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21世紀・現代日本の比較政治 : アジア・欧米との比較

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21世紀・現代日本の比較政治:アジア、欧米との比較

法学・政治学系教授 小沢一彦 キーワード : 電脳ネットワーク共同体 「世界通貨=グローブ」 「世界総生産= GWP」

はじめに

21世紀に入り、グローバル化や情報通信革命のスピードは急速に増し、いまや地球全体がひ とつのネットワークで結ばれているかのようだ。こうした「電脳ネットワーク共同体」の時代 の中において、現代日本政治を他の諸国と比較しておきたい。「世界民主主義度」調査のよう に、10年ごとくらいにこうした地域間の比較が国際的に定期的に行われていれば、後世に対す る貴重な資料を提供するはずである1。比較政治といっても、一定の基準に照らし合わせたも のであるべきで、正統性の確保に重点をおく政治文化論と、経済社会余剰の獲得に重点をおく 政治経済論の両側面よりの比較を試みたい。またはソフトとハード両面からの比較分析といっ てもよいかも知れない。 今回は、主に「2011・3・11震災後の日本」とアジア諸国、および欧米諸国との比較が中心で ある。まだ、大震災で20兆円を超えるような国富の被害を出した日本の最近の調査は数少ない はずで、「縮小した日本」と世界を比べることは復旧から復興へ向かう中で必要な作業でもあ ろう。日本は、20世紀の前半において大きな不幸な戦争を経験し、後半になって高度経済成長 を遂げたが、日本型自由民主主義は根付いたものとなっており、「平和国家」としての信念も揺 らいでいない。 さて、各国と比較して見えてきた日本の特徴を敷衍すれば、近未来の日本はいかなる姿に変 貌するのか。結論を先取りして言えば、政治文化論に関しては、日本型政治は、政治家や政党 レベルでは未熟でも、天皇制や官僚制レベルで国民統合はしっかりと維持されてきており、国 家の安定性、統一性では世界最高級を維持するはずである。また、戦後民主主義体制も根付い ており、平和志向の国民性も変わっていない。だが、福祉国家を維持したままでの少子高齢化 の急進による「生活保守主義」が、生産性が低く競争力の弱い産業界とともに、今後の改革の 阻害要因になる可能性が高い。 また、政治経済論について言えば、輸出志向の欧米アジア・マーケットに依存した経済産業 システムは、為替の変動や欧米諸国の不況などに敏感であり、安定性を失う可能性が高い。今 回は、通常、指標として利用されてきた国力たる国内総生産(GDP)だけで比較をするのでは なく、GDP一人当たりについても焦点を当てながら、比較をしてみたつもりだ。人口の少ない 日本が、アメリカやヨーロッパ連合(EU)、中国、インドよりGDPがいずれ低くなったとして

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もそれは当たり前のことで、各国の一人当たりの付加価値生産の面においても「優劣」を比べ る方がフェアなことのような気がする。さらには国民国家単位では、地域通貨もドルやユーロ では限界があり、「世界共通通貨・グローブ」がいずれ近未来に必要になるはずで、加えて重要 な指標である国内総生産(GDP)についても意味が薄れてきており、世界総生産(GWP)や一 人当たりのGDPによって各国の経済力を総合的に判断すべきではないか。 世界未体験ゾーンとも言うべき少子高齢化の進展により、(「騎馬戦型」から「肩ぐるま型」 とも呼ばれる)少ない若年人口で多数のお年寄りの面倒を見ながら、付加価値の高い製造物を 地球規模で販売するしか、現在の日本の生き残る道はあるまい。日本企業も地球規模で活動す べきで、20世紀同様に21世紀も、何よりも技術革新が資源小国のわが国に不可欠なことであ るのは言うまでもない。中世に人口減少を体験したヨーロッパ、特にイタリアなどが付加価値 の高い商品の開発で発展を維持したように、日本も得意分野に資源を集中し、他国の追随を許 さない競争力を維持すべきであろう2。さらに、日本が財政破綻を回避するためには、ギリシア やイタリア、スペイン、ポルトガルなどの二の舞になる前に、経済成長を輸出拡大や技術革新 で成し遂げ、さらには内政では国民負担率を上げることなどによって今から備えるべきであろ う。日本人の国債保有率が欧州に比べて高いからといって、問題を先送りすればするほど事態 は悪化することは避けられない。いまだに欧州情勢を他人事のように見ているが、何かのきっ かけで急激な円安に振れ始めると、本当に日本の財政破綻、「デフォルト宣言」状態さえもあり うる覚悟をしておくべきであろう。 なお、日本の政治経済の柔軟さには救いが残り、一定の期間をおけば、外部環境に適応する ようである。短期では宮澤喜一や後藤田正晴、ヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger) らの指摘するように15年ごとに、また中期では猪口孝の言うような、織田信長の鉄砲隊(1543 年の西洋からの鉄砲伝来による、軍事技術革命・RMA)による集団主義体制の芽生え、1853年 6月の米国のマシュー・ペリーの来航、さらには、竹下登による1985年のニューヨークでのプ ラザ合意といったような200年ごと、そして長期サイクルでは800年ごとの大きな変化が起き ているように思われる。猪口孝のいうポルトガル商船、ペリー来航、そしてプラザ合意という 「3P」による歴史の画期点に対して、私の言うおよそ800年ごとの長期サイクルとは、4世紀以 降の大和朝廷の成立と律令国家の確立、12世紀の源頼朝主導の関東武士による封建制度の建 設、そして、19世紀終盤の明治維新による近代資本主義国家への変貌である。 こうした歴史的変動を振り返ると、少子高齢化と財政赤字の肥大化により、現状のままでは よほどの政治社会改革と技術革新がない限り、日本経済は長期低落傾向を見せるのではない か。日本中に「福祉(国家)依存症」という甘えが強く残っているが、「親の世代より豊かにな れない時代」が目の前に到来していることは忘れてはならない。ギリシアやイタリアの先例を 見ながら、備えを怠っていた場合に財政危機が深刻化して国家破綻してからではどうにもなら ないことも、忘れずにいて欲しい。

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1.政治文化論(統治の正統性の獲得)

正統性の獲得にも、多様な見方があるが、政治文化論としても、宗教や民族性、歴史、文明・ 文化に着目する分析が存在している。正統性の獲得のためには、政治文化に適合する政治戦略 と政治行動を示さなければならない。正統な権力と認められるためには、土着的な権威感に基 づいたものではならないからだ。 ドイツのマックス・ウェーバー(Max Weber)は、過去からの権威に頼る伝統的支配、個人 的リーダーシップを重視するカリスマ的支配、そして、近代の法治を重視する合理的支配に類 型化している。こうしたものこそが、依頼人である国民に対して代理人(政治家)への信任を 与えるものだという。 政治経済論と政治文化論が結合した事例としては、カール・ヴィットフォーゲル(Karl Wittfogel)の農業の灌漑事業と暴君的な支配者誕生の因果関係を表したもの、さらには、ルシ アン・パイ(Lucian W. Pye)やシオドア・ドゥ・バリー(Theodore de Bary)が儒教を含む政 治文化論で政治体制を考えようとする立場が存在する3 アジアは儒教文明圏であるから発展するとか、アジア型民主主義、アジア的価値があるとい うのもそうした文化・文明に着目した分析である。文化はシンボルや言語、歴史などの多様な 標識によって、分析対象を浮かび上がらせるもので、以下のような日本の「標識」を欧米やア ジアと比較してみたい4 (1)正統性に関しては、天皇制の確立のより、日本は4世紀ごろからの大和朝廷以来、統治 体制の安定性、堅牢性は世界でも最高位にある。過去の国家の危機の事態にも、その度に公家 から人材が出て、政治的危機を脱する解決策をうち出したものである。また、統治システムが 安定しているがゆえに、「3・11大震災」でも、暴動や略奪などは起きずに、日本人の大半は冷 静に行動できたのだろう5 ただし、それは政治分野の一側面の話で、天皇制や官僚機構レベルの話で、首相が頻繁に交 代する日本の政治制度は、日本の国際的なプレゼンスやリーダーシップを大きく毀損している ように思う。そして失礼ながら、個々の政治家のレベルでも、大国の政治指導者には引き離さ れているのではないか。米国も独立戦争や南北戦争はあったものの、まずまずの安定性である のに対して、欧州は変革の嵐、中国も変革や分裂、さらには異民族支配時代の影響も強い。 まずはアジア地域であるが、現代中国はその版図を含めほぼ大清帝国の遺産を引き継いでい る。「中国」という国名も2011年に100周年を迎えた1911年の辛亥革命以降だ。さらには、「中 華民族(漢民族)」というのも、「ソビエト民族」同様、国民統合のために用意されたフィクショ ンにしか過ぎない6(注5)。自己申告制が基本のため、あえて中華民族を名乗ったり、逆に優 遇政策を期待して少数民族を名乗ったりと、実際の区分は厳密ではないようだ。中国政治に関 しては、一党優位の国民包括型多元主義システムだと考えられよう。韓国については、4000年 以上前の檀君による古朝鮮がルーツとされている。ところが、王朝断絶も多く、連続性から見 ると、7世紀に新羅が百済を滅ぼし、高句麗の領土を唐と分割統治したことに始まるのではな いか。1980年代の「漢江の奇跡」と呼ばれた韓国の民主化と経済的成功は、台湾同様に世界史

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的成功モデルでもある。あとはいかに「北朝鮮との再統合」を、ソフトランディングで処理す るかの問題が近未来に控えている7 韓国に関して付け加えると、日本とは異なり、政治エリート層と土地所有が一致することが 多く、その権力闘争は一族の命運を左右するため熾烈を極めた。さらには、政治風土としての 地方分権の性格も強く残るため、韓国政治体制については、多党制の大統領・官僚主導型の多 元主義と定義できるかも知れない。 欧州では、フランク王国が基礎となっており、三分裂した後は、フランスがほぼ西フランク 王国、ドイツとイタリアは、長らく分裂状態が継続している。中世以降、神聖ローマ帝国が中 央ヨーロッパに君臨するが、皇帝はあくまでも象徴的、名目的な状態のままで、実態は封建諸 侯の連合体に過ぎなかった。ドイツの選帝侯たちは、晴天が多く温暖で暮らしやすい「イタリ ア政策」に夢中になり、本体であるはずのドイツの政治体制の向上には積極的に関与しない場 合もあり、長らく分裂状態が続いた。 イギリスは、「UK」や「GB」という国名の通り、4つの連合王国体で、1066年のフランス・ ノルマンディー地方より出撃した「ノルマン・コンクエスト(ノルマン人による支配)」以来、 ほぼ安定している。ただし、20世紀末より、アイルランドやスコットランドの分離独立運動が 盛んになり、ヨーロッパ連合(EU)での統合(インテグレーション)に反発する、フラグメン テーション(細分・分散)化の波が押し寄せてきている。グローバル化への反応として、地域 や社会にも統合と分散が同時に起こっているのである。欧州の大半の政治体制は、一部で地方 主義や民族独立運動があるものの、多党制の国民包括型・多元主義と定義できようか8 ロシアは、キエフ大国と言うノルマンの遺産はあるが、元が台頭していた13世紀にモンゴル 人のキプチャク汗国下で、ドイツ騎士団を撃退した功績により建国されたモスクワ大公国がそ の先駆けだ。ロシア西部の内陸だけであったものが、中世後期以降、領土拡張政策で17世紀に オホーツク海とバルト海、さらには18世紀に黒海に進出。ロシア革命以降のソ連帝国の拡張主 義は、1991年のソ連崩壊で停止。周辺に民族独立運動問題を抱えたほか、国内でも日本同様に 少子高齢化が進行し人口減少に悩まされている。 ソ連崩壊後、ボリス・エリツィンに引き継いで登場した元KGB(旧ソ連国家保安委員会)出 身のウラジミール・プーチン政権は、豊富な資源と軍事力を武器に「偉大なロシアの復権」に 尽力しているのだが、広大なロシアの最大の脅威は何といっても少数民族による分離独立主義 や人口減少問題であろう。ロシアに関しては、一党優位の国民非包括型・多元主義的権威主義 とでも定義できようか。 (2)政治体制、政治制度。これらも正統性を支えるのに不可欠の要素である。 猪口孝のいうように、日本政治に関しては「官僚主導・国民包括型・多元主義」がいまだに 通用しているように思う。1980年代ごろより、総理大臣はじめ議員のレベルの低下は顕著だが、 官僚制度がその欠陥を補完している。民主党の政権交代の際に唱えた「政治主導」も空洞化し、 実態を見ると掛け声だけで終わってしまった感が強い。 さらに、ほぼ衆議院と機能や選挙制度の変わらない、定数についても一票の格差の大きな参

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義院での「ねじれ国会」が、「年代わり総理」とともに日本政治を時代遅れの陳腐なものとして いる。「政治三流、経済一流」と呼ばれるように、冷戦時代の民間主導の経済発展と、その内外 での蓄積で何とか凌いできただけではないのか。 アジア諸国では、中国共産党による政治体制を猪口孝の三つの類型に従って、「一党優位の 多元主義体制」であると筆者とは見ているが、その「独裁政治」は、地方での複数立候補制や、 制御不能のインターネットでの国民世論の高まりにより次第に変化し始めている。2011年の新 幹線の事故処理問題で政府批判が高まった後には、建設スピードを人材育成と同様の速さに抑 制するなど、民意の動向に対しても以前とは比べものにならないほど敏感となってきている。 やはり荀子のいうように、「人民は海、君主は小船」なのかも知れない。 日本においては、欧米やロシア、中国のような「制度的エリート産出システム」が確立され ていない。アメリカ大統領選挙のような、長期間にわたる多方面からのエリート選別システム や、フランスのような高級官僚養成用の「国立行政学院(ENA)」「エコール・ノルマン(高等師 範)」「エコール・ポリテクニーク(国防省理工学校)」などのグランゼコールなどの「日本型・ 政治家養成バージョン」の創設の道もある9のではないか。 または、中国やロシアのように幹部を政府の要職に抜擢して、10年かけて鍛え上げるという のも一案だ。そして最低、総理大臣は議員としてのひとつの任期まで務めるなどの一定の制約 が必要かもしれない。首相公選制の方が、安定性が強いとの指摘もよく見かけるが、イスラエ ルでは、大統領と首相が「ねじれ」を起こし議会が行き詰まった事例もあり、また人気投票に なる危険性も考え合わせると導入コストの方が高いように思える。 さらには政党政治に関しても、1993 年からの細川護熙・羽田孜政権を除く、1955 年から 2009年まで、半世紀以上も継続した自由民主党の一党優位体制のため、民主党含めかつての野 党は政権交代に不慣れで、野党時代の慣性が働くのかいまだに与党としても官僚との関係にお いてもぎくしゃくした体制が続いている。時間とともに、日本の政党政治も成熟するであろう が、21世紀にあるべき政党像、および新たなガバナンスを考える時であろう。 (3)憲法、議会制民主主義に関しては、日本の1889年の大日本帝国憲(明治憲法)も民主主 義(アジア初の憲政)の芽生えだったことがわかる。たとえば、明治憲法下での天皇の権限も、 軍部が悪用するまでは、イギリスやベルギーと変わることなく、文字通り立憲君主制であった。 英国は議会制民主主義の伝統は長いが、マグナ・カルタ以来、成文憲法もなく慣習法でやって きた。ただし、最近は怪しくなってきたが、これまでは保守党と労働党での政権交代ある二大 政党制、議院内閣制はうまく機能してきた。 フランスはあらゆる分野を網羅した2281条から成る、1804年のナポレオン法典以来、各種 の法的制度化が進んでいる。19世紀後半以降、政治は不安定化していたが、シャルル・ドゴー ルの下で1958年に「第五共和制」に移行し、直接選挙で選ばれた強力な大統領が登場するよう に変化した。現在でもありとあらゆる統治行為にフランス革命精神を見ることができるが、今 後は旧植民地からの移民対応が試金石だ。 国会で野党が多数を占める場合でも、大統領が外交や国防、野党党首が内政を分担すること

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が慣例化している。サミットなどでの、ニコラ・サルコジなどの歴代大統領の強力なリーダー シップの源泉はここにあるのである。さらには、ナポレオン・ボナパルト以来の伝統的で合理 的な官僚制度も機能しており、人材が育成されながらヨーロッパ連合をはじめ、各種の国際機 関に有能な人材を送り出している。 アメリカも「建国の父」たちによる1776年の独立宣言や1787年のフィラデルフィアでの憲 法制定会議で採択された合衆国憲法を始め、自由民主主義的法律制度を有する。一年以上をか けて予備選挙で大統領を選ぶ仕組みは、きわめて民主主義的で理想的だが、「人気投票」的要素 も強く、振り子のように大きく振れる政策的変更についても非整合性が指摘されている。たと えば、大統領とアメリカ議会による「ねじれ」が条約の批准などの国際的責務を果たす障害と なり、予算執行が危ぶまれるといった綱渡り的事態も続出している10 (4)組織の集団主義:官僚機構や大企業に見られるように、集団主義は組織の結束と一定の 方向性を保ち、当該組織の安定性を高めることでは優位な立場にある。戦後の日本型経営につ いては先行研究も多いが、終身雇用制や年功序列型賃金制度、コンセンサス型政策決定、フリ ンジ・ベネフィットなどの特徴を有する。日本のエリート集団では便益と秘匿性が高いが、逆 に集団間での格差は大きい。また、同じ組織内でさえ、国際競争にさらされている航空業界の ように、子会社や格安航空会社に新規採用社員を移すなど、世代間の格差も最近ではよく見か ける11。  猪口孝は池上英子の『名誉と順応』(2000年)を引用し、中世後期(江戸時代など)からの名 誉的個人主義から名誉的集団主義への変化に着目しているが、筆者はより日本の秩序形成原理 に影響を与えた、マクロな歴史的画期点を、大和朝廷の律令制度や鎌倉幕府による封建制時代 の開始、そして近代国家の開始、国民国家建設は明治維新からに置いており、公家などの官僚 集団や守護や地頭などの関東武士団などという、一種の中間集団は過去においても育っていた と考えている12 21世紀は「電脳ネットワーク共同体」が文明としての受け皿になるため、20世紀型のヒエラ ルキー構造の組織は陳腐化し、よりフラットでグローバルな組織が台頭するはずである。官僚 機構などのヒエラルキー型組織に優秀な人材が集まりにくくなり、電力会社などの優良企業が 危機管理で行き詰まるなど、改革のできない「日本病」や適材適所ができずに、人材の非流動 性や硬直したままの「大組織病」が国内に蔓延しているかのようだ。 技術の革新はうまくいくのに組織の改革には時間がかかるのが、日本の制度設計上の欠点 だ。よく日本についていわれることだが、兵士や社員は優秀なのだが、将校や企業幹部など上 に行けば行くほど、そうではないようだ。グローバル・マーケットの時代に、相変わらず公私 混同しているような会社の、企業ガバナンスの向上が厳しく問われるところである。 グローバル化の進展や情報通信革命により、今後はおそらく20世紀型のヒエラルキー形態 の大規模な組織は衰退し、多極分散型のネットワークによるフラットな組織形態に変化してゆ くのではないか。国民国家ですらグローカル化の進展により急速に空洞化しており、大企業ほ かの組織も生き残りのために、同様の変化対応を迫られるであろう。急激に変化する組織形態

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上の摩擦が、最近急増している現代人の疲れやストレスの元となっているのではないか。 (5)ソーシャル・キャピタル:人々が社会から受ける、ハードやソフトの便益をいうが、「社 会資本」などと日本語にすると公共事業など他の概念との区別ともまぎらわしく、日本語では 定義が困難であり、なじみも薄い。「NGO・NPO」やボランティア、「友愛」などとも異なるし、 やはり21世紀型の概念なのであろう。政治腐敗や政界の混乱で、日本とよく比較されるイタリ ア政治をソーシャル・キャピタル問題で指摘したロバート・パットナム(Robert Puttnam)に 対して、ジョヴァンニ・サルトーリ(Giovanni Sartori)は「彼はイタリア人の心を知らないと 一蹴している論争は興味深い13 ロバート・パットナムによる『ボーリング・アローン』にも見られるように、グローバルで 電子個人主義的な時代背景の中、「孤独な引きこもり現象」と開放系の「電脳ネットワーク社 会」に二極化している。前回の大統領選挙での民主党のバラク・オバマ対共和党のジョン・マ ケインの対決も、草の根民衆対エリート、キリスト教右派組織の対立の要素が強かった。その 後オバマ大統領による改革における数々の失策により、「ワシントンの政治家」やグローバル 化に対するアメリカ国民の信任は低下が続いている。財政赤字の肥大化や企業の業績低迷、そ して失業率の上昇など、アメリカ経済自体の不調による「貧すれば鈍する」状況で、「われらの 大統領」が登場しにくい雰囲気となっている14 一方、社会学的には、「電子個人主義」対「電脳ネットワーク共同体主義(集団主義)」とも換 言できようか。17世紀以来のウェストファリア体制による国民国家の全盛期は終わり、非政府 団体(NGO)や非営利組織(NPO)などの非政府集団や、多国籍企業、アノニマスのような、 「ネットワーク上の組織」が猛威を振るいだしたのだ。ipodはじめ、膨大な電子情報が世界中を 飛び交う中、ツィッターやブログ、SNSなど情報量の爆発は人類史上類を見ないほどに膨大に なっている15。現代社会の中での個人は、まるで情報の大海に浮かんでいる、孤独な小船の乗 組員のようなものだ。安価になった膨大な情報の保有量より、正確な情報の選別や鑑識眼の方 がより付加価値が高くなっている。「情報部門のソムリエ」が、今後の世界では希少価値による 活躍の場を見出すであろう。 ただし、インターネット上でのバーチャル空間は、一見「国民大多数の草の根代表」と誤解 されがちだが、「技術ギャップ」もあり、世代間や組織間、国の発展段階で大きな差異が存在す る。世論操作や周囲から「空気を読むことを強制される現象」、もしくは個人や集団に対するバ ッシングや、ブログ炎上などの現代版「異端審問」が存在することも忘れてはならない。情報 の過多時代において、良質の貴重な情報のみを見つけだすような「情報のソムリエ」が不可欠 な所以である16 韓国などでは、ネット攻撃などによりテレビや映画スターが自殺したことが話題となり、ま た日本でも「振り込め詐欺」の横行、「D・DOS攻撃」を含む世界各国の政府や大企業がサイバ ー攻撃を受けるといった負の影響が強まっている。いかなる技術も、「矛盾」のことわざ同様、 善悪両面の機能を持つものなのだ。 「ウィキリークス事件」で明らかになったように、テロリストを含む、あらゆる組織が出入り

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するネット上では、もはや「国家機密」などは世界の公共財へと変化し、余程のコストと手間 隙をかけない限り保全できない時代になってしまったのだ。さらに言えば、サイバー攻撃主体 も他の集団から攻撃を受ける可能性もあるわけで、「地球上に安全地帯などどこにも存在しな い」状況が生まれているのだ。今後、世界のいかなる政府も、企業も個人も、この種のサイバ ー攻撃からの自衛手段を取らない限り、下手をすると体制変更や倒産、振り込め詐欺まで生じ るほどのダメージを被るはずである。北アフリカや中東の独裁政権を打倒した「アラブの春」 の裏にも、こうした情報革命上の成果があったのだ。 まとめると、政治文化論的には電脳ネットワーク共同体時代に向けた21世紀型の国民国家 とは別の政治が不可欠で、それが実現するまではグローバルなアイデンティティを強める市民 を旧来の国民国家の指導者が面倒を見ていくという綱渡り的な芸(アート)が不可欠となって いる。

2.政治経済論(経済剰余の蓄積)

アジアで急速に注目されているのが、政治経済論である。なぜか、アジア諸国の達成した経 済成功、特に国家の果たした成功を知りたいがためである。国家がどのように社会剰余の蓄積 を促進するか、そしてそれを利用して自分たちの活動を推進するかに関心が集まっている。 経済社会剰余の蓄積は国富の蓄積とも関連し、ある意味国家はこれらの再生産の上に成立し ている。したがって、国民国家が大きな政治力を発揮するには、経済剰余生産部門の発展を助 けねばならない。国富が増えれば増えるほど、政治エリートも民衆も生活の豊かさを楽しめる のである。国民もこうした経済配分を受けることで家計を成り立たせ、経済的循環を生み出し ているのだ。日本は、戦後の高度経済成長などにより、世界第二の経済大国となったが、2010 年に中国に抜かれて第三位に下がっている。ただし、人口はわずか1億3千万人弱で37万平方 キロメートルの面積の日本が、世界の諸大国と競争できるほどの経済力を持っていることの方 がむしろ奇跡的だ。これらの奇跡を可能とした、戦後日本の企業を特徴づけたのが、米ソ冷戦 構造下での終身雇用制度や年功序列型賃金、さらにはコンセンサス形成型意思決定システム だ17 (1)経済成長率:「失われた20年」の続く日本や、リーマンショック以の欧米経済は低迷が 続いたままで、不安定になっている。特に日本の国内総生産(GDP)は縮小を始め、財政赤字 は反比例して増大。さらには日本国債の暴落の可能性すら指摘され、急激な円高で輸出主導の 成長戦略にも赤信号がともっている。高度経済成長の末期に、一時経済成長を軽んじる論調が 一世を風靡したが、資本主義システムを採用する以上、「成長なくして福祉もなし」ではないの か。 引き続く円高や成功神話や経済発展段階説などが、日本の旧来の経営システムを変革し、製 造業を中心に人材の空洞化を招いている。中国や韓国の成長発展振りを見れば、やはり勤勉や 努力にしか未来はないことは一目瞭然だ。円高や供給不安の高まりで日本の自動車製造はコス ト高となり、「いずれは自動車産業そのものが崩壊する」とまでトヨタの社長が危機を訴える

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ほど事態は深刻なのだ。 貿易自由化に反するような鎖国体制の日本のままでは、大企業は国外に移転し、工業地帯や 地方の過疎化も急激に進むはずだ。ミクロの利益より、マクロで複合的利益を考慮した政策形 成が必要である。欧米もギリシアやイタリアほかの財政危機に直面し、当分の間、日本政府や 日本企業に対しては、薄氷を踏むような経済金融運営を市場から迫られ続けるであろう。 逆にBRICSなどの新興諸国は、豊富な資源や高度になった技術を武器に躍進。2011年のフ ランス、カンヌでの「G20サミット」でも、BRICSはじめ途上国の方にはるかに余裕が見られ た。中国やインドは人口が巨大で、市場の潜在力も高く、またロシアやブラジル、南アフリカ は鉱物資源が豊富で、先進国の経済の行き詰まりを打開する新たなマーケットの担い手として 期待されている18 日本が21世紀に中程度の経済大国として生き残るには、こうした中国やインドの「成長のエ ンジン」に自らを絡め、うまく牽引してもらうしか妙案はないのではないか。日本がアメリカ やドイツとともに「景気牽引の機関車」であった時代は、はるかかなたの昔話になった。 (2)GDP、一人当たりGDP:日本は為替の影響もあり、経済的には意外に健闘している。だ が、これは、1 ドル 75 円前後や 1 ユーロ 100 円前後という異常な数値の反映にしか過ぎない。 ただし、次第にアジアほかの新興諸国に追いつかれるのは確かだろう。1980年代に軍事政権を 打倒した民主化運動以降、韓国や台湾ほかでも中間階層の成長が目立っている。 購買力平価で見た場合、一人当たりのGDP世界順位は、1900年から2010年まで米国がほぼ 1位を独占。日本はバブル崩壊後の1992年の2位が最高で減少傾向にある。中国は1992年には 3位であったものが、2010年には2位。インドは同時期に9位と4位となり、ロシアも同様に5 位と6位、ブラジルも10位と8位で、やはりBRICSの伸張には目を見張るものがある。経済の 主要アクターの増加は国際競争を激化させるが、マクロ的視点で見ると富の創出にとっては良 いことではないか19 同様に国連資料や国際通貨基金の資料などを参照して算出すると、2010 年の一人当たり GDPも比較的小国ばかりなのではあるが、1位から5位までが、ルクセンブルグ、ノルウェー、 カタール、スイス、アラブ首長国連邦となっており、日本は16位で2000年の3位から急降下し ている。アジア諸国では、シンガポールが15位、購買力平価で見ても、香港の8位、台湾の21 位に比べ、日本は25位となり、26位の韓国とほぼ同様の水準の「平均的な豊かさの国」に変貌 している。衣食住などの生活スタイルを見ても、欧州と比べてほぼ同様なレベルではないか。 アジア周辺諸国の経済的台頭により、「豊かな国・日本」という自己イメージは相対化され、幻 想になりつつある。 ここ最近顕著な欧米紙誌の刺激的なタイトルではないが、「親の時代のような豊かになれな い世代の時代」「集団自殺する日本」「改革のできない後ろ向きの日本病」の時代に入ってしま ったのだ。経済剰余の獲得のため国民の経済発展をすることが求められ、さらには正統性の確 保のため、安全保障を与えるべき国家に、こうした経済的低迷は大きな足かせとなっている20 (3)失業率:どれくらいの優秀な労働人口を有効利用しているかも、その国の競争力を見る

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上では不可避なことである。日本は独特の経営体質もあって、欧米や他のアジア諸国と比べて も、自発的に職を持たない人は極端に少ない。かつては2%以下、現在でも5%程度ではない か。欧米の10%から20%に近い失業率は不安定な社会をもたらしやすく、かつ貧富の格差に 関する国民からの抗議を受けやすい体質を生みやすい。 オランダや北欧以外の、アングロ・サクソン諸国は雇用に関して上下の変動が激しい。イギ リスでのデイビッド・キャメロン連立政権への国民の暴動は記憶に新しい。ただし、日本の場 合、夫婦共稼ぎへのしわ寄せや、フリーターなどの非正規雇用が急増して、労働市場・雇用の 「調整弁」「安全弁」とされているきらいがあることには留意すべきである。 集団間の貧富の格差を調査する指標にジニ係数(貧困率を表すものだが、為替や統計上の変 動も大きい)というものがあるが、先進国では、スウェーデンやドイツ、日本で低く(低いほ ど貧富の格差が少ない)、アメリカやイギリス、中国、ロシア、メキシコなどで高い。昔ほどで はないにせよ、まだ日本経済を分厚い中間階層が支えていることが伺える数字だ21 また、「一億総中流」の残滓は教育への良い影響も与え、後述の教育水準でも取り上げたよう に、大学や短大への進学率が同世代の半数に達しているのも、高等教育に幅広い家庭が家計を 投下できる証しとも考えられる。親の世代の学歴に比べ、明らかに最近の若年労働者層は高い 教育サービスを受けてきたのだ。ただし、学級崩壊や欧米への留学生の減少などの教育の空洞 化も進み、日本の生産性や技術力を支えるべき近未来の教育水準の低下が懸念される22 労働政策では、他国との比較では、ヨーロッパでは、失業手当の給付から就業促進政策に重 点を移した「積極的労働市場政策(ALMP)」などが採用され、失業保険の給付条件として、職 業訓練を受けることや求人活動を要求している。 たとえば、ドイツでは雇用保険による失業保険以外に、希望する職ではない低賃金、不安定 雇用であっても、強制的指定先の受け入れにより、追加手当が受け取れる政策を実施している。 フランスでは、2006年に「初期雇用契約(CPE)」を政府提案したが、「解雇の乱発につながる」 とする学生や組合の猛反発で撤回を余儀なくされた。スウェーデンでは「福祉国家」であった こともあり、連帯賃金制度を導入していることから、大企業での賃金を抑制せざるを得ず、ま た競争力の弱い中小企業は高賃金が支払えずに、福祉などの公共セクターでの大量雇用を実現 している23 (4)教育水準:教育水準は未来の経済力を表す一つの指標ともなる。教育水準が高ければ高 いほど、情報通信革命時代には国際競争力の向上には都合が良い。江戸期には、藩校や寺子屋 が存在し、低レベルながらも、読み書き算盤くらいは、全国規模で教えられていた教育インフ ラがあったことは世界に誇っても良かろう。いまだに世界の大半で読み書きもできない国々が ある中、高度な漢字はともかく庶民でさえ「かわら版」くらいの文字が読めたことは、驚嘆に 値する。江戸幕藩体制270年の中で、各藩は殿様の名誉のためにも、草の根民衆の教育に注力 したのであろう。有名なところでは、大坂の適塾ほか、明治維新の志士を輩出した吉田松陰が 教えた萩の松下村塾が私塾としては有名である24 さらには明治維新以降、アジア的教育熱心と近代欧米の教育制度で、日本の民度は世界最高

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レベルに達した。科挙を支えた儒教の持つ教育熱心さと、明治新政府による殖産興業、富国強 兵政策により、欧米の高い文明が急速に浸透し、柔軟な日本人はそれをすばやく取り入れマス ターしたのだ。 しかし、日本的経営による学歴に比べての雇用や収入での悪平等や、医師や裁判官などの特 殊職業の優位、そして最近のグローバル化の進展により、学習意欲の低下が日本では著しい。 分厚い中間層の子弟教育の時代は終わり、欧米のように一部エリート候補生とその他に二極化 し始めているのではないか。 経済協力開発機構(OECD)では、15歳の子供を対象とした学習到達度テストを、読解力、 数学的リテラシー、科学的リテラシーに対して3年ごとに実施している。最近の試験では、中 国では上海に限り試みで実施をしたが、全科目で1位であり、今後の中国の経済的・科学的台 頭をうかがわせるのに十分であった25 もっとも、世界がグローバル化時代に欲しい人材養成の手本として注目しているのは、北欧 のフィンランドで、少人数クラス、落ちこぼれ防止のきめ細かい教育、科学教育の重視などで 成果をあげている。OECDの学習到達度テストについては、韓国やシンガポールなどの儒教圏 アジアでの高得点と、欧州ではドイツが高いが、イギリス、フランス、イタリア、スウェーデ ン、ロシアともにそれほど良くなく、イギリスのように「話し言葉で階級がわかる」といった、 一部エリートと大衆の学力・経済格差を思い起こさせるものである。 (5)少子高齢化:世界史的にもまれに見る急速な少子高齢化で、日本の未来に赤信号が灯っ ている。やはり、若年労働人口が減り、社会福祉に依存する高齢者が増大すれば、常識的に考 えて国民負担率は上昇する。また、介護などにも時間が割かれ、仕事や余暇などへの時間の配 分も減少する。2025年ごろの近未来に日本とともに中国も急激に高齢化し、その社会保障維持 コストが経済成長を引っ張るはずだ。 若年労働人口の急減により、長期的には日本のGDPや生産性を引き下げる危険性が懸念さ れる。実際に1991年のバブル崩壊後からの「失われた20年」により、日本のGDPには低下、 縮小傾向が見受けられる。さらには、単純労働者も減少傾向にあり、数々の問題はあっても外 国人労働者の一定期間の受け入れが現実味を帯びている26 日本の少子化には、主に二側面があり、子供の教育費の高さや住宅の狭さがあげられている。 バブルがはじけたにも関わらず日本の都市部の土地や建物は高価なままで、家賃も下方硬直的 で、それほど安くはなっていない。教育費が高い欧米諸国もあるので教育投資・負担だけが原 因ではないが、国土交通省の資料で住宅政策についてみると、住宅一人当たりの面積で見ると、 日本はわずか38平方メートルで、フランスの41、ドイツの43、イギリスの44平方メートルに も及ばない。アメリカは世界最大級で、65平方メートルとずば抜けている。家賃水準でも、東 京、モスクワ、ソウル、ロンドン、ニューヨークなどの主要都市間の比較で日本は世界一高く、 子供を多く持てない物理的阻害要因となっていることは確かだ。 そこで、少子化対策上考えるべきは、子供を持つ負担を、物理的にも金銭的にも軽くするこ とである。子供一人当たりに対するフランスの様な手厚い子育て支援策や、ワーク・シェアリ

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ングなどにより、経済的余力と手の空いた時間を夫婦ともに与えれば、子供を持つ動機も高ま るのではないか。効果的な施策を何もせずに、ただ「産めよ、増やせよ」といっても、人口は 減少の一途をたどるだけである。世界人口が21世紀後半に100億人を目指してアフリカやアジ アを中心に爆発的に増加している中で、2050年くらいには日本人は7,8千万人ほどに減少す ると予想され、「世界のマイノリティ」として日本列島でひっそりと暮らしてゆくのであろ う27 (6)財政赤字:日本が将来に希望の持てない最大の懸念材料が累積債務残高の高さであろう。 欧州連合(EU)の混乱ぶりを対岸の火事のように見ているが他人事ではないように思う。デフ ォルト寸前のギリシアが、財政赤字の規模が対GDP比140%だとすれば、イタリアは120%。 日本は日本人による保有は多いことと、巨額の国民資産の存在、負担率の低さからの余裕から 切羽詰ってはいないものの、200%を超える異常事態が継続している。今後は「軽負担の割に、 手厚い福祉社会国家」を大改造し、ヨーロッパ並みの「国民の幅広い階層に対して中福祉、中 負担を要求せざるを得ない」ことには持続的発展はできなくなるはずだ28 なぜ、ここまで悪化したのかというと、右肩上がり成長の1970年代に社会福祉国家に舵を切 った途端にオイル・ショックに見舞われ、税制の抜本的見直しもしないまま法人税や所得税な どの「儲け」に着目した税収に依存してしまったからだ。 本来は、かつての欧州のように福祉国家を目指すのであれば、安定して国民の幅広い層に課 税する消費税や付加価値税に移行すべきところを、高度経済成長の慣性に怠ってしまったツケ である。増税問題に関する選挙での有権者からの反発もこれに拍車をかけた。 国際通貨基金(IMF)やOECDなどの資料を参照すると、世界の国民負担率(2008年USド ル)では、イタリアが62.7%、フランスが61.1%、スウェーデンが59%、ドイツが52%、イギ リスが46.8%である。日本はわずか40.6%で、アメリカよりは高いが欧州各国よりは低い水準 だ。逆にいえば、他国よりは国民負担率に大きな余裕があるため、消費税や相続税など幅広い 枠組みのフラットな構造の徴税システムに変更し、より持続可能な福祉体制を目指すべきであ ろう。

おわりに

以上、見てきたように、「2011・3・11後」の将来に不安を抱く日本が、どのように変化して ゆくのかを国際比較してきた。グローバル化と情報通信革命という外的環境の変化を受けて、 内向き方向へのベクトルと、外向き方向へのベクトルの両方の力学が働いているのではない か。 現代日本を多様な観点より見直すと、正統性の確保については、政治家、政党レベルでは未 熟で不安定ながら統治システムそのものは強靭で、堅牢性が高い。ただし、柔軟ではあるのだ が変化に15年ほども必要とされるなど時間がかかりすぎ、21世紀のスピード感(「ドッグ・イ アー」)の要求されるグローバル化の時代をうまくやってゆけるか否かに不安が残る状況だ。 政治経済論では、国民国家の富の創出能力より地球規模での総生産(GWP)や開発力が問わ

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れる状況となり、国家間競争は意味が薄れてきている。日本は、1980年代のバブルの教訓や円 高効果もあって、リーマンショックや「3・11大震災」以降、それほどひどい経済状況には陥っ てはおらずに、今のところ救われている。ただし、行き過ぎた円高は輸出産業を空洞化させる 上、また為替の変動はいつまで継続するかは未定で、急激な変化が起これば、財政赤字問題に 赤信号がともる危険性も高い。富の生産においても、現在の日本では税制でも為替対策でも、 さらには人件費においても、ビジネスのやり難い状況が継続している。アジアの成長のエンジ ンとのリンクも力不足で、経済の空洞化を食い止める政策努力も非力なままである。20世紀後 半の経済政策の惰性の延長線上には、何の明るい未来もないことを自覚すべきだろう。 いずれにせよ、「電脳ネットワーク共同体」に世界が向かっている以上、新しい状況に対応し た日本社会の変革が待ったなしだ。「徳川モデル」のまま「ガラパゴス化」してゆくのは、日本 の自滅以外の何物でもない。「3・11大震災」で復興再生が必要なのは東日本のみならず、日本 全体のことであるべきだ。日本の富を稼ぐ成長分野に選択と集中し、人材を世界標準で鍛え上 げてこそ、21世紀の日本の停滞を少しでも緩和できるのではなかろうか。これまでの「日本型 経済」の延長線上には、暗く貧しい未来しか待ち受けてはいないのだ。 「平成の開国」は、以前からの公約のはずだが、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉 や東アジアの経済連携にすら熱意が感じられない。日本の「ガラパゴス化」にさらに拍車をか け、さらに孤立してゆくのか、それとも「開国派」がふんばり、生産性の低い部門を大改造し て国際競争力の高い国として生き延びてゆくのか待ったなしのところに来ている。

1 猪口孝他編著(1999)『現代民主主義の変容』有斐閣。 2 イタリアのベネチアグラスの製造などの商品の付加価値化努力など。 3 政府主導の東アジアの経済発展については、世界銀行著(1994)『東アジアの奇跡』東洋経済新報社 があるほか、青木昌彦他編著(1997)『東アジアの経済発展と政府の役割』日本経済新聞社などを参照 のこと。 4 アジア的価値については、板谷茂他著(1995)『アジア発展のエートス』勁草書房、特に第2章、柳 太洙論文に詳しい。 5 日本型の統治の正統性については、八幡和郎(2008)『歴代天皇列伝』PHP研究所などを参照した。 6 坂元ひろ子(2004)『中国民族主義の神話』岩波書店、天児慧(1992)『中国』(東アジアの国家と社 会1)東京大学出版会などを参照。 7 服部民夫(1992)『韓国』(東アジアの国家と社会4)東京大学出版会。 8 フランスほか欧州の政治行政については、升味準之輔(1990)『比較政治 西欧と日本』東京大学出 版会などを参照。 9 フランスの人材育成に関しては、仏国立行政学院に留学経験を持つ、八幡和郎氏へのインタビュ ー。 10 フォーリン・アフェアーズ・ジャパン編・監訳(2003)『ネオコンとアメリカ帝国の幻想』朝日新聞 社、吉原欽一編著(2000)『現代アメリカの政治権力構造』日本評論社などを参照。 11 日本航空(JAL)や全日本空輸(ANA)といった日本を代表する企業の業務形態事例などがその代 表的事例ではないか。 12 池上英子(2000)『名誉と順応 サムライ精神の歴史社会学』NTT出版

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13 「ソーシャル・キャピタル」とは、日本では聞き慣れない言葉なのではあるが、人間関係や絆、社 会的サポート、ボランティア、NGO、NPOなどの一種の人間関係のネットワークやセイフティーネッ トを意味する。 「若者」に関する分析では、古市憲寿の『絶望の国の幸福な若者たち』講談社、2011年 が興味深い。 14 久保文明編著(2003)『G・W・ブッシュ政権とアメリカの保守勢力』日本国際問題研究所などを参 照。 15 ナイ,ジョセフ・S・ジュニア/デイヴィッド・A・ウェルチ(著),田中明彦/村田晃嗣(訳)(2011) 『国際紛争』有斐閣。 16 『朝日新聞』2011.11.7。 17 1980年代に一時もてはやされた「日本的経営」。 18 「カンヌ・G20サミット」、2011年11月初旬にフランスで開催。 19 『朝日新聞』2011.1.20、または、日本経済新聞社『アジア繁栄への構想』日本経済新聞社、1996年、 洪夏祥著、金重明訳『やがて中国が世界を制覇する!』廣済堂出版、2002年、門倉貴史『図説BRICs経 済、日本経済新聞社、2005年などを参照。 20 「日本経済衰弱死のシナリオ」『ニューズウィーク』2002年3月13日号、ほか欧米紙誌。 21 ジニ係数などの貧富の格差拡大傾向については、『朝日新聞』2005.4.17などを参照。 22 榊原英資慶応大学教授、『日本経済新聞』2003年10月13日、『週刊ダイヤモンド』2006年1月28 日、教育水準と経済格差などを参照。 23 北欧については、岡沢憲芙監訳(1998)『北欧の政治』早稲田大学出版会、藤井威(2002)『スウェー デン・スペシャル』新評論などを参照。 24 長州の藩士、吉田松陰、アメリカ密航未遂を罪に問われ、わずか満29歳の若さで武蔵野にて処刑 される。 25 OECD「世界教育テスト結果」。 26 「どうする少子化」『朝日新聞』2006年1月7日、『朝日新聞』2010.12.1。 27 現在70億人を超えた地球人口は、2050年までには100億人を超えるとされている。増加する大半 はアフリカとアジア諸国である。 28 欧州財政赤字に関しては多数あるが、『朝日新聞』2010.6.2などを参照。

参照

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