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研究機関とサイエンスコミュニケーション①(森田)

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科学における社会リテラシー2009

研究機関と

サイエンス・コミュニケーション

森田洋平

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1

<1>

研究機関とサイエンス・コミュニケーションⅠ

研究所の研究領域と広報の役割

1.

高エネルギー加速器研究機構(KEK)の研究領域

1.1 ホームページの開設から今日まで 高エネルギー加速器研究機構(KEK)の広報室ができたのは 2001 年 です。私が 1992 年に初めてホームページを立ち上げましたが、当時 は、ホームページは研究者向けの情報ツールでしたので、研究者同士 の情報交流に活用できればいいと思っていました。しかし数年後の94 年ごろから、ホームページは広報に便利なメディアであることが認識 されるようになり、いろいろな研究所や組織が広報として活用するよ うになりました。われわれの研究所は、それより少し遅れて、97 年ご ろから、一般向けのホームページはどうあるべきかについて議論を始 めて、ホームページを立ち上げました。 今はそれが発展して、キッズサイエンスなどいろいろな試みをして います。たとえば、2008 年末から「加速キッズ」というマンガを始め、 研究所の活動を分かりやすく紹介し、理解してもらうようにつとめて います。 1.2 KEK の研究領域を理解する「宇宙のものさし」 高エネルギー加速器研究機構(KEK)には、素粒子原子核研究所と物 質構造科学研究所の2つの研究所がありますが、前者は物質の中でも 非常に細かい物質の研究をしており、後者は物質の原子レベルについ て研究するなど、両者の研究スタンスは微妙に異なっていますが、広 報全体のキャッチコピーは、「宇宙と物質の起源と構造を探る」ことで す。

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2 このように、この研究所は非常に幅広いテーマを扱っ ています。したがって研究機関の広報として苦慮するの は、どのようにして研究所の活動をアピールするかです。 そのとき感覚的に理解していただくために、時々活用す るのは、『パワーズ・オブ・テン』(Powers of Ten)とい う、優れたサイエンス・コミュニケーションのビデオで す。これは、非常に大きな数から非常に小さな数まで、 「10 のべき乗」で測る、いわば「宇宙のものさし」です。 ものさしとして温度計を示しました(【図 1】)。われわれ が扱う対象にはそれぞれエネルギースケールがありますが、それは温 度に換算することができます。この研究所の名前に「高エネルギー」 とついているのは、非常に高いレベルのエネルギーを扱うことを意味 しています。また低いエネルギーではどのような現象が生じるかも、 「パワーズ・オブ・テン」の考え方で見えてくるのです。 そこでまず、100 m=1mからスタートします。これは、だいたい 子どもの身長で、われわれが日常的に生きている世界です。こうして レベルを上げていくと、103 m= 1,000 m = 1 km は、だいたいこの研 究所の敷地の東西の距離に匹敵します(【図 2】)。つまり、桁が3つ上 がると、スケールは小さな地域くらいに拡大するわけです。 同様にしてレベルを上げていき、105 m= 10,000m = 100km になる と、関東地域くらいのスケールになります。こうして106 m= 1,000 km は日本列島のスケール、107 m= 10,000 km は地球より少し小さいス ケール というように、桁が上がっていっても、スケールごとに記 述することができます。たとえば、太陽系は1013 m、銀河系は 1021 m のスケールであらわすことができます(【図3】)。 【 図 1 】 宇 宙 の も の さ し

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3 【図4】は、空の一方向を観測して、小さな銀河系のスペクトルを 調べ、その分布から、その銀河系がどのくらいの速さで遠ざかってい くかを分析し、ハップルの法則に基づいて地図にあらわしたものです。 図の1つ1つの点が銀河系に相当します。この1025mのスケールによ り、「宇宙の大規模構造」、すなわち、銀河系が密集している場所とそ うでない場所についても見ることができるわけです。これをよく調べ ていくと、宇宙の始まりのとき、どのようにして水素ガスが集まり、 核融合反応が生じて星が生まれたかも計算することができます。 【図2】KEK の敷地 【図3】銀河系

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4 NASA の WMAP という衛星が、宇宙のいろいろな方向から飛んで くるマイクロウェーブを調べていると、どちらからも同じように光が 来ることを発見しました。最初に発見したのは、ケンジャスとウィル ストンというアメリカの電話通信会社の技師たちでした。宇宙のいろ いろな方向に自分たちがつくったアンテナを向けて調べていると、自 分たちのシステムではないところからノイズが聞こえてくる。それを よく調べていくと、宇宙のどの方向に向けても、だいたい絶対温度3 Kくらいのエネルギーの電磁波が降ってくることが分かりました。そ れが実は、宇宙の始まりのビッグバン、つまり137 億年前に宇宙が非 常に高温・高密度だった状態の 名残火 が見えていたわけです。 【図5】は、宇宙のあちこちから降ってくる電波を非常に精密に測 定したものです。だいたい同じように降ってくるのですが、非常に精 密に調べると、ところどころにムラがあります。それは、宇宙の始ま りのとき膨張した後、次第に冷え始めて、宇宙が晴れ上がり、光ある いは電波で観測できるようになったとき、どのくらい温度分布がばら ばらであったかを示しています。宇宙が始まってから約 30 万年経過 していますが、われわれ人類が一番遠くまで見ることができる範囲が、 この図なのです。 【図4】宇宙の大規模構造

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5 さて、10 のべき乗が上がっていくにつれて、温度計の針が下がって いるのが分かるでしょう。これは絶対温度3Kという非常に低いエネ ルギーのスケールで、超精密に宇宙を見ているわけです。なぜそれが KEK の研究と関係するかといえば、加速器の中で、宇宙の始まりと 同じような状況をつくっているからです。そこで生じる現象をいろい ろ調べたり、他の実験と比較したりすると、宇宙がどのようにしてで きてきたのかを推定することができます。そこで、宇宙が一番遠くま で見えるエネルギーの低いレベルと、われわれの研究がつながってく るわけです。 では、今度は逆方向のスケールで見てみましょう。まず同様に100 m =1mからスタートし、10-1 m= 0.1 m = 10 cm、10-2 m= 0.01 m = 1 cm と進んでいくと、10-3 m= 0.001 m = 1 mm はボールペンの先 端のボールの部分で、まだなんとか肉眼で見ることができます。さら に小さくなると顕微鏡を使わなければ見られなくなります。10-4 m= 0.1mm = 100µm は髪の毛の直径程度ですし、10-6 m= 0.001mm = 1µm は電子顕微鏡で見た大腸菌です(【図6】)。 【図5】WMAP で得られた宇宙マイクロ波背景放射の画像

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6 さらに10-7 m= 0.1µm = 100 nm となると、電子顕微鏡で見るウィ ルスの世界で【図7】はエイズウィルスです。電子顕微鏡は光ではな く、電子を加速させて極小のものを観察するので、ここで初めて、わ れわれの研究所の研究領域に近くなります。 さらに、10-8 m= 0.01µm = 10 nm では、最近開発された非常に性能 のいい電子顕微鏡で、1つ1つの原子がやっと識別できる世界になり ます。ここから先が加速器の世界です。加速器を利用したさまざまな 方法によって、物質の中に原子がどう配列されているかを調べること 【図6】大腸菌 【図7】エイズウィルス

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7 ができます。【図8】は、生物の身体にタンパク質を運ぶ「運び屋タン パク質」の原子配列を三次元であらわしたもので、「運び屋タンパク質」 の腕の部分に原子がどう並んでいるかを模式図的に示しています。こ れは、運ぶ相手のタンパク質に、ちょうど鍵と鍵穴のようにぴったり はまる構造をもっていることも明らかになりました。 これらを調べるのが、加速器から放出される特殊なエックス線であ る「放射光」であり、物質の構造や生命の機能などを調べることがで きます。 さらにもう一桁下がった10-9 m= 0.001µm = 1 nm は、いわゆるナ ノテクノロジーの世界になり、次の10-10 m= 0.1 nm になると、1つ 1つの原子構造が見えてきます。【図9】は水の分子構造を拡大したも ので、中心に原子核がありますが、原子核(10-14 m= 0.00001 nm)の大 きさは、東京ドームの中のわずかパチンコ玉1個に該当します。そし て、その周囲を電子が回っていることが示されています。 【図8】「運び屋タンパク質」の構造

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8 原子核を調べると、【図10】のように、陽子と中性子から成り立っ ています。さらに最近では、陽子と中性子は3つのクォークからでき ていることが分かってきました。図ではクォークを丸く描いています が、本当は、大きさ、かたちはまだ分かっていません。これは、現在 の素粒子理論の最前線の非常に大きな課題です。 クォークは、10-18 m= 0.000000001 nm の世界です(【図 11】)。先 ほどの例で、原子核の大きさを東京ドームの中のパチンコ玉にたとえ 【図9】水の分子構造 【図 10】原子核の構造

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9 ましたが、クォークは、そのパチンコ玉に付着している大腸菌1個よ りさらに小さいことになります。われわれは、そのくらい小さい世界 を見ているのです。そしてその世界に到達するために、非常に高いエ ネルギーが必要になるので、高エネルギーの加速器を利用しているわ けです。 このように、宇宙からクォークまで、非常に幅広い研究領域がある わけですが、そのことを実感してもらうために、研究所敷地内の展示 ホールに「宇宙のものさし」を展示しています。これは一番小さいク ォークのスケールから、一番大きい宇宙の始まりまでを対数メモリー で刻み、自分の大きさが変化することによって、物の見え方がどう違 ってくるかを実感してもらう仕組みにしています。それによって、わ れわれの研究分野がいかに幅広いか、そして一番小さいクォークを探 求することによって、実は宇宙の始まりも解明できる可能性があると いうことを理解してもらうように努めています。 【図 11】クォークの構造

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10

2.

研究内容と広報の関わり

2.1 物理学帝国主義 と 還元主義 さて、物理学者特有の物の見方というか、陥りやすい考え方の1つ として 物理学帝国主義 があります。すなわち、物理学はすべての 学問の基本であり、他の学問に対して優越的な地位をもつという考え 方です。 たとえば18 世紀末から 20 世紀初めにかけて活動した数学者ラプラ スは、ニュートン力学をふまえて天体力学の計算などで名をはせまし たが、「もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知るこ とができ、かつ、もしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知 性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もな くなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう」 と主張しました。この考え方は、ラプラスの悪魔 と呼ばれています。 つまり、すべての原子や分子の動きを知ることができれば、未来は予 言できるという考えです。この考え方は、現在では正しくないことが 分かっています。 【 図 12 】 展 示 ホ ー ル の 「 宇 宙 の も の さ し」

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11 正しくない理由の1つとして、量子力学の存在があります。量子力 学の不確定性原理によって、場所と運動量について同時の精密な測定 は不可能であることが 20 世紀初頭に分かってきました。これによっ て、ラプラスの悪魔的な説が正しくないことが証明されたのです。し かし、量子力学を作り上げた物理学者のパウリは、「原子や分子、さら にはそれらに関わる全ての問題は量子力学で完全に説明される。化学 の出番はもうなくなった」と主張しています。これもある意味で、物 理学帝国主義です。実はこれも正しくありません。しかし、現在でも、 物理学がすべての学問の根源であると考える物理学者は決して少なく ないのです。 「宇宙のものさし」(実は、これを作ったのは私ですが)も、物理学 的帝国主義に基づいているとも言えます。それは、知識の地平線を小 さい方へも大きい方へも広げていくのは楽しいからです。もう少し先 に進むと、今まで分からなかったことが解明されるという期待のもと に研究を行なっているわけですが、一方で、その途中の過程はすべて 解明されているという前提に立っています(どこかで、その前提は正し くないということも知っているのですが ) 物理学者が陥りやすいもう1つの考え方は、還元主義、特に方法論 的還元主義です。これは、複雑な全体を分解して部分を調べることに よって全体を理解しようとする、一般的に用いられている科学的手法 です。加速器を使った研究は、この還元主義の考え方を非常に重視し ていて、生物や宇宙のことも物理学の方程式ですべて分かるという発 想で、細かいものから大きなものまで解明しようとしています。この ように、全ての科学は物理学の用語で記述できる(または理想的には そうされるべきだ)という考え方を物理還元主義と言います。 われわれは、物質の究極として「素なるもの」を知りたいという強 い動機をもっています。そして、小さなものを観察するには、観察対 象よりも小さな波長の「光」が必要になりますので、量子力学ではド・ ブロイ波長(λ=h / mv)を用いて、電子や陽子を加速してぶつけ、ど んな現象が生じているかを調べます。それが加速器を使った研究とい

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12 うことになります。 【図13】のように、自然界には、「重力」「強い力」「電磁気力」「弱 い力」という4つの力があるとされています。「重力」はニュートンの 万有引力の法則後、アインシュタインが特殊相対論や一般相対論で拡 張することによって、広い範囲に適用可能な力となりました。電磁気 力は、いわゆる静電気、電波などで、これらは方程式で非常に正確に 記述することができます。 「強い力」「弱い力」は聞きなれない言葉だと思います。「弱い力」 は、たとえばウランが核分裂する際、粒子と粒子の種類を入れ替えて しまうような力であり、非常に弱くて、ごく稀にしか起きませんが、 ある条件のもとで核反応を生じさせたりします。「強い力」とは、先の 東京ドームの中のパチンコ玉の比喩のように、陽子と中性子が複数集 まっているような力です。陽子はプラスの電気を帯び、中性子は電気 を帯びていません。陽子が複数ある原子核では、非常に狭いところに プラスとゼロがくっついていることになります。なぜプラスとプラス 【図 13】自然界の「4つの力」

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13 が反発して飛び散ってしまわないかを最初に発見したのが、湯川秀樹 博士で、日本人として最初のノーベル賞を受賞しました。陽子と中性 子を パチンコ玉 のような小さな空間(実際は、10‐14のような非常 に小さな原子核の中)に閉じ込めておく「強い力」が存在することを発 見したわけです。 このように、自然界には4種類の力があることが分かり、しかもそ のうち、電磁気力と「弱い力」は加速器を使った実験で、「電弱力」と いう1つの力で方程式を書けることが分かっています。これもノーベ ル賞受賞の対象になりました。さらに、加速器を使った実験の結果、 「強い力」はしだいに弱くなり、重力は強くなっていくのではないか と考えられていて、加速器のエネルギーをどんどん増大させていろい ろな現象を調べていくと、最終的には4つの力を1つの力として考え ることができるのではないかと思われています。これが、先に指摘し た還元主義です。 すなわち、「われわれは4種類の力が自然界に存在することを知って いるけれども、そのうちの2つが1つの方程式で書けることがすでに 明らかになっているのであれば、残り2つもまとめてすべて1つの方 程式で書けるのではないか。そうすれば、宇宙もすべて1つの方程式 で説明できるのではないか」---これが、われわれ物理学者の描く「見 果てぬ夢」です。言い換えれば、複雑な世界も、1つの方程式で説明 できるように単純化できるのではないかという期待のもとに研究して いるわけです。 ここで、税金の問題が関わってきます。エネルギースケールを1桁 上げるためには、莫大な費用がかかります。実験設備の規模も大きく なりますし、非常に大勢の研究者、技術者が関わることになります。 「見果てぬ夢」のために、納税者はどう考えるべきかについては、次 回の講義で議論したいと思います。

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14 2.2 ノーベル賞受賞を後押しした加速器実験 これまで述べてきたように、物理学者は、生命や宇宙の根源を探る ために、加速器を使った実験をしています。たとえば、ベル測定器(The Belle Detector)は、縦横高さ各8mという巨大な装置で、世界の 12 の国と地域から 400 人もの研究者が集まって建設しました。地下 11 メートルのトンネルの中に、1周3kmの真空のビームパイプが並ん でいて、その回りには電磁石、加速フードなどがあります。その中で、 電子が時計回り、陽電子が反時計回りでぐるぐる回り、1ヵ所でぶつ かっています。その瞬間、宇宙の始まりに近い状態を作ることができ ます。ベル測定器は、そこから生まれてくる粒子と反粒子のペアを測 定するわけです。当研究所は、それを精密に調べることによって、小 林、益川両先生のノーベル賞受賞を後押し、周知のように、2008 年の ノーベル物理学賞は、南部、小林、益川の3氏が受賞しました。 小林、益川先生は、素粒子の標準理論の中で、クォークが6種類あ り、粒子と反粒子の微妙な差異を方程式できちんと説明できることを 最初に論じました。その中でも、ボトムクォーク(Bクォーク)が粒子 と反粒子の計算に非常に大きく関与しているという理論を提唱しまし た。われわれは、ベル測定器実験で生まれてくる、Bクォークを含ん だ粒子を精密に調べることによって、小林・益川理論の正しさを実証 し、それがノーベル賞受賞につながったわけです。 文字通り研究機関をあげてノーベル賞受賞を後押ししたこともあり、 受賞後は、私はメディア対応に忙殺されました。テレビのニュース番 組など、これまでまったく取材に来なかったメディアが続々と訪れ、 撮影につきあわされました。当時、両先生が登場するテレビ番組のカ メラの後ろには、たいてい私が同席しています。それくらい、テンテ コマイ状態だったのですが、それも広報の仕事の1つで、非常に意義 ある出来事ですから、それを正確に社会に伝えたいと思いました。 また、新聞記者からもひっきりなしに電話がかかってきました。「粒 子と反粒子の対象性の破れ」について記事にするために、内容のレク

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15 チャーを求められるのですが、これが非常に難問題でした。物理学に ある程度の知識をもつ人にとってはなんとなく分かると思いますが、 一般の人は、まず量子力学の知識がないし、その中の複素数というも のもわかりません。もちろん、粒子と反粒子についても知識のない人 がほとんどです。そこから説明を始めなければならないので、科学コ ミュニケーションの絶望的なギャップも味わいました。しかも「CP 対象性の破れ」は、素粒子理論の中でも破格に難しい理論です。たと え話で理解してもらえるものでもないのですが、それを1人の記者に 30 分、1時間とかけて説明するわけです。 しかし、できあがった記事を読むと、日本の科学ジャーナリストは 優秀だと思いました。もちろん全部が全部満足のいく記事ではありま せんが、普通の読者が読んでも、なんとか理解できるような工夫やリ ライトがされています。科学記事を書く記者が、勉強して自分の中で 一度咀嚼した上で、読者に向けて書いているという面で、新聞の科学 面を見直しました。 それに対して、難しいのはテレビです。テレビは、短時間という制 約の中で伝えなければならないので、たいてい何かを省略しますが、 その中で、誇張やまちがいもしばしばありました。科学をきちんと学 ぶためには害の多いメディアであるとも言えます。しかし、新聞より ははるかに露出度が高いメディアですから、テレビにもしっかり対応 しました。もう1つのテレビの特徴は、理論そのものより、研究者の 人柄など、情緒的な側面を映し出すことにエネルギーを注ぐことです。 ノーベル賞受賞者の3人それぞれに個性がありますが、特に、益川先 生はお茶目なところがあるので、テレビはいきおい益川先生の言動を よく放映していました。このように、ノーベル賞受賞で、各メディア の特性も明らかになったと感じられました。 また数年前から、研究所への見学ブームが起きていました。科学や 理論そのものは分からなくても、科学で扱う装置自体が美しいので、 それを使ってどういう研究や実験をしているのかを見学したい、研究 所の様子を見てみたいという人が増えてきたのです。社会科見学とし

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16 ての工場見学の延長のようなものです。そこで、加速器見学ツアーが 増えてきましたし、装置をいかに美しく撮影するかという動きも出て きています。それは、われわれが考える科学コミュニケーションの立 場からすると予想外の展開ではありましたが、その動きは定着しつつ あります。 2.3 LHC をめぐる欧米と日本の受け止め方の違い 加速器を使った実験の中でも最大級なのは、セルン(欧州原子核研究 機構、略称CERN)が 2008 年秋から開始した、大型ハドロン衝突型加 速器 (Large Hadron Collider、略称 LHC)です。直径 25mもある、 ベル加速器の何倍もの規模の巨大なアトラス測定器が、スイスのジュ ネーブ郊外にフランスとの国境をまたいで設置されています。 この実験で話題になったのが、ブラックホールができるのではない か、ということです。人類未踏の非常に高いエネルギーで陽子を加速 してぶつけると、そこで何が起きるか、われわれはまだ知らないわけ です。しかし、起きる現象を予言する研究者はたくさん存在し、さま ざまな説が出ています。そのうちの1つが、ブラックホール説なので す。たとえば、宇宙には、われわれが知っている3次元と時間の4次 元だけではなく、他にも目には見えない小さく折りたたまれた次元が あり、そこの重力が非常に強ければ、エネルギーの高い衝突反応が生 じたとき、瞬間的にミニブラックホールができるのではないかという ものです。ミニブラックホール自体は理論的に存在することはすでに 指摘され、ホーキング博士などは、もし存在しても、ごく短い時間で 蒸発してしまうので、周囲の物質と相互反応して地球を飲み込んでし まうなどということはないと主張しています。 しかし、どんなに確率は低くても、ミニブラックホールができてし まうかもしれない可能性は、人によっては非常に恐ろしいことであり、 いったんできると制御できないと危険視する人もいます。そこで、こ の実験の中止を求める訴訟がハワイで起こされました。なぜ、スイス

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17 のジュネーブで行われている実験に対して、ハワイで訴訟が起こされ たかといえば、日本もアメリカも国際協力として、この実験に参加し ているため、アメリカの税金を払っている立場からすると、ハワイで も中止を求める権利があるという論拠に基づいているからです。 では、この実験に参画している研究者はどう考えているのでしょう か。たしかにこの実験の反応は人類未踏ですが、実は、宇宙からはも っと高いエネルギーの粒子がふりそそいでいます。また、地球だけで はなく、太陽にも火星にも木星にもふりそそいでいます。そしてごく 稀ですが、地球の大気の上層で、実験で起きる反応より、はるかに高 いエネルギーの反応が生じています。宇宙の始まり以来、延々とこの 現象は生じているわけです。そこでもしブラックホールができるよう な反応があったら、地球はもちろん、太陽も火星も木星もそもそも存 在しないのではないか。だから、この実験は安全であるという主張を 観測事実や計算に基づいて論文にまとめ、セルンのホームページに掲 載しています。われわれもそれを日本語に翻訳して、「LHC 加速器で 行われる実験の安全性について」と題して研究所のホームページに掲 載しています。 そもそも、LHC が発生させる可能性のあるリスクについての論文が 発表されたとき、その実験を差し止める権利があるのかどうか。これ も議論すべき課題かもしれません。われわれもこの実験を 10 年以上 かけて準備してきて、すでに世界総額で4000∼5000 億円もつぎ込ま れています。このまま、この実験を進めてよいという権利がどこにあ るのか。それもまた課題です。一方、セルンでは、メディアを呼んで、 衝突反応のためのビームを打ち込む実験を大々的に行ったのですが、 そのわずか 10 日後に磁石がこわれ、修理に1年以上かかることが判 明し、再開が遅れているなど、いろいろ話題のつきない実験です。 LHC のスタート時には、KEK でも記者会見を開き、ヨーロッパ側 では実験の代表者が、こちら側では機構長がテレビ会議方式で説明を しました。こうしたメディアイベントも仕事の1つです。

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18 【図 14】映画『天使と悪魔』 2.4 映画『天使と悪魔』と『神様のパズル』 もう1つ、この実験の関係で話題になったのは、2009 年5月に封切 りになったトム・ハンクス主演の『天使と悪魔』という映画です。こ れは、セルンで反物質がごく少量(1/4g)作られ、バチカンの地下に仕 掛けられたという設定の小説に基づいたアクション映画です。1/4gの 反物質は、周囲の物質と反応すると、計算上は広島型原爆と同様のエ ネルギーが発生し、バチカンを吹き飛ばすには十分な量です。しかも、 爆発物検出装置も麻薬犬もまったく役に立ちません。 映画では、セルンが反物質 を作ったという想定になって おり、撮影にも協力していま す(実際はハリウッドで撮影 されています)。したがって、 セルンで行われている実験が 危険であるという誤解を招く の を お そ れ て 、 セ ル ン も ト ム・ハンクスや主演女優、監 督などを招いて、メディアイベントを実施しました。 日本でも、このことについて科学コミュニケーションがうまく行わ れていなかったので、東京大学でセルンの装置を使って反物質の研究 をしている早野龍五教授などが中心となって記者会見を開きました。 そこで、早野先生が、「実際に反物質を作ることは可能だが、1/4gを 作るためには、宇宙の年齢より長い、150 億年くらいかかる」と説明 しました。その直後、早野先生は、「物理学者とともに読む『天使と悪 魔』の虚と実50 のポイント」というウェブサイトを開設しました(【図 15】)。この映画に登場する科学的情報の虚と実のポイントが分かりや すく解説されているので、SF好きの人が原作を読みながら、このサ イトを見ると、非常に楽しめます。

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19 URL:http://nucl.phys.s.u-tokyo.ac.jp/hayano/angles_and_demons_f act_vs_fiction/FACT.html 当研究所もアトラス計画に関与していますから、メディアに対して、 事実とフィクションについてきちんと説明し、リスクコントロールし ていくのも広報の仕事と言えます。 さらに、『天使と悪魔』よりさらにマニアックな作品ですが、『神様 のパズル』というSF小説を角川映画が映画にしましたので、そのロ ケにも協力しました(【図 16】)。これは、天才少女が加速器を使って 宇宙を作るという設定です。その中の導入部の宇宙の始まりについて 【図 15】早野教授のウェブサイト 【図 16】「神様のパズル」の撮影シーン

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20 の解説は非常に正確によくできていて、素粒子物理学の入門テキスト となっています。ただ逆に、それが難しすぎて、あまりヒットしなか ったのかもしれませんが 。これも、科学コミュニケーションの難 しいところで、あまりにも正確に解説しすぎると敬遠されます。 他にも、科学技術振興機構が作っている「サイエンス・チャンネル」 という番組で、加速器の歴史などについてのビデオの製作に協力した りしています。また、茨城県東海村に、日本原子力開発 (JAEA)と共 同でJ-PARC という大強度陽子加速器施設を建設中です。これによっ て、岐阜県のスーパーカミオカンデまでニュートリノビームを打ち込 むなど、基礎科学から応用までさまざまな研究をすることをうたって います。たとえば、自動車メーカーと協力して燃料電池を開発するな ど複合的な研究も計画されています。これも総工費 1500 億円で、日 本の中では非常に巨大なプロジェクトです。 2.5 広報室の活動について このように、研究内容や研究者が多岐にわたっているため、それを カバーする広報活動も多岐にわたっていますので、主なもののみ紹介 しておきます。 ・ ウェブによるニュース発信(毎週) 毎週木曜日に、研究所のホーム ページのもっとも目立つ場所に、 News@KEK という記事を掲載 しています。研究所の研究内容、 カソクキッズ、イベント紹介な ど研究所の概要が分かる内容に なっています。特にカソクキッ ズ(【図 17】)はだいたい月末に 更新していますが、そのうち英 語版も作る予定です。 【図 17】カソクキッズ

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21 ・ プレスリリース ・ 見学対応 ・ 普及・教育 ・ セルンをはじめ国内外との機関との連携 また、2005 年 9 月には、コミュニケーションプラザという展示ホ ールをオープンさせました。ここでは先に紹介した「宇宙のものさし」 の他、宇宙線を実際に見ることができる装置や加速器の原理が分かる 装置などがあります。その他、物理学の講演と音楽会をジョイントさ せたイベントなどの企画もしています。また年に1回、機構のさまざ まな施設が見学できる一般公開日を設けています。このときは加速器 も見学できますし、子どもたちは、超伝導コースターやカーボンナノ チューブを使ったお絵かきなどで遊ぶこともできます。写真は、私が 子どもたちに「切箱装置」を作って見せているところです。ドライア イスでアルコールの蒸気を冷や した装置を作ると、放射線が飛 んでいる様子が目に見えます。 ふだん目に見えない世界でも、 作った装置で見えるようになる と、子どもたちも感動してくれ ます。こうしたアウトリーチ活 動も広報の仕事なのです。 最後に広報室の活動方針についてまとめておきます。 ・「科学する心」や「知的探究心」を持つことの面白さを伝える ・研究者の「人間の顔」が眼に見える記事を書く ・老若男女の幅広い層にアピールする ・素粒子・原子核物理、物質構造科学、加速器科学の歩みと今を伝え る ・近隣住民や一般市民に親しまれる研究施設をアピールする

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22 ・大学の共同利用機関としての使命を伝達する 特に、最後については、この研究所は大学共同利用機関であり、国 内外のさまざまの大学の共同利用施設として存在しています。つまり、 この研究所の研究者だけが、加速器を使った実験をしているわけでは なく、内外の多くの研究者が実験をします。そういう特徴も、社会に アピールしていかなければなりません。それが巨額の税金を使ってい る施設の使命だと思います。 科学のタコツボ化的な現象が進む中、われわれ研究者は、一般の人 と最先端の知識を共有しながら研究を進めていかなければならないと 思っています。この分野は他の分野と比較すると、たとえば 2000 人 の科学者が世界中から集まって一緒に研究するように、グループとし ての共同行動が得意な稀な分野です。国際協力という意味では、世界 の最先端といってもいいかもしれません。それでもこの分野は、一般 の人からはあまり知られていません。しかし、それに多額の税金が使 われています。本当にそれでいいのかどうか、次回は、科学コミュニ ケーションのあり方について考え、議論していきたいと思っています。 <質疑応答> ●LHC 実験をめぐって ―― LHC 実験で、ミニブラックホールができたかどうかは、どう評 価するのですか。 森田 ミニブラックホールについては、空間と時間がある条件を満た していたら成立すると予測するわけです。そのとき生じる素粒 子反応は事前に計算することができます。陽子と陽子をぶつけ る際、いろいろな粒子が出てきますが、その中でバランスの悪 い反応が、想定される確率以上の割合でたくさん生じたら、そ

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23 れは一目瞭然だそうです。 このブラックホール訴訟は欧米では深刻な問題として取り上げ られていますが、日本のメディアはほとんど反応しませんでし た。せいぜい朝日新聞が、加速器に吸い込まれるというマンガ 的なものを掲載した程度でした。唯一、「プレイボーイ」誌のみ、 マジメに茶化した記事を掲載しました。もともと「プレイボー イ」誌はそういう傾向があります。 この騒動のとき思ったのは、欧米のキリスト教社会で話題にな る出来事と日本で話題になる出来事は、かなり違うということ です。たとえば、アメリカでは、いまだにダーウィンの進化論 をまともに教えられない学校もあります。あるいは、粘菌の研 究でイグノーベル賞を受賞した北大の研究者がいます。これは 粘菌がお互いにコミュニケーションをして迷路を解くことがで きるという研究ですが、アメリカ人はこれを、イグノーベル賞 に値する おもしろい 研究ととらえたわけです。その背景に は、キリスト教世界では、粘菌が知能をもつはずがないと考え るという前提があると思われます。ですから、ミニブラックホ ールで地球が飲み込まれてしまうかもしれないような実験を人 間が行なっていいのかどうかという倫理的問題は、キリスト教 世界ではかなり深刻だったと思います。LHC 開始にあたって、 バチカンは、人間の技術はここまで進化したが、宗教とも共生 できるという声明をわざわざ出したほどです。日本では、先に も指摘したように、ほとんど無視されましたが、2チャンネル では、ブラックホールをめぐって、一部の人たちがかなりもり あがっていましたね。 ―― KEK では巨大な加速器が設置されていますが、電子のように非 常に小さい物質なら、ペットボトルのような小さな装置の中で ぐるぐる回してもいいのではないかと、単純に考えてしまうの ですが、高エネルギーを得るためには、それほど巨大な装置が 必要なのでしょうか。

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24 森田 この研究所の加速器で回しているのは、電子、陽電子という非 常に軽い粒子で、磁石を使って軌道を曲げるとき、放射光を出 して、エネルギーを失います。エネルギーを失った放射光も、 タンパク質の解析などさまざまな研究に役立ちますが、電子を 加速するという観点からすれば、曲げるとエネルギーを失うの は困るわけです。ある半径の円軌道で電子を加速させていくと、 あるところで、電子にエネルギーを補充する部分と、エネルギ ーを失う部分が拮抗して、それ以上エネルギーを上げることが できなくなります。だいたい半径の4 乗に比例してエネルギー が上がっていきますから、加速器の直径を決めると、加速でき る電子のエネルギーの上限が決まってしまいます。ですから、 電子に関する限り、エネルギーを上げようと思ったら、半径を 大きくするしかない。 ただし、どこまで大きくできるかは、予算と技術力に関わって きます。史上最大の加速器は、現在のLHC の一世代前の LEP で、直径9 ㎞、1周 27 ㎞もあり、これはだいたい山手線一周に 相当します。これが電子の到達できるエネルギーとしては、世 界最高です。そこから先に電子のエネルギーを上げようとすれ ば、もう曲げることはできないので、直線で電子と陽電子をそ れぞれ加速して一発でぶつけるリニアコライダという実験を構 想しています。現在の設計では、全長30 ㎞くらいのトンネルを 掘り、そこで正面衝突させる予定です。ただし、これも莫大な 費用がかかるので、ヨーロッパかアメリカか日本のどこかに1 つ建設する方向で、世界中の研究者が協力しながら、しのぎを 削って開発している状況です。 一方、陽子は電子の 2000 倍くらい重くて曲げづらい性質があ ります。そこで強い磁石が必要ですが、技術的にはそれも難し いため、超伝導磁石を作って、陽子の軌道を曲げています。LHC は、27 ㎞のトンネルをすべて超電導磁石で埋め尽くした、世界 初の加速器ですが、全体を液体ヘリウムで冷やして曲げるので、

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25 技術的には非常に大変です。その超電導を冷やすための真空が 一部破れたのが、2008 年秋の事故だったのです。真空が破れた ことで、爆発的に蒸気が噴出して、周りの磁石をこわしてしま いました。今後そういうことが生じないような予防措置をとっ た上で、27 ㎞の超電導状態を保ちつつ、実験を行なわなければ ならないので、現在復旧作業を進めていますが、さらにいくつ かの不具合も見つかり、復旧が予定より遅れています。 では、LHC 以上の大きな加速器はもう作れないのか、というこ とですが、これまでとは根本的に違う加速の原理で次の世界を めざしている研究者もいます。しかし、それはまだ実用化のめ どはたっていません。実験室段階では非常に高いエネルギーで 加速はできるのですが、それを巨大なシステムで連続的に行な うことが可能な実用化には至っていません。つまり、まだ解決 できていない技術上の課題が大きいわけです。 ―― 加速器が円形なのは、そのほうが高いエネルギーが効率的に得 られるからでしょうか。 森田 1回きりの加速は非常に効率が悪いので、なるべくなら再利用 したいわけです。また加速するためには、非常に高い電圧をか けますが、それ自身技術的に難しく、真空の中でかけられる電 圧の高さには限界があるのです。そこで、限られた電圧でしか 加速できないのであれば、電子や陽子を何回も回して、ちょう どブランコが加速するように、しだいに速さを増していくこと を考えました。そのため最初は装置を丸く作っていました。今 は、ブランコを押す手を増やすように、直線部分に加速装置を たくさん並べる工夫をするようになり、現在の主流は、丸四角 型やおむすび型です。 この研究所のB ファクトリーは丸四角型です。当初、世界最高 エネルギーの加速器をめざし、丸い部分と直線部分の特性を生 かした加速器を敷地いっぱいに建設しました。そのときのトリ スタンは一瞬、世界トップになりましたが、トップになればそ

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26 れでいいというものではなく、そこでどういう研究成果を上げ るかが重要なのです。トリスタンは、まだ発見されていない6 番目のクォークを探そうとしたのですが、残念ながら、建設の 途中で、それでもエネルギーが不足していることが明らかにな ってしまいました。そこで、計画を変更し、トップクォークで はなく、ボトムクォークで小林・益川理論を検証しようとした のが、現在のB ファクトリーです。トリスタンのトンネルを使 ってノーベル賞をねらったところ、本当に受賞できたので、わ れわれとしても大変喜んでいます。 ●研究機関の広報に果たす科学コミュニケーターの意義 ―― 現在の広報室の陣容はどうなっているのですか。 森田 昔よりはずいぶん楽になりました。現在、広報室には常勤2人、 非常勤3人、ウェブ担当がいて、全部で7人です。それ以外に も、他部署でコミュニケーターや広報コーディネイターなどの ポストがいくつかできています。また各研究系に広報担当の人 もいるので、広報室では、いつもそういう人たちとやりとりを しています。 ―― ポスドクのキャリアパスの可能性としてはどうでしょうか。 森田 個人的には、科学コミュニケーターなど、意識の高い人に来て もらいたいし、活躍の余地は十分にあると思います。ただ、問 題は、そういう人たちに活躍してもらえる場が現在はまだシス テム的に用意できていないことです。継続的に雇用できるシス テムがないので、キャリアパスとしてまだ設計しきれていない 状態です。ですから、皆さん、走りながら、自分の道を切り開 いていくしかない。運がよければ、最先端としての道を開いて いくことができます。典型的な例は、横山広美さんですね。科 学コミュニケーターという言葉ができる前から、サイエンスラ イターになると決めて、学部時代からいろいろな科学雑誌に投

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27 稿していましたが、やはり、きちんと仕事をするためにはドク ターの資格が必要ということで、博士論文を書いて、現在は、 東大理学部の広報を担当していますから。 全般的に、科学コミュニケーションに対して意欲も能力もある 人が増えていること、またそういう人たちに対して前向きな研 究所も増えてはいると思いますが、残念なことにまだ受け皿が 整備しきれていない状況です。 ―― 日本の研究所や大学に、科学コミュニケーターなどが新しい専 門的職業として定着する可能性はどうでしょうか? 森田 結果的に、優秀な科学コミュニケーターがいる研究所が高く評 価され、予算的にも利点があるという評価が定まれば、うまく 定着していくと思います。逆に、現在はまだそこまでうまく回 っていないですね。基礎科学の予算は文科省や国の施策などに よって決められる場合が多く、広報と予算が直結していません。 逆に、科学コミュニケーションの巧みな研究所の評価が高まり、 それが予算につながっていく実績が積み上がると、状況は変わ ってくるでしょう。研究者も社会とつながっているという実感 がもてれば、科学コミュニケーターなどが専門的な職業として 定着していく可能性も開けてくるでしょう。

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研究機関とサイエンス・コミュニケーションⅡ

研究機関の広報について

1.

高エネルギー加速器研究機構(KEK)の広報体制

1.1 広報室の体制と仕事について 現在、研究所の組織は【図18】で示されます。素粒子原子核研究所、 物質構造科学研究所、加速器研究施設、共通基盤研究施設の4つの柱 以外に、国際・社会連携部がありますが、広報室はそこに属しており、 発足は2001 年 10 月です。現在、広報室長の私、広報渉外係2名(常 勤)、研究支援員(非常勤)3名、広報担当理事1名で構成されています。 その他、先端加速器推進部、物質構造科学研究所、J-PARC にも広報 担当や広報セクションがあります。 【図18】KEK の組織図

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29 研究機関広報の仕事の基本は、研究成果や実験進捗、実験施設建設 のニュースなどを分かりやすく伝えることです。その際、専門用語や 概念をどう分かりやすく翻訳して伝えるかが重要です。また研究者は 往々にして、自分の専門領域しか見ていないことが多く、研究成果が 社会にとってどんな意味があるか、社会からどう見られているかにつ いて全体的な位置づけ(相対化)をしながら説明することに慣れてい ません。そういう研究者の書くニュース原稿は、一般の人にとって難 解で理解しがたいことが多いものです。そこで、その研究を全体の中 で相対化して位置づけて伝えることも広報の仕事です。 その他、外部からの問い合わせに応じることも大切な仕事です。た とえば地域住民から、「何かおかしな現象があるが、それはこの研究所 のせいではないか」といった問い合わせもあれば、個人や団体(修学旅 行など)から見学の申し込みもあります。もちろん、メディアからの問 い合わせもあります。さらに、各種のパンフレット、ビデオ、ウェブ のコンテンツ制作なども日常的な仕事です。それ以外には、一般公開、 講演会、サイエンスカフェなど、アウトリーチ的なイベントの企画と 実施も担っています。 また、リスク対応も広報の仕事の領域です。これまでの例としては、 放射線管理区域の中、中性子の実験施設で小火があり、それがマスコ ミから取材されたことがあります。それについて、原子炉のように危 険性がある事故ではなく安全であることを広報しなければなりません。 そこで対策本部を設置して、放射線管理や加速器の専門家が集められ たので、そこに広報担当も出向いて、次々と寄せられるマスコミから の質問に対して、実験施設の特徴、火事の原因、安全性について説明 をしました。同時に、ウェブにも、それらの情報を逐一公開しました。 それによって「放射線管理区域で火災」という、文字面だけ見るとび っくりするような事態について実態が理解され、リスクをある程度コ ントロールすることができるわけです。情報を正しく伝えることによ って、風評被害を未然に防ぐことも広報の仕事です。 また、そのとき大切なのは、機構のトップと密接な連携網ができて

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30 いることです。ふだんのニュースや研究成果の公表もそうですが、特 にリスク対応の際には、広報と機構のトップが密接に連絡をとりあっ てメディア対応をしていかなければなりません。それは研究機関に限 らず、どんな組織でも同様です。昨今、不祥事の際の記者会見の仕方 が、かえって火に油を注ぐ事態を招いた事例もしばしば見られました が、記者会見のタイミング、謝罪の仕方などを組織のトップに伝える ことも広報の重要な仕事なのです。謝るのなら、なるべく早い段階で、 そして1回ですませるように、きちんと情報公開し、納得される説明 をすることが鉄則です。説明がマスコミに納得されれば、大きな事態 にはなりませんが、その対応に失敗すると、延々と事態が悪化し続け ることになります。その意味で、負の側面をマネジメントするのも広 報の役割なのです。 1.2 広報の基本としての「先読み」「気配り」「火消し」 では、「分かりやすく」とは、具体的にどんなことを意味しているの でしょうか。研究者はとにかく専門用語、厳密さ、自分の研究成果だ けの差分的発表にこだわります。それはある意味では、研究者として 健全な姿勢でもあるのですが、社会に説明するときは、それでは通用 しません。研究者に限らず、現代社会においては、専門家は自分の領 域のことには精通していますが、専門領域以外については知らないこ とが多いのです。特に研究者は、自分の研究領域にこだわる傾向が強 く、一般向けの記事の執筆を依頼しても、上記の習性が染みついてい るため、学会発表のような論文を書いてしまいがちです。当然のこと ですが、一般読者は背景知識を持たないわけですから、興味のないこ とにはまったく関心を示してくれません。そういう人たちにいかに注 目してもらうかを考えるのも、広報の重要な仕事です。 ここで、広報室の主な仕事について再度まとめておきます。

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31 ■ウェブの一般向けページ http://www.kek.jp/ 2002 年 1 月に新トップページをオープンさせ、2004 年 4 月、2007 年4 月に新しいデザインにしました。そこに毎週1本のニュース記 事 (毎週木曜日)を配信しています。これには、研究成果や加速器の 専門的な概念の解説、季節ごとの研究所の風景の紹介などの内容を もりこんでいます。2002 年の開始以来、年間 50 本程度配信してい ますので、集大成すると相当な量になっています。必ずしも毎回分 かりやすい内容になっているとは思いませんが、広報室としてかな り努力をしています。また、研究者も研究成果にニュース内容を反 映させるなど、うまく再利用されている面もあります。 ■メールマガジン 一般向けのNews@KEK (週 1 回) 、プレス関係者向けの press-info (随時)、kek-pr-now (月1回)など、いくつかのメルマガを発行して います。 ■広報室員の会合 各研究グループから広報担当が出席して、機構全体の広報活動につ いて議論しています。 ■プレスリリース、記者会見、質問対応、メディア対応 学会や国際会議での研究成果を発表するときはプレスリリースを作 成します。これはあまり知られていないのですが、プレスリリース 作成は、かなり神経を使う作業です。プレスリリースを通さず情報 が独り歩きしないように、必ず、事前に文部科学省など所管の役所 と調整します。これは、研究機関の鉄則です。このようにして分か りやすく書かれたプレスリリースをもとに、記者会見を開催したり 記者クラブに情報提供したりします。その上で、マスコミと質疑応 答したり、追加の質問に応じたりします。さらに詳しい専門的な情 報を求められると、その分野の専門の研究者に相談しますが、一般 的な質問の場合は広報室で対応します。 ■TV 番組・映画撮影・写真家来訪等対応 ノーベル賞受賞のときもそうでしたが、テレビ番組の取材に対応し

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32 たり、映画撮影に協力したりします。また多くの有名無名の写真家 も撮影のために来所するので、加速器の状況や現場の研究者の研究 状況などを勘案して、日程調整を行なっています。 ■一般公開、団体見学、科学技術週間公開対応 ■展示ホール「KEK コミュニケーションプラザ」運営 ■記者懇談会、勉強会 記者会見とは別に、専門分野の研究動向を伝えるために、それぞれ の分野で著名な研究者を招いて、記者懇談会や勉強会も開催してい ます。 ■要覧・パンフレット・ビデオ等の編集・出版 ■海外の研究所の広報室との対応 ■その他 このように、広報室はさまざまな活動をしていますが、広報の基本 は、「先読み」「気配り」「火消し」と言えます。つまり、どういう研究 成果がもたらされるかを先読みして、あらかじめ新聞記者たちと勉強 会などをしていますが、そういう意味では、現在どういう研究が行な われて、将来どういう成果が生まれるか予測するという意味での「先 読み」が必要です。また、さまざまなところと連絡をとりあったり調 整したりするという点では「気配り」が必要です。さらに、何か問題 が生じたときの対応として「火消し」機能が求められます。 1.3 News@KEK の最近の傾向からのまとめ 先に紹介した、毎週発行のNews@KEK の最近の傾向を紹介してお きましょう。2008 年の1年間のアクセスログを調べてみると、記事の 内容によってアクセス数にばらつきがあります。「世界を変えた1つの 論文」という小林・益川両先生の成果を発表した記事は、11 万件のア クセスがありました。この記事自体は 2003 年頃に書いたのですが、 ノーベル賞を受賞したことによって、アクセス数が急増したわけです。

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33 例年はタンパク質、ニュートリノ、スーパーカミオカンデなどの記 事への関心が高い傾向があります。その他、素粒子の周期律表などの 解説風記事もアクセス数が多く、宇宙の謎解きなどの好奇心をくすぐ る記事は長期にわたって読まれています。さらに、コンクリートや金 属の疲労破壊、病気診断治療などの実用的記事には、質問も含めて大 きな反響があります。 毎週1回発行していると、だんだんわれわれが「読んで欲しい記事」 と、読者の側が「読みたくなる記事」の間にはギャップがあることも 分かってきます。逆に言えば、多くの人に読んでほしい場合は、どう いう記事を書けばいいかも分かってきたのですが、研究所という性格 上、なるべく均等に多くのテーマを取り上げるように心がけています。 ニュース記事の最後に、無記名で任意のアンケートをつけているの ですが、その内訳をみると、年代は、50 代、30 代、40 代がほぼ拮抗 しており、20 代はやや少ない傾向があります。性別では、男性が圧倒 的に多く9割にのぼっています。職業別には、会社員が多く、自営業(主 婦も含む)、大学生、研究職、大学院生などが続いています。地域的に は首都圏が多いのですが、最近は、ノーベル賞受賞や修学旅行の見学 などの影響で、地方にもしだいに認知されるようになりました。この ように、派手ではありませんが、地道に着実に認知が広がっていると 言えます。 記事の内容についての質問では、ほとんどが任意で答えてくれてい るせいもあり、約8割が「面白い」(79%)としており、「少し面白い」 (14%)と合わせると9割以上が興味を感じています。役に立ったかど うかについては、「役立った」(57%)「少し役立った」(20%)となり、 約8割が役立っていると感じています。読んだきっかけは、「KEK の トップページから」と「以前から読んでいた」が、いずれも25%と拮 抗しており、リピーターが多いことがわかります。その他は、検索サ イトやメルマガなどが挙げられています。今後読みたい分野について は、【図19】のように分布しています。

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34 自由記述のコメントもいろい ろ書かれていますので、そのい くつかを抜粋しておきます。わ ざわざ任意で記入してくれるた め、好意的な意見が多くなって いますが、彼らは、熱心にニュ ースを読んでくれているわけで すから、こういう人たちが増え てくれば、広報として成功して いると言えるでしょう。 <自由記述から抜粋> ・ 物理が苦手でしたが、何となくわかったような気持ちになります。私に とって、頭の体操です。平易な記載をお願いいたします。 ・8 月に KEK を見学させて頂いたので、それ以来この手の記事を読ませ ていただくと、その情景が蘇ります。kamLAND も見せていただきま した。 ・ 科学の知識を身につけるために活用したい。 ・ 物理成果の発表の過程が政治的で、かつ画一的でつまらない ・ 偶然見つけた記事でしたが,アミノ酸の反転の発見はすごく刺激的なニ ュースですね。楽しめました。 ・ いつも大変良い内容で楽しみにしてます。素人ですが科学に関心を持ち 続けたいです。特に今回のはじっくり勉強したいです。 ・ 毎週欠かさず読んでおります。今後とも良い知恵を授けてください。 ・ なかなか他では読めない分野の記事で非常に楽しみにしております。 ・ 宇宙の根源、物質の起源解明という人類の「夢」解明に期待しておりま す。 ・ いつも楽しく読んでます。今回はリンクがたくさんで正月休みが楽しく なりました。いなか(大分市)にいるのでネットは助かります。でも本 当は kek の一般公開や各種シンポジウムに行きたいのですが。都会の 【図19】今後読みたい記事

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35 人がうらやましいです。やっぱりそういう面では大人も子供も損してい ると思います。これからもkek ニュース楽しみにしてます。印刷は時々 してますが、いつか本にしてほしいです。 ・ 解り易く、知的好奇心を喚起する文章で面白く拝読しました。この分野 そのものは大変にエキサイティングなものですが、「一般にもわかる易 しい説明」となるとそういったエキサイティングな知的興味をそそる部 分は失われてしまいがちですが、今回の記事ではある程度科学に興味の ある一般(非専門家)の大人が読んで、理解でき、且つ、面白いと思え るところがよかったと思います。勿論、解り易さは大事ですが、解り易 くしようとするあまりに退屈なものになってしまっている一般向けの 記事は新聞や雑誌でも多いように感じます。 以上のアンケート結果から、News@KEK について考察すると、次 のようにまとめることができます。 まず、アンケートは匿名任意なので回答率は低いのですが、熱心な 読者が回答してくれています。しかし彼らは、社会的にはやはり少数 派ですので、今後、さらに広く社会に認知していくための努力が必要 だと思います。 また、中年世代の男性が圧倒的に多いので、女性、青少年、高齢者 などへの浸透をはかることも課題です。さらに、読者の絶対数の増加、 関東圏以外での認知度の向上、メルマガ、検索サイト、口コミ等によ る露出度の増加なども今後の課題です。同時に、インターネットを使 わない層への訴求も必要です。実際、紙媒体での購読を希望する人も いるので、そういう人には印刷したニュースを郵送しています。それ 以外に、講演会などネット以外の手段の拡充も必要です。 一番大変なのが、そもそも科学技術に無関心な層への訴求です。こ れは、科学技術広報の最大の難点です。このような観点からすれば、 新聞は科学技術について伝えるのにはふさわしいメディアだと言えま す。まず発行部数が多いという利点があります。露出度からすればテ レビが有効なのですが、すでに指摘したように、テレビでは、こちら

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36 が思うような情報発信ができにくく、逆に、番組が一人歩きし、誤解 を与えやすい情報が発信されてしまいがちです。

2.

「分かりやすい」広報をめざして

1.4 科学技術ジャーナリストからのアドバイス 以前、元新聞記者だった科学技術ジャーナリストの藤本瞭一さんを 招いて勉強会を開催し、いろいろなアドバイスをいただいたことがあ ります。以下、そのときの指摘をもとに、新聞報道の仕組みなどにつ いて紹介しましょう。 まず新聞社には記者がたくさんいますが、記者が書いた記事に、デ スクが見出しをつけるなどの編集をし、科学面、生活面、文化面など に割りつけていきます。デスクは記事の掲載について強力な権限をも っていますが、記者に原稿執筆を強制できず、どんな記事をどう書く かは、一人ひとりの記者の権限だそうです。一方、記者は掲載の可否、 見出しの指定などはできません。 なお新聞には、毎日必ず締め切り時間がありますので、記者会見は 締め切り時間を想定して開催するなどの配慮が必要です。紙面印刷は、 配送に時間がかかる遠方地域からの版から順番に刷り始め、配送も遠 方から先に行なわれます。したがって、遅い時間に記者会見を開催す ると、その情報は東京近郊の紙面にしか掲載されないことになります。 広報担当者はそういうことも常に念頭に置いて、新聞記者とつきあわ なければなりません。なお、記事掲載の有無や記事の大小は、その研 究(技術)の評価に依存します。さらに、記者会見の基本ルールもあ ります。まず、記者会見に出席する記者は 素人 である場合が多い ので、代打記者にも分かるように説明しなければなりません。 また日本には、複数のメディアで構成される記者クラブ制度があり、 毎月持ち回りで幹事社を決め、月ごとに幹事社が記者会見のしきりな ど、全責任を負っています。記者クラブに対しては、事前の記者会見

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37 をして、報道解禁日を設けることがあります。たとえば、ある研究成 果を国際会議で発表する際など、先に研究者が記者会見をして新聞記 者に説明します。新聞記者は分からない点などをあらかじめ聞いてお き、その研究者が国際会議で発表する日本時間にあわせて、いっせい に報道解禁します。記者は事前にいろいろ下調べなどをして、準備が 整ってから報道できるのでありがたがられます。一方、われわれも事 前に調整した上で記事にされるため、誤解も少なくやりやすい面があ ります。このように、一種、もちつもたれつの関係もあるため、最近 いろいろ批判されているものの、なかなか記者クラブの制度から離脱 できないでいます。 2009 年6月にロンドンで科学ジャーナリスト会議があり、そこで、 科学ジャーナリストは本来自主独立であるべきで、科学ネタは自分の センスで研究現場から発掘すべきだという議論があったそうです。し かし実際は、科学の現場は非常に分野が広がっているため、どこでど んな新しい研究成果があげられているかについて、一人ひとりの科学 ジャーナリストが調べることは困難な時代になっています。また、そ の科学ネタについても、研究者に質問しなければ正しい理解はできま せん。 したがって記者クラブを通じて、研究機関広報が情報を提供するの は、記者にとっても好都合の情報入手の場になっているのです。研究 機関の広報の側からすれば、研究成果が比較的記事になりやすいので、 その意味でも、もちつもたれつの関係にあるわけです。一方で、独立 性が要求される科学ジャーナリストも、記者クラブ制度を利用する時 代になりつつあります。ですから、ロンドンの科学ジャーナリスト会 議でも、批判はあるものの、有効な手立ては提案されませんでした。 1.5 プレスリリースの効果的な作り方 プレスリリースのために研究者が記事を書く場合、しばしば陥りが ちなのは、いわゆる「研究部落」の狭い領域での常識に浸ってしまう

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38 ことです。もちろん、それ以前に、記事の基本である「5W1H」を 満たしていないもの、予算、研究期間等の基本的なデータのまちがっ ているものは問題外です。新聞記者は、そのプレスリリースをもとに 記事を書いて、何百万部もの新聞を通じて配信されるわけですから、 データのまちがいは致命的です。また、どこがニュースなのか、ポイ ントを的確に表示して書かれていることも大切です。 現代は、研究者の責務として説明責任が求められる時代です。都合 の良い情報開示だけでは失格です。ジャーナリストは本来何がニュー スかを探り、国民に的確な判断材料を提供します。そこが広告とジャ ーナリズムとの違いです。また、すでにアウトリーチ活動は研究者の 責務になっているため、社会の支持をどう得るかを考えることも、こ れからの研究者にとって重要な要素です。 以上が新聞記者の側から見た、研究者に求める条件です。では、実 例として、表現による印象の違いを経験してみましょう。 A. シリコン半導体の超微細化に道 ――単一イオン注入法でしきい値電圧を低下―― B. シリコン半導体の限界突破へ新手法 ――不純物原子を1つずつ制御して注入―― C. シリコン系量子素子実現に一歩 ――不純物原子の注入位置を1個ずつ制御―― 記者クラブには、多くの研究所などから毎日プレスリリースが大量 に送られてきます。新聞記者は、タイトルとサブタイトルの印象から、 その内容を記事にするかどうかを一瞬のうちに判断します。A∼C の どの表現が、内容についてのイメージが喚起されるでしょうか。 多くの人は、B が分かりやすいと感じるでしょう。A は研究者が陥 りやすい表現です。「シリコン半導体」も「超微細化」もなんとなく分

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