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戦 後 日 本 に お け る フ ァ シ ズ ム 論 の 再 検

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(1)

戦 後 日 本 に お け る フ ァ シ ズ ム 論 の 再 検

熊 討

野 直 樹

(81‑4‑ ) 605 59

(2)

は じ め に

ここ 数年 来︑ ジ ャー ナリ ズム を 中心 に︑ 現状 分 析の ため にフ ァ シズ ムと いう 用 語が 比 較的 多く 使用 さ れ始 めて いる

﹁グ ロ ーバ ル・ フ ァシ ズ ム﹂

︑ 独 りフ ァ シズ ム

﹂︑ 熱狂 なき フ ァシ ズム

﹂な ど がそ うで ある

︵ 木村

・前 田 編二

〇一 三︑ 響 堂 二〇 一二

︑相 田 二〇 一三

︑同 二

〇一 四︶

︒こ の場 合︑ 問 題 とな るの は︑ フ ァシ ズ ム とは 何か

︑と い うこ と であ る︒ ア カ デミ ズム にお い てフ ァシ ズム が メイ ンテ ーマ で なく なっ て久 し い︒ しか し︑ フ ァシ ズ ムと は何 か︑ と いう 問い はフ ァ シ ズム 研究 にお い て依 然と して 最 重要 なテ ーマ で ある

︒現 代の 日 本社 会に おい て

︑フ ァ シズ ムな る用 語 が再 び使 用さ れ 始 めて おり

︑フ ァ シズ ムと は何 か とい う問 いに 対 する ファ シズ ム 研究 の側 から の 応答 は 必要 であ ろう

︒ そこ で本 論で は

︑フ ァシ ズム と は何 かを 考え る 一つ の素 材と し て︑ 戦後 日本 に おい て ファ シズ ムな る 用語 はど のよ う に 議論 され

︑い か に規 定さ れて き たの か︑ その 際

︑フ ァシ ズム 論 はい かな る展 開 を経 て きた のか を提 示 する こと にし た い

︒そ の上 で戦 後 日本 にお ける フ ァシ ズム 論の 現 時点 にお ける 到 達点 につ いて 確 認し た い︒ もっ とも 戦後 日 本に おけ るフ ァ シズ ム論 をめ ぐ る研 究や 学説 史 は膨 大な 数に の ぼる

︒ 本論 では 今日 の 観点 から 見て 筆

(法政研究 81‑4‑ )60 606

(3)

者 が重 要と 見な す ない しは 関心 を 抱く ごく 一部 の ファ シズ ム論 な いし はフ ァシ ズ ム研 究 が取 り上 げら れ るに すぎ ない

︒ こ の点 につ いて は あら かじ めお 断 りし てお きた い

︒本 論で はと り わけ 比較 ファ シ ズム 論 の観 点か ら見 て

︑日 本独 自の 理 論 とみ なせ るフ ァ シズ ム論 とそ の 系譜 を辿 って い くこ とに した い

︒ 確か に︑ 近年 に おい ても 日本 の ファ シズ ム論 に つい ての 考察 が なさ れて いる

︵ 石田 二

〇〇 三︑ 伊藤 二

〇一 三︑ 加藤 二

〇六

︑河 島二

〇 一〇

︑熊 野二

〇五

︑同 二〇

〇 七︑ 高岡 二〇

〇 四︑ 同二

〇一 一

︑林 二

〇〇 七︑ 平井 二

〇〇

〇︑ 同二

〇 一

〇︑ 福家 二〇 一

〇︑ 同二

〇一 二

︑堀 二

〇七

︑ 増田 二〇

〇五

︑森 二〇

〇五

︑山 口 二〇

〇 三︑ 米 田二

〇〇 七︶

︒し かし な がら

︑戦 後直 後 の﹁ 上か らの フ ァシ ズ ム﹂

╱﹁ 下 から のフ ァシ ズ ム﹂ 論か ら総 力戦 体制 論 や戦 時体 制‖ 福 祉国 家﹂ 論 まで を視 野に 入 れて ファ シズ ム 論を 通観 した 研 究は

︑管 見の 限 り︑ 二一 世紀 に 入っ て なさ れて はい な い︒ 以上 の研 究 史 の状 況を 踏ま え て本 論で は︑ 戦 後日 本の ファ シ ズム 論の 再検 討 を行 った 上で

︑ ファ シ ズム 論の 現状 と 課題 を述 べる こ と にし たい

戦 後 初 期 日 本 の フ ァ シ ズ ム 論

︵ 一

︶ 具 島

﹁ 上か ら の フ ァ シ ズ ム﹂

﹁ 下 か ら の フ ァシ ズ ム

﹂ 論 戦後

日本 のフ ァ シズ ム論 にお い て大 きな 影響 を 与え たの は︑ 周 知の よう に丸 山 真男

︵ 敬称 略︒ 以下 同 じ︶ のい わゆ る

﹁上 か らの ファ シズ ム

﹂╱

﹁下 から の ファ シズ ム﹂ 論 であ る︵ 山口 二

〇〇 三︑ 一二 三

〜一 二四 頁︑ 同 二〇

〇六

︑三 七 頁︶

︒ し かし

︑ 上か らの フ ァシ ズム

﹂と

﹁ 下か ら のフ ァシ ズ ム﹂ と い う概 念を 戦後 最初 に 提起 し︑ こ れを 戦前

・戦 中の 日本 政 治に 当て はめ て 分析 した のは

︑ 丸山 では な く︑ 具 島兼 三郎 であ る︵ 熊野 二〇

〇七

︶︒ 戦後 のフ ァシ ズ ム論 に 関す る学

(81‑4‑ ) 607 61

(4)

説 史を 正確 に整 理 する なら ば︑ こ の点 は強 調さ れ てし かる べき で ある

︒ 具島 は︑ 一九 四 六年 一月 に公 表 した 論文 にお い て︑ 次の よう に 述べ てい る︒

﹁さ て然 らば

︑ 日本 フア ッシ ズ ムの 特質 はい か なる 点に あり と 考ふ べき であ ろ うか 私は これ を次 の 三点 にあ りと 考 へて ゐる

︒ 一︑

上か ら のフ ア ツシ ズム が日 本 フア ツシ ヨ化 の 本流 をな して ゐ るこ と 二︑

軍部 を 中心 と する フア ツシ ズ ムで ある こと 三︑

侵略 戦 争を 喰 物に して 発展 し たフ アツ シズ ムで ある こ と︹ ゴ シッ ク 原文 ママ

︒旧 字体 の漢 字は 新字 体 に改 めて いる

︒ 以下 同 じ︺

﹂ 具 島一 九 四六

︑二 三頁

︶︒ この よう に具 島 は﹁ 上か らの フ ァシ ズム

﹂が 日 本フ ァッ ショ 化 の本 流を なし て いる こ とを 指摘 して い る︒ しか も︑ 具 島 は﹁ 上 か らの ファ シ ズム

﹂と

﹁下 か らの ファ シ ズム

﹂と い う 概念 を利 用 して

︑一 九 三六 年 二 月 以 降の 日 本 の ファ ッ シ ョ化 を分 析し て いる

︒ 我 国で は通 常フ ア ッシ ズム と云 ふ とス グに 血盟 団 事件 から 五・ 一五 事件 を 経て 二・ 二 六事 件に 至る 一 連の 過程 を想 起 し

︑そ れら 事件 の 背後 に動 いて ゐ ると ころ の政 治 的な 動き をフ ア ッシ ズム とし て 理解 し 勝ち であ るが

︑ これ は下 から の フ アッ シズ ムと も 称す べき もの で あつ て日 本フ ア ッシ ズム のた ゞ 一つ の面 を示 し てゐ る に過 ぎな い︒ 一 国の フア ッシ ョ 化 は下 から の運 動 によ つて 行は れ る許 りで なく

︑ 政府 の手 によ つ て上 から 梨く づ し的 に 行は れる 場合 も あり 得る ので あ る

︒日 本の 場合 は 即ち それ であ つ て︑ こゝ では 下 から のフ アッ シ ズム はた ゞ上 か らの フ アッ シズ ムに 日 本フ アッ ショ 化 の 口実 を 与へ

︑ それ を促 進す る 刺戟 剤と して 利用 され て ゐる に過 ぎな い︒ イ タ リー や ドイ ツの 場合 に は先 づ 下 から フ ア ッシ ズム の大 衆 運動 が起 つて 来 て︑ それ がそ れ まで 存在 して ゐ た自 由主 義政 府 を打 倒 し︑ 政権 を獲 得 した 後に はじ め て 国家 権力 を利 用 して 他政 党の 解 散を 行ひ

︑議 会 や裁 判所 を政 府 に隷 属さ せ︑ 人 民の 自 由を 剥奪 した の であ るが

︑日 本

(法政研究 81‑4‑ )62 608

(5)

の 場合 には 下か ら のフ アッ シズ ム 運動 はた ゞ政 府 が国 内支 配体 制 のフ アッ ショ 化 を図 る ため の口 実︑ 乃 至は 促進 剤と し て 利用 され たに す ぎな い︹ 下線 部 引用 者︒ 以下 同 じ︺

﹂ 具 島一 九 四六

︑二 三〜 二 四頁

︶︒ 具島 は既 に日 本 のフ ァッ ショ 化 が政 府の 手 によ っ て上 から なし く ずし 的に 行わ れて お り︑ 下か らの ファ シズ ム﹂ は

﹁上 か らの ファ シズ ム

﹂に 口実 を与 え

︑そ れを 促進 す る刺 激剤 とし て利 用 され たに 過ぎ ない と 主張 して いる

︒さ ら に︑ 皇 道派 と統 制派 に 着目 し︑ 統制 派 を﹁ 上か らの フ ァシ ズム

﹂と し て捉 えて いる 点 も重 要 であ る︒ し かし

︑こ の﹃ 粛 軍﹄ によ つて 軍内 から 追は れた の は﹃ 皇 道派

﹄ と呼 ばれ る 急速

︹ 進︺ フ アッ シ ョの 一 派 だけ であ つ て︑ フア ッシ ョ 分子 の凡 てで は なか つた

︒否

︑ それ どこ ろか

﹃ 統制 派﹄ の名 で 呼ば れ てゐ たフ アッ シ ョ分 子の 別派 は

︑ そ れを 機会 に軍 内 のヘ ゲモ ニー を 握り

︑急 進フ ア ッシ ョと 異つ た 方法 によ つて

︑ 換言 す れば 合法 的な 方 法に よつ て日 本 の フア ッシ ョ化 に 乗り 出し たの で あつ た︒

︹⁝

︺ かく の如 く日 本 では フア ッシ ョ 化の 本流 をな し てゐ るも のは

︑ 下か らの フア ッ シズ ム であ るよ りも

︑ むし ろ上 から の そ れな ので ある

﹂ 具 島一 九四 六︑ 二 四頁

︶︒ また 具島 は︑ 独 伊の ファ シズ ムと 比較 して

︑日 本に おい てフ ァシ スト 党や ナチ 党の よう な 小 ブ ル ジョ ア 大 衆 政党 が フ ァッ ショ 化の た めに 必要 とさ れ なか った 理由 と して 以下 のよ う に述 べて いる

︒ イ タリ ーの フア ッ シス ト国 民党 や ドイ ツの ナチ ス党 の如 き 強力 な小 ブル ヂョ ア 大 衆政 党が 日本 のフ アッ ショ 化 にと つ て必 要と され な かつ た所 以は

︑ 日本 にお いて は かゝ る大 衆政 党 の力 を借 りな け れば 破 壊出 来な いや う な革 命勢 力や 自 由 主義 的︑ 民主 主 義的 政治 機構 は

︑は じめ から 存 在し なか つた か らだ と思 はれ る

︒革 命 勢力 はフ アッ シ スト 大衆 党を 待 つ まで もな く︑ 自 由主 義的 であ る べき 筈の 政党 内 閣時 代か ら既 に 歴代 政府 の手 に よつ て 手厳 しく 弾圧 さ れて 来た し︑ 天 皇 を中 心と する 政 治機 構は フア ッ シス ト大 衆党 の 手を 煩は すま で もな く︑ 当初 か ら頗 る 専制 的な 政治 機 構で あつ たか ら で ある

︒従 つて 日 本で は国 内の フ アッ ショ 化の た めに はイ タリ ー やド イツ にお い て見 ら れた 如く

︑在 来 の政 治体 制を 根

(81‑4‑ ) 609 63

(6)

底 から 破壊 しな く とも

︑若 干そ れ に修 正を 加へ るだ けで 容易 にフ アッ ショ 化 の目 的を 達し 得 たの であ る﹂ 具 島一 九四 六

︑二 六〜 二七 頁

︶︒ この よう に具 島 は戦 前の 天皇 を 中心 とす る政 治 機構 が頗 る専 制 的な 政治 機構 で あっ た と見 なし てお り

︑こ の点 は戦 前 期 日本 社会 の前 近 代性 ない しは 半 封建 性を 強調 す るい わゆ る講 座 派の 歴史 観と 共 通し て いる

︒具 島の 見 解は

︑専 制的 な 天 皇制 がフ ァッ シ ョ化 した と解 釈 する こと も可 能 であ り︑ その 意 味で 天皇 制フ ァ シズ ム 論と 親近 性を 持 つと いえ る︒ 具島 のフ ァシ ズ ム理 論は

︑ 上か ら のフ ァシ ズ ム﹂

╱﹁ 下 から のフ ァシ ズム

﹂ 論と して 重要 な 視角 を提 示し てお り︑ こ れら は丸 山に よ って も提 唱さ れ るこ とに なる

︵ 二

︶ 丸 山 フ ァシ ズ ム 論 丸山

が﹁ 上か ら のフ ァシ ズム

╱﹁ 下か らの フ ァシ ズム

﹂論 を 最初 に公 にし た のは

︑ 一九 四七 年で あ る︒ 彼の

﹁上 か ら のフ ァシ ズム

╱﹁ 下か らの フ ァシ ズム

﹂論 を 考察 する 上で 重 要な 箇所 を以 下 指摘 す るこ とに しよ う

︒ で すか ら︑ 二・ 二 六以 後の 過程 と いう もの は︑ 日 本の ファ シズ ムが いわ ば﹃ 合 理 化﹄ さ れ急 進的 なプ ッチ とい う形 で なく

︑支 配機 構 その もの の中 か ら着 々と 合法 的 に前 進し て行 く とい うこ とに な るの で あり ます

︒急 進 ファ シズ ムの 不 気 味な 圧力 をた く みに 武器 とし て 上か ら自 己の 支 配を 強化 して 行 く﹂ 丸山 一 九五 六

︑七

〇頁

︶︒ 日本 のフ ァシ ズ ムが 急進 的な 方 法で はな く︑ 支 配機 構の 中か ら 合法 的に 前進 し てい く とい う点 や急 進 ファ シズ ムを 武 器 とし て上 から 自 己の 支配 を強 化 する とい う点 は

︑具 島の 指摘 と ほぼ 類似 して い るこ と がわ かる

︒さ ら に︑ なぜ 日本 に お いて

﹁下 から の ファ シズ ム﹂ が ヘゲ モニ ーを と らな かっ たの か につ いて

︑丸 山 は以 下 のよ うに 述べ て いる

︒ な ぜ日 本に おい て 国民 の下 から の ファ シズ ム⎜

⎜ 民間 から 起つ た ファ シズ ム運 動 がヘ ゲモ ニー を とら なか つた の か︒

(法政研究 81‑4‑ )64 610

(7)

な ぜフ ァシ ズム 革﹅

命﹅が なか つた か とい うこ と はな かな か重 大な 問 題で あり ます

︒︹

⁝︺ 即 ち︑ フ ァシ ズ ムの 進 行過 程に お ける

﹃下 から

﹄ の要 素の 強さ は その 国に おけ る 民主 主義 の強 さ によ つて 規定 さ れる

︑ いい かえ るな ら ば︑ 民主 主義 革 命 を経 てい ない と ころ では

︑典 型 的な ファ シズ ム 運動 の下 から の 成長 もま たあ り えな い

︑と いう こと で す︹ 傍点 原文 マ マ

︒以 下同 じ︺

﹂ 丸山 一九 五六

︑ 七五 頁︶

︒ こ うい う強 大な プ ロレ タリ アー ト の勢 力を 撲滅 す るた めに は︑ いか にラ ジカ ルな 強 力が 必要 であ つた か︑ 従来 の民 主 主義 的政 治機 構 のい かに ラジ カ ルな 変革 が必 要 であ つた かは 想 像に 余り あり ま す﹂ 丸山 一 九五 六

︑七 六頁

︶︒ 独 占資 本は

︑ナ チ スか

﹃赤 化﹄ か とい う 切ぱ つま つた 情 勢に おい て急 遽︑ ヒ ット ラー を 政権 に招 いた わ けで す︒ 日 本 のフ ァシ ズム 体 制の 進行 が漸 進 的で

︑﹃ ロー マ進 軍

﹄と か

︑一 九三 三年 一月 三十 日 とい うよ うな 日を 持た な いと いう こ とは

︑い いか え るな らば 下か ら の抵 抗が それ だ け強 くな かつ た とい うこ とで す

︒一 戦 をま じえ るに 足 る強 大な プロ レ タ リア ート の組 織が 存し なか った とい うこ とで す︒ こ れ は日 本の 資本 主義 の 構造 その もの から 容易 に 理 解 され ま す﹂ 丸山 一九 五六

︑七 六

〜七 七頁

︶︒ ファ シズ ムの 進 行過 程に おけ る

﹁下 から

﹂の 要 素の 強さ は︑ そ の国 にお ける 民 主主 義 の強 さに よっ て 規定 され ると い う 指摘 も︑ 具島 の 指摘 と類 似し て おり

︑丸 山も ま た具 島同 様に 講 座派 の歴 史観 を 共有 し てい たと いえ よ う︒ 以上 のよ うに

︑ 具島

﹁上 から の ファ シズ ム﹂

﹁下 から のフ ァ シズ ム﹂ 論と 丸 山﹁ 上 から のフ ァシ ズ ム﹂

╱﹁ 下か ら の ファ シ ズ ム﹂ 論 が重 要な 点で 共 通し てい たこ とが 理 解で きよ う︒ 学 説 史 的 に﹁ 上 か ら のフ ァシ ズ ム﹂

﹁下 から の フ ァシ ズム

﹂論 は

︑具 島↓ 丸 山と いう 系譜 にな る︒ それ 故︑ 上か ら のフ ァ シズ ム﹂

﹁下 か ら のフ ァ シズ ム﹂ 論 は︑ 具 島・ 丸山

﹁上 か らの ファ シズ ム

﹂╱

﹁下 から の ファ シズ ム﹂ 論 と称 すべ きで あ ろう

︒ 丸山 ファ シズ ム 論の もう 一つ の 特徴 は︑ 広義 の ファ シズ ム論 で ある

︒そ の際

︑ 丸山 は ファ シズ ムの 特 徴的 機能 とし て

︑ 反革 命﹂ のた めの

﹁ 強制 的同 質化

﹂ を強 調し てい る︒ こ の指 摘 は︑ 戦 後日 本の ファ シズ ム論 に対 する 最大 の 貢献 とも

(81‑4‑ ) 611 65

(8)

い える もの であ る

︒ フ ァシ ズム は︑ あ る場 合に は公 然 たる 暴力 によ り︑ あ る場 合 には 議会 立法 の形 を とり

︑ また ある 場合 に は教 育・ 宣 伝 等心 理手 段に よ るな ど一 切の 政 治的 手段 を駆 使 して

︑そ の社 会 を反﹅

革﹅命﹅

と﹅戦﹅

争﹅

の目 的 のた めに 全面 的 に組 織化 しよ う と する 内在 的傾 向 をも つて おり ま す﹂ 丸山 一 九七 六

︑五 三七 頁︶

︒ 反 革命 のた めの 強 制的 同質 化と い うフ ァシ ズム の 機能 が 戦 後自 由民 主主 義の 仮面 の 下に 現わ れる とき に︑ どう いう 形 をと るか とい う こと を︑ 自由 民 主主 義の 伝統 が 最も 強い

⎜⎜ 従 つて 思想 的伝 統 から い えば ファ シズ ム の思 想と は最 も 遠 いは ずの アメ リ カに つい て検 討 した まで のこ と です

︒つ まり ア メリ カの よう に 本﹅来﹅

の﹅

自由 主義 の原 則 が長 く根 をお ろ し てい たと ころ で さえ

︑自 由を 守 るた めに 自由 を 制限 する とい う 考え は︑ 現在 の 客観 情 勢の 下で はズ ル ズル とフ ァシ ズ ム 的な 同質 化の 論 理に 転化 する 危 険が ある

﹂ 丸山 一 九七 六︑ 五四 八 頁︶

︒ これ らは

︑戦 後 アメ リカ のマ ッ カー シズ ムを フ ァシ ズム 概念 で 分析 する 際に 主 張さ れ たフ ァシ ズム の 機能 論で あり

︑ 体制 とし ての ファ シ ズム

﹂分 析で は ない 点に 注 意す る必 要が ある

︒自 由民 主主 義体 制で も︑ 自由 を守 るた めに

︑フ ァ シ ズム 的な 同質 化 の論 理に 転化 し うる とい う︑ い わば シス テム の 機能 転換 とし て のフ ァ シズ ムを 論じ て いる ので ある

︒ こ の分 析視 角は

︑ 現代 政治 分析 に も十 分応 用可 能 であ ろう

︒そ の 後︑ 日本 にお け るフ ァ シズ ム論 では

︑ 専ら

﹁反 革命

﹂ の 概念 をめ ぐっ て 議論 が展 開さ れ てい くこ とに な る︒

(法政研究 81‑4‑ )66 612

(9)

二 日 本 に お け る フ ァ シ ズ ム 論 の 展 開

⎜ 反 革 命 論 か ら 擬 似 革 命 論 へ

︵ 一

︶ 擬 似 革 命と し て の フ ァ シ ズム 丸山

は︑ ファ シ ズム 分析 のた め の概 念の 提唱 だ けで なく

︑フ ァ シズ ムの 定義 を も行 っ てい る︒ フ ァシ ズム は二 十 世紀 にお ける 反 革 命 の最 も尖 鋭な 最 も戦 闘的 な形 態 であ る

﹂ 丸 山一 九 五七

︑二 七二 頁

︶︒ この

﹁カ ウン タ ー・ レヴ オリ ユ ーシ ヨン

﹂と わ ざわ ざル ビが 付 され た﹁ 反革 命

﹂の 概 念を めぐ って

︑ 日本 独自 の議 論 が なさ れて いく こ とに なる

︒こ の

﹁反 革命

﹂の 意 味内 容に つい て

︑丸 山は 同じ 論 文の 別 の箇 所で 以下 の よう に述 べて い る し ︒ かし ファ シズ ム は革 命的 状況 の 緊迫 性か ら生 れ る反 革命 と して 単な る復 古主 義 や消 極的 な保 守主 義に は とど まり え ない ので あつ て それ は多 かれ 少 なか れ擬 似革 命 的相 貌を 帯び る

︒フ ァシ ズム は ファ シ ズム なり に﹃ 新

﹄体 制︑ 奴隷 的 抑 圧か らの 人民 の

﹃解 放﹄ 等の 言﹅

葉﹅を 高唱 する だ けで なく

︑そ の 最も 尖鋭 な形 態 にお い ては 思惟 方法 ま で革 命陣 営の そ れ を意 識的

・無﹅

意 識的 にと り入 れ る﹂ 丸山 一 九五 七

︑二 七九 頁︶

︒ 丸山 が﹁ 反革 命

﹂に わざ わざ

﹁ カウ ンタ ー﹂ と ルビ を付 した 理 由は

︑フ ァシ ズ ムの 反 革命 が︑ 単な る

﹁ア ンチ

﹂で は な く︑ 擬似 革 命的 相 貌﹂ を帯 び︑ 革 命陣 営の 思惟 方 法を も意 思 的・ 無 意識 的に とり い れる 点を 強調 した かっ たか らで あ る︒ こう した

﹁ 擬似 革命 的相 貌

﹂を 帯び た﹁ 反 革命

﹂と いっ た 丸山 の主 張を 踏 まえ て

︑理 論的 に展 開 した のが

︑ド イ ツ 現代 史家 の西 川 正雄 であ る︒ 西 川は

︑以 下の よ うに

﹁反 革命

﹂ 概念 をさ らに 展 開し た

︒ 反 革命 は革 命の 挑 戦を 受け

︑そ の 綱領 を取 り込 む こと によ って 新 しい 形態 を得 る

﹂ 西川 一九 六七

︑ 九七 頁︶

︒ そ こで 行論 の便 宜 上︑ 狭義 のフ ァ シズ ムを 仮に

﹃疑 似 革 命﹄ と 呼び

︑伝 統 的反 革 命の 方を

﹃権 威 主義 的 反動

﹄ と呼

(81‑4‑ ) 613 67

(10)

ん でお きた い︒ 念 の為 に述 べて お くな らば

︑﹃ 疑似 革 命﹄ は あ くま で反 革命 の一 翼で あ り︑ そ の特 質を 基調 に もつ 政治 現 象は

︑そ れ自 身 がは っき りし た 存在 であ る場 合は もと より

︑﹃ 権威 主義 的反 動﹄ が そ の機 能を 代行 する 場 合で あっ て も

︑す べて ファ シ ズム と規 定さ れ ねば なら ない の であ る︒ その 場 合︑ ファ シズ ム が︑ 帝 国主 義と 同様

︑ すぐ れて 国際 的 な 同時 代性 にお い て把 えら れて い るこ とは 云う ま でも ない

︒ この よう に考 え るな らば

︑﹃ 上か ら﹄ の ファ シ ズム と﹃ 下 か ら﹄ の ファ シ ズム との 違 いは

︑ 丸山 氏が 指摘 さ れた 二つ の 契機 を含 めた 様 々な 歴史 的・ 社 会的 要 因 に動 かさ れる

︑﹃ 権威 主義 的反 動﹄ と

﹃疑 似革 命﹄ と の力 関係 に よっ て 生じ る

﹂ 西川 一九 六七

︑ 九八 頁︶

︒ この よう に西 川 は︑ ファ シズ ム の﹁ 擬似 革命 的 相貌

﹂を 帯び た 反革 命と いっ た 丸山 の 指摘 を引 き継 い だ︒ その 際︑ 西 川 は﹁ 上か らの フ ァシ ズム

﹂と

﹁ 下か らの ファ シ ズム

﹂の 相違 を

﹁権 威主 義的 反 動﹂ と

﹁擬 似革 命﹂ と の力 関係 に着 目 し て説 明し た点 が

︑最 大の 特徴 で あり

︑戦 後日 本 のフ ァシ ズム 論 への 最大 の貢 献 であ る

︒ しか し︑ こ の﹁ 権 威 主義 的 反 動﹂ と﹁ 擬似 革 命﹂ は︑ あ く ま で 丸山

﹁上 か らの フ ァシ ズム

﹂╱

﹁ 下か ら の ファ シ ズ ム

﹂論 を︑ ドイ ツ 現代 史分 析の た めに 応用 した も ので あり

︑方 法 論的 にシ ステ ム

︵機 能

︶論 をア クタ ー

︵主 体︶ 論に 変 換 した 点が 特徴 で ある

︒特 に﹁ 下 から のフ ァシ ズ ム﹂ であ るナ チ 党を

﹁擬 似革 命

﹂と 規 定す るこ とに よ って

︑実 際に 歴 史 分析 しや すく な った

︒ この 西川 の理 論 を踏 まえ て︑ さ らに R・ キュ ー ンル の同 盟理 論 を参 照し て︑ 比 較フ ァ シズ ム論 へと 昇 華し たの が山 口 定 であ る︒ 山口 の 同盟 理論 は︑ フ ァシ ズム の支 配 体制 を﹁ 権威 主 義的 反動

﹂と

﹁ 擬似 革 命﹂ との 結合

︵ 同盟

︶に よっ て 成 立し てい ると 見 なし た点 が最 大 の特 徴で ある

︒ 彼は いう

︒ い わゆ る﹃ 上か ら のフ ァシ ズム

﹄で あ ると

﹃下 から のフ ァシ ズ ム﹄ であ ると を問 わず

︑フ ァ シズ ムの 支配 体制 は︑ 支 配層 のな かの フ ァッ ショ 化し た部 分︵ す なわ ち﹃ 権威 主義 的反 動﹄

︶と

︑ 多か れ少 なか れ自 立 性を もっ た

﹃下 か ら﹄

(法政研究 81‑4‑ )68 614

(11)

の ファ シズ ム運 動

︵﹃ 擬似 革命

﹄︶ との

︑な んら か の形 での 結合 に よっ て成 立す る

﹂ 山口 二〇

〇六

︑ 二二 六頁

︶︒ 山口 の同 盟理 論 の社 会科 学方 法 論上 の最 大の 意 義は

︑フ ァシ ズ ムと スタ ーリ ニ ズム を 同類 とみ なす

﹁ 全体 主義

﹂論 に 対 して 説得 的な ア ンチ テー ゼを 提 出し たこ とで あ る︒ スタ ーリ ニ ズム では 旧支 配 層が 一 掃さ れる が︑ フ ァシ ズム では 旧 支 配層 はそ のま ま 温存 し︑ しか も 同盟 関係 を結 ん でい る点 で︑ 両 者は 権力 構造 に おい て 決定 的に 異な る ので ある

︒こ れ は

︑丸 山の 広義 の ファ シズ ム概 念 が政 治的 機能 に 着目 する あま り

︑そ れが 結局 ス ター リ ニズ ムに も当 て はま ると いう 批 判 を受 けた のに 対 して

︑同 盟と い う権 力構 造に 着 目し た点 で画 期 的で あっ た︒ しか し︑ 権 威主 義 的反 動﹂ の概 念 につ いて

︑西 川 と山 口 の 規定 との 間の 微妙 な相 違 に注 意が 必要 であ る︒ 西川 が伝 統 的反 革命 を﹁ 権 威主 義的 反動

﹂ と規 定し てい る のに 対し て︑ 山 口は 支配 層の な かの フ ァッ ショ 化し た 部分 を﹁ 権威 主 義 的反 動﹂ と規 定 して いる 点で 両 者に 違い が存 在 する

︒ま た︑ 西 川は

﹁権 威主 義 的反 動

﹂が

﹁擬 似革 命

﹂の 機能 を代 行 す る場 合も

︑フ ァ シズ ムと 呼ぶ と して い る︒ これ は﹁ 権 威主 義的 反 動﹂ に は︑ 擬似 革 命﹂ を 機能 的に 代行 す る部 分と 代 行し ない 部分 と に分 かれ るこ と を意 味す る︒ 一 方︑ 山口 の概 念 規定 では

︑専 ら 伝統 的 反革 命の ファ ッ ショ 化し た部 分 の みを

﹁権 威主 義 的反 動﹂ と呼 び

︑西 川に 比べ て

︑よ り狭 い範 囲 に限 定さ れて い る︒ ファ シズ ム体 制 を﹁ 権威 主義 的 反動

﹂と

﹁擬 似 革命

﹂と の同 盟 と捉 える 同盟 理 論を ド イツ 現代 史分 析 だけ でな く︑ 比 較 ファ シズ ム体 制 分析 にま で応 用 した のが

︑山 口 の最 大の 学問 的 貢献 の一 つで あ る︒ そ の際

︑同 盟理 論 は︑ 日本 ファ シ ズ ム体 制︵ 完成 さ れた ファ シズ ム 体制

︶に も適 用 され た︒ 山口 によ ると

︑ フ ァシ ズム 体制 の 諸類 型﹂ にお け る日 本は

︑ 権威 主義 的反 動

﹂主 導 型フ ァシ ズム 体 制と 位置 づけ ら れ てい る︒ その 際

︑ 権威 主義 的反 動

﹂‖

﹁宮 中グ ル ープ を中 核と す る軍

・官 僚機 構 内の 保守 派﹂ と され

︑ 擬似 革命

﹁﹃ 革新

﹄将 校と

﹃ 革新

﹄官 僚﹂ と 見な され てい る

︵山 口二

〇〇 六

︑二 三〇

〜二 三 一頁

︶︒ 山口 によ る と﹁ 擬似 革命

﹂ 主 導型 とは

︑ 下か ら の大 衆運 動﹂ 主 導型 と重 な り︑ 権威 主義 的 反動

﹂ 主導 型と は︑ 上 から のフ ァシ ズ ム﹂ 型と 重な

(81‑4‑ ) 615 69

(12)

る と主 張し てい る

︒ こ こで いう

﹃擬 似 革命

﹄ 主導 型は 前述

︹⁝

︺ のタ イプ

︵一

︶の

﹃下 から の大 衆運 動﹄ 主 導 型と 重な り︑

﹃ 権威 主義 的 反動

﹄主 導型 は タイ プ︵ 二︶ の

﹃上 から のフ ァ シズ ム﹄ 型と 重 なる

﹂ 山口 二〇

〇 六︑ 二二 九頁

︶︒ さら に山 口は

︑ い わゆ る﹃ 下か ら の擬 似革 命﹄ と して 登場 する フ ァシ スト 運動

﹂ 山 口二

〇〇 六︑ 二 三二 頁︶ と述 べ て いる

︒以 上か ら わか るよ うに

︑ 山口 は明 らか に

﹁擬 似革 命﹂

﹁下 から のフ ァ シズ ム

﹂︑ 権威 主義 的 反動

﹂‖

﹁上 か ら のフ ァシ ズム

﹂ と捉 えて いる

︒ これ は 山 口の 同盟 理論 が丸 山 の﹁ 上 から のフ ァシ ズ ム﹂ 下 から のフ ァシ ズム

﹂ の概 念 と西 川の

﹁権 威 主義 的反 動﹂ 擬似 革命

﹂の 概念 と をそ れぞ れ等 号 で結 んだ こと か ら由 来す る︒ と する なら ば︑ 擬似 革 命﹂ であ る﹁ 革 新﹂ 将校 と﹁ 革 新﹂ 官僚 は︑ 擬似 革命

﹂‖

﹁下 か らの ファ シズ ム

﹂で ある ため

︑ 下 から のフ ァシ ズ ム

﹂と いう こと に なる

︒し かし

︑ 革 新﹂ 将校 は︑ 二

・二 六事 件以 降 勢力 を喪 失し

︑ 革 新﹂ 官僚 は︑ 本 来官 僚機 構内 の ア クタ ー故

﹁上 か らの ファ シズ ム

﹂に 属 す るこ とに なる ため

︑二

・ 二六 事件 以降

︑ 下か らの ファ シ ズム

﹂は 存在 しな い こと に なる

︒ それ 故︑ 日 本の 場 合︑ 擬似 革 命﹂

下 から の ファ シズ ム

﹂と な り︑ 革 新﹂ 官 僚

‖﹁ 上 か ら の 擬似 革 命

﹂と なる はず で ある

︒ この よう に山 口 同盟 理論 の問 題 点は

︑ 上か らの ファ シ ズ ム﹂

‖﹁ 権威 主義 的反 動﹂ と定 式化 した 点で あ る︒ そ もそ も

﹁上 から のフ ァ シズ ム﹂ と﹁ 下 から のフ ァシ ズ ム﹂ はフ ァッ シ ョ化 の契 機を 説 明す る ため の概 念に 過 ぎな い︒ 国家 と 社 会 に 二 元化 し た 際︑ フ ァッ シ ョ化 の ベク ト ル の 向き に つ い て︑ 国 家︵ 支配 層

︶か ら の ベ ク ト ル を﹁ 上 か ら﹂

︑社 会

︵運 動

︶か らの それ を

﹁下 から

﹂と 表現 した にす ぎな い︒ それ らを アク ター と 結 びつ け︑ し かも

﹁擬 似 革 命﹂ と﹁ 権威 主 義的 反動

﹂と そ れぞ れ等 号で 定 式化 し た点 に問 題が あっ た の であ る︒ つ まり

︑ 下か らの ファ シ ズム

﹂に は︑ 原 理的 に はア クタ ーと し て﹁ 擬似 革命

﹂ も伝 統的 反革 命‖

﹁権 威主 義的 反動

﹂も あり 得る し︑ 上か ら のフ ァ シズ ム﹂ に も︑ ア クタ ーと して

﹁ 擬似 革命

﹂も 伝 統的 反革 命‖

﹁ 権威 主義 的反 動

﹂も あり 得る は ずで あ る︵ 図1 参照

︑ 後述

︶︒

(法政研究 81‑4‑ )70 616

(13)

事実

︑日 本の 場 合︑ 二・ 二六 事 件以 降︑ 上 から のフ ァシ ズム

﹂ が主 導的 にな る が︑ そ の中 には アク ター とし て﹁ 擬 似 革命

﹂‖

﹁国 防 国家

﹂を 主張 す る﹁ 革新

﹂官 僚 や統 制派 幕僚 も いる し︑ 宮中 グ ルー プ を中 核と する 保 守派

‖﹁ 権威 主 義 的反 動﹂ もい る

︒す なわ ち﹁ 上 から のフ ァシ ズ ム﹂ には

︑ 擬似 革 命﹂ も﹁ 権威 主 義的 反動

﹂も い るの であ る︒ この 点に つい て

︑池 田順 が山 口 同盟 理論 に対 し て以 下の よう な 批判 を行 って い る︒ だ が︑ 日本 ファ シ ズム 体制 にお い て﹃ 権威 主義 的反 動﹄ 派 と﹃ 擬似 革命

﹄派 に そ れぞ れい かな る政 治勢 力 が該 当す る とみ るべ きか は

︑必 ずし も容 易 な問 題と はい え ない

︒︹

⁝︺

﹃同 盟理 論﹄ がな り たち う るた めに は︑ フ ァッ ショ 化の ヘ ゲ モニ ーを 掌裡 す る﹃ 権威 主義 的 反動

﹄派 が同 盟 関係 の構 築を 不 可欠 とみ なす だ けの 政 治的 力量 を﹃ 擬 似革 命﹄ 派が 具 備 して いな けれ ば なら ず︑ だと す れば

︑少 なく と も二

・二 六事 件 以降 の日 本フ ァ シズ ム 体制

⎜⎜ それ 以 前の 両派 の関 係 を

﹃同 盟﹄ とみ る こと が適 切か 否 かは さて おき

⎜の 分析 に﹃ 同 盟理 論﹄ を適 用 する こ との 当否 が問 わ れね ばな らな い だ ろう

﹂ 池田 一九 九 七︑ 一八 頁注 11︶

︶︒ 池田 の批 判は

︑ 山口 の同 盟理 論 の問 題点 を適 確 に指 摘し てい る とい える

︒そ も そも 日 本の 場合

︑二

・ 二六 事件 以降 は

︑ 急 進フ ァシ ズム

﹁下 から のフ ァ シズ ム﹂ なき

﹁ 上か らの ファ シ ズム

﹂が 特徴 で あり

︑ 下か らの

﹁擬 似 革命

﹂が 弱小 な 点 が特 徴で ある

︒ その ため

﹁上 か らの ファ シズ ム

﹂‖

﹁権 威主 義 的反 動﹂ 派の 同 盟相 手 が存 在し ない こ とに なる ので あ る

︒ しか し︑ 上 から の ファ シズ ム﹂ に は︑ 既に 述べ た よう に﹁ 権威 主 義的 反動

﹂派 だ けで なく

︑ 擬似 革 命﹂ 派も 存在 す る

︒ 国防 国家

﹂を 主 張す る﹁ 革新

﹂ 官僚 や統 制派 幕 僚は まさ に﹁ 擬 似革 命﹂ とい え るは ずで ある

︒ 以上 のよ うに

︑ 山口 の同 盟理 論 は﹁ 下か らの フ ァシ ズム

﹂‖

﹁ 擬似 革命

﹂派 が 政権 を 掌握 した 独伊 の 分析 には 適し て い るが

︑ 上か らの フ ァシ ズム

﹂が 主 流で あっ た日 本 の分 析に は適 し てい ない ので あ る︒ 日本 の場 合 は︑ 上か ら のフ ァ シ ズム

﹂概 念に よ る分 析が 有効 で あり

︑山 口の 同 盟理 論は 不適 確 とい える

︒そ も そも

﹁ 上か らの ファ シ ズム

﹂と いっ た

(81‑4‑ ) 617 71

(14)

機 能の 概 念を

﹁権 威主 義 的反 動﹂ とい っ たア ク ター の概 念に 直 接変 換し た点 に 問 題 が あっ たの で あ る︒ こ の 点 に つい て は︑ 西川 は 正 当 に も﹁ 権 威 主 義的 反 動

﹂を 機 能論 で説 明し て いた

︒西 川は

﹁ 仮に 権 威主 義体 制だ っ たと して も︑ 権 威 主義 反 動そ のも ので は なく て︑ 何ら か の形 で 疑似 革命 的要 素 とい うも のを

︑ 国 内的 要 因か らも 世界 史 的段 階か らも と り入 れ てい るか らこ そ

︑あ えて それ を フ ァシ ズ ムと 呼ん でよ い ので はな いか

﹂ 西 川・ 山口

・吉 見 一九 八〇

︑一 一 頁︶ と 機能 論 を提 唱し てい た

︒ また 山 口の 同盟 理論 を 日本 ファ シズ ム 体制 の 実証 分析 に当 て はめ た場 合の 不 整 合を 吉 見義 明が 以下 の よう に指 摘し て いる

︒ 一 九四

⎜四 一 年 に確 立し た日 本フ ァシ ズム 体制 が結 果と して 権 威主 義的 色 彩を 濃 厚に もっ てい る とい う点 では 異 論は な いの です が︑ 問 題は 日本 の場 合 に 何が 疑 似革 命的 な傾 向 であ るか

︑と い うこ と なん です ね︒ 山 口さ んは 一方 で

︑ 統 制派 や 革新 官僚 を権 威 主義 的反 動だ と 言っ て おら れ︑ 別の と ころ でそ れを 疑 似 革命 だ と言 って おら れ る︑ どっ ちな の かと い うこ とで すけ れ ど︑ 私の 考え で は 疑似 革 命的 な傾 向と は 統制 派︑ 石原 グ ルー プ

︑皇 道派 青年 将 校等 を含 めた 軍

﹃革 新﹄ 派 全 体 と 近 衛 新 党 運 動 に 流 れ て い く﹃ 革 新﹄ 的 な 種 々雑 多 な エ ネ ル ギ ーが 中 軸で ある

︑と 考 えた 方が わか り やす い ので はな いか と いう こと をい い た いん で す﹂ 西川

・ 山口

・ 吉見 一九 八〇

︑ 一一 頁︶

︒ 吉見 の 説明 に従 うな ら ば︑ 上記 の﹁ 擬 似革 命

﹂派 は︑ 上 から のフ ァシ ズ ム﹂

「下からのファシズム」

権威主義的反動」

「擬似革命」

「上からのファシズム」

図1

(法政研究 81‑4‑ )72 618

(15)

﹁下 から のフ ァ シズ ム﹂ 双方 に 属す るこ とに な るの であ る︒ 以上 の検 討か ら いえ るの は︑ 同盟 理論 にお いて は︑ 上 から のフ ァシ ズム

‖﹁ 権 威主 義的 反 動﹂

︑ 下 か らの ファ シ ズ ム﹂

‖﹁ 擬似 革 命﹂ の 二 つの 等号 では なく

︑ 上か らの ファ シ ズ ム﹂

⎜﹁ 下か らの ファ シ ズ ム﹂

︑ 擬 似 革命

⎜﹁ 権 威 主義 的反 動﹂ の 二つ の軸 の組 み 合わ せで 分析 し た方 が より 有効 で適 合的 と いう こと であ る︵ 図 1 参照

︶︒ こ れに よっ て

︑山 口が 提唱 し た同 盟理 論の 問 題点 はか なり の 程度 改善 され る ので はな いか と 考え る

︵ 二

︶ 比 較 フ ァシ ズ ム 論 に お け るフ ァ シ ズ ム 体 制 の 指標 山口

の比 較フ ァ シズ ム論 の戦 後 にお ける 日本 フ ァシ ズム 論へ の 最大 の貢 献の 一 つは

︑ ファ シズ ム体 制 の指 標を 明示 し た 点で ある

︒こ れ によ って

︑フ ァ シズ ム体 制に 関 する 実証 研究 が 多く 輩出 され る こと に なっ た︒ 山口 に よる と︑ ファ シ ズ ム体 制の 成立 は

﹁国 家形 態﹂ の 転換 であ り︑ 具 体的 には 国家 権 力の 正統 性原 理 の転 換 であ ると いう

︵ 山口 二〇

〇六

︑ 二 一三

〜二 一五 頁

︶︒ 正統 性原 理と は

︑国 家権 力が 自 己の 支配 の正 当 性を 国民 に納 得 させ るそ の根 拠 づけ とさ れ︑ 国家 形 態﹂ の転 換と は

︑こ の正 統性 原 理が 大き く転 換 する こと であ る とい う︒ 自由 主 義的 議 会制 民主 主義 の 権力 の正 統性 原 理 は︑ 個人 の 自由

﹂ もし くは

﹁権 利の 保護

﹂ であ るが

︑そ れを 保障 する ため に﹁ 三権 分立

﹂ 体制 や﹁ 法 の 支配

﹂ があ る とさ れる

︒こ れ に対 して

︑フ ァ シズ ムの 正統 性 原理 は︑ 個 人﹂ で はな く︑ 民 族﹂ で あり

︑ 民族 共同 体﹂ の﹁ 防 衛﹂ も しく は﹁ 発展

﹂ に奉 仕す るこ と こそ が︑ 権力 の 自己 正 当化 の核 心的 な論 理 と説 明さ れて いる

︒ド イツ では

︑ 民 族﹂ で ある が︑ イタ リ アで は﹁ 国家

﹂︑ 日 本で は﹁ 国体

﹂ が正 統性 原理 で あっ たと いう

︒ さら に山 口に よ ると

︑フ ァシ ズ ム体 制の 成立 と は︑ 国家 の政 策 決定 のメ カニ ズ ムの 基 本的 転換 でも あ ると いう

︒そ の 際

︑単 一の 独裁 政 党の 出現 が具 体的 な 指標 とな る︒ ま た︑ フ ァシ ズム 体制 の成 立に お いて は︑ 国家

﹂と

﹁ 社会

﹂ の関

(81‑4‑ ) 619 73

(16)

係 のあ り方 にお い て︑ ある いは

﹁ 国家

﹂に よる

﹁ 社会

﹂の 編成 化 のあ り方 にお い て大 き な転 換が 起こ る とさ れる

︒す な わ ち﹁ 国家

﹂と

﹁ 社会

﹂と の融 合 が生 じる とさ れ る︒ この 両者 の 融合 は︑ 政治 団 体レ ベ ルで の一 元化 に とど まら ず︑ 既 成 の社 会団 体の 一 元化 にま で進 む

︒つ まり は﹁ 強 制的 同質 化﹂ の 貫徹 によ りす べ ての 既 成の

﹁中 間団 体

﹂が 解散 か︑ 再 編 成さ れ︑ その 際

︑フ ァシ スト の イデ オロ ギー が 重要 な役 割を 演 じる こと が指 摘 され る

︵山 口二

〇〇 六

︑二 一五

〜二 一 六 頁︶

︒ 以上 が︑ ファ シ ズム 体制 成立 の 指標 であ るが

︑ 山口 はさ らに フ ァシ ズム 政治 体 制の 形 式的 特徴 につ い ても 明ら かに し て いる

︒ま ず︑ 形 式的 特徴 とし て 執行 権に よる 独裁 が 指摘 され てお り︑ 具 体 的に は政 策決 定過 程か ら の国 民 代 表機 関

︵議 会

︶の 排除 が挙 げ られ てい る︒ ド イツ では

︑一 九 三三 年三 月 二三 日国 会可 決の 全 権委 任法 が︑ イ タリ ア では

︑ 一九 二 六年 一月 三一 日 の法 律で

︑統 領 の発 した 政令 が

︑議 会を 通さ な くて もそ のま ま 法律 に なっ たこ とが 事 例と して 挙げ ら れ てい る︒ また 日 本に おい ては

︑ 一九 三八 年四 月 一日 公布 の国 家 総動 員法 が指 摘 され て いる

︒フ ァシ ズ ム政 治体 制で は

︑ 国 家総 動員 上︑ 必 要あ る時 は︑ 議 会を 無視 して

︑ 政府 が勅 令と い う形 式で あら ゆ る人 的 資源 と物 的資 源 を動 員す るた め の 立法 行為 を行 い うる 体制 がと ら れる こと も指 摘 され る︵ 山口 二

〇〇 六︑ 二三 七

〜二 三 八頁

︶︒ これ らは

︑国 王 専制 体 制や 軍部 独裁

︑ス タ ーリ ン体 制に も見 られ る が︑ ファ シズ ム 体制 に は︑ 執 行権 力 の 独 裁と は い って も︑ 他と 異 なる 顕著 な特 色 があ ると され る

︒そ の際 山口 が 重視 する のが

︑ 人民 投 票独 裁と 官僚 機 構の 二重 構造

︑ す なわ ち執 行権 力 の二 重性 であ る

︒特 に執 行権 力 の二 重性 は︑ 旧 来の 伝統 的支 配 層の 反 動化 した 部分 と ファ シズ ムの 擬 似 革命 的大 衆運 動 の指 導部 との 妥 協に 由来 する と いう

︒こ の点 こ そが スタ ーリ ン 型社 会 主義 体制 の一 元 的性 格と 異な る と 強調 され る︵ 山 口二

〇〇 六︑ 二 三九

〜二 四二 頁

︶︒ 山口 の比 較フ ァシ ズ ム 体制 論の 問題 点と し て︑ ファ シズ ムと 総力 戦 体制 との 関係 が欠 落 して いる 点 を 指 摘で き る︒ フ ァシ ズム と動 員 体制 につ いて は

︑以 下の 言及 に 留ま って いる

(法政研究 81‑4‑ )74 620

(17)

フ ァシ ズム と戦 争 は不 可分 であ る

︒︹

︺フ ァ シズ ムは

︹⁝

︺ 敵の 絶滅 を目 標 とす る

﹃戦 争﹄ にし て しま った 運動 で あ り︑ また

︑国 内 政治 の唯 一絶 対 の目 標を 次の 戦争 に備 えた

﹃国 家 総 動員 体制

﹄の 確 立に 置 いた 運動 であ る﹂ 山 口二

〇六

︑二 七八 頁

︶︒ しか しな がら

︑ 現時 点に おい て も︑ 山口 の比 較 ファ シズ ム論 は

︑戦 後日 本の フ ァシ ズ ム研 究の 総決 算 とも いえ るも の で あり

︑日 本の フ ァシ ズム 論や 実 証研 究に 多大 な 影響 を与 えた の は事 実で ある

︒ これ を 越え る研 究は 未 だに 出て いな い の が現 状で ある

三 フ ァ シ ズ ム 論 争 と そ の 展 開

︵ 一

︶ フ ァ シ ズム 論 争 の 経 緯 一九

七六 年に

﹃ 思想

﹄誌 上に お いて

︑伊 藤 隆﹁ 昭 和政 治史 研究 へ の一 視角

﹂が 掲 載さ れ た︵ 伊 藤一 九七 六︶

︒こ の伊 藤 論文 をめ ぐっ て いわ ゆる ファ シ ズム 論争 が引 き 起こ され るこ と にな る︒ 以下 で は︑ 出 来る 限り 詳細 に 本論 文の 要点 に つ いて 紹介 する こ とに しよ う︒ 伊藤 はま ず︑

﹃ ファ シズ ム﹄ な る用 語が 果 して 有効 であ るの か どう か﹂ 伊藤 一 九七 六︑ 二 一五 頁︶ と ファ シズ ムと い う用 語の 有効 性 に疑 問を 呈し た

︒さ らに

︑﹃ フ ァシ ズム

﹄と い う用 語が

︑学 術 上の 用 語と して はあ ま りに も無 内容 な も ので ある

﹂ 同︑ 二 一六 頁︶ とし て これ を否 定し た︒ こ れが そ の後 多く の反 発や 批 判を 呼ぶ こと にな る︒ ファ シ ズム の 指標 がそ れま で ほと んど 示さ れ なか った が︑ こ うし た指 標を 示 した 殆ど 稀な 例 とし て 丸山 の二

︑三 の 論文 を指 摘し た

︒ し かし

︑そ の丸 山の ファ シ ズム 論 につ いて も︑ 筒 井清 忠 の丸 山批 判︵ 筒井 一 九 八 四 所収

︶を 援 用し て︑ 革 命﹂ 反 革

(81‑4‑ ) 621 75

(18)

﹂の 任意 性を 批 判し た︒ さら に伊 藤は

︑ 戦前 期日 本の 政 治体 制を

﹁フ ァ シズ ム﹂ と規 定 した のは

︑極 東 国際 軍 事裁 判の 判決 に よる とし

︑フ ァ シ ズム はこ れま で 定義 らし い定 義 なし に用 いら れ たと 指摘 する

︒ また ファ シズ ム は︑ 本 質規 定で あっ て

︑対 象を 分析 す る 手が かり とな り 得る 機能 的な 概 念で ない とし て

︑再 度以 下の よ うに 強調 した

︒ 従 って 特に 最近 に 至っ て︑

﹃フ ァシ ズ ム

﹄と いう 用語 は はな はだ しく 濫 用さ れ るに 至り

︑政 治の 世界 では

︑﹃ 反フ ァ シズ ム﹄ を 標榜 す るい くつ かの 団体 が︑ 互 に他 を﹃ ファ シ スト

﹄と して 非 難し 合う とい う 状況 すら 決し て めず らし い現 象 では な くな って しま っ たの であ る︒ も は や﹃ ファ シズ ム

﹄は

﹃極 悪の 敵

﹄と いう 以上 の意 味 をも たな くな って い る とい っ てよ いで あろ う﹂ 伊 藤一 九七 六︑ 二 一八 頁︶

︒ その 上で 伊藤 は

︑フ ァシ ズム が

﹁元 来が 政治 的 な用 語で あり

︑ 前述 のよ うに 学 界自 体 がこ の語 を従 来 から 分析 のた め の 道具

‖用 語と し て用 いる こと が なか った とい う 状況 があ った と いう こと から

︑ 最近 の 学界 にも ます ま すそ うし た論 外 の 状況 が広 がっ て いる

﹂ 伊藤 一九 七 六︑ 二一 八頁

︶ とし て︑ 学術 上 の用 語と して の ファ シズ ムを 批 判し た︒ その 際︑ 伊藤 の ファ シズ ムの 用 語批 判は

︑専 ら 天皇 制フ ァシ ズ ム論 に対 する も ので あ る︒ 伊藤 は︑ こ の用 語は 何か 限 定 した こと にな る のか

︵伊 藤一 九 七六

︑二 二〇 頁

︶と して

︑ 天皇 制 論﹂ は研 究対 象 とな りえ ても

︑ 天 皇制

﹂は 分析 の 用 語た りえ ない と これ を批 判し た

︵同

︑二 二〇 頁

︶︒ 伊藤 のフ ァシ ズ ムの 用 語批 判は

︑全 体 主義 論 的批 判と いえ るも の であ る︒ と いう の も︑ 彼 は﹁ 政 治体 制 と し ての ス タ ーリ ン体 制と

﹃ ファ シズ ム﹄ な いし

﹃全 体主 義

﹄国 家体 制と の 現実 にお いて

︑ どの よ うな 決定 的差 異 を見 出す こと が 出 来る のだ ろう か

﹂ 伊藤 一九 七六

︑ 二二 一〜 二二 二頁

︶ と疑 問を 呈し て いる ので ある

︒彼 が 全 体主 義論﹅

の立 場に 立っ て いた こと は︑ 最 近の 論考 から も 明ら かで ある

︵ 伊藤 二〇 一三

︶︒ さら に伊 藤は

︑ ファ シズ ムと い う用 語を 用い た 際に

︑尾 崎秀 美 は典 型的 なフ ァ シス ト とし て規 定し な けれ ばな らな い

(法政研究 81‑4‑ )76 622

(19)

と して

︑以 下の よ うに 指摘 する

︒ 若 し当 時の

﹃ 革新

﹄派 を

﹃右 翼﹄ の 一部 と規 定す る なら ば︑ 尾 崎は 急進 的 な右 翼で あ り︑ そし てま た

﹃右 翼﹄

‖﹃ フ ァシ スト

﹄と 規 定す るな らば

︑ 尾崎 は典 型的 な 強烈 な ファ シス トと 規 定し なけ れば な ら ない であ ろう

﹂ 伊 藤一 九七 六︑ 二 二二 頁︶

︒尾 崎は コミ ンテ ル ンの スパ イで

︑ 典型 的 なナ ショ ナル

・ ボリ シェ ヴィ ス ト であ るが

︑こ の 尾崎 につ いて

︑ 伊藤 は﹁ 彼は 共 産主 義と

︑仮 に そう いえ るな ら ばフ ァ シズ ムと の二 つ を共 有し てい た

⎜彼 自身 のい う とこ ろに よれ ば

︑こ の二 つは 自 己の 内部 にお い て矛 盾し なか っ たし

︑ 矛盾 する とし て も自 己の 内部 に 共 存 し て いた

﹂ 同︑ 二 二 二 頁︶ と 指 摘 した

︒従 来 の ファ シ ズ ム の用 語 で は︑ 尾 崎 が ファ シ ス ト と な り

︑共 産 主 義 と フ ァシ ズム との 二 つを 共有 した こ とに なる が︑ こ れを ファ シズ ム でい かに 説明 す るの か とい った 問題 提 起を 行っ た︒ し か し︑ 伊藤 の問 題 提起 は︑ 以降 の 論争 では 全く 取 り上 げら れな か った

︒ 伊藤 は︑ フ ァシ ズ ム とい う 用 語に 代 わっ て︑ 革 新﹂ 派 と い う用 語 を 使 用 して

︑進 歩︵ 欧 化︶

⎜復 古︵ 反 動︶

︑革 新

︵破 壊

︶⎜ 漸進

︵現 状 維持

︶の 二つ の 軸の 組み 合わ せ で分 析す るこ と を改 めて 強調 し た︵ 伊藤 一九 七 六︑ 二二 五頁

︶︒ こ の

﹁革 新﹂ とい う 用語 とフ ァシ ズ ムと いう 用語 と の関 係を いか に 考え るか が︑ 実 はそ の 後の ファ シズ ム 論争 が生 産的 な も のに なる か否 か の試 金石 にな る

︒ 以上 のよ うな 論 争的 な伊 藤の 問 題提 起に 対し て 激し い批 判が な され るこ とに な った

︒ まず 安部 博純 は

︑﹃ 歴 史学 研 究﹄ 誌 上で 伊藤 のフ ァ シズ ムの 用語 に 対す る批 判に 対 して

﹁フ ァシ ズ ム概 念否 定論

﹂ とし て これ を論 難し た

︒安 部は

﹁こ の 論 文が たん にフ ァ シズ ム概 念が 日 本政 治史 の分 析 に不 適当 だと い うば かり でな く

︑フ ァ シズ ム概 念そ の もの を学 問上 の タ ーム から 除外 す べき だと して い る﹂ 安 部一 九七 七︑ 三 頁︶ とし て批 判し た︒ 安 部 は︑ 伊 藤が ファ シ ズム の 用語 を批 判 する 理由 とし て

︑ ファ シズ ムと い う用 語が

﹃学 術 上の 用語 と して あま りに 無内 容﹄ であ り︑ と くに 最近 で はは なは だ しく 濫 用さ れる に至 り︑ 政 治 の世 界 で は相 手 を 非 難す る ケ ナ シ 言葉 と し て︑

﹃極 悪 の敵

﹄と い う 意味 し か も たな く な った とい う点 に ある

﹂ 同︑ 三頁

︶ こと を挙 げて いる

︒そ の 上 で安 部は

﹁と こ ろが 伊 藤氏 はフ ァシ ズ ム概 念 その もの

(81‑4‑ ) 623 77

(20)

を 否定 して いる の であ る︒ これ は

︑取 りも 直さ ず

︑半 世紀 にわ た る世 界的 ファ シ ズム 研 究の 成果 を全 面 的に 否定 する こ と を 意 味 する の で あ る﹂ 同︑ 四 頁

︶と して

︑こ れ を ファ シ ズ ム 概念 否 定 論 と規 定 し た︒ そ の 上 で︑ 安 部 は﹁ 結 局 は

﹃大 日 本帝 国の 夢﹄ と いう イデ オロ ギ ーの 肯定 に終 っ てい る﹂ 同

︑五 頁︶ とし て

︑伊 藤 のイ デオ ロギ ー 批判 へと シフ ト す る︒ この イデ オ ロギ ー批 判は

︑ 壬生 史郎

︵西 川 正雄 のペ ンネ ー ム︶ によ って さ らに 激 しく なさ れる こ とに なる

︒ 同じ

﹃歴 史学 研 究﹄ 誌上 にお い て︑ 壬生 によ る 強烈 な伊 藤批 判 が展 開さ れる

︒ 壬生 は 伊藤 の﹁ 革新

﹂ 派論 とフ ァシ ズ ム 論と の架 橋に つ いて

︑興 味深 い 指摘 を 行 いつ つも

︑安 部 同様 に イデ オロ ギー 批 判を 行 う︒ 壬 生は

﹁﹃ 復 古

‖革 新﹄ 派 を ファ シス トと 呼 びか えて も伊 藤 の構 想は 破 綻し ない ので はな か ろう か︒ に も拘 わら ず︑

﹃フ ァシ ズ ム﹄ 概 念 を忌 避す る のは

︑伊 藤の イ デオ ロギ ーの な せる 業で あり

︑ その イデ オロ ギ ーは 日本 現代 史 の叙 述 では 弁明 史観 と して 立ち 現わ れ る

﹂ 壬生 一九 七七

︑ 一六 頁︶ と 述べ てい る︒ 復 古‖ 革新

﹂派

‖フ ァ シス トと いう 指 摘は

︑ 革 新﹂ 派 論 と﹁ ファ シズ ム

﹂論 との 対話 を 考え る際 に︑ 重 要な 指摘 であ る

︒そ の対 話が そ の後 なさ れな か った 最 大の 理由 は︑ 壬 生の 強烈 なイ デ オ ロギ ー批 判と そ れに 対す る伊 藤 のイ デオ ロギ ー 的拒 絶が 原因 で ある と考 えら れ る︒ 壬 生は

︑同 時期 に 出さ れた 伊藤 の 著 作を 取り 上げ

︑ そこ での 第二 次 世界 大戦 の評 価 に対 して 批判 を 集中 する

︒ 伊 藤の 叙述 は︑ 戦 争を した のは 日 本だ けで はな い

︑と いう 一面 の 真実 を楯 に︑

﹃十 五 年戦 争﹄ に対 す る日 本の 責任 を 相 対化 し︑ 国民 も

﹃強 制﹄ によ ら ず﹃ よく 戦っ た

﹄と して

︑支 配 層の 責任 を相 対 化し て いる

︒そ して

︑ 支配 層内 部の 裏 話 を伊 藤が

﹃実 証 的に

﹄語 れば 語 るほ ど︑

﹃大 日本 帝 国の 夢﹄ はも しか した ら潰 えず に 済む やり 方も あっ た の では なか ろ うか

︑と 思わ さ れる ので ある

︒ これ が弁 明 史観 でな くて 何で あ ろう か︒

︹⁝

︺だ い たい

︑ イデ オロ ギー を 脱 却し た歴 史 観な どと いう も のを 主張 する 人 間に 限 って

︑ 人一 倍イ デオ ロギ ーに 執着 した 存在 なの で ある

﹂ 壬 生一 九 七七

︑ 一七 頁

︶︒ 壬生 は伊 藤の イ デオ ロギ ーを

﹁ 弁明 史観

﹂と 名 付け た︒ その 後

﹁弁 明史 観﹂ と して 伊 藤に 対す るイ デ オロ ギー 批判 が

(法政研究 81‑4‑ )78 624

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