博 士 ( 理 学 ) 定 本 久 世 学位論 文題名
Histological and IVIolecular Biological Analyses of Neural Mechanism for Conditioned Taste Aversion in the Pond Snail Ly7nnaea stagnalis
(ヨーロッパモノアラガイの味覚嫌悪学習に関わる 神経メカニズムの組織学およぴ分子生物学的解析)
学 位 論 文 内 容 の要 旨
動物の学習およびその記憶の保 持に関わる神経メカニズムの研究は,現在の神経生物 学において最も関心の高い分野の ーっであり,脊椎動物・無脊椎動物を問わずさまざま な動物を用いて進められている。 しかしながら,脊椎動物の中枢神経系は膨大な数の神 経細胞から成る非常に複雑なシス テムであるため,「学習による行動の変化一神経回路 の変化―シナプス伝達効率の変化 ー遺伝子発現の変化」といった階層的っながりに沿つ て解析することが難しく,その結 果,各階層に限定された研究または階層性を無視した 研究が行なわれている。一方,カ タツムりなどの軟体動物腹足類は,大きな神経細胞を 含む単純な神経系をもっにもかか わらず,連合学習などの比較的高度な学習を習得する ことが知られている。したがって ,上記の階層性に沿った解析が可能であり,学習行動 の基礎となる神経機構を直接的に見出すことができると考えられる。そこで本研究では,
軟体動物腹足類のヨーロッパモノ アラガイ(Lymnaea stagnalis)を用いて,連合学習の 1っで ある味覚嫌悪学習の神経メカニズムを組織学的および分 子生物学的手法により研 究した。
第1章では,始めにモノアラガイの異なる発生段階における 学習行動の変化に着目し て.行動学的な解析を行った。すでにモノアラガイの成体では連合学習(古典的条件づけ)
のーっである味覚嫌悪学習が成立 することがわかっている。味覚嫌悪学習とは,ショ糖 と塩化カリウムを連続して繰り返 し与えることにより,モノアラガイはそれらの刺激を 連合させ,ショ糖による咀嚼応答を抑制させるという学習である。まず,Meshcheryakov の定義に基づぃてさまざまな発生 段階のモノアラガイを用いて,学習実験に用いる化学 的刺激に対する応答から学習条件 を設定した。刺激の強度はモノアラガイの咀嚼応答お よび殻への体の引き込み応答によ って設定した。その結果,味覚嫌悪学習がモノアラガ イの未成熟な個体においても成立 することが示された。さらに,これらの行動学的解析 から,モノアラガイの味覚嫌悪学 習の学習・記憶過程には,少なくとも3つの段階が存 在することが明らかになった。1)ショ糖溶液・塩化カリウム溶液に対して応答するが,
それらを連合させた味覚嫌悪学習が成り立たない発生段階(St. 25,胚期)。2)味覚嫌悪 学習は成立するがその記憶は長期間保持できない段階(St. 29,孵化直前の胚期)。3)味 覚嫌悪学習が成立し,その記憶が長期間保持される段階(immature,幼体期)。また,これ らの行動実験の結果とともに各発 生段階における自発性の運動能カを計測することで,
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味 覚嫌悪学 習・記憶能カの発達がモノアラガイの生活環と相関性を持っことが示唆され た 。これら の結果から,モノアラガイの味覚嫌悪学習において,発生段階による学習・
記憶能カの変化を明らかにすることができた。
第2章で は,第1章に おいて 見出され た味覚嫌 悪学習 能カの変化を,さらに解剖学的 に 検討した 。まず 第1章 で用い た各発生段階のモノアラガイにおいて,味覚嫌悪学習に 関与する神経飾(脳神経節,口球神経節)の神経細胞数と体積の組織学的な解析を行った。
ア ザン染色 した薄切片を用いて観察を行った結果,まずモノアラガイの胚期から幼形期 に かけて神 経細胞数が著しく増大することがわかった。また長期記憶が保持できる幼体 の 段階に至 ると,成体とほぼ同じ神経細胞数が揃っていることが明らかになった。一方 こ れに対し て,神経節の体積は体長に伴って成長を続けていた。このことから,味覚嫌 悪 学習が成 り立っ発生段階までに,成体と変わらない神経細胞数がすでに存在し,発生 に 伴って細 胞の成長が進むことが予想された。また,モノアラガイの味覚嫌悪学習に関 わ る神経回 路の同 定は電気 生理学 的にも進 んでお り,味覚 情報が脳神経節に存在する Cerebral Giant Cell (CGC)で連合されていること,学習に伴ってCGCから介在神経細胞へ の入カが変化することが明らかにされている。そこでCGCの形態をLucciffer‑yellow染色 に よって調 べた結果,味覚嫌悪学習が成立する幼体期にはその形態がすでに成体と同じ で あること が明らかにされた。これらの結果から,味覚嫌悪学習の成立するためには十 分な神経細胞数が必要であり,その長期記憶の形成には細胞の成長,特にkey neuronと考 えられるCGCの成長が必要である可能性が示唆された。
第1章と 第2章では, 行動学 的・組織 学的な手 法によ り発生によって変化する味覚嫌 悪 学習能カ と中枢 神経系と の関係 を示した。第3章では,学習機構のより詳細な解明の た めに,分 子生物学的な手法を用いて味覚嫌悪学習に関わる神経メカニズムの解析を試 み た。近年 ,学習・記憶形成機構のうち長期記憶を引き起こすメカニズムの中に,遺伝 子 発現によ る蛋白質合成という過程が必要であることが主張されている。そこで,味覚 嫌 悪学習の 遺伝子レベルでの研究を始めるにあたり,重要な働きをすると予想される転 写 調節因子 群cAMP responsive element結合 蛋白質(CREB)に着目した。CREBには,PKA に よってり ン酸化 されてホ モダイ マーを作 り転写 を促進す るタイプCREB1と,CREB1と へ テロダイ マーを 作ること で転写 調節を抑制しているタイプCREB2がある。モノアラガ イ に お けるCREB1遺 伝子 お よ びCREB2遺伝 子のク ローニン グを他動 物の遺 伝子配列 を 基 に行い,cDNAシーケ ンスを 決定した 。またこ れらか ら予想されるアミノ酸配列を他 動 物の配列 と比較した結果,その機能部位において高い保存性が見られ,転写調節因子 と し て の機 能 が よく 保 存 され て いるこ とが示唆 された 。また,CREB1お よびCREB2の mRNA発 現状態 を,northern blot法およびRT‑PCR法を用いて解析した結果,中枢神経系 において高い発現が見られた。さらに,中枢神経系における発現をin situハイブリダイゼ ー シ ョン法 を用い て詳細に 解析し た結果,CREB1は 味覚嫌悪 学習のkey neuronである CGCにおい て高く 発現され ている ことがわ かった 。これに 対してCREB2は多くの細胞で 発 現されて おり,その発現分布に差が見られた。これらの結果から,転写調節を促進す るCREB1の 割合が多 いことか ら,CGCにおい ては他 の細胞と 比べて転写調節が促進され や す い可能 性が示 唆された 。また ,CGCにcAMPを注入 すること で誘導 される興 奮性シ ナ プス後電 位の増 強は,CREBの標的配列であるCRE配列の注入により抑制された。これ は ,学習・ 記憶の 素過程で あるシ ナプス伝達効率の増強に,CREB1が関与することを示 唆するものである。
以 上の研 究結果は,軟体動物腹足類のみならず多くの動物における学習機構のモデル と して重要 な役割を果たし,その神経メカニズムの解明に大きく貢献するものである。
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学 位論文審査の要旨
学位論文題名
Histological and R/Iolecular Biological Analyses of Neural IVIechanism for Conditioned Taste Aversion in the Poncl Snail Ly7nnaea stagyzalis
(ヨしロッパモノアラガイの味覚嫌悪学習に関わる 神経メカニズムの組織学および分子生物学的解析)
動 物 の 学 習 お よ び 記 憶 の 保 持 に 関 わ る 神 経 メ カ ニ ズ ム の 研 究 は , 現 在 の 神 経 生 物 学 に お い て 最 も 関 心 の 高 い 分 野 の ー っ で あ り , 脊 椎 動 物 ・ 無 脊 椎 動 物 を 問 わ ず さ ま ざ ま な 動 物 を 用 い て 進 め ら れ て い る 。 し か し な が ら , 脊 椎 動 物 の 中 枢 神 経 系 は 膨 大 な 数 の 神 経 細 胞 か ら 成 る 非 常 に 複 雑 な シ ス テ ム で あ る た め , 「 学 習 に よ る 行 動 の 変 化 一 神 経 回 路 の 変 化 一 シ ナ プ ス 伝 達 効 率 の 変 化 ― 遺 伝 子 発 現 の 変 化 」 と ぃ っ た 階 層 的 っ な が り に 沿 っ て 解 析 す る こ と が 難 し く , 各 階 層 に 限 定 さ れ た 研 究 ま た は 階 層 性 を 無 視 し た 研 究 が 行 な わ れ て い る 。 一 方 , 軟 体 動 物 腹 足 類 は , 大 き な 神 経 細 胞 を 含 む 単 純 な 神 経 系 を も っ に も か か わ ら ず , 連 合 学 習 な ど の 比 較 的 高 度 な 学 習 を 習 得 す る こ と が 知 ら れ て い る 。 よ っ て , 上 記 の 階 層 性 に 沿 っ た 解 析 が 可 能 で あ り , 学 習 行 動 の 基 礎 と な る 神 経 機 構 を 直 接 的 に 見 出 す こ と が で き る と 考 え ら れ る 。 本 論 文 は , 軟 体 動 物 腹 足 類 の ヨ ー ロ ッ パ モ ノ ア ラ ガ イ(Lyrtmaea stagnalis)を 用 い て , 連 合 学 習 の 1っ で あ る 味 覚 嫌 悪 学 習 の 神 経 メ カ ニ ズ ム を 解 明 す る こ と を 目 的 と し た 。 第1章 で は , モ ノ ア ラ ガ イ の 異 な る 発 生 段 階 に お け る 学 習 行 動 の 変 化 に 着 目 し て , 行 動 学 的 な 解 析 を 行 っ た 。 さ ま ざ ま 顔 発 生 段 階 の モ 丿 ア ラ ガ イ に 学 習 実 験 を 施 し た 結 果 , 味 覚 嫌 悪 学 習 が モ ノ ア ラ ガ イ の 未 成 熟 な 個 体 に お い て も 成 立 す る こ と が 示 さ れ た 。 さ ら に , こ の 学 習 能 カ に は 発 生 に 伴 っ て3つ の 段 階 が 存 在 す る こ と が 明 ら か に な っ た 。1) 味 覚 刺 激 に 対 し て 反 応 す る が 味 覚 嫌 悪 学 習 が 成 り 立 た な い 発 生 段 階 。2)味 覚 嫌 悪 学 習 は 成 立 す る が そ の 記 憶 は 長 期 間 保 持 で き な い 発 生 段 階 。3) 味 覚 嫌 悪 学 習 が 成 立 し , そ の 記 憶 カs長 期 間 保 持 で き る 発 生 段 階 。 ま た , 自発 性 の 運 動 能 カ を計 測 す る こ と で , 味覚 嫌 悪 学 習 ・
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央 郎
一 朗
明 達
雅 悦
野
池
畑
藤
浦
小
高
伊
授 授
授 授
教
教
教
教
助
査
査
査
査
主
副
副
副
言 己憶 能カの 発達が モノア ラガ イの生 活環と 相関性 を持つ こと が示唆された。これによルモノアラガイの 味 覚 嫌 悪 学 習 にお い て 発 生 に伴 う 学 習 ・ 記憶 能 カ の 変 化を 行 動 学 的 に 明ら か に す る こと が で き た。
第2章 では , 第1章 にお い て 見 出 され た 発 生 段 階に おけ る味覚 嫌悪学 習能カ の変 化をさ らに解 剖学的 に 検 討 し た 。 まず 第1章 で 用い た各発 生段 階のモ ノアラ ガイに おいて ,味 覚嫌悪 学習に 関与す る神 経節 の 細 胞 数 と 体 積の 組 織 学 的 な解 析 を 行 っ た。 そ の 結果 ,長期 記憶カ 蹴で きる幼 体の段 階に至 ると ,成 体 と ほ ぼ同じ 神経 細胞数 が揃っ ている こと が明ら かにな った。 これに 対し て,神 経節の 体積は 体長 に伴 っ て成 長を続 けてい た。ま た, 味覚嫌 悪学習 のke neuronであるCerebml Giant Cell (CGC)の形態は,味覚 嫌 悪 学 習カ滅 立す る発生 段階に はほぽ 成体 と同じ である ことが 明らか にさ れた。 これら の結果 から ,味 覚 嫌 悪 学 習 の 成立 に は 十 分 な神 経細胞 数が必 要であ り,そ の長 期記憶 の形成 には細 胞の 成長, 特にkey neuronの成 長が必 要であ る可能 性が 示唆さ れた。
第3章 では , 学 習 ・ 記憶 形 成機 溝の より詳 細な解 明のた めに ,分子 生物学 的な手 法を用 いて 味覚嫌 悪 学 習 に 関わる 神経 メカニ ズムの 解析を 試み た。ま ず,長 期記憶 形成機 構の 中で重 要な働 きをす ると 予想 さ れ るcAMP responsivedem讎 結 合 蛋 白 質 (a皿 ) に着 目 し た 。 転 写調 節 因 子 群 の1っ で あ るCREBに は , 転 写 を 促 進す るQ皿1と , 転 写 調 節 を抑 制 し て い るa皿2が あ る。 最 初 に , モノ ア ラ ガ イ にお ける CREBlお よ びa珊2の 江 )N廊 |Jを 決 定 し ,予 測 さ れ る アミ ノ 酸 配 列 を 他動 物の 配列と 比較し た。 その 結 果 , それぞ れの 機能部 位にお いて高 い保 存性が 見られ ,転写 調節因 子と しての 機能が 保存さ れて いる こ と が 示 唆 さ れた 。 ま た , 複数 の 組 織 で のmRNA発現 状 態 を ノ ー ザン ブ ロ ット 法およ びRTIK:R法 を用 い て 解 听 し た 結果 ,au珊1とCREB2のmRNAは 共 に 中 枢神 経 系 で 高 い発 現 が 見ら れた。 さらに 加伽 /ヽ イ ブリ ダイゼ ーショ ン法を 用い て,こ れらの 遺伝子 の中枢 沖経 系にお ける発 現を解 析し た結果,C(℃に お い てCREBlInI猟Aが 特 に 高く 発 現 さ れ て いた 。Q晒2耐NAは 多 くの 細 胞 で 発 現さ れ て お り , その 発 現 分 布 に 差 が 見ら れ た こ と から ,a℃ にお いては 転写調 節が他 の細胞 より 促進さ れやす い可能 性が 示唆 さ れ た 。 ま た ,a冱B1の標 的 配 列 で あるCl配 歹 |をCGCに 注入 す る と , シナ プ ス 伝 達 効率 の 変 化 が起 こ っ た 。 こ の こと か ら , 味 覚嫌 悪 学 習 のkヴ 鬮lmnで はCI皿1を 含 む 転 写 調節 機構が 働いて いるこ とが 示 され た。
こ れ を 要す る に , 著 者は , 軟 体 動 物 腹足 類 に お いて味 覚嫌 悪学習 の神経 機構に ついて の新 知見を 得 た も の で あ り ,こ れ ら の 結 果は , 軟 体 動 物腹 足 類 のみ ならず 多くの 動物 におけ る学習 機構の 解明 に貢 献 する ところ 大なる ものが ある 。
よ っ て 著 者 は , 北 海 道 大 学 博 士 ( 理 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る 資 格 あ る も の と 認 め る 。
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