商工経済研究 箱七奄第一戟 ︵凋月罰十旺‰︶
大 泉
一l 、、ヽヽヽヽ 筆者の鼓に封象とする敢愈政策は、規賛に在る敢禽政繋で、決して、何等かの個人が思惟する在るべき祀禽政 策ではない。後者は、思想家の頭脳的生産として、彼等が意閲する配合政鷺の本学園趣を敦ゆるかも知れぬけ れども、そは飽くを、その個人の抱懐する主観に彩られ、珊想品約せられたるものであつて、我等貨斯か る態度に出づるを欲tない。 筆者の劉象は、現に敢愈政発と粥せられ、且つ祀脅政発として、為政者が蜜践しっゝある現賓の相であらねぼ ならぬ。 2 ヽヽ︳ヽ けれども、敢禽政繁の本駄を罫究するの途上、我等は、我等の観鮎より、在るペき配合政党の主張に就ても、 証曾政策の本質敢禽政策の本質
第七啓 発 ¶ 兢 之に関詮し之を批判するの機密を有つであらう。 3 先づ富ふペき藩あ二 つ。 教授ルヨ・ブレンクーノの軋愈政策革命挽逸事惰之である。凧八七二年、アイゼナツハに合した猫逸歴史畢派 の人々は、意気軒昂、正に常るべからざるの慨せ以て、常時の敢合間題を討議し、こ堅虹命の輿論を振興し、之 が本鐸たらんと志した。此の討議禽を横として、翌七三年生挺した澗逸酷愈政貸嬰脅は、ヴアグナー、シュモラ ︵1︶ −、ヒルダブランド、而して叉プレンクーノ等﹁常時絶て齢錦ほ未だ不惑の域に達しなかつた﹂新進液剤たる鑑 臍単著を以て組織せられた螢禽で、爾釆年を閲すること半世紀飴。連綿として、その脈絡を俸へ今日に及んだも のである。常時創設の人々、堵嵐豊久いで放下に去り、僅かにブレンクーノ唯一人生き永らへて居ったが、之も去 年九月世を身つた。ブレークーノが世を去るこ年前に、創設者の一人たりし彼自身が、配合政党蓼脅を離脱する に至った事情。飴人に間ふまでもなく、教授白身がやがてそれを表明したぐ 教授に依れば、今日り弼逸は極度に疲弊し、閑備蓄語に絶するの窮状に在り乍ら、政府は周賓その摺闇を知ら す、徒ら些弧制箇約に依頼して、眞蜜の救済忙日魔めない。か1る秋にこそ、眈禽政策拳骨密起の必欝があり、 叉革命の存在理由も存するのではないか。然るに解合と其の愈員は何をなしたか。箪愈は、何等之に虚するの間 ︵二︶ ニ
題も放扱はず、徒らに吊躇的轟桁灼禦州を闘はして、僅かに討論者の虚栗を満足せしむるに過ぎぬ状態である。 そこで、プレンクーノが述懐して富ふのだ。 自分は闘ふべく、飴りに老ひ、政府常局を故難せんには、飴りに疲れ過ぎてる。︵試着よ、齢九十に近き老教授 の面影を思ひ浮べられよ︶。若しも仙八七二年に今日の如き主張が行れたらんには、我等は身命を賭しても、之と 戦ったであらう。我若し、今日、社食政策輿愈に止まり居らんには、余も亦、畢愈の、現下の斯境に無関心なる 態度を獣認することゝなるであらう。かくの如きは余の過去療、会部的に葬り去ることであり、到底忍び得ざる ︵2︶ 桝である。故に余は仙九二九年五月二十日、蓼愈より睨過するものであると。 l 大西猪之介、囚はれたる経済鍵入二見 2 雑誌、改造〓九ニ〓、七︶ A− プレンクーノ教授の、敢脅政発箪愈脱退は何を教ゆるか。孤箇を持して誌らす、革命の無気力と沈滞よを概し て、自己の志操に殉ぜんとする決意には、この教授に封する嘲抹の哀愁の我等が胸裡に迫り乗るを党ゆる。同時 に叉、教授の悲批なる心情を汲みて、祀脅政策畢愈の怯儒に革む固めて憤慨する人もあるであらう。 だが、筆者は、鼓に冷然次の如き叫偶の評言を放ちたい。拳倉創設の叫人としての教授よりすれぼ、革命の無 賃にして不振なるは、切歯栂飴りあるであらう。然L乍ら、⋮八七二年、常時隆盛の雄史螢派に淵瀕する配合政 統合政篤の本質 ︵三︶ 三
︵四︶ 四 第七巻 発 叫 琉 策の信傑と旗峨とを以って、六十年後の今日、果して何物を敦へ導き縛るであらうか。六十年前に在っては、敢 愈政発拳骨は飼常時の敢禽忙勤して、或鮎、進歩的であり叉指導的であり得たであらう。けれども、六十年を経 た今日。その六十年は定に多端なる六十年であつた。資本主蛮の完成﹁1油熟−−轟兆。せ界大戦の勃蟄と帝固 主義への露骨なる推移。形勢斯くも欒化した今日に於て、我等は赦禽政策畢合に何を求めんとするのであるか。 政令政策拳骨は、既に々々、その為すペき絶べてを為し了へたのではないのか。 ヽヽヽヽヽヽヽ 何事をもなさずとて、慨嘆したプレンクーノ教授の胸奥には、それに注ぐべき叫掬の涙傍りとするも、今日硯 ︳ヽヽヽヽヽヽヽヽ 存の我々は、寧ろ、何事をも壊し得ざる敢合政策螢愈の形骸に、冷徹なる限光を投ぜねぼならぬのではないか。 5 併せて諾すべき今︼つの罫。 叫九三−年八月、英国第二次労働蓋内閣は、財政的危轢に直面して、その組織を瓦解し、保守・自由及び労働 の三菰より成る、容顔〓致聯立内閣忙、改造せらる1の飴俵なきに立ち至った。尊の核心ば、未だ我等の記憶に 新らしき、先発保険間魔の紛争に外ならぬ。 常時、英国の明年度︵一九三二年度︶歳入不足は拾式億囲と冨はれ、之に封して、即時箇約と将来的経費増加の ︵1︶ 制限とが捉案せられた。前者の中に、失柴手常に関するもの凡そ六倍六千五百馬囲が計上せられたのである。
然るに、従来政府を支持して釆た労働組合は、勿論この節約に反動した。之に劉して、在野こ蓋︵保守琴自由 菰︶は極力、箇減の至雷なることを窓漉した。韮に於てか、政府は自己の進温に就て、板挟みとなり、首相マク
ドナルドは途に、失業手常の箇城断行に決意して、この雛境を切り抜けんとしたのである。これは、明らかに、
労働蓋内閣の使命を湊却するものであるとて、閣僚中にも反到着が硯はれ、労働眞内観の内証を惹起し莞やが
て聯立内閣の成立−譲合解散1組選拳−保守真の大膠等の経過は読者周知の通り。抑々失業保険制歴とは何であるか。それは、賓本主義配合に於て、現に嘗践せられ、又は琶践に移されんとし
っ1ある所謂配合政籠の、三の典型的なる制度に外ならぬ。だから、この制度の蓮命は、資本妻童制下に於ける配合政策の本質運命・限卵を暗示する叫つの指針といふことが出来るであらう。
失業保険は、之によつて、労働大衆の央柴に因る生活脅威を救済・援和せんとする。殊に労働階級の福祉を政
策の綱領として立つ労働菟内閣は、それ故にこそ、失柴保険制慶を極めて革質視せねぼならぬ〇況んや、刻下の
失業洪水蓼英調の五議慧骨は二百八十篤と糾せられる。故に、労働大衆の車幅のためには、失業保険は飽くまで
も之を支持して、敢て退くべきではないのである。
然るに、英樹の資本階級を代表する保守嘉は、刻下の財政難の重大原因を、政府の敢愈事業に支出する経費の
過大なる鮎に求め、政府は叉之に動かされて、失蛍保険支出額節減を瞥行せんとするに至ったのである。
この事蜜は何を教ゆるか。英樹の如き、労働賞内閣を似てすら、敢禽政策の教典的嘗践が如何に困難であり、
政令政簸の本質 ︵五︶ 五有名無質の形式に経る危険の存在を、如賓忙示すものではないか。ましてや、資本階級が政治的に支配的地位を 占むる、鵬般資本主義国家に於ては、敢て説くを要すまい。 1 S⋮rGeOr笥雲量を委員長とする、所謂メイ委見骨は、叫九三仙年八月州口∴報告を提出して、血九二三年度歳入 不足十二億園と表明したが、越へて同年九月十日、蔵相フィリツブいスノーデン︵今ほ攣って、ネゲイル‖チエムバレ. −ンが蔵相となり、スノーデンは国璽倫寄、十〓月五日改造された︶ の財政演説では、血九二二年度歳入不足七千 四官七十筒額、劇九三±年虎歳入不足血億七千箇磯、即ち合計約二十四億閲の多きに上ることを明言した。 6 悪敏なる読各は、何故に筆者がプレンクーノむ語り、英閣労働菰内閣の瓦解を誌したかを夙に察せられたであ らう。之等に依って、筆者が読者の脳裏に、印象づけんと意閲するものは凡そ二つ。 ヽヽ 資本主轟㌍臍組織の下に於て、現に冨はれ且っ行はるゝ赦倉改案 − 我等の所謂在る組合政焚 − が、其の蜜 餞的効果に於て、幾許の大衆利益を促進するや、叉促進し得るやの根本的疑問が其の二て資本擁護か、資本犠 牲かの岐路に立つ時、資本制敢禽に於ては、必ずや後者が犠牲とされて、前者の造を停め、それがためには、敢 合政党の如きも勿論犠牲の一つに供せらる1こと。或に敢禽政策の限界の顕然として存在すべきことが其の二つ。 これ等二偶の考察を究づ捉供することによつて、筆者娃主蒐への立場を、既に臓菊乍らも試着の蹄に叔渡し得た と思ふ。 第七巷 第 劇 渋 ︵﹂ハ︶ 六
7 我等の主題を直税Lて、問題の展開を試みやう。 前奏として、筆者捻、敦近我が蓼脅に贈られたる、敢倉政発の論者こ、二を先づとつて、先塾の跡に仙應の敬 意記表しっ∼、我等の親鮎より之に批判を加へて見やう。それは叉、筆者の富はんと欲するものと、封峠的たる ことによつて、〓愴私見の理解を明確ならしむることに、役立つであらうから。 00 河合柴治郎教授﹁酷愈政策原理﹂ 此の書を閲読して、二村の混迷と奇異の感に迫らる㌧ものは、猫り此の文の筆者だけであらうか。恐らくは大 多数の読者も、敢愈政栗原理てふ高らかなる旗槙に憧れて、把へた教授の此の吾が、読者の求めんと欲するもの を、飴りにも抄く成することに、必ずや失望と幻滅とを昧ふのではあるまいか。 菊版、輩を盈ねること革。金谷囲百大十貢に飴る、決して小菅とは富ひ如き此の著に於て、抑々何が論ぜられ て居るか。そこには、背表紙に厳しき﹁敢禽政策原理﹂の金文字とは、直接に紺係の遠き思想の数々が、装ひ巽は しく盛られてあるのに過ぎないことを瞥見する。 試みに巻頭の日次を〓瞥せられよ。 放倉政策の本質 ︵七︶ 七
第七巻 貸 間 兢 ︵八︶ 八 弟〓革緒論第剛箇に於て、撃としての敢昏政環が取壊はれるが、内容凡そ二十諷貫宣窮二睾敢合間題、第三薔 資本主義の解剖、第四馨資本主義の批判、第五黄各酷禽思想の批判、之だけである。富にたゞ之だけである。そ こで私は思ふ。少くとも、も叫つだけ忘れられた草があると。日く、弟六章敢脅政笹原埋! 依って、王題の、敢愈政策を忠蜜に道しるべとして、之に封する解明を求むれば、我等は澄に蓼々たる次の数言 を得るのみ。日く ﹁配合政策の目的は、敢合に属するあらゆる成員が、人格の成長を残しうる敢脅細波を慮成すること﹂︵同空ハ貫︶ であり、現嘗の政令組織が、此の理想と矛盾する時、そこに敢愈問題が塾生する。﹁か1る敵食間題が配合 政鷺の封象である﹂と︵同署六貰︶ 斯くして、祀愈政策は、経臍政策と隈別せられねぼならぬと言ふ。その理は、殊側に悶着は究極目的を異にす るがためである。躍臍政寛の目的は、経済それ自身の中に在って、最大の生産力てふ鮎に求められる。敵脅政党 の目的は金成員の人格完成を、確保する離合組織を構成するに在る。第二に、雨着は認識目的に放て興る。経済 政宋は敢脅硯象を認識するに、財貨の生率交換・分配・消費に於てする。敢脅改発は、然るに敢愈組織の存戯と の関係に於て認識すると︵六−七寛︶。 厳密に、赦愈政策の概念に就て、教授の著書に間へば、輿へらる1ものは、正に右の如きものである。資本主 義祀倉の解剖や批判や、敵禽思想の各潮流紹述など、固より軟骨政策佗緑なしとは富はた㌫が、読者として吾人
9 級禽政賃の目的は、と教授は富ふ、祀合に屈するあらゆる成員が人格の成長を残しうる配合細波を構成するこ とであると。か1る政令政策の甥解は、現に敢禽政発と稀せられ且つ祀愈政策として嘗践せられつ1あるもの、 ヽヽ ヽヽヽ︳ 即ち在る敵合致策とは甚だ興るもの℡ある。我等の言柴を以てすれば、それは思想家の思惟的生産たる在るペき 敢愈政筍である。あらゆる成員の人格の成長を為しうる敵食掛繊の構成といふことは、惟ふに、如何なる融合組 紋の下に在っても、常に仰望せらるべきことであらう。それは、資本主義と限定せす、一切の祀愈に於て、求め らるべきことだ。赦禽政策を斯く和解することは、著者の自由である。それは著者の思惟的生産物とLて、我々 は敬意を沸ふ。だが、現驚に存在し且つ吾人の生活に交渉を有つ計愈政策は、か1る頭脳的生産物とは、凡そ相 去るとと甚だ透きものたるを我々は知る。 このことは、教授の言葉自照が、之を蟹謹してゐる。本書の開巻努頭に日く、 ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ ﹁社食政策なる語は、従来の用語例によれぽ、次の三種を意味する。第一には資本主義に封する一軒の思想的 立場を意味し、自由放任主義に非ず、敢合主益に非すして、雨着の中間に位し、私有財産制度の原則を維持 の聞きた小ことは、唯々敢愈政先の原理が何であるか呈叫一口ふことなのである。何となれば、此の苔の看板は、倫 理塾でも、哲拳でも、敢禽思想史でも、蒋亦経済畢訟史でもなくて、唯々配合政策原理とあるからである。 洗骨政策の本質 ︵九︶ 九
、 第七巻 第 仙 渋 ︵叫○︶ 叫○ し、唯必要ある限りに於て之に修iEを加へんとする山山場であり、別の語を以てすれば舵愈改良主義が之に相 督する。第二に敢愈改良主義の立婁より為されたる施設方覚の鰻系藍息昧する。・:⋮⋮⋮ 第三に撃一の意味 の敢愈政策を封象とする畢藍息味し、厳格に云へぼ敢禽政策撃と云ふぺき場合が之に相常する﹂と ︵本望 亙。傍鮎範者︶。 敢愈政策が、資本主義に封して、二松の思想的立場をなすものか香かは、大きな庚間で、筆者の如きは、端的 ヽヽヽヽヽ に敢愈政策を資本主義の山鹿物と理解するものであるが、此の鮎を暫く措くも、著者の祀禽政策は、従来の用語 ヽヽヽヽ 例とは興るものだと冨はねばならぬ。私が凝るぺき酢禽政策だと許する所以空地に在る。 ﹁あらゆる成員の人格の成長を残しうる敢合繊織の構成﹂なる語は、実はしくも亦快い。だが、それは一個のユ ートピアに成り終らないか。我々のき1たいことは、如何にしたら、そうゆふ敢昏が昏現されるかといふ鮎であ ヽヽヽヽヽ る。著者が﹁改革の思想頗系﹂として棋逃せらるゝ朗も、我等に封し七、何等﹁人格の成長を質しうる祀愈細粒の ︳ヽ 構成﹂を敦へはしない。だが、著者の敢昏政繋原理は赦骨組披の溝成を目的とするといはれる。本書の何虞にそ れを求むべきか。不敏なる筆者は、聖地を得ゃして只管に思ひ惑ふ。 0 1 下僚靡暦氏﹁敢脅政策の珊諭と施設﹂
兜づ敢愈政策に封する著者の概念を聞かう。 著者は、敢愈政策の﹁概念を質的し、其の意義を把握すると云ふことは、決して容易の業でない﹂と、預防線を ︵1︶ 張り、この用語の和まりは、猫逸敢脅政策革命の成立に基くと昔ふ。 次いセ、ヴアグナー、ゾムバルト、及びウイーゼの祀愈政策に下す定養を引用し、その意味する夙に於て、必 ずしも重く同一ではないが、その間に猶共通する思想として﹁敢禽政策は立法著しくは行政の手段を以てする国 家政賃即ち観衆行動であり、有蹟階級と触⋮露階級との経済関係を虎現すべき階級改質であると云ふ概括的意義を 理解し得る﹂︵二大貢︶となす。 かくて、著者は、蔽命改発の概念に規定を輿へて富ふ。 ﹁敢禽改発は、仙方に於て個人主義の極端なる自由放任に反封すると共に、他方に於て﹂現存敢禽秩序並に紆 臍組織の原則たる財貨の私有と自由競争とを根底から破壊せんとする敢愈真義的思潮に反勤し、現存配合秩 、、、 ヽヽヽヽヽヽヽヽ 序を是認しっ1、此の中に必然的に存在する諸種の弊害を其の政策的施設に依って制限し或は除去し、以て 個人の完成と統合の発達とを遊行せんとするものである﹂と︵二三1−〓三妄、傍鮎筆者︶。 然らば、諸種の弊害牽制限し或は除去﹂するには、如何なる基準に掠るべきかと間へば、そこに提案せらるゝ 答解は、叫偶の倫理道徳論に外ならぬ。著者によれば、配合問題とは、﹁現存敢愈を構成する個々人の倫理的梗 準忙照らし、それが敢愈存立の究売の雷馬に合致するや否や﹂を考重し、その常馬に合致せざる時に、その問題 社食政籠の本質 ︵仙 こ 叫 州
し﹂と晋ふが、抑々﹁必然的に﹂といふ言葉は、﹁内在的に﹂といふ程の厳格性を持つ富警は雪まいか。必然的
笹塚在するものが、その基底呆欒のま1、泉トて﹁除去﹂せられ得るか。或竺時的に、制限し爾縫し叉違生を遽慧しめ得るかも知れぬけれども、必然的警ものは、究局に於て如何とも焉卜得ぎるものでは奈らうか。
第七巻 第嘲戟
︵三︶ 三が敢萬警言語るといふ≡手−二三等そこで、問慧、その倫諾標準である。これに劃しては、
それは﹁普即ち理想を放念南の中に梯著しむること﹂︵ニニ三宮︶であると挽き、謂ふ桝の善とは、自己の賓現 に外ならぬと論定するのである︵二二四真︶依って試着は、想ひ出だすととがあるであらう。自我驚硯の倫理詮ならば、夙佐々々オックスフォードのトマ
ス・ヒル・グリーンによつて望臼せられ警との雪の驚かくして、著者の究局に落ちつく朗は、労費階級協調
の実はしきエルドラド一に外ならぬ︵三入貢︶。 ユ要は本望二八貰に於て二八七二年猫逸に設立せられた辻曾政窒骨⋮⋮﹂嘉して周るが、拳骨とLて豊 Lたのは剛八七三年である。 l l■ 右著者への批評二、三。 先づ、筆者が敢て施し誓、傍瓢の旬を願られよ。﹁此の申に必然的に存在する諾租の弊寄を制限し或は除去 、−、、、、 I − ’ヽ若し、それが容易に﹁除去﹂し得る魔のものならば、それは何等﹁必然的﹂の名に値せぎるものと言はねばならない。
必然的の必然的たる所以は、百方手をつくして、如何ともなし得ざる膵結を冨ふ。例へば、生物の死の如し。究
周に於て避け得べからざる郎結。必然的にと富ふ副詞は斯く解するのが、日本文法的ではあるまいか。さすれば
生物の死草陰去﹂し得ざる如く、必然的に存在するものは、究局に於て﹁除去﹂し待ないと私は思ふのである。
第二に、著者の所謂﹁現存する個誘人の倫規約榛準に照らす﹂とは如何なることか、その理解に苦しむ。個々人
即ち−人々々の人間の倫理的棟準に照らさねばならぬ必要は、個々人の倫理的梗準が異る焉であるか。若し之を肯定すれば、十人十色の倫理的標準に照らしたとて何の結果も統仙も出て釆ない。著し之を香淀して、配合成員
の倫理的梗準は、皆同▼仙なりと首ふとすれば、聾者は敢て反間する。然らば何故に、個々人のそれに照らす必蟄
があるかと。この場合には唯仙人の人の倫理的棟準で充分である。者貰に於て、我々は軟骨成員の倫理観が同一
とは考へられないし、現に見る如く異って居る。か1るもの忙、照らすといふことは、筆者には文字通り無意義だと思はれる。
最後に著者は﹁封立関係は存在しながらも、何等徒労なる間寧を敢てせずして、階級協調﹂の招来を﹁信する﹂
と富ふ。封立関係を保ちつ1、作り出された協調なるものは、盟正二時的なる均衡に過ぎず、何等問題の解決とはならない。靭立関係のある限少、相有の勢力相等しき時は、力の平均による協調とならう。︼方のカ劣れば、
支配・被支配の征服路傍となるであらう。而もカの平均は劇時的に過ぎぬ。封立寄自憾が不断の遅効に在るを以
種曾政旋の本質 ︵劇三︶ 劇三2
7▲筆者に依れぽ、硯賢なる政策の蜜践は、必然的に相封性を持つ。然らざれば、硯嘗化し得られないからである︺
纂蟹践には、震の主鱈と、をの封警が誇ればならぬ。義は、その時に於ける支配部分が之を構成する。
今昆、それが固家の鶉政審であり、又之に準すべき地方自治鰻である。封象は、その時に於ける、即ち二掴の
歴史的なる段階に在る敢倉が之である。
馨纂は、含、資本主義図表が、その芳途上、必然的に暴露し警する、内荒牧格に封し、之を修論
し禰施せんとす各署︵之晶かすものは、その時の芸的蒜階級︶の震・努力に外雲ぬ、そこで我等のなくて、問題の表面を叫時糊塗するのみである。
て、平均は忽ち破壊せらる1であらう。だから、封立関係を許しつ1協調を戯ふことは、何等、問題の解誓は且つ著者の所謂徒労なる闘寧と比何む富ふや。我等は、寧ろ、固辞が決して能勢ではなくて、之によつて、敵
愈磯警自己の諾と蒜白魔・銀批判なりし、⋮般大衆が、如昏に現管見るの警蕃浣たこと嘉る。そ
れは正しく、徒労とは正反封のものである。そして著者は、最後に1信する﹂と結ぶ。信することば、定に自由だ けれども、信すること1、賛現すること1塞く別間警ある。如何に信ずればとて、それによつて問題造も解決はせられない。
第七巻 第 叫 鶉 ︵叫四︶ 叫四第一に望息すべきは、資本主義融合が自らに内在する紋陥を暴露することの頻繁となるに連れて、換言すれぼ資 本主義の高度化に連れて、酢命政繁は愈々雷姿硯.さる1に至ること。第二に、而も敵禽政策は、資本裏毛国家の ヽヽ 代表者たる馬政者によつて又は之に制肘せられて、資本主義の生命をより永からしめんがために、一般配合の車 両てふ名斜によつて驚行せら渇こと、之である。 こ1に、敢愈政鷺の限界が、厳然として暗示せらる1のである。 3 疇l一 凡そ政策とは、輿へられたる現嘗を、珊想に向つて引上げんとする、支配者の施設努力を言ふ。而して、配合 政策は、現存敢禽の内部的快格より、それが根底を震撼する各般の矛眉を発生する時に、現存敢食掛織を支持し つ1、その快隋・矛眉を綬和し努除するを目的とすると富ふ。 放て、改発の指導概念たる雷鳥即ち理想は、之整一面より考察することが出来る。 一つは、之を哲螢的に建解せんとする態度、二つは之を敢脅的・現茸的に理解せんとする態度。凡そ、入間生 活に於ける一切の螢みは、究覚に於て人間生存の意義忙向つて朝宗せねぼならぬのであらう。人間生活を、箪な る生物的存在以上に、意味づけんとすれば、必ずや、之を統制・替導すべき究局者を論理的に想定せねばならな くなる。之を低位と言ふか、文化慣値と名づけるかそれとも紳といふかは別として、それは、論理的に兜天的の 証骨政策の本質 ︵血五︶ 劇五
第七春 寒 仙 渋 ︵二ハ︶ 二ハ ものとして認赦せられぬばならぬであらう。カントに於けるアプリオリが之である。そして︵か1る極限概念は その内容に於て、制約さる1ことを許されぬ。著し之を制約すれば、それは究局着では、あり得なくなるから。 習蓼的に、究局的なるものを追ふ者は、こゝに辟着せざるを待ないのである。だから、諸君はきくだらう。倫 理的究局者としての蛍といふことが、大聾叱呼せられても、その蕃とはと問へぽ、それは内容的に制約出来ない ものなることを。大智カントに在ってすら、﹁何等制限なしに馨と認めらる∼ものは唯脊なる意志のみ﹂と言って るに過ぎぬではないか。試着は、博士左右田富二郎民の文化低値に関する思頚の跡を迫って見られよ。 A7 1 然れ共、政策を論究する我等の問題は、か1る究局者としての用想ではない。政策は硯賢的蜜践であつて、そ れ故に叉、その指導概念は、現資性と嘗践性とをもたねぽならぬ。そこで、私は端的に冨ふ、日く、哲畢的には 内容制約を許さゞる指導概念も、之む硯質的指導者たらしめんには、必ずや、内容制約を輿へねぼならぬと。之 筆者が、袋に、政策の嘗躇は、必然偶に相封性をもつと明示した所以に外ならぬ。蓋し、内容制約は、その時− 層史的一段階− に於ける主鰻及び容健の、特殊性佗よつて行はれ、かくの如きは、流動し行くもの1叫断簡と してのみ、理解し得るに外ならぬからである。 敵愈政策も、固よ少、その時の朗輿によつて制約せらる1。之を途行せんとする着は、その時の支配部分−之
に統制せちる1鴻のは、その時の被支配部分。而して、資本主義敢昏の支配部分は、富ふ進もなく、有産薬園と 之を背景とする焉政鰭であり、常に被支配部分に立たさる1は、無塵薬園と、やがて之に没落すべき中間盾の集 団に外ならぬ。か1る封立に於て、政箕葦践の手段は、即ち図法と行政とである。
今日の、法律が、決して、各人のための各人の捷でないことは、事新らしく説くまでもない。依らしむぺし、知
らしむぺからすとは、決して過去の歴史的思想ではなくて、現に日のあたり、途朽せられつ1ある生きたる思想である。十七世紀と異る所は、知らしむペからざる民が、自覚的となり、批判的となつて、統率力を増加しっゝ
ある瓢が異なる。
今日、資本主義囲豪の法律が如何にして作られるか。我々は、それに封する些少の考察だけで、それが何等−︸般大衆の利益の代摺着ではなく、結局支配部分の自己擁護に役立つ馬めのものであることを、あくまでも見せつけら
れるであらう。祀昏的立法が如何に雛産であり、歴々換骨奪胎せられ、或は挺すつぶさるゝ運命を思ひ出されよ。
かゝる本質をもつ法律又は行政によつて、連行せらる1敢禽政策が、その本質を如何に規定せらる1かは既に明白である。祀脅政策は、支配部分の擁選に於て外観的に階級調和らしきものを出現せしめんと努力するもので
ある○
だから、政令政策施行によつて、若しも、反つて支配部分が、何等かの不利季侵奪をうくる危険に遭へば、
彼等は敢然として、赦愈政策を見掩てるに躊躇しない。英図労働茶内閣の瓦解は、茸に此の場合の好箇の貨物数
放曾政策の本質 ︵脚七︶ 劇七むづかる子供に、何ぜ親は飴を興へるか。それは、子供の意志尊窟よりも、血暦よく子供を繰縦せんがためで ある。敢脅政発は、要するに、泣く子に輿へる飴ではなからうか。それ以上を求むれば、輿へる者は、飴すらを も輿ヘザといふのではないか。敢合政策の限界が、厳然として韮に在る。憐みを乞ひて、輿へられんとする意婁 から、敢然立って、求めねばならぬ大衆隔祉の問題に、我等は直面せねばならなくなる。 述べて、こ1に至り、ゆくりなくも想ひ出すは、嘗っての日、卒議の機を得た、九州帝大、波多野鼎教授の﹁赦 合政策原理﹂︵改造敢、粧臍笹仝集第十八巻︶之である。硯賛なる赦禽政策の、直祓と理解と批判とは、筆者が裟 に顧みたる二つの近著よりも、僅々百買の氏の文筆中に躍如たるものあるを鳳ふ。それに比すれば、筆者の此の 文の如き、粗未定に性恍たるのみ。拭き思ひを潜むるの士は、筆者の雑駁なる論議を、洗ひ停める意味に於ても 波多野教授の含蓄多き富を、必ずやひもとかれんことを切に庶ふ。 後 番 1 本篇は嘗っての拙稿﹁個人図琴他界﹂︵本誌弟五食滞五渋︶に於ける問題の展開として見られたい。 −1 本簾中の岬少部分は、一層腱き盃零を得んがために、蒜新開の昨年十一月、十二月に瑞載せられた。然し本衆此の仙篇の こ郡をなすものであり、且つ全篇の構成せ保たんがために、こゝ忙は敢て其の部分を劉慶しなかった盛者の諒毅を乞ふ 籍七巻、 発 咄 渋 授ではないか。 5 1▲ 二八︶ 仙八