政策における四つの基本的目標と最適領域 : K・E
・ボウルディングの政策論との関連において
その他のタイトル Four Primary Objectives and Optimum Area in Policy
著者 守谷 基明
雑誌名 關西大學經済論集
巻 11
号 3
ページ 252‑277
発行年 1961‑08‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/15517
ボウルディングによれば︑ 政策における四つの基本的目標と最適領域︵守谷︶
守
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われわれとはだれを
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基
政策における四つの基本的目標と最適領域
ーLー
K.E
・ ポ ウ ル デ ィ ン グ の 政 策 論 と の 関 聯 に お い て
1
本小論の意図は︑政策の客観性と実践性というM・ウエーバー以来の宿命的な問題に関聯して︑K.E
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1
95
8.
)
に︑それもとくに前著に重点をおいて︑検討を加え︑これに若干の修正を試みて︑彼の政策論を発展せし
めることにより︑右の二面性のあいだのいわば理想的均衡点ともいうべきものをふくむ領域を見出すことにある︒
﹁政策の研究はつぎの三つのことに関与せねばならない︒
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われわれは何を欲す
るの
か︵
目的
︶︑
:
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われわれはいかにしてそれを達成するのか
︵手
段︶
︑
指すのか︑つまり政策にかかわりをもつひとびとの組織ないし集団はいかなる性格のものか︒⁝⁝政策はだれの利害
( 1 )
においてなされるのか︒﹂これは確かに︱つの研究課題である︒しかし本小論では上述の意図のために︑問題の焦点
︑︑
︑︑
を
"
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についての分析に︑より具体的にいえば︑最適領域0p
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の問題を中心とする分析︑およびそ︑︑︑︑︑︑︑︑れとの関聯における四つの基本的目標
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s ︑すなわち経済的進歩
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︑経
四八 \
明
2. S 3
九四
済的安定
e c o n o m i c s t a b i l i t
y ︑経済的正義
e c o n o m i c j u s t i c e
︑経済的自由
e c o n o m i c f r e e d o m
ただし右の四つの基本的目標が
"
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"
の問題および
"
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の問
題にも密接不可分な関係を有することはいうまでもない︒したがつて︑
の焦点の位置を明確にさせうるかぎりにおいてなされねばならない︒ これらについての分析も上述のような問題
註
(1 )
K .
E. Boul di ng , P ri n c ip l e s of c E on om ic Policy•
Ne w Y or
︑k
19 58 ,
p .
1, p .
19
. 内
田忠
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海老
原・
富永
・佃
・山
田共訳﹃経済政策の原理﹄東洋経済︑一九六0年︑三頁︑二0
頁 ︒
‑ ︑
M
・ ウ エ ー パ ー に よ っ て 展 開 さ れ た 没 価 値 性 理 論 に た い す る ポ ウ ル デ ィ ン グ の 基 本 的 態 度
しぽ
り︑
ボウルディングによれば︑政策とは︑﹁一般的にいえば︑あたえられた諸目的にたいしむけられる行動を支配する
( 1 )
︵2) 諸原理﹂を指す︒そして究極目的は︑﹁政策について唯一の目標を想定するこ
( 3 )
︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑とは不可能であり︑さまざまの目標を単一のものに帰せしめることはできない︒﹂とか︑﹁われわれの欲するもの
は何か︵目標︶の究明は社会科学の領域をこえて倫理学の分野に入ってしまう︒人間活動の究極目的を評価するこ
( 4 )
とは社会科学の仕事ではない︒﹂︑という主張からしてもあきらかなように︑所与とされているのである︒その理 すなわち彼のつぎのような主張︑
由は︑もとよりM・ウエーバーにまでさかのぽらねばならない︒彼によれば︑最高の価値は︑ひとびとの信仰︑世
界観︑良心にもとづくものであるから︑経験科学の領域を踏みこえるものであり︑したがつて︑価値判断の主体が
この究極の基準をみとめるべきか否かは︑彼個人のなすべきことであり︑意欲の問題であって︑経験的知識の問題
( 5 )
ではないのである︒
政策における四つの基本的目標と最適領域︵守谷︶ これについて吟味することにする︒ の価値評価に
政策における四つの基本的目標と最適領域︵守谷︶
﹁お
そら
く︑
いかにして目標間の ﹃経済政策の原理﹂第一章の始めの部分において︑
( 6 )
︵手段︶を論ずるのが科学者の独自の領域である︑﹂とのべている︒このかぎりではポウルディングの政策論もM.
ウエーバーの有名な章句︑すなわち﹁経験科学は何人にも彼が何をなすべきかを教え得ない︒それはただ︑彼がな
( 7 )
しうること︑およびー事情によっては│'│彼が意欲するところのものを教えることができるだけである︒﹂とい
もちろんM・ウエーバーも︑科学的討論から一切の価値判断を排除することによって政策論そのものの存在をま
った<否定しようとするのではない︒しかし彼によれば︑経験科学としての政策論のなしうるのは︑つぎの三つの
技術的批判に限定されるのである︒すなわち︑ただあたえられた目的にたいする手段の適合性についての批判︑目
的設定そのものがそのときどきの歴史的情況にもとづき実践的に有意味であるか無意味であるかについての批判︑
そして︑あたえられた目的にたいする手段が所期の目的達成のほかにいかなる諸結果をもたらすであろうか︑どん
( 8 )
な犠牲を伴うかについての批判がそれである︒
したがつて︑経験科学としての政策論の存立条件およびその領域があたえられるのは︑M・ウエーバーにあって︑︑︑︑︑︑︑は︑みずから価値判断することではなく︑価値判断を受動的な意味で批判するにとどまるばあいである︒そして︑
意欲し行為する人間が特定の目的そのものの正否および特定手段の合目的性︑合理性を現実に価値判断するのをた
んに助言するのが経済学者としての仕事の限界なのである︒
しかしボウルディングは︑同章の終りの部分では︑つぎのようにのべている︒
社会的選択が行なわれるべきかをいうのは経済学者の仕事ではない︒しかし経済学者は︑いかなる選択が行なわれ う章句を基礎としていることになる︒ またボウルディングは︑ ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑﹁いかにしてそれを達成するのか
五〇
155
︑︑︑︑︑︑︑︑まず最初に︑ボウルディングの四つの基本的目標︑すなわち経済的進歩︑経済的安定︑経済的正義︑経済的自由
二 ︑
るべきかという問題︑そして真に選択の余地のあるものはなんであるかという問題にたいしては︑なんらかの光明
( 9 )
︑︑︑︑︑︑︑︑︑をあたえうるのである︒﹂これは︑意欲し行為する人間の価値判断をより積極的な意味で批判しようとするもので
ある︒そのかぎりではM・ウエーバーの技術的批判の範囲をこえるものである︒もつとも︑
科学としての政策論の存立条件が否定されるとはかんがえられない︒ただ︑
註
(1
K . ) E . B ou ld in g, o p . c i t . , p .
2.
前掲訳書︑四頁︒
( 2 )
経済政策の究極目的は︑一切の経済政策の根本精神がこの目的の実現のうちに存しているというような性格を有し︑それ
に加えて︑不変のものであって︑しかも唯一のものであり︑他目的の並存をゆるさないものでなければならない︒
(3)
K .
E. Boulding,
o p . c i t . , p . 19 .
前掲訳書︑二0
頁 ︒ (4)K•
E. Boulding,
op . c i t . , p .
2.
前掲訳書︑三頁︒
( 5 ) C f . ,
M .
Weber•
Ge sa mm el te Au f s ii t z e zu r W is s e ns c h af t s le h r e, Ti ib in ge n,
1
95 1, S .
151 1
15 2.
戸田武雄訳﹃社会科学
と価値判断の諸問題﹄有斐閣︑一九三七年︑八ー九頁参照︒
(6 )
K .
E. Boulding,
o p . c i t . , p .
2.
前掲訳書︑四頁︒
(7 )
M . W
eb er , o p . c i t . , S. 1 51 . 前掲訳書︑八頁︒
(8 ) C f . ,
M .
W
eb er , o p . c i t . , S.
149 │
15 0. 前掲訳書︑五ー六頁参照︒
(9 )
K .
E. Boulding,
op . c i t . , p .
19
. 前掲訳書︑
1 1 0 頁 ︒
政策における四つの基本的目標と最適領域︵守谷︶ ポ
ウ ル デ ィ ン グ の 四 つ の 基 本 的 目 標 に つ い て
とは避けえられないであろう︒
五
このことによって経験
その領域が多少とも漠然としてくるこ
ーその検討と若干の修正
これらの四つの目標は︑﹁あいまいな目的というものをほとんど残さず︑そし
C1) て特定の政策を評価してみるばあいの︱つの分析用具をあたえてくれ︑﹂さらに︑﹁どの一っをとつても他の一っ
( 2 )
あるいは二つ以上の組み合わせに還元できない別々の四つの次元であり︑﹂﹁その量の大小が経済システムの改善
( 3 )
ないしは悪化をもたらすものである︑﹂という︒すなわちこの四つの目標は︑その全体としては︑あらゆる政策に
とつて上位の目的であると同時に︑
﹁経済的進歩が重要なのは︑手段が制限されているとい ﹁もっぱら手段にかんするものであって目的にかんするも いつそう重要なことは︑おのおのが最適領域内に存するもろもろの政策を評価
︑︑
︑
する価値尺度となるのである︒その意味において︑四つの目標はあきらかに基本的目標なのである︒なぜ彼がかか
る四つの基本的目標を設定したかというと︑おそらく彼は︑
標を包含しうるとともに︑それによって倫理的価値判断の介入を避けうるとかんがえていたからであろう︒
しか
し︑
この四つの基本的目標についても︑
値尺度の客観性をもとめるあまり︑ それらの基本的目標でもつてあらゆる具体的政策の目
それぞれの内容には若干の問題点が存在している︒もつともその内
容についての修正が測定の問題ないしは個人間の比較の問題をいつそう困難にさせるというケースは︑1とくに
分配における正義において1けつして望ましくはないが︑十分︑予測されることである︒だがそうかといつて価
であ
るが
︑
その内容を空虚にしてしまうことは許されるべきことではない︒
︑︑
︑︑
︑
さて︑第一の基本的目標としての経済的進歩
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れは︑目的を達成するために︑従来よりすぐれた手段ないしは方法の発見と︑
( 4 )
ある︒﹂ここで注意すべきは︑彼の説く経済的進歩が︑ について検討しよう︒彼によれば 政策における四つの基本的目標と最適領域︵守谷︶
その使用の効率改善に存するもので
のではなく︑したがつて経済的進歩によって以前より容易にわれわれが欲求するものを得ることはできても︑
( 5 )
ものの是非は不明である︑﹂ということである︒しかし︑
その
ボウルディングによれば︑
五
﹁ そ
済的進歩による改善が浪費されるばあいとして︑
( 1 2 )
る ︒
五
う事実であり︑もしわれわれが無制限の手段を随意にもっていたとするなら︑それらの使用効率は重要なこととは
( 6 )
ならない﹂のである︒ところで︑彼は︑﹁この経済的進歩の測定は︑欲求満足を測ることが困難なためにむずかし
一人一時間あたり商品産出量指数でかなり公正な測定が得られる︒
しかしながら︑比較が長期にわたってなされねばならないばあいには︑産出量の物理的形態が実際に変化するので︑
( 7 )
経済的進歩の量的尺度を得ることはほとんど不可能である︒﹂とかんがえている︒しかし︑﹁なにか価値のあるも
のについて一人一時間あたりの産出量の増加を結果させるような変化はいかなるものであれー│時代による欲求充
( 8 )
足の度合を無視するかぎりにおいて|ー—経済的進歩である、」といい、さらにすすんで、﹁ある商品の生産技術の
( 9 )
改善は︑その商品の重要度が大きければ大きいほど︑そして必要度が大きければ大きいほど︑経済的進歩にとつて
( 1 0 )
いつそう意義のあるものだといいうる︑﹂として︑経済的進歩の質的な意味での定義づけが可能なことをしめす︒
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の蓄積であり︑ ところで︑かかる経済的進歩を支配する原動力は何かというに︑彼は︑﹁それは物的資本
ph
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pi
ta
l
と熟練
(11) これらの両輪を共にスムースにまわらせる共通の軸が投資である︑﹂とかんがえる6
そし
て︑
ひとびとに蓄積の動機をあたえ︑経済的進歩の条件となりうるものとして︑所有権の保障︑倹約︑競争︑企業家精
神︑回心の宗教︑社会の諸階級間の流動性︑不安定な自由市場︑および持続的政治革命について考察し︑他方︑経
一︑奢俊︑二︑戦争︑三︑人口の増加について考察をすすめてい
ここでボウルディングのいう経済的進歩は︑生産技術上の改善のことである︒したがつてそれは︑経済成長のた
めの不可避的要因である質的変化の側面を強調していることになる︒また経済成長が本来︑経済の長期的観察であ
政策における四つの基本的目標と最適領域︵守谷︶ い問題であるが︑わりあい短期間においては︑
‑‑・ ・‑‑‑‑‑・‑・‑,̲一'̲̲̲̲̲
ると
いう
︒
﹁その第一は︑理想的な物価の変動率の主張である︒これは︑一人あたりの貨幣所得は一定水準に保た 政策における四つの基本的目標と最適領域︵守谷︶
るかぎり︑経済的進歩の質的測定の精密さが要請されてくるであろう︒︑︑︑︑︑︑︑なお彼は︑﹁人口増加は経済的進歩にとつて危険なマルサス的わなであり︑このわなからの大きな跳躍と地理的
( 1 3 )
に拡大する余地がある社会によってのみ経済的進歩が可能である︑﹂とのべているが︑これは人口成長のもたらす
需要面と供給面との二つの経済的禎極作用を看過している︒すなわち経済成長は︑人口増加ー需要増加ーー'投資
増加という一方の通路と︑人口増加ーーー労働力増加ー生産活動の拡大という他方の通路をへて︑実現可能となる
( 1 4 )
ばあいが多いのである︒
︑︑
︑︑
︑
つぎは︑第二の基本的目標としての経済的安定
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y であるが︑ボウルディングによれば︑﹁それは
︑︑
︑︑
︑
同じ経済水準にとどまつていることを意味しない︒真の経済的安定とは恒常的進歩
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にほかなら
(15) ない︒﹂逆説的にいえば︑経済的安定が実際に重要な問題となるのは︑成長する社会︑進歩する社会においてなの
である︒そこで彼は︑恒常的進歩を妨げる変動として︑とくに価格の変動と産出量の変動をかなり詳しく吟味して
﹁産出量のほうが全体として安定的であり︑
( 1 6 )
り︑他方︑一般物価水準には︑はげしい変動があるものと仮定する︒﹂このばあい︑その変動の抑制がなぜ経済政策
彼によれば︑
( 1 7 )
つ︑所得と富の分配において本質的に不当な変化︑﹂つまり︑
じさせるからである︒そしてこの意味から︑ の正当な目標とみなされうるのかというに︑ いる︒彼は考察の順序として︑
まず
︑
価格の変動が︑﹁行きあたりばったりの無意味な︑
(18) ﹁不必要で︑しかも︑不可避的ではない危険﹂を生
理想とする物価水準を主張する議論には︑つぎの三通りの考え方があ
れ︑価格は生産性の上昇によって下落するという状態を理想的とするのである︒その第二は︑安定的物価水準の主 ないしは恒常的に上昇してお
五四
か
259
﹁国民経済における生産性の進歩にもとづき︑かつ︑その上昇の度合に応じて物
政策
にお
ける
四つ
の基
本的
目標
と最
適領
域︵
守谷
︶
が安定的であるかぎりにおいて︑ なお市場経済における価格政策の正しき目標は︑
五五
一人あたりの貨幣所得がいかなる水準になろうとも︑貨幣価値 張である︒これは︑貨幣所得のほうを生産性とともに上昇させ︑物価水準は不変に保つのを政策の理想とする議論である︒そして︑その第三は︑上昇的物価水準の主張である︒これは︑物価水準が緩慢に上昇し︑所得が物価より
( 1 9 )
も若干︑急速に増加するのを理想とする議論である︒﹂これら三つの議論を吟味したのち︑彼は︑あえて結論的に
は︑﹁物価の安定は有用な理想であるが︑インフレーション側でのあやまちが︑デフレーション側でのあやまちに
( 2 0 )
くらべて︑はるかに害が少ない︑﹂とのべている︒つぎに︑産出量の変動については︑価格の変動のばあいとは異
なって︑意見の不一致ははるかに少ない︑という︒そしてその理由を︑産出量の変動が恒常的な完全雇用の実現な
いしは完全操業の実現を妨げるということにもとめている︒しかし経済的安定の問題は︑彼によれば︑﹁われわれ
が―つの変数だけでなく、少なくとも二つの変数ー~つまり価格と産出量の両方ー|'を規制しようとするために非
( 2 2 )
常に厄介なものになる︒﹂したがつて︑﹁経済政策の最大のジレンマを生じさせるものは︑安定化問題のこの二重
い( 23 )
性である︑﹂というのである︒そこで彼は︑その解決を結局︑つぎの二つの点にもとめざるをえないといつている︒す
なわち、「第一に、どの程度このジレンマを避けうるか。ー~産出量と物価の両方を妥当な限界内に安定させるこ
( 2 4 )
とは︑どの程度まで可能か︒第二に︑得られるものが棄てられるものより価値がより小さいと感ずる点はどこか︒﹂
ここでいうボウルディングの経済的安定は︑いわば経済成長の量的側面での恒常的な増大を強調していることに︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑なり︑さきの経済的進歩︵経済成長の質的側面としての生産技術上の改善︶によって生ずる経済の必要以上の変動
︑︑
︑
の是正であるとかんがえられる︒
I . 一
政策における四つの基本的目標と最適領域︵守谷︶
( 2 5 )
価の恒常的な下落をもたらすということ﹂にある︒そのばあいの物価の下落は︑経済的進歩によって生ずる経済の
必要な変動なのである︒なぜなら︑一方で生産性が上昇しているのに︑他方で価格が不変のばあい︑ないしは︑
の上昇の度合に応じて下落しないばあいには︑生産性上昇の利益は︑ただ生産者わけても独占商品の生産者に領有
せられて︑社会的にわかたれないからである︒ここに︑価格政策と成長政策ならびに分配政策︑それに貨幣価値の
安定政策との密接な関聯が生じてくるのである︒
︑︑
︑︑
︑
つづいては︑第三の基本的目標としての経済的正義
e c o n o m i c j u s t i c e
であるが︑ボウルディングは︑この経済
︑︑
︑︑
ヽ
(26)的正義を分配の正義
j u s t i c e i n d i s t r i b u t i o n
の意味に限定して使用する︒この分配の正義つまり理想的分配が︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑いわゆる基本的目標として問題となるのは︑総所得が一定という静態的な枠のなかでではなく︑総所得が変動する
動態的な枠のなかである︒かかる動態的意味での理想的分配は︑彼にあつては︑労働所得部分のそれ以上の増加も
(27) 逆に減少も所得成長率を引き下げるというような所得成長の極大点である︒そして右の動態的分析に照らしてみる
と︑独占は︑﹁不確実性を減少させることによって︑価格の安定をはかり︑経済発展を刺激し︑助長し︑またかえ
(28) つて独占商品を廉価にさせる結果になる︑﹂という︒
結局︑ボウルディングは︑分配の正義そのものについてはーーたんに﹁限界効用の均等は所得の均等を意味しな
( 2 9 )
﹂という理由だけでーーなんらの判断も加えることなく︑逆にその問題を︑意識的にせよ無意識的にせよ︑経
済成長の問題ないしは総所得の増大の問題におきかえてしまつているのである︒しかしこのことは︑生産手段の分
配の現状を是認するものである︒かくして正義という次元は︑
そ
ここでは︑進歩ないしは安定という他の次元に事実
上︑還元されうる可能性を内包することになる︒その意味において︑最適領域内に存するもろもろの政策を評価す
五六
261
あいが事実︑多いのである︒ ︑︑︑︑︑︑︑る︱つの基本的価値尺度としての経済的正義の意義はうすれてくるのである︒また︑が一種の価値判断なのである︒
五七
このような彼の態度そのもの
現実には︑仮りに一人の貧者の状態が改善されることによって富者のだれかが多少とも以前より悪い状態になっ
たとしても︑なお社会全体としては︑
ものである︒しかし︑
める
︑
そのほうがより良いということがありうるはずであるし︑また︑そういうば
なお︑独占がたんに不確実性を減少させるものであり︑長期的には経済成長を促進するという彼の見解は是認で
きない︒なぜならば︑独占の本質は︑超過利潤を最大限に獲得しうるように︑生産量を制限するか︑ないしは︑市場
における販路を恣意的に調節しながら︑価格維持ないしは引き上げの操作を行なうことにあるからである︒そして︑
さらに拍車をかけているものが︑資本の集積・集中︑下請・系列化︑政府との結託などの︒フロセスの強化傾向であ
る︒だから独占そのものは︑結局︑消費者︑非独占企業者とりわけ中小企業者︑労働者などには不利益をもたらす
これらの犠牲のうえにたつ独占資本の跛行的発展だけで︑長期的にどこまで経済成長が達し
えられるかはなはだ疑問である︒なぜなら︑独占そのものは︑実に現代資本主義における本質的矛盾︑すなわち巨
大企業内部での過剰貯蓄の傾向︑過剰生産の傾向︑および消費需要不足の傾向︑これら三傾向の悪循環を惹起せし
( 3 0 )
いわば内生的・自律的媒介要因であるとかんがえられるからである︒もつとも論者のなかには︑独占的大企
業が大規模な技術革新を可能ならしめると主張するものもいるが︑それは︑
(31) 本主義のわく内では蝕占資本の長所としてあらわれたにすぎない﹂のである︒だがその技術革新も︑独占資本によ
つて利用されるかぎりにおいて︑結果的には右の本質的矛盾に拍車をかけそれを激化させる︑いわば外生的促進的
政策における四つの基本的目標と最適領域︵守谷︶ ﹁大規模企業のもつ技術的長所が︑資
ヽ
し 、
の必要最低基本線をあらわすものにすぎない︒ 政策における四つの基本的目標と最適領域︵守谷︶
( 3 2 )
媒介要因となるのである︒
このようにみてくると︑経済的正義すなわち分配の正義の問題は︑それぞれ異なったとらえかたをしている次掲
の三つの基準でもつて総合的に検討されねばならないであろう︒
まず最初の基準は︑ボウルディ・ングの主張する総所得の増加率ないしは経済成長率である︒この基準による分配
の正義の分析は︑経済学者がその増減をもつとも客観的にいいうる唯一の頷域である︒しかしそれは︑分配の正義
そのつぎの基準は︑貧者に有利になるような所得分配変更の度合である︒なるほどこの基準による分配の正義の
分析は︑その背後に価値判断の介入することを︑多かれ少なかれ︑不可避的に必要とするであろうし︑さらに︑測
定の問題ないしは個人間の比較の問題をいつそう困難にするであろう︒しかしそれは︑経済的正義についてのあら
︑︑
︑︑
︑
ゆる政策にとつて︱つの基本的目標としての意義を有するものである︒
︑︑
︑︑
︑︑
ヽ
( 3 3 )
最後の基準は︑現代資本主義における本質的矛盾を解消しうる最上の手段としての民主的消費圧力の成長の度合
である。その成長•発展はまた、国家の相対的独自性を確保させる絶対条件でもある。この民主的消費圧力の構成体
は︑生活の物的内容の向上に相応な消費生活の安定的な量的・質的充実を第一義的に目的とし︑そのために合法的
にとりうるあらゆる手段を受動的にだけでなく能動的に︑流通過程だけでなく生産過程にも行使しようとする消費︑︑︑︑︑︑︑︑︑者としての国民大衆である︒したがつて民主的消費圧力の本質的動向は︑必然的に独占ないし寡占の超過利潤の排
除にむけられることになる︒かかる消費者としての国民大衆は︑この目的を達成するためには︑民主的消費圧力を
労働組合連合体の経済闘争に強くむすびつけるように行動するだけにとどまらず︑その圧力をさらに成長・拡大さ
五八
263
自由と社会関係における自由に分けて考察しているが︑
五九
﹁自由を究極的に守るために自由を ﹃経済政策の原理﹄第六章﹁手段・目的︑および せるような社会的圧力集団としての機能をそなえた消費組合連合体の育成・強化をはかるような行動をしなければ
以上の三つの基準は︑相互に競合的ないしは補完的閑係を有している︒そこで︑どの基準を相対的に強く評価す
るかによって経済的正義の大きさも変つてくるはずである︒しかしかかる評価をなすのは︑意欲し行為する人間の
領域であり︑経済学者の研究の領域ではない︒
︑︑
︑︑
︑
最後は︑第四の基本的目標としての経済的自由
e c o n o m i c f r e e d o m
ここで問題となるのは︑もとより後者の自由である︒彼の
いう経済的自由の概念は︑かなり漠然としたものであるが︑おそらく︑﹁個人自身の目的ないしは価値の最終的判
( 3 4 )
断およびそれを達成すべき手段の使用方法にかんする個人の特権や機会に干渉しないこと﹂を指していることにな
るものと推量される︒自由は正義とは異なり善悪の判断をふくまない︒しかし自由は︑善の︱つの本質的条件であ
り︑自由のなきところに善の可能性は存在しない︒この意味において︑自由の浸透は善い社会の前提条件である︒
なお経済的自由のうち︑もつとも基本的なものとしては︑消費選択の自由︑消費者主権︑職業選択の自由︑および
営業の自由などがかんがえられる︒もっとも彼も︑断片的には︑
諸目標間の相剋﹂のところで消費者主権の問題に︑第一六章﹁世界の展望1共産主義と経済発展﹂のところでは
職業選択の自由および資本家的企業の自由の問題にふれている︒ところで︑彼のいうごとく︑
( 3 5 )
自由の領域は︑相互に排除しあう部分︑つまり紛争領域を有している︒﹂また︑
規制ないしは制限することと︑個人の自由にたいする不必要︑無意味かつ恣意的な制限︑
政策における四つの基本的目標と最適領域︵守谷︶ ならないであろう︒
﹁各個人にとつての
この両者を区別すること
であ
る︒
ボウルディングは自由を個人的
政策における四つの甚本的目標と最適領域︵守谷︶
( 3 6 )
は非常に困難である︒﹂したがつて︑﹁経済的自由の尺度をつくつて各種の政策の成功失敗を検討することが困難
( 3 7 )
となる︒﹂しかし彼は︑経済的自由の概念の定量化にもつとも近いものとして︑﹁個人の力にたいするもつともき
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑ ヽ
( 38 )
びしい諸制約によって形成される境界内の選択領域もしくは力の領域という考え方﹂をあげる︒彼によれば︑﹁こ
れは︑多くの次元をもつ領域ないしは空間であつて︑簡単に単一の数や尺度に還元することはできない︒しかしこ
の概念は︑選択にたいするすべての制約を考慮することをしいるものである︒単一の制約だけから経済的自由を定
(39) 義しようとする試みは︑あやまりにみちびかざるをえないのである︒﹂
が他のひとの自由をより大きく拡大することをしめしうるとしても︑個人間の比較というさきの経済的正義のとこ
ろで悩まされた問題がのこる︒この問題は結局︑政治的な︑かつ責任ある行為の力関係によってのみ答えうる問題
( 4 0 )
であり︑先験的な理論からでてくる既成の解決はないのである︒﹂
註
( 1
K . )
E. Boulding,
op . c i t
・ , p .
19 . 前掲訳書︑ニ︱頁︒
(2 )
K .
E. Boulding,
o p. c i t . , 前掲訳書︑日本語版への序文︑六頁︒
(3 )
K .
E. B ou ld in g, o p c i t . . , p . 2 1. 前掲訳書︑ニニ頁︒
(4)K•
E . B ou ld in g, op . c i t . , pp .
22 1
23 . 前掲訳書︑二三頁︒
(5 )
K .
E. B ou ld in g, o p c i t . . , p.
2
3.
前掲訳書︑二三ーニ四頁︒
(6 )
K .
. E . Bo ul di ng , o p . c i t . , p . 24
. 前掲訳書︑二五頁︒
(7
) K . E . Boulding,
o p. c i t . , p .
25 . 前掲訳書︑二六頁︒
(8)K•
E. Boulding,
o p. c i t . , p .
27 . 前掲訳書︑二七頁︒
( 9 )
﹁ついでながら重要度とは︑全資源のうちその商品の生産に投ぜられた割合をいうのである︒﹂﹁必要度は︑所得が増加 するにしたがつて︑消費者の予算に商品が入り込んでくる順位をもつて並ぺられる︒﹂
( K .
E. Boulding,
o p. c i t . , p . 27 .
前掲訳書︑二八頁︒︶
﹁しかし︑あるひとの自由にたいする制約
六〇
2. bs
( 1 0 )
K .
E
. Boulding,
o p. c i t . , p .
27 . 前掲訳書︑二八頁︒
( 1 1 )
K .
E. Boulding,
op . c i t . , p .
28
. 前掲訳書︑二九頁︒
( 1 2 ) C f . ,
K .
E . B ou ld in g, o p c i t . . , pp .
29ー
50 .前掲訳書︑三0ー四九頁参照︒
( 1 3 ) K . E . B ou ld in g, op . c i
︑t .
p .
46
.
前掲訳書︑四六頁︒
( 1 4 ) 南亮三郎﹃経済政策原理﹂千倉書房︑一九六一年︑一九六ー一九七頁参照︒
(1 5)
K .
E
. Boulding,
o p. c i t . , p .
52 . 前掲訳書︑五0
頁︒ ( 1 6 )
K .
E. B ou ld in g,
0
, P.
c i t . , p .
55 .
前掲訳書︑五三頁︒
( 1 7 )
K .
E . B
ou ld in g, o p c i t . . , p .
55 .
前掲訳書︑五四頁︒
( 1 8 )
K
E .•
. Boulding,
o p. c i t . , p .
56
. 前掲訳書︑五五頁︒
( 1 9 )
K .
E . Bo ul di ng , o p. c i t . , pp .
57 1
59 .
1即掲訳書︑五六ー五七頁︒
( 2 0 )
K .
E . B ou ld in g, o p . c i t . , p . 6 1.
前掲訳書︑五九頁︒
( 2 1 ) C f . ,
K .
E . B ou ld in g, o p . c i t ・・ p 6 1 . . 前掲訳書︑五九頁参照︒
( 2 2 )
K .
E. Boulding,
o p. cit••
p .
78
. 前掲訳書︑七四頁︒
( 2 3 )
K .
E
. Bo ul di ng ̀o p. ci t3 p .
78 . 前掲訳書︑七五頁︒
(2 4) K .
E
. Boulding,
o p. c i t . , p .
79 . 前掲訳書︑七五ー七六頁︒
( 2 5 ) A . A ma nn , Wi rt sc ha ft sp ol it ik a uf
I n
︑S
e ge n F , ra nk fu rt am Ma in ,
19
58
,
S. 1 22 .
( 2 6 ) C f . ,
K .
E . B ou ld in g, o p c i t . . , p .
84
. 前掲訳書︑八0
頁参 照︒ ( 2 7 ) C f . ,
K .
E . B ou ld in g, o p . c i t . , p .
1 0 4 . 前掲訳書︑九八頁参照︒
(28)K•
E . B ou ld in g,
0
, P.
c i t . , p .
1 0 5
. 前掲訳書︑九九頁︒
( 2 9 )
K .
E.
Boulding, 0
, P.
c i t . , p . 9 1.
前掲訳書︑八七頁︒
( 3 0 )
拙稿﹁現代資本主義における本質的矛盾と民主的消費圧力について﹂八三ー八六頁参照︑
五 号 所 収
︒
︐ ( 3 1 )
越村信三郎編﹃最近の独占研究﹄︵凍洋経済︑
( 3 2 )
拙稿︑前掲論文︑八四頁参照︒
( 3 3 ) 拙稿︑前掲論文︑九九
‑ 1 0
三頁参照︒
六
﹃闘西大學親済論集﹄第十巻第
一九五九年︶のなかでの長洲︱二氏の論文﹁独占評価の諸類型﹂九一頁︒
政策における四つの基本的目標と最適領域︵守谷︶