1.1 物の識別と分類的思考■
1
章分類とは何か
古来より人は事物を認識し理解するにあたって「分類」という考えを利用 してきた.とくに,自然物の 1 つであり多種多様な物が混在している生物に ついての理解を深める上では,生物に名前を与え,名前を使ってグループ分 けをするという分類的な方法は非常に大きな力を発揮してきたのである.ま た,生物の分類学の発展には新しい生物の収集と,収集した物を研究し保管 する博物館が大きな役割を果たしてきた.本章では分類学的な考え方の基本 を考えるとともに,分類学を支えてきた博物館について理解を深めたい.
1.1 物の識別と分類的思考
人は多種多様な物が存在する世界の中で生きている.そのため,生活を営 むにあたって身の回りにある物や現象を識別する必要がある.食べられる草 なのか食べられない草なのか,触れると危険な虫なのか触れても平気な虫な のかを識別しなければ生活していくことができない.もちろん現代では,自 然物に限らず人工的な物も識別する必要があろう.目の前にある物や現象を 識別するために,人はそれらを記載し,名称を与えて区別してきた.
事物を識別する必要度や関心度は文化や民族によって異なるため,名称の 数も文化や民族によって異なる.たとえば,日本語では兄,弟を区別するが,
英語では普通はbrotherと言う語を用い,あまり上下にはこだわらない.逆 に,日本語では,牛の呼び方としては,普通はウシという1つの言葉で済ま すが,英語ではcattleだけでなく,cow, bull, bullock, ox, calfとさまざまな 語で雌雄や幼若を区別して呼んでいる.識別しようと思わなければ名称は不 要であり,名称を付けることにより明確な意識をもって区別,すなわち識別 を行ってきた.新しい物が発見されると,それに名称を付けてきたが,名称 を与えることにより,ほかの人との間で知識の共有ができるようになる.
■4 章 動物系統分類学の方法
0.136,また,2分の1であれば0.246となる.この場合では,2分の1であ
るとする仮説の場合に,この事象が生じる確率(すなわち尤度)が最も高く なるので,この仮説を選ぶ.このようにさまざまな仮説のもとで事象が生じ る確率を計算し,最も確率が高くなる仮説を選ぶのが最尤法の考え方である.
種AC 種BA 種CG
種B …… A ……
……
……
……
種C …… G ……
種A …… C ……
1
C
C C
A G
C→C C→A
C→G C→C
C
C G
A G
G→C C→A
G→G C→C
C
T T
A G
T→T T→A
T→G T→C
1(1)= C→C× C→A× C→C× C→G
1(2)= C→C× C→A× G→C× G→G
1(16)= T→C× T→A× T→T× T→G
1= 1(1)+ 1(2)+……+ 1(16)
(1) 3種の塩基配列
(2) 尤度の計算 樹形1
種AC 種BA 種CG
2
樹形2
種AC 種BA
種CG
3
樹形3
パターン1 パターン2 パターン16
パターン1が生じる確率 パターン2が生じる確率
パターン16が生じる確率
樹形1が生じる確率 図4.29 最尤法の原理
(1)3種の塩基配列データ.ここでは1塩基のみで考える.(2)3個のOTUの有 根系統樹の樹形は3通り考えられる.2個のHTUがあり,各HTUの塩基はAGCT の4通りの可能性があるので,1つの樹形で16の過去復元のパターンが考えられ る.各塩基間で塩基置換が生じる確率をPで示すと,それぞれのパターンが生じ る確率Li(j)は,各枝が生じる確率Pの4本分の積で計算される.16のパターンで の確率を全部加えることによって,その樹形が実現する確率Liを求めることがで き,これを尤度と呼ぶ.尤度が最も高い樹形を最尤系統樹として選ぶ.
4.5 系統推定の方法■
c.最 尤 法
最尤法(maximum likelihood method)は,基本的にDNAの塩基配列デー タから系統を推定するために考案された方法である.さまざまな系統樹のも とで,得られた配列データが生じる確率(尤度)を計算し,その値が最大に なるような系統樹(最尤系統樹)を選ぶ方法である.尤度とは特定の仮説 の下である事象が生じる確率のことである.たとえば,「コインを10回投げ 表が5回出た」という事象を考える.このとき,1回投げたときのコインが 表となる確率は4分の1であるという仮説を立てると,このような事象が生 じる確率は0.058となる.同じように1回投げたときのコインが表となる確 率は3分の1であるという仮説を立てると,このような事象が生じる確率は
図4.28 最節約法における樹形の選択方法
A~Cの3種で,外群をOとして系統樹を作成する.1形質だけで考え,その形質状態をa,
a’ とし,外群がもつ祖先的な形質状態をaとする.考えられる樹形は3通りあり,それ
ぞれの樹形で,2つあるHTUの形質状態の分布は4通りずつあるので,全部で12の過 去復元のパターンがある.それぞれのパターンでの形質変化の回数を数え,3通りの樹 形における最小の形質変化の数を見ると1,2,2となる.もしこの1形質だけで最節約 的な樹形を選ぶとなると,(1)の樹形が選ばれることとなる.
A Ba C B C A
a a
a
a a a' a a a
a a a
a a
a a
aB
a aC
a
a
a
a a a
a a a
a a a a a a
a a a a a
a a a a
a a
a a
a a a a
a a a a
a a
a a a
a a a a a a
a a a a a a a a a
a a a
a Aa
O a O a
2
1
(1) (2) (3)
5
2
2
3
3
2
2
3
3
2 O a 最小の形質変化
の回数 1 最小の形質変化
の回数 2 最小の形質変化
の回数 2
■5 章 動物の系統と進化
(C)現代型動物群
542 488 444 416 359 299 251 200 145 65.5 0 新生代 中生代
古生代
(百万年前)
(B)古生代型動物群
(A)カンブリア型動物群 600
科の数 400
200
0
600 科の数 400
200
0
600 科の数 400
200
カンブリア紀 オルドビス紀 シルル紀 デボン紀 三畳紀
ペルム紀
石炭紀 第四紀
第三紀
白亜紀
ジュラ紀
三葉虫類†
(節足動物)
無関節類
(腕足動物)ヒオリテス類† 単板類
(軟体動物)
エオクリノイド類†
(棘皮動物)
狭喉類
(外肛動物)
星形類
(棘皮動物)
(腕足動物)関節類
ウミユリ類
(棘皮動物)
花虫類
(刺胞動物) 頭足類
(軟体動物)
(軟体動物)二枚貝類 ウニ類
(棘皮動物) 腹足類
(軟体動物) 甲殻類
(節足動物)
(脊索動物)硬骨魚類
図5.3 進化史上の多様性の変遷における3つの型
イラストはそれぞれの動物群に属する主なタクサ.†は絶滅したタクサ を示す.(Futuyma, 2005を改変.Sepkoski, 1984に基づく)
5.2 化石記録から見た動物の進化■
(C)20
15
10
5
0
絶滅速度︵絶滅した科の数/百万年︶
(A)900 800 700 600 500 400 300 200 100 0
科の数
(B)3500
500 0
属の数
3000 2500 2000 1500 1000
542 488 444 416 359 299 251 200 145 65.5 0 新生代 中生代
古生代
(百万年前)
カンブリア紀 オルドビス紀 シルル紀 デボン紀 三畳紀
ペルム紀
石炭紀 第四紀
第三紀
白亜紀
ジュラ紀
図5.2 硬い骨格をもつ海洋動物の多様性の変遷と絶滅速度
地質年代を細分したステージ(多くは5~6百万年)ごとの値で示す.A:科の数.B:
2つ以上のステージにわたって出現する属の数.C:科の絶滅速度.赤丸はオルドビス 紀,デボン紀,ペルム紀,三畳紀,白亜紀の各紀末に起こった大量絶滅を示す.直線は,
大量絶滅以外のデータを基にした回帰直線.(Futuyma, 2005を改変.Sepkoski, 1984;
Foote, 2000;Raup & Sepkoski, 1982に基づく)
0
■6 章 動物の多様性と系統
爬虫類,鳥類,哺乳類の形態的な差異は明瞭であるため,側系統群も分類群
として認めて従来の分類体系に従って記述されることが多い.
爬虫類は体の表面は角質層の鱗で覆われている.現生の爬虫類はムカシト カゲ目,有ゆう鱗りん目(トカゲ類,ヘビ類),ワニ目,カメ目に分類されている.
鳥類は爬虫類と異なり体表が羽毛に覆われている.哺乳類の体表は毛で覆わ れている.哺乳類は,ハリモグラやカモノハシの単たん孔こう類(総排出腔をもち卵 生で繁殖する)だけからなる原げん獣じゅう亜綱とその他のほとんどの現生種を含む真しん 獣じゅう
亜綱に分類され,真獣亜綱はさらにカンガルーなど有ゆう袋たい類(胎盤をもたず 育児嚢で子供を育てる)を含む後こう獣じゅう類とその他の多数の哺乳類である正せい獣じゅう類 とに分類される.
両生類 哺乳類 鱗竜類 カメ類 ワニ類 鳥類
爬虫類
羊膜 双弓型側頭窓 羽毛
A B
ワニ類
カメ類
鱗竜類 単弓型
哺乳類
双弓型
無弓型 鳥類
図6.42 四肢動物の進化
A:現生の四肢動物の系統.鱗竜類はムカシトカゲ類,へビ類,トカゲ類を含む.
これまで爬虫類とされてきた動物は側系統群となる.B:側頭窓の型と進化.(B は松井, 2006を改変)
6.2 左右相称動物■
コラム 4
系統樹をさまよった珍渦虫
珍渦虫(ちんうずむし,または,ちんかちゅう)と呼ばれる「珍」しい 動物がいる.黄色っぽい色をしたこの虫は,体の大きさは幅 5 mm,長さ 3 cm ほどのやや平たい形をしている.海底をひくドレッジで採集されるが,
海底に U 字型の穴をあけてすんでいるらしい.体のつくりは非常に単純で ある.表面には繊毛が生えており,それで移動する.口はあり消化管が体内 に大きく広がるが肛門はない.体腔もない.中枢神経もなく,生殖器官もな く,顕著な器官としては平へい衡こう胞ほう(内面に感覚毛が生えた小胞の中に平衡石が 入っている無脊椎動物の平衡器官)のようなものがあるのみである.筋肉を もち体の形は変えることができる.
この奇妙な動物は,1915 年にスウェーデンの水深 100 m の海底から,扁 形動物門の渦うずむし虫の研究者で日本近海の調査も行ったことでその名が知られる ボック(Sixten Bock)によって採集された.彼の名にちなんで 1949 年ヴェ ストブラードが Xenoturbella bocki として記載した.属名の方は「奇妙な渦 虫」という意味で,原始的な扁形動物である無腸類の渦虫の仲間と考えられ た.その後,表皮の構造がギボシムシのものと似ていることや,ある種のナ マコが似たような平衡胞をもっていることから,半索動物門や棘皮動物門と 類縁という説もあった.
珍 渦 虫. 上 は 背 側 か ら み た 外 観
(Xenoturbella westbladi,Israelsson, 1999 を改変).下は縦断面の模式 図(Xenoturbella bocki,Westblad, 1949 を改変).
珍渦虫の系統上の位置.
(Telford, 2008 を改変)
無腸類
新口動物 棘皮動物門歩帯動物
半索動物門 脊索動物門 冠輪動物 脱皮動物+ 珍渦虫 ×
?
平衡胞 口
周溝