"しんかい6500"搭乗記 : 鳥島海山鯨骨動物群集は このようにして発見された
著者 和田 秀樹
雑誌名 静岡地学
巻 67
ページ 25‑30
発行年 1993‑06‑11
出版者 静岡県地学会
URL http://doi.org/10.14945/00025334
静 岡 地 学 第 6 7 号(1 9 9 3 )
嘉 義
て し
司f︺
}Lf ︾ づ
酢
} の ミ 一 ニ
は
EU V
された一
和 田 秀 樹 事
口口
藤間さんと私は、 1 9 9 2 年 5月 2 6 日の昼ころ、鮫島輝彦先生を静岡市広野の先生のアパートに訪ね た。私たちは、この秋に しんかい 6 5 0 0 " を使って、静豆@小笠原海溝のすぐ西側にある深海海山列 の潜航調査を計画していて、このことをニュージーランドから帰国中の先生に是非とも報告しなけれ ばと思っていた。それと、今回の帰国が先生とお自にかかれる最後のチャンスかも知れないと思った からだ。 4 月の末に帰国されて以来、先生のお体の不諦は、そとめにもわかるように悪化していた
Oこの秋に計画している鳥島海山の調査は、 1 9 7 0 年、鮫島先生の博士論文に書かれている瀬戸川帯の 蛇紋岩化した超塩基性岩の成因と深い関わりがある O ひっつき虫のように日本列島を太平洋側に膨ら
ませている付加体の瀬戸川帯や、さらに古い三波j[
1帯のなかには点々と蛇紋岩化し られる
Oそ し 勺
アル ら 、
、 伊 L糊
ってアメリカの潜水艦 ムニ
いがろうかという推論が当然のように 〉 て るかと え そう は いし、蛇紋岩はい
と といま つ
し く さっ 自 つ ら l ど前からいままても勤めてい きた
つも
る
Oしかし、
の旅が始まる 日、いつものように、
ら
つ
1'‑0ストについてい
1'‑0
し
百
2 0
し、この
ち
こと品
1d : 1P つ''‑
と 、 g丹 2 2 日 ら 1 0 88 ま 、<‑
ち炉どうり も ることに
き くというのも、
とニュー ーランドと と 、 し と
O
し
‑25‑
旅のはじまり
しんかい 6 5 0 0聞と人は言うが、潜水船は作るのにも、
運航するのにもたくさんのお金がかかる O 金のかたまり のような、実は、チタン合金で出来た潜水船 ι 米 つ U
6 5 0 0メートノレもの海底で、{可を見て、何をしてきたらい いのか。例えば、クストー船長の紹介する海の世界は、
だれしも楽しんだと思うが、珊瑚礁にしても、海草だら けの北の海にしても、決して深い海の世界ではない。こ の問、三保海岸の灯台の先で投げ釣りをしたら、 4 0セン チもの平自が釣れたといってお隣の山下さんがお刺身
もってきてくれたから、鯛や平自の難蹄る竜宮城も、きっ と数十メートルも潜れば行けるところに違いない。
何があるのか、どんな生物がいるだろうか。いてもナマ コか海のゴキブリみたいなもので、あまり食欲のわきそ うもない代物だろう O マリアナで見つかったという深海 の炭酸塩チムニーを鳥島にも発見しようともくろんでは いるものの、そうたやすく見つかるだろうか?
いても
し ユ 6 5 0 0 門 所のうちの、
る O とにかく、討しんか は、地球上で人間の行き着ける
乏しい場所であり、新たなる
につ るもの をもとう
O折しも、 ち 1 0 航は、そのつど、
日ほど前、 9 スシャトル
しさにも欠けるが、
と潜伏期間の末、アメリカのスペー まった。宇宙とは逆向きの万向で、
も見ぬ小笠原の深海底への私たちの旅がはじまる O
あらし
しんかい 6 5 0 0円の支援母船である よこすか門は、グワム島をでてマリアナ海域を調査しながら 北上し、小笠原諸島の父島で我々と研究員の交代をする予定であった。そのため、まずは小笠原の父
に向けて出発である
O9 月 2 2 目、東京浜松町の竹芝桟橋の待合室に、午前日時の出港を前に女性 1 人を合む 8 人のグルー まった。一人はよれよれの布の幅子をかぶった 2 メートル近い大男でハワ千大学からやってき た無頼庵底裸 η T a n 乱 y l o けさん。彼を仰ぐようにして話しているのは、小柄な換ちゃんこと藤岡 換太郎さん。一人女性は、大量の赤毛の髪が肩ま Tあるため、なおのこと大柄に見える、同じくハワ イ大学の研究員の数算出張 ( S u s a nDebar i)さん。他に、東大の石橋純一郎君、海洋研の学生の森田
ラ伊
七一
横浜国大のJl I 手君、東海大の古賀君、そして私を加えた 8 名である O
は日米の共同調査で、 しているため、
26‑
きが必要で、あった。
静 岡 地 学 第 6 7 号 ( 1 9 9 3 )
私を含む 2 名は、必要なパスポートを杭の引き出しにしまったままであった。ここでも私は、大学の 事務の吉田さんの手を煩わすことになった。せめてパスポート番号だけは知ったうえでことに臨むこ ととし、出港間際になって電話連絡で、吉田さんに私の机の引き出しのなかを探してもらった。はや くファックスで本物も送れるようにならんかなどと、わけのないことを言いながら、はじめてファッ クスとは何と不便なものだと嘆いた。
東京を予定どうり静かに出港した。 おがさわら丸"での 2 8 時間余りの旅も、八丈島を過ぎるあた りから、低気圧に伴う前線の透過による影響で、平板にとびうおがうちつけられるほどの大しけだ。
時間つぶ、しの積み木ゲームでも、積み重ねた牌が り落ちるし、手のうちの牌が仰向けに転げたの で慌てて隠したら、次の揺れで対面の稗が転げて きたり、この時点、ですでに、十分の不安材料はあっ た。しかし、かつて回復しなかった天気はないの で、小笠原に着くころには何とかなるだろうと 思っていたが、この楽観論は、あわれふみつぶさ れた豆腐のごとし。着いた父島二見港は横なぐり の雨である
O一夜明けた 2 4 日は、天気は晴れと 復;したものの、 、そんな
の巡検を敢行した。
波路はるか
9 月 2 4 日の夕刻、 していた よこすか"
としてパスポートの一件について気がついた人はいなかった。 9 をあとに北東に向け出航した。 3 日間、
り込んだ、。幸いなことに、誰一人 2 5 日の早朝、暗雲のたれ込める父 した後の、予定の潜航日号月 2 7 日に なったが、 と現れうねりがおさまらない。 よこすか押 さんも、 こ
カ人こっちの に行ってしまえば明日はきっといいだがね"などと、都合のいいことをいいながらブ リッ いる
Oしかし、世の中そんな甘いもんとちゃいまっせーといわんばかりに、
度は、 に台民 1 9 号が発生した。こんなものに来られたからには、一自散に逃げ るっきゃないのだ。
りに f 留まされ、船酔いも混じって食欲もないうえ、でかけ るかなどうかなと、早く開いてみたいがどうしたもんかな、という 胸につかえたものがあるからだろうか。それを決めるのは、運航チームの板倉勝海司令である
Oのあと、板倉司令と福井整備長が、爪楊枝をくわえながらサロンで写りの悪い衛星放送の 女は度胸/"
の大詰めを見たり、共同通告のファックスニュースを見ている
O今回の研究チームのリーダーである ゃんと私もいっしょに見ながら、一見楽しそうな会話を交えている
O司令さん、頼んまっせと、目
として ろすとき 、うねり し ユ るカ人むしろ、
とき もし、
もっと という
Oと 可 ょ っ しなければ
っししまうか与
ι o日 えられる
Oと椅子に座り どうも自
く揺れる
ωよこすか押 のため中止とい
と、顧のサロン 1 日 2 日はまだしも 3 日も いたいからかもしれんなという
も
いると、 カ〉つ
る
O日仏の の ときはシービームという ' : l I,? 。 ω ょ こ
ロウピームと るも も も
然いい。マルチナロウ くさんの ム)
ピー 前は、
いるよ、という ﹀ え したロウ
も、この名
と り
のだ。このよう
宇 品メ ように
Oヤーとしてい っしいたところ、 っしもらったときのように、 し し えるよ うになってきたようなものだろうか。
3 日 の
ゴ
O