︿論説﹀
江 戸 時 代 の 公 家 と 裁 判 ( 一 )
小 島 信 泰
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はじめに
一︑文献紹介と本稿の課題
1︑研究業績
2︑公家日記
3︑法制史料集
4︑本稿の課題
二︑公家の処罰
1︑公家処罰に関する幕府法令
2︑公家処罰に関する事例(以上︑本号)
四︑公家の裁判権
五︑公家事件の裁判管轄
おわりに
、 、 凡
例)
旧字体を現行の字体に替えた箇所がある︒
旧仮名遣を現行の仮名遣に替えた箇所がある︒
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はじめに
筆者が法制史の研究に従事するようになって初めて活字にした論文は︑拙稿﹁江戸時代の公家に関する裁判権﹂(以
下︑﹁拙稿﹂とする)であった︒一九八四年のことである︒江戸時代の裁判権は︑幕府が排他的に掌握したのではない
ことは周知の事実であったが︑その実態については当時はまだわからないことが多かった︒特に公家や寺社について
は︑その存在が武家のように注目されることがなかったので︑ほとんど研究自体がなされていなかった︒そのような
中で筆者は︑辛うじて平松義郎氏が﹃近世刑事訴訟法の研究﹄の本論第一部第三章﹁公家附・天皇﹂で︑刑罰権の
主体として公家について論じていることを知った︒
平松義郎氏の研究は︑江戸時代の刑罰権を体系的に理解するために公家に論及したものであるが︑当時の史料上の
制約もあり︑﹃御仕置例類集﹄を用いてその概略を述べるに留まっている︒筆者は︑この平松氏が紹介した﹃御仕置例
類集﹄の事例を一つひとつ読み解くことによって公家の刑罰権の実態を論じ︑さらには公家を一方当事者とする訴訟
事件に対する裁判権の所在と裁判管轄を解明するための基礎作業として右の﹁拙稿﹂を執筆した︒
その後︑以下に﹁一︑文献紹介と本稿の課題﹂で述べるように︑近世の天皇・公家に対する研究が活発となり︑公
家日記をはじめとする史料の公開や翻刻が次々と行なわれ︑今では近世の朝廷に対する研究は﹁近年の近世史研究の こ中で︑最も目覚しい成果を上げている分野と言ってよいだろう﹂との指摘がなされるほどになった︒そこで︑本稿で
は﹁拙稿﹂の﹁補論﹂として︑近世の天皇・公家に関する研究状況を踏まえて︑公家の裁判について関連法令の整理
と具体的な事例を通して論じてみたい︒ただし︑すでに膨大な蓄積を持つ研究業績と公家関係の史料の全体をこのよ
うな小論でカバーすることは不可能なので︑ここでは筆者が注目する研究や史料に依拠して今後の研究の見取り図を
描くことを目標とする︒
(1)﹃創価大学大学院紀要﹄第六集(創価大学大学院︑一九八四年)︒(2)創文社︑一九六〇年︒(3)深谷克己・須田努編﹃近世人の事典﹄(東京堂出版︑二〇一三年)二三頁︒ びと﹂︑﹁朝廷につながる人びと﹂という二項目が取り上げられている︒ 同書では︑全一二項目のうちに︑﹁朝廷に生きる人
︑文献紹介と本稿の課題
江 戸時 代 の公 家 と裁 判(一)
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平松義郎氏が﹃近世刑事訴訟法の研究﹄を刊行されたころは︑天皇や公家をタイトルに記した書籍はまだ限られて
おり︑法制史の分野ではそれらをメインテーマとする研究はほとんどなかったと言ってよいだろう︒戦前には三浦周
ら 行氏の﹁江戸幕府の朝廷に対する法制﹂や三上参次氏の﹁朝幕間に立てる諸官及び法度﹂があるが︑その後の戦中は
もとより戦後の国体論争の時も天皇や公家に関する実証的な法制史研究はほとんど行なわれることがなかった︒その
ような中︑サンフランシスコ平和条約が調印され︑日本が独立国としての主権を回復する前年の一九五〇年に石井良
助氏が﹃天皇天皇統治の史的解明﹄を刊行し︑古代から現代までの歴史の中の天皇の実像を描く試みをし︑江戸
時代についても朝幕関係を定めた諸法度や天皇の地位︑政権委任思想の形成や幕末に至る公家の動きなどを論じたの
である︒しかし石井氏の研究については︑いわゆる﹁天皇不親政論﹂に関心が集り︑やがて天皇制の政治史的論議の
中に引き込まれていき︑平松氏の研究が登場するまでは天皇や公家に関する法制史研究はほとんど進展することがな
かった︒近年︑漸く水林彪氏により﹃天皇制史論﹄が刊行され︑﹁天皇制の本質が法的次元にあり︑しかるが故に︑法 ヱ学の体系の中に位置づけられた法史学こそはこの問題を扱う主要なディシプリンである﹂と論じられるに至った︒こ
こでは戦後の天皇・公家研究の動向を文献紹介という形で概観してから︑本稿の課題について述べておきたい︒
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三浦周行﹃続法制史の研究﹄(岩波書店︑一九一九年)︒
三上参次﹃尊皇論発達史﹄(冨山房︑一九四一年)︒
弘文堂︑一九五〇年︒石井氏は後に﹃天皇‑天皇の生成および不親政の伝統﹄
岩波書店︑二〇〇六年︑三頁︒ (山川出版社︑一九八二年)を刊行している︒
1︑研究業績
﹁はじめに﹂で述べたように︑近世の天皇・公家に関する研究は大きく進展し︑例えば昨年七月には﹃歴史評論﹄が﹁天皇・朝廷からみる近世の国家と社会﹂を特集するという段階に至っている︒当該研究史に関してはこれまでにいく
つかの論考が発表されているので︑詳しくはそれらに譲ることにして︑ここでは戦後の大きな研究動向を概観するにす 留める︒
前述した国体論争を経て︑戦後初期には天皇無力論が論じられるようになり︑先の石井氏の﹁天皇不親政論﹂もそ
の系譜上で理解されたことなどが影響したからか︑その後は天皇および天皇制の研究は一時低調になったが︑一九七
〇年代以降の幕藩体制論とそれに続く国家史の研究の中で﹁天皇権威論﹂が論じられ︑これを契機に広範な研究が行
なわれるようになっていった︒そこでは一方で深谷克己氏によって朝廷は﹁公儀の金冠﹂であるとしてその存在意義
が注目され︑他方で永原慶二氏によって︑石井氏の天皇観に見られる天皇の歴史通貫的理解が批判されるようになっ
た︒さらに一九八〇年代以降には政治史・朝廷制度研究が活発となって︑高埜利彦氏の研究をはじめとして天皇・朝
廷の基礎的な史実や宗教的性格が取り上げられるようになり︑また藤田覚氏によって天皇ごとの画期に注目しての朝
幕関係史が描かれるようになり︑さらには橋本政宣氏等により公家社会の実態解明がなされるようになった︒
(8)二〇一四年七月号︑校倉圭旦房︒
江 戸時 代 の公 家 と裁 判(一) 2簿
(9)以下に︑本章注24に記した近世法史研究会における筆者の﹁報告﹂で参照した︑近世の天皇・公家に関する研究業績をリスト
アップする︒これは決して網羅的な紹介ではない︒詳しくは︑﹁戦後研究史﹂と題して他の機会に論じる予定である︒
①研究史・研究課題
永原慶二﹁前近代の天皇﹂(﹃歴史学研究第四六七号﹄一九七九年)
深谷克己﹁近世天皇論﹂(村上直編﹃日本近世史研究事典﹄東京堂出版︑一九八九年)
山口和夫﹁近世天皇・朝廷研究の軌跡と課題﹂(永原慶二編集代表﹃講座・前近代の天皇五世界史のなかの天皇﹄青木書店︑
一九九五年)
同﹁近世の朝廷・幕府と天皇・院・摂家﹂(大津透編﹃王権を考える1前近代日本の天皇と権力﹄山川出版社︑二〇
〇六年)
田中暁龍﹁近世の天皇・朝廷研究の到達点と課題﹂(﹃歴史評論特集"天皇・朝廷からみる近世の国家と社会﹄二〇一四年七
月号)
天皇の研究については︑単行本に限っても︑
②天皇
佐々木潤之介・他編﹃体系・日本国家史三﹄(東京大学出版会︑一九七五年)
宮地正人﹃天皇制の政治史的研究﹄(校倉圭旦房︑一九八一年)
石井良助﹃天皇‑天皇の生成および不親政の伝統﹄(山川出版社︑一九八二年)
深谷克己﹃近世の国家・社会と天皇﹄(校倉書房︑一九九一年)
藤田覚﹃近世政治史と天皇﹄(吉川弘文館︑一九九九年)
高木昭作﹃将軍権力と天皇‑秀吉・家康の神国観1﹄(青木書店︑二〇〇三年)
水林彪﹃天皇制史論‑本質・起源・展開﹄(岩波書店︑二〇〇六年)
野村玄﹃日本近世国家の確立と天皇﹄(清文堂︑二〇〇六年)
藤田覚﹃天皇の歴史六‑江戸時代の天皇﹄(講談社︑二〇一一年)
同﹃近世天皇論‑近世天皇研究の意義と課題﹄(清文堂︑二〇一一年)
などが刊行されている︒その他︑天皇をテーマとした講座として石上英一・他編﹃講座前近代の天皇﹄全五巻(青木書店︑一九
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九二〜一九九五年)︑網野善彦・他編﹃岩波講座天皇と王権を考える﹄全十巻(岩波書店︑
ズ本として﹃天皇の歴史﹄(講談社︑二〇一〇〜二〇一一年)などが刊行されている︒ 二〇〇二〜二〇〇三年)が︑シリー
朝幕関係と法制については︑
③朝幕関係と法制
辻達也編﹃日本の近世二天皇と将軍﹄(中央公論社︑一九九一年)
藤井譲治﹁将軍と天皇﹂(同著﹃日本の歴史二一江戸開幕﹄集英社︑一九九二年)
久保貴子﹃近世の朝廷運営‑朝幕関係の展開﹄(岩田書院︑一九九八年)
高埜利彦﹃江戸幕府と朝廷﹄(山川出版社︑二〇〇一年)
田中暁龍﹁禁中並公家諸法度第一条についての一考察﹂(竹内誠編﹃徳川幕府と巨大都市江戸﹄東京堂出版︑二〇〇三年)
同﹃近世前期朝幕関係の研究﹄(吉川弘文館︑二〇一一年)
同﹃近世朝廷の法制と秩序﹄(山川出版社︑二〇一二年)
村和明﹃近世の朝廷制度と朝幕関係﹄(東京大学出版会︑二〇ご二年)
高埜利彦﹃近世の朝廷と宗教﹄(吉川弘文館︑二〇一四年)
などが︑公家社会と家領については︑
④公家社会と家領
井ケ田良治﹁江戸時代における公家領の支配構造﹂(﹃同志社法学﹄第三〇巻第一号︑一九七八年)
神崎彰利﹁近世における公家領の構造‑久世家領を中心に﹂(﹃明治大学刑事博物館年報﹄第一二巻︑
梅田康夫﹁地下官人考﹂(﹃幕藩国家の法と支配﹄有斐閣︑一九八四年)
上野秀治﹁近世堂上の方領について﹂(﹃日本歴史﹄第四六五号︑一九八七年)
橋本政宣﹃近世公家社会の研究﹄(吉川弘文館︑二〇〇二年)
同﹃公家辞典﹄(吉川弘文館︑二〇一〇年)
西村慎太郎﹃近世朝廷社会と地下官人﹄(吉川弘文館︑二〇〇八年)
尾脇秀和﹃近世京都近郊の村と百姓﹄(思文閣出版︑二〇一四年)
などが︑公家の裁判・処罰については︑ 一九八二年)