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幼児にみるリズムの表出・再現・表現

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三重大学教育学部研究紀要 第48巻 教育科学(1997)21ト228頁

幼児にみるリズムの表出・再現・表現

一和太鼓の音楽経験と表現活動一 中 西 智 子

AnExpressiveRhythmPhraseofInfant

SatokoNAXANISHI

はじめに

多くの人々の場合、自分の人生を振り返る時には必ずと言える程に、幼児期や児童期の家庭 環境から出発するようである。例えば、日本経済新聞に連載されている「私の履歴書」には、

親の存在に始まり、家族構成による共通体験がその後の家族の会話などに̀トピックス,とし て物語られ、家族の趣味の話題が豊かに綴られて家族の一人ひとりの個性が鮮明に表現されて いる。このように子ども時代の「家族」の有り様は、家族の秤を深めるとともに、人間形成の 重要な礎として重要な意味があると考える。

今日では、特に、団魂の世代といわれている人たち以降には、家族共通の趣味の一つとして、

家族が揃って共通体験をする企画が多いように思われる。その中の一つとして、音菜プレーを し、音楽プレーが子どもの習い事と関係してくることば特異なことではないようである。

定期的に子どもが音楽学習する機会を持っこととして、現在の我が国ではピアノ、バイオリ ン、電子オルガン、リトミックなど西洋音楽の類を幼児期から始める子が多いように、音楽的 な習い事では西洋音楽が一般的である(1)。

一方、日本の伝統音楽の習い事も幼児期から始める場合があり、謡や琴などである。どちら も習う内容によって幼児各人の表現方法に差異はあるが、親子の相互交流の過程が子どもの表 現手段、内容、質に影響を及ぼすと考えられる○乳幼児からの歌の発生過程については、大畑 祥子(2)、志村洋子(3)、などの研究発表があり、保育所・幼稚園の子どもたちや吾が子を観察

しながら綿密な資料の検討をして明らかにしている。

本稿では、乳幼児のリズムの発生過程を、2人の幼児の家庭の記録から検討したい。父親の 音楽趣味を中心に展開する4歳3カ月のJ子と1歳9カ月の弟Eの家族を事例としてとりあげ、

乳幼児期のリズム教育について考察する。

1リズムの表出の基盤

ここで事例として挙げるJ子とEの家族は、父親を中心に父系家族としての6人家族で構 成されている。父親は家の仕事(自営業)と音楽趣味に時間をバランスよく使い、父親の趣味 (和太鼓演奏を中心にあらゆるジャンルの音楽鑑賞)は、家族の趣味として浸透しているかの

(2)

ように思える。母親は自分の趣味を夫の趣味と歩調を合わせるかのように、三味線などの習い 事を積極的にしており、子どもたちは両親の音楽趣味に強い影響力を受けていると思われる○

筆者は、J子とEが撥や棒で打ち出すリズムに『烏はなぜあんなに歌う(鳴く)のだろうか』

と似て、『あの子たちはなぜあんなにリズミカルに音を出すのだろう』と思う。彼らは湧き出 てしまうかのように音を出し、筆者には心踊るように感じるリズムを即興的に打っ。とりわけ 幼いEは無意識的に、生理的に音を表出するかのように̀叩きたい時に叩いている'状態が中 心、である。現在では・このおばちゃんが喜ぶから,と意識的・意図的にいろいろな音の出る物 を打っている時がある。J子は撥の持ち方は「こんな風に握る」「こんな音がいい音」という

ことに、充分ではないが気付き始めているように思われる。このことば、彼女が一カ月2回の 太鼓の稽古を約一年間続けてきた成果であり、音と技能を技術的に意識しているからであろう○

筆者が親しく知らなかったJ子の幼い頃と、現在の幼いEの苦衷出には共通する面があるの ではないだろうかと考え、子どもたちと両親との関わりを以下にまとめた。

・J子とEの家族構成

祖父65歳、祖母61歳、父37歳、母30歳、J子(保育園4歳児クラス)、E。

・J子とEの和太鼓歴と音楽環境

J子

E

J子とEの和太鼓の関わり(母親の

記憶を基にして)

父親と母親の音楽趣味の経緯

1992年6月

1993年

1994年4月

0歳

2

長女J子誕生

ラワン材の撥を父親が作る(直径

青年の噴からドラムやギターなど に興味を持ち、グループを結成し て活動していた。民族楽器を収集 する趣味があった。町で太鼓グルー

プを作る時に誘われて太鼓を始め、

長女誕生の時は太鼓歴が7年目。

観光客用に太鼓演奏を頼まれ、本 業の仕事の合間に営業的に演奏を 始めていた。出演の場合やコンサー

ト鑑賞に行く時は常に3人である。

母親は父親の太鼓演奏の批評家も 1.8cm、長さ21cm) 兼ねる程に、太鼓演奏には耳が肥

J子は右手に撥を持ち、ヨチヨチ えてくる。J子は父親の大人ばか と歩きながら部屋にある締太鼓や りの太鼓グループに同行する習慣 机の足、イスなどをランダムに叩 がつく。父親の撥で太鼓を叩きた

いている。

保育所へ入園

J子は子どもから大人までの150

がるJ子のために、手に合うサイ ズの撥を作る。

父掛ま笛の練習を熱心に始めるよ うになる。

この年は、父親には千人太鼓コン サートの主力メンバーとしての垂

人が参加する千人太鼓の練習場で、

貢があり、8月までの半年間は太

休憩の時などに空いている太鼓へ

走り寄って手で次々に太鼓を叩い

鼓の練習に明け暮れていた。父親

の練習には母親と一緒に練習場で

て回っている。太鼓の側に置かれ 遊んでいた。

ている撥を持って音を出した時に 父親が一緒に打つ太鼓仲間には、

は母親が飛んできて撥を取り上げ 子どもたちも含まれており、J子 る。他の幼児にはJ子のように太 は人見知りすることなく大人や子

鼓へ寄ってきて音を出そうとする どもの中では<仲間>の如く受け

姿は見られなかった。 入れられており、本人もそのつも

りのようであった。

J子に限らず他にも、母親の練習

(3)

幼児にみるリズムの表出・再現・表現

1995年1月 4月

1996年1月

J子太鼓グループへ試し入団。

小学生たちのグループに入り、始 めと終わりの挨拶は皆と一緒にで

きるが、集中して練習することは できず、太鼓を練習している子ど

もたちの中を、撥を持ったまま一

人で歩きまわっている。

長男E誕生

J子上記の太鼓グループへ正式に 入団。

J子は子どもたちが演奏するグルー プの曲が終わるまで自分の位置で いることができるようになる。部 分的に一緒に演奏できるが、母親 やEの存在が気になる様子で、2 人の姿を求めて身体の向きを変え ることがある。

槍材の撥をテーパー仕上げで父親 が作る

J子:直径片面1.7と2.2cm、

長さ28cm E:直径片面2.2と2.5cm、

長さ28cm

EはJ子の太鼓練習に連れていくと、

ベビーカーの中に立って太鼓の演 奏に合わせて身体を揺すったり手

を振っている。ヨチヨチ歩きを始

め出すと、母親の手を離れて太鼓 を演奏する子たちの中に入って行

きたがる。

J子は父親が仕事で出る時は何も 言わないが、太鼓関係で出る時は 必らず、自分も行くものと思って

いるらしい。

太鼓グループの発表会で小学生た ちと一緒に舞台で演奏。

J子は発表会に出るまでは、Eが来 ると気になる様子で突放していた が、発表会の後からはEが側に釆 ても以前よりはEの存在を気にせ ずに、皆と演奏を続けている。

Eは母親の手を振り切って、自分

の撥を握り姉たちが練習している 間に入って行き一打する。追い掛

けてきた母親に摘まっても、満足

そうな顔で戻ってくる。

に付いてきて練習場で絵を措いた り、太鼓に合わせて踊ったり、疲 れて寝たり、一人遊びをしている 幼児はいた。

母親の胎内で5カ月の胎児(E) がJ子の時とは比べものにならな

いほどの激しい胎動を始める。

親は太鼓に興味を持つJ子を自分 では教え難いと考え、親しい太鼓 仲間のグループへ入れた。

母親はJ子の練習に弟も連れて行 くようになる。

母親は、父親の鉦やチャッパで母 親はリズム打ちに興味を持ち、父 親の鉦やチャッパで練習を始める。

父親が所属するグループが結成10 周年記念をむかえ太鼓練習が特に 頻繁となり始める。

母親は三味線の練習に通い始める。

Eを連れていく。

(4)

Eは、J子が通うグループの練習場

で空いている締太鼓を見付けると

子どもたちの演奏と一緒に太鼓を

打ち、不思議とリズムが合ってJ 子たちの演奏する音楽の邪魔にな

らない。太鼓を打つ時の腰の構え は教えたのではないが、非常に姿・

形が良い。

J子は父親が太鼓仲間と話してい る場所に一緒にいることを希望し、

そばで邪魔しないで一人で遊んで

いる。

Eは、新しく入団した小学生たち よりリズムのフレーズとフレーズ の間(休み)の呼吸が合っている。

Eは一人で遊んでいる時に、母親 が習っている三味線音楽を口唱歌

でつぶやいている。

EもJ子と一緒に父親の練習にい くようになる。

父親が家で祭りに出るJ子に稽古 をつけるようになる。

J子が乳児の頃から父親が外出する時には家族3人が揃って出掛け、和太鼓のコンサート出 演や鑑賞には常に3人達れであった。1月にEが誕生した年、J子は4月に保育園へ入園(町立

の保育園は2歳児入園)し、保育園での仲間ができた。Eが生まれてからも家族揃って4人で 出掛ける習慣は続いている。例外的に父親が片道1100Km離れた地域へ太鼓の仲間たちと演 奏に出た時、母親と姉弟は留守をした。但し、その4日間は父親から一日2回の電話連絡を楽

しみに待っており、J子は電話がかかってくるまで寝ない状態であった。父薫別ま「J子は僕が 太鼓をしんどくっても楽しみながら続けていることがわかっているようだけど、今回は僕が今 まで以上にプレッシャーを感じていることを、どうも(J子)は感じているようだ」とつぶや いた。筆者は、お父さんっ子のJ子には大好きなお父さんが居ない淋しさから電話の声を待っ ている、と思っていた。しかし、J子には父親は「太鼓を共有して、自分と似て、自分と重ね 合って理解できる存在」のように意識して幼いながらに父親の舞台演奏を気にかけているので はないだろうか、と考えるようになった。

J子が、太鼓グループに通い始めて3カ月(3歳5カ月)の頃、父親が筆者の部屋に来る用 事の折りに、Eも一緒に家族4人で来た。J子は部屋にある太鼓類などのさまざま打楽器を見 付けて撥代わりになる細い竹の工作棒を探し出し、本来人間が持っている内からほとばしる本 能に因る如く叩き始めた。音色の違いや打った瞬間の手応えを試しているのであろうか、嬉々

として一人で遊んでいた。この光景が始まった瞬間は少なからず驚いたが、J子の内面から溢 れ出るようなリズム感の表出をみる思いがして、おおいに楽しませてもらった。J子は母親が 竹を取り上げるまで止めなかった。彼女が叩き出す音には即興的な一過性のリズムとやや安定

したリズムフレーズが聴きとれた。「お父さんが教えているのかしら」と母親に質問した答え は、「◇◇太鼓に一カ月に2回通って遊ばしてもらっている」とのことだった。筆者は、太鼓 指導を保育に導入している幼稚園・保育所において幼児の太鼓演奏は聴いているが、個人的に 太鼓の稽古をしている幼児のリズムは始めて聴いた。

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幼児にみるリズムの表出・再現・表現

2 <いたずら音出し>と<メチャクチャ叩き>

乳児は手が動くようになれば何かに触れる。大人はきっと何かを持たせてくれる。ガラガラ なのか食物なのか区別ができなくても、舐めたり振ったりしながら口や手で感触を楽しみ、運 動感覚を楽しんでいる。振ったり落として音が出たり、髪を引っばられた母親が思わず声を出 すように、結果的に偶然出る音や声に耳を傾ける。そして、声や音を耳と手のコントロールで 自分から自分へ、或いは、自分から誰かへはたらきかけることになる。音が出ること、出すこ とに興味をもった<いたずら音出し>や<メチャクチャ叩き>は、描画の発達段階でいう<な ぐり画き>のようなもので、身体的な運動の素朴な表現である。素朴な表現でありながら、音 によって周辺の人たちと近付き、気持ちが通じあう機会は、乳幼児には心地よいものであろう と思われる0このようなコミュニケーションの経験は、人の発達のうえで重要と考える。

好意的に自分の声や音を受け入れて反応する人と「息が合い」「情が生まれる」ことを経験 的に感じると、未知な人であってむ安尤、して受け入れるのではないだろうか。声や音を共通項 に、自分を中心に、泣き声ほどはっきりした意思表示でなくても、自分からのあらゆる「声」

や「音」に反応してくれる人の存在が日常的であれば、人との出会いに不安を感じず、人見知 りしない子という育ち方になるようである。そして、声や音を介する人との出会いは相互交流 の効果で声はことばへ、音は音楽へと、感性を一層高めることになるだろう。

母親は、J子が4カ月検診の時に医師から「お父さんは時間が許す限り一緒に遊んであげて ください」と言われたことで、今までの親子3人の生活スタイルを肯定された喜びがあった、

と当時を振り返る。2人の子どもたちのリズム感覚の発生には、このような家族の絆を背景に した親子のコミュニケーション効果と共に、親の周辺の人たちとのコミュニケーション効果が あると考える。そして、子どもの<いたずら書出し>や<メチャクチャ叩き>に対する両親の 反応や周辺の人たちの反応は、子どもたちヘ音の表出を促す大きな役割を果たすのではないだ

ろうか。

母軌まEが胎児5カ月頃から胎動が激しいので小児科の医師に相談した時、「お腹の中で元 気なんですよ」ということであったoJ子は母親のお腹へ手や耳をあてて胎児の胎動を感じな がら、赤ちゃんができるという期待を一層膨らましていたようである。誕生以来、弟という赤 ちゃんへの好奇尤、が強く、お母さんやお父さんがするように私も世話をしてあげる、という行 動が頻繁に観察されている。Eは家族の大切なかわいい赤ちゃんであった。Eが誕生してしば

らくは「E(弟)にはお母さん、J子(私)にはお父さん」の図式がイメージされており、E に対する嫉妬心の態度が観察されることば無かった○しかし、Eがよちよち歩きを始めると、

父親が眉分の為に作ってくれた太鼓の撥を(自分に断りもなく勝手に)持って、いたずらに音 を出すようになってから、「これJ子の」と撥を取り上げて泣かせることになる。そこで、父 軌ま2人のために棒の棒を削って撥を作り与えた0太鼓に関してはJ子のEに対する許容範 囲が狭くなる。

J子が4歳の現在、テレビをかけたままで絵を描いている時でも、テレビから小室哲也など の気に入った音楽が聞こえると締太鼓と撥を用意して即興のリズムで歌に合わせて音を出し始 める0歌が終わるとその流れで太鼓グループで覚えたリズムフレーズを打っことがある。J子 が打ち始めるやいなや、すかさずEはJ子の真似をして身近な棒(撥、物差し)を手にしてJ 子の締太鼓へ寄って行くが、姉に邪魔にされると締太鼓から離れて、にこやかな表情で他の物

(6)

から<いたずら音出し>をしながら部屋の中を移動している。Eは太鼓その物にはこだわら ず、音が出れば納得していた。しかし、Eが1歳半位からは、2体の締太鼓が目の前に揃って

る場合には2人が高い音の太鼓(締まっている太鼓)の方を奪い合うことになる。撥を持った 喧嘩が始まり、どちらも譲らない。負けた方が親へ締めてはしいと頼みに来るように、太鼓の 音色にこだわり始めた。

使用しない時の締太鼓は麻紐をゆるめて置いてあり、音出しの時に紐を締めるが、紐を住い 音に合わせて締めるにはかなりの体力と時間が要る。子どもたちが壮絶な喧嘩をする理由の一 っは、そこにある低い音の締太鼓は好きな音へ調整するには手間がいるということを感知して おり、すぐには間に合わないということが判っているからである。締太鼓を打ちたい時にすぐ には他の物へと気持ちの切り替えができない(あきらめられない)程に、高く澄んだ締太鼓の 音を好んでいる。さらに、音色に限らず、締めた太鼓を打つ時の手答え、感触が音を出す満足 感として子どもたちのこだわりとなっていると思われる。

父親が趣味で買い求めたキーボードや楽器類は、常に子どもの視野に入り、手に届くところ にある。姉弟は室内に何気なく置いてある太鼓(長胴太鼓1、桶胴太鼓2、締太鼓2)、鉦、チャッ

ぺバーチャイム

カバサ、マラカス、タンバリン、トライアングル、カリンバなどで音を出

して遊ぶ。親は子どもが鉦を落とさないようにと取り扱いを注意するが、危険が無い限り、演 奏方法に関しては口出しをしない。J子は大きなカバサをおもちゃ箱から引っ張り出して抱え

るようにして踊り始めたり、タンバリンを撥で叩くこともある。子どもたちには楽器類は音の 出る玩具であり、彼らの豊かな音の世界を伴に表現する≪仲間≫のようである。たくさんの楽 器の中で彼らが最も気に入っているのは、締太鼓である。

一般的には、乳幼児期の子どもたちはテレビ番組の音楽に合わせて短いフレーズを口づさん だり、腰を振るように踊ったりするが、J子とEは棒を持てるようになった時から、気紛れに

<いたずら音出し>や<メチャクチャ叩き>を楽しんでいる。Eは母親がキーボードの電源を 入れれば流れてくるリズムフレーズに合わせるかのように、<メチャクチャ叩き>をしながら 一人で遊んでいる。

J子の家は、子どもたちが太鼓を叩いても周辺の家に迷惑がかからない程に離れている利点 があり、気が向けば夜でも自由に昔を出して遊ぶことができる。家庭には太鼓の昔に限らず常 に音楽が流れている状態であるが、家の周辺は海鳴りや風の音、木々を風がそよぐ音、小鳥の 鳴き声などの「自然音」の音環境である。

3

<メチャクチャ叩き>からリズムの芽生え

Eの青ば勢いのある弾んだ音である。彼が1歳半になる前頃に「どんどんどんどん….(J

♪♪♪….)」と打っ音を聴いた太鼓歴20年の人から、太鼓を打っ腰の構えなどがみごとに決 まっていることを指摘されている。そして、「(Eは)自分の世界に浸って叩いている」とい う感想があった。左右の腕が交互に太鼓を打っのではなく、右左右右左のように、或いは間に

『間』が入ったりして連打している。

1歳9カ月の現在でも、腕を左右交互に動かそうとする意識は無いようで、思うがままに気 持ちよく叩いている時の顔の表情は音と一体感がある。Eが気持ちよさそうに生み出す音の

連続のどこかには、不規則に微かなアクセント(右手の時)が聞き取れて、彼固有の昔空間が

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幼児にみるリズムの表出・再現・表項

無限に広がっていくようである。再現は不可能で、→度しかない瞬間の音の連続であるが、J 子の音とは適う彼の個性が自矧こ表れており、彼を育て育んだ、さまぎまな環境要因によって

形成されていく過程の表れといえよう。同時に、温暖な気候、海・山に囲まれた恵まれた生活

環境に育っこの子どもたちの音には、聞く者へ『昔』は『自然』の一部で在るのではないだろ

うか、と思わせる力がある。

父親の記憶では、Eが自分専用の撥を手にした頃、基本的には右手だけで締太鼓を「どん

(J)」「どんどんどんどん(♪♪♪♪)」であったが、いっの噴からか左手にも撥を振るようにな

り、左手の少し弱い書は右手の昔と調和しながら音の連続が片手の時より良くなった。その頃

には両手の撥を同時に振り降ろして打ち始め、両手の打音がややズレて音が出るので「どどん どどん(JrJr)」と聞こえる0

現在では、彼が力んで打っ時にはロール(JlJl 月刀)のように昔が出ている。さらに、「どんこ

どんこ(JつJl)」をゆっくりのテンポにして

「どんこ どんこ(J♪J♪)と音を出すようになっ

た。

なお、竹の50センチ物差しや父親の撥(写真1) を剛、て叩く場合にほ、本来の彼の1拍感の音価が

▲拡大して聞こえる。このことは、腕か長い物差しに 振り回されてしまう感覚を腕のコントロールによっ

て音の嶺を保とうと、無意識に調節しているのでほ ないだろうか、と思われる。

写真1父親の掩と子どもの掩

4

リズムの表出と道具

J子とEのリズム表出と楽器の関係には、鈴木メソ・フドと共通した幼い子どもへの心身の発 達の理解と教育的配慮がみられる。バイオリン教育の鈴木鎮一氏が完成させた「鈴木メソッド」

では、バイオリン入門の最初に「キラキラ星」を指導する。決して四分音符の」」」」で始ま

らずに、音符にロ唱歌(くちしようが)「タカタカタッタヮ タカタカタッタッ」のことばを

置き換えて、月=『几月∃∃月で指導を始める(楽譜1)。「月〒コ 刀」を一つのフレーズ

として指導する最大のねらいは次のようなことがあげられよう。

短い音の連続(月ヲコ月 庁日月)で打っ場合には、長い昔の連続(」」」」)に比べ

て、弓の動かし方=演奏方法において幼児や初叱、者には腕のコントロールが容易である。

より正確に音の長さのコントロールができることは、幼児や児童などに限らず大人の初 心者にも同様の効果がある。幼い子には大人から見れば、一見̀̀メチャクチャ背き廿のよ

うな音の出し方(弾き方)であっても、それがリズムフレーズのタイミングと腕の動きが 関連するなら、腕のコントロールは愛である。そして、短い音のリズムフレーズを練習す

ることから腕のコントロールに慣れた段階で、音を長くのばす演奏へと入りよい。

音符と昔がみごとに合った口唱歌「タカタカタックッ」(例え無意味なことばであって も)が付いている場合には、リズムフレーズの記憶の助けになる。

音符とことば(口唱歌)の一致は、鈴木メソッドで重要視している模範演奏(CDなど

(8)

キラキラ星 変奏曲

よ か

た よ

どうしたどうしたどうしたどうした

(〉 1 0

タカタカタカタカ タカタカタカタカ

2

義軍竺:出二Ll「「F け「F

F

け■予 ⊇‥ニ・j

「鈴木バイオリン指導曲集1」より編著者 鈴木鎮一、全音楽譜出版社

☆口唱歌は筆者が記入。

(9)

幼児にみるリズムの表出・再現・表現

を自宅で聴くこと、レッスン時の先生の模範演奏)を聴き取る際には音楽理解に大きな手 助けになる。鈴木メソッドでは、初心者は模範演奏から感化され、真似て、学ぶ意欲へと 深化していくことを大切にしている。

音楽学習に、聴感覚からの音楽の情報入力が大きな効果を与えることは、音楽への感受 性とリズムの認識が確実になることを、鈴木メソッドの実践は実証している(4)。

ピアノでは鍵盤のサイズは演奏者の身体とは無関係に画一サイズであるが、バイオリンは身 体に適したサイズのバイオリンと弓で練習を始める。J子の父親は鈴木メソッドに関するよう な音楽教育の専門的知識があったわけではないが、幼児が音を出したい意欲をそのままに表出 する道具としての撥は、大人の撥では長すぎて腕は撥に振り回されるようになり、腕に撥の重 さが負担であろうと考えた。自らの経験から独自に考案した結果がミニサイズの撥(写真1)

であった。

幼児の内面から表出する<メチやクチャ叩き>をそのままに聞き取るには、その子の腕に適 した道具が必要である。表現意欲を引き出し、同時に音への感受性を豊かにすることから出発 して表現技能を育てていく道筋が必要である。

幼い子どもが父親の靴を履いて歩くのを好むように、今はEが父親の撥を見っけると重い撥 で音を出そうとする。現在のJ子には楽器と撥の関係が理解できるようになっている。

J子とEの観察を続けることから、父親が幼児の手に合う撥を作った意図が推測できた。そ して、一見<メチやクチャ叩き>のようではあるが、適切に与えられた道具によって表出する 音には演奏する者の気持ちの抑揚が繊細に伝わってくる。

5 リズムの再現と身体の記憶

J子とEがいたずらに音を出しながらメチやクチャに叩く音の違いは、音のまとまりの定型 が見られるかどうかである。

一過性の音の連続から始まったEの音は、聴覚的に客観的に感じとれているのであろうか。

単に両腕を動かしているだけであろうか。しかし、繰り返しを楽しんでいることば顕らかであ る。幼い子の1音だけであればそれは『響き』であり、『音の勢い』でしかないが、しかし、

繰り返して音が在った場合にはどうであろうか。単に連続で聴きとっているのか、それとも、

音のグルーピング(リズム)として意識があるのだろうか。

幼い子がいたずらに音を出して叩いている音は、砂に描いた絵のようなもので、すぐに消え てしまって残らない。

一般的には、リズムは声の場合(アー、イー)と同様に音においても『響き』と『音の勢い』

の抑揚から強弱を結びっけて、ある種のグルーピングで音の連続を感じ取り、そこからフレー ズの意識が生まれるが、それは音を繰り返している間に声や音の統一体として認知するからで あり(*)、その結果、聴く者へフレーズとして伝わる。

写真2の如くに、EがJ子たちの演奏に紛れて参加できるようになったのは、口唱歌の「ど

んどこどこどこ」が音のグルーピング「」J一月月」と一致して認識された1歳半の頃からで

ある。Eはそれまで、口唱歌のことばばあたかも歌の歌詞のように、掛こ真似て意味不明に口 ずさんでいたが、出す音との関連はなかった。

(10)

Eは、いたずらにメチャクチャに音を繰り返して きた経験から、短いフレーズではあるが、腕のコン

トロールの要領が身体の記憶とともに調整できるよ

うになったことと、J子が家で父親から指導しても らう場面に居て、音楽の一部分ではあるが、口唱歌 とリズムの一致を、音の統一体として身体の記憶に 蓄積した成果である。

最近のJ子の書から音のまとまりの定型が聴きと れるのは、太鼓グループの曲に組み込まれているア クションを入れながら身休全身で記憶した学習効果 を基盤に、即興に創り出たリズムを記憶することが できるようになったからであろう。撥を持てば太鼓

グループの練習曲のフレーズを打っこともあり、太

鼓演奏時の振り(アクション)を入れることで音楽

の流れを調整できるようになる。みずから創り出す

写真2

前列右端かE、その槙が姉のJ

子(J子の横の太鼓を打つ子が途中

で帰ったために、1体空いた。そ

こへEか勝手に自分の繚を持って行 き打ち始めた。この後すぐに母親

が遅れもどしたが、何度か裸り返 すことになった。)

音の記憶が可能になり再現でさるのは、聴覚と腕運動の記憶で音が出る瞬間の感覚(昂揚感の ようなものであろうか)を、体得した(身体で覚えた)時である。

1歳9カ月のEは昔への好奇心が旺盛で、音によって家族も含めた周囲の人たちとの交流が ある。彼は、太鼓を共通項に似た者同士の大人や子どもの中で、自在に青から昔糞への探索行 動を展開している状態である。現在彼が出す音のまとまりは、幼児自身のJL、の求めるままの有

り様でしかないが、原型的な音のまとまりは身体の記憶に始まったといえよう。そして、身体 の記憶に口唱歌の記憶も含めることができるようになった時、音の統一体としてのリズムの再 現の段階になった。

人が本質的に秘めているリズム感覚には、J子の振り(アクション)を伴うリズムに見られ るように、アクションによって音楽を秩序だてている側面が考えられる。

演奏する人が昔禁の中に包み込まれている如くに溶け合って、音空間を見事に作り出したア クションを伴う太鼓演奏に、第三者(聴く人)は∩わぎとらしさ"を感じ無い。アクションは

「音楽表現」を確立する必須要件であり、舌を客観的に聴かせる役割を担っていると考えるこ ともできる。

大人たちの多くの人がいかにも作為に満ち満ちたアクションをしているように感じるのは、

彼らのアクションは音の一瞬一瞬と無縁であり、アクションによって演奏(音楽)が死んでい

るからであろう。

大岡信は著書『抽象絵画への招待』で「私は抽象絵画の傑作とされているものと、壁の落書

とのあいだに、本質的で決定的な断絶があるとは考えない」と述べているが、太鼓演奏も共通

のことがいえるのではないだろうか。幼い子どもたちの個人的な音の表出には活き活きとした 内面を反映して、演奏する子の全てがあらわになっているが、聴く人がその昔の表出を音楽と

して完成させる音楽が太鼓音禁であると考える。そして、リズムと音色で構築されたシンプル

な音楽である故に、多くの人に通じる音楽なのではないだろうか。

‑226‑

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幼児にみるリズムの表出・再現・表現

と め

本稿では、2人の子どもを対象に乳幼児期のリズムの表出を彼らの音楽環境から考えてきた。

しかし、乳幼児と音菜の関係について、山内逸郎氏と大畑祥子氏の対談の中で「胎児は母親の 体内で26週ならば充分に音は分かっている」と山内逸郎氏が小児科医師として語られてお

り(5)、さらに、胎内に外界でのさまざまな音がどのように響いて伝わるか、胎内のマイクか ら録音された実験テープで明らかにしている。音によって親子が繋がっていると考えられる現 在では、今回のリズム表出についての考察は出生後の現象を出発点としたにすぎない。即ち、

置かれた環境に則した「適応」の観点でまとめる始まりを「家族」においたのである。

赤ちゃんが家族の一員として加われば、「この子は父親に目元が似て、口元は母親に似てい る」などの話題になるように、似ている部分が家族としての自覚の始まりともいえよう。村瀬 学氏が「家族とは自覚される相似である」というように(6)、家族は似ていることを探し出し

て安心するのかもしれない。「胎児は母親の体内で26週ならば充分に音は分かっている」とい う山内逸郎氏の事実から、目元、口元のように見える身体の部分に限らず、しぐさや昔の感性 においても似ているところを探そうとし、共通する性質を見付けた時に安心するのが家族なの

であろう。

親という立場になった時、自負すべき事柄をもっている人は、職業でも趣味でも吾が子へ伝 えようと努力するものであろう。乳幼児への働き掛けで重要なことは、家族という意識(人間 関係)である。大人、幼児、乳児の判断力・認識力が全く同じであるはずはない部分でも、親 の一途な気持ちは漠然とした共通の認識として幼い子たちに生じるだろう、という点では否定 できないと思われる。

このような、認識されているであろうという相互の曖昧さがやまだようこ氏がいうように、

「分かっているようにみえること」と考える。

やまだようこ氏が初期の人との通じあいにおいて、

人と人との間柄では「分ける」よりも「あう(会う、合う)」ことが重要である。相手がほ ほえみかけてきたとき、それが何を意味するか「分かる」ことも大切だが、それよりも、すか さず自分も相手にはほえみかえす、つまり、タイミング(間)に合う行動ができなければ人と の間柄はうまくいかない。

(やまだようこ『ことばの前のことば』よりp62‑63)

と述べるように、J子の家族では分かろうとする手がかりの一つとして、『音』も重要な手が かりであったといえよう。親と子どもたちの気持ちが響き合い、家族という共通の『音』表現 を通して各人がつながっている。「分かっているようにみえること」から出発して「分かって いく」流れにある。

同居する祖父母の理解と協力を得た若い家族の生き方は、父親の趣味が家族の誇りとして家 族のシンボルである。

(12)

表情豊かに輝く音を聴かせてくれるJ子とEに感謝します。本当にありがとう。そして、本 稿を進めるにあたって、御両親から貴重な育児体験を聴かせていただいたことを深く感謝しま す。J子たちと親しく付き合いが始まったのは3年前からであり、当時はJ子が人見知りをせ ずに親から自由に、自然で和やかに振る舞っている姿があどけなくとても可愛かった。そして、

数百人の太鼓演奏の轟きのような音の中で、太鼓の音に馴染んでいる姿が印象的であった。E はお母さんの胎内でこの轟音をどのように聴いていたのだろう大変気になるところです。2人 の子どもたちの音への感性は、音楽教育の根源を示唆してくれたように思います。ありがとう

ございました。

引用文献

大岡 「抽象絵画への招待」 岩波新書1985

② やまだようこ 「ことばの前のことば」

新曜社1988

参考文献

(1)ロナルド・カグァイエ、西山志風

「日本人の音楽教育」

新潮選書1986

(2)大畑祥子

「幼児音楽教育論一幼児の発達と音楽②‑」季刊音楽教育研究Nα36

音楽の友杜

1983

(3)志村洋子

「音楽教育の原点としての母子相互作用一滴2カ月の声の分析を通して‑」音楽教育学

14号1984

(4)川崎智子 「ヴァイオリン学習における指導法の研究」 日本音楽学会誌第20巻

音楽の友社

1975

(5)村瀬 「未形の子どもへ」 大和書房1989

(6)山内逸郎、大畑祥子 「赤ちゃんは聞いている」 季刊音楽教育研究恥27 音楽の友社19飢 (7)ルートゲイッヒ・クラーゲス 「リズムの本質」杉浦 実訳 みすず書房1974

(*)例えばことばの唱和の場合に同様な道筋をみることができる。3歳児位からの幼児にしばしば観察

される事例では、幼児たちが唱和する場面で「ゆ‑たろゆたろ、せ‑んせにゆたろ(」JIJl

カケ」J]月山7)」とことばがリズムと一体になってはやしたてている時がある。この場合には、音

声が統一体として四拍子にまとまって伝わる。しかし、このようなリズムとしてのまとまりには、こ

とばが意味をもっている場合が多い。しかし、意味が無くて意味をもつ"まじないのことば''類にお いてもリズムがおのずと生まれる。子どもたちの唱和のタイミングは、ことばの記憶が昂揚感によっ てリズムをまとめる統一体の手がかりとなっている。

参照

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