生命保険の解約返戻金と保険料の関係に 係る考察
大 塚 忠 義
■アブストラクト
従来,解約返戻金は保険契約者の持ち分として積立てた金額から一定の控 除を行ったものと観念されてきたが,保険法の改正をきっかけに解約返戻金 の意義について議論が行われている。しかし,伝統的な生命保険の解約返戻 金の性格に係る議論は,現在に至るまで結論がついていない。
本稿では,経済学の見地から保険料,保険料積立金,および解約返戻金の 関係を分析し,現実的な仮定に基づき試算することによって,次のような結 論を導いた。
標準責任準備金の導入前の保険料の計算基礎と保険料積立金の計算基礎が 一致するという前提のもとでは,解約返戻金は保険契約者の持ち分として積 立てた金額から一定の控除を行ったものであった。しかし,標準責任準備金 の導入により,保険料の計算基礎と保険料積立金の計算基礎が一致しなくな った後は,解約返戻金は保険契約者の持ち分から一定の控除を行ったものと はいえない。すなわち,解約返戻金を付随的な給付であるとしてきた主たる 根拠が成立しなくなった。
■キーワード
解約返戻金,保険料積立金,アセットシェア
関東部会報告による。
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*平成25年6月14日の日本保険学会 5年12月13日原稿受
平成2 領。
第1章 はじめに
我が国においては,解約返戻金は保険契約者の持ち分 として積立てた金 額から一定の控除を行ったものとして,法学においても保険数学においても 観念されてきたが,保険法改正の過程において解約返戻金の規律について検 討されたことをきっかけに解約返戻金の意義について議論が行われている。
しかし,伝統的な生命保険 の解約返戻金の性格は,個々の契約単位の持ち 分に相当する額を基準に導かれた付随的な給付なのか,契約者価額として約 定されたものなのか現在に至るまで結論がついていない。
また,標準責任準備金の導入により,保険料と責任準備金 の計算基礎は 一致しなくなった。さらには,国際会計基準やEUにおけるソルベンシーⅡ
(以下, SMⅡ という)で議論されている経済価値に基づく保険負債 の 算出では,解約返戻金支払と解約率を考慮することとなっている。これらの 前提のもとでは,契約者の持ち分という概念そのものが明確でなくなった。
一方で,解約返戻金がない,または通常のものより少ないタイプの生命保 険商品が発売されており,これらの解約返戻金設定基準は伝統的な生命保険 のものとは異なる。無解約返戻金型生命保険はその名のとおり解約返戻金は 1) 保険契約者の持ち分 という語を定義づけることなく使用しているが,そ
の経済的な意義と性格を第2章以降において明らかにする。
2) 伝統的な生命保険とは,特に定義づけられているわけではないが,概ね終身 保険,定期保険,養老保険等,従来から販売されている保険種類を意味してい る。本稿では,第一分野商品のうち,一般勘定で資産が運用され,かつ予定解 約率を使用していない保険種類を伝統的商品と称する。
3) 単に 責任準備金 と称されることが多いが,その名称については第2章第 3節で詳述する。
4) 経済価値とは,IASB(2004)の定義によると 十分に知識・情報を持った 市場参加者同士が,通常の取引において対象となる資産の交換あるいは負債の 解消に応じる価格 とされている。しかし,責任準備金の取引市場は存在しな いため,SMⅡでは市場整合的価格として, 負債の最良推定 と リスクマ ージン の合計額を経済価値による評価に基づく保険契約準備金額と定義づけ られている。(大塚(2012),73,95頁)。
ゼロと定められており,低解約返戻金型生命保険は,従来の解約返戻金の70
%相当額といった定めを行っている。これらの非伝統的な生命保険の解約返 戻金は,被保険者のために積立てた金額をもとに算出するという概念は薄い。
保険料の計算原理も異なっている。伝統的な保険料計算式は,収支相等の 原則をもとに構成されており,解約返戻金と解約率に係る項目はない。これ に対し,低・無解約返戻金型の保険料の計算は解約返戻金と解約率を組み込 んで行なわれる。この計算原理に鑑みると,低・無解約返戻金型生命保険の 解約返戻金は約定された給付の一種と考えることが合理的である。
本稿の目的は,このような現状を踏まえて経済学の見地から保険料,保険 料積立金,および解約返戻金の関係を分析することによって,解約返戻金の 意義と性格を明らかにすることである。
これ以降における本稿の構成は次のとおりとなっている。まず,第2章で 問題点の所在を明らかにする。解約返戻金の法規整と法的性格を巡る議論,
および保険数学の面からみた解約返戻金の意義について整理する。第3章で は,保険料計算手法をもとに保険料と解約返戻金の関係を分析することによ って,伝統的な保険料計算手法および低・無解約返戻金型の手法,それぞれ による解約返戻金の性格を明らかにする。第4章では,経済学的な見地から 契約者の持ち分概念を整理する。そして,保険料と保険料積立金の計算基礎 が一致する場合としない場合のそれぞれにおける,保険料積立金と解約返戻 金の性格を論じる。最後に今後に残された課題をまとめる。なお,アカウン ト型の保険商品は本稿において分析の対象としない。
第2章 現状の確認と問題点の所在
2.1. 解約返戻金の法的性格を巡る議論
伝統的な生命保険しか存在せず,保険業法,保険法,消費者契約法の検討 も行われていなかった頃は,解約返戻金は,旧商法第680条,第683条に規定 にされた 被保険者のために積み立てた金額 から一定の控除を行ったもの という構成になっていた。また解約控除の根拠は,解約により保険者が予定
していた保険料が入らなくなり,保険者が支出した費用を補うために足らな くなり,継続中の他の保険契約者に転嫁することとなるための損失を,保険 者が保険団体構成員のための善良な管理者として請求するものである とさ れていた。
保険法改正の過程において,解約返戻金に関する規律について法制審議会 保険法部会で検討されたが,立法技術的な理由から法制化が困難との結論に 至った 。すなわち,伝統的な生命保険の解約返戻金の性格は,個々の契約 単位の持ち分に相当する額を基準に導かれた付随的な給付なのか,契約者価 額として約定されたものなのか結論がついていない。しかし,個々の契約単 位に算出される価額が存在しており,そこから何か引いたものが解約返戻金 であるということは確かである。そして,解約返戻金が消費者にとって不合 理な額とならないように法令による規律,および監督による規制について検 討がなされている。一方,低・無解約返戻金型生命保険の解約返戻金につい ては,特に保険料が比較的高い保険商品のあり方について,考え方を整理す べきである というにとどまっている。
先行研究における主な論点は次のとおりである。山下(2005)は,保険業 法改正で解約返戻金も契約者価額の一つとされたため,解約返戻金の払戻し 自体が独自の給付であるという考え方がなじむ面が強まっているが,一方で 私見としては,解約返戻金はやはり保険の付随的給付にすぎないから消費者 契約法第9条第1号 の射程が及ぶものと考えると述べている。また,金岡
5) 青谷(1978),26頁。
6) 田口(2008),269頁,法制審議会保険法部会資料25 保険法の見直しに関す る要綱案(第1次案・下) 10,11頁。
7) 肥塚肇雄(2009),137頁,金融審議会金融分科会第二部会,保険の基本問題 に関するワーキング・グループ(2009) 中間論点整理 6頁。
8) 消費者契約法第9条第1号では,消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予 定し,または違約金を定める場合に,同種の消費者契約の解除に伴い当該事業 者に生ずべき平均的な損害額を超える部分を無効としている。一方で,価格・
対価と給付・役務の均衡性を不当判断の対象外としている。すなわち,解約返 戻金を中途解約時の精算に係る付随的給付とみれば同号の射程が及び,給付の
(2007,2008)は,解約返戻金は付随給付であると結論付けたうえで,消費 者契約法第9条第1号の規定のもと規制当局による監督,および情報公開の 拡大の必要性について述べている。これに対し,肥塚(2009)は,契約者価 額としての保険料積立金は約定された価格の一つとして位置付けられるとし たうえで,解約返戻金は消費者契約法第9条第1号の規定を適用することを 志向すると述べている。
これに対し,田口(2007,2008),井上(2008)は,低・無解約返戻金型 商品を視野に入れ解約返戻金は約定価格と認識することが合理的であるとし て,解約返戻金の規律に関して考察している。
2.2. 解約返戻金に係る法規整
前節で述べたとおり,わが国においては解約返戻金に係る法規律は存在し ない 。本節では解約返戻金に係る法規整を概括する。
保険業法における解約返戻金に関連する規定は, 保険料及び責任準備金 算出方法書 の記載項目を定めている保険業法施行規則第10条第1項の規定 のみである。同項第3号で, 返戻金額その他の被保険者のために積み立て るべき額を基礎として計算した金額(以下 契約者価額 という。)の計算 の方法及びその基礎に関する事項 と定めているが,契約者価額を明確に定 義してはいない。つまり,契約者価額の定義は,保険会社が自社の 保険料 及び責任準備金算出方法書 において規定していると考えられる。また,約 款規定から推察すると,契約者価額は解約返戻金を含め複数存在すると解釈 することが合理的である 。
対価とみれば同号の適用はないとされている。(田口(2008),297頁)。
9) 主要国でみると米国,フランス,ドイツには法規律が存在するが,イギリス には特段の定めがない。(田口(2008),301〜305頁,金融審議会金融分科会第 二部会,保険の基本問題に関するワーキング・グループ(2007) 保険法改正へ の対応について 主な論点の検討 ,18,19頁)。
10) 契約者価額に関する数理上の主な項目として,解約返戻金,払済保険契約,
延長保険契約があげられる(山内(2009),255頁)。
保険法には解約返戻金に係る規定は存在しないが,第63条と第92条 に 保険料積立金の払戻しという条文がある。第63条では, 保険者は,次に掲 げる事由により生命保険契約が終了した場合には,保険契約者に対し,当該 終了の時における保険料積立金(受領した保険料の総額のうち,当該生命保 険契約に係る保険給付に充てるべきものとして,保険料または保険給付の額 を定めるために予定死亡率,予定利率その他の計算の基礎を用いて算出され る金額に相当する部分をいう)を払い戻さなければならない。 とあり, 次 に掲げる事由 とは免責,戦争変乱,責任開始期前の解除,危険の著増,破 産等を列記している。これは,約款で規定する 責任準備金 の払戻し の根拠規定にあたるものである。
保険法の前法規である商法にも解約返戻金に係る規定は存在していなかっ たが,第680条と第683条に 被保険者のために積立てた金額 の払戻規定と して 保険者は被保険者のために積立てた金額を保険契約者に払戻すことを 要す という規定があった。つまり,保険法は,その創設にあたり商法で規 定していた 被保険者のために積立てた金額 に 保険料積立金 という名 称を与えるとともにその定義規定を加えたことになる。保険料積立金の定義,
および 被保険者のために積立てた金額 という語のいずれも,保険契約者 個々の持ち分を示す意味を持っており,保険契約者の債権性を連想させるも のである。
一方で,保険業法施行規則第69条第1項に規定される保険料積立金は会社 の負債である責任準備金の構成要素である 。すなわち,保険業法施行規則
11) 第92条は第63条と同一の条文を傷害疾病定額保険契約について規定したもの である。
12) 約款における 責任準備金 の呼称については保険会社間で統一がとれてい るわけではない。例えば,日本生命,第一生命は 責任準備金 としているが,
住友生命は 保険料積立金 となっている。しかし,意味するところは同一で ある。
13) 保険業法116条で責任準備金は保険契約に基づく将来における債務の履行に 備えるためものと定義しており,保険会社の事業年度末の負債を意味している。
では保険料積立金と契約者価額を別の概念として捉えている。しかし,名称 が同じであるため,混乱のもととなっている。
2.3. 保険数理の面からみた解約返戻金と保険料積立金の意義
保険数理の面からみた解約返戻金の意義についても見解が統一しているわ けではない。アクチュアリー試験のテキストでは,保険数理の立場から考察 すると,解約返戻金は保険契約者の持ち分の返還ではなく約定給付という性 格を持っていると明確に述べている 。しかし,その理由としては,公正価 値会計の考えに基づく会計基準の導入は,責任準備金と解約返戻金をさらに 独立した関係にしていくとあるのみで,約定給付であることに対する十分な 説明が行われているとは言い難い。低・無解約返戻金型生命保険の解約返戻 金は約定給付という概念でないと説明できないとしているのとは対照的であ る 。
一方で,ほとんどすべての保険数学のテキストに記載されている伝統的な 生命保険の解約返戻金は(責任準備金−解約控除)とされており,長年にわ たり変わっていない。その意義は被保険者のために積立てた金額から一定の 控除を行ったものであるといえる。
すなわち,解約返戻金は次の計算式に基づいている。
W = V − σ ⑴
ここに,Wは解約返戻金,σは解約控除,tは経過年数とする。Vについ てはテキストによって呼称が異なっている。平準純保険料式責任準備金 , 調整純保険料式責任準備金 というように 責任準備金 と称しているも 14) 日本アクチュアリー会(1989) 保険1(生命保険)第2章 解約および解約
返戻金 ,43頁,二見隆(1992) 生命保険数学 下巻 ,33頁。
15) 日本アクチュアリー会(1989),43頁。
16) 守田常直(1963) 保険数学 上巻 ,279頁,京都大学理学部アクチュアリー サイエンス部門(2012) 確率で考える生命保険数学入門 ,188頁。
17) 二見隆(1992) 生命保険数学 下巻 ,34頁,山内恒人(2009),258頁。
のと,平準純保険料式保険料積立金 ,純保険料式保険料積立金 という ように 保険料積立金 といっているものに分かれる。なお,以下本稿にお いてはVについて 保険料積立金 の呼称に統一する。また,解約控除に は,解約控除期間が定められており,控除期間中経過年数に応じて線形に減 少する。
名称の問題を別にすると,⑴式は個々の契約単位に算出される額から経過 年数によって定まる額を差し引いた金額を解約返戻金としている。⑴式中の VおよびWはそれぞれ契約者価額の一種であることは疑いないが,解約返 戻金が保険契約者の持ち分に相当する額を基準に導かれた付随的な給付なの か,一定の計算基準に基づき導き出された約定価格であるのかは⑴式からで は判然としない 。
また,⑴式のVは,個々の保険契約ごとに値を計算することができるが,
一方で,保険会社が保険者責任として事業年度末の負債を説明している責任 準備金は,保険群団全体に対して価格を評価するものであり,1件1件計算 されるものではないとされている 。すなわち,保険数学においてもこれら は別種のものである 。
保険数学のテキストでは,保険料積立金の算出方法を解説するにあたって,
まず,個々の契約単位の契約応当日における保険料積立金(これを多くのテ キストでは 保険年度末における保険料積立金 と称している)の計算式を
18) 日本アクチュアリー会(1989),2頁。
19) 生命保険協会(2012) 生命保険講座 生命保険計理 ,111頁。
20) この点については,2010年度アクチュアリー会年次大会での (パネルディ スカッション)解約返戻金 で議論が行なわれている。低・無解約返戻金型生 命保険の解約返戻金は約定給付であるという認識で一致していたが,伝統的な 生命保険についての議論は結論が出ることなく終了している。
21) 日本アクチュアリー会(2010) 保険2(生命保険)第1章 生命保険会計 , 23頁。
22) 1990年に既に問題意識があり,どちらも責任準備金と称しており区別もつい ていないケースがあるが本来は別物であると主張されてい る。(岡 本 意 見
(1990) (座談会)今,保険計理を考える アクチュアリージャーナル )。
説明している。次に章または節を改めて,事業年度末の会社負債である保険 料積立金について説明しているが,同じ計算式のもとで解説しており,保険 年度末の保険料積立金と事業年度末の保険料積立金の意義の差異について十 分な説明がなされているとはいえない。このため,保険業法および保険法の 改正後においては,単に保険料積立金といった場合に,保険年度末の保険料 積立金と事業年度末の保険料積立金のいずれを指しているのか判然としない。
この状態では,学習者が両者を別の概念と考えることは困難であると思われ る。
第3章 保険料の計算原理と試算に基づく考察
本章では,保険料の計算原理と試算から解約返戻金の性格を明らかにする。
まず,基本的な保険料計算原理を確認し,その構成要素をもとに解約返戻金 の性格を考察する。次に,現実的な仮定に基づき,伝統的な生命保険と低・
無解約返戻金型生命保険の保険料を試算し,解約率を考慮した場合の保険料 の低減効果を明らかにする。そして,伝統的な生命保険の保険料を低・無解 約返戻金型生命保険の保険料計算手法を用いて試算し,伝統的な計算手法と 比較することによって,それぞれの解約返戻金の性格を明らかにする。
3.1. 収支相等の原則の拡張
伝統的な生命保険の保険料の計算原理は収支相等の原則を基礎としている。
収支相等の原則とは,損失を被るかもしれない 人から保険料Pを集め,
人のうち実際に損失を被った 人に対してその資金をすべて保険金Zと して過不足なく支払うことである。等号が成立することを仮定して次式のよ うに表わすことができる。
= ⑵
また,⑵式を変形すると
= = ω ⑶ となる。 が十分に大きいとき大数の法則によりωは損失の発生率となり,
ωに保険金Zを乗じた右辺は支払われる保険金の期待値となる。⑶式は給 付反対給付均等の原則という。損失の発生率ωを 歳の人の1年間の死亡 率 と置き換えると,⑶式は
= ⑷
となる。これは生命保険における収支相等の概念を簡潔に説明しているが,
実質的には1年満期の定期保険の純保険料を解説しているにすぎない。実際 の生命保険の保険料計算は,予定死亡率,予定利率,および予定事業費率の 3つの要素からなっており,死亡率から導かれる死亡者数,資産運用によっ て得られる利息,および保険契約の獲得,維持・管理のための事業費の見込 みを考慮したうえで,収入する保険料総額と支出する保険金および事業費の 総額が等しくなるように保険料を定めている。
低・無解約返戻金型生命保険の保険料の計算原理は収支相等の原則を拡張 したものである。すなわち, 人から保険料Pを集め, 人のうち実際に 損失を被った 人に対して保険金Zを支払い,契約期間中に解約した 人 に解約返戻金Wを支払う。拡張した収支相等の原則も等号が成立すること を仮定して,次式のように表わすことができる。
= + ⑸
つまり,⑸式は,解約返戻金を保険金と同列に扱って収支を相等させてい る。⑶式と同様に給付反対給付の原則に置き換えると次のようになる。
= = = + ⑹
⑷式と同様に, が十分に大きいと は死亡率, は解約率となる。し たがって,⑹式の右辺は,死亡率,保険金,解約率,解約返戻金の4つから
構成される。⑹式をもとにすると保険料は,保険金および解約返戻金を設定 し死亡率,解約率を仮定することにより導くことができる。このことから,
解約返戻金は保険金と同様に約定されたものであるといえる。一方,伝統的 な計算原理である⑷式には解約返戻金と解約率に係る項が含まれていない。
つまり,保険料計算式から解約返戻金の意義を判断することはできない。ま た,保険料は解約返戻金の多寡によって増減することはない。
3.2. 年払純保険料の試算
本節では,定期保険と終身保険について伝統的な保険料と低・無解約返戻 金型生命保険の保険料を試算し,低・無解約返戻金型生命保険の保険料の減 少効果を確認する。なお,本稿において議論を単純化するために純保険料を 中心に議論を行うこととする。それぞれについて,保険期間(終身保険は保 険料払込期間)10,20,30年,契約年齢30,40,50歳の男性について試算す る。試算の前提となる保険料の予定死亡率および予定利率は,生保標準生命 表2007(死亡保険用)(以下,単に 生保標準生命表 という)の95%およ び年1.25%とする。その理由は次のとおりである。
標準責任準備金の計算基礎 となる予定利率は,2013年4月に年1.50%
から1.00%に引き下げられた。これに合わせて保険料の計算基礎率を見直し た場合は保険料率の大幅な引き上げとなるが,報道によると保険会社間で保 険料の改定方針に差が出て,4月以降の保険料は会社間または商品間で 値 上げ と 値下げ が交錯したとある 。このことは,標準責任準備金の基 礎率を保険料の計算基礎としていない保険商品が多く販売されるようになっ たことを意味している。新聞報道どおりに 値上げ と 値下げ が交錯す るように,予定利率は標準責任準備金予定利率の引き下げ幅を半分に圧縮し た1.25%とし,予定死亡率は現行生保標準生命表の95%と仮定した。また,
23) 大蔵省告示第48号参照。
24) 2013年初頭より多くの記事が出たが,例えば,日経新聞3月11日,朝日新聞 3月30日,東洋経済電子版3月4日に解説記事がある。
解約率は年5.00%とし ,終身保険の解約控除額は対千15円,解約控除期間 は10年とする 。
試算結果は,定期保険は(表1),終身保険は(表2)のとおりである。
定期保険については,解約率を考慮することによる保険料への影響は大きく ないので,無解約返戻金型のみを試算した。実際,10年満期の定期保険では 伝統的な生命保険と無解約返戻金型生命保険の保険料の差は小さく3〜5%
しかない。そもそも10年満期の定期保険の解約返戻金はゼロかあっても少額 なので,無解約返戻金型にする効果があまりない。一方,保険期間が長くな ると効果が大きくなり,30年満期では35〜37%の減少率となっている。これ は,定期保険でも保険期間が長期になると解約返戻金は無視できない額にな ることを反映している。
終身保険の試算結果は,定期保険のものと異なり,保険料の減少効果が大 きい。定期保険と終身保険の伝統的な計算原理による(以下,単に 伝統的 な という)保険料の差は大きく,10年30歳で約58倍,30年50歳でも約2倍 25) 2011年度の全社合計の対年始失効解約率は年6.8%であった。( 平成24年版
インシュアランス生命保険統計号 保険研究所)。
26) 解約控除率については全く公表されていないが,大手生保の多くが終身保険 の新契約費を対千20円としていること,および解約控除率は新契約費の75%と する例が多いことから対千15円と仮定した。
保険期間
(表1)定期保険の保険料比較
(注) 1. 保険金額100万円について円単位(以下同じ)。
2. 伝統的 は伝統的な計算原理による保険料, 無解約 は無解約返戻金 型生命保険の保険料を示す(以下同じ)。
10年 20年 30年
年 齢 伝統的 無解約 減少率
30歳 995 965 3%
40歳 2,129 2,017 5%
50歳 5,157 4,908 5%
30歳 1,523 1,277 16%
40歳 3,524 2,862 19%
50歳 8,281 6,749 19%
30歳 2,557 1,673 35%
40歳 5,870 3,747 36%
50歳 14,175
8,874 37%
の開きがある。この差は有期払の終身保険の保険料に含まれる貯蓄部分から きている 。
低・無解約返戻金型の試算は,3パターンの解約返戻金を仮定して行った。
すなわち, 終身である保険期間 に亘って解約返戻金がゼロ( 無解約1 という), 保険料払込期間 に亘って解約返戻金がゼロでその後は伝統的な 終身保険の解約返戻金と同一( 無解約2 という), 保険料払込期間 は 伝統的な終身保険の解約返戻金の70%でその後は伝統的な終身保険の解約返 戻金と同一( 低解約 という)の3種類の試算を行った。
無解約1 の保険料は伝統的な保険料に較べ,10年30歳で92%低く,30 年50歳でも64%低い。保険期間すべてに亘って解約返戻金がゼロにする効果 は非常に大きい。また,契約年齢が高くなると減少率は低減するが,保険料 払込期間の差異による減少率の違いは小さい。終身保険の場合は契約年齢が 低いことは保険期間が長いことを意味するので,定期保険で保険期間が長い と減少率が大きいことと整合している。
これに対し, 無解約2 は 無解約1 と傾向が異なる。減少率は,保 険料払込期間10年で28〜30%,20年で49〜54%,30年で58〜69%となってい る。保険料払込期間が長いほど無解約期間が長くなるので,無解約の効果は 大きい。一方で,契約年齢の差異による減少率の違いは小さい。また,30年 50歳の減少率は58%と 無解約1 の減少率64%と較べて6%の差異しかな い。つまり加入年齢50歳では,80歳までの解約返戻金がゼロであることと全 期間でゼロであることの効果に大きな違いがない。
低解約 は,広く販売されている低解約返戻金型終身保険の解約返戻金 のパターンである。保険料払込期間の解約返戻金を70%とすることで,伝統 的なものに較べて9〜22%の保険料低減効果を実現している。その傾向は 無解約2 と同一であり,減少率は 無解約2 の3分の1程度となって 27) 終身保険の保険料に含まれる貯蓄保険料の割合は,養老保険より小さいが定 期保険に較べると圧倒的に大きい。終身保険とは100歳満期の養老保険と同等 であると考えると理解しやすい。
いる。また,保険料払込期間が長いほど低解約の効果は大きい.
3.3. 解約率を考慮した年払純保険料の試算
次に,伝統的な終身保険について,低・無解約返戻金型の保険料計算原理 を用いて保険料を試算する(表3)。解約時に支払われる金額は,伝統的な 終身保険の純保険料式保険料積立金(以下,特に断りのない限り単に 保険 料積立金 という)と同一のもの( V払出し という),および伝統的な 終身保険の解約返戻金と同一のもの( W払出し という)の2パターンを 仮定する。
V払出し は解約時に支払われる金額を保険料積立金としたうえで解約 率を考慮して算出されたものだが,伝統的な保険料の計算結果と同一になっ ている。つまり,解約時に保険料積立金を支払って契約が消滅する場合は,
その支払を考慮に入れなくても,入れた場合と同一の結果になるということ を試算から確認できる。持ち分相当額を支払って契約が消滅するのであれば,
その支払は収支に影響を与えることはないので,解約を考慮しなくても収支 相等の原則が成立する。すなわち,保険料積立金は保険契約者の持ち分に相 当する金額であることを示唆している。一方,同様の手法で算出した W 払出し は,伝統的な保険料より1%程度低くなっている。保険契約者の持
(表2)終身保険の保険料比較(その1)
30年 20年
10年 保険料払込期間
年 齢 伝統的 無解約1
減少率 無解約2
減少率 低解約 減少率
30歳 57,624
4,780 92%
40,611 30%
52,143 10%
40歳 65,029
9,055 86%
46,005 29%
58,944 9%
50歳 73,645 17,036 77%
52,658 28%
66,969 9%
30歳 30,801
3,363 89%
14,316 54%
25,590 17%
40歳 35,073
6,408 82%
16,821 52%
29,330 16%
50歳 40,534 12,215 70%
20,805 49%
34,343 15%
30歳 22,039
2,996 86%
6,882 69%
17,256 22%
40歳 25,484
5,745 77%
8,885 65%
20,264 20%
50歳 30,592 11,118 64%
12,951 58%
25,052 18%
ち分に相当する保険料積立金から解約控除を差し引いている分だけ,解約率 を考慮して計算すると保険料の減少効果が生まれる。
これらの結果は,解約返戻金は被保険者のために積立てた金額から一定の 控除を行ったものであるという従来の解約返戻金の考え方と整合している。
第4章 保険料積立金の意義より考察する契約者の持ち分
前章では,保険料に係る分析によって伝統的な生命保険の解約返戻金は保 険契約者の持ち分から一定の控除を行った付随的な給付であることを示した が,これが成立するためには保険料と保険料積立金の計算基礎率が一致する という仮定が必要である。本章では,保険料と保険料積立金の計算基礎率が 一致する場合と一致しない場合のそれぞれについて保険料積立金の意義を考 察することにより,経済学的な見地から契約者の持ち分概念を整理する。そ して,現実的な仮定に基づいて契約者の持ち分額を試算し,その水準を考察 する。
4.1. 保険料積立金の算出方法
保険料は保険料収入の現価と保険金支払の現価が等しくなるように定めて いるが,保険料の収入時期と保険金の支払時期は一致するとは限らないので,
0%
30,592 30,592 50歳
0%
25,484 25,484 40歳
0%
22,039 22,039 30歳
0%
40,534 40,534 50歳
0%
35,073 35,073 40歳
0%
30,801 30,801 30歳
0%
73,645 73,645 50歳
0%
65,029 65,029 40歳
0%
57,624 57,624 30歳
減少率 V払出し
伝統的 年 齢
保険料払込期間 10年 20年 30年
(表3)終身保険の保険料比較(その2)
W払出し 減少率
57,085 1%
64,489 1%
73,102 1%
30,422 1%
34,691 1%
40,145 1%
21,701 2%
25,141 1%
30,238 1%
保険期間の前半に収入した保険料を積み立てておき後半の保険金支払にあて ることによって収支を相等させている。この積み立てた保険料が保険料積立 金である。
保険料積立金の算出には,将来法と過去法という二つの方法がある 。将 来法は,将来の支出に備えて留保しておくべき額,すなわち将来の保険金支 払の現価から将来の保険料収入の現価を差し引いた金額を求める方法である。
将来法の保険料積立金の概念は,保険業法の定義 と一致しており,伝統 的な生命保険の保険料積立金の算出は将来法によって行われている。また,
経済価値に基づく保険負債の算出方法も将来法に基づくものである。
一方,過去法は,計算時点までの過去の保険料収入の終価から過去の保険 金支払の終価を差し引いた残額を求める方法である。過去法の概念には,保 険契約者の持ち分という色彩が強く感じられる。実際,過去法による保険料 積立金の算出は,変額保険,変額年金やアカウント型保険等,保険契約者の 持ち分が明確に区分される保険に対して適用されている。過去法と将来法は 全く異なる計算基準であるが,計算結果は一致することが知られている。し かし,将来法と過去法の結果が一致するのは,保険料と保険料積立金の計算 基礎が同一であるという前提が必要であることに留意しなくてはならない。
4.2. 計算基礎が一致する場合の保険料積立金の試算
本節では,保険料と保険料積立金の計算基礎が一致する場合の終身保険の 保険料積立金を伝統的な計算手法,および低・無解約返戻金型の計算手法に よって試算する。後者については,解約時に払い出す金額を第3章で定めた V払出し , W払出し , 低解約 の3種類について行う。契約条件は保 険料払込期間30年,契約年齢30歳の男性とする。計算基礎は,第3章におけ る保険料試算と同じく予定死亡率は生保標準生命表の95%,予定利率は年 1.25%,予定解約率は年5.00%,解約控除率は対千15円,解約控除期間は10
28) 二見隆(1992) 生命保険数学 上巻 ,174頁等。
29) 前掲注13。
年とする。
試算結果は,(表4)のとおりである。保険料の試算と同様に V払出 し の試算結果は,伝統的な保険料積立金とまったく同一になる。つまり,
保険料積立金の試算によっても保険料積立金は保険契約者の持ち分に相当す る金額であることを確認できる。
その他の特徴として,すべての経過年数において保険料積立金の水準は 伝統的 = V払出し > 低解約 という大小関係になっている。これは,
解約時に支払われる金額の大きい順であり,かつ保険料の大きい順番になっ ている。一方で,すべての経過年数において, W払出し > 伝統的 = V払出し となっている。解約控除期間は10年なので解約時に支払われる 金額は10年を超えると等しくなるが,保険料は W払出し の方が若干低 い。この差を補うために, W払出し は 伝統的 の保険料積立金より常 に多くの額を積み立てなければならない。
(表4)終身保険の保険料積立金
経過年数 伝統的
V
払出しW
払出し 低解約 18,288 36,906 55,871 75,194 94,883 199,088 314,846 445,218 594,583 758,654 22,00144,214 66,641 89,282 112,131 229,240 351,801 480,376 615,423 758,654 21,513
43,283 65,316 87,618 110,182 226,853 349,764 478,814 614,512 758,654 21,513
43,283 65,316 87,618 110,182 226,853 349,764 478,814 614,512 758,654 1
2 3 4 5 10 15 20 25 30
4.3. 計算基礎の異なる場合の将来法による保険料積立金の性格と試算 保険料計算基礎率は価格を算出するためのものであり個々の保険会社の経 営判断によって決定されるものだが ,標準責任準備金の基礎率は,保険会 社の健全性維持の観点から,実態を反映し法令によって定められている。こ のことから標準責任準備金計算基礎による保険料積立金(以下, 標準V という)は保険料計算基礎による保険料積立金(以下, 保険料計算基礎 V という)より,将来の保険給付に充てるべき金額の評価としては適切で あることは明らかである。保険契約者の持ち分を将来法の保険料積立金とし た場合,保険料計算基礎Vより標準Vを保険契約者の持ち分とみなす方が 経済的には合理性がある。つまり,標準責任準備金制度が導入されている現 在において,解約返戻金算出の基準となっている保険料計算基礎による保険 料積立金を契約者の持ち分とみなすことは適当ではない。
また,標準責任準備金とは別の計算原理によって算出されるSMⅡの負 債の最良推定 は,経済価値の考え方に基づいて,保険契約に係る将来に おける債務の履行に備えるために積み立てる額を過不足なく算出するものだ といえる。負債の最良推定は信頼あるデータと現実的な基礎率に基づく将来 キャッシュフローをリスクフリー利率で割引いた額とされている 。負債の 最良推定の算出にあたっては,すべてのキャッシュフローを対象にする。す なわち,正のキャッシュフローには保険料が,負のキャッシュフローには保 険金,解約返戻金,事業費,税金等が含まれる。また,現実的な基礎率とし て,最も起こりうると考えられる死亡率(以下, 最良推定死亡率 という),
最も起こりうると考えられる解約率(以下, 最良推定解約率 という),そ してリスクが最も低い利率(以下, 最良推定利率 という)を採用するこ ととされている。負債の最良推定はまだ検討段階ではあるが,その算出基準 と適用する基礎率に鑑みると標準Vおよび保険料計算基礎Vより実態を反
30) 決定にあたっては当局の認可も必要である。
31) 前掲注4。
32) 大塚(2012),95頁。
映した将来の保険給付に充てるべき金額を志向しているものである。
実際,終身保険の将来法による保険料積立金を,保険料計算基礎V,標 準V,および負債の最良推定による算出基準で試算し,その差を比較して みる。契約条件は,前節と同じく保険料払込期間30年,契約年齢30歳の男性 とする。計算基礎は次のとおりとする。
保険料計算基礎Vは,今までの仮定と同一である予定死亡率は生保標準 生命表の95%,予定利率は年1.25%を用いる。また,標準Vは,法令に定 めるとおり予定死亡率は生保標準生命表,予定利率は年1.00%とする。
負債の最良推定に適用する最良推定死亡率 は,通常自社の経験死亡率 か業界全体の経験死亡率を適用する。本試算では,生保標準生命表の標本死 亡率を業界全体の経験死亡率とみなし,これを近似した値を使用する。すな わち,生保標準生命表から30歳で30%,50歳まで1%ずつ減少し50歳以上で は一律10%を減じたものとする。予定利率は無リスク金利を適用することに なっている。10年国債の年平均応募者利回りの推移より直近の状況を勘案し,
最良推定利率は,年1.00%とする 。
解約率は通常自社の実際の解約率を適用するが,本試算では2011年度の全 社合計の対年始失効解約率である年6.8%とする。また,保険料と解約返戻 金は約定された価格として保険料計算基礎率をもとに算出したものを使用す る,その際の解約控除率は対千15円,解約控除期間は10年とする。これらの 計算基礎をまとめると(表5)のとおりとなる。
33) 最良推定死亡率,最良推定利率の設定については(大塚・前掲注32)66〜73 頁参照。
34) 2011,12,13年の年平均応募者利回りは,それぞれ1.147,0.860,0.727%
であった(2013年は1〜11月の平均)。なお,1.00%は,2013年4月時点にお ける標準責任準備金の計算基礎とする予定利率と同率である。また,本稿にお いて,金利の期間構造については考慮しないものとする。
→表が入らないため、アキを作成しています。注意
(図1)は,試算結果をもとに標準Vと保険料計算基礎Vの差額および 負債の最良推定と保険料計算基礎Vの差額をプロットしたものである。す べての計算結果が正値であるので,標準Vと負債の最良推定はすべての経 過年数で保険料計算基礎Vを上回っていることがわかる。このことは,保 険料収入と資産運用収入からだけでは標準V,負債の最良推定のいずれも 積立てることができず,損失が発生することを意味している。さらに,経過 0年における負債の最良推定と保険料計算Vの差額は14,306となっている。
経過0年に正の値があるということは,新契約締結と同時に負債を積立てる 必要性を示しており保険料が不十分であることを示唆している。
(表5)試算の計算基礎
保険料計算基礎V 標準V 負債の最良推定 生保標準生命表の標本死亡率
1.00%
6.8%
生保標準生命表 1.00%
‑ 生保標準生命表の95%
1.25%
‑ 予定死亡率
予定利率 予定解約率
(図1)保険料計算 Vに対する標準責任準備金および負債の最良推定の差額
4.4. 計算基礎の異なる場合の過去法による保険料積立金の性格と試算 保険料と保険料積立金の計算基礎を同一とする伝統的な世界では,将来法 によって求めた保険料積立金と過去法によるものとは一致する。このことを 言葉で表現すると,保険料を計算する際に使用した予定死亡率どおりに死亡 が発生し予定利率と等しい資産運用を行うことにより,保険契約者の持ち分 として積立てた金額が将来の保険金支払いに充てるために必要な金額と等し くなるということである 。しかし,この仮説は現実的ではない。保険料計 算基礎に使用する予定死亡率は保守的に定まっており 死差益が期待でき るが,予定利率に保守性はあまり含まれておらず逆ざやのおそれがある 。 また,解約の増減が収支に影響を与えないという前提をおいて保険経営を行 っている会社が存在しているとは思えない。
すなわち,現実的な基礎率を用いて算出した過去法による保険料積立金は,
解約返戻金算出の基準である保険料計算基礎Vより契約者の持ち分の概念 に近いといえる。前節での将来法の保険料積立金に係る考察を併せると,将 来法,過去法のいずれの考えによっても保険料計算基礎Vは保険契約者の 持ち分とすることは経済的な見地からすると合理的ではない。
実際,過去法の保険料積立金をアセットシェアの手法を用いて算出し,保 険料計算基礎Vと比較してみる。アセットシェアとは,一定の前提を仮定 し,保険契約者の持ち分に相当する資産を評価する手法である。具体的には,
保険数理上同質の保険群団から生じるキャッシュフローを実績に基づく運用 利回り,死亡率,事業費,解約率等を用いて推計することによって算出され る正味資産を各契約に割り当てることによって,個々の保険契約者の持ち分 35) 過不足なく等しくなるためには,さらに将来においても保険料を計算する際 に使用した予定死亡率どおりに死亡が発生し予定利率と等しい資産運用が見込 まれるか,または剰余が発生した場合には配当金として還元することが前提と なる。
36) 大塚(2012),60,69頁,日本アクチュアリー会(2007) 標準生命表2007 の作成過程 14,15頁。
37) 大塚(2012),69頁。
を求めるものである 。
本試算におけるアセットシェアの基本シナリオは,負債の最良推定の計算 基礎と同じく,死亡率は生保標準生命表の標本死亡率の近似値,利率は年 1.00%,解約率は年6.80%とし,解約率を考慮しない場合とする場合の両方 を試算し,それぞれと保険料計算基礎Vとの差額を求める。
(図2)は,試算結果をもとにアセットシェアと保険料計算基礎Vの差額 と解約を考慮する場合としない場合の両方についてプロットしたものである。
解約を考慮しない場合はすべての経過年数で負値となっている。つまり,現 実的な基礎率のもとでは,解約返戻金の計算基準となっている保険料計算基 礎Vを積み立てることができないということを意味している。
解約を考慮する場合は,経過9年まで正値で10年以後負値となっている。
また,負値となってからの減少の速度は解約を考慮しない場合より大きく,
経過28年以降は解約を考慮しない場合を下回っている。解約を考慮する場合 は,経過10年までは解約控除相当額が収益として計上されるため,保険料計 算基準Vを上回っている。しかし,解約控除益がなくなった後は,持ち分 相当額を上回る解約返戻金の支払を有効契約で負担する構造となっており解 約を考慮する場合はしない場合より減少の幅が大きくなる 。
38) 日本アクチュアリー会(2007) 保険1(生命保険)第2章 アセットシェ ア ,1頁。
39) 本稿では,純保険料を中心に議論しているが,営業保険料を収入項目とし事 業費支出を考慮した場合は異なる結果になる可能性がある。ただし,事業費を 考慮する場合は初年度に使用する新契約費の割合と解約返戻金中の解約控除の 水準に係る仮定を加えなくてはならないので,本稿の検討範囲の外とした。
→図表が入らないため、アキを作成しています。注意
第5章 終りに
これまでの分析から得られた結論は次のとおりである。低・無解約返戻金 型生命保険が存在せず保険業法が改正される前,つまり保険料の計算基礎と 保険料積立金の計算基礎が一致するという前提のもとでは,解約返戻金は保 険契約者の持ち分として積立てた金額から一定の控除を行ったものであった。
そして,保険料の計算基準に解約返戻金と解約率に係る項目がないのは,保 険料はそれらの有無に拘わらず同じ結果となるからである。
一方,標準責任準備金の導入により,保険料の計算基礎と保険料積立金の 計算基礎が一致しなくなった後は,解約返戻金は保険契約者の持ち分から一 定の控除を行ったものとはいえない。すなわち,解約返戻金を付随的な給付 であるとしてきた主たる根拠が成立しなくなった。
なお,低・無解約返戻金型生命保険に適用される解約返戻金と解約率を考 慮する算出方法によって保険料を計算する場合は,解約返戻金は保険金と同 様に約定した給付といえる。
(図2)保険料計算 Vとアセットシェアの差額
本稿の意義は,法学,保険数学,経済からの見地を統合して,解約返戻金 に係る疑問点の解消を図ったことにある。特に,試算によって得られた数字 は多くの事実を語ってくれた。最良推定利率1.00%,保険料計算基礎となる 予定利率1.25%という仮定のもとでの試算によると,保険料と資産運用収益 からだけでは標準責任準備金や負債の最良推定を積み立てることができない。
この結果は,将来法,過去法のどちらの保険料積立金で試算しても同様であ る。試算はいろいろな前提をおいたものなので,計算結果をもって絶対的な 比較を行うことには慎重でなくてはならない。しかし,保険料計算の基礎と なる予定利率と実際の運用利回りが逆転している逆ざやの状態下では,経済 実態を反映した保険料積立金を積み立てることができないという事実は重く 受け止める必要がある。保険料積立金の積立不足はバランスシートの悪化と いう財務面の問題だけでなく,解約時に支払われる金額が契約者の持ち分を 超えているということを意味している。
本稿では,解約控除の適正な水準とその根拠については分析の対象としな かった。解約控除の根拠としては,新契約費の未償却部分の回収,投資上の 不利益の填補,逆選択による死亡率の悪化等があげられているが ,特に,
投資上の不利益の填補については,解約の増加による収益減少のリスクの対 応を含めた定量的な研究が求められる。
また,解約返戻金を巡る議論においては消費者の観点からの議論が重要で あるが,本稿では消費者の立場に立った分析を行っていない。保険料,保険 給付との関係において,納得性の高い解約返戻金の水準について検討するこ とは今後の課題である。特に,解約返戻金の計算根拠に係る情報公開の範囲 については検討を行うべきであると考える。
(本稿は,財団法人かんぽ財団平成25年度の助成による成果である)
(筆者は早稲田大学助教) 40) 日本アクチュアリー会(1989),11〜13頁。
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