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7 三
明治三十七宰六月二十三日面行
←﹂全命日歯軸硬讐
食置曾墨專期膨梨公會
い︷︵へ︵︵︵
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のへ 十全會雑誌第三十四號目次
O原著及實験
O鼻病ヲ論ズ
一〇糖尿鑑識ノ一法タ〃≒蝉一2三・
ゴ翌二同費6計 ど肖●ご浄・︒ 特別一員
O死後八週︵?︶ヲ経テ娩出セル
圃ハへ一
︿︵一 女性三見ノ O漫○藻臨塒宵孕:・:・:::O閑筆⁝⁝⁝⁝⁝O支那碧界之前途 ム頁
特別曾員 本 田 一一一 郎
一例 特別曾只
録⁝⁝− ⁝
● ● . ・ ● ・ ● ● 9 ● ● ● 9 ρ . 9 . ● ●
● ■ ● ● ● ● ﹁ ︐ ● ● ■ O ■ 曾 ● O O ● ● O ■ ● ■ . ● O
・ ● ・ b ● ・ ● 噛 . . ・ 噛 ■ ■ 噛 ・ 噂 ● 噛 島田吉三郎入 田智 証
三一頁
::・::::・:::::::::一風 山 門兄
⁝⁝⁝雨 橋︑
⁝⁝⁝支那留學生王室著
0會報⁝・⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝三七頁
○入事回報O第三十一回講談會○第三十二画講談會Q弓術部春季競射會〇
十全曾講話部第三三一會○雑誌部雑報・圖書の購求・石川教授の寄贈・高安搏
士覗賀會の寄贈・有壁一雄君の退校・上野忠君の雑誌部委員再任・第三十四號
編輯曾○干葉讐學曾雑誌休刊O小四⁝俊三氏へ寄贈○山碕教授蹄校式.○山碕
教授の敷迎會○三巴年の科業終了○提灯行列○下挙教授の寄贈O入子志望
者O本校入詞者旧格検査及選拭試瞼σ同窓大懇親曾及圖書寄附
O通︑信⁝⁝⁝⁝⁝⁝・−・駅⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝五二下馨奪 O會告⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝垂責0寄購及交換書口︵其一︶O寄購及交換書U︵其一一︶〇十全會會費領敗 O廣告○同憲懇親會會計報告
Ψ重︽;血・爪
︑一︑︑ーー〜ぐノ㌦/〜〜〜〜〜/〜/ノ〆/〜/〜〜〜〜一〜ノ〜5〜〜〜﹁〜〜〜ーーへ蜘⁝皿 ︷ 〜一 ●期満ち口任了へ將に去ら︑んとす●
回︑顧要三
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幽冨量置鵠隅聞剛蛮鴇駒=鵠一一=峯嵩諾隅昌=皆罐富臨踏=謬蛮幽富噛噛監繭自h隔穐乳下P 襲 録
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ざよ︸類σQO吋霧は︒のま目Φ陣︒︒ごΦ暮2夢諺目巨Φ導口Gq≦○乙︒・・
と説き通じづΦ巴Φ蓉も護速鋳︒・︒旨Φ筐βσqぎ六野財鍔旨σq・
と云ふ団謁蔚げ鷲・イΦ菩もあるうら僕は今迄沈黙忠義を
取つだが雑誌部委員から何で竜卒・素無して居る・とがあっ
だら投書せよとの話もあり箏曲富跨津σq蓼σ◎試巨○お
基Φぴ=夢昌簿ω♂Φ℃貯σQぎ⇔ε孟ふ語もあるから僕老ほ のんの出平縫を書き拝べて諸震の笑草に供するととした
◎本誌前々號所載の交友茶話に於て無菌生が濁乙語の必要を説いた文中﹁凡狂語言︽早期に限るよ毎朝上分位宛
でよいから熱心に規則正しくやって見給へ云々﹂ざあるが僕は大に賛戒だ朝の時聞の貴ぶ可く儂値あるこ正平同
ぎ葭貯些①冒膜様σq按ジ.・罵餅薯・げ昏①9︑窪凶謎.叉必
臼宮旨︒露営σ隻げ○葭︸彰ωσQO郵貯陣短日Q暮︸ド巴云ふ英諺で
も知るとが出血る画筆學に忠盗る神器よ毎朝少し我慢し
て 唐津銘盤景Φ⇔して一意專心霊虚語をやって二品へ斯學の進歩磯蓬は實に大なる竜のだろ1是法によって吾
々は皇霊⇔匹9の云つ允思うに4.宏①ご量り且つ︸冒窒詳げ を保つとが出遷るだ.ろ1藝妓に三回線兵士に銃砲が必要敏く可からざる如く吾々馨學生には濁花齢は毒Φ暮びΦげ邑魯である或人ゲ濁乙藩の讃めないものは廿世紀の記者たる資格がないと云ったのも強ち過言でもあるまい是の必要不可敏的の濁逸語が我身に於て微々εして振由ないの7■如何う云ふ理由だろ一か其の臣①註︒げ鵯Φ︽代数學の多元多次方程式の根ご同襟只一つではない必ず数多の源因があろう即之ち專門醤學研究の多忙︑語學授業時間の僅少︑學生大部分の斯學不熟心︵勿論一部分非常に熱心な人あるけれごも︶等は原 へ ぬ わ あ ゆ ゆ や や む マ因中の圭なおものだろi併し僕は術一の大なる酒毒が溝へ ゆ ヘ へ や ゆ やロ ヤ伏してあると思ふ其所で譲霧窓壁掛なる穿諮Φを登︑ぜられると明答する・と.は少々︑謙るが諸君は自ら容易く此︑ り り ワ ザ ハり¢方程式の根を見出すさが撮覧る︑否既に群薄は解朗さ れてあるとこ信ずる︑兎に角我校燭乙語界の寂塞は大に.悲む可きとではないか︒萄も他日刀圭界にきる入あをご知らんとを期する青雲の士に僕老切に忠告する騒起奮働以て語歴を修めよ勤勉せよ怨比せよと僕の此忠告が御氣に召さん入は乞ふ次の句を諦し給へ 臣無ゑ8富語序○匿著Φ︸8ヨρ島︒︒︒Φ註ろ器鑑騨.白$↑ 目げΦ詳庁霧跡 ︵UOぎ統○匿︶ 団葺窃8謎夢Φ冨嘱○隔8暮2昏 ︵峯ひ︒BΦじ
︵漫 録︶
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︵漫 録︶三二
踊躍,十.星置蘭難會癒十 寸紹介しよ一其れは昨年夏休み中の出家事であった某港 O鼓に僕が大にギ酬躍図だらざるを得なかつ泥一事を一 房Φ津︸・︵ω○︸8︶ ︸創泣8宏冨○叶乱多μ謎岩Oa覧Φ塁琶倉げ暮透戸暮一︒・冨○馨 レ酔夢①げ○零050閏鹿幕昌︒Φ溶口Φ碧窪︵閑oH5Φ目︶
へ燭逸軍艦が入港しだので僕は一友人を誘ふて見物a出
かけ力庭が是の友人はさも楡快さうに得意になって流調
なCO薯①話暮ご昌をやるので僕も痩我慢を出して少し話し
かけπが毛唐の語に所々鋼らないεがあるので二瀬ど無
念の情に堪へなかつだけれとも僕n時々H︒げζ巨巳︒洋
ノ︑福長︸δ⇔.切岸Φ器σQ窪β○魯Φ首皆巴をやらぎるを得なか
った之れにはいくら負け嫌ひの僕も大にキャフンだった
のである僕はど一してぢんなに巧く會語をやれる榛になったかと尋ねたら彼老懸畑万丈ご云ふ元氣で斯−云つ陀﹁ナー二
君︑僕は君の七つごる蓮う中學時代には語學は一番嫌だ
つださi虞ゲ某校へ入ったら食逸語の敷師が非常に嚴重
に暗語交法會話追窮等をびしノ\やらせるので始めのう
ちは大に閉口し差が仕方なしに文法書に噛ちり付き字書
と首つ引してやって行ったさ併し其中に濁乙語のカもつ
き自然に興昧を戚じて異る様になつだので釜勉強し今で
は語學み一番好きになってね一睡法ではないが濁逸會語 なんかも一通りはやれる様になつカよご﹂彼は爾ほ語を﹂讃けら云ふ標﹁ナー君中學時代の英語敷師が今少し嚴格にやって呉れだんだっだら英語の立話も少し位はやれるだろ一ざ思ふに怨むらくはど一も敷師が徐ウ冤大平氣過ぎカからな一ご﹂僕は彼を責めて云つ力 跨巳①目︒︒o⇔は云つ控じゃないか 頃蓉ω鴛Φσq宥Φ戸ぴ顕爵Φ▽︑鎚Φβ○即自器冨山●ε中學時代には英語の時間は充分めつて所謂野暮︒︒ハ與へられて居つ尤だから君が其時勉強して翼暮ωを自き冨屡すればよかったのだ其れに罪を算師に蹄して怨むなんて我田引水も實に甚だしいじゃないかと我事老辮解して云った﹁成程さう君の様に眞面目に云はれれさ一言もないが併し君學生ご云ふものは兎角遊びたくって仕方のないものだからね1其れを敏師が嚴重にやってころ始めて普瀬に勉張するんだもの︑うれに激魁偉ずるけた日及や堪つカものじゃないよ﹂と僕は彼の辮解もあながち一理なきにも非すと思つπので之で攻撃を止めたO中藍時代のεを全いだので思ひ出し泥とがあるから一寸書かふ其れは僕が中學にありπ時︑或激師が可なう重症の脚氣に罹σたので當時未だ其の例か少ないのに拘は
らず人力車を鵬って登校し小使の肩に僑りの︒巨Φ嬉窪し
騙…、哩一ナ、、琴:〜鱗i_講.弊.曾、.轟・…ナ:__.
つ\辛じて敏室ぺ來て講義された之を見兼ねた生徒の認
る一人之先生の病氣が輕労する迄欠勤して自宅にて充分
に静養されんとを乞ふた︑時に先生道容を正して斯う云
ハれた
﹁敏師の僅々一日の欠勤は生徒撒百日の欠席に搾るから﹂
ε先生が類語を聞きて僕等之戚謝の涙に個んだのみなら ぬ へ あ ゆ や め や ぬ へ みず今爾ほ其徳を景慕するのである僕︽濁点語又は臨床講
あ ぷ ゆ ゆ ゆ め ゆ ぬ へ ゆ わ ゆ ゆ ゆ へ や ぬ へ む ゆ ぬ あ へ ぬ や義等の時間よ是語夕蝉ひ出して思はず長恨大息するとが
へ や へ屡ある除りっ譲らないとを長く書いて貴重な錐誌のページを占傾するのは︐恐れ多いから僕は切Φ嵐讐旨学き臣冨
の云つ力一余響を以て筆を欄⁝かう
属︒昏獣σ脅Φ図象ωΦo隔亀も自認︒ε巴5・ ︵完︶
○閑 筆
画砂上の記 雨 橋 ︵ 四月二日︑金石の波打際を千鳥の襟に足跡つけし男五人
あウき︑何れも黒洋服︑黒帽子εいふ打装なれど︑鵜のバ︐翼翼も識來繋顧る輩なるべしQ吾の此庭へ愉しは継れに
て三度踵なれば︑四邊の風物既に親しき懐\︑珍らしう 畳ゆまじと︑燈豪の立てる砂丘を上る時は思ひたウしも︑
次第a現之れき尤る水隈線の︑塞と別ち難きまで打ち霞 みつ㌦︑霞の奥の奥の霞に︑船主黙の夢ご争うや︑絵りに和らぎたる海のあもては︑懐かしうも坐る南海の岸の俘べられて︑蒼把の遠かだに︑憧る\塵の子の胸も灘けく︑左右前後の塞購を濁り占めて︑吾が脚の立つ此の土.は︑幾億万の入闘が︑生れ死に︑喜ひ悲しみ︑璽ひ闘ふぢれなるやを疑ふまで︑砂上の吾ハげに聖かりき○乾きだる砂に五入事相者しつ○波の花の︑寄せては砕け︑即けては散り︑眞砂を洗ひ貝を動かし︑劫初の朝より無限の過去を無限の未帯説ひく可く偉大なる﹁働き﹂のモデルの前に︑弱く力無き入の子は︑小さく落つる吾が影を哀み︑酸氣を含む洋風を襟に入れて︑胱然ごして心の行衛を忘れカりき○雪の如く置一斗なる鵬一朋瓢ごして顯れ︑吾等が前を過ぎて蓬かになり行くなべに︑編は黙の如く翼は上下に弓形の線こなり︑やがては能漿の岬の朦々駈るのみ︑望み塞・しく迷ひ了ん臓︒鳥の影の失せし時︑船路の跡の絶ねし時︑何εは知らず入生の僻なさを畳へて︑永遠に薦む戦ぎ吾が生の三三を︑奈何にしてかはこ思ひ回らす竜︑曹だ奮うなりまさる夕野の末の︑畳束なさは彌や一歩ε深ふなりて︑自らだにも認め難き吾が姿︑癒雛大事翼竜何ならす︑不可能と何−ならす○
︵漫 鋒︶三三
︵漫 録︶掻﹁
號四十三第講難會蛮十木枯亡霊馬町の寂蓼︑水音は十三問町の四字突に飽きて︑ く 劉わが宿の記 ければざ︑一入趨ち︑二人起ちて︑五つの面冷北に向ひ澱︒ で竜青海自砂の好設しけれど︑河北潟の勝に飢ゆる久し 親しき限りの吾等五入︑心ご\うに歌ひ語ウつ︑何時ま なりけむ○ 吾れ何物をも思之す考へず生ける屍なりと笑ひしは︑稚 入間の義務を道るは稚︑宗敷の慰安を説くは稚︑而して 髭力らずや○ 鳴呼これ︑暖き血と︑懸の誠の榮ゆる︑南濁逸の佛に髪 霞は疇と共に退逸︑室は群青の匂ひ参深かる○ 天巧の讃美に︑入鰍し︑吾黙す︑静かなる世にも有る哉○ る\渠等は︑羨腰る\趣きや︑將控︑何をか羨む可きや? 此慮よ生ひ此腱よ終る︑禽然の運命と境遇とに左右せら の嬢の︑背に幼きを負ひ弟ご手を結びて嬉し氣に急ぐ︑ 今ひき上げし網の目に獲る小魚を桶にとりて︑十三許り
此の寓に移りしは︑こごし三月一田なり︒
鬼もこ諏犀のかはらを南に一町ばかり︑泉野神枇を前にしてくるしき時の頼み込よく︑裏合せに寺と績きて成下
の縁に漏るまとかめゆ︒
愚いさ\か塞ムで︑塵ほどの心配竜彿はず︑天井低うして
謹愼の美徳を養ふ︑窓を押せば紳琵の大豊は若葉の匂ひ 凍し氣に天を隠し︑雀鼠壁を憂へず︑休事毎に威あむ夷︒足袋屋は前にあれど未だ履き倒したることなく︑隅前に密柑の山はあれど勿化訪問の榮に接せず℃此室の生人︑.入溝孚生をのらりε暮して︑控や夜の明けやすきよ驚く︑然れども︑快の塵に一片の落英はあウQ 勘喪家の狗喪家の狗あり︒吾が近傍を假りの宿として食を拾ひ痴りく︑肉落ちて骨あらはに︑四脚枯折︑背毛離脱︑汚職讐へむざするに難し︑紫班傷痕︑濃汁固血︑見るからにわが眼は紳経を激して顔を掩はざらむも得ず○あ\哀れなる狗︑うも何腱よ・9︑何なれば此腱へは迷ひ來つるタ君生れにけむ宿のあるじの無情よりか︑自ら好むで留るなるか︑養ひ難しごて捨てたるや︑心なきが爲めに捨てにしや︑今を去る二月︑泉野神遊の榎の柵に荒縄もて結びあうしごか○未だ生れて通なき身の︑時に雪降る晩冬の冷風に御しては︑濫き臥床乳房もなきに︑夜すがら泣きて泣きてけむ︑圓かなる夢破られし入の︑さすがあはれと縄解きしあした︒
是れ有る載︑萬有の中に立ちて濁り超然こして難界の覇
__號_圏_:=ヒ.、.纂.第.藻断楚焦色..熟式ヒ.....、
を以て誇るもの︑縄にて結ぶ之入間を措きて何かある︑
他の縄をごきやらむ者︑馬もなし能はヒ︑牛もなし能は
じ○渠は謝し膿︑情ある入の手に飛び上りてあまだ二面き口づけをなしぬ︑切れよと許う細き尾は左右に振ひ綴○
身膿の語学︑精神の自責︑渠はいま双ながら得たム︑弍
ば次いで何を求めむずる︒.
哀憐の心は幼き入聞の胸に閃ひて︑小さき手よう菓子を
輿へき︑残飯を輿へき︒
渠は肉と骨の幾育を得て幼学は漸次長大に向ふ可く︑明郷養燈砦膏油を得し思ひあうしも・
不運の潜む駈︑乱落の機能だに蕾だ塞がりし○
犬を愛する家はあり︑家はあれども既に愛犬の齎に眠る
を奈何せむ︒
螢養の搬取回Bに旺なるべき狗の︑.兇童の與ふる零辞の菓片︑街路に落ちし食のみを以て足るべきにあらず︑會
ま勝手を俳掴して︑桶といはす︑瓶といはす︑頭を没し
て舌鼓をならすの時︑尺度を振って痛打一鞭︑高く叫むで辛うじて逃れし事もありき︒
時下は魚店を近ふ過ぎて︑先天的嗜好に適したる香高き
に︑現ざもなく踏み入れば︑若衆のうむ畜生ご大喝しつ︑
天秤は風を切って痛く背を打ちぬ○ あはれや蚕繭の聾︑行人の膓を絞って︑杜鵤の血に泣きしに似るも︑雲より雲に入る鳥の胸はさころ人の思ふより輕からむ︑されど︑打たる\も︑蹴らる\も︑逃れ行く路なくして︑迫害塗扇の敵よ接して佳按ざるべからざる渠が運命は︑なかくに野飼の幸の尊きよと︑捨てられし榎の蔭に儲りて︑月を仰ぎて高く泣き蹟○煩悶あればころ神ま所れ︑飢ゆればころ食を要すれ︑求点の手段を論ずるを休めよ︑禽獣に禮を説く世之より愚なるなけむ︑最高の人間にして而して飢餓の爲めに倫盗をなす懲の︑薫れ溢れあるを聞く屡︒かってなりき︑牛肉店頭を訪つれて一片の恵に與らむごせし臨︑牛切庖丁は膿むで渠が身に震り諏︑鮮血遜流溝板を染めて︑哀訴天に沖するを聞く︑裡に笑聾は起り漁︑鳴呼配含の妙なるや︑吾れ却って二六の渠が腹を貫くまで何故投げつけざりしかを欄れむ︒績るも辛き入の雨風︑為なれば宥すらむε恐れに満ちて身を横ふるを︑着を擢むで道に投げ顧︑吾れ夜毎床に入りて︑此悲しき聲を耳にし︑罵言こして傷みに泣く︑願くば吾が耳聾ひて聞へざらむには︑近づけば蹴られ︑遠かるも石の礫來る︑施すべき術︑寄れ人間に問ふ事を得む乎○
吾れ一H菓子を他の犬とに輿へき︑各の前に落つるもの
創録︶三五
︵漫 録︶三六
_、劃一四.ヤ三第∫繍1鮒焦餌∵聖、聖_
各の拾ふに任せぬ︑一人あり﹃如何に渠の溜り食ふを見
よ︑君が手に目を放力すして他の前に落つるをも得むとす︑汚はしき槍脇の狗に輿ふる儲れ︑5の石馬見るだに
嘔吐を催す也﹄と○
人よ詳述は何が故に他の犬よウも淘り食ふや︑何が故に
嘔吐を催さしむるに至れうや22鱒
聾 斎 憩 * * *げにや命のいごほしさに︑斯くても趣くる現世のくるし
みかな︑消ゆとも悩むべき三寸の息なら澱を︑死の安き
手︑來るの何タ邊きや︑食を輿へし吾は永遠の二審を渠
に翼ふべく思ひ霞︒
されど︑然らば入は奈何に言はむ︑吾れ此慮に﹁まどひ﹂
有り焉︒爾藷々と降り幽で\軒廊眠りを誘ふ︑族の肥りの寂びし
ょ満ちしかば新紙とりてみるに︑怨に燃にて水に沈みし
入︑貧に堪ねずして軌滋に枕せし人︑病を憂しと毒を柳
ぎし人・糠蝦埴して目に入り顧︒
凄愴の聴骨に泌み︑随ふべき世ざもみほねす︑過ぎし昔
の無き幸をだに︑かへり醸すれば数ならざりしと思ふ入あらば︑一夜の命の塞よつらかるべし︑昧氣なき一万入
千目︑恐び得むや鳴呼忍び得むや舅盛り︑人間は智を有
す︑智あるが爲めに渠等苦橋を死にて除きしにあらずや︑ 断れ蘇りに生命を輕むじπり︑自己一入の生命は地球上に︸の存在を認めず︒さるにて竜かの狗可愛や︑渠は嚇々の聲を憎して世に出つるより棺を盤老る︑まで︑渦⁝去現在未來の旗挙兄弟︑拝に萬有に直し重き負債を負ふものなりεのトルストイが宗敏親を生れながらにして得︑實重盗曲型を示せるもの︑天に榮光︑幸よ渠の上に天降れ︑爾も亦義しき︑貧しき︑心底袈の天堂に入る如く︑夢も絡に昔を隔てむ︒ ○支那讐界之前途 支那留學生王旧著 同學告余日︑雑誌中宜撰文入之︑余不敏︑本不敢握 筆︑然欲絹鑑第子之禮於學梗︑又不穏違︑笈機暇作 此交︑.才望 師長及同學諸書︑惑賜筆削爲幸︑客有造余裕煮日︑支那磐界書意︑灘酒︑又有客至︑問h・支那医界臨君何︑問着不止二入︑答者不仁二次︑如桃源洞中︑濫秦入孚向漁翁問秦漢故事︑如遊鵬陰纏上︑層轡蝶瞳︑慮接不暇︑自今以始願以筆代舌︑敬謝客︑客非曾護漢籍者乎︑黄帝岐伯︑賃機之始頑也︑扁鵠倉公陣中世之名流也︑鰻櫃素問︑窮極秘奥白書也︑難穫本草︑金置石室聴音也︑我糊置時︑思想甚磯達︑製作甚美備.
馬所捻知也︑不幸中饗宴故︑窮理格言之學︑多醗失墜︑
此吾人所深痛者︑抑亦不足順順︑敬通告客︑
越至於今︑讐界雛無登明︑然載籍極博︑非拶力簡軍工人
所能讃也︑此等書︑正正忙中︑所謂洋牛充棟者也︑然余
霧有疑焉︑何故與他國三三有學︑大相異乎︑果軌眞而軌
+緯智東螺訟締鎌鮪蜥議難無擦黙矯舗轡賭謝也星書影國
曾 非少讐家・少新派之讐家耳・余方以新派署家自任・且欲
難 多養成此輩︑薫掛中吸瓢新智識︑有一定之欝欝︑余與國
講 入︑心急歩愚者︑非望故也︑黙諾古時︑爲世界芝露︑今 則爲世界後殿︑此余所深惜也︑錐然亀兎競走直喩︑妙喩
三 客之同胞︑由印刷物告余日︑吾人者︑海温洋之文明而紹 也︑只今啓行︑余猶可自慰焉︑鱗
十州於全愚者也・此斎鍬傲海洋侃之︑自今伊始︑上客鑑紹
四・介之責任︑以稗釜我馨界︑混然︑既往之勢力︑錐甚事大
蘭 不足博︑未來之勢力︑亦非中途酪富者豊能得也︑競走之 喩︑銘心久突︑願輿客交勉之︑
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○人事彙報
▲小西俊三氏 は四月下旬補充召集として第九師團第七
聯隊に入隊せられ同時に岐阜縣管内肚丁槍査騰を特別會
員生駒廣太郎一等軍讐と共に曝せられ四月廿二岐阜聯
除議涯へ出張せられたムノ
︽渡孚貞氏 は東京馨科大悪内科介補とウて研究の慮先
頃金澤讐學專門學校法蔵學講師として主任の上授業せら
る△富田稔麿氏 は紳戸病院に奉職の庭先般僻職の上三井
縣立病院へ奉職せられたり
︽橋本喜久三氏 は第十師團︵姫路︶野戦歩兵第+聯隊第
一大隊附にて出征せらたう
△太田長作氏 之第五師團野点電信豊門にて出征せられ
たり企藤涯謙氏 は第五師團野戦歩兵第十一聯隊第三大隊附にて出征せられだり
▲金澤馨學專門學校及び石川縣金澤病院職員中にて第九
師團に召集せられたる諸氏は夫々頭書の任務に附かれお
︵會報︶三七
..瞬、、匹一ゴご_等叢第、.瑛講憲忌物_塗_ゴご_n
b 全話軸全弾架工全野全騎全歩歩全全音全駆歩重兵大隊 藥大隊 橋縦列 兵第九大隊
見習 譜第十九聯隊丘ハ鱗墾ご十山ハ磁戦隊兵第九聯隊戦砲兵第九聯隊
垂讐麺垂璽垂
繊征部隊附
兵第七聯隊 ︵現︶ ︵現︶
兵第三十五聯隊︵現︶
︵現︶
吉辻百諸沼神清野小小高酒松駒齊鯛國木吉河
1震谷角田保水嶽林島岡窪村井轟下二村
太之義友布正秀理 顯 太 定幸信金克次多 郎助一李之長夫七茂治榮郎魁哉作次城雄郎郎 氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏
衛生隊全
全 全
第一野戦病院
全 全
第二野戦病院
全 全
第三野戦病院
全
兵姑揮藥縦列 全
衛生豫備員
全 全 全
全 全
患者輸逸部
暑
藝藝讐 墾 蓼 蓼
森山林愚論宮森田北河鶴圓入田近束野堀深永壇
ll常9襲荊海送ll叢1饗良1政1井翼
郎郎雄重魚尾修・一一・b三驚郎郎孝郎孝李郎三助環吉
氏氏氏底琉氏氏氏 氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏氏
︵會報︶三八
號四十:三一震錨難曾杢:→←
留守諸部隊附
留守第九師團軍馨部 ︵現︶ 橋本監次郎氏全 小・西俊三氏
歩兵第七聯隊補充大隊ハ見習消毒︶太 田 精 一壷
歩兵第三十五聯隊同大隊︵同︶ 幅 岡 喜 洋民
止夕庇ハ驚四一ご十ゐハ聯隊同大︷隊 ︹河村凱貝太師即氏全 . 杉山政長氏砲兵第九聯隊補充大隊 .生駒廣太郎氏
全 ︵見習馨官︶幡 三 十念第九師團補充馬廠 梁 貫 子忌
金澤陸軍怨語病院 ︵見習讐官︶島 誠 郁氏全 ︵藥現︶ 淺井麟太郎氏
毛利精一氏 歩兵第七聯隊補充大隊 岡島敬治既 歩兵第三十五聯隊同大隊
右は本爵十六田見習馨官を照せられ致育上下記の隊に編
入せらる︵之れは太田︑橘等の諸君とは違ひ軍騨の勤務を取るにあらず全一敷育に受くる蔑めに︶
血小林茂氏 は金澤馨學專門學綾生理學分澹の虞時局に
際し本務多忙の爲め僻職せられカう轟東良李践は高岡声に於て獄立病院を黒し盛に患者治
療に從事せられ惣るも疇局に際し野職病院附として召集 せられたう△瓜生昇重氏 は見習馨官として歩兵第七聯隊附ごして召集せられ陀り血橘三丸氏 ハ見習馨官として歩兵第三十五聯隊へ召集せられたり︽須田嘉三郎氏 本校病理助手εして就職の庭今般新潟懸警察本部槍疫委員を命せられ直に赴任せられたり盒杉山政長民 三月一日満期除隊せられたり﹁畿輕部修︼氏 福井縣鯖江町ま於て鯖江診療院を開き五月廿五日夫々披露せられたり血小悪俊三氏飛魚楡査醤を溶せられ要る同氏は動員の爲め徴兵槍査中止せられ本月+一日露團せられ師團軍署部に於て執務中︽藤原敏夫氏 四月廿五日+師町回を唆せられたり禽清水齊雄氏 昨年北米に留晒せられカる同勢は目下左の所にて傍ら客地研究中の由 属巴︒恥きaぽ露晒N〜 ゆ濾零ロ匿ぼ㈹8降蕗 蟹○︒・卜口σqΦ︸霧05︑ d.Go・熱
血高安會長 金澤病院の用を帯び去月十六日九州地方へ
出張せらる本月二男蹄議せられたり
︵會 報︶ 究
︵會 報︶四〇
._脇酉一ナ_ミ.筑肥難.曾孕一「し.
O第三十一回講談會
昨年十一月廿入日︵土曜日︶午后二時宇より内科講堂に於
て開會 QOOO OOOO. ○開會の僻︑上田部長 ○第一席 dδ閂蜜αΩ①・ 奈良入郎君︒加賀江沼郡山中温動画の脚氣a特効ありご云ふは如何なる理由かとの一
疑問を促へ二って︑脚氣の原因説︑該鑛泉の分折表を比するa何れの成分が脚氣治療上効を奏するや︑將來の研
究を要すと︑ む ○第二席 図面廻書獣ρ患者供覧︑ 大西激授○敷幅は
﹁力久レプシー﹂を有する︐一男患者に就き︑種々の位置を
興へて所謂三三擁屈閨Φ繊び臼鉾ω8器器の状態を示され
且つ本症状の原因を述べらる︒︵敷授は用務の陀め他日を
期し今回はこ\aて中止せられたり︶ む む ○第三席 紳士 釜口長助潜︒盤台の所謂紳士なるも
のを解剖←罵倒せらる︑其前野︑
○第四席 淫事 石川敷授︒体育の必要を痛論せらる
︑縷々数万言︑ うコ ○第五席 眼︑伊藤顯主君︒眼力の養成を語かる︑ む ○第六席 結核性腹膜炎︑宮田華々︒結核性腹膜炎の
外科的療法即ち開腹術の歴史︑諸家の成蹟等を述べ︑︐終 りに︑敷授の本稜に於ける成蹟を報告せらる︑ ○第七席 我等︑岡田秀達君︒我等は三三なかべからず︑深入の志望は遠大ならざるべかす︑讐心事をなすに比較的便利なる位置にあう︑此の位置鼠於ける我等卒先して肚會の腐敗を救へ︑ む む ○加入席 和合︵早き︶︑村上漱授○前堂よりの強きaして今回は︵一︶學術研究上︑︵二︶馨學南分無間︑︵三︶徳義︑學問の和合の必要を述べらる︑ ○休憩⁝⁝⁝廿分間・⁝鳳⁝⁝茶菓 む り む り .O第九席 二三のデモンストラチオン︑小川敏授○李
易にして︑下級生にも理解を得べき説明を以て︑数日前
事睡る︑︵こ副卵巣嚢腫︑︵二︶死胎見︑︵三︶胎盤︑につきデモンストヲーレンせらる︑ ○第+席 偏重的思想︑佐野愛二君Q當今の青年ゲ軍
に智的に頭騰を傾くるを痛論し︑宗敏の必要を述べらる︑ む ○第十一席 夢に百年後の手紬校に遊ぶ︑朝倉重敏君Q
百年后に於ける肚會丼に其の當時の馨學校の状想を説け
る夢物語︑・⁝⁝時間なきため未完︑ ○閉會の僻上田部長︒時ば午后七時すぎ喬りき︑曾
するもの特別會員二十余名︑通常會員三百名︑さしもに
掃き講堂も立錐の地なかりき︒︵よし︶
○第三十二圃講談會
二月二十七日︵土曜日︶午後二時より内科講堂に於て開か
る︒先づ上田家譜部長登壇︑開會の僻あり︑次で へ・第濡紳士︑釜塚長助君︒君繕意の筆以て前+幾組黙黙謙軽鋭熊蝉総臥繰警巖
幽を推奨せらる・鼠︒第二席羅﹁聯﹂硬鎚郵・流暢圓著る慧
撫簿騒墾繊弱雛勲輌避難 + 同鷺融Φ∬鉱毒︵鉤酔凱酔ダピ聲諮㎏寓霧鼠祷2氏等の偶登総 智
〜
を滑り下うつ㌦戯れ居うしに︑前垂︵胸掛の︶の紐が豊艶
の釘にか︑り琵に就きだるなりご○ む ○第罎席 導冨を起すべし︑渡邊彊君︑o本誌錦三十一︑
二概三尉断戴の﹁導倉を起すべし﹂を敷演せらる○ ︑○第五席葺放︐黙函デモンストラチオン︑上田敷授︒ 先つ放線状菌の性質を蓮べ︑次で激授が本年東京に於て入類の四病より得漏る菌に嘗て各種の培養をなしたるものを示説せらる︒ リロ ○第六席 匿自○︒︒鷺︒霞畠8唱のデモンストラチオン︑ 村上敷授︒激授は計器の構造を説明し︑且つ之れを装置して血液吸収線を示されたり︒ ○第七席 青旗乳頭︑高安誓湯︒欝積乳頭の槍眼的所見︑自畳症︑豫後︑等に就きて述べられ︑凛因として從來の諸説#に自家研究上より細論せらる︑敷授の實験七例によれば軍に欝積によりて起り︑無炎症性のものなりご︑術説示顯学徳を以て歎種の標本を示さるQ O OOO O OO O σ○ 0 0 00 0 0 0第九席 蛋臼尿性網膜炎.無論供覧︑朝倉重敏君︒トル予汐践の槍眼鏡を以て品等麿の眼底像を説示せらる︒︵本誌第三十三號原著及實鹸梱に掲げだるもの︶︑省三四の演説あるべき筈なりしも時間なきため︑午後六時里謡潔し澱○︵よし︶ ○弓術部春季競射會天氣澄和し風物鮮美︑輕風意に適し心身自から悠然把るの時︑我が十全會弓術部は︑嘱月二十三日︵土曜日︶午後本稜射的跨に於て春季競射會を羅期せり○此の目午前中諸般の準備を整へ︑正午より肩入を初む︑
︵會鍛︶
四
︵愈報︶壁
号漁四→ゐ三第諦志楽維曾A一.十
頓へ酬》}}W)W 》 VVVnvV L〜 vvvソ\ て拳を握らしめきO 際は拍手蕩内にあふれ︑磁器校撰手巻射には︑観衆をし 源李︑射割等の順序にイ︑競射は行れ諏︑殊に來・二心射の 数取競射を絡へ茶菓の饗癒ありし后︑來賓︑各學稜撰手︑ 遜騨獄獺纏罎謬餐誘騒健蕩犠都 年來鍛へあげ訟κる手腕めで熟κく︑潭㈱月に引き絞り︑ビュー や遅しご待ち構へ澱︑やがて一時雫点取競射は納まれり︑ 集るもの百歎十︑冬學稜撰手操敏名︑來賓二十余名︑今
ヒ終りて︑各勝春に賞品を授輿せられ︑閉會せしは黄昏近 き六時過ぎなりき︒因に本闘の受賞者は左の諸氏なりQ
○占⁝取磁跳射︑傘茸的︵五手︶
一等七十一点頑な木刀二等五十一点秋
五等三十入点谷 四等四十点高 コ一剋l十血ハ占職・甲
山ハ等一ご十♪︺占簡溝七等三十三点下樋等三十点高
一等
島田ロ道野島山
霜:君君君君君巻
O点取競射︑尺的︵五手︶
五四三ニー 等等等等等
三 三
三 三
二
本本本本本 原石萩佐繭 橋野野島 君君面心君
○來賓黙取競射天五三︵五手︶
二十五点壮本儲員 二等二+五点村上敷授 ○各學校工手競射叢薄︵五手︶
一等 六本・下村君︵四高︶ 二等 六本
三等 六本 秋山春︵本校︶
○源⁝牛虹鵬射平調的
受賞者無数﹂
○射 割
棘谷君︵四高︶
猶當日委員の新案に係る﹁三人落し﹂は︑
め︑行ふ能はざりしは遺憾ざする所なりo
○本校紀念式 楠 君︵一中︶
時間なかりし爲
︵みき︶
去月†一日置本当第三回紀念式を墨ぐ同日午前入時職員先生一同比々堂a會し︑稜長は二野に併せて本校訊饗す
る文部省の方針を述べられ生生総代小原芳雄氏の覗僻を
朗讃し式を絡ふ
例により職員一同︑騎學科四年藥學科三年級一同より左
記の寄附あうたゆ
一日章旗 戴拾壼旛 職員.一同 一細引 塞 筋 同 一カッサンデーフル掛威枚灘難二級一同
〇十全會講話部第三回総會
號四十三第誌輪曾=全十やがて︑午前十時︑一同の供謙徳を一巡して會瘍に入り 貯蓄をして興言を輿へしめぬ○ せり○而して委員︑昇に各科讐員は唱々読明の勢をとり 藁には無理鳳雛微鏡標本を示し︑暗室には分光鏡を装置 紳纒終末を示せる精巧なる撒箇の顯微鏡標本︑其他籔十 器械あウ︒幾て\病理轄脳室に入るに解剖學敷室よりの 課諸器械あん・憂に折れて瓢魔撫尿︑法僻者器械︑眼科諸 て左右には産科標本︑﹂模型︑妬人科㎡標#a外科の歴賦 科の新着器械を陳列し熱きて内科の諸器械あう︑かへり めしものなり○擬面構室に入φて右aは外科︑耳鼻鯛喉 の塞考に資せん目的を以て各科新奇の器械︑標本等を撃﹁ 病理標本室︑及び暗室を以て搾れにあて圭に下灘氏諸君 ム︑回始めて設けたるものにして︑眼科敷室︑病理台密室︑ の引きもきらず︑儲物八時より供賢部を開く︑三面部は 五月醤日︵土曜目︶夜來の雨を麗して時刻前に集り來る.慈 は本校濟々賞に於て開かれ兎〇 盤は基って戦箏に熱中しつ㌦あるの時︑本窯講話部総會
セるや︑高安會長登壇︑開會の僻あり○次で以下の演説
あわ尤φ○ む む 第一席 チャーレメ︑ダーウ雰ン︑吉野要霜〇 十九世紀
に於ける莫國三物學の大家チャーレス︑ダーウ非ンの傳を
述べ氏の有名なる虹蝋の詫を紹介して︑之は氏の緻密な︐ る襯察によれり.されば氏の如く吾人竜ま走緻密なる観察力を養成せざるべからずご︒ も ゆロ 第二席 破格如簾斯の一.例︑娃部鈴次郎君○先つ定型
的膓幽霊斯の療因︑病理︑症状等を馨述し︑次で書の實
瞼に係はる一例か報告せらる︒患者は廿五歳の男子にし
て︑悪心︑嘔吐︑盲膓風疹痛︑忌門及び認諾の熟登を以
て趨ウ︑其の后︑全身瀟座の漸進︑不定しか慈僅かの熱
登︑時ル盲西部の疹痛及塵痛を有せしも登病後約三週にしで︑心麻癖のもとに繋る︑剖槍上︑盲腸部に於て門経
に沿へる長さす四仙︑幅二仙︑擾縁銃︑ウンプルミエー
レンしたる一飯の潰瘍⁝︑脾腫大︑を見認め︑ヴ井ダ;ル氏
反鷹は陽性なりし︑鏡橡上には潰務の部に輪形細胞漫潤 c小農斌菌を認め︑懐だ脾には栓歌出血あり︑且つ全榛
の菌を襲見せり︑此菌は両端の鈍縁に終れる小丁零菌にして﹁グラム﹂氏法にて冷色せム︑而して氏は解罰上の駈
.見によりて︑始めて膓窒扶桑なる診噺を下すとを得たり
と︒終りに破格症の旋状︑リテラツールに就きて述ぶる
所あゆ︑氏の例ハ其の不全膓窒扶期日壱岡︸富再犯︒匿げ巴陣融げくδ及三三するものならん︑設た死因たる心麻痺の漂因
は発熟の輕度なりし下め細菌の毒素が比較的張度に作用
せしによおならん.し︒ む 第三席死とは何参や︑高木琢磨霜︒死に就て科學的︑︑
︵倉 報︶繍三
︵魯 報︶門
前四→一三第誌鮪會壷十し︑其直後不良なるご考へ︑庭置としては五%﹁メント 勢を駿見せざりき○此等の症状によ夕て老人性蜜痒症ご として僅かの表皮肩書を見認めしのみ血尿捻上︑異常成 的⁝愛状を有せず︑薮疹︑寄生虫等なく唯塵破の二面現象 部の外︑全身既表に−曳遂せりご︑依りて診するに︑他畳 の際に趨る︑初めは背糠のみなりしも次第に磐大して頭 作性に表れ︑多くは褥中にて温まるごき︑或は精紳黙読 摩擦するに至れり︑其の贋弥は持績性に非らすして︑登 て旛話するのみにては不充舜なりし故﹁ヘチこの皮にて 痒を起し︑漸々増劇して一二日后には最早自己の爪を以 にして︑生馬健全なりしが︑敬日前より肌表に平面の療 に係はる本症の一例を述べらる︑患者ぽ入十九才の女子 傳李君○君は流暢なる燭乙語を以て今多期鶴立中の實駿 舞礪篤 ︾飾給養器巳一心詠峯︒・Φ凶β①財瞬Φ這覧亀齊藤 り現世に塾す所なかるべからずと結ばる︒︑ なれば五r入は入生の目的︑性質を究め︑各自の天職を守 哲理的方量より論じ︑吾人の生命は無窮なり︑死出運命
ール︑アルづ1膨﹂︑及び七︐%﹁ザルチール︑アルコール﹂を
患部養鶏料︑催眠の目的を以て抱水管血糖見を輿へ︑時
た沐浴して全身を満潮⁝に保〃つべきを命ぜり︑然首に二週
后には旛痒漸次減退に就けり︑鼓に於て疑ひなき能はず
彼のHソッセ粥L践皮膚病學敷科書訊はと山南Φ餌亀目σq 留︒・囹籍議奏・・O巳房置叶冨塾齪O︸薦憂国実義ぴ09欝ぼ.とあり︑余の例は果して老入性療痒症なりしや否やご︒ ハ む 第五席 スラボニック敗亡と大和露営︑岡田秀造君Q職孚の結果︑スラボニック族の敗亡は近きa在るべく︑大和民族の活動の期は遮れウ︑されど現状態の我國民は大上國の國民として余りに不健全なれば︑吾人青年は卒署して此の革命の任に當らざるべからす︑我意門生の活動を絶叫せらる︒ り 第六席偶戚︑高野宗重君︒君の理想の一端こして清國讐術の劣れるこど︑隣邦下る我國の⁝醤師ハ奮って回れ・㎡指導啓費の任に當るべきなりε述べらる︒ 第七庸 箆肖Φ<客留彦自露自ま鐸 内海友七君︒得意の愚慮語を以て入情の委曲を述べらる○ 休憩⁝⁝霊飯⁝⁝午后一時より開會○ 第八席 霧遡︑井上累次霜︑君ば初め論語中の乎日舜 其大知也言々好問而好察謡言隠悪而揚油執其両端用中於民其斯以昏々乎︑を諦讃して題意を解せられ︑天職自畳に就きて述べて我校出身の出征諸氏の饅親ごすと︒ 第九席閤冷肉目αq<自重塑暮①頴覧①︸●奈良入郎霜︒君は馨學的の智識を以て﹁サンダー﹂亜鉛体操の効用を畢げて室内迂動の第ヅこして推奨せらる︒ ワ 第十一席 死蝋入週を経て娩出し控る女性胎兇の一例
號四十三日誌購會塗一ト
t ・/w)、〜い噛 vい、〜∵㌧〜〜、vw}、 V・・VXY 「)w〜v−X LAX>vNA 『 一v、〜_
む りむむ 入田智謹君︑本誌本選の原著短骨瞼欄に在bo街︑氏ぬ
昨年五月以降小川敷授のクリ轟ックに於て實験せる産婦
につきて有盆なる統計を示めきれたり︒ 第十二席 一報告︑笠三吉郎君︒小川敷授のクソニッ
タに於て實験し奉る産科學上意昧ある二例をデ毛ンストリーレンせられだり︑一は妊娠入ク月にして羊膜水腫を
起し曇る男性胎兇の腹部に三箇の腫瘍あうしもの︑他は
膀帯前墜を起し︑熱雲中の死見にして右前頭骨の部よ著しき給湿部あるものなり︑其の詳細は君に乞ふて本誌に
掲載すべし○ む 第+三席恩賜籍文學以傳布︵留學生清園人︶王建善君︒君は
清出語を以て述べ︑后之れを日本語にて更に演述せられ
罵り︒原稿は乞ふて本誌上に掲載すべし︒ 第十四席 d零り密馨電q三血難玉森法面言︒得意の藁
薦語を以て一休和術の性行を述べらる○ り む 第十五席 ヲーグレル氏尿糖の化炭酸定量法︑渡邊駿
君︒君は濃き歴dド團鱒崔ΦσQ︸鶏氏が匡営魯魯㊤冒亀鼠 む
壁巳︒︒︒︸δ考○魯Φ国主ユ馬酔吟○.跡諮・q巴昌σq諺﹂qザbD・自︒げ銀鎚
冨O野に報告せるO貯①冨ωOげ塑紅雨ぼご鷺ΦσΩ諺O皆Φぼ謎Oげ①
寓①匪○留N腎切霧試匿白言σQ飾農N鉢離過ぎ国語昌を紹介せ
らる︒此の原理ハ葡萄糖が過満俺酸加里によウて酸化せ
られ︑淡醇加榴謹#に二酸化炭素を形成す︑即ちO︒国に P+・︒5すρ11恥ぢOρ+・︑Oρ+︒︒ン炉ρ+畠bに原きしものにして此のOρを硫酸によかて分離し其の量によウて︑糖の量を算出するなりQ 休憩︑⁝⁝茶菓︑・⁝⁝︷二十分︑此の間特別會員のみ別 室に於て宮田敷授の﹁レンツェン﹂光線のヂモンストラチ オンあめ着り︒ 第十六席 吐血を疑はしめたる無血︑釜口長助君〇六歳の男鬼︑膓胃症状を有して数日來絶食せしa係はらす︑未消化の食物片を混じだる多量の吐血を起し︑其后︑虚脱に陥れる患者に就き︑初め胃潰瘍より來れる吐血ならんかとの疑ひを置けり︑剰さへ膓胃症状のあるあり・胃部の舌痛あり︑便秘の在るあり︑唯年齢の余りにすくなきは疑ひなき能はざりし︑其の后︑種々捻査の結果︑前日劔血を鼓し家入は前鼻孔に綿栓を施したる事︑井に前鼻孔に血痕の附着するを見認めたるごにより靭血を嚥下し其血液を吐出せしものならん︑其の后数日にして快方に赴けり蓬の︸例を述べて︑吾人の注意を喚起せも︒ 第十七席 ﹁アクロメガリー﹂に嘗て︑井に患者供覧︑ 大西激授︒アクロメガリーのリテラツール︑症献︑原因︑避暑︑豫后︑療法を馬券せられ︑篭りに該患者一名を供寛せらる︑原稿は先生に乞ふて次號の本誌原著欄に掲載す
べし︒
一︵會報︶ ︐翌
︵會報︶罠
るによりて結核性腹膜炎の診漸の下に治療を施したる 號四十三青毛難會発十結を鱗期す︑胃膓の障害等なく︑登身衰溺も甚しからざ 膨満し腰痛を訴へ墜によりて増加す︑腹腔内に撒箇の硬 共に中等︑顔面蒼臼︑胸部には攣縮を見認めず︑腹部は して石川縣石川郡由科村の産︑充血八月初診○体格螢養 にして多くは偶然に登見せらる○患者は二十三才の女に 叉歪なるあり︑后の蕩合にては自善道甚し○診漸は困難 に多く︑其他の年齢にては少し︒登育ハ甚だ画きあウ︑ 女四︑男一例なう︒年齢の鷹峯は二+才−三十才のもの 較上女に多く︑西洋にて三十二例中竿入例︑B本よては 多く︑広益性のものは北川氏の一例あるのみ○両性の比 寺田︑伊藤氏の玉縁あるのみにて︑此の内輩純性のもの 震○日本に於ける膓間膜戴腫の報告は西村︑北凡︑中原︑ 第+九雁藤齢騰蜘膨殉船止⑩㊥強殉胸ぐガ即認潔 の二号なりご︒ の例を墨げ・︑人格を成す所の最も圭なるは圭嚢ε趣味ご 來・9︑入格εは何物なりやを詮き︑内外古昔の英雄志士 第十入席 人格論︑佐野愛二書︒心理的方面より論じ
も︑効なし︑依て退院せしむ○然るに本年四月再び來院︑
以前よりはや\増大して︑膀部の左下に於て著し︑膓骨
窩及び心窩部に燧痛あり︑打診上一般に濁音或は宇鼓音
の部あウ︑患者は手術を希望せしにより置上術を施行せ り︒式の如く腹壁を切開するに蟹純の卵巣嚢腫よりも出血や\多かりき︑︵氏は實瞼ヒ卵巣嚢腫の手術にて腹壁切開の際出血の多少によりて手術の難易を推知するを常こすご︶腹膜を切開するに直に黒色を呈する腫物出で來れか︑其腫物は鶏卵大一して落董なく柔軟上塗の一ヶの義腫履りし︑叉其の傍らにも全智なるものあり︑此の腫物を牽引すれば破裂すべし︑故に大綱膜に附着る飯は回れご共よ切除したり軍術之の下に多数議せう老大なるは鶏卵大に達し卯圓︑二形等種々あう︑董は存するあり︑叉無きものあり此等の腫物は膓害毒のみならす其の他の部即ち膓壁︑胃壁︑膀胱等より竜生ぜり︑故に大なるは切除し︑小なるは謝れを破れウ︑叉小豆帝位のもの︽其儘放濁せう︑数は不明なるも︑破りしものにても顧ろ三百位ありカり︑而して腹壁を縫合し全く手術を終る迄一時間を要せり︒臨機の郷過可良にして三週間計にて螢養回復し退院せり︑其の問に重ては更に腹部膨満を來πさ思りき︒今こ\に供覧する之其切除しだる一部にして漿液性の内容を有す︑働蟻上にも嚢腫なりき○平しイ︑本例はの霞幕Φ目帯け与HΦO遂酵睾ぴロ法体蹟な・90 討 論 ○宮田敏授○敷授は其の畿生地不明なれども異常に大にして血液性の内容ある腹腔の腫瘍を有し開腹術を施せる
一例に就きて述べられ︑且つ患者を供覧せられカリ︒ む ○山田.謙治震︒猫敏言迫加せられたり○ つ 第廿席 精神の体育 小川敷授︒本問題に入る前︑先
づ前半氏の演説中︑氣付き仁る願を述べんこて︑
轟総覧経墳罹効躾ξミ 描?]擁る胎鬼の母体内に存在する期曝
豊高木氏の演離⁝死につきて自己の轟・
鮪 齊藤氏の演説⁝⁝留置語の二三の談謬注意︑等ありき︒ 縫蝋灘懲藤㎝響
鳶なれば會讐して會員薯の覆承諾を得たしごて︑本噂會はききに臨時協議會の決議にまう第一回軍事公債懸募
へ
漿高金七百圓を串込みし所︑杢部鷹遣せし事︑馨債格のへ最低必額面百圓に付金九拾五圓なりしも︑金九拾六高彫
而 拾銭を以て慮募儂格こせし事に就き述べられたウ○⁝⁝
時正に午后山二時︑
侮演者不滲の爲め或は時問なき爲め︑やむなく中止せ しは 精神病診断法︑酒精冷点器︑B借入の本性ε習性︑死亡歎の統計︑欺盲の鑑定︑X光線の診噺及治療上書用︑宮
未定︑
入ε牛ビの結核︑
の諸氏なり︒
五目は時局の爲め來賓︑
上下宮高書山高大
酔田無類村晒
口皆
野敷敷敷太 th敷激
郎廻 授授授授君君授授
上 下
特別會頁側の出席者意外に少な
く︑四+黒点にすぎざりし毛︑通常會員は三百五十を歎
へ︑頗る.盛會なりき︒ ︵筆者の淺⁝二言識なる︑筆録中鷺は多少の誤謬なきを
保せず︑写れ凄め演説溜諸氏に深一謝する所なウQ
よし生︶ ○雑誌部雑報
Q臨書の購求︑雑誌部にては過般左の薄書を購求せタ
蹄欄生理學講義 全部四冊︒噺胴鰍毒學 全一冊
◎石川敷授は欝著入体解剖學︑第三憲一冊︑を寄贈せられ
尤り0高安博士祀賀會にては左記の圖書を購求直に本會鼠寄
︵曾 報︶嬰
︵曾報︶四八
、_劇畷焦.」雨露戴難會熱ま
賠せられたウ
病理総論講義︑臨床細菌學︑有機化學講本︑囎蹄眼科學
手術篇︑馨化學實習︑鼻科學︵二二︶︑耳科新書各一部 つ︑oO有壁一雄君の退校︑久しく雑誌部にあウて丈を誌上に
照かし筆を難誌部の記事に染め大に鑑回する所あウしか
此の程国領の辱め退校せられたりごは遺憾限なしoO上野忠君︑同君は病氣静養中委員を噛せられしが最早
全癒τ赴きたれば有壁君の后任εして再び雑誌部の委員
を承諾せられカリ︒
◎第三十四號編輯會︑去月廿日午后二時よう庶務所内に開く小川部長︑小原︑上野︑渡邊︑建部︑藤井の各委員
出席午後五時宇散瞳す︑原稿の多き経費の少なき途に全部を綱羅すること能はず一時の欄縫策を講ずるa至りカる之甚だ遺憾ごする所なり︒
◎千葉馨學會難物休刊︑同會難誌之都合により向一ケ年
間休還せる旨本會に通知ありたり︒
◎小西俊三氏へ寄贈︑特別三雲同誌は第九師團の動員命
に接し召集せられたるによウ同氏の当直を受けたる馨科
第三置薬︸同︑碁器︑二年級の有志相計り腕巻時計一個
を寄贈せられカリ︒ O山碕三三三校式明治滑四年二月文部省留學生を命せられカる山碕敷授は濁演大學にあるこご満二年期満ちて本月二日無事蹄朝せられたるにつき本校ハ本月九日午后一時牛よウ式を濟々堂に緊ぐ高安校長は字劃授の在留中丼に蹄途無慈蹄朝せられ亙るを親し併せて今后の希望を述へられ把参次に四年生小原芳雄君學生総代こして祝辞を翫ぶ
親 詞
回顧スレバ︑先生ト離別ノ情二尽キザリシバ︑實一=一
星霜ノ前︑寒威肌骨二徹セシ照葉八日置リキ︒爾來先生
ハ専門科學ノ精緻ヲ以テ世界三冠ダリト稔セラル︑演
二︑濁二︑或ハ我邦讐學ノ進歩ヲ示シ︑或ハ親シク専門
大家二接シテ斯學ノ藍奥ヲ究メラレ︑正二留學ノ期瀟
チテ蹄朝セラル○生夜日等鶴首シテ先生ノ無事蹄校セ
ラル︑ノ日ヲ待チツ︑アリシニ︑A﹁再ピ温容ヲ拝シ欣
喜措ク能ハズ︒希クハ閣下︑新タニ研鑑セラレタル所
ヲ以テ︑大渓邦家ノ爲メ︑小ユシプハ我梗ノ爲メニ稗
盆敏導セラレン■ヲ︒聯力祝僻ヲ﹁骨子ラ祝詞二代フ︒
明治三十七年六月九日
金澤讐學專門両校生徒総代 小 原 芳 雄