の五行説では青や東) 、夏は火(または赤や南) 、秋は金(または白や 西 )、 冬 は 水( ま た は 黒 や 北 ) に 通 じ、 土 用 は 土( そ れ ぞ れ の 中 央 の 黄 い色)に通じるからである。   大将は一歩先に四面をよく見る事。ただし、うしろの方は一町 ほ ど進 む間は顧みない。門出は心中に只今敵を見るかの勢いで行う。敵への覚 悟の念は意密に近い。大将の馬を馬屋で祝い、引き出すことなどはしな い( 〔 ((〕)。馬の髪も捲かない( 〔 ((〕)。ブチ(斑)の馬には大将は乗ら な い( 〔 (8〕) 馬 を 引 き 出 し て 身 震 い し た ら、 具 足 の 上 帯 を 締 め 直 し、

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ま た 馬 を 押 し ま わ し て、 腹 は る び 帯 を 締 め な お す( 〔 ((〕) 手 綱 は 指 先 に 縒 る 〔 (7〕。出陣の前には引 ひ っ た て き立てをするが、日の干 (兄) 、日の支 (弟) によっ て中門の側が異なる。前者は左、後者は右に引き立てる。中門に面して 馬の頭は北に向く際、戊亥(北西)若しくは癸巳~戊申の日は丑寅(北 東)へ引き立てる。即ちまっぴらには向かないことが理。出陣で貴人前 に乗馬して通れば、弓の末筈を下げて持ち、鞍笠へ乗りかかって礼(お 辞儀)をする。扇は左の脇板に差し入れて持つ。帰陣の時は逆で、右の 脇 板 に 差 し 入 れ て 持 つ。 勝 っ た 時 の 鬨 の 声 に 扇 を 開 い て 左 の 手 で 使 う。 箸は食べた先を上へ突き出して納める。 具足を着たままで包丁を使う (調 理する)際、右の小手を脱いで切る。主の具足を着用すれば太刀は鎧の 胴 の 下 に あ る 弓 ゆ ん で 手 の 草 くさずり 摺 か ら 一 間 を お い て さ す〔 ((〕。 ((〕 の「 射 数 」 は不明だが、弓をさす言葉かも知れない。その道具は左の手に持つとい う。 ま た、 冬 期 は 弓 ゆ が け 懸 で 手 が 冷 え、 「 凍 え ぬ 」 為 に は 雪 で 手 を よ く 洗 う と い う コ ツ( 〔 87〕) が 伝 授 さ れ る。 弓 に 関 す る も う 一 つ の 条 項( 〔 88〕) では弓の準備について説明する。弓は普通赤漆で塗る。外側(外 と だ け 竹)の 内 を よ く 末 うらはず 筈 よ り 本 もとはず 筈 ま で 上 か ら 下 へ 塗 り を「 こ く 」( 擦 り 削 る と い う 意か) 。 (.   内 うちかど 角(内にむく面か)を末筈から一尺五寸ぐらい下の所を一尺 ほ ど削る。 (.   握りの上から下へ一尺 ほ ど削る。 (.   弓の外ニなる方の木を少小竹へ懸けて末筈から一二寸ぐらい下げ た所一尺二寸 ほ ど下へ削る。 (.   握りの上から一尺餘 ほ ど削る。 (.   握りの下、本筈の上二寸強の所一尺餘 ほ ど削る。 (.   都合五所、いずれも木を「やりちがえて」 (たがいちがいにして) 削る。   〔 ((〕~〔 ((〕は幡の竿や花繰り(鼻繰り?)の真生糸(巻き糸?) ・ 取り方の方向に関する一連の項目で、占い、呪い、方違え、呪文などを 含む。たとえば幡竿は原則的にその年の方(午年ならば南の方、酉年な らば西の方)から取ってはいけない( 〔 ((〕)。これは陰陽道では「黄幡」 といって、八将の一つとして軍陣の守護神とされる神で、その年の方に 座するからである。その方角に向けて弓始めの弓を射て吉とされたが、 その方角からは「取るべからず」となっていた。北からも取ってはいけ なかった。そして、敵が東に現れれば、西の方より取るという( 〔 ((〕) しかも、手を付ける時はあたかも大鷹(おそらく雌の鷹という意)を留 めるかのように取る。そして「テンジョウテンゲユイガドクソンホクン ソ ワ カ 」 の 呪 文 を 三 度 唱 え る。 「 ホ ク ン 」 と は 伝 承 の 誤 謬 で、 も と も と は「ホ[ン]ゾン」の意であろう(天上天下唯我独尊[本尊]蘇婆訶) 。 兄 (へ) の日は右足を順に、弟 (と) の日は左足を先踏みに出して 「逆」 に廻る。幡を持ち出す時は、竿の先を前にし、陣屋などの中に入る際に は竿の元を先にして入れる。幡差しの左の方に持つ。   衣 類 に 関 し て は 出 陣 の 姿 を 次 ぎ の よ う に 描 く。 下 に 四 幅 袴( 四 よ の ば か ま 布 袴 )、 上に肩 かたぎぬ 衣、その上に上 うわおび 帯をする。貴人の前で袴の股 ももだち 立を取って着る。袴 や 肩 衣 に 生 すずし の 白 しろうら 裏・ 浅 あ さ ぎ う ら 黄 裏 な ど 主 の 好 み 次 第 に 付 け る( 〔 (7〕) 上 帯 の 結び目は両方ながら端をつめて切る。打死して二度解くことはない覚悟 で あ る( 〔 (8〕) 出 陣 時 は 左 の 方 を 上 へ、 帰 陣 時 は 右 の 方 を 上 へ な し て 締 め る。 小 手 も 臑 すねあて 宛 も 同 様。 身 の 支 度 に 関 す る 項 目 は ほ か に も あ る (〔 9〕) 細 か い と こ ろ は 分 か ら な い が、 髪 結 い 方 に は「 軍 ぐ ん だ り 茶 利 の 半 印 」 があり、指で櫛をとる方法や櫛の当て方や数などを説く。   武 具 の 縫 い 方 に は 四 種 あ っ た。 「 凧 縫 い 」 と は 二 通 り ぬ い( 帷 な ど ) をいう。 「ふせ縫い」とは合せて二通りぬいをいう。 「つぶつぶ縫い」と は 平 生( 普 通 ) の 物 を 縫 う 様 で あ る。 「 三 針 さ し 」 と は 袴 の 裾 の 紐( く くり縫い)のような縫い方である。

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  第四にコミュニケーションについての項目が挙げられる( 〔 (8〕、 ((〕 ~〔 (8〕、 (0〕、 ((〕、 ((〕~〔 ((〕、 ((〕~〔 ((〕、 7(〕、 8(〕)。軍 神 を 勧 請 を す る 時 は 北 東( 丑 寅 ) の 方 に 向 か う( 〔 ((〕) 鬨 の 声 の 向 け か た に 関 し て は 月 の 上 旬 な ら、 天 へ、 下 旬 な ら 地 へ 向 け る( 〔 ((〕) 又、 後述のように、首実検の場では勝 かちどき 鬨の声という作法があった。三度鬨の 声をつくることを勝ち鬨の声という (〔 (0〕 = 〔 7(〕、「一」 の上に 「あり」 という加筆が整理意図を示唆している) 。また、敵首を見て「天地天門」 と、身方の首を見る時は「生 しやうじをおんできそくぢかいめつ 死怨敵即時皆滅」の呪文をそれぞれ三度唱 える。自然や社会の環境にあらわれる現象も記号的に認識された。例え ば 陣 中 に 奇 妙 な 響 き と し て 三 魔 が あ り、 即 ち 烏 の 鳴 く こ と( 天 狐 )、 狐 の 鳴 く こ と( 地 狐 ) や、 檀 茶 羅( 「 茶 」 の 字 は 誤 謬 で、 檀 波 羅 密= 布 施 を す る 者、 こ こ で は 遊 女 の 意 か 遊 女 の な く こ と ま で ) を さ す( 〔 ((〕) こ れ ら の 声 が す れ ば、 占 い の よ う に、 「 在 陣 は 久 し く な い 」 と い う 兆 し とされた。   陣においての書状は在陣・不在陣を峻別している( 〔 ((〕) (.   宛 先 の 名 字( 氏 ) を 端 に 書 く。 つ ま り 奥 で は な く、 「 進 ま せ 」 て 右端に書く。 (.   差し出し人の名乗り(名)や判も同様。 (.   差し出し人は陣屋に居ないで、宛先は陣屋に居る場合=宛名こそ 進ませて端に書いて、差出人は我名 (氏や名に判) を常のように (日 の下に)記す。 (.   差し出し人は陣屋に居て、宛先は陣屋に居ない場合=宛名を常の 如く奥に、差出人は我名(氏・名・判)をこそ端に進ませて記す。   書 状 で は 人 の 名 も 我 が 名 も 書 き 切 ら な い( こ れ は 不 吉 で あ る )。 ま た、 折 紙 は、 中 の 方 を 少 し 出 し て 折 る が、 「 打 だ し た 」 と い う 意 味( 口 密 の 呪い) になる (〔 ((〕)。手負の注文を記す順は、 (.   切り傷、 (.   打ち傷、 (.   突き傷、 (.   射傷の順にする。手負の注文には竪紙の端に「手負の 注文」と書いて、討死があれば、手負の中には「附」の文字を書いて、 下 に「 討 死 」 と 記 す。 「 討 死 」 を 書 か な い な ら ば「 附 」 も 不 要 に な る。 討たれた人は上位であれば上位の程奥に書く。手負注文は三段までにし、 四段には書かない。 (〔 (8〕)。同じく礼によって、首の札には上中下の様 式が伝わる。上は真字(楷書) 、中は行書、下は仮名で書く( 〔 ((〕)。敵 の首注文の場合、竪紙の端に国在所・年号・日付けを書いて、首の人の 名字官途を書いて、さらに討捕った人の名字官途を大きく記す( 〔 ((〕)   ちなみに人を陣屋へ呼び入れる時には幕の絵を指して呼ぶ〔 8(〕。   第 五 に 城・ 塀・ 狭 間 の 普 請 や 陣 屋 の 内 で 幕 を 打 つ こ と を 取 り 上 げ る。 丸 竹 の 横 立・ 数 な ど を 伝 授 す る( 〔 ((〕) 狭 間( は ざ ま・ さ ま ) の 長 さ は 二 尺 五 寸 横 七 寸 で あ っ た。 作 り 方 に つ い て は、 「 九 字 」 に す る に は 丸 竹を四本縦に、五本を横に結う。 「四竪五横にもなるなり」 という文は 「竪 五横四にも」の誤りで、逆でも可能であるという意味である。或いは隅 違え(筋交い)に結うと「十字」になる。   〔 78〕~〔 8(〕 は 幕 に つ い て 述 べ る。 幕 を 打 つ と い う 言 い 方 は 出 陣 な ど の 時、 張 る と い う 表 現 も 平 生 は 使 う。 舟 の 場 合「 走 し ら か す 」( ひ き めぐらす)ともいい、帰陣の際は引くといった。幕を納める時、末の端 を 真 直 ぐ( 「 一 文 字 に 」) 通 さ ず、 内 へ 折 り 廻 す( 〔 8(〕) 幕 を 打 ち 始 め、 その一番の端を「大将の物見」という。その処からは只の人達は見回っ てはいけない( 〔 78〕)。新しい幕は丑寅の方より打ち始める( 〔 79〕)。亡 くなった人の方向のことから、或いはトラが北風のように命を奪うこと か ら、 こ こ は 最 初 に 守 備 す る と い う 意 味 合 が 絡 ん で い る か も 知 れ な い。 幕を二張重ねて打つ時は後に打つ物を上にする (〔 8(〕)。幕に出入する時、 「芝打」 (裾)を取って自分の方へ引きかけて入り、昼は「日の物見」の 下、夜は 「月見」 の下より出入する (〔 8(〕)。我が場所に入らせる時、 「紋 の な い 所 」 か ら 出 入 る( 〔 8(〕) 尚、 二 帖 を 一 張 幕 と い う。 一 帖 は 片 幕

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若 し く は 半 幕 と い う( 〔 8(〕) 。「 小 紋 」 の 幕 は 端 に、 「 藍 の 幕 」 は 二 番 に 打つ。我が家の紋の幕は陣屋の内に打つ。昔は大将は二重にした。小紋 の 幕 に は 家 紋 を 付 け な い。 「 藍 の 幕 」 は 無 文 の 浅 葱( う す 青 ) で、 夜 の 幕である( 〔 8(〕)   第 六 に 挙 げ た い の は 敵 の 扱 い 方 に つ い て で あ る( 〔 ((〕、 (9= (7〕~ 〔 (0〕、 ((〕~〔 ((〕、 (7〕~〔 70〕、 7(〕~〔 7(〕) 主 だ っ た 項 目 は 首実検である。筆者の意見では現代のある種の殺傷事件などの犯罪手法 もこの風習の伝承に関わる病理によると思われる。敵の具足を獲得して 大 将 に 見 せ る 時 に は 逆 板 の 総 角( 揚 巻 ) の 方 を 見 せ る( 〔 ((〕) 戦 場 で 首を(大将に)見せる時、髻を左手で取って、右手で少し面を隠して/ 返して(?〔 (9〕・ (7〕)、そして逆/逕(?)に帰る(伝授の未整理と い う 性 質 か ら〔 (9〕 及 び〔 (7〕 は ほ ぼ 同 じ 文 章 だ が、 一 の 上 の「 あ り 」 は当時か後世の編集的意図を示唆) 。首を見せた後は (主の) 「御前の道」 を一尺二寸 ほ ど除ける。首実検には〔 (7〕以降及び〔 7(〕以降が詳しい。   首の切口をまず切り揃えて洗うが、自分の方に首面(顔)が向かない ようにする( 〔 (8〕)。首は裾から洗いだして、上へ進む( 〔 (9〕)。洗いの 後は「拵え」といい、髪をよく結い、後へ折り分けて結うのである。元 結 は 袱 紗 紙 の 紙 縒 を 中 で 結 び 付 け て、 両 方 の 端 を 詰 め て 切 る( 〔 (0〕) 首の付札の木は広さ八寸 ほ どの椹 さわら を正目に作る。賞翫(尊重する)人の も の は 板 目 に す る。 賞 翫 の 人 の も の は 杉 板 に も す る( 〔 7(〕) 札 の 寸 法 は )8 ( 、長さは四寸 ほ どで、穴を錐で揉んであけるか(板の両側に)刻み目 をつけるかして、紙縒で首を付ける( 〔 7(〕)。〔 7(〕では右の小鬢かもと ど り に 付 け る、 〔 7(〕 で は 左 の 髻 に も 付 け る と し て い る。 そ の 首 を 据 え る 板 の 広 さ は 八 寸( 〔 ((〕) 首 を 懸 け る 枷 かし の 結 い 方 は、 縄 で 一 重 に 結 び、 「縄結い」にする。これを「裏結び」といい、結び目を表にする。   首を見せる時は折敷に据える。その場合は折敷の切り目の方を首前に、 畳紙を敷いて、首を据えて、首の前をさきにして、左右の指を両方の耳 に 入 れ て 持 ち 寄 り 畏 ま っ て 見 せ る。 ( 大 将 が ) 南 に 向 い て、 首 は 西 の 少 し 戊 亥( 北 西 ) へ 向 け て 見 せ る( 〔 ((〕) そ れ は 北 や 北 東( 丑 寅 ) を 忌 む意味であろう。首を見せる時も枷に掛ける時も(怨霊が蘇ってくると 信 じ ら れ て い た ) 丑 寅 を 忌 む。 丑 寅 は「 生 しょうかつ 活 」、 即 ち 敵 再 生 の 意 味 を 持 つからである。首実検の場で酒を飲むことは儀礼ではあるが、筆者の意 見ではそれは酔いをもって凌ぐという本来の機能も依然として果たして い た。 首 実 検 の 時 に 酒 を 飲 む 場 合 は 実 検 の 前 に 幕 の 中 で 飲 む( 〔 (7〕) 酌 取 り は 両 方 の 膝 を つ い て 酒 を 持 っ て 来 て、 一 足 さ が っ て 右 か ら 注 ぐ。 二 度 目 に 注 ぎ 加 え た 後 は 酒 を そ の ま ま 置 い て 戻 る( 〔 ((〕) 実 検 の 時 酒 を供えることがある。公家などの場合盃を一度に限って供饗に据えて供 える。そっと零す人もある。目下の首へは魚道(流れ模様のこと、飲み 残 し の 意 ) を か け る 人 も い る。 銚 ちょうじひしゃ (さ) げ 子 提 子 は 前 の 外 の 実 検 の 間 の 通 り に 置 く。 実 検 後 大 将 は 衣 装 を 脱 ぎ か え な け れ ば な ら な い( 〔 (8〕) 小 具 足 にて太刀を「切刃に」持つ姿勢で、太刀を少し抜きかけて、鍔刀か柄か に手をかけて見る。前の人の手を人の肩に懸けて、肩越しに左の目尻で 見 る( 〔 (9〕) こ れ は 首 実 検 の 油 断 を 狙 っ た 敵 が 首 を 奪 い 返 す 戦 略 に 対 する守備や、それに起因する儀礼でもあれば )9 ( 、怨霊や首の霊威への恐怖 をも意味している。   軍 に 勝 っ て 首 実 検 を す る 時 に、 勝 鬨 を 三 度 つ く る( 〔 (0〕、 7(〕) 敵 の首注文などについての決まりは上述した通り( 〔 ((〕~〔 ((〕、 7(〕) あとで敵の首を送る時は桶の上を絹か布で結う。桶の長さは一尺二寸で 蓋は四方蓋。首の面を桶の綴じ目の方へ、付け札の切り目を面(顔)に 据えるようである。   以上、手紙の宛て方や弓の支度、首実検などの礼儀や儀礼の知識が伝 え ら れ て い る 一 方、 儀 礼 を 超 え た 根 本 的 な 具 体 知 識 は 話 題 に な ら な い。 出陣作法に含まれない要素として端的に落とされるものは即ち傷の手当

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( ()  方 違 え の 基 本 に つ い て は フ ラ ン ク 書 や 五 行 の 起 源 に つ い て は 中 嶋 書 を 参 照 。 Bernard Frank, "Kata–imi et Kata–tagae :étude sur les Interdits de direction à lépoqueHeian",BulletindelaMaisonfranco–japonaise ( 日 佛 會 館 學 報 ) ; nouv. sér., t.( ,no. ( –(, Maison franco–japonaise / Nichifutsu Kaikan 日 仏 会 館 ( 9(8. 又 は Collège de France, Institut des hautes études Japonaises ( 998  ( Bibliothèque de l'Institut des hautes études japonaises )。 顧 頡 剛 『 漢 代 学 術 史 略 』 北 京 : 東 方 出 版 社 、 一 九 九 六 年 。 赤 塚 忠 「 中 国 古 代 に お け る 風 の 信 仰 と 五 行 」 『 二 松 学 舎 大 学 論 集 』( 創 立 周 年 記 念 、 中 国 文 学 編 ) 一 九 七 七 年 。 中 嶋 洋 典 『 五 色 と 五 行 ― 古 代 中 国 点 描 』( ぼ ん ブ ッ ク ス 一 四 )、 世 界 聖 典 刊 行 協 会 、 一 九 八 六 年 。 ( ()  そ の 観 点 か ら 侍 の 「 道 」 に つ い て は 佐 伯 真 一 著 書 ・ 論 を 参 照 さ れ た い (『 戦 場 の 精 神 史 ― 武 士 道 と い う 幻 影 』 日 本 放 送 出 版 協 会 、 二 〇 〇 四 年 、「 『 兵 の 道 』・ 『 弓 箭 の 道 』 考 」『 中 世 軍 記 の 展 望 台 』( 研 究 叢 書  三 五 四 号 ) 和 泉 書 院 、 二 〇 〇 六 年 、 三 三 ~ 四 七 頁 。 ( ()  礼 学 の 原 点 や 根 本 問 題 は 加 藤 書 や 小 島 毅 の 研 究 参 照 。 加 藤 常 賢 『 禮 の 起 原 と 其 發 達 』 中 文 館 書 店 。 一 九 四 三 年 及 び 小 島 毅 『 中 国 近 世 に お け る 礼 の 言 説 』 東 京 大 学 出 版 会 、 一 九 九 六 年 。 ( ()  Nelly Naumann, Das Umwandeln des Himmelspfeilers: ein japanischer  Mythos und seine kulturhistorische Einordnung  ( Asian folklore studies:  monograph; vol. ( ) ,Society for Asian Folklore ( 97( 。 ネ リ ー ・ ナ ウ マ ン 著 ( 桧 枝 陽 一 郎 、 田 尻 真 理 子 訳 )『 哭 き い さ ち る 神 = ス サ ノ オ ― 生 と 死 の 日 本 神 話 像 ― ネ リ ー ・ ナ ウ マ ン 論 文 集 』、 言 叢 社 、 一 九 八 九 年 。 ( ()  既 往 の 紹 介 と し て は 小 島 道 裕 「『 出 陣 次 第 ― 父 が 子 に 与 え た 大 将 の 作 法 マ ニ ュ ア ル ― 』『 歴 博 』 一 〇 四 号 、 二 〇 〇 一 年 、 一 六 ~ 一 九 頁 、 が あ る 。 ( ()  伝 授 の 性 質 に つ い て は 小 論 も 参 照 (「 日 本 文 化 に お け る 伝 播 の 特 質 ― The Culture of Secrecy in Japanese Religion を め ぐ っ て 」『 比 較 日 本 文 化 研 究 』 一 一 号 ( 二 〇 〇 七 年 一 二 月 )、 一 三 二 ~ 一 四 三 頁 )。 ( 7)  笹 間 良 彦 「 敵 首 の 扱 い 」 同 著 『 武 家 戦 陣 資 料 事 典 』 第 一 書 房 、 一 九 九 二 年 、 註 五 三 六 ~ 六 三 〇 頁 。 小 島 論 文 も 参 照 。 ( 8)  寸 法 は 家 伝 に よ っ て ま ち ま ち で あ っ た 。 笹 間 論 文 参 照 。 ( 9)   笹 間 論 文 参 照 。 ( (0)  笹 間 論 文 が 挙 げ て い る 事 項 の す べ て が 本 書 に 含 ま れ て い る わ け で は な い 。「 拵 え 」 の よ う な 、 婦 女 の 首 化 粧 に 関 係 す る 仕 事 、 敵 方 に よ る 首 の 奪 い 返 し の 危 険 や 、 平 首 を 捨 て る 習 い 、 味 方 の 獲 得 し た 首 を 奪 う こ と 、 首 供 養 や 供 養 塚 ・ 首 塚 の 風 習 、 拾 い 首 の 予 防 策 ( 敵 首 の 鼻 を 切 り 取 る こ と 、 そ れ を 女 首 と も い う ) な ど で あ る 。 てや療法、遺体の処理や火葬・埋葬、作戦や戦術 (各々の武器の使い方) についての情報で、出陣の次第には関係がないと見なされたようである。 また、首実検などの文脈であつかわれることがあっても、多くの故実書 のように断片的に報告しているに過ぎない )(( ( 。 (リュッターマン)

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【釈文】 凡例 ・改行は原本通りとし、句読点を適宜付した。 ・原本にある振り仮名は、そのまま記した。平仮名・片仮名の別も原 本通りである。 ・原本が仮名で表記してある場合、適宜ふさわしいと思われる漢字を 右に記した。 ・原本の仮名表記は、適宜現代の平仮名に改めたが、明らかに片仮名 に読めるものは片仮名にした。 ・原本で抹消されている文字は■で示した。 ・脱字の修正として後から挿入されている文字は、注記せずに地の文 に組み入れた。 ・注釈は巻末にまとめた。 (原表紙)        (花押=北条氏繁)    上 (原表紙見返し識語)   是当家之秘傳也、人 ニ ミせ候ハゝ、その   ほ うのは ( 罰 ) ちに可成也、   氏勝(花押) (紙背)   御ちのへ御ちのと ( (表) 〔 (〕   出陳之時肴 緗 之事 ( () (図中注記)   こ (昆布) ふ一きれ刀 ニテ はやさす )( ( 、み ( 耳 ) ゝもと (取) らす   か ( 搗 栗 ) ちくり       三 )( (   三肴前   打あ ( 鮑 ) わひ   打あわひ五本ハ、御本意をた ( 達 ) つするとの意也、   かちくりハ七九五とする也、七よ ( 曜 ) う九よ ( 曜 ) うなり、   こふ一きれハ、敵 テキ を一きれにき (切) るとの意なり )( ( 、 ( (裏) 一出陳之時のさ ( 肴 ) かな如此、一番に打あわひを五   本なから左の手をあをのけて、ひとつに手に取   て、先 ほ そき方をそとく (食) ひて、さてひろき方両   方をくひて置 ヲキ て、酒 サケ をのミて、そのさかつき   を左の方の下に置て、かちくりをそとくひ   て、又二番目のさ ( 盃 ) かつきにてのミて、一番のさか   つきに重而置て、さてこ (昆布) ふをそとくひて、三番   目のさかつきにてのミて、それをも重 カサネ て、三のさ ( (表)   かつきをひとつに重而、如本おしきの上に置也、 (異筆) 「その時心中 ニ 、う ( 打 勝 ) ちかちてよろこふと、き ( 祈 念 ) ねんする也」 〔 (〕   帰陳之時肴 緗 之事 (図中注記)

(11)

  こ (昆布) ふ   の ( 熨 斗 鮑 ) しあわひ         三   前   かちくり 一帰陳之時のさかなは如此、一番にかちくり、二番に   のしあわひ、三番にこふなり、是を三度にくひて、 ( (裏)   酒をのミて、心中に、かちて、のして、よろこふとき (祈   ね ) んするなり、さけの時の (飲) ミや ( 様 ) う、さかつきの置様、   同前なり、三さかつきハ、三なから三度にのみ候也、   さかつきを少左へか ( 傾 ) たふけ、酒を右へまハして、魚 道 )( (   をハ一番にをき候さかつきへす (捨) て候、其後をも其さかつ   きへすつるなり、帰陳之時ハかならす魚道をすつる   事なり、 〔 (〕 一是は具足着 キ 始 ハジメルニ 吉、出陳帰陳にも吉 ( (表) (図中注記)   か ( 鰹 ) つう ほ 五也   打あわひ          三   前   かちくり 〔 (〕 一出陳之時酒のむ事、さかつきをあ (上) けもせす引 ヒキ   もせす、の (飲) ます ( ず ば ) ハ、の ( 残 ) こりをすつるなり、さけをこ ほ さぬ   様 ニ のむなり、 〔 (〕 一出陳之時、 酌 シャク 取 トリ 人も、ひ ( 提 子 ) さけもつ■人も、酒を ( (裏)   こ ほ し候へハ、その酒大将のむへからす、 〔 (〕 一出陳之時、か ( 門 ) と出に酒のむ時ハ、手をもひ ( 膝 ) さをも   つくへからす、帰陳之時ハ順にかへるへし、 〔 7〕 一出陳之時 酌 シャク の取様、手をもひさをもつかすして、   三度目にく ( 加 ) わへ候時、左の足 アシ を一足左へひ   らきてくわへて、又 め (馬) 手の足をふミて取なり、   酌取大将にま ( 真 平 ) つひらにむかハす、少す ( 隅 掛 ) みかけて   取也、ひさけ持 モチ 候人も、手をもひさを (も脱ヵ) つかすして、 ( (表)   酌取の左の方へより候て、くわへ候なり、何も順に   まわるなり、又云、酌取足をひらかすして、そ   の儘 マゝ 身をもはたらかさすして取候人もあり、 〔 8〕 一出陳之時、大将三ケ日し ( 精 進 潔 斎 ) やうしんけつさいして、ふ ( 婦 妻 ) さいにも   不合、宿 ヤト にもと (泊) まらるへからす、 〔 9〕 一出陳の時 髪 カミ ゆ ( 結 ) ふ事、軍 グ ン タ リ ノ ハ ン イ ン 荼利の半印にて、   七五三にく ( 櫛 ) しをあて候也、くんたりの半印とハ、   髪を左の手の大指 ユビ と人さし指の爪をわる ( (裏)

(12)

  なり、又右の手の大指人さし指にてくしを取   事半印なり、其後ゆ (結) いは (果) てゝ先ひ ( 額 ) たいに七、さて   左に五、右に三くしをあてゝ置なり、 〔 (0〕 一出陳之時、よ ( 宵 ) ひの火を朝つ ( 不 使 ) かわす、 〔 ((〕 一出陳之時、凶 イム なる事あれは、帰りて火を打て、   茶にても酒にても、わかしてのミて可出、此ハ其日   一日の物にてあれハ、一日をはつしかへす )( ( なり、 〔 ((〕 一出陳之時、大将のい ( 出 ) てられ候中門にても、又大門 ( (表)   にてもあれ、さ ( 塞 ) いの下に包丁刀を、は (刃) を外へなして   う ( 埋 ) つミて越させ申なり )7 ( 、又云、四季により其時■ 玉     したる物を越させ申事もあり、春ハ木、夏ハ火、秋ハ   金、冬ハ水、土用ハ土を用るなり、 〔 ((〕 一出陳之時、大将一歩四面をミるなり、 〔 ((〕 一出陳之時、一町の内にて大 将 シヤウ あとを見る事あるへ   からす、 〔 ((〕 一出陳之時、大将の馬、む ( 厩 ) ま屋の内にてい ( 嘶 ) はへハく ( (裏)   るしからす、引出していはい、又ハ身ふ ( 震 ) るいする ( 8)   事ハい (忌) むなり、其時ハ主の具足の上帯 ヲビ をし (締)     めなをすへし、又馬をもおしまハして、は ( 腹 帯 ) るひをし   めなをすへし )9 ( 、 〔 ((〕 一出陳之時、馬のか ( 髪 ) ミま ( 捲 ) く事なし、 〔 (7〕 一出陳之時、馬の手 綱 ツナ よ (縒) る事、ゆ ( 指 ) ひのさきへよるへ   し、手綱 ツナ をさし候事も、く ( 轡 ) つわの外へ出してさす   へし、 ( (表) 〔 (8〕 一出陳之時、大将ふ ( 斑 ) ちなる馬にの (乗) らす )(( ( 、 〔 (9〕 一出陳之時、馬をひ ( 引 立 ) つたて候事、なにのへ (兄) の日ハ、中門   の左にひつたて候、なにのと (弟) の日、中門の右にひ   つ立候なり、中門のむき様 ニ より、馬のかしら北   になる時ハ、い ( 戊 亥 ) ぬヰにむく様 ニ すへし、又天一天   上 )(( ( の時ハ、丑 うしとら 寅へひつ立候なり、 〔 (0〕 一出陳之時、貴人見物あらハ、馬の上に持たる弓   のう ( 末 筈 ) らはすを少さ (下) けて、く ( 鞍 笠 ) らかさへのりかゝりて ( (裏)   礼をすへし、又貴人に行むかいて物申事あらハ、   弓をよこたへて弦を貴人の方へなして物を申   へし、弓をなをし候と申ハ此事なり、

(13)

〔 ((〕 一出陳之時、扇 アヲギ の持様、左のわ ( 脇 ) きのい ( 板 ) たへさし入て   持なり、帰陳之時ハ、右のわきの板へさし入て持也、 〔 ((〕 一出陳之時、女に行合候時は、女のひ ( 額 ) たいのと ( 通 ) をり   に、鞭 ブチ にて八て ( 点 ) んを打也 )(( ( 、 安 すなはち の 字になる心なり、 〔 ((〕 一出陳之時、舟中に女一人の (乗) りたるに同舟す ( 7表)   へからす、若のる事あらは、弓のう ( 末 ) ら筈にて女と言   字を書なり、然者二人のるとの心なり、 〔 ((〕 一出陳之時、大将女にうしろをミする事なし、門を   出る時ハ心中 ニ 只今敵 テキ をミる勢をもつへ   きなり )(( ( 、 〔 ((〕 一出陳之時、物をくいたる筋 ハし の 納 ヲサメ 様、くいたる方   を先へ出して納也、 〔 ((〕 一出陳之時、射数 )(( ( の持様、左の手に持なり、 ( 7裏) 〔 (7〕 一小具足出立の時、よ ( 四 幅 袴 ) のはかまを下にき (着) て、かた (肩衣) き   ぬを上に着 キ て、其上に上帯 ヲビ をする事、本 ほんしき 式なり、   かたきぬにも、よのはかまにも、す ( 生 絹 ) ゝしのう ( 裏 ) らを付る   なり、白うらにてもあ ( 浅 葱 裏 ) さきうらにても、主 ぬし のこのミ   たるへし、 〔 (8〕 一具足の上帯のしめ様にて、其日打死すへ   きをしる事、上帯のむ ( 結 び 目 ) すひめのき ( 際 ) わより、両方   なからは ( 端 ) しをつめて切なり、二度 (解) とくましき覚 カ ク ゴ 悟也、 ( 8表)   小手の法す ( 臑 当 ) ねあての法も同前也、 〔 (9〕 一具足 着 キル 時、上帯をし (締) むる事、出陳之時は左の   か ( 方 ) たを上へなしてしむるなり、帰陳之時は右を上へ   なしてしむる也、 〔 (0〕 一具足を貴人之前にて着時者、袴 はかま のも ( 股 立 ) ゝたちを   取て着る也、 〔 ((〕 一主の具足 着 キル 時は、弓手の草 クサ す ( 摺 ) り一間の   下に太刀をは (履) くなり、 ( 8裏) 〔 ((〕 一敵の具足を取て、大将に見せ申時は、あ ( 総 角 ) けまき   の方をミせ申候、 〔 ((〕 一小具して包丁する時は、右の小 (籠) 手を取て切る也、 〔 ((〕 ( 足脱 カ )

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一武 ブ グ 具の物、妊 くわいん 婦の女にぬ (縫) わせす、 〔 ((〕 一武具の物、産後卅三日過さる女に手をふ (触) れさせす、 〔 ((〕 一 幡 ハタさを 竿 取方の事、其年の方 )(( ( わ ( 黄 幡 ) うはん )(( ( の方   より取へからす、又北の方より取へからす、ひかしに敵 ■ (の)   あらは、西の方より取へし、 ( 9表) 〔 (7〕 一幡竿のは ( 鼻 繰 ) なくりのまき糸 イト ハ、■ (の) 左糸なるへし 〔 (8〕 一幡の手を付る時 受 (呪) 文   天上天下 唯 ユイ 我獨 ドクソン 尊 ほ くんそ (蘇婆訶) わか是を三度   となへて付也、 〔 (9〕 一幡の手付る様、鷹 タカ の大の カ をとむるこ ( 如 ) とくなるへし、 〔 (0〕 一幡さしの足ふミの事、なにのへ (兄) の日ハ、右の足を   先ふミ出して、順 じゅん にめくるへし、なにのと (弟) の日   ハ、左の足を先ふミ出して、逆 ギャク にめくるへし、 ( 9裏) 〔 ((〕 一幡の出入事、幡 ハタ を出す時ハ、幡竿のさきを   先へ出し候也、陳屋の内なとへ入候時は、其竿の本   より入候なり、幡 ハタ さしの左のかた ニ 持候也、 〔 ((〕 一身方の幡をハ敵 てき のしるしよりも高くさすへし、 〔 ((〕 一 軍 グン 陳神く ( 勧 請 ) わんしやう申候時は、丑 ウシトラ 寅の方へむかふ   へし、 〔 ((〕 一 (鬨) 時の聲 コヱ のと ( 時 ) きむかふ方の事、月の上旬 ニハ 天に   むかひてつくるなり、月の下旬 ニハ 地 ニ むかひてつくる也、 ( (0表) 〔 ((〕 一陳にての状 しやう の事、人の名字を書つけて、紙   のは ( 端 ) しへす ( 進 ) ゝませて書なり、な ( 名 乗 ) のりをも判 はん をも   すゝませ候也、又我ハ陳にもい (居) すして、陳屋 ニ いたる人   の方へ 遣 ツカワス 状 ヂヨウ にハ、人の方へ 当 (充) 所をハすゝませて、わ ( 我 ) かをハ   例 レイシキ 式の所に、名字をも名のりをも可書、又我ハ   陳 ニ ゐて、陳 ニも ゐぬ人の方へ遣状にてあらハ、人   の方への 当 (充) 所をハ、常 ツネノ の所に書て、我名字な   のり判 ハン をもすゝませて可書、 ( (0裏) 〔 ((〕 一陳にての書状に、人の名字 官 クワンド 途 又わ ( 我 ) かをも   書きる事なし、陳にての折 ヲリカミ 紙のかミの折様ハ、内   の方を少出して折 をる なり、打出たると書心なり、 〔 (7〕 一手負の注 チウ 文の事、一番にき ( 切 ) り疵、二番 ニ 打

(15)

  疵、三番 ニ つ ( 突 ) き疵、その次ニ射疵をしるすなり、 〔 (8〕 一手負の注文の事、た ( 竪 ) て紙には ( 端 作 ) しつくりに手   負の注文と書て、附■の字を書て、其下に   討死と書なり、討死ハ手負の中にも書なり、あかり ( ((表)   たる人をハお ( 奥 ) くに付る也、手負の注文ハ、三段   まては付るなり、四段 ニハ 付へからす、又打死をか (書) ゝ   ねハ、附をかゝす候、 〔 (9〕 一いくさ場 バ にてく ( 頸 ) ひを見せ申候時は、頸 くひ のも ( 髻 ) ととり   を左の手にて取て、右の手にて少お ( 面 ) もてをか ( 隠 ) くして   見せ申て逆 たしか ニ かへるなり )(( ( 、 〔 (0〕 一か ( 勝 鬨 ) ち時といふハ、かち軍して頸を実見のとき三度つくる也、 〔 ((〕 一城 チヤウ のへ ( 塀 ) いのさ (狭間) まの事、長 ナガ さ二尺五寸横ハ七寸也、 ( ((裏)   九字を用る事もあり、十字を用る事もあり、   其意心ハ、さ (狭間) まの在所のへ ( 塀 ) いの下地に、たてに   ま ( 丸 ) る竹を四本立て、横 ヨコ ふちを五とをりゆ (結) ヘハ九   字なり、又四竪五横にもなる也、さまの中 ニ 、竹を   たてにもす ( 隅 ) ミち ( 違 ) かゑ )(( ( ても、一本ゆへハ十字にも成也、 〔 ((〕 一陳中にて三魔 ま といふ事、天狐 こ 地狐 こ ニ 檀 たん 茶 ハら   羅 ミツ 如是也、天狐とは、か ( 烏 ) らす鳴 なき 、地狐とハきつ (狐   ね ) のなく事、檀 たん 茶 はら 羅 )(( ( とハ遊女の事なり、是を ( ((表)   有在陳ハ久しからす、 〔 ((〕 一武 ふ く 具之物ぬ (縫) い候時、た (凧   ) こぬいと ハ 、帷なとぬい候様 ニ 、二   と ( 通 ) をりぬい候なり、ふせぬいとハ、合て二とをりぬい候、つ (   ふ 粒 々 ) 〳〵ぬいとは、平生物をぬい候如くなり、三はりさし   とハ、は ( 袴 ) かまのく ( 括 ) ゝり )(( ( ぬい候様 ニ ぬふなり、  〔 ((〕 一頸をミせ申し候て帰る時ハ、前の道よりも一尺二寸の   けてかへり候也、 〔 ((〕 一敵く ( 頸 ) ひの注文の事、竪紙に端作に国在所 ( ((裏)   を書て、年号日付をして、くひの名字官 クワン     途 ド を書て、其名有討捕候人の名字官途をも大   に書也、お ( 奥 ) くハあ ( 上 ) かりたる敵の名字を書也、 〔 ((〕 一頸の札の書様、上中下あり、上をハ真 ま な 名に書、   中をハき ( 行 ) やうニ書、下をハか (仮名) なに書なり、 〔 (7〕 あり 一軍 イクサバ 場にてくひをミせ申候時は、頸のもとゝりを    左の手にて取て、右の手にて少おもてをかへ    してミせ申候て、逆 ニ 帰る也 )(( ( 、 カ

(16)

( ((表) 〔 (8〕 一頸をあ ( 洗 ) らい候時は、先切口をよくそ ( 揃 ) ろゑ候也、   そろへ候時、くひお ( 面 ) もてをわ ( 我 ) かま ( 前 ) ゑにむ ( 向 ) くる事なし、 〔 (9〕 一頸をあ ( 洗 ) らい候時は、す ( 裾 ) そよりあらいて、次第に上   へあらい候也、 〔 (0〕 一頸をこしらへ候ハ、あらいて前より髪 カミ を高くゆ (   ひ 結) て、後へ折 おり わけてゆふなり、も ( 元 結 ) とゆいハ、ふくさ   紙よ ( 縒 ) りを中にてむすひつけて、両方のは ( 端 ) しを   つめて切るなり、 ( ((裏) 〔 ((〕 一頸をす (据) へ候板 イタ の廣 ヒロ さ八寸なり、 〔 ((〕 一頸を見ての受 (呪) 文   天地天門是を三度唱候也、 〔 ((〕 一身方の頸を見ての受 (呪) 文   生 シヤウジヲンデキ 死 怨 敵   即 ソクヂカイメツ 時皆滅是を三度唱候也、 〔 ((〕 一頸を見せ申候時は、お ( 折 敷 ) しきの切目の方を、くひ前に   なして、た ( 畳 ) たう紙を敷て、頸をすへて、くひの   前をさきへなして、左右の指 ゆひ を両方の耳へ入て、   持寄 より て、畏てミせ申候なり、たとへハ、南むきなれハ、西 ( ((表)   むきに少い ( 戊 亥 ) ぬいへむけて見せ申なり、 〔 ((〕 一くひを見せ申候時も、又ハか (枷   ) しにかけ候時も、生活 )(( ( の   方へむくる事なし、生活の方とハ丑寅の事なり、 〔 ((〕 一頸を実検之時、酌の取様、左右のひ ( 膝 ) さをつきてま   いらせ、後へ一足し ( 退 ) さるへし、右の方よりく ( 加 ) わへ候なり、   二度目 ニ くわへて、其まゝ置へし、 〔 (7〕 一頸実検之時酒のむ事、実 ちつけん 検の前 ニ 、幕 まく の中   にてのむ也、 ( ((裏) 〔 (8〕 一実検之時酒を手 タ 向 ムクル 事あり、公 ク ゲ 家なとにハさ ( 盃 かつ   き をく ( 供 饗 ) きやう ニ すゑ候也、只一度なり、人によりて、くひ   の前 ニ そとこ ほ す事もあり、又下 て (手) のくひにハ魚道を   かくる事もあり、実検の時のて ( 銚 子 ) うしひ ( 提 子 ) しやけをハ、   前の外の実検の間のとをりに置 ヲク なり、大将の   い ( 衣 装 ) しやうハ、実検の已後ぬ (脱) きか (替) へられ候也、 〔 (9〕 一頸をミる人の出立の事、小具足して太刀   をき ( 切 刃 ) つは ニ 持て、少ぬ (抜) きかけて、前に人を置て ( ((表)   人のか ( 肩 越 ) たこしに左の目し ( 尻 ) りにて見るなり、又人 カ

(17)

  の肩 カタ に手を打かけても見る也、 〔 70〕 一大将の外に頸ミる人も、刀をき ( 切 刃 ) つはにして、少 スコシ     ぬきかけて、つは か (ね脱=鍔金ヵ) に 手 を かけて見るなり、 〔 7(〕 一左 扇 わうき の事、 ほ ねを皆 ミナ ひらきて、左の手にて   つかい候也、是ハか ( 勝 軍 ) ちいくさして、時 (鬨) 之こ ( 声 ) ゑつくる時の   事也、 〔 7(〕 あり 一かち時と云ハ、か ( 勝 軍 ) ちいくさして、頸を実検之時、      三度つくる也 )(( ( 、 ( ((裏) 〔 7(〕 一頸の付 札 フダ 木の事、さ ( 椹 ) わらをま ( 正 目 ) さめにして付る也、   賞 シヤウクワン 翫 の人のをハ、板めにする也、札 フダ の長 ナガ さ四寸はかり   なり、札にあ ( 穴 ) なをも (揉) ミても、又ハき ( 刻 ) さみても、紙よ ( 縒 ) りにて   付る也、賞翫の人にハ、杉 スキイタ 板にてもする也、左のも ( 髻 ) とゝり   にも付る也、 〔 7(〕 一頸に付候札ハ、くひの右のこ ( 小 鬢 ) ひんに付る也、又もとゝり   にも付る也、其つけ様ハ、ふ ( 袱 紗 ) くさ紙よりにて、むすひ   目を両方なからつめて切 キル る也、 ( ((表) 〔 7(〕 一頸か (掛) くるか (枷   ) しゆふ事、な ( 縄 ) わにて一 ヒ ト ヱ 重にむすひて、其上 カ   をなわゆひにする也、是をうらむすひと云なり、むす   ひ目おもて ニ あるへし、 〔 7(〕 一敵の頸を送候時は、お ( 桶 ) けに入て、上をき ( 絹 ) ぬにても   布 ヌノ にても、人 ニ よりゆひて送也、桶 をけ の長さ一尺二寸、ふ   たハ四方ふたなり、桶のと ( 綴 ) ち目の方へ、くひのお ( 面 ) もて   をなして、札の切目を面へ□ )(( ( なすへし、 〔 77〕 一 侍 サムライホト 程 の物 ニ 腹 ハラ をきらする時、酒をのまする事あり、 ( ((裏)   さかなハ一さ ( 肴 ) かなか ( 鉋 掛 ) んなかけ )(( ( のふ ( 縁 ) ちを取て、其にすゑて、   切目の方を主の前 ニ してす (据) へ候也、さ ( 盃 ) かつきハ天 テンモク 目の   臺 タイ を打返して、か ( 土 器 ) はらけをすゑて出して、一人にの   ませて置なり、 〔 78〕 一大将の物見とハ、打はしめ候はしの一番のを申す也、   其物見より只の人ハ物を見候ましきなり、 〔 79〕 一あたらしき幕 マク 打ハ ( 始 ) しめ候時は、丑 ウシトラ 寅の方より   打なり、 ( (7表) 〔 80〕 一幕を打といふハ出陳なとの時の事也、引 ヒク と言ハ帰   陳なとの時、平生ハは (張) るとも言、舟の中なとにてハはし   らかすとも言也 )(( ( 、

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〔 8(〕 一幕をうちおさむる事ハ、末 スヱ のは ( 端 ) しを三尺 斗 (計) 内ゑ折り   まわし候なり、一文字に打と ( 通 ) をさぬなり、 〔 8(〕 一幕二て ( 帖 ) う重 而 打候時は、後に打候を上になして   打なり、 〔 8(〕 一幕の出入之事、内へ入さ ( 様 ) まにハ、芝打 )(( ( を取て、身 ニ 引 ( (7裏)   かけて入也、外へ出さ ( 様 ) ま、芝打をおもてへ打出して   出る也、又出入之事、ひ ( 昼 ) るハ白 (日) の物見の下、夜 ヨ ル ハ は月   見の下より出入也、 〔 8(〕 一陳屋の内へ人をよ (呼) ひ入候時は、ま ( 幕 ) くの繪 ゑ をさして   申候也、我内へ入時は、 紋 )(( もん ( のなき所より出入する也、 〔 8(〕 一一て (張   ) う幕とハ、まく二帖なり、こしらへ様か ( 格 別 ) くへつ   なり、只一帖をハか ( 片 ) た幕とも半ま ( 幕 ) く共申也、 〔 8(〕 一こ ( 小 紋 ) もんのまくをハはしに打、あ (藍   ) ひのまくをはハ二番 ニ ( (8表)   打、我か家の紋の幕をハ陳屋の内に打なり、昔   は大将ハ二重に打也、又小紋の幕に家の紋つけ   す、又あひのまくハむ ( 無 文 ) もんのあ ( 浅 葱 ) さきなり、是ハ院 いん の   まくなり、夜るのまくなり、 カ カ 〔 87〕 あり 一ゆ ( 弓 懸 ) かけをさすに、て (手) のこ ( 凍 ) ゝへぬ事、雪にて手をよく      あ ( 洗 ) らふなり )(( ( 、 〔 88〕 あり 一む ( 斑 ) らこき )(( ( の事、赤 アカウルシ 漆にぬ (塗) るへし、外竹の内か ( 角 ) とう ( 末 ) ら      弭 (はず) より本は ( 弭 ) すまてこきと ( 通 ) をして、内うちかとの木 ( (8裏)      をう■ ら は (末弭) すより一尺五寸は ( 計 ) かり下へ、一尺はかりこく      へし、又附 )(( 捲( の上より下まて一尺斗こくへし、又      弓の外 ニ なる方の木を、少ニ (々   ) 竹へかけて、うら      はすより一二寸さ (下) けて、長さ一尺二寸斗こき      て、又に ( 握 ) きりの上の木を一尺餘こくへし、又附の      下も ( 本 弭 ) とはすの上二寸こして一尺あまり ニ こくへし、      都 とり 合五所なり、何も木をやりちかゑてこくへ      き也、返々も秘事なり、卒 そこつに 忽に人にく ( 口 伝 ) てんすへからす、 (原裏表紙見返し)       〔修補奥書〕         右出陣次第  褾裏書  北条左衛門大夫氏勝也         依為古本令披損之間、今度加装潢畢         弘 ( 一 八 四 六 ) 化三年十二月十七日大夫尉壽 (澤村) 栄 カ

(19)

( ()  原 文 で は「 糸 偏 に 相 」に 見 え る 字 だ が 、 こ れ は 浅 葱 色 を 意 味 し 、 通 じ に く い 。『 大 和 三 位 宗 恕 家 乗 』( 国 立 歴 史 民 俗 博 物 館 蔵 ) に は 、「 御 帰 陳 御 肴 組 調 進 」 と 肴 の 下 に 「 組 」 と 読 め る 字 が あ り 、 ま た 『 伊 勢 兵 庫 守 貞 宗 記 』( 続 群 書 類 従 第 二 四 輯 上 ) に は 、「 出 陣 肴 く み 様 之 事 」「 開 陣 の 肴 く み の 事 」 と い う 条 文 と 図 解 が あ り 、「 肴 の 組 合 せ 」 を 意 味 す る こ と は 間 違 い な い 。「 組 」 の 誤 字 な い し 異 体 字 と み て よ い と 思 わ れ る 。 ( ()  は や す ( 生 や す )」 は 、「 切 る 」 と い う こ と を 忌 ん で 逆 に い う 語 (『 日 本 国 語 大 辞 典 』) 。「 は や さ ず 」 で 「 切 ら な い 」 の 意 。 ( ()   盃 が 三 つ 重 ね て あ る こ と を 示 す 。 ( ()  こ こ に 掲 出 さ れ て い る 図 と 肴 は 、『 宗 五 大 草 子 』 に 、「 常 の 三 の 盃 の 様   公 方 様 に て 朔 日 節 句 其 外 御 祝 の 時 か く の ご と し 」 と し て 掲 げ ら れ た 図 と ほ ぼ 同 じ で あ る 。 た だ し 、 そ こ で は 、 昆 布 、 う ち の し あ わ び 、 か ち ぐ り の 数 は そ れ ぞ れ 五 と さ れ て い る の で 、 中 央 の 作 法 を 元 に 独 自 の 変 更 と 意 味 づ け を 付 加 し て 、 家 の 秘 伝 化 し た も の と 思 わ れ る 。 な お 、「 澤 氏 古 文 書 」 に も 、 出 陣 ・ 帰 陣 の 同 様 の 図 を 載 せ た 、 永 正 一 三 年 ( 一 五 一 六 ) の 料 理 に 関 す る 故 実 書 が あ る (『 松 阪 市 史  第 三 巻  史 料 編  古 代 ・ 中 世 』( 松 阪 市 、 一 九 八 〇 年 ) 所 収 )。 ( ()   ぎ ょ ど う 。 杯 の 底 に 残 っ た 酒 。 ( ()   「 外 し 返 す 」 か 。 や り 直 す 、 の 意 と 思 わ れ る 。 ( 7)  は う ち や う こ ゆ る 事 、 中 門 へ 出 、 妻 戸 の 内 の さ い の き ハ に さ き を 左 へ な し 、 は を 向 て を き て こ ゆ る 也 、 帰 る 時 ハ は を 外 へ 向 て こ ゆ る 也 」( 『 射 御 拾 遺 抄 』 続 群 書 類 従 第 二 三 輯 下 )。 『 出 陣 日 記 』( 続 群 書 類 従 第 二 五 輯 上 、「 武 田 の 旧 記 」 と さ れ る ) に も ほ ぼ 同 文 の 記 述 が あ り 、 ま た 別 に 「 帰 陣 の 時 は 刃 を 内 へ な し て 可 越 」 と い っ た 記 述 も あ る 。 ( 8)  一 度 書 い た 「 シ ン ニ ョ ウ に 不 」 と い う 文 字 の 、「 不 」 の 部 分 を 抹 消 し て 「 玉 」 と 書 い て い る 。「 シ ン ニ ョ ウ に 不 」 は 「 還 」 の 異 体 字 と さ れ 、「 シ ン ニ ョ ウ に 玉 」 は 辞 書 に 見 当 た ら な い 。 い ず れ に し て も 意 味 は 未 詳 だ が 、 シ ン ニ ョ ウ と「 し た る 」 と い う 送 り 仮 名 を 生 か す な ら 、「 適 し た る 」 な ど が 考 え ら れ る か 。 ( 9)  軍 陣 の 出 さ ま に 馬 い ば ふ 事 、 む ま や に て い ば ふ は よ し 、 引 出 し て の る 時 、 同 乗 時 い ば ふ は 凶 也 、 此 時 ハ 具 足 の 上 帯 を と き て む す び な を す へ し 、 同 腹 帯 を も ゆ ひ な を す へ し 、 ま た 自 然 は な を ひ る 事 も あ る へ し 、 そ の 時 も 上 お び な ど ゆ ひ な を す へ し 」( 『 射 御 拾 遺 抄 』) 。『 出 陣 日 記 』( 前 掲 注 ( 7)) に も ほ ぼ 同 文 の 記 述 が あ る 。 ( (0)  「 馬 も 毛 に よ り て 引 出 物 に 用 捨 の 義 候 哉 の 事 、 常 に は 馬 の 毛 に よ り て 嫌 義 無 之 、 ぶ ち を ば 用 捨 候 」( 『 大 内 問 答 』) 。 註 ( (()  陰 陽 道 で 、 天 一 神 が 天 上 に い る と さ れ 、 方 違 の 必 要 が な い 日 。 癸 巳 か ら 戊 申 ま で の 十 六 日 間 。 ( (()  「 八 て ん を 打 」 は 、「 八 の 形 に 点 を 打 つ 」 の 意 と 思 わ れ る 。 そ れ を ウ 冠 に 見 立 て て い る 。 ( (()  「 軍 陳 へ 出 給 ふ 時 、 女 に う し ろ み せ ぬ 事 也 」( 『 今 川 大 双 子 』 群 書 類 従 第 二 二 輯 )、 「 大 将 軍 門 出 ノ 時 、 女 人 ニ 後 ( 見 脱 カ ) セ ヌ 事 也 、 可 慎 、 軍 障 碍 ハ 女 人 ノ 交 ニ 過 タ ル 禁 忌 ナ シ 、 五 障 ノ 女 人 ト テ サ ハ リ 災 凶 ノ 誡 、 是 第 一 ノ 凶 兆 ナ リ 、 尤 可 畏 也 、 出 門 ノ 時 ハ 、 只 今 見 敵 カ 如 ノ 可 成 勢 」(『 兵 将 陣 訓 要 略 鈔 』 続 群 書 類 従 第 二 五 輯 上 )。 ( (()   「 射 数 」 未 詳 。 或 い は 弓 の こ と か 。 ( (()   「 方 」 の 右 に 、「 ヒ 」 の よ う な 振 り 仮 名 状 の も の が 三 つ 書 い て あ る が 、 意 味 未 詳 。 ( (()   陰 陽 道 で 言 う 八 将 神 の 一 つ で 、 軍 陣 の 守 護 神 と さ れ る 。 ( (7)   「 逆 」 の 振 り 仮 名 は 「 た し か 」 と 読 め る が 、 意 味 的 に は 「 た だ ち 」 か 。 ( (8)   隅 と 隅 を 結 ぶ こ と 。 筋 交 い 。 ( (9)  檀 波 羅 密 。「 檀 」は 布 施 の 意 。 悟 り を 得 る た め に 財 宝 や 真 理 を 施 す 行 の こ と だ が 、 こ こ で は 遊 女 の 隠 語 と な っ て い る 。「 檀 茶 羅 」 と 表 記 し た の は 、「 曼 荼 羅 」 と 混 同 し た た め で あ ろ う 。 ( (0)   袴 の 裾 を 括 る た め の 紐 。 ( (()  第 (9条 と 同 内 容 。「 一 」 の 上 に 「 あ り 」 と 記 し て い る の は そ の た め で あ ろ う 。 な お 、『 今 川 大 双 子 』 に も 、「 頸 を 御 目 に 懸 る 事 、 左 の 手 に て 本 ど り を 執 、 右 に て 台 を 取 り て 」 な ど と あ る 。 実 検 作 法 に つ い て の 記 述 は 、『 伊 勢 兵 庫 守 貞 宗 記 』 な ど に も 見 ら れ る 。 ( (()   し ょ う か つ 。「 生 き 返 る こ と 、 蘇 生 」( 『 日 本 国 語 大 辞 典 』) 。 ( (()   第 (0条 と 同 じ 。 ( (()   文 字 未 判 読 。 右 に 振 り 仮 名 状 の 「 ヒ 」 の よ う な も の が 書 か れ て い る が 意 味 未 詳 。 ( (()   鉋 掛 折 敷 。 ( (()  『 奉 公 覚 悟 之 事 』 に は 次 の よ う に あ る 。「 幕 の 事 、 口 伝 あ ま た 可 在 之 、 出 入 之 事 毎 篇 之 義 な り 。 先 い さ ゝ か も 内 へ ま く り 入 事 不 可 有 之 、 出 入 之 時 す そ を そ と へ ま く り 出 し て 、 た ゝ み あ げ 出 入 べ し 、 常 ハ は る と 云 べ し 、 敵 を 見 か け て ハ う つ と 云 う べ し 、 船 中 に て ハ は し ら か す と 云 べ し 、 法 事 又 は 楽 人 ハ ひ く と 云 べ き 也 」 こ の 種 の 言 葉 の 使 い 分 け は 、 類 書 に 記 述 さ れ て い る 。 ( (7)   幕 の 裾 の 部 分 。 ( (8)   「 紋 」 は 、 原 本 で は ニ ン ベ ン に 文 。 以 下 同 。      な お 、 幕 へ の 出 入 り に つ い て は 、『 京 極 大 草 紙 』『 小 笠 原 入 道 宗 賢 記 』『 伊 勢 兵 庫 守 貞 宗 記 』『 伊 勢 六 郎 左 衛 門 尉 貞 順 記 』『 伊 勢 貞 興 返 答 書 』 な ど に も 類 似 し た 内 容 の 記 述 が あ る 。 幕 の 仕 立 て 方 に つ い て は 、『 兵 具 雑 記 』( 続 群 書 類 従 第 二 五 輯 上 ) に 図 入 り で 説 明 が あ る 。

参照

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