大腸鋸歯状病変とは
樫 田 博
近畿大学医学部内科学教室(消化器内科部門) Ⅰ.大腸鋸歯状病変の概念 過形成性ポリープは非腫瘍であり,従来,治療の 対象とは えられていなかった.ところが,一見過 形成性ポリープ(HP)に類似した鋸歯状の構造を有 する病変の中で明らかに細胞異型を有し腫瘍と判断 されるものが発見されるようになり,1990年ころよ り鋸歯状腺腫 serrated adenoma(SA)と名づけら れた웋.さらに欧米を中心に,hyperplastic polyposis において高率に大腸癌が発生すること,明らかな癌 の一部に鋸歯状構造を伴う病変が存在すること,な どが次々と報告されるようになった워.遺 伝 子 的 解 析 の 結 果,BRAF遺 伝 子 変 異웍욹웎, hMLH1など mismatch修復遺伝子の発現消失やメ チル化웏,microsatellite instability(MSI)원,CpG islandの メ チ ル 化(CpG island methylator phenotype;CIMP)웑욹웒など,大腸癌の一部に認める と同様の遺伝子異常が SAや HPにおいても次々 と報告されるようになった.また癌を合併した SA・ HPにおいて,癌は SAや HP部 と同様の粘液形 質を呈し,通常の大腸癌とは異なることが判明し た웓.以 上 よ り,従 来 の adenoma-carcinoma sequenceとは異なる,HPや SAを介した発癌経路 serrated pathwayが 想 定 さ れ る よ う に な っ
た웋월욹웋웎.
本邦で漸く serrated adenomaの概念が普及し始 めるのと相前後して,欧米ではさらに sessile ser -rated polyp(SSP;sessile serrated adenomaと呼 ぶ研究者もあり,SSA/Pと記載されることが多い) という概念が 生した웋웏.その病理学的特徴や診断 基準は,原著웋웎,Higuchiら웋원の報告,新しい WHO
類웋웑などに記載されている(表1)が,HPとの差 異の要点は,内腔に粘液を有する寸胴型の拡張腺管, 陰窩底部における側方への 岐(逆T字,L字状な どと表現される),陰窩の癒合や不規則な 岐,など である.SSA/Pは癌化のポテンデャルを有すると されるが,HPとは異なる別の entityとして扱うべ きか,また腫瘍とみなすべきどうかに関して賛否が 存在し,診断基準に関しても本邦の病理医の中で必 ずしも普及しているわけではない.最近では大腸癌 研究会が,より簡略化した診断基準(表1)を提唱 している웋웒. 現在,大腸鋸歯状病変は,古典的鋸歯状腺腫 tradi -tional serrated adenoma(TSA),HP,SSA/P, SSA/P with cytological dysplasia(以前の mixed polyp)の4者に大別される웋웑が,主に前3者につい て解説する.
表쏯 SSA/P診断基準
Higuchi웋원の基準 WHO웋웑の基準 Yao웋웒の基準 1)陰窩における鋸歯状構造 2)腺管の多 岐や水平方向に配列 する腺管 3)陰窩の拡張 4)上皮/間質比の増加 (>50%以上) 5)陰窩上部の核 裂像 6)陰窩上部における細胞異型 明瞭な核小体や腫大した小胞状 のクロマチンパターンの核 7)粘液産生の増加 (細胞内・細胞外) 以上,7項目の内,4項目以上を満 たすもの 1)陰窩の拡張 2)陰窩の不規則 岐 (逆T字・L字型陰窩) 3)陰窩における鋸歯状構造 MVHP(microvesicular hyperplas -tic polyp)成 が病変の50%以下で, これらの SSA/Pの所見が連続する 2∼3 陰 窩 に 見 ら れ る 場 合 は, SSA/Pに 類すべき. 1)陰窩の拡張 2)陰窩の不規則 岐 3)陰窩底部の水平方向の変形 (逆T字・L字型陰窩の出現) 以上,3項目の内,2項目以上を病 変の10%以上の領域に認められるも の.
Ⅱ.鋸歯状病変の内視鏡所見 大腸鋸歯状病変の内視鏡所見に関しては,これま でも報告してきた웋웓욹워워(表2).病変の 布に関して は,TSAは左側に多く,HPもやや左側に多いが, SSA/Pは逆に右側に多かった.肉眼形態を隆起と 平坦の2者に けると,TSAは隆起型が多いが, HPや SSA/Pでは平坦型の方が多かった.色調を 発赤調と褪色-常色調の2者に けた検討では, TSAは発赤型がやや多いが,HPと SSA/Pでは褪 色-常色調が多かった.平 腫瘍径は,TSAが11.0± 6.6mm,SSA/Pが13.8±7.0mm,HPが7.6±3.0 mm であった.これは切除された病変のみを対象に して得られた結果であり,HPの多くは直腸からS 状結腸に存在し,平坦型,褪色-常色調で,5mm 未 満の小型のものは治療されていないと思われる. SSA/Pは右側結腸,褪色-常色調で大きいものが多 く,従来 large hyperplastic polypと言われていた ものの多くがこれに一致すると思われた. 大腸鋸歯状病変における拡大内視鏡所見として は, 毬状,羊歯状,星芒状に けて検討してき た웋웓욹워(図1).pi워 t pattern工藤 類における絨毛状 のⅣ型に似ているが先端が太く,血管や発赤が目立 ち, 毬・魚鱗・鶏冠様形態のものを 毬状(図2), Ⅲ웳型や 枝状・脳回転状のⅣ型に似ているが明ら かにギザギザしているものを羊歯状(図3),Ⅱ型も しくはそれに類似し腺口が大きく開口しているもの を星芒状(図4),とした. 毬状や羊歯状を呈した 病変のうち約95%が TSAであり(表3),これらの 拡大所見を呈するものは,ほぼ TSAと診断できる ものと思われた.一部の病変では,明らかに性状の 異なる部 が二段状を呈し, 毬状/羊歯状と星芒状 が併存していた(図5).また,TSAの中には通常 型腺腫と混在するものや,絨毛腺腫と鑑別困難な場 合がある. 図쏯 大腸鋸歯状病変の拡大内視鏡所見 a) 毬状 b)羊歯状 c)星芒状 d)二段状(混在型) a b d c 図쏰 Ip型病変 a.内視鏡通常像 発赤が目立つ b.イン ジゴカルミン撒布拡大像 毬状 c.病理 標本強拡大像 鋸歯状構造の表面は棍棒状に 肥大し,浮腫・血管が目立つ b a c 表쏰 TSA,SSA/P,HPの内視鏡所見の比較 病理診断 特徴 TSA(n=174) SSA/P(n=27) HP(n=71) 布 近位/遠位 60/114 18/9 34/37 * 肉眼型 隆起/平坦 115/59 10/17 31/40 ** 色調 発赤/褪色 95/79 6/21 16/55 *** 平 径(mm) 11.0±6.6 13.8±7.0 7.6±3.0 **** ***** 웬P<0.0001,웬웬P=0.0014,웬웬웬P<0.0001,웬웬웬웬P<0.001,웬웬웬웬웬P<0.001
工藤 類を敢えて用いなかったのは,従来の 類 に当てはめ る の が 困 難 だ っ た か ら で あ る.藤 井 ら워웍욹워웎も, 毬状のものをⅣ윍,羊歯状のものをⅢ윍, と表現しており,工藤 類とは けて扱っていた. しかし当時はまだ SSA/Pという概念がなかった. HPの9割近くは星芒状の所見を呈しており, 毬状の所見は認めなかった(表3).SSA/Pでも7 割以上が星芒状を呈していた(表3)(図6).すな わち,星芒状を呈する病変には HPと SSA/Pの両 者が含まれることになる워월욹워워.ただし,SSA/Pでは HPより腺管開口部が開大している傾向があり(図 6),これは豊富な粘液産生を反映しているものと思 われる.工藤 類のⅡ型という表現を敢えて用いな かったのもこの理由による.SSA/Pで腺管開口部 が開大していることは他の研究者も指摘しており, “開Ⅱ型”워웏,“Ⅱ型拡張(dilatation)型(Ⅱ-D型)워원”, “ExpandedⅡ型(E-Ⅱ型)워웑”,などと呼称されてい る. SSA/Pの病理所見で述べた“内腔に粘液を有す る寸胴型の拡張腺管”は開大したピットとして観察 される可能性があるが,“陰窩底部における側方への 岐(逆T字,L字状などと表現される)”は,内視 鏡では表面からの観察であるため指摘困難であろ う.従って,HPと SSA/Pの鑑別は,拡大内視鏡所 見のみでは十 ではなく,発生部位や大きさを加味 して診断する必要がありそうである. 表쏱 TSA,SSA/P,HPの,拡大内視鏡所見の比較 病理診断 Pit pattern 計 TSA(n=174) SSA/P(n=27) HP(n=71) 毬状 46 (26.4%) 1 0 47 85.6% 羊歯状 103 (59.2%) 6 10 119 星芒状 25 (14.4%) 20 (74.0%) 61 (85.9%) 106 図쏲 Ⅱa型病変 a.通常内視鏡像 b.インジゴカルミン撒 布拡大像 星芒状 c.病理標本強拡大像 a b c 図쏳 二段状(混在型) a.通常内視鏡像 b.インジゴカルミン撒 布拡大像 毬状+星芒状 c.病理標本 強拡大像 a b c 図쏱 Is型病変 a.内視鏡通常像 b.インジゴカルミン撒 布拡大像 羊歯状 c.病理標本強拡大像 a b c
Ⅲ.鋸歯状病変の NBI所見 大腸病変の NBI所見に関しては,いくつかの 類が存在するが,ほとんどが TSAを除外して検討 されており,鋸歯状病変全体としても,その NBI所 見に関しては,まだ確立された見解はない워원웦워웑. TSAは通常内視鏡で観察すると発赤調であり,病 理組織でみても表層で血管増生・拡張が目立つ. NBI所見は,非拡大観察では,病変が全体的に濃い ブラウン調である.NBI拡大観察では,個々の血管 が識別できず全体的にベタッとブラウンに見える (昭和 類の dense pattern)場合(図7)と, 毬 状の 葉1枚1枚の中に,木の葉の葉脈の様に 枝 した血管を観察できる場合(図8)が存在する. SSA/Pは,通常内視鏡でも色素拡大内視鏡でも HPに似た所見を呈するが,NBI像も基本的には似 ている.HPは血管が視認しにくい(昭和 類の faint pattern)が,SSA/Pでも基本的には認識しが たい.従って非拡大では全体的に褪色調を呈するが, 腺管開口部の拡大を反映して,淡い褐色の斑点が HPより目立つ(図6).また,拡大観察では病変の 一部に網目状の細い血管を観察できることがある
(昭和 類の network pattern)(図9)워웒.SSA/Pの 方が HPより血管が増生・拡張している可能性があ るが,それを支持するデータはまだない.
Ⅳ.鋸歯状病変の natural historyと発癌워웓 ⑴ SSA/Pは HPから発生するのか? SSA/Pは HPか ら 変 化 し て そ う な る の か? SSA/Pと HPは,肉眼形態,色調,拡大所見などが 類似している.しかし 布では,前者は右側に多い のに対し,後者は左側に多い.SSA/Pが HPから発 生すると仮定すると,右側の HPは SSA/Pに変化 しやすいが左側の HPは SSA/Pになりにくいとい うことになる.左右の環境の差でそうなる可能性も 否定できないが,右側と左側では最初から性格が異 なる病変である,と えるのが妥当であろう.経験
図쏴 SSA/Pの NBI像と pit pattern
a.通常内視鏡 像 b.NBI像 褐色のド ットが見えている. c.クリスタルバイオ レ ッ ト 染 色 中 拡 大 像 d.同 強 拡 大 像 e.切除標本中拡大像 c d e b a 図쏶 TSAの NBI像 a.通常内視鏡像 b.NBI中拡大像 c. 同 強拡大像 葉状構造の中に,葉脈のよ うな血管を認める a b c 図쏵 TSAの NBI像 a.通常内視鏡 像 b.NBI像 全体的に 褐色に見えている c.同 拡大像 a b c
論的にも直腸など左側結腸の HPのほとんどは年 月を経ても HPのままで留まるように思われる.た だし,左側大腸に SSA/P,右側大腸に TPが発生す ることもある. ⑵ TSAは HPや SSA/P由来か? TSAと HPは, 布が似ているが,形態や色調が かなり異なる.従って通常は,後者から前者が発生 するとは えにくい.しかし,一部の病変で,星芒 状の pit patternを呈する平坦な病変の上に 毬状 や羊歯状の pit patternを呈する隆起があり,二段構 造を呈していることがある(図5).こういった病変 は組織像から見ても,HPから TSAが発生したも のと思われる.
SSA/Pは TSAの 前 駆 病 変 か? SSA/Pと TSAは 布,肉眼形態,色調において有意差をもっ て異なり(表2),拡大内視鏡所見もかなり異なって いる(表3).従って少なくともすべての TSAが SSA/P由来で発生するとは思えない.その証拠に, 平 腫瘍径は両者で差がなく,むしろ SSA/Pでや や大きい傾向がある(表2).また,担癌 SSA/P病 変には TSA部 を認めないことも多く,TSAを介 した癌化とは別の pathwayが存在するのではない かと えられる. ⑶ 鋸歯状病変は,放置すると癌になるのか? TSAは通常の腺腫より癌化率が高いとする報告 もあったが,最近では同等とする立場が多い.我々 の経験でも 5mm 以上の TSAのうち担癌例(図10) は6.3%であり,同時期の早期大腸癌の1.1%を占め るにすぎなかった워월욹워웋. SSA/Pは発癌のポテンシャルを有するとされ, スクリーニングで見逃された大腸癌,特に右側のも のは SSA/P由来ではないかという意見もある.ま た,過去に TSA由来大腸癌とされた症例の中に,実 は SSA/P由来のものが混じっていた可能性があ る.しかし SSA/P担癌例を我々は2-3例しか経験 しておらず(図11),同時期に経験した早期大腸癌全
図쏷 Vascular patternが混在した大腸鋸歯状病 変 a.通常内視鏡 像 b.NBI拡大像 病変 の 右 3 の 1 で は 網 目 状 の 血 管 を 認 め た c.同 病変の中央では血管は認めず,腺管 開口部が褐色に見えるのみ d.インジゴカ ルミン撒布拡大像 病変の中央部に開大した pitを認めた d.クリスタルバイオレット 染色拡大像 病変の中央部に開大した pitを 認めた e.切除標本中拡大像 c d e d b a 図쏙쏢 TSA癌化例 a.通常内視鏡像 腫瘍径 8mm の Ip病変 b.クリスタルバイオレット染色弱拡大像 大部 の pit patternは羊歯状であった. c.同強拡大像 一部の pit patternはⅤ윎型 軽度不整であった. d.ポリペクトミー標本ルーペ像 e.同強拡大像 病変の大部 は TSAであ った. f.一部に癌の部 が含まれていた.最終診 断は adenocarcinoma(pap),pM,ly0,v0 in serrated adenomaであった. c d f e b a
体の0.2%程度にすぎない워월웦워웋.SSA/Pを長期間経 過観察した報告はほとんどなく,放置した場合の癌 化率は不明である. 文献上は HPに随伴した癌の報告を若干例認め るが,これらの HPが典型的な HPであったのか, それとも SSA/Pとみなすことができる病変であっ たのか,再検討が必要と える.我々の経験では HP の中に担癌例は全く認めず,少なくとも HPから直 接発癌することはほとんどないものと思われた.一 方 HPから TSAを経て癌に至ったのではないかと えられる症例の報告は認められる. Ⅴ.大腸鋸歯状病変の臨床的取扱い워월 TSAからの発癌例は存在するが,発癌例は大きい ものが多く,発癌率も通常型腺腫と差がない.典型 的な TSAであれば,通常型腺腫同様,5mm 未満の 小さいものは,早急な治療は必ずしも必要ないもの と思われる. SSA/Pも治療の対象と えてよいかもしれない が,内視鏡的に HPと鑑別するのは容易ではない. 切除して病理を見なければ完全な診断はできない が,そうすると,すべての鋸歯状病変を切除しなけ ればならなくなる.それは非現実的であり,また不 必要であろう.直腸などに多発する小さい HPは放 置してもほとんど変化がない.一般に右側に存在す るものや大きい鋸歯状病変は SSA/Pである可能性 が高く,癌化する可能性がある.しかし,癌化のポ テンシャルを有するといってもそれほど高いもので はない.早急に治療をしなくとも,増大傾向や pit patternの変化を経過観察すれば,治療の時期を逸 することはないのではないかと える.むしろ,経 過観察で natural historyが明らかにされることを 期待する. 文 献
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図쏙쏙 SSA/P癌化例 a.通常内視鏡像 肝弯曲腫瘍径22mm の 平坦な病変(矢印) b.クリスタルバイオレット染色拡大像 大 部 の pit patternは星芒状ないし羊歯状で あった. c.インジゴカルミン撒布弱拡大像 病変の 辺縁近くに陥凹局面を認めた d.クリスタルバイオレット染色強拡大像 陥凹部の pit patternはⅤ윎型高度不整であっ た. e.手術標本ルーペ像 f.同 強 拡 大 像 病 変 の 大 部 は SSA/P であった. g.同 強拡大像 陥凹部には癌を認めた. h.同 中拡大像 深部の一部は粘液癌成 が 存 在 し た.最 終 診 断 は adenocarcinoma (tub1>muc,pSM(3250 m),ly0,v1,pN0) in SSA/Pであった. e f h g d b a c
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