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対照言語学の役割

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Academic year: 2021

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対照言語学の役割

松 本 青 也

1.対照言語学の目的

 対照言語学(Contrastive Linguistics)とは,二つ,また時には三つ以上 の言語について,言語体系と言語行動の類似点と相違点を明らかにしよう とする学問である。比較対照という点では,他に比較言語学と言語類型論 という研究分野がある。各々の性格をより明確にするためにこの三者を比 べてみると,19世紀に台頭した比較言語学(Comparative Linguistics)は,

音韻などの項目について歴史的な類似関係を調べようとするもので,必然 的に対象は歴史的に同系の,もしくは同系だと予測される言語に限られて いるのに対して,20世紀中葉に始まったといえる対照言語学は,歴史的な 同系性を考慮しないで言語を対照するもので,対象となる言語は全く対照 的なものでよく, contrasitive という言葉が使われる理由もまさにそこ にある。言語類型論(Linguistic Typology)も19世紀に台頭したもので,

歴史的な系統を考慮に入れない点では対照言語学と同じだが,様々な言語 の体系上の類型を求めようとする点で,個々の言語の個別性を求める対照 言語学とは方向を異にしている。

 言語研究を,その目的で大別すると,言語の理論的な分析を深めようと する理論言語学と,言語学の研究成果を人間生活の具体的な問題解決に応 用しようとする応用言語学に分けられるが,対照言語学は外国語教育に言 語学的な知見を与えようとして始まったことからも分かるように,応用言 語学的な性格の強い研究分野である。つまり,多くの場合母語と学習対象

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の外国語について,両者の何が共通で何が異なるかを明らかにすることで 外国語習得を効果的にすることが本来の目的であったといえよう。

 しかし,これからの日本における言語教育のあり方を考えてみると,効 果的な外国語習得という狭い目的をはるかに越えた大きな役割が対照言語 学に期待されていると言ってよい。その可能性を幾つかの具体例を交えて 展望するのが本稿の主旨である。

ll.学校外国語教育の現状

 1989年に改訂された新学習指導要領では中等教育での外国語科の目標 を,「外国語を理解し,外国語で表現する(基礎的な)能力を養い,外国 語で積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育てるとともに,

言語や文化に対する関心を高め(深め),国際理解を深める(の基礎を培う)」

(下線部は高等学校,括弧内は中学校)としている。外国語運用能力の養 成のほか,外国人に対する心的態度,言語や文化への関心,更には国際理 解に至るまで多くの目標が盛り込まれており,それぞれが時代の要請に応 じたものではある。しかしこうした目標の達成につながる教室での実践を 機能の面からとらえると,全国民に与えるべき学校外国語教育の最も基本 的で大切な機能は,「異質なものに触れさせる」ことではないだろうか。

 ほほ単一言語,単一文化の同質社会に生きてきた日本人にとって,今後 益々急速に国際化が進む社会の中で異質なものにどう溶け込み,異質なも のをどう受け入れるかが,これからの日本の命運を握る鍵の一つであるこ とは確かである。だとすれば,異質なものに触れさせることで生徒の言語 と思考の幅を広げ,異質なものに心を開かせ,異質なものから多くのもの を学び取らせる外国語教育は,すべての日本国民に与えるべき学校教育の 大きな柱として,今後益々重要視されなければならない。

 ところが,例えば従来の学校英語教育は異質な英語の音声をカタカナな どで日本語化することで同質化し,異質な発想を和訳することで同質化し,

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異文化の異質な価値観も日本文化と同質なものとみなしてきた。英語とい う異質な素材を日本語と同質化して,いわば日本語や日本文化の枠の中に 取り込んでしまうことが従来の(受験)英語教育の根強い機能であったと 言えよう。「異質なものに触れさせる」という,学校外国語教育本来の機 能を英語教室に取り戻すには,学習への動機付けを受験に頼らないで,異 質なものに対する生徒の知的好奇心を喚起して,それに応えようとする姿 勢が教える側に必要である。

 しかし従来は英語教師が一般に母語である日本語の特質について生徒以 上の知識を持ち合わせていなかったために,日英語で何が違い,何が同じ かということは常識の範囲で断片的にしか扱われなかった。言語の背景に ある文化との関わりについても,1989年の教育職員免許法改正によって初 めて「比較文化」の2単位が最低修得単位に加えられたことからも分かる ように,それまでは教師自身がそうした視点や知識をあまり持っていなか った。そのために生徒の方も,英語をいわば日本語を暗号化したものと受 け止め,入試に向けて暗号の解読作業を黙々と繰り返すだけで英語の授業 は終わってしまっていたのだ。

皿.対照言語学の役割

 こうした状況の中で,今後対照言語学が日本の言語教育において果たす べき役割と可能性を考えてみよう。まず,外国語の効果的習得に役立つと いうことである。言語の様々なレベルで母語と対象外国語が異なる点を明 確にする一方,誤謬分析などにも研究成果を応用することで,日本語を母 語とする学習者にとって最も効果的な外国語習得プログラムの開発に大き な貢献をすることが期待される。

 次に,母語を対象外国語と等距離に置いて見ることで,母語への理解と 認識を飛躍的に深めることができるということである。これは従来のいわ ゆる「国語」の学習では決定的に欠如していた視点で,外国語と格闘しな

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がら翻訳する「外国語」の授業で副産物として断片的に得られた物であっ た。しかし,恣意的にではあるにせよ,翻訳の過程で母語を客観的に分析 してとらえたことが,母語による論理的思考能力や表現能力の養成に役立 ったことは万人の認めるところで,外国語の能力よりも,むしろそれこそ が日本の学校外国語教育の最大の貢献であったという声も聞かれるほどで ある。そうした作業をこれからの日本の言語教育の中に正しく位置づけ,

効果的に,系統的に積み上げて行く上で対照言語学の果たす役割は極めて 大きい。

 更に,益々狭くなる国際社会での異文化間コミュニケーション能力の養 成に役立つということである。文化摩擦など,異文化接触によって起こる 様々な問題を解決するには,従来のように相手の言語や文化について学ぶ だけでは充分ではない。とかく日本人は今まで欧米人に合わせることだけ を心がけて来たが,異文化接触を対等な立場で行おうとするなら,むしろ 自分の言語行動とその背後にある価値観を知り,それをどう相手に理解し てもらうかという視点をもっと大切にするべきである。その為にも,言語 の背後にある価値観の対照までを含めた対照言語学が日本人の異文化間コ ミュニケーション能力の養成において今後益々大きな役割を果たさなけれ ばならない。

】V.研究分野と動向

 日本における対照言語学は,長い伝統のある言語学の他分野と比べて歴 史が浅く,文献も決して多くはないが,それでも外国語としての日本語教 育の隆盛とも連動して興味深い研究成果が次々に発表されており,今後さ らに豊かな研究成果が約束されている分野である。ここでは日英対照言語 学を例にして音声,文法,発想,価値観のレベルで研究の具体例を挙げな がら今後の研究と応用の方向を探ってみることにする。

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A.音声

 日本語と英語の音声を比較対照することで,英語の音声の異質さと母語 である日本語の音声の特質に気付き,人間が発する音声の特徴と多様性に ついて理解を深めることができる。更に英語教育においては,対照研究の 成果を応用して異質な音声を異質なものとしてそのまま習得させる効率的

な指導方法の開発に役立つことは言うまでもない。

1.音声学の分野での対照

 例えば,日本語の「は行」の音と英語の/h/音との発声方法を比較対 照して,ローマ字表記による「ひ= hi」,「ふ=fu」が不正確であるこどを 明らかにしたり,「や行」が「や,ゆ,よ」だけなので/ji/,/je/等の 発音がしにくいこと,「わ行」が「わ,(を)」だけで唇の丸めが弱く,/w/

音を発生しているつもりでも/UI/音になっていることなど,発声の物理 的,声理的側面からの豊富な研究成果を応用することができる。

2.音韻論の分野での対照

 例えば,日本語ではモーラ音素の/Q/,/N/がその他の音節と同じ長さ なのでアクセントやリズムを音韻論的に扱うためにはモーラという単位が 必要であるが,従来の言語教育では英語の音節と日本語のモーラとの比較 対照という基本的なことさえなされてはいなかった。あるいは日本語では 母音連続と音韻的対立をしないので英語のように二重母音を設定する必要 がない代わりに,母音の単なる長短が英語と違って音韻的に対立すること などにも当然触れるべきであろう。こうした日英語の基本的な相違から,

それに関連する韻律音素の違いに至るまで,この分野でも多くの研究成果 とその応用が期待できる。

B.文法

1.形態論の分野での対照

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 従来日本語の動詞や形容(動)詞の活用はかなり複雑な表で教えられて きたが,表記をローマ字化して子音と母音に分解することで,種類と語尾 の数をかなり減らし文法範疇を簡素化することができる。あるいは時の関 係について,英語が発話時を基準にして決める時制を使うのに対して,例 えば日本語の「た」は,その時々の動作の「完了相」という様態を表して いるという考え方など,対照言語学的見地からの比較分析による研究成果 の多方面での応用が期待される。

2.統語論の分野での対照

 多くの言語において,S, O, Vなどの基本要素の語順が他の主要部と 補足部との語順とかなり一貫した関係を持っていることが分かっている が,日英語の基本文型についても,鏡像関係にある語順の対照は,思考と 言語の繋がりを考える上で興味深いものである。また,両言語の統語面の 対照によって,それぞれの言語が持つ文構造の特性に結び付いたパラメー

ターと両者に共通な普遍文法への理解と洞察を深めることができる。

C.発想       

 語彙の他にも,統語変形規則から区別された文体規則の適用を受けるも のなど,いわば「文法」以外の分野でも,対照言語学的見地からの対照分 析による研究成果の応用が期待できるものは豊富にある。

1.意味論の分野での対照

 二言語間で相対応する語彙項目について,意味や用法の共通点や相違点 を示差的特徴をもとに分析して記述することは,辞書の編纂はもとより,

外国語学習のあらゆる段階において今後益々求められる研究である。

2.文体論の分野での対照       ・ 例えば,よく言われるように日本語が状況中心の「なる」的な言語であ

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るのに対して,英語は人間中心の「する」的な言語であること,あるいは 英語では無標な非生物他動表現が日本語では有標であること,また日本語 では否定語を主語にしないことなど,対照言語学の見地から各々の言語が 持つ言語表現の個性的特色を浮き彫りにすることで,自然に思われる母語 表現の特質を客観視できると共に英語表現の特色が理解でき,更に異文化 間コミュニケーションの円滑な進行にも大いに役立てることができる。

3.語用論の分野での対照

 言語表現とその使用者との関係を取り扱う語用論の分野は社会言語学な どの分野と重なる部分も多いが,対照言語学として実際の言語使用の場面 において表現形式を決定する様々な要因を比較対照して両言語間の異同を 記述する研究については,まだ始まったばかりと言ってよい。しかしこの 分野は異文化間コミュニケーションの研究とも相侯って今後益々その研究 成果が期待される分野でもある。

D.価値観

 文体論や語用論等で扱う発想や表現,更に言語行動といったレベルで言 語を分析する際には,その背後にある文化の特質を考慮に入れなければな らないが,更に進んで文化の持つ価値観を正面に据えて,そこから言語行 動を見ようとする視点も対照言語学に含まれるべきである。

 文法規則と語彙だけでは作り出せず記憶に頼る表現を英語では formula と呼んでいるが,文法規則と語彙だけでは作り出せない表現に はもう一種類ある。つまり言いたいことを表現する際に,その人の文化特 有の変形規則によって変形されてしまう表現である。その変形の規則を筆 者は文化変形規則(Cultural Transformational Rule=CTR)と呼んだ

(Matsumoto,1984)。

 例えば旅先で見付けたお土産を目上の人に渡すとき,日本人なら「つま らないものですが,どうぞお納め下さい」と頭を下げながら言ったりする。

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この時働くCTRは,年齢や地位を重視するという規則や,へりくだろう とする規則などであろう。一方それがアメリカ人なら,逆に年齢や地位を 度外視しようとする規則と,楽しさを強調しようとする規則が働いて,

Here is something nice for you. I hope you 11 like it. 等と,ニッコリ笑

って言ったりするのが普通である。異文化の中で育った人達特有のこうし た異質な言葉や振舞いから,その文化特有のCTRを見つけ出し,自文化 のそれと比較対照することの意義は大きい。勿論その文化に属する人すべ てが何時でも必ずその文化特有のCTRに従って行動するわけではない。

人間集団の考え方や振舞いに,例外のない不変な規則を求めるのは見当外 れで無意味なことである。かといって,ある文化の中にある細かな差異に こだわってしまうと,それを羅列して記録することで終わってしまう。木 を見て森を見ないのではなく,異質な森全体の姿から木の違いに迫ろうと する姿勢で,ある文化特有のCTRを明らかにしていくにつれて,そのす べてが有機的な繋がりのある統一のとれた体系であることが分かってく

る。こうした枠組みで様々な文化のCTRを明らかにし,それぞれの文化 が持つ独特の価値体系と人間の多様さを浮き彫りにすることも,対照言語 学の大きな可能性であろう。

〈参考文献>

Matsumoto, Seiya.1984. Cultural Transformational Rules. @ノWητα彦qf  Nanzan/benior College. Vo1.12.

文部省(1989)『中学校指導書外国語編』開隆堂出版。

文部省(1989)『高等学校学習指導要領外国語編英語編』教育出版。

参照

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2010)。つぎに,CLIL

 最後に、『言語學雑誌』ではないが、近代「言語学」を考える上で、きわめて重要な著書

講演概要:

言語論を軸に彼の哲学的解釈学の意義を発掘しようとしている。それは、ガダマーの主著における言語論が

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