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日本女子大学大学院紀要 家政学研究科・人間生活学研究科

第 23 号

「北風のうしろの国」とはどこか

―ジョージ・マクドナルドの Otherworld を探る―

Where the Land at the Back of the North Wind Lies:

A Study of George MacDonaldʼs Other-worldly Domain

長 田 惠 子

*

Keiko NAGATA

(2)

1.はじめに

 19世紀のスコットランド,アバディーンシャー・

ハントリーで生まれたジョージ・マクドナルド

(George MacDonald 1824−1905)は,ファンタジー 文学の創始者のひとりとして位置づけられている。

厳格なカルヴィニズムの家庭に育った彼は,スコッ トランドを離れてから,南イングランド,アランデ ルにある会衆派教会の牧師となる。しかし,信仰が 異端的であるとして解雇されたのをきっかけに,作 家として独立する。マクドナルドのファンタジー作 品は,その文学性のみならず,後のC.S.ルイスやトー

ルキンらに大きな影響を与えたという点でも,大き な評価を得ている1)

 ここで取り上げるAt the Back of the North Wind 2)

は,マクドナルドがロンドンでの生活のために編集 長をしていた雑誌 “Good Words for the Young” に連載

(1868-70)され,1871年には単行本として出版さ れた3)が,マクドナルドの来世観の構築を理解す る上で重要な作品であると考える。

 John Pennington と Roderick McGillis は,Behind the Back of the North WindIntroductionの中で,“The book is an otherworldly fantasy that takes Diamond on a journey to a mystical land at the back of the north wind.

Behind North Windʼs back is an enticing place, yet it is the land of death.” 4)と述べているが,では,マクドナ ルドは,「北風のうしろの国」と呼ぶotherworld 5)を どのようなイメージのもとに創ったのであろうか。

「北風のうしろの国」とはどこか

―ジョージ・マクドナルドの Otherworld を探る―

Where the Land at the Back of the North Wind Lies:

A Study of George MacDonaldʼs Other-worldly Domain

長 田 惠 子

*

Keiko NAGATA

Abstract Scottish author and minister George MacDonald (1824-1905) is considered as the father of fantasy literature. This paper examines a world beyond the present reality known as “At the Back of the North Wind”, which is also the title of the novel itself. By including in this novel not only Christian but also Celtic elements of the otherworld, MacDonald set out to create an unconventional religious landscape, resulting in a unique perspective on life beyond the

“here and now”.

This paper concludes that, in this novel, the otherworld of “At the Back of the North Wind” is a composite of notions found in Danteʼs The Divine Comedy, which appears in the novel, and those of Celtic Christianity. MacDonald uses the fantasy literature narrative form that enables to-and-from travel between this world and the otherworld, and goes a step further by establishing a realm in which the journey beyond death culminates in delivery to an authentic paradise on Earth. Such dual imagery is inherited by C. S. Lewisʼs “Narnia” and “true Narnia”.

  Key words:  Celts Christianity ケルトキリスト教,otherworld 他界,the Land at the Back of the North Wind 北風の後ろの国,dual imagery 二重イメージ,true Narnia 真のナルニア

* 日本女子大学大学院 人間生活学研究科 人間発達学専 攻(博士課程後期)

Division of Human Development, Graduate School of Human Life Science, Japan Womenʼs University

(3)

 それについて,従来の研究者たちは,それぞれ 異なる見解を示している。例えば,S.A. Egoffは,

“This land is not Paradise; rather, it appears to be a kind of limbo” 6)と 言 い,R.L. Wolffも “The land where Diamond is, at the back of the north wind, is a kind of limbo. It is clearly not paradise, but one of the way stations.” 7)と述べている。また,H. Carpenterは “At the Back of the North Wind is no less than a rewriting of the Purgatorio for children.” と し て,La Divina

Commediaの煉獄篇(Purgatorio)を子ども向けに書

き改めたに等しい作品だと述べている8)。また,W.

Raeperも,彼の著書の中で “Back of the North Wind contains complex theological ideas, many of them drawn

from Dante.” 9)として,ダンテからの神学的な影響

を多く受けていることを示唆している。

 そのようなキリスト教的他界観のイメージがあ る一方で,『北風のうしろの国』の訳者,中村妙子 は,あとがきの中で,「北風のうしろの国」は,「天 国でも地獄でもなく,ダンテの『神曲』に書かれて いるような煉獄でもない」と述べて,キリスト教

的なotherworldであることを否定している10)。ま

た,河合隼雄も『ファンタジーを読む』の中で「北 風のうしろの国はキリスト教のいう天国と同じなの か。また,この物語の最後は,ダイアモンドが死ん で,北風のうしろの国へ行ったことが告げられるの だが,このようなファンタジーは,本来的なキリス ト教と相いれないものであろう。」11)と懐疑的な意 見を述べている。そして,Carpenterは,“MacDonald uses the stuff of folklore to construct a parable about the Christian universe.” 12)として,マクドナルドの作品が,

キリスト教的文脈だけではなく,民間伝承的文脈の うちに捉えられていることを示唆している。また,

マクドナルドの長男であるグレヴィルは,マクドナ ルドがグレンコー谷の生き残りの家系として,その ルーツであるケルト神話や伝承を父親や祖母から聞 かされたことが,彼のアイデンティティとなり,想 像力の源になったのだと述べているように13),マ クドナルドの成長過程において,ケルトの民間伝 承や神話による文化的な影響は否めない。また,K.

Dearbornは,その著書Baptized Imaginationの中で,

“… his Celtic heritage which inspired him to discover truth indigenous to his Gaelic root.” 14)と述べ,その上,

“MacDonald expresses the influence of his Celtic Chris- tian heritage in his reflections on the Imagination.” 15)

して,マクドナルドの作品においてケルト文化を残 したままキリスト教化されたケルトキリスト教の影 響があることを示唆した。特にケルトキリスト教的 他界観は,マクドナルドの表象するotherworldを理 解するうえで,重要なキーポイントになるものと考 える。

 At the Back of the North Windの中の「北風のうし ろの国」というotherworldは,作品の中で見られる ダンテの『神曲』的なotherworldだけでなく,ケル トキリスト教的なotherworldからも大きな影響を与 えられていると考えられるのである。そこで本稿に おいては,ケルト神話伝承やダンテ『神曲』による 影響を考察しつつ,この作品におけるotherworld「北 風のうしろの国」について,そこがどこであるのか,

また,マクドナルドにとってその場所が何を意味す るのかを追求し,分析する事で,それまでに存在し なかった重層的他界の誕生を明らかにしようとする ものである。

2.ケルト航海譚におけるotherworldの枠組み  キリスト教では天国や地上の楽園,地獄などは垂 直思考のイメージで語られるが,ケルト神話では水 平思考のイメージであり,地上の楽園は海のかなた にあるとされる。松村賢一は「ケルトのotherworld の大きな特徴の一つは,現世において人間が妖精に 誘われて訪れることのできる,はるか彼方の海上の 島,至福の世界である。」と述べている16)。また,

井村君江によれば,ローマの詩人ルーカンはその著 書『ナルサリア』の中でケルト民族は現世とは別 のもう一つの世界(orbis Alous=Other World)の存 在を信じていたとする17)。ケルト神話にはイムラ ヴァ(Immrama)と呼ばれるケルト航海譚があるが,

そのotherworldのイメージから,At the Back of the

North Windの中の「北風のうしろの国」は,影響を

受けているのではないかと筆者は考える。そのため,

初めにケルトの航海譚におけるotherworldの枠組み を検証する。

 ケルト航海譚のotherworldの枠組みは,時代を追 うごとにケルト神話的要素からキリスト教的他界観 へと変遷していく。もっとも古くケルト神話的なも のが『ブランの航海』であり,その成立年代はおよ そ7世紀であるが18),時代が下りケルトキリスト 教の修道士たちによって書き写されていくうちに,

日本女子大学大学院紀要 家政学研究科・人間生活学研究科 第 23 号

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『コンラの冒険』,『メルドゥーンの航海』など徐々 にキリスト教の要素を含むようになっていった。中 でも最もケルトキリスト教的なものが,『聖ブレン ダンの航海』の地上楽園探しの旅である19)。これ らのケルト神話の旅物語群は,物語の枠組みはだい たい同じものでありながら,時代を追うごとに,ケ ルト神話から,ケルトキリスト教的物語へと変貌し ていき,次第にキリスト教的世界観が加味されて独 特な世界観になっていった。アイルランド及びス コットランドに入ったキリスト教は,ケルトのドル イド教を習合しつつ,ケルトキリスト教と呼ばれる ものになるのであるが,中でも教会組織をケルトの 社会形態の基本単位である氏族(クラン)に合わせ るなど,巧みにその風土・伝統の中にその土着性を 獲得していったのである。ケルトの航海譚のひとつ,

『コンラの冒険』も女人に誘われて,otherworldへ 行く旅の物語だが,ケルト神話の中にキリスト教的 なモチーフが入っている。

  「此岸と彼岸,死にゆく者と不死の者の対立関係 であり,原語では生ける者の国から女(妖精)が 来たとあり,死もなく,罪もなく,咎もない生者 の国という言葉の後に,最後の審判の日までとか,

聖パトリックを暗示するような正しき人がなど,

修道士が付け加えたとみられるキリスト教的言葉 がある。」20)

 「生ける者の国」という楽園は,実際には彼岸に あるものであるが,英雄や王など特別なものは生き たまま,生身のまま21)で行くことも出来,また帰っ てくることも可能なケルトの世界であった。またオ シーンも,妖精ニアブに誘われて馬に乗り,海を 渡って「ティル・ナ・ノーグ」と呼ばれている地上 の楽園へ行き,300年後に戻って,聖パトリックに その楽園のことを話したという物語がある。ケルト

otherworldには生と死の境がないとされているの

で,死んだと思われている者も戻ってくることが可 能な世界なのである。田中仁彦はそのことについて,

彼の著書『ケルト神話と中世騎士物語』の中で,次 のように述べている。

  「ケルト人の他界の観念は,この世といわば地つ づきであり,向うの世界からこちらの世界に来る こともできるし,また,時として死という戸口を

通ることなく生身のまま向うの世界へ行くことも 出来るのだ。あの世とこの世は隔絶しているわけ ではなく,互いに深く関わっているのである。」22)

 ケルトキリスト教の地上の楽園は,ケルト神話の 楽園でありながら,キリスト教的地上の楽園にも なったものである。そのため,神話的女神または地 母神的表象23)ともいえるNorth Windは,もはや,「北 風のうしろの国」への入り口となることはできても,

その楽園には入ることが出来ないのではないか,と いうのが筆者の考察である。彼女は「北風のうしろ の国」を背にして,何者でもないものとなりながら

Diamondの帰りを待つのである。

 ケルト航海譚の最後の物語である『聖ブレンダン の航海』では,ブレンダンは海を渡り,ケルトキリ スト教の地上楽園にたどり着くことが出来たが,女 人に代わり,キリストの表象のような若き案内者が いて,今はこの先を見せることはできないとして「あ なたは,今は生身の身体で来ているが,やがて霊魂 として再び戻ってくるでしょう。あなたは最後の審 判を待つために,ここに戻ってくることになるで しょう。」24)と言われる。そこはまだ,ブレンダン のように生身の身体で来て,帰ることのできる場所 ではあっても,この世で正しい行いをした者が死ん だ後「最後の審判」の時を待つ場所として変化して いるのである。

 At the Back of the North Windの主人公Diamondは,

オシーンと同じように,女人North Windに誘われ て海を渡り「北風のうしろの国」へ行き,また現実 世界へ戻ってくることが出来,聖ブレンダンのよう に,最後に死んでもう一度「北風のうしろの国」へ 行く物語となっている。マクドナルドは,「北風の うしろの国」の存在を聖ブレンダンが行った海のか なたのケルトキリスト教的地上の楽園のような世界 として描いたのである。

3.ダンテ『神曲』(1304)におけるotherworld の枠組み

 At the Back of the North Windの中で,マクドナル ドは,「北風のうしろの国」へ行ったことのある一 人に,イタリア人のデュランテの名前をあげてい る。“…he visited the country; ...The former was a great Italian of noble family, who died more than five hundred

(5)

years ago.” 25)

 これはRaeperも言うように26),ダンテのことと

思われ,『神曲』の中の描写が用いられている。

  The Italian, then informs us that he had to enter that country through a fire so hot that he would have thrown himself into boiling glass to cool himself. 27)

 そしてようやく「北風のうしろの国」に着くと,

  In describing it, Durante says that the ground everywhere smelt sweetly, and that a gentle, even- tempered wind, which never blew faster or slower, breathed in his face as he went, 28)

とデュランテはその領域について述べている。

 一方『神曲』のダンテは,案内人のウェルギリウ スに励まされて,火の中へ入るが,

 I would have cast me into molten glass  To cool me, when I enter'd; so intense  Rag'd the conflagrant mass. 29)

 (CANTO XXVII)

 「火勢はひどく激しさを増し,この体を冷やすた めなら煮えたぎったガラスの中へ身を投じる方がま だしもましかと彼も思う。」30)そしてようやく通り 抜けて「地上楽園」にたどり着くのである。

 Delicious odour breath'd. A pleasant air,  That intermitted never, never veer'd,  Smote on my temples, gently, as a wind  Of softest influence: at which the sprays,  (CANTO XXVII)

 「そこはやはり至る所にふくよかな香りがして快 いそよ風がたえずやわらかに吹き,さわやかな力で 額を軽やかに打った。」31)

 ここから見るように,マクドナルドは,ダンテと デュランテが同じ人物であり,ダンテの行った「キ リスト教的地上楽園」とデュランテの行った「北風 のうしろの国」とが同じものであるとして描写して いる。また,Diamondも「北風のうしろの国」へ行っ たと述べているのであるから,「キリスト教的地上

の楽園」とDiamondの行った「北風のうしろの国」

は同じものであるということになる。つまり,マク ドナルドは,At the Back of the North Windの中で,

デュランテとDiamondが行った「北風のうしろの国」

と,『神曲』の中でダンテが行った「キリスト教的 地上楽園」を同じものとして描写したのである。し かし,マクドナルドは,人によって,「北風のうし ろの国」の見え方が違っているらしいとしている。

  “The fact is, we have different reports of the place from the most trustworthy people. Therefore we are bound to believe that it appears somewhat different to different people. All, however, agree in a general way about it.” 32)

 そのことについて,もうひとり,マクドナルドは

「北風のうしろの国」へ行ったことがあるという貧 しい農家の娘のことを語ったスコットランドの羊飼 いの証言を述べている。「北風のうしろの国」にお ける描写の違いは,キルメニーという娘とダイアモ ンドが,そこでは風が全く吹かなかったと言ったの に対し,デュランテは心地よい風が何処へ行っても 吹いていたと証言していることである。マクドナル ドは,風という描写の中に,デュランテのキリスト 教的な場所と,ダイアモンド及びキルメニーのケル ト的な場所とのわずかな違いを指し示すことによっ てそれぞれの楽園の違いを描写したのである。それ は,キリスト教の楽園と,ケルト文化を残したまま キリスト教化されたケルトキリスト教的楽園の違い であると考えられるのである。

 ケルト神話のotherworldは,死もなく,原罪もな く,果てしなく続く饗宴の地上の楽園から,徐々に

『聖ブレンダンの航海』のようにケルト神話的モチー フを使いながらも,キリスト教の信義を追求するケ ルトキリスト教の約束の地,地上楽園へと変貌して いった。マクドナルドもthe Back of the North Wind の中で,ケルト神話的他界観とキリスト教的他界観 を混淆することによって,ケルトキリスト教的な彼 独自の他界観を作り上げようとしたのだ。

 さらに,物語の枠組みとしてそのことを考えて みたい。主人公Diamondのところへ,ある日,突

然現れたNorth Windは,女の子やおおかみになり,

身体を自在に変化させ,巨人のような大きさにもな れるし,丸蜂のような小さなものやサクラソウのよ 日本女子大学大学院紀要 家政学研究科・人間生活学研究科 第 23 号

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うな姿にもなれるものである。長い黒髪の,草色の ドレスを着ている美しいNorth Windは,ケルト神 話の妖精や女神や地母神のイメージと重なる。ケル ト神話の古い元型とされる「ブランの航海」でもブ ランの所へ美しい女が突然現れ,ケルト神話の「地 上楽園」である「エヴナの国」に誘うのである。し

かしNorth Windが見せてくれた「北風のうしろの国」

は,先にも述べたようにケルト文化を残したままキ リスト教化されたケルトキリスト教の他界であり,

Diamondは入れても,North Windは入ることのでき

ない世界であり,マクドナルドが彼のキリスト教的 他界観の中に組み込んだもうひとつの空間領域であ るのだ。マクドナルドは,ケルト神話の他界観とキ リスト教的他界観を,ケルトキリスト教の修道士た ちのように混淆することで,彼独自の重層的他界観 を創り上げたのである。

4.マクドナルドの他界観

 Wolffは,この物語には2つの世界があると述べ ている。ヴィクトリア朝のロンドンである現実世界

Diamondの夢の世界である。

  It takes place in two worlds, the real world of every day Victorian London and the dream-world of the imagination of Diamond, … 33)

 しかしながら,North Windとの世界は,Diamond の夢の世界だけとは言えないものである。もう一つ のロンドンともいうべきその世界は現実世界と隣接 した領域にあり,Diamondは,North Windとロンド ンの空を飛びながら,眼下に現実世界の少女Nanny を見つけ,実際に会話をして彼女の家まで送ってい くシーンが交錯しており,これはいかに現実世界

North Windの世界が行き来できるものであるか

を示す例となっている。ケルト神話では現実世界と 妖精世界は行き来が自由であったことをマクドナル ドは,その世界観の中でたくみに使っているのであ る。確かに,Wolffは,深層心理学的に,夢の中で

Diamondが「北風のうしろの国」を行き来する領域

を夢の世界と言ったのかもしれないが,マクドナル ド自身は,19世紀の科学万能社会の中において夢 の世界という形式を使いながら,神の領域を扱う形 而上学的な問題をこの作品の中で,ケルト文化を基

層にもったケルトキリスト教的他界観を使って現そ うとしたのではないだろうか。

 At the Back of the North Windには,マクドナルド 自身の他界観が少なからず現れている。それはこの 現実世界から『神曲』にあるようなキリスト教的な 地獄または煉獄,その山の頂上にある地上楽園,そ して天国という他界観ではなく,現実世界から,北 風に助けられながらケルト神話やケルトキリスト教 的な地上楽園である絵としての「北風のうしろの国」

を行き来し,死んで最後には,おそらく本物の「北 風のうしろの国」であるキリスト教的な地上の楽園

Diamondは行くようになっているのではないか

と考えられるからである。マクドナルドはケルト神 話を含んだケルトキリスト教のotherworldをこの作 品の中で描写しながら,もう一つの空間領域を挿入 することで,自らの新たな他界観を作り上げたので ある。

 それではなぜ,マクドナルドは,このような

otherworldをファンタジー文学の中で作り上げよう

としたのだろうか。Carpenterは,19世紀ヴィクト リア朝時代の多くの人々と同じようにマクドナルド は,Macdonald was … creating an alternative religious

landscape 34)つまり「既存のものに代わる新しい

宗教的風景を創造しようとしていた。」35)と指摘す る。そしてまた,科学万能主義思想や進化論などか らの,牧師でもあったマクドナルドの聖書的な世界 にたいする迷い,特に故郷ハイランド地方の中で成 長した彼のカルヴィニズムに対する嫌悪などが影響 しているとCarpenter 36)Wolff 37)らは指摘してい る。マクドナルドは,それらを克服するためにAt the Back of the North Windのようなファンタジー作 品を創ることで昇華しようとしたのではないだろう か。その結果として,ファンタジーの異世界という ジャンルを創ることができたのではないだろうか。

5.おわりに

  マ ク ド ナ ル ド は,19世 紀 の 科 学 万 能 主 義 や カルヴィニズムとの葛藤の中で,キリスト教的

otherworldの他に,さらにケルトの民間伝承や神話

の中のotherworldを作品の中に取り入れることに

よって,既存のものに代わる新しい宗教的風景を創 造しようとし,「北風のうしろの国」というイメー ジを創り上げた。マクドナルドは,ケルトが異教

(7)

のキリスト教を柔軟に受け入れ,混淆してケルト キリスト教としたように,ファンタジー文学の中 で,ダンテのキリスト教的otherworldの枠組みと,

ケルト神話のotherworldの枠組みを混淆すること によって,重層的な「北風のうしろの国」という

otherworldを創ったのである。マクドナルドは,『神

曲』の中の「地上の楽園」と,本物の「北風のうし ろの国」が同じ場所であることを暗示した。そこに はマクドナルドの形而上学的装置が働いている。

 今までの先行研究において,人物表象などマクド ナルド作品にあるキリスト教的なものとケルト的な ものへの言及はなされてきたが,「北風のうしろの 国」という空間領域otherworldについては,はっき りとした分析がなされてこなかった。しかしそれは 19世紀に生きるマクドナルドのChristian beliefにも かかわる重要なものであった。マクドナルドは,キ リスト教的他界観の中に,ケルトキリスト教的「地 上の楽園」を取り入れることで新たな空間領域を創 り,独自の他界観を創り上げたのである。

 そして,マクドナルドは,ファンタジー文学の中 で,現実世界からotherworldへ行き,また現実世界 へ帰還するという物語形式の中に,さらに死んで「本 物の地上楽園」へ行くという領域を創り上げたので ある。それは,この後,その空間領域を踏襲したと 思われるC.S.ルイスの「ナルニア国」と「真のナ ルニア」という二重イメージへ引き継がれていくこ とになるのだ。

〔要 約〕

 スコットランドで生まれたジョージ・マクドナル ド(George MacDonald 1824−1905)は,ファンタジー 文学の創始者のひとりとして位置づけられている。

本稿では,「北風のうしろの国」というotherworld に焦点を当て考察した。牧師であったマクドナル ドは,19世紀の科学万能主義やカルヴィニズムと の葛藤の中で,キリスト教的otherworldだけでな く,ケルトの民間伝承や神話の中のotherworldを作 品の中に取り入れることによって,既存のものに代 わる新しい宗教的風景を創造しようとし,彼独自の otherworld「北風のうしろの国」を創り上げた。

 特に,「北風のうしろの国」は,作品中に登場す るダンテの『神曲』的なotherworldだけでなく,ケ ルトキリスト教的なotherworldからも大きな影響を 受け,二重イメージの「北風のうしろの国」となっ

たことを解明するものである。マクドナルドは,ファ ンタジー文学の中で,現実世界からotherworldへ行 き,また現実世界へ帰還するという物語形式の中 に,さらに死んで本物の「地上の楽園」へ行くとい う領域を創り上げたのである。それは,その空間領 域を踏襲したと思われるC.S.ルイスの「ナルニア国」

と「真のナルニア」という2つのナルニアに引き継 がれていくことになる。

付 記

 本論は日本カレドニア学会2015年度大会(2015 年1010日,於,キャンパスプラザ京都)におい て口頭発表した原稿に加筆,訂正を加えたもので ある。

1) J.R.R.トールキンは『ファンタジーの世界』

(1973)福音館132の中で「死はマクドナルド を刺激して作品を書かせた最大の主題だった。」

と述べている。また,C.S.ルイスは,『ファン タステス』を読んだ後に,『喜びのおとずれ C.S.ルイスの自叙伝』の中で「想像力の受洗」

と呼び,新しい世界が彼によって開かれたと述 べている。

2) MacDonald, George, At the Back of the North Wind, NY: Everymanʼs Library, (2001)

3) George Macdonaldʼs At the Back of the North Wind, a novel serialized in the magazine Good Wards for the Young from 1868-1870 (MacDonald took over as editor late in 1869) and published as a single- edition novel by Strahan in 1871. (Behind The Back of The North Wind 2011 Introduction p.v.)

4) Pennington, John and Magillis, Roderick, Behind the Back of the North Wind, Hamden: Winged Lion Press, vi. (2011)

5) otherworldという英語の使用は,他界,来世,

別世界,空想的世界,異界という意味があるか らだが,この作品にある世界はひとつに収まら ないので,分析しつつ突き詰めていく。主に 超越的な世界を意味する。「異界(ドイツ語die andere Welt,英語the other worldなど)という 語は『死後世界』(あの世,他界)のみならず,『時 日本女子大学大学院紀要 家政学研究科・人間生活学研究科 第 23 号

(8)

間的空間的に異なった領域』(ユートピア,マ クロコスモス,非日常空間,空想世界,仮想空 間)をも指し示す。」大野寿子編『超域する異界』

勉誠出版5(2013)

6) Egoff, Sheila A., Worlds Within, American Library Association, Chicago, London, 57 (1988)

7) Wolff, Robert Lee, The Golden Key: A Study of the Fiction of George MacDonald, New Haven, Connecticut, Yale University Press, Inc., 152 (1961) 8) Carpenter, Humphrey, Secret Gardens-A Study of

the Golden Age of Childrenʼs Literature, London, Faber and Faber Ltd, 82 (1985)

9) Raeper, William, The Major Biography of George MacDonald, Novelist and Victorian visionary , Lion Publishing plc, 322 (1987)

10) ジョージ・マクドナルド『北風のうしろの国』

ハヤカワ文庫480(2005)訳者あとがきの中で 述べている。

11) 河合隼雄,『ファンタジーを読む』,講談社,

280(1996)

12) Carpenter, Humphrey, Secret Gardens-A Study of the Golden Age of Childrenʼs Literature, London, Faber and Faber Ltd., 74 (1985)

13) MacDonald, Greville. (M.D). George MacDonald and His Wife. London: Yohannesen, 38 (1924) 14) Dearborn, Kerry, Baptized Imagination: The The-

ology of George MacDonald, Ashgate Publishing Limited., 10 (2006)

15) Dearborn, Kerry, 67

16) 松村賢一「ケルトの古歌『ブランの航海』序説」

中央大学学術図書,83(1997)

17) 井村君江『妖精の系譜』,新書館,275(1988)

18) 松村賢一,23

19) 「『聖ブレンダンの航海』はケルト的他界への旅 物語が変遷するうちにキリスト教的他界の旅に なったもので,ケルトの女人国がキリスト教の 地上楽園に変わった。」と田中仁彦は『ケルト神 話と中世騎士物語』,12頁8の中で述べている。

20) 松村賢一,4

21) 相浦玲子「G・マクドナルドの幻想文学のなり たち−続−」平安女学院短期大学紀要,4(1985)

超自然的な存在の対立項として,生身の人間と いう言葉が使われている。

22) 田中仁彦,『ケルト神話と中世騎士物語』,37

(1995)

23) 河合隼雄,『生と死の接点』,岩波現代文庫,34

(2009)河合隼雄は「北風はグレートマザー的 存在であるが,マクドナルドの作品の中には,

神話に見られる地母神的な女性像が多く現れ る。」述べている。拙文「ジョージ・マクドナ ルドにおける神話性と死生観」『日本女子大学 大学院紀要家政学研究科 人間生活学研究科紀 要 』20 99-102(2014) を 参 照。 ま た,At the Back of the North Windの 中 で,“Iʼm not so old, you know---a few thousand years only---”(76)

という場面がある。キリスト教以前の異教の女 神のようなものでもある。

24) 田中仁彦,152 25) MacDonald, 107

26) Raeper, 322 Raeperは,この箇所について,こ のように述べている。“Macdonald altered Danteʼs name to uncover some of the meaning that the poet held for him.”

27) Macdonald, 107.

28) Macdonald, 108.

29) Dante, Alighieri, The Divine Comedy-The Vision of Paradise, Purgatory, and Hell (Complete On-Line Index Translated by The Rev. H.F. Cary, M.A.) 30) ダンテ,375-6

31) ダンテ,385 32) Macdonald, 107.

33) Wolff, 148.

34) Carpenter, 83.

35) H.カーペンター,『秘密の花園』,こびあん書房,

東京,168(1985)

36) Carpenter, 76 37) Wolff, 17.

参考文献

・ ダンテ,平川祐弘訳『神曲』地獄篇,煉獄篇,天 国篇 川出書房,1304-1321,Alighieri, Dante, La Divina Commedia, 1312-1324。「ダンテは,キリス ト教の立場から人類を含む全宇宙の秩序とその存 在理由を語る大叙事詩を書こうとした。」,『神曲』

あとがき,川本晧嗣,500頁。

(指導教員 川端有子)

参照

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