弘前大学教育学部紀 要 第79号 :63‑67 (1998年3月)
Bull.Fac.Educ.HirosakiUniv.79:63‑67 (Mar.1998) 63
教科 「 技術 ・家庭」 にお ける伝統技術 の教材化 に関す る研究
第1 報 伝統技術の教育的意義
St udi e so nt heTe a c hi ngo fTr a di t i o nalTe c hnol o gi e s i nt heSu b j e c t" I nd us t r i alAr t sa ndHo me maki n g"
1 .TheSi gni f i c anc eofTe ac hi ngTr a di t i onalTe c hnol o gl e S
肥田野 豊 ・志村 元 ・佐藤 武司 ・照井 透*
Yut akaHI DANO,Has hi meSHI MURA,Take j iSATO andTor uTERUI *
論文要 旨
中学校 の教科 「技術 ・家庭」,特 にその技術領域 であるいわゆる 「技術科」 について は,技術 と学校教育 の双方が大 きく変貌 しつつある中で, そのあ り方や内容の再検討 の必要性が言われ るようになって久 しいが,人間の社会や生活 を長 ら く支 えて きたいわゆる 「伝統技術」 に改 め て 目を向 けることによって,何 らかの指針更 には具体的な方策 を得 ようとして本研究 を計画 し た。本報で は,伝統技術 の特徴 と今 日的意義 を技術科 を中心 とした学校教育 の視点か ら整理 す ると共 に,次報以降 にお ける具体的な教材的研究 の拠 り所 とすべ く青森県 にお ける伝統技術 の 概況 を取 り纏 めた。
キー ワー ド :技術科,伝統技術,教育的意義,青森県
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.は じめに現在 の 日本 の社会 において は,技術 について見 ると高度化 (ハイテク化)や情報化 (コンピ ュータ化) といった質的変化, いわゆる技術革新が急速 に進 んでお り,一方で は公害や環境破 壊等 によってその二面性が顕在化 した ことによりその発展方向や社会的評価 に変化が生 じてい る。 また,学校教育 について は,高学歴化 の進行 とそれ に伴 う過度 な受験競争や知識偏重型教 育 の もた らす弊害,学校週
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日制や 「ゆ とり」の確保 のための教育課程 の再編 な ど,内外の状 況 の変化 に起因する様々な問題 の解決が迫 られている。 これ らの ことか ら,普通教育 としての 技術教育 の場である中学校 の教科 「技術 ・家庭」,特 にその技術領域であるいわ ゆる 「技術科」について も, そのあ り方や内容 の再検討 の必要性が言われ るようになって久 し く, 日本産業技 術教育学会等 において様々な提言がなされ議論が重ね られて きた 1)。 しか し,提言 はいずれ も 個人的な主張 に留 まってお り,内容 に踏 み込 んで具体的 にまとめようとす る努力 に欠 ける との 批判 もあ り2), これ までの ところで は必ず しも十全 な結論が得 られ るに至 っているとは言い難 い。
そのような状況 を踏 まえて,人間の社会や生活 を実際的 に長 ら く支 えて きたに も関わ らず,
*弘前大学教育学部技術科教室
De pa r t me n to fTe c hnol o gy,Fa c ul t yofEdu c a t i o n,Hi r o s akiUni ve r s i t y
近年で はとか く忘れ られがちで,取 り上 げられ るにして も保存 目的や趣味的な扱いをされ るこ との多 くなって きている 「伝統技術」 に改 めて目を向けることによって,何 らかの指針更 には 具体 的な方策が得 られ るので はないか と考 え本研究 を計画 した。本報で は技術科 を中心 に学校 教育 の視点か ら伝統技術 の今 日的意義 を整理す ると共 に,青森県 を例 として伝統技術 の概況 を 取 り纏 めた。
2.
技術科の視点で見た伝統技術「伝統技術」 の定義づ けや範囲 は必ず しも明確 でないが, ここで は 「近代以前 に既 に確立 し, ひ き続 き現在 まで存続 している生産的な技術」 と捉 えることにしたい。 それ らは産業革命以降 に発達 した技術,殊 に重厚長大 な重化学工業技術や技術革新 の進 んだ現在 のいわゆる先端技術 と比べた場合 には,規模,精度,効率 な どの面で劣 る場合が多いが,教育的な意義 も含 めて概 ね次の ような特徴 を有す ると考 えられ る。
(1)技術的 に確立 されている。
これ らの技術 は当然の ことなが ら長年 にわたる, また多数の職人達 による実践 を踏 まえて 完成 された ものであ り, 目的, プロセス,結果が明確 に定型化 している。
(2)生活 に直接結び付 いた技術が多い。
時代,地域等 による違 いがあったにせ よ,比較的小規模 で構造 も単純 だった社会 において 生活 に直接結び付 いた形で形成 された ものが多 く,役割が明確である。
(3)プロセスを身近 に見聞ない しは実践 で きる場合が多い。
前項 と同様 の理 由で, これ らの多 くは通常の生活の場 ない しはその近傍で実践 されて きた ことか ら見聞 され る機会が多 く, また衣食住 との関わ りで家庭 内で 日常的に実践 されて き た もの も多 い。
(4)資源が有効 に利用 されている例が多い。
現在 と比べて資材 の種類が少 な く,流通機構 も未発達 な状況 の下で, それ らを可能 なか ぎ り無駄 な く利用す る工夫がなされてお り,結果 として資源 の有効利用が実現 されている場 合が多い。
( 5 )
環境負荷 の少 ない技術 であることが多い。前項 の ことに加 えて,一般 に実施規模 が小 さ くエネルギー消費が少 ない ことな どが, これ らの技術 の環境 に及 ぼす負荷 を少 な くしている。
( 6 )
総合教材的に利用で きる性格 を持つ ものが多い。学校教育 の視点か らは,以上 のような特徴 は 「技術科」ない しは 「技術 ・家庭」の複数領 域,更 には他 の教科等 にまたが る総合教材 としての可能性 を示す もの と考 えられ る。
(7)教材 として取 り上 げることは技術 の継承 に繋が る。
近年で は忘れ られがちな これ らの技術 を学校教材 として取 り上 げることは, それ らの継承 に繋が る。
これ らの特徴 について教育的視点か ら考察す ると, まず
( 1 x 2 X 3 )
は,社会 システムが巨大化 ・ 複雑化 し, しか もそれ を支 える技術 の多 くがブラックボ ックス化 しつつある中で生活 している 現在 の子供達 に,かつての人間の社会や生活が互 いに整合性 を持つ様々な技術 によって如何 に 支 えられていたか を知 らしめ,技術 の持つ意義や機能 を実感 させ ることを可能 にす るもの と考えられ,普通教育 としての技術教育 の果たすべ き役割 に照 らして も有意義 と考 えられ る。 また,
教科 「技術 ・家庭」 にお ける伝統技術 の教材化 に関す る研究 65 (4)と(5)は表裏一体 をなす部分 もあるが,現在 その方策が模索 されている 「人間社会 の持続的発 展」 を実現するためにこれか らの技術 に求 め られている基本的な条件で もあ り,技術教育 の教 材 にふ さわ しい もの といえる。 この ことは,今後技術 の進 むべ き方向が既 に伝統技術 に内在 し ていた ことを示す とも解釈で きるが,実 は近代以降の技術 の歩みにこそ些か道 を外れ る部分が あった ことを明 らかにしているのであ り, そ こに も教育的意義が見出せ る と考 えられ る。
次 に,学校教育 にお ける週
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日制 の実施 や学習負担の軽減が図 られている中で,教科内の複 数の領域 あるいは教科間 にまたが る総合教材の開発 はこれ まで に も増 して重要な課題 となって お り,(6)は技術科 に留 まらず,新 たに提示 された 「総合的な学習の時間」3)との関連で も検討 に値 す るもの と考 えられ る。 一方,現代社会 において は情報 システムや交通 ・輸送 システムの 発達 によ り様々な面で急速 に画一化が進んでお り,その蔭で地域 に根 ざした伝統文化や伝統技 術 は忘れ られ失われがちである。 しか し( 7 )
に挙 げられた ように,伝統技術 を学校教育 の場で取 り上 げ次代 を担 う子供達 に直接触れ させ ることは, それ らの技術 の継承 の機会 を作 ることにな り, ひいては伝統文化の継承 に も繋が ると考 えられ る。 国際化が進展 し,文化交流が盛 んにな ることは望 ましいがそれ は決 して画一化 を目指す もので はないはずである。人間社会 における 文化や技術 の多様性 にはそれぞれが成立 した地域環境 の違いに由来す る部分 も大 き く,前述 の「人間社会の持続的発展」の観点か らもむ しろ維持 ・発展 させ る必要があ り, それ についての 教育上の配慮 も不可欠であると考 えられ る。
現在,学校教育 において は 「教育 内容 の厳選 と基礎 ・基本の徹底」 も重要な課題 とされてい る3)。技術科 について見れば,かつての職業準備教育的意義が失われ, また多 くの技術 で技術 革新が進みその教材化が困難 にな りつつある現実がある。 これ らの点か らも,上記 の様 な特徴 を持つ伝統技術 を,未発連 な もの,過去 の もの と切 り捨てるので はな く,改 めて基礎 ・基本的 な技術 として取 り上 げることは意義 のあることと考 えられ る。
3.
青森県内の主 な伝統技術個々の伝統技術 の実態の把握 とその教材化の具体的な検討 に先立 って,青森県 を例 として伝 統技術 の現状 を概観す る。青森県教育委員会 は文化庁 の補助 を得 て昭和63・平成元年度 に 「青 森県諸職民俗調査」を実施 している。 その結果,「県内各地 に古 くか ら伝承 されて きた様々な生 活用具等 を製作加工す る伝統的技術 は, (中略)近年の新 しい素材や技術 の開発 と生活様式 の変 化等 に伴 って衰亡,変化 しつつある」とされなが ら,県内市町村の
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件 について調査記録がな されている4)5)。調査項 目は,技術 の伝播等 を含む総観,素材,製作 ・加工 の工程 ・用具 ・施 諺,製品,職人 の職能 ・組織 ・生活等である。取 り上 げ られた技術 には内容的 に重複 ない しは 類似す るもの も多いが,技術科 に関連す るもの としては以下の ものが挙 げられ る。なお, それ ぞれの名称 は 「職名」 として記載 された ものであ り,括弧内にはそれ らが調査 された市町村名 が示 されている。 また, ここには取 り上 げなかったが,農産加工技術 の中には栽培領域 と食物 領域 を結 び付 けた総合教材 にな りうる と考 えられ るものがあ り,改 めて検討 したい。更 に, そ れ ら以外 に も家庭科の各領域 に関わる技術が多数 あることは言 うまで もない。(1)木材加工関係
宮大工 (八戸市, むつ市):寺社 の建築,彫刻 のほか,山車 の製作。
船大工 (八戸市,深浦町,蟹田町,野辺地町,百石町):磯舟,伝馬船等の木造船 を建造。
ムダマ作 り (川内町 ・佐井村):丸木舟様 の舟底 を持 つムダマ と呼 ばれ る磯舟 を建造。
水車大工 (五所川原市):水 田への水揚 げ用の水車 のほか,唐箕等の農具 も製作。
車大工 (青森市,深浦町,野辺地町):荷馬車や山車 の台車 の製作。
建具屋 (弘前市, むつ市)
家具屋 (八戸市,三戸町):桐箪笥,桐下駄 の製作。
指物師 (弘前市) 神棚作 り (田舎館村) 山車作 り (八戸市)
葉子型師 (青森市,弘前市):木製の葉子型 の製作。
木地師・木地挽 き (黒石市,大鰐町,川内町,佐井村):廃軽蝶 さによる椀,盆,玩具, こ けし等の製作。
箸屋 (蓬田村):ヒバ材 による割 り箸 の製作。
臼作 り (平賀町)
柄屋 ・木柄屋 (弘前市,黒石市, 中里町):棲,農機具の柄 を製作。
桶屋 (弘前市,八戸市,平内町):各種 の桶, コシキ,太鼓胴等 を製作。
ワッパ屋 ・ワッパ作 り (金木町,川内町,三厩村):ヒバ材 による曲げワッパの製作。
竹寵屋 ・竹細工 (青森市,十和 田市,岩木町,風間浦村):背負い寵,手寵,農業用,漁業 用の各種寵 を製作。
あけびつる細工 (黒石市,岩木町):アケビの蔓で主 に日常生活用の篭 を編 む。藤製品 も製 作。
イタヤ細工 (弘前市,南郷村):イタヤカエデの木材 を割 り, テープ状 にして編 む。背負い 寵,腰寵,箕等 を製作。
シナ皮細工 (平 内町):シナの樹皮 を裂 いて,各種 の寵類 を製作。
ヒバ皮細工 (佐井村):ヒバ の樹皮 を裂 いて,各種 の寵類 を製作。
下駄屋 (弘前市):桐下駄 の製作。
カンジキ作 り (佐井村)
塗師 (弘前市,八戸市):各種 の漆器 を製作。
木地屋 ・塗木地屋 (弘前市):漆器用の木地 を専門 に製作。
木挽 き (三厩村,小泊村,脇野沢村):木造船や槙 の部材 を製材。
柾屋 ・柾割 り (五所川原市,横浜町,市浦村):主 に ヒバ材 を割 って屋根葺 き用 の柾 を製 作。
炭焼 き (今別町)
( 2 )
金属加工関係鍛冶屋 (青森市,弘前市,田子町,名川町,小泊村,脇野沢村):各種 の農具,漁具 を鍛
造 。
蹄鉄屋 (七戸町):蹄鉄 の鍛造 と装蹄。
鋸屋 ・目立屋 (青森市 ・弘前市):鋸 の 目立て。
鋼屋 (弘前市):銅 の打 ち出 しによる鍋釜類 の製作。
板金屋 (八戸市)
イカ針屋 ・イカ針作 り (八戸市,大畑町):各種 の漁具 の製作。
教科 「技術 ・家庭」 における伝統技術 の教材化 に関す る研究 67
( 3 )
その他藁細工 ・ゴザ作 り (青森市 ・尾上町):藁 ゴザ, しめ縄等 を製作。
ケラ作 り (平賀町 ・川内町):シナや ブ ドウの皮,藁 な どで雨 ゲ ラ,背負いゲラ,化粧 ゲ ラ な どと呼 ばれ る蓑類 を製作。
パ オ リ作 り (五戸町):イグサで編 んだ笠 (パオ リ) を製作。
ほ うき作 り (尾上 町,野辺地町,下 田町,東通村) 提灯屋 (青森市)
傘屋 (五所川原市):番傘 の製作。
馬具屋 (弘前市) 太鼓屋 (弘前市)
仏師 (弘前市,脇野沢村)
八幡馬作 り (八戸市):民芸玩具 の八幡馬 の製作。
凧屋 ・凧作 り (弘前市,浪岡町):津軽凧 の製作。
4.
おわ りに学校教育 において各教科や教科外活動 の教材 として個々の伝統技術 を取 り上 げることはこれ まで に も多 くな されて きた。 また,技術科 に技術史 の視点 を取 り入れ る必要が説 かれ, そのよ うな実践 も報告 されている6)。 しか し,伝統技術 の特徴 を多面的 に評価 し,積極的 に普通教育 にお ける技術教育 の中に位置づ けようとす る試 み は, これ まであ ま りなされて こなか った。次 報以降 において,上記 の個 々の技術 の実態 の調査 を行 ない,本報 で述べた論点 について具体 的 に検証 を進 め ると共 に, その教材化 を検討 してい きたい。
本研究 の一部 は平成7‑ 9年度文部省科学研究費補助金 (基盤研究B)(課題番号07458041) の助成 を受 けて実施 された ものであ り, ここに記 して謝意 を表す る。 なお,本報 の概要 は日本 産業技術教育学会第15回東北支部大会 (平成9年12月7日,弘前市) において発表 した。
文 献
1)小川武範 :技術的教養の基礎 ・基本 :教育的内容の視点から, 日本産業技術教育学会誌,36:69, 1994.
2)西原口伸一 :技術科教育の新領域構想について,日本産業技術教育学会誌,36:73,1994.
3)中央教育審議会 :21世紀 を展望 した我が国の教育のあ り方について (第一次答申),中央教育審議 会,1996.
4)青森県立郷土館 (宿):青森県の諸職一一青森県諸職民俗調査報告書‑,青森県教育委員会,1990.
5
)青森県立郷土館 (宿):青森県の諸職2
‑青森県立郷土館調査報告第34集 産業‑2‑
,青森県立 郷土館,1994.6)横尾恒隆・高橋克典 :岩手県における技術科教育実践の歴史的発展一金属加工領域 を中心に‑, 冒 本産業技術教育学会誌,37:81‑89,1995.
(1998.1.5受理)