教育方法学における教育評価問題の展開と現状 一とくに教育工学との絡みを中心として一
菅 井 勝 雄
(1981年10月31日受理)
(D はじめに
今日,新しい教育評価のあり方をめぐる問題には,研究者ばかりでなく全国の教育実践現場の教 師や関係者においても,関心が高まっている。こうした関心の高まりのきっかけとなったことの一 つは,指導要録の改訂にともない,観点別学習状況欄という形で到達度評価が新たに実践の場に導 入されたことである。つまり,従来の指導要録では,評定という形で学年における総体としての学 力をみる相対評価だけであったのであるから,これによって二つの評価のしかたが採用されること
になった。
この例に見ることができるように,教育評価をめぐる今日的傾向として,現代社会における価値 観の多様性と対応しているのであろうが,到達度評価とか形成的評価など,いろいろな評価用もの
さしを準備し,それによって総合的な評価を行い教育実践を進めていこうとする動きがある。
こうした動向は,教育において唯一絶対的な価値を基準とした評価のものさしを同定できず,万 能な評価が存在しえないという観点からみれば,必然的であると考えることもできる。
従来の教育評価研究の歴史的展開をみてみると,入試モデル(選抜・管理モデル)が,教育界を 長い間支配してきた。
入試・選抜や管理における教育評価は,公平性や客観性をとくに重視するため,客観的テストを 用いて,学力などを一定の尺度のもとに順序づけて,相対的な位置を問題とする評価であった。
すなわち,評価対象者の何らかのプロダクトを客観的な一元的な点数などに還元し,減点法を用い て相対評価していくわけで,平等主義や客観主義に加えて,結果主義であり,さらに一次元主義で あったといえる。
最近の教育評価論の現状は,こうした入試・選抜モデル,管理モデルが有する一面性やデメリッ ト面の反省のもとに,それぞれの対極的な面も加味して,より総合的な評価を可能にし,よりよい 教育実践をめざしているとみることができる。
その方向は,次のように列挙できるであろう
② 教育のプロダクト(結果)だけでなく,教育のプロセス(過程)も評価していく。学力やテス トなどの結果だけでなく,教育過程や授業のプロセスなども重要視する。
⑤ それとともに,機械的・客観的にどちらかというと悪い点を見い出しては減点していく評価法 だけでなく,人間的・教育的立場から,良い点を見い出しながら,教師の期待や親の欲目なども 問題にし,この意味では主観的ともいえる評価も位置づけし取り上げていく。
◎ 相対評価だけでなく絶対評価も,また教師中心の評価だけでなく学習者による評価も,さらに,
到達度評価や形成的な評価など,いろいろな評価法を適切に用い,一次元だけでなく多次元にわ
たる総合的な評価をしていく。
以上のように,教育評価をめぐる今日の状況を整理してみると,それは教育方法学や最近の教育 工学と密接にかかわっていることが理解されよう。
とくに教育方法学の一分野である教育工学においては,教育をシステム論から新たにとらえなお し,そのシステム設計を問題とする中で,様々な評価上の問題を提案し,今日の教育評価論に多大 の影響を与えているといっても過言ではない。
そこで,ここでは,教育工学における教育評価問題の歴史的展開をまずみてみることにしよう。
続いて現状の問題点を指摘し,教育方法学と教育評価の関係を明らかにすることにしたい。
例えば,前述の観点別学習状況欄に書き込まれることになった「到達度評価」にしても,理論上 からみて,まだ探究すべき問題点を少なからず含んでいることが指摘できるのである。
{2}システム論からみた教授・学習過程における評価
入試・選抜モデル,管理モデルの支配から教育評価論を解放するもとになったものの一つに,フ イードバック・モデルがある。
これは,周知のごとく,もともとは通信工学や制御工学などにおける制御機構であったが,サイ バネティックスや情報理論,一般システム理論などにおいて,一般的・普遍的なモデルとなるに至
った。
このフィードバック・モデルが教育評価論に導入されることになったのは,教育工学におけるシ ステム論の展開によるのである。
図1は,教授・学習過程(授業)をシステムとして扱った当時における最初のモデルである。1)
このシステムとしての授業モデルは,教育評価はプ
ロダクトだけでなく,プロセスが重要なことが,と カリキュラム
くに授業を構成する様々な要因との関連の中で,明 記 訓練・指導書
報告
目蓼
確に示されている。 録 基
ここにおいて,授業は,カリキュラム→教師→生 血 kの内部過程_評価者という漣の情報雄ややり章
ニりの過程とみなされている。ことに教育評価の観 乙 他点からは,生徒の学習に関する評価には,観察や検
教 師
@ 指導案 ウ師・生徒の相互作用
@ 生徒の内部過程
@ 生徒の学習
蕩指季方誇
査があることが示されており,これはプロセスやプ 鴻̲クトの評価に相当するといえよう。
観察・検査 決定 こうした評価は,教師やカリキュラムにフィード 評価
図1.システムとしての授業(東洋,1968)バックされなければならないことが明示されている。
このように,新しい方法論によるアプローチを試みてみると,現実が明瞭に見えてくるとともに,
不備な点に気がつくこともある。
この場合が,まさにそれであり,システム論によるシステム・アプローチによって,授業におけ る教育評価の働らきが明らかとなるとともに,一っの不備な点が見えてきた。それは,このモデル では,生徒の学習に関する評価結果は,カリキュラムにもフィードバックされ,カリキュラムが変 化していかねばならないことになっている魁現実にはそうはなっていないといえよう。
こうした事実もあって,その後「フィードバックのあるカリキュラム」が研究者によって提案さ れ,議論されることになった。
こうしたシステムとしての授業観とともに,そのシステム設計のための設計原理として,ATI(能 力処遇交互作用:Aptitude Treatment Interactionの略)を中心とした「教育方法(学習指導)の 最適化」の考え方が提案された。2)
その後,こうした思想を統合軸として,わが国の教育工学は急速な発展を遂げていくことになっ
た。
しかし,ここで問題とするのは,システムという基本概念である。システムの典型的な定義に「相 互作用する要素の集合」というのがある。3)
この定義に従えば,図2に示すようなものが,シ ステムの最小単位ということになる。つまり,何ら かのシステム構成要素が2つあり,それらが,相互 に作用しあっている。
この場合,それぞれの要素は,どんな物質から構 成されていてもよいわけで,例えば一方が機械で,
他方が人間の場合などは,人間工学などで扱われる
図2.システムの最小単位ことが多く,人間・機械システムと呼ばれる。 (フィードバックを内在している)
実は,教育工学にシステムという考え方やシステ
ム論が入りこむ,直接のきっかけになったものの一つに,プログラム学習におけるティーチング・
マシンの登場があった。つまり,学習者とティーチング・マシンのやりとりの扱いの問題に関係し てであった。4)
図2のように,抽象化されたシステムにおいて,要素同士の相互作用でやりとりされるものは,
物質,エネルギー,また情報なのである。ことに教育では情報が中心となる。
評価論上,注意すべき点は,この二つの要素の相互作用の中に,プロセス的評価の中心をなすフ イードバックの考え方が内在していることである。例をとろう。図2において,一方の要素が人間 であり,他方が外界だとした場合,例えば,その人が言葉を話すことができるためには,外界に向 けた音が環境から再度もどって受容されなければ,音声をコントロールできず,人は話すことがで きないのである。
これは,人間の情報処 記憶部 連合部
理に関連するので,当時 (101°〜1012ビット) (50〜500ビット) 1復号器 感覚器・
感覚器入力(情報)
の教育工学研究で用いら \ 〆、 ! D \(106〜108ビット
れた図3に示すような, 1 1 /秒)1
o
モデルをみれば,理解し (10〜50
(「、卜1)「てノ \
符号器 効果器u外界
やすいであろう。4) ビット/秒) ノ
ノ C
効果器出力の一部は, ,効果器出力(行動)
外界を通って感覚器入力 長期記憶 短期記憶 i5〜10秒間)
1
にフィ7一ドバックされて いる点に注意しょう。(点
線で示されている) 図3.双方向通信理論における人間の情報処理モデル
このモデルでは,このフィードバック回路を中心に,行動のコントロールがなされるわけである。
また,このモデルの内部過程は,複雑でさらに記憶部や連合部などの構成要素同士の相互作用か らなることが想定されている。
当時,こうしたモデルをベースとして教師と学習者の相互作用を問題とし,授業へ接近すること が試みられたが,これでも様々な種類と水準のフィードバックが絡み,複雑なものとなることがわ かった。
そこで,種々の単純化を試み,しかも授業の動態を損わず,教育評価を論じ,教育機器やメディ アを位置づけできるシステム,モデルが作製されるようになった。5)
図4には,こうした教授・学習システム・モ 〈通知表〉 〈標準学力テスト〉
デルにおける教育評価の主な種類と働らきを示 提示 教 受容 している。
教分
逍エ
教
(KR 示)
夏ア 学
この授業モデルでは,先の場合に比較すれば, ユレラ デ
習
構成要素として,教育メディア・教育機器が加 標とン 師 評価 機 反応 者 わって,位置づけられている。これは,教師と 器
〈指導要録〉 〈〕中間テスト〉
学習者の相互作用(情報のやりとり),つまりコ 〈期末テスト〉
ミュニケーション・プロセスを円滑にするためであ 図4 教授・学習システムにおける教育評価 り,教師の働らきを一部代行するためである。 〈〉内・「取り立て」評価
教師と学習者の相互作用としての教授・学習活動は,教師の提示活動に続いて,学習者の受容活 腎
ョ,内的な学習活動となり,学習者は何らかの反応を示すことになる。教師はこの学習者の反応を とらえ,教育目標やカリキュラムと比較の上で,診断・評価し,続いてKR提示や教材提示を繰り 返していくことになる。このプロセスの評価の重要性を,坂元昂氏は「行って,帰って,また行く」
と情報のフィードバックを強調して表現したが,成瀬正行氏は,「押して,引いて,また押す」と 力動的に表現した。6)
いずれにしても,この評価は,教育の成立にかかわる重要なものといえる。このことは,次にみ るような教育実験と教育実践上の事例から理解される。
前者はアメリカの研究者によって行なわれた教育実験であるが,通常では授業がうまく行なえる ベテランの教師に,少々トリックを施しある授業をしてもらう。それは,授業を受ける学習者の中 に,サクラを入れるのである。つまり,教師の教授スキルにおいて,うまく教授活動が行なわれて いると見えるときには,学習者の反応は,普通の場合とは逆に,わからないなあというような表情 や態度を示す。このように,逆転した反応ができるように訓練した何名かの学生をそれとなく入れ て,ベテランの教師に教授活動を展開してもらうと,授業はうまくいかなくなるという実験結果が でている。これは,ベテランの教師であるだけに,学習者の反応がよくみえ,それらに敏感に反応
しているためであろう。
後者の教育実践上の例としては,わが国でも最重度の障害児の教育施設の一つであるK養護学校 の場合を挙げることができる。教育においては,教師の教育活動に対応して,学習者は学習し発達 を遂げていくわけである。つまり,学習者は逐一変化していくのであり,教師はその変化過程を学 習者の反応によって診断・評価していると考えられる。しかし,何重もの重複障害を有する重度の 障害児の教育の場合,この変化過程がゆっくり進行するために,学習者の反応からその変化をつか みえないことが起りうる。
学校の発足がまもない昭和49年頃のK養護学校は,まさにこの問題がおきた時期であった。重 複障害の重度の児童の教育活動において,学習者の反応の観察からだけでは,教育の成果が上がっ ているのかいないのかわからず,教師側が教育の成立に疑問を感じ,自信をなくしてしまう状況で あった。児童の反応などに教育の進歩の形跡が観察され,それを評価できないと,むしろ教師側が 参ってしまうもののようである。そこで,健常児の場合と異なる評価尺度の開発の必要が叫ばれ,
様々な試みが行なわれた。その一つに,VTRを用いての児童の観察記録法による評価がある。一定 の期間,2ケ月とか3ケ月毎の記録を見て評価を行なうわけで,その程度の期間をあけると,教育 の成果(プロダクト)としての児童の変化が確認できることがわかった。このような方法によって,
やっと教師側は,教育の成立を確信でき,再度教育に意欲と情熱を注ぐことができるようになった 経緯がある。このことは,また,授業においては,プロセスとプロダクトの両方の評価が必要なこ
とを示すものだともいえる。
図4には,中間テストや期末テストおよび標準学力テストなどのプロダクトによる評価の一般的 なものが示されている。これらはまた,取り立てて行なう評価でもあるので,「取り立て評価」と いうこともできよう。この「取り立て評価」には,そのほか「通知表」や「指導要録」などがある
ことが示されている。
図4においては,さらに教師と学習者との,提示→受容→反応→評価という一連のプロセスにお ける教育メディア・教育機器の役割の一つが,これら諸機能の拡大であるとして位置づけられる。
例えば,これには二種類あって,教師の提示やKR提示機能を拡大して,学習者に受容しやすく する教育メディア・機器として,黒板,白板,OHP(OverHead Projector)などが挙げられる。ま た,学習者の反応機能を拡大して,教師に評価しやすくする教育メディア・機器として,反応分析 器(Response Analyzer)やGSR(Galvanic Skin Response)装置などがある。アナライザーは・一斉 授業など多人数教育において,多くの学習者の反応を教師側にフィードバックできる。GSRは情動
と相関関係があると考えられ,学習者の心の一側面をフィードバックしょうとする試みが,授業研 究や障害児教育などでも研究されている。
教育メディァ・機器の他の役割は,教えるという教師機能の代行を行なうもので,これには学習 プログラム内蔵のティーチング・マシンやCAI(Computer Assisted Instruction)などがある。こ れは,学習者に教材を提示し,その反応を評価し,続いて次の指示を決定するという一連の提示→
受容→反応→評価を学習プログラムが行なうわけである。したがって,この場合の評価は,どのよ うな提示をしたら学習者がどのように反応するかを読みとり,次の適切な決定をしていくためにな されるもので,教育のプログラムを事前にどこまで設計しきるかの問題といえる。現在,様々なモ デルが提案されている。
(3)学習指導のシステム設計と評価
すでにみたように,教育や授業を一種のシステムとしてながめ,そのモデルを作成したならば,
次に行なうのは設計である。これはシステム設計と呼ばれ,この設計に続いて, 教育や授業が実施 され,その結果を評価し改善がはかられていく手続きがとられるのが,通例である。つまり,シス テムの設計→実施→評価→再設計→実施→評価の繰り返しによって,実践をよりよいものにしてい くやり方である。
このような学習指導のシステム設計と評価に関して,これまで展開されてきた研究の成果を踏ま えて,次のようにまとめてみよう。
(D部分と全体の関連での評価の必要性
図4の教授・学習システム・モデルは,一応閉じた独立なものとして示してある魁実際には 上位システムである現実社会なども相互作用しているし,下位システムである学習者の家庭(両 親父兄)などとも相互作用していると考えられる。システムとして扱うことには,「相互作用 する要素の集合」の定義から理解できるように,相互関係構造のもとにものごとを認識すること が含まれている。そこで,システム設計において,部分システムの最適化は,必ずしも全体シス テムの最適化にはつながらないということが起こりうる。評価を行なう場合に,この点に十分注 意を払う必要がある。
例えば空港などの設計においては,空港内の施設・設備などのハードウェアだけを最新の科 学・技術の粋を集め最適化しただけでは不十分であり,それら管理・運営する組織や計画などの ソフトウェア面,およびそこでの装置などを縦横に駆使できるスタッフの訓練などの面にわたる 最適化が必要である。さらに,こうした部分的な設計に加えて,空港と都市とを結ぶ交通・通信 など全体システムにわたる最適化が必要とされるのである。単に部分にしか過ぎない前者だけの 最適化の評価に終るならば空港全体の評価になっていないことに注意しなければならない。
これと同じことが,教授・学習システムの設計と評価の場合にも,いえることになる。例えば,
他のティーチング・マシンより一般的に教育の成果をあげうることが実証されたティーチング・
マシンを用いて,授業を行なうことを計画した場合,その最上のマシンそのものを利用するこ と自体,部分的な最適化といえようが,教師がその装置に十分な知識をもたず,学習指導の中に 適切に位置づけできない場合には,全体として授業そのものを,むしろ悪くしてしまうことが起
こりうると考えられる。
広く現実社会やあるいは学校内での他の学級などとの関連を考えずに,完全に閉じてしまった 学級王国的な中だけでの授業の最適化評価であってはならないといえよう。
(iD短期と長期との関連での評価の必要性
システムの最適設計で注意すべざるのは,部分と全体との関連での評価に加えて,短期と長期 との関連での評価である。教授・学習システムの基本的な設計思想として前述した,ATIの一例 を取り上げて考察することができる。
映画による指導 図5に示すのは,学習者の特性(対人的積 340
一一一一一一一 ウ師による指導 極性,消極性などの性格)と教師の処遇(教
330tによる指軌映画による指導かなどの教 覆授法)との間に・交互作用があるという実験 黛32°
級ハである」)っまり汰学生の理科の実験倉31・
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授業において,処遇法として,教師による指 300
導という伝統的な方法と,同じ内容を映画に
よる指導という視聴覚的な方法との二つを準 290
FI F2 F3 備し,学習者を一種の性格テストによって対 対人的積極性
人的に積極的であるか,それとも消極的であ 図5 学習指導法と学習者の性格との交互作用
るかの尺度を採用して分け,授業を行ない毎 (Snowほか1964)
回内容に関する簡単なテストを行う。これを一学期間ほど繰り返す。その結果は,図5に示すよ うなものであった。対人的に積極的な学習者は教師による指導で成績を上げており,映画による 指導ではそれほどでなかった。これとは逆に,対人的に消極的な学習者は,映画による指導で成 果を上げており,教師による指導ではそれほどではなかった。つまり,従来,余り考えられなか ったことであろうが,学習者の性格などによっても,学習指導法を選び適合させてやらないと教 育の成果が上がらないというのである。
したがって,このATIの例に基づいて設計と評価を行う場合,次のことが問題となろう。
① 短期的な視点で最適設計,評価を試みる場合。
この場合,個々の学習者に学習が成立するとともに,授業の効率(efficiency)など比較的短 期的な成果が問題とされる。そこで,この点から最適設計をするならば,例えば,対人的に積 極的なグループと消極的なグループに二分し,前者には教師による指導法を,後者には映画に よる指導法をというように適性処遇してやれば,全体としての教育の成果は上がり,その目的 を達することになる。
② 長期的な視点で最適設計,評価を試みる場合。
この場合は,個々の学習者における学力の形成や能力の育成という,比較的長期的な教育の 成果が問題とされる。この長期最適化は必ずしも短期最適化と相容れない。次のようなことが 推測できるからである。先の例で,対人的に積極的な学習者に教師による指導を行ない,消極 的な学習者に映画による指導を行なえば,短期的には学習の成果が上がるであろう。確かに,
前者の対人的に積極的な学習者に,教師による指導のみを試みていれば,教師が存在するもと では能率的に学習が進められる能力は育成されるであろう。しかし,学校教育の時間は限られ ており,生涯教育が叫ばれている現代社会においては,社会にでてからも学習し続けることが 要請される。その場合には,教師が存在しなくとも学習しなければならないわけで,教師に依 存せず学習できる能力を学校教育時代に育成しておく必要があろう。
また,逆に,対人的に消極的な学習者に,映画による指導を行なっていれば,確かに成果は 上がり,与えられたものを上手に処理する受け手としての能力は育成できるであろう。しかし,
これで固定してしまった場合,情報化社会が急速に進展している今日,益々偏よりのある能力 を学校教育は,育成してしまうことになろう。対人的なやりとりのできる送り手としての能力 の育成が要請される所以である。
以上の議論の②は,可能性の部分を含むものであり,論理上の問題にしか過ぎないかも知れない。
しかし,長期最適化は,必ずしも短期最適化の延長上にないかも知れないことを示唆しているよう に思われる。つまり,教育の効率や能率の追求上に,必ずしも望ましい能力の育成が存在しない可 能性があるということである。
教育方法学や教育工学の評価基準は,効率(efficiency)のものさしだけによるものであってはな らず,どんな学力や能力が育成されるかというような別のものさしによっても,なされなければな らない。恐らく,効率や能率の評価基準だけで教育設計が行なわれ,教育実践が展開されるならば,
教育方法学や教育工学は,人間操縦の学に陥る危険があるといえよう。
以上,教育の最適設計およびその評価においては,教育を構成する種々の要因同士の関係,部分,
全体の関係,短期・長期の関係など,様々な関連を考慮し,多くの評価基準軸のもとに,総合的な 評価がなされる必要があると結論することができよう。
(4}教育方法学・教育工学における教育評価問題の現状
これまでの章で,教育方法学ことに教育工学の急速な発展を軸として,そこでの教育評価問題の 歴史的展開とそこでの基本的な考え方と問題を概括してきた。ここでは,その後の教育評価問題の 展開と現状を,与えられた紙数の制限もあり,箇条書きにして一瞥を与えることにしょう。
① 教育という営みをシステムとしてとらえる場合,例えば授業が,どのレベルのシステムである かが,当初問題とされた。例えば,「授業は生きものである」というとき,これはシステム論か
らみれば,生物システムとアナロジカルな,いいかえれば同等なレベルのシステムとしてとらえ ているのであろう。あるいは,また,教育目標を上位目標から下位目標へと体系化し,指導案を フロー・チャートでアルゴリズム的に書き,教育を行う場合など,これは授業をコンピュータ・
システムという,高度の情報処理機械と同程度のレベルのシステムとして,とらえているのだと いえる。フローチャートは,本来,コンピュータ・プログラムを書くときのアルゴリズム記述の ために開発されたのである。
ことに,システム的手法は,工学分野(システム工学など)で発展したこともあり,教育の分 野でも後者のレベルの取り扱いが,これまで大勢を占めることが多かったといえる。
しかし,授業を構成する教師や学習者は生物であり,現在のレベルのコンピュータの能力を越 える側面を有しており,授業は高度に柔軟な側面を有するシステムなのである。したがって,授 業の動態を損わない設計・実践・評価が必要とされる。フローチャートでアルゴリズム的に指導 案を書き,授業の動態を損ない,教育の微妙性を見落してはならないであろう。ことに,教師と学 習者の微妙な心理と絡んでのホーソン効果,ピグマリオン効果,ハーロ効果などは,教育システ ムの設計・実践・評価において注意すべきことであろう。
② 今日の評価論では,従来のフィードバック・モデルに加えて,フィードフォワード・モデルに よる評価が議論され始めているといえる。ことに教授・学習過程におけるプロセスの評価は,教 師の情報処理機構や能力に依存するのである。最近の認知心理学,認知科学,人工知能の研究で は,人間の情報処理機構として,フィードフォワード機構の働らきを強調してきている。8)
この基本的な原理は図6に示される。フィ 目標 比較器 指示器
IC C
一ドバックでは,情報をもどし比較をするこ 1
ic} 行
とにその評価の本質があるが,それには時間 勢
(a} 選択器 場
を要するのである。(閉ループ)このフィードバ S E ックに時間がかかり,仲々来ないときには,
{b} 効果器
(a)フィードバック,㈲目標指示からのフィードフォワード,
それを補なうことが必要となる。これが前も {,陽の状態指示からのフ仁ドフォワ_ド
って情報を前送りする(予測)フィードフォ 図6.フィードバック・フィードフォワード両機構を ワードであり,行動の敏速性と知覚や思考の もつ情報処理モデル(MacKay・D・M・・1966)
継続性とともに評価の継続性を保障する。(開ループ) また,主体の期待や動機から発せられる フィードフォワードなど,フィードバックの客観的評価に対して,主観的評価の存在の可能性を 示唆するといえる。
③ 到達度評価が今日では,教育実践の場までおろされ,注目を集めている。この到達度評価の歴 史は,それなりにさかのぼれるのであるが,そのモデルとなっているのは行動主義系訓練モデ ルであるといって差し支えないであろう。その中でも,とくにSkinner, B. Fによるシェイピン
グが基礎的であり有名である。学習の最終到達目標に向けて,学習前の行動から一歩一歩スモー 一
ルステップで階段を登るように学習行動を積み上げていくわけである。しかも,常に正行動の連 続になるように工夫されるので,到達目標へ向けて一直線であり,学習者の個人差は学習速度の みということになる。9)いわば,ある建物にでもかけられた同一規格による多数の梯子を,それ それ子供達が一斉に登るような状況と類似している。このような場合であれば,ある時間できっ て,何段まで登ったかで到達度評価することは容易である。しかし,Gagne, R, Mの「累積学 習モデル」を引用するまでもなく,このシェイビングはある学習レベルにおいて成立するもので あり,すべての教科やすべての学習に適用できる一般性はない。シェイビングが成立する刺激一 反応学習の上のレベルには,刺激一反応が連鎖をなす連鎖学習(chaining)があるが,この場合 には,マセティックス(mathetics)と呼ばれる系列化法があり,シェイビングとはまさに逆に,
到達目標から先に学習し次第にさがっていく方法である。これは,極端な場合といえようが,到 達目標にたどりつくには,一本道だけでなく多数の分岐した道があることを,これまでの教育工 学・教育方法学研究は教えている。ユo)今日,到達度評価は,.こうした理論上の整理を必ずしも十 分にせずに実践に移され始めているように思われる。
かつて,「カリキュラム開発における国際セミナー」(1974年)で,「工学的接近」と「羅生 門的接近」の議論によって,客観的・数量的で少次元的な当時の教育工学的接近に対し,芥川龍之 助の小説の映画化「羅生門」に象徴されるような,認識の相対性をベースとした主観的・質的で多 次元的な接近の可能性が提案された♂1)これをひとつの皮切りとして,教育工学や教育方法学にお いては,総合的な評価の方向をめざして今日まで前進してきているといえるが,教育評価に関して は理論上からも残されている問題は多く,今後の研究に待たねばならない。
参考文献および引用文献
1)東洋「授業の心理学」教育学全集第4巻『教授と学習』 (小学館,1968)。
2)東洋「教育工学とは何か」r数理科学』(ダイヤモンド社,1964)。
3)L.V. Bertalanffy, GθπθrαZ gys εm Tんeorン:Foωηdα oπ8, DeuεZo、ρmeη , AppZ cα めπs
(George Breziler,1968).長野敬・太田邦昌訳『一般システム理論(フォン・ベルタランフィ)その 基礎・発展・応用』,みすず書房,ユ973。
4)H。Marko, Information theory and cybernetics ,1EEEβρθcεrωm(November,1967)pp.
75−83。菅井勝雄「教授・学習システムとコミュニヶ一ション」東洋編r教授・学習システム』教育工学 講座③(大日本図書,1971)。
5)坂元昂「現代社会における教育工学」r教育工学溝座1』(大日本図書,1971)。
6)坂元昂『教育工学の原理と方法』 (明治図書,1971)。
7)R.E. Snow, J. Tiffin,&W. Seibet, Individual differences and instructional film effects,
」≧ edlωc. R3こソcんoZ., 1965。
8)菅井勝雄「人工知能と人間の思考」坂元昂編『認知・思考・言語』 (東大出版会,1982)(近刊)
9)菅井勝雄・東洋「プログラム学習」東洋他編r教育のプログラム』 (共立出版,1978)。
10)菅井勝雄「シーケンシング」東洋編『教育の心理学的基礎』 (朝倉書店,1982) (近刊)
11)文部省『カリキュラム開発の課題,カリキュラム開発に関する国際セミナー報告書』(1975年)。