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島田昌彦

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(1)

1

安藤正次︵敬称略︒以下同じ︒︶は︑明治四十年︑論

文﹁国語に於ける所謂﹃動詞の自他﹄を論じて語詞構成

︵注︒島法の一端に及ぶ﹂の巻頭において︑国語の﹁自他﹂につ

いて

我が国語の助詞を鐙ずる上に於て︑自他を晩明する

といふ卵は︑従来︑文法家の頭を悩ましたもので︑且

4 3 2 1

1はじめに

はじめに

目次

松下犬三郎の所説

山田孝雄の所説

まとめ

明治期における国語の﹃自他﹄の認識

l松下大三郎・山田孝雄の所説に象るl

島田昌彦

現に︑悩ましつつある問題である︒それも︑単純なる

場合を以て鋭明するは︑矛盾衝突もないが︑少しく立

ち入りて多くの例証により︑実際の問題に当るとなる

と容易な事ではない︒

︵安藤正次著作集8﹃国語学論考﹂7ページ︶

と︑﹁助詞の自他﹂と限定しつつも︑その統一的な睨明

が困難であることを訴えている︒

我が国の近世国語研究資料では︑江戸初期のヨ歩﹄︵注2︶コトパ︵選者不明︶以来︑国語の﹁自他﹂を﹁詞の自他﹂と理

解して論じてきているが︑この小論は︑明治期︑安藤が

なぜ上に掲げるような発首をしたか︑すなわち︑明治期

国語の﹁自他﹂をどのように蝿識しようとしたか︑ま

た︑どうして︑先の﹁動詞の自他﹂の挽明が付かなかっ

(2)

2

松下は︑日本文典完成の志を抱き︑明治二十六年蛎歳

で︑早稲田大学の前身東京専門学校英文科に入学︑二十

八年落合直文に私淑して国学院大学に転学︑二十九年十

二月から三十年九月まで﹃国学院雑誌﹄に論文﹁動詞の

︵権4︾自他﹂を4回発表した︒年齢的歳から加歳の間である︒

この繪文は︑松下の初めての文法輪であるが︑その内容

から判断して︑後の松下文法の萌芽期を形成するもので

あるとともに︑先行文典の影響とそれへの反綴を素直に

示したもので︑国語の﹁自他﹂に関する時代の認識の象

徴とも称せよう︒この諸文中︑松下は

文法を学ぶ者に其の最困難なるものは何ぞと間へば︑ たのか︑明らかにしようとするものである︒明治期の﹁自他﹂に関する所晩は我が国の学者のみならず︑オランダ

︵座●己人ホフマン︑イギリス人アストン及びチャンプレンなど

にも見られるが︑との小論では︑後の我が国の文法学に

大きな影響を与えた松下大三郎︑山田孝雄の二人に絞っ

て問題を考えていってみたいと思う︒

2松下大三郎の所税

一として自他なりと答へざるものなし︒説く者自らが

自他に対する概念砿ならざるなれば︑それもさありぬ

べきことなり︒

︵﹃国学院雑誌﹄明治三十年一月号ページ︶

と述べ︑国語の﹁自他﹂解決について自信の程を示す︒

ここでは︑﹃国学院雑誌﹄明治二十九年十二月号に戦

せられた鋪文﹁動詞の自他﹂を中心に考察してみよう︒

①文法に︑言詰︑句諭の二科あり︒言諭におきては︑言

葉各自の性質を論じ︑句鎗におきては言葉相互の関係を

浩ず︒言葉の性質に︑固有性と︑偶有性との二つあり︒

固有性とは︑言葉固有の性質にして︑如何なる時︑如何

なる場合にも︑常に存するものなり︒例へば︑普通名詞

が︑常に凡称品類の名といふ性質を有し︑進行動詞が︑

常に進行する動作を菱はすといふ性質を有するか如し︒

偶有性とは︑言莱が班る鳩合にのみ有する性質なり︒主

格・賓格鉱どの如し︒主格は可花咲クLの花︒におけるが

如く︑哲葉が句の主となる墹合にのみ存し︑賓格は可花○⑥ヲ咲スLの花ヲの如く︑曾莱が句の賓辞となる蝸合にの

み存するが如し︒曾莱の偶有性は文法上︑式形或は文法

式ともいふ︒

然らば動詞の自他とは︑何ぞ︒日はば︑動詞の偶有性即

文法式の一なり︒

(3)

松下のいう言莱の固有性とは︑意溌を指し︑偶有性と

は︑機能を指すと考えられるが︑﹁動詞の自他﹂を主格

や目的格などと同じく︑言莱の偶有性すなわちたまたま

存する性質であると位腫付け︑それを式形あるいは文法

式と名付ける︒

英語では︑同じ形態であっても︑次のように︑文中に

おけるたまたま存する機能すなわち︑目的格をとらない

ものⅡ自動詞︑目的格をとるものⅡ他動詞を動詞分類の

一応の目安とするが︑国語の動詞も同様の方法によって

整理しようとする方向が伺われる︒

日冨旦8﹃肩一﹄自讃や︵自動詞︶

胃灘s昌昏の冨晨︵他動詞︶

なお︑松下は︑論文中︑﹁動詞の自他﹂若しくは﹁自

他︑他動﹂という術語は︑使用するが︑動詞一語一語の

分類をしようとする意図がないので︑﹁自動詞﹂﹁他動

詞﹂という術語を使用していないことをあらかじめ︑付

記する︒ ︵可国学院雑鵠し明治二十九年十二月号花ぺlジ︶

ここにも︑松下特有の術語が散見される︒まず︑﹁事実を云ひあらはす言葉を動詞といふ︒﹂の﹁事実﹂は︑

掲げられた語例や︑引き続いての﹁自他﹂の説明中の表

題からすれば﹁行為﹂とか﹁動作﹂とか称すべきもので

ある︒また︑﹁自他とは︑動作を為したる主と︑動作の

起りたる場所とが同一物なりや︑又異りたるものなりや

を示す式形なり︒﹂の﹁場所﹂は︑ここでは︑動作の主 ●●③動飼蛎爽を云ひあらはす言莱を動飼といふ︒行ク︑

帰ル︑思う︑嘆クなどの如し︒自他

自他とは︑勤作を為したる主と︑動作の起りたる燭所と

が同一物なりや︑又異りたるものなりやを示す式形なり︒

花散ル︑鳥飛プ︑人流ル︑到制列などにおきては︑散ル︑

飛プ︑流ル︑行ク︑といふ動作をなしたるものは花︑鳥︑

人︑我にして︑此等の勤作の起りたる場所も︑亦同じく

花︑鳥︑人︑我なり︒風花ヲ散ラス︑人鳥ヲ飛パス︑人

舟ヲ流ス︑到割列刊郷などにおきては此等の動作をなし

たるものは風︑人︑人︑我なるを以て︑此等の動作の起

りたる場所は動作をなしたる主とは異なりて花︑鳥︑舟︑

君なり︒︵傍線筆者︶

︵﹃国学院雑誌L明治二十九年十二月号花ページ︶

(4)

4

とそれが働き掛ける他者︵動作の主自身の場合もある︒︶

との関係を示す言葉なので︑一般的には﹁対象﹂と称す

べきものであろう︒なぜ︑松下が﹁率実﹂とか﹁場所﹂

︵注5︶という表現をしたか︒それは︑後に︑一般文法を目指し

た松下文法の特色で︑動詞にかかわるすべての現象を極

力単純化して考え︑まず︑﹁事実﹂についていえば︑助

詞が一つの動作という﹁事実﹂を指すとしたもので︑名

詞とか動詞とかの品詞論的考えを超越する術語と理解さ

れる︒また︑﹁場所﹂は︑この現実社会において︑﹁自

他﹂すなわちこの場合の﹁自己と他者﹂の関係は︑西欧

文典では︑第一人称と第二・三人称で表されるわけで︑

それを﹁自己﹂及び﹁他者﹂が存在している第一人称と

節二・三人称という﹁場所﹂で理解することが︑いちば

ん簡明で間違いないところから処展したものと思われる︒

この具体例が︑②の中の﹁我行ク﹂と﹁我君ヲヤル﹂

︵傍線をもって示す︒︶の対応である︒ここでは︑﹁行

ク﹂と﹁ヤル﹂という語形の相違は問題とならず︑二つ

の動詞のもつ意義である﹁動作﹂がどちらの場所に起こ

ったか︑﹁自己﹂か﹁他者﹂かによって相違を把握しよ 国語の﹁自他﹂についての整然とした理解であり︑松

下が﹁自他﹂を真っ向からの対立と位置付けていること うとする︒

﹁行ク﹂と﹁ヤル﹂を同一平面に匿いて考える一種の

実態主義は︑︵注記︶の5で述べられているように︑松

下の文法理論に対する基本的姿勢から生まれたもので︑

このような論述の仕方で︑﹁自他﹂を次のように規定し

ていく︒

③故に︑自他は︑或る事物の上に起れる︑其の事物の動

作を表はすなるか︑又は或る事物の上に起れる︑他の事

物の動作を表はすものなるかを区別するものなりといふ

を得べく︑又甲の上に起れる甲の動作を表はすか︑甲の

上に起れる乙の動作︵若しく乙の上に起れる甲の動作︶

をあらはすかを区別するものなりと云ふを得︒甲泣ク︑

甲移ルといへば︑泣ク︑移ルは甲の上に起れる︑甲の動

作をあらはし︑甲乙ヲ泣カス︑甲乙ヲ移スと云へば︑乙に

起れる甲の動作をあらはし︑乙甲ヲ泣カス︑乙甲ヲ移ス

といへば︑甲に起れる乙の動作をあらはすが如し︒︒◎自他と似て非なる一式形あり︒受与これなり︒決して混

同すべからず︒受与のことは本論の末に述べん︒

︵﹁国学院雑誌L明治二十九年十二月号布ぺlジ︶

(5)

がよく分かる︒﹁自他﹂をかく均衡のとれたものと把撮

することにいささかの疑問も抱かなかったところに︑松

下の若さを感じるだけでなく︑時代の若さが具体的に示

されたところである︒

このような整然たる区別は︑﹁場所﹂の相述によって

﹁自他﹂を処理したために起こったものであるが︑松下が

掲げる動詞の語例を意義を中心に点検してみると︑ここ

には︑松下の作為のみが目立って︑言蕊の実状に達して

いないことが感じられる︒例えば︑例文中の﹁甲泣ク﹂

と﹁甲乙ヲ泣カス﹂の例でいえば︑松下は︑﹁甲乙ヲ泣

カス﹂で︑﹁乙﹂が泣いているから﹁泣カス﹂は︑﹁他﹂

と考えたいとしていくわけだが︑﹁泣カス﹂の言葉とし

ての意義は︑﹁泣くようにさせる﹂ということで︑﹁甲﹂

の行為であり︑﹁乙﹂との関係は︑あくまでも第二次的

なもので︑これも②の解税で述べたように︑実態主義に

遮づいた松下特有の考え方である︒

このような無理が論文中で梯々の例外規定を生むわけ

だが︑その一つが般後に掲げる﹁受与﹂である︒﹁受与﹂

とは︑明治三十年一月号の﹁動詞の自他﹂の論文︵犯ペ︲ジ︶で︑

砺鯉鯉繊撫駕識&

受与とする如き︑西欧文典の二Ⅲ目的をもつものを中心としたものである︒これらは︑松下の定莪によれば︑﹁殺される﹂﹁見られる﹂﹁返される﹂のは︑いずれも﹁丙﹂という﹁場所﹂に起こったもので︑すべて﹁他﹂と処理すべきものになり︑ここでは︑﹁自他﹂の関係が消滅し︑致し方なく︑﹁受与﹂という例外としたものであろう︒

④自他の式形を二つに分ちて自動︑他動といふ︒

●●自動自動は︑動詞が︑可動作を起したる主と動作の起

りたる場所と同一物なる時Lの動作をあらはす式形な

り︒換言すれば︑或るものの上に起れる︑其の或物の動

作をあらはす式形︑即甲に起れる甲の動作をあらはす式

形なりとす︒例へば︑花散ル︑文成ル︑雨降ル︑甲逃

グ︑甲走ルの散ル︑成ル︑降ル︑逃グ︑進ルなどの如

し︒何れもその主とその起れる珊所とを同じくせる動

作︑換言すれば︑共のものの上に起れる其の物の動作︑

即甲に起れる甲の動作をあらはせり︒

但し我我ヲ観ル︑己レ己レヲ知ルの如きはその主とその

塙所と同一物なれども︑自動にあらず︒何となれば︑

我勺己レと我ヲ︑己ヲとは言を異にし︑仮にそ●の物まで

(6)

6

これまでの﹁自他﹂に関する全体的理解から︑個別的

なものに入ったわけであるが︑ここには︑松下の論述の

当然の帰結が示されている︒しかし︑﹁我我ヲ観ル﹂﹁

己レ己レヲ知ル﹂の﹁観ル﹂﹁知ル﹂を﹁他動﹂に類別

しているのは︑これまでの﹁実態主義﹂を建て前とする

松下の考え方からすると︑﹁我と我ヲ﹂と﹁己レと己レ

ヲ﹂は︑その﹁場所﹂は同じであって︑明らかに無理を

感じるものである︒これは︑西欧文典における再帰代名

詞が次のように﹁他動詞﹂と関連するがゆえに︑それに

準じて国語の動詞も﹁他動﹂と処理せざるを得なかった

ものであろう︒

暇侭曜呂◎昌邑鱈程程需謄侭鱈雌膜忌葛⑦夢

なお︑︒g﹂と司呂勗里ごは︑語形としては︑完

全に異なり︑この事実が理由となって︑﹁同一物なれど も異にしたる如く見なしたるなればなり︒又或る意味に︑︑勺︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑於て我︑己レの我︑己レと我ヲ︑己レヲの我︑己レとは全く同一物とは見なすべからず︒故に顕ル︑知ル等は他動芯りとす︒

︵可国学院雑誌L明治二十九年十二月号ページ︶ も︑自動にあらず︒﹂という硫信が生まれたと推察される︒また︑④の中で﹁我︑己レと我ヲ︑己レヲとは言を異にし﹂と述べているところは︑助詞﹁を﹂の存在から﹁我ヲ﹂﹁己レヲ﹂と﹁我﹂﹁己レ﹂と別扱いをしてい

ることが分かるが︑これも︑﹁冒巳と﹁旨員隠一どの

関係を援用したものであろう︒

右に述べる﹁他動﹂も︑松下の実態を中心とする論述

の仕方からして当然の結證である︒しかし︑この定義

は︑掲げられた用例の範囲では通じるが︑言葉の現実を ●●⑤他動他動は︑可動作を為したる主と動作の起りたる

場所と異りたるものなる時Lの動作をあらはす式形な

り︒換言すれば︑成るものの上に起れる︑他のものの動

作︑即甲又は乙の上に起れる︑乙又は甲の動作をあらは

す式形なりとす︒例えば︑風花ヲ散ラス︑我文ヲ作ス︑

天雨ヲ降ラス︑甲︑乙ヲ逃ス︑甲︑乙ヲ走ラス︑乙︑甲

ヲ逃ス︑乙︑甲ヲ走ラスの散ラス︑作ス︑降ラス︑逃

ス︑走ラスの如し︒動作の主は︑風︑我︑天︑甲︑乙︑

にして︑動作の起れる場所は︑花︑文︑雨︑乙︑甲なれ

ば各異なり︒

︵﹃国学院雑娃昏明治二十九年十二月号ページ︶

(7)

7

忘れたもので︑この考えを延長させれば

狩物を藩る︵自動︶

子供に粉物を新せる︵他動︶

話を聞く︵自動︶

子供に話を聞かす︵他動︶

という関係になり︑⑦で松下が掲げる定義と異なってく

ることになる︒

︑自動と他動との区別は以上述べたるが如し︒かるが故

に世人は日はく

自動とは他に関係なき動作をあらはすものなり︒

自動とは他に向着せざる動作をあらはすものなり︒

自動とは他を処知する意なきものなり︒

他動とは之に反するものなり︒

と︑此の如き定義はあながち怨しとにはあらねど未充分

に晩明しえたりとは云ふぺからず︒

自動は勁飼の偶有性にして︑共の主と其の起る場所

とを同じうせる動作をあらはすものなり︒

他動は動詞の偶有性にして︑其の主と其の起る墹所

とを異にする動作をあらはすものなり︒

といふを以て最よしとす︒

︵﹃国学院雑雄L明治二十九年十二月号両ページ︶ 松下の﹁自動﹂﹁他動﹂の定義である︒この定義は︑﹃詞の通路﹄以降︑経験的に認職しばじめた国語の﹁動詞の自他﹂すなわち︑﹁余る﹂﹁余す﹂︑﹁移る﹂﹁移す﹂の如き活用語尾など語形のわずかな相違によって︑﹁自他﹂の対応をする動詞を位慨付けたものではなく︑一つの動詞がたまたま使用された場所によって生じた意義が規定する松下独特の﹁自動﹂﹁他動﹂の定義であることがよく分かる︒

⑦動詞はものの事実を云ひあらはす言葉なれば︑必其の︒○主となるべき名詞︑即︑其の動詞にその事実を云ひあら︒◎はさるる事物をあらはす名詞︹代名詞をも含む︺に結合︒○す︒その主となるべき名飼を主格の名飼或は主辞といふ︒

他動の動詞は︑其の主と其の起る場所とを異にする動作

をあらはすものなれば︑主辞に結合するのみならず︑そ

の動作の起る場所をあらはす洞にも結合す︒その鳴所を︒︒︒○あらはす言莱を処格即賓格の名洞或は︑喪辞といふ︒

故に他動の動詞は必処格名嗣︹何々ヲといふ言莱︺に結︒︒︒︒︒︒⑨︒︒︒︒︒︒︒○○○︒◎合す︒而して処絡名飼に結合するものは必他動の動飼た⑥︒○︒⑨︒︒︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︒らざるぺからず︒されば他動なりや否やを知るには︑処︒︒︒︒︒︒︒︒︒○口︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑格名詞に結合せりや否やを験するのみにて足れり︒

︵﹃国学院雑畦艀明治二十九年十二月号犯ぺIジ︶

(8)

8

現在行われている﹁自動詞﹂と﹁他動詞﹂の簡単な判

別方法が確信をもって示されている︒すなわち︑松下の

いう処格名詞︹何々ヲといふ言莱︺に接続すれば︑﹁他

動の動詞﹂となり︑接暁しなければ︑﹁自助の動詞﹂と

なるとする︒

誠に単純な論理で︑ある一つの文法体系の創始者とし

ては︑このようにいわざるを得なかったものであろう

が︑これを絶対としたがゆえに︑次のような無理が生じ

ることになるわけである︒

③然るに世には甚しき悪を抱けるものあり︒共の宮を聴

くに即日はく可処枯︹何々ヲ︺に結合すれども他肋たら

ざるものあり︒道ヲ行ク︑坂ヲ上ル︑空ヲ飛ブ︑川ヲ渡

ル︑音ヲ泣クの行ク︑上ル︑飛ブ︑渡ル︑泣クなどの如

し︒Lと共の他動ならずとする所以を問へば則日はく︑

行ク︑上ル︑飛プ︑泣ク等は処分する意なければなりL

と︒ああ此等の語果して処分の意なきか︒余をして云は

しむれば︑此等の語も亦処分の意ありとせざるを得ず︒

何となれば︑道は人に行かれ︑人に踏まれ︑坂は人に上

られ︑人に踏まれ︑川は人に渡られ水を分けられ︑空は

鳥に飛ばれ空気を動かされ︑音は人に泣き発せらるるに

あらずや︒此等の行ク︑上ル︑飛プ︑渡ル︑泣クは普通の

是 音 音 大 ニ ヲ 又 な 泣 泣 日 る ク ク は 誤 と は く な 云 道 道 り ひ ニ ヲ

。 う 行 行 道 ベ ク ク ニ し 、 、 行 ・ 空 空 ク こ ニ ヲ は れ 飛 飛 道 他 プ プ ヘ 動 、 、 行 に 坂 坂 ク あ ニ ヲ

、 ら 上 上 空 ざ ル ル ニ る 、 、 行 證 川 川 ク な ニ ヲ は り 渡 渡 空 と ル ル

グ 、 。 、 、

処格名詞︹何々ヲといふ撒莱︺によって類別しようと

したために︑大局を見失った論が展開されていく︒松下

が述べるように︑﹁道ヲ行ク﹂という淡現で︑﹁通は人

に行かれる﹂という迩義︑すなわち︑﹁宇宙を行く﹂﹁こ

の枇を行く真理﹂などという形で︑従服したというよ

うな例もあろうが︑無理を感じさせるもので︑助洞﹁行

ク﹂の常識的な意義﹁︵動作の主が︶今いる所から向こ

うのほうへ進み動く﹂という範囲で︑松下の﹁動詞の自

動﹂としておだやかに処理できるものであるべきと思わ

れる︒ 行ク︑上ル︑飛プ︑渡ル︑泣クにはあらで︑踏ミ行ク︑通り行ク︑踏ミ上ル︑分ケ飛プ︑分ケ渡ル︑泣キ発スなどの如き意に用ひたるものなり︒故に此の税は迩理として成り立つべきものにあらず︵可国学院雑捻L明治二十九年十二月号氾ページ︶

(9)

現実の動詞の用法では︑松下のいう﹁動詞の自動﹂と

も﹁動詞の他動﹂とも判断できない未分化のものも存在

し得ると思われる︒その一つの具体例が︑格助詞﹁に﹂

に接続したものであろう︒すなわち︑松下が処絡名凋

︹何々ヲといふ高菜︺に接続したものを﹁勤制の他勤﹂

とした理由は︑③に︑﹁近は人に行かれ︑人に踏まれ︑

坂は人に上られ︑人に踏まれ︑川は人に渡られ水を分け

られ︑空は烏に飛ばれ空気を動かされ︑音は人に泣き発

せらるるにあらずや︒﹂とあるように︑他に対して秋極

9醐剴凱鋤剴鋤例刻剥劃調があるためであろうが︑﹁道二行ク︑ 行ク︑坂二上ルは坂へ上ル︑川二渡ルは川へ渡ルなるか︑又は︑道ニシテ行ク︑空ニシテ飛プ︑・坂ニシテ上

︒◎ル︑川ニシテ渡ルのシテといふ関係詞即後趾訓︹英謡に

てプレポジション︵前瞳詞︶といふもの︺を賂けるなり︒

音二泣クは音声的二泣ク又は音ニテ泣ク︑なり︒而して

かくいふ時の行ク上ル︑等は道ヲ行ク︑坂ヲ上ル以下の

行ク︑上ル等とは全く文法上の意義をことにす︒此の如

き議證は︑﹃優美二語ルLと云ひ得べき故に﹁優美ヲ語

ルLの語ルは他動にあらずと云ふと同じきのみ︒固より

非證理なりとす︒

︵司国学院雑誌L明治二十九年十二月号ページ︶ 空二飛ブ︑坂二上ル︑川二波ル︑音二泣ク﹂は︑そのような積極的な要索が明らかに存在しないからである︒

松下は︑右の耶悩を考瞳して︑格助詞﹁に﹂に接続し

たものは︑﹁道ヲ行ク︑空ヲ飛プ﹂などとは︑別語であ

って︑﹁道へ行ク︑空へ行ク﹂などの意義か︑﹁道ニシ

テ行ク︑空ニシテ飛プ﹂などの﹁シ一こが省略されたも

のと理解するcそして︑その例証として︑﹁優美ヲ語ル﹂

﹁優美二語ル﹂の例を挙げ弾この両者の意義は︑全く違

うから︑後者の例があるからといって︑前者を﹁動詞の

自動﹂とするわけにはいかないとする︒

ここには︑松下が︑一貫︑処格名詞︹何々ヲいふ言

葉︺に接続するかいなかで︑﹁動詞の自動と他動﹂を区

別しようとする盗勢が伺われるが︑動荊の意溌や形態を

雌祝した雛理で︑文法の範囲を明らかに逸脱しているc

⑩又日はく可川ヲ渡ル︑空ヲ飛プの渡ル︑飛ブが自助な

る舐には別に渡ス︑飛バスといふ他助ありLと︑されど

もこは波ス︑飛パスを︑川ヲ渡ル︑空ヲ飛プの渡ル︑飛

ブに対するものなりと恩へろよりの誤なり︒渡ス︑飛バ

スは︑楢川二渡ル︑魂天外二飛プ尋の渡ル︑飛プ︹︑

動︺に対する他助にして︑川ヲ波ル︑空ヲ飛ブの渡ル︑

(10)
(11)

11

と述べ︑打ち建てた文法理念を遵守しようとする姿勢が

示される︒

このような松下の﹁動詞の自動と他動﹂を裏打ちする

ものとして︑変尾法︑助辞法︑別言法の三種があるとし︑ 松下は︑このような危倶はものともせず︑⑪彼の輩が説く所の謹諸は皆此の如く浅薄なり︒一と︒︒︑︑︑︑︑︒︒勺︑︑勺︑して理に合ふものなし︒他動の動詞は必処格名詞に結合︑︒︒︑︑︑︑○○や︑︑︑︑︑し︑処格名詞は必他動動詞に結合すといふことは如何にするも破るべからざるものなりとす︒●●●●●●●●●自他を区別する方式これに三つの法あり︒変尾法︑助辞法︑別言法これなり︒変尼法とは語尾の変化によるもの︑助辞法とは助辞の助けによるもの︑別言法とは全く異りたる別々の言葉を用ふろもの︑をいふ︒自他を区別するには多くは変足法による︒たとえば自動成ル赴ク落シ趾ヅ飴マル他動成ス赴クル落ス趾カシム始ムなどの如し︒別言法によるものは一二に過ぎず︑死ヌと殺スと︑又は行クと通ルとの如きものこれなり︒助辞法による時は如何なる助詞も自勁となり︑他勁となるものなり︒但しこれは多く変足法又は別言法によること能はざるものに用ふ︒︵﹃国学院雑誌L明治二十九年十二月号内ぺlジ︶

次のように後述される︒

自動他動

変尾法一職娠岬語蝿恥蹄嚥ル治ム︑掴ラス︑散ラス恥クル︑下ス︑昇ス等別言法︷死ヌ︑行ク殺ス︑遣ル等渡ル渡ラス︹波スに同じ︺

飛プ飛パス

界ル昇ラス︹界スに同じ︺渡ラル︑波ラュ渡ル︵何々ヲ︶飛パュ︑飛パル飛プ︵何々ヲ︶

昇ル︵何々ヲ︶助辞法岬や羊剛鵡咋︾蛤理的︶渡ル︵何々ヲ︶

剛釧剖剰呵州︵箇理的︶飛プ︵何々ヲ︶

側判剖釧列州︵箇理的︶昇ル︵何々ヲ︶死又死ナス︑死ナシム殺サュ︑殺サル殺ス矧削引測洲州︵諭理的︶殺ス等

ここには︑⑳の解説で述べたように﹁渡る︑渡す﹂﹁飛

ぶ︑飛ばす﹂のいずれをも﹁動詞の他動﹂としたり︑

②で既に触れられたが﹁死ヌ︑殺ス﹂﹁行ク︑遣ル﹂を

﹁自動と他動﹂とする別言法と称する︑文法を離れた意

義中心の﹁動詞の自動と他動﹂の理解が示されている︒ ︵可国学院雑踏﹄明治三十年一月号測ぺlジ︶

(12)

12

①から⑪までは︑松下が明治二十九年十二月号の﹃国

学院雑誌﹄に載せた﹁動詞の自他﹂の全文であるが︑松

下は︑続いて︑同様の論述の仕方で︑明治三十年一月

号︑五月号︑九月号の三回﹁動詞の自他﹂を記述する︒

その内容は︑松下が①から⑪までで建てた定義を守ろう

と︑その定義の例外事項︑例えば﹁受与﹂とか︑﹁可能﹂

とか︑﹁尊称﹂とかを体系付け︑次のように表解し︑松

下の﹁動詞の自他﹂とは︑上から4番目の﹁受与﹂と対

応する﹁自他﹂であるとする︒

松下は︑一般文法の確立を目指したことは周知のこと

卦他一婚紬一︾跡一筆罪一岫鋤

勺︑此の表に於て︑節一の自他は甚広漠たる暖昧なる非科学︒︲︲︑や﹂︒︒②○的の自他なり︒第二の自他はた然り︒第三の自他やや取●●るに足る︒とにかく確なる概念を有す︒第四の自他は最

狭裟の自他にして文法学上段も適切なり︒

︵可国学院雑誌L明治三十年九月号船ページ︶ である︒すなわち︑西欧文典の真理は︑国文法でも同様であるとの信念のもと文法体系の作成に努めたわけで︑この小論で論じた﹁動詞の自他﹂とは︑その萌芽期として︑西欧文典の自動詞と他動詞の理解をそのまま導入し︑まず動詞の意義内容によって︑﹁自動と他動﹂を判別するという新たな着眼とその具体的処理の方法とし・て︑処格名詞︹何々ヲといふ言葉︺に接続するやいなやを提案し︑最終的には﹁動詞の自他﹂を変尾法︑別言法︑助辞法の三種に分類したわけである︒

松下の﹁動詞の自他﹂の国語学史的意義は西欧文典の

自動詞と他動詞の概念で︑国語の動詞がどのくらい説明

付くか試みたものと考えられ︑西欧文典という観念論の

自動詞︑他動詞と国語における具体的形態をもった事実

としての﹁動詞の自他﹂の接点を求めた論述であると称

せよう︒そして︑この論述から明らかに示唆されること

は︑もし︑西欧文典を強行に導入しようとするならば︑

﹁処格名詞︹何々ヲといふ言莱︺﹂という術語に示され

るように国語における助詞の概念を排除せざるを得ない

ような︑国語における一般文法の限界である︒

(13)

13

松下は︑その後︑大正十二年十二月から翌年二月ま

で︑﹃国学院雑誌﹂に﹁動詞の自他被使勁の研究﹂を連

戦するが︑松下の文法理論の災大成である昭和七年刊行

の﹃改撰標蛎日本文法﹂では︑第三編﹁詞の本性論﹂の

第二節﹁動詞の小別﹂の﹁他動性の動詞と自動性の助

凋﹂で︑附潔に6ページほど︑しかも意図的になぞる粍

度にしか触れられていない︒この事実は︑松下は︑﹁勤

凋の自他﹂について︑強い関心を抱いていたが︑一般文

法的アプローチでは︑処皿し枠ず︑国語の助詞は︑別の

理倫によって解決されるべきものと判断したと考えられ

ヂ︵︾c

山田は︑窟山中学中退後︑小中学校教員検定試験に合

格︑丹波征山鳳鴫義塾︑奈良県五条中学を経て︑明治三

十五年高知県立第一中学校の教埋から﹃日本文法諭﹄︵一

部︶を刊行した︒年齢鍋歳である︒5年後の同四十年

全部が公にされ︑山田文法の体系が明らかにされた︒そ

の内容は︑当時の文法書が︑国語の本性に適合していな 3山田孝雄の所説 いことを嘆き︑西欧文典や西洋の哲学︑論理学︑心理学を援用しつつも︑自らの実感を尊重し︑それを土台として︑国語の体系付けを果たしたものである︒

山田は︑第一部﹁語論﹂の第三瀬﹁語の性質﹂で︑国

語の﹁自他﹂を﹁動詞の目他﹂と理解し︑まず︑次のよ

うに述べる︒

|①助詞の性質上の分顛をはじめて系統的に企てたるはか

の本居春庭氏なり︒氏の将譜飼の通路は主として之を研

究したるなり︒爾来氏の脱の系統はたえずして今日に至

れり︒而して一方には又西洋文典の助捌の自他の範嫡を

一潤し米りて我に加ふるものあり︒ここに於いてこの流派

一は現時の剛語学界に存在するなり︒今二者の可否を決し

一て吾人の執るべき所を明にせむ︒吾人は絃に動詞の性質上の分類といへり︒そは︑単に

一鍛匪睦也唾緬捗唖趣鋤壁唖岬維錘誹施準繊吟識嘩唯趨韮

類を企てむと期するものなることはあらかじめ訴へおく

べき要点なり︒

︵可日本文法諭﹄︑ページ︶

前半部分は︑明治末期における﹁動詞の自他﹂につい

ての学界の分裂した認識の状況と山田がこの問題に決務

(14)

14

と述べ︑性質上の分類をすることを﹃詞の通路﹄では︑

﹁詞の自他﹂を研究すると称していると紹介する︒ここ

で注意されるべき点は︑﹃詞の通路﹄では︑②の引用文

中にも示されているように︑﹁自他の言葉の活﹂とか﹁自 を付けたいとする意志表示がなされている︒後半部分では︑国語の動詞について︑単に意義をもって分類するのではなく︑その性質︑①中の表現をもってすれば︑﹁何等かの文法上の制約を生ずる点﹂すなわち機能に着眼して分類を果たそうとする意図が示され︑山田の﹁動詞の自他﹂についての追究の立場が明示される︒続いて

②さても詞の通路にはかかる性質上の分類を企つること

を測叫副側を研究すと称せり︒其の言にいはく︒

歌よむにもふみかくにも︑事をしるすにも︑よるづ

の事をわかち︑其さまをくはしくしらするなれば︑もは︑︑︑︑︑︑や︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ら此自他の言莱の活をむねとこころうべきわざなり︒

一云々︒

さて自他の詞六つにわかれたれば︑今六段に次第し

て︑その詞をほどこし︑一目に見わたし︑こころえや

すからむために︑図をつくりてさとしたるなり︒

とて図を示せり︒︵傍線華者︶

︵﹁日本文法論Lmぺlジ︶ 他の詞﹂とか称していることで︑特に﹁動詞﹂をのみ取り上げて論じようとしていたものではないことである︒﹃詞の通路﹄の﹁詞の自他﹂では︑現在の品詞論でいう﹁動詞﹂のみが論じられているが︑春庭の意識の前面には︑言葉全体の﹁自他﹂があったわけで︑山田がこの相違を考患せず︑﹁動詞﹂にのみ研究の対象を絞ったことが︑国語の﹁自他﹂の研究の限界を生む結果となる︒

山田は︑﹁自他﹂とは︑﹁動詞の自他﹂と理解し︑﹃詞

の通路﹄及びその流れを汲む権田直助﹃語学自在﹂の

﹁自他﹂の表を取り上げ︑国語における伝統的な﹁自

他﹂を批判して行くわけである︒

③今便宜を以て其の六極に分れたる用言の例を一二抽出

して名目を示さむ︒

溶きかす第三段

第一段 柚きこゆる にぐるにぐる

鵯eや長心謹岬

櫓や長pS謹や岬

国 力 寺 田

き に がす

一一

零弾蕊や、蝿

(15)

15

かくの如く名目は七趣ありて︑其の種類は六あり︒かく差異を来せるは可おのづから然るLと﹁みづから然するLとは意義異にして実質一なるが故なり︒椛田氏に至りてはこの七名目に対して七甑をあげたり︒今之を抽出せむ︒

旧来の脱かくの如し︒其の分類は頗糒密なるが如し︒ のかするいでさすろ第四段 他に然する

まず︑山田が︑③で指摘する問題点を整理してみよう︒

山田の説明と表解によると︑春庭は︑﹁おのづから然

る﹂と﹁みづから然する﹂とは︑遼誕は異なるが実質は

同じであるとし︑二つを一括して扱い︑椛田は︑意義異

なるがゆえに︑実質も異なると二分類していることにな

る︒しかし︑山田が︑③中で﹁第一に間ふくきは・・⁝⁝.

其の分釈の原理は如何といふことなり︒﹂と述べたこと

は︑山田には︑③中での﹁おのづから然る﹂﹁みづから

然する﹂の両者にどのような相違が存在しているか分か

らなかったことが指摘できる︒

では︑なぜ︑春庭は一括し︑櫛田は二分類したか︑こ

こでまず︑椛田の二分類の理由を考えてみよう︒問題部

分は︑次のようになっている︒ 然れども其の挽く所果して一点の疑惑をも挟ましめざるか︒第一に問ふべきはこの六極若くは七麺は如何なる順序を経て別れたるものなるか︒其の分釈の原理は如何といふことなり︒然れども其の書ども︑更に分釈の原理を示さず︒︵で日本文法拾Lmページ︶

下 寸 下 サ

尋里篭抑や岬

にがさする

きこえさする第四段

稗 e や 長 心

"*jo&岬久

戸にげらる堅

物きかる弾第五段

呈理篭却心岬ふ

下 ラ 下 手

き に か が る さ 出 る

第六段

おのづから然る

加行四段

のく多行下二段

第一段 1須U■■dPnpU日名■する

のくいづる第二段 物を然する同下二段のくる佐行四段いだす第三段

且■■■■ロー■q0品﹃ザ〃やQIするのけさするいださする卵五段 宅辛汀昭一約やし︼蔬せらる槌

被壁被

いでらる秘蛎六段

い の る 他 だ け 弾 に さ ら 然 る る せ 担 披 》 彼 ら

卵七段

(16)

16

から見えるようになるのが原錐﹂︵胴ページ︑傍線筆者︶

とあるように︑﹁存在する﹂ものが行動を起こし︑形を

表すことである︒このことは︑逆にいうと︑﹁存在する﹂

ものが無い蝋合は︑﹁いづる﹂という概念もないわけで︑

いわゆる自然の現象の中では︑﹁いづる﹂は︑使用でき

ないものと推察される︒権田が︑﹁おのづから然る﹂の

欄から﹁いづる﹂を排除したのは︑そのような意義ゆえ これによると権田は︑﹁のく﹂には︑﹁おのづから然

る﹂﹁みづから然する﹂の両様があるが︑﹁いづる﹂は

﹁みづから然する﹂だけであると判断している︒このよ

うな整理を行った椛田の意図は︑意義から追究すれば瑚

解は容易である︒

﹁いづる﹂は︑現代語でいえば︑﹁出る﹂で﹃古語群

典︵岩波︶﹄では︑﹁内や奥にもともと存在するのに外

から見えず︑存在しないように思われたものが︑我や外 おのづから然る加行四段のく多行下二段第一段 みづから然する

のくいづる第二段 の処理と思われる︒

一方︑﹁のく﹂は︑諸種の辞典の用例からみても︑﹁霧

がのく﹂など自然の現象にも適用され︑﹁おのづから

然る﹂欄に充当可能である︒ここで︑﹁のく﹂が﹁おの

づから然る﹂﹁みづから然する﹂とも︑形態上力行四段

で等しいのに︑あえて別扱いにしたのは︑この分類が︑

活用などの文法に基づいての処理でなく︑意義によるも

のであり︑権田には︑意義の相違が語感として生きて感

じられていたと判断される︒

これに対し︑春庭が﹃詞の通路﹄で︑﹁おのづから然

る﹂﹁みづから然する﹂を﹁第一段﹂として統合したの

は︑助詞の実際の語感としては相迩を認めつつも文法上

は変わらないと把掘したものであって︑この二つの段の

処理についていえば︑春庭のほうが時代が先であるが︑

創り上げた理論に対する砿信が娘じられる︒そして︑椛

田の考え方には︑伝統的な﹁自他﹂を継承しつつも︑西

欧文典的分析的ものの見方がしのび寄っていることが伺

春庭及び権田のこのような構図を︑山田が明らかにし われる︒

(17)

17

えなかったのは︑①で述べているように︑あくまでも︑

動詞の性質︑すなわち﹁何等かの文法上の制約を生ずる

点﹂に着眼して問題を解決しようと図ったためと思われ

る︒ここで︑山田の論述は︑別の方向に進んでいく︒

これは︑春庭の第二︑三段︑権田の第三︑四段の﹁物

を然する﹂﹁他に然する﹂は︑﹁みづから然する﹂と同

様︑第一人称を主語として取り得るという発言である︒

④の記述は︑分類上の表現に拘泥したものであって︑

春庭及び権田の掲げる語例を無視しているところがあ

り︑伝統的な﹁自他﹂にまじめに取り組む姿勢が伺えな

い︒特に︑山田が︑﹁みづから然する﹂を第一人称にの

み理解しているが︑﹁みづから然する﹂は︑実際は︑

﹁君がみづから⁝⁝﹂﹁彼がみづから⁝⁝﹂と第二︑三人 ④この故に今其の名目の間に矛盾を有することなきかを

検して︑其の分類の妥当なるか否かを決せむ︒先︑節一

に可みづから然するLとは二槻の護に解せらる︒即一方

よりいへば︑みづからのみの然することなるべく︑一方

よりいへぱ︑所綱可物を然するLも司他に然するLも皆

みづから然するにあらずや︒

︵可日本文法諭L畑ページ︶ 称にも使用可能であることは︑いうまでもなく︑思考不足というよりも︑些細なことを取り上げて︑春庭及び権田の考え方を間違いと強弁しているように思われる︒ここには︑伝統的な学問研究に対する蔑視さえ感じられ︑時代精神が暗黙のうちに語られている︒

このような山田の態度が︑﹁物を然する﹂﹁他に然す

る﹂及び﹁自他﹂という表現の批判には強く表れる︒

@次に又可物を然するL﹁他に然するLの差別は如何︒

可物Lと﹁他Lとは異か同か︑之を明にせざる時は混同す

る恐なきか︒根本の問題たるべき自他とは如何なる義

か︒自とは可おのづから然るL可みづから然するLの

﹃おのづからL可みづから﹂の意なるか︑他とは﹁他に

然するし﹁他に然せらるるLの義か︒然らば﹁物を然す

るLは目なるか︑他なるか︒かくて自を以て可おのづか

らL可みづからLの義とせば︑七名目殆みな可自Lなら

ずや︒又若︑自他を唯単に﹁他にLといふ語の有無によ

らで︑司自﹂可他Lが発動の主たる墹合の区別とせぱ︑

次の如き分額となるべし︒この堀合に於いては可おのづ

からLの二租は自他以外にあるものとなるべし︒

一岬鯨蝋︾る.

他に然せさする︒

(18)

18

⑤の記述で伺えることは︑山田には︑﹁物を然する﹂

と﹁他に然する﹂の関係において︑その区別はなし得ない

ものという意識が潜在しており︑それが﹁﹃物を然する﹄

﹃他に然する﹄の差別は如何︒﹂という表現になったも

のと思われる︒この両者は︑春庭の第二︑三段に掲げる

﹁きく﹂﹁きかする﹂という語例︑権田の第三︑四段に

示す﹁のくる﹂﹁のかする﹂︑﹁いだす﹂﹁いでさする﹂

という語例から判断すると︑﹁物を然する﹂﹁他に然す

る﹂両者の間には︑完全な相違があり︑その相違を踏ま

えて使用することができると思われる︒その相違は︑西

欧文典の直接目的︵﹁物を然する﹂︶と間接目的︵﹁他

に然する﹂︶の差であって︑あえていえば︑格助詞の 他.⁝・・他に然せらるる自他以外⁝⁝おのづから然る・・⁝・おのづから然せらるる︒

可おのづから然せらるる﹂は目とも見らるるな

駒ソ︒

かく分類を試むと錐︑なほ決してかの自他の分類には適

合せざるなり︒

︵﹃日本文法輪L鯛ぺIジ︶ ﹁を﹂と﹁に﹂との相違がもたらすものと称せよう︒山田は︑言葉を次いで︑﹁﹃物﹂と﹃他﹂は︑異か同か︒之を明にせざる時は混同する恐なきか︒﹂と述べるが︑これは︑﹁物﹂と﹁他﹂という言葉を単純に並べ︑その相違を問題にしているわけで︑﹁物﹂とは︑﹁物を然する﹂の﹁物﹂であり︑﹁他﹂とは︑﹁他に然する﹂

の﹁他﹂であると理解すれば︑混乱は起こり得ない︒春

庭自身もその差異を特に意識していなかったことは︑

﹃詞の通路﹄の本文中に3箇所見られる次のような混同

︵注6︶によっても確認できる︒

○加行より佐行にうつりて自他のわかるる例加行四段活佐行四段活

うこくうこかす

おとるくおとろかす

かわくかわかすなひくなひかす

わくわかす

右上なるはおのつから然るをいふことは下なるは倒劃

鋼鋼訓釧をいふことはなり

︵傍線筆老・

︵罰本居宣長全集皿Lページ︶

(19)

19

次に根本問題の﹁自他﹂について山田は春庭及び椛田の

考えるところをたどろうとはしないで︑﹁おのづから然

る﹂﹁みづから然する﹂という袈現面をとらえ︑そこでの

整理を行い︑般後には︑松下が﹁自他﹂をその論文中で

﹁場所﹂という観点から理解したように︑⑤中の図解に

みるように︑第一人称﹁自﹂︑第二︑三人称﹁他﹂という

主語の相違と考えていく︒このようなものの原因は︑春庭

や権田が使用する伝統的な﹁自他﹂という術語について

論じながら︑一生懸命︑今日的な動詞の﹁自他﹂すなわ

ち自動詞と他動詞の概念で処理しようとしたためで︑伝

統的な﹁自他﹂では違って認識されていたものを︑明治

時代の第一人称及び第二・三人称に従って一括すべきだ

と錆じるのは︑全く時代を無視したものと称せよう︒

山田は︑このような矛盾に気付かず︑次のように述べ

ていく︒

︑とにもかくにも︑吾人はこの区分につきて理路をたど

るに窮せり︒而して吾人の股岐路に迷ふは︑自他の意装

の不硫定なることなり︒目と他とは相対したるものとせ

ば︑而して自のうちに可みづからLと可おのづからLと これまで山田は︑春庭の使用した術語の表面的意義を

取り上げて︑その論理が︑明治時代の文法意識では︑一

貫しないと批判してきたわけだが︑ここでは︑﹁自他﹂

という術語について同様の平面的な批判を行っている︒

すなわち︑山田としては︑問題となっている﹁自他﹂と

いう術語の近世国語研究費料にみられる歴史的な使用の

実態を︑ここで明らかにすべきものであるにかかわら

ず︑西欧文典の自動詞と他動詞の対応を踏まえつつ︑国

語にも﹁自他の対応﹂を考えようとしたもので﹁みづか

ら﹂﹁おのづから﹂を﹁目﹂にしたならば︑それに対す の別を立つる必要ありとせば可みづからLの目に対する他と︑おのづからLの目に対する他とは区別なきか︒しかも可みづからLと可おのづからLとのこ畿は一に摂する理あるか︑これ亦疑を超さしむる空隙なり︒可他Lとは司他にLといはるる類か︑可他Lが発動の主なる意か︒又司物をLといふは他なるか目なるか︒これらの疑惑は陸統として生じ来りて遂に吾人を五里霧中に扮侭せしむるに至れり︒絃に於いて吾人は之を吾人の複語尾と称する分出せるものの形より解体して果して妥当なるか否かを検せむ︒

︵﹃日本文法治L郡ページ︶

(20)

20

る﹁他﹂は︑いかなるものであるかと論を進めたわけで

ある︒これまでの研究やこの小論の論述でも明らかなよ

︵生7︶うに︑春庭も権田も︑﹁みづから﹂及び﹁おのづから﹂

を﹁自﹂と定義しているわけでは決してなく︑山田の勝

手な思い込みが︑⑥の出発点となってしまっている︒す

なわち︑春庭の場合﹁みづから﹂と﹁おのづから﹂は︑

春庭の動詞の意義を中心としたものの見方が2種類に分

︵注8︶類したわけで︑これを山田が.に摂する理あるか︑こ

れ亦疑を起さしむる空隙なり︒﹂とするのは︑春庭の理

論を検討しての後の発言であるべきだろう︒また︑次の

﹁﹃他﹄とは﹃他に﹄といはるる類か︑﹃他﹄が発動の

主なる意か︒又﹃物を﹄といふは他なるか目なるか︒﹂

は﹃詞の通路﹄を真に読もうとせず︑いたずらに西欧文

典の自動詞︑他動詞の概念を当てはめようとしているこ

とがよく分かる︒山田が最後の部分で︑﹁遂に吾人を五

里霧中に祐裡せしむるに至れり︒﹂と慨嘆するが︑なん

となく自らを霧中に導いていった感は否定できない︒こ

こで︑山田は︑平均的文法学説では︑﹁助動詞﹂と名付

けられている山田が定義する﹁複語尾﹂の概念をもつ ここで山田は︑いわゆる﹁受身﹂及び﹁使役﹂の助動

詞﹁る﹂﹁らる﹂︑﹁す﹂﹁さす﹂を排除し︑動詞の原

形で︑動詞を考察すべきだと訴える︒これは︑山田が︑

﹁のく﹂﹁のくる﹂と助動詞﹁る﹂﹁らる﹂︑﹁す﹂﹁さ

す﹂が添加した形態で︑春庭や権田の六種若しくは七種

の用法を説明できると判断したためである︒

この論述は︑山田が春庭及び権田の六種若しくは七種 て︑春庭及び権田の分類に結着を付けようとする︒

⑦司他に然するL司他に然せさするLは大槻氏の所調使

役相なり︒この際には﹁すL﹁さすLといふ複語尾分出

す︒この複語尾を解き去れば︑用言の原義のみ残留すべ

し︒かくて残留せるものは﹁のかするLは﹁のくL﹁の

けさするLは﹁のくるLとなるなり︒可おのづから然せ

らるるL可他に然せらるるLは大槻氏の所謂所相なり︒

この際にはうる﹂可らるLといふ複語尾付属す︒この複

語尾を解き去れば︑この原義は又﹁のくLTのくるLと

なりて残留すべし︒ここに於いてかの六種七種は可おの

づから然るL可みづから然するL司物を然する﹄の三種

に減少すべし︒吾人はかく減少せしめて用言の性質を研

究することの利便多きを思ふ︒

︵可日本文法輪L稲ページ︶

(21)

21

一③見よ椛田氏の図麦には下の四極は皆一定に複語尾を有

一種躯鵡弛沌詫畷搾評札や嘩嘩燕唖極穗率鎌蠅宰羅銅蕊酔

み︒其の二瓢の意義が四租の格を生ずるは全く原義が二

秘あるによる︒今これを図淡にて示せば次の如し︒︵る︑らる︶︵す︑さす︶のくのかるのかすのくるのけらるのけさす

かかれば四菰は同一種の四瓠に分れしにあらで︑二Ⅲの

見地より別れたるものなることは著しきなり︒この故に

これらは大槻氏の説の如く︑分離せしめて老ふるを可と

す︒さてかの三種は果して至当なる分類なるか︑又吾人 の分類の原理をあいまいと非難しつつ︑その六菰若しくは七種を生んだ原理を解明せず︑そのうちの三郡だけを取り上げて問題としようとしたもので︑これでは︑春庭及び椛田の批判にならないことは︑いうまでもない︒山田は︑春庭及び権田の分類が体系的でないとするなら︑それに代わる新たな体系を提出すべきであるが︑それが出来なかったことは︑時代の未熟を知らされるところである︒山田は︑この点に気付かぬまま︑﹁自他﹂について︑次のような早合点をする︒

﹃詞の通路﹂の六段の分類は︑あくまでも静的なもの

で︑春庭は︑現実の物語や和歌などの動詞使用の実態を

﹁おのづから然る﹂﹁みづから然する﹂﹁物を然する﹂

︵睦9︶﹁他に然する﹂等と整理したわけだが︑山田は︑ここでそ

こに論理的な関連を発見しようと﹁転じた﹂という表現

で説明しようとする︒それを図解すれば︑次のようにな

り︑続いて述べられる﹁自他﹂もこれまで論述してきた

ものとは全く異なる︒ に瞬昧の考を生ぜしめざるか︑吾人はなほ立ち入りて検せざるべからず︒先司物を然するLが令に転じては訓他に然せさするLとなり︑彼に転じては可他に然せらるるLとなりたり︒又可みづから然するL又は可おのづから然るLかが︑令に転じて可他に然するLとなり︑彼に転じて可おのづから然せらるるLとなりたるものとせば︑自他とは用言の原義と複語尾の付属せる体との間の区別かとも思はる︒何となれば︑原義には﹁他にLといふことなく複語尾の付属せる体には﹁他にLといへる名目の多きを以てなり︒しかも﹁おのづから然る﹂ものが司他に然するL﹁おのづから然せらるるLに転じたるか︑﹁みづから然するLが転じたるか︑これ亦明瞭ならず︒︵可日本文法鐺﹄鯛ぺIジ︶

(22)

箆物を然する

山田のここでの﹁自他﹂は︑春庭が動詞の六菰の在り

様全体を﹁自他﹂と称したのと違い︑﹁自﹂を用言の原

義とし︑﹁他﹂を用言に助動詞の接続したものと理解し

ようとしている︒これは山田独自の考え方であるという

よりも︑西欧文典における﹁使役﹂及び﹁受身﹂の考え

方をそのまま︑春庭の六種の分類に当てはめようとした

ものと称することができる︒というのは︑国語の動詞に

は︑﹁おのづから然る﹂﹁みづから然する﹂﹁物を然す

る﹂という三種の性質の範囲内にだけ用いられるもの︑

例えば︑﹃詞の通路﹄に掲げる帥種の動詞の一覧表の﹁か

わく﹂﹁かわかす﹂︑﹁にる﹂﹁にする﹂︑﹁おふる﹂

︵注加︶﹁おほす﹂があり︑なぜこれらが第三段以下の形態をも

たないか考察が不充分なまま︑西欧文典の使役︑受身と

同じように︑一律に六段の関連を把握しようとしている

からである︒ みづから然する︑+令1←制剛然するおの︽稚酔然る/+被l←おのづから然せらるる ︑+令l←軸慨倒然せさする/+舷l仇畑回然せらるる ﹁かわく﹂﹁かわかす﹂などが第三段以下をもたない

︽注皿︶理由は︑すでに説いたが︑これらがいずれも︑事物の自

然な状態の変化を表したものであり︑そのため︑他者に

働き掛ける第三段﹁他に然する﹂とか︑他者が主体性を

受け継いだ第四段﹁他に然さする﹂とか︑第六段﹁他に然

せらるる﹂という形で︑他者が能動性をもってやるとい

う表現は存在し得ず︑また︑第五段﹁おのづから然せら

そとるる﹂という事物の自然な状態の外からの変化を表す意

義は︑﹁かわく﹂﹁かわかす﹂などの意義と本質的に矛

盾するところを内在し︑使用不可能であることから生じ

たことは︑いうまでもない︒なお︑次のような記戦もあ

り︑形式的な﹁自他﹂に対しては︑山田も批判的である︒

⑨春庭氏は第一段第二段は四種のはたらき入りまじりて

定りなく︑第三段はおほく佐行下二段のはたらきなれ

ど︑まれには外のはたらきまじれりといひ︑第四段弗五

段第六段は︑全く複語尾の添はれるものをあげたり︒権

田氏は第一段第二段第三段の間に於いて自他の分るるも

のとし︑第四段より下は皆司令L﹁被Lの助辞につらな

るものとせり︒然りと鮭︑又︑四段の活詞より令被の二

辞へうつるのみにて︑自他のわかるるものといへるもあ

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︵4︶両ずの冒邑Pの.﹄四m 西ドイツ協約自治の限界論︵一︶ ﹀領域﹂に属するに至る︒ ︵名古︶

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一方で、自動車や航空機などの移動体(モービルテキスタイル)の伸びは今後も拡大すると

平 成十年 度(第二 十一回 ) ・剣舞の部幼年の部 深谷俊文(愛知)少年の部 天野由希子(愛知)青年の部 林 季永子(茨城) ○

目について︑一九九四年︱二月二 0