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東洋医学雑誌

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Academic year: 2021

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病院医療における鍼灸

―鍼灸師が病院で鍼灸を行うために

若山

育郎

a

形井

秀一

b

山口

c

篠原

昭二

de

山下

f

小松

秀人

gh a 関西医療大学保健医療学部,大阪,〒590‐0482 泉南郡熊取町若葉2‐11‐1 b 筑波技術大学保健学部保健学科鍼灸学専攻,茨城,〒305‐8521 つくば市春日4‐12‐7 c 埼玉医科大学東洋医学センター,埼玉,〒350‐0495 入間郡毛呂山町毛呂本郷38 d 九州看護福祉大学鍼灸スポーツ学科,熊本,〒865‐0062 玉名市富尾888 e 明治国際医療大学基礎鍼灸学講座,京都,〒629‐0392 南丹市日吉町 f 森ノ宮医療大学保健医療学部鍼灸学科,大阪,〒559‐8611 大阪市住之江区南港北1‐26‐16 g 公益社団法人日本鍼灸師会,東京,〒170‐0005 豊島区南大塚3‐44‐14 h 十字堂鍼灸院,東京,〒150‐0011 渋谷区東3丁目17‐11

Acupuncture and Moxibustion in Hospitals−Acupuncture

Practitioners Should Participate as Hospital Therapists

Ikuro WAKAYAMAa Shuichi KATAIb Satoru YAMAGUCHIc Shoji SHINOHARAde Hitoshi YAMASHITAf Hideto KOMATSUgh

a Faculty of Health Sciences, Kansai University of Health Sciences, 2-11-1 Wakaba, Kumatori, Osaka 590-0482, Japan b Course of Acupuncture and Moxibustion, Faculty of Health Science, National University Corporation Tsukuba University of

Technology, 4-12-7 Kasuga, Tsukuba-city, Ibaraki 305-8521, Japan

c The Center for Oriental and Integrated Medicine, Saitama Medical University, 38 Morohongo, Moroyama-machi, Iruma-gun, Saitama 350-0495, Japan

d Department of Acupuncture and Moxibustion/Exercise and Sport Science, Kyushu University of Nursing and Social Welfare, 888 Tominoo, Tamana-shi, Kumamoto 865-0062, Japan

e Department of Basic Acupuncture and Moxibustion, Meiji University of Integrative Medicine, Hiyoshi-cho, Nantan-shi, Kyoto 629-0392, Japan

f Department of Acupuncture, Morinomiya University of Medical Sciences, 1-26-16 Nankokita, Suminoe-ku, Osaka-shi, Osaka 559-8611, Japan

g Japan Acupuncture & Moxibustion Association, 3-44-14 Minamiotsuka, Toshima-ku, Tokyo 170-0005, Japan h Jyujido Acupuncture Clinic, 3-17-11 Higashi, Shibuya-ku, Tokyo 150-0011, Japan

受付:2013年9月24日,受理:2014年2月7日 Abstract

Acupuncture and moxibustion are not fully or well-utilized in the medical system, particularly in the hospi-tals of Japan. If they were more commonly practiced in hospihospi-tals, disorders and disease conditions that are not improved by modern Western medicine might be better treated. In addition, collaboration between acupunctur-ist and Western medical doctors would promote the research of acupuncture, moxibustion, and related tech-niques.

However, to achieve these aims, improvements in the quality of acupuncture and moxibustion education would be needed. Also, hospitals that are presently using acupuncture and moxibustion for routine treatment would have to demonstrate their usefulness and how this is contributing to patients’ health.

Having acupuncture and moxibustion therapists (AMT), as a defined occupation in hospitals, was proposed in 1981, although this has not yet been realized. However, we believe that hospital AMTs would be necessary for the progress of acupuncture and moxibustion, as well as for national health care and the medical system in Japan.

Key words : acupuncture and moxibustion, hospital, medical system, national health care, AMT (acupunc-ture and moxibustion therapist)

要旨

鍼灸は我が国の医療のなかで有効に活用されていない。鍼灸を本当の意味で国民のための医療とするにはどうす れば良いかについては,いくつか選択肢はあると思われるが,最も重要なのは現在の医療制度の中に鍼灸を取り入

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はじめに 日本鍼灸は現在閉塞状況にある。欧米では主とし て医師が鍼灸を実践し,治療者,患者ともに鍼灸に 対する理解が深まると共に,鍼灸に対するエビデン スも確立されつつある。中国・韓国では,日本と異 なる中医師,韓医師という制度をとっているが,政 府の後押しのもと5年以上の教育を行い,教育レベ ル,研究レベルともに高い。こうした事情を背景に WHOは2008年の北京宣言において鍼灸を各国の医 療制度のなかに取り入れ活用していくことを推奨し ている。翻って我が国の状況をみると,日本独自の 鍼灸が連綿と受け継がれるための徒弟制度は既にほ とんどなく,鍼灸師教育は学校教育に移り変わって いるが,鍼灸の4年制教育施設はわずか12大学しか なく,養成校の多くは未だ3年生の専門学校教育で ある。3年制教育の教育時間数は米国の専門学校と 比べても十分とはいえない。また,医療制度の中に 鍼灸はなく,介護関連の職位にも鍼灸師は含まれて いない。鍼灸師の活躍の場はもっぱら開業鍼灸院で ある。開業鍼灸院と病院とでは患者の質も量も自ず と異なるため,日本の医療のなかで鍼灸の力が十分 に発揮されているとは言い難い。 我々は,第57回日本東洋医学会総会(2006年,大 阪)で「病院医療における鍼灸―現代における鍼灸 の役割を考える―」1) と題しワークショップを開催し た。ワークショップでは,鍼灸治療を導入している 大学病院において,現代西洋医学と共存しながら, いかに鍼灸治療が応用されているかについての科学 的データを示したが,大学病院をはじめとする病院 における鍼灸治療の応用は未だほとんど進んでいな いのが現状である。 平成24年に実施した矢野,安野らの調査2) によれ ば,全国8168病院で鍼灸治療を行っている病院はわ ずか4.0%(304病院)に過ぎない。調査によると, これらの病院にアンケートを送付し院内で鍼灸治療 を実施していると回答のあった107病院で鍼灸治療 を行っている診療科をみると,リハビリテーション 科が最も多く58病院,次に整形外科が29病院で,東 洋医学科あるいは漢方外来で行っているのは18病院 であった。東洋医学科を開設している病院自体がま だ少ないためであると思われるが,鍼灸治療を取り 入れている病院であっても東洋医学科として幅広い 疾患に鍼灸が応用されているわけではないことがわ かる。 しかしながら,現代西洋医学が不得意な疾患に対 してどのような対応方法があるか,また我が国にお ける今後の医療の発展に何が必要かなどを考えると, 鍼灸が西洋医学の中でその役割を果たしていくこと が是非とも必要である。本稿では,現在の日本にお ける鍼灸の問題点を踏まえた上で,いかにして病院 医療のなかで鍼灸を普及させていくことができるか, それを実現するためにはどういったシステムが必要 であるかについて,それぞれ,①臨床面,②教育面, ③研究面,④制度面の4つの角度から分析を行った。 臨床面から―医科大学病院における鍼灸を応用し た治療の取り組み― まず,臨床面からは,我が国の大学附属病院で鍼 灸が取り入れられている数少ない施設の一つである 埼玉医科大学の概要を示す。 埼玉医科大学病院における東洋医学診療は,1984 年当時名誉病院長であった大島良雄が第二内科学教 室の中に東洋医学部門を開設し,東洋医学外来とし て湯液と鍼灸治療を開始したことに始まる。1986年 には,総合医療センター外科に鍼灸治療の専門外来 が併設し,2000年には麻酔科ペインクリニック外来 に移転して鍼灸治療を実施している。さらに2004年 には,かわごえクリニックを開設するとともに東洋 医学外来を設置し,湯液と鍼灸治療による外来診療 れ,鍼灸師が病院で活躍できる制度にすることである。 病院で鍼灸を取り入れることにより,西洋医学が不得意としている疾患・症状に対して患者に対応することがで きる。また,医師との共同研究も可能となる。しかし,そのためには鍼灸師教育の質の向上が必須である。病院に おける鍼灸導入のメリットもきちんとデータで示していかねばならない。

1981年,Acupuncture and Moxibution Therapist 制度(AMT 制度)という病院内で鍼灸師が活躍できる制度 が提言されたことがあった。現在の我が国で,そのような制度を整備することはかなり困難と思われるが,国民の 健康維持の方法の一つとして鍼灸を取り戻し,日本の医療をさらに発展させるには必要な制度であると考えている。

(3)

を開始した。2013年現在,埼玉医科大学においては 3つの診療施設で実際に鍼灸治療を行っている。さ らに,大学の関連施設である8つの病院や診療所に おいても同様に鍼灸治療を実施している。 以下に埼玉医科大学東洋医学科における診療の実 態と各科との連携,また,各科と実施している共同 研究の成果を紹介し,医科大学病院における鍼灸医 療の有用性について述べる。 1)埼玉医科大学病院東洋医学科における鍼灸臨 床の実態 埼玉医科大学病院東洋医学科では,他科より診療 依頼があった患者は58.5%であり,そのうち入院患 者は29.3%であった。依頼診療科では神経内科が 49.7%と約半数を占め,次いで,リウマチ・膠原病 科,整形外科,神経耳科,リハビリテーション科, 腎臓内科等であった(図1)。対象となった疾患は, Bell麻痺,緊張型頭痛,肩こり症,脳血管障 害, Sjögren症候群,非特異的腰痛等であり(図2),鍼 灸治療の有効率は78.1%であった。なお,有効率の 算出は,自覚症状(VAS や Pain Score)と他覚的所 見をそれぞれ50%とし,改善率を算出した。すなわ ち,80%以上改善したものを著効,60%以上改善し たものを有効,40%以上改善したものをやや有効, 40%未満を無効とし,著効・有効・やや有効を合わ 図1 埼玉医科大学病院における鍼灸治療の依頼があった診療科 神経内科が49.7%と約半数を占めていた。 図2 鍼灸治療依頼があった疾患 Bell麻痺,緊張型頭痛など神経疾患が多かった。

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せた割合を求めた。 大学病院で鍼灸治療開始後30年を経過した現在, 他科より診療依頼があった患者は過半数を超え,大 学病院内各診療科専門医に鍼灸治療が広く理解され てきている。対象となった疾患は難治性の疼痛や麻 痺,一連の不定愁訴であり,鍼灸治療の有効率は高 く,さらに,QOL の向上にも寄与している1)3) 。 一方,がん患者4)5) や維持透析患者6) に対する鍼灸 治療も専門診療科と共同で実施している。埼玉医科 大学病院東洋医学科で取り扱ったがん患者84例(男 性43例,女性41例,平均 年 齢59.6±14.8歳)で は, 依頼診療科は,産婦人科,血液内科,臨床腫瘍科が 多く,入院外来別では入院患者が過半数を占め,基 礎疾患としては造血器腫瘍や肝癌,子宮頸癌が多 かった。また,進行度では末期の患者が約半数であ り(図3),罹病期間は1年以上のものが多かった。 鍼治療の対象となった症状は,疼痛,消化器・循環 器症状(リンパ浮腫を含む)であり,前述の方法を 用いて有効率を算出した と こ ろ 鍼 治 療 有 効 率 は 64.5%であった。鍼治療成績と背景因子の関係につ いて重回帰分析を行った結果,鍼治療成績と治療回 数・進行度で関連があり,鍼治療回数が多くさらに 発症早期の患者群のほうが有効率の高いことが示さ れた。また,鍼治療成績と進行度で一元配置分散分 析を行った結果,ステージⅠの患者はステージⅣよ りも有効率が高く,予後別では非生存群より生存群 のほうが鍼灸治療の有効率が高いことも明らかと なった。これらのことから,がんに対する鍼灸治療 は,早期から開始し可能な限り継続することで,治 療成績の向上につながることが示唆された。 2)各診療科専門医との共同研究の成果 研究においては,鍼灸医療に関する基礎・臨床研 究を推進し,一次性頭痛7) や脳血管障害,顔面神経 麻痺,関節リウマチ,Sjögren 症候群,非特異的腰 痛等を対象とし,また,脳循環や自律神経,免疫を 指標とした検討において伝統医療の特質の科学的解 明に取り組んでいる2) 。神経内科や核医学科との共 同研究では,造影剤を用いず非侵襲的に反復検査が 可能である Arterial Spin-Labeling(ASL)MRI を用い, 片頭痛患者と健常者の脳血流量変化を鍼治療前後で 比較した。その結果,片頭痛患者は鍼刺激により, 視床や視床下部および弁蓋部,帯状回,島で鍼刺激 中および鍼刺激終了後に脳血流量が増加した(図 4)。これに対して,健常者群は鍼刺激中一過性に 同部位の血流増加が認められた。これらのことから, 鍼刺激による脳血流増加反応は片頭痛患者と健常者 では異なり,片頭痛の発作予防に対する鍼治療の作 用機序は,主に高位中枢が関与する可能性が示唆さ れた8) 。 3)まとめ 他科からの紹介された患者に対して鍼灸治療が成 果を挙げ,鍼灸治療が確立してきている医科大学病 院では,鍼灸治療に対する各診療科専門医の信頼性 も向上してきている。また,研究面でも各専門医と の共同研究を行い独自の成果を挙げている。現在, 国内外を問わず医療が変革の時代を迎えていること 図3 鍼灸治療依頼があったがん患者の疾患名と進行度 疾患別では造血器腫瘍,肝がんが多く,進行度では末期の患者が約半数であった。

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もあり伝統医療である鍼灸医療に対する医療界や医 学会からの期待は大きいが,鍼灸の力を真に発揮で きている病院の数は未だ少ないのが現状である。医 療機関の中で新しい時代の医療の一翼を担う鍼灸師 が活躍できる環境づくりとその身分法の確立が必要 である。 教育面から―鍼灸師が病院で鍼灸治療を行うため には鍼灸教育の質の向上が必要― 鍼灸師が病院において各診療科の医師と協調しな がら鍼治療を行うことで西洋医学を補完し,患者の 症状の緩和や QOL の向上に寄与することができる と思われるが,そのためには鍼灸教育の質の向上が 必須である。また,統合医療が世界的に注目を集め る今日その必要性はさらに高まっている。そこで次 に,1)混合診療の問題,2)統合医療的視点と チーム医療への参画,3)鍼灸の診断学と治療技術 の担保,4)心豊かな人間性:痛みが共感できる臨 床家像の4項目について述べる。 1)混合診療の問題 現在保険医療機関においては,混合診療が原則禁 止されているため,鍼灸を十分に活用できていない のが現状である。混合診療の禁止について,健康保 険法上直接に規定した条文はないが,昭和59年の健 康保険法の改正において特定療養費制度を設けたこ とにより,厚生大臣の定める高度先進医療または選 定療養に該当しない保険適用外の診療については保 険給付の対象とならないことから,結果として混合 診療の禁止の趣旨が明確となった9) 。無料であれば 問題はないとされるが,逆に,病院内で無料で鍼灸 治療を提供することは,鍼灸師を確保するための経 済的問題と地域における開業鍼灸師への競争的圧迫 の2点から問題である。したがって,病院において 鍼灸を行うためには,鍼灸治療を混合診療の制約の 枠から外すことが不可欠である。 ただし,無条件で外すと地域における鍼灸院経営 を圧迫する可能性もあることから,病院における鍼 灸治療対象疾患や病態を特定の疾患に限定した上で の解除が望ましいと考える。対象疾患としては,緩 和ケア疾患,認知症,COPD(慢性閉塞性肺疾患) といった ADL(日常生活動作)が著しく制限され る疾患群が挙げられる。通院が極めて困難なケース については,入院での鍼灸治療を容認することが望 ましい。また,明確なエビデンスの蓄積に基づいて, 鍼灸治療の有用性,有効性が明確な疾患についても 段階的に適応を拡大して行く必要がある10)∼12) 。 一方,病院内で臨床に携わる鍼灸師の資質の問題 も非常に重要である。緩和ケア疾患,認知症,COPD などの病態を対象とするとしても,専門的な知識が 不可欠である。特に,病院ではチーム医療を中心と して治療やケアが行われるため,開業鍼灸師が独自 に治療するのとでは全く趣が異なる。したがって, チーム医療の一環として,鍼灸治療の持てる長所を 発揮するとともに,他のチーム医療を担う医師を中 心としたスタッフ間でのコミュニケーション能力も 図4 鍼刺激が片頭痛患者の脳血流に及ぼす影響 Arterial Spin-Labeling(ASL)MRI を用いて脳血流を画像化したところ,片頭痛患者では,鍼刺 激により視床や視床下部および弁蓋部,帯状回,島で鍼刺激中および鍼刺激終了後30分間にわた り脳血流量が増加した(図の赤色∼オレンジ色の部分)。

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不可欠の要素である。近年の鍼灸師養成施設におい ては,一部の大学をのぞいて病院内での見学実習や 高齢者施設での臨床実習,さらには附属治療所にお ける鍼灸治療研修等はほとんど行われていないのが 現状であり,卒業後はり師きゅう師の国家資格を取 得したとしても,鍼灸に関する診断・治療技術が十 分でなく,病院施設の現状への理解もほとんどなく, 対象とする疾患の専門的知識も乏しい場合が少なく ない。したがって,大学等の養成施設における学部 教育をさらに充実させることに加えて,全日本鍼灸 学会が行っているような卒後における鍼灸師の認定 制度受講や統合医療学会の認定制度なども活用する とともに,対象疾患に関する卒後研修制度等も構築 する必要があると思われる。 2)統合医療的視点とチーム医療へ参画の必要性 今日の医療形態は,徐々に変化しつつあり,一人 の患者に対して,多くの診療科の医師のみならず, 管理栄養士,看護師,理学療法士,薬剤師等が,専 門知識を提供しつつ最適な医療を実践するという チーム医療が求められるようになってきた。チーム 医療とは,「医療に従事する多種多様な医療スタッ フが,各々の高い専門性を前提に,目的と情報を共 有し,業務を分担しつつも互いに連携・補完し合い, 患者の状況に的確に対応した医療を提供すること」 と一般的に理解されている13)14) 。それぞれのスタッ フには得意とする領域が存在し,決してオールマイ テイーではない。しかし,同時に多職種のスタッフ が共同して治療に専念すれば,不得意な分野を無理 に担当する必要はなく,合理的な治療・ケアが可能 となる。つまり,個々の患者を対象としつつも,自 分の領域で専門性を追求することにエネルギーを注 ぐことが可能となる。したがって,必要なものは, それぞれの専門的領域(例えば鍼灸)の学問,技術 と経験であり,提供する場面における基本的知識 (例えば緩和ケア疾患,COPD など)ということに なる。鍼灸の業務形態の多くは,開業あるいは鍼灸 院・鍼灸整骨院での勤務臨床家であることから,開 業鍼灸院に重篤な疾患を有する患者が来院すること は稀で,病院とは患者層が全く異なる。病院医療に おける鍼灸師が必要な所以である。 一方,一般病院での鍼灸治療の実施状況は,矢野, 安野らの調査どお り4.0%と は な は だ 少 な い(表 1)2) 。鍼灸師が病院・医院でチーム医療の一翼を担 うのは簡単なことではない。明治国際医療大学では, 4年次に附属病院での臨床各科の見学実習,附属高 齢者施設における高齢者ケア実習ならびに高齢者の 鍼灸臨床実習,隔週で1年間にわたる附属鍼灸セン ターにおける外来臨床実習,年に2回の学外研修施 設における実地臨床実習等の実地研修を実施してい るが,鍼灸の養成施設によっては十分な臨床実習を 実施できていないところも多い。鍼灸師養成施設の 多くは3年制でしかも国家試験合格を重視するため, 鍼灸臨床における診断,治療技術を十分に教授する 時間および臨床指導施設が不足している可能性があ る。今後は4年制鍼灸教育に加えて,卒後の病院・ 医院での研修や医療制度に関する知識が必要と考え られる。 鍼灸師が,統合医療的視点を持ち,チーム医療へ 参画するためには,現代西洋医学を中心とした医療 システムへの理解もさることながら,個々の疾患や 表1 医療機関における鍼灸診療の実態(医道の日本社の許可を得て文献2より転載)

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愁訴に対するエビデンスの明確な治療法とその効果 について理解を深める必要がある。例えば,緩和ケ ア疾患を例に挙げるならば,試案ではあるが,鍼灸 師のための研修プログラム案を紹介する(表2)。 教育内容は,30時間を1単位として構成した。表2 は日本緩和医療学会の「緩和医療専門医をめざす医 師のための研修カリキュラム(http : //www.jspm.ne. jp/nintei/senmon/curriculum.pdf)」を 参 考 に し て,鍼 灸師向けに改変したものである15)16) 。 3)鍼灸の診断学と治療技術の担保 チーム医療を担うためには,個々の疾患や愁訴に 対して,鍼灸治療の適応・不適応の判断はどうか, また,有効性はどうかなどについて,チームカンフ ァレンス等で発表し,チームの同意の下に鍼灸治療 介入が行われる必要がある。この点が,個人開業の 臨床との大きな相違点である。したがって,病院鍼 灸師には,より適切な診断能力と治療技術が求めら れる。一般的な質の担保としては,学会における認 定制度なども取り入れた人材育成システムの充実も 必要であるが,診断,治療技術のトレーニングをす る場面は限られており,今後の大きな課題である。 また,教育機関(養成施設)における教育内容の見 直し等を通して,「国家試験偏重」から「幅広い教 育の提供」への転換が望まれる。 4)心豊かな人間性を持った鍼灸師の育成:痛み が共感できる臨床家像 鍼灸師の養成において,資格獲得のための基礎知 識も必要であるが,患者とともに歩み,患者の苦痛 を理解し,共感できる人間性教育が必要である。そ のためには教育者が同時に経験豊富な臨床家であり, そして研究者でもある姿が望ましいと思われる。臨 床実践を通して得た実学は,何物にも代え難い知的 財産である。単に方法論を紹介するに留まらず,実 学としての鍼灸臨床の醍醐味まで教育することに よって,心豊かな鍼灸臨床家の卵を世に送り出すこ とができるのではないかと考えている。何よりも, 苦痛を有する患者と向き合って,苦痛を共感できる 臨床家を育成することが,今後の鍼灸の発展におい て地味な活動ではあるが急務であろう。 研究面から―エビデンスの集約と病院鍼灸データ の収集 病院における鍼灸の導入については,制度,教育, 医療文化,そして何よりも経営面からの議論が中心 になると予想されるため,研究の側面に特定して考 察することは難しい。そこで,研究面だけを切り離 して論じるのではなく,鍼灸研究の成果と病院鍼灸 との関わりなどを含めた広い視点から述べる。ただ し,本稿は病院における鍼灸について論じているた め,研究については臨床研究を中心に述べることと する。 表2 緩和ケアのための鍼灸臨床研修プログラム(案)

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森ノ宮医療大学鍼灸学科では,大阪市内の某提携 病院で回復期リハビリテーション病棟入院患者に鍼 灸施術を行っている。これは教育研究目的のため無 料施術であり,本当の意味での病院医療への鍼灸導 入とは異なる。しかし,この活動を通して,鍼灸師 と病院スタッフには大きな認識の違いが存在するこ とを思い知らされることが多い。例えば,病棟の床 に鍼が一本落ちていた時の病院スタッフの反応,感 染制御や廃棄物処理に関するルールの厳しさ,受付 から病室まで多くの人の手を渡っていくカルテ, ナースステーションという存在とその雰囲気等々, 病院の仕組みと業務を知らない鍼灸師はカルチャー ショックに陥るであろう。鍼灸師が医師や病院ス タッフと協働するためには最低限の共通認識が必要 であるが,残念ながら現時点では双方の間には大き なギャップがあるように思われる。 鍼灸,少なくとも鍼治療に関する臨床研究,行政 の理解,そして病院やクリニックへの鍼治療の導入 は,相対的に欧米諸国のほうが進んでいる。例えば, イギリスの The National Institute for Health and Clini-cal Excellence(NICE)はエビデンスにもとづく診 療ガイドラインを発行しているが,既に慢性腰痛と 頭痛に対して鍼治療を推奨しており17) ,実際に多く の General Practitioner(GP)たちが施術を行ってい る。欧米の医療施設で鍼治療が容易に導入できるの は,鍼のエビデンスを知った医師自身が鍼の施術を 行うことが多いという事情もある。日本では鍼灸師 という資格が独立して存在するがゆえに,多くの医 師や病院スタッフが鍼灸を良く知らないまま治療の 選択肢から切り離している。 今後,病院への導入を実行するに際し,鍼灸が病 院スタッフに認知されるために必要な条件や整備し なければならない環境がたくさん想定されるが,こ こでは以下に4点を挙げて述べることとする。 1)鍼灸師の EBM/RCT リテラシー

ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial : RCT)を行うことによって鍼灸のエビデンスをつく る作業は欧米のほうが盛んである。PubMed で検索 できる鍼の RCT 論文は,質の問題はあるものの, すでに1000件を超えている。しかし,欧米で行われ た鍼の RCT の多くは,薬剤の RCT で用いられるプ ラセボ投与群に相当するものとして偽鍼群や偽経穴 刺鍼群を設定している18) 。偽鍼や偽経穴刺激による 皮膚触圧刺激が惹起する生理学的・薬理学的な反応 は無視できないほど大きく,日本では小児鍼や切皮 術などとして鍼治療の一手技として用いられており, とてもプラセボとは呼べない。ところが,本物の鍼 治療群と偽鍼群との間にアウトカムの差がなければ 「鍼はプラセボ効果を超えない」と結論している RCT論文が少なくない19) 。日本の病院で鍼灸治療を 行うとして,医師がコクラン・システマティック・ レビューや偽鍼対照 RCT 論文を読んで上述のよう な誤解をしたとき,日本の鍼灸師はその問題点を的 確に指摘して説明できるだろうか。 安全性についても,すでに日本,イギリス,ドイ ツでそれぞれ独立して実施された大規模な prospec-tive surveyによって,標準的な鍼灸治療で重篤な有 害事象が発生することは稀であるという見解が一致 している20) 。日本の病院で鍼灸治療を行うとして, 医師や看護師が医学雑誌に掲載された鍼灸の有害事 象の症例報告を読んで不安になったとき,日本の鍼 灸師は prospective survey 論文を紹介しながら確率や 出版バイアスや因果関係について指摘し,鍼灸の安 全性を説明することができるだろうか。 以上に述べた現状を勘案すると,病院に鍼灸を導 入するならば,鍼灸の有効性と安全性のエビデンス の現状と問題点を医療スタッフに正しく紹介できる だけの「EBM リテラシー」あるいは「RCT リテラ シー」と呼ぶべき能力を備えた鍼灸師を育てる必要 性を痛感する。そしてそのような鍼灸師を支援でき るような,頻繁にアップデートされ信頼できるエビ デンスデータの集約作業が必要であると考えている。 この作業は現在も全日本鍼灸学会が推進している が21) ,アクセスすれば常に新しい情報が得られると いう状況にまでは至っていないのが現状である。 2)病院ベースの鍼灸臨床データ収集 病院で鍼灸を導入することになれば,鍼灸院の外 来患者とは違った病態の患者を治療する機会も多く なる。様々な病状の入院患者が鍼灸施術を受けたと きのレスポンスに関するデータは十分に収集されて いないのが現状である。また,病院の採算と効率を 考慮して短時間で簡素な鍼灸施術を行ったときの有 効性のエビデンス,病棟での感染制御を踏まえた安 全な施術基準,病院での薬物投与その他の処置との 相互作用,あるいは鍼灸院とは違う雰囲気で生じる 患者のポジティブ/ネガティブな心理的反応の影響

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などについても同様である。 しかしながら,このようなデータはまったく存在 しないわけではない。すでに我が国でも一部の大学 病院などで鍼灸施術が行われてきているため,それ らを集約するとかなりの量の病院ベースの鍼灸臨床 データとなり,それらを分析することも可能である。 大学病院等で鍼灸施術を行う場合,治療効果に関す るアウトカムに注目しがちであるが,もっと基本的 なデータ,例えば,病院で数多くの鍼灸施術を行っ たが何も問題がなかったという事実さえ重要な臨床 デ ー タ で あ る。ま ず は カ ル テ を retrospective に レ ビューするだけでも良いので,抗凝固剤投与,ステ ロイド点滴,術後,癌治療など,様々な状況におけ る鍼灸施術でどのような有害事象が観察された,あ るいは,観察されなかったという臨床データの収集 ・整理から始めるべきであろう。 3)橋渡しとなる症例,体験,そして人物 いくら論文で示された鍼灸のエビデンスを見せら れても,医学教育課程の中でほとんど触れられな かった東洋医学の世界をにわかに信じることなどで きないのが,日本の医師その他多くの医療従事者の 心情ではないかと推察する。そのような日本の病院 スタッフが鍼灸を受け入れるには,物の見方や価値 観を根本から変えてしまうような,すなわちパラダ イムシフトを起こすような症例や体験が必要ではな いだろうか。今日の病院で行われている思考様式と 選択手段に対する思い込みを打ち壊すような症例や 体験やインスピレーションを,エビデンスデータと ともに病院スタッフに提示して理解を求める意気込 みを導入草創期の鍼灸師には求めたい。そのために は鍼灸の試験的導入や病院スタッフへの鍼灸施術 サービスなど,無償の活動から始める覚悟も必要か もしれない。 筆者の一人である山下が2006年まで勤務していた 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療セン ターにおいては,鍼灸に理解のある菊池典子看護師 長の存在が大きかった。彼女は自分自身が鍼鎮痛処 置を受けた経験があることに加え,研修鍼灸師たち とのコミュニケーションを通して鍼灸および鍼灸師 の長所短所を熟知していた。彼女のような看護師が 鍼灸をよく知らない医師や患者に説明してくれたお かげで,多くの症例や体験やインスピレーションを 医療スタッフ・鍼灸師・患者で共有することができ た。2011年に定年退職された菊池(前)看護師長は, 誠に残念なことに2012年7月に急逝された。病院医 療における鍼灸の可能性と課題に関して多くの示唆 と献身をいただいたことに対し,あらためて感謝と 哀悼の意を表したい。 4)医師やコメディカルスタッフに対する鍼灸教 育の必要性 2001年に医学教育モデルコアカリキュラムに「和 漢薬を概説できる」という項目が設けられたことに より,全国80の大学医学部,医科大学で漢方教育が 始まった。明治以来日本の医学教育の中で東洋医学 が公式に取り入れられたのはこれが初めてである。 これにより2007年卒業以降の医師は少なくとも陰陽 虚実や気血水などの東洋医学的用語を理解できると いう状況になってきている。それに伴ってすべてで はないが,一部の大学では鍼灸教育も始まっている。 また,鍼灸学部や鍼灸学科を擁する大学の看護学科, 理学療法学科では,やはり一部ではあるが東洋医学 の基礎やツボ治療などの講義が設けられている。鍼 灸が医療従事者にきちんと認知されるためには,医 師やコメディカルスタッフに対する鍼灸教育をさら に普及させていくことが必要である。学部教育とし て十分な鍼灸教育が難しい現状においては,病院に おける部局合同の勉強会・発表会あるいはカンファ レンスなどで鍼灸師を交えて情報提供や意見交換を 行う機会を設けることが望ましい。 制度について―質の高い水準の鍼灸臨床を保証す るための制度が必要 近年,我が国において加速化している少子高齢化 による人口構成の変化,あるいは,がん,脳・心臓 血管障害を含めた生活習慣病の増加などの疾病構造 の変化に対して,国は新しい社会保障制度の枠組み をあらゆる側面から検討している。将来的に持続可 能な安定した国民医療を推進していくには,日本の 伝統医療である鍼灸を活用した新しい日本型医療を 枠組みに入れた医療政策をデザインすることが重要 である。 しかしながら,日本における鍼灸の制度は,長き に渡り制度的に特殊な扱いとなっている。現行法に おいては医療制度の枠外に位置付けられており,ほ とんどの医療機関では鍼灸を活用できていないので 現状である。鍼灸師がチーム医療の中で,コメディ カルとして,その専門性を患者のために提供する病

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院雇用が困難に近い制度的障壁が存在し続けている。 国民医療を推進する上で「患者のための開かれた鍼 灸医療を確立」するためには,抜本的な制度改革が 必要である。また,医療機関において鍼灸を展開で きるコンセンサスをデザインすることや安全で質の 高い鍼灸臨床を保証する制度の確立も必要である。 1981年,山 下 久 三 夫 ら に よ り「Acupuncture and Moxibustion Therapist(AMT)制度」が提案され22) , 3年にわたって賛成,反対と関係誌面が沸いた記憶 がある。認定鍼灸師や鍼灸師の既得権にかかわる問 題の難しさが表面化した歴史でもある。今後,国民 のための鍼灸医療を制度的に確立していくには,改 めて「AMT 制度」を再検討する時期が来ているの ではないだろうか。 現在,日本鍼灸師会では「患者のための開かれた 鍼灸医療の確立」を目指す鍼灸ビジョン素案の意見 集約を行っている。そのなかでは,当然ながら病院 医療における鍼灸治療についても議論している。ま た,我が国における鍼灸の職能団体,学会,教育機 関が協力して設立した「国民のための鍼灸医療推進 機構(旧鍼灸医療推進研究会)」では,鍼灸師のた めの卒後研修制度を構築し,一部鍼灸専門学校にお いてトライアル実施を展開し,制度改革等を含めた グランドデザインについても検討を行っている。 今後日本の鍼灸はどのような制度のもとで発展し ていくべきなのであろうか。以下に,日本の伝統医 療である鍼灸を,身近な国民医療として国民が活用 するに当たってのいくつかの問題点とそれらを解決 するための制度改革の必要性について述べる。 〈いくつかの問題点〉 1)鍼灸の有効性に関する二つの偏見 鍼灸師は,鍼灸の有効性についてはそれを確信し 治療を行っている。その一方で,医師をはじめとす る医療従事者は,現場で鍼灸と接する機会が少ない ことや医学教育において鍼灸のカリキュラムがない か,あってもごくわずかであることにより,その有 効性について本当のところはよく分からないという のが現状であろう。こうした違いの結果,鍼灸の有 効性に関しては鍼灸師と医師の双方それぞれに偏見 が生じているのが現状である。この二つの偏見の結 果,鍼灸師は医師をはじめとした医療従事者が理解 できるよう積極的に訴えないし,医師側は実際の現 場で鍼灸を活用してみようという発想ができないで いる。 2)患者が抱えている問題 病院で行われている医療を国民に身近な医療とし て考えた場合,鍼灸は閉ざされているといっても過 言ではない。患者すなわち国民は,病院を受診して も鍼灸科という標榜科がないため鍼灸という選択が できない。どのような疾患や症状に鍼灸が有効であ るかも情報が不足していてわからない。鍼灸院を受 診するとした場合,どこの鍼灸院が自分の症状や疾 患を治療できるかわからない。疾患に対する専門性 を持ち良質な治療を提供できる鍼灸師を選択するた めの情報が少ない。また,そういう情報があったと しても患者の多くは自費負担を迫られ治療費が高い という印象を持っている。 3)鍼灸師が抱えている問題 鍼灸が適応となる疾患をもった病人が多くいるに も拘わらず,鍼灸という専門職が活かされていない。 病院で鍼灸を十分に活用できる状況ではないため, 鍼灸を多くの患者に提供できない。鍼灸師の雇用と 就労先も非常に限られている。鍼灸の国家資格を取 得しても開業の選択肢しかなく,卒後臨床研修の場 がない状況下では,自立開業する者がほとんどで, 最悪の場合は離職してしまうこともある。鍼灸とい う我が国で脈々と受け継がれてきた医療が医療とし て正当に評価されていない。 4)はり師・きゅう師の免許取得者の進路に関す る問題(図5) 2011年度に施行した東洋療法学校協会アンケート 調 査23) に よ る と,は り 師 き ゅ う 師 課 程 修 了 者 の 19.7%は実務に従事していない。しかもそのうちの 33.2%は他職種に従事していた。一方,実務に従事 している者の勤務先の種別では,はり・きゅう・柔 整施術所等への勤務が74.9%であるのに対して病院 ・医院への勤務は11.7%であった。また,職能団体 への入会は日本鍼灸師会5.9%,どこにも属さない が61.2%であった。以上のように,鍼灸師は国家資 格を取得しても実務に従事していない割合が多く, また,実務に従事していても卒後研修の場となる職 能団体などに所属していない実態から考えると,次 の世代へ鍼灸を伝えていくことができるのか大変心 配な状況であり,我が国の鍼灸が直面している大き な課題である。 5)鍼灸界の構造的問題(図6)

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関24) が指摘しているように,日本の医療において 鍼灸が閉ざされている状況は,鍼灸界の構造的な問 題である。教育面では,鍼灸師の養成学校での卒前 における臨床教育が不十分であることが挙げられる。 鍼灸は健康保険の取り扱い対象外であるため,当然 ながら病院で鍼灸を活用している施設はごくわずか であり,患者の受療率も高くない。そのような条件 下では患者と接しての臨床研修は不可能な状況であ る。医療機関に鍼灸科は存在しないため鍼灸師の雇 用はほとんどなく,医療従事者も患者も鍼灸を知ら ない。医療経済的には鍼灸は儲からないと受け止め られている。鍼灸界の構造的問題を背景に,根底に は医療と鍼灸の間に連携と信頼関係が未だ構築され ていないことに大きな問題がある。 6)鍼灸制度改革試みの歴史―とくに「AMT 制 度」提言とそれに対する反対理由― 医療と鍼灸の連携を築き,医師と協調することに より鍼灸の発展に寄与できる鍼灸師育成の重要性は 既に1980年代に提言されていた。いわゆる AMT 制 度22) は!日本鍼灸師会(担当:小杉喜一郎),日本 図5 免許取得者の進路状況に変化 はり師きゅう師課程修了者の19.7%は実務に従事しておらず,その33.2%が他業種に勤 務していた。勤務先の種別では,はり・きゅう・柔整施術所への勤務が74.9%であるのに 対して病院・医院への勤務は11.7%であった。職能団体への入会に関しては日本鍼灸師会 5.9%,どこにも属さないが61.2%であった。〈東洋療法学校協会の許可を得て文献23より 転載〉 図6 我が国の鍼灸界の構造的問題 我が国における鍼灸は,鍼灸師養成,鍼灸の臨床研究,医療制度,医学教育の四つの側面から 考えて悪循環に陥っている。〈鍼灸 OSAKA の許可を得て文献24より転載〉

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医師会・厚生省(担当:山下九三夫・代田文彦), 東洋療法学校協会(担当:谷口健蔵),文部省・鍼 灸医学協会連絡委員会(担当:黒野保三),日本学 術会議・日本医学会(担当:堀田健),認定鍼灸医 制度小委員会・鍼灸教員養成機関(担当:西條一 止)の各委員が各方面のコンセンサスを得て,総合 的に計画を提言した。 AMT制度提言の趣旨としては,1)鍼灸師の大 学や病院との連携,2)鍼灸師と開業医師との連 携,3)鍼灸師の業務場所の拡大を推進することに よって,鍼灸の現代医療への正しい位置付けを行い, 鍼灸の国際レベルの発展を促し,鍼灸の健康科学・ 老人医療への普及を図ることであった。まさに今日 の鍼灸界が抱えている構造的問題を見据えた提言と 言える。しかしながら,この AMT 制度には多くの 鍼灸業団から猛反発が寄せられ実現できなかった。 批判の理由は,a)鍼灸は哲学であり,哲学と科学 が折衷したり妥協したりすることはない(二者択一 論)。b)鍼灸師が西洋医の指揮下に入るため,鍼 灸師の独立性は全くなくなる(独立喪失論)。c) 鍼灸には業界の維持と鍼灸技術の保全確保が大切で あり,西洋医が鍼灸界に入る必要はない(医師介入 不要論),などであった。 〈以上の問題点を解決するための次世代鍼灸ビ ジョン〉 現在,鍼灸界が抱えている諸問題を解決するため には,過去から今日に至るまでの考え方を大きく変 えていく必要がある。 日本鍼灸師会をはじめとする職能団体は開業鍼灸 師のための鍼灸スローガンを考えるよりも,国民 (患者)のための鍼灸をデザインする団体に転換し ていかねばならない。 全日本鍼灸学会をはじめとする学術団体は,科学 的な研究をさらにリードして国民に鍼灸の安全性と 有効性を示さねばならない。 鍼灸師の養成機関は,優秀な学生を確保し,軽症 から重症まで,未病から難病までを治療できる真に 国民の役に立つ鍼灸師を育成せねばならない。 政府および関係機関は,2008年の WHO 北 京 宣 言25) に則り,伝統医学の政策を進め,保健医療シス テムに鍼灸を含めた伝統医学を取り入れていかねば ならない。 以上の改革ができれば,医師との連携を図り,垣 根を越えて協調体制を築いていくことができると思 われる26) 。 我々の掲げる次世代鍼灸ビジョンは以下の4つに 集約される。すなわち, a)鍼灸をスタンダードな国民医療にする。 b)東西医学に精通し,医師と連携できる鍼灸師 を養成する。 c)科学的研究を推進し,鍼灸の特異的効果を実 証する。 d)国際的に協調しながらも日本鍼灸の多様性, 独自性を示す。 〈AMT 制度の再考も必要〉 医療機関での鍼灸を推進するめためには制度改革 が必要である。そのための一つの方法として医療と 鍼灸の連携を図るための AMT 制度の再考も考えて いく必要がある。そうして医療機関は患者のために 鍼灸を開放すべきである。今から出来ることは,こ の古くて新しい「AMT 制度」を再考することでは ないだろうか。医療と鍼灸とのコンセンサスを作り 上げ信頼関係を築いていく取り組みが必要であると 考えられる。「AMT 制度」を提唱した山下九三夫は 生前以下のように述べている22) 。 ・AMT 制度は鍼灸師自身の問題であり,よく理解 して方向を定めるべきです。 ・我々は常に自分自身のみならず後進の者の将来を 切り開く必要があります。医療には東・西はない。 我々は明治の初めから100年間中断していた伝統 医学に再び光を与えることを考えるべきです。 ・この実現のためには鍼灸を専門とする力の協力が 必要であり,AMT 制度はその一つの提言です。 おわりに 鍼灸が導入されている大学病院では,多くの診療 科から紹介があり,鍼灸治療により大きな成果を挙 げていることがわかった。しかしながら,全国の医 師をはじめとする病院スタッフの多くはこのような 実態をあまり知らない。なぜならば,全国の約4% の病院でしか鍼灸が実践されていないからである。 病院で鍼灸を実践できれば,現代西洋医学が不得意 とするいろいろな疾患や病態に鍼灸が貢献できるこ とがわかるはずである。そのためには,医師をはじ めとする医学教育に鍼灸を取り入れていく必要があ る。また,鍼灸師の教育も卒後教育だけでなく学部 教育から根本的に考え直さねばならない。それに

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よって,チーム医療に参画できる鍼灸師,EBM リ テラシー/RCT リテラシーを身に付けた鍼灸師が生 まれてくる。ただし,そのためには鍼灸師が病院で 活躍できる制度が必要である。AMT 制度は,1981 年当時,現在の理学療法士(Physical Therapist : PT) や作業療法士(Occupational Therapist : OT)の制度 に少し遅れて提案されたものである。今から考える と,もしこの制度が採用されていれば現在の日本の 鍼灸および鍼灸師は大きく違ったものになっていた であろうし,欧米に遅れを取らないものになってい たと想像できるが,残念ながら鍼灸業界等からの反 対が強く実現されなかった。日本鍼灸の現在の国内 的,国際的閉塞状況を打開するためには,鍼灸師が 病院で職位を得て,鍼灸治療を行うことができる制 度にすることが最も重要である。そうすれば,鍼灸, 鍼灸師の学術・研究レベルは飛躍的に向上する。鍼 灸の学会・業界挙げて,鍼灸師が病院で鍼灸をする ことにより国民にどのような恩恵があるか,医療経 済的にどのような効果が見込まれるのか,その根拠 を示していく必要がある。 本論文の要旨は第63回日本東洋医学会総会(京都) シンポジウムで発表した。 利益相反(COI)に関して開示すべきものなし。 文献 1)若山育郎,形井秀一,北小路博司,他.病院医療にお ける鍼灸―現代における鍼灸の役割を考える.日東医 誌 2008;59:651‐666. 2)矢野忠,安野富美子,藤井亮輔,他.一般病院におけ る鍼灸療法の実施状況について.2011年調査報告の概 要.医道の日本社,2012;71:174‐186. 3)山口智.医科大学における鍼灸医療の成果と新しい展 開―伝統医学の科学化への道.全日鍼灸会誌 2009; 59:224. 4)山口智.癌患者の愁訴に対する鍼灸治療.現代鍼灸 2012;12:37‐40. 5)小内愛.埼玉医科大学東洋医学センターにおける癌患 者に対する鍼灸治療の実際―主に背景因子と鍼治療効 果の分析.現代鍼灸 2012;12:49‐56. 6)小俣浩.埼玉医科大学東洋医学科における維持透析患 者の鍼治療効果の検討(第2報).第36回埼玉透析医 学会発表記録集 2008:13‐17. 7)菊池友和,山口智,五十嵐久佳,他.緊張型頭痛を有 する visual display terminal 作業者に対する鍼治療効果. 神経治療 2012;29:753‐760. 8)山口智,菊池友和,小俣浩,他.片頭痛発作予防に対 する鍼治療効果―頭痛日数の減少と頭頸部等筋群の圧 痛改善との 関 連 に つ い て―.日 温 気 物 医 誌 2013; 76:200‐206. 9)混合診療禁止の法的根拠:htttp : //www.mars.dti.ne.jp/ frhikaru/rinri/kongoshinryo.html 10)福田文彦,石崎直人,山崎翼,他(訳).鍼治療をが ん患者に提供するためのガイドライン―ピアレビュー に基づく方針の実例.全日鍼灸会誌 2008;58:75‐86. 11)認知症認定鍼灸師(Gold-QPD)資格認定制度につい て.http : //gold-qpd.kenkyuukai.jp/special/index.asp?id= 7176

12)Suzuki M, Muro S, Ando Y, et al. Randomized, Placebo-Controlled Trial of Acupuncture in Patients with Chronic Obstructive Pulmonary Disease(COPD). Arch Intern Med 2012;172:878‐886. 13)チーム医療の推進について(チーム医療の推進に関す る検討会報告書).厚生労働省.平成22年3月19日. 14)細田満和子.「チーム医療」とは何か.日本看護協会 出版会 2012:12‐26. 15)日本緩和医療学会.緩和医療専門医をめざす医師のた めの研修カリキュラム.http : //www.jspm.ne.jp/nintei/ senmon/curriculum.pdf 16)篠原昭二,和辻直,斉藤宗則,他.緩和ケアにおける 鍼灸治療の有用性.適応の評価とチーム医療のための システム化に関する調査研究.平成23年度 総括・分 担研究報告書.厚生労働科学研究費補助金(地域医療 基盤開発推進研究事業).

17)NICE Clinical Guidelines. http : //www.nice.org.uk/nice-media/live/11887/44343/44343.pdfお よ び http : //www. nice.org.uk/nicemedia/live/13901/60853/60853.pdf 18)Tsukayama H, Yamashita H. Systematic review of clinical

trials on acupuncture in the Japanese literature. Clin Acu-punct Orient Med2002;3:105‐113.

19)山下仁,津嘉山洋.国際化する鍼灸:その動向と展望 (2)臨床研究方法論の問題と解決.日補完代替医療 会誌 2007;4:17‐21. 20)山下仁.現代臨床鍼灸学概論4.鍼灸の有害事象と安 全性.理療 2010;40:9‐14. 21)鍼灸文献データベース(JACLiD).http : //acupuncture. jp/ 22)山下九三夫.鍼灸医学の現状と将来―AMT 制度に関 連して.全日鍼灸会誌 1981;32:263‐267. 23)第4回あん摩マッサージ指圧師・はり師及びきゅう師 免許取得者の進路状況アンケート調査報告書.公益社 団法人東洋療法学校協会,2012:10‐14. 24)関隆志.鍼灸教育への提言 鍼灸専門教育と認定制度 の導入を.鍼灸 OSAKA 2010;25:435‐436. 25)若 山 育 郎,高 澤 直 美,東 郷 俊 宏,他.2008年 WHO

Congress on Traditional Medicine(北京)参加報告.全 日鍼灸会誌 2009;59:47‐51.

26)小松秀人.「鍼灸を活用した新しい国民医療の実現」 ―患者さんのために開かれた鍼灸医療の確立.日本鍼 灸新報 2012:603‐606.

参照

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