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東ヨーロッパの民族・国家を考える ―ウクライナ 問題が意味するもの

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(1)

問題が意味するもの

著者 吉岡 潤, 戸谷 浩, 孫 占坤

雑誌名 PRIME = プライム

巻 39

ページ 53‑66

発行年 2016‑03‑31

その他のタイトル A Discussion‑ "State" and "Nation" in Eastern Europe

URL http://hdl.handle.net/10723/2748

(2)

●近年のウクライナ問題を考える

孫:本日は、暑い中来てくださいましてありがと うございます。今回、領土問題を念頭に、ナショ ナリズムの特集を組みたいと思います。東ヨー ロッパについてどのように考えればいいのか、東 欧問題の専門家である吉岡さんと戸谷さんにお話 を伺いたいと思います。

まず、ウクライナ問題についてお聞きしたいと 思います。ご存知のように2013年ぐらいからウク ライナ問題が急激に変わってきました。それまで のいわゆるオレンジ革命は10年ぐらい前から始 まっていたのですが、一進一退の感じだったかと 思います。ところが2013年の暮れぐらいからの動 きは、それまでのオレンジ革命とはだいぶ違って いた。わずか1〜2年の間に、ロシアがクリミア を併合し、今はクリミアだけではなくウクライナ 全体が一つの国家としてもはや保たれていない。

戸谷さん、吉岡さんは東欧問題の専門家として、

この1〜2年のウクライナ問題を注意深く見てお られると思いますので、まず、直近の2年間のウ クライナの情勢について、全体的な印象をお話し ください。

戸谷:僕は政治学でも現代史の専門家でもないの で、どちらかというと、文化史的というか、歴史

的な背景で感じることを言えば、ウクライナとい う地域というか国家は、多かれ少なかれ、この何 年かで問題になるようなことに直面することは、

それが戦争にまで至るかどうかは別として、あの 地域のことを少しでも知っていれば、想像できた ことでした。ウクライナは、統一した国家として の歴史は極めて浅いわけですよ。ウクライナとい うまとまりはあったし、ソ連時代はウクライナ共 和国であるけれども、その内実は、様々な面で二 つに割れていることは誰が見ても明らかです。そ れは宗教的にも、民族的にも、ロシアとウクライ ナの間の縦線みたいなものも含めての話です。ま とまった形のウクライナというものがずっとあり 続けて、それが侵されているということではなく て、その内側に前々から入っていた境界線という かヒビというかが、ある種一番まずい形で、ある

東ヨーロッパの民族・国家を考える

―ウクライナ問題が意味するもの

ゲスト:吉ヨシオカ岡 潤ジュン(津田塾大学学芸学部教授)、戸ト ヤ谷 浩ヒロシ(PRIME 所員)

聞き手:孫ソン 占センコン(PRIME 所員)

特集 1:「国家」、「民族」の諸問題と国際秩序の将来

(3)

いは「熱戦」という形で出てきたのが今の状況か なと思います。

だから悪い冗談ですけど、本当ならば、どこか のきっかけで半分に割ってしまうようなことが可 能であって、ウクライナの人もそれが納得できる のであったら、そういう解決の仕方もあり得るか もしれないけれども、ウクライナという国家を考 えたら、それはない選択なので、そこの矛盾とい うかジレンマが問題だと思うんですよね。小さい ウクライナでまとまるつもりは当然ウクライナの 人たちにはないわけなので。繰り返しになります けど、今ある大きなウクライナには裂け目がいろ いろあって、これまでは少なくとも表に出るよう な形にはしてこなかった、あるいは曖昧にしてき たのがウクライナの歴史だったと思います。

孫:吉岡さんはどういうところが印象的だったの ですか?

吉岡:大体の印象としては戸谷さんと重なるとこ ろがあります。そういう危険性が伏在していたの は、おそらくあの地域を見ていれば分かったこと だとは思います。ただ、ああいう形で問題が表面 化するとは予測できなかったですね。独立してか ら、あるいは独立前もそうかもしれませんが、結 局ウクライナは国民統合といいますか、ウクライ ナという国家に所属しているという意識を国民の 間に育てられなかったんだと思います。ウクライ ナは大統領選挙があるごとに東西分断が取り沙汰 されていました。それをどっちが勝つのか、 今回 は西だ、いや東だ、みたいに国民全員が注目する、

4年に一度のイベントのように楽しめればよかっ たのかもしれませんが、そこまでに至らなかった んでしょうね。そこに西からアメリカ、東からロ シアといった具合に外からのアプローチがかかっ たものだから、ああいうふうになってしまったの ではないかと。

孫:お二人の話では、前々からウクライナという 一つの国家に危険性が内在していたということで

すよね。戸谷さんの話では、 ある種の境界線のよ うなものが、あるいは、何かをきっかけに顕在化 してきてもおかしくない内在している危険性が、

いまのような形で明確に出てきたんだと。ただ、

他の東欧諸国、例えば冷戦時代のチェコスロヴァ キアは90年代の初期にチェコとスロヴァキアに分 かれたのですよね。ドイツは逆に冷戦が終わって から東ドイツと西ドイツから一つに統一された。

民族、国家の統合と分離をめぐっては、前々から よく言われているように、東欧の場合、非常に複 雑でデリケートなわけですが、チェコとスロヴァ キアはある意味ではハッピーだと思います。私の 理解する限り、チェコとスロヴァキアに分かれた 時、ユーゴ内戦のように世界を翻弄するようなこ とは起きなかったと思いますので。

戸谷:よく「円満離婚」と言われます。

孫:チェコとスロヴァキアに比べると、ウクライ ナの方は要領が悪いのか、あるいはウクライナに 内在している問題はそれだけもっと難しいという ことですかね。

戸谷:チェコスロヴァキアの方は連邦制のような 形をとっていたわけですけれども、国ができた時 から、ある種、人工的な形でくっついていたとい う側面もあるので、逆に別れる時も簡単と言えば 簡単、円満と言えば円満に別れられる。両方とも 納得して別れましょうということになったと思い ます。でも、東欧でも他のバルカンのユーゴス ラヴィアとか、今日問題にしているウクライナと かの地域は、そういう何十年か前にある種の人工 的な形で一緒になったような国家ではなくて、歴 史が積み重ねられたり、民族の図式がモザイクの ように混じりあったりするようなところで、ここ に線を引くのか引かないのかとか、どちらのもの なのかという話になってしまうので、円満に別れ ることはあり得ないですよね。ここはおまえのと ころのものだよねとか、この民族はこうだよねと いう合意ができていない。スロヴァキア人とチェ

コ人はそれが確立した後にじゃあ一緒になろうと なって、何十年か一緒になっていて、このたびは 別れましょうという形でいたけれども、それと同 じことがウクライナ人とロシア人の間でできるか といったら、そういうふうにはなっていない。さっ き吉岡さんも言ったように、ウクライナ人がどう いうものなのかとか、あるいはロシア人に対して どういう存在なのかという共通の合意ができてい なかったということでしょうね。ロシア系でウク ライナに住んでいる人はなに人なのかとかね。単 純に言えばそういうことができていなかった。

孫:私自身は国際法の専攻ですので、もっと自分 の専門分野に引きつけるような質問をさせていた だきます。2014年に、ロシアはクリミアを併合し ましたが、形の上ではクリミアで住民投票を行 い、圧倒的な大多数がロシアへの編入に賛成し、

ロシア議会がそれを踏まえて編入の手続きをしま した。これに対して、国際社会、特に日本を含め た西側諸国が、ロシアの行動に非常に批判的です。

クリミアの編入をウクライナへの主権侵害、領土 保全の侵害だと批判しています。主権や領土保全 原則は国際法の大原則として当然強調されます。

国際法学者から見ると、21世紀のこの時代に、住 民投票の形をとったとはいえ、ロシアのやり方が あまりにも乱暴過ぎるのではないか、ということ になります。これだけ露骨に他国の領土を取るの は、冷戦が崩壊する前後のクウェートに対するイ ラクのやり方を思い出させる、非常に古典的な侵 略ではないかと。これだけ乱暴なやり方に、西側 だけでなく、さすがに中国も併合には賛成してい ません。東欧地域をずっと研究している方から見 ると、ロシアのやっていることはいいことではな いんでしょうけど、だからといって、それがウク ライナへの主権とか領土保全の侵害という国際社 会の捉え方もちょっと論理が単純すぎるかなとい う気持ちなのでしょうか。

吉岡:どうでしょうか。この地域のことを研究し

ている人たちは、世間の論調がロシアに厳し過ぎ ると思っているのではないか。こんな印象を僕は 持っています。世間の論調というのは、普段私た ちが目にするテレビニュースであるとか、新聞で あるとかの論調のことです。

 普段私たちが目にするテレビニュースであると か、新聞であるとかの論調ですね。確かに領土保 全の原則に照らせば、内政干渉、主権の侵犯とい うことになるでしょう。けれど、クリミアの歴史 やソ連の歴史を振り返り、またロシアとウクライ ナの関係の特殊性を考えてみると、欧米流の論理 で一方的にロシアに非があると片づけられるほど 単純な話ではないと思っている人は案外多いよう な気がします。

孫:これまでの歴史を考えると、ロシアのクリミ アに対するこだわりが分からないでもないんです が、国際法の分野では特に国家の独立や分離、国 境線の変動に繋がるような動きに対しては非常に 慎重にならざるを得ないんです。歴史的にロシア の行動を理解できても、昨年のやり方はやはり大 変ずさんだったのではないでしょうか。

吉岡:やり方としては、ソ連時代にも見られた、 既成事実をつくってそれを定着させるものと言え るでしょう。ソ連は第二次世界大戦初期にポーラ ンド東部やフィンランドの一部、バルト三国や ルーマニアの一部領土を併合し、これらの領域を ほぼそのまま戦後領土として定着させています。 ソ連崩壊後も、グルジアやモルドヴァの領土内に ロシアの影響力が及ぶいわゆる「非承認国家」が できています。ただ、既成事実方式といっても、 今回の領土変更は領土保全の原則が定着した第二 次世界大戦後、少なくとも冷戦終結後で相当大き な規模の地図の変更じゃないですかね。

戸谷:そうでしょうね。孫さんとちょっと準備の 時にも話したんですけれども、要するに今ある近 代的というか現代的な国際法の考えとか国際社会 のあり方からすると、とんでもない、ある種の越

(4)

いは「熱戦」という形で出てきたのが今の状況か なと思います。

だから悪い冗談ですけど、本当ならば、どこか のきっかけで半分に割ってしまうようなことが可 能であって、ウクライナの人もそれが納得できる のであったら、そういう解決の仕方もあり得るか もしれないけれども、ウクライナという国家を考 えたら、それはない選択なので、そこの矛盾とい うかジレンマが問題だと思うんですよね。小さい ウクライナでまとまるつもりは当然ウクライナの 人たちにはないわけなので。繰り返しになります けど、今ある大きなウクライナには裂け目がいろ いろあって、これまでは少なくとも表に出るよう な形にはしてこなかった、あるいは曖昧にしてき たのがウクライナの歴史だったと思います。

孫:吉岡さんはどういうところが印象的だったの ですか?

吉岡:大体の印象としては戸谷さんと重なるとこ ろがあります。そういう危険性が伏在していたの は、おそらくあの地域を見ていれば分かったこと だとは思います。ただ、ああいう形で問題が表面 化するとは予測できなかったですね。独立してか ら、あるいは独立前もそうかもしれませんが、結 局ウクライナは国民統合といいますか、ウクライ ナという国家に所属しているという意識を国民の 間に育てられなかったんだと思います。ウクライ ナは大統領選挙があるごとに東西分断が取り沙汰 されていました。それをどっちが勝つのか、 今回 は西だ、いや東だ、みたいに国民全員が注目する、

4年に一度のイベントのように楽しめればよかっ たのかもしれませんが、そこまでに至らなかった んでしょうね。そこに西からアメリカ、東からロ シアといった具合に外からのアプローチがかかっ たものだから、ああいうふうになってしまったの ではないかと。

孫:お二人の話では、前々からウクライナという 一つの国家に危険性が内在していたということで

すよね。戸谷さんの話では、 ある種の境界線のよ うなものが、あるいは、何かをきっかけに顕在化 してきてもおかしくない内在している危険性が、

いまのような形で明確に出てきたんだと。ただ、

他の東欧諸国、例えば冷戦時代のチェコスロヴァ キアは90年代の初期にチェコとスロヴァキアに分 かれたのですよね。ドイツは逆に冷戦が終わって から東ドイツと西ドイツから一つに統一された。

民族、国家の統合と分離をめぐっては、前々から よく言われているように、東欧の場合、非常に複 雑でデリケートなわけですが、チェコとスロヴァ キアはある意味ではハッピーだと思います。私の 理解する限り、チェコとスロヴァキアに分かれた 時、ユーゴ内戦のように世界を翻弄するようなこ とは起きなかったと思いますので。

戸谷:よく「円満離婚」と言われます。

孫:チェコとスロヴァキアに比べると、ウクライ ナの方は要領が悪いのか、あるいはウクライナに 内在している問題はそれだけもっと難しいという ことですかね。

戸谷:チェコスロヴァキアの方は連邦制のような 形をとっていたわけですけれども、国ができた時 から、ある種、人工的な形でくっついていたとい う側面もあるので、逆に別れる時も簡単と言えば 簡単、円満と言えば円満に別れられる。両方とも 納得して別れましょうということになったと思い ます。でも、東欧でも他のバルカンのユーゴス ラヴィアとか、今日問題にしているウクライナと かの地域は、そういう何十年か前にある種の人工 的な形で一緒になったような国家ではなくて、歴 史が積み重ねられたり、民族の図式がモザイクの ように混じりあったりするようなところで、ここ に線を引くのか引かないのかとか、どちらのもの なのかという話になってしまうので、円満に別れ ることはあり得ないですよね。ここはおまえのと ころのものだよねとか、この民族はこうだよねと いう合意ができていない。スロヴァキア人とチェ

コ人はそれが確立した後にじゃあ一緒になろうと なって、何十年か一緒になっていて、このたびは 別れましょうという形でいたけれども、それと同 じことがウクライナ人とロシア人の間でできるか といったら、そういうふうにはなっていない。さっ き吉岡さんも言ったように、ウクライナ人がどう いうものなのかとか、あるいはロシア人に対して どういう存在なのかという共通の合意ができてい なかったということでしょうね。ロシア系でウク ライナに住んでいる人はなに人なのかとかね。単 純に言えばそういうことができていなかった。

孫:私自身は国際法の専攻ですので、もっと自分 の専門分野に引きつけるような質問をさせていた だきます。2014年に、ロシアはクリミアを併合し ましたが、形の上ではクリミアで住民投票を行 い、圧倒的な大多数がロシアへの編入に賛成し、

ロシア議会がそれを踏まえて編入の手続きをしま した。これに対して、国際社会、特に日本を含め た西側諸国が、ロシアの行動に非常に批判的です。

クリミアの編入をウクライナへの主権侵害、領土 保全の侵害だと批判しています。主権や領土保全 原則は国際法の大原則として当然強調されます。

国際法学者から見ると、21世紀のこの時代に、住 民投票の形をとったとはいえ、ロシアのやり方が あまりにも乱暴過ぎるのではないか、ということ になります。これだけ露骨に他国の領土を取るの は、冷戦が崩壊する前後のクウェートに対するイ ラクのやり方を思い出させる、非常に古典的な侵 略ではないかと。これだけ乱暴なやり方に、西側 だけでなく、さすがに中国も併合には賛成してい ません。東欧地域をずっと研究している方から見 ると、ロシアのやっていることはいいことではな いんでしょうけど、だからといって、それがウク ライナへの主権とか領土保全の侵害という国際社 会の捉え方もちょっと論理が単純すぎるかなとい う気持ちなのでしょうか。

吉岡:どうでしょうか。この地域のことを研究し

ている人たちは、世間の論調がロシアに厳し過ぎ ると思っているのではないか。こんな印象を僕は 持っています。世間の論調というのは、普段私た ちが目にするテレビニュースであるとか、新聞で あるとかの論調のことです。

 普段私たちが目にするテレビニュースであると か、新聞であるとかの論調ですね。確かに領土保 全の原則に照らせば、内政干渉、主権の侵犯とい うことになるでしょう。けれど、クリミアの歴史 やソ連の歴史を振り返り、またロシアとウクライ ナの関係の特殊性を考えてみると、欧米流の論理 で一方的にロシアに非があると片づけられるほど 単純な話ではないと思っている人は案外多いよう な気がします。

孫:これまでの歴史を考えると、ロシアのクリミ アに対するこだわりが分からないでもないんです が、国際法の分野では特に国家の独立や分離、国 境線の変動に繋がるような動きに対しては非常に 慎重にならざるを得ないんです。歴史的にロシア の行動を理解できても、昨年のやり方はやはり大 変ずさんだったのではないでしょうか。

吉岡:やり方としては、ソ連時代にも見られた、

既成事実をつくってそれを定着させるものと言え るでしょう。ソ連は第二次世界大戦初期にポーラ ンド東部やフィンランドの一部、バルト三国や ルーマニアの一部領土を併合し、これらの領域を ほぼそのまま戦後領土として定着させています。

ソ連崩壊後も、グルジアやモルドヴァの領土内に ロシアの影響力が及ぶいわゆる「非承認国家」が できています。ただ、既成事実方式といっても、

今回の領土変更は領土保全の原則が定着した第二 次世界大戦後、少なくとも冷戦終結後で相当大き な規模の地図の変更じゃないですかね。

戸谷:そうでしょうね。孫さんとちょっと準備の 時にも話したんですけれども、要するに今ある近 代的というか現代的な国際法の考えとか国際社会 のあり方からすると、とんでもない、ある種の越

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権行為というか違法行為ということになると思う んですけれども、多分、吉岡さんが言おうと思っ ていたことは、もちろんその観点で言えばそうだ けれども、ロシアのウクライナとかクリミアに対 する見方というのは、前近代からずっと続いてい るというか、ロシア史、あるいはロシアという世 界の中の考え方があるということではないでしょ うか。クリミア半島がウクライナに所属している かどうかは、多分それまであまり大きな問題では なくて、 自分の子どもが親戚の家に遊びに行って いるぐらいのことで、そこの家にいようが、自分 の家で遊んでいようがそれはそんなに大きな問題 ではないし、表面化することではなかった。親戚 の人もその子が家に遊びに来ていることは特に大 きな問題じゃないと思っていた。でも、いざその 子が、今日どこに遊びに行くかとちゃんとノー トにつけていかなきゃいけないとか、何時には こっちに帰りなさいみたいに厳しくなったりする と、問題になってしまうということだと思うんで すよね。今まではそんなことは問題にする必要も なかったし、現実的には半島先端の重要な港は ずっとロシアが使い続けているわけだし、人口と してもロシア系の人が多いので、表面化するよう なことではなかった。仮に向こうに所属していて も、こっちに所属していても、あまり大きな問題 ではなかったんですね。ロシアが何かの形で権益 というか、宗主権みたいな形で持っている前提が あったうえでウクライナに所属しているぐらいの ことで。ただ、それをいわゆる二国間の協定であ るとか、ここで国境線を区切って出入りは厳格に しますよみたいなことになってしまうと、とたん にずっと続けてきた関係は破綻してしまうという か、だったら返せよという感じの論になってしま うのではないかなと思います。

孫:確か、フルシチョフ時代の1954年にソ連の中 でクリミアはロシアからウクライナに入れられた のですね。国際法上は新国家が独立するとき、独

立する前の旧境界線をそのまま国境線として維持 するという原則―いわゆるウティ・ポッシデ ティス原則があります。従って、ソ連が崩壊し、

ロシア、ウクライナはそれぞれ国際法上の国家と して独立した時、ロシアは不本意だったでしょう けど、フルシチョフ時代の決定をそのまま飲まざ るを得なかった。戸谷さんがおっしゃるように、

ロシアとウクライナは独立してから比較的友好的 な関係を保っていた。セヴァストポリ軍港も引き 続きロシア軍が使えていた。先の例えでいえば、

自分の子どもをちょっと親戚の家に預けているよ うな気持ちがロシア側にあったかもしれません。

ところが、大人同士がだんだん仲が悪くなると、

そこに預けている子どもは今のままというわけに はいかなくなったんですね。

今まで文化的・歴史的にはロシアとウクライナ は非常に親密な関係があったのに、今回のような 形で壊れると、両国の関係がもとに戻るのは非常 に時間がかかるのではないでしょうか。

戸谷:そうだと思いますね。二つの国もそうだ し、もっと大きく言えば、西側とロシアとの関係 性というか、どこである種の境界線を引くかみた いな問題にも多分繋がってしまうので、それに白 黒つけなければいけないということになってしま うと、大きな問題だと思います。何となく曖昧な 形でウクライナがあったり、ウクライナが中立で いくということであれば、それは収まるところに 収まる形になるかもしれないけれども、今回のよ うな形でウクライナがどちらかに所属するという ことをはっきりさせるとか、あるいはロシアと決 別するみたいなことになると、それはヨーロッパ 対ロシアのバランスを含めて大きな問題になると 思います。

:最近、『クリミア戦争』という本を読んでいて、

ロシアのこだわりが分かるんですが、今回、ロシ アがクリミアを取ったことによって、長い目で見 ると、東ヨーロッパ地域におけるロシアの影響、

あるいは国際社会全体におけるロシアのイメージ がどのように変わるのか、なかなか読めないんで す。これについて、吉岡さんはどのように思いま すか。

吉岡:なぜ欧米スタンダードに自分たちが合わせ ないといけないんだという気持ちは強いんじゃな いでしょうか。ロシアも中国も。

:なるほど。西側と中国との関係もそうですね。

いろいろ押しつけられると、多分、中国も強く出 るんでしょうね。そこはロシアと似ているかもし れない。

吉岡:欧米は常に自分たちを彼らの土俵に上げさ せようとする、というふうにね。

●東欧における国境線とは

戸谷:ちょっと話を戻して、吉岡さんは基本的に はポーランドの専門家なので聞きたいんですが、

確かにさっきは東欧とかロシアとかの専門家の中 ではロシアの行動に対するある種の理解もあると いうことを吉岡さんが言って、僕もそういうとこ ろもあるだろうと補足しましたけど、でもその一 方で孫さんがおっしゃるように、こういう領土を 割譲するような形になってしまったことについて は、おそらく日本で僕らが考えているよりは、ポー ランドとかの論調はまた別の形の反発とか、ある 種の恐怖とか、 歴史的な経緯もあるので、それこ そ大きな問題になったんじゃないかと思うのです が、いかがですか。

吉岡:ポーランドではその通りです。ロシアがア クションを起こすということはポーランドにとっ て脅威となります。一番極端なのは、ウクライナ がまたロシアのものになってしまうのではないか という恐怖です。そうなると、自分たちがロシア と直接隣り合わせになる。最悪の想定としてはそ こまで意識しての論調でしょうから、反発が大き かったのも無理はありません。

孫:世界史的に見ると、ポーランドはロシアなど の周辺大国によって分割されていたという苦い体 験を一番持っている国ですよね。第一次世界大戦 後の民族自決のおかげで、ポーランドがまた復活 した。ロシアとの関係でこのような体験を持って いるポーランドはクリミアがあんな乱暴な形で取 られることに、当然穏やかにはいられないでしょ う。

吉岡:そうでしょうね。

孫:東ヨーロッパにおける国境線、国境の意義に ついてもう少しお聞きしたい。国際法的には、国 境線というのはまさに「線」です。以前、戸谷さ んと意見交換したことがありますが、東ヨーロッ パあたりでは「線」という意味での国境はどこま で成り立つのか、線よりはむしろ「帯」とか「ゾー ン」のような発想の方がより地域の実態を捉える ことができるのではないかという議論になったの です。

冷戦時代、「東ヨーロッパ」と「西ヨーロッパ」 という分け方がありました。冷戦が終わった現在、 地理的にはともかく、少なくとも国際政治的な意 味における「東ヨーロッパ」と「西ヨーロッパ」 という大きな「線」はなくなったかと思います。 こういう大きな変動の中、いわゆる「東ヨーロッ パ」国家間の国境をどのように捉えればよいので しょうか。

戸谷:孫さんの質問を十分理解したかどうか分か

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権行為というか違法行為ということになると思う んですけれども、多分、吉岡さんが言おうと思っ ていたことは、もちろんその観点で言えばそうだ けれども、ロシアのウクライナとかクリミアに対 する見方というのは、前近代からずっと続いてい るというか、ロシア史、あるいはロシアという世 界の中の考え方があるということではないでしょ うか。クリミア半島がウクライナに所属している かどうかは、多分それまであまり大きな問題では なくて、 自分の子どもが親戚の家に遊びに行って いるぐらいのことで、そこの家にいようが、自分 の家で遊んでいようがそれはそんなに大きな問題 ではないし、表面化することではなかった。親戚 の人もその子が家に遊びに来ていることは特に大 きな問題じゃないと思っていた。でも、いざその 子が、今日どこに遊びに行くかとちゃんとノー トにつけていかなきゃいけないとか、何時には こっちに帰りなさいみたいに厳しくなったりする と、問題になってしまうということだと思うんで すよね。今まではそんなことは問題にする必要も なかったし、現実的には半島先端の重要な港は ずっとロシアが使い続けているわけだし、人口と してもロシア系の人が多いので、表面化するよう なことではなかった。仮に向こうに所属していて も、こっちに所属していても、あまり大きな問題 ではなかったんですね。ロシアが何かの形で権益 というか、宗主権みたいな形で持っている前提が あったうえでウクライナに所属しているぐらいの ことで。ただ、それをいわゆる二国間の協定であ るとか、ここで国境線を区切って出入りは厳格に しますよみたいなことになってしまうと、とたん にずっと続けてきた関係は破綻してしまうという か、だったら返せよという感じの論になってしま うのではないかなと思います。

孫:確か、フルシチョフ時代の1954年にソ連の中 でクリミアはロシアからウクライナに入れられた のですね。国際法上は新国家が独立するとき、独

立する前の旧境界線をそのまま国境線として維持 するという原則―いわゆるウティ・ポッシデ ティス原則があります。従って、ソ連が崩壊し、

ロシア、ウクライナはそれぞれ国際法上の国家と して独立した時、ロシアは不本意だったでしょう けど、フルシチョフ時代の決定をそのまま飲まざ るを得なかった。戸谷さんがおっしゃるように、

ロシアとウクライナは独立してから比較的友好的 な関係を保っていた。セヴァストポリ軍港も引き 続きロシア軍が使えていた。先の例えでいえば、

自分の子どもをちょっと親戚の家に預けているよ うな気持ちがロシア側にあったかもしれません。

ところが、大人同士がだんだん仲が悪くなると、

そこに預けている子どもは今のままというわけに はいかなくなったんですね。

今まで文化的・歴史的にはロシアとウクライナ は非常に親密な関係があったのに、今回のような 形で壊れると、両国の関係がもとに戻るのは非常 に時間がかかるのではないでしょうか。

戸谷:そうだと思いますね。二つの国もそうだ し、もっと大きく言えば、西側とロシアとの関係 性というか、どこである種の境界線を引くかみた いな問題にも多分繋がってしまうので、それに白 黒つけなければいけないということになってしま うと、大きな問題だと思います。何となく曖昧な 形でウクライナがあったり、ウクライナが中立で いくということであれば、それは収まるところに 収まる形になるかもしれないけれども、今回のよ うな形でウクライナがどちらかに所属するという ことをはっきりさせるとか、あるいはロシアと決 別するみたいなことになると、それはヨーロッパ 対ロシアのバランスを含めて大きな問題になると 思います。

:最近、『クリミア戦争』という本を読んでいて、

ロシアのこだわりが分かるんですが、今回、ロシ アがクリミアを取ったことによって、長い目で見 ると、東ヨーロッパ地域におけるロシアの影響、

あるいは国際社会全体におけるロシアのイメージ がどのように変わるのか、なかなか読めないんで す。これについて、吉岡さんはどのように思いま すか。

吉岡:なぜ欧米スタンダードに自分たちが合わせ ないといけないんだという気持ちは強いんじゃな いでしょうか。ロシアも中国も。

:なるほど。西側と中国との関係もそうですね。

いろいろ押しつけられると、多分、中国も強く出 るんでしょうね。そこはロシアと似ているかもし れない。

吉岡:欧米は常に自分たちを彼らの土俵に上げさ せようとする、というふうにね。

●東欧における国境線とは

戸谷:ちょっと話を戻して、吉岡さんは基本的に はポーランドの専門家なので聞きたいんですが、

確かにさっきは東欧とかロシアとかの専門家の中 ではロシアの行動に対するある種の理解もあると いうことを吉岡さんが言って、僕もそういうとこ ろもあるだろうと補足しましたけど、でもその一 方で孫さんがおっしゃるように、こういう領土を 割譲するような形になってしまったことについて は、おそらく日本で僕らが考えているよりは、ポー ランドとかの論調はまた別の形の反発とか、ある 種の恐怖とか、 歴史的な経緯もあるので、それこ そ大きな問題になったんじゃないかと思うのです が、いかがですか。

吉岡:ポーランドではその通りです。ロシアがア クションを起こすということはポーランドにとっ て脅威となります。一番極端なのは、ウクライナ がまたロシアのものになってしまうのではないか という恐怖です。そうなると、自分たちがロシア と直接隣り合わせになる。最悪の想定としてはそ こまで意識しての論調でしょうから、反発が大き かったのも無理はありません。

孫:世界史的に見ると、ポーランドはロシアなど の周辺大国によって分割されていたという苦い体 験を一番持っている国ですよね。第一次世界大戦 後の民族自決のおかげで、ポーランドがまた復活 した。ロシアとの関係でこのような体験を持って いるポーランドはクリミアがあんな乱暴な形で取 られることに、当然穏やかにはいられないでしょ う。

吉岡:そうでしょうね。

孫:東ヨーロッパにおける国境線、国境の意義に ついてもう少しお聞きしたい。国際法的には、国 境線というのはまさに「線」です。以前、戸谷さ んと意見交換したことがありますが、東ヨーロッ パあたりでは「線」という意味での国境はどこま で成り立つのか、線よりはむしろ「帯」とか「ゾー ン」のような発想の方がより地域の実態を捉える ことができるのではないかという議論になったの です。

冷戦時代、「東ヨーロッパ」と「西ヨーロッパ」

という分け方がありました。冷戦が終わった現在、

地理的にはともかく、少なくとも国際政治的な意 味における「東ヨーロッパ」と「西ヨーロッパ」

という大きな「線」はなくなったかと思います。

こういう大きな変動の中、いわゆる「東ヨーロッ パ」国家間の国境をどのように捉えればよいので しょうか。

戸谷:孫さんの質問を十分理解したかどうか分か

(7)

らないけれど、冷戦が終わった後、政治的な意味 の線が移動したり曖昧になったというようなこと であれば、確かにそれはその通りであって、基本 的にはかつて東ヨーロッパと呼ばれていた国々の 人たちは西側志向になったわけですよね。西に行 きたいとか、EU に入りたいとかいうのが一つの 大きな流れになるわけです。でも、それによって また別の線ができた。入ったところと入ってない ところという線ができてしまうわけですよね。政 治的に別の線ができたことが一つと、あともう一 つは、東ヨーロッパという地域は政治的な線だけ ではなくて、結局それを度外視しても、それ以外 のたくさんの線が別にある。例えば、カトリック の世界と正教の世界とか、かつてポーランドが支 配していたところとポーランドが支配してなかっ た世界とか、そういう感じで向こう側とこちら側 を分ける線がたくさんある。

孫:東欧における線はもっと多様なのですね。東 と西の体制の違いがなくなったとしても、宗教の 線や別の形の線が全部なくなるわけではないので すね。

戸谷:吉岡さんは、もっとあの辺について詳しい と思うけれども。

吉岡:孫さんの「東ヨーロッパ地域では近代的国 境というものを、線よりむしろ帯とかゾーンとし て捉えた方が適切ではないか」というご指摘は、

とても面白いと思います。ロシアとウクライナの 国境というのはまさに帯でしか表せないようなも ので、つまりウクライナもロシアもいわゆる国際 法的な国家間関係というものを築いてこなかった んじゃないかと思うんですね。

孫:二つの国はいろいろな意味で密接な関係が あって、通常の国際法を敢えて意識する必要はな かったかもしれない。

吉岡:関係が良くても悪くても、ロシアはウクラ イナのことを弟のように思っているかもしれな い。さっきも子どもを親戚の家に遊びにやる感覚

について指摘がありましたが、ロシアの隣人観と いうのは、おそらく線の意識というのがないのか もしれないですね。対ベラルーシにしても、対中 央アジアにしても、対グルジアにしても。かつて の勢力圏のような感覚で、新しく独立国にはなっ たけれども、そこは線で区切られる国際法的な国 家間関係ではなく、勢力圏的なもっと緩やかなも のとしてロシアは捉えているのかもしれない。逆 に中国とは、それこそ文字通りに両国間の線を決 することで戦略的パートナーシップのような関係 を結べましたよね。

孫:興味深いご指摘です。ロシアと中国は昔から 国境問題があり、社会主義国家同士として仲が良 かった時は国境問題もそれこそ「問題」にならな かったが、仲が悪くなると、1969年のような軍事 衝突にまで発展したのです。冷戦後の1990年代か ら21世紀の初頭にかけて、中国が力を入れていた ことの一つは、ロシアとの国境問題の解決だった のです。現在、中露間は国境問題が一通り解決し ました。

吉岡:中国との境界をまさに線として確定したと いうことは、ロシアが中国をいわゆる国際法上の 国家として対等に見ているということではないで しょうか。逆に言えば、ウクライナなどはロシア からは国際法上の対等なパートナーと見なされて こなかったということではないのかと。

孫:そういうことになるかもしれません。

吉岡:ロシアにとっては、そうした幅を持った帯 の中でのクリミアのやり取りなのかもしれない。

逆にポーランドやリトアニアなどは、EU に入る 過程で国際法の世界にすすんで入っていき、線を 確定していく形で行動した。ウクライナは、ちょ うどそのはざまにあるんですよね。

孫:もしロシアが「ゾーン」、「勢力圏」の視点で 東ヨーロッパを捉えている場合、だいたいどの辺 までを「自分たちのもの」と捉えているのでしょ うか? ウクライナ、ベラルーシ、ポーランド、

更にバルト三国も入るのでしょうか。

吉岡:ロシアは、バルト三国は分からないですけ れども、ポーランドを勢力圏とは思っていないん じゃないですかね。思っていないのか、それとも 諦めたのかは分からないですけど。

● EU と NATO の拡大に対するロシアの危機感

孫:少し別の視点から、冷戦の終了とその後の EU の拡大との絡みでウクライナ問題を考えてみ ようかなと思います。

クリミア問題が起きてから、NHK でもいくつ かドキュメンタリーが作られ、そこで、フラン ス、西ドイツ、アメリカ、ロシアの冷戦終結時の 大統領、首相のブレーンたちが登場しています。

番組が伝えようとするメッセージは、ロシアはこ の十数年間、EU や NATO の東ヨーロッパへの 拡大に非常に不満の気持ちを持っていたというこ とだったと理解しました。エリツィン時代はロシ アの経済が苦しく、いろいろな意味で西側にお願 いすることが多くて、EU や NATO の拡大に不 満だったけど、我慢していた。ところがプーチン の時代になってから、 ロシア経済がだんだんよく なってきたので、EU、NATO の東への拡大に対 する反発も強くなっていった。数年前から既に プーチンはいろんな場面で、西側の EU、NATO の拡大を痛烈に批判しています。ウクライナに対 してロシアがあそこまで強硬に動いたのは、この まま放っておいたらウクライナも完全にロシアか ら取られてしまうという危機感がプーチンにあっ たからかもしれない。番組でのインタビューを見 る限り、東西冷戦が終結し、東西ドイツが統一さ れ、西側は EU も NATO も東側へ広げないと約 束したのに、ポーランドもバルト諸国も西側に加 わり、それから、ルーマニアなども西に入った。

更に、旧ユーゴスラビアのスロベニア、クロアチ アも入ったのですね。要するにロシアから見れば、

西側はまったく信用できない、という思いが非常 に強いのではないでしょうか。

吉岡:ロシアにとってはたまらないでしょうね。 ロシアにとってより問題なのは、EU よりもむし ろ NATO の拡大でしょう。

孫:NATO は軍事組織ですから。旧ソ連時代の 共和国だったバルト三国まで来ると、ロシアには 目の前でしょ。とても穏やかにはいられないで しょうね。

吉岡:日本では、「EU・NATO の拡大」とか「ポー ランドの NATO・EU 加盟」とか、EU と NATO がセットで語られ、しかもセットにされた両者の うち力点は EU の方に置かれてきたように思いま す。つまり、NATO の方にあまり関心を払って こなかったのではないでしょうか。でもロシアに とっては、むしろ、そして圧倒的に NATO の方 が差し迫った脅威です。そういう意味で、 もう絶 対に譲れないところにまで来てしまったと見てい るのだと思いますね。ウクライナにまで手を出そ うとしていると。

孫:旧ソ連時代の共和国という意味では、バルト だけではなく、ウクライナも全く同じですね。 吉岡:あとグルジアもですね。

孫:そうですね。ある意味では、今回ウクライナ と似たようなことがグルジアで先に起きている。 そこでは、グルジアから独立させている・・・。 吉岡:アブハジアや南オセチアですね。国際法的 にはいまだに解決してない。

孫:変な言い方になるんですけど、グルジアもウ クライナもそうですが、好きか嫌いかは別として、 隣にロシアという巨大な国家があるから、その現 実を踏まえて、もう少しロシアを怒らせないよう な外交ができれば、一番国益に合致するのではな いかとも思います。

戸谷:それは一つの方策としてあると思います。 それこそ、ある種の曖昧さと何度も言ったように、 そういう外交のあり方はあるでしょうけども、多

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らないけれど、冷戦が終わった後、政治的な意味 の線が移動したり曖昧になったというようなこと であれば、確かにそれはその通りであって、基本 的にはかつて東ヨーロッパと呼ばれていた国々の 人たちは西側志向になったわけですよね。西に行 きたいとか、EU に入りたいとかいうのが一つの 大きな流れになるわけです。でも、それによって また別の線ができた。入ったところと入ってない ところという線ができてしまうわけですよね。政 治的に別の線ができたことが一つと、あともう一 つは、東ヨーロッパという地域は政治的な線だけ ではなくて、結局それを度外視しても、それ以外 のたくさんの線が別にある。例えば、カトリック の世界と正教の世界とか、かつてポーランドが支 配していたところとポーランドが支配してなかっ た世界とか、そういう感じで向こう側とこちら側 を分ける線がたくさんある。

孫:東欧における線はもっと多様なのですね。東 と西の体制の違いがなくなったとしても、宗教の 線や別の形の線が全部なくなるわけではないので すね。

戸谷:吉岡さんは、もっとあの辺について詳しい と思うけれども。

吉岡:孫さんの「東ヨーロッパ地域では近代的国 境というものを、線よりむしろ帯とかゾーンとし て捉えた方が適切ではないか」というご指摘は、

とても面白いと思います。ロシアとウクライナの 国境というのはまさに帯でしか表せないようなも ので、つまりウクライナもロシアもいわゆる国際 法的な国家間関係というものを築いてこなかった んじゃないかと思うんですね。

孫:二つの国はいろいろな意味で密接な関係が あって、通常の国際法を敢えて意識する必要はな かったかもしれない。

吉岡:関係が良くても悪くても、ロシアはウクラ イナのことを弟のように思っているかもしれな い。さっきも子どもを親戚の家に遊びにやる感覚

について指摘がありましたが、ロシアの隣人観と いうのは、おそらく線の意識というのがないのか もしれないですね。対ベラルーシにしても、対中 央アジアにしても、対グルジアにしても。かつて の勢力圏のような感覚で、新しく独立国にはなっ たけれども、そこは線で区切られる国際法的な国 家間関係ではなく、勢力圏的なもっと緩やかなも のとしてロシアは捉えているのかもしれない。逆 に中国とは、それこそ文字通りに両国間の線を決 することで戦略的パートナーシップのような関係 を結べましたよね。

孫:興味深いご指摘です。ロシアと中国は昔から 国境問題があり、社会主義国家同士として仲が良 かった時は国境問題もそれこそ「問題」にならな かったが、仲が悪くなると、1969年のような軍事 衝突にまで発展したのです。冷戦後の1990年代か ら21世紀の初頭にかけて、中国が力を入れていた ことの一つは、ロシアとの国境問題の解決だった のです。現在、中露間は国境問題が一通り解決し ました。

吉岡:中国との境界をまさに線として確定したと いうことは、ロシアが中国をいわゆる国際法上の 国家として対等に見ているということではないで しょうか。逆に言えば、ウクライナなどはロシア からは国際法上の対等なパートナーと見なされて こなかったということではないのかと。

孫:そういうことになるかもしれません。

吉岡:ロシアにとっては、そうした幅を持った帯 の中でのクリミアのやり取りなのかもしれない。

逆にポーランドやリトアニアなどは、EU に入る 過程で国際法の世界にすすんで入っていき、線を 確定していく形で行動した。ウクライナは、ちょ うどそのはざまにあるんですよね。

孫:もしロシアが「ゾーン」、「勢力圏」の視点で 東ヨーロッパを捉えている場合、だいたいどの辺 までを「自分たちのもの」と捉えているのでしょ うか? ウクライナ、ベラルーシ、ポーランド、

更にバルト三国も入るのでしょうか。

吉岡:ロシアは、バルト三国は分からないですけ れども、ポーランドを勢力圏とは思っていないん じゃないですかね。思っていないのか、それとも 諦めたのかは分からないですけど。

● EU と NATO の拡大に対するロシアの危機感

孫:少し別の視点から、冷戦の終了とその後の EU の拡大との絡みでウクライナ問題を考えてみ ようかなと思います。

クリミア問題が起きてから、NHK でもいくつ かドキュメンタリーが作られ、そこで、フラン ス、西ドイツ、アメリカ、ロシアの冷戦終結時の 大統領、首相のブレーンたちが登場しています。

番組が伝えようとするメッセージは、ロシアはこ の十数年間、EU や NATO の東ヨーロッパへの 拡大に非常に不満の気持ちを持っていたというこ とだったと理解しました。エリツィン時代はロシ アの経済が苦しく、いろいろな意味で西側にお願 いすることが多くて、EU や NATO の拡大に不 満だったけど、我慢していた。ところがプーチン の時代になってから、 ロシア経済がだんだんよく なってきたので、EU、NATO の東への拡大に対 する反発も強くなっていった。数年前から既に プーチンはいろんな場面で、西側の EU、NATO の拡大を痛烈に批判しています。ウクライナに対 してロシアがあそこまで強硬に動いたのは、この まま放っておいたらウクライナも完全にロシアか ら取られてしまうという危機感がプーチンにあっ たからかもしれない。番組でのインタビューを見 る限り、東西冷戦が終結し、東西ドイツが統一さ れ、西側は EU も NATO も東側へ広げないと約 束したのに、ポーランドもバルト諸国も西側に加 わり、それから、ルーマニアなども西に入った。

更に、旧ユーゴスラビアのスロベニア、クロアチ アも入ったのですね。要するにロシアから見れば、

西側はまったく信用できない、という思いが非常 に強いのではないでしょうか。

吉岡:ロシアにとってはたまらないでしょうね。

ロシアにとってより問題なのは、EU よりもむし ろ NATO の拡大でしょう。

孫:NATO は軍事組織ですから。旧ソ連時代の 共和国だったバルト三国まで来ると、ロシアには 目の前でしょ。とても穏やかにはいられないで しょうね。

吉岡:日本では、「EU・NATO の拡大」とか「ポー ランドの NATO・EU 加盟」とか、EU と NATO がセットで語られ、しかもセットにされた両者の うち力点は EU の方に置かれてきたように思いま す。つまり、NATO の方にあまり関心を払って こなかったのではないでしょうか。でもロシアに とっては、むしろ、そして圧倒的に NATO の方 が差し迫った脅威です。そういう意味で、 もう絶 対に譲れないところにまで来てしまったと見てい るのだと思いますね。ウクライナにまで手を出そ うとしていると。

孫:旧ソ連時代の共和国という意味では、バルト だけではなく、ウクライナも全く同じですね。

吉岡:あとグルジアもですね。

孫:そうですね。ある意味では、今回ウクライナ と似たようなことがグルジアで先に起きている。

そこでは、グルジアから独立させている・・・。

吉岡:アブハジアや南オセチアですね。国際法的 にはいまだに解決してない。

孫:変な言い方になるんですけど、グルジアもウ クライナもそうですが、好きか嫌いかは別として、

隣にロシアという巨大な国家があるから、その現 実を踏まえて、もう少しロシアを怒らせないよう な外交ができれば、一番国益に合致するのではな いかとも思います。

戸谷:それは一つの方策としてあると思います。

それこそ、ある種の曖昧さと何度も言ったように、

そういう外交のあり方はあるでしょうけども、多

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分ここ何年かのウクライナとかグルジアの軍事的 な外交方針は逆で、 NATO の軍事力に頼って自 分たちの立場をはっきりさせたい、守りたいと考 えたのだと思います。強大な隣人の力に対抗する ためには力というような方向にいってしまったの で、多分、ロシアとしてはそれは許せない。自分 を頼ってきてくれているはずだとか、あるいはそ んなに対立しないという前提だったのに、向こう

(西側)に完全に顔を向けてしまうことになった ら、だったらこっちだって、というような関係に なってしまったということでしょうね。

孫:グルジアもウクライナもこの十数年の間に西 側に向いていますが、そのようにさせた要因は何 なのか? 例えば、ロシアと隣だからこそ逆にロ シア嫌いとなったのか。あるいは、アメリカとか EU の方が二つの国に一生懸命にアプローチして いた結果なのか。その内部の要因と外部の要因、

どっちがより大きいですか?

吉岡:難しい質問ですね…。ただ、ウクライナに 対して、EU やアメリカはロシアに比べるとそん なにお金を出してこなかった分、ウクライナに とって期待値は高いかもしれません。ロシアの支 援はせいぜいこの程度だが、きっと西側はもっと 助けてくれるに違いない、と。

孫:最近の1〜2年は別として、 少なくとも、

2013年の事態が急転換するまで、経済的にはロシ アとウクライナの絆が大変強かったと思います が。

戸谷:多分、グルジアもそうだったと思いますよ。

戦争はしましたけれども、もっと長い目で見たら、

独立した後も多分、出稼ぎに行ったりとか、 グル ジアのワインの一番の買い手はロシアだったりす る。

孫:以前読んだ新聞記事では、グルジアのワイン の9割はロシア向けに輸出していたが、今彼らは 別の新しい輸出先も探している。経済的にロシア との絆があれだけ強いのに、グルジアはロシアを

あんまり評価してない。逆に、EU の方はそれほ ど経済援助してないのに、グルジアは EU の方に 一生懸命に向いているというのですね。

戸谷:ただウクライナは、西部と東部とではやっ ぱりちょっと違う。EU とか西側に対するイメー ジも西部と東部とでは違うんじゃないかという気 はしますよね。キエフがちょうど真ん中ぐらいに ありますけども、キエフより西の方は基本的には ヨーロッパ志向というか、ポーランド志向という か。いくら経済全体としてロシアと繋がっていた り人の交流があったといっても、やっぱり別の観 点で、西側との関係とかポーランドとの繋がりが あったりとか、あるいは文化的な共通性、宗教も 同じだったりするので、自分たちの向かうべき道 は西だというふうに考えていて、当然将来的には そうなるんだっていうことになる。政治的な志向 もいわゆるリベラリズムというか、ロシアとはあ る種、違う方向で、やっぱり西の方ということに なってしまう。

孫:日本では「ウクライナ」と一つの単位として 言っているけれど、ウクライナの中でも東と西な ど、様々な違いがあるということですね。

戸谷:ある意味、広大ですからね。それを一つに 括るのはなかなか難しいのかなという気がしま す。

孫:今、戸谷さんが東と西はだいぶ違う、西の方 はもっとヨーロッパの方に向いていると指摘しま したが、2013年以降、ウクライナの国全体はどち らかというと、西ウクライナによって引っ張られ る形で動いていると考えてよろしいですかね。

戸谷:最初の方に吉岡さんが言った僕らが得てい る情報源もそういう観点だと思いますよ。ニュー スの切り口とか。こっちから見て、あんなことを やった、こんなこと言ってる、こんな酷い状況だ というような感じのニュースのシャワーを僕らは 浴びたり、あるいは CNN とかはそういう観点で すが、多分ロシアのニュースの観点は全く違う。

同じウクライナでも全然違うような捉え方があり 得るんじゃないですかね。

孫:今は内戦状態。ここまできたら、もはや一つ のウクライナを保つのは難しいですかね。

戸谷:頭で考えたら、もう別れればいいじゃない かとか、東部の国境地域だけ分離独立すればそれ で済むのではないかってことになるかもしれない ですけど、でも、仮に東部だけ分離独立したとし ても、そこで止まる保証はまったくないわけです よね。もしこの地点までが許されるなら、ここま でも許されるだろう。ここが許されるならここま でも、というようなことになってしまう。最終的 にはポーランド国境まできてしまう。ポーランド の悪夢ですよね。そんなことはあり得ないと思い ますけれども。だから結局、これという線はない わけなので、それを帯と呼んだわけです。いろん な線がある。だから政治的な線だって理由の付け 方でいくらでも引けてしまう。だから引けないと ころにさえ引こうとしているわけです。何か一つ の理由を選んで新しい国境だとか境界線を引くこ とは可能かもしれないけども、そこが定着する保 証はまったくない。

孫:本質的にはロシアとウクライナ政府の間、ま た、ウクライナ政府と分離を求める東部の州の間、

更に EU とロシアの間などの信頼関係の構築です かね。それができないと、線引きができない、ど こかで線引きしたとしても平和が保障されないの ですね。

戸谷:極端に言ったら、本当はポーランドだっ て、今取り上げている線を昔はここまでだったと 言うことだって理論上はあり得るわけですよ。こ こは親ロシア派が多いからとか、経済的な繋がり とか、文化的な繋がりが多いから、ここが国境線 じゃなくてここだと。現地の人たちもそれを望ん でいるからというようなことがもし仮に認められ るとすると、同じ論理は反対方向からだって本当 はあり得るわけですよ。かつてのポーランドはこ

んなに大きかったわけですから、それが一つの重 要な境界だと言えなくはない。そんなことはさす がにポーランドもやってないですが、理論上は同 じことなのです。ここはたまたまここ何十年かの 外交、政治の中で決まった国境線であって、本来 はここだと、あるいはここの内部の人も大ポーラ ンドへの帰属を望んでいるんだというような話に なるんだったら、新たな境界線だって認められる ことになってしまうわけですよ。でもそれをしな いというのは、現代国際政治の中では国境線の変 更は基本的には認めないということもあるし、そ の政治的な意味だけではなくて、 どこに線を引く かというのはきりがないからだと思います。政治 的な線だけに限らず、正当性があるような線はい くつもあるからです。そういう世界です、この辺 は。

国境線は、本当は吉岡さんが好きなんです(笑)。 ポーランドってそういう意味で国境線の変遷の歴 史でもあるから、僕が知っている限り、吉岡さん は国境線巡りみたいなのが趣味だったのではない かと記憶しています。

吉岡:あんまり東の方は行ってないですけどね。 なんだか危なそうで・・・こう見えて臆病なも のですから(笑)。それはともかく、領土保全の 原則と言う場合、一体どの時点の領土・国境線を 保全するのかという根源的な問題があると思いま す。現在の国際関係で保全すべきとされている領 土は、おそらく第二次世界大戦後のもの、プラス、 あくまでその基本線は揺るがさない形で冷戦終結 後に変更したものということになるでしょう。国 境線の変更を認めないというのは平和維持にとっ て極めて重大な原則ですが、一方で、その国境線 は、特に現地の住民にとってそもそも正当なもの、 もっと情緒的な言葉を使えば幸福な線なのか? クリミア併合問題や、昨今のイラク、シリアあた りのいわゆる「イスラーム国」の問題は、突き詰 めれば第二次世界大戦後の国際秩序や、旧植民地

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