吉澤卓哉著 保険の仕組み⎜保険を 機能的に捉える⎜
⎜ 千倉書房,2006年5月,緒言と謝辞3+目次5+図表目次1+
本文234+初出一覧・判例索引・事項索引8=251頁 ⎜
Ⅰ
最近,大学における保険関係授業科目の減少が叫ばれている。ファイナン ス関係の科目に取って代わられたり,あるいは担当教員がいないため消滅し たり,といったことが原因と思われるが,授業科目が減少すれば,受講生そ して保険学徒が減り,保険学の発展が損なわれることになる。このような保 険学の危機ともいえる状況の中で,水島博士は,いち早く 保険をファイナ ンス一般の中に包摂する傾向が多く認められる。保険制度がもつ独自性を強 調する保険固有の理論を基軸にした保険論研究は,ファイナンス一般の中に 埋没し,その独自性は失われようとしている。 と警鐘をならされた。
一方,一橋大学教授米山氏は,このような状況を認識した上で,大林博士 の 保険自体の理論 と 保険の外延に関する研究 を 自立 と 基盤
(土台) に転換し,そうすることで 土台をとおして,関連他分野と会話す るための共通言語を獲得 し, これによって他の分野の侵食により保険の 分野が消滅してしまうというおそれよりも,保険研究をめぐるより普遍的で 学際的な理論研究ができるメリットの方がはるかに大きい。 と断じる 。
189 1) 水島 生命保険事業の将来像⎜共同研究プロジェクトの趣旨と課題⎜ 生
命保険論集 151巻(別冊),2005年,p.7。
2) 米山 総説 保険学の将来と高等教育機関における保険教育の方向性⎜㈶生 命保険文化センター助成プロジェクトの成果⎜ 生命保険論集 153巻,2005 年,pp.19‑22。米山氏の引用では, 保険自体の理論 と 保険の外延に関す る研究 とされているが,大林博士ご自身は 保険自体の機構の理論 と 保
【書 評】
米山氏がいう 土台 を形成するものは,おそらくリスクであろう 。し かし,リスクといっても,米山氏が掲げた図1 にある数理ファイナンス,
経済学等におけるリスクと保険におけるそれとが果たして同じなのか,異な るとすればどのように異なるのか等々を検討すべきであろうし,異なればど のような意味で 土台 を形成するのかを明らかにする必要がある。さもな ければ,リスクという言葉に惑わされた単なる思いつきでしかない,といわ れかねない。また, 土台 から 自立 の部分に導く仕方も十分に検討し なければならない。リスクから保険理論への繫ぎを安易に行えば,木に竹を 接ぐ結果となる。さらに, 自立 部分を魅力のある,かつ確固とした理論 に裏打ちされたものにしなければ,面白そうな看板を見て,保険論の授業と いう映画館に入った学生は,ストーリーの粗末さに呆れ,看板の偽りを責め ることにもなるであろう。
リスク概念を深めてどのようなレベルのリスクが 土台 を形成するかを 検討し, 土台 から 自立 への繫ぎおよび 自立 の各部分を,整合性 のある魅力に満ちたものにすることで,はじめて米山氏の主張が意味を持つ ことになるわけで,そうでない限り,皮肉にもかえって水島博士が警鐘を鳴 らされた保険論研究のファイナンス一般の中への埋没,そして,その独自性 の喪失を顕著に一層推し進めることになるのではないだろうか。
実は,ここで取り上げる吉澤氏の著書は,いろいろなリスク・ヘッジ手法
吉澤卓哉著 保険の仕組み⎜保険を機能的に捉える⎜
険の外延の理論 といわれている。大林 保険理論 春秋社,1960年,序。な お,同博士は後に 保険理論 第二版,春秋社,1975年および 保険総論 春 秋社,1971年を著しているから,旧版の主張を取り上げるには,相応の説明が 必要であろう。また, 保険理論 の最終ページは,190ページである。
3) 同氏のプロジェクトの成果の1つとして刊行された はじめて学ぶリスクと 保険 (下和田編,有斐閣,2004年)がリスクから始まり,さらにもう1つの 成果である 保険とリスクマネジメント (ハリントン・ニーハウス著,米山・
箸方監訳,東洋経済新報社,2005年)もリスクから始まっているからである。
なお,同監訳書には,訳語の不統一,誤訳,削除された旧版の訳文が残されて いる等の初歩的なミスが目立つ。
4) 米山,前掲注2),p.23。
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の開発により保険と金融の境界線が見えにくくなった状況の中で,改めて 保険とは何か をリスクという観点から捉えた一級の研究であって,伝統 的な保険学から見れば,保険本質論に属すし,米山氏風にいえば,まさに 土台 から 自立 へ導く上で,避けて通ることのできない保険と金融の 境界に関する一級の研究である 。
Ⅱ
吉澤氏は1994年に100ページにものぼる大論文 集積損害による保険引受 リスクのヘッジについて―保険先物と金融再保険を中心に― を公にして おり,リスクから保険を考えるという構想は,少なくともこの頃には,すで に誕生していたのであろう。その後数編の論文および 企業のリスク・ファ イナンスと保険 を公にしつつ,この構想を熟成し,集大成として公刊さ れたのが本書である。
本書は,序章から終章まで,全体で5章から成るが,第1章では,リスク 移転,リスク集積およびリスク分散を保険の経済的要件とし,その内容を検 討する。そして,それぞれの要件にさらに幾つかの詳細要件を設定すること で,上記3要件の内容に具体性と厳密性を付加している。
ところで,リスクの分散といっても,保険と金融では,その意味するとこ ろは同じではない。そこで,氏は第2章において,リスクの分散には3形態 があることを明らかにするとともに,同時点におけるリスクの分散(共時的 分散)と異時点間の分散(通時的分散)という,時間的要素を加えることに より,さらに詳細にリスクの分散の態様・意味を考察する。
第3章は,各種のリスク・ヘッジ手法を,前2章で設定し吟味してきた保
保険学雑誌 第 596号
5) 吉澤氏は,ファイナンス技術の目覚しい進展による各種リスク・ヘッジ手法 およびリスクの証券化・キャプティブ保険会社も含めて包括的に 金融 と呼 んでいるようである(p.1)。
6) 損害保険研究 56巻1号,1994年,pp.55‑154。
7) 千倉書房,2001年。
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険の3経済的要件と照合し,それぞれが保険といえるか,いえないか,いえ ない場合にはさらにどの要件を満たしていないかを検討することで,3要件 が保険の経済要件として妥当であるか否かを検証した部分である。そこで検 討されたものには,相互救済制度,再保険,キャプティブ保険会社,生命保 険買取業,終身保険および保険デリバティブやリスクの証券化等の金融商品 がある。そして,終章において,著者は,再度3要件に立ち返り,それぞれ の果たす効果,相互関係等を吟味し,各要件の内容に厳密さを与えている。
保険の機能として,リスクの移転,リスクの集積,リスクの分散に触れる 文献は数多い。しかし,論者によっては,これら3つの内2つにしか触れて いない場合もある。たとえ3つすべてに触れていたにしても,その内容はき わめて平板かつ皮相的で,吉澤氏ほど深く掘り下げて検討・吟味した研究は 見たことがない。しかも,保険であるのかないのか,はなはだ微妙な各種手 法を取り上げ,氏の設定した3要件およびそれぞれの複数の詳細要件と照合 し,吟味することで,単に一定の手法が保険であるとか保険ではないという 実際的な判断を導くというよりも,振り返って,3要件および複数の詳細要 件の,保険の経済的要件としての妥当性を検証することで,設定の正当性を 再検討している。
Ⅲ
本書は,近年稀な,重厚なテーマに関する本格的研究書であり,保険であ るのかないのか,はなはだ微妙な各種手法に関する豊かな知見と緻密な研究 姿勢の上にはじめて成り立つ好著である。保険と金融の融合といったことが いわれるが,本書を読めば,軽々しくそのような言葉を発することはできな くなる。
テーマがテーマであるだけに,若干読みにくく,理解に時間がかかるきら いはあるが,是非腰を据えて読んでもらいたい一級の研究書である。
(評者:一橋大学大学院商学研究科教授 近見 正彦) 192
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