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自閉性障害児に対するPECS を用いたコミュニケーション指導

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Ⅰ. 問題と目的

 絵カード交換式コミュニケーションシステム(Picture Exchange Communication System: PECS)は、話し言 葉の乏しい自閉性障害児の自発的な機能的コミュニ ケーションの獲得を目的とした、絵カードを用いたト レーニングシステムである (Bondy & Frost, 2001)。 PECS は、応用行動分析学の原理と手続きに基づき、 フェイズⅠ(絵カードの交換)、フェイズⅡ(距離の 拡大)、フェイズⅢ(絵カードの弁別)、フェイズⅣ (文の構成:「○○ください」)、フェイズⅤ(要求文脈 における質問「何が欲しいの?」への応答)、フェイ ズⅥ(コメント「○○が見えます」)、の 6 つのフェイ ズで構成される。その特徴として、① 具体的な強化子 を用いた機能的な文脈で段階的な指導を行い、② 子 どもが始発するコミュニケーション行動を、③ プロ ンプトフェイディング法により形成し、④ 模倣や注 目などのスキルを前提条件として必要としないことが 指摘されている。また、動作の簡単さや聞き手にとっ てのわかりやすさ、必要な道具を携帯できる、などの 要因も、機能的コミュニケーションの確立を促す(小 井田・園山, 2004)。これまで、重度の知的障害を有す る自閉性障害児に対しても PECS の有効性が報告され (Yokoyama, Naoi, & Yamamoto, 2006)、先行研究で示 されたおもな効果は、機能的コミュニケーション獲得 の促進(Schwartz, Gar nkle, & Bauer, 1998)、社会的 相互作用の促進効果(Kravits, Kamps, Kemmerer, & Potucek, 2002)、行動問題改善の波及効果への影響 (Charlop-Christy, Carpenter, Le, Leblanc, & Kellet,

2002)、話し言葉の発達促進(Bondy & Frost, 2001; Gunz & Simpson, 2004)、の 4 つに分類される。近年で は、生態学的アセスメントに基づく介入(小井田・園 山, 2004; 倉光・趙・園山, 2008)や機会利用型指導法 の併用(飯島・高橋・野呂, 2008)、学校場面での適用 (藤野・藤野, 2007)など、日常生活場面での PECS に よるコミュニケーション指導を促進する具体的手続き が検討され、今後の課題として、話し言葉が促進され る子どもの特性や、非言語コミュニケーション行動と の関連の検討が求められている(藤野, 2009)。  しかしながら、これらの研究では、フォローアップ 時点における叙述機能の増加(Schwartz et al., 1998)、 表出語彙数、伝達内容の拡大について、逸話的に報 告しているものの(Stoner, Beck, Jonesbock, Hickey, Kosuwan, & Thompson, 2006)、フェイズⅣを獲得した 後のコミュニケーションの拡大に焦点を当て、具体的 i f

実践研究

自閉性障害児に対する PECS を用いたコミュニケーション指導

― ― 

文構造の拡大の観点から 

― ―

伊  藤   玲・松 下 浩 之・園 山 繁 樹

 本研究では、自発的な機能的コミュニケーション行動に乏しい自閉性障害児 1 名を対象に PECS による文の構成を指導し、家庭場面における PECS 使用の般化について検討した。そ の結果、対象児は、日常生活中のコミュニケーション機会において PECS が使用可能になり、 修飾語や目的語を使用した要求が増加した。生態学的アセスメントに基づく絵カードの作成 により、家庭場面における自己決定の機会が増加し、絵カード 1 枚で要求していたときより も、要求機会の多様性が拡大した。以上のことから、家庭での PECS の使用機会を生態学的 アセスメントに基づいて段階的に拡大したことや、より複雑な表現スキルの獲得によって、 日常生活場面での自己決定の機会の拡大や、対象児の家庭での役割が確立されるという家庭 生活の変化がもたらされたと考えられた。今後の課題として、より抽象的な内容や、フェイ ズⅤ以降の具体的な指導手続きの検討が挙げられた。 キー・ワード:自閉性障害 絵カード交換式コミュニケーションシステム 文構成 筑波大学大学院人間総合科学研究科

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な指導手続きを検討した研究は少ない。小井田・園山 (2004)は、「○○を見ています/聞いています」とい うフェイズⅥの指導を実施している。しかし、自発的 なコメントの生起はみられず、フェイズⅥの達成には 至らなかった。今後の課題として、より複雑なコミュ ニケーション行動における、具体的指導手続きの検討 が課題として示されたことを指摘している。Marckel, Neef, and Ferreri(2006)は、問題解決スキルの観点 から、PECS 指導を行った。具体的には、要求物の カードがない状況を設定し、色や形のカードを用いて、 代替的にその特徴を記述することを指導している。参 加児は類似した文脈において、それらのカードを用い て要求が可能になったが、これらのスキルの実用的な 活用はみられなかった。コミュニケーション機能の拡 大や表現内容の高次化など、より広い場面における、 複雑な表現の獲得のために必要な具体的アセスメント 方法や、文法構造を拡大する具体的な指導方法につい ても検討する必要がある。さらに、獲得した PECS に よるコミュニケーションスキルが、日常の生活場面で 実際に使用されるための手続きについては明らかにさ れていない。  そこで、本研究では、表出言語が乏しく、話し言葉 以外の機能的なコミュニケーション行動も乏しい自閉 性障害児 1 名を対象に PECS を指導した。特に、基礎 的な要求行動を獲得した後の修飾語や目的語を用いた より複雑な文構成の指導方法、および伝達内容の拡大 のプロセスを明らかにするとともに、家庭場面におけ る使用拡大・般化を促進する手続き、ならびに参加児 の生活に与えた影響について検討した。 Ⅱ. 方 法 1. 参加児  知的障害特別支援学校小学部 3 年の自閉性障害男児 1 名(以下、A 児)を対象とした。3 歳 2 か月時に医師 より自閉性障害の診断を受けており、9 歳 0 か月時か ら B 大学で週 1 回 1 時間の個別指導を受けていた。9 歳 0 か月時の田中・ビネー知能検査Ⅴの結果は、MA 2 歳 8 か月、IQ 30 であり、日常的な指示には従事可能 であった。色や形の分類、簡単なパズル、計数、視写 が可能であったが、言語教示を伴う課題に対しては応 答が難しく、動機づけが著しく減少し、一貫しない反 応を示した。おもに指さしやリーチング、「ア」とい う発声などで要求し、聞き手に伝わらない場合は強引 に要求物を取ることもあった。発声は多いが、奇声が 多く、音声模倣は困難であった。視写による文字指導 が学校で行われていたが、機能的な使用はできなかっ た。幼少期に比べ、要求機会が減少し、コミュニケー ション機会が少ないことが母親から報告されていた。 これまでに、PECS の指導を受けたことはない。 2. 研究期間と場面設定  X 年 6 月(9 歳 2 か月)から X+1 年 1 月(9 歳 9 か 月)まで、以下の 3 つの場面で指導を行った。   ( 1 )大学におけるおやつ場面: X 年 6 月∼X+ 1 年 1 月まで、週 1 回の個別指導のうち 20 分程度をお やつ場面とした。第 1 著者が、絵カード交換の相手で ある主指導者(以下、MT)となり、A 児と机を挟んで 対面して着席した。応用行動分析学を学ぶ大学院生 1 名がプロンプター(以下、Pr)となり、A 児の後ろに 位置した。   ( 2 )大学における自由遊び場面: X 年 9 月∼ X+1 年 1 月まで、おやつや課題以外の時間に行った。 指導室内の棚を道具コーナーとし、A 児の好みの活動 が見えるように並べて第 1 著者が管理した。絵カード を収納したコミュニケーションブック(以下、PECS ブック)を棚の前の机に置き、自由に手に取れるよう にした。   ( 3 )家庭場面: X 年 10 月∼X+1 年 1 月までに 指導を実施した。家庭で A 児がよく過ごす部屋に PECS ブックを設置し、自由に手に取ることが可能で あった。 3. 使用物品  A 児の好みの飲食物や活動、修飾語などのカード (50 mm × 55 mm)、PECS ブックと文シート(B5 サ イズのバインダー:Fig. 1 参照)を使用した。カード は、アイテムの写真の下にひらがなで名称を明記し、 ラミネート加工を施した。カードの裏にマジックテー プを貼付した。   ( 1 )大学におけるおやつ場面: A 児の好みの飲 食物を少量ずつ使用した。毎回同じ物品を入手するの は困難であり、ブロックごとに異なる物品もあった。 「色」フェイズでは、それまで使用していた物品に加 え、同商品で、味とパッケージの色が異なる物品を追 加した。   ( 2 )大学における自由遊び場面: A 児の好みの 活動、必要な道具 9 種類程度を使用した。修飾語の指 導では、各物品カード(パズルなど)について、色や 大きさ、絵柄などの特徴が異なる複数の活動を設定し た。修飾語カード 1 枚で活動が特定できないよう、ひ とつの特徴が複数の活動で共通するように活動や道具 を選定した。

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  ( 3 )家庭場面: A 児が家庭内で好む活動や物 品、少しの援助で実行可能な日課などを要求対象とし た。要求を明確に記述するために、使用するカードを 24 週目に追加した。例えば、要求対象の特徴を示す 修飾語カード、外出先を示す自宅近隣の場所カードを 追加した。また、A 児がほぼ毎日要求する活動(風呂 掃除など)について、母親が毎回確認を行っていたこ と、活動を遂行した後、その確認を依頼することも あったことなどから、活動終了後にその状況の確認を 依頼するための「確認依頼」カードを作成した。 4. 手続き   ( 1 )生態学的アセスメント: 保護者への聞き取 りと大学プレイルーム内における直接観察より、A 児 の要求行動のレパートリー、家庭で要求が生起する状 況、好みの飲食物や活動などについて、情報を収集 した。   ( 2 )一般的手続き: 原則として、「PECS トレー ニング・マニュアル改訂版(第 2 版)」(Frost & Bondy, 2002)を参考にした。MT による物品提示、または自 発的な要求反応の生起を試行開始とし、物品を使用し 終わったときに試行終了とした。正反応には MT が カードを指さして読み上げた後、要求を充足した。誤 反応には Pr がプロンプトした。原則として 2 ブロッ ク連続正反応率 80%以上を達成基準としたが、指導 の進行状況によっては、1 セッションで 1 フェイズを 達成する場合も考えられたため、同セッション内で基 準を達成した場合は、次セッションの開始前にテスト 試行を行い、正反応が生起することを確認した。   ( 3 )大学におけるおやつ場面: 10 試行 1 ブロッ クとし、1 セッションに 2 ブロックを連続して実施 した。   1 )フェイズⅠ(絵カードの交換): MT と A 児 が対面して着席し、机上に絵カード 1 枚を提示した。 A 児が絵カードを手に取り、MT に手渡すことを正反 応とした。   2 )フェイズⅡ(距離の拡大と持続性): 絵カー ドを取り、MT に渡しに行くことが正反応であった。 ① PECS ブックの導入、② MT までの距離の拡大、③ PECS ブックまでの距離の拡大、の 3 つのステップを 設け、ステップ ② と ③ では試行ごとに 1 m ずつ距離 を伸ばした。誤反応の次の試行では、距離を 1 m 短縮 した。次ブロックの 1 試行目は、前ブロックの最終試 行の距離から開始した。   3 )フェイズⅢ(弁別): PECS ブックに複数の 絵カードを貼って提示した。① おやつ場面と無関係 のダミーカードと好みの物品カード間の弁別、② 好 みの物品カード同士での弁別の 2 つのステップがあ り、試行ごとに絵カードを 1 枚追加した。次ブロック は、前ブロックの最終試行の枚数から開始した。誤反 応の場合、選択したカードの物品を渡し、再試行でプ ロンプトを行った。   4 )フェイズⅣ(文の構成): PECS ブックに文 シートを貼った。ステップは、① 「ください」カード が貼られた文シートに物品カードを貼ること、② 文 シートに物品カードと「ください」カードを貼ること、 であった。   5 )文構造の拡大: ① 2 種類の物品、② 色、③ 数、④ 色と数、⑤ 大きさ、を順に指導した。A 児が 「○○(物品)ください」と、二語文をつくって要求し た場合、2 つの選択肢を提示して「どっち」と質問し た。例えば、① 2 種類の物品で A 児が「せんべいくだ さい」と要求した場合、せんべいとチョコレートが載 せられた皿と、せんべいとポテトチップが載せられた 皿を提示した。2 品目の物品は、MT が任意に決定し た。また、② 色の指導では、同商品の異なる味を教材 に追加し、物品カードは白黒に変更した。例えば、 「ポテトチップください」と要求した場合、緑色(サ ラダ味)と黄色(チーズ味)のパッケージを同時に提 Fig. 1 PECS ブック(開いた状態)

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示し、選択反応を待った。要求反応が生起した場合、 適切なカードを文シートに追加するようプロンプトし た。③ 数では個数、④ 色と数では物品の種類と個数、 ⑤ 大きさでは物品の大きさがそれぞれ異なる選択肢 を提示し、その他の手続きは ② 色と同様であった。   6 )一致チェックとエラー修正: フェイズⅢ以降 の各フェイズを達成後に行った。絵カードを交換後、 要求した物品とダミーの物品を同時提示し、「どうぞ」 と教示した。手渡したカードの物品を選択することが 正反応であった。誤反応には、正しいカードを渡すよ うプロンプトした。別の選択肢に対して、明らかな要 求反応があった場合は誤反応とした。一致率 90%以上 を達成とした。   ( 4 )大学内プレイルームにおける自由遊び場 面: 15 分間を 1 ブロックとし、2 ブロック行った。各 活動に必要な道具をプレイルーム内の棚に見えるよう に並べ、棚の前の机上に PECS ブックを提示した。   1 )ベースライン ①(フェイズⅣ): 自由遊び開 始時に、PECS ブックを A 児に見せ、「ここにあるよ」 と教示した。カードの使用は促さず、すべての要求を 充足した。   2 )介入 ①: PECS 以外の反応型で要求した場 合、① 3 秒間の遅延、② 言語プロンプト(「なに」)、 ③ PECS ブックの指さし、④ 身体ガイダンス、の 4 段 階でプロンプトした。   3 )ベースライン ②(文構造の拡大): 修飾語 カードを用いて物品を選択的に要求することが正反応 であった。線画のカードを使用し、各活動カードに は、それぞれ特徴(絵柄や色など)が異なる 3 種類程 度の活動を設定した。「○○ください」と要求した場 合、そのカードに該当する活動を提示し、「どれ」と 質問した。修飾語カードのみを使用した場合も、同様 の手続きであった。その他の手続きは、ベースライン ① と同様であった。   4 )介入 ②: 活動の提示に対して正反応が生起 しなかった場合、要求物の特徴を示す修飾語カードを 机上に提示した。A 児が机上のカードを手に取らない 場合は、介入①と同様の段階でプロンプトした。   5 )プローブ: ベースライン ① と ② と同様で あった。   ( 5 )家庭場面: 大学で第 1 著者がモデルを示す とともに、文書と口頭により母親に手続きを教授し、 家庭で母親が介入と記録を行った。研究期間中、第 1 著者と母親が毎セッション 10 分程度の話し合いを 行った。   1 )生 態 学 的 ア セ ス メ ン ト ②: 家 庭 場 面 へ の PECS の導入に先立って、家庭でのコミュニケーショ ン機会と A 児の様子、家族の対応などについて 1 週間 分の記録をもとに母親と協議し、情報を整理した。   2 )ベースライン ①(フェイズⅣ): A 児がよく 過ごす部屋の目につきやすいところに、PECS ブック を設置した。A 児が下校後、母親が一緒に PECS ブッ クの位置を確認し、「ここにあるからね」と教示した。 その他の手続きは、自由遊び場面のベースライン ① と同様であった。   3 )介入 ①: 自由遊び場面の介入 ① と同様で あった。   4 )生態学的アセスメント ③: 家庭場面におけ る介入 ① の正反応率が安定した後、PECS の使用状 況と PECS を用いた家族とのかかわりの様子につい て、A 児の下校後から夕食前までの約 3 時間を第 1 著 者が観察した。その後、母親と協議し、A 児が要求対 象をより明確に表現する必要のある状況を特定した。   5 )絵カードの追加と予備指導: 生態学的アセス メント ③ の結果に基づいて絵カード 58 枚を追加し、 カードの絵が抽象的でわかりにくい場合は、絵カード の使用機会を設定して予備指導を行った。例えば、活 動完了時に「確認依頼」カードを手渡す行動を形成す るため、標的となる各活動(風呂掃除など)が終了し たタイミングで、「確認依頼」カードを母親に手渡す よう身体ガイダンスを行った。また、A 児が屋外に出 たがる反応を示した場合、「∼へ行く?」などの誘い かけは行わず、身体ガイダンスで「おでかけ」カード を手渡す行動を形成した。   6 )ベースライン ②(文構造の拡大): 食事場面、 外出場面、活動完了後の確認依頼場面を、要求対象を 特定する必要のある状況とし、関連するカードを追加し た。その他の手続きはベースライン ① と同様であった。   7 )介入 ②: 各標的場面において、二語文で要 求した場合、「どれ/どこ」などと質問した。質問に 対して適切なカードを文シートに追加しない場合、① 選択肢を提示、② 身体ガイダンスの順でプロンプト した。 5. データの処理   ( 1 )大学内プレイルーム: おやつ場面では 10 試行を 1 ブロックとし、自由遊び場面では、各活動の 道具や PECS ブックへの接近、5 秒以上の注視、リー チングや指さし、サイン、「アッタ」という発声を要 求機会とし、15 分 1 ブロックで記録した。   1 )自発的な絵カード交換の正反応率: 各要求機

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会において、正反応が生起した割合を次の式で算出 した。  正反応率(%)=正反応数/全試行数×100   2 )一致チェックにおける一致率: 交換した絵 カードと実際の選択反応が一致した割合を、次の式で 算出した。  一致率(%)=正反応数/全試行数×100   3 )修飾語カードの使用率: 修飾語カード、また は修飾語カードが貼られた文シートを MT に手渡した 割合を、次の式で算出した。その際、修飾語カードを 使用する必要のない物品は記録の対象外とした。誤反 応の場合でも、修飾語カードを使用した場合は使用あ りとした。  使用率(%)=修飾語カードを用いた試行数/    修飾語カードを用いる必要のある全試行数×100   ( 2 )家庭場面: 各要求機会において、PECS の 使用の有無、PECS の使用がなかった場合に生起した 反応型、援助の有無と方法などを母親が所定の用紙に 記録し、第 1 著者が 1 週間ごとにまとめた。   1 )自発的な絵カード交換の正反応率: 各要求 機会において、正反応が生起した割合を、次の式で算 出した。  正反応率(%)=正反応数/全試行数×100   2 )3 枚以上のカードの使用率(フェイズⅣ以降): 複数の物品を要求する機会や、物品・活動の種類を選 択する必要のある要求機会で、関連するカード 3 枚以 上を文シートに貼った割合を、次の式で算出した。誤 反応の場合も、カードを 3 枚以上使用した場合は使用 率に含む。  使用率(%)=3 枚以上のカードを用いた試行数/   3 枚以上のカードを用いた要求の機会数×100 6. 観察者間一致率  大学内の指導の録画記録をもとに、各ブロックを 20%ずつ抽出し、第 1 著者と行動観察法の訓練を受け た大学院生 1 名が独立して記録を行い、次の式で観察 者間一致率を算出した。  観察者間一致率(%)=一致した反応数/     (一致した反応数+不一致だった反応数)×100  その結果、各標的行動の観察者間一致率はすべて 90%以上であった。 Ⅲ. 結 果 1. 大学におけるおやつ場面  おやつ場面における自発的な絵カード交換の正反応 率と一致チェックの一致率を Fig. 2 に示した。フェイ ズⅠはブロック 1 では正反応率 20%であったが、ブ ロック 5 では 100%に達した。フェイズⅡ・Ⅲは、各 ステップをそれぞれ 2 ブロックで達成した。フェイズ Ⅳでは、文シートを使用しないことや、「ください」 カードを剥がすなどの反応が生起したが、ブロック 18 Fig. 2 おやつ場面における自発的な絵カード交換の正反応率と一致チェックの正反応率

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で基準を達成し、ステップ 2 は 2 ブロックで達成し た。2 つの物品の要求では、選択肢提示後の反応に応 じてプロンプトすると、次の試行から、二品目に特定 の物品カードを選択するようになり、ブロック 30 の 一致率は 60%であった。同ブロックの 10 試行目に別 物品に対する明確な注視反応がみられたため、修正を 行うと、笑顔で物品を受け取り、その後この傾向はみ られなくなった。色、数のベースライン時の正反応率 は 0%であったが、介入後上昇し、色と数、大きさの フェイズではベースライン中から正反応が 80%、50% の割合で生起した。プローブでは正反応率 90%、一致 率 80%と高率で維持されていた。 2. 大学における自由遊び場面  自由遊び場面における正反応率と修飾語カード使用 率を、Fig. 3 に示した。フェイズⅣの平均要求機会数 は 7.8 回であった。ブロック 23 では、PECS ブックに 接近し、触れるなどの反応が生起したが、正反応率は 0%であった。介入後、ブロック 24 で正反応率 54.5% となり、ブロック 35 以降は 100%で安定した。文構造 の拡大期の平均要求機会数は 9.7 回であった。ブロッ ク 40 では全試行で「○○ください」と二語文で要求し たが、修飾語カードを用いた要求が 1 試行で生起し、 使用率は 25%であった。ブロック 47 で正反応率、修 飾語の使用率が 100%となり、ブロック 50 以降 80% 以上で安定したが、語順における誤反応が頻繁に生起 した。プローブでは、正反応率、修飾語カード使用率 とも 80%以上で維持されていた。 3. 家庭場面  家庭場面における正反応率、3 枚以上のカードの使 用率、および要求機会数を Fig. 4 に示した。17、21、 23 週目は、A 児の体調不良などによりデータが収集 できなかった。フェイズⅣの平均要求機会数は 27.1 回/週であった。ベースラインの正反応率は 82.4%、 56.3%(15、16 週)で、母親以外への使用も生起した。 その後 5 週の正反応率は、すべて 80%以上であった。 「確認依頼」「おでかけ」カード使用の予備指導(21、 22 週)を家庭で行うと、各カードを適切な状況で使用 可能になった。文構造の拡大期の平均要求機会数は 50.2 回/週であった。24 週目は PECS の未使用や誤反 応が増加し、正反応率は 70.5%であった。3 枚以上の カードの使用が 1 回生起し、使用率は 1.6%であった。 27 週目に正反応率 100%に達し、3 枚以上のカード の 使 用 率 は 25 週 か ら 28 週 目 ま で、47.9%、50%、 39.3%、35.7%であった。介入を通して、新しいカー ドの使用や、カードの多様な組み合わせによる PECS の使用が増加し(Table 1)、プローブでも、要求機会 数、正反応率、3 枚以上のカードの使用率が高く維持 していた。 Fig. 3 自由遊び場面における正反応率と修飾語カードの使用率

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Table 1 本研究で指導した文と般化を示した文の例 般化した文の例    指導した文の例    フェイズ   場 面  新規の要求物(飲食物) チョコレート ください フェイズ Ⅳ おやつ 大きい 茶色 クッキー 2 ください ① 赤 ポテトチップ ください ② せんべい 2 ください ③ 緑 チョコレート 2 ください ④ 大きい クッキー ください 文構造の拡大 新規の要求物(玩具・活動) パズル ください フェイズ Ⅳ 自由遊び 小さい シャボン玉 ください ぽにょ 音楽 ください のんたん 本 ください うさぎ パズル ください 大きい シャボン玉 ください 電車 本 ください 文構造の拡大 新規の要求物・活動 おでかけ ください フェイズ Ⅳ 家 庭 ごはん おかず ください パン バター ジャム ください アンパンマン テレビ ください おかわり シチュー ください 公園 おでかけ ください おでかけ 車 ください 学校の準備 確認依頼 ください 赤 ふりかけ ください ごはん ふりかけ ください 文構造の拡大 その他 指さし+「ください」カードでの要求/要求機能としての指書/○×カードでの応答 Fig. 4 家庭場面における正反応率・3 枚以上のカードの使用率・要求機会数

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 また、余暇時間に行う活動や食事の取り方などに参 加児の好みがみられるようになり、さらに、風呂掃除 などの手伝いを毎日行うようになったことで、そのス キルの向上がみられたと報告された。 Ⅳ. 考 察  本研究では、表出言語と機能的なコミュニケーショ ン行動が乏しい自閉性障害児 1 名を対象に PECS 指導 を実施した。文構造の拡大として、修飾語と目的語の 指導を行い、その獲得と伝達内容の拡大、家庭におけ るコミュニケーション機会の拡大について検討した。 その結果、参加児は早期に PECS のフェイズⅣまでを 達成し、文構造の拡大についても、自由遊び場面、家 庭場面で使用可能になった。 1. PECS の獲得とその般化  大学における PECS 指導では、おやつ場面において フェイズⅣを達成した後、自由遊び場面ではその般化 がみられなかった。一方、家庭場面においては、PECS を導入した初日から PECS の使用がみられ、般化が観 察された。Ziomek and Rehfeldt(2008)は、随伴性の 異なる場面般化を促進するためには、追加的な手続き が必要であることを示唆している。本研究の場合も、 高く構造化されたおやつ場面と、より自由度の高い自 由遊び場面との間の随伴性の違いが大きかったこと が、般化がみられなかった理由として考えられる。例 えば、おやつ場面では、MT と参加児が向かい合い、 各試行を連続的に行ったが、自由遊び場面では機会利 用型指導法を使用した。また、自由遊び場面は PECS ブックまでの距離や方向がさまざまで、PECS の使用 のための反応コストが大きかったこと、さらに自由遊 び場面への PECS 導入当初は、家庭においてはそれま で通りの反応型が強化されていたことも、般化がみら れなかったひとつの要因と考えられる。  家庭場面への般化を促進した要因として、その随伴 性が自由遊び場面と比較的類似していたこと、段階的 な導入によって、Charlop-Christy et al.(2002)が指摘 し た よ う に、要 求 行 動 の 弁 別 刺 激 と し て の 機 能 が PECS ブックやカードに付与されたことが示唆され る。絵カードがない物品を要求する際、「ください」 カード手渡して指さしが生起したと報告されたこと も、それを示していると考えられる。生態学的アセス メントの結果からは、日常生活場面での要求機会は具 体物の要求だけではないこと、また、指導に組み込み やすい修飾語や属性語を使用する必然性の高い機会は ほとんど存在しないことが明らかとなった。それより も、間欠強化を受ける場合や強化が遅延される場合を 含む「おでかけ」、痛みなどの嫌悪的な刺激を先行子 に含む「薬/絆創膏」、社会的かかわりともいえる結 果を含む「確認依頼」など、指導とは随伴性の異なる 場面や抽象性の高い要求対象、文の構造が異なる目的 語などに多くの要求機会が存在した。多様な文脈にお ける指導場面の設定は、PECS ブックやカードが共通 の弁別刺激として機能するために効果的であったと考 えられるが、作成したカードによっては予備的な指導 が必要なものもあり、用いるシンボルなどにも配慮が 必要である。今後は、将来の使用可能性を考慮した生 態学的アセスメントの実施や、それに基づく場面設定 のあり方、具体性の低い対象を標的とした指導手続き の検討が必要である。 2. 文構造の拡大における指導  本研究では、PECS を用いた伝達内容の拡大を目的 として、複数の物品の要求、要求対象の特徴の記述、 目的語の表出を指導した。おやつ場面における複数の 物品を要求するフェイズでは、二品目に特定の物品を 選択する行動パターンが観察された。反応型としては 正反応であったが、一致チェックの結果から要求物は 別の物品と評価され、これは、1 試行目にプロンプト を受けた絵カードの配列を、参加児が再現していたこ とを示唆し、機能に基づかない行動が形成されたこと を示す。本研究の指導手続きを分析すると、参加児が 1 つ目の物品を要求後、MT が任意に 2 つ目の物品を 選択肢として提示していた。物品はすべて参加児の好 みのものであったが、試行ごとの物品間の強化価は異 なった可能性があり、これを考慮した手続きの検討が 必要であった。  家庭場面における文構造の拡大では、3 枚以上の カードの使用頻度は高くはなく、介入を通して選択的 な要求が増加したものの、多くは修飾語カードと物品 カードを用いたものだった。日常生活場面に存在する コミュニケーションの文脈は多様であり、アセスメン トに基づき作成された目的語や場所、手段を示すカー ドでは、そのカードの使用に必要な文構造が、大学場 面で指導したものとは異なった。また、食べ物や玩具 と比較し、より社会的な機能を有する場合も多く、こ れらのことが般化を困難にした要因と考えられる。介 入に伴い、何らかの特徴を抽出してカードを使用する ことが増加したが、語順における誤りもみられた。本 研究の結果から、PECS などの視覚的なシステムの活 用は自閉性障害児にとってもわかりやすく、また絵 カードを並べるという反応型は共通して求められるた

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めに、文構成のような複雑な反応の場合にも、効率的 であると考えられる。しかし、自閉性障害児にとって より獲得困難といわれる、社会的な機能を有する言語 行動や、より長く複雑な文を構成するための正しい語 順の獲得を指導する場合、より詳細な随伴性の分析 と、手続きの検討が必要である。 3. 家庭場面における生活に与えた影響  本研究で示された要求機会数の増加は、余暇時間の 過ごし方や自己決定の機会の拡大など、参加児の生活 にも影響を及ぼしたことを示している。本研究では、 参加児の好みに基づく要求機会だけではなく、既存の 生活スキルを考慮し、そのスキルと関連させたコミュ ニケーション機会を設定した。例えば、風呂掃除のよ うに、すでに確立しているルーティン中の自然な強化 子によって PECS の使用が維持され、家庭内における 参加児の役割が確立した。また、未確立のルーティン を形成することで、新しいスキルを習得するための機 会としても機能した。日常生活の実現可能性という観 点からは、本研究における参加児の変容は、その生活 における自立度や実現可能性を高めることに有効で あったと考えられる。  日常生活場面に存在するコミュニケーション機会は 多様であり、その多くは、指導場面とは異なる随伴性 をもつ。本研究では、新規の要求対象でも、その特徴 を示すカードの適切な使用がみられた。コミュニケー ションを二者間の相互作用ととらえれば、完全な文で はなくとも、およその意図が伝達できることは意味が あり、他者に対して自発したという点で評価できる。 しかし、すべての試行でカードの選択が生起したわけ ではなく、文構成スキルの自発を促進した要因や、効 率的な指導方法の検討が必要である。また、日常生活 での使用可能性を考慮し、生活中で必然性のある抽象 性の高いカードを導入することも必要であり、今後、 より抽象的な内容や、フェイズⅤ・Ⅵについても、要 求以外の機能における伝達を促進するための詳細な分 析が必要である。 付 記  本研究にご協力いただいた参加児と、ご家族に感謝 いたします。なお、本研究は、筑波大学大学院人間総 合科学研究科研究倫理委員会の承認を受けた。 文 献

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(11)

Practical Research

Using the Picture Exchange Communication System (PECS) to

Teach a Child With Autism Enhanced Sentence Structure

Rei I

TO

, Hiroyuki M

ATSUSHITA

, and Shigeki S

ONOYAMA

Graduate Course of Disability Sciences, University of Tsukuba

(Tsukuba-Shi, 305―8572)

  The present study used the picture cards of the Picture Exchange Communication System (PECS) to enhance the structure of sentences of a boy (9 years 2 months old at the start of the study) with autism and limited functional commu-nicative behavior and speech. Generalization of the boy’s functional communication skills using the PECS cards was examined in his home. The results indicated that he was able to use the PECS cards to communicate in several home settings. For example, an increase was observed in requests using modi ers or objects. Preparing picture cards based on an ecological assessment increased opportunities for independent decision-making in the home. When more than one picture card was used, an increase was observed in the number of opportunities and larger variety of requests compared to requests made when the child was using only one picture card. Limitations of the study include the consequences of di erences in grammar between English (the original language of PECS) and Japanese, and procedural shortcomings when sentence structure was taught and generalization of the acquired skills evaluated across settings. Future research with PECS should include more abstract content. Furthermore, speci c directions are needed after PECS Phase V.

Key Words: Picture Exchange Communication Systems (PECS), sentence structure, child with autism i

f

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参照

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