研究ノト 米・ソをはじめとする世界の軍拡競争は、ますます職 烈をきわめている。その狭間にあって日本は一体どう進 むのであろうか。防衛摩擦が議論される一方では、世界 的な反核運動など東西の防衛論議は今後さらに厳しくな ろうとしている。
憲法の平和主義に
一はじめに 五 四 三 二 一 はじめに 平和憲法とは 改憲の動きとその背景 平和憲法を守るために まとめ 一ついて
太平洋戦争というあの忌まわしい経験からすでに三十 七年を経過し、日本は豊かな社会を築きあげた。しか し、一見平和に見える社会であっても、内在する諸問題 は今後の人類の生存にも直接影響を及ぼす大きな問題で ある。緊張の進む国際環境の中で、軍備増強問題は、日 本にとっても最大の問題といってもいいのではないだろ ︾つか・[
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野井克典
14雲遜法の平和主義について 日本国憲法を眺める場合まず考慮しなければならな いことは、憲法がどのような特色をもっているかという ことである。戦後社会の出発の原点であった日本国憲法 は、成立上、形式上及び内容上の三つの立場からその特 色を見ることができよう。日本国憲法が平和憲法である といわれる理由を考えるとき、この特色を考えてみる必 要がある。 まず、成立上の特色であるが、日本がポツダム宣言を 受諾したのは昭和二十年八月十四日であった。そのポツ ダム宣言の調印により、日本は連合国の占領下におか れ、その占領は昭和二十七年四月二十八日に連合国との 間で発効した﹁日本国との平和条約﹂、いわゆるサンフ ランシスコ平和条約が締結されるまで続いたのである。 日本国憲法が施行されたのは、昭和二十三年五月三日で 安定と豊かさの中で経済大国といわれる日本国民とし て、我々の進むべき道を改めて考えてみることも意味が あるものと思われる。そこで本稿では特に、日本国憲法 の平和主義について考えてみたい。 二平和憲法とは あるから葦憲法は占領下に成立したということかできよ う。この占領下での成立ということがまず第一の特色で あるといえる。 次に、形式上の特色についてであるが、旧憲法である 大日本帝国憲法の第七十三条は、改正手続を規定してい るが、この規定に基づいて﹁帝国憲法改正案﹂が天皇の 勅書をもって帝国議会に提出され、議会は第七十三条の 定める要件によって議決し、日本国憲法が公布されたの である。つまり憲法の改正手続的には、明治憲法と日本 国憲法との間に、法的連続性をもっているということが できる。 このように、形式上は明治憲法の改正手続に従って改 正されたのが日本国憲法であるということができる。 第三番目に内容上の特色であるが、この内容上の特色 として三つの項目があげられる。 第一に国民主権である。連合国は、無分別と我侭な軍 国主義者によって、国家が統御されてきたことが、世界 の平和を乱し、日本をも滅亡に陥れた︵ポツダム宣言・ 第四項︶とみており、またポツダム宣言第十項では﹁日 本国政府ハ日本国国民ノ間二於ケル民主主義的傾向ノ復 149
活強化二対スル一切ノ障凝ヲ除去マ︿へ、こと民主主義の 復興を強く要請している。この要請を受けて現憲法で は、前文第二段で国民主権主義が基本原理となっている ことが証われている。この点の具体的規定として憲法四 一条では、﹁国会は国権の最高機関である﹂と国家意思 決定の権能が国会に属していることを明らかにしてい る。﹁万世一系ノ天皇之ヲ統治ス﹂と規定された旧憲法 に比べると、一八○度の転換であるということができ プハ︾0 次に、基本的人権の尊重があげられる。この基本的人 権の尊重は、近代憲法の原理として採用されているもの で、前文など憲法の第十一条では﹁国民は、すべての基 本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障 する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利とし て、現在及び将来の国民に与へられる﹂と規定されてい ブ︵︾○ そもそも、言論、宗教及び思想の自由は人間として無 条件に確立されるべきものであって、時の権力者とか国 、、、、、 王から与えられたものであってはならないものである。 新憲法はこれらの基本的人権を法律をもってしても制限 することのできない憲法上の絶対的権利として保障し た。 第三番目の特色が平和主義である。ここでの論点は ﹁平和主義﹂であるので、平和主義ということについて 少し詳しく述べてみたいと思う。 連合国は戦後の日本に対し、日本の侵略的軍国主義を 否定し、そのために軍備を解体し、戦争遂行能力を取り 除くことを求めた︵ポツダム宣言九項、十二項︶。日本 国憲法が平和憲法といわれる根拠には、このような背景 のもとで成立した憲法であるということを指摘すること ができる。そしてまず前文では第一段で、﹁政府の行為 によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにするこ とを決意し﹂とある。さらに前文第二段では、﹁日 本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配 する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛す る諸国民の公正と信義に信頼して、われわれの安全と生 存を保持しようと決意した。﹂と証っている。 このような前文の意味を具体化した条文が第二章、第 九条の﹁戦争の放棄﹂である。陸海空車その他の戦力は 保持しないとする憲法は、再び戦争を繰返すまいとする 15()
憲法の平和主義について 決意が表われているcこうした規定が徹底した平和主義 といわれる理由である。 しかし、現実にはこの第九条をめぐって、改憲と護憲 の両者の立場から、大いに争われている。例えば、戦争 放棄といっても何を放棄したのか、国際紛争を解決する 手段とは何をさすのか、また前項の目的という前項とは どの部分をいうのか、更には戦力とはどこまでを含むの かなどどれをとっても大きな問題が存在する。これ程ま で解釈に相違のある条文も少ないのではなかろうか。こ こでは、これらの問題点の全てを検討する紙幅が許され ないので、改憲という我々にとって重大な影響をもって いる問題の考え方のみについて検討してみたいと思う。 改憲といっても、第九条を含めて大別すると三つに分 けられる。 第一に、現憲法は連合国によって押しつけられたもの であるから、自分達の意志で自主的な憲法をつくるべき だとする﹁押しつけ憲法論﹂がある。 第二は、大国責任論である。経済大国であるといいな 三改憲の動きとその背景 がら軍備費がGNPのわずか一%以内というので陸 自由主義陣営としてあまりにも無責任である。経済大国 にふさわしい軍備費を負担すべきであるとする意見であ ブハ︾O 第三者に、時代変遷論ともいうべきもので、現在のよ うな流動的国際社会では、憲法といえどもその時代に即 したものにすべきだというものである。 このような主張をよく考えてみる必要があると思われ る。第一の押しつけ論である。第九条など問題の条文の みを押しつけられたものとして議論することはあまり意 味がない。議会制度や基本的人権なども同時に定められ たものであり、これも同時に改正するかというと、全く その必要はないと思われる。押しつけられたとする意見 に、もう一つ述べなければならないことは、日本降伏当 時に日本を管理する最高機関としての﹁極東委員会﹂の 態度である。昭和二十一年十月十七日、日本国憲法の制 定は認めるとしても、再検討の機会は与えられるべきだ として、﹁この憲法の施行後一年から二年までの間に、 日本の国会と極東委員会の双方が再検討することとす る﹂との政策決定をした。その決定に基づいての日本政 寸一 FD 10人
府は、再検討期限︵昭和二十四年五月︶を目前した昭和 二十四年四月二十日、当時の吉田首相は衆議院外務委員 会で﹁政府としては現行憲法改正の意思は全くない﹂と 言明している。この経過を見ても、日本国憲法が日本の 意志に反して押しつけられたとするのは筋違いであると い︾えよ︾ワO 次に、第二の主張である。経済力は今やアメリカに次 いで二番目の大国となった日本は、自力で軍事の伽えを すべきだということである。最近では日本の経済進出が 日米間の貿易不均衡を招き、失業者をも招いているとい う批判が、軍備費の肩代りを一層強く要求している原 因となっている。しかし、よく考えてみると経済大国に ふさわしい軍備とは一体何であろう。日本の現在の力を もってすれば、核兵器を所有することは簡単なことであ る。その日本が軍備を増強することが本当に平和につな がるのであろうか。いや、むしろ世界の脅威でしかない であろう。再生産の少ない軍備に支出することがどれだ け意味のないことかを考えてみる必要がある。 経済大国として国際社会での責任をもつということで は、他の面での経済負担があるはずである。国連活動へ 以上みてきたように日本には世界に例のない平和憲 法をもっている。これは、単に世界で唯一の被爆国だか らというだけでなく、現在の社会をつくhあげたのは平 世界にアピルしたいものである。 憲法のもとで安定した社会を築いてきたことを、もっと はほかにいくらでもあるはずである。むしろ日本が平和 人類の平和と安全を確保するためには日本のとるべき道 の援助一筆開発途上国への融資↑資源保護への努力など 第三には社会変遷論である。たしかに、現在のように 変化の激しい世界にあっては、法律と社会とのギャップ は当然のことであろう。しかし、すべての法律が憲法を もとにしているわけで、憲法を改正することによって与 える社会的影響は膨大なものといわなければならない。 そう考えれば、社会の変動については、ある程度解釈で 補うということも必要なわけである。 各国の憲法が戦後何度か改正したから日本も変えなけ ればならないということはない。問題は憲法に盛られた 精神をくみとることではないだろうか。 四平和憲法を守るために 152
憲法の平和主義について 和憲法であるという自信をもたなければならない。そし て、この自覚と誇りをもって、次に行動に現わさなけれ ばならないと思われる。世界に向っては、国連をはじめ とする各団体へのアピル、国内にあっては軍拡を阻止 するための大衆行動への参加、そしてさらには軍拡議員 を推さないといった行動が必要であると思われる。日本 は軍事費を費やさないで経済の発展に努力してきた。そ のお陰で経済大国といわれるに至ったのである。いま日 本が軍事大国へ向って歩み始めたとしたら、世界の平和 に貢献できるのであろうか。この点を真剣に考えてみる 必要があると思われる。日本の経済力をもってすれば、 軍事化への道を歩むことは簡単にできよう。しかし、そ れは世界の平和どころか、世界の脅威でしかありえな い。共産圏諸国にますます軍備強化の理由づけをしてし まうことになる。 いま、軍備費を削減して人類の平和のために貢献する 道はいくらでもある。その役割を果すのが日本でもある わけである。 仏教の実践において五戒の初めは不殺生である。生き ものを殺さないこと、特に人間を殺さないことは最も基 以上見てきたように日本には素晴らしい平和憲法か ある。私達は自信と誇りをもって平和憲法のもっている 意味を世界にアピルすべきである。現行憲法の九条で さえ、自衛隊を合憲と解釈しているのであるから、軍隊 をもつことを明言するなら、日本の軍備はどうなるので あろうか。 しかし、現行憲法といえども全てが健全であるかとい う問題はある。権利の保護が強調される反面、義務が少 ないこと、私立学校への補助を禁止した第八九条、その 大の犯罪であるということになる。 本的な生き方である。この意味からすれば、戦争とは最 また﹁大乗大集地蔵十輪経﹂というお経典にも、国民 を守って他国の領土を侵してはならないと説かれてい る。つまり仏教では徹底した平和主義を説いているの で、釈尊の教えは平和憲法にもよく適合していると見る ことができる。つまり、仏教の代表的経典である法華経 に説かれた教えを実践することが、平和社会の実現への 近道であるともいえるのではないであろうか。 五まとめ 153
他条文の表現や文章など問題はあるわけであるが、第九 条の精神は絶対に守らなければならない。 いずれにしても、現憲法を改正する場合には、最終的 には国民投票において過半数を必要とするわけであるか ら、国民自身がしっかりとした認識をもたなければなら ない。我々は仏教を生活の根底におき、家庭・社会・国 家へと平和の広がりを一層強調し、ここで平和憲法の意 味をもう一度考えてみることも大切ではなかろうかと思 われるのである。 154