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贈り物 としての生命保険に関する 一考察

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(1)

■アブストラクト

本稿の目的は,生命保険が消費者から 贈り物 として表現される傾向に ついて,Viviana Zelizer(1989)による特殊貨幣(special monies)の概念 を援用した社会学的分析を中心に,考察を試みることである。

本稿においては,金銭・貨幣で形成される死亡保険金が,消費者から 贈 り物 とされてきた現象に対して,Zelizer の特殊貨幣の概念を援用するこ とで, 贈り物 としての生命保険が,特殊貨幣的存在の位置にあることを 説明する。

そして,被保険者の 死 から生じるシンボル性と,贈与行為における象 徴性に伴い,特殊貨幣的要素が形成されることで,消費者において生命保険 が 贈り物 として成立することを指摘し,そして,この構図から,保険制 度とその社会的な受容とのバランスが伴われていることを,明確にする。

消費者から生命保険が 贈り物 とされてきた傾向に対して,本稿におけ る分析は,生命保険を消費者に販売する際に,倫理的・理論的に有益な基盤 を構築し得るものである。

■キーワード

生命保険,贈り物,特殊貨幣

*平成26年10月19日の日本保険学会(香川大学)報告による。

/ 平成27年10月 日原稿受領。

贈り物 としての生命保険に関する 一考察

田 中 隆

(2)

.はじめに

本稿の目的は,生命保険が消費者において 贈り物 として表現される傾 向について,社会学的な議論を中心に,その本質的要素を分析し,消費者か ら 贈り物 として解釈される構図について,考察を試みることである。

生命保険サービスにおいては,保険契約に基づき,条件付きで,主に保険 金という金銭・貨幣が支払われる。しかし,生命保険が消費者から 贈り 物 と表現される現象を説明する試みはこれまで稀少であった。本稿では,

生命保険が 贈り物 と消費者から解釈される構図について考察する。

では, 贈り物 として生命保険が社会で是認されている現状を紹介し,

死亡保険金を形成する金銭・貨幣は,本来的に 贈り物 にそぐわないとい う議論の一方で,金銭が 贈り物 とされてきた習慣があることを説明する。

では,Viviana Zelizer(1989)による貨幣における本来的な説明と共に,

同氏による特殊貨幣(special monies)の概念を紹介し, 贈り物 としての 生命保険は,この概念が援用可能な特殊貨幣的存在であることを指摘する。

では,被保険者の 死 が生み出すシンボル性と贈与行為における象徴 性によって生じる特殊貨幣的要素から 贈り物 としての生命保険が成立し,

保険制度と人々の社会的な受容のバランスが保たれていることを議論する。

贈り物 としての生命保険に関する分析を行うことは,消費者の生命保 険に対する認知・認識における本質的要素を理解し,生命保険販売の理論 的・倫理的な基盤を強化し得る。また生命保険会社の海外進出が進展する中,

生命保険の普及が途上の新興国市場で保険販売を行う際においても, 贈り 物 としての生命保険の現象について議論が行われることは,有益である。

本稿では,主に死亡保険領域に焦点を当て,特に Zelizer(1989)が指摘 する,特殊貨幣の議論を主に援用して,考察を試みる。また,本稿における 先行研究については,主に保険論分野と社会学を中心とした文献に依ってい 1)

1) 本稿に関する先行研究は,主に以下があげられる。ボードリヤール(1982,

(3)

. 贈り物 としての生命保険と金銭・貨幣

贈り物 と生命保険

保険や生命保険に関する本来的な説明とは異なり2),生命保険協会のエッ セイ集等においては, 贈り物 に関連した作品が多く見られる。

例えば,生命保険の保険金支払いの現場を中心に扱った NHK ドラマのホ ームページでは, 生命保険は 愛する人への最後の贈り物 とも, 外れな

1992):象徴交換の論理の独自性,贈り物の唯一性と象徴交換の永続性,象徴 交 換 と 死 の 関 連 性 に つ い て 論 じ た。Carruthers and Espeland( 1998 ),

Carruthers and Ariovich(2010):貨幣における議論で,貨幣の意味が出所や,

出所等を伴った貨幣のフロー,貨幣の発行側に依存することを指摘した。

Zelizer(1978,1979):19世紀米国の生命保険普及の議論において,生命保険 や貨幣と死の関連について指摘した。なお Zelizer(1979)においては,田村 裕一郎による訳書 モラルとマーケット (1994)を参照している。Zelizer

(1989,1994,2000,2011):従来的な貨幣の概念に対し,文化や社会構造等の 経済外の要素に影響を受ける特殊貨幣(special monies)のモデルを指摘した。

上野(1996):貨幣経済と贈与交換の相違性を説明し,伝統的な交換領域での 貨 幣 と い う 媒 体 の 変 容 を 指 摘 し た。河 野( 2008 ):Zelizer の 特 殊 貨 幣,

Carruthers と Espeland,上野の議論等に着目して解説を行い,地域通貨の議 論に特殊貨幣の概念を援用した。田村(1990,1995,2006,2008):Zelizer

(1979)を紹介し,生命保険や 死 への日本社会や消費者の特殊性を文化的 要 因 か ら 論 じ る 一 方 で,生 命 保 険 と 相 互 扶 助 と の 関 係 を 議 論 し た。水 島

(1995, 2006):生命保険に対して,文化的要因による合理性の乏しい日本の保 険思想や消費者の傾向を指摘した。米山(2008):大正15年の三井生命の募集 案内で,妻の反対に関わらず,夫が加入した生命保険契約により,夫の不幸後 に妻が夫の愛情に気付いた物語を紹介した。

2) 田村(2006)は,保険は,リスク保障のために契約を結び,金銭を異時点間 で交換する技術であり,それは純然たる経済的交換であると述べる(p. 180)。

また,消費者向け・学校教育向けの説明では,保険はリスクに対処するための 合理的で科学的なシステム,とされる(生命保険文化センター,2015 b,p. 2)。

生命保険の一般向けの説明としては, 被保険者の死亡または一定の年齢に達 するまで生存したことを条件として一定の金額を支払う保険(新村編,2008,

p. 1554) 等がある。

(4)

い宝くじ とも言われています 3)との記述に, 贈り物 という言葉が確認 される。

生命保険にまつわるエピソードを募集した生命保険協会のエッセイコンテ ストの入賞・入選作である 生命保険と私 においても同様に, 姑の贈り もの[桜井恵子(2003) 第10回:生命保険と私 ],さらに 母の贈物[桑 谷竹紫(1999) 第 回:生命保険と私 ], 夫が残してくれたもの[山本 真由美(2000) 第 回:生命保険と私 ], 父の贈り物[Y・O(2000)

第 回:生命保険と私 ], 最後の贈り物[橋立英樹(2001) 第 回:生 命保険と私 ] 等といった作品が紹介されている4)

生命保険文化センターの 中学生作文コンクール においても,青少年な らではの感性故か,生命保険を 愛情ある贈り物 というイメージで表現す る作品が目立つ。例えば第51回,第52回の入賞作品では, お墓参りの帰り 道(森さやか)5), 感謝と愛のメッセージ(佐々木萌)6), 精霊流しと生 命保険(田中政充)7), 父からのメッセージ(佐々木萌)8) ぶきような祖 父の贈り物(西村僚祐)9)等があげられる。これらの作品では, 亡くなら れた方への思い , 愛情 や 贈り物 というイメージが確認される。

生命保険に関する本来的な説明とは別に,消費者からの 特別 な意味を 有した 贈り物 という表現,それに類似するイメージは,社会的に広く認 識され,根強く存在していると見なしても不自然ではない。この生命保険を

贈り物 とする見方は強く根をはっている,と解釈できるのである。

3) NHK ドラマ ラストマネー 愛の値段 のホームページにおける加藤 章一氏による記述である(www.nhk.or.jp drama10 money html̲lm̲midokoro.

html)。

4) これらのエッセイ集については,(一社)生命保険協会のホームページを参照し た(www.seiho.or.jp/data/publication/essay/)。作者については便宜上,敬称略。

5) (公財)生命保険文化センター(2014)pp. 24‑25。

6) 前掲注5) pp. 28‑29。

7) 前掲注5) pp. 32‑33。

8) (公財)生命保険文化センター(2015 a)pp. 28‑29。

9) 前掲注8) pp. 30‑31。

(5)

贈り物 としての金銭・貨幣

生命保険は,市場経済の産物として人の死を貨幣に変形し,人命に価格を 付け,人の死の経済的側面を最も合理的に処理する仕組みである10),と説明 される。このように生命保険は,保険金という金銭・貨幣を伴うものである。

一方,上野(1996)によると,貨幣経済の浸透は,一般に伝統的な贈与交 換のシステムを変質させると指摘される11)。そして Carruthers と Espeland

(1998)によると,多くの場合において,貨幣の使用は,贈与行為の精神を 破壊し,危険にさらすとされる12)。そして両氏は,一般的に貨幣は,贈り物 としては不適切であると指摘する13)。上述の説明から,強い経済的含意のた めに,貨幣が基本的に 贈り物 として不向きな性質を有し,貨幣の使用に より贈与交換の精神が脅かされることが説明されている。

しかしながら,金銭や貨幣自体を贈る行為・慣習等がないわけでもない。

例えば,多くの子供達が年始に楽しみにする お年玉 は好例の一つである。

また,結婚式等で渡される ご祝儀 や,別れの時に渡される お餞別 も,

金銭贈与が風習化された行為である。このように日本では,節目に金銭・貨 幣が贈られる習慣が見受けられ,その行為の実践に違和感は持たれず,社会 的な常識とされている。さらに Zelizer(1989, 2000)においても,慈善の お金(charitable money)14)やお金が贈られるケースとしての情緒的要素を

10) 田村(1995)p. 173。

11) 上野(1996)p. 168。上野(1996)は,贈与交換は関係を蓄積するための方 法であるのに対し,商品交換は関係を持たないための方法と述べる(p. 169)。

また,商品交換とは違い,贈与交換は,贈り手と受け手の間の社会関係を確立 し,維持する,とされる(Carruthers and Espeland, 1998, p. 1394)。以下,河 野(2008)の訳と説明を参照。

12) Carruthers and Espeland (1998) p. 1394。現代社会において,貨幣は市場交 換において強く認識されているため,贈与交換において好ましくないとされる こともある強い経済的含意を伴う( . p. 1394)。

13) .

14) Zelizer (1989) p. 370。ここでは,儀式的贈り物(ritual gift)が含まれる

. p. 370)。

(6)

伴う貨幣(sentimental currency)15)について言及がなされており,金銭・貨 幣そのものを贈る習慣は日本に限定されていない。

貨幣と贈与交換が相容れないという見解が存在する一方で,金銭・貨幣を 贈る行為や習慣等が存在してきた事実は,興味深い示唆を提供する。このよ うに貨幣が 贈り物 となる現象は,生命保険が消費者から 贈り物 とさ れる構図について,分析の切り口を提供するのである。

.貨幣における意味と生命保険

⑴ 貨幣における解釈

金銭・貨幣を含む生命保険が 贈り物 となる構図については,さらなる 分析を必要とする。一般的な説明では,経済学的な説明が踏襲されている16) Zelizer(1989, 2000)は,市場貨幣(market money)のモデルに裏打ちさ れた従来的な貨幣の解釈の仮定について,次のように提示する(一部省 略)17)

① 貨幣の機能と特性は経済学の用語でのみ定義される。貨幣は,何の特質 も持たず,絶対的に同質である。

② 近代社会において全ての貨幣は同一である。貨幣の意味においては差異 が存在し得ず, 種類の貨幣 市場貨幣(market money) のみが存在す る。

③ 貨幣価値と非金銭的価値は明確に二分される。近代社会における貨幣は 15) Zelizer (2000) p. 1892。結婚式や洗礼式等の儀式に贈り物として貨幣が流通 する際,その貨幣は配慮や愛情を表す情緒的要素を伴う貨幣(sentimental currency)として,新しい形になるとされる( . p. 1892)。

16) 例えば一般的には, 貨幣とは,商品の交換の媒介物で,価値尺度・流通手 段・価値貯蔵手段の三つの機能を持つもの(新村編,2008,p. 575) と説明さ れ,経済学では経済学的定義として, 貨幣とは, 計算単位,交換手段および 価値の貯蔵手段として一般的に受け入れられるもの(スティグリッツ,ウォル シュ,2014,p. 239) と説明される。

17) Zelizer (1989) pp. 346‑347 ; Zelizer (2000) pp. 1889‑1890。

(7)

本質的に世俗的で功利主義的なものと定義され,貨幣は質的に中立(neu- tral)である。反対に,個人的価値,社会的価値,神聖な価値は,質的に 独特なものであり,交換できない。

④ 貨幣は数多くの商品やサービスを市場に取り込む力を持ち,故に貨幣は,

社会においてあらゆる物の商品化が不可避となる際の手段である。

⑤ 貨幣が価値観や社会関係によって互酬的に変容されることはまず概念化 されない。あるいは否定される(以上,河野(2008)の訳と説明を参照)。

①から⑤の説明を検討すると,この後の議論に重要な示唆を提供する。す なわち,①貨幣が何かの特質を有し得ること,②貨幣における質的な差異の 存在,③貨幣価値と非金銭的価値が不明確である可能性,④貨幣が関与して も単純な商品等ではない場合があること,⑤価値観や社会関係によって貨幣 が互酬的に変容すること等については,上述の説明では包括しきれないもの である。

Zelizer(1989, 2000)を解説する河野(2008)によると,上述した市場貨 幣(market money)といわれる貨幣は,文化や社会関係の影響を一切受け ず,外部から独立した存在,と説明される18)。この市場貨幣の性質は,貨幣 自体が強い経済的含意を有するために,貨幣が 贈り物 に不向きな性質を 有するという の⑵での Carruthers と Espeland(1998)の指摘が該当する ことになる。

贈り物 としての生命保険の存在,金銭や貨幣の贈与的な行為が,社会 的に存在する一方で,金銭や貨幣に関する従来的な説明を参考にする限りに おいては,これらの現象についての説明が困難となるのである。

⑵ 貨幣における社会学的解釈

従来的な貨幣に関する見解を, 贈り物 としての生命保険の説明に援用 することは難しいが,社会学的観点からの議論が可能性を提供し得る。

18) 河野(2008)p. 89。

(8)

Zelizer(1989, 2000)は社会学モデルの貨幣を概念化し,その仮定を社会 学モデルの貨幣に関する五つの仮定として,以下のように指摘している19) ここでは,貨幣における社会的,象徴的意義が組み込まれた特殊貨幣(spe- cial monies)の概念が示されている(一部省略)。

① 貨幣は近代の経済市場において主要な合理的手段であるが,市場の領域 の外部にも存在し,文化的要因と社会構造的要因(社会関係のネットワー クと意味のシステム)によって形成される。

② 貨幣は単一ではなく,少なくない種類が存在する。それぞれの特殊貨幣

(special monies)は,特定の文化的要因や社会的要因によって形成される ため,質的に独特なものである。市場貨幣も実際には非経済的影響から切 り離せない特殊貨幣の 種類であり,特定の社会的影響や文化的影響を受 ける対象である。

③ 市場現象としての貨幣のみに焦点をあてると,社会的媒体として貨幣が 持つ非常に複雑な特性を捉えられなくなる。特定の貨幣は,分割,代替,

もち運びが不可能である。また非常に主観的であり,質的には異質なもの であり得る。

④ 功利主義的貨幣と非金銭的価値は二分できない。それは,特定の条件の もとでは貨幣も個人的または独特なものとして,無二で,交換できない可 能性があるためである。

⑤ 文化と社会的構造は,貨幣のフローと流動性に重大な統制と制限をもた らすことで,貨幣化プロセスに避けられない影響をもたらす。

これらの議論から,非経済的要因は以下を体系的に制約し,形成する。そ のうち三つについては,a.貨幣の使用 特定の目的に特定の種類の貨幣 を使用し,特定の意味を付与すること,b.利用者 特定の貨幣を扱うた めに,別の人々を指定すること,c.貨幣の出所 異なった出所を特定の

19) Zelizer (1989) p. 344, p. 351 ; Zelizer (2000) pp. 1891‑1892。

(9)

用途につなげること,となる(以上,河野(2008)の訳と説明を参照)20)

上述の説明から,以下が確認される。まず①と②から,貨幣が文化的要因 と社会構造的要因によって形成され,特殊貨幣が特定の文化的・社会的要因 によって影響・形成されることである。また③と④から,貨幣が異質な物で 有り得,特定条件下では貨幣も個人的または独特で無二の物であることであ る。さらに⑤では,文化と社会的構造が貨幣のフローと流動性に重大な影響 をもたらすことである。そして非経済的要因に関するa.からc.に関しては,

a.貨幣の使用において特定の目的と種類,意味が関連すること,b.特定の 貨幣の扱いに利用者の指定があること,c.特定用途につながる異なる貨幣 の出所が存在すること,が確認できる。これらの議論は貨幣が文化的・社会 的構造要因から形成され,その貨幣が無二の存在となり,意味を有すること を裏付ける。

の⑴で述べた貨幣における従来的なアプローチと,今節で述べた社会学 的アプローチには,見過ごせない差異が存在する。この差異が存在する一方 で, 贈り物 としての生命保険に対し,消費者の実情に沿った説明を行う ためには,特殊貨幣の概念の援用が可能性をもたらすのである。

⑶ 特殊貨幣としての金銭・貨幣

Zelizer(1989, 2000)の特殊貨幣(special monies)の概念は,貨幣の解 釈において新鮮な切り口を提供し,類似した以下の議論も見られる。

金銭・貨幣に関連して上野(1996)は,貨幣という媒体が伝統的な交換領 域に採用された場合,在来の交換領域だけではなく,貨幣の側もその置かれ た文脈によって変容する,と指摘する21)。また河野(2008)の指摘のように,

20) 順不同となるが,他の二つは,d.特定の貨幣の分配システム,e.貨幣の管 理・統制が,指摘されている(Zelizer, 1989, p. 351 ; Zelizer, 2000, p. 1892)。

21) 上野(1996)p. 172。例えば,贈与交換の領域に登場した貨幣は市場メカニ ズムに従わない(同書 p. 173)。

(10)

Carruthers と Espeland(1998)も,貨幣の意味に関して指摘している。両 氏によると,貨幣の意味は,他の全ての社会的対象のように,その使用とそ こでのコンテクストに依存する22)。両氏によると,通常人々は 何と交換で きるか? に依拠して貨幣の意味を考える傾向にあるが,交換価値(ex- change value)よりも象徴的価値(symbolic value)に重きを置くこともあ る,とされる23)

Zelizer(1989, 1994)を解説する河野(2008)の説明を援用すると,特殊 貨幣は,媒体としては通常使われている貨幣と同様であっても,他の貨幣と 同基準ではなく意味付けられ,使途に応じて様々な意味付けがされる大いに 象徴的な貨幣である24)。本節の議論と特殊貨幣の存在は, 贈り物 として の生命保険に対する説明として,有効性を有する。

死亡保険金等も金銭・貨幣であると解釈される一方で,金銭・貨幣が社会 的コンテクストの影響を受けるならば, 餞別 同様に, 贈り物 としての 生命保険の現象は,特殊貨幣の概念を使うと解明が容易である。死亡保険金 は,客観的には,単なる金銭・貨幣であるが,保険金受取人側が 贈り物 として解釈することは,その金銭・貨幣に社会的コンテクストに影響を受け た社会的意味や象徴的側面が存在している。

22) Carruthers and Espeland (1998) p. 1386。

23) .) p. 1385。両氏は,著名な建築批評家で歴史家の Ada Louise Huxtable が,1996年にニューヨーク市立美術館から栄誉を称えられ,24ドルで買われた マンハッタン島の故事にちなんで,市長から同額の賞金を授与された事実を紹 介している( . pp. 1384‑1385)。さらに両氏は,この貨幣が特別に象徴とな るのは,授賞式を取り巻くマンハッタン島の故事からの栄光を伴うコンテクス トがこの24ドルを,他の金銭と同じ尺度での比較ができない特殊貨幣にする,

と述べる( . p. 1386)。

24) 河野(2008)pp. 90‑91。Zelizer(2000)は,貨幣のような経済現象は,部 分的には自律しているが,歴史的に変化する意味の仕組みや社会関係の構造に 結び付いている,と述べる(p. 1893)。現代における特殊貨幣は確認しにくい が,貨幣における使途,配分,出所や数量を制限する公式・非公式のしきたり から,その可視できない境界が出現する,とされる(Zelizer, 1989, pp. 350‑

351)。

(11)

贈り物 としての生命保険は,消費者や保険金受取人にとって,社会的 コンテクストに影響を受けた社会的意味や象徴的側面を有している。そして 極めて独特で, 特殊貨幣 的な存在であることが,解釈できるのである。

. 贈り物 としての象徴性と生命保険

⑴ 特殊貨幣における象徴性

特殊貨幣が質的に極めて独特な存在であることに加え,死亡保険金におけ る象徴的な条件等は生命保険における特殊貨幣性を強調する。

Carruthers と Espeland(1998)によると,貨幣のステータスはマネー・

フロー・ネットワーク(network of monetary flows)におけるその位置に影 響される25)。貨幣は,最も近い出所(proximate source),究極の出所(ulti- mate source),将来の方向に影響される26)。河野(2008)の説明によれば,

どこから来て,どこへ行く貨幣なのか によって 悪い貨幣 や 良い貨 幣 とされることもある27)。つまり貨幣の出所はトレースされ,出所の性質 が重要となる28)。保険金受取人側においては,死亡保険金は,モラル的に適 合した貨幣を超えた 重み を伴う価値(ステータス)を有する。そうさせ るのは究極の出所であり,被保険者の 死 という深刻で神聖な事態である。

Zelizer(1979)は,死のことになると,貨幣はその交換価値を超越し,シ ンボリックな意味付けを取り込む29),と指摘しているが,これは生命保険に おける解釈にも該当し得る。

Zelizer(1979)によると,19世紀初期から生命保険は,経済的に含みの ある言葉を多くの伝統的観念の中へ持ち込むことで,これらの価値に影響を

25) Carruthers and Espeland (1998) p. 1389。

26) .

27) 河野(2008)p. 93。

28) Carruthers and Espeland (1998) p. 1390。

29) Zelizer (1979) p. 48。例えば,葬儀における金銭の費消が指摘されている

. pp. 46‑48)。

(12)

与えた30)。貨幣は,生と死の 神聖さを汚す のではなく,それらとの結合 によって聖なる儀式と見られるようになった31)。そして生命保険は,死の神 聖さと結合することにより,その正統的価値が認識された32)。死に直面する 際,新しい形態の儀式として,また後に残される近親者が死者を扱う過程と して出現することで33),生命保険は象徴的な価値を帯びたのである34)

究極の出所での貨幣の価値は発行主体に依存するが35),ここでの発行主体 は亡くなった家族等であり,ここでの金銭・貨幣は神聖性を伴った特殊貨幣 的な存在となる。家族にとって,かけがえのない重要な人の 死 という事 態は,非常に深刻で神聖な出来事で,説明困難な意味を与える。この深刻で 神聖な事態が,片や保険金支払の条件であることは,現代に近付くにつれて,

生命保険が象徴的な価値を有することになったと,Zelizer(1979)の説明 から解釈される。消費者のエッセイ等からも,このことが窺える。

例えば, 拝啓 パパ様[高橋由加利(2002) 第 回:生命保険と私 ],

もう二年・・・そしてあと二年[古川芳枝(2002) 第 回:生命保険と 私 ] では,保険が好きでなくても保険に加入していた作者の夫に関する感 謝の思いが綴られている。また の⑴での 中学生作文コンクール に見ら れたように, お墓参りの帰り道(森さやか)36), 精霊流しと生命保険(田

30) Zelizer (1979) p. 64。Zelizer によると,19世紀後半には,死の経済的な定義 は,遂に従前よりもより受容可能なものとなり,生命保険企業を純化したとさ れる( . p. 151)。

31) .) p. 151を参照。

32) Zelizer (1979) によると, よき死 は,もはや道徳的基準によってのみで はなく,生命保険契約をそれに含めることによって,将来への財務的配慮がよ き死のもう一つの必要条件となった(pp. 64‑65)。

33) .) p. 151。

34) Zelizer (1979) によると,生命保険は,その功利主義的な機能とは全く別の シンボリックな価値を帯びた,とされる(p. 151)。貨幣と死とのこの二重 現実的及びシンボリックな 関係は,生命保険の発展を理解するには 極めて肝要である,とされる( . p. 48)。

35) Carruthers and Espeland (1998) p. 1391。

36) (公財)生命保険文化センター(2014)pp. 24‑25。

(13)

中政充)37), 父からのメッセージ(佐々木萌)38)等の作文は,中学生の視 点から,亡くなった父親への感謝や,叔父への敬愛といった思いが綴られて いる。愛情深く,健全な家族であれば,生命保険に関連したこのような特別 な 重み のある解釈は, 自然な 感情として,無意識のうちに抱いてい る。

保険金が支払われる事態は,家族等の 死 という神聖な事態と引き替え に生じる。保険金受取人にとって死亡保険金は,単なる金銭・貨幣ではない,

特別な 重み を伴った特殊貨幣的な意味合いを有するのである。

⑵ 生命保険における象徴性

の⑴で述べたマネー・フロー・ネットワークにおいて,貨幣のステータ スは最も近い出所に影響される39)。ここで,ボードリヤール(1982)や中沢

(2003)等の議論は,生命保険・死亡保険金における 重み や象徴性が,

最も近い出所から生じる可能性について,援用することを可能とする。

ボードリヤール(1982)は,消費と物における論理として,①使用価値の 機能的論理,②交換価値の経済的論理,③象徴交換の論理,④価値/記号の 論理の存在を提唱する40)。ここで①は実用的操作の論理,効用の論理で,② は等価の論理,市場の論理となるが,③は両義性の論理,贈与の論理であり,

④は差異の論理,[社会的]地位の論理となる41)。さらに,この論理に応じ て,物は①

'

道具,②

'

商品,③

'

象徴,④

'

記号の身分を得る(図表 )42)

そしてボードリヤール(1982)の議論では,現代の市場社会において③象

37) 前掲注36) pp. 32‑33。

38) (公財)生命保険文化センター(2015 a)pp. 28‑29。

39) Carruthers and Espeland (1998) p. 1389。

40) ボードリヤール(1982)p. 59。ボードリヤール(1982)の議論は,田中

(2009,2011)も参照。

41) 前掲注40)。

42) 前掲注40)。

(14)

徴交換の論理のみが,他の①,②,④の論理と独立している(図表 )43) 現代社会において消費が物の記号的意味を消費する傾向の中で,ボードリヤ ー ル( 1982 )は ③ 象 徴 交 換 の 価 値 を 重 要 視 し て い る。ボ ー ド リ ヤ ー ル

(1982)の指摘から,象徴交換は非記号的であり,象徴交換の中で物は物で なく,使用価値も経済的交換価値も持たずに,贈与された物は象徴的交換価 値を有する44)

父母等から贈与された指輪や時計等が,子女にとって特別な意味を持つよ うに,贈与の論理を伴う象徴性を有する構図は,生命保険・死亡保険金に対 しても該当し得る。保険金受取人側にとっては,保険金が贈られる事態に加 え,贈る側が保険金受取人の父母等といった家族等の非常に身近な関係者で あるという構図は,支払保険金が前述のマネー・フロー・ネットワークでの 最も近い出所が明確化された貨幣となることを示唆する。

43) 前掲注40) pp. 56‑57,古田(1986)p. 25を参照。使用価値,交換価値,記号 価値に対して,象徴交換価値の論理だけが,独立している(古田,1986,

p. 240)。

44) 前掲注40) pp. 56‑57。

図表 消費と物における論理と,論理に応じて物が得る身分

ボードリヤール(1982)p. 59,古田(1986)p. 25, p. 233を参照。

消費と物における論理 物が得る身分

①使用価値の機能的論理

(実用的操作の論理・効用の論理)

'道具

②交換価値の経済的論理

(等価の論理・市場の論理)

'商品

③象徴交換の論理

(両義性の論理・贈与の論理,他の論理と独立)

'象徴

④価値/記号の論理

(差異の論理・[社会的]地位の論理)

'記号

(15)

図表 と純粋贈与の原理を主張する中沢(2003)の指摘45)を参照すると,

誰かが生命保険商品を購入した場合,購入する側は①

'

道具,②

'

商品とし ての面を検討して購入するが,契約者・被保険者の死後,①

'

道具,②

'

品の面を有する生命保険商品は,保険金受取人側にとっては,贈られる行為 自体に加え,かけがえのない家族等から贈られるという行為から,③

'

象徴 に該当する贈与物となる。その意味では,保険加入者自身が家族等を保険金 受取人に指定する意思を示すことこそが,無味乾燥な保険証券に 贈り物 のエッセンスを与えることになる。

例えば, 私の愛情表現[高橋行雄(1999) 第 回:生命保険と私 ] や 愛する者へ・・・[桜井真木子(2000) 第 回:生命保険と私 ] 等のエ ッセイは,夫から子供達や妻に対しての 贈り物 に関する特別な意味を含 んだ事例である。さらに 愛の証[松村直治(1999) 第 回:生命保険と 私 ], 愛の保険[高井彩乃(2001) 第 回:生命保険と私 ] や 思い の証[乾美智子(2003) 第10回:生命保険と私 ] 等のエッセイは,作者 達の兄や父,夫の家族に対する思いや愛情が実感されている例である。

ボードリヤール(1982)や中沢(2003)の指摘から,契約者・被保険者側 からの 贈る 行為により,保険金受取人側との両者間で 物が単なる物で なくなる 現象が生まれ,贈与された 物 として象徴性をまとうことにな る。すなわち,この象徴性をまとうことで,生命保険の死亡保険金は,保険 金受取人側から特殊貨幣的な存在として解釈される。

死 という深刻で神聖な事態に加え,特別な人から死亡保険金が 贈ら れる 行為は,特殊貨幣的な存在を生み出す絶対的な背景となる。この構図 から生命保険は, 贈り物 として 重い 意味を有する存在となるのであ る。

45) 中沢(2003)は,贈与の極限に, 純粋贈与 という異質な原理の存在を指 摘する(pp. 62‑63)。すなわち,保険金受取人である家族に死亡保険金を遺す 行為は,純粋的な 贈る 行為であり,見返りを求めない純粋贈与のエッセン スが存在している。

(16)

贈り物 としての生命保険の成立

における議論から,生命保険という経済合理性を有する商品は,保険料 支払いによる対価という実態が存在する一方で,世帯主等の贈与的意思によ る意味をまとい,保険金受取人側にとって 特別 な感情を伴った, 特別 な意味を有する。さらに被保険者の死後, 死 の象徴的な意味と共に,保 険金受取人にかけがえのない重要な人の 死 と引き替えに,重要な人に関 する 特別 な感情を伴って贈与的行為を帯びた死亡保険金は,非常に 特 別 な 贈り物 の性質を有する。

例えば, 伝えていますよ,僕らの 思い [山根英樹(2003) 第10回:

生命保険と私 ], 親父の遺品[森田長司(2002) 第 回:生命保険と 私 ] 等のエッセイはこれらの要素を満たした事例である。そして, 尊い お金[広末明代(1999) 第 回:生命保険と私 ] では,非常に 特別 な 贈り物 の性質が示されている。このエッセイで作者の子息による 尊 いお金だネ という呟きは,上述の要素を満たし,神聖性を伴う特殊貨幣的 な事例である。深刻で神聖な事態と,特別な存在からの 贈られる ,とい う絶対的背景により,生命保険は, 贈り物 として特別に 重い 意味を 有するのである。

生命保険は,経済合理的な制度によって構築・維持される一方で,家族の 紐帯にまで携わる。経済合理的な制度の側面に焦点を当てれば, 贈り物 としての性質が希薄な商品であるが,家族等の重要な人の 死 と 贈られ る 行為から, 特別な 感情や意味を伴った 贈り物 としての性質が強 くなる46)。この構図から, 贈り物 としての生命保険の現象は,現在の生 命保険制度において,経済的・客観的な意味の金銭・貨幣と,贈与性を帯び た特殊貨幣的な金銭・貨幣という消費者側の解釈が関連・併存する現象を示 している。

贈り物 としての生命保険が社会において成立する背景としては,現代

46) 他人から見ると,単なる保険証券かもしれないが,少なくない割合の保険金 受取人にとっては, 贈り物 としての 特別 な意味を有する。

(17)

社会において,経済合理的な保険制度と人々の社会的意味付けを伴った受容 がバランスを有していることにある。消費者側からのメッセージから, 贈 り物 としての生命保険は,現代社会の家族による生命保険に対する一つの 重要な解釈であり,生命保険制度に関する理念的,中心的な基盤となり得る 概念なのである。

.むすびにかえて

本稿では,消費者から生命保険が 贈り物 とみなされる傾向について,

Zelizer(1989)の特殊貨幣(special monies)の概念を中心とした社会学的 分析から,生命保険が 贈り物 とされ得る構図について,考察を試みた。

贈り物 としての生命保険の存在は,現代社会の生活保障環境において,

消費者側の認識から自然に形成されたものであろうが,参考となるべき示唆 を含んでいる。保険者側からすれば,生命保険加入者は無数に存在し,保険 者側からも,加入者同士においても,決して顔の見える存在ではない。そし て顔の見えない者同士による保険団体の形成は,保険事業においては不可避 であり,現実的には受容すべきものでもある。

しかしながら,保険金受取人側に死亡保険金が支払われる事態においては,

保険契約に従っての粛々とした手続きが存在する一方で,そこには,明確に 顔が見える強い象徴性を伴った行為が存在する。生命保険契約においては,

無数の契約の中にも,少なくない割合で同種のエッセンスが存在することに なる。そして世帯毎の消費者において,このような解釈が存在していること は,保険販売における消費者を捉える上で,改めて強調すべき点である。

贈り物 としての生命保険の存在は,主に消費者目線の先にあるが,単 なる社会的観念として中身の伴わない現象ではない。生命保険が,需要的な 側面だけではなく,社会的な側面で充足された結果が, 贈り物 としての 生命保険の現象に表れているのである。

(筆者は兵庫県立大学経営学部准教授)

(18)

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参照

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