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「東アジアにおける社会の発展経過と社会システムの研究」プロジェクト

情報社会における

ニューノーマルという考え方について

大 橋 正 和

Considering the Infosocionomics Society from the Perspective of the New Normal

OHASHI Masakazu This paper examines the notion and context of the New Normal under the infl uence of economic circumstances and low economic growth. The New Normal has been used in a variety of other contexts to imply that something which was previously abnormal has become commonplace. The business fundamentals and landscape has changed and future business environment will be different in advanced industrial countries, but no less rich in present situation. And this paper makes a comparison between the old normal and the new normal.

キーワード:ニューノーマル,先進国,低成長,経済状況,社会の変容,ワークライフバラ ンス,ジェネレーションY,個人主義

Key Words : New Normal, Economically Advanced Country, Decelerating Growth, Economic Situation, Transformation of Society, Work-Life Balance, Generation Y, Individualism

1.は じ め に

 ニューノーマルという用語は,21 世紀に入ってから使われるようになっていたが,2008 年のグローバル金融危機以後,借金を縮小しながら低成長・低所得・低収益率など 3 つの 低現象がノーマルな状態(常態)になったという意味で使われるようになった.そのよう な状況の中で元米国財務長官であったローレンス・サマーズハーバード大学教授が,国際 通貨基金(IMF)経済フォーラムで「世界経済が低成長・低物価・低金利・低雇用の構造 的な長期停滞(stagnation)に陥ったかもしれない」と発言した.すなわち,金融恐慌の

中央大学政策文化総合研究所研究員,中央大学総合政策学部教授

Research Fellow, The Institute of Policy and Cultural Studies, Chuo University;

Professor, Faculty of Policy Studies, Chuo University

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あと,景気低迷が固定化された状況を「ニューノーマル」と呼んだ.これらの考え方の中 には,景気低迷を克服するための長期的な財政政策による成長戦略等の拡張する施策を諦 めてしまうことも含まれ低成長・低所得・低収益率などが常態化することを示している.

最近言われている中国の「新常態」は,米国のニューノーマルに倣って名付けられたが,

低賃金を背景とした輸出による成長戦略から「一帯一路」戦略とアジアインフラ開発銀行

(AIIB)設立による外部化による成長戦略に切り替えようとしている点で大きく意味が異 なる.グローバル化の進展した現在の状況を考えると先進国がかつて経験した経済の外部 化がそのまま成長戦略として通用するかは疑問な点もある.

 このようにバブルの時のように借金等の負の資産を引きずりながら構造的な経済の低迷 が常態となることをニューノーマルと呼ぶようになったことは一般の人々にも広く知られ るようになった.

 近年に起こったテロ事件,金融恐慌,大震災等のカタストロフィックな現象のあとに先 進国では将来に関する考え方に変化が起こりニューノーマルという考え方が人々の意識を 変え社会活動に影響が及ぶようになってきた.これらの影響は,特にジェネレーションY と呼ばれる若い人々にとって大きく,社会現象への影響ばかりでなくそれが原因で人生観 が変わるなど生活そのものに変容が起こってきていることが指摘されるようになってきた.

本論文では,消費などへの影響や生活全般に関する影響を,その背景となる考え方に焦点 を当てて筆者の著作を中心として論考するものである.特に,1.工業社会から消費社会へ そして情報社会への移行が与えた影響(大橋 2015,第一章大橋,第二章大橋・高橋),2.

米国とヨーロッパにおける「自由と安全の考え方」の違い(公文・大橋 2014,第二章)が ニューノーマルによってどのように変化したのか,そして 3.21 世紀そのものが抱える学 問の変容に関する考え方の変容(公文・大橋 2014,第二章),の 3 つの考え方の変容から 論ずるものである.

2.社会の変容に関する考え方の変遷―消費社会,情報社会の考察―

2 1.時代の変容―リースマンの「孤独な群衆」

 時代の何が変化したのだろうか.

 1950 年に社会学者のデイヴィッド・リースマンは,「孤独な群衆」を著した.リースマ ンは,社会がもつ社会的性格を 3 つに分類し論じた.

 第 1 の社会,農業社会は,家族や氏族中心の伝統社会でその中では,慣習などの伝統に 同調,恥をかかず無難に生きることを旨とする伝統指向型の社会であることを示した.

 第 2 の社会は,工業化社会で,ルネッサンス,宗教改革,産業革命を経て成立したこの

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社会では職業に献身することが望まれ,出世を目指すことが重要だという農業社会とは異 なる新しい社会的適応様式をもちその性格形成にはウェーバーや「プロテスタント」が示 したような時代を形成し,内部指向型の社会であると論じた.

 第 3 の社会は,脱工業化社会で,生産の時代から消費の時代へと変容し第三次産業の増 加が顕著となる.この時代は,他人指向型の時代で,物との対峙から他人との対峙により 生きてゆかなければならないため,物質的環境より人間環境が重要となり,他者(友人,

同輩,マスメディア等)を気にする時代である.

 リースマンは,「他者からの信号にたえず細心の注意を払う」「人が自分をどう見ている か,をこんなにも気にした時代はなかった」と書いた.

 工業化社会の内部指向型も評判を気にし,衣服,車,カーテン,銀行の信用等に気を使 ってはいた,他人指向型の社会(脱工業化社会)では,外見的な細部ではなく他人の気持 ちをことこまかく斟酌することが重要であると考えこの時代のキーワードは,「不安」と書 いた.農業社会のキーワードは,「恥」.工業化社会のキーワードは,「罪」であると論じ た.

 脱工業化社会では,工業化社会と異なり他人より目立つことを避けるが競争を行うとき には,限界的差異化(marginal difference)競争を行う.リースマンは,「内部指向型の 人間の場合には生産の領域,そして二次的には消費の領域におどろくべき競争的エネルギ ーが放出されていたのであるが,現代社会にあっては,そのエネルギーは同輩集団からの 承認を得ようとする不定型な安全確保のための競争に使われているようにみえる.しかし,

その場合の競争というのは,承認を得るための競争である.そしてこの競争はその性質か らして,あからさまに競争的であってはならない.このようなわけで私は「敵対的協力

(antagonistic cooperation)」という言葉がこうした事態を説明するのに適切であると考 える」と記述している.子供たちの読書などメディアへの接触でも,伝統指向型での読書 は大人の語り手から話を聞き,内部指向型の時代の読書は孤独であったが,他人指向型の 場合はメディアを利用して共同体的で自分たちが一緒だという感じをもち仲間が周りにい るのだという意識がつきまとうと述べている.「内部指向型の特徴は「野心」であり,罪の 意識を感じるのは失敗したときであり成功したときではない,敵対的協力の場合は,目標 は重要な物ではなく,重要なのは「他人たち」との関係なのだ」「自分が成功することに一 種の罪の感情を抱くし,また他人の失敗についてなんらかの責任感をすら感じてしまう」

「仲間集団は,比較的独立した基準をそれ自身が持っており,それによって限界的特殊化を 確保するのみならず,メディアに対する関係においてかなりの自由を持つことが出来る」.

 当時としては珍しくサブカルチャーである漫画本について詳しく述べるとともに,仲間 集団との同調性とそこからの独立についてもマスメディアの影響について詳しく分析して

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いる.

 リースマンは,それぞれの時代の人間を 3 つのタイプに分類した.

 「適応型」,「アノミー(不適応型)」,「自律型」である.「内部指向型」のアノミーは,「ヒ ステリーないし無法者」であり,「他人指向型」のアノミーは,「感情喪失と空虚な表情」

であると論じた.その中で,社会規範に同調する能力をもちながら同調するかしないかの 選択の自由をもっている「自律型」の重要性を示した.特に,他人指向型社会の中での自 律型の形成は,「仕事や遊びでの人格過剰化をひかえることから始まる」と述べている.

 さらに,他人の趣味・嗜好をたえずかぎわける能力が重要で,「他人」の短期的な趣味に 強い興味を示す.そして,あまり多くを消費しすぎて,他人の羨望の的になるということ を避け,あまりに少ない消費で,他人を羨望の眼差しで見なければならないようなことも 避ける.

 リースマンが指摘したような脱工業化社会は,米国では 1950 年代後半から,欧州では 1960 年代後半からの大量消費社会から始まってはいるが,第三次産業が社会の主要部分を 占めるという点では,現代に近い時代であると言える.1980 年代以降消費の中心が規格大 量生産品の消費から個性的な消費に移行し,さらに 1990 年代以降の情報化が本格化した時 代に当てはまると考える.それに至る時代は,工業化と規格大量生産品の消費が併存した 時代であり大量生産により社会を構成していたと考えられむしろ 21 世紀になって「他人指 向型」が顕著になってきたと考える.

 リースマンの「孤独な群衆」を翻訳した加藤秀俊は,「10 年後の日本の経済社会」(1965)

と題した文の中で,都市化や価値観の変貌,物質主義からの脱却に言及し,「増大する こ と への支出」として旅行を例にあげ,「数日間のある種の精神的・心理的な快感を味わう ことができたというその こと に対して金(かね)を払う」というような経験や姿・形 のない こと にお金を払うようになることを予測している.「物質的合理主義がある程度 のところへいけば もの 以外のある種の精神的価値,精神的満足を与えてくれるような 価値に対して金(かね)を払う姿勢がでてくる」.

 現代では,日本において若い世代の人々のノイローゼやうつ病などが増え,若い人々が 外国などの外部へ積極的に出なくなり,自動車に興味を失っているのも「他人指向型」の 現れであるといえる.若者,特に東京での免許取得者は,自動車に興味がなく 50%台に落 ち込みつつある.20 年以上前の若者の余暇の過ごし方は,「彼女をさそってドライブ」と いうのがトップであったが現在では,ドライブは,ベスト 20 にも入っていない.現在の余 暇の過ごし方のトップは,「自宅でうだうだしている」ことであり他人指向型の社会,特に 人間関係中心の社会に疲れているかもしれない.現代のクルマはワゴン車などの実用車が 中心で魅力が無くなったことも原因の一つであり,環境問題などでマイナスなイメージが

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大きくなったのかもしれない.

 ボードリヤールは,「消費社会の神話と構造」の中で,「現代の疲労には,原因がない.

それは筋肉の疲労や体力の消耗とは無関係だし,肉体の酷使のせいで生じるわけでもない.

もちろん精神的消耗やうつ状態や心理的原因による全身疲労などがいつも話題になってい るのはたしかで,この種の説明は今や大衆文化の一部となり,どの新聞でも(そしてどの 会議でも)取り上げられている」「消費社会の主役たちは疲れ切っている」と書いている.

皆,疲れているのかもしれない.特に日本社会の若者たちは,野心も目標もなく限界的差 異化競争にも人間関係にも疲れ切っているのかもしれない.

 第三次産業が中心になると,その産業の性格から人間関係が重要になり,ビジネスが成 立するのが大勢の人が住む都市とその周辺であり,都市への人口集中が起こる.

 第一次産業:農業,漁業,林業,第二次産業:鉱業,建設業,製造業,に対して,第三 次産業は,電気・ガス・水道,運輸・通信,流通,金融・保険,飲食,不動産,サービス 業であり人口が集中している都市特に情報や交通の大きなハブをもつ大都市が向いている ことが判る.日本では,都市とその周辺に人口の多くが集まっており,特に東京圏への一 局集中が起こっている.東京の都市部には,実に 3700 万人近くの人口が集中している.

 都市の大きさは,べき乗則に従うことが知られているが,行政区画毎に比べても 2 位の 横浜市,3 位の大阪市などと比べてべき乗則で比較するには,東京は区部のみで十分であ り,都全体での人口はべき乗則を大きく外れて異常な値を示している.

2 2.情報社会―ポスト消費社会

 消費社会が有形の財であるモノを中心として展開していきやがてそれが記号化していく 過程は,ネットワークが発達したデジタル時代になると「所有」から「アクセス」の時代 すなわち非物的な財が価値を持ち,購入,所有,蓄積といった行為からアクセスの経済と いうべき現象にとって代わるとジェレミー・リフキンは,「エイジ・オブ・アクセス」の中 で述べている.アクセスの経済の中では,無形の時間や知識,文化ばかりでなく有形のモ ノも形を変えてアクセスによるビジネスモデルへと変容していきネットワークと相互接続 の環境の中で新しい状況が生まれている.

 常に人と対峙して暮らす状況が日常化して仲間集団との同調性を気にする時代にはSocial

Mediaはまさにうってつけのツールであり単なるネットワークではないのである.

 リースマンの述べた脱工業化社会では,第三次産業が産業の中で多くの位置を占めるの が消費社会であると考えられる.それでは次の時代にはどのような社会になるかといえば インターネットの普及率が人口の主要な部分を占めるような社会である情報社会であると 考えられる.

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2 3.インターネットとデジタル化の影響

 インターネットが普及している現代では,デジタル化によりハードウェアばかりでなく ソフトウェアによる技術進歩が早く製品のサイクルは短くなる一方である.例えば,携帯 電話やパソコンなどは,四半期毎に新製品が登場し「最新の製品が,性能がよく安く使い やすい製品である」.この発展現象はリープフロッグ(蛙跳び)と呼ばれる.このような急 速な変化の時代には,物を購入することが必ずしもベストなソリューションでないばかり でなくハードとソフトが融合することによりモノの利用の仕方やモノとサービスが融合し た新しい製品が次々に登場した.デジタル化の影響は,社会全般に及んでおり家電製品の コモディティ化やカーナビのように技術進歩が他のデジタル情報と融合することにより便 利な製品を生み出した.

 一例をあげれば,電卓はワンチップCPUを生み出すきっかけとなった製品であるが,事 務用の電卓や関数電卓など様々な種類があり新製品が出ると新しい製品に買い換えねばな らなかった.現在では,デジタルを表示できるスマートフォンなどにソフトウェアとして 組み込まれており,縦に表示すると事務用電卓,横に表示すると関数電卓になる.過去の 製品は扱える数字の桁数が限られていたが現在ではソフトウェアで対応しており桁数が多 くなると表示の数字(フォント)を小さくすることにより桁数を増やすことが可能となる

(写真 1,写真 2 ).

 また従来,時計はハードウェアとして腕時計,目覚まし時計,ストップウォッチなど用 途別に複数の機器を購入し使い分けていたが,現在では複数の時計の機能を持ったソフト ウェアとして提供され,スマートフォン,タブレット,パソコンなどハードウェアを選ば

写真 1 事務用電卓 縦位置(iPhone

写真 2 関数電卓 横位置(iPhone

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ずに利用可能である.ハードウェアが機能を規定していたのがソフトウェアが機能を提供 しハードウェアに依存しなくなった事例も多くある.写真と映像の記録や編集も同様であ る.勿論ハードウェアの機能がすべてソフトウェアに置き換わるのではなくハードウェア の機能でソフトウェアに転換できないモノも存在する.

 しかしハードウェアの代表格である自動車にもコンピュータやネットワークの利用が広 く行われるようになった.初めはエンジンなどの燃焼効率を上げて燃費をよくしたり環境 に対して最適な制御ができるように考えられた.高級な車には,CPUが 100 個も搭載され るようになっている.さらに,GPS情報とカーナビゲーションの組み合わせを自動車の自 動運転に結びつけようとする動きもある.すでに運転の制御は,車載レーダーを利用して 高速道路などで前方の車に追従するオートクルーズシステムや前方の障害物を検出して自 動停止するシステムなどが市販の自動車に搭載され実用化されている.

 米国では,1998 年くらいからビジネス用の電子メールの量が増え始め,21 世紀に入ると 機能しなくなり始めた.企業のICT利用の中心である電子メールは,量の増加,リアルタ イムでないための伝達の遅さや生産性の低さ,手紙の電子版にすぎない,1 対 1 ばかりで なく 1 対多,多対多が難しい等の理由で 90 年代後半から米国のビジネス界では,メッセン ジャーなどのリアルタイムコミュニケーションツールが広く普及し利用された.メッセン ジャーは,最初は電話の代わりであったが,コミュニケーションしたい相手がPCを立ち 上げることにより在席していることが判りすぐにコミュニケーションできるばかりでなく,

モバイルワークやテレワーク時にもリアルタイムのコミュニケーションが可能である点が 優れていた.電子メールが他のアプリとの連携(自動化)が不得意であることから書類や プレゼンなどのデジタル資料の共有や複数人のビデオ会議システムなどが利用可能になり 欧米では広く利用された.残念ながら日本では,PCの利用の仕方の相違やインターネッ トのビジネス利用の遅れなどから普及しなかった.

 現在では,従来の電話などの社会の情報基盤のかわりにSocial MediaFacebook,

TwitterLINE等が社会の情報基盤としてコミュニケーションツールの役割を果たして

いる.

 従来のメールのような単体のソフトウェアから情報がデジタル化したことによりただ単 なるメールからの進化が始まっており,法人向けの市場では,社内電話システム(PBX がインターネット電話やメッセンジャーや統合化ソフトウェアの一部として機能するよう になってきている.これらは,UC(ユニファイドコミュニケーション)と呼ばれてマイク ロソフトのSharePointIBMSametimeが登場した.現在では,スマートフォンやタ ブレットなどのリアルタイムOSSocial Mediaの登場によりリアルタイムの情報流通が 情報量の増大を招いている.電子メールそのものも量の増大やコンピュータウイルスやプ

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ライバシーの問題,米国での法律による一定期間の保存義務等により,ビジネスシーンで は,依然基盤としての役割は果たしているが機能しなくなっている.また,世代によりメ ールの利用には,温度差がありジェネレーションY( 18 35 歳),Z( 18 歳未満)と呼ばれ る世代は,ビジネス・学校での利用などの特別な場合を除いてはメールを利用しなくなっ てきている.

3.米国とヨーロッパでの自由と安全の考え方の差異について

―グローバル時代での基本理念―

 従来からの基本理念は,中世以来の科学哲学の基本である還元主義的考え方,ものごと を機械の部品のように要素に分けて分析する 機械論パラダイム である.総合大学は,

社会全体を記述・研究するために,社会を各学部という要素に分割して学習・研究し元に 戻すと全体が記述できるという考え方に基づいている.この考え方が成り立つには各要素 間の関係が線形であるという条件があり,非線形の考え方がひろまった 20 世紀には限界が 来ている.

 一方,包括的考え方は,将来のあるべき姿を考える 生命論的パラダイム であり還元 主義では分ける毎に失われてしまうものや要素間の関係が非線形であっても成り立つよう に考えられている.スポーツにたとえれば,サッカーは,各選手間で事象に柔軟に対応し て予測不可能な事象への対処を複数の選手間で実施することになり個人の技術的な練習や 優れた技能だけでは不十分であり包括的な練習が必要である.野球やアメリカンフットボ ールは,攻守分かれて集団としての連係も重要であるが主にポジション別の個人の技能が 問われるスポーツである.

 これらのスポーツの例を見ても 21 世紀は,農業社会,工業化社会までの従来のパラダイ ムにより多元的で二者択一のような二値論理がそのまま通用しないより複雑で多様性を持 った社会になっている.

3 1.社会の存立の 4 つのフェーズ

 ドイツの社会学者,フェルディナント・テンニースは,産業革命後の近代国家では,共 同体「ゲマインシャフト」から社会体「ゲゼルシャフト」へと移行したことを論じた.す なわち人格的な関係personalから近代国家,都市,会社といった機能組織体としての脱人 格的な関係impersonalに移行したと考えた.

 見田宗介( 2006 )は,さらに意思的:自由な意思による関係voluntaryと意思以前的:

意思以前的な関係pre‑voluntaryを付け加え社会を 4 つのフェーズに分類した.

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共同体community(=即自的な共同態)伝統的な家族共同体,氏族共同体,村落共同 体.宿命的な存在として存立

集列体seriality(=即自的な社会態)市場における個々人「私的」な利害の追求,市

場法則

連合体association(=対自的な社会態)会社,協会,団体.特定の限定された利害や

関心の共通性,相補性等々によって結ばれた社会

交響体symphonicity(=対自的な共同態)「コミューン的」な関係性のように,個々

人が自由な意思において人格的personalに呼応しあうという仕方で存立する社会  これら 4 つのフェーズは,持続型社会やワークライフバランスを目指す現代社会ではよ り複雑化しており,普段の仕事は会社等で働き,自宅では環境に配慮したワークライフバ ランスを目指すコミュニティを大切にする共同体で暮らし,休日や休暇ではボランティア を中心とした交響体で活躍するといった複雑で多元的な活動になっている.すなわち一人 の人格の社会の中での活動が一元的なフェーズでは表現できなくなっており自分の意志に より様々なフェーズを同時に生活している.さらにネットワーク利用の観点から見ても様々 なフェーズで活躍するようになってきている.重要なのは社会がフェーズを規定していた 時代から自分の様々なシチュエーションでフェーズをチョイスしている点だと考える.こ のような社会では,自由と安全の考え方がより複雑化して,情報システムも従来からの一 元的なアイデンティティ管理や閉じられた組織内部のシステムでは,クラウドやグローバ リゼーションへの対応,多様性のある働き方による成熟社会には対応できない時代がきて

personal

symphonicity

community

association

seriality voluntary

pre-voluntary

i m p e r s o n a l 交響体

ゲゼ

連合体

集列体 共同体

出所:見田( 2006 )

図 1 社会存立の 4 つのフェーズ

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いる.

3 2.自由と安全の考え方の多元性

 米国とヨーロッパでの自由と安全の考え方の差異についてジェレミー・リフキンは,そ の著作「ヨーロピアン・ドリーム」( 2006 )で次のように述べている.

 アメリカ人の考える「自由と安全の考え方」は次のようである.

 1.自由とは自律性と結びついている  2.自律には財産が必要

 3.富を蓄積すれば独立できるようになる

 4.人は自主独立し,他者から隔絶することによって自由になる  5.富は排他性をもたらし,その排他性が安全をもたらす

 オートロックのマンションや地域を高い塀で囲み入口に警備員のいる検問所を設ける住 宅地等がこの例で,排他性により安全を確保するが同時にコストが掛かるため富が必要と なる.

 ヨーロッパ人の考える「自由と安全の考え方」は次のようである.

 1.自由とは帰属することである

 2.他者と無数の相互依存関係をもちそれにアクセスできること

 3. アクセスできるコミュニティが増えるほど,満たされた有意義な生活を送るための選 択肢や機会が増える

 4.他者との関係が包括性をもたらし,

 5.包括性が安全をもたらす

 ここでの包括性とはinclusivityのことで排他性の対極にある.日本の地方でのコミュニ ティやヨーロッパでのアパートなどでドアを開け放したりして鍵をかけなくても安全を担 保する考え方である.この包括性の考え方は,同質な社会に異質なモノが侵入するとかえ って目立つことになるから安全を確保するという考え方である.

 ヨーロッパの考え方の基本にあるのは,持続型成長の社会や国際性の大切さで,際限な き物質的成長よりも持続可能な発展を望んでおりキャリアよりも,自己実現や,社会の豊 かさ,社会的な団結に重きをおいている.すなわち,富の蓄積よりも生活の質や文化の多 様性を重んじて個人の自律よりコミュニティの結びつきによりグローバルな協力を重要視 しそれにより人間性の実現をはかり働くために生きるのでなく,生きるために働くという 考え方である.

 2002 年に実施されたギャラップ社の世論調査によれば大多数のヨーロッパ人は,「政府 の干渉なく個人が自由に目標を追求できるようにするよりも,政府が誰も生活に困らない

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ようにすることの方が重要である」と考えている.

 世界の富裕国すべての国民の中で,政府の干渉なく目標を追求する自由が大事だと見る のはアメリカ人だけで,そうした回答が過半数( 58%)を占める.政府が「誰も生活に困 らないようにするために,意欲的に対策をとる」ことを好ましいとするアメリカ人は,34

%である.

 貧しい国々へ援助を拡大することについても,ヨーロッパ人の 70%近くが,もっと援助 を増やすべきだという意見をもっている.アメリカ人の半数近くが,富裕国による援助は 現在でも多すぎると見ているという考え方と大きく異なる.

 目下の緊急の課題として,ヨーロッパの人々は 69%が環境保護をあげているが,環境問 題を懸念するアメリカ人は 4 人に 1 人にとどまり,際立った対照を示している.

 ヨーロッパ人の 56%が「環境の悪化を止めたいのなら,我々の生活と発展の様式を根底 から変革する必要性がある」と考えている.また,価値観の中で非常に重要,あるいは大 いに重要と思うことは何かという質問に対して 95%が「他人を助けること」を重要事のト ップにあげている.人をありのままに尊重することを 92%が非常に重要と考えており,84

%が,よりよい社会の創出に参加することを大いに重要と捉え,79%が,個人の発展にも っと時間と労力をかけることに賛同している.高収入を得ることが非常に重要,あるいは 大いに重要だと回答したのは,半分以下( 49%)にとどまった.

 つまり,このアンケートであげられた 8 つの価値観のうち,金銭的な成功は最下位であ った.

 また,ヨーロッパの人々は,人間の普遍的な権利と自然の権利を擁護しており,そのた めの規定が採択されれば従う心づもりがある.平和で調和のとれた世界に生きることを望 み,この目的の実現に向けた外交政策と環境政策の推進を,ほとんどの者が支持している.

 10 人中 8 人のヨーロッパ人が,自分たちの生活に満足しており 11 項目の中から 20 世紀 の大きな成果を選ぶという質問に対して「自由」が第 1 位で,「生活の質」という回答が第 2 位で 58%にのぼった(リフキン 2006 ).

 これらをまとめると以下のようになる.

 ⑴ European Dream

  ① 自由の概念:相互依存性,包括性   ② 目   的:持続可能な発展

  ③ 生 活 形 態:人間性の重視,生活の質   ④ アイデンティティ:多文化社会での共存   ⑤ 理   念:世界主義

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 ⑵ American Dream

  ① 自由の概念:自律性,排他性

  ② 目   的:経済成長&自己実現&覇権   ③ 生 活 形 態:勤労理念,白昼夢

  ④ アイデンティティ:アメリカへの同化   ⑤ 理   念:アメリカ至上主義

 建築家山本理顕は,自分の母親が介護を必要としたときに建築家としてどのような家を 設計したらよいかという問いに答えるためガラス張りの家を作った.それにより,寝たき りの母親からは,家中の家族が見渡せ,家族からは,母親の様子を常に見守ることができ るようになった.これは,透明性による相互依存性と包括性による自由と安全の概念であ る.山本理顕は,その後葛飾の家,横須賀美術館,東雲住宅,韓国ソウル郊外Pangion 住宅等の作品にこの考え方を取り入れ外部から何をしているかを見えるようにし自由と安 全の従来からの概念を変えようとした.これは,昔からあるコミュニティの考え方であり それを現代に実現しようとした.東雲住宅では,高層住宅の中にボックス型をした広場が あり隣近所で集まったり,花火を鑑賞したりできるようにしてコミュニティの活性化を図 っている.

3 3.米国におけるニューノーマルによる意識の変化

 米国では,リフキンが指摘したように自由と安全を手に入れるにはお金による影響が大 きくそのためには出世して金持ちになるというアメリカンドリームを実現する必要がある.

多くの国で労働時間が減少しているなかで米国における労働時間は増大している.その中 身は,二極化しており特に管理職の労働時間は増大している.

 特に,低成長・低所得・低収益率など 3 つの低現象がノーマルな状態(常態)になった という時代に,将来への不安を抱えながらローンなどの借金を縮小しながら暮らしていく ような生活様式と,ワークライフバランスと呼ばれる新しい世代の考え方では,従来の古 き良きアメリカの伝統から離れヨーロッパ方の生活に新しい生き方を見いだそうとする人々 が出てきても不思議ではない.

4.21 世紀の知識の変容と新しい学問の体系―未来志向の考え方―

 情報社会での知識の考え方は,21 世紀になると日本では日本学術会議で「新しい知の体 系」として始まった.その後も様々な研究者が,デジタル化による「記憶」や「知識」に

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ついて研究を行った.

 20 世紀末に 21 世紀に向けて持続的成長社会のためのAGENDA21 等様々な将来へ向け ての取り組みがなされた.ミクロ,メゾ,マクロスケールの時間単位で将来の社会や仕組 みを考えなくてはいけなくなった.

4 1.新しい知の体系 認識科学と設計科学―実学から設計科学へ―

 日本学術会議では,21 世紀にふさわしい新しい知の体系を検討すべく 2003 年 新しい学 術の体系委員会(吉田民人委員長),2005 年 学術の在り方常置委員会,2007 年 知の統合 委員会と 3 つの委員会を設置して検討した.その基本的な考え方については,吉田民人が 情報社会学会学会誌Vol.1,No.1 に寄稿した論文とともに情報社会学概論(NTT 2011 )に所収されている.

 ここでは,学術会議の報告書を元にしてその考え方をまとめて情報社会学との関係につ いて考えたい.

 学術会議では,対象とする世界を物質界・生物界・人間界の三階層に分類し,あるもの の探求をする科学を「curiosity‑driven」(好奇心駆動型)として「認識科学」と名付け,

あるべきものの探求する科学を「mission‑oriented」(使命達成型)として「設計科学」と 名付けた.そして科学の対象根源的要素の拡張として情報とプログラムの概念を追加した.

 19 世紀に制度化された「科学のための科学」は現象の認識,現象の記述・説明・予測を 目的として実学的知識を実践してきた.その後,「人間と社会のための学術」として工学,

農学,医学・歯学・薬学・看護学,政策科学,規範科学等々に発展していった.

  現象の認識 を目的とした理論的・経験的な知識活動を「認識科学」(epistemological science, cognizing science)と名付けた.また, 現象の創出や改善 を目的とする理論 的・経験的な知識活動を「設計科学」(designing science)と名付け,人間活動の意図的

認  識 科  学

設  計 科  学

科 学

学 術

技 術 新しい学術

の体系

あるものの探究

知的好奇心 価  値・目  的

あるべきものの 探究

出所:日本学術会議( 2005 )

図 2 認識科学と設計科学

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な無意図的な,直接的または合成波及的な,善きまたは悪しき産物の効果として人工物を 対象とした.

 人工物とは次のようなものに分けられる.

  物質的人工物(建築物や機械など)

  生物的人工物(交雑育種や分子育種など)

  社会的人工物(法や制度や各種の社会システムなど)

  精神的人工物(価値観や様式や技法,宗教や芸術や科学知識など)

人工物化された自然環境圏(人間活動に影響された限りでの大気圏,水圏,土壌圏,

地下圏,生物生態圏など)

  ハイブリッド人工物(仏像(物質的=精神的人工物),盆栽(生物的=精神的人工物))

 また,人工物を実践的価値から,以下の三つのタイプに分類した.

  「自然生態系志向の価値」物理科学的な無機的環境や非生物資源に関わる   「生物生態系志向の価値」生物科学的な生物多様性他に関わる

  「人間中心志向の価値」個人および社会のwell‑beingに関わる

 実践的課題別の専門家の育成として「自由領域科学」(freedomain sciences)を考え地 球環境学,安全学,女性学,失敗学等学際性(inter/multi/trans‑disciplinarity)を考え,

従来からの学問の「ディシプリン」という学術界の無自覚の呪縛からの解放を目指した.

 科学の対象とする根源的価値従来の物質・エネルギーに 情報 を追加し,その秩序原 理として自然科学法則に プログラム を追加した.

 三大情報機能として認知・指令・評価をあげ,刺激と反応,理論と実践,knowing that

knowing how,対象知識と利用知識などを考えた.(吉川弘之)さらに, 情報 を二つ

の形態に分け

  シグナル情報(身体的ノウハウ)

  シンボル情報(知識的ノウハウ)

これに対応して プログラム 概念を二つの形態に分けた.

  シグナル性プログラム(生物界のプログラム 例:ゲノム)

  シンボル性プログラム(人間界のプログラム 例:規則)

 自然科学法則に追加されたプログラムは,「非記号的・記号的な情報空間の共時的・通時 的なパターンを指定・表示・制御する何らかの進化段階の記号の集合」であり「前もって

(pro)書かれたもの(gram)」というのが本来の意味である.

プログラム科学の四つの基本課題として

  プログラム集合それ自体の解明 ゲノムの解読

  プログラム集合の作動過程の解明( 1 次の自己組織化)

(15)

  プログラム集合の作動結果の解明

  プログラム集合の形成と維持と変容と消滅( 2 次の自己組織化)

 認識科学と設計科学を橋渡しする概念として秩序原理を掲げそれらの関係を図にすると 図 3 のようになる.

表 象 性 プログラム

信 号 性 プログラム

人文・社会 科学

法 則

生命科学

[認識科学]

[設計科学] (秩序原理)

物質科学 人工物

システム 科 学

出所:日本学術会議( 2005 )

図 3 「秩序原理」という概念を通じての新しい学術の体系構築

4 2.情報社会での記憶や知識の在り方―デジタル時代の知識―

 情報社会における記憶の変容や知識については多くの研究者が研究している.

 フランスの歴史学者ピエール・ノラは,記憶について次の 3 つの変容をあげた.

  1.「歴史の知」の変容

   ―過去の記憶のあり方が変化   2.「内面の知」の変容

   ―世界の記憶の同時代化と象徴的秩序の機器   3.「記憶技術」の変容

   ―文化を支えるアーカイブの組織が大きく変化    ―文字・書物・図書館が変容

   ―読む/書くという文化的営為の位相転換

 ピエール・ノラは,『記憶の場』で,歴史の加速化と歴史学の意識が深く浸透するが歴史 の複数化が行われることを述べた.

 記憶が問われているのはなぜか?という問いに,記憶が急速に失われていることと,記 憶が存在しなくなりつつあることを指摘し,しかし,記憶が消滅したわけではなく,記憶 が如何に体現化されるかが重要である.

 記憶の場に記憶の集団はもはや存在しない.記憶はいくつかの場に残存するのみとなっ

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ている.その理由として,

   農民という集団の消滅

   グローバリゼーション,民主化,大衆化,メディア化の現象

   民族,共同体,家族などの,歴史よりも記憶を糧とする存在が歴史性の中に埋没す ること

   教会,学校,家族,国家などの,価値の保持と伝達を保証する記憶と一体化した共 同体の終焉

をあげた.さらに,記憶からの解放について,

   頭の中に蓄える必要がない    記憶の管理を任されている

   過去に無関心 歴史から切り離されていく ことを指摘した.

 情報量の飛躍的な増大により歴史の複数化・記憶の環境の変化によりソーシャル・メモ リーが大きく変容したことを示唆した.

 昔の人は,歴史的な出来事など自分の生きた時代でなくても多くのことを記憶していて そのための強力な記憶力を持っていた.しかし,現代の人は,デジタル化やネットワーク の利用により記憶から解放され頭の中に蓄える必要がなくなっている.いわば,記憶の管 理を外部に任せている.この結果,過去に無関心になり子供は歴史から切り離されたと主 張した.フランスの子供は白黒映画には興味をもたなくなっている.映画は,カラーが当 たり前で白黒映画は歴史の彼方の存在である.もっとも最近その裏をかいた「アーティス ト」のような白黒映画が登場している.

 これらの技術進歩は,文明が会得しなくてはならない問題であり,フロイトが述べた「文 明の中の居心地の悪さ」であり,「文明の中の断絶」とも呼べる状況になっている.

 記憶の環境が変容したことにより,社会集団の記憶が委託されている場が不明確になっ ている.

 一方で,ベネディクト・アンダーソンが提唱したような「想像の共同体」というように 出版やマスコミのような情報から作り出された概念が存在したという考え方もある.

 ネーションつまり「国」や「国民」を「想像の共同体」と位置づけその成立を,新聞や 小説のような国内市場を広範に対象とする出版資本主義の展開により形成されたとする考 え方である.例えば,日本人とは,日本のテレビを見,日本の国語の教科書や日本の小説 を読んで,「日本」と「日本人」について同じように知り,感じ,了解するようになった 人々である.

 「民族自決」と言う概念も,民族が自分たちの国家をもち,民族が国民になる.互いに知

(17)

らないもの同士が想像力を仲立ちとして同じ「民族」だと考え政治的な力をもつとした.

実際の共同体の多くは,「想像の共同体」「想像された共同体」(Imagined Community

「同じ歴史」や「同じ言語」をもつからといって,それらを自分たちの存在の不可欠な共有 部分と見なすのは,人間の想像力の働きなのだと考えた.共同体を互いにどこか「同じ」

であると考えそのことによってともにあることを当然と考える集団であるとすればネット ワーク上の共同体は,想像の共同体である.

 この考え方を進めると,グローバリゼーションの中で「国際」という幻想も存在する.1 年生の授業の始めに,国際とグローバルの違いについて質問すると多くの学生がその違い に明確な答えをもっていない.国連のような国家を代表とする機関による全員が合意を形 成するような組織だけではグローバルに展開する諸問題を解決できる時代ではなくなりつ つある.時間軸が長い諸問題,例えば地球温暖化の問題は,温暖化としての問題ではなく 持続型社会の一部として解決されるべきである.アジェンダ 21 のように,持続型成長の社 会へ移行しなくてはいけないという方向性は国連が示したが実施の段階になると合意の形 成が国連のような場だけでは難しくなる.国際標準化も技術進歩の早い時代には,ディジ ュール・スタンダードでは対応できない問題が山積みで,ディファクト・スタンダードの 重要性が問われる.

 多様性を認めるだけではだめで,多元的な仕組みをどのように構築して運営していくか といった新しい枠組みが必要になっている.

 インターネットなど情報社会を作ってきた仕組みの多くが賛同する同士が先駆的にプロ ジェクトを推進する仕組みでInitiativeの時代と呼ぶべきものである.いわば「この指止 まれ方式」で面白いと思ったプロジェクトには分野を超えて優秀な人材が利害を超えて集 まるといった仕組みが必要である.インターネットがまさにこの方式で成り立ってきてい る.

 また,一方では精神分析医のフェッティ・ベンスラマのように,地球規模化した世界の イメージ,表象の氾濫,イメージの帰属,文化の帰属について記憶との関係がずれていく ことを科学技術の発達,特にデジタル化による記憶の外在化について論じている.

 地球規模化した世界のイメージをグローバル化とコミュニケーションの変化による表象 の氾濫によりイメージの帰属,文化の帰属が記憶との関係でずれていくことになっている.

そのため,知られていない物を聞く,言っていないものを聞くという表現を使い,それら を分割された「非知」と呼んだ.人間の生を超えて伝承するものの一つが,宗教であるが,

宗教もコミュニケーションのグローバル化,技術が人間の記憶を代行することにより従来 とは違った意味をもつようになってきている.

 科学技術の発展が記憶の外在化を促したがデジタルとしての記憶に関しては,フランス

(18)

IRCAM(ピエール・ブーレーズが初代所長)の所長だった,ベルナール・スティグレール は,次のような研究を中心として研究を推進した.

  1.コンピュータを使って実験的作業をするソフト開発   2.一般器官学の研究

  3.コードとパフォーマンスを身体の感性と考える

 これらの考え方を軸にして,共生体を情報のダイナミズムとして位置づけ生命―社会ま でつらぬく情報モデルを構築しようとした.ベルナール・スティグレールは,技術哲学者 と呼ばれている.

 文字の発明,書物の発明については,マックルーハンの『グーテンベルクの銀河系』等 に記述されているのが有名である.デジタル化の影響については,フランス国立図書館が 電子テキストの実験等を実施したのが有名である.

 ハイパーテキストは,すべてを統合しようとしているが,記憶の産業化によるアーカイ ブの制度によりすべてが保存されようとしている.電子化テキストにより読むことが書く ことを生じさせることができるのか?そして,人間の思考は,記憶が外部化,産業化する ことにより変容するのか?が研究されている.

 一方生命と情報の関係についてジェスパー・ホフマイヤーは,その著『生命記号論―宇 宙の意味と表象』の中で,

「意味はそこにあるもの自体によって生じるのではなく,外面的には既にあるものの間 に発生する分裂,内面的には他の何かと関係によって生じるのである.私たちのもと の一体に戻ろうとする本能的な欲求は,この自分自身と自分の像の分裂から生じる」

と述べ,内面にある意味と外部にある像,そして,それを結びつける情報.なぜ情報がこ れほどまでに,欲せられ,かつ,共有することが望まれるのか?を考えた.そして,同じ 情報を使いつつもそれぞれがそこから感じるクオリアによって導かれる答えは異なる可能 性を含んでいる.つまり,同じレシピをみても決して同じ料理にはならない.さらにいえ ば,そのバラツキは人間がコンピュータのような正確さを持たないがゆえに生じるもので はなく,そもそも解釈というもの自体が非計算的なプロセスであるからではないか?と考 えた.

 ホフマイヤーの「生命記号論」は,情報の運搬ではなくフローとして,また,ソシュー ル派の考えではなくパース派の考えである記号のプロセスとして情報の流れを考えた.記 号や対象からの解釈者を人間とは限らないと考えた.レイチェル・カーソン『沈黙の春』

(19)

における「鳴かない鳥」は記号論的であり人間は生物として自然に参加している存在であ る.記号過程としての生命の理解を「セミオーシス」と称した.生命記号論は,生物のみ ならず細胞や組織までがメッセージのやりとりをする「記号圏」として生命の世界を記述 しようとした.

4 3.デジタル化による人間行動

 象徴的有効性に関しては,マーケティングで行動の画一化がなされ,グループの非個別 化や個別の特異性を失う可能性が指摘されている.特異性を主張する能力が減少すること により他者の尊重について疑問を抱き,超自我の尊重とも呼べるように変化した.様々な 欲求に関するエネルギーすなわち「リビドー」(ユング流ではあるが)により自分を愛せな くなる「自我理想」すなわち他者も尊重しなくなることにより欲望がなくなる可能性が存 在する.

 ボードリヤールは,『パスワード』( 2003 )のはじめに,

「パスワード…….この表現は,事物の内部に入るための,ほとんどイニシエーション 的なやりかたを,かなりよく素描しているように思えるが,だからといって,それは 事物の一覧表を作成するやりかたではない.なぜなら,言葉は思考を発生させ,思考 を運ぶとはいえ,もっとよく見ると,じつはその反対なのである.魅惑と呪縛のオペ レーターである言葉は,思考や事物を伝達するばかりか,言葉自身が変身をとげ,ら せん状の進化をつうじて言葉どうしで変態しあうのだ.こうして,言葉は思考を越境 させるひそかな案内人となる.」

と書いて言葉の意味について述べているが,知識も知識それ自身を固定化してしまう恐れ があり思考の伝達を束縛してしまいかねない.幾何学において固定化していた角度の概念 を解き放ったリーマン面のように,らせん状に思考を発展させていく仕組みの本質によっ て,別のレイヤーの存在そのものが重要であると考える.

5.ニューノーマルの考え方―考察に代えて―

 近代の合理主義は,合理性を追求しそれ以外の価値観を認めなかった.一人一人の人生 も一般化し全体化することが望まれた.20 世紀の後半からそれは個人主義との矛盾をはら むようになり一般化した事象がもつものともたぬものの差別だと考えるようになり様々な 価値観が尊重されるべきであるという考え方にシフトした.

(20)

 米国では,お金に関する価値観が絶対であると考えられ社会の評価軸はお金で換算され ていた.そのため工業化社会のようにお金やモノが人生の目的化していた.ところが情報 社会になるとSocial Media等によるコミュニケーションが変容するとともに第三次産業中 心の人中心の社会になることにより仕事ばかりでなく,趣味や友達・家族とつながること による直接的な満足を求めるようになってきた.それによる価値観の多様性と経済的安定 と自由や柔軟な生き方がバランスする社会になった.これはモノがあふれた豊かな社会で 成り立つ考え方である.この点が,米国におけるニューノーマルと中国における新常態の 大きく異なるところである.ここでは,米国での変容を中心として論ずる.

5 1.米国の経済事情の変化

 米国においては米国による一局集中の時代の終焉を認識したことが大きく新しい世界の 枠組みが形成されていることに若い人々は気がつきつつある.実際には 20 世紀に終焉して いるが多くの米国人にとってグローバルでの状況の変容に気がついていない人が多くその ことは 2016 年の大統領選挙でのドナルド・トランプ候補をめぐる議論を見れば理解でき る.米国は,実体経済の復活の模索の中では,シェールガスなどのエネルギー,3Dプリン ターなどの製造技術の革新,ゲノムなどのバイオによる医療・農業の最先端分野としての 位置づけなど次世代の経済の主導分野を特定している.経済のグローバル化は,世界が作 り米国が消費するという構図であったがそれが通用しなくなったことをインターネットを 通じて理解していったことも大きいと考える.

5 2.環境問題・有限の地球とナチュラル・オーガニック指向

 地球資源の限界が見え始めたことで価値観が変容し始めた.特に,従来の企業は私的利 益を追求することを目的としていたが,企業活動の社会への影響や社会貢献が企業存続の 重要なファクターになっている.生活でも,値段は高くともオーガニックやナチュラルな モノを指向するようになり同時に精神の健全性も含めて健康に大きな関心を寄せるように なった.

5 3.情報社会によるコミュニケーションの変容

 インターネットの普及は,一般には 1995 年ころから始まったが 21 世紀になってからは 爆発的に普及した.しかし,その中心はパソコンが担っていた.2008 年の金融恐慌の前後 からリアルタイムOSを搭載したスマートフォンやタブレット端末などが普及し始めた.

さらにSocial Mediaの普及などにより情報流通がリアルタイムで行われるようになり流通

する情報量が飛躍的に増えた.特にジェネレーションYと呼ばれる若い世代の利用率は高

(21)

くコミュニケーションの方法が大きく変化した.その影響は,そのほかの世代にも急速に 波及していった.その結果,自分の望む様々な情報をリアルタイムで得ることが可能にな ったばかりでなく文字情報ばかりでなく写真・映像情報も簡単に取得できるようになった.

5 4.価値観の変化

 ニューノーマルにおける価値観は,リースマンによる時代による変化の影響は受けてい るがそれだけでは説明ができない部分が多いと考える.従来の考え方の一つは,『個人の行 動が積み重なった結果として社会的な現象が生じる』と考え,還元主義的な個人の行動を 研究すれば社会がわかるとするもの.もう一つは,『社会現象は個人に還元できない』とい う考え方で集団の性質に注目するものである.しかし,最も重要なのは人間同士の『つな がり』,すなわちソーシャル・グラフや社会的ネットワークであり,それを通じていかにし て個人から社会が形成されるかということを考えなくてはならないとする考え方である(ク リスタキス 2010 ).現在のようにインターネットが普及した現在では,様々な研究者がネ ットワーク理論の研究を進めておりWebやウイルスの伝播がべき乗則に従うことなど様々 なことが解ってきた.

 オールドノーマルの社会的ステータスは,よい職位に着いていることとお金をもってい ることである.

 ニューノーマルの社会的ステータスは,特定の仲間から認められることや人脈をたくさ んもっていることである.共感ということと承認欲求が重要であると考えている.共感は,

Social Mediaでも重要なキーワードである.

 また,ワークライフバランスも生活する上での重要な考え方である.

 米国のニューノーマルは,主として都市部で様々な限界を認識し収入によらない自分で 選択出来る生活環境を望んでおり「分をわきまえる」「身の丈」といった考え方をもってい る一方モノがあふれる社会であってもつながりのある人と情報やモノをシェアするなど新 しい生活様式を導入しつつある.

5 5.消費の記号的価値とモードの理論の変容

 二十世紀の消費は,モノの記号的価値にあると考えたのはボードリヤールである(ボー ドリヤール 1979 ).

 彼は,消費は,物=モノ(object)をつうじた言語活動(language)であることを主張 した.「コーヒー・ミル」を例に取るとその本質要素は,「豆をひくこと」でデザインは,

非本質的要素である.しかし,実際には,非本質的要素が「物の体系」を支配し,消費対 象がモノの意味作用で機能からの解放が行われていることを示した.すなわち,ラング

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