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中井遼『デモクラシーと民族問題中東欧・バルト諸国の比較政治分析』

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Academic year: 2021

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〈書評と応答〉

立教大学法学研究科の政治学総合演習では,2015 年 12 月 15 日に合評会「中 井遼著『デモクラシーと民族問題 中東欧・バルト諸国の比較政治分析』勁草 書房,2015 年」を行った。合評会は,浜中新吾氏(当時山形大学学術研究院准 教授,現龍谷大学法学部教授),小林祐介氏(立教大学大学院後期博士課程)か ら書評を行い,それに対して著者である中井遼氏(立教大学法学部助教)から応 答するという形で始められた。その後フロアーからもコメントや質問がなされ,

活発な議論が展開された。

以下に掲載するのは,当日行われた書評を基礎とする浜中氏,小林氏による書 評と,それに対する中井氏からの応答を基礎とする論文である。お読みいただけ れば,当日の真剣で詳細にわたる議論が浮かび上がってくることであろう。これ を機会に,同書がますます読まれることと,各氏の研究が今後ますます発展する ことを期待したい。

(2015 年度政治学総合演習幹事 松浦正孝)

〈書 評〉

中井遼『デモクラシーと民族問題 中東欧・バルト諸国の比較政治分析』

(勁草書房,2015 年)

浜 中 新 吾 本書は著者,中井遼氏が早稲田大学大学院時代および助手時代に行った研究 の集大成であり,民主制における民族政治という現代政治学の重大テーマに取 り組んだ意欲作である。はしがきで著者は「地域研究と理論研究をいかに結び つけるかという問題について」評者から学ぶところがあったと明記してくれて いる。この書評はこの謝辞に対する返礼であり,本書がいかに読まれるべき学 術書であるのか,を主張していくものである。

本書の構成は比較政治研究のモノグラフが手本とすべきものであり,若い大

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学院生は「学位論文のストラクチャの組み方」を大いに学ぶべきである。本書 が取り組むべき問い,問いに対する答えを与える手続きであるリサーチ・デザ イン,本研究の意義などはすべて第 1 章で記載されている。本書のリサーチ・

クエスチョンは「民主主義国家で民族問題が政治的対立に至る場合もあれば,

そうではない場合もあるのはなぜか?」(3 頁)というものだ。本書は実証研究 の書であるため,規範的議論をするのではなく,民族政治(エスノポリティッ クス)の背景にあるメカニズムと利害,すなわち因果関係を実証的に解明する とその立場を明快に述べている(4 頁)。

リサーチ・デザインはフォーマル・モデルから導出した仮説を統計的に検証 する計量分析,そして比較事例研究を合わせた mixed method を採用してい る。比較事例研究において高い類似性とまったく異なる政治的民族関係を持つ エストニアとラトヴィアを選んだこと(6-8 頁)は,これらの事実そのものが パズルであると同時に,これらが差違法および Most Similar Systems Design に沿った選択として最適だと評価できる。

本書は政治的民族関係の規定要因を考察するという目的を掲げており,その 意義として日常的な政治過程の民族問題をめぐる交渉と対決状況には普遍性が あることを言明している(11 頁)。この点は多民族からなる社会において発生 する政治的問題であり,しばしば激しい政治対立を引き起こす。パズルとなる のは政治対立がどのような条件や環境下で発生するのか分からないということ である。

本書の第 I 部である第 2 章〜第 4 章は,理論と実証のパートである。第 2 章 では先行研究として「民族対立の不可避性を強調する議論」(35 頁)や,現在 の比較政治学の定説と言える「民族対立人為的発生説」(Fearon and Laitin 2003)が紹介されている。この説は多民族性そのものは紛争リスクにほとんど 影響を与えないのであるが,政党が選挙での得票最大化を求めて行動すると き,しばしば民族政策に取り組むことを示唆する(47 頁)。

第 3 章で著者はこの通説に対し,エスニック・アウトビッディング理論

(Ethnic Outbidding Theory)を修正し,修正アウトビッディング論とでも言う べき自説を展開している。著者は 民族政策において穏健な勢力,つまり政権 を担当しうる実務政党の内部で起こる競争の強弱に着目し,競争の強弱が民族 的競り上げに違いを生み出していると論じた。すなわち多数派民族政党が多数 密集している場合,政治的民族関係は対立的なものとなり,少数分散している

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場合は妥協的なものになるのである(55 頁)。著者は理論をフォーマル・モデ ル化し,想定した因果メカニズムに論理的破綻がなく明快であること,そして メカニズムが頑健であることを確認している。ただしこのモデルを手放しで評 価できるわけではなく,74 頁のフォーマル・モデルにはノーテーションにい くつもの誤りが見られる。とはいえ最終的な含意に誤りは認められない。

フォーマル・モデルで導出された仮説は,第 4 章の計量分析でその妥当性が 確認されている。従属変数は主成分分析による 4 変数からの合成変数で「対立

−妥協」指標と名付けられており,主要な独立変数は有効政党数である。従属 変数と独立変数の関係について,仮説の上で想定されるのは,有効政党数と

「対立−妥協」指標は正の相関がある,というものである。

パネルデータ分析の箇所では,必ずしもすべての読者が計量分析手法に明る いとは限らないことから,固定効果モデルとランダム効果モデルの直感的な説 明を入れた方が良かったように思われる。またいくぶんテクニカルな話をする と,「少数民族」に関する 3 つの統制変数が各国ダミーの役割を果たしている。

このため変量効果モデル(モデル C1; 95-101 頁)は固定効果モデルに近い推定 になり,もし独立変数と誤差項にトレンドがあるとすれば,回帰係数は適切で はない可能性がある。このモデルは 4 章 4 節の中核を成している(図 4.6 はモ デル C1 の分析結果に基づいている)ため,万が一誤りを含んでいるとすれば,

本書の議論に与える影響は小さくない。

本書の第 II 部である第 5 章以降は,著者曰く「地域研究の面を強く有する」

パートである。2 つの事例を比較し,ラトヴィアが対立的民族政治をみせてい るのに対して,エストニアは相対的に妥協的な民族政治となっている(127 頁)

と評価している。第 I 部の数理分析と計量分析から予想されることは,ラトヴ ィアの政党間競争は激しく,エストニアの政党間競争は穏健だということであ り,これらは図 4.2,図 4.3 を見るかぎり当てはまる。そして両国は,歴史的 背景,独立初期の政策,経済的状況,政治制度などの事情が似通っており,違 いが見いだせない。また世論の状況は民族政治の実情を反映していないとのこ とである。著者が着目したのは選挙制度の差異である。阻止条項 5%付き比例 代表制選挙で共通しているが,ラトヴィアは 5 選挙区,エストニアは 11〜13 選挙区に分かれている(149 頁)。

一見この差異はごくわずかなものに感じられる。しかし選挙制度のもたらす 効果は観察者の期待を裏切ることがある。選挙区マグニチュード(定数)はラ

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トヴィアの方が大きいため,有効政党数は多くなる傾向が生じる。もしそうで あれば,制度が民族対立を生み出しやすい環境を作っていると言えるのかもし れない。

第 6 章と第 7 章はそれぞれラトヴィアとエストニアの事例研究にあてられて いる。ラトヴィアの政党は民主化以降も一貫して議席を獲得し続けてきた政党 はほぼ存在しない。合従連衡が常であり,それゆえ選挙変易性が高い。政党シ ステムの分極化が激しい一因は,政治汚職とオリガーキー(政界と財界の結託)

に求められる。中道右派に位置する実務政党はラトヴィア系有権者の票を奪い 合うライバル関係にあるので,少数民族票を取り込む戦略を採ると批判材料を ナショナリスト政党に与える結果となり,ひいては議席を失うリスクが高まる と見られている。

一方,エストニアの政党システムは安定的であり,4〜5 の主要政党で構成 されている。ナショナリスト政党と言えるのは祖国同盟のみである(189-192 頁)。エストニア議会は勧告を黙殺したラトヴィア議会とは異なり,早々に市 民権法の緩和を決めた。推進者は少数民族政党の他,中央党が含まれ,中道に 位置していた連合党と改革党が賛成に回ったことで決定的となった。国籍法改 正は選挙の争点にはならず,農業政策・情報技術・EU 加盟・中小企業支援が 争点になった(195-196 頁)。

エストニアとラトヴィアで国籍法要件と言語政策の緩和が見られたのは,外 圧に対する対応の違いが決定的分岐(critical juncture)になったと考えられる。

だとすれば EU 加盟など「対外政策の方針・開放度合いが違いを生んだ」とす る対抗仮説をどのように考えるのか。やはり政党システムの安定度が決定的だ ったのか,といった疑問が湧く。また,7 章で著者は,「なぜエストニアの政 党システムが安定的であるか直接的には答えられない」(210 頁)と述べてい る。これに対し評者は,エストニアの選挙区が多いために選挙区マグニチュー ド(定数)が小さくなるためではないかと推測するのだが,著者の姿勢は抑制 的である。

終章に当たる 8 章で,著者は本書全体を総括し,研究の含意を明示してい る。それは,民族関係を論じるにあたって,そこに置かれた政治的アクターの 利害関心ならびにその利害関心を規定する構造に目を向けるということ(218 頁)である。本書は中東欧にフォーカスした研究であるがゆえに,知見の外的 妥当性に限界があること(216 頁)に触れている。しかし,民主主義と民族主

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義の関係性は規範的政治学や政治思想的分析において長らく検討され続けてい るテーマである。よってほとんどの研究は,本書のような統計的分析と歴史的 検討によって得られた根拠に基づく実態解明を行ってはいなかった。このこと は評者として強調しなければならない。

本書がたどり着いた結論は次のものである。全体主義的な政治体制を経験 し,有権者の層が比較的同質的な状況で多党競争を担保してしまうと,少数民 族側の利害を政策に反映するよりも,多数派民族側のエスニック・アウトビッ ディングを助長させることに陥りやすい(220 頁)。この結論は,論理的厳密性 を担保したフォーマル・モデルから導出された仮説を大量観察型の計量分析に よって検証するとともに,選挙制度という構造に制約されたアクター間の相互 作用としてとらえられる政治過程の事例研究によって得られたものである。理 論構築は頑健であり,エビデンスの提示は複数の方向からなされている。以上 のことから,中東欧政治のみならず民族政治全般に関心を持つ研究者,および 比較政治学の理論と方法に関心がある研究者はぜひ紐解くべき一冊だといえよ う。評者は本書を地域研究と理論研究が学問的に高度なレベルで結びつきあっ た珠玉の研究であると評したい。

参照

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