意識の流れ
著者 岡村 忠夫, 松本 正生
出版者 法学志林協会
雑誌名 法学志林
巻 98
号 4
ページ 47‑90
発行年 2001‑03‑23
URL http://doi.org/10.15002/00004913
はじめにl問題の所征〔I〕政治家像一総理大原二菅直人・青局幸男三政治家像の背景(以上本号)
人々の政治意識は生涯にわたって形成される。しかし、その変容、持続は、意識の対象により、また、意識屑のし
政治態度の継続と変容(岡村・松本)四七
はじめにI問題の所在 政治態度の継続と変容
l未成年から成年への政治意識の流れI
/ ̄、′ ̄、ノー、ノー1
VⅣⅡ[11
,-ノ、_ノ1-ノ、_ノ
政治不信の柵造(以下次号、仮題)政治意識の脂標政治意識の限定化全体構造の継続と変容
松岡
本村
正 忠
生夫
このように多くの研究が進められるなかで、これまで閑却されてきた作業は、未成年の政治意識と成年の政治意識
を実証的に結びつけることである。政治的社会化研究において、おとなは子どもの意識形成の媒体(品のロ。ご)と考
えられるにすぎない。そして、未成年期に推得された政治意識は、おとなにおいて持続すると帷川されるのである。
他方、有権者を対象とする政治意識分析では、未成年期における政治的社会化過混の重要性を認識しつつも、公教育、
マス・メディアなどとの関連で述べられるにとどまり、両者を実証的に結びつけることがなされているとはいいがた(3) い。年齢による政治意識の差は一不されても、それが世代差によるものか、成人になってからの社会化に由来するかは、
必ずしも明確ではない。問題は、未成年期に形成された意識のどの部分が成年期になっても持続するのか、また、変 法学志林第九十八巻第四号四八
ベルによって一様ではない。本稿は、中学校一年から六○歳以上の有権者にいたる政治意識の流れを総括的にとらえ、
年齢の批移によって何が変わり、何が変わらないかを探ろうとするものである。
今川の政治意識分析の多くは、成人である有権者を対象にしている。未成年者を考えるにしても、成年に達する直
前の青年屑に限定されることが多い。しかし、未成年期における政治意識形成の重要性は、さまざまな形で認識され
てきた。「政治と教育」の問題が、古米、政治学の主要テーマである所以である。一九六○年代、アメリカのイース
トン、ヘス、グリーンスクインらが政治態度形成の起点を小学生に求めて以来、年令はより卜げられて考察されるよ(1) うになった。未成年期における政治態度・音』識形成の実証的研究は、政治的社会化研究といわれるようになった。政
治意識の重要な部分が、ライフ・サイクルのどこで形成されるかについては、いくつかの見解がある。イーストン、
クリーンスタインらは小学生を重視したが、それより年齢が下の幼稚園児に注目する研究もある。また、ジェニング(2) スらは、高校生を対象‐こしている。
われわれは、中学校一年から有椛者まで、政治意識の流れを連続的に考察しようとするが、そこにはいくつかの問
題がある。まず、中高校生と有権者では標本の質が異なり、連続していない。巾高校生は無作為に選ばれたのではな
く、質問用紙の回収率は一○○%である。有権者は無作為に杣川され、回収率は五六%である。また、中高校生が教
室で配布された川紙に口分で記入するのに対して、有椛者では、調査員の質問に答え、調査員がそれを記入するとい
う方法である。このような洲汽方法の差が結果に影響を与えることは十分考えられよう。質問文は、未成年にも成年
にもほとんど同一のものを使用した。中学生向け、成人向けの質問とした方が政治意識の内容をより正確に引き出せ
るとも考えられるが、比較のため、われわれはあえて同一の質問を用いた。低年齢層にはむずかしく、「わからない」
が多い質問も、その変化が政治意識形成の重要な側耐と考えたことも同一質問文を用いた一つの理由である。
われわれの調査は、巾高校生、有権者双方とも、東京都在住者を対象に実施している。したがって、この結果を
政治態度の継続と変容(岡村・松本),四九 われわれは、一九九七年九月、東京都において、中学校一年から高校三年まで一、三○六名、有権者一、五○○名を対象に意識調査を行なった。中学校、高校はすべて公立である。学校が平均的であることを考慮しつつも、選定はわれわれの便宜による。学校では教室における集合調査である。有椛背は無作為標本抽出で選び、而接調査である。有権者の有効回収率は五六%であった。中学生から有権者まで、質問は大部分共通のものである。このため、今回は質問の難易度を考えて小学生を除外せざるをえなかった。小学生の政治意識形成との関連は、過去二回の小学生を合 (4) 社△云化とは何かであろう。 容するものは何か、そして、成年になって新しく獲得される意識とは何か、すなわち、成人期における第二の政治的
(5) めた調査結果を参照する。
法学志林第九十八巻第Ⅲ号五○
もって、日本人全体の政治意識の様机とすることはできない。しかし、昨〈7の世論調査結果や選挙結果からは、政治
意識の地域的均質化、態度変化の全国化をうかがうことができる。仮に東京都に特有の傾向が存在するとしても、そ
れは、他の地域よりもやや明確な、ないし、やや先行する傾向であるという推測が成立するのではないだろうか。子
どもの政治的社会化についても、これまでの東京とそれ以外の地域における調査結果を比較すれば、同じことがいえ
る。いうまでもなく、これは政治意識のすべてのレベルにおいて同じように一安当しないが、われわれの調査結果は、
全国の未成年・成年の政治意識の動態を排川する坂要な手がかりとなると信ずる。
調査対象のもっとも年少者は中学校一年の一二職であり年長者は六○歳をこえる。このような年齢層を同時に調査
するとき、意識の変化が年齢によるものか、世代差によるものかの弁別が困難になる。一九九七年に六五歳であるも
のは、一九一一三年生まれで、国民学校一一一年のときに太平洋戦争を迎えている。敗戦は、高等国民学校一年か中学校一
年である。六一一一歳は中学校から、孔七歳は小学校から現行の六一一一制である。戦後の「新制」中学に在学したことがな
いものは六九歳以上であって、対象にしたほとんどの人々は戦後の公教育を受けてきている。一九五一年サンフラン
シスコ平和条約が調印されたとき、調査時の六○歳は一四歳、「もはや戦後ではない」と調った経済白書が発表され、
日本が飢えから脱却しはじめた一九五六年、五五歳は一四歳であった。中・高校樅の年少者から見ると、ロッキード
事件での川中元首相の逮捕、昭和天皇の崩御などは歴史上の事件になっている。生活様式全体との関連で、世代論は
多く語られている。活字世代と映像世代、ウェットとドライ、「おたく」世代、新人敵などはその一例である。世代
による政治意識の叢は当然考えられるが、世代を貫通する共皿の意識もまた観察される。
回答を年齢ごとに見るとき、差は泄代にもとづくのか、ライフ・サイクルの位置のちがいに山来するのかを判断す
(6) 以上の調査には、〈「回の調査で用いた質問と同じものが含まれている。標本が同一でないのでコウホート分析は不
可能であるが、それに近似した分析方法は可能であろう。
政治意識の分析においては、さまざまなグループを抽出し、その特性を明らかにする。政治の世界が党派性、対立
の世界である以上、このアプローチは当然である。未成年から成年への政治意識の流れを追う本稿においても、どの
ようなグループが形成されてくるかに注目する。しかし、それと同時に、われわれは共有される政治意識も検討した
政治態度の継続と変容(岡村・松本)五一 るには大きな困難をともなう。われわれは、この困難の一端を解決するために、過去の調査結果との比較を行なう。(1)一九六八年岡村忠夫他「生徒と政治についての調査」小学校三年から高校三年まで、標本数.六、四一三、
集合調査法、調査地点東京都・神戸市・札幌市・長崎市・金沢市・広島県郡部・青森県郡部、調査校は便宜によ
(3)一九七八年.七九年地方自治協会「市民意識と地方自治」母集団・七八年東京都町田市Q石川県金沢市
七九年全国の有権者、層別二段階抽出、標本数.七八年一、○六九七九年二、○一○面接調査法。
(4)一九八七年社会経済国民会議「有権者の生活意識と投票行動に関する意識調査」(「NIRA」調査)、母集
団・東京の有権者、層別二段階抽出標本数.一、二○○、面接調査法。 (2)一九八九年相内俊一・岡村忠夫「社会についてのアンケート」小学校三年から高校三年まで、標本数.四、
一一一三、集合調査法、調査地点東京都・札幌市近郊・北海道北部の小都市・和歌山県郡部、調査校は便宜により
選定。 り選定。
法学志林第九十八巻第四号五二
い。「議会制民主政治」を支持するかしないかといった質問は、有権者を対象とする政治意識調査ではなされない。
「議会制民主政治」についての意識はあまりにも共有されており、質問が無意味であるからである。しかし、このよ
うな意識も先天的なものではなく、人々が後天的に獲得するものである。共有される意識は、一般に政治文化論とし
て語られている。共有される意識はいつ形成されるのか、また生涯にわたって変化することはないのか、われわれは
この問題を調査でえられたデータとの関連で検討したい。
また、多くの政治意識調査では「わからない」という態度表明は重視されない。質問作成にあたって「わからな
い」をできるだけ少なくするようにし、「あえていえば」など再度質問する試みがなされている。本稿では、「わから
ない」の内容も重視する。「わからない」から何らかの態度を表明できるようになる過程は、とりわけ未成年期にお
ける政治意識形成において重要である。
本稿の構成は以下の通りである。〔I〕では未成年期の政治的社会化研究においてこれまで亜視されてきた政治家
のイメージについて未成年と成年を比較し、その連続・変容・断絶を検討する。〔Ⅱ〕において、最近ますます論じ
られることが多くなった政治不信の榊造とその意味を、政治家像、政治的有効性感覚などとの関連で考える。一一一一口語表
現では明らかに政治不信であっても、意識の基底部分では不信が貫徹されない側面がある。〔Ⅲ〕未成年と成人から
構成される調査対象が、現実政治をどのように表象し、受けとめているかという「政治的認知」を砿認し、年代をこ
えて共有される態度の検朋を試みる。そして政治意識の指標とされてきた「政党支持」や「保守l革新」に関して、
選択や意志表示の比率に沿って見られる年代問構成を確認する。〔Ⅳ〕においては、過去の類似調査結果も参考にし
ながら、成人に関するコウホート的な考察を実施し、「政党支持」を中心とする政治意識の変容の含意を検討したい。
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〔V〕は綜合的考察であって、調査結果に見られる政治意識全体の榊造、それぞれの柵成要因の相互関連を明らかに
し、中学生から高齢者にいたる経年によるその構造・関連の連続・転換を考える。
〔I〕政治家像
総叫大臣
一九六八年は佐藤内閣の中期であり、沖繩返還を最大の政治課題として掲げていた。六六年頃からのさまざまな
「黒い霧」は尾を引いていたが、その後の疑獄と比較すれば小規模であった。日本各地で公害問題が噴出し、ベトナ
ム戦争をめぐってべ平連が祈発に行動していた。また、大学紛争が激化のきざしを見せはじめた頃であった。他力、
六七年には国民総生産が自由世界で三位になっている。調査時期にもっとも近い内閣支持率は「支持する」四一%、
「支持しない」三七%であった。これは戦後の平均的な内閣支持率といってよい。八九年は、消費税を導入した竹下
内閣が「リクルート事件」との関連もあって退陣した年である。「リクルート事件」には自民党の有力者の多くとの
かかわりが報道された。その後を継いだ宇野宗佑は、女性問題の醜聞が明るみに出て、また、七月の参議院選挙で自
民党が大敗した責任をとって、わずか二ヶ月で退陣した。調査が行なわれたのは、海部内閣発足直後である。海部は
その後高い支持率をえるが、この時期ではまだ評価は定まっていない。内閣支持率は、竹下末期八%、宇野二一一一%、(9) 海部初期三八%である。このような周囲の環境のちがいは小学生にも影響を与えている。しかし、それと同時に、二 法学志林第九十八巻第四号五四
続し、どの側面が変容するのであろうか。
総理大臣像は小学校の段階で大きく変化する。まず、今回の調査では割愛せざるをえなかった小学生の意識の様相
を、一九六八年、八九年の調査にもとづき要約しておきたい。総理大臣について次の質問がなされた。
問(A)総理大阻は正直でしょうか、うそつきでしょうか。
Ⅲとても正直②爪直③どちらともいえないⅢときどきうそをつく⑤いつもうそをつく0わからない
問(B)総理大臣は総理大臣としての責任をはたしているでしょうか。
選択肢は(A)に準ずる。
問A総!'1大lii「ilHil'1」・l1i疋的評価
「とてもil=ih」+「il2ir〔」の比率
っの調査に共通する、また連続する側面も観察される。全般的に見れば、調査時の総理大臆がだれであれ、子どもの
総川大臣像の形成には、政治環境の違い、年川の雄をこえて、共皿するⅢ川が強く現われる。
一・一図と一・二図は、総剛大臣の「正直」と「責伍」についての肯定的評価、すなわち、「とても正直」と「爪
直」、「よく責任をはたしている」と「まあ責征をはたしている」の合計の比率を学年ごとに高校三年まで示したもの(川)である。一見してわかるように、低学年ほど総理大臣に対して好意的である。とはい》え、アメリカの低学年の子ども
たちが大統領を高度に理想化する傾向は日本では見られない。六八年の小学校三年でも、総皿大厄を積極的に肯定す
政治態度の継続と変容(岡村・松本)凡Ⅱ
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問B総H'1大lli「i`i征」・Ili定的評価
「よくif([をはたしている」
+「まあi1i任をはたしている」の比率 2図
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法学志林第九十八巻第四号一几一ハ
る、すなわち「とても正直」とするのは二六%、「よく責任をはたしている」とするのは五○%にすぎない。学年が
比外するつれて、総肌大脳の評仙は急激に低下する。八九年の政界の混乱は子どもたちにも影響を与え、「正直」「責
任」ともに評価が低くなっている。しかし、それは決定的ではない。全学年を通じて、評価は低下するものの、「正
直」より「責征」がより評Ⅲされる。「肛直」というパーソナルな川而より「責任」というインパーソナルな側川を
評川する傾向はアメリカの子どもの大統緬に対する態度でも兄られるが、それはより高学年になって現われるもので(Ⅱ) あって、日本では、低学年の段階か.bインパーソナルな側而がより評仙されるのである。高学年になると総皿大胞に
対する否定的評価が増加するが、「いつもうそをつく」「ほとんど責任をはたしていない」と積極的に否定するものは
少数である。もっとも多くなるのは、「肥直」「買価」ともに「どちらともいえない」である。否定する場合でも消極
的否定の段階にとどまる。評価の比率の学年による変化は小単生で大きく、中学生では小さくなる。今回の洲汽との
比較のため、ここでは市兆爪の結果を示してあるが、標本数が多い灸国で見ると、中学校一年以北の年齢による変化は
ほとんどなくなる。比率の変化から見ると総理大脳像は小学校六年から中学生にかけて定着するかのように見える。
はたしてそうであろうか。有椛背も含めて、以下検討していきたい。
九七年の今回の洲斉では、「爪直」「責任」については総肌大阪ではなく橋本首相とし、総川大阪では「信帆」にっ
いて次のように質問した。
問31(1)橋本首相は、正直だと恩いますか、うそつきだと思いますか。
問41(1)楠木首相は、首相としての責征をはたしているでしょうか。
(選択肢は問(A)(B)と同じ。五段階評価。)
総皿大厄という普通名詞で質問する場合と橋本肯相という固有名詞で質問する場合では、その内容が虚なっている
Ⅲ而もあるが、それぞれの内包は異なる。総皿人距の場合、そのときの総肌大脳だけでなく、その他の総肌大脳も視
野に入るであろう。それゆえ、前回の結果と単純に比校することはできない。「正而」「責価」「信加」の評Ⅲの検討
に入る前に、まず普通名詞と固有宿詞の問魍を考えたい。その手がかりとなるのは、「わからない」の比率である。
一・三図は、橋本「爪血」「責任」総皿「信頼」についての「わからない」の惟穆である。「わからない」は「正直」
について中学校一、一一年で四○%、やや低下する高校三年でも一一三%ある。「責任」について見ると、その比率は中
学校一、二年で三○%前後、高校一、一一年で一一○%である。中高校化のこの「わからない」の比率は、総皿大胆の
「正直」「責任」と池口通名詞で質問した六八年、八九年の洲杏と比較すると、きわめて高率である。一・四図を参照さ
れたい。この「わからない」について過去二回の洲杏はほぼ同じ傾向を示し、「正直」「責征」とも中学生で一○%前
後、高校生で七%前後である。小学校三、四年でも一一○%前後である。今回の総理人匝「信邨」Ⅱ「わからない」の
比率は、前二回の総剛大脳「肛直」「責征」についての「わからない」に大きく接近している。いうまでもなく、「脈
直」「責任」「信頼」はそれぞれ意味が異なり、後述するように、とくに個人の「正直」の評価にはためらいの傾向が
政治態唆の継続と変容(岡村・松本)九七 問旧あなたは、ここにあげる人たちを信加できますか、それとも信頼できませんか。それぞれについて、お答え
ください。
(1)総肌大原
Ⅲとても信頼できる②どちらかというと信加できるⅢどちらともいえないⅢどちらかというと信頼できな
い⑤とても信噸できないⅢわからない
1.3図問3.1,問4.1,問16.1 橋本「'1:illl」「責任」総HI1「|i術i」
「わからない」の比率
ある。しかし、「わからない」を人きく左右するものではないであろう。有椛打になると、橋本「脈直」「責伍」の
「わからない」は低率になり、総叫「信加」の「わからない」との差もほとんどなくなる。未成年において「わから(旧)ない」の比率の叢をもたらすのは、池口通名詞か固有名詞かである。彼一bにとって受容しやすく、認知スクリーンに映
じやすいのは、総理大原個人でなく、抽象的な総瑚大臣という存在である。後に見るように、国会議員というより抽
象的な集合名詞についても巾高校生は一定の理解をし、「わからない」は少数である。これは、社会に流布している
ステレオタイプの受容によって可能になると惟川されるよう。中学生から高校生にかけて総川大臣の評価の変化が小
%帥 法学志林第九十八巻第川号50
40
30
20
10
商2030405060
学年’'’
1,{齢1231231111129394959
N209218199227226227138165159174206
1.4図問A,問B
総Hl1大臣「正iu」「iOiIF」
「わからない」の比*
%Ⅶ !
50
40
30
20
10
小’|’Il1i
3456123123
五八
さくなり、一間において、総理大臣像の定着と見ることができるが、それはステレオタイプの定着にほかならない。有権者まで視野に入れ、他の質問との関連を見ると、政治家像の形成は、こうしたステレオタイプからの脱却という
形でさらに進行することがわかる。それを第二の政治的社会化といっていいであろう。この側面は、他の政治家のイ
メージと合せて、後に検討する。
子どもにとって、固有名詞の首相より普通名詞の総理大臣の方が答えやすいからといって、総理大臣の具体的な姿(⑬) が見》えないわけではない。八九年の調査で、与野党の党首を写真で識別する質問をしたところ、海部俊樹を正しく選
んだものは、中学校の段階で九○%弱に達している。高校になると九六%以上である。海部以上に知られていたのは、
調査前の参議院選挙で「山が動いた」勝利を収めた社会党の土井たか子であった。しかし、その他の野党の党首石田
幸四郎、不破輝三、永末英一は知られておらず、中学校一年でいずれも二○%をややこえる程度であり、高校生でも
三○%前後にすぎない。調査の時点は海部の首杣就任直後でよく知られていたという事情も考えられるが、政治家の
なかで首相がとくに目立つことは橋本についてもいえよう。村山からの「禅譲」を受けた橋本は、調査の前年一○月
の総選卒での自民党勝利の後、第二次橋本内閣を発足させている。調査時に近い九七年九月橋本内閣の支持率は五三(川)%であった。これは橋本内閣のもっとも高い支持率で、六月は四二一%、一一一月は一一一六%であった。
総理大臣、橋本首相と質問内容は異なるが、連続性を探るために、六八年、八九年、九七年の中高校生の「責任」
の否定的評価「あまり責任をはたしていない」と「ほとんど責任をはたしていない」の合計の比率をあえて比較する。
八九年の中学校三年がとくに高いことを別にすれば、前二回の否定的評価はほぼ同水準にあるといってよい。これに
対して、今回は一貫して低くなっている。首相個人よりも総理大臣一般をより批判しやすいという側面も考えられよ
政治態度の継続と変容(岡村・松本)五九
1.5図問3.1,問4.1,問16.1 橋本「j[iIl〔」「i9i([」総H1!「信頼」
肯定的評llIi・「il2lli」=「どちらともいえない」
の比率
法学志林第九十八巻第四号六○うが、今回の調査で「わからない」が多いことを考え、「わからない」を除外した否定的評価の比率を見ると、前二
回の比率にほぼ重なる。個人を評価するときためらいはあっても、中高校生は判断する場合、橋本首相と総理大臣一般をそれほど区別しているとは考えられない。後に見るように、この年齢層でも、橋本「責任」と総理「信頼」の相
関はかなり高いのである。とすれば、中高校生の橋本首相「責任」の否定的評価の程度は、前二回の総理大臣のそれ
と大きく隔たっているとはいえないのではないだろうか。前に小中学生について見た、「正直」より「責任」をより
評価する、肯定するにせよ、否定するにせよ横極的態度が少ないという傾向はここでも連続している。
%帥00000 54321
尚
293949 5060
1{
59
1.6図問3.1,問4.1,問16.1 橋本「iliiI'〔」「i1i任」総pl1「信頼」
肯定的iiVI11iの比率
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学年IIj ilW20304050
年齢1231231111293941959
60 1
未成年期にこのように形成される総皿大胞像は、一一○歳台以上の何椛者になるとどのように変化するのであろうか。 比率の変化が大きいのは、橋本「正直」の「どちらともいえない」、橋本「責任」の「よく責任をはたしている」と
1.7図問3.1,問4.1,問16.1 橘本「ilIilh」「iii([」総jM1「(荊頼」
ilv(illiの)Mi
「とてもiIiid〔」
高 学校l1 ki 1..》2生l者 N
〃1-1
「正直」
政治態度の継続と変容(川村人松本)
ⅢⅢ
I●雲626
680
842
「ほとんど責任を100%
「よく貴([を
ない」
中学生
舵高校生
「とても100%
i鰄馴ヅで亨蓬iい
「とても 信頼できる」
/i熊:w‘
「どちらともいえない」['1学生
蕊高校生
有権行
100%
(無回答は「わからない」に含めた。すべてにわたって1%以下である。)
_Ⅱ_。
′、
法学志林第九十八巻第四号一ハーー
「まあ責任をはたしている」の肯定的評価、総理「信頼」の「とても信頼できる」と「どちらかといえば信頼できる」
の肯定的評価である。肯定的評価に「正直」Ⅱ「どちらともいえない」を加えた経年による変化を一・五図に示す。
橋本「脈直」の「どちらともいえない」は、文面上では肯定でも否定でもないが、後述するように、橋本「責任」の
肯定的評価と結びつく傾向があり、政治家「肥直」の肯定的評価の一つの形態であると考えられる。否定的評川の惟
移は一・六図を見られたい。一・五図と一・六図では、中高校生と有権者を並列して示すが、中高生が一年刻みであ
るのに対して有権者では一○年刻みである。したがって、有椛者の年齢による変化は穏やかであることに閑意された
い。なお、五つの選択肢の傾向を、中学生、高校生、有椛者の三つに分けて一・七図に示す。
有権者と中高校生とでは叢はあるが、橋本「責任」が「正直」より評価される傾向は一貸している。総川「信加」
はその中間である。橋本「正直」の「どちらともいえない」は未成年では三○%前後であるが、有権者では五○%を
はさんで年齢とともに上昇する傾向を示す。二○歳以上では「わからない」が減少し、「ときどきうそをつく」が微
減するが、その減少分の多くが「どちらともいえない」にまわっているようにも思われる。橋本「責任」総理「信
柧」の肯定的評仙は有椛者になると年齢とともに着実に上昇する。それは総川「信帆」においてより伽菩であり、橋
本「責任」では上昇率は小さい。いずれの場合でも肯定的評価を押し上げているのは消極的肯定であって、精極的肯
定はわずかである。小学校三年から高校三年までの比率の変化から見ると、総剛大臣像は巾高校生の段階で定着する
かのように思われた。しかし、それは、緩慢ながら有権者において年齢とともに変化する。有権者において、総理大
臣・首相が巾高校生より肯定的に見られるようになることは明らかである。それは、ライフ・サイクルによる意識の
差なのであろうか、それとも世代差なのであろうか。
1.8図問B,問4.1 総理・ivHIl「l1i([」
肯定的;Williの総イIHによる推移
「よく責任をはたしている」
+「まあI1i([をはたしている」の比率 1.1表問3.1×問4.1×問16.1
橋本「正I。」「fi([」
総理「信航」の+11関係数 IIiiliili 戸-可ヨ
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977イ
1968 989
一九六八年の高校生、八九年の高校化は、几七年にはそれぞれ四○歳台、二○歳台になる。高校生を基準に、総
川・首相の「責任」評価を手がかりに世代、ライフ・サイ
クルの問題を考えたい。標本数が十分でなく、質問も異な
り、六八年、八九年の高校生と九七年の二○歳台、四○歳
台を比較するので無理があるが、あえて「責任」の肯定的
評Ⅲを示すと一・八図のようになる。四○歳台、二○歳台
になると肯定的評価は増加する。三つの調査で、この点に
関する高校生の比率には大きな兼はない。したがって、
、、、、、「責征」の評価に限定すれば、周川の隙境の変化はあった
がその影響は小さいといえよう。総理大原像の世代差はい
つ形成されるのか。少なくとも、高校までの意識形成によ
るのではないと考えられる。そして、八年よりも二九年の
年月兼が大きな差をもたらしている。このように見ていく
と、二○歳以上の年齢でも政治意識の形成、第二の政治的
社会化が進行すると椛測できるのではないだろうか。中高
校生と有権者の調査方法の違いも考慮すべきであるが、単
ルハ一一一
相互関述をより詳しく見るためにクロス集計を行なった。簡叩のために、一・九図と一・一○図に橋本「責脈」を
楠本「爪直」、総川「信加」から見た結果を中学生、高校生、何椛門の一一一つにわけて示す。すべての年齢を通じて、
「正直」の「どちらともいえない」のグループは、「よく責任をはたしている」の横極的肯定を選ぶものはきわめて少
数であるが、「まあ責任をはたしている」の消極的肯定ではきわめて多い。それは、中学生で四三%、高校生で川三
%、有権者では四九%である。総即「信頼」の「どちらともいえない」も同じような傾呵を示すが、肯定的傾向はや
や弱く、中学生一一一三%、高校生三七%、有権者三七%である。「ときどきうそをつく」は、杣関の高さから推定され 橋本「正直」「責任」総肌「信紺」の関連はどうなっているのであろうか。相互の机閃係数を一・一表に示す。全般に高い肥のⅢ関が見られる。柚木首相についての「わからない」が中高校生に多いが、判断を下すことができれば、橋本首相も総肌大腿も同じ価向で評川されるといえよう。標本数が多くないので、|側した継年の挑移を述べることは困難であるが、中高校生と有椛者をあえて比較すれば、相関は、「正直」Ⅱ「責任」は巾高校生においてやや高く、「庇直」Ⅱ「信柧」と「責任」Ⅱ「信頼」が有権者においてやや高い。「正直」と「信頼」は共にに人物のパーソナルな側而に関連するところが多いと考えられるが、巾高校生で「正直」Ⅱ「信加」の机関がやや低いことは、前述の固有名詞と辨通名詞のズレがある際腱影響しているのではないだろうか。しかし、相関の差は大きくなく、決定的ではない。未成年から成年へ、そして成年においても首相・総川の評川の比率は変化するが、それは同じ傾向の内部関連ない。未成年から成年へ、そし一を保ちつつ挑移するといえよう。 純集計で高校生と二○歳台とが大きな
6 もつとも変化が見られる年齢層である。 法学志林第九十八巻第四号六四
一校生と一一○歳台とが大きな差を示す質問結果も少なくない。そして、一一○歳ムロから三○歳台は有権者で
るように「責征」の評川は否定に似くが、それでも、このグループのかなりの部分が「まあ責任をはたしている」と 考えている。その比率は、中学生一一一三%、高校生一一八%、有権者一一八%である。「どちらかというと信頼できない」
政治態度の継続と変容(岡村・松本)六五9図問3.1×問4.1 橘本「iliiI'〔」×「寅任
hl生者ノー学校権孕澗イ0-1
「どちらともいえない」
Z1l1学生
きど きうiWi佼生 そを つ
ミイTi艦者
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い つ も
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 ̄イ「椛背く
100%
O図問16.1×問4.1 総'111「偏頼」×橘水「i1iIf」
法学志林節九十八巻第四器
N
偏頼できる」 「どちらかというと 5
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22
「どちらともいえない」 218
262
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信頼できない」 「どちらかというと 8
28
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「とても傭航できない」 一ハーハ
03
「1 L」
鑿鑿鯏驫篝鱸 ビ
00% 7も「ときどきうそをつく」と共通する傾向を示しつつも、「信頼」Ⅱ「どちらともいえない」と同じように肯定は少
ない。相関が同レベルであっても、「正直」の一段階下の評価が「責任」の肯定的評価と結びつき、「責任」と「信
噸」では同じランクの評価間の結びつきが強いといえる。この傾向は、未成年より有権者において幽著である。
「正直」の「ときどきうそをつく」と「いつもうそをつく」、すなわち消極的否定のグループと積極的否定のグルー(旧)プは大きく異なる。全休の分布で兄ると、首相・総理が批判的に見られるといっても臓柵的否定は少数であって、
「責征」では「ほとんど責征をはたしていない」と考えるものは、中学生七%、高校生九%、何椛行六%である。「と
きどきうそをつく」のグループでも、首杣の「責任」を積極的に否定するのは中学生八%、高校生一○%、有権者一
○%であって、「Ⅸ直」の消極的否定が「責任」の積極的否定に結びつくことは少ない。しかし、「いつもうそをつ
く」と考えるグループは「責任」も積極的に否定する。それは中学生で四四%、高校生で四一%、有権者で三三%で
ある。有権者のこのグループでもっとも多いのは「あまり責任をはたしていない」であるが、それでも「ほとんど責
任をはたしていない」は、他のグループと比較すると際立って高率である。総剛「信頼」の「とても信頼できない」
も、橋本「血直」の積極的否定のグループと同じように、橋本「責任」についてきわめて否淀的である。しかし、中
高校生と有椛者では蒋干の相述が見られる。すなわち、巾高校生では、「いつもうそをつく」のグループが「とても
信噸できない」のグループよりも橋本「責征」についてより否定的であるが、有椛背ではそれが逆になる。その差は
あまり大きくないが、未成年と成年における具体的首相と一般的総理大臣についての表象のちがい、「正直」につい
ての考え方のちがいを反映していると考えられよう。「いつもうそをつく」Ⅱ「ほとんど責任をはたしていない」、
「とても信頼できない」Ⅱ「ほとんど責任をはたしていない」の結びつきは、標本全体から見るときわめて少数であ
政治態度の継続と変容(岡村・松本)六七
今回の調査がなされた前年、一九九六年一川、菅直人は第一次橋本内閣の厚生大臣に就任した。背を有名にしたの
はエイズ問題である。侍は入閣するとすぐに「Ⅲ液製剤によるH-V感染に関するプロジェクト・チーム」を設置し、
その調査結果にもとづいて、二月、同の責任を認め、患者・遺族に謝罪した。東京HlV訴訟で、製薬会社の加害貴
紙をほぼ認めた「和解案」が成立したのは翌三川である。マス・メディアは、この過腿における菅の迅速な行動、
リーダーシップ、とりわけ仙而化した厚生行官僚に対するリーダーシップを高く評Ⅲし、大きく報道した。またこの
頃、O’一五七と「かいわれ大根」との関連が川迦になり、菅は「かいわれ人根」一般の安全性を派手に強調した。
九八年の参議院議員選挙で民主党が躍進したのは、菅のパーソナリティが寄与したところが大きいといわれている。
なお、調査時は、後に問題とされる彼の「女性問題」はまだ表面化していない。
青島幸男は、’九九五年の統一地方選率で、大阪の描山ノックとともにいわゆる無党派ブームにのり、一七○万票 橋本首杣の「正直」「責杯は知事についてなされた。 法学志林第九十八巻第四号六八
る。しかし、日本人の政治態度を考えるとき、否定・坐同定だけでなく、意見表明の積極・消極も大きな意味をもって
いると考えられる。この問題は、本欄「〔I〕’三政治家像の背景」「〔Ⅱ〕政治不信の櫛造」でさらに検討するこ
とにしたい。
総叫大臣以外の政治家はどのように見られているのであろうか。比較の対象として、菅直人と青鳥幸男を検討する。
本首杣の「正直」「責任」と同じ質問は菅前厚生大臣、青島東京那知事について、総皿大原の「信頼」と同じ質問 二背直人・青烏幸男
あまりを獲得して東京都知事に当選した。青島、横山の当選で無党派層の勝利が強調されたが、青烏の全有権者に対
する得票率Ⅱ絶対得票率は一八%にすぎず、棄権も四九%あった。この選挙は候補者が多く、それまでの都知事選挙
と単純に比較することはできないが、青烏が都民の圧倒的支持をえたとはいいがたい。それでも、青烏には、前の鈴
木都政とは違った新風を期待する雰囲気があった。しかし、話題となったのは、選挙で公約として掲げた東京湾岸地
域での都市博中止のみで、マス・メディアに映ずる青島の姿は参議院議員時代とは大きく異なり、独自色を祁民に印
象づけることはできなかった。コスモ信川組合の処剛問題では「公的資金は出さない」との公約を撤回した。無党派
を標枡していたから最初は当然であろうが、都議会に与党的流れを形成することはできなかった。また、都庁の官僚
にリーダーシップを発揮したとはいいがたい。かってはテレビの「意地悪ばあさん」などのタレント活動で人気が
あったが、それは調査時の巾高校生には無縁であろう。「意地懇ばあさん」を知っている成年層には、参議院議員時
代の青陽の活動には連続性が見出せるかもしれないが、都知事としての青島と重ね合せることは川靴で、かえって
ギャップを意識させるものになろう。
問31(2)菅前厚生大臆は、正直だと思いますか、うそつきだと思いますか。
(3)青烏東京祁知事は、正直だと思いますか、うそつきだと思いますか。
問41(2)菅前厚生大胞は、大胞としての責任をはたしたでしょうか。
(3)青鳥東京都知事は、知事としての責任をはたしているでしょうか。
問冊あなたは、ここにあげる人たちを信頼できますか、それとも信頼できませんか。
(3)知事
政治態度の継続と変容(岡村・松本)六九
1.11図問3.2,問3.3 菅・青烏「IEiI`[」
評価の分布
菅、青島の「正直」「責任」の評価の年齢による推移には、橋本首相の評価とはかなり異なる傾向が現われている。
まず「わからない」の推移から見ていきたい。もっとも目につくのは、未成年における菅についての「わからない」 法学志林第九十八巻第四号
、ノアー、
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111学生
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菅高校生
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有権者
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有権者
100%
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未成年における菅についての「わからない」
の高率である。中学校一、二年で、それは
「正直」で六○%をこえ、「責任」でも五○%
以北である。この比率は高校生になると「正
直」で四○%前後、「責任」で三○%強と低
下するが、それでも成年よりはるかに多い。
成年では「わからない」は「正直」で八~一
七%、「責任」で六~一○%であり、年齢に
よる差は大きくない。菅についていえば、未
成年と成年の問には、調査方法のちがいを超
えて、明碓な断絶があるといってよい。橋本
首相と総理大臣について見たように、日本の
子どもにとって固有名詞について判断を下す
ことが困難であることが作川していることも
考えられるが、ここでは、それ以上に「無 七○
1.12図問4.2,問4.3 荷.i`i島[l1i([」
iivllliの分イガ
生生行生生背学校権学校権て官僚をあげる‐ものの比率は中学校、一、中高有中高有
J1 イ冴朋一一年では六%にすぎないが、一一○歳台に
なると四四%、三○歳台以上では過半数をこえる。すでに述べたように、菅の評価は厚生省官僚に対するリーダー
シップにもとづくところが大きいから、認知スクリーンに官僚の認知がはいっていなければ、背の行釛も関心事の外
にあり、評価の対象とはならない。また、未成年層におけるエイズ問題の認識の弱さももう一つの要因であろう。菅
政治態度の継続と変容(岡村・松本)七一
+|,`|鑿
% 知」の要川が大きいであろう。nnTlV訴
0 0
訟、菅と厚生省官僚との関係が大きく報
じられたのは洲脊の一年余り前である。
巾高校生がマス・メディアの菅について
の情報に接しなかったとはいえない。情
報に接していたが受容されなかったので
ある。それは中高校樅の認知スクリーン
の問題である。
背についての認知スクリーンの一つの
側川は、後述する日本の政治における官
依の認識とかかわっている。「いまの日
本の政治を尖際に動かしている人」とし
3図‘問3.2,3,問4.2,3,問16.3
′h;・i1iKH,「正『(」「iji([」ill2lr「(了術,
[わからない」の比率
いった一般的大巨像を打破する政治家‐
気」を裏付けるものになっている。し上
六○%以上と、一一○歳台と三○歳からし
も大きな意味をもっているといえよう。
青烏東京部知事の場合は、仙人の評価のみならず、地力自治体の肯艮としての性格も考慮する必要がある。国の政
胎家のイメージと地方の政治家のイメージは、未成年川から異なる。一九六八年の洲汽で、来京邪知事、札幌・金 %、叩印如卯加川ぅ41一Tu、ⅢうぐケラⅢけ1打Ⅲリハーー}’し.々ノLl一々I巾ⅢL01lb「くrクムロっている。菅は、国会答弁で官僚が懇曰いた原柚を読むと
一般的大巨像を打破する政治家として歓迎されたのであろう。調杳結果は、マス・メディアのいわゆる「椅人
製付けるものになっている。しかし、有椛打屑の菅の肯定的評川は、一一○歳台では孔○%、一二○歳台以上では
以上と、一一○歳台と三○歳から上の年代ではまだ差がある。一一○歳台における政桁意識の形成は、この点から 法学志林第九十八巻第四号七二
についての情報は処理されないまま流されていく。荷の厚叩~
卯~”生大脳在任,叩、巾‐高校生に北川皿希調原生大厄で質問しても、
加~柵「わからない」の傾向に大きな変化はないであろう。中古同加~柵校生について、「わからない」を除外して、すなわち、評加~羽Ⅲを下したものに限定して比率の分布を求めた。そこには3
2 有権者屑に見られるような背の「》且征」の圧倒的多数によ
間lる肯定的評Ⅲは見られなかった。判断を下し》えても、未成
3 年は成年から遠く隔たっているのである。背の「聿旦価」に2 対する生月定的評価は有椛行胴になると急上昇するが、それ
年齢学年は「政治を実際に動かしている人」Ⅱ「官僚」の哨川と児
沢・神戸・長崎の市長、青森県と広島県の農村部の町長について、総肌大価と同じく「旺直」「責征」の評価を求め
た。自治体の規模、保守・革新の別なく、地方自治体の首長のイメージにはかなりの共通性が観察される。すなわち、
どの地域においても、小学校三年では総孤大臣の方が高く評価されるが、地方、治体の首長の評価は、学年が止昇し(胴)ても高校三年にいたるまで、総理大臣より一問い水準を維持する。このことは、もとより、地力、治体の首長が積極的
に肯定されることを意味しない。むしろ、否定される牒度が弱いといった方がいい。八九年には、小中高校生に、東
京都、北海道、和歌山県において知事について同様の質問がなされたが、基本的傾向は変らなかった。これは有椛者
にも連続する。七八年、東京祁川Ⅲ巾と石川県金沢市において、成人を対象として、総川大臣、知車、市長の「信
加」についてたずねた。「とても信傾できない」と「どちらかというと信緬できない」の比率は、総川大臣、町田巾(Ⅳ) 一二○%、金沢市一一一一%、知事、川川市一七%、金沢市一一%、市長、町田市一○%、金沢市八%であった。
さて、青島「爪直」「責任」、知事「信帆」に現われる伽向を見たい。一・四~六図と比岐されたい。中学生の「わ
からない」は、橋本首相と総哩大阻について観察された傾向と同じである。知事と普通名詞で質問した方が少ない。
「責征」の「わからない」は、橋本、青島、背の川に多くなっているが、有椛者になると三者の叢はほとんどなくな
り、かつ低率である。「肛直」では「とても正直」と「正直」の合計が今年齢層を皿じて一○%から二○%の間と高
くはないが、それでも橋本より多い。しかし「ときどきうそをつく」と「いつもうそをつく」は有権者になると橋本
を若干上回る。楠本との差がより鮮明に出るのは「責征」である。「責任」の肯定的評価は全年齢層を通じて橋本の
〃が高く、二○歳台以上ではそれが上昇するのに対して、青烏は槌ぱいである。青烏の「あまり責任をはたしていな
い」「ほとんど責任をはたしていない」の否定的評仙は二○歳台以上で上昇する。知事の「信頼」の否定的評価「ど
政沿態度の継続と変容(岡村・松本)七三
ちらかといえば信頼できない」「とても信頼できない」は青島「責任」の否定的評価とほぼ同じ水準で推移する。わ れわれが参加したこれまでの中学生以上の調査で地方自治体の首長が総理大臣より低く評価されることはなかった。 今回の結果はそれを覆すものである。選挙前の公約は華々しく、これまでなかった「無党派」の知事に期待するとこ ろがあったがほとんど実行されていないというイメージが有権者を色濃く覆っている。七八年、美濃部知事の末期、 町田市の有権者の知事に対する否定的評価は一七%であったのに対して、今回は三五%になっている。そして、これ
は中高校生レベルまで、ある程度浸透しているのである。 1.14図問3.2,3,問4.2,3,問16.3 菅・青島「正直」「責任」知事「信頼」肯定的評価の比率
%、 法学志林第九十八巻第四号
60  ̄ 菅「責任
50
40
30 」
20 巳、§
ミミミミミ塗ョ
10
学年「i年齢1
尚20 1231
29
30405060 1111 394959 23
5図 問3.2,3,問4.2,3,問16.3 菅・青島「正直」「責任」知事「信頼」
否定的評価の比率
%、
60
青島「責任」
50
40
30
20
0
高2030405060 3123IIIII
29394959
七四学年
年齢 2
ここまで、橋本、菅、青島のイメージ、評価の杣達について検討してきた。しかし、それととともに、三人の評価
に共通する側而、そして、中学生から高齢者まで一貫する傾向も観察される。まず、「服直」より「責任」を評価す
る態度がある。これは、中学生から有椛者まで、どの政治家についてもいえることである。菅の「責柾」の行定的評
価は三○歳台で六○%をこえるが、「正直」の肯定的評価は四○%前後である。ただし、その差は青島がもっとも小
さい。もう一つの共通する傾向は、横極的肯定、積極的否定が少数であることである。有椛者に「責征」を高く評川
されている菅でも、その比率を押し上げているのは「まあはたした」であり、「よくはたした」はその三分の一にす
ぎない。逆に、有椛者で「責任」の評価がもっとも低い青島でも「ほとんどはたしていない」は「あまりはたしてい
ない」の約半数である。今回の洲宵で、総肌大胞が知事より評川されるということは人きな転換といえるが、それで
も知事はいわば「やわらかく」批判され、徹底的に否定されていない。したがって、政治家評価の幅は、大まかにい
えば、「消極的肯定l「どちらともいえない」l椚極的否定」の枠内にあるといえる。ここにあげた此皿する態度は、
六八年、八九年の小中高校生の意識を綜合的に見ると、小学生の段階から塘養されてきているといわざるをえない。
これまで検討してきた政治家像の相互関連はどのように
なっているのであろうか。評価の比率の分布の比較からあ数竹Ⅱ而肪脚卵嚇柵犯加郷沁加川割
3川孵
る程度桃定されようが、ここでは相関から考えたい。〒2|薑夘柵橋本Ⅱ青島印w加砠M蛇犯印、刎刎,菅の1.j 一一表は、「責任」について、橋本Ⅱ菅、橋本Ⅱ青島、菅Ⅱ・丈任橋本Ⅱ荷Wwm認砺犯拓調犯加犯剛緬噛青島の年齢ごとの机関を示す。一見してわかるように、す表123123羽測棚印辺学年・年齢へ一一一一一曲23456 00000
べてが脈の机関であるから、どの政治家の「責任」も同じ
政治態座の継続と変容(岡村・松木)七汎
法学志林第九十八巻節四号七六
傾向で判断されているといえる。政治家によって評価が変るといっても、それは「まあ責任をはたしている」から
「どちらともいえない」へ、「どちらともいえない」から「あまり責征をはたしていない」へというように、川を追っ
た小幅であることが多く、ある政治家について「よく責任をはたしている」とし、別の政治家について「ほとんど責
任をはたしていない」とするのは少ないと考えられる。注月すべきは巾高校生で相関が高く、有椛者になると低くな
る傾向である。全般的に見て、二○歳台が分岐点になっている。これは、これまでも述べてきたように、小高生では、
政治家を政治家というステレオタイプ的イメージで見て、どの政治家でも同じように判断するのに対して、有椛者に
なると政治家がより個々に見られるようになることを示している。これは、橋本杵相という固有衙詞と総肌大原とい
う替通名詞について考察したことと合致する。政治家に.ついての意識形成は、未成年期においてはステレオタイプの
形成である。成年期におけるそれは、そのステレオタイプに影響されつつも、ステレオタイプからの脱却であろう。
この脱却に人なき意味をもつのは二○歳台であると巷えられる。
われわれは、政治家として同会議且の評価も求めた。田会議員に政治家不信が集中している感がある。凶会議貝に
ついては「〔Ⅱ〕政治不信の柵造」で検討する。
られたい。
問朽政治について次のような意見があります。それぞれの意兄について、あなたはそう似いますか、そうは思い これまで検討してきた政治家像は他の意識とどのようにかかわっているのであろうか。まず、次の質問の結果を見 三政治家像の背景
この質問は中高生にはやや川棚であると考えていたが、小学校一年の「わからない」は「ガラス樅りにすることは
むずかしい」「高潔な人格より実行力」についてともに一一一九%あるものの、向校生にかけて杵実に減少し、高校三年
での「わからない」はそれぞれ一一%、一三%である。
有椛者では、この二つの意見は圧倒的多数によって肯定される。一一○歳台以上では、「そう思う」「どちらかといえ
ばそう思う」の合計は、「ガラス張りにすることはむずかしい」で、四○歳台でやや低下することを除き、六○%以
上であり、「高潔な人格より実行力」では、ほぼ七○%以上である。この伽向は未成年でも同じである。中学校一年
で「ガラス振りにすることはむずかしい」を肯定するものは四三%であるが、それでも否定する意見の一八%を大き
く上回っており、「高潔な人格より実行力」の肯定的意見は九一%とすでに過半数をこえている。中高校生のこの多
数派の比率は、学年の上昇とともに有椛者の比率に近づいていく。「ガラス狼りにすることはむずかしい」では高校
三年と二○歳台との差はかなりあるが、「高潔な人格より実行力」では高校三年で有権者のレベルに達している。肯
定する意見の年齢による変化は、巾高校生では「ガラス振りにすることはむずかしい」が微増であるが、「高潔な人
格より実行力」では明脈な上昇傾向を示す。有椛背では「高潔な人格より実行力」がハ○歳台と六○歳台においてや
政治態度の継続と変容(岡村・松本)こし ませんか。(Ⅲ)「政治にはある程度秘密がつきもので、すべてをガラス帳りにすることはむずかしい」(烟)「政治家には、高潔な人絡よりも実行力が必要とされる」Ⅲそう思う②どちらかといえばそう思う③どちらかといえばそう思わないⅢそうは思わないい 0わからな
生生者生生荷・学校権学校権う思う」が「ど●ちらかとい》えばそ中高有中高有「ガラス張りにする「人格より実行力」》っ思う」をすべての年齢屑で上ことはむずかしい」回っている。否定的意見では、
「高潔な人格より実行力」について「そうは思わない」と「どちらかといえばそう思わない」がともに低率で全年齢 層を通じて差はほとんどないが、「ガラス張りにすることはむずかしい」では「そうは思わない」が「どちらかとい
1.16図問15.11,問15.12「政治にはあるlWlli秘裕がつきもので、
すべてをガラスリ|(りにすることはむずかしい」
「政治家には高潔な人格よりも実行力 が必要とされる」
意見の分布
法学志林第九十八巻第四号
ⅢⅧ襲$灘霧
七八・
% や高く、「ガラス張りにする一」と
0 0
はむずかしい」が六○歳以上で高
いが、一貫した傾向を見州すこと
は困難である。全般的に横ばいで(旧)あると見るのが妥当であろう。
ここで見られるもう一つの傾向
は、積極的意見表明が多いことで
ある。すでに述べたように、政治
家評価の場合、肯定するにせよ、
否定するにせよ、消極的態度が多
い。それに対して、この二つの意
見では、いずれにおいても、「そ