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南アジア研究 第29号 010書評・茶谷 智之「小原優貴『インドの無認可学校研究―公教育を支える「影の制度」―』」

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(1)南アジア研究第29号(2017年). 書評. 小原優貴『インドの無認可学校研究 支える「影の制度」 』. 公教育を. 東京:東信堂、2014年、xii+215頁、3200円+税、ISBN 978-4-7989-1223-3. 茶谷智之 すべての子どもに質の高い教育を保証すること。現代インドが直面す る教育の課題である。これまで政府は教育の普遍化政策を積極的に進め てきた。それは確かに就学率の向上にはつながった。しかし、貧困層の 教育機会という面で実態が伴うものではなかった。政府の認可を受けた 私立学校は、英語教育をはじめ質の高い教育を売りにしているものの、 そのターゲットは主に富裕層や中間層の子どもである。貧困層にとって 身近な学校である公立学校は、政府による不適切な学校管理のため機能 不全に陥っている。こうした公教育制度の欠陥を補う「影の制度」の役 割を明らかにしたのが、本書である。 近年、経済成長に伴い拡大する新たな機会を獲得するため、良い教育 を求める貧困層があらわれている。その教育ニーズに応えて拡大してい るのが、 「影の制度」の中核を担う無認可の低額私立学校(Low-fee Private Schools)だ。安い授業料で、認可私立学校とほぼ同じ授業日数やカ リキュラムにもとづいて教育を行う。貧困層の期待に応えて英語で授業 を行う学校もある。本書は、こうした「無認可学校とそこに関わる各行 為主体、そしてこれらの行為主体が無認可学校の存続・発展のために用 いる非公式の規則や手順(影の規則的枠組み)の総体」 (i 頁)を「影の制 度」と呼び、インドの教育における「影の制度」の役割の解明を試みたの である。 これまで貧困層の教育といえば、公立学校の機能不全を解決する方策 を検討する研究[Drèze and Sen 2002]が主流であったため、 「影の制 度」には十分に光が当たってこなかった。しかし、公教育制度から置き 去りにされた貧困家庭の子どもたちにとっては、重要な「教育制度」と して存在感が高まっていたのである。とはいえ、無認可学校は不安定な 立場にある。その多くが零細な経営基盤のもと成り立っている。無認可 であるため政府からの補助金もない。ときにはその存続を脅かす訴訟が 提起され裁判所に閉鎖を命じられることもある。さらには、無償義務教 198.

(2) 書評. 小原優貴『インドの無認可学校研究. 公教育を支える「影の制度」. 』. 育法(2010年施行)によって、認可条件を満たさない学校が閉鎖を強い られることもある。そうした不安定な立場の無認可学校は、なぜこれま で存続し発展することができたのか。 本書が明らかにしたのは、授業料を支払う貧困家庭だけではなく、無 認可学校の経営者、教員、学校統制を司る教育局、裁判所、他の認可学校 といった複数の関係者の利害や思惑、期待が絡み合って、無認可学校が 存続・発展してきたということである。こうした「影の制度」の実態は、 教育統計にあらわれることはない。その実態不明な「制度」の存在を解 き明かすため、著者は無認可学校が広く普及するデリー北東部において、 通算10ヵ月におよぶ現地調査を行った。以下では各章の議論を簡潔にま とめ、インド教育論における本書の意義と課題について述べたいと思う。 序章では、本研究の目的を達成するための5つの課題を設定している。 第1の課題として無認可学校に関連する教育施策と公教育制度の構造的 特徴を分析し、第2の課題として無認可学校の法的正当性、第3から第 5の課題には実態としての正当性を検討するという本書の見取り図を提 示している。 第1章では、第1の課題への回答を通して無認可学校が存続・発展す る背景を描いている。量的拡大を重視した教育施策は、就学率の向上に は貢献したものの、十分な訓練を受けていない教員で成り立つ公立学校 の機能不全を招いた。そこでデリーでは、私立学校を模倣するかたちで、 教授言語の英語化や一貫校化などの「州」立学校改革が進められた。そ の結果、デリーの学校制度は、英語を教授言語とする私立学校を頂点に、 改革が行われた「州」立学校、機能不全を抱える都市自治体学校という 順で序列化していることが示された。 第2章では、認可条件を満たさない無認可学校の閉鎖を求める訴訟を 題材として、デリーの無認可学校の法的正当性について検討している。 2008年にデリー高等裁判所は、商業的な利潤目的の無認可学校の法的正 当性を否定し、デリー教育局に対して一定期間後に無認可学校の閉鎖を 命じる判決を下した。それに対して、認可私立学校の多くが加盟するデ リー私立学校協会は、無認可学校が質の高い教育を貧困層に提供し、低 所得地域における公立学校の機能不全を補っていることを主張し、最高 裁判所に当判決の執行猶予を求める特別許可訴状を提出した。その結果、 最高裁は政府が無認可学校の統制方針を最終決定するまで無認可学校を 199.

(3) 南アジア研究第29号(2017年). 閉鎖しないように命じたのである。その後、政府は統制方針の策定を怠 り、結果的に無認可学校の閉鎖の危機は回避されたのである。ここで注 目すべきは、私立学校協会に加盟する認可私立学校の経営者のほとんど が無認可学校も経営し、その閉鎖は認可私立学校および私立学校協会に とっても重大な問題であったということである。 第3章では、調査地域に展開する無認可学校9校の組織構造に関する 分析を行っている。無認可学校は、その存続のために正規の学校とほぼ 同様のカリキュラムや授業料免除制度を導入する一方で、貧困層の子ど もの状況に配慮して、正規学校の入学手続きを逃した生徒を随時受け入 れたり、生徒が落第しないように試験を作成したりと非公式の規則や手 続きを用いていることを明らかにした。 第4章では、保護者の学校選択が無認可学校の存続や発展に果たす役 割を検討している。保護者の学校選択は、公立学校の実態を理解したう えで、無認可学校における教員の保有資格や認可状況よりも、英語教育 の実施や子どもとの関わり方を重視して行われていた。もっとも、無認 可学校には保護者が学校の質の改善に向けて意見を述べる仕組みが設け られていなかったため、保護者は授業料を支払うことで無認可学校の存 続・発展に寄与する一方、学校の質向上という点での役割は果たしてい ないことが明らかにされた。 第5章では、無償義務教育法による無認可学校の法的正当性の否定が 「影の制度」に与える影響について検討している。無償義務教育法の施行 によってデリーの無認可学校は再び閉鎖の危機に陥った。そこで私立学 校協会は、公教育制度を所管する人的資源開発省の省長やデリー首相に 対して認可条件の緩和を求める提案を行った。具体的には、無認可学校 の認可取得において障壁となる教員給与に関する条件緩和を求めたので ある。それを受けて省長はデリー首相に条件の見直しを要請した。その 結果、デリー学校教育法規検討委員会が設置され、認可条件の緩和が認 められたのである。著者は、こうした教育制度の正規化に向かう現状に おいて、無認可学校が認可を得ることができたとしても教員の質向上が 課題の1つであることを指摘している。 終章では、デリーの無認可学校に対する多様な関係者の見解と関与の あり方が整理された。利潤のために無認可学校の存続を求める認可私立 学校の経営者、半日で終わる仕事に満足する子育て中の女性教員、英語 200.

(4) 書評. 小原優貴『インドの無認可学校研究. 公教育を支える「影の制度」. 』. 教育に期待する保護者、政府の代わりに貧困層の教育ニーズを満たして くれる無認可学校を実質的に擁護する教育行政官など、複数の関係者の 利害や思惑、期待の集積の上に無認可学校は成り立っていた。最後に、 こうした「影の制度」が、機能不全の公立学校や、富裕層や中間層のため の認可私立学校からなる公教育の限界を補う役割を果たしているという 結論を提示している。 以上のように、インドの教育における「影の制度」の役割を解明した 本書が果たした学術的貢献の1つに、教員の質向上が今後の教育分野の 発展を左右する鍵となることを指摘した点がある。これまでの研究では、 無認可学校が貧困層の子どもに質の高い教育を提供しているとする推進 派[Tooley and Dixon 2007]と反対派[Härmä 2011]に議論が分かれていた。 この対立は、教育の普遍化は市場を通じて実現すべきという立場と、国 家が担うべきという立場の対立でもある。しかし、現代インドの教育分 野では、市場か国家かという二分法ではなく、市場も国家もそれぞれ異 なる役割を果たし連携することで教育の普遍化を実現するガバナンスの あり方が重要なポイントとなっている[Mathur 2010] 。そこにおいて本 書が指摘したのは、無認可学校の閉鎖が進められることで貧困層の子ど もが公立学校に流入したとしても、認可条件が緩和されて無認可学校が 認可学校として存続したとしても、いずれの場合も、教員の質を改善し ない限り子どもの権利保障にはつながらないということである。それは、 教員の質という観点から国家−市場の二分法をのりこえ、教育をめぐる ガバナンスのあり方を検討する視座を提示した点で意義があると考えら れる。 こうした意義を認めた上で、本書の議論について2つの課題を指摘し たい。第1に、無認可学校の存続危機の回避に重大な影響を与えた私立 学校協会についてである。私立学校協会は、デリー高等裁判所による無 認可学校の閉鎖命令の執行猶予を求め、最高裁判所に特別許可訴状を提 出している。また、無償義務教育法が施行された際には、人的資源開発 省の省長とデリー首相に認可条件の緩和を提案している。そしてどちら の場合も無認可学校に有利な結果を導いている。では、そもそも私立学 校協会の主張はなぜ最高裁判所に受け入れられたのか。なぜ省長やデ リー首相という有力な人物に会うことができるのか。なぜ提案がいとも 簡単に受け入れられたのか。私立学校協会が無認可学校の存続を左右す 201.

(5) 南アジア研究第29号(2017年). る重要な役割を果たしているからこそ、本書において、この協会が有す る政治力の実態が分析されていないところに不十分さを感じてしまう。 協会の具体的な構成員は、政治家とのつながりをもつ人物なのか。協会 の構成員とデリー学校教育法規検討委員とは何らかのつながりや利害の 一致があったのか。私立学校協会の政治力をより詳細に描くことによっ て、無認可学校の存続・発展を支える「影の制度」の議論を精緻化する ことができるのではないかと考えられる。 第2に、無認可学校を利用できる貧困家庭の属性についてである。本 書は結論部分で「授業料の安い無認可学校は、こうした公教育制度の穴 を埋めるものとして、貧困層のニーズに応じた教育を自発的におこなっ てきた」 (184頁)と述べているが、 「貧困層」と一括りにまとめて結論づ けることは妥当なのかという問題である。本書は冒頭部分で、デリー教 育局が経済的弱者層と認定する年間所得10万ルピー(月間所得8,333ル ピー)以下の者を貧困層の定義として採用している。加えて第4章にお いて無認可学校を実際に利用する貧困家庭の保護者の所得や学歴、家庭 教師の利用の有無によって貧困層の属性を特定する作業をしている。確 かに無認可学校の利用者の世帯月収は本書の定義する貧困層の範囲内に 収まっている。したがって所得のみでいえば貧困層のニーズを満たして いるといえる。しかし、全国標本調査(2014年)から 6-14歳の就学状況 を推計した研究では、就学者に占める無認可学校のシェアは2.61%とか なり低いという指摘もある[ 田 2017] 。また、本書の調査地域は、デ リーの中で最も識字率が低く、現地調査で利用された質問紙を読むこと も回答することもできない貧困層の人々が多くいるはずだ。さらにこの 地域には、ヒンドゥー教徒のみならずムスリムも多く、多種多様なカー ストに属する人々も暮らしている。それにもかかわらず、本書では無認 可学校を利用する貧困層の詳細が十分に描かれていない。学校選択にお ける保護者の情報源について本書が指摘するように、 「最も頻繁に聞か れた情報源は、近所の友人・知人や親戚であった」 (139頁)のであれば、 中間層の知人や友人がいる貧困家庭のみが有益な情報を手にして無認可 学校を選択できる可能性もある。無認可学校を利用できる貧困層という のが、どのような地域で誰と付き合い、いかなる生活をしている人々な のかを描くことで、インドの教育における「影の制度」の重要性をより 鮮明にすることができたと考えられる。 202.

(6) 書評. 小原優貴『インドの無認可学校研究. 公教育を支える「影の制度」. 』. 以上のような課題は指摘できるものの、本書が提示した「影の制度」 という切り口は、教育の現場に限らず、無認可によって支えられている 保育、福祉の現場にも応用することができる可能性があり、本書の射程 は私たちが暮らす地域へと広がるものとして読むことができる。. 参照文献 Drèze, J. and Sen, A., 2002, India: Development and Participation, Oxford: Oxford University Press. Härmä, J., 2011, Low Cost Private Schooling in India: Is It Pro Poor and Equitable? , International Journal of Educational Development, 31-4, pp. 350-356. Mathur, K., 2010, Governance as Networks: Emerging Relationships among the State, Business and NGOs in India , Indian Journal of Human Development, 4-2, pp. 253-279. Tooley, J. and Dixon, P., 2007, Private Schooling for Low-income Families: A Census and Comparative Survey in East Delhi, India , International Journal of Educational Development, 27-2, pp. 205-219. 田祐子、2017、「公立校における義務教育. 基礎教育普遍化と私立校台頭のはざまで. 」、. 佐藤創・太田仁志(編)『インドの公共サービス』、日本貿易振興機構アジア経済研究所、 165-201頁。. ちゃや ともゆき ●帯広大谷短期大学社会福祉科. 203.

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