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22(184) 高次脳機能研究 第 36 巻第 2 号 はこれまで上記の 3 回経験している 以後も意識ははっきりしているが, 短時間記憶が飛んだ感じになることがあった 短いと 1 ~ 2 分, 長くて 30 分程度の健忘が起こる 忘れている最中に 何か変な感じがする, ボッとする感じ ということも

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Academic year: 2021

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は じ め に

 急性一過性の健忘を呈する疾患として,一過性全 健忘(Transient Global Amnesia:TGA)がよく知 られている(Hodges ら 1990)。TGA ではてんかん 性の病態を認めないことが特徴の 1 つであるが,一 過性の健忘発作を呈する患者のなかに,健忘の原因 がてんかん性の機序であると思われる一群がいる。 これらは一過性てんかん性健忘(transient epileptic amnesia:TEA)として,その概念が整理されてい る(Kapur 1993,Bartsch ら 2013)。  TEA 患者では,発作時を除けば標準的な記憶検 査であまり成績低下がみられず,全般性知能を含む 他の認知機能検査成績もほぼ保たれる(Butler ら 2007)。一方,発作間欠期にもてんかん発作に起因 すると思われる特徴的な健忘症状が生じることがあ る。加速的長期健忘(accelerated long─term forget-ting)と呼ばれる前向性健忘や,場合によっては数 十年の期間に及ぶ遠隔記憶障害(自伝的記憶の障害) である。  健忘発作だけでなく,発作間欠期にも健忘症状が 生じることがあることから,TEA はアルツハイマ ー病などの認知症と誤診されることがある。しかし TEAは正しい診断,および適切な治療により症状 の改善が期待できる疾患であり,鑑別は重要である。 本稿ではてんかん性健忘と診断された症例を紹介し ながら,特徴的な健忘症状を中心に説明する。 Ⅰ.症例 1  73 歳,女性。高脂質血症以外に特記すべき既往 歴なし。大学院卒業後,教員。  【主訴】もの忘れ  【現病歴】X─19 年頃,会議に向かっている時に, どこに行くのかわからなくなることがあった。その 時には,会議のために急いでいたことも忘れていた。 会議が終わった後に欠席したことを指摘された。ま た X─7 年 5 月,軽いもの忘れ発作があり A 病院で 検査した。MRI などの画像検査では問題なく一過 性全健忘であろうと言われた。さらに X─4 年 1 月, 長電話をしている途中でもうろうとすることがあっ たため B 病院で検査をしたが,頭部 CT 検査で問題 がないと言われた。X─4 年 11 月,短時間の健忘と 気分の悪さが生じたため C 病院受診,脳波で「と がり波があるが,それが原因かどうかわからない。 てんかんとはいえない」と言われた。X─2 年 5 月, 仕事から電車に乗って問題なく家に帰ったが,帰り の 1.5 時間位のことをまったく覚えていなかったた め再度 C 病院受診した。脳波・MRI などの検査後, バルプロ酸ナトリウムが処方されたが,自己判断で 中止した。大きな発作(比較的長時間継続する健忘)

■教育講演

てんかん性健忘

田 渕   肇 * 要旨:急性一過性の健忘を呈する患者のなかに,健忘の原因がてんかん性の機序であるような,一過性て んかん性健忘(transient epileptic amnesia:TEA)と呼ばれる一群がいる。TEA の患者は,典型的には発 作時でも記憶以外の認知機能がほぼ保たれる。発作時を除けば,記憶を含む認知機能検査の成績はあまり 低下しない。一方で,TEA 患者には,てんかん発作に起因すると思われる,発作間欠期に生じる特徴的 な健忘症状もしばしば認められる。加速的長期健忘(accelerated long─term forgetting)などと呼ばれる 前向性健忘や,主に自伝的記憶の障害で現れる遠隔記憶障害(逆向性健忘)である。てんかん性健忘は認 知症と誤診されることもあるが,抗てんかん薬の治療により軽快する疾患であり,鑑別は重要である。本 稿ではてんかん性健忘と診断された症例を紹介し,特徴的な健忘症状について述べる。

(高次脳機能研究 36(2):183 ~ 190,2016)

Key Words:てんかん,一過性てんかん性健忘,加速的長期健忘,自伝的記憶

epilepsy,transient epileptic amnesia,accelerated long─term forgetting,autobiographical memory

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はこれまで上記の 3 回経験している。  以後も意識ははっきりしているが,短時間記憶が 飛んだ感じになることがあった。短いと 1 ~ 2 分, 長くて 30 分程度の健忘が起こる。忘れている最中 に「何か変な感じがする,ボッとする感じ」という こともあるし,後になって「さっきのことが抜けて いる」と感じることもあるとのことであった。日常 生活や仕事上で特に困ることはない。昔のことを忘 れることもない。倒れたりすることもない。健忘の 原因を知りたいとのことで X 年 8 月,当院外来受 診した。  【検査所見】  神経学的検査:特記すべき神経学的所見なし  画像検査:頭部 MRI 上,皮質下に散在性の小梗 塞を認めるが年齢相当,ごく軽度の海馬萎縮あり (VSRAD,Z score = 1.05)( 図 1)。IMP─SPECT 上

で特記すべき所見なし。  脳波検査:発作間欠時に両側前頭~側頭領域を中 心に棘波を認めた(図 2)。  神経心理学的検査:検査成績の低下は認めなかっ た(表 1)。  【初診後の経過】意識障害を含めた他の認知機能 障害等を伴わない健忘発作が繰り返し生じているこ と,脳波上で両側側頭葉を中心とした発作波が認め られること,画像を含めた他の検査所見に乏しいこ となどから,一過性てんかん性健忘が疑われると説 明した。発作性の健忘以外には,発作間欠期も含め 特に認知機能障害の訴えはなかった。これまで発作 頻度が比較的少ないこと,少なくとも最近の数年は 発作による日常生活上の問題がほぼないことから, 本人が治療を希望せず,いったん終診となった。 Ⅱ.一過性てんかん性健忘  TEA は Zeman ら(1998)により以下の診断基準が 図 1 症例 1 MRI T2 強調画像 図 2 症例 1 脳波

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提案されている。①繰り返し確認される一過性の健 忘エピソード,②発作時に記憶以外の認知機能が保 たれている,③てんかんと診断される他の証拠があ る(a.脳波異常,b.てんかん発作による他の臨床 症状が同時に起こる,c.抗てんかん薬に対する良 好な反応)。症例 1 はこれらの診断基準を満たして おり,典型的な TEA と考えられる。  これまで TEA を対象とした多数例の検討はわず かだが,Butler ら(2007)が自験例 50 例,および自 験例に他の症例報告を加えた総説(Butler ら 2008) において臨床像をまとめている。TEA は中高年の 男性に多く(男女比は 2:1 程度),抗てんかん薬に 対する反応が良好である。典型的には短時間(30 ~ 60 分程度)の健忘発作が繰り返されることが多 いが 1 分~ 1 日程度の健忘が続くこともある。しば しば「ボッとしていた」「一瞬記憶が飛んでいた」 などの自覚を訴えるが,同じ質問を繰り返したり, 自動症や幻臭などの症状を訴えることで気づかれる こともある。歩行中に発作が起こる症例が多いこと も特徴的である。発作間欠期には,エピソード記憶 を含めた,意味記憶・視空間構成機能・遂行機能な どの認知機能検査の成績はほとんど低下しない。診 断上,脳波所見は重要であるが,通常の脳波検査で は異常が認められないことも少なくない(約 4 割程 度に発作間欠期の脳波異常を認める)。  発生機序としては,新たな知識の獲得と記憶の想 起に関連する両側海馬~内側側頭葉を含む深部領域 からの放電による一過性の機能障害が推定されてい るが,詳細は不明である。健忘発作時にも合目的な 行動がとれることや意識障害を伴わないことなどか らは,おそらく他の脳領域への影響は少ないと予想 される。 Ⅲ.症例 2  55 歳,男性。特記すべき既往歴なし。大学卒, 現在は会社役員。  【主訴】もの忘れ  【現病歴】X─1 年頃から,突然頭がクラクラする 感じがあった。だいたい 5 秒位で治まるが,週 2 回 位起こっていた。クラクラする前に,胃の痛みや異 臭を感じることがあった。X 年 4 月,急に「会社の 場所,スケジュール」などが,何もわからなくなっ た。前の日のこともまったくわからなくなった。30 分位で元に戻ったが,すぐに近医の脳外科受診をし た。CT,脳波などが施行されたが,特に問題ない と言われた。その後数ヵ月で 5 回程度同様のエピソ ードがあった。この頃から,会社でも短い時間「ボ ーッ」とすることが増えてきた。仕事上でのミスが 増えた。9 月以降は「ボーッ」とする感じは徐々に 改善してきたが,忘れっぽさを感じるようになって きた。X 年 9 月当院外来受診。2 日に一度位,何秒 か「ボーッ」とすることがある。その間の記憶は「ふ っ」と飛んでいる。以前のように,長い時間の記憶 が飛ぶようなエピソードはない。夜はよく眠れてい るが,日中に眠気を感じる。妻によれば「夜中に叫 び出すことがある」とのことであった。仕事は同じ ようにやっており,趣味のテニスも続けている。  以下に,おそらく発作後に生じたと思われる健忘 エピソード,および発作前の出来事に関する健忘エ ピソードについてまとめる。  (前向性健忘を疑わせる訴え) ・昨年の春以降,A ビルに仕事でよく行っているが, 何度行っても行き方を覚えられず,戸惑ってしま う。 ・最近は何度も来ているはずなのに,病院(当院) の入り口から外来への行き方が覚えられない。 ・X 年 3 月に起こった大震災のことをほとんど覚え ていない。地震が起こった時は会社にいて,その 後に家族が集まって一緒に家に帰ったが,震災が あったことも含めてこの日のエピソードをあまり 覚えていない。 ・仕事上で重要な人であっても,次に会ったときに 忘れている。また仕事上の話が,自分だけ何の話 表 1 症例 1 神経心理学的検査(X 年 8 月) MMSE 30/30 レーヴン色彩マトリックス検査 29/36 レイの 15 語記銘検査 6 ─ 7 ─ 9 ─ 12 ─ 12,11 (即時再生 1st ─ 5th,遅延再生) レイの複雑図形検査(copy, recall) 36,28 論理性記憶検査(即時,遅延再生) 12,8 トレイルメーキング検査(A,B) 93s,102s ストループ検査 14s,15s,36s 語流暢性検査 33,40 (語頭音,カテゴリー)

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だかわからないときがある。  (逆向性健忘を疑わせる訴え) ・B ビルに仕事で 10 年位前から通っている。以前 は問題なく行けていたが,駅で降りてからどうや って B ビルに行けばいいのか感覚的によくわか らない。 ・職場のみんなで昔に行った旅行の写真を見ていて も,いつ,どこの写真だか自分だけわからない。 ・小学校からの友人と話していると,学生の頃の話 を自分だけあまり覚えていない。 ・妻と昔話をすると,妻はよく覚えている旅行の話 などがまったく思い出せない。  【検査所見】  神経学的検査:特記すべき神経学的所見なし  画像検査:頭部 MRI 上,特記すべき所見なし(図 3)。IMP─SPECT 上で前方優位のごく軽度の血流低 下を認めた。イオマゼニル SPECT では特記すべき 所見を認めなかった。  脳波検査:治療前は左前頭側頭ないしは両側前頭 側頭領域に棘波を認めた(図 4),治療後はこれら が改善された(図 5)。  神経心理学的検査:治療前は言語性記憶および論 理性記憶検査の軽度成績低下を認めたが,治療後に は論理性記憶検査の成績が改善した(表 2)。  【初診後の経過】  幻臭などの前駆症状を伴う発作性・短時間の健忘 を繰り返すなどの臨床症状,および諸検査結果から てんかん性健忘が疑われたが,当初は服薬加療に対 して本人は拒否的であった。しかし以後も健忘症状 等のため日常生活に支障をきたしていることや,加 療により改善が期待できることなどを繰り返し説明 したこともあり,X 年 11 月から服薬加療が開始と なった。開始直後は少量の抗てんかん薬の服用後に も眠気などを訴えて服薬継続が困難であったが, 徐々に薬物療法の効果を実感し,X + 1 年 10 月か らはラモトリギン 200mg を継続使用した。X + 2 年 7 月からはラモトリギン 200mg +カルバマゼピ 図 3 症例 2 MRI FLAIR 画像 図 4 症例 2 脳波(初診後) 図 5 症例 2 脳波(治療後)

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ン 400mg の服用を継続しているが,X + 4 年にお いて,特に副作用の訴えはない。  治療により,発作性の健忘については「ボッとす る感じ,記憶が抜ける感じはほとんどなくなった」 とのことで,ほぼ改善された。脳波上での改善も認 めた。また,発作間欠期症状と思われた前向性およ び逆向性の健忘エピソードについても,X + 4 年の 時点では下記の通りとなった。  (前向性健忘を疑わせるエピソードについて)  「重要な人でも会ったこと自体を忘れていたが, 顔を含め忘れることが少なくなった」,「当院外来や 仕事で行くビルにも迷わずスムーズに行くことがで きる」などと,改善が示唆される一方,「月一回程 度の国内出張を手帳で確認しても,思い出せないこ とがある」,「最近の大きなイベントのメモを見て, わからない時がある」,「人と会ったことは何となく 覚えているが,時系列がわからない時がある」など の訴えは続いている。  (逆向性健忘を疑わせるエピソードについて)  「10 年以上前の会社の旅行のことを,何となく思 い出せるようになった」,「大学の部活,卒後アメリ カに行っていたことはそれなりに思い出した」との ことだが,「小学校からの友人と比べ,小学校から 高校のことをほとんど覚えていない」,「妻と昔話を するが,やっぱり 30 年位前のことをあまり覚えて いない」など,引き続き欠落している自伝的記憶も ある。 Ⅳ.発作間欠期の健忘症状  症例 2 では,短時間の健忘発作を繰り返すだけで なく,発作間欠期にも健忘に関するさまざまなエピ ソードがみられた。初診後の神経心理学的検査では 軽度の記銘力障害を示唆する所見を認めたものの, これらの成績低下だけでは説明できないような健忘 症状であった。たとえば当初は頻繁に訪れていた当 院の外来の場所がまったく覚えられなかった(しか も外来を訪れた日には外来の場所を覚え,何度も外 来や検査室を行き来できていた。しかし次に来院し た時には,すっかりそれらの場所を忘れていた)。 また,日常生活上のエピソードをよく覚えているこ とがある反面,東日本大震災のような重大な出来事 の記憶がまったくないなど,健忘の重症度に一貫性 がなかった。  TEA 患者では,しばしば発作間欠期にいくつか の特徴的な健忘症状がみられる。その 1 つが加速的 長期健忘(Accelerated long─term forgetting)と呼 ばれる前向性健忘であり,さらに数十年の期間に及 ぶ逆向性の部分健忘が生じることも知られている。 症例 2 にみられた奇異な(通常の変性疾患では認め られないような)健忘症状は,これらにより説明さ れる。  また TEA では発作間欠期に地誌的記憶障害が合併 することが報告されているが(Butler ら(2007)によ れば約 1/3 に地誌的記憶障害がみられたとのこと), 症例 2 においても前向性および逆向性双方の地誌的 記憶障害を示唆するエピソードの訴えがあった。  1. 加 速 的 長 期 健 忘(Accelerated long─term forgetting)  前向性の健忘で,新たに獲得した記憶が 30 分程 度であれば問題なく保持できるにもかかわらず,数 日から数週間経つと消えてしまう(定着しない)現 象である。以前から側頭葉てんかんに伴うことが知 られているが(Blake ら 2000,OʼConnor ら 1997, Kapurら 1997),特に TEA の患者に合併しやすく (Muhlert ら 2010),TEA 患者の約半数程度に生じ ることが報告されている(Butler ら 2007)。  TEA の患者に生じた加速的長期健忘は,症状を よくきくことで確認することができる。上記とは別 の TEA 自験例患者であるが,「海外旅行から帰って きたときは旅行のことをよく覚えていたが,1 ヵ月 経った頃には旅行に行ったことも思い出せなくなっ 表 2 症例 2 神経心理学的検査(X 年 9 月,X+4 年 12月) MMSE 29/30 30/30 レーヴン色彩マトリックス検査 34/36 33/36 レイの 15 語記銘検査 2─7─8─8─8, 5 3─6─7─7─7, 6 (即時再生 1st ─ 5th,遅延再生) レイの複雑図形検査 36, 14.5 35, 18 (copy, recall) 論理性記憶検査 10, 2 16, 10 (即時,遅延再生) トレイルメーキング検査 85s, 95s 93s, 99s (A, B) ストループ検査 18s, 18s, 22s 16s, 17s, 20s 語流暢性検査 27, 40 15, 42 (語頭音,カテゴリー)

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た」といった訴えがあり,加速的長期健忘が生じて いることが示唆された。しかしその一方で,通常の 神経心理学的検査で,これらを捉えることは難しい。 RAVLT(Rey Auditory Verbal Learning Test)のワー ドリストを使用した調査において,加速的長期健忘 がある TEA 患者では,加速的長期健忘がない TEA 患者やコントロール群と比較して,30 分後の再生に 差はないが,1 ~ 3 週間後の再生の成績が優位に低 下することが示されている(Hoefeijzers ら 2013)。  2.遠隔記憶障害  TEA の発作間欠期にみられる特徴的な健忘症状 であり,TEA ないし側頭葉てんかん患者では,て んかん発作が出現する前の数十年に及ぶ期間におけ る,遠隔記憶障害が生じることがある(Milton ら 2012,Butler ら 2011)。個人的な出来事に関する遠 隔記憶に比べ,社会的な出来事に関する記憶は障害 されにくい(Milton ら 2010)。症例 2 においても, 妻や友人が覚えている数十年前のエピソードに関す る記憶がまったくないなど,TEA が生じるかなり 前の出来事に関する自伝的記憶障害を示唆する訴え があった。 Ⅴ.てんかん性健忘の治療  TEA は抗てんかん薬の治療に対する反応が良好 であり,軽快する。さらに治療により発作がコント ロールできるだけでなく,加速的長期健忘について も改善されることが繰り返し報告されている。症例 2においても健忘発作はほぼなくなり,脳波所見も 改善された。さらにてんかんの発症後に生じたいく つかの加速的長期健忘エピソードも改善された。し かし約半数の患者では抗てんかん薬による治療後も 加速的長期健忘が続くと考えられており(Zeman ら 1998),症例 2 も「前に書いたメモを見ても,そ のイベントを思い出せないことがある」など,いま だ加速的長期健忘が生じていることが示唆される訴 えがある。  遠隔記憶障害については,治療により改善された という報告もある(Mosbah ら 2014)。症例 2 にお いても自覚的には自伝的記憶の改善が示唆されてお り,視覚性遠隔記憶検査においても,治療前に比べ て治療後のキーワード得点率が改善された(図 6)。 これらの結果からは,本症例に生じた遠隔記憶障害 は,記憶表象が失われていたのではなく記憶表象へ のアクセスの障害が原因となっていた可能性が示唆 される。 お わ り に  てんかん性健忘の概念が示されてからすでに 20 年以上経つが,いまだ報告の多くは症例呈示にとど まり,多数例による検討はわずかである。そのため, まだ十分な知見が得られているとはいえない。しか し治療可能な疾患であり,認知症との鑑別は極めて 図 6 症例 2 視覚性遠隔記憶検査 120 1970─79 1980─89 1990─99 キーワード得点率 指標 2000─09 2010 治療後 治療前 110 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0

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重要である。さらに,認知症や軽度認知障害患者に てんかんが合併しやすいことは,診断をより複雑に している。ごく最近のことであるが,筆者は軽度認 知障害患者に TEA が合併したと思われる症例を経 験した。この症例ではいくつかのエピソードが認知 症への移行を示唆したが,抗てんかん薬の服用によ り重篤な健忘症状と思われたエピソードが改善さ れ,現在はごく軽度の健忘があるものの,受診当初 と比べると日常生活上の問題はかなり軽減されてい る。初老期以降の健忘を診たときに,「てんかん性 健忘」の可能性も考慮することが,正確な診断につ ながると思われる。 文  献

1) Bartsch, T. & Butler, C. R.:Transient amnesic syndromes. Nat. Rev. Neurol., 9:86─97, 2013.

2) Blake, R. V., Wroe, S. J., Breen, E. K., et al.:Accelerated forgetting in patients with epilepsy:evidence for an im-pairment in memory consolidation. Brain, 123:472 ─ 483, 2000.

3) Butler, C. R. & Zeman, A. Z.:Recent insights into the im-pairment of memory in epilepsy:transient epileptic am-nesia, accelerated long─term forgetting and remote mem-ory impairment. Brain, 131:2243─2263, 2008.

4) Butler, C. R. & Zeman, A.:The causes and consequences of transient epileptic amnesia. Behav. Neurol., 24:299 ─ 305, 2011.

5) Butler, C. R., Graham, K. S., Hodges, J. R., et al.:The syn-drome of transient epileptic amnesia. Ann. Neurol., 61: 587─598, 2007.

6) Hodges, J. R. & Wariow, C. P.:Syndromes of transient amnesia:towards a classification. A study of 153 cases. J.

Neurol. Neurosurg. Psychiatry, 53:834─843, 1990. 7) Hoefeijzers, S., Dewar, M., Della Sala, S., et

al.:Accelerat-ed long─ term forgetting in transient epileptic amnesia: an acquisition or consolidation deficit? Neuropsycholo-gia, 51:1549─1555, 2013.

8) Kapur, N.:Transient epileptic amnesia─a clinical update and a reformulation. J. Neurol. Neurosurg. Psychiatry, 56: 1184─1190, 1993.

9) Kapur, N., Millar, J., Colbourn, C., et al.:Very long─term amnesia in association with temporal lobe epilepsy :evi-dence for multiple─ stage consolidation processes. Brain Cogn., 35:58─70, 1997.

10) Milton, F., Butler, C. R., Benattayallah, A., et al.:The neu-ral basis of autobiographical memory deficits in transient epileptic amnesia. Neuropshychologia, 50:3528 ─ 3541, 2012.

11) Milton, F., Muhlert, N., Pindus, D. M., et al.:Remote memory deficit in transient epileptic amnesia. Brain, 133: 1368─1379, 2010.

12) Mosbah, A., Tramoni, E., Guedj, E., et al.:Clinical, neuro-psychological, and metabolic characteristics of transient epileptic amnesia syndrome. Epilepsia, 55:699 ─ 706, 2014.

13) Muhlert, N., Milton, F., Butler, C. R., et al.:Accelerated forgetting of real─ life events in transient epileptic amne-sia. Neuropsychologia, 48:3235─3244, 2010.

14) O Connor, M., Sieggreen, M. A., Ahem, G., et al.:Acceler-ated forgetting in association with temporal lobe epilepsy and paraneoplastic encephalitis. Brain Cogn., 35:71 ─ 84, 1997.

15) Zeman, A. Z., Bonniface, S. J. & Hodges, J. R.:Transient epileptic amnesia:a description of the clinical and neuro-psychological features in 10 cases and a review of the lit-erature. J. Neurol. Neurosurg. Psychiatry, 64:435 ─ 443, 1998.

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■ Abstract

Epileptic Amnesia

Hajime Tabuchi*

 Transient epileptic amnesia(TEA)is a distinctive syndrome among the patients complaining episodic transient amnesia, and attributable to focal epileptic seizure activity. Typically, cognitive functions other than memory are intact during episodes, and interictal TEA patients frequently perform normally on standard neuropsychological tests. However, TEA is associated with marked persistent(interictal)cognitive impair-ment. Memory deficits, such as anterograde amnesia called “accelerated long─term forgetting” or retro-grade amnesia(remote memory deficits, especially in autobiographical memory)are often described in TEA patients. Epileptic amnesia can be mistaken for dementia, but it is important to distinguish epileptic amnesia from dementia because TEA is treated effectively with anticonvulsant. We described two cases of TEA, and discussed the clinical features of epileptic amnesia.

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