第 465 回東京医科大学臨床懇話会
バイパス製剤の交互使用でコンパートメント症候群による左上肢 切断を回避し得た血友病 B インヒビター症例の検討
―Discussing about a case of hemophilia B with inhibitor whose left upper limb amputation due to compartment syndrome could be avoided by the alternately
administering bypassing agents―
日 時
:
平成29
年2
月13
日(月)17 : 00〜18 : 00
会 場
:
東京医科大学病院教育研究棟(自主自学館)3階 大教室 当 番 分 野:
東京医科大学臨床検査医学分野関連診療科
:
東京医科大学病院整形外科東京医科大学病院リハビリテーションセンター 司 会
:
萩原 剛(臨床検査医学科 講師)発 言 者
:
近澤 悠志(臨床検査医学科)伊藤 俊幸(整形外科)
松丸 聖太(リハビリテーションセンター)
東医大誌 75(4)
: 467
-480, 2017
臨床懇話会
萩原(司会)
:
臨床検査医学分野の萩原と申しま す。第465
回東京医科大学臨床懇話会を始めたいと 思います。本日の担当は、臨床検査医学分野で、タイトルは
「バイパス製剤の交互使用でコンパートメント症候 群による左上肢切断を回避し得た血友病
B
インヒ ビター症例の検討」です。それでは、臨床検査医学 分野の近澤先生からお願いします。は じ め に
近澤(臨床検査医学科)
:
血友病には血友病A
と 血友病B
があり、今回の症例はその中でも頻度の 少ない血友病B
の症例で、さらにその中でインヒ ビターという合併症を起こしているレアケースで す。その症例に、特に外傷機転もない自然出血から 始まった左上肢コンパートメント症候群という整形 外科的にも珍しいと思われる状況が発生しました。このようにあまり前例のない症例で緊急手術が必要
となり、周術期管理及びリハビリテーションをしっ かり行った結果、上肢切断を回避することができ、
機能も回復した症例について報告いたします。
血友病
A
は第VIII
因子の量的・質的異常、血友 病B
は第IX
因子の量的・質的異常で、いずれもX
染色体劣性遺伝の遺伝形式をとる出血性疾患です。我が国には血友病
A
は約5,000
人、血友病B
は約1,000
人が存在します(図1)。出血の重症度が第
VIII
因子、第IX
因子の活性値によって分類されて おり、活性値が1%
未満を重症、1〜5%を中等症、5%
以上を軽症としています。ただし、体格、骨格、筋肉量、運動負荷の強度などで、出血傾向に影響す る要因はほかにもあります。
血友病の急性出血は、全身いろいろなところでみ られます。出血を放置したり治療を怠ったりすると 慢性変化を起こして、例えば関節内出血を繰り返し たりすると血友病性関節症を、筋肉内出血を放置し たり治療が不十分だったりすると血友病性偽腫瘍な
どの合併症を起こしてくることもあります。
次に血友病インヒビターについての話しです。本 来、我々の体の中では、体内に何か物が入ってくる と、それを異物と認識して、それを排除するような 免疫の機能が働いています。血友病の場合には、生 まれつき第
VIII
因子や第IX
因子がないため、治療 のために用いた第VIII
因子や第IX
因子を異物とし て認識してしまい、それを排除するために抗体をつ くってしまうという病態が、血友病のインヒビター です(図2)。血友病 A
には約2
割から3
割の患者で、インヒビターが出現してくると言われています。血 友病
B
は、一般に血友病A
よりも発症率は低いと 理解されており、重症血友病B
に限ると1
割から2
割程度といわれています。血友病
A
インヒビターの場合には、第VIII
因子を大量に投与することで第
VIII
因子になれさせる 免疫寛容療法を行うことがあります。この際、血友 病A
インヒビター症例に第VIII
因子を投与しても アレルギー反応が起こることはまれです。しかし、血友病
B
インヒビターの症例に免疫寛容療法を行 うと、アレルギー反応が高い確率で起こり、特に重 篤なものに関してはネフローゼ症候群を発症して治 療の継続が困難となることがあり、血友病A
イン ヒビターに比較して厄介な特徴があります。2011
年から2016
年に当科に外来通院されている のは、血友病A
が249
人、血友病B
が50
人です。血友病
B
の50
人中、重症型は29
人います(図3)。
血友病
B
インヒビターは4
症例のみであり、いず れも血友病B
重症型に発症しています。この4
症 例はいずれも過去に免疫寛容療法の施行歴がありま すが、本症例を含む3
症例で治療に失敗しており、止血治療を行う際にバイパス製剤を用いた止血管理 を必要とします(図
4)。
症 例
近澤(臨床検査医学科)
:
症例は20
歳の男性で、主訴は左上肢の疼痛です。既往歴として血友病
B
インヒビター、繰り返す腸腰筋出血、睡眠時無呼吸 症候群があります。現病歴ですが、血友病
B
インヒビターのため、当科外来通院中の方です。入院直近のインヒビター
値は
13.6 BU
(ベセスダ単位)の高力価インヒビター図
1 血友病の疫学
血友病は生まれつきVIII(IX)因子がない
→補充されたVIII(IX)因子を異物として認識
異物( VIII・IX因子)を排除するため抗体
(免疫グロブリン)を産生=インヒビター
Ⅷ因子インヒビター Ⅸ因子製剤 Ⅸ因子インヒビター
中和 中和
Ⅷ因子製剤
図
2 血友病インヒビターについて
の状態です。外来では、血友病インヒビターの止血 管理に使用するバイパス製剤の一つである活性型プ ロトロンビン複合体製剤のファイバ
® 6,000 IU
(約75 IU/kg)を定期的に週 3
回の自己注射することを指示されていましたが、注射ルート確保が困難であ ることや出血頻度が低かったことなどを理由に週
3
回のファイバ®
の定期的自己注射が順守できていま せんでした。来院2
日前、特に誘因なく左前腕のあたりに疼痛が出現し、出血時に投与の指示されてい たバイパス製剤である活性型第
VII
因子製剤のノボ セブン® 20 mg(約 270 μg/kg)を合計 2
回自己注射 して一旦痛みは治まりました。来院前日に左前腕部 の疼痛が再燃したため、ノボセブン® 20 mg
の自己 注射を行ったところ疼痛の軽快がみられましたが、来院当日の朝に疼痛が再燃し、ノボセブン
® 20 mg
の自己注射後に来院し緊急入院となりました。図
3 当院通院歴のある血友病患者の重症度別割合
図
4 当院通院歴(2011
-2016
年)のある血友病B
インヒビター症例について入 院 時 の 現 症 で す。 身 長 は
164 cm
、 体 重 は77.3 kg、BMI
は28.7
です。バイタルサインには特に大きな異常所見を認めませんでした。身体所見と しては、左手関節から前腕部に腫脹、圧痛、熱感が あり筋肉内出血を呈している印象でした。左手関節 は掌屈位でかなり激しい痛みがあって、左手指の屈 曲は困難な状況でした。受診した時点では、明らか な左手の感覚障害は認めませんでした(図
5)。血
液検査所見では明らかな貧血は認めません。ノボセ ブン®
の投与の影響と思われるPT
の短縮を認めま した。その他脂肪肝に起因すると思われる軽度の肝 逸脱酵素の上昇を認めましたが、その他特記すべき 異常所見はありませんでした(図6)。
整形外科にコンサルトしたところ、コンパートメ ント症候群を疑い、左上肢の内圧を測定することに なりました。ノボセブン
® 20 mg
の投与下で穿刺測 定したところ、左上腕部遠位掌側で90 mmHg
と上 昇していることが判明し、左上肢コンパートメント 症候群と診断され緊急手術の適応になりました。伊藤(整形外科)
:
ここで整形外科から、少しお 話をさせていただきたいと思います。コンパートメント症候群についてですが、骨、筋 膜、骨膜によって構成される区画(コンパート)の 中の内圧が何らかの原因によって上昇してしまい、
内部の筋肉、神経などの障害が起きてしまうのが、
コンパートメント症候群です。発症様式から急性と 慢性とに分類され、基本的には急性が多く、今回の 症例も急性コンパートメント症候群を呈していまし た。
原因としては、一般的には、骨折などの外傷を伴 うものが大多数であり、非外傷性のものは大体
3%
から
10%
程度の頻度と言われています。本症例は非外傷性ということになりますが、一般
的な非外傷性のコンパートメント症候群の原因を考 えますと、長時間の座位や、睡眠薬の内服による深 睡眠で体動が無くなることによる筋肉の圧迫、過度 な運動、カテーテル手術、そして本症例のように血 液凝固障害や血液疾患などが報告がされています。
コンパートメント症候群の診断は、教科書的には、
pain(疼痛)、paraesthesia(知覚異常)、paralysis(運
動麻痺)、pallor(蒼白)、 pulselessness(脈拍消失)で、
一般的に
5P
と呼ばれております(図7)。さらに重
要なのがpassive stretching pain
(他動伸展時痛)です。自分ではなく他の人の力で手指の伸展をした際に疼 痛が出るというのが有名な所見で、合わせて
6P
と 言われています。最近よく言われているのは3P
で、pain
とpassive stretching pain
とpressure( 筋 肉 内 圧
の上昇)も含めて3
徴ということもあります。治療は、早急に内圧が上がってしまったコンパー トの圧を解除する目的で、筋膜の切開をするのが一 般的です。筋肉自体は阻血状態が
6〜8
時間以上続 いてしまうと、不可逆性の変化を生じると言われて いるので、基本的に、手術自体は緊急性を要する病 態です。基本的には手術が第一選択ですが、その選 択基準としてはコンパートの区画内圧の絶対値で30〜45 mmHg
と言われているようなものや、拡張期血圧との差が
20〜30 mmHg
未満である症例に対 しては、筋膜切開が適応となるとされています。例えば、血圧が低いような方の場合ですと、区画 内圧自体が少し下がってしまい内圧の絶対値が手術
図
5 入院時現症
図
6 入院時検査所見
の適応基準を満たさない可能性があり、拡張期血圧 とコンパートメント区画内圧の差で筋膜切開の適応 を判断します。
筋膜切開のタイミングによる予後の違いに関して は統一された見解がなく、発症から
24
時間以内と4
日以上では予後に影響するという報告もあります し、24時間以上と24
時間以内では特に差が見られ なかったという報告もありますので、文献的には一 概ではありません。コンパートメント症候群はほとんどが外傷を伴う ものであり、非外傷性の特徴としては、患者自身も 原因を想起しにくく、初診時にほかの疾患と誤診さ れやすいということが挙げられます。腫れてきて、
赤くなって、痛くてというような状況がありますの で、急性の炎症を伴うような蜂窩織炎、壊死性筋膜 炎などの疾患と誤診されることもあると思われま す。また、長時間の筋肉圧迫が原因でこういった障 害が起こってきますので、患者さん自身の意識障害 があり病歴聴取が困難なケースなどは受診・診断が 遅れてしまう可能性があるというのが非外傷性のコ ンパートメント症候群の特徴でもあります。
外傷に伴う骨折と非骨折例での比較をしますと、
骨折している群の方が圧倒的に受診するまでの時間 が早いという報告もあります。本症例は非骨折例の ため、まずは自宅での内科的治療で止血を試みてお り、受診までの時間は長かったと言えます。
当院における急性のコンパートメント症候群に対 する整形外科での治療方針についてですが、まず外 傷性のものと非外傷性のもの、それぞれの原因を検
索し、先程挙げた
3P
の3
つの徴候を確認し,
筋区 画内圧の絶対値を30 mmHg
以上で緊急筋膜切開の 適応と判断します。また、筋区画内圧が20 mmHg
台で、30 mmHgに満たないような症例でも、今後 の経過次第で内圧の上昇が疑われる症例に関して は、4時間ごと、8時間ごとに再評価して、その都 度内圧が超過をしていれば筋膜切開を行う方です。筋膜切開は、あくまで緊急の処置なので、その後の 後遺症に応じて機能再建やリハビリテーションを施 行していくというのが、一般的な治療の流れになり ます。
本症例の内容は先ほど提示していただきました。
初診時、左上肢の著明な疼痛が一番の所見でした。
麻痺も認めており、手指の自動運動は不可でした。
他動伸展時痛も著明に認めている状態でした。感覚 鈍麻は、認められておりません。明らかに蒼白とい う感じでもありませんし、脈拍は、疼痛が強くてな かなか触れることができず評価は困難でした。
採血のデータを見せて頂いたところ
CK
は正常値 であり、少なくとも著明なCK
の上昇は見られてい ませんでした。先ほどご提示頂きましたとおり、前腕遠位掌側の
内圧が
90 mmHg
で、著明な上昇を認めており、緊急で筋膜切開を施行することとしました(図
8
)。術中の所見を提示します。筋膜を切開して、手根 のところから前腕遠位尺側、近位橈側まで筋膜の切 開をしてます。内部には血腫を多量に認めている状 況でありまして、表層の筋肉から浅指屈筋、長掌筋 などを見ていき、深いところを見てみると、深指屈
骨、筋膜、骨膜によって構成される区画の内圧がなんらかの原因 によって上昇し、筋壊死や神経障害に至るものである
・原因 骨折など外傷性のものが大多数
非外傷性は圧迫、血液凝固障害、過度な運動、カテーテル手術など
・診断 5P (pain, paraesthesia, paralysis, pallor, pulselessness)
疼痛、知覚異常、運動麻痺、蒼白、脈拍消失
・治療 筋膜切開
passive stretching pain 他動伸展時痛 +
急性コンパートメント症候群
(
Acute compartment syndrome : ACS
)図
7 急性コンパートメント症候群について
筋の一部に色調変化を認めており、同部はデブリー ドマンを施行しております。それ以外の筋肉は色調 変化がありませんでしたので筋膜切開のみ行いまし た。正中神経を確認しましたが、明らかな異常所見 はなく神経周囲の剥離のみで、初回の手術を終了し ました(図
9)。
初回の術後は、出血のコントロールに難渋しまし た。 術後
1
日目の時点で、洗浄、血腫除去などの 外科的な処置をして、凝固因子製剤の変更等もして 頂いたのですが、その後も出血コントロール自体に 難渋し、疼痛の増悪と神経症状の増悪を認めたため に、術後2
日目に緊急手術を再度施行しております。2
回目の所見ですが、初回の術後であるにもかか わらず血腫を大量に認めているような状況でした。筋肉に関しては、初回同様、浅指屈筋、深指屈筋の 色調変化に加え、初回の手術時には見られなかった 長母指屈筋の色調変化も見られており、同筋肉の筋 腹の部分の色調変化のみのデブリードマンを施行し ました。その他に関しては、明らかな状況は認めら れませんでした。この際も、組織自体からの出血が じわじわ出てくるような状況であり、電気メスでの 焼灼やガーゼでの圧迫などを試みましたが、なかな か止血自体、完全には得られないような状況であり、
ガーゼを創内に充填し閉創という形で手術を終了し ました。
2
回目の手術後の経過は、出血コントロールがつ いた印象であり、術後8
日の時点での縫縮術の際に 組織の確認をしますと、持続的な出血は見られず、縫縮のみで終了しました。閉創しきれませんでした ので、その後は処置を続けて、術後
2
カ月頃に上皮 化が得られました。縫縮術時の所見ですが、これはシューレース法と 言いまして、創縁に医療用のホチキスをつけ、それ を伸縮のゴムでできた血管テープを靴紐状に編んで いき、小児用の点滴クレンメを用いて、腫れの引い てきた段階でどんどん傷を小さくしていく処置をし ていきます(図
10
)。3
回目の術後までの経過は以上です。前腕遠位掌側で著明な上昇あり 部位 内圧(
mmHg
)手背
24
前腕遠位背側
14
前腕近位背側26
前腕遠位掌側90
前腕近位背側20
図
8 本症例におけるコンパート内圧
図
9 初回術中所見
近澤
:
ありがとうございました。手術を無事終えて頂いたのですが、ここでめでた くおしまいということではありません。これから日 常生活を送っていくために、どのようなリハビリ テーションをおこなったかを、詳しく述べていただ こうと思います。よろしくお願いします。
松丸(リハビリテーションセンター)
:
本症例の リハビリテーションを担当した、当院リハビリテー ションセンター作業療法士の松丸と申します。症例のリハビリテーションについて報告いたしま す。
2
度目の手術の術後7
日目からリハビリセンター にて作業療法を開始しております。初期評価ですが、左の上腕以下がシーネ固定されており肘や前腕、手 関節等の評価は行えず、手指中心の評価となりまし た。
まず、感覚に関しては、安静時の異常感覚である
Dysesthesia、それから触刺激にて異常感覚が出現す
るParesthesia
を、どちらも左手の掌側I〜IV
指まで 認めておりました。よって、正中神経・尺骨神経領 域(ほぼ正中神経と言えるんですが)、この2
つの 神経領域が障害されているということがわかりま す。また、表在感覚は自己評価にて行い、I〜IV指 においては10
分の5
鈍麻、深部感覚に関しては軽 度鈍麻レベルでした。関節可動域に関しては
,
左の肩はfull range
可能 であり、指の屈曲に関してはPP
-D(Pulp palm dis-
tance :
指腹手掌間距離)において約5 cm
で疼痛が出現、伸展もほぼ伸展位可能ですが、リストの固定 などもあり完全に伸展位は困難であって、最終域で 疼痛を認めておりました。どちらも疼痛による可動 域制限ということが言えると思います。
MMT(Manual muscle test :
徒手筋力テスト)の 所見ですが、左肩の屈曲・外転などはMMT
で3+
以上を有しておりました。
指に関しては、左
II〜IV
指、この屈曲に関しては、伊藤先生のお話にもありましたけれども、深指屈筋、
浅指屈筋の
2
つは手術で操作もしておりますし、全 く筋収縮を認めずMMT
は0
、手指の伸展や内外転 に関しては、わずかに収縮を認めるという程度で、左拇指についても同様、MMTは
1
レベル、ほとん ど指は動かないというような状況でありました(図11)。
その他、ADL(Activities of daily living : 日常生活 動作)に関しては、健側であった右手は不自由なく 使えておりましたので、シーネ固定による一部以外 はほぼ自立レベルで経過しております。
リハビリの評価からの問題点としては、上肢機能 に関しましては、左上肢筋力低下、感覚障害、関節 可動域制限、これらは生活上の不自由から
ADL
障 害や職場復帰困難、また趣味活動が制限され、QOL(Quality of life : 生活の質)の低下といったことに つながってしまいます。
そこで、リハビリテーション介入としましては、
筋力低下に関しては筋力強化を、感覚障害に関して は感覚向上の練習を、可動域制限に関しては関節可 動域訓練を実施していきました。
先ほどの伊藤先生と重複してしまうのですが、こ こではコンパートメント症候群の症状を
6
症状とし て捉えました。コンパートメント症候群に関するリ ハビリにおいては、その6
つの症状のうち麻痺と異 常感覚の2
つをアプローチすると言えます。また、コンパートメント症候群も個々によって、全く程度 や部位によって状態が異なりますので、リハビリ介 入は個別的になるという点と、定型的なものではな く個々の状態に即したものが中心となると言えま す。ただ、基本的なアプローチといたしましては、
まず、とにかく阻血性拘縮であるフォルクマン拘縮 を予防(ちょっと表現が微妙だと思うのですが)、
これをとにかく避けるということが最優先となると 思います。そのほか、先ほどありました麻痺に対す る筋力強化、感覚障害に対する感覚向上練習、こち らが基本的なアプローチとなります。
本症例に関しても、開始時、整形外科よりオーダー がありましたのは、患側手指の関節可動域訓練のみ でありまして、その後、回復段階に合わせて筋力強
図
10 縫縮術の所見
化や感覚向上練習などを追加していきました。
可動域訓練に関しましては、疼痛症状にあわせて 徒手的に施行する
passive
なものと、筋力強化や巧 緻動作を兼ねて道具などを用いて行うactive
なもの があります。筋力強化などは、日常どこにでもあるようなもの、
うちでは洗濯ばさみを使っています。また専門の道 具であるパワーウェブというものがあり、この穴に 指を入れて指を伸ばすといった練習もできますの で、伸展の筋力を鍛えたい場合にはこの道具を非常 に多用しております(図
12)。
また、感覚の向上練習としては、コンタクトパー ティクルという、缶や何か入れ物の中に、小豆であっ たり、お米であったり、どのようなものでもよいの ですが、当センターではいろいろな形に切ったスポ ンジですとか、また、ガラス素材であるビー玉や碁 石、おはじきなどの大きさが違うもの、それからプ ラスチック製であったり、ゴム製であったりするよ うな、そういうある程度の大きさのもの、とがった 面がないようなものを入れまして、この中に手を入 れていただいて、かき混ぜたり、押しつけたり、動 かしてもらうというような形で、諸感覚を刺激して
図
11 リハビリテーション初期評価(2
回目手術後7
日目)図
12 筋力強化訓練のツール
いくというようなところから開始していきます。
また右にありますのは、シリコンでできたセラ ピーパテと言われているもの、こちらも筋力強化な ども踏まえて、非常に多用しております。(図
13)
それが終わりますと、いろいろな巧緻動作の練習 という形で、紐を結んだり、木の材質でできたペグ と言われている棒をひっくり返すような動作、また、
いろいろな素材をいろいろな床面からつまんでいた だくというような、つまみの訓練などを行います。
また、個別プログラムとして、リハビリセンター には任天堂の
Wii
を常設しておりますので、これを 用いてリハビリを行っておりました。本症例の経過に関してご報告します。リハビリ開 始時、先ほど提示しました
PP
-D
は5 cm
でありま したが、その2
日後にはもう0 cm
まで改善をして おります。左肘関節に関しては、開始時は固定して おりましたので測定できませんでしたが、術後5
週 目よりリハビリ開始としましてその際は屈曲100
度、伸展がマイナス50
度でした。その後リハビリ を継続しており、術後1
年にあたる現在の状況は、左肘関節の屈曲
105
度、伸展がマイナス30
度と、やはり伸展には多少の改善を認めておりますが、屈 曲はほとんど変わっていないというのが現状となり ます。健側のほうの右肘関節に関しては、リハビリ も行っておりましたので、屈曲、伸展ともに、軽度 ですが改善を認めております。
感覚障害は正中神経と尺骨神経領域に及んでおり
ましたが、ほとんどが正中神経領域というような印 象でした。術後
6
週には尺骨神経領域の異常感覚は 消失しました。術後10
週より正中神経の異常感覚 も徐々に改善を認め、その後21
週でほとんど気に ならないというレベルにまでなり、43週で確認し たところ(43週でちょっと間があいてしまって、この間に評価しきれていなかった部分もあると思う のですが)、完全に正中領域の異常感覚もないとい うことでした。
MMT
に関して提示します。術後5
週で、左I
、II
指の横つまみが可能となりますが、ほとんど実用性 はないものでありました。7週目で、ゲームのコン トローラーをタオルなどで固定して持たせるような 状態だったのですが、親指でボタンの押し離しの操 作が可能となりました。術後11
週で、ゲームのコ ントローラーを左手で持つことが可能となりまし た。その後、都合が悪く
26
週ごろから1
カ月以上リ ハビリに来室できなかったのですが、31
週頃に久々 に来室された際に、ちょっと困難と思われていまし た指の一番先の左第1
関節の屈曲もMMT
の3
レベ ルまで著明な改善を認めておりまして、先ほどのつ まむのがやっとであったという状態から、左は補助 手レベル以上、完全に実用手と言ってもいいレベル まで改善を認めました。また、その翌週に職場復帰 を念頭に入れてタイピングの練習を導入したとこ ろ、10分間で500
文字以上のタイピングが可能と図
13 感覚向上練習・知覚再教育のツール
なっております。また、握力も初めて
5 kg
以上表 示がされまして6.9 kg、ここから現在に至るまで
13.2 kg
まで改善を認めております。最終評価といたしましては、やはり左肘の屈曲が
105
度と、ここが一番問題だという印象であります。伸展にも制限が残っておりますし、回外にも若干制 限が残っております。
簡単に総括といたしまして、これまで私が担当し たコンパートメント症候群の患者さんと比較する と、その回復は非常に著しいということが言えます。
現在の問題点としては、元来有していた左肘の可動 域制限がより低下してしまっているということがあ げられます。また、実用的なレベルではありますが、
やはりまだ左の筋力低下が残存しております。これ もまた、今現在リハビリで取り組んでおります。
コンパートメント症候群急性型の場合には、発見 が遅れると非常に重篤な後遺症が残ると言われてお りますので、とにかく早期発見が重要であって、そ こから臨床検査の先生方の判断と整形の先生の手 術、これが非常にうまくいったという一例であると いうことが言えると思います。
今後、重症睡眠時無呼吸症候群の治療が落ち着い たら、ご本人は仕事復帰を考えることを仰っており、
そのあたりが早く改善して、また社会に戻って頂け ることを願っております。
私からは、以上です。
近澤
:
手術からリハビリに至る経緯をお話頂き ました。著しい出血傾向のある方に偶発的に生じた 左上肢の自然出血によるコンパートメント症候群を 発症し、手術で血種を除去して頂き、止血困難に起 因する上肢の切断の危機もありましたが何とか回避 できました。その後リハビリを頑張って頂いたおか げで、実際に左手が使えるようにまでなったという 流れでした。止血管理が難しい血友病インヒビターをどのよう にコントロールしたかをまとめておきたいと思いま す。
血液凝固の仕組みですが、一旦血管が破綻すると、
組織因子が血液内に流入して、まず外因系の凝固カ スケードが進みます。そこで少量のトロンビンが産 生され、それがきっかけになって、内因系の凝固カ スケードの活性化が起こります。トロンビンバース トと呼ばれるこの現象をきっかけに内因系凝固因子 の爆発的な活性化がおこり、その結果外因系から共
通系の凝固カスケードが進み、最終的にフィブリノ ゲンがフィブリンになっていきます。
このような過程で血液凝固が進みますが、通常血 友病の場合には、血友病
A
で第VIII
因子を血友病B
では第IX
因子を補充することで通常の凝固カス ケードを介した血液凝固がおきます。しかし本症例 のような血友病インヒビターの場合には、内因系で 障害されている凝固因子を補充する第VIII
因子も しくは第IX
因子製剤が使えないということになり ます。そこで組織因子から始まって、外因系の凝固 因子から共通系の凝固因子を通りトロンビン生成を 起こさせるバイパス経路を使って血液凝固をおこさ せるバイパス製剤と呼ばれる止血治療薬があります(図
14)。
バイパス製剤には
3
つあり、それについて説明し ておきます。今回、症例が痛みを感じて、自宅でまず使ったノ ボセブン
®
という製剤ですが、遺伝子組換え型の活 性型第VII
因子製剤で、バイパス経路の中では、こ の第VII
因子が活性化されたものを補充します。活 性化第VII
因子は体の中に入れた後に、体から消え ていくまでのスピードが比較的早く、2〜3時間お きに追加使用が必要になることがあります。 添付 文書上は通常1
回あたり90 μg/kg
を投与するとい うことになっていますが、その3
倍量である270
μg/kg
を投与することも可能です。本症例ではこの3
倍量で何度か投与しているのですが、血栓形成に も注意しながら慎重に追加投与をしていきます。シ リンジポンプでゆっくりノボセブン®
を常に入れて いく持続投与で止血管理する方法もあります。本症 例の初回手術時ではノボセブン®
を50 μg/kg/hr
のス ピードで持続投与して止血管理しました。2
つめは、活性型プロトロンビン複合体製剤の ファイバ®
という製剤で、プロトロンビン、第X
因 子、第VII
因子、第IX
因子も入っていまして、こ の全体の凝固因子でバイパス経路を動かしていく血 漿由来の製剤になります。これは、ノボセブン®
よ りは半減期が長く、最大投与量が1
日当たり200
単 位/kgで、それを2
分割したり3
分割したりしなが ら投与していきます。使用例としまして、通常はファ イバ®
を単独で使用するのですが、止血が困難な場 合にはファイバ®
と、間にノボセブン®
を使って止 血をしていくということも選択肢にはなります。3
つめに、バイクロット®
という製剤ですが、特徴としては、活性化第
VII
因子と第X
因子が入っ ていまして、これが同様にバイパス経路を進めて、血液凝固を完成させていくものです。投与方法は活 性化第
VII
因子換算で60
-120 μg/kg
を初回投与し、追加投与は
8
時間以上あけて投与とし、合計は180
μg/kg
を超えないようにするという決まりがあります。さらに追加投与が必要な場合には、
48
時間以 上あけてから行います。活性化第VII
因子と第X
因子の半減期のグラフをここに示しますと、活性化 第VII
因子は投与してからの半減期が短いのですが 第X
因子は体の中で割と長い時間残っていきます。本症例ではここを利用して、まずは
VII
とX
が一 緒に入ったバイクロット®
を投与し、X因子が体の 中に残っている間に、ノボセブン®
を補充して、止 血管理を行いました。症例の第
1
回目の手術では、ノボセブン®
、バイ クロット®
、ファイバ®
をまず各々単独で使用しま した。手術の前にノボセブン®
を270 μg/kg
投与して、持続投与に繋ぎました。この時点で止血困難であり ましたので、製剤をバイクロット
®
に切りかえて同 製剤を極量で使用しながら、その後の止血管理をノ ボセブン®
に変更し、落ち着けば通常のファイバ®
の定期補充に戻していく方法を選択しました。結果 としては全く止血のコントロールがつかない状況に なってしまいましたので、初回手術後2
日目に再手 術になりました(図15)。その際、症例は年齢もか
なり若いし、将来のことも考えて、上肢切断は避け るべきと考え、バイクロット
®
を投与した後にノボ セブン®
を追加投与して、その後時間をあけながら バイクロット®
の追加投与を行うという強力な止血 管理で保険適応の範囲の量で投与していくこととし ました。幸い止血管理はうまくいきまして、第7
病 日に創部から少し出血があったので、バイクロッ ト®
の追加投与を1
回おこないましたが、その後は ノボセブン®
の投与のみで順調に経過しました。先 ほど伊藤先生からお話がありましたけれども、術創 を閉じていけるような状況にまでこぎ着けました。(図
16)
縫縮術の際にも、厳重な止血管理を行っていく方 針で、バイクロット
®
、ノボセブン®
の交互投与を 選択しました。出血及び手術の影響による
D
ダイマーの上昇は みられましたが、血栓所見はありませんでした。そ してリハビリテーションにより左上肢の機能が戻っ てきています(図17)
まとめですが、
1
回目の筋膜切開の手術のときに は、ノボセブン®
とバイクロット®
を単独で使用し ようとしたのですが止血困難に陥りました。2回目 の筋膜切開術のときには、バイクロット®
とノボセ ブン®
の交互投与を行うことで、有効な止血が得ら れました。ただ、バイパス製剤の量を多目に使って いるので、弾性ストッキング、フットポンプなどで図
14 凝固カスケードのバイパス経路について
血栓予防をおこないました。
整形外科およびリハビリテーションの先生方のご 尽力で、幸い左手が機能するようになり、非常に貴 重な経験をさせて頂きました。
萩原
:
ありがとうございました。血友病自体が止血困難な病態なのですが、特にイ
ンヒビターの場合には、出血すると重症化しやすく て、止血管理しづらいという患者さんです。そういっ た方が腕に出血を起こすことによって、コンパート メント症候群になってしまった症例でしたが、我々 にとってわからなかったところも今回の臨床懇話会 で勉強できましたし、機能回復のためにリハビリ
図
15 止血管理経過 1(初回手術について)
図
16 止血管理経過 2(2
回目手術について)テーションが重要だということも改めて勉強になり ました。
整形外科の伊藤先生に質問があります。本症例は
CK
の上昇がみられていませんが、一般的にコン パートメント症候群は、CKは上がるのでしょう か?伊藤
:
コンパートメント症候群が生じる場所に もよると思いますが、CKが数千〜1
万IU/L
にな る症例もあるようです。一概には言えませんが、2,000 IU/L
が1
つのカットラインで、その予後が悪かったり、よくなかったりすると言われているよう なところもあるようです。筋肉が壊死していれば
CK
は上がるので、コンパートメント症候群では上 がっていてもおかしくないかなと思われます。萩原
:
本症例でCK
の明らかな上昇を認めていな かったというのは、どのように解釈すればよいで しょうか?伊藤
:
ボリューム的な問題も多分にあると思い ます。前腕という、ある程度小さな区画での話なの で、全身的な採血のデータに大きな影響が出てこな かったものと思います。萩原
:
ありがとうございます。リハビリテーションの松丸先生に質問がありま す。本症例はコンパートメント症候群のリハビリ症 例の中でも、回復が顕著に良かったというご報告が ありましたけれども、リハビリをしていてどの辺で
回復の可能性を感じられたでしょうか?ある程度経 過を見ていかないとわからないものなのでしょう か。
松丸
:
本症例の手術で操作をしていた筋肉に関 しては、筋肉を全周性に切除したという状況で、お おむね筋腹のところはほとんどなく、腱だけでつな がっているというような状況でした。そういう症例 はこれまで見たことがなかったので、もう動かない だろうと思って、「第1
関節は曲がらないと思って ね」と、最初から僕は言っていたのです。しかし、30
週目ぐらいに曲がり始めて、僕のほうが驚いて「よかったね」とお伝えした次第です。私の経験し た上肢のコンパートメント症候群の患者さんは、意 識を失って手を下にして倒れていたという方が非常 に多くて、その多くがフォルクマン拘縮を呈し始め ているような状況でした。本症例ではそういう誘因 がなく、治療に関して早期に対応できたということ が、予後を良くしたのかなという印象です。
萩原
:
ありがとうございます。30週というと、7 から8
カ月ぐらいですよね。ですから、長期にわた る患者さんの頑張りと、根気よくリハビリテーショ ンをつづけていただいた先生方のおかげだと思いま す。そのおかげで、パソコンのタイピングも打てる ようになり、今後就職の話が出るまでに回復できて 本当によかったと思います。ありがとうございます。3
人の先生に、もう一度拍手をお願いします。図
17 止血管理経過 3(縫縮術について)
時間も来ましたので、本日はこれで終わりたいと 思います。
(山本謙吾編集委員査読)