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ヘラムシ類の生活史と繁殖生態

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2015

年度日本甲殻類学会・学会賞受賞論文研究紹介

ヘラムシ類の生活史と繁殖生態

Life history and reproductive ecology of marine idoteidid isopods (Isopoda: Valvifera:

Idoteidae)

五嶋聖治

1

・高橋智央

2

・三浦裕人

2

Seiji Goshima, Tomohiro Takahashi, and Yuto Miura

はじめに 2015年度の日本甲殻類学会論文賞に,イソヘラ ムシCleantiella isopusの成長,繁殖,体色パターン 等 を 取 り 扱 っ た わ た し た ち の 論 文(Takahashi & Goshima, 2012)が選考された.毎月の定期的な採 集結果を解析して,本種の生活史や繁殖生態を明ら かにするという地味な研究内容ではあったが,それ を評価していただいたことに対して素直に喜ぶと同 時に,そのような評価を下していただいた本学会の 選考委員会の皆様に厚く御礼を申し上げる. 本稿は,受賞した論文の紹介・解説ではあるが, その後に得られた本種の繁殖生態に関する新知見 (Miura & Goshima, 2016)も加えて,イソヘラムシ を含むヘラムシ科Idoteidae等脚類の,地味ではある が興味深い生活史と繁殖生態を概観したい.受賞論 文は高橋と五嶋の共著であったが,その後の新知見 については本稿の第3著者の三浦に依るところが大 きく,本稿は3名による共著とさせていただいた. その内容は,受賞論文の内容を包含しつつ,主に浅 海域に生息するヘラムシ類の生活史と繁殖行動に関 する概要を総説スタイルに記述したものである.生 態学的にも,行動生態学的にも,まだ発展途上のヘ ラムシ類の総説ではあるが,今後の研究の一助とな れば幸いである. ヘラムシ類の生息状況 受賞論文の研究材料となったイソヘラムシの主な 調査地は,北海道南部の函館湾の南西部に位置する 北斗市葛登支の平磯である.ここには干潮時には幅 100~200 mほど,長さが数kmの平磯が干出し,と ころどころに礫と砂泥が混じったタイドプールが出 現する(Goshima et al., 1996).平磯の上とタイド プール内には長径が数十cm~1 mほどのさまざまな 大 き さ の 巨 礫 が 点 在 し, 周 囲 に は フ シ ス ジ モ ク Sargassum confusum,ウミトラノオSargassum thun-bergii,カヤモノリScytosiphon lomentaria,スギモク Coccophora langsdorfiiなどの褐藻類やフジマツモ Neorhodomela aculeataなどの紅藻類の海藻が繁茂 し,顕花植物であるスガモPhyllospadix iwatensisも 生育する.石の下や海藻上に多くのへラムシ類が生 息する. 葛登支ではこれまで4種類のヘラムシ類Idoteidae が確認されている.もっとも多く生息するのがイソ ヘラムシCleantiella isopusである(図1A).次いで 生息個体数は少なくなるが,オヒラキヘラムシC. strasseni(図1B),そしてさらに個体数は少ないも 1 北海道大学大学院水産科学研究院 〒041–8611 北海道函館市港町3–1–1

Faculty of Fisheries Sciences, Hokkaido University, Hakodate, Hokkaido 041–8611, Japan

現所属(Present address):北海道大学総合博物館水 産科学館

〒041–8611 北海道函館市港町3–1–1

Fisheries Science Center, Hokkaido University Museum, Hakodate, Hokkaido 041–8611, Japan

E-mail: goshima@fish.hokudai.ac.jp

2 北海道大学大学院水産科学院

〒041–8611 北海道函館市港町3–1–1

Graduate School of Fisheries Sciences, Hokkaido Univer-sity, Hakodate, Hokkaido 041–8611, Japan

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ののオホーツクヘラムシIdotea ochotensis(図1C) とワラジヘラムシSynidotea laevidorsalisが観察され る(図1D).これら4種のうち,イソヘラムシはほ とんどが潮間帯の巨礫の下に生息し移動力は小さ い.オヒラキヘラムシとオホーツクヘラムシは海藻 上に見られることが多い.ワラジヘラムシの観察例 は少ないので,微細な生息場所は分からない. 日本国内の等脚類の分布状況を,膨大な標本から 精力的にまとめた布村(2011)によると,日本国内 には約18種のヘラムシ科が分布するという.この 中で,上記4種が道南地方に分布し,他にマルオヘ

ラ ム シIdotea rotundata, エ ゾ ヘ ラ ム シSynidotea ezoensis,イシマルワラジヘラムシS. ishimarui,ハ バヒロワラジヘラムシS. lata,そしてクロシオナガ ヘラムシS. pacificumの5種を加えた9種のイソヘラ ムシ科の等脚類が北海道内で生息が確認されてい る. ヘラムシ類は潜在的には雑食性の腐食動物である が,植物食,動物食,腐食物食など,それぞれの種 の生息域で利用可能な餌に依存した食性を持ってい る(Naylor, 1955a).ただ,詳細に食性が調べられ ているオホーツクヘラムシでは,胃内容物の8割は 海藻によって占められており,餌選択実験によって も海藻を主に摂食していることが示されている(鈴 木ら,2002).イソヘラムシでも海藻を主要な餌と して飼育を継続できることから,野外でも,浅海域 に豊富に生息する海藻類を中心に摂食している植物 食者と考えられる. イソヘラムシの体色型

Takahashi & Goshima (2012)では,イソヘラムシの

体色パターンに5タイプを認めており,雌雄によっ て各体色型の比率は異なるが,体サイズによって大 きく異なることはなかった.また,同じ体色型の個 体のみが同じ色合いの石や海藻・海草上に生息して いることはなく,さまざまな体色型のイソヘラムシ がそれぞれの石の下に同所的に生息しているのが普 通である.ヨーロッパでよく研究されているヘラム シ類であるIdotea baltica(以降,バルチックヘラム シと呼ぶ)では,体色型多型の維持が,海藻や礫等 の微細な生息環境の色合いとマッチして適応的であ るからという解釈と(Salemaa, 1978; Merilaita & Jor-malainen, 1997; Merilaita, 2001),体色型による適応 度は関係が少なく,雌雄による繁殖期の活動性の違 いによって引き起こされる被食率が,雌雄の生存率 に大きく影響し,その後のランダムな交配によって 多型が維持されているという見方(Jormalainen & 図1. 函館湾で見られるヘラムシ科Idoteidaeの4種類.A:イソヘラムシCleantiella isopus,B:オヒラキヘラム

C. strasseni,C:オホーツクヘラムシIdotea ochotensis,D:ワラジヘラムシSynidotea laevidorsalis(撮

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Tuom, 1989; Jormalainen et al., 1995; Jormalainen et al., 2001a)の2つがある.イソヘラムシの場合には, 少なくとも体色パターンと微環境の色彩マッチング (隠蔽色など)はなさそうである.それは,生息地 と体色型の密接な関係が見られないことや,体サイ ズによる各体色型の比率変化がない点などから予想 される(Takahashi & Goshima, 2012).イソヘラムシ の体色パターンがどのような意味合いを持つのか, その維持機構はいかなるものなのか,さまざまな色彩 多型の研究材料としても興味深い(Gray & McKinnon, 2006; Bond, 2007).今後の研究課題の一つであろ う. ヘラムシ類の繁殖 多くのヘラムシ類には,かなり限定された,はっ きりした繁殖期が見られるのが普通である.たとえ ば,前出のバルチックヘラムシでは,産卵期は6~ 8月で1回のみの産卵であり(Salemaa, 1979),Idotea pelagicaでは4~8月間に1回ないし2回の産卵が見 られ(Sheader, 1977),I. emarginataでは1年未満の 寿命で1回以上の産卵を行う(Naylor, 1955b).多く の場合,寿命は1年前後で,限定された時期に1回 ないし2回ほどの産卵を行うというのが,寒冷地の 浅海域に生息するヘラムシ類の繁殖様式のようだ. 繁殖期になると,ヘラムシ類では交尾産卵に先 立って,オスがメスの体の上に乗っかって,複数の 胸脚でメスの体を抱え持っている姿が頻繁に見られ る(図2).交尾前ガード行動である.函館湾に生 息するイソヘラムシの場合には,2月後半からガー

ド行動が見られるようになる(Takahashi & Goshima, 2012).この行動が3~5.5日間ほど続いている間に, はじめにメスの体の後半部が脱皮し,次いで前半部 が脱皮する.この段階で上から見たメスの体型は, それまで見られなかった第3胸節付近にふくらみが 認められ,腹側から見ると,覆卵葉から形作られた 卵稚仔を抱くための育房(brood pouch)が見られ る.すぐに交尾が行われ,メスの育房内には受精卵 が生み出される.浮遊幼生期をまったく経ずに,母 親の育房で卵発生が進み,親と同じ体型の小型ヘラ ムシとして孵出するという直接発生型の繁殖様式を 示す. ガード行動におけるイソヘラムシ雌雄の性的対立 ガード行動を行う甲殻類は多いが,その意義につ いては,交尾可能な時間が短く限られている種にお いてオスが産卵間近の成熟メスを確保し,ライバル オ ス か ら メ ス を 独 占 するた め と考え ら れてい る (Shuster & Wade, 2003; Jormalainen, 2007).ヘラムシ 類のガード行動は以前から注目されてきた.それ は,他種の場合と異なり,ガード行動を試みようと するオスに対して,メスが激しく抵抗することにそ の一因があるものと思われる.ガード行動は,多く の場合,一見するとオスの圧倒的な力関係ではじま るように見えることが多い.たとえば,ホンヤドカ リ類では,メスの出す性フェロモンを感知したオス は,いきなりメスの入っている殻の縁をハサミで持 ち歩き,多くの場合,そこにはメスによる抵抗や拒 否はそれほど頻繁には見られない(Goshima et al., 1998; Okamura & Goshima, 2010; Kawaminami & Goshima, 2015).しかし,バルチックヘラムシやイ ソヘラムシの場合には,オスのガード行動の試みに 対して,逃げようとしたり,腹尾節を振ったり,体 全体をくねくねと曲げ伸ばしたりと,その抵抗が続 くのが普通なのである(Jormalainen 1998, 2007; Miura & Goshima, 2016). このメスの抵抗には2通りの解釈が提示されてい る.ひとつはメスの激しい抵抗をも打ち負かす強い 図2. イソヘラムシのガード行動.上がオスで, 下がメス.この後,メスの体後半部が脱皮 し,次いで前半部が脱皮して交尾産卵が行 われる.

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オスを交尾相手に選ぶことができるという,メスに よるオス選択説である(female choice説:Ridley & Thompson, 1979; Sparkes et al., 2002など).他方は, ガード行動そのものは多くのライバルオスを引きつ けて雄間闘争に至ることが多いため,とばっちりを 受けてメスも傷つくようなコストを伴うことがあり 得る.メスはそのコストを避けるために,ガード時 間を短くしよう,避けようとするという説である (ガ ー ド コ ス ト 回 避 説:Jormalainen et al., 2001bな ど).両説は互いに完全な対立説ではなく,ともに 成立するケースもあり得るので,その検証はなかな か困難である.メスによる拒否はメス選択同様に非 ランダム交配をもたらすからである.つまり,コス トを避けるために抵抗したとしても,その結果は強 いオスを選んだ(メス選択)のと同様に見えるから である.ただし,もし前者が正しいならば,メスの 抵抗の程度はオスの質(強さや精子量など)によっ て異なるはずであり,オスの質がメスの適応度に影 響することが期待される.逆に後者が正しいとなれ ば,交尾産卵が近づくにつれて,メスの抵抗は弱ま ることが期待される.それはいつまでも抵抗するこ とは交尾そのものを困難にし,メスの適応度を下げ ることになるからである.つまり,抵抗によって得 られるメスの利益を精査することによって,両説を 識別できるはずである. 両説を検証するために,主に3通りの実験が行わ れてきた.1つ目は,メスの抵抗が本当にガード時 間を短縮することになるかを確かめる実験である. ガード時にメスの体を掴むために必要なオスの胸脚 の爪先を切断して,ガード行動をしにくくするオス 操作群と,真水につけてストレスを与え,ガード行 動に対する抵抗を弱めるメス操作群,そして雌雄と も何も手を加えないコントロール群の3群間の産卵 までのガード時間を比較する実験である.結果は, バルチックヘラムシではオス操作群ではガード時間 への影響は見られなかったが,メス操作群ではコン トロール群と比較して有意にガード時間が長くなり (Jormalainen & Merilaita, 1995),イソヘラムシでは コントロール群に比べてオス操作群でガード時間が 有意に短く,メス操作群では逆に長くなった( Miu-ra & Goshima, 2016).つまり,メスの抵抗はガード ペア形成を妨げており,両種ともオスのガード行動 の試みに対して十分に抵抗となっていることが判明 したのである. 2つ目はメスの産卵までの時間に応じて,3つ目 はオスの質に応じて,それぞれの場合に,メスの抵 抗度合いがどう変化するかを調べる実験である.そ の結果,バルチックヘラムシでは交尾が近づくとメ スの抵抗が弱まり(Jormalainen et al., 2000),一方, イソヘラムシを用いて,体サイズの異なるオスと, 交尾経験回数を変化させたオスに出会わせた場合の メスの抵抗度合いは,オスが小型であるほど,ある いは交尾経験回数が多いオス(おそらく保有精子数 が少ない)ほど,メスからのガード行動拒否が増加 し,仮に交尾に至っても産卵数が減少した(Miura & Goshima, 2016).これらはメスによるオス選択を 行っていることを示す.つまり,両種にとってメス の抵抗の意味が異なる結果となった.ただし,メス によるオスの選択説を裏付ける結果は他の等脚類で も報告されており(Sparkes et al., 2000, 2002など), メスによる選択説が広く受け入れられているように 筆者たちには思える.いずれにせよ,繁殖における 雌雄の性的対立はさまざまな繁殖行動を説明する上 で,今や重要な概念となっている(Arnqvist & Rowe, 2005). イソヘラムシの繁殖と生活環 函館湾のイソヘラムシでは,最初の繁殖は2月半 ばからはじまり(つまり交尾前ガード行動が見られ はじめ),母親の育房から体長約5, 6 mmほどの稚 仔が孵出するのは5, 6月頃である.2回目の繁殖は5 月下旬にはじまり,7月初旬に終了する.3回目の 繁殖も7, 8月頃にごく少数ながら観察される.これ ら3回の繁殖は,2009年,2010年,そして2013年 と2014年の異なる年においてもほぼ同様の繁殖ス ケジュールが観察された(図3). 母親の体サイズによる産卵数の関係については, 最低22卵(メス体長=24.4 mm)から最高で239卵 (メス体長=29.4 mm)までの幅広い産卵数である

こ と は 分 か っ て い る が(Takahashi & Goshima, 2012),受賞論文では3回の繁殖結果をまとめて図 示しているので,各繁殖期の産卵数の詳細は不明の

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卵数を図示したので(図4),同じ体長でも産卵回 数を追うごとに産卵数は減少していく傾向がはっき りと分かる(サンプル数が少ない3回目の繁殖を除 いた解析結果.ANCOVA, 傾き:p=0.482,切片: p<0.001).たとえば同じ体長25 mmのメスにおい て,1回目の産卵期において平均的に112卵を産み 出し,2回目の繁殖期では78卵,そして3回目では わずか49卵と減少する.少なくとも1回目と2回目 の繁殖の間にメスの死亡率が際立って高くなるとい うことはないので,ここで見られる産卵数減少は異 なるメスが異なる時期に繁殖するのではなく,おそ らく,同一メスが複数回の産卵を行うために減少す るものと思われる.2回目ないし3回目の繁殖に参 加するメス個体数もしだいに減少していき,オスの 個体数も激減する.おそらく死亡するものと予想さ れる(Takahashi & Goshima, 2012).すなわち,イソ

ヘラムシ個体群の産卵量としては1回目がもっとも 多く,産卵回数を経るごとに急激に減少していくも のと思われる. これら3回の繁殖が行われるのは冬から夏にかけ ての水温環境が大きく変化する時期である.つま り,1回目の繁殖期は2月から5月間で現場の水温は 4℃から13℃ほどであり,2回目の繁殖期である5月 下旬から7月初旬は14℃から18℃ほど,そして7月 下旬から8月に行われる3回目の繁殖は水温20℃ほ

どまで上昇している時期である(Takahashi & Goshi-ma, 2012).たとえ母親の育房に保護されているとは 言え,育房内の卵稚仔が感受する水温は現場の水温 とそう大きくは異ならないだろう.ゆえに,産卵時 期によって卵稚仔が経験する水温は大きく異なるこ とになる.この水温上昇に応じてメスによる卵稚仔 の保育期間は著しく短縮する.すなわち,1回目で は約83日間ほどであった期間が,2回目,3回目で はそれぞれ35日間,24日間ほどと急激に短くなる. 図3. 函館湾におけるイソヘラムシのガード行動 の観察記録.現場に行くたびにガード行動 が見られたかどうかを記録した単純なデー タ の 集 積 結 果 で あ る.1:観察された日, 0:観察されなかった日.毎年ほぼ決まった 時期(網掛け部)に,3回ほどのガード行動 が観察されることが分かる.3回目のガード 行動が観察されなかった2009年と2010年で も,抱卵メスの卵ステージ調査から小規模 ながら3回目の繁殖が認められた(Takahashi & Goshima, 2012). 図4. イソヘラムシの3回の産卵期におけるメス 体長と産卵数の関係.●–実線:1回目の繁 殖で産卵された卵数,×–破線:2回目の繁 殖,△–点線:3回目の繁殖.卵ステージを 発育に応じて3段階に分けて(Takahashi & Goshima, 2012),卵ステージ3については, すでに母親の育房から稚仔が這い出ている 可能性があるので除外し,卵ステージ1と2 のみを計数の対象とした.回数を追うごと に同じメスサイズでも産卵数が減少する傾 向が見られる.ただし,3回目の繁殖例数が 少ないので,十分なサンプル数が確保でき た1回目と2回目の繁殖についてのみ産卵数 は有意に減少しているという結果が得られ た(ANCOVA, 傾き:p=0.482,切片:p< 0.001).

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昔から言われている,生物の温度による反応速度に 関する法則で,温度上昇が10℃ごとに反応速度が 2~3倍になるというQ10の法則(Brody, 1945)が働 いている可能性が十分に予想される現象である.つ まり,春からの水温上昇により卵発達速度が高ま り,育房に保護されている卵や稚仔の発育速度が急 激に高まり,母親体外での独立生活が早まることに なる.同一種でも,あるいは兄弟姉妹でも生まれる 時期によってたどる生活環が異なることになる.残 念ながら,産卵時期ごとの稚仔のその後の生存率や 成長成熟について十分な解析ができていないので, どの生活環がいかなる適応度成分を持っているのか 比較検討できていない.生活史戦略の観点からの興 味は尽きないが,今後の大きな課題となろう. イソヘラムシの成長と寿命 毎月採集したイソヘラムシの体長組成の変化から 本種の成長過程を追った.雌雄の判別はペニスを持 つかどうかで識別できるが,体長10 mmを超えな いとその性判別は困難である.母親の育房から這い 出てきた稚仔が最初にコホートとして確認できるの が7月であり,その時の体サイズが最小5 mmほど で,平均では9.6 mmである.この時期の体サイズ 組成は,孵出直後の0歳と親である大型サイズ(1 歳)の2峰型を示す.その後,大型サイズの峰は急 速に個体数を減らし,死亡すると考えられる.残っ た小型個体(0歳)のその後の成長は比較的単調で ある.8月にはオスで体長14.3 mm,メスでは12.8 mm に,9月にはオスが16.7 mm,メスは14.8 mmに,そ して12月には両性ともに平均体長21.5 mmにまで 成長する.水温が最低となる2月付近では成長が一

時的に停滞するのが認められる(Takahashi & Goshima, 2012). 前述の繁殖に関連する一連の行動はこの最低水温 を記録する2月頃からはじまる.すなわち,オスが 成熟メスを掴まえる交尾前ガード行動が見られるよ うになり,新たな繁殖がはじまり,新世代の誕生と なる.繁殖に1, 2回,時には3回ほど参加した後に寿 命となり死亡する.つまり,函館湾におけるイソヘ ラムシの寿命は雌雄ともに13~15 ヵ月程度と推定さ れる.ただし,繁殖期の雌雄の性比に関して,オス の比率が急速に低下することから,オスは交尾後に 死亡し,メスは卵稚仔を育房内で保護しつつやや長 く生き続けて複数回の産卵・保育を行った後に死亡 するものと考えられる(Takahashi & Goshima, 2012). ガード行動や産卵が終わるとメスに性比が偏る,す なわちオスが相対的に早く死亡するというこの現象 は,バルチックヘラムシでも同様であり(Sheader, 1977; Salemaa, 1979; Healy & O’Neill, 1984),似たよ うな繁殖様式を示していることを物語っている. 上記のような成長過程をたどった場合,雌雄とも 同じ年齢のコホートならばほぼ似たような単峰型の 体長組成を示すことが予想される.しかし,実際に はオスの体長組成の幅,すなわちばらつきがメスよ りも相当に大きく,かつ,平均体長もメスに比べて 大きい(Takahashi & Goshima, 2012).誕生後の成長 速度に雌雄差とともにオスの成長個体差が大きいの か,あるいは体長依存的な生存率に性差があること などが予想される.この現象は函館湾のイソヘラム シに限らず,たとえば前述のバルチックヘラムシに も 同 様 に 報 告 さ れ て い る(Sheader, 1977; Healy & O’Neill, 1984).その要因と意義についてその詳細は 不明のままであり,今後の精査が大いに期待される. 浅海域におけるヘラムシ類の役割―特に水産との 関わり ヘラムシ類を含む等脚類は,人間生活にはそれほ ど大きな直接的な関係はない.しかし,水界では魚 類や甲殻類などの捕食者によって食べられる重要な 餌となり,自身はグレイザーとして海藻や海草を摂 食して植物に影響を与え,さらには魚類等の外部寄 生者となる種も多くいる.たとえば,魚類の餌の重 要性としては,多くの海域での魚類の胃内容物調査 か ら 明 ら か に な っ て い る(Wallerstein & Brusca, 1982; Leidenberger et al., 2012など).生活史初期の 小型魚類が主に等脚類を捕食する例も知られてい る.魚類の外部寄生者となって血液を吸ったり,見 た目の悪さから商品価値を下げることもよく知られ ている(Welicky et al., 2013; Dias et al., 2014など).

さらには,バルチック海では,数種類のIdoteaが植

物食者として直接的に大型海藻類を摂食するマイナ ス面と,海藻葉上の付着藻類を除去して大型海藻の

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生育を助けるというプラスの役割と,加えて魚類等 の餌種として海洋生物群集中で重要な役割を果たし ていることが知られている.今後の地球温暖化によ る環境変化がその役割に大きな変化を及ぼすことが 危惧されている(Leidenberger et al., 2012).北海道 でも,生育している大型海藻だけでなく,海岸に打 ち上げられた海藻・海草類に多くのオホーツクヘラ ムシ等の等脚類が,端脚類とともに取り付いて消費 しているのが頻繁に観察され,腐食物の分解者とし ての役割は小さくないだろうと思われる.ゆえに, 水産面への直接的な役割は目立たなくても,水界で の生物群集中の食う–食われる関係,あるいは分解 者としての働きやエネルギー収支の観点から見れ ば,その役割は決して小さいものではないように思 える.この観点からの今後の精査も望まれる. 謝 辞 本原稿の取りまとめにおいて,多くの方々のご協 力を得た.野外サンプリングと観察においては,当 時の大学院生であった,田村亮輔,西田大,枷場ゆ かり,伊藤詩織,西村浩明,小塚陽介の各氏のご協 力を得た.写真撮影においては西田大,田村啓明の 各氏にお世話になった.また,等脚類全般について は,元富山市科学博物館の布村昇氏と,本誌編集委 員長の下村通誉氏に有益なご助言をいただいた.厚 く御礼申し上げる. 文 献

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図 1.  函館湾で見られるヘラムシ科 Idoteidae の 4 種類. A :イソヘラムシ Cleantiella isopus , B :オヒラキヘラム シ C. strasseni , C :オホーツクヘラムシ Idotea ochotensis , D :ワラジヘラムシ Synidotea laevidorsalis (撮 影:西田大) .オホーツクヘラムシのみ知床にて採集した個体で,ほかは函館湾採集の個体を撮影した.

参照

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