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駒澤短期大學佛教論集 8 003石井公成「親鸞を讃仰した超国家主義者たち(1) - 原理日本社の三井甲之の思想 - 」

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Academic year: 2021

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四 六 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶ 四 五 キ ス ト や 猶 太 人 と 雖 も 斯 の 如 き 入 念 の 国 体 破 壊 論 を 敢 て す る も の で は な 4 ︶ い な ど と し て 、 津 田 の 学 説 は マ ル ク ス 主 義 や ユ ダ ヤ 人 の 反 国 家 主 義 以 上 に 危 険 な 兇 悪 思 想 だ と 主 張 し 、 文 部 省 教 学 局 な ど に 働 き か け る と と も に 自 ら 津 田 た ち を 告 発 し た こ と が 示 す よ う に 、 悪 罵 を 重 ね る そ の 誹 謗 ぶ り と 行 動 力 は き わ だ っ て お り 、 学 界 の 泰 斗 た ち の 間 で は 蛇 蝎 の 如 く は れ 、 ま た 恐 れ ら れ た 存 在 で あ 5 ︶ っ た 。 蓑 田 は 、 津 田 の 主 張 に つ い て は 、 深 遠 な 憲 法 十 七 条 や 三 経 義 疏 を 偽 作 よ ば わ り し た と し て 反 発 し 、 こ れ ら が 真 で あ る こ と は 、 井 上 右 近 聖 徳 太 子 研 究 三 経 義 疏 の 合 的 研 究 や 黒 上 正 一 郎 聖 徳 太 子 の 信 仰 思 想 と 日 本 文 化 業 ら に よ っ て 文 献 学 的 学 術 的 に 確 証 せ ら る ゝ と こ ろ で あ 6 ︶ る と 断 言 し て い る 。 そ の 井 上 こ そ 、 東 大 法 学 部 か ら 文 学 部 宗 教 学 科 へ 転 科 し て き た 後 輩 の 蓑 田 を 、 過 激 な 日 本 主 義 に 導 い た 人 物 で あ っ た 。 浄 土 真 宗 の 僧 で あ っ た 井 上 は 、 在 野 の 日 本 主 義 思 想 家 で あ る 木 村 卯 之 の 著 述 に 感 銘 を 受 け 、 大 正 四 年 ︵ 一 九 一 五 ︶ か ら 文 通 を 始 め 、 さ ら に 実 際 に わ っ て 崇 敬 を 深 め 、 大 正 十 二 年 ︵ 一 九 二 三 ︶ 七 月 に は 京 都 で 青 人 草 社 を 組 織 し て 出 版 活 動 を 開 始 し 、 木 村 の 思 想 の 流 布 に つ と め た 。 井 上 は 大 谷 大 学 で 教 え た が 、 研 究 と 著 作 の 中 心 は 、 聖 徳 太 子 で あ っ た 。 そ の 井 上 の 太 子 研 究 に 学 ん だ 黒 上 は 、 原 理 日 本 社 の 前 身 で あ っ て 甲 之 が 主 催 し て い た 人 生 と 表 現 社 に 属 し 、 甲 之 ・ 蓑 田 ・ 本 彦 次 郎 な ど の 一 は じ め に 昭 和 八 年 一 九 三 三 ︶ に 京 大 法 学 部 の 滝 川 幸 辰 教 授 の 著 書 が 反 国 家 的 で あ る と さ れ 、 学 部 の 抵 抗 に も か か わ ら ず 大 学 か ら 追 わ れ た 滝 川 事 件 、 昭 和 十 年 ︵ 一 九 三 五 ︶ に 美 濃 部 達 吉 博 士 が 当 時 の 学 界 の 主 流 と な っ て い た そ の 天 皇 機 関 説 を 攻 撃 さ れ て 貴 族 院 議 員 の 職 を 退 く に 至 っ た 天 皇 機 関 説 事 件 、 昭 和 十 三 年 一 九 三 八 ︶ に 東 大 法 学 部 の 自 由 主 義 者 、 河 合 栄 次 郎 教 授 が 告 発 さ れ た 河 合 事 件 、 そ し て 昭 和 十 六 ︵ 一 九 四 一 ︶ 年 に 上 代 に 関 す る 諸 著 作 が 国 体 否 定 の 危 険 思 想 で あ る と し て 早 大 の 津 田 左 右 吉 教 授 と 発 行 人 で あ っ た 岩 波 書 店 の 岩 波 茂 雄 社 主 が 告 発 さ れ た 津 田 事 件 、 こ れ ら の 事 件 で は い ず れ も 問 題 と さ れ た 著 書 が 発 行 禁 止 と な っ て い る が 、 こ れ ら す べ て の 事 件 に 関 わ っ て い た の が 、 過 激 な 日 本 主 義 団 体 、 原 理 日 本 社 の 三 井 甲 之 と 蓑 田 胸 喜 で あ 1 ︶ っ た 。 歌 人 で あ っ た 甲 之 は 、 大 正 十 四 年 ︵ 一 九 指 導 を 受 け つ つ 太 子 研 究 に 取 り 組 ん だ 。 徳 島 の 藍 問 屋 の 後 継 ぎ で あ っ た 黒 上 は 、 十 九 歳 の 頃 か ら 太 子 研 究 に 励 み 、 昭 和 五 年 一 九 三 ○ ︶ に 若 く し て 亡 く な っ た が 、 求 道 者 を 思 わ せ る 真 摯 な 人 物 と し て 後 輩 た ち か ら 慕 わ れ て い た よ う で あ り 、 第 一 高 等 学 の 親 鸞 信 仰 団 体 や 黒 上 の 主 張 に 基 づ い て 設 立 さ れ た 東 京 高 等 師 範 学 の 親 鸞 信 仰 団 体 は 、 黒 上 の 没 後 も 、 黒 上 を し の び つ つ 活 動 し て 7 ︶ い た 。 木 村 は 、 若 い 時 に 、 神 道 ・ 儒 教 ・ 仏 教 を 融 合 し て 国 教 と し よ う と し た ナ シ ョ ナ リ ス ト 、 川 合 清 丸 の 私 塾 、 大 道 学 舎 で 学 び 、 ま た 歎 異 抄 を 広 め た 近 角 常 観 の 著 作 を 読 ん で 感 動 し 、 そ の 講 話 も 聞 い た 。 や が て 甲 之 の 著 作 に 注 目 す る よ う に な り 、 文 通 を 重 ね た 際 、 阿 弥 陀 仏 の 語 を 人 生 に 置 き 換 え る 信 仰 を 親 鸞 に 見 出 す と い う 甲 之 の 言 葉 に 大 き な 啓 発 を 得 た と 8 ︶ い う 。 甲 之 も 、 木 村 の 著 作 に 教 え ら れ る こ と が あ り 、 た が い に 評 価 し あ っ て い た よ う で あ る 。 南 無 阿 弥 陀 仏 は 南 無 日 本 に か は ら ね ば な ら ぬ と 説 き 、 聖 徳 太 子 の 世 間 虚 仮 、 唯 仏 是 真 の 語 を 国 際 世 間 虚 仮 、 唯 日 本 是 真 と 解 釈 し た 9 ︶ 木 村 は 、 青 人 草 社 の 同 人 た ち に 敬 愛 さ れ て お り 、 中 に は 木 村 を 親 鸞 の 再 現 と 呼 ぶ 者 さ え い た と い う 。 木 村 は 甲 之 が 主 催 す る 人 生 と 表 現 誌 に し ば し ば 寄 稿 し て お り 、 昭 和 三 年 八 月 に 甲 之 が し き し ま の み ち 会 を 組 織 し た 際 は 、 蓑 田 ら と と も に 発 起 人 の う ち に 名 を 連 ね て い る 。 原 理 日 本 社 で は 、 甲 之 や 蓑 田 ら の 二 五 ︶ 十 一 月 七 日 に 蓑 田 ら と 原 理 日 本 社 を 立 し て 月 刊 誌 原 理 日 本 を 刊 行 し 、 日 本 そ の も の を 究 極 の 原 理 と し な い 諸 学 者 に 対 す る 激 し い 攻 撃 を 行 っ た の で あ る 。 彼 ら は 、 雑 誌 や 新 聞 を 通 じ て 扇 動 的 な 文 章 で 非 難 す る ば か り か 、 内 務 省 、 文 部 省 、 検 察 当 局 、 軍 部 、 国 家 主 義 的 な 貴 族 院 議 員 そ の 他 に 働 き か け 、 時 に は 告 発 ま で し て 狙 っ た 学 者 た ち を 次 々 に 追 い 落 と し 、 国 家 に よ る 思 想 統 制 ・ 言 論 弾 圧 の 推 進 役 と な っ た 。 原 理 日 本 社 の 思 想 は 、 片 山 素 秀 の す ぐ れ た 研 究 、 原 理 日 本 社 論 の た め に 三 井 甲 之 を 中 心 と す る 覚 え 書 き が 指 摘 す る よ う に 、 甲 之 の 思 想 に ほ か な ら な か 2 ︶ っ た 。 た だ 、 対 外 活 動 に つ い て は 蓑 田 の 方 が 目 立 っ て い た う え 、 名 の 胸 喜 を も じ っ て 蓑 田 狂 気 と 呼 ば れ た ほ ど フ ァ ナ テ ィ ッ ク な 振 舞 い が 多 か っ た せ い も あ っ て 、 一 般 に は 蓑 田 の 方 が 悪 名 が 高 い 。 簑 田 は 津 田 を 日 本 精 神 東 洋 文 化 抹 殺 論 に 帰 属 す る 悪 魔 的 虚 無 主 義 の 無 比 兇 悪 思 想 3 ︶ 家 と 呼 び 、 外 国 人 、 こ と に マ ル

駒 澤 短 期 大 學 佛 敎 論 集 第 八 號 二 〇 〇 二 年 十 月

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親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶ 紀 平 の 思 想 と は 、 華 厳 教 学 、 道 元 、 禅 、 そ し て 親 鸞 の 思 想 を 、 ヘ ー ゲ ル 哲 学 や 国 家 主 義 と 結 び つ け た も の で あ 13 ︶ っ た 。 こ う し た 超 国 家 主 義 者 た ち の 親 鸞 解 釈 は 、 親 鸞 の 意 図 に は そ っ て い な い に せ よ 、 親 鸞 の 思 想 の 一 面 を か た よ っ た 形 で 増 幅 さ せ た も の で あ る 点 で 、 親 鸞 そ の 人 の 思 想 に つ い て え る う え で も 参 に な る と 思 わ れ る 。 筆 者 は 、 上 述 し た よ う な 親 鸞 讃 仰 の 超 国 家 主 義 者 た ち 、 お よ び 紀 平 正 美 や 田 中 忠 雄 な ど の 思 想 や 行 動 を 、 そ の 発 生 根 拠 に 立 ち 入 14 ︶ っ た 形 で 明 ら か に す る よ う つ と め て ゆ く 予 定 だ が 、 本 稿 で は そ の 最 初 の 試 み と し て 、 三 井 甲 之 に お け る 親 鸞 思 想 の 受 容 の 仕 方 に つ い て 検 討 し た い 。 二 三 井 甲 之 の 生 涯 初 め に 、 三 井 甲 之 ︵ こ う し ︶ の 15 ︶ 伝 記 を 見 て お く 。 甲 之 は 明 治 十 六 年 一 八 八 三 ︶ に 山 梨 県 中 巨 摩 郡 島 村 ︵ の ち に 敷 島 村 ︶ の 資 産 家 で あ る 大 地 主 の 長 男 と し て 生 ま れ た 。 本 名 は 甲 之 助 。 甲 府 中 学 、 京 華 中 学 、 一 高 を 経 て 東 大 国 文 科 へ 進 み 、 在 学 中 の 明 治 三 十 七 年 一 九 ○ 四 ︶ に 正 岡 子 規 の 流 れ を 汲 む 根 岸 短 歌 会 に 入 り 、 清 新 な 作 風 に よ っ て 注 目 さ れ た 。 明 治 四 十 年 ︵ 一 九 ○ 七 ︶ に 東 大 を 卒 業 。 馬 酔 木 終 刊 の 後 、 明 治 四 十 一 年 ︵ 一 九 ○ 八 ︶ に ア カ ネ を 刊 し た 伊 藤 左 千 夫 は 、 甲 之 を 高 く 評 価 し て そ の 運 営 を 任 せ た が 、 国 家 主 義 を 強 め て 同 年 か ら 日 著 作 を 数 多 く 刊 行 す る ほ か 、 同 人 著 作 と し て 木 村 、 井 上 、 黒 上 な ど の 著 作 の 販 売 も 取 り 扱 っ て い た 。 つ ま り 、 こ こ で 触 れ た 甲 之 、 蓑 田 、 井 上 、 黒 上 、 木 村 た ち は 、 す べ て つ な が っ て い た の で あ り 、 原 理 日 本 社 の 同 人 だ っ た の で あ る 。 彼 ら は い ず れ も 親 鸞 を 熱 烈 に 礼 讃 し 、 聖 徳 太 子 と 明 治 天 皇 を 敬 い 、 ド イ ツ の 心 理 学 者 、 ヴ ン ト の 思 想 を 用 い 、 国 語 の 意 義 を 強 調 し 、 表 現 の 手 段 と し て 連 作 和 歌 を 詠 ん だ 。 す な わ ち 、 彼 ら は 親 鸞 讃 仰 の 文 学 仲 間 だ っ た の で あ る 。 甲 之 や 蓑 田 ら と 連 携 し て 活 動 し 、 自 由 主 義 的 な 学 者 た ち を 激 し く 攻 撃 し た 超 国 家 主 義 者 た ち の 中 に は 、 原 理 日 本 社 の 同 人 で あ っ た キ リ ス ト 教 徒 の 河 村 幹 雄 の ほ か 、 沢 木 興 道 禅 師 に 参 じ て 道 元 を 尊 重 し た 田 中 10 ︶ 忠 雄 な ど も い た が 、 そ の ほ と ん ど は 親 鸞 讃 仰 の 徒 で あ っ た 。 し か し 、 社 会 改 革 事 業 な ど は せ ず に ひ た す ら 往 生 を 願 い 、 日 本 の 伝 統 的 な 神 々 を 尊 ば ず 、 さ ら に は 法 然 ら を 流 刑 に 処 し た 朝 を き び し く 批 判 し た 親 鸞 の 思 想 が 、 な ぜ 超 国 家 主 義 者 た ち の 主 張 の 根 拠 と さ れ る に 至 っ た の か 。 京 都 学 派 左 派 の 一 人 で あ っ て 、 転 向 後 は 三 木 清 ら と と も に 東 亜 協 同 体 論 を 展 開 し た 山 信 一 は 、 戦 後 は 自 ら へ の 反 省 を こ め つ つ 日 本 主 義 者 た ち の 思 想 を 批 判 的 に 解 明 し て す ぐ れ た 成 果 を あ げ て お り 、 蓑 田 に つ い て も 詳 し く 論 じ て い る も の の 、 残 念 な が ら 仏 教 の 影 響 に つ い て は ま っ た く 触 れ て い 11 ︶ な い 。 滝 川 事 件 や 河 合 事 件 本 及 日 本 人 の 選 歌 も 担 当 す る よ う に な っ た 甲 之 は 、 や が て 芸 術 主 義 の 左 千 夫 と 対 立 す る に 至 っ た 。 左 千 夫 が 斎 藤 茂 吉 ら と と も に ア ラ ラ ギ を 刊 す る と 、 甲 之 は 明 治 四 十 五 年 ︵ 一 九 一 二 ︶ に ア カ ネ を 人 生 と 表 現 と 改 題 し た 。 茂 吉 ら と 論 争 を 続 け る 一 方 、 甲 之 は 地 元 の 激 し い 小 作 争 議 に ま き こ ま れ た こ と も 一 因 と な っ て 、 大 正 中 期 頃 か ら マ ル ク ス 主 義 批 判 と 小 作 権 擁 護 反 対 論 を 新 聞 ・ 雑 誌 な ど に 次 々 発 表 。 末 広 厳 太 郎 そ の 他 の 東 大 法 学 部 の 教 授 た ち に よ る 小 作 権 擁 護 の 学 説 こ そ が 小 作 争 議 の 背 景 で あ り 、 そ う し た 学 説 は 国 体 を 破 壊 す る も の で あ っ て マ ル ク ス 主 義 に ほ か な ら な い と し て 、 法 学 部 を 中 心 と す る 帝 大 の 学 風 を 批 判 す る よ う に な っ た 。 大 正 十 四 年 一 九 二 五 ︶ か ら は 、 日 本 及 日 本 人 に 、 甲 之 が 国 民 宗 教 の 聖 典 と み な す 明 治 天 皇 の 和 歌 の 解 説 を 連 載 し 始 め た 。 ま た 紀 元 二 千 六 百 年 の 祝 典 行 事 が 間 近 に な っ た 同 年 の 十 一 月 七 日 に は 、 慶 大 で 教 え つ つ 国 家 主 義 活 動 を し て い た 蓑 田 胸 喜 ら と と も に 、 人 生 と 表 現 社 の 同 人 や 慶 大 の 学 生 ・ 教 員 な ど を メ ン バ ー と し て 原 理 日 本 社 を 立 、 月 刊 雑 誌 原 理 日 本 を 刊 行 し た 。 こ れ は 、 井 上 右 近 が 京 都 で 青 人 草 社 を 組 織 し て 活 動 し て い た こ と に 呼 応 す る も の で あ っ た と い う 。 原 理 日 本 社 の 同 人 は 多 い 時 で も 三 百 名 程 度 と 言 わ れ て お り 、 さ ほ ど 多 く な か っ た も の の 、 原 理 日 本 は 国 家 主 義 的 な 軍 人 や 官 な ど に 広 く 配 布 さ れ 、 大 き な 影 響 を 及 ぼ し た 。 そ の 刊 行 費 用 に つ い て は 軍 部 か な ど に つ い て は 、 大 学 自 治 の 侵 犯 と い っ た 観 点 か ら 眺 め た 研 究 が か な り あ り 、 ま た 浄 土 真 宗 の 戦 時 教 学 に つ い て は 真 宗 内 部 で 批 判 的 な 研 究 が 積 み 上 げ ら れ て い る が 、 上 述 し た よ う な 親 鸞 を 讃 仰 す る 在 家 の 超 国 家 主 義 者 た ち に つ い て は 、 研 究 は き わ め て 少 な い の が 実 状 で あ る 。 そ う し た 者 た ち の 親 鸞 讃 仰 の 面 に 触 れ た 研 究 は 、 先 に 触 れ た 片 山 の 論 が 、 甲 之 に 対 す る 親 鸞 思 想 の 影 響 に つ い て 、 一 頁 半 程 度 、 触 れ て い る だ け で は な い だ ろ う か 。 だ が 、 昭 和 の 転 向 の 共 同 研 究 に 加 わ っ て い た 後 藤 宏 行 は 、 思 想 家 ・ 評 論 家 が 社 会 主 義 的 な 立 場 か ら 転 向 す る 際 は 、 親 鸞 の 思 想 が 何 ら か の 役 割 を 果 た す こ と が 多 く 、 作 家 が 転 向 す る 際 は 西 鶴 が 同 じ 役 割 を 果 た す 例 が 多 い こ と に 触 れ 、 転 向 現 象 は 近 代 の 行 き 詰 ま り 、 な い し 日 本 近 代 化 の 歪 み を 示 す と と も に 、 土 着 型 近 代 化 摸 索 の 試 み で も あ る と し て 、 そ の 転 向 に お け る 親 鸞 と 西 鶴 へ の 回 帰 の 重 要 さ に つ い て 論 じ て 12 ︶ い る 。 す な わ ち 、 明 治 以 後 に お け る 親 鸞 思 想 の 受 容 の さ れ 方 は 、 日 本 の 近 代 化 の あ り 方 そ の も の 、 あ る い は 近 代 ・ 現 代 に お け る 仏 教 の 可 能 性 を え る う え で 重 要 な の で あ る 。 実 際 、 甲 之 と 木 村 は 、 太 平 洋 戦 争 開 始 直 後 の 近 代 の 超 克 論 を あ る 程 度 先 取 り す る よ う な 議 論 を 、 大 正 時 代 か ら 既 に 展 開 し て い る 。 ま た 、 文 部 省 が 昭 和 十 二 年 ︵ 一 九 三 七 ︶ 年 に 刊 行 し て 広 く 配 布 し た 国 体 の 本 義 の 中 心 部 は 紀 平 正 美 の 思 想 に 基 づ く が 、 四 八 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶ 四 七

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ら 援 助 を 受 け て い た と 言 わ れ る 。 昭 和 二 年 ︵ 一 九 二 七 ︶ に は 、 甲 之 の 家 に 向 け ら れ た 小 作 争 議 に 対 し て 、 小 作 料 の 減 免 と 引 き 換 え に マ ル ク ス 主 義 の 放 棄 を 農 民 側 に 約 束 さ せ 、 郷 土 を 退 い て 甲 府 に 転 居 、 以 後 、 帝 大 攻 撃 を 強 め た 。 昭 和 三 年 一 九 二 八 ︶ に は 、 明 治 天 皇 の 和 歌 を 拝 誦 す る こ と を 修 行 と す る 国 民 宗 教 の 団 体 、 し き し ま の み ち 会 を 組 織 し 、 和 歌 を 通 じ た 日 本 主 義 を 強 調 し た 。 昭 和 十 三 年 ︵ 一 九 三 八 ︶ 五 月 、 原 理 日 本 の 誌 友 で あ っ た 荒 木 貞 夫 陸 軍 大 将 が 第 一 次 近 衛 内 閣 の 文 部 大 臣 に な る と 、 甲 之 ・ 蓑 田 を 初 め と す る 原 理 日 本 社 同 人 た ち は 、 軍 と 関 係 が 深 い 貴 族 院 議 員 な ど を 幹 部 に 迎 え て 帝 大 粛 正 期 成 連 盟 を 結 成 、 こ れ ま で 以 上 に 文 部 省 に 圧 力 を か け 、 法 学 部 の 教 授 た ち に 対 す る 激 し い 非 難 活 動 を 展 開 し た 。 昭 和 十 四 年 ︵ 一 九 三 九 ︶ に は 郷 里 で あ る 島 村 の 村 長 に 就 任 。 米 英 開 戦 後 は 、 西 田 哲 学 へ の 攻 撃 を 強 め た 。 敗 戦 後 、 昭 和 二 十 二 年 ︵ 一 九 四 七 ︶ に 脳 血 で 倒 れ 、 翌 年 に は 職 追 放 と な っ た 。 昭 和 二 十 七 年 一 九 五 二 ︶ に 病 床 か ら 今 上 御 歌 解 説 を 刊 し 、 そ の 翌 年 に 没 し た 。 代 表 的 な 著 書 と し て は 、 明 治 天 皇 御 集 研 究 ︵ 昭 和 三 年 ︶ 、 し き し ま の み ち 原 論 ︵ 昭 和 九 年 ︶ 、 親 鸞 研 究 ︵ 昭 和 十 六 年 ︶ な ど が あ り 、 没 後 に 三 井 甲 之 歌 集 ︵ 昭 和 三 十 三 年 ︶ 、 三 井 甲 之 存 稿 大 正 期 諸 雑 誌 よ り の 集 録 ︵ 昭 和 四 十 四 年 ︶ な ど が 編 ま れ た 。 三 西 欧 経 由 で の 親 鸞 と の 出 会 い 甲 之 が 親 鸞 の 思 想 に 接 し た の は 、 学 生 時 代 に 近 角 常 観 の 著 書 に 出 会 い 、 そ の 求 道 学 舎 に 通 っ た こ と に よ る と い う 。 三 井 は 、 親 鸞 に 関 す る 文 章 を 集 め た 親 鸞 研 究 ︵ 昭 和 十 六 年 、 東 京 堂 ︶ の は し が き で は 、 明 治 四 十 年 前 後 か ら 大 正 末 期 ま で の 間 に 専 ら 親 鸞 聖 人 の 思 想 と 文 章 と を 研 究 し た の で あ る 。 伊 藤 左 千 夫 を 求 道 学 舎 へ 誘 つ た の も そ の 頃 で あ つ た 。 ︵ 二 16 ︶ 頁 ︶ と 回 想 し て い る 。 大 正 七 年 ︵ 一 九 一 八 ︶ 六 月 に 発 表 し た 親 鸞 と ル ツ テ ル で は 、 甲 之 は 、 親 鸞 を 新 し い 角 度 か ら 研 究 し た の は 近 角 常 観 師 が 刊 行 し て い た 政 教 時 報 誌 や 求 道 誌 で あ る と し 、 そ の 後 に 木 村 卯 之 氏 井 上 右 近 氏 等 の 研 究 で あ つ た 。 学 的 研 究 方 面 で は 本 彦 次 郎 氏 の そ れ が 聳 立 し て を る 。 ︵ 一 六 ○ 頁 。 初 出 は 中 央 仏 教 ︶ と 述 べ て い る た め 、 大 正 初 め あ た り か ら 木 村 ・ 井 上 ・ 本 ら と の 流 が 始 ま っ た も の と 思 わ れ る 。 親 鸞 研 究 に は 、 大 正 時 代 に 書 か れ た 小 文 が 数 多 く 収 録 さ れ て い る が 、 甲 之 の お く が き に よ れ ば 、 こ の 書 物 は 、 同 信 の 友 の 一 人 の 一 々 丹 念 に 筆 写 せ ら れ た も の に つ い て 、 故 木 村 卯 之 兄 が 編 次 し 、 田 代 二 見 兄 が 保 管 さ れ て を つ た も の ︵ 三 四 五 頁 ︶ を 、 今 回 自 で 新 し く 編 集 し て 出 版 の 運 び と な っ た も の だ と い う 。 甲 之 の 思 想 は 、 同 信 の 友 と の 流 の 中 で 影 響 を 与 え 合 い つ つ 形 成 さ れ て い っ た の で あ る 。 甲 之 が 最 初 に 師 事 し た 近 角 は 、 歎 異 抄 を 広 く 紹 介 し 、 東 大 側 の 本 郷 森 川 町 に 求 道 会 館 を て 、 求 道 学 舎 を 組 織 し て 大 学 生 な ど に 大 き な 影 響 を 与 え た こ と で 知 ら れ る 。 近 角 は 、 清 沢 満 之 の 影 響 を 受 け つ つ も 、 自 ら の 体 験 に 基 づ き 、 懺 悔 と 結 び つ け た 形 で の 独 自 な 親 鸞 解 釈 を 提 示 し た 。 近 角 に よ れ ば 、 親 鸞 の 偉 大 さ は 、 人 生 根 本 の 問 題 に 触 れ て 、 大 に 苦 し み 、 大 に 悶 へ 、 大 に 安 心 し て 生 き た 事 実 を 明 ら さ ま に 説 い た 点 に あ る と 17 ︶ い う 。 つ ま り 、 自 は 罪 業 を 重 ね て い る 極 悪 の 凡 夫 で あ る こ と を 自 覚 し 、 人 間 の 限 界 を 直 視 し た う え で 人 生 の 変 転 を 素 直 に 受 け 止 め つ つ 生 き て い っ て こ そ 阿 弥 陀 仏 の 慈 悲 に あ ず か る こ と が で き る と す る の で あ り 、 そ れ が こ そ が 親 鸞 の め ざ し た 真 に 宗 教 的 な 生 活 と す る も の だ っ た の で あ る 。 こ う し た 解 釈 に は 、 罪 を 強 調 す る 点 で キ リ ス ト 教 の 、 ま た 現 実 随 順 を 説 く 点 で 日 本 仏 教 の 影 響 が 見 ら れ る こ と は 言 う ま で も な い 。 片 山 は 、 近 角 の 影 響 を 受 け た 甲 之 の 親 鸞 理 解 の エ ッ セ ン ス と し て 、 大 正 三 年 ︵ 一 九 一 四 ︶ 三 月 に 発 表 さ れ た 甲 之 の 次 の よ う な 文 章 を か か げ て い る 。 親 鸞 の 宗 教 は 現 世 の 罪 悪 を 否 定 せ ぬ の で あ る 。 現 実 を 人 為 的 に 変 改 せ む と せ ぬ の で あ る 。 ⋮ ⋮ 現 実 の ま ま に 随 順 し 、 歓 喜 と 悲 哀 と 、 希 望 と 絶 望 と 、 恩 愛 と 憎 悪 と そ れ ら に 没 入 し つ つ そ れ ら を 内 に 調 和 せ し め 綜 合 し め む と す る 信 心 に よ つ て 、 こ こ に 不 可 思 議 の 境 に 無 極 の 生 を 造 せ む と す る の で あ る 。 片 山 は 、 か く し て 、 甲 之 は 、 親 鸞 か ら 、 世 界 の 訳 の ら な さ 、 そ こ で の 、 い わ ゆ る 近 代 的 主 体 を 放 棄 し た 生 き 方 に つ い て の 啓 示 を 得 て し ま っ た と 説 い て 18 ︶ い る 。 こ れ は 正 し い 指 摘 だ が 、 見 落 と せ な い の は 、 甲 之 は 一 方 で は 、 一 高 ・ 東 大 で 近 代 を 是 と す る 教 育 を 受 け 、 西 洋 の 価 値 観 を あ る 程 度 身 に つ け て し ま っ た 人 物 で あ っ た と い う 点 で あ る 。 片 山 の い う 近 代 的 主 体 を 放 棄 し た 生 き 方 は 、 実 は 甲 之 に と っ て は 、 個 人 主 義 や 要 素 還 元 主 義 の 科 学 な ど に 代 表 さ れ る 古 い タ イ プ の 近 代 主 義 と は 異 な る 生 き 方 、 真 に 近 代 的 な 生 き 方 と み な さ れ た の で あ り 、 現 在 で あ れ ば ポ ス ト モ ダ ン と 称 さ れ る 類 の も の を 甲 之 は 近 代 と 呼 ぶ の で あ る 。 甲 之 が 大 正 三 年 三 月 に 発 表 し た 親 鸞 聖 人 の 阿 弥 陀 仏 観 に お い て 、 親 鸞 の こ と を 真 の 近 代 精 神 覚 醒 の 先 駆 者 ︵ 二 八 ○ 頁 ︶ と 讃 え 、 大 正 七 年 ︵ 一 九 一 八 ︶ 八 月 の 現 社 会 問 題 と 親 鸞 の 宗 教 に お い て 、 親 鸞 の い う 阿 弥 陀 仏 は 宇 宙 の 本 体 で も 世 界 の 造 者 で も な い 点 で 、 旧 来 の 迷 信 と は 異 な っ て お り 、 親 鸞 の 宗 教 は 現 実 随 順 の 宗 教 で あ り 、 中 世 的 教 権 の 宗 教 で は な く 近 世 的 科 学 精 神 の 宗 教 で 19 ︶ あ る と 断 言 し て い る の は こ の た め で あ る 。 甲 之 は 親 鸞 の う ち に 、 西 洋 近 代 中 で 最 も 好 ま し く 、 ま た 最 も 先 進 的 と 思 わ れ 五 〇 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶ 四 九 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶

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る 要 素 を 見 出 す の で あ る 。 そ の 際 の 手 本 は 、 お そ ら く 甲 之 が 愛 好 し た ゲ ー テ で あ り 、 そ う し た 見 方 を 保 証 し て く れ た の は 、 東 大 で 本 亦 太 郎 の 心 理 学 の 講 義 を 聞 い て 以 来 、 最 も 人 生 に 即 し た 近 代 科 学 と し て 受 け 止 め ら れ 、 甲 之 の 主 張 の 学 術 性 を 保 証 す る も の と み な さ れ た ヴ ィ ル ヘ ル ム ・ ヴ ン ト の 思 想 で あ っ た 20 ︶ ろ う 。 近 代 心 理 学 の 確 立 者 の 一 人 で あ る ド イ ツ の ヴ ン ト は 、 ゲ ー テ を 高 く 評 価 し て い た が 、 甲 之 は そ の ゲ ー テ と ヴ ン ト に つ い て 、 明 治 四 十 五 年 ︵ 一 九 一 二 ︶ 一 月 に 発 表 し た 親 鸞 思 想 と ヴ ン ト ︵ そ の 一 ︶ の 冒 頭 に お い て 、 次 の よ う に 論 じ て い る 。 近 代 精 神 自 覚 の 先 駆 と し て の ゲ ー テ 、 現 実 の 不 可 抗 力 に 信 順 す る 実 験 的 哲 学 者 と し て の ヴ ン ト 、 芸 術 の 極 致 を 実 現 し て 将 来 の 芸 術 が 宗 教 に 代 る べ き を 客 観 的 真 証 に よ つ て 暗 示 す る ロ ダ ン の 三 人 は 僕 の 崇 敬 す る 永 久 の 生 命 の 脈 絡 で あ る 。 こ れ を 日 本 仏 教 の 到 達 地 に 国 民 を 招 喚 す る 親 鸞 の 宗 教 的 人 生 観 に よ つ て 統 一 せ し む る 経 路 を ま き ひ ろ げ て 見 よ う 。 ︵ 一 八 七 頁 。 初 出 は 帝 国 文 学 ︶ す な わ ち 、 ゲ ー テ と ヴ ン ト を 礼 讃 し 、 さ ら に ロ ダ ン を 加 え て 永 久 の 生 命 に 迫 ろ う と し た 模 範 人 物 と み な し 、 こ の 三 人 を 親 鸞 の 宗 教 的 人 生 観 に よ っ て 統 一 す る 道 を 模 索 し て み た い と す る の で あ る 。 甲 之 は 、 こ の 時 点 で は 既 に 国 家 主 義 の 立 場 に 立 っ て い た が 、 こ こ に は 、 江 戸 の 国 学 者 や 幕 末 の 志 士 な ど の 名 は ま っ た く 登 場 し な い 。 資 産 に ま か せ て ド イ ツ な ど の 本 を 大 量 に 買 い 、 長 ら く ド イ ツ 語 と 英 語 の 新 聞 を 取 り 寄 せ て い た と い う 甲 之 の 国 家 主 義 は 、 西 洋 経 由 で 再 発 見 さ れ た 親 鸞 像 と 結 び つ い た 形 で 形 成 さ れ た の で あ る 。 甲 之 は 、 二 十 代 半 ば か ら ゲ ー テ の 詩 や 小 説 を 訳 し て ア カ ネ や 日 本 及 日 本 人 な ど の 雑 誌 に し ば し ば 載 せ て お り 、 フ ァ ウ ス ト に つ い て も そ の 一 部 を 訳 し て 研 究 を 発 表 す る な ど 、 ゲ ー テ に 傾 倒 し て い た 。 そ の ゲ ー テ を 近 代 精 神 自 覚 の 先 駆 と 呼 ぶ の は 、 ゲ ー テ が 、 物 質 の 背 後 に も の 自 体 を 想 定 す る よ う な 観 念 論 哲 学 や 、 要 素 還 元 主 義 の 立 場 で 析 や 空 論 を 重 ね る だ け の 科 学 を い 、 生 物 な ど を あ り の ま ま 観 察 し て 生 命 の 力 を 重 ん じ た こ と に よ る の で あ ろ う 。 ゲ ー テ が そ う し た 実 地 の 観 察 ・ 体 験 を 文 学 と し て 表 現 し え た こ と も 、 む ろ ん 高 く 評 価 し て い た も の と 思 わ れ る 。 人 間 と い う も の は 不 可 解 で あ っ て 抽 象 的 な 理 論 で は 割 り き れ な い こ と を 実 証 し て し ま っ た も の こ そ が 近 代 の 学 問 な の で あ り 、 す べ て を 理 論 的 に 説 明 し う る と 自 負 す る よ う な 学 問 は か え っ て 古 い 学 問 で あ る と す る の が 、 甲 之 が ヴ ン ト か ら 学 ん だ こ と で あ っ た 。 甲 之 は 、 大 正 元 年 一 九 一 二 ︶ か ら 翌 年 に か け て 親 鸞 の 著 作 に つ い て 連 載 で 論 じ た が 、 大 正 三 年 六 月 の 教 行 信 証 化 身 土 巻 に お い て 、 今 日 の 日 本 及 び 欧 州 に お け る 学 者 の 多 く は 此 の 自 性 唯 心 に 沈 み 定 散 の 自 心 に 迷 ふ も の の み で あ る 。 学 者 と し て は ド イ ツ の ヴ ン ト に 他 力 信 順 の 態 度 を 認 む る の み で あ る 。 ︵ 一 一 一 頁 。 初 出 は 人 生 と 表 現 ︶ と 説 い て い る よ う に 、 ヴ ン ト の う ち に 親 鸞 の 他 力 信 順 の 態 度 を 見 出 し て い る 。 甲 之 は ま た 、 ヴ ン ト の 死 を 悼 ん で 書 い た 大 正 十 年 ︵ 一 九 二 一 ︶ 五 月 の 親 鸞 と ヴ ン ト ︵ そ の 二 ︶ で は 、 ヴ ン ト は 欧 州 の 哲 学 を 形 而 上 学 、 弁 証 法 、 訓 学 の や う な 認 識 論 的 偏 執 か ら 解 放 し た の で あ る 。 彼 の 心 理 学 は 直 接 経 験 の 学 で あ る 。 即 ち 人 間 経 験 を あ る が ま ま に そ の ま ゝ 全 体 と し て 生 命 が あ り 統 一 が あ り 調 和 あ る も の と し て 活 き た も の と し て 取 扱 ふ も の で あ る 。 親 鸞 の 宗 教 も 同 じ く 此 の 形 而 上 学 、 弁 証 法 、 訓 学 を 自 力 聖 道 門 の 雑 行 雑 修 と し て 排 斥 し た の で あ る 。 ︵ 二 ○ 一 頁 。 初 出 は 不 明 ︶ と 述 べ て い る 。 す な わ ち 、 析 不 能 な 直 接 経 験 を あ る が ま ま に 扱 っ た ヴ ン ト を 例 外 と す る 欧 州 の 哲 学 は 、 旧 式 の 学 問 で あ っ て 自 力 聖 道 門 に す ぎ ず 、 こ の 世 の 不 可 思 議 な る 実 相 は ロ ダ ン の よ う に 心 を 動 か す 芸 術 と し て 表 現 す る ほ か な い の だ 、 と い う の が 甲 之 の 一 貫 し た 主 張 で あ っ た 。 親 鸞 は 、 他 力 不 可 思 議 を 信 じ 、 義 な き を 義 と し て 抽 象 的 な 理 論 に 頼 ら ず 、 自 ら の 波 乱 に 満 ち た 苦 悩 の 人 生 に つ い て 愛 欲 の 広 海 に 沈 没 し 名 利 の 大 山 に 迷 惑 す と い っ た 感 動 的 か つ 芸 術 的 な 言 葉 で 表 現 す る 近 代 精 神 の 体 現 者 と し て 、 甲 之 に 再 発 見 さ れ た の で あ る 。 一 方 、 ヴ ン ト の 思 想 は 、 逆 に 親 鸞 の 思 想 に よ っ て 解 釈 さ れ る こ と に な っ た 。 ヴ ン ト の 学 問 に 関 す る 甲 之 の 数 多 く の エ ッ セ イ の 中 に は 、 ヴ ン ト の う ち に 甲 之 流 の 解 釈 に よ る 親 鸞 の 思 想 を 読 み 込 ん だ も の と し か 思 わ れ な い も の が 多 い 。 そ し て 、 そ う し た 親 鸞 的 な ヴ ン ト 解 釈 に よ っ て 、 さ ら に ま た 親 鸞 の 思 想 が 解 釈 さ れ 、 多 く の 領 域 に わ た る ヴ ン ト の 学 問 の 内 容 が 親 鸞 の う ち に 読 み 込 ま れ る と い う 循 環 が 進 ん だ の で あ る 。 四 西 欧 的 な 親 鸞 解 釈 と 親 鸞 的 な 西 欧 解 釈 甲 之 は 、 親 鸞 の 諸 著 作 に つ い て 論 じ た 連 載 の う ち 、 大 正 二 年 一 九 一 三 ︶ 十 一 月 に 発 表 さ れ た 唯 信 鈔 文 意 と 題 す る 小 文 で は 、 と も か く も か は ら ざ る に 過 去 今 生 未 来 の 一 切 の つ み を 善 に 転 じ か へ す と い ふ な り 、 転 ず と い ふ は つ み を け し う し な は ず し て 善 に な す な り と い っ た 親 鸞 の 言 葉 を い く つ か あ げ 、 次 の よ う に 評 す る 。 こ れ ら 皆 人 生 肯 定 の 哲 学 の 芸 術 的 表 現 で あ る 。 ホ イ ツ ト マ ン の 詩 ロ ダ ン の 芸 術 を 思 は し め る 親 鸞 聖 人 は ど う し て 生 れ 出 た か 、 こ れ が わ れ わ れ の 研 究 の 中 心 と な つ て 居 る の で あ る 。 ⋮ ⋮ 一 切 に 美 を 見 出 し た ロ ダ ン の や う に 、 親 鸞 聖 人 は 一 切 に 信 を 見 出 し 、 光 明 と 意 思 と を 見 出 し た の で あ る 。 五 二 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶ 五 一 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶

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︵ 八 ○ | 一 頁 。 初 出 は 人 生 と 表 現 ︶ す な わ ち 、 親 鸞 は な ぜ 人 生 を そ の ま ま 認 め て す べ て の 様 相 を 芸 術 的 に 表 現 し え た か 、 と 問 う の で あ る 。 む ろ ん 、 甲 之 の 意 図 と し て は 、 無 比 の 国 体 を 誇 り 、 人 生 の 苦 楽 を 含 め た あ ら ゆ る 現 象 を 身 の 上 下 を 問 わ ず 和 歌 に 詠 ん で き た 伝 統 を 有 す る 日 本 な れ ば こ そ 、 人 生 を 肯 定 し て そ れ を 芸 術 的 に 表 現 し え た 親 鸞 が 生 ま れ た の だ 、 と い う こ と に な る の だ が 、 甲 之 が 近 代 の 西 欧 芸 術 家 た る ホ イ ッ ト マ ン と ロ ダ ン を 愛 好 し 、 こ の 二 人 を 芸 術 の 模 範 と し て い る こ と は 明 ら か で あ ろ う 。 甲 之 は 、 親 鸞 は そ の ホ イ ッ ト マ ン や ロ ダ ン に 似 て い る と す る の で あ る か ら 、 西 欧 の 価 値 基 準 を 認 め た う え で 、 そ れ に 匹 敵 す る も の 、 あ る い は そ れ 以 上 の も の が 自 国 の う ち に あ っ た こ と を 見 出 そ う と す る 、 ナ シ ョ ナ リ ス ト の 通 例 の 発 想 が な さ れ て い る こ と に な る 。 続 い て 、 大 正 元 年 ︵ 一 九 一 二 ︶ 十 一 月 の 末 灯 鈔 で は 、 次 の よ う に 説 い て し め く く っ て い る 。 宗 教 と は 人 生 の 全 開 展 に 随 順 し て 広 大 無 辺 の 内 的 生 活 に 没 入 す る こ と で あ る 。 さ う す れ ば ⋮ ⋮ 真 の 愛 と 親 切 と 真 の 勇 と 威 力 と を 得 来 る の で あ る 。 こ ゝ に 疑 惑 は れ て 悠 久 の 思 ひ に 活 く る の で あ る 。 阿 弥 陀 経 な ど は 此 の 心 境 を 説 明 し た の で あ る が 、 そ れ は む し ろ 直 接 芸 術 的 作 な ど を 以 て 代 ふ べ き も の で 、 阿 弥 陀 経 に 代 ふ べ き は ロ ダ ン の 芸 術 の 如 き で あ る 。 ︵ 七 八 頁 。 初 出 は 人 生 と 表 現 ︶ す な わ ち 、 甲 之 が 求 め る の は 真 の 愛 と 親 切 真 の 勇 と 威 力 な の で あ る 。 し か し 、 真 の 愛 と 親 切 真 の 勇 と 威 力 を 抽 象 的 な 一 般 論 に と ど め ず 、 人 生 の 随 処 に 見 出 し て 芸 術 的 な 形 で 示 す と い う こ と に な れ ば 、 こ こ に は 真 、 善 、 美 と い う ギ リ シ ャ 由 来 の 理 想 が 崩 れ た 形 で 揃 い 、 さ ら に キ リ ス ト 教 が 説 く 愛 ま で 揃 っ て し ま う こ と に な る 。 甲 之 は 、 大 正 十 四 年 ︵ 一 九 二 五 ︶ 刊 行 の 原 理 日 本 の 綱 領 で は 、 伝 統 宗 教 ・ 共 産 主 義 ・ 平 和 主 義 ・ 資 本 主 義 ・ 個 人 主 義 な ど に 加 え て 名 目 だ け の 偽 善 国 家 主 義 乃 至 外 来 思 想 に 原 理 を 仰 ぐ 日 本 主 義 等 も 敵 と み な し 、 不 断 連 続 の 永 久 思 想 戦 を 宣 言 す る と 述 べ 、 日 本 主 義 を 唱 え つ つ も 実 際 に は 外 国 思 想 を 根 本 と す る 者 に 対 し て 激 し い 反 発 を 見 せ て い る が 、 実 際 に は 、 自 自 身 、 西 欧 思 想 を 大 幅 に と り こ ん だ 者 の 一 人 だ っ た の で あ る 。 ロ ダ ン 、 ホ イ ッ ト マ ン 、 ゲ ー テ な ど に 対 す る あ か ら さ ま な 礼 讃 は 、 大 正 末 年 頃 か ら 次 第 に 消 え て い く が 、 親 鸞 と 共 通 す る と み な す ヴ ン ト に 対 す る 高 い 評 価 は 、 ド イ ツ と 日 本 の 関 係 も あ っ て か 、 戦 時 中 も 一 貫 し て 変 わ る こ と は な か っ た 。 さ て 、 先 の 引 文 で は 一 切 に 美 を 見 出 し た ロ ダ ン が 讃 え ら れ て い た の で あ る か ら 、 真 の 愛 と 親 切 な ど ば か り で な く 、 好 ま し く な い も の に つ い て も 芸 術 的 な 形 、 美 し い 形 で 示 さ れ な け れ ば な ら な い こ と に な ろ う 。 一 切 に 美 を 見 出 す と い う 点 に つ い て は 、 甲 之 が 精 魂 を 込 め た と 自 ら い う 明 治 天 皇 御 集 研 究 の 次 の 文 章 が 参 に な る 。 う つ ろ へ ば う つ ろ ふ ま ゝ に な つ か し と 思 ふ は 花 の い ろ 香 な り け り ︵ 四 五 ︶ と 読 ま せ た ま ひ し 大 御 歌 を を ろ が み ま つ れ ば 、 老 年 と 苦 と に や つ れ は て し 老 女 を モ デ ル と し て V ie lle H ea u lm ie re を つ く つ た ロ ダ ン に と つ て は 一 切 は 美 で あ つ た こ と も 連 想 せ し め ら る ゝ の で 21 ︶ あ る 。 す な わ ち 、 甲 之 は 明 治 天 皇 が 明 治 四 十 五 年 一 九 一 二 ︶ に 詠 ん だ う つ ろ へ ば の 歌 か ら 、 ロ ダ ン が 春 の よ う な 輝 か し い 青 春 像 を 作 る と 同 時 に 悲 惨 な 老 女 の 姿 を も 見 事 に 描 き 出 し 、 人 生 の 諸 相 す べ て を そ の ま ま 受 け 止 め て 感 動 的 な 芸 術 作 品 と し て 表 現 し た こ と を 想 起 し た と い う の で あ る 。 こ こ で も 、 甲 之 の 好 む 西 欧 の 思 想 と 芸 術 観 の 実 例 が 、 日 本 の 人 物 の う ち に 見 出 さ れ て い る 。 そ れ も 日 本 の 伝 統 の 体 現 者 と さ れ る 明 治 天 皇 の う ち に 見 出 さ れ た 以 上 、 明 治 天 皇 の 和 歌 は 日 本 の 伝 統 そ の も の で あ り な が ら 真 に 近 代 的 な 芸 術 と い う こ と に な ろ う 。 甲 之 の こ う し た 解 釈 は 、 西 欧 諸 国 の 隆 盛 を 支 え る キ リ ス ト 教 に 代 わ る も の と し て 天 皇 崇 拝 を 国 民 宗 教 化 し よ う と し 、 皇 室 の 悠 久 の 伝 統 を 強 調 し つ つ も 大 元 帥 と し て 洋 式 の 軍 服 を ま と っ た 天 皇 の 写 真 を 国 中 に 配 布 し 、 天 皇 を 近 代 化 ・ 西 洋 化 の シ ン ボ ル と し た 明 治 の 為 政 者 た ち の 試 み を 、 親 鸞 解 釈 と 結 び つ け た 形 で 実 現 し た も の と 見 る こ と が で き る 。 か く し て 、 甲 之 に と っ て は 、 親 鸞 讃 仰 と 明 治 天 皇 崇 拝 は 一 体 の も の と な っ た 。 そ う な れ ば 、 親 鸞 と 明 治 天 皇 が と も に 尊 敬 し た 聖 徳 太 子 の こ と を 、 甲 之 が 重 視 す る よ う に な る の も 当 然 で あ ろ う 。 甲 之 は 、 甲 之 の 思 想 の 影 響 を 受 け た 井 上 右 近 や 木 村 卯 之 の 聖 徳 太 子 研 究 を 参 照 し つ つ 、 親 鸞 の 思 想 の 中 に 聖 徳 太 子 や 明 治 天 皇 の 思 想 を 読 み 込 ん で い く よ う に な り 、 大 正 末 年 に な る と 親 鸞 さ え 不 十 と し て 明 治 天 皇 崇 拝 を 柱 と す る 国 民 宗 教 の 成 に 向 か う の で あ る 。 甲 之 は 先 の 引 文 で は 、 阿 弥 陀 経 は 真 の 愛 と 親 切 、 真 の 勇 と 威 力 と い う 言 葉 で 示 さ れ る よ う な 心 境 を 説 明 し て い る と し つ つ も 、 ロ ダ ン の 芸 術 に 代 え る べ き で あ る と 断 言 し て い た 。 阿 弥 陀 経 で は 不 十 と す る の は 、 ホ イ ッ ト マ ン や ゲ ー テ の 文 学 を 愛 す る 甲 之 に と っ て 、 イ ン ド 風 な 浄 土 の 記 述 は お そ ら く 装 飾 過 多 で お 説 教 が 目 立 つ も の に 見 え 、 ロ ダ ン か ら 受 け る よ う な 芸 術 的 感 動 は 得 ら れ な く な っ て い た か ら で あ ろ う 。 し か し 、 阿 弥 陀 経 を 尊 重 し な い 浄 土 信 仰 、 さ ら に 言 え ば 、 経 典 が 説 く よ う な 浄 土 を か え り み な い 浄 土 信 仰 と い う の は 、 イ ン ド 仏 教 や 中 国 仏 教 で あ れ ば 、 浄 土 信 仰 と 呼 ぶ こ と は で き ま い 。 西 方 浄 土 を 尊 ば な い 浄 土 信 仰 は 、 大 正 十 四 年 ︵ 一 九 二 五 ︶ に 浄 土 の 観 念 を 刊 行 し て 浄 土 は 内 的 世 界 で あ る と 論 じ た 金 子 大 栄 な ど の 主 張 に 通 じ る も の で あ る 。 実 際 、 甲 之 は こ れ 五 四 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶ 五 三 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶

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ほ ど 親 鸞 を 礼 讃 し て い な が ら 、 浄 土 と い う 言 葉 を ほ と ん ど 用 い て い な い 。 そ れ ど こ ろ か 、 浄 土 や 極 楽 と い う 語 を 、 日 本 の 教 団 仏 教 、 カ ン ト そ の 他 の 従 来 の 西 洋 哲 学 や マ ル ク ス 主 義 な ど が め ざ し た 理 想 的 な 状 況 、 つ ま り 、 甲 之 の 立 場 か ら す れ ば 迷 信 ・ 妄 想 で し か な い 理 想 郷 を 皮 肉 ま じ り で 比 喩 的 に 表 現 す る 際 に 用 い て い る 例 も し ば し ば 見 ら れ る 。 良 く も 悪 く も こ の 人 生 、 そ れ も 日 本 と い う 特 定 の 国 土 に お け る 人 生 以 外 は 望 ま な い と な れ ば 、 浄 土 の 語 が 避 け ら れ る の は 当 然 で あ ろ う 。 戦 時 下 に お け る 浄 土 宗 ・ 浄 土 真 宗 の 戦 時 教 学 で は 、 無 比 の 国 体 を 誇 る 日 本 こ そ が 浄 土 そ の も の な の だ と す る 議 論 が し ば し ば 見 ら れ る が 、 明 治 末 に は 既 に 教 団 仏 教 を 見 捨 て て い た 甲 之 は 、 そ う し た 浄 土 論 を 展 開 し よ う と は し な い の で あ る 。 五 阿 弥 陀 仏 の 否 定 と 祖 国 礼 拝 西 方 浄 土 が 求 め ら れ な い と な れ ば 、 そ の 浄 土 で 法 を 説 く 阿 弥 陀 仏 に 対 す る 礼 拝 ・ 念 仏 も 、 当 然 重 視 さ れ な い こ と に な る 。 甲 之 は 、 大 正 元 年 ︵ 一 九 一 二 ︶ 十 一 月 発 表 の 末 灯 鈔 で は 、 阿 弥 陀 仏 と は 他 の わ れ な ら ぬ も の わ が 外 な る 一 切 に 対 し て の 名 で あ つ て 、 そ れ は 絶 対 独 自 の わ れ の 影 で あ る 。 わ れ ら が わ れ 自 ら の 名 を 呼 ぶ こ と は 即 ち 称 名 念 仏 で あ る 。 ︵ 六 七 頁 。 初 出 は 人 生 と 表 現 ︶ と 述 べ る 。 つ ま り 、 阿 弥 陀 仏 と は 自 以 外 の 一 切 の も の 、 つ ま り 他 者 の 称 で あ り 、 絶 対 独 自 の わ れ の 投 影 に ほ か な ら な い と す る の で あ り 、 阿 弥 陀 仏 の 名 を 呼 ぶ こ と 、 す な わ ち 念 仏 と は 、 実 際 に は 自 ら が 自 ら に 呼 び か け る こ と だ と 説 く の で あ る 。 甲 之 は 翌 年 一 月 に 発 表 し た 教 行 信 証 で は 、 内 よ り 外 に 向 ふ 此 の 生 の ま こ と の は た ら き に こ そ 随 順 す べ き で あ る 。 礼 拝 と 名 号 と は 内 な る 信 念 の 表 現 と し て の み 意 義 が あ る の で 礼 拝 と 名 号 そ の も の に は 生 命 は 無 い の で あ る 。 ︵ 九 七 頁 。 初 出 は 本 彦 次 郎 鎌 倉 時 代 の 道 徳 宗 教 芸 術 ︶ と 述 べ 、 礼 拝 と 名 号 、 つ ま り は 通 常 の 阿 弥 陀 信 仰 と 念 仏 そ の も の に は 生 命 は 無 い と 明 言 し て い る 。 こ う し た 主 張 の う ち 、 阿 弥 陀 仏 の 名 を 呼 ぶ こ と は 自 ら が 自 ら に 呼 び か け る こ と だ と す る の は 、 自 己 を 信 ず る こ と が 如 来 を 信 ず る こ と だ と 説 い た 曽 我 量 深 に 通 じ る 面 が あ る 。 す な わ ち 、 甲 之 の 親 鸞 受 容 は 近 角 常 観 だ け で な く 、 清 沢 満 之 門 下 の 解 釈 と 共 通 す る 面 を 有 し て い た の で あ る 。 た だ 、 甲 之 や そ の 仲 間 た ち は 、 清 沢 や そ の 門 下 た ち の 著 書 を 引 用 す る こ と は な く 、 祖 国 礼 拝 の 主 張 が 強 ま る に つ れ て 、 阿 弥 陀 仏 と 自 を 同 一 視 す る 主 張 は 消 え て ゆ く 。 ま た 、 礼 拝 や 念 仏 を 内 な る 信 念 の 表 現 と 見 て 、 礼 拝 と 名 号 そ の も の に は 生 命 は な い と 説 く の は 、 後 述 す る よ う に 、 ド イ ツ の 愛 国 哲 学 者 、 フ ィ ヒ テ が 独 逸 国 民 に 告 ぐ に お い て 生 き た 言 語 と 生 命 の 関 係 、 具 体 的 に は ド イ ツ 語 と 民 族 精 神 と の 関 係 を 強 調 し た こ と を 思 わ せ る 。 明 治 天 皇 の 和 歌 を 国 民 聖 典 に し よ う と 試 み た 明 治 天 皇 御 集 研 究 に お い て も 、 国 家 と 国 語 と の 関 係 お よ び 国 精 神 と し き し ま の 道 又 は こ と の は の 道 と の 関 係 を 説 く 際 、 模 範 と さ れ て 多 く の 箇 所 か ら の 引 用 が な さ れ て い る の は 、 フ ィ ヒ テ の 独 逸 国 民 に 告 ぐ で あ る 。 そ の う ち の 二 つ の 箇 所 を あ げ る 。 国 家 が 今 日 の 如 き 悲 境 に 沈 淪 し た の は 主 と し て 宗 教 道 義 の 欠 乏 そ の も の ゝ た め に 外 な ら ぬ こ と を 覚 り 得 た こ と で あ ら う 個 々 の 生 命 の 中 に 始 ま つ た 思 惟 を 一 般 的 生 命 の 中 に 導 き 入 れ る 手 段 中 最 も 卓 越 せ る も の 詩 作 で あ る 。 ⋮ ⋮ 生 き た 言 語 は そ れ 自 身 直 接 生 命 あ り 且 つ 感 覚 的 の も の で あ つ て 、 翻 て は 自 自 身 の 全 生 命 を 描 写 し 又 之 を 把 捉 し 又 こ れ に 働 き か け る 。 ︵ 六 六 | 七 頁 ︶ こ う し た 引 用 を 読 め ば 、 生 命 の 不 可 思 議 さ を 説 き 、 情 意 を 重 ん じ る 甲 之 の 言 う し き し ま の 道 が 、 江 戸 の 国 学 者 た ち の 主 張 よ り も 、 む し ろ 愛 国 的 な フ ィ ヒ テ の 思 想 に 、 そ し て そ の 後 を つ ぐ ド イ ツ ・ ロ マ ン 派 の 主 張 に 近 い こ と は 明 ら か で あ ろ う 。 甲 之 は 、 独 逸 国 民 に 告 ぐ を 早 く か ら 尊 重 し て お り 、 後 に は 、 友 人 で あ っ て 、 第 一 次 大 戦 後 初 の 留 学 生 と し て ド イ ツ に 渡 っ た 一 高 教 授 、 大 木 康 の 訳 を 原 理 日 本 社 か ら 刊 行 し て い る ほ ど で あ る 。 な お 、 甲 之 が 明 治 天 皇 の 和 歌 を こ こ ま で 尊 び 、 国 民 宗 教 た る し き し ま の 道 の 経 典 と す る に 至 る の は 、 明 治 人 と し て 明 治 天 皇 を 崇 敬 し て い た た め だ け で な く 、 国 家 や 戦 争 に つ い て 、 模 範 に な る よ う な 内 容 と 形 式 を 備 え て 和 歌 を 詠 ん だ 天 皇 が 他 に い な か っ た か ら で も あ ろ う 。 明 治 天 皇 は 、 実 は 日 本 上 で き わ め て 異 例 な 天 皇 な の で あ る 。 先 に 見 た 大 正 十 年 ︵ 一 九 二 一 ︶ 五 月 の 親 鸞 と ヴ ン ト ︵ そ の 二 ︶ で は 、 甲 之 は 、 親 鸞 の 宗 教 は 本 来 の 意 味 か ら い へ ば 宗 教 で も な く 仏 教 で も な い ︵ 二 ○ 四 頁 ︶ と 断 言 す る に 至 っ て い る 。 認 識 論 か ら 出 発 し た 仏 教 は 、 イ ン ド ・ 中 国 の 展 開 を 経 て 親 鸞 の 他 力 教 に 至 っ て 始 め て 完 全 に 認 識 論 的 か ら 解 放 せ し め ら れ た ︵ 二 ○ 二 頁 ︶ と 評 価 す る の で あ り 、 親 鸞 の 思 想 は 仏 教 で な く な る と こ ろ ま で 達 し た か ら こ そ 素 晴 ら し い と す る の で あ る 。 か く て 、 甲 之 は 、 い つ ま で も 神 仏 を 礼 拝 し て い て は な ら ぬ と し 、 祖 国 日 本 を 礼 拝 す べ き こ と を 強 調 す る よ う に な る が 、 そ の 主 張 の 正 し さ を 保 証 し て く れ る の は 、 実 は 第 一 次 世 界 大 戦 時 に お け る 西 欧 諸 国 や 社 会 主 義 ロ シ ア に お け る ナ シ ョ ナ リ ズ ム の 勃 興 で あ っ た 。 同 じ く 大 正 十 年 一 九 二 一 ︶ 四 月 の 親 鸞 と 基 督 で は 、 次 の よ う に 説 く 。 今 日 に 於 て は 英 、 米 、 仏 、 独 、 露 等 は ひ と し く 祖 国 主 義 を 国 民 宗 教 た ら し め 、 祖 国 を 礼 拝 対 象 た ら し め よ う と し て を る ⋮ ⋮ 又 残 忍 悲 惨 愛 欲 昏 迷 の 人 生 に 於 て の 基 督 の 献 身 は そ の 五 六 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶ 五 五 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶

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祖 国 と 民 族 と の た め に な さ れ た も の で あ る こ と を 確 認 せ ね ば な ら ぬ 。 そ れ は 忠 義 の 宗 教 で あ る 。 ︵ 一 二 九 | 一 三 ○ 頁 。 初 出 は 日 本 及 日 本 人 ︶ つ ま り 、 現 在 の 西 欧 諸 国 で は 、 世 界 宗 教 や 国 際 主 義 は 時 代 遅 れ と な っ て お り 、 祖 国 主 義 が 強 ま っ て い る と 指 摘 す る の で あ る 。 し た が っ て 、 日 本 も 時 代 遅 れ に な ら な い よ う 、 そ う し た 西 欧 諸 国 と 同 様 、 祖 国 主 義 と な ら ね ば な ら な い と い う こ と に な る の だ が 、 こ の 場 合 、 日 本 は も と も と 祖 国 主 義 、 そ れ も 究 極 の 祖 国 主 義 な の だ か ら 、 本 来 の あ り 方 に 復 帰 す れ ば 西 欧 諸 国 よ り す ぐ れ た 祖 国 主 義 が 確 立 さ れ る の だ 、 と い う こ と に な る の で あ ろ う 。 歴 レ ー ス に お い て 一 周 遅 れ な の か 二 周 遅 れ な の か は と も か く 、 大 幅 に 遅 れ て い た は ず の 者 が い つ の 間 に か 競 争 の 先 頭 に 立 っ て い る こ と に な る の が 、 こ の 種 の 主 張 の 常 で あ り 、 こ れ は 日 本 の 国 家 主 義 者 だ け に 限 ら な い 。 な お 、 キ リ ス ト が 祖 国 と 民 族 の た め に 身 を さ さ げ た と す る の は 、 甲 之 の 右 の 論 文 末 尾 に 河 村 幹 雄 の 基 督 と 親 鸞 の 摘 録 が 付 さ れ て い る こ と が 示 す よ う に 、 同 人 で あ る 河 村 の 議 論 に 基 づ く 。 そ の 河 村 の キ リ ス ト 教 解 釈 は 、 逆 に 甲 之 ら の 親 鸞 解 釈 の 影 響 を 受 け て 22 ︶ い た 。 な お 、 欧 米 に 遅 れ な い よ う に す る と い う 点 に 関 わ る の は 、 甲 之 が 日 本 の 根 本 経 典 と し よ う と し た 明 治 天 皇 御 集 中 の 有 名 な 和 歌 、 よ き を と り あ し き を す て ゝ と つ 国 に お と ら ぬ 国 に な す よ し も が な で あ る 。 普 通 に 解 釈 す れ ば 、 江 戸 か ら 明 治 に 変 わ っ た ば か り の 時 期 に お い て 、 外 国 の 良 い 点 を と り 、 日 本 の 悪 い 点 を 捨 て て 、 日 本 を 外 国 に 劣 ら ぬ 国 力 盛 ん な 国 に し て ゆ き た い も の だ と い う 願 い を 詠 ん だ も の と い う こ と に な り 、 尋 常 小 学 の 国 語 読 本 で も そ の よ う に 教 え て い た よ う だ が 、 日 本 そ の も の を 至 上 の 原 理 と す る 超 国 家 主 義 者 た ち は 、 そ う し た 解 釈 を 受 け 入 れ る こ と は で き な い 。 甲 之 は 、 明 治 天 皇 御 集 研 究 で は 、 こ れ は 外 国 文 化 に 批 判 を 加 へ て 選 択 を 誤 ら ざ り し が た め で あ っ て 、 よ き と あ し き と は 長 短 と い ふ よ り も 、 む し ろ 邪 正 善 悪 真 偽 と い ふ べ き だ と 論 じ て 23 ︶ い る 。 つ ま り 、 あ し き を す て と は 、 外 国 の 文 物 を 導 入 す る 際 は 、 よ く 判 断 し て 邪 悪 偽 な も の を 切 り す て て ゆ き た い も の だ 、 と の 意 に と る の で あ る 。 こ れ が 苦 し い 解 釈 で あ る こ と は 、 誤 ら ざ ら し め む と 言 う べ き と こ ろ を 、 教 育 勅 語 の 之 ヲ 古 今 ニ 通 シ テ ラ ス な ど を 意 識 し た の か 、 誤 ら ざ り し と 誤 っ て 書 く な ど 、 心 の 動 揺 が う か が わ れ る こ と か ら も 推 察 で き る 。 甲 之 は さ ら に 、 教 育 家 の 参 に 供 し た い と い う こ と で 、 同 信 の 友 の 一 人 よ り の 手 紙 の 一 部 を 長 々 と 引 用 し て い る が 、 そ の 手 紙 は 、 よ き と い う の は 日 本 に 用 ひ て よ き こ と で あ り 、 外 国 で は 長 所 で あ っ て も 日 本 で は 用 い ら れ な い も の は 批 判 警 戒 せ ね ば な ら ぬ の で あ っ て 、 実 に わ れ ら の 基 準 は 日 本 そ の も の 、 日 本 の 的 国 民 生 活 そ の も の ゝ う ち に あ ら は れ ね ば な ら ぬ と の 大 御 心 と ひ た す ら か し こ み か し こ み を ろ が み 頂 き ま つ ら し め ら る ゝ の で あ り ま す と 述 べ て 24 ︶ い る 。 右 の 主 張 は 、 む ろ ん 、 甲 之 の 主 張 の 方 向 の 議 論 に そ っ た 解 釈 で あ る 。 こ の よ う に 、 ひ た す ら か し こ み か し こ み を ろ が み 頂 き ま つ ら し め ら る ゝ と い っ た 言 葉 を 無 暗 に 重 ね る 人 物 は 、 卑 下 謙 譲 し て い る つ も り で あ り な が ら 、 実 際 に は 現 実 の 天 皇 の 意 図 を 無 視 し 、 自 ら に と っ て 都 合 の 良 い 解 釈 を 打 ち だ し て ゆ ず ら な い の が 常 だ が 、 右 の よ う に 解 釈 し て も 、 日 本 を と つ 国 に お と ら ぬ 国 に し た い と い う 箇 所 は 会 通 で き な い は ず で あ る 。 だ が 、 そ の 点 は 、 甲 之 の 書 い た も の で は 触 れ ら れ て い な い 。 お そ ら く 、 外 国 の も の を 無 批 判 に と り い れ る と 、 せ っ か く 輝 か し い 伝 統 を 持 つ 日 本 が 外 国 以 下 の 国 に な っ て し ま う た め 、 そ う な ら ぬ よ う 警 戒 せ ね ば な ら ぬ 、 と い っ た 方 向 で 解 釈 す る の で あ ろ う 。 右 の よ う な 過 剰 な 卑 下 と 自 負 は 甲 之 に も 見 ら れ る も の で あ り 、 明 治 天 皇 御 集 の は し が き で は 、 次 の よ う に 言 う 。 さ れ ば 大 御 歌 は か く の み こ そ 謹 解 し ま つ る べ け れ と い ひ 、 研 究 法 は こ れ に こ そ 限 れ と い ふ の で は な い 。 し か し な が ら 誤 れ る 研 究 法 と 解 釈 と に つ い て は こ れ に 批 判 を 加 ふ る こ と を 怠 ら ざ ら む と す る の で あ つ て 、 こ こ に 研 究 の 意 義 が あ る と 信 ず る の で あ る 。 ︵ 三 頁 ︶ 自 の よ う に 解 釈 さ せ て い た だ い て こ そ 御 製 を 正 し く 解 釈 し 、 正 し く 研 究 し た こ と に な る と は 言 わ な い と す る の は 、 御 製 は 深 遠 で あ っ て 、 自 な ど の 能 力 で は 完 璧 な 解 明 は と う て い 無 理 と す る た め で あ ろ う 。 し か し 、 間 違 っ た 研 究 法 と 解 釈 が あ れ ば 無 視 せ ず に 批 判 し て い こ う と す る の だ と 宣 言 す る 以 上 、 甲 之 は 実 質 上 は 、 自 は 正 し い 解 釈 ・ 研 究 法 を 知 っ て い る と 語 っ て い る こ と に な る 。 な お 、 甲 之 は 、 外 国 文 化 を 導 入 す る こ と に は 反 対 し て い な い 。 大 正 三 年 ︵ 一 九 一 四 ︶ 十 月 発 表 の 仏 教 思 想 開 展 上 の 親 鸞 と 如 と ︵ 初 出 は 早 稲 田 文 学 ︶ で は 、 日 本 は 仏 教 を 摂 取 し て 民 族 宗 教 と し て の 神 道 と 融 合 せ し め た か ら こ そ 仏 教 の 進 展 、 国 力 の 発 展 を も た ら し た の で あ り 、 イ ン ド や 中 国 が 停 滞 し て い る の は 日 本 文 化 を 取 り 入 れ よ う と し な か っ た か ら だ と 断 じ て い る 。 そ の う え で 、 仏 教 や 儒 教 が 日 本 化 さ れ た の は 、 日 本 民 族 が 経 験 し た と こ ろ を も の を 外 国 思 想 の 形 式 を か り て 表 現 し た と い ふ こ と ︵ 三 九 頁 ︶ で あ り 、 形 式 に よ っ て 内 容 が 影 響 を 受 け る は ず だ が 、 他 民 族 の 経 験 に つ い て は 日 本 民 族 は 模 倣 反 復 す る こ と は で き な い 、 と 説 く の で あ る 。 甲 之 は 、 大 正 十 二 年 ︵ 一 九 二 三 ︶ 一 月 の 親 鸞 の 宗 教 よ り 開 展 す べ き 今 日 の 宗 教 で は 、 自 ら の 基 準 に 基 づ い て 外 国 思 想 を 摂 取 し 日 本 化 し た 偉 人 と し て 、 聖 徳 太 子 、 親 鸞 、 山 鹿 素 行 を あ げ て 自 五 八 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶ 五 七 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶

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力 と 他 力 の 図 式 を あ て は め 、 欧 米 文 化 を 無 批 判 無 信 念 に 導 入 模 倣 す る の は 、 雑 修 雑 行 の 自 力 聖 道 門 で あ る と 述 べ た の ち 、 以 下 の よ う に 言 う 。 能 動 的 批 判 に よ つ て 選 択 し 取 捨 し て 一 向 専 念 に 自 然 に 随 順 し 情 意 生 活 に 没 入 す れ ば 賤 富 貴 下 智 高 才 の 差 別 を 滅 却 し て 内 的 平 等 感 を 味 ひ う る の で あ る 。 そ れ が 信 で あ る 。 信 と は 体 験 に 基 づ く 批 判 で あ る 。 ︵ 四 ○ 頁 。 初 出 は 日 本 及 日 本 人 ︶ す な わ ち 、 日 本 に お け る 人 生 そ の も の に つ い て は 無 限 に 変 動 す る 不 可 思 議 な る あ り 方 と 見 て 一 向 専 念 に 自 然 に 随 順 す べ き で あ 25 ︶ っ て 、 そ う な れ ば す べ て の 社 会 的 差 別 が 解 消 さ れ て 内 的 平 等 感 が 得 ら れ る と す る 一 方 、 外 国 文 化 に つ い て は 能 動 的 批 判 に よ つ て 選 択 し 取 捨 す べ き で あ る と し 、 信 と は そ う し た 内 的 平 等 感 に ほ か な ら ず 、 ま た 、 そ う し た 平 等 体 験 を 踏 ま え た う え で 、 邪 な 思 想 な ど に 対 す る 能 動 的 批 判 、 つ ま り 論 敵 撲 滅 の た め の 具 体 的 運 動 を 展 開 し 続 け て ゆ く こ と こ そ が 信 だ と す る の で あ る 。 こ の 場 合 、 富 そ の 他 の 差 別 の 減 却 は 、 あ く ま で も 内 的 な も の と さ れ て い る 。 こ の こ と を 示 す 代 表 的 箇 所 は 、 大 正 七 年 一 九 一 八 ︶ 四 月 に 、 吉 野 作 造 ら を 批 判 し て 著 し た 民 本 主 義 の 文 化 的 価 値 の 次 の 箇 所 で あ る 。 歎 異 鈔 に は 法 然 聖 人 の お ほ せ に は 源 空 ︵ 法 然 ︶ が 信 心 は 如 来 よ り た ま は り た る 信 心 な り 、 善 信 房 ︵ 親 鸞 ︶ の 信 心 も 如 来 よ り た ま は ら せ た ま ひ た る 信 心 な り 、 さ れ ば た ゞ ひ と つ な り 。 と い ひ 又 聖 人 ︵ 法 然 ︶ の 御 智 恵 才 覚 ひ ろ く お は し ま す に 、 ひ と つ な ら む と ま を さ ば こ そ ひ が ご と な ら め 、 往 生 の 信 心 に お い て は 、 ま た く こ と な る こ と な し 、 た ゞ ひ と つ な り と あ る 。 此 の 内 的 平 等 感 は 外 的 規 律 秩 序 を 内 に 支 持 す る も の で あ る 。 即 ち 政 治 的 秩 序 、 軍 事 的 秩 序 、 道 徳 的 規 範 を 内 に 支 持 す る の で あ る 。 命 令 す る も の も 、 服 従 す る も の も 、 治 者 も 被 治 者 も 、 平 等 の 感 激 に 生 活 す る の で 26 ︶ あ る 。 す な わ ち 、 大 学 僧 た る 法 然 と そ れ に は 遠 く 及 ば な い 親 鸞 と が 、 如 来 の 前 に 立 つ 信 心 の 場 に お い て 平 等 で あ っ た と い う こ と が 、 す べ て の 平 等 性 の 根 拠 と さ れ て い る の で あ る 。 甲 之 に よ れ ば 、 こ う し た 内 的 平 等 感 を め ざ さ ず 、 社 会 を 理 論 的 に 解 明 し て 外 的 な 富 の 差 の 解 消 な ど を め ざ し た り す る の は 、 さ か し ら な 自 力 聖 道 門 と い う こ と に な る の で あ り 、 国 民 が 皆 な そ う し た 内 的 平 等 感 を 味 わ う よ う に な れ ば 、 一 切 の 争 い が 消 え て 秩 序 が 復 さ れ る こ と が 期 待 さ れ る の で あ る 。 実 際 、 大 正 九 年 ︵ 一 九 二 ○ ︶ 三 月 の 原 理 祖 国 日 本 国 民 的 批 判 力 原 理 と し て の 祖 国 日 本 で は 、 欧 米 の 国 際 主 義 は 東 洋 に 対 す る 侵 略 主 義 で あ り 、 ユ ダ ヤ 人 の 非 国 家 思 想 に よ る と 非 難 し た う え で 、 現 実 祖 国 日 本 の 運 命 に 随 順 し よ う と す る 帰 命 没 入 感 に 活 き し め ら る ゝ と こ ろ の 内 的 信 楽 世 界 さ え あ れ ば 、 一 切 の 対 内 政 策 も 、 労 関 係 解 決 も 制 度 組 織 改 正 も 実 現 せ ら れ 、 対 外 政 策 も 確 立 せ ら る ゝ の で あ る ︵ 三 二 一 頁 。 初 出 は 論 ︶ と 、 夢 想 と 呼 ぶ ほ か な い 断 定 が な さ れ て い る 。 そ う な れ ば 、 小 作 争 議 も 労 働 争 議 も 丸 く お さ ま る と い う の で あ ろ う が 、 甲 之 は 、 仏 教 や 儒 教 の 伝 統 の 枠 内 で は あ る に せ よ 臣 民 の 権 利 を 強 調 し て 民 の 生 活 向 上 を は か る べ く 活 動 し た 鳥 尾 27 ︶ 得 庵 な ど 、 明 治 初 期 の 仏 教 系 国 家 主 義 者 た ち と は 違 っ て 、 小 作 や 労 働 者 の 生 活 を 改 善 し よ う と す る よ う な 運 動 は 一 切 し な い 。 帝 大 法 学 部 や 文 学 部 の 自 由 主 義 的 な 学 者 た ち を 争 議 の 黒 幕 と 見 て 激 し く 攻 撃 し 、 臣 民 す べ て が 内 的 平 等 感 を 味 わ っ て す べ て の 問 題 が 解 決 さ れ る こ と を 夢 見 る だ け な の で あ る 。 甲 之 や 蓑 田 は 、 マ ル ク ス 主 義 を 批 判 し て い た 自 由 主 義 者 の 河 合 栄 次 郎 ま で を も マ ル ク ス 主 義 ・ 無 政 府 主 義 と 決 め つ け る な ど 、 片 端 か ら 国 体 破 壊 の 危 険 思 想 呼 ば わ り し て 攻 撃 し た が 、 甲 之 や 蓑 田 は 乗 右 翼 と 違 っ て 戦 略 の た め に そ う 呼 ん だ の で は な く 、 祖 国 日 本 を 究 極 の 原 理 と し な い 以 上 、 本 質 的 に は 国 体 を 否 定 す る マ ル ク ス 主 義 ・ 無 政 府 主 義 に 等 し い と 本 気 で 思 っ た の で あ ろ う 。 彼 ら は 何 を 見 て も マ ル ク ス 主 義 ・ 無 政 府 主 義 に 見 え 、 西 欧 列 強 や ユ ダ ヤ 人 の 陰 謀 に 加 担 す る 者 に 見 え た の で あ る 。 し か も 、 甲 之 に と っ て 日 本 人 の 凡 夫 同 士 の 平 等 を 保 証 す る の は 如 来 で は な く 、 祖 国 日 本 な の で あ っ て 、 そ の 祖 国 日 本 と 日 本 臣 民 と の あ る べ き 関 係 、 日 本 人 と 日 本 人 と の あ る べ き 関 係 を 完 璧 に 、 そ れ も 芸 術 的 表 現 と し て 啓 示 し た の が 、 明 治 天 皇 の 御 製 な の で 28 ︶ あ る 。 こ こ に 至 れ ば 、 親 鸞 す ら 不 十 と さ れ る に 至 る の は 当 然 で あ ろ う 。 そ れ は 、 親 鸞 が 日 本 に 対 す る 帰 依 を 明 言 し て い な か っ た 点 で あ る 。 大 正 十 二 年 ︵ 一 九 二 三 ︶ 一 月 の 親 鸞 の 宗 教 よ り 開 展 す べ き 今 日 の 宗 教 で は 、 甲 之 は 次 の よ う に 述 べ る 。 抽 象 的 理 論 と し て の 仏 教 々 義 を 日 本 化 す る た め に 親 鸞 は 念 仏 宗 浄 土 教 の 教 理 を 選 択 し た の で あ る が 、 ま だ 阿 弥 陀 仏 の 名 号 を す つ る こ と は で き な か つ た 。 ︵ 五 十 二 頁 。 初 出 は 日 本 及 日 本 人 ︶ そ し て 甲 之 は 、 以 下 の 言 葉 で こ の 重 要 な 論 文 を し め く く っ て い る 。 此 の 本 願 力 と し て の 日 本 意 思 に 帰 命 し 帰 依 す る と い ふ の は 、 日 本 は 滅 び ず と 確 信 す る こ と で あ る 。 現 日 本 の 日 本 人 に と つ て は 反 復 す べ き 名 号 は 祖 国 日 本 で あ る 。 わ れ ら の 宗 教 は 祖 国 礼 拝 で あ る 。 日 本 は 滅 び ず と 信 ず る が 故 に わ れ ら の は か な き 現 実 生 活 も 悠 久 生 命 に つ な が ら し め ら る る の で あ る 。 そ れ が 摂 取 不 捨 で あ る 。 摂 取 し て 捨 て ざ る が 故 に 阿 弥 陀 仏 と い ふ 、 即 ち 摂 取 し て 捨 て ざ る が 故 に 祖 国 と い ふ 。 ︵ 五 十 七 頁 ︶ す な わ ち 、 帰 依 し 礼 拝 す べ き 対 象 は 自 た ち を 見 捨 て な い 六 〇 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶ 五 九 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶

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生 死 興 亡 の 無 常 変 易 原 理 の さ ら に そ こ に 溯 源 す べ き と こ ろ の 日 本 は ほ ろ び ず と い う 不 可 思 議 の 信 を 実 現 せ む と す る の で あ る 。 ︵ 七 頁 ︶ と 説 い て い る よ う に 、 甲 之 は 、 仏 教 の 常 識 に 基 づ き 、 国 家 は 無 常 な 存 在 と え て い た 。 そ れ に も か か わ ら ず 、 無 常 の 法 則 を 越 え た と こ ろ に 、 日 本 は ほ ろ び ず と い う 不 可 思 議 の 信 を 実 現 せ む と す る と す る と い う の で あ る 。 親 鸞 に あ っ て は 信 は 如 来 よ り 賜 り た る も の で あ っ た が 、 実 現 せ む と す る と あ る と こ ろ か ら 見 て 、 甲 之 の そ う し た 信 は 意 図 的 に 選 択 し て 獲 得 す べ き も の と さ 30 ︶ れ る の で あ っ て 、 祖 国 よ り 賜 り た る も の と い う こ と に は な ら な い の で あ ろ う 。 こ の よ う な 日 本 は 滅 び ず と い う 叫 び は 、 ゆ る ぎ な い 宗 教 的 確 信 と い う よ り は 、 西 洋 列 強 に 包 囲 さ れ た 日 本 の 中 で 、 小 作 争 議 や 自 由 主 義 者 た ち の 活 躍 に よ っ て 身 の 置 き 場 を 失 っ て い っ た 甲 之 の 、 危 機 感 に 基 づ く 悲 鳴 の よ う に 見 え る 。 な お 、 日 本 は 滅 び ず で あ っ て 日 本 は 永 遠 な り と い う 形 を と ら な か っ た の は 、 単 純 な 常 住 思 想 と 区 別 し 、 日 本 は 不 生 不 滅 の 存 在 、 常 に 動 い て や ま な い 不 可 思 議 の 存 在 と 見 た か っ た た め で あ ろ う 。 甲 之 は 、 ド イ ツ 好 き で あ り な が ら 、 世 界 に 冠 た る ド イ ツ と い っ た 表 現 は 、 実 体 的 因 果 観 が 残 っ た も の で あ っ て 不 可 思 議 を 信 じ よ う と し な い も の 、 無 限 無 極 の 世 界 に 涯 底 を 見 出 そ う と し な い も の で あ る と 述 べ 、 甲 之 の 文 章 が 一 部 の 若 者 た ち を ひ き つ け 、 親 鸞 に 興 味 を 持 た せ る に 至 っ た の は 、 こ う し た ロ マ ン 的 な 言 葉 に よ る と こ ろ が 大 き い と 思 わ れ る 。 な お 、 甲 之 の 生 命 尊 重 は 、 実 践 に 及 ぶ も の で あ っ た 。 甲 之 は 手 か ざ し に よ る 治 療 を 仲 間 と と も に 実 践 し て お り 、 昭 和 四 年 ︵ 一 九 三 〇 ︶ に は 日 本 及 日 本 人 に お い て 手 の ひ ら 療 治 の 特 集 に 関 わ っ た ほ か 、 翌 年 に は 明 治 天 皇 御 製 二 十 六 首 を か か げ た 手 の ひ ら 療 治 ︵ ア ル ス ︶ な る 本 を 刊 行 し て お り 、 原 理 日 本 社 の 同 人 も 数 人 、 執 筆 し て 協 力 し て い る 。 国 家 主 義 と こ う し た 民 間 治 療 法 の 並 存 と い う 現 象 は 、 鳥 尾 得 庵 と 山 岡 鉄 舟 に 師 事 し た 川 合 清 丸 に も 見 ら れ る も の で あ り 、 注 目 に 値 す る 。 六 同 信 の 友 た ち と 進 め る 永 久 思 想 戦 甲 之 は 早 い 時 期 か ら 西 洋 の 芸 術 に 傾 倒 し つ つ も 、 一 方 で は 西 洋 を 打 ち 負 か そ う と し 、 戦 争 を 礼 讃 し て い た 。 た と え ば 、 大 正 三 年 ︵ 一 九 二 一 ︶ 十 月 に 発 表 さ れ た 世 界 統 一 預 言 者 親 鸞 と 題 す る 文 章 で は 、 聖 徳 太 子 は ⋮ ⋮ 国 際 関 係 を 新 し て 朝 鮮 に 於 け る 勢 力 を 復 せ む と せ ら れ た の で あ る 。 か く し て 民 族 的 文 化 の 世 界 的 文 化 へ の 進 展 、 具 体 的 に は 日 本 民 族 の 世 界 征 服 の 自 覚 の 第 一 歩 を ふ み 出 し た の で あ る 。 ︵ 十 三 頁 。 初 出 は 早 稲 田 文 学 ︶ で く れ る 祖 国 日 本 、 基 本 と な る 信 条 は 日 本 は 滅 び ず な の で あ る 。 そ し て 聖 典 と し て は 、 甲 之 が 明 治 天 皇 御 集 研 究 の は し が き で 国 民 宗 教 経 典 と 称 す る 明 治 天 皇 御 集 が 来 る 。 こ れ が 、 大 正 末 頃 か ら 甲 之 が 構 想 す る よ う に な っ た 国 民 宗 教 で あ っ た 。 阿 弥 陀 仏 と い う 名 号 は 、 祖 国 日 本 に 置 き 換 え ら れ た の で あ る 。 甲 之 は 、 あ く ま で も 祖 国 へ の 礼 拝 、 祖 国 と い う 名 号 の 受 持 と い う 点 に こ だ わ る の で あ り 、 木 村 卯 之 が 提 唱 し て 青 人 草 社 で 用 い ら れ て い た ら し い 南 無 日 本 の 語 は 用 い な い 。 あ る い は 、 阿 弥 陀 仏 が 江 戸 以 来 の 浄 土 信 仰 で は 日 本 風 な 祖 先 信 仰 と 結 び つ け ら れ て お や さ ま と 呼 ば れ て き た こ と を 承 け 、 祖 国 と は 漢 語 で あ り な が ら 、 お や の く に と い う 日 本 語 で あ る と さ れ て い る の で あ ろ 29 ︶ う か 。 い ず れ に せ よ 、 甲 之 は 祖 国 に つ な が る こ と に よ っ て わ れ ら の は か な き 現 実 生 活 も 悠 久 生 命 に つ な が ら し め ら る る こ と に 感 激 し た の で あ り 、 そ こ に 祖 国 に よ る 摂 取 不 捨 を 見 出 し た の で あ る 。 し か し 、 摂 取 不 捨 と は 、 親 鸞 が 新 た な 意 味 を 読 み 出 し た 浄 土 経 典 の 言 葉 で あ る 。 甲 之 に と っ て 、 思 想 の 材 料 は 、 ヴ ン ト を の ぞ け ば 仏 教 に 求 め る ほ か な い の で あ る 。 た だ 、 仏 教 を 慮 す る と な れ ば 、 祖 国 日 本 に し て も 、 国 で あ る 以 上 は 無 常 を 免 れ な い こ と に な ろ う 。 実 際 、 明 治 天 皇 御 集 研 究 の 序 論 が 、 イ ギ リ ス 海 軍 の 重 鎮 、 フ ィ ッ シ ャ ー の イ ギ リ ス は た じ ろ が ず と い う 言 葉 の 方 を 高 く 評 価 し 、 国 家 永 久 の 生 命 は ⋮ ⋮ 否 定 の 形 に 於 て 表 明 せ ら る べ き で あ る と し て 31 ︶ い る 。 こ こ で も 、 西 洋 の 思 想 が 不 生 不 滅 を 説 く 仏 教 と 結 び つ い た 形 で 受 容 さ れ て い る の で あ る 。 こ う し た 立 場 で は 、 変 化 が 激 し け れ ば 激 し い ほ ど 望 ま し い と い う こ と に な ろ う 。 甲 之 は 以 下 に 見 る よ う に 、 早 い 時 期 か ら 動 乱 の 語 を 用 い 、 人 生 を 動 乱 の 連 続 と み な し 、 動 乱 の う ち に 身 を 投 じ て 、 そ の た だ 中 に 生 き る べ き こ と を 随 処 で 強 調 し て い る 。 親 鸞 の 宗 教 は 動 乱 の 宗 教 で あ り 造 の 宗 教 で あ り 新 し き 生 命 の 宗 教 で あ る 。 ︵ 末 燈 鈔 七 三 頁 。 初 出 は 人 生 と 表 現 大 正 二 年 七 月 ︶ わ れ ら は 慶 喜 心 を 以 て 身 を 動 乱 に 没 入 せ し め ね ば な ら な い の で あ る 。 ⋮ ⋮ か く の 如 き を 人 生 の 真 相 で あ る と 教 え た の は 親 鸞 聖 人 で あ つ た 。 全 国 民 こ と に 青 年 は 平 和 の 仮 説 の 上 に 静 止 し て 居 る べ き で は な い 、 生 の 脈 搏 に 信 順 す る 緊 張 を 保 た ね ば な ら ぬ 。 日 本 は 今 世 界 的 人 類 的 動 乱 の 渦 中 に 没 せ む と す る 、 こ の と き 七 百 年 の 昔 の 聖 教 を し の ぶ 心 は 極 め て 切 で あ る 。 ︵ 親 鸞 の 信 と 人 生 の 動 乱 二 六 六 頁 。 初 出 は 人 生 と 表 現 大 正 三 年 九 月 ︶ 六 二 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶ 六 一 親 鸞 を 讃 仰 し た 超 国 家 主 義 者 た ち ︵ 一 ︶ ︵ 石 井 ︶

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