【論 説 】
報償 的贈 与 につ い ての一考察
‑ア メ リ カ 法 を参 照 し て‑(三 ・完)
小島奈津子
第一章 本稿 の 目的
第二章 道徳 的義務 に関す る判例 法理 の展 開 第一 節 約 因理論 にお ける道徳 的義務 の理論 第二 節 道 徳的義務 に関す る準 則
第三 節 実 質的利益 のル ール に関する判例 第 四節 判 例 の分析
第五 節 小 括(以 上 一 四巻 一号)
第三章 第 二次契約法 リステイ トメ ン ト八六 条の立場 第一節 約束 の拘 束力 の基礎 と しての不 当利 得 の法 理 第二節 先行役務 につ いての要請
第三節 先行役務 の無償性
第四節 先行役務 と約束額 の相 当性 第五節 小 括(以 上一五 巻一号)
第四章 今 後 の展 望‑ま とめに代 えて(以 上本号)
第四章 今後の展望 まとめに代 えて
1新 た な 理 論 の 必 要 性
以 上 で 見 て きた 受 取 り済 み の利 益 に対 す る約 束 をめ ぐる ア メ リカ 法 の
議 論 は 、 日本 法 にお い て 学 説 上 論 じ られ て い る報 償 的 贈 与 を考 え る に際 して参 照 の 価 値 が あ る と思 わ れ る。 贈 与 は五 五 〇 条 に よ り書 面 又 は 履 行 が な い 場 合 撤 回 さ れ う るの み で あ っ て 、 法 律 上 は 、 当該 贈 与 が 為 され た
桐 蔭 法 学16巻2号(2010年)
趣 旨、 報 償 的 な意 味 が あ るか 否 か 、 とい っ た こ とが 考 慮 され る余 地 は な い 。 こ れ に対 して 、 ア メ リ カ法 で は、 法 的 拘 束 力 あ る もの を 、形 式 的基 準 の み で は な く、 主 と して 過 去 の 受 益 に 着 目 して 、 実 質 的 観 点 か ら決 し て い る こ とが 注 目 さ れ る 。 そ れ で は 、 日本 法 に お い て 、 裁 判 所 が 撤 回 を 許 さ な い贈 与 とは ど の よ う な実 態 を もつ もの で あ り、 形 式 的基 準 の み に よ る処 理 が 便 宜 的 な 説 明 にす ぎ な い と み ら れ る 事 例 は な い で あ ろ う か 。 つ ま り、 当 該 贈 与 の 実 態 故 に 、 撤 回 可 能 と な る こ と を 防 ぐた め に 、 「書 面 」 「履 行 」 の 解 釈 を通 じて 五 五 〇 条 を排 除 して い る 事 例 が あ る と し た ら、 そ れ ら は形 式 的 な 基 準 で 拘 束 力 あ る 贈 与 を振 り分 け る こ との 限 界 を 示 して い る か も しれ な い 。 そ こで 、 まず 、 「書 面 」 の 要 件 を 緩 和 した も の と して 著 名 な 最 高 裁 判 決 を中 心 に 、 そ れ らが 扱 う贈 与 が どの よ うな 実 態 を有 す る か 、 報 償 的 趣 旨 の も のが 含 まれ て い る か 、 につ い て 見 て い き た い 。 こ こ で は 、 第 一 審 、 控 訴 審 に現 れ た事 実 も含 め 、 贈 与 が 為 され る に い た っ た経 緯 を見 る こ と にす る。
(1)最 高 裁 昭 和 二 五 年一一 月 一 六 日判 決(民 集 四 巻 一 一 号 五 六 七 頁) Aは 、 養 子Xと の 離 縁 の訴 え に敗 訴 し、Xが 家 督 相 続 す る こ と と な っ た た め 、 妻Yと 自家 の 前 途 を心 配 し、 妻Yに 土 地 の 贈 与 等 を した後 、 協 議 上 の 離 婚 を し、 自 己 の 事 実 上 の養 子 を他 に迎 え 、 そ れ をYの 法 律 上 の 養 子 と し、 事 実 上 の 夫 婦 、 養 親 子 と して 同居 し、他 の 不 動 産 もま たYに 贈 与 した り、 売 買 を 原 因 と してY名 義 に所 有 権 移 転 の 登 記 を為 した 。 登 記 申 請 書 に対 価 あ る こ との記 載 が あ って も他 の 証 拠 で 無 償 に給 付 の 債 務 を負 担 した もの で あ る こ とが 認 め られ 得 る 限 り、書 面 に よ る贈 与 で あ る
と した 原 審 の 判 断 が 維 持 され た。
(2)最 高 裁 昭 和 三 七 年 四 月二 六 日判 決(民 集一 六 巻 四 号 一 〇 〇 二 頁) 亡 父 が 農 地 につ い て 宅 地 へ の転 用 の 許 可 を得 た が 、 登 記 手 続 き を経 な い ま ま死 亡 し た た め 、 相 続 に よ り土 地 を取 得 した 兄Yは 相 続 放 棄 し た弟 Xを 分 家 させ るべ く、この 土 地 を宅 地 用 地 と してXに 贈 与 す る こ と と し、
Xと 連 署 の 上 知 事 に 対 し、 改 め て 宅 地 と し て転 用 し、 こ れ をXに 無 償 贈 与 す る 旨記 載 した 許 可 申 請 書 を作 成 、 提 出 した とい う事 案 で 、 書 面 に よ
報 償 的 贈与 につ い ての一 考 察(小 島 奈 津子)
る 贈 与 が 認 め られ た 。
(3)最 高 裁 昭和 五 三 年 一 一 月 三 〇 日判 決(民 集 三 二 巻 八 号 一 六 〇 一 頁) Xは 、 家 督 相 続 した 兄Yに 代 わ っ て 亡 父 を永 い 間 世 話 して き た う え 、 亡 父 も生 前Xに 対 し遺 産 とな るべ き不 動 産 の 一 部 を贈 与 す る 旨 の発 言 を
して い た こ と もあ っ た の で 、Yに 対 し不 動 産 の 一 部 をXに 無 償 譲 渡 して くれ る よ う 申 し出 た と こ ろ 、Yは これ を承 諾 し、 た ま た ま空 き地 で あ っ た 土 地 を贈 与 す る 旨 の 意 思 表 示 を した 。 そ の た め 、Yの 娘 が 申 し立 て 、 Xも 利 害 関 係 人 と して 出席 した調 停 にお い て 、YがX所 有 部 分 以 外 の 部 分 、 即 ち 「横 手 市 新 町 八 番 の 二 宅 地 一 四 三 坪 五 合 の 中 、 約 四 五 坪(別 紙 図 画 記 載 のX所 有 部 分)を 除 い た部 分 」 を処 分 す る に は 申立 人 と相 談 の 上 で 為 す とい う調 停 が 成 立 し た。 この 調 停 条 項 中 の 記 載 は 、贈 与 に よ り 土 地 がXに 帰 属 した こ とを 端 的 に表 示 した もの と して 書 面 で あ る と され た 。
(4)昭 和 六 〇年 一 一 月 二 九 日判 決(民 集 三 九 巻 七 号 一 七 一 九 頁) YはXら の 母 の娘 で あ りXら の 父Aに 認 知 され て い るが 、Aと 血 縁 関 係 は な く、 財 産 確 保 を も くろ んでAの 扶 養 義 務 者 指 定 等 の 調 停 申立 を し て失 敗 して か ら別 居 して い た 。 しか し、Aが 所 有 地 を高 速 道 路 用 地 と し て売 却 し、 補 償 金 を 入 手 した の を 、X1が 定 期 預 金 に し て証 書 や届 出 印 を保 管 して い た と こ ろ 、Aが こ れ をX1に 騙 さ れ た よ う に 受 け止 め 、Y
と共 に こ れ らの 返 還 を求 め 、 持 ち帰 っ た 。 この 前 後 か らYは 再 びA方 へ 出 入 りす る よ う に な り、 そ れ までAの 世 話 を して きた 女 性 が 病 気 でAの
も と を去 っ た 後 は 、 実 子 で あ るXら がAの 面 倒 を見 る様 子 もな か っ た の で 、 近 くに住 ん で い たYが 下 の 世 話 まで して い た 。YはAの 扶 養 義 務 者 等 変 更 の 調 停 申立 を し、 土 地 等 の 贈 与 を受 け た が 、Aは 死 亡 した 。 こ の よ うな 事 案 で 、Aが 司 法 書 士 に対 して 、 自 己 の 土 地 譲 渡 人 か ら受 贈 者Y へ の所 有 権 移 転 手 続 を求 め た 内 容 証 明 郵 便 が 書 面 と され た 。
(1)は 、 形 式 的 な離 婚 の前 後 に 妻 の 前 途 を心 配 して贈 与 が な され た も の で あ り、報 償 的趣 旨の 贈 与 と は見 られ な い が 、 後 述 す る 内縁 の 夫 婦 と 同様 に、 相 続 権 の な い 配 偶 者 へ の贈 与 は現 行 民 法 の 配偶 者 の相 続 権 の
桐 蔭 法学16巻2号(2010年)
趣 旨 に沿 う もの で は な い か と思 わ れ る。 即 ち 、 夫 婦 共 同体 にお け る 相 互 の潜 在 的寄 与 分 を清 算 す る こ と、 また 扶 養(生 活 保 障)で あ る。 清 算 の 点 は 報 償 に つ なが る も の で あ るが 、 受 贈 者 の 扶 養 につ い て は好 意 に よ る 贈 与 を示 す もの と も考 え られ るが 、 夫 婦 間 の 扶 養 義 務 とい う親 族 法 上 の 義 務 の 延 長 と して 義 務 的 な 贈 与 を見 る こ と もで き る 。(2)は 、 先 行 す る 受 贈 者 の 相 続 放 棄 に報 い る贈 与 と い う よ り も、 広 中説 に よ れ ば 、 共 同 相 続 人 間 で 一 方 が あ る もの を与 え る代 わ りに他 方 は相 続 を放 棄 す る とい う契 約 で あ っ て 、 離 婚 の 際 の 財 産 分 与 と類 似 す る 「贈 与 の よ う に見 え て 実 は贈 与 と見 るべ き で な い よ う な行 為 」 で あ る とい う。 家 や 現 金 を贈 与 し相 続 放 棄 して も ら っ た が 、 後 に贈 与 を取 消 し た とい う設 例 の研 究 に お い て、 広 中説 は 、 贈 与 者 の 出捐 を受 贈 者 の 相 続 放 棄 か ら切 り離 して考 え て は な らな い 、 「将 来 の 親 交 を期 待 して な され る贈 与 や 平 素 の 愛 顧 に報 い た い とか 声 望 を得 た い とか い うふ うな 動 機 か ら為 され る贈 与 の 場 合 と は厳 に区 別 さ る べ きで あ る」、 と さ れ る。 贈 与 者 の 出捐 と相 続 放 棄 の対 応 関係 は 「法 的 操 作 の 可 能 か つ 必 要 な もの」 で あ り、 相 手 に 一 方 的利 益 を得 させ る意 図 を持 っ て い な い 相 続 放 棄 契 約 で あ る と さ れ つ つ 、 「設 問 の 場 合 が 『放 棄 した ら与 え よ う』 とい う契 約 で な い こ と は 明 らか 」 で あ る が(ま た 「『くれ た ら放 棄 し よ う』 と い う契 約 で も な い 」 と され る)、
そ れ で も 「この よ う な契 約 の 場 合 に は一 般 に民 法 五 五 〇 条 を持 ち 出 す べ きで な い と考 え る」 と さ れ る。 相 続 放 棄 が な け れ ば 贈 与 は 為 さ れ ず 、 贈 与 が 予 定 され て い た か ら こそ 相 続 放 棄 が 為 され た とい う 関係 に あ り、 交 換 の 意 味 を有 す る よ う に見 え る が(分 家 とい うこ とで あ る か ら、等 価 と
され て い る と は必 ず し もい え な い で あ ろ う)、 将 来 に 向 か っ て 交 換 を為 す 契 約 が あ っ た とい え る か は 明確 で は な い 。 相 続 放 棄 を して 財 産 上 の利 益 を与 え た こ とに 対 す る贈 与 と して 、 報 償 的 な 趣 旨で 為 され た特 殊 の贈 与 で あ る とす る こ とで 五 五 〇条 の 適 用 を免 れ させ る こ と も考 え う る の で は な い か 。
こ れ ら に対 し、(3)は 、 贈 与 者 本 人 が 役 務 を受 け た わ け で は な い も の の 、 報 償 的贈 与 と考 えて よ い と思 わ れ る。 家 督 相 続 した 贈 与 者 は 、 亡 父 の 世 話 とい う役 務 が与 え られ た こ と に よ り、 利 益 を受 け て い る と見 る
報償 的贈 与 につ い て の 一考 察(小 島奈 津 子 〉
べ きだ か らで あ る 。
ま た 、(4)に つ い て は 、 原 審 も、 老 衰 の 度 を加 え て い た 贈 与 者 が 「近 くに住 ん で い た 第 一 審 被 告 を頼 ら ざ る を得 な い状 況 に あ っ た こ と ・ ・第 一 審 被 告 に心 を寄 せ ざ る を得 な い 心 境 に立 ち至 った で あ ろ う こ とは 推 察 す る に 難 くな く、 こ の 機 を逃 さず 、 第 一 審 被 告 は 機 敏 に ・ ・心 情 に取 り 入 り、 以 後 の面 倒 を見 る こ と等 を条 件 に ・・贈与 を求 め 、 同 人 に承 諾 さ せ た もの と推 認 され る と こ ろ で あ る」 と指 摘 して い る とお り、贈 与 者 は 、 実 子 で あ る原 告 と疎 遠 に な っ た た め 、 受 贈 者 が 将 来 自分 を世 話 して くれ る の を期 待 して全 財 産 の贈 与 を為 した の だ と考 え る べ きで あ り、 報 償 的 贈 与 とは い え な い 。 但 し、 贈 与 者 が そ の よ う な考 え に至 る まで に は 受 贈 者 が 贈 与 者 を世 話 した とい う事 実 が あ る 。 将 来 の役 務 を 目的 と して 当 該 贈 与 が な され た の で あ る が 、こ れ らを交 換 の 関係 に立 た せ る に つ い て は 、 過 去 の 役 務 が 重 要 な役 割 を果 た して い る とい え る 。
次 に 、 書 面 に よ ら な い 贈 与 に つ い て 、 「履 行 」 の 要 件 を緩 和 した と さ れ る判 決 の事 案 を み て い きた い 。
(5)最 高裁 昭 和 三 一 年一 月 二 七 日判 決(民 集 一 〇 巻 一 号一 頁)
借 地 人XがYと の 間 で 、YがX名 義 で 建 物 を建 築 し、 そ の 出 来 上 が り と 同 時 に こ れ をXに 贈 与 し、 そ の 代 わ りそ の後 一 年 間 はYが この 建 物 を 無 償 で使 用 し、 ビ ン ゴゲ ー ム 場 を経 営 して利 益 を上 げ 、 そ の 一 年 の 期 間 満 了 と共 に こ の 建 物 をXに 明 け 渡 す とい う契 約 を為 した 。 所 有 権 の 移 転 の み で は 贈 与 の 履 行 が あ っ た と は言 え ず 、 占有 の 移 転 が あ っ た こ とが 必 要 で あ るが 、建 物 は 、出 来 上 が り と共 に所 有 権 がXに 移 転 す る と 同 時 に、
YはXの た め建 物 を 占有 す る 旨 の 意 思 を暗 黙 に表 示 した と解 す べ きで あ る か ら、 こ れ に よ り建 物 の 占有 もXに 移 転 した の で あ り、 履 行 を終 わ っ た もの と さ れ た 。
(6)最 高 裁 昭和 三 九 年 五 月 二 六 日判 決(民 集 一 八 巻 四 号 六 六 七 頁) Yは 、Aが 死 亡 す る五 、 六 年 前 に婚 姻 の 式 を挙 げ 、 以 来 目的 物 た る家 屋 で 同居 して きたAの 内 縁 の 妻 で あ っ た。Aは 入 院 して 死 亡 す る前 に 、 死 期 を悟 っ てYに そ れ ま で 世 話 に な っ た 礼 を述 べ 、Yに 家 屋 を贈 与 し、
桐 蔭 法 学16巻2号(2010年 〉
そ の 際 実 印 と こ の家 屋 を買 い 受 け た と き の 売 買 契 約 書 を交 付 した が 、A の相 続人Xは 書 面 に よ らな い贈 与 で あ る と して 取 消 した。 最 高 裁 は 、Y は 占有 補 助 者 の 立 場 に あ っ た が 、 贈 与 が 為 され 、 権 利 の 表 象 と も言 うべ
き契 約 書 が 実 印 と と も に交 付 さ れ る こ とに よ っ て 、Aか らYに 対 して 簡 易 の 引 渡 に よ る 占有 移 転 が 行 わ れ た と見 るべ き で あ る か ら、 贈 与 の履 行 は こ れ に よ り完 了 した と判 示 した。
(7)最 高 裁 昭 和 四 〇 年 三 月 二 六 日判 決(民 集 一 九 巻 二 号 五 二 六 頁) XYは 昭 和 一 六 年 ご ろか ら交 際 、Xが 昭 和 一 七 年 三 月 応 召 し、 昭和 二
〇年 九 月 復 員 す る ま で は頻 繁 に文 通 し、YはXと の 結 婚 を待 ち望 ん で い たが 、Xの 態 度 が 変 わ り、 結 婚 を あ き らめ て も らい 、 そ の償 い と して 五 年 前 後 に洋 装 店 を 開 い て や る と 申 し出 た の で 、Yは や む な く別 れ 、五 年 後 に至 り建 物 を貰 い 受 け た い と 申 し出 た と こ ろ、Xは 妻 に 内 密 の 上Yに これ を贈 与 す る こ とを 約 し、Yに 登 記 済 証 と印 鑑 証 明 書 を交 付 した 。 そ の 後 、 依 頼 を受 け たA司 法 書 士 が 所 有 権 移 転 登 記 申 請 手 続 を 行 い 、 売 買 登 記 の 形 式 を と っ て所 有 権 移 転 登 記 手 続 が 為 さ れ た 。Xの 取 消 は認 め ら れ な い と さ れ た 。
(8)最 高 裁 昭 和 五 六 年 一 〇 月八 日判 決(判 時 一 〇 二 九号 七 二 頁) 贈 与 者Zが 長 男Xに 、YがZの 同 意 な く して 占 有 し、 か つ 登 記 名 義 人
と な っ て い る 係 争 中 の 土 地 を贈 与 し た 。Xは 贈 与 の 九 年 後 にYに 対 し て 所 有 権 移 転 登 記 を請 求 し た 。Zは こ の 訴 訟 提 起 の こ ろXの 訴 訟 遂 行 を助 け る た め 、 土 地 の 権 利 関 係 に 関 す る 証 拠 書 類 を 交 付 した 上 、 一 審 係 属 中 に 証 人 と し て 出 廷 しXの た め に 証 言 した が 、 そ の 証 言 の 中 に は Xに 土 地 を贈 与 した 旨 の 陳 述 が 含 ま れ て お り、 第 一 審 裁 判 所 は こ の証 言 を採 用 してX勝 訴 の 判 決 を した 。 そ の 後ZはXに 対 し本 件 土 地 の 贈 与 は書 面 に よ らな い もの で あ る か ら との理 由 で そ の 取 消 の 意 思 表 示 を した が 、Xに 対 す る贈 与 の履 行 は終 わ っ て い た もの と解 す るの が相 当 で あ っ て 、 取 消 の 意 思 表 示 は無 効 で あ る とさ れ た 。
まず 、 意 思 主 義 の 下 、 贈 与 契 約 に よ り贈 与 目的 物 の 所 有 権 は 移 転 す る が 、 履 行 が あ る とい うた め に契 約 が 存 す る だ け で よ い とす る こ と は で き
報 償 的贈 与 につ い て の一 考 察(小 島奈 津 子 〉
な い こ とは 、 五 五 〇 条 の趣 旨か ら明 らか で あ り、 従 っ て 所 有 権 移 転 で は
足 りな い と され て い る 。(5)は 、 当 時 移 転 登 記 の 有 無 を 問 わず 引 渡 が 必 要 と さ れ て い た 中 で 、 引 渡 に つ き 占有 改 定 で よい と した もの で あ る。
(5)に つ い て は 、 土 地 が 有 名 な 歓 楽 街 に あ っ て 一 年 間 の営 業 で 建 物 建 築 費 以 上 の 利 益 を 上 げ うる こ とか ら、 合 理 性 あ る取 引 で あ っ た こ とが 窺 わ れ 、 借 地 人 た る 受 贈 者 に建 物 所 有 権 の取 得 を認 め る必 要 性 が あ っ た 事 案 で あ る 。 こ こ に は報 償 的 趣 旨 の 贈 与 は存 せ ず 、 無 名 契 約 的 な もの と も され る 。 こ れ とや や 類 似 す る もの と して 、 浦 和 地 方 裁 判 所 昭 和 五 五 年 九 月 一 八 日判 決(判 時 一 〇 〇 二 号 一 一 七 頁)は 、原 告 の土 地 上 に原 告 の 父 親 が 家 族 の 生 活 費 の足 しにす る た め 貸 家 を建 築 、 五 年 ほ ど して か ら土 地 が 自 己 の もの で あ る と知 っ た原 告 が 建 物 収 去 を 要 求 した と こ ろ 、 父 親 と 被 告 ら は建 物 の 賃 料 収 入 が な く な る と生 活 に差 し さ わ りが あ る か ら直 ち に収 去 す る こ と は 出来 ない が 、 将 来 、 この 建 物 を原 告 に 無 償 譲 渡 す る方 向 で解 決 した い との 申 入 れ が あ り、 建 築 の た め の 借 入 金 返 済 が 終 わ る五 年 後 に建 物 を 引 渡 す とい う合 意 が 為 され た事 案 で 、 この 合 意 は単 純 な贈 与 契 約 で は な く 「和 解 契 約 の 性 質 を帯 び た契 約 」 で あ り、 実 質 的 に見 て も五 年 間 の 土 地 の使 用 収 益 権 の 放 棄 と引 換 え に為 さ れ た もの とい え る か ら、書 面 に よ ら な い譲 渡 で あ る が 、や は り五 五 〇 条 の 適 用 は な い と し た。
確 か に 、 当 該 契 約 は 不 法 占 拠 の 状 態 を解 消 す る た め の 親 族 間 の 互 譲 に よ る 契 約 で あ っ たが 、 そ れ まで の五 年 く らい の 土 地 の使 用 収 益 の 利 益 の 放 棄 も築 一〇 年 余 りの 建 物 の 無 償 譲 渡 に関 わ りな い と は思 え な い 。 将 来 の 土 地 の 収 益 が 合 意 され て い な け れ ば 、 過 去 の 受 益 の み を基 礎 とす る貝曽与 と な り、 同 様 の理 由づ け で 取 消 され な い贈 与 と され るか が 問 題 とな った で あ ろ う。 ま た 、 こ れ を将 来 の土 地 の収 益 の 放 棄 を負 担 とす る負 担 付 贈 与 と見 れ ば、 合 意 後 丸 五 年 に は満 た な い もの の相 当 期 間公 租 公 課 等 に見 合 う使 用 料 で 使 用 させ 続 け て い るの で 、負 担 の履 行 が あ り、 い ず れ にせ
よ撤 回 され な い こ とに な ろ う 。
次 に、(6)は 内 縁 関係 に あ る 当 事 者 間 に 簡 易 の 引 渡 を認 め た もの で あ る が 、 長 年 の 内 縁 当 事 者 間 の 贈 与 、特 に贈 与 者 の 死 後 紛 争 とな る もの に つ い て は 、 配偶 者 の 相 続 権 の 趣 旨 か ら して 、 将 来 の扶 養 と共 に報 償 の
桐 蔭 法学16巻2号(2010年)
趣 旨 を見 出せ な い で は な い 。本 判 決 の 事 案 で は、 実 印 と買 受 契 約 書 の 交 付 が あ るが 、 内 縁 夫 婦 間 の不 動 産 の贈 与 に つ い て は 、 特 に この よ う な事 情 が な くて も引 渡 し を認 め る 判 例 が あ る。 本 判 決 の先 例 とな る大 審 院 判 決 に 、 現 実 の 引 渡 し を認 め た と思 わ れ る大 判 昭 和2年12月17日(新 聞 二 八 一 一 号 一 五 頁)が あ る が 、 こ れ は 、 内縁 夫 婦 が共 に居 住 ・使 用 して きた 土 地 建 物 につ い て 、 「単ニ 之 ヲ一 方 ヨ リ他 ノ一 方 ノ実 力 的 支 配ニ 移 属 セ シ ム ル コ トノ合 意 」 を為 す こ と に よ り引 渡 は 完 了 す る の で あ っ て 、 同 居 の事 実 と贈 与 契 約 成 立 の動 機 及 び そ の 当 時 の 状 況 か ら して 、 こ の よ
う な合 意 が あ った と した 。
と こ ろ で 、 下 級 審 に は、 報 償 と い う 観 点 か ら 内 縁 夫 婦 間 の 贈 与 を こ と さ ら に保 護 した もの が あ る 。福 岡地 裁 昭 和 三 〇 年 九 月 二 九 日判 決(下 民 集 六 巻 九 号 二 〇 五 八 頁)、 東 京 高 裁 昭 和 四 六 年 二 月 二 六 日判 決(判 タ
二 六 三号 二 九 八 頁)で あ る 。前 者 は 、 次 の よ う な背 景 で 、 全 財 産 が 内 縁 の 妻 に贈 与 さ れ た 事 案 で あ る 。 死 亡 した 内 縁 の 夫 と妻Yと は事 実 上 の 婚 姻 を して か ら夫 の 死 亡 まで 同棲 生 活 して い た が 、 夫 は 資 本 な く して事 業 を経 営 して お り、 無 一 物 に な った こ と もあ り、 兄 弟 で あ るXか らな ん ら の 援 助 も受 け ず 、Yの 献 身 的協 力 を得 て 努 力 した 結 果 、 死 亡 当 時 に は よ うや く生 活 の安 定 を得 た とこ ろ 、 事 実 上 の 婚 姻 か ら一 六 年 後 、 胃が ん と 診 断 さ れ 、Yの 将 来 を案 じ、婚 姻 の 届 出 をす る よ う指 示 し、 所 有 財 産 一 切 をYの 自 由 に任 せ る と言 明 し続 け た が 、Yが 看 病 の た め 多 忙 で あ っ た こ と もあ っ て婚 姻 届 の提 出 に至 ら な か った 。 判 決 は 、贈 与 契 約 成 立 の 際 占 有 改 定 の 方 法 に よ りそ の 履 行 が 完 了 され た と判 示 し、さ ら に、こ の よ う な 贈 与 の 取 消 を為 す の は 「書 面 に 依 ら ざ る贈 与 の 取 消 を認 め た 法 意 を著 し く越 脱 す る もの で あ っ て 、正 に権 利 の 濫 用 」と した。後 者 の 東 京 高 判 は 、 内 縁 の夫 が 妻Xに 対 し、 まず 先 妻 との 間 の 四 人 の 子 女 の 面 倒 を見 て くれ る とい う条 件 で 内 縁 関係 に入 る に あ た り第 一 の 土 地 を贈 与 し、死 亡 直 前 にXの た め を思 って 第 二 の 土 地 を贈 与 した とい う事 案 で あ る。本 判 決 は 、 これ らの 土 地 に つ い て 、 地 代 取 立 て を夫 婦 共 同 で 行 っ て い た こ と、Xが 野 菜 栽 培 に主 力 と な っ て 従 事 して い た こ と の ほ か 、Xが 内 縁 関係 を始 め て か ら夫 の 死 亡 まで 二 六 年 余 り も同 居 し、 先 妻 の 子 女 四 人 の 面 倒 を見 な
報償 的贈 与 につ い て の一 考 察(小 島奈 津 子)
が ら家 事 を取 り仕 切 り、 一 同 か ら頼 りに さ れ て お り、 特 段 の 過 ちの あ っ た事 実 もな く、 亡 夫 が 贈 与 を撤 回 した と見 られ る よ う な言 動 も認 め られ な い こ と を も っ て 、「引 渡 」 は 遅 く と も亡 夫 の 「死 亡 時 に は す で に終 わ っ て い た と認 め る の を相 当 とす る」 と判 示 して い る 。借 家 人全 員 に所 有 権 移 転 を告 げ た り権 利 証 を 引 渡 した り し て い な い こ と につ い て は 、 「内縁 の 夫 婦 間 の 権 利 移 転 」 は 他 人 に告 げ た り登 記 書 類 等 の交 付 が な い こ と は 十 分 あ りう る とす る。 これ は 内縁 関 係 に あ る者 の 間で は 引 渡 が 認 め ら れ や す い こ とを示 す もの で あ るが 、 こ れ に 加 え 、 受贈 者Xが 長 年 贈 与 者 に 献 身 して きた 内 縁 の妻 で あ る こ とが 考 慮 さ れ るべ き こ とが 明 らか に さ れ て い る 。 即 ち 、 第 二 の 土 地 の贈 与 は 二 六 年 間 の 功 績 が 考慮 さ れ て の こ と で あ っ て 、 第 一 の 土 地 の 贈 与 は短 期 間 に不 縁 と な る場 合 に は撤 回 す る 意 向 が あ っ た か も しれ な い が 、 そ の心 配 も霧 消 し た は ず で あ る か ら、 亡 夫 に贈 与 を取 消 す 意 図 は な か っ た に もか か わ らず 、 相 続 人(被 告)が 取 消 の意 思 表 示 をす る こ と は信 義 に反 す る とい うの で あ る。 そ こで 、 第 一 の 贈 与 が 為 され た 当 時 に は相 続 人 の取 消 も認 め ら れ る で あ ろ うが 、 二 六 年 の功 績 を経 た 後 で は 「履 行 」 が 認 め られ な くて も信 義 則 上 相 続 人 は取 消 権 を行 使 で き な い こ とに な る。 これ に対 して 、 第 二 の 贈 与 は 契 約 当 時 か ら、 過 去 の 二 六 年 の 功 績 に よ り、 相 続 人 にお い て 撤 回権 の行 使 が 許 され な い とい う の で あ る。 この こ と につ い て 、 第 二 の 贈 与 を報 償 的贈 与 とす れ ば 、 報 償 的贈 与 は通 常 の 贈 与 に比 して拘 束 力 が よ り強 い と い う こ と も 出 来 る で あ ろ う。
(7)は 、 移 転 登 記 が あ っ た とい う だ け で も履 行 が あ っ た と認 め られ た事 例 で あ る 。 登 記 も ま た 、 軽 率 な贈 与 を 防 止 し、 贈 与 者 の 意 思 を 明確 な ら しめ る とす る学 説 に移 行 した もの と さ れ る。 そ こで 、 五 五 〇 条 に 関 す る 学 説 を容 れ た もの で あ って 事 案 の 特 殊 性 に よ る もの で は な い と も考 え られ る 。 また 、 「事 案 全 体 か らみ れ ば 本 旨履 行 とみ て もお か し くな い」
し、 登 記 申 請 の た め に売 買 契 約 書 が 両 者 の依 頼 で作 成 さ れ て い る た め に 書 面 に よる贈 与 と解 す べ き もの で あ っ た こ と、 権 利 証 等 登 記 に必 要 な書 類 が 交 付 され て い るか ら簡 易 の 引 渡 が 認 め られ うる こ とを指 摘 す る 見 解 もあ る。 こ こで 問 題 とな っ て い る の は慰 謝 料 支 払 の よ うな 動 機 で為 さ れ
桐 蔭 法 学16巻2号(2010年)
た贈 与 とい え、 相 手 の損 害 を償 う趣 旨 が 尊 重 され て い る と も考 え る こ と もで きる 。
(8)は 、 贈 与 を受 け て 受 贈 者 が 提 起 し た訴 訟 で 勝 訴 し た と こ ろ 、 贈 与 者 が 目 的 物 を取 り戻 そ う と した も の で あ っ て 、 贈 与 契 約 が 何 か の 報 償 で あ っ た わ け で は な い 。 親 か ら子 へ の贈 与 で あ る。
以 上 、 五 五 〇 条 の 「書 面 」 及 び 「履 行 」 が 緩 や か に解 さ れ た とさ れ る 事 案 を見 れ ば 、報 償 的 趣 旨 の贈 与 ば か りで な く、そ の 実 態 は様 々 で あ る 。
しか し、 こ こ に挙 げ た 判 例 に は報 償 的 趣 旨 で 為 さ れ た 贈 与 が扱 わ れ た も の もあ り((3))、 内 縁 の 夫 婦 間 の 贈 与 に つ い て は 、 報 償 的 贈 与 と い う か は別 と して も、 報 償 の 趣 旨 を見 出 しう る よ う に思 わ れ る 。 内 縁 の 事 例 が 多 い の は 、 内 縁 当事 者 の 物 の 支 配 の 関係 が 不 明 確 で あ る とい う現 実 が あ る が 、 永 い 問 内 縁 関 係 が 続 い て い る場 合 に は そ の 間 財 産 の 形 成 や 家 庭 生 活 につ い て 受 贈 者 に何 らか の寄 与 が あ り、 そ れ を評 価 して 贈 与 が な さ れ る こ と が 考 え られ る か らで は な い だ ろ うか 。 報 償 の 意 義 を述 べ る 下 級 審 の 裁 判 例 か らは そ れ が 窺 わ れ る 。
下 級 審 に は 内 縁 以 外 の 事 例 もあ り、 報 償 の 意 義 につ い て 特 に 強 調 さ れ て は い な い が 、負 担 の認 定 に 関 して 、 受 贈 者 の 貢 献 を認 め る もの が あ る 。 次 の よ う な 事 案 で あ る 。 肝 臓 に 持 病 を持 つAの も と に 家 族 と も ど も従 前 の住 居 を引 き払 っ て 転 居 し、以 来Aと 生 計 を一 に して 食 事 、選 択 、 掃 除 、買 い 物 等 の 家 事 、身 の 回 りの 世 話 を 一 切 見 て き たXに 対 し、Aが 、 同居 して い た建 物 を贈 与 す る死 因贈 与 契 約 を締 結 して お り、 そ の 死 の約 一 ヶ月 前 に当 該 建 物 の贈 与 を為 す と い う他 の者 との 間 の 覚 書 が作 成 され て い る 。 これ に つ き、 東 京 地 裁 昭 和 五 九 年 八 月 三 一 日判 決(判 タ五 四 二 号 二 三 七 頁)は 、 書 面 に よ らな い 贈 与 で あ る と した が 、Xの 行 為 の意 義 を認 め て 負 担 付 贈 与 の負 担 の履 行 を認 め た ほ か 、A死 亡 に よ り死 因贈 与 の 効 力 が 生 じXが 建 物 の 所 有 権 を 取 得 した 時 点 で 引 渡 が あ っ た と い う べ き で あ っ て 、履 行 が 終 了 して い る と判 示 した 。 こ れ は、 書 面 に よ ら な い 贈 与 に つ き、Xの 役 務 を重 視 して結 論 を 出 し た もの で は な い か と思 わ れ る。
報償 的贈 与 につ い て の一 考 察(小 島奈 津 子)
さ ら に 、報 償 的趣 旨の 贈 与 とみ う る も の の 撤 回が 認 め ら れ た 判 例 に対 す る 批 判 も参 照 し う る。 最 高 裁 昭 和 四 一 年 一 〇 月 七 日判 決(民 集 二 〇巻 八 号 一 五 九 七 頁)は 、 引 渡 が 認 め られ た に もか か わ らず 農 地 法 に よる知 事 の 許 可 とい う停 止 条 件 が成 就 して い な い た め に履 行 が 終 わ っ た もの と 認 め られ な か っ た 事 例 で あ る。 引 渡 を受 け た の に許 可 申請 の 協 力 を 求 め ず 、 手 続 を放 置 して い た こ と を重 要 な要 素 とす る 見 解 もあ る が 、 この判 例 に は批 判 的 な見 解 が 多 い 。 事 案 は次 の よ う な もの で あ る 。 贈 与 者Aの 妻 の 連 れ子 で あ るYは 実 の 子 の よ う に育 て られ 、 一 六 、七 歳 頃 か らAの 耕 作 補 助 者 と してA所 有 の 土 地 及 び 賃 借 地 を耕 作 し て きた が 、 終 戦 後 引
き上 げ て き た贈 与 者 の実 子Xが 耕 作 す る よ う に な っ た た め 、Yは 永 ら く 耕 作 して き た の をや め させ られ た 。Yの 不 満 を察 し、Aは 土 地 を他 か ら 購 入 し、Yが 事 実 上 の結 婚 を した 際 に これ を 口頭 に よ り贈 与 し、 以 前 か ら こ の土 地 を 占 有 耕 作 して きたYに 対 し簡 易 の 引 渡 を した が 、Aの 死 後 そ の 相 続 人 で あ るXに よ り撤 回 され た 。 こ の撤 回 を認 め る 判 決 に対 す る 批 判 と し て は 、次 の よ う な もの が あ る 。 本 件 贈 与 の 実 質 的 意 義 につ い て 、 贈 与 者 が 土 地 を買 い受 け て か ら贈 与 ま で は 占有 補 助 者 と して 、 そ れ 以 後 贈 与 者 が 死 亡 す る ま で は 自主 占有 者 と して 、 受 贈 者 が土 地 を 占有 して耕 作 して お り、 贈 与 者 の 動 機 に は受 贈 者 の 過 去 の 労 働 の代 償 とい う意 味 が 含 まれ て い る こ と か ら、 信 義 則 違 反 等 を理 由 に取 消 を認 め て は な ら な い 事 案 で あ る とす る見 解 が あ る 。 ま た 、 本 件 に お け る 譲 渡 は、 受 贈 者 の 過 去 の 労 働 に対 す る報 償 で あ る と共 に 、 そ の後 の 贈 与 者 夫 婦 の扶 養 の対 価 で あ る と して 、 こ れ らが 対 価 的 関係 にあ る 一種 の無 名 契 約 で あ る可 能 性 を考 え る見 解 も あ る 。 被 告 は 贈 与 者 の 実 子 で な い の に もか か わ らず 長 男 と して 届 け 出 ら れ て お り、Aの 妻 の 実 子 で あ る か ら、 扶 養 も念 頭 に置 か れ て い た とい え る で あ ろ うが 、 実 際 に若 い 頃 か ら耕 作 補 助 者 と して贈 与 者 に貢 献 して きた こ とが 、 こ れ らの 批 判 の 大 き な根 拠 とな っ て い る と思 わ れ る 。 この よ う に事 実 上 の 養 子 と して贈 与 者 を 助 け て きた被 告 の そ れ まで の労 働 へ の報 酬 、 以 後 の 扶 養 の 対 価 で あ る こ とか ら して 、 贈 与 とい え る か 疑 問 で あ り、 実 子 と事 実 上 の養 子 との 遺 産 争 い で あ っ て 、 「こ の 点 か ら裁 判 所 は 『履 行 』 を認 め る べ き」 で あ る と さ れ る 。 報 償 的 趣 旨で
桐 蔭 法 学16巻2号(2010年)
為 され た と見 う る贈 与 に つ い て 、 単 純 な贈 与 で は な い と考 え、 五 五 〇条 の解 釈 等 を通 じて拘 束 力 を 強 め よ う とす る 点 が 注 目 さ れ る 。
こ の よ うに 、 過 去 の 受 益 に対 して な さ れ た とい う実 態 を 持 つ 契 約 を報 償 的贈 与 と した 場 合 、 報 償 的 贈 与 だ けが 特 に保 護 され て い る とは い え な い 。 しか し、 贈 与 が 報 償 の 要 素 を含 んで い る こ と につ い て は、 日本 法 に お い て も一 定 の 評 価 が 為 さ れ て い る と考 え られ る 。そ れ に も か か わ らず 、 報 償 的 贈 与 の 法 的 拘 束 力 を 強 め るべ き こ とが 一 般 的 に認 識 され 、論 じ ら れ て い る とは い え な い 。
2贈 与 の法 的 拘 束 力 の 基 礎
こ の 問 題 に つ い て は 、 ア メ リ カ法 にお け る 判 例 法 や 議 論 が 、 次 の 二 点 に お い て 示 唆 に 富 む 。
ま ず 、 第 一 に、 ア メ リ カ法 にお い て は 、契 約 に は 合 意 に加 え て何 らか の 法 的 拘 束 力 の 基 礎 が 必 要 と され て い るが 、 そ の よ う な取 扱 い は無 償 契 約 の分 野 にお い て は実 際 的 な の で は な い か とい う こ とで あ る 。 ア メ リ カ 法 は 、原 則 と して 、バ ー ゲ ン が な け れ ば 約 束 の 拘 束 力 を認 め な い 。しか し、
「受 取 り済 み の 利 益 に対 す る 約 束 」 に 関 す る 議 論 を 見 れ ば 、restitution、
道 徳 的 義 務 とい った もの に基 礎 づ け られ る こ と に よ っ て 、 あ る い は 、単 な る合 意 を超 え て 熟 慮 さ れ た 約 束 で あ る こ とに よ っ て 、 バ ー ゲ ンが な く て も約 束 の 法 的拘 束 力 が 認 め られ る 。 しか も、 形 式 と は必 ず し も関係 な
く、 実 質 的 観 点 か ら の基 礎 が あ れ ば よい の で あ る。
第 二 に、 ア メ リ カ 法 にお い て は 、 「受 取 り済 み の 利 益 に対 す る 約 束 」 の 法 的拘 束 力 を認 め る にあ た っ て 、 幅 広 い 要 素 が 考 慮 され て い る こ とで あ る。 バ ー ゲ ン理 論 の 下 で は非 常 に例 外 的 な存 在 で あ る た め に 、 こ の よ う な約 束 につ い て は慎 重 に議 論 され て お り、 具 体 的 に は 、 過 去 の 受 益 に 関 わ る 、① 先 行 役 務 に つ い て の 要 請 、 ② 先 行 役 務 の 無 償 性 、 ③ 先 行 役 務
と約 束 額 の 相 当性 が 、 利 益 の 性 質 や 明確 性 と の相 関 関係 の 下 に 評 価 され る 。
合 意 の み に よ り贈 与 契 約 が 成 立 す る 日本 法 で は 、 こ れ らの こ と は全 く 妥 当 しな い よ うに 見 え る 。 しか し、 贈 与 契 約 の拘 束 力 の 発 生 を 一 定 の基
報 償 的贈 与 につ い て の一 考 察(小 島奈 津 子)
礎 の 存 在 に か か ら しめ る こ と は考 え ら れ な い わ け で は な い。 この 点 、 無 償 の 贈 与 の 法 的 拘 束 力 の 基 礎 を考 え る に あ た っ て は 、 同 じ無 償 契 約 で あ る 無 償 委 任 に 関 す る先 行 研 究 が 参 考 に な る 。 一 木 論 文 に よ れ ば 、 ドイ ツ 法 にお い て も合 意 が あ れ ば 直 ち に 契 約 の効 力 が 認 め られ る の が 原 則 で あ る が 、 そ れ に もか か わ らず 、 無 償 委 任 契 約 の 成 立 に つ い て は合 意 に加 え て 「法 的拘 束 意 思 」 が 必 要 で あ る とい うの が 判 例 で あ り、 支 配 的 な 学 説 で あ る とい う。 これ は、 事 務 処 理 者 に法 的 義 務 を引 受 け る との 意 思 が な け れ ば、 事 務 処 理 に関 して 損 害 が 生 じて も損 害 賠 償 義 務 を負 わ ない とい う問 題 で あ るが 、 こ の損 害 賠 償 義 務 を契 約 上 の 責 任 と見 て、 契 約 の 成 立 に合 意 以 外 の もの を必 要 とす る 限 りで 、 無 償 委 任 契 約 上 の 義 務 の 発 生 に つ き合 意 プ ラス ア ル フ ァ を論 じる もの とい え る。 そ して 、注 目す べ き は、
「法 的 拘 束 意 思 」 が 認 め られ る か 否 か が 広 く動 機 や 目的 、 客 観 的 状 況 か ら判 断 され る とい う こ とで あ る。 これ は 、 幅 広 い事 実 関 係 を考 慮 で き る よ う に して 、 妥 当 な 解 決 を模 索 しつ つ 、 無 償 委 任 契 約 の 存 否 をめ ぐる 不 安 定 さ を で き る 限 り解 消 し よ う とす る試 み で あ る よ う に思 わ れ る。 無 償 契 約 の成 立 につ い て 困難 な 問 題 が あ る の は ドイツ 法 と共 通 す る と こ ろ で あ ろ うが 、 合 意 プ ラス ア ル フ ァ を要 求 す る とい う の も大 い に考 え う る 解 決 法 な の で あ る 。
そ こ で 、 受 取 り済 み の利 益 に対 す る約 束 に関 す る ア メ リカ 法 の 研 究 か ら、 贈 与 の 合 意 を契 約 と して 認 め させ る基 礎 を 日本 法 にお い て も考 え よ う と した 場 合 、 以 下 の よ う な位 置 づ け とな ろ う。 まず 、 単 な る合 意 に拘 束 力 を認 め る こ と を原 則 とす る 日本 法 に お い て さ え も、 贈 与 契 約 が 撤 回 され 得 な い もの と な る た め に は書 面 又 は履 行 が 必 要 で あ る と され て い る (五 五 〇 条)。 こ れ は 、 「法 律 的拘 束 力 を有 す る 契 約 」 か 「紳 士 協 約 的 な 約 束 」 に 過 ぎ な い か を 、 形 式 を備 え て い る か に よ っ て 判 定 し よ う とす る もの で あ っ て 、 贈 与 の合 意 の み で は 「の ち の ち都 合 が 悪 くな れ ば 自由 に 取 消 し うる 」 もの で あ る こ とを示 す 。 と こ ろで 、五 五 〇 条 と は別 に 、 贈 与 の 拘 束 力 が 否 定 さ れ る こ とが あ り、 無 償 契 約 に お い て は 、 す べ て の 合 意 に法 的 契 約 を見 る こ とが 現 実 的 で な い こ と は 、 一 般 に認 め ら れ て い る とお りで あ る。 これ を見 れ ば、 同 条 の み で は贈 与 契 約 の法 的 拘 束 力 の 問
桐 蔭 法 学16巻2号(2010年)
題 は 処 理 で き て い な い と言 え る。 そ こ で 、 「法 律 的 拘 束 力 を有 す る 契 約
」か 「紳 士 協 約 的 な 約 束 」 か を判 定 す る別 の 基 準 が 必 要 と さ れ て い るの で は な い か と考 え られ る。 無 償 契 約 で あ る贈 与 契 約 は 経 済 的 合 理 性 に裏 打 ち され て い ない た め に、 様 々 な 実 態 を もっ て い る の で あ り、 こ れ を法 的 処 理 にあ る程 度 反 映 させ な け れ ば な ら な い と思 わ れ るの で あ る 。 そ れ は、 贈 与 の 効 力 を否 定 す る方 向 の み な らず 、贈 与 の 法 的 拘 束 力 を 強 め る 方 向 で も問 題 と な る 。 す で に見 た よ う に、 「書 面 」 「履 行 」 を緩 や か に解 す る に は そ うす る だ け の 理 由 が あ る の で あ っ て 、 「書 面 」 「履 行 」 の解 釈 の み に よ り解 決 す べ きか は疑 問 で あ る 。 贈 与 の 合 意 に拘 束 力 を与 え るべ き理 由 は様 々 で は あ る が 、 出来 る 限 りそ れ を捉 え て ゆ け る な ら ば 、 そ の よ う な 方 向 の解 決 が 最 も問 題 の 本 質 に 迫 る もの で あ る と思 わ れ る 。 そ こ で 、 無 償 の 合 意 の 法 的 強 制 を あ え て許 容 す る基 礎 が ア メ リカ法 に お い て 議 論 さ れ て い る な ら ば 、こ の 問 題 を一 部 な りと も処 理 す る枠 組 み と して 、 参 照 す べ きで あ る。 ア メ リカ法 で は 、道 徳 的 義 務 、restitution、熟 慮 とい っ た 概 念 を 用 い て 、 形 式 的 基 準 の み に よる の で な く、 無 償 の 契 約 の 拘 束 力 が 認 め られ て い る分 野 が あ る の で あ り、 こ の 問 題 の一 端 を解 き明 か す も の と な り う る。
さ ら に 、 ア メ リ カ法 が 、 報 償 的贈 与 の 拘 束 力 を認 め る 際 に合 意 以 外 の 要 素 を広 く見 るべ き こ と を明 らか に して い る点 も、 重 要 で あ る 。 先 に 見 た ア メ リカ 法 の ① ② ③ は 、 い ず れ も契 約 に先 立 つ利 益 供 与 に 関 わ る事 情 で あ る と言 え、 合 意 外 の 事 情 、 しか も合 意 に至 る ま で の状 況 で あ っ て 、 い わ ば動 機 に属 す る も の で あ る 。 ま た 、 これ らに加 え て 、 ア メ リ カ法 に お い て は 、 約 束 や そ の履 行 に関 す る事 情 も問 題 と され て い る。 即 ち 、約 束 の 形 式 、 約 束 に対 す る相 手 方 の 信 頼 や 信 頼 の 蓋 然 性 の有 無 、 そ して 、 一 部履 行 が為 さ れ て い る か、 で あ る。 こ れ ら も、 約 束 に 関 わ る状 況 で は
あ る も の の 、 合 意 の 成 立 と は無 関係 な事 情 で あ る 。 こ の よ う に 、 ア メ リ カ 法 は契 約 の 拘 束 力 の 有 無 を決 す る に あ た り幅 広 い 要 素 を考 慮 して 妥 当 な結 論 を導 こ う と して い る わ け で あ るが 、 これ らの 要 素 を取 り上 げ る た め に は拘 束 力 の 基 礎 と い う もの を考 え る こ とが 必 要 に な る 。 拘 束 力 の基 礎 は 合 意 プ ラス ア ル フ ァ と して 必 要 と さ れ る もの で あ っ て 、 合 意 で は な
報 償 的贈 与 につ い て の一 考 察(小 島奈 津 子)
い か ら、 そ こで 考 慮 され る 要 素 も当 然 合 意 に関 す る 要 素 に 限 定 され な い の で あ る。 この よ う に 、 贈 与 契 約 の 拘 束 力 の 基 礎 を考 え る こ と に よ り、
広 く様 々 な 要 素 を考 慮 して 、 完 全 な 効 力 を 有 す べ き贈 与 を選 別 す る こ と が で き る こ と とな る。
以 上 に よ り、 贈 与 契 約 に つ い て次 の よ う に考 え た い 。 五 五 〇 条 は 、 形 式 的 に書 面 や 履 行 が な け れ ば撤 回 しう る こ と と して 、 法 律 関係 を 明確 に し よ う とす る もの で あ る が 、 こ の よ う な 形 式 的 基 準 だ け で な く、 様 々 な 理 由 、状 況 か ら為 さ れ る 贈 与 に 実 質 的 な 観 点 か らの 基 準 を も与 え る べ き で あ る 。 そ こ で 、 無 償 の 贈 与 契 約 の 場 合 、 自 由 な 合 意 の存 在 を前 提 と し つ つ も、 こ れ を 実 質 的 に も法 的拘 束 力 あ る存 在 た ら しめ る基 礎 とい う も の を考 え、 こ の 基 礎 を備 え て い る と い え る限 りで 、 五 五 〇 条 は適 用 され ず 、 書 面 ・履 行 が な くて も撤 回 され 得 な い 完 全 な 法 的 効 果 が 認 め られ る と考 え る。 そ して 、 こ の 基 礎 を認 め る か 否 か の 判 断 は 、合 意 を構 成 す る 意 思 と は異 な る 、 様 々 な 要 素 の 幅 広 い検 討 に よ りな さ れ る こ とが 正 面 か ら認 め られ るべ き で あ る。 この よ う に して 贈 与 の 拘 束 力 を認 め るべ き一・
つ の場 合 と して 、 過 去 に利 益 を受 け た 者 が 為 す 贈 与 、 報 償 的 贈 与 が 考 え ら れ る 。 過 去 の 受 益 が 、 当 該 贈 与 を大 き な意 味 で の交 換 の 一 部 た ら しめ る こ と を考 え る と き、 そ の よ う な贈 与 に は合 理 性 が あ る と言 え 、 書 面 等 が な い か ら と言 っ て撤 回 す る こ と は 適 当 で は な い か らで あ る。 報 償 的 贈 与 の 場 合 、 受 益 の性 質 を見 つ つ 、 過 去 の 受 益 につ き(1)贈 与 者 の 要 請 が あ っ て利 益 供 与 が 為 さ れ た こ と(2)利 益 供 与 が 無 償 で な い こ と(3) 受 益 の 価 値 と約 束 額 とが 不 相 当 で な い こ とを 、 相 関 的 に判 断 し、 基 礎 が 備 わ っ て い る と見 る べ き場 合 に は 、 五 五 〇 条 に よ る撤 回 は で きな い とす べ きで あ る 。 こ れ らの 事 情 は、 両 当 事 者 が 認 識 し うる もの な の で 、 基 礎 を形 成 す る 事 情 と して 、 法 的 拘 束 力 の 有 無 の 判 断 材 料 と な る と して よい もの で あ る 。
(1)か ら(3)の 各 要 素 に つ い て は 、次 の よ う に考 え るべ きで あ る。(1) 贈 与 者 の 要 請 に応 じて 利 益 が 供 与 され た こ と は、 後 の 贈 与 契 約 の 拘 束 力 を 認 め る 方 向 に働 く。 次 に、(2)利 益 供 与 が 無 償 で な い こ とに つ い て は 、 これ が 有 償 で あ る こ とを 意 味 す る の な らば 、 有 償 契 約 とな り、 当然 法 的
桐 蔭 法 学16巻2号(2010年)
拘 束 力 が 認 め ら れ る た め 、 あ ま り意 味 は な い 。 ア メ リ カ法 で は、 同 居 の 親 族 間 で の 利 益 授 受 の よ うに 報 償 とい う もの が 予 期 され て い ない 場 合 に つ い て 、 押 し付 け の危 険 との 関 連 で い わ れ る もの で あ る か ら、 無 償 性 が あ る と は報 償 を予 期 して い な か っ た贈 与 者 を特 に保 護 す べ き場 合 を 指 す と考 え るべ きで あ る 。 また 、(3)は 効 果 と関 わ るが 、 受 益 に比 して あ ま りに 過 大 な贈 与 は 過 大 な部 分 に つ い て 法 的拘 束 力 の 基 礎 を欠 く と考 え るべ きで あ る 。 過 大 な 部 分 は通 常 の贈 与 とな り、 五 五 〇 条 の撤 回 が認 め ら れ る と解 す べ き で あ る。 さ ら に、 受 贈 者 の信 頼 や信 頼 の 蓋 然 性 、 一 部 履 行 の 有 無 を 、 考 慮 に 入 れ る こ とが考 え られ る。
3今 後 の 展 望
本 稿 は 、 贈 与 の 合 意 は あ る が 書 面 ・履 行 が な い とい う場 合 に も五 五 〇 条 に よ り撤 回 され 得 な い 特 殊 の贈 与 と して報 償 的 贈 与 を論 じ る もの で あ る。そ れ は 、何 らか の基 礎 を備 えて い る た め に 、書 面 や 履 行 が な くて も 「法 律 的 拘 束 力 を有 す る契 約 」 で あ る と され る贈 与 契 約 で あ る。 この 贈 与 で は、 ま ず 有 効 な 意 思 表 示 に よ る合 意 が あ る こ とが 前 提 で あ る が 、 そ れ に 加 え て拘 束 力 の 基 礎 が 存 在 す る 。 そ こで 、 拘 束 力 の有 無 を決 す る た め に 考 慮 さ れ る 事 情 の 範 囲 は 、 五 五 〇 条 の 適 用 され る通 常 の 贈 与 よ り も広 く な る。 意 思 表 示 理 論 に よれ ば 、 問 題 とな る の は 表 示 に対 応 す る効 果 意 思 の み で あ り、 過 去 の 事 情 に よ り左 右 さ れ る もの で は な い とい うの が 建 前 だ か らで あ る。 しか し、 書 面 ・履 行 とい う形 式 的 な基 準 で は な く、 実 質 的 観 点 か ら拘 束 力 の強 弱 を決 す る こ と を考 え る と き に は 、 広 く過 去 を含 め た 事 情 を考 慮 し得 る と した上 で 、 強 い拘 束 力 を もつ贈 与 契 約 を決 す る 過 程 を で き る 限 り客 観 化 す る こ とが 望 ま しい 。 そ の た め に、 意 思 表 示 理 論 か ら解 放 さ れ た 「基 礎 」 を有 す る特 殊 の 贈 与 契 約 を論 じ る の で あ る。
そ の 際 に 考 慮 され る事 情 が 相 手 方 も知 りう る事 柄 で あ れ ば 、 広 く意 思 表 示 の 外 に あ る過 程 に よ り契 約 の拘 束 力 の程 度 を 異 な ら しめ て も実 際 上 の 問 題 は生 じな い と考 え る 。
しか し、 こ の 「基 礎 」 の 内 容 は 定 ま っ て お らず 、 様 々 な もの を含 み う る 点 で 道 徳 的 義 務 とい うの が 適 切 で あ る か も しれ ない が 、 そ の 具 体 的 な
報 償 的贈 与 につ い て の一 考 察(小 島奈 津 子)
内容 が 問題 で あ る 。 す で に 見 た とこ ろ か らわ か る よ う に、 拘 束 力 を認 め る 要 請 が 強 い と思 わ れ る もの に は報 償 的 贈 与 の ほ か に も様 々 な も のが あ り、 ど の よ う な場 合 に基 礎 を認 め るべ き か は よ り重 要 で あ る 。 こ の こ と に つ い て は 、 今 後 も考 え て い き た い 。
【注 】
1)但 し、 報 償 的 贈 与 とは 明確 な もの で は な い 。 倉 田 説 が 挙 げ る報 酬 的 贈 与 と は 「平 常 受 贈 者 に 家 事 の 世 話 を 受 け て い る」 と き な ど に 為 さ れ る 贈 与 で あ り(倉 田尨 士 「負 担 付 贈 与 ・混 合 贈 与 ・報 酬 的 贈 与 」 契 約 法 大 系 刊 行 委 員 会 編 『契 約 法 大 系II』 四 三 頁(有 斐 閣 、 一 九 四 二))、 三 宅 説 は 、 報 償 的 贈 与 を、 金 銭 に 見 積 もる こ との で き
な い 「相 手 方 の 過 去 の 労 務 な い し功 績 に対 し、 契 約 所 定 の 報 酬 に 追 加 して 、 又 は 報 酬 支 払 の 契 約 が な い の に、 金 銭 そ の 他 の 財 産 を与 え る こ と」 とす る(三 宅 正 男 『契 約 法(各 論)上 巻 』 一 一 頁(青 林 書 院新 社 、一 九 八 三))。 柚 木 説 は 、「約 束 な しに 与 え られ た 賞 与 や チ ッ プ」 を報 酬 的 贈 与 と し、 カ フ ェ ー丸 玉 事 件 の 場 合 に お い て 給 付 約 束 に 自然 債 務 の 効 果 の み 与 え る こ とを 認 め つ つ 、 役 務 に対 す る報 酬 と して 自 由意 思 で 為 され た給 付 が 現 実 に給 付 され た場 合 に は有 償 行 為 で あ る とす る(柚 木 馨 編 『注 釈 民 法(14)』 二 五 、 二 六 頁 〔柚 木 馨 ・ 松 川 正 毅 執 筆 〕(有 斐 閣 、 一 九 九 三)但 し、 儀 礼 上 の 顧 慮 に適 応 す
る贈 与 は別 で あ る)。
2)『 新 版 注 釈 民 法(14)』 四 〇 頁 以 下(有 斐 閣 、一 九 九 三)を 参 照 した 。 3)我 妻 栄 ・有 泉 亨 ・遠 藤 浩 『民 法3親 族 法 ・相 続 法 』 二 四 九 頁(勁
草 書 房 、 二 〇 〇 三)。
4)内 田 貴 『民 法IV〔 補 訂 版〕 親 族 ・相 続 』 三 三 三 、 三 三 四 頁(東 京 大 学 出 版 会 、 二 〇 〇 四)。
5)広 中俊 雄 『債 権 各 論 講 義 』 三 六 頁(有 斐 閣、 一 九 九 四)。
6)広 中俊 雄 『広 中 俊 雄 著 作 集2契 約 法 の 理 論 と解 釈 』七 四 、 七 五 頁 (創文 社 、 一 九 九 二)。
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7)最 高 裁 判 所 判 例 解 説 民 事 篇 昭 和 三 九 年 度 一 二 六 頁 。 学 説 上 も、 我 妻 栄 『債 権 各 論 中巻 一 』 ニ ニ 九 頁(岩 波 書 店 、 一 九 五 七)。
8)大 審 院 大 正7年11月18日 判 決(新 聞 一 五二一 号 二 三 頁)参 照 。 こ れ は 、 受 贈 者 に登 記 が あ り抵 当 権 設 定 登 記 手 続 き を為 して い る と い う事 案 で あ るが 、 登 記 だ け で は履 行 が あ っ た とは い え な い こ と を 前 提 と して い る の が 明 白 で あ る(最 高 裁 判 所 判 例 解 説 民 事 篇 昭 和 四
〇年 度 六 五 頁)。
9)我 妻 栄 ・法 学 協 会 雑 誌 七 四 巻 二 号 七 〇 頁(一 九 五 七)。
10)内 縁 の 夫 が 内 縁 の妻 に対 し建 物 を贈 与 し、 ま た 、 二 九 年 もの 間 世 話 に な り感 謝 に堪 え な い 、 そ の 将 来 が 心 配 で あ る と して 内 縁 の妻 に 自分 の 死 後 財 産 が 行 くよ うに 手 配 して い た の み な らず 、 実 印 と この 建 物 の 登 記 済権 利 証 を交 付 して い た事 案 に つ い て 簡 易 の引 渡 を認 め た の が 東 京 地 裁 昭 和 四 四 年 一 一 月 四 日判 決(判 時 五 八 五 号 五 九 頁)。
11)ま た 、 下 級 審 に は 、 婚 約 の 際 の 土 地 の 贈 与 につ い て 、 こ れ を負 担 付 贈 与 と し、 一 六 年 の 夫 婦 共 同 生 活 を負 担 の 履 行 とみ て 取 消 を否 定 し た 裁 判 例 も あ る(福 岡 地 裁 昭 和 五 三 年 六 月 二 〇 日判 決(判 タ 三 七 一 号 一 三 二 頁))が 、 これ も実 質 的 に は16年 間 の 共 同生 活 を重 視 して贈 与 の拘 束 力 を 認 め る もの とい え る 。
12)我 妻 ・前 掲(注7)二 三 〇 頁 、 松 坂 佐 一 『民 法 提 要 債 権 各 論 』 六 六 頁(有 斐 閣 、 一 九 五 六)、 戒 能 通 孝 『債 権 各 論 』 一 一 九 頁(厳 松 堂 書 店 、 一 九 四 六)、 末 川博 『契 約 法 下(各 論)』 一 二 頁(岩 波 書 店 、 一 九 七 五)。
13)最 高 裁 判 所 判 例 解 説 民 事 篇 昭和 四 〇年 度 六 五 頁 。 また 、 大 審 院 判 例 も、 登 記 だ け で 履 行 が 終 わ っ た も の と 見 る べ き か を 問 題 と し て これ を否 定 した もの で は な い こ とが 指 摘 さ れ て い る(来 栖 三 郎 『契 約 法 』 二 三 四 、 二 三 五 頁(有 斐 閣 、 一 九 七 四))。 な お 、 最 近 の 見 解 も、 引 渡 の 有 無 に関 わ らず 移 転 登 記 を も っ て履 行 済 み と い え る と
して い る(三 和 一博 ・平 井 一 雄 編 『債 権 各 論 要 説 』 六 〇 頁(青 林 書 院 、 一 九 九 一)〔 半 田 吉 信 執 筆 〕、 田 山輝 明 『債 権 各 論 上 巻 』 一 二 三 頁(成 文 堂 、二 〇 〇 一)、水 辺 芳 郎 『債 権 各 論 第2版 』 一 一 五 頁(三
報償 的贈 与 につ い て の一 考 察(小 島奈 津 子)
省 堂 、 一 九 九 八)、 西 山 井 依 子 『債 権 各 論 』 一 〇 二 頁(大 阪 経 済 法 科 大 学 出 版 部 、二 〇 〇 三))、 藤 村 和 夫 『契 約 法 講 義 』 一二一 頁(成 文 堂 、 二 〇 〇 二)、 石 田 喜 久 雄 ・乾 昭 三 ・甲斐 道 太 郎 ・中井 美 雄 ・ 中 川 淳 編 『債 権 各 論 』 六 八 頁(青 林 書 院 、 一 九 九 四)〔 中 井 美 雄 執 筆 〕、 水 本 浩 ・遠 藤 浩 編 『債 権 各 論 〔改 訂 版 〕』 七 二 頁(青 林 書 院 、 一 九 九 三)〔 柳 澤 秀 吉 執 筆 〕)
。 潮 見 説 は 、 贈 与 者 の 贈 与 の 意 思 が 明 確 に表 現 され て い る外 部 的 行 為 態 様 が 認 め ら れ れ ば 足 りる もの と し て 移 転 登 記 の場 合 を挙 げ(潮 見 佳 男 『契 約 各 論I』 四 七 頁(信 山 社 、 二 〇 〇 二))、 半 田 説 は 、 贈 与 意 思 が 客 観 的 に 明 瞭 に なれ ば 法 的 拘 束 力 の あ る 贈 与 と認 め るべ き との立 場 か ら広 く解 すべ き だ と して 、登 記 ま た は 引 渡 の い ず れ か で 足 りる とす る(半 田 吉 信 『契 約 法 講 義 』 一 七 八 頁(信 山 社、 二 〇 〇 四))。 ま た 、 物 権 行 為 の 独 自性 を 主 張 す る立 場 か ら、 判 例 に は 賛 成 しつ つ 、所 有 権 を 移 転 す る こ とが 贈 与 の 内 容 で あ る場 合 に は物 の 引 渡 や 登 記 が あ れ ば そ こで 所 有 権 が 移 転 す る の だ か ら履 行 が 終 わ っ た とみ て よい こ と を 理 由 とす る見 解 もあ る(末 川 博 「贈 与 と書 面 」 『民 法 の諸 問 題 』 一 八 二 頁(弘 文 堂 書 房 、 一 九 三 六))。 これ らに対 し、 民 法 は意 思 主 義 を採 るか ら贈 与 の 内容 即 ち贈 与 者 の な す べ き履 行 行 為 は引 渡 だ け で あ り、 贈 与 者 が 受 贈 者 の 請 求 に応 じて 登 記 を なす 義 務 を負 うの は た だ 共 同 申請 を必 要 とす る不 動 産 登 記 法 の 建 前 に 由来 す る の で あ っ て 、贈 与 者 の登 記 手 続 は 本 来 贈 与 の 内 容 ・履 行 で は な い とす る 三 宅 説 が存 す る(三 宅 ・前 掲
(注1)二一 、 二 二 頁)。
14)加 藤 永 一 ・判 例 評 論 二 八 八 号(一 九 八 三)二 七 頁 。 また 、 未 登 記 建 物 の贈 与 契 約 に基 づ き受 贈 者 名 義 に所 有 権 保 存 登 記 が 経 由 さ れ た こ とを も っ て履 行 と され た とい う事 例 が あ る が(最 高 裁 昭 和 五 四 年 九 月 二 七 日判 決(判 タ四 〇 三 号 八 二 頁))、 こ れ につ い て も、 贈 与 者 が 未 登 記 の 建 物 の 贈 与 契 約 をす る場 合 、 受 贈 者 は 贈 与 者 の 協 力 な し
に実 質 的 に単 独 で 自 己 名 義 に保 存 登 記 す る こ とは で きな い の で あ っ て、 贈 与 者 の 実 質 的 な 関 与 が あ る こ とが 指 摘 され て い る。 そ の 意 味 で 移 転 登 記 の場 合 と異 な る と こ ろ は な い の で あ っ て 、(7)判 例 と「同
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一 系 列 の 判 例 」 と位 置 付 け る こ とが で きる(中 川 淳 ・判 タ四 三 九 号 七 五 頁(一 九 八 一))。
15)こ の 判 決 は 、 あ る 特 定 の事 実 で は な く、事 実 全 体 の 流 れ を総 合 的 に見 て 、「履 行 の 終 了」 を評 価 して い る点 で 特 長 的 で あ る とい う(加 藤 ・前 掲(注14)二 七 頁)。
16)贈 与 者 が 受 贈 者(長 女)に 土 地 を贈 与 し た後 死 亡 し、 家 督 相 続 人 (長 男)が こ の 贈 与 を取 消 した が 、 贈 与 が 履 行 を 終 っ た の と同 視 す べ き状 態 に あ る と して そ の 取 消 が 許 さ れ な か っ た 事 例 が あ る。 これ は 、 贈 与 者 の 死 後20年 余 りを経 た の ち に家 督 相 続 人 と受 贈 者 の 間 で 、 贈 与 目的 物 た る土 地 と他 の土 地 の交 換 契 約 が 為 さ れ 、 こ の 交 換 土 地 が 仮 換 地 中 の た め 、 換 地 処 分 後 に受 贈 者 が 取 得 すべ き土 地 の 範 囲 の 実 測 図 を家 督 相 続 人 が 作 成 し て受 贈 者 に交 付 した とい う事 情 が あ っ た もの で あ る。 こ れ は親 か ら子 へ の 贈 与 で あ り、 報 償 的趣 旨 で な さ れ た もの と はい え ない 。
17)古 軸 隆 介 ・法 協 八 四 巻 九 号 一 二 二 、一 二 三 頁(一 九 六 七)、加 藤 永 一 ・ 判 例 評 論 一 〇 〇 号 八 三 頁(一 九 六 七)。
18)三 和 ・平 井 編 ・前 掲(注13)六 〇 頁 〔半 田 執 筆 〕、 水 辺 ・前 掲 (注13)一 一 五 頁 。 「判 旨 は必 ず し も明 快 で な く、 結 論 の 当 否 も疑 問 で あ る」 とす る の は 、 来 栖 ・前 掲(注13)二 三 四 頁 。 農 地 法 上 の知 事 の 許 可 につ い て 、 当事 者 間 に成 立 した 基 本 的 な合 意 を補 充 し て所 有 権 移 転 の 法 律 効 果 を 完 成 させ る もの で あ り、 知 事 の 許 可 の前 後 を問 わず 書 面 に よ ら な い贈 与 は取 消 さ れ る し、 書 面 に よ る贈 与 の 場 合 に は取 消 さ れ得 な い と して 、書 面 に よ る贈 与 は 許 可 が な くて も 取 消 し得 な い と した 裁 判 例 が あ る(甲 府 地 裁 昭 和 三 〇 年 一 月 二 四 日判 決)。 本 文 の 最 高 裁 判 決 は 、 法 定 の停 止 条 件 付 贈 与 契 約 に お い て 、 条 件 成 就 前 に履 行 が あ っ た場 合 に お い て は 、 目的 不 動 産 の 所 有 権 は受 贈 者 に移 転 して い な い か ら、 引 渡 等 が あ っ た と して も、 取 消 す こ とが で き る と した もの で あ る(豊 水 道 祐 ・法 曹 時 報 一 九 巻 一 号 一 五 九 頁(一 九 六 七))。 こ の よ う に 書 面 の あ る な し に よ っ て 全 く 違 っ た結 果 を生 ず る こ と を批 判 し、 贈 与 の 取 消 、 そ の 制 限 の 制 度 の
報 償 的 贈 与 に つい て の 一考 察(小 島 奈津 子)
趣 旨 が 統 一 的 に理 解 され な け れ ば な らな い こ とか ら 、 条 件 成 就 前 で も引 渡 が あ れ ば 履 行 が あ っ た と解 す べ き とす る の は 、加 藤 前 掲(注 17)八 三 頁 。 ま た 、 引 渡 に よ り取 消 が で きな くな る こ とは 、 引 渡 が 条 件 成 就 以 前 に な さ れ た と して も変 わ りな く、 た だ受 贈 者 が 許 可 申 請 手 続 を請 求 す る こ とは で き るが 不 許 可 に よ り贈 与 が 無 効 と確 定 し た と き に は贈 与 者 は返 還 を請 求 す る こ とが で きる とす る の は、三 宅 ・ 前 掲(注1)二 五 頁 。
19)加 藤 ・前 掲(注17)八 三 頁 。 20)古 軸 ・前 掲(注17)一 二 三 頁 。
21)吉 田 豊 ・法 学 セ ミナ ー 二 六 七 号(一 九 七 七)。 そ れ が 無 理 な ら ば 権 利 濫 用 な い し信 義 則 違 反 で 取 消 権 の行 使 を制 限 す べ きで あ っ た と い う(加 藤 ・前 掲(注17)も 同 旨)。
22)無 償 性 ・紳 士 協 定 性 ・好 意 契 約性 か ら 、贈 与 契 約 と は無 条 件 で あ っ て も法 的 拘 束 力 は 弱 く、 合 意 だ け で は 目 的 物 の所 有 権 は 移 転 せ ず 、 書 面 ・引 渡 ・登 記 等 が あ っ て 法 的 拘 束 力 を持 っ た契 約 と な る の で あ り、 ま して 条 件 付 で は 一層 そ の効 力 は 浮 動 的 で あ る と み られ 、 知 事 に許 可 申 請 を す る な どの 事 実 が な け れ ば 、 贈 与 の 取 消 を許 さ な い 程 度 に法 的拘 束 力 を取 得 す る に至 ら な い とい う判 断 も可 能 で あ る と して 本 判 決 に賛 成 す る見 解 もあ る(山 下 末 人 ・法 律 時 報 三 九 巻 四 号 (一九 六 七)一 一 六 頁)。 こ れ は 、本 来 的 に 法 的 拘 束 力 が 弱 い とい う 贈 与 契 約 の性 質 を と ら え て 判 決 に賛 成 す る もの で あ るが 、 過 去 の 役 務 とい う事 実 に よ り浮 動 的 な 拘 束 力 が 強 化 され る と考 え る余 地 も あ る の で は な い だ ろ うか 。
23)た だ で もの を頼 む とい うあ りふ れ た 事 柄 に関 わ る無 償 委 任 は 、 そ の た め に 「日常 生 活 と法 的 生 活 の境 界 の 問題 」 と して よ り議 論 され て い る(一 木 孝 之 「無 償 委 任 の 法 的 性 質‑『 契 約 成 立 』 に 関 す る 一 考 察(1)」 早 稲 田 法 学 七 六 巻 二 号 一 一 五 頁(二 〇 〇 〇))。 法 律 行 為 の 領 域 外 に あ る 日常 生 活 上 の 好 意(Gefaelligkeit)と 少 な く と も 外 形 上 報 酬 が 支 払 わ れ な い無 償 の委 任 契 約 の 関 係 に つ い て次 の よ う に述 べ たBGH判 決(連 邦 通 常 裁 判 所 一 九 五 六 年 六 月 二 二 日判 決 。
桐 蔭 法 学16巻2号(2010年)
事 務 処 理 者 が 好 意 に 基 づ い て 自 己 の 運 転 手 を提 供 し、 相 手 方 に損 害 が 発 生 した事 案)が リ ー デ ィ ン グ ケ ー ス と され て い る とい う。 「給 付 者 が 自 己 の 行 為 に法 的効 果 を 生ぜ しめ る意 思 、 つ ま り法 的 拘 束 意 思 」 を有 し、 か つ 給 付 の相 手 方 が そ の よ う な意 味 に受 け 取 っ て い た 場 合 に の み 、好 意 は法 律 行 為 の 性 格 を もつ 。こ の 法 的 拘 束 意 思 は 、「給 付 者 の 表 面 化 しな い 内 心 的 意 思 に よ っ て で は な く、む しろ相 手 方 が 、 当 該 状 況 下 で 、信 義 則 上 、 取 引 慣 行 を考 慮 す れ ば、 そ の よ うな 意 思
を推 定 し た に違 い な い か と い う点 に基 づ い て 判 断 さ れ るべ き」 もの で あ る。 そ こ で 、 「客 観 的 な 観 察 者 の 目 に給 付 者 の行 為 が ど の よ う に 映 る か が 重 要 」 とい う こ と に な る。 そ の 際 顧 慮 す べ き は 、 「好 意 の 種 類 、動 機 と 目 的 、経 済 的 お よ び法 的 意 義 、と りわ け相 手 方 に とっ て の そ れ 、 好 意 が 示 され た状 況 、 な ら び に そ の 際 に存 した 両 当 事 者 の利 益 状 況 」 で あ る 。 つ ま り、 「委 ね られ た もの の 価 値 が 高 い こ と、
当該 事 務 が経 済 的 意 義 を有 す る こ と、 受 益 者 に 明 白 な利 益 が あ る こ と、 お よ び瑕疵 あ る給 付 に よ っ て相 手 方 が 危 険 に 陥 り得 る こ と を相 手 方 自身 は 知 らな い が 、 給 付 者 に は 認 識 可 能 で あ っ た こ と とい っ た 事 情 か ら、 法 的 拘 束 意 思 が 推 定 され う る … 相 手 方 へ の援助 につ い て 給 付 者 自身 が 法 的 また は経 済 的 な利 益 を有 す る な らば 、 通 常 は 給 付 者 の 法 的 拘 束 意 思 が 肯 定 さ れ る こ と に な ろ う」(一 三 九 頁)。 こ こで 問 題 と さ れ て い る の は 事 務 処 理 者 の 損 害 賠 償 責 任 で あ る が(一 木 孝 之 「無 償 委 任 の 法 的 性 質‑『 契 約 成 立 』に 関す る一 考 察(2)」
七 六 巻 四 号 三 〇 、 三 一 頁(二 〇 〇 一))、 事 務 処 理 の依 頼 と承 諾 に よ り合 意 が 存 在 して い る に もか か わ らず 、 当 該 事 務 処 理 が 委 任 契 約 と され る に は 「合 意 とは 別 に何 が 必 要 か 」 とい う点 が 争 わ れ て い る の で あ っ て(三 二 頁)、 こ の 点 、 本 稿 の 扱 う問 題 に 通 じる もの が あ る。
こ の判 決 で は 、 契 約 成 立 に は 「契 約 の 締 結 に向 け られ た 当事 者 の合 意 で は な く、 合 意 され た事 務 処 理 に対 して 法 的 義 務 を引 き受 け る と い う事 務 処 理 者 の意 思 」 が 必 要 で あ り、 事 務 処 理 者 に法 的拘 束 意 思 が 存 在 して初 め て委 任 契 約 が 認 め られ る と され た 。 そ して さ らに 重 要 な こ と に は 、 「事 務 処 理 者 が 実 際 に 義 務 を 引 き受 け る つ も りで い
報 償 的 贈 与 につ い て の一 考 察(小 島奈 津 子〉
た か とい う主 観 的 な側 面 」 で は な く、 「そ の 法 的 拘 束 意 思 を相 手 方 が 推 定 して い た こ とが 客 観 的 な観 察 に よ っ て承 認 さ れ る か 」 が 重 視 され て お り、 取 引 慣 行 や 信 義 則 とい う 「外 在 的 視 点 が 導 入 され る こ とで 、 裁 判 所 に よる客 観 的評 価 が い っそ う容 易 に な っ た 」 とい え る (三 五 頁)。こ の よ う に法 的拘 束 意 思 の よ うな も の を事 務 処 理 者 の 「現 実 の 内 心 的意 思 」 と異 な る もの と し、 客 観 的 に 判 断 す る 立 場 は 、 以 後 の判 例 に影 響 を与 え 、 学 説 上 も支 配 的 で あ る とい う(三 七 、 三 八 頁)。 合 意 を 前 提 と しつ つ 合 意 の み で は 有 償 契 約 と 同様 の 法 的 義 務 が 認 め ら れ な い 場 合 と して、 本 稿 に と り重 要 で あ る。 と ころ で 、 ド イ ツ法 にお い て は 、 事 務 処 理 の 引 き受 け は法 律 上 の 「出捐 」 と は さ れ ず 、無 償 委 任 と贈 与 は 区別 され る(一 木 「無 償 委 任 の法 的 性 質(1)」
一 二 五 頁)。 ま た 、無 償 委 任 の 問 題 は 、履 行 請 求 権 の 否 定 され る 「好 意 」 が 履 行 さ れ た 場 合 の事 務 処 理 者 の 責 任 の 有 無 に あ る と指 摘 され る(一 木 「無 償 委 任 の 法 的 性 質(2)」 五 八 頁)。 この 点 も本 稿 の 問 題 と は異 な る点 で あ る。 しか し、 一 木 説 の 「契 約 、 こ と に無 償 契 約 に お け る合 意 とは 、 当 該 給 付 に 関 す る依 頼 と承 諾 だ け で は な く、 給 付 者 の 法 的拘 束 意 思 を も要 求 す る との 結 論 」(七 九 、 八 〇 頁)を 見 る 限 り、 本 稿 の 問 題 と深 く関 わ る 。 一 木 論 文 に は無 償 委 任 に つ い て の ドイ ツ法 の 有 力 説 と して 、 フ ル ー メ の見 解 が 紹 介 され て い る 。 フ ル ー メ の見 解 は法 定 債 務 関係 説 とい わ れ 、 客 観 的 に判 断 さ れ る 法 的 拘 束 意 思 を 問 題 とす る立 場 は 当 事 者 意 思 の擬 制 に過 ぎ ない と して 前 出 の 判 例 を批 判 し、 損 害 賠 償 の前 提 と な る義 務 の 根 拠 を委 任 契 約 の 成 立 で は な く、 法 の承 認 を得 た 「そ れ 自体 は何 ら合 意 され て い な い 注 意 義 務 」 で あ る とす る(一 木 「無 償 委 任 の 法 的 性 質(2)」 五 三 、 五 四 頁)。 主 観 的 色 彩 を払 拭 し きれ な い 当事 者 意 思 とい う基 準 を 放 棄 し、純 粋 に客 観 的 な要 素 の 観 察 に よ る とい う見 解 で あ る(六 二 頁)。
非 法 律 行 為 で あ る好 意 も、 法 の 承 認 を 経 て 、法 定 注 意 義 務 と い う効 果 を 認 め ら れ る とす れ ば(七 七 〜 七 九 頁)、 客 観 的 な 要 素 が 法 の 評 価 に さ ら さ れ て い る こ と を直 視 す る見 解 と して 参 考 に な る 。 24)例 え ば 、 起 草 委 員 で あ っ た梅 博 士 は 、 贈 与 を要 式 行 為 とす る の は