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甲殻類蒐集,研究を通して見えること

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Academic year: 2021

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(1)

。蜘鞠糊曜抑止〉

rcinological Socie勿

0/

Ja p an

甲殻類蒐集,研究を通して見えること

Insight f r o m crustacean collecting a n d researches

渡 部 元

l H aj i me W atab e 「生物標本を集める」ことは,往々に して学童期 の子供達が実施することである. それを ,人生を賭 して,あるいは全財産を投じて,実施するのが蒐集 家であろう. 一方で,ある年齢に達するとこうした 行為に見切りはつけるものの,学術という異質な ジャンルでの活躍を夢見る一群も登場する これが 研究者と呼ばれる人々であろう . そのあたりが漁業 者と呼ばれる一群と,これらの人々が大きく異なる ことと思う. 昆虫や員類では「絵に描いたような蒐集家の生 涯」というものが往々にして見られる,あるいは 「見られた」が,甲殻類についても似たようなもの であろう. 蒐集家本人の弁も様々なものがあり, すっかり感服させられるものもあるが,そこにはあ る一定の収束点があるように思う 単に「好きだか ら,それ以上言葉はいらない

J

.

そんな返事もある が,その底意は「こんな私のありのままを見てほし い

J.

あるいは「私を認めてほしい

J.

そうしたあた りだろうか確かに,書物やインターネット,限ら れた個々人の人脈では知る術や触れる機会もない, 様々な甲殻類達の標本ゃありょう,由来,標本を 巡った人間模様等を,蒐集家の皆さんは実によく 知っている そして,その魔力に引きずられず,共 にあって彼等から様々な物品,アイデアを拾い上げ つつも一種の差別心を抱きつつ一線を引くのが, 「研究者

J

と呼ばれる,似て非なる存在ではないだ 1 理化学研究所 生命情報基盤研究部門 (B A S E) 干230-0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町ト7-22

R I K E N (The Institute of Physical and Chemical Research), Bioinformatics and System s Engineering (BASE) Division, 1-7-22 Suehiro, Tsurumi, Yoko-hama, K anagawa, 230-0045 Japan

E-mail: w atabeh@ base.rikenj.p

ろうか. こんなこ者のありょうを見て,多くの場合 甲殻類のフ。ロパイダーとな っている漁業者の皆さん が. ["研究j と様々な念を込めてこうした人々の営 みを郷

t

除するのであろう. このような,漁業者とは 明らかに異なり,またそのことを誇りに考えている タイプの人々,それが蒐集家であり,研究者なのだ ろう 本稿ではそんな敬愛すべき三様の皆さんにつ いて感じたことを述べてみたいと思う . - - r 蒐集家魂

J

とは何か? 研究者であっても文献やアイデア,研究材料につ いて執効なまでの蒐集活動を行う. しかしそれは 研究遂行の手段でしかなく. [ " 物集めに溺れること がない

J.

それどころか「そんな暇もないj という 点が大きく異なる . ともかく,標本であろうが,関 連書籍であろうが,食玩であろうが. ["集める

J.

そ こに熱中し,遂には生きていることと不可分の生来 的な習癖として固定されてしまう,それが蒐集家だ ろう. こうなると周囲は「まあ,あの人はそういう 人だから」と評価する他なく,様々な生き物に関す る談話の提供と引き換えに存在を許すことになる ところが,そんな状況を良しとしないのが「一流の 蒐集家

J

でもある . 誰も所有していない甲殻類標本 を所有している,それに留まらず,この分類群の研 究の歴史の中で由緒正しい分類群,産地を悉く網羅 している,一種の「超越的な存在j とでも呼ぶべき 地位に就いたと信じ込んでしまう,そういう事態に 立ち至る. このようになると周囲も対応の仕方に困 惑することにもなり,ひとかどの郷土の人士として リストア ップすることにもなる 勿論,該博な知識 を提供する意味で社会貢献もあり,中には自らコレ クションの中から標本を選び出し,新種記載迄実施 4 3

(2)

してしまうこともある それが蒐集家としての,双 六で言う「上がり」であろう ー 蒐集家魂とはざっとこのようなもので,その最終 的な拠りどころとして分類学が登場するのが定番で ある 「自分だけがこの分類群を「知っている

JJ.

その具体化が分類学者からのこうした方々への「献 名」となって,蒐集家魂が形になる そして,時を 同 じくして , この蒐集家を著名にした海が荏漠,荒 涼とした,シンカイヘイケガニも見当たらない「深 海平原」に成り果てる. その意味で. [ " まつわぜ」 での「楽しかった日々の思い出」としてどの生き物 も等並みに彼等の脳裏を過る一方で,学名は「みさ きのにしのよどみ

J

.

"おきのせのにしうわて」に[ ひっそりとある. [ " 海の墓標

J.

[ " 生き物の卒塔婆」 に他ならない 圃 研 究 者 の蒐集家への眼差しはつ 一方の 研究者という 「種族

J.

過酷な業績競争, 出世競争を勝ち残り,現在の地位を得たという自負 も当然あると 思 う し あ ま り に過大な日々の業務に 追われ,悠長に蒐集活動等行なっていられないのが 実情である 一昔前ならば「学者の物知 らず

J

と 言った郷捻の下,それでも反目まじりの「手のつな ぎ方」が蒐集家 と研究者との問にはあ ったが,この ところ,その様相を違えてきたように見受ける 簡 単に言えば,予算取りやプロジ. エクト遂行のために 「黒猫白猫

J

ということになり,蒐集家が研究者の 領域に侵入する,反対に研究者までもが「博物学 と いう衣を着る 」 ことで蒐集行為になだれ込むような 事態も発生しているようだ. そこにはかつての余裕 はどこにもなく,津波の如くプロジェクトは纂進 「させられるJ . 深刻なのは. [ " 生き物としての 甲殻類の命」に関 わるところで生物学や水産学等が展開されていると いう認識が置き去りにされる一方で[ " 生命

J

教 育 もまた on the job にてこのような苛烈なプロ ジェク トの中で展開さ れていること であろう このように なってしまえば,蒐集家と研究者の立て分けや共存 等. [ " どこの昔話」という話にしかならず,結局は 「形有るもの

J

への尋常ならざる執着と . [ " 勝者なき 物品の奪い合いj という形に落ち着く . 気がつけば 4 4

I

C8

n

回r20 (2011) 当事者全員 がとんでもない事態に立ち至ることも稀 ではない,そうした恐るべき事態にも立ち至る 気 の毒なのは「泡は吹けども,もの言わぬ存在j だろ う,その成れの果てが証拠標本とし て博物館に納め られる,学名とカタ ログ番号を付されたラベルを付 けられて. これに留まらず,彼等の「ご真影

J

に留 まらず,塩基配列も,学名も,生息地も,ありとあ らゆる情報が情け容赦なくインターネッ ト上晒 され ることになる こうした事態は漁村ではおなじみである 「漁師 の存在価値は魚を沢山水揚げすること

J.

それが白 日 朝気味に漁業者達の口から語られるうちは幸せだ が,ある時期からそれが悪しき形で金科玉条とな か漁村ごと一路重量進という事態にも立ち至る. 漁 政の難しさは,そのあたりの「稼ぎながら守る」と いう相反した内容を「形にする」ことでもある. 読 者諸賢もそれぞれの漁港にいわくありげな「石碑」 を見ることが多いのではないか? それがちょうど 「献名

J

と同等なものということにも気がつくこと と思う. また,蒐集家と 研 究者の関係であれば, 「石碑」 はちょうど「学名」であろう し か し 論 文も書けば書く程,一報当りのインパク トは落ちて 行くのが必定である. 自ずと,かつては「雑録

J

と して機関誌の埋め草に扱われた記事,執筆姿勢が正 規の論文として取り扱われることになる . ちょうど明治時代の我が国の海洋生物学が,博物 学的要素の強い「形態分類学

J

に陥り,遂には放棄 された事態と同じ様相であろう. さながら,信天翁 のデコイを従え,ヒメエンコウガニの液浸標本を手 にした「卒塔婆小町」でも「ふじのすその」に登場 しそうな現代生物学とも言えよう 果たして,彼女 の口から「霊峰不二を仰ぎ見て

J

以上にタカアシガ ニの浜値が跳ね上がる,気の利いた文言は語られる のだろうか? また,その一言が「飯のたね」として 「海辺の町の栄え」に繋がるだけでなく. ["不似の蟹 に舌鼓を打ち,富

i

授の霊泉で身を清め,湯治出来 る」ことに繋がる「よの ことわ り

J

に,彼女も,通 りすがりの人々も,気づいてい るだろうか? とも あれ. [ " するがいちばん

J.

思慮ある行動あるのみだ が,どうであろう?

(3)

. 何が改めて蒐集家と研究者を共栄させるのか? これまで述べたことが世界的な意味での甲殻類研 究の現状であろう 大規模な全球的海洋調査も一段 落し,新規標本をひたすら得ょうとする努力もやや かげりが出たというところであろうか 甲殻類分類 学の現状を見るに,ありとあらゆる分類手法,分類 体系が乱立する一方で.

I

標本にあく まで準拠して」 というスタンスから暫定的な check list がここ数年 で出版,インタ ーネッ ト上 リリ ースされた( 典型例 として D e Grave et al., 2009). ところが,当事者達 の思惑とは裏腹に,一般社会からの甲殻類へ寄せる 興味は,水産物として「食用になるか,ならない か

J.

I

それで稼げるか,稼げないか」という過酷な 二者選択に.

I

かえ って」立ち至っているように思 われる. それ以前にインタ ーネッ ト空間では,閲覧 者が,自らが住まう地方の 甲殻類を調べるにあたっ てこうした生き物達が「どんな位置づけにあるの か ?

J.

容易に知り得ない状況が形成されているこ とに戸惑っているはずで、ある. こうした中で,この ような大規模情報構造物が「あるが故に

J.

一般社 会からの甲殻類への関心は薄れて行く. 有り体に 言 えば「存在しないのと同じ」という扱いにしかなら ず,甲殻類に関する情報もこのような二者選択の価 値基準から外れるならば,インタ ーネット空間での 「孤児情報」と なる危険性も高い このように,自然界の甲殻類を文字列や図形に置 き換える作業を徹底的に行なった結果として,現在 の蒐集家と 研究者との共栄の破綻が現実化 し,あり がちな「先祖返り

J

に活路を見出すしかないのが現 状である しかしもはや自然界に活路を求めるこ とは出来ない,つまり「フロンテイアが無い

J

ので ある. 何が改めて「共栄を粛す」のだろうか? 少な くとも,テ レビに ,インターネッ トに,著作物に, 草薙の剣を手にした「深海の使い」を筆頭に,漁業 者は「情報という新手の「蟹」を漁る

J.

I

情報 とい う「蟹」で「海老」を釣る」という新たな道を模索 し始めている. そこに これ までのように寄りかかる のはあまりに安易な ように感じる 少なくとも,風 変わりな免状と鋸刃の包丁と新型スパイ キとを携 えて渡る「深海の船方

J

として.

I

ともにある」あ り方を模索すべきではなかろうか. 甲殻類蒐集. 研究を通 して見えること 園生物学基礎論という選択肢 以上では 甲殻類研究に関して,漁業者を振り出し にして蒐集家,研究者が積層さ れる三層構造を見て きた. 研 究者が最終的なとり まとめ役として登場 し,彼等の生産物,論文がインターネットやマス コ ミを通じて「社会にとって意味があるか,ないか」 という二者択一の飾にかけられるのがこれからの時 代の流れであろう ちょうど定置網の選別場で魚が 分別されるのと同様に,論文に関する分別作業が恐 るべき勢いで進められている. その流れは押 しとど めようも無く,甲殻類を巡る研究もその中であてど も無く翻弄される 他 ない それで、も,市場に出荷さ れれば幸いだが,冷たく光るコンクリー トのタタキ に淋しく「打ち捨てられるコブシガニ」に目を向け てほしい. 活きていればまだ水族館の係員や専門業 者に拾われる幸運もあるかもしれない し か し 奇 特な蒐集家や研究者が拾ってくれる ことを例外にし て,結局は猫や烏にも相手にされず,その亡骸は排 水溝に落ち込んだ挙げ句 「無かったこと」にされ るのである . 論文もまた,文字や011の二択しか無 い電気信号の海にずぶずぶと呑み込まれて行く 他 な It、 もしそうした流れに対して一定の提言 を用意す るのであれば,生物学そのものを研究対象とし,個 別の研究行為を保全する試みがあるように思う あ たかも生物学を甲殻類の標本と同様に 眺め,生物学 の様々な技法を応用し文字や画像をメディ アと し て研究するというアイデアは十分考えられうる こ の 領 域 こ そ 「 生 物 学 基 礎 論 (foundation of biology)

J.

あるいは「超生物学 (metabiology)

J

と いうことになる (W atabe,2007) これ は二十 世紀 初 頭 の ド イ ツ に て 勃 興 し た 「 数 学 基 礎 論 (foundation of m ath e matics)

J

に準 えた新しい生物学 の領域であるが,インタ ーネッ ト検索から窺うに , 少しずつその意義が認められている ようである こ の領域にて,数学が形式的集合論を基盤に整備され たように.

I

分類学を基盤とする生物学の再編」と 言 うものも間近ではなかろうか 先輩に当たる数学 基礎論はコンピュータの基礎を築くことに従事でき たが,超生物学が何を吉野すかは未だ未知のままであ る. 少なくとも,この領域は多分に知的財産の運用

C ar

糊 r20 (2011)

I

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に興味を示すが,生物分類体系の構築,管理, ["極 度情報化時代

J

での漁業者,蒐集家, 研 究者の知的 財産管理に対し て一定の処方築を与えるものと見受 ける. ただ,数学がそ うであったように , フロ ン テイアに分け入っ て何か新規の物品を探し求める よ うな側面は決定的に失われるだろう そのあたりが これからの世代の研究者の厳しい選択ではないかと も思う. 漁業者の逸話の 中に示唆に富むものがある. それ はイセエピ刺し網漁業に関連するものだが, ["イ セ エピ,マダコ,ウツボの三すくみ」というものであ る ち ょうど順に漁業者,蒐集家,研究者と準 えれ ば格好の例えになるが,超生物学 はさながら「刺し 網をかける漁業者」であろう か, あるいはフタ パ ヒ ラオウギガニやイ トアシカム リに目を輝かせる「網 干場の未来の学者さん」だろうか このように,超

46

I

C8

n

r20(2011)

生物学に従事する一群の人々がこれから出現するの であろうが,何と名付けられ,また「イセエピ達」 からどのように思われるのだろう? 読者諸賢からの ご意見を待ちたい. 圃 文 献

D e Grave, S., Pentcheff, N. D., A hyong, S. T ., C han, T.-Y., C randall, K. A., D w orschak, P. C ., Felder, D . L., Feldrnann, R . M ., Fransen, C . H . J. M ., G oulding, L. Y D ., Lemaitre, R ., L o w, M . E. Y., Martin, J. W ., N g, P. K . L., Schweitzer, C目 E .,T an, S. H ., T shudy, D., &

Wetzer, R ., 2009. A c1assification of living and fossil genera of decapod crustaceans. The Raffles Bulletin of Zoology, 2009, Supplement, 21・卜109

W atabe, H ., 2007. Metabiology of decapods: construction of axiomatic system ofthe Autopoiesis Theory 海洋政策

参照

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