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山口 麹彦 『母権的ロマン主義受容史

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ソシオサイエンス V。l.13 2007年3月      353

博士(学術)学位申請論文審査要旨

山口 麹彦

『母権的ロマン主義受容史

‑バハオーフェンを中心にして』

1、本論文全体の目次

本論文全体の日次は,次のように構成されている。

はじめに 目次

本研究の構成

第Ⅰ部 母権的ロマン主義の受容史

甘一一一章 丹wiri'jロマンーYM^つ比・i車上1+11111

‑ 母権的ロマン主義受容の論理

t 二 三 四 五 六1 二 三 四 五 六

・・、●、二目「∴蝣:¥' .' '二日・

問題の所在 検討の方法 空間的受容 時間的受容 領域的受容 闇saiiInj

母権的ロマン主義受容の研究史

啓蒙主義を超克するロマン主義的書誌編纂の意義 十一人のJ‑J バハオーフェンの家族史

バハオーフェンの著作 バハオーフェンの全集 バハオーフェンの選集 バハオーフェンの翻訳 (1)英語訳書

(2)フランス語訳書 (3)イタリア語訳審 (4)日本語訳番

七 バーゼル大学図書館手稿部のバハオーフェン 八 辞書の中のバハオーフェン

九 バハオーフェンの研究論文集

(2)

三 母権的ロマン主義の比牧思想的受容史

‑バハオーフェン,イェ‑リング,ウェーバー一 一 はじめに

二 間題の所在と仮説の設定

三 バハオーフェンと母権的ロマン主義受容史 四 イェ‑リングとウェーバー

第二牽 母権的ロマン主義の形成・受容史 四 母権的ロマン主義の比較人類学的前史

‑バハオーフェンとラフイトウ一一 一 母権論の創始者

ニ ラブイトウ‑の生涯 三 ラフイトウ‑の作用史

四 結  論

五 母権的ロマン主義の対抗文化論的受容史

‑ バーゼルのバハオーフェン ニ ライン河のほとり

三 シェ‑デル『ニュルンベルク年代記』

四 バハオーフェン会社史 五 父バハオーフェン

六 教授バハオーフェン 七 バハオーフェン家の系譜 八 エンゲルスのバーゼル観

九 ジャン・クリストフのバーゼル観

十 母権的ロマン主義の前史,形威史,受容史

六 母権的ロマン主義の形成

‑バハオーフェンにおける芸術と文化一 一 はじめに一間題の所在

二 バハオーフェン家における巨財の形成 三 バハオーフェン家の美術品収集リスト

(1) J‑J‑バハオーフェン・ストループ所有の絵画 (2)マルチン・バハオーフェンの購入品

(3) J‑J‑バハオーフェン・ブルクハルトの購入品 四 おわりに

A 肖像写真 B 胸  像

C バーゼル・ギムナジュウム

七 母権的ロマン主義紀行

‑ヨーロッパ世紀転換期対抗文化研究:バハオーフェン,イェ‑リング,ウェーバー ー 社会科学の再活性化をめざして

二.貨秋尊者像一日本に漂着したエラスムス

(3)

審査要旨      355

三 リマト川とシール川のはざまにて‑ジョイス,ユング.レーニンのいた町:チューリッヒ

四 ライン河のほとりにて‑エラスムス,ブルクハルト,バハオーフェン,イェ‑リング,ニーチェ,ユ ング,ボルトマンのいた町:バーゼル

五 ア‑レ川のほとりにて一象徴としての熊:ベルン

六 イ‑ザル川のほとりにて‑ゲオルグ,クラーゲス,シューラー.レ‑ヴェンローのいた町:ミェンヘ ン・シュワ‑ビング

七 グッハウの人間焼却炉にて‑ゴビノー,チェンバレン,ローゼンベルグのアーリア人思想 八 テ‑ムズ川のほとりにて‑ピカデリー・サーカスのエロス像とウオバーク学派

九 ケム川を漂いながら‑ニュートン,ラッセル.ヴイトゲンシュタインの居た街,ケンブリッジ 十 母権的ロマン主義のアルヒーフ論

第三率 母権的ロマン主義の人間学的受容 八 母権的ロマン主義の人間学的受容

一人間の二重的世界内存在性をめぐるバハオーフェンとカル7,テニェ‑ス,和辻哲郎一

一 人tL'り蝣ff在と二三軸81論

二 バハオーフェンと人間存在論

三 世界内存在の二重性としての実在と虚在

四 バハオーフェンとカル7‑人間存在の二重的構造について 五 バハオーフェンと和辻哲郎一個人性と社会性について 六 バハオーフェンとテニェ‑ス‑共同体と利益社会について

九 母権的ロマン主義の共同体論的受容

一二 三 四 五

‑バハオーフェンとテニェ‑スー 母権的ロマン主義の共同体論的受容

身分と契約

ゲマインシャフトとゲゼルシャフト コミュニティーとアソシエーション 反グローバリズムの共同体論 十 母権的ロマン主義の少年犯罪論的受容

‑バハオーフェンと神戸事件少年A一 一 問題の所在

二 グローバリズムと少年事件 三 少年法改正の問題点

四 母性原理,ニーチェ,神戸事件少年A H 結  論

十一 母権的ロマン主義の(法と文学)論的受容

‑バハオーフェンと井上哲次郎「孝女白菊詩」作用史一 一 法科大学院の基本設計における「法と文学」

二 間題の所在一日本近代化論としての「孝女白菊詩」作用史 三 井上智次郎と「孝女白菊詩」

(資料‑,井上哲次郎「孝女白菊詩」) 四 落合直文と「孝女白菊詩」

(4)

(資料二,落合直文「孝女白菊の歌」) 五 カール・フローレンツと「孝女白菊詩」

(資料三, Karl Florenz, Weissaster)

六 バハオーフェンとアウダスト・ペック文献学

‑I古い汗担..吊. ',. . '/∴

七 アーサー・ロイドと「孝女白菊詩」

(資料四 Arthur Lloyd,White Aster)

八 ニェヴイッキ一・ゾルターンと「孝女白菊詩」

九 長谷川武次郎と「孝女白菊詩」

十 結論: 「孝女白菊詩」研究史批判

十二 母権的ロマン主義の書籍文化論的受容

‑バハオーフェンとリチャード・ブース一 一 問題の所在

二 四庫全書と四部叢刊

三 私はリラの花が好き‑書籍とグローバリズム 四 番籍のコレクターについて

五 チューリッヒの書籍文化 六 バーゼルの書籍文化 七 ミュンヘンの書籍文化 八 ダッハウの書籍文化

九 ベルリンの書籍文化 十 ロンドンの書籍文化

十一 へイ・オン・ワイの書籍文化

十二 結論: 「教養のない人間」について(中教審答申について)

第Ⅱ部 現代啓蒙主義の諸相 第四車 現代啓蒙主義と家族

十三 家族とグローバリズム‑親孝行について一 一 問題の所在

二 束アジアにおける家族と親孝行 三 親孝行における父性原理と母性原理

四 バハオーフェン『母権論』の豊かな創造性に富む受容 十四 甘四孝のブイロロギ一

一親孝行思想史研究(資料簾)I 一 親孝行とグローバリズム

二 グローバリズムの終蔦 三 孝と祖先崇拝

川 ト‑‑‑J‑ヒ ーHl"l・h

五『廿四孝』の概念 (資料篇) (省略)

(5)

審査要旨      357 十五 甘四孝のブイロロギ‑(その二)

一親孝行思想史研究(資料簾)

し和Iip

六 現代啓蒙主義と孝理念 七『棟二十四孝樽』について 八 軒釈氏甘四孝』について 九 ㌢二十四孝椎講釈について3 十『修身教訓甘四孝』について

(資料篇) (省略) 十六 婚姻,母性,近代化

1 二 三 四

‑ヴェステルマルク,ブリフォールト,アイヒラー.アイゼンシェダットの生涯と業績 エドゥヴァルト・ヴェステルマルクの生涯と業硫

ロバート・プリフォールトの生涯と業績 リリアン・アイヒラーの生涯と業績

シェムエル・ノア・アイゼンシュタットの生涯と業績

結論

あと書き一母権的ロマン主義のリサーチ・タスク ーveされた課題一

・ はじ46に

二 母権的ロマン主義への私の歩み 三 位榛的ロマン主義のリサーチ・タスク 註

室 一'j丈状

附表「母権的ロマン主義と啓蒙主義(クライス概念図)」

2.本論文の構成と章別紙栗

本論文は,はじめに,本研究の構成,第Ⅰ部 母権的ロマン主義の受容史,第Ⅱ菩r'現代啓蒙主義の諸ffl,結論.

あとがき,参考文献よりなる。全体で十六本の既発表論文から構成され.六三〇頁を越える。

第Ⅰ部 母棒的ロマン主義の受容史 第‑牽 母権的ロマン主義の比較思想史

「本研究の構成」における『母権論』の内容概説,及び本論文の全体像の提示を釆けた本章では,密度の高い整 然とした論述によって,本研究全体が遺漏なく展望されている。 ‑‑. r母権的ロマン主義受容の論理‑バハオーフェ ン『母権論題の作用史‑」において,本番全体を貫く.母権的ロマン主義受容の論理が,空間的,時間的,学問領 域的に提示されているO次いで,マルクス主義的な家族論や歴史的理論だけを下敷にしたバハオーフェン研究の弊 に陥らないために,文献学的,書誌学的方法の不可欠であることが説かれている。そしてニ「母権的ロマン主義 受容の研究史」において,文献学だ乱 書誌学的方法を通じて,これまで未開拓であった分野に分け入ることが可能

(6)

となり,同研究史上貴重な報告がいくつか為されている。ここでは,研究書誌を中心にして,家族史,著作の形 成,ふたつの全集(末完結),バハオーフェン・ルネッサンス(1920年代)を喚起するに至った五冊のバハオーフェ ン選集の編築, }〈ハオーフェンの著作の翻訳(英語,フランス敢 イタリア語,日本語),バハオーフェンのマニュ スクリプト,バハオーフェン研究論文集などについて報告されている。

次いで,三「母権的ロマン主義の比較思想史‑バハオーフェン,イェ‑リング,ウェーバー」においては,ロー マ法学という学問領域を共有する三人の大学者バハオーフェン,イェ‑リング,ウェーバーが,様々な共通点を他 にも有することを指摘しながら,本論文の研究において中心となりうる諸テーマを仮説として提示している。この 三論文を構成要素としている本章で論者が提示しているのは,第‑に啓蒙思想に反啓蒙思想としての母権的ロマン 主義が対置されうるという見九 そして,第二に啓蒙主義が母権理論を存在論の次元においてのみ,換言すれば発 展段階論的な見方にのみ依拠して,把握しようとしたために不毛に終ったのとは対照的に,母権論を認識論の次元 においてとらえたロマン主義は20世紀において広範かつ画期的な学問的成果を挙げることができた,という見方 で,この二つの見方は本論文全体に通底している。

数多くの独創的な思想家と深い関わりのあるスイス.バーゼルという都市の意義を,実際にバーゼ)i,に旅をし滞 在することを通じて把接し,これを論文中に生かし,更にバーゼル知識人の特徴を,ギリシャ,ローマの古典を重 視する人文主義(フマこスムス)に求め,この人文主義の循環論的歴史観,ロマン主義的な元型的思惟が共通の基 盤になっているという論及を行い,本論文に厚みを加えている。

第二肇「母権的ロマン主義の形成・受容史」

第二章では論者は,本研究テーマの中心的課題を取り扱うことをめざしている。四. 「母権的ロマン主義の比較 人類学的前史‑バハオーフェンとラフイトウ一一」においては,バハオーフェンの母権論が突然に着想されたもの ではなくて,その前史としてフランス・イエズス会神父ラフイトウ一によるカナダ先住民の中での五年間に及ぶ生 活の報告書が存在することを立証する。文献学的,番誌学的方法によって,ラフイトウ‑の生涯と著作を具体的に 本邦において初めて紹介している本章の論述は,貴重である。五「母権的ロマン主義の対抗文化論的受容史」に おいでは,論者が実際に訪問して発見したスイスの首都ベルンのスイス国立図書館所蔵の文献に基づいて,十六 世紀から二十世紀まで十三代にわたるバハオーフェン家の家族史を実証的に追い求め.バハオーフェン家のほぼ 一五〇人についての系譜を完成させた。九「母権的ロマン主義の形成‑バハオーフェンにおける芸術と文化」に おいては,スイス・バーゼルにおいて群を抜く富裕な絹織物製造業者であったバハオーフェン家が,幾世代にも 亘って欧州一円から名画を購入し続けた結果,驚くべき美術品の一大コレクションを形成したことを,具体的に購 入リストを分析して実証的に報告しているが,これも文献学臥 書誌学的方法を抜きにしては行われ得なかった。

i 「母権的ロマン主義紀行‑ヨーロッパ世紀転換期対抗文化研究:バハオーフェン,イェ‑リング,ウェーバー

‑」においては,論者自身が二度訪れたスイスのチューリッヒ,バーゼル,ベルンなどを中心に,論者の撮影した 写真を使いながら,バハオーフェンの母権的ロマン主義の足跡を辿る。

第三車「母権的ロマン主義の人間学的受容」

前二車における母権的ロマン主義の形成・受容史研究を受けて,論者は母権的ロマン主義の今日的な受容を独創 的に展開する必要があるとするOこのため,バハオーフェンの母権的ロマン主義から論者が独自に到達したく実在 /虚在)論という人間存在の二重性理論に基づいて,現代人間論および現代共同体論において独自の人間・社会分 析を試みる。このことを通じて,啓蒙主義的人間・社会理論の陥葬を,今日的な問題意識に立脚して乗り越えるこ

とを試みる。このような試行的作業を通じて二十一世紀にふさわしい新しい入間・社会理論の手掛かりを得ること をめざして,先行の学問的業績を活かしつつ学問的作法に従い試行する。とりわけて.論者が創出するに至った (実在/虚在)論は,人間・社会の今日的な病理現象の分析にも大きく資する可能性を秘めていることを, (実在/

虚を)論の立場を堅持しつつ凶悪な犯罪事例等の実例分析によって立証を試みている点は,学問的に頗る意義深い。

(7)

審査要旨      359 バハオーフェン母権論から抽出したこの(実在/虚泰)論は,本研究が単に母権的ロマン主義受容史研究にとどま

ることなく,学問はすべからく現実的問題の的確な分析にも資するべきだという信念に由来していることを証拠立 てている。

八. 「母権的ロマン主義の人間学的受容一人間の二重的世界内存在性をめぐるバハオーフェンとカル7.テニェ‑

ス,和辻哲郎‑」では,箱庭療法の創出者ド‑ラ・カルフ女史がバハオーフェンとユングの象徴論に依拠したこと を手掛かりに,テニェ‑スの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』,和辻哲郎の『風土』を(実在/虚在)論に 基づく存在の二重性理論という新たな視角から読み直す作業に着手している。九「母権的ロマン主義の共同体論 的受容‑バハオーフェンとテニェ‑スー」は,上記の立論を(共同体論)に特化して論じるものであり,その著作 の中でマルクスにもイ土‑リングにもバハオーフェンにも論及しているテニェ‑スの『ゲマインシャフトとゲゼル シャフト』に,新たな光を当てている。 (実在/虚在)論からすると,伝統的なゲマインシャフトは(実在)に該 当するものであり,ゲゼルシャフトは(虚在)に当たるというのが骨子となっている立論は,強い説得力を帯びて いる。

仁「母権的ロマン主義の少年犯罪論的受容‑バハオーフェンと神戸事件少年A‑」は,本研究がバハオーフェ ンの母権的ロマン主義から独自に抽出した(実在/虚在)論の立場を堅持しつつ,二〇〇一年四月一日の改正少年 法の施行を受けてJ.c.C.D.(「少年の犯罪と非行学会」本部:アメリカ)の日本支部中部支部によって行われた「改 正少年法の課題」シンポジュウムにおけるコメンテータとしての論者のコメントに大幅に加筆したものである。論 者の立論は,グローバリズムは常に至る所で弱者を生み出しており,自殺者,少年犯罪,逸脱行動,薬物中毒など の発生をグローバリズムにおける負の側面として把えるべきだ,との点にある。少年による様々な凶悪事件を分析 しながら,この中でも特異な事件として日本を衣接させた一九九七年五月二七日の神戸「生首」事件における少年 Aを取り上げることを通じて本研究が到達しえたく実在/虚在)論は,現代的な人間の精神病理現象の分析に関し ても極めて有効であり,叉,的確でもあることを立証している。このことから,スイスのド‑ラ・カルフ女史の発 案した箱庭療法(Sandspiel)に採り入れられたバハオーフェンとユングの象徴理論は,単に箱庭療法としての応用 にのみとどまるべきではなく,様々な逸脱行動に起因する精神病理現象(自殺,犯罪,麻薬申亀 組織暴九 新興 宗教,オカ)L,ト教団からゲーテ『若きウェルテルの悩み』に見られる熱病としての恋愛現象及び多様な文学作品分 析にまで至る様々な分析)にも今後大きな力を発揮しうることが予見される。

十一. 「母権的ロマン主義の(法と文学)論的受容‑バハオーフェンと井上哲次郎「孝女白菊詩」作用史‑」は, バハオーフェンの母権的ロマン主義の立場からすれば 文学作品の有効な分析も十分に行いうることを立証しよう とする論考である。日本では,落合渡文の改作によって有名となった「孝女白菊詩」作用史を,原作としての漢詩 を創作した哲学者・井上哲次郎,現代語訳者としての詩人・落合渡文,のちにドイツ・キール大学における日本学 の創始者となった東京大学のカール・フローレンツ,英訳者アーサー・ロイドと服に発見して行き,ついにはハン ガリー語訳に到達するO叉,ドイツ文献学におけるアウダスト・ペック‑バハオーフェンーカール・フローレンツ の繋がりを解明するO カール・フローレンツによってその後,多くの日本の漢詩がドイツ語に翻訳されて行き.ド イツにおける日本文化研究の基礎を成していくことになるとされるが.ドイツ語にも英語にもハンガリー語にも朝 訳されて,美しい挿画と共に世界中に広まった日本の詩歌は,この「孝女白菊詩」以外には無いと言って良く,こ の現象は,空前絶後の出来事であった,と論じる。十二「母権的ロマン主義の書籍文化論的受容‑バハオーフェ ンとリチャード・ブース」は,西欧の書籍文化一般を対象とし,具体的にチューリッヒ,バーゼル,ミュンヘン, ベルリン.ロンドン等の書籍文化を論じている。

第Ⅱ部「現代啓蒙主義の諸相」

第Ⅱ部においては,論者は第Ⅰ部における母権的ロマン主義研究の成果を活かしながら,現代グローバリズム下 における家族を中心に据え,現代社会の諸相を解明しようとする。

(8)

第四章「現代啓蒙主義と家族」

本章では,家族倫理として旧来あまり学問的に論じられることのなかった親孝行をめぐる三本の論文を収録し, 次いで家族論に関して逸することの出来ないバハオーフェン以外の,ヴェステルマルク,プリフォールト,アイヒ

ラー,アイゼンシュタットの生涯と業績一覧をまとめた資料を収録する。すなわち,十三. 「家族とグローバリズ ム‑親孝行について」は.二〇〇〇年に二日間に亘って南山大学社会倫理研究所において行われたシンポジュウム

「家族と世代間継審」における論者の基調報告に大幅に加筆した論稿である。立論の骨子は,母権的ロマン主義の 立場から見ると.父権的国家としてのナチズムやスタJ)こズムは過酷であり,親孝行などの家族倫理はそうした 社会では断絶するというところにある。

十臥「甘四孝のフイロロギ一一親孝行思想史研究(資料簾)」は,親孝行思想の原典として,中国と日本に古来 から伝えられてきた『廿四孝』の収集を中心に.覆刻した資料集の解説部分である。中国親孝行思想の淵源は『孝 経』である。そしてこの『孝経』の童蒙版が『甘四割であったと考えられる。五言絶句の漢詩,漢文叉は和文に ょる説明,絵画としての版画の三点セットによって古代から近代に至るまで発展してきた『甘四孝』の世界は,今 日まで学問的に検討されたことは本稿以外には数点あるにすぎないが.思想史的にも文化史的にも美術史的にも重 要な課題であるという推測が為されうる。十五「甘四孝のフイロロギ‑ (その二)一親孝行思想史研究(資料簾)」

は上記十四の資料に続くものである。十六. 「婚姻,母性,近代化‑ヴェステルマルク,ブリフォールト,アイヒ ラー,アイゼンシュタットの生涯と業績」は,欧米家族理論論争の上でパハオーフェンに反対したフィンランドの ヴェステルマルク,バハオーフェンに賛成したプリフォールト 習俗を研究したリリアン・アイヒラー女史,近代 化論を論じたアイゼンシュタットの生涯を簡潔にまとめ,彼らの著作の番誌を作成したものである。

結  論

研究の成果は,次のように「緒論」として確認することができる。

バハオーフェン自身は,バーゼルの富裕層に所属するディレッタントな反アカデミストとして正当な評価を受け ぬまま逝去するが,バーゼル有数の名家の総領,バーゼル大学ローマ法正数授(三年間),バーゼル控訴院刑事裁 判官,旅行家,古物収集家,名画収集家.フランス教会長老,という様に多面的な相貌を秘かに有していたのであ り,その受容史は,ローマ法史,ローマ国法史,古代考古学,社会象徴論,フェミニズム.反フランス革命論,棉 神分析学,臨床心理学,神話学,文学.都市論,文化人類学,家族法学,婚姻型態論,歴史法学,墳墓論,社会学, 人間論,オリエンタリズム,精神医学,建築学,中国母系制論,少年犯罪論.自殺論,芸術論,環境保護論など.

驚嘆するほど広範な領域に及んでいることを本論述及び参考文献から認識することが可能である。

最後の「あと書き,母権的ロマン主義のリサーチ・タスク‑残された課題‑」においては,論者は本研究で果た しえなかった多くの研究課題を討究し,本研究が更に尚,豊綾な学問の沃野に展開しうることへの展望を詣テーマ の具体的な列挙の上に立って確認しているO論者によれば,本研究は,わずかに,魅力的で壮麗な学問の道を初め て切り拓いたという栄誉を担うにとどまるということになるが,全く新しい道であることに間違いはなく,この道 を拓いたことの意義はいくら強調してもし過ぎることはない。この「あと番き」から論者の到達しえたく実在/虚 衣)論もまた,幅広い学問分野に適用可能であることが認識されうるのである。

3.評  価

1)論者の作業が文献学約・書誌学的手法を援用した上で為されたきわめて実証的なものであることは,本論文の 大きな特徴となっている。新たな資料の発見を含めたバハオーフェン関連資料への執着,二度に亘るスイス・バー ゼルへの資料調査,内外の膨大なバハオーフェン研究文献の渉猟は,群を抜きん出るものと評することができよう。

これらを通じて,バハオーフェン母権論受容史の充実したクロニクルが提供されており,バハオーフェン研究およ

(9)

審査要旨       361 び母権論受容史研究に大きく稗益するものと評することができる。バハオーフェン母権論受容史にまつわる興味深 い思想史的エピソードの紹介は,論者の主張を補説する役割を果たすものであるが,これは上記のような実証的作 業があって始めて可能になったことと思われる。

2)論者による実証研究の注目すべき成果として,次の諸点が挙げられよう。

先ず,論者がベルンのスイス国立図書館を訪ねて発見した資料を駆使して解明したバハオーフェン家の家系につ いての研究である。従来,抽象的,一般的に語られていてもその具体的な姿は未知のままであったバハオーフェン 家の家系について,精級な実証研究がなされ,その全貌が明らかにされたと言いうる。

次に,従来全く論じられることのなかったイエズス会神父ラフイトゥ‑のカナダ先住民研究を指摘し,バハオー フェン母権論の前史を初めて解明した点も高く評価できる。

さらに,バハオーフェン母権論が従来研究されることの少なかった原因についても掘下げて究明し,これを啓蒙 主義とロマン主義との対抗関係において解明した点は極めて高く評価できる。又,啓蒙主義に対抗する母権的ロマ ン主義が学問研究機関としてのアカデミズムの外部における様々な小クライスによって受け継がれてきたという興 味深い思想史上の連鎖についての指摘も,学問土嚢重である。

また,論者の研究は,バハオーフェンを中心とする母権論受容史研究の枠内にとどまることなく,今日的な学問 関心を喚起すべく,母権論から抽出した論者独自の(実在/虚在)論を,人間学,共同体論.少年犯罪論, (法と 文学)請,書籍文化論,など‑と適用している点も高い評価に億する。

さらに,現代グローバリズムを母権的ロマン主義との対抗関係において捉え,家族,現代社会の今日的問題につ いての論述も評価に倍するが,これは,国内学会などにおいて活発に発言を行なってきた研究発表を基礎にしてい る。

3)以上の思想史的研究により.これまで見落とされてきたバハオーフェン母権論受容史の特異性を明らかにしえ たのは,従来,哲学史,社会思想史上 顧みられることの少なかったロマン主義的思想史の中に母権論受容史を的 確に位置づけ,そこに潜んでいた,フロイト,ユングらの深層心理学を始めとする多くの二十牡紀的学問的業績に 立ち至る核心部分に触れることを通じてであって,この点は学問上貴重であると考えられる。

4)本論文の今後の課題

例えば,論者は.母権的ロマン主義受容史を,前史(第1章),形成・受容史(第2章).人間学的受容(第3牽).

啓蒙主義(第4章)の腰に叙述しているが.その叙述の展開は必ずしも滑らかではなく,受容史の叙述としては重 複もあるが,これは研究の性質上避けられない。また受容史に力点が置かれたために『母権論』からの引用が少な

いというのは,欠点として指摘され得るが, 『母権論』の核心に切り込んでいく論者の姿勢は評価できるので,作 品に即した今後の研究に期待したい。論者は,母権的受容史がアカデミズムから無視されてきたと述べているが, アカデミズムにおける啓蒙主義がどのようにバハオーフェン母権論を取り扱ってきたのか,さらに突っこんで具体 的に論述すべきであった。啓蒙主義がロマン主義的思想を排斥してきたことには,それなりの理由があったからで

ある。また,欧米の小クライスによって母権的ロマン主義がアカデミズムの外部で継承されてきたと論者は述べる が,それぞれのクライスをさらに具体的に詳しく論述するならば,ヨーロッパ思想史にとっても興味深い事実が明 らかとなる可能性は更に高くなると推測される。また論者は, (母権/父権)論の二元論から(実在/虚在)論を 独自に抽出したと述べ,これをカルフ女史の箱庭療法,ユングの無意識の発見 テニェ‑スのくゲマインシャフト /ゲゼルシャフト),少年犯罪論などの新しい理解‑と結びつけようとしているが,テニェ‑スに関しては,ドイ ツ語国の社会思想の中に位置づ桟て論じたならばもっと実り豊かになったであろうし,ユングへの論及はなるほど 適切であるが,ユングとバハオーフェンの関わりをユングの元型に見られる太母を中心に,ユングの作品自体から の引用をもっと行うべきであった。これは,論者が様々に分析してみせる現代人間・社会論に関しても,言いうる ことであり,独創的な「比較文化・近代化論」と称せられるためには,更なる研鐙が必要である,と思われるが, バハオーフェン家の収集した美術品のリストを完成させたこと,バハオーフェン家の系譜を完成させたことなど

(10)

は,出来上がったのを見ると,変哲もないようであるが,これは,文献学的,書誌学的方法の駆使の産物として十 分に評価すべきであり,本論文の欠点を補って余り有るものがある。

最後に,総じて,バハオーフェン母権論を父権制を相対化しつつ分析・考察するという批判的視座は高く評価さ れるべきだが,非西洋としての東洋を母権制に連なるものとして位置づけ,その連関の中で『二十四孝』が取り上 げられるという道筋は今後の研究においてもっと明瞭に示されるべきである。

5)もっとも上記のような課題は,博士論文としての本論文の水準を下げるものとは言えない。これまで永い間バ ハオーフェン研究を続けてきた論者は,バハオーフェン母権論受容史に関して,文献学的・書誌学的手法の援用と フィールドワークにより新たに扉を開き,数々の費重な見方や事実を日本の学界に提示し.バハオーフェンに関す る知見を高めてきたのであり,その営為は,それ自体一個の大いなる学問的貢献であり,高く評価すべきである0

4.結  論

以上の審査の綾取 後記の委員は,本論文の提出者が博士(学術)の学位を受けるに催するものと認める。

2007年1月20日

審 査 員

主   査 早稲田大学教授 早稲田大学教授 早稲田大学教授 早稲田大学教授 関西学院大学教授

経済学博士(早稲田大学)

照屋佳男 池田雅之

・‑I‑,一蝣{"./jlllt暮次CIS Jfl  喜試 哲学博士(ドイツ・アウグスブルク大学)鎌田 康男

(11)

概 要 書       363

博士(学術)学位論文概要書

『母権的ロマン主義受容史

‑バハオーフェンを中心にして‑』

山 口 娘 彦

1 本論文の目的 2 本論文の研究方法 3 本論文の全体の概要 4 本論文の拳別概要

5 本論文の結論

6 本論文の問題点と残された課題

1 本論文の日的

本研究の主要な研究課題は,スイス・バーゼル大学正教授のちバーゼル控訴院刑事裁判官であったヨハン・ヤー コプ・バハオーフェン(一八一五・一二・二二‑一八八七・一一・二五)を中心とする(母権的ロマン主義受容 史)であるOそして,この研究を通じて目的とするのはナ(母権的ロマン主義によって現代啓蒙主義を乗り越える 手掛りを得ること)である。それゆえ,本研究は,母権的ロマン主義受容史研究のみにとどまらず,現代啓蒙主義 の克服をめざす人間存在の二重性理論にまで及ぶO

二十世紀を支配したナチズム,スターリニズム等の根底には啓蒙主義があり,その思想的起源は一八五九年に 発表されたふたつの著作 すなわちチャールズ・ダーウィンの『種の起源』とカール・マルクス『政治経済学批 判』にまで遡ることができる。ダーウィンの著作は, 「天地創造」に見られる旧約聖番的な西欧キリスト教的世界 観を根底から覆し,それに代わる近代的科学に基づく新しい世界観を与える衝撃の馨であった。マルクスの著作も 又,古代から現代に至る世界を相対化することを可能ならしめるものであった。だが,スイスの小商業都市バーゼ ルで生涯を無名のうちに過ごしたバハオーフェンは,ダーウィン・マルクスの著作が現われたのと同じ一八五九年

二二!.蝣 蝣;蝣/、二uY∴こ高トん   ニー.・ト、‥ .I.∴∴そ、 .'i蝣! . :.  蝣'、′二 十∴ 蝣.‑]蝣:宗;'膵.1㌦晶j晶当∴こ.J,#*‥上L二/.

代世界の女性支配についての研究』を出版した。十九世紀西欧においてキリスト教的世界観のアルタナティーべた り得るような世界観を提供したダーウィンやマルクスの著作が.二十世紀を通じて大きな影響力を現実に持ちえた のに対して,バハオーフェンの著作は一部の研究者を除けば今日まで広く知られることはなかった。とりわけ,近 代の巨大な研究教育機関たる大学アカデミズムにおいては,無視と沈黙のうちに打ち捨てられてきたかのように見 受けられる。だが,バハオーフェンの発見した太古の母権制をめぐる理論は,ダーウィンとマルクスの共有する科 学的合理主義とは全く異なるロマン主義を基調としながら,人間史がギリシャ・ローマ古典期以来,父権制社会で あったことを解明し,父権制に先行する太古の母権制の存在を指摘したことによって,全人間史を一挙に相対化し うる衝撃の理論であった。

母権的ロマン主義のトレーガ‑ (担い手)であった世紀転換期の小クライスの特徴は,価倦自由とは対極的に, 一定の価値信仰と信条による小人数から成る小集団であり,それらの集団には求心力を有する強烈に個性的な人物 が中心にあり,この強力な中心人物の周囲にその崇拝者,同調者,心酔者たちがキラ星の如く存在したというとこ ろに見出されるO例えば,ミュンヘン・シュワ‑ビングの「宇宙創造論」クライスには,詩聖ゲ*)レゲが,組織分 裂後には精神分析医で哲学者のルートヴイッヒ・クラーゲスが中心にあり,スイス・アスフナの「真理の山」クラ イスにはフロイトの弟子オットー・グロースがおり,スイス・ボーリンゲンの「ニラノス」クライスには精神分析

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学者C.G.ユングが,アメリカ・プリンストン大学出版部との協同出版を開始した「ボーリンゲン」クライスに はメロン財団のポールとメアリーの夫妻がいた。

こうした小クライスによってヨーロッパの片隅で細々と受け継がれてきた母権的ロマン主義は,二十世紀的啓蒙 主義としてのナチズムとスタ‑)ズムの崩壊後,直ちに現われたグローバリズムという二十‑世紀的啓蒙主義に対 しても尚,対抗する思想的根拠たりうると考えられる。というのは,今までの人間史が古典期以来父権制にすぎず, 又,父権制に先行する太古の母権制が指摘されたことの根本的な意義は,母権制の象徴する非近代的な古層は,価 値の中の価値として,いかなる時代においても再発見されねばならず,その再発見を通じて,近代的なものが相対 化されねばならないというところにある。

2 本研究の研究方法

本研究の研究方法は,カール・ヤスパースが『歴史の起源と目標』 (KarlJaspers,VomUrsprungundZielder Geschichte, 3 I Aua. R. Piper &Co. Verlag,Mnchen 1952) (重田英世訳『歴史の起源と目標』,理想社・昭和三九年) において指摘した「軸の時代」 (Achsenzeit)を改作したもの,すなわち三朝(時間朝一空間朝一価値軸)によるも のと規定されうる0時間軸は,バハオーフェン『古代人墳墓象徴論』があらわれたく一八五九年から現代)までと し,空間軸は,母権的ロマン主義のトレーガ‑たる小クライスが現出しては消滅していった(酉ヨーロッパを中心 とする世界各地)であり,価値軸は研究課題である(母権的ロマン主義)と設定する。したがって,本研究の主題 たる(母権的ロマン主義受容史)は一貫して考察の主軸となるが,これを空間軸に沿って(前史,形威史,受容史) の服に考察しながら,受容史の空間軸をその都度適宜移動させていくことにする。ヤスパースの「軸の時代」の概 念は,文明史家ハンテントン『文明の衝刻(S. Huntington,The Clash of the Civilizations and the Remaking of World Order,Simon&.Schuster,NewYork,1996) (鈴木主税訳『文明の篠剣.集英社, 1998年)やドイツの経済法学者ブイ ケンチャーの『思想のモード』 (W.Fikentscher,Mode of Thought, 2 Aufl.Mohr Siebeck,Tbingen,2004)においても有 効に使用されていて定評のあるものである。ヤスパースのいう「軸の時代」は,本来,紀元前5世紀ごろ,ほぼ紀 元前800‑200年ごろの間に人間の自己意識が発生し,世界宗教が生まれるに至った時代を指すのであるが,本研究 では,上記のように比較文化史研究に適合するように改作して,これを研究の主要な方法とすることにする0

3 本論文の全体の概要

本研究の全体の概要は次の通りである。すなわち,母権的ロマン主義の前提,前史,形威史,受容史,現代啓蒙 主義の捌乱研究の反省,というように続き,最後に母権的ロマン主義書誌となる。本研究は全体で一六本の論文 から構成されるが,全体をⅡ部に分ける。

第Ⅰ部は「母権的ロマン主義の受容史」,第Ⅱ部は「現代啓蒙主義の諸相」である。そして, 「緒論」を述べたあ と, 「あと書き」として,残された諸課題を指摘する。

4 本論文の車別概要

第Ⅰ部「母権的ロマン主義の受容史」 (論文一二本所収)は,さらに三つの肇に珊介される。

第‑車は「母権的ロマン主義の比較思想史」であり,ここでは研究全体を予備的に展望するため,一・ 「母権的 ロマン主義受容の論理‑バハオーフェン『母権論』の作用史‑」において.本番全体を貫く,母権的ロマン主義受 容の論理を,空間的,時間軌 学問領域的に授示するOそしてニ「母権的ロマン主義受容の研究史」において, 研究書誌を中心にして,バハオーフェンの家族史,著作の形成,バハオーフェンのふたつの全集(いずれも未完結), バハオーフェン・ルネッサンス(1920年代)を喚起するに至った三種五冊のバハオーフェン選集の編纂,バハオー

フェンの著作の翻訳(英語,フランス語,イタリア語,日本語),スイス・バーゼル大学図書館地下手稲部を2000 年と2001年の2回訪問して確認しえたバハオーフェンのマニュスクリプト, 5点に及ぶバハオーフェン研究論文

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概 要 書      365 集などについて報告する。三「母権的ロマン主義の比較思想的受容史‑バハオーフェン,イェ‑リング,ヴェ‑

バー」においては,ローマ法学という学問領域において軌を一にする三人の大学者バハオーフェン,イェ‑リング, ウェーバーが,様々な共通点を他にも有することを指摘しながら,本番の研究において中心となりうる諸テーマを 仮説として提示し,母権的ロマン主義受容史という研究の詣目標を明確に設定することに努める。これらの三論文 が第一章の構成要素となる。

こうした第‑章における予備的考察を経て,第二章「母権的ロマン主義の形成・受容史」に入り.本研究テーマ の中心的課題を取り扱う0匹. 「母権的ロマン主義の比較人類学的前史‑バハオーフェンとラフイトウ一一」にお いては,バハオーフェンの母権論が突然に着想されたものではなくて.その前史としてフランス・イエズス会神父 ラフイトウ一によるカナダ先住民の中での五年間に及ぶ生活の報告書が存在することを立証する。ラフイトウ‑

の生涯と著作について具体的に報告した本稿は.日本における初めての報告である。次に,玉. 「母権的ロマン主 義の対抗文化論的受容史」においては,著者が実際に訪問して発見したスイス国立図番飴所蔵の文献に基づいて, 十六世紀から二十世紀まで‑三代にわたるバハオーフェン家の家族史を実証的に追い求め,バハオーフェン家のほ ぼ一五〇人についての系譜を.本邦において初めて明らかにした。六. 「母権的ロマン主義の形成‑バハオーフェ ンにおける芸術と文化」においては,スイス・バーゼルの富裕な絹織物製造業者であったバハオーフェン家が,幾 世代にも亘って欧州一門から名画を購入し続けた結果,驚くべき美術品の一大コレクションを形成したことを,具 体的に購入リストを分析して実証的に報告する。本稿も全く本邦初の報告である。七. 「母権的ロマン主義紀行‑

ヨーロッパ世紀転換期対抗文化研究:バハオーフェン,イェJ)ング,ヴェ‑バー‑」においては,スイスのチュー リッヒ,バーゼル,ベルンなどを中心に,著者の撮影した写真を使いながら,バハオーフェンの母権的ロマン主義 の足跡を辿る。

前二章における母権的ロマン主義の形成・受容史研究を受けて∴母機的ロマン主義の今日的な受容を独創的に展 開する必要があり,そのため,第三章「母権的ロマン主義の人間学的受容」においては,バハオーフェンの母権的 ロマン主義受容史研究から本研究が独自に到達したく実在/虚泰論)という人間存在の二重性理論に基づいて.現 代人間論および現代共同体論において独創性ある入間・社会分析を試みる。このことを通じて,啓蒙主義的入間・

社会理論の陥葬を,今日的問題意識に立脚して乗り越えることを大胆に試みることとなるoこのような試行的作業 を通じて二一世紀にふさわしい新しい人間・社会理論の手掛かりを得るよう.先行の学問的業績を活かしつつ学問 的作法に従い試行する。とりわけて,本稿が独鋸こ創出するに至った(実在/虚春)論は,人間・社会の今日的病 理現象の分析にも大きく資する可能性を秘めていることを(実在//虚在)論の立場を堅持しつつ,凶悪な犯罪事例 等の実例分析によって立証していく。バハオーフェン母権論から抽出したこの(実在/虚在)論は,本研究が尊に 母権的ロマン主義受容史研究にとどまることなく,学問はすべからく現実的問題の的確な分析にも資するべきだと の著者の信念に由来している。

八・ r母権的ロマン主義の人間学的受容一人間の二重的世界内存在性をめぐるバハオーフェンとカ)i,フ.テこェ‑

ス,和辻哲郎」では,箱庭療法の創出者ド‑ラ・カルフ女史がバハオーフェンとユングの象徴論に依拠したことを 手掛か侶こ.テニェ‑スの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』,和辻哲郎の『風土』を(実在/虚在)論に基 づく存在の二重性理論という新たな視角から読み直す作業に着手する。九. 「母権的ロマン主義の共同体論的受容

‑バハオーフェンとテニェ‑スー」は.上記の立論を(共同体論)に特化して論じるものであり,その著作の中で マルクスもイェ‑リングもバハオーフェンも取り上げているテこェ‑スの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』

を新しい観点から考察することが可能となっている。 (実在/虚在)論からすると,伝統的なゲマインシャフトは (実在)に該当するものであり,ゲゼルシャフトは(虚を)に当たる,との立論を骨子としている。

‑01 「母権的ロマン主義の少年犯罪論的受容‑バハオーフェンと神戸事件少年A」は,本研究がバハオーフェ ンの母権的ロマン主義から独自に抽出した(実在//虚在)論の立場を堅持しながら,二〇〇一年四月一目の改正少 年法の施行を受けて, J.c.CD. ( 「少年の犯罪と非行学会」本部:アメリ*)の日本支部中部支部によって行わ れた「改正少年法の課題」シンポジュウムにおけるコメンテータとしての著者のコメントに大幅に加筆したもので ある。著者の立論は,グローバリズムは常に至る所で弱者を生み出しており,自殺者,少年犯罪,逸脱行動.薬物

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中毒などの発生はグローバリズムにおける負の側面として把えられるべきだ,との点にある。少年による様々な凶 悪事件を分析しながら,この中でも特異な事件として日本を震接させた一九九七年五月二七日の神戸「生首」事件

における少年Aを分析・考察の対象にする。本研究が到達しえたく実衣/虚在)論が,現代的人間の精神病理現象 の分析に関しても極めて有効であり,又,的確であることを本稿は立証しようとする。このことから,スイスの ド‑ラ・カルフ女史の発案した箱庭療法(Sand‑piel)に採り入れられたバハオーフェンとユングの象徴理論は,単 に箱庭療法にのみとどまるべきではなく,様々な逸脱行動に起因する精神病理現象(自殺,犯罪,麻薬中毒,組織 暴九新興宗教,オカルト教団からゲーテ『若きウェルテルの悩み紺こ見られる熱病としての恋愛現象及び多様な 文学作品分析など)にまで至る様々な分析にも今後大きな力を発揮しうることが予見される。本稿は,その先鞭を つけるべく執筆されたものである。

一一. 「母権的ロマン主義の(法と文学)論的受容‑バハオーフェンと井上哲次郎「孝女白菊詩」作用史‑」は, バハオーフェンの母権的ロマン主義に立脚すれぼ 文学作品の有効な分析も行いうることを立証しようとする論考 である。冒本では,落合直文の改作によって有名となった「孝女白菊詩」作用史を,原作としての漢詩を創作した 哲学者・井上署次郎,現代語訳者としての詩人・落合直文,のちのドイツ・キール大学における日本学の創始者と なった東京大学のカール・フローレンツ,英訳者アーサー・ロイドと順に発見して行き,ついにはマジャール語訳 に到達する。この発見の過程で, 「チリメン本」という明治期の珍しい出版物にも揺することとなり,それらが今 日の明治屋と関連のある長谷川武次郎によって考案されたことを確認する。叉,ドイツ文献学におけるアウダス ト・ペックーバハオーフェンーカール・フローレンツの繋がりを解明する。十二「母権的ロマン主義の書籍文化 論的受容‑バハオーフェンとリチャード・ブースー」は,上記一一の論稿が詩歌という特殊な文学作品を分析対象

とするのに対して,西欧の書籍文化一般を対象とする。ここでは,チュJ)ッヒ,バーゼル,ミュンヘン,ベルリ ン,ロンドン等の書籍文化を論じる。

第Ⅱ部「現代啓蒙主義の諸相」 (論文四本所収)においては,第Ⅰ部における母権的ロマン主義受容史研究の成 果を活かしながら,現代グローバリズム下における家族を中心に据えて,現代社会の諸相を解明する0

第四章「現代啓蒙主義と家族」では,家族倫理として旧来あまり学問的に論じられることのなかった親孝行をめ ぐる三本の論文(資料を除く)を収録し,次いで家族論に関して逸することの出来ないバハオーフェン以外の,ヴェ ステルマルク,プリフォールト,アイヒラー,アイゼンシュタットの生涯と業績一覧をまとめた資料一本を収録す る。すなわち,十三「家族とグローバリズム‑親孝行について」は,二〇〇〇年に二日間に亘って南山大学社会 倫理研究所において行われたシンポジュウム「家族と世代間継審」における著者の基調報告に加筆した論稿であるo

立論の骨子は,母権的ロマン主義の立場から見ると,父権的国家としてのナチズムやスターリニズムは過酷であり, 親孝行などの家族倫理はそうした社会では断絶するとする点にある。

十四. 「甘四孝のフイロロギ一一親孝行思想史研究(資料矯)」は,親孝行思想研究の資料簾として,中国と日本 に古来から伝えられてきた『甘四孝』の収集を中心にした資料集の解説部分(ただし資料は省略した)であるo中 国親孝行思想の淵源は『孝経』に発する。十八章から成るにすぎないこの小冊子が,長安における世界最初の(大 学)の建学の精神となり,昭和二十年までの東アジア社会・家族倫理思想の彪大な体系を実際に形成しえていたこ とは驚嘆に億するoそしてこの『孝経』の童蒙版が『廿四割であったと考えられるO五言四行の漢詩,漢文又は 和文による鋭明,絵画としての版画の三点セットによって古代から近代に至るまで発展してきた『甘四割の世界 は,今日まで学問的に検討されたことは本稿以外には数点あるにすぎないが,思想史的にも文化史的にも美術史的 にも重要な課題であると推測される。十五. 「甘四孝のブイロロギ‑ (その二)一親孝行思想史研究(資料篇)」は 上記十四の資料に続くものである。 『甘四孝』は主として童乗用の絵本であったが,親孝行教化という目的から, 必ずしも書籍や絵本としてばかりではなくて,様々な浮世絵,掛け軌木彫りなどの多様な形で長期にわたって作 成されたと考えられる。こうした壮大な文化史的な背景を得て,西鶴『本朝廿不孝』や藤井憐斎『本朝孝子伝』を 始めとする多数の孝行ものという文学的領域における作品群が成立していったことを指摘する。 (但し資料集は省 略した。)

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概 要 書      367

十六・ 「婚姻,母性.近代化‑ヴェステ)i,マルク,ブリフォールト,アイヒラー,アイゼンシュタットの生涯と 業績」は,欧米家族倫理の上でバハオーフェンの母権理論にまっこうから反対したフィンランドのヴェステルマル ク・バハオーフェンに賛成したプリフオート,習俗(mannersandcustoms)を研究したリリアン・アイヒラー女史, 近代化論を論じたアイゼンシュタットの生涯を簡潔にまとめ,彼らの著作の書誌を作成したものである。

このようにして,研究論文は以上の一六本で終るが,これらの研究成果を報告したあとで,末尾の「参考文献」

において一八五九年から二〇〇三年に至る一四四年間の母権的ロマン主義受容史に関わる国内外の文献を報告す るo論者はひとつひとつの文献に実際に当たり,入手または覆写することによって確認したうえでリストに掲載す るよう留意したので,本番誌作成には七年間の歳月を要したOフロイトユング,ライヒらの精神分析学による「無 意識の発見」という二十世紀最大の功績も,バハオーフェン母権論に由来することなど,多くの驚嘆に億する母権 的ロマン主義受容史研究の成果を,本「参考文献」から確認することができるのではないかと思われる0

5 本論文の結論

バハオーフェン自身は,バーゼルの富裕層に所属するディレッタントな反アカデミストとして無理解のうちに逝 去するが,バーゼル有数の名家の総鼠バーゼル大学ローマ法正教授(三年間),バーゼル控訴院刑事裁判官,大 旅行象古物収集象 名画収集象 フランス教会長老,という様に多面的な相貌を秘かに有しているOそして,そ の受容史は,ローマ法史,ローマ国法藍古代考古学,社会象徴論,フェミニズム,反フランス革命論,精神分析 学,臨床心理学,神話学,文学,都市論,文化人類学.家族法学,婚姻型態論,歴史法学,墳墓論,社会学.人間 論,が)エンタリズム,精神医学,建築学,中国母系制論,少年犯罪論,自殺鼠 芸術論,環境保護論など,驚嘆 すべき壮麗で広範な領域に及んでいることを本研究から認識することが可能ではないか,と思われる。

バハオーフェンは,何世代にも亘って続いた絹織物製造の家業(バハオーフェン会社)によって獲得された魔大 な富を背景に.会社経営を弟に譲って,刑事裁判官の傍ら,墳墓象徴と神話研究を手掛りに古代世界の精神を探究 しっづけ,ついに近代の古層に眠る母権制の発見に至った。けれども,この母権理論は,十九世紀後半には,誠に 少数の信奉者とエンゲルスを始めとする「ノイエ・ツアイト」 (DieNeueZeit)クライスのマルクス主義たちに知

られた以外には,大学アカデミズムからは長い間無視と黙殺を受けてきた。

このようなバハオーフェン母権論を忘却の彼方から再び拾い出したのは,一九〇〇年ミュンヘン・シュワ‑ビン グの詩聖ゲれレゲを中心とする宇宙創造論グループ,および,一九〇〇年以来スイス・アスコナに自然主義的共同 体を切り開いたモンテ・ヴェリタ・クライスであったOその火は,在野の文学乳 芸術象 心理学者たちによって 受け継がれ,一九二〇年代にはバハオーフェン・ルネッサンスをもたらした。その結果,アカデミズムの外部に.

バハオーフェン母権論を理論的根拠とする二〇世紀を代表する業績と作品が数多く生みだされていった。

フロイト ユング,ライヒらの深層心理学における無意識の発見,トーマス.マン,ヘルマン・ヘッセ ゲルハ ルトハウプトマン,レ‑ベントロー伯爵美人などによって,多くの文学作品が残された。ゲルマン民族優越説 を核とするナチズムの側も,バハオーフェン母権論を逆手にとりこれを男性同盟(Mnnerbund)論へと改作するこ

とによって‑ アJVフレットローゼンベルク『二十世紀の神話』 (Alfred Rosenberg,DerMythus des 20.Jahrhunderts, 24.Aufl.1934)は空前のベスト・セラーとなっていった。

この間,スイス・アスコナのボーリンゲンの塔にあったユングは,ナチス政権樹立と同時にそれに対抗するかの ようにエラノス・クライスを結集し. 「エラノス年報」 (Er Jahrbuch,1933‑g に世界で最良の知性を結集しっ づけることに成功した。この中で生みだされた最高傑作のひとつ,エリッヒ.ノイマン『グレートマザー』 (Erich Neumann,DieGrosseMutter,1956)はバハオーフェンとユングとを結び付けた記念碑的作品であった。このことは, 同書が冒頭にバハオーフェン『タナクイルの伝承題から引周する二行の文を同音のモットーとして掲げていること からも窺うことができる。

ノイマンの同書を皮切りに,それ以後ベトへヤー『太母論題(HelmutM.Bottcher,Die GrosseMutter, 1968)や インド・ヨーロッパ人原郷論争史上で「小丘(クルガン)」説を唱えたギンブタス女史の『古代欧州女神・男神論題 (Marija Gimbutas,The Goddesses and Gods of Old Europe, 1974)などが陸続として著わされていった。

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第二次世界大戦後.米ソ両国でバハオーフェン母権論は,それぞれことなる文脈で,言及されていったo合衆国 では,ユングの心酔者ポールとメアリーの所属するメロン財団を背景とするボーリンゲン叢書(BollingenSeries) は,今日に至るまで彪大な良書をプリンストン大学から出版し続けているO全ての出版物に付けられている四本 の矢と一つの車論のロゴマークのついた一冊や二冊は,良心的な知識人だったら,自分の書斎に容易に兄い出す ことができるOバハオーフェンの唯一の英訳選集やアイザイヤ・バーリン『ロマン主義の根源』 (IsaiahBerlin,The Roots of Romanticism, Bollingen Series,XXXV ‥ 45, 1999)もこの叢書から出されている0 ‑方f ソ連邦においては, ェンゲルス『家族,私有財鼠 及び国家の起源』 (F. Engels, DerUrsprung der Familie, des Eigentum und des Staats, 1884)第四版序文で論じられたバハオーフェンを,家族の発展段階法則の中で利用して行き,一九九一年のソ連・

東欧の自己崩壊までこの理論状況は継続した。

このように見てくると.バハオーフェン母権論は,二十Ltr紀の学問芸術の底流にあって,その変容の源流となっ ていることが判る。大戦の終結した一九四五年以降は,長く拒否されてきた深層心理学が大学アカデミズムに認知

され,米国を経て日本にも到来し,今日では,グローバリズムによる合射ヒの結果もたらされた尾大な自殺者や精 神病理現象を前に,その治療を目的として隆盛を極めているOそして,バハオーフェン『母権論狛ま,ユングの深 層心理学と共に,このような心理療法にも役立てられている。

本研究は当初からバハオーフェン個人の研究を目差すものではなかったので,バハオーフェンの生涯と業績につ いては,本音の二「母権的ロマン主義受容の研究史」で簡単に報告するにとどまった。しかし,バハオーフェン母 権論受容史については,本邦では初めて実証的に,バハオーフェン家に関して報告し,母権論形成の前史としての ラフイトウ‑神父についても初めて報告することができた。そしてその人間学的受容においでは,独自の(実在/

虚在)諭によって.共同体論,少年犯罪論.心理療法への適用を試みるとともに,種々の学的領域への応用可能性 を探ったoグローバリズムの諸掛こついても,家鼠法を中心として母権的ロマン主義の立場を堅持しつつ報告を 行った。母権的ロマン主義受容史に関する「参考文献」 (巻末所収)も,本邦では初めてのもので.今後の研究に

おいていささかなりとも有効性を保ちうるであろう。

6 本論文の問題点と残された課題

このようにして,研究論文は以上の一六本で終るが. r結論」に引き続き. 「あと書き,母権的ロマン主義のリサー チ・タスクー残された課題‑」において,本研究で果たしえなかった多くの研究課題を列挙し,本研究が更に尚, 豊鏡な学問の沃野に展開しうることへの展望を諸テーマの具体的な例示の上に立って確認する0本研究は,わずか に,魅力的で壮麗な学問の扉をまず初めて開いたという栄誉を担うにとどまるが,この「あと蓄き」からも論者の 到達しえたく実在/虚在)論が,幅広い学的分野に適用可能であることが認識されうるのではないかと,思われるo

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