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『宗教研究』季刊第3年第2輯(*108号)

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(1)

――目次――

1,

ケルト異教神話の基督教化,松村武雄,Takeo MATSUMURA,pp.1-33.

2,

満州の回教について,赤松智城,Chizyō AKAMATSU,pp.34-45.

3,

天平の世界観,日本書紀の成立と大仏開眼の問題を中心に,秋山謙蔵,Kenzō AKIYAMA,pp.46-69.

4,

回教における Tasawwuf の分類に関する考察,特に akhlāq への発展について,八木亀太郎,Kametarō

YAGI,pp.70-96.

5,

聖書の霊感について,律法的聖書主義か福音的聖書主義か,橋本鑑,Kan HASHIMOTO,pp.97-130.

6,

神道史の対象と其の理念,小林健三,Kenzō KOBAYASHI,pp.131-153.

7,

宋版蔵経の研究,動機と目的,鈴木宗忠,Sōchū SUZUKI,pp.154-178.

書評

8,

シャマニズム研究への寄与,赤松・秋葉両教授の『朝鮮巫俗の研究』及び『満蒙の民族と宗教』,小口偉

一,Iichi OGUCHI,pp.179-187.

9,

王治心著『中国宗教思想史大綱』とその訳書,田沢康三郎,Kōzaburo TAZAWA,pp.188-192.

Posted in 1941

(昭和16)年

(2)

松 ′ )

村 武 雄

+ 自分は嘗て本誌その他に於て、基督敦が愛蘭・ウェールズ等に住む所謂島国ケルト族の間に入少葬ったとき、 イエスの宗教がいかにドルイデイズム ︵亡邑己葺︶と敢闘したかを考察し、また同地域に於けるさまざまの異教 的儀担がいかに基督数的に改変され歪曲されたかを究明することを試みた。自分は更に進んで、第三の試みとし て、同地域の異教的蹄話が、基督教化痘動のためにいかに整容したかの様相を検討して見たい。 自分一は﹁基督教化這動﹂といふ言葉によつて、ただに島国ケルト人の間に入り葬った幾多の宣教者たちの組績 的な布教遊動だけでなく、蛤揉また非組綜的な倍々人の布教の努力を烏合意させるし、更按また始めからイエス の教を奉じて島国に渡り乗った人々の乾く意鼓された基督教化過程だけでなく、布教を通して新宗教に改宗した 島国ケルト人の殆んど無意隷的な基督教化的態度をも意味させる。 かうした意味の﹁基督教化這動に﹂よつて、′島国ケルト人の問に俸承されてゐた異数再話がいかなる様態に於 ケルト異教舶詰め基督教化

ケルト異教癖話の基督数億

ブタ7

(3)

㌧ . ′I ノ・. Ⅷ ∴∴才∴\∴す∴ アルスクーの王フィーアクナ︵雲莞h≡︶が、サクリン人の倭人に悩むエーダン ︵A乱昌︶を授くるため蘇格蘭

に出征した留守に、高貴な形貌むした一異人がフィーアクナの妃を訪れて、その愛を求めた。妃がこれを唆挺す

ると、異人はフィーアクナの生命が危きに臨んでゐることを告げ、もしおのが求めを容るれぼ之を救ひ出してや

らうと約した。妃は夫を救ふために異人の要求に應じた。異人は去るに際して、.やがて生れる男子はモンガン ︵一︶ ︵害Ong旨︶と呼ぼるる震見であるこ之、おのれは海紳マナンナン︵宰⋮已−ゴ呂︶に他ならぬことを妃に居げた。 然るにこの俸承の他の一つの宕邑○−1に従へぼ、突如として出現した異人は、港沖マナンナンではなくて、へへp d籍kゝl芳村きfted≡t︼GCl宰i︵㌦−に欒容してゐる。しかもこの基督教の一倍侶の名は依然せしてマナンナンであ ︵二︶ る。

モルガン生誕の説話は、疑もなく、

ケル・ト単数紳話の基督教化 こ ていかなる分量に基督数的な形貌・性質を具へるやチになったかを正確に示し得るためには、出奔得る限り多く の事例を拳ぐることが必要である。しかし許された紙数に限りがあるが政に、ここには自分がこれまで蒐集し得 充二百数十の事例のうち僅かにその二十分の一を奉げて、この間題貯興味を有するであらうところの、若くは有 し得るところの拳徒たちに、一斑によつて全豹を窺ふことを懇請する爽第である。もしかうした宗教文化史的事 象む仔細に究め知りたいと息ふ方々があるとしたら、他日公にするところの﹃ケルト異教の基督教化﹄に趣くこ とにされたい。 7タg

(4)

≡ピノギオ羞の言ふところに綻へぼ、ぎJ−古書及びー︸告⋮なるものが、さまざまの罪恕を犯したため、 ︵円︶ ﹁紳﹂の罰によつて共に牡牛に整形せしめられたといふ。﹁

人の子が赫々に封する崖芹・祭儀を醗斗若く捺そ取捌命に背き、若くはその他の非行む敢てしたため、赫々

の音ハ罰を蒙るといふ観念ば、諸民族の宗教に於ける﹁買転封人間の関係﹂の最も普蔚約なものである。ぞ冒y≡V 及び︼≡⋮Vの上に降った虞罰も、衆もなくこの程のものである。間置は、庭罰者が果して初めから基密教の一拍 榊 藤を父とし人界の女性を母として、或る兄が生挺すること。 拘 該零兄が細からさまぎ真の襲能を授かること。 何 程々の偉業をなして夜、藤の世鼻に移行すること。 んlト を語根とする敦詩撃に巌する異教的厚東である。彼の父セナンナン掟、どうしても異教の一癖柊であるべきであ る。之む基督敦の一際侶となしたの按、這般の説話的制約む無税し転基督教の善史の作焉に他ならぬ。 モンガンに隣する他の俸承に鍵へぼ、餃は父マナンナンに伴磨れてよh¢−巨d wEニーエー一策訂筆↑。むを行し、 ︵三︶ 然る後曇たケルト人の住む世界に蓋わ来って、聖コルンバに面接したといふ。吾人はここにも亦異教訳詩の基督 数他の一手法に逢着する。テルスターの王フィーアクナの妃の子としてのモンガンをマナシナン繭と結びつくる ことは、]方が匡巌である以上、説話的に可能であるに反し、これを整コルンバと時代を同じうする人物となす スケライブ ことは、時代の隔りに無頓着な基督教の貴史でなくては、首肯し得な.いところであらう。 / ケルト⋮刊︵教紳話わ某督教化 ナシノ

(5)

ケル・ト場数神話め基督教化 であつたか香かである。而して自分の見るところを以て廃れぼ、この説話に於ける本原的な靡前者は、﹁異教の

ヽヽ 象る紳﹂であつて、﹁基督敦の紳﹂は、後期的に誘導せられ空の代用物に過ぎな

原初的な観想に於ては、屠yn︸−y芸.及び謬ib芸そのものが、牡牛の形態むした或る超自然的零格であつたであ

らケ。

この推定は、次の一赫話を凝硯するとき、大いにその蓋然率を増大して凍る。 ﹃マピノギオン﹄中のキルフーク及びオルウエン︵内i一Fw各=⋮dO−w宰︶の物語の言ふところに徒へぼ、怪人 イスバザデン︵慧p邑d邑き︶が、キルフークに詳した難事業の一つは、↓w邑−ゴJく箋−と呼ぼれる野猪を捕獲す ることであつた。而して璧耳の間に鋏・揃・剃刀を戒したこの野猪は、本秀一偶の騎士であつたが、さまざまの ︵五︶ 罪悪を犯したために﹁紳﹂によつて動物に攣形せしめられたのであると侍へられた。 怪蛋としての野猪を目して、﹁紳﹂の罰を蒙った騎士の欒形となす観念は、疑もなく本廉的なものではない。 それは基督教化あ二詮表に過ぎない。キルフークが野猪を捕へるためには、マボン一︵旨bOゴ︶ の援助を受くるこ とが必須俵件であつた。而してマボンは明かにケルト宗教に於ける古い紳の一人である。かくてこの條件の存在 そのものが既に問題の説話の本然の姿む遼東してゐる。それは希聴のカレドニアの猪狩の神話やイヤソン︵l藁−ヱ の金毛草の捕獲の紳話と同一類型 間題の野猪は、ケルト宗教に愚者な地位を占むる聖獣あ二つである。古く大陸ケルト族としてのゴール人の間 ︵六︶ 忙、故に野猪紳として、のモックス︵ぎc竃︶の崇拝が行はれてゐた。また彼等が使用tた貨幣も、その面に聖獣 ′ 2〃ク

(6)

︹七︶ としての野猫の野一隻不すものが少くない。而して這般の崇弄が島国ケルト人の問にも存緯してゐたこと按、二伯 のノ⋮乙li号二毒i=⋮丁亡しての野汚のブロンズ像が英蘭に於て多く蟹擬せられたとい▲ふ考古撃的尊貴に放して明 へ八/ かである。︵ミッドルセックスのハウンズP−に於て見出されたブロンズ像の如き、その一例である。︶ それは 騎士制度以前のもQであり、それ自ら空佃の超自然的霞格であつた。レウイス・スペンスその他の笹徒が推定 したやうに、それは恐らくトーテムとしての野猪にその出自︶紅持つであらう。 基督教化が好んで用ぶる妄法は、異教の動物蹄が民廣の崇斧から達ざかゎ、その宗教的表象の意味榔不明に t■ なりかけた情勢につけ込んで、之を解明して基督敦の﹁酵﹂・によつて或る人間がその罪悪に責罰を加へられた姿 となすことである。問題の牡牛や野猪に節する物語の如きも、恐らくケルト異数諦がさう.し寵基督敦此約手法の 犠牲となった二例であらう。 ケルト人は、一般にべーイスト︵l﹀かを︶若くはべーイスト︵bか訂ヱの稀呼の下に寵蛇を畏怖した。餃等技能蛇 が湖沼に棲息して、その起自然的な勢能によつて人畜に危害を輿ふると信じたのであつた。ペーイスト若くはべ ● −イストは、羅典語のべステイア︵b官主と血統を有する語酢であ少、従ってケルト人掟、龍蛇をl夏姿以上 のものとは観じてゐなかったらしい、しかしそれは単なるb藍tではなくて、普通の人間がいかんともし難い底 の締秘的霞能の保持者であるとされ、しかもその前秘的霞能按、多くの場合邪意な作困と翫ぜられたが故に、ケ ルト説話は、龍蛇の菩と寵蛇の征服とを説くものに頗る豊富であつた。 ケルト異教碑話払基督教北 五 タフ7

(7)

√ ■\. ■ ■lトゝJ

ケルト異数押詰の基督教化

川﹃マピノギオン﹄中の﹁ルーズとレゲエリス﹂ ︵IJludd昌d巳①乙ys︶の詮話に従へぼ、一龍蛇が年毎に五

廟節の前夜に怪聾む聾して国土む不毛ならしめ、而してルーズが之に酒を飲ましめて地下に埋め去ったとい

︵九︶ ふ。 閂 宗in監守巴Cl−書の語るとごろによると、牛紳フラオック︵冒岩Ch︶が一河に浴したとき、ペーイスト ●︵一〇︶ に襲はれ、その脇腹を喫まれたが、勇を奮ってその頭を切り落したといふ。 鞘 Dind訝n已ビ蒜書の記すところに樅へぼ、モリーガン︵宰已官ヱの子は、蛇頭若くは蛇身にして三倍の心 臓を有した。この怪蛇がまぎにあらゆる他の動物を滅し差さうとしたので、マックケクト ︵岩覧9さt︶が ︵一一︶ 起って之む屠り、心臓を焼いて、その次を流に投すると、流がとまり水中の生物が塞く究れたとある。 ㈹ 1冒き牽tiき芸;−eO乳邑芸C告ty︶iiiの言ふところによると、大網膜を具へて生れた怪人キアン︵亭且 あり、君臣h茎なる者がその膜む切開すると、中から一蛇が躍出し、やがて長大となつて生きながら人々を

姐二T¶M 囁む。てシーン乃ちディアルメード︵⊇胃m2.d︶の呪槍を揮うて之を殺したと。 阿 曽巴彗註OnS鼠th①○乱写i。警告tyDii︵−笠8の語るところによると、一個のペーイストが多くの人間 を生囁して、民衆の恐怖の的となつてなつゐたが、最後にフィオン若くはその子デール︵D註①︶がその腹中 ︵l三︶ に慮るや、鋤を揮うてその謳を裂き、自らの命だけでなく、既に囁まれてゐた衆人の生命をも救うたとある。 ㈹ ]罫宣≡np目まdhri書の記するところに従へぼ、クープーリンもまた拳を揮うて教頭の龍蛇を撲殺して ︵一円﹂ ゐる、。

■く け、、ヽ

202

(8)

これ等の説話にあつて、龍蛇を屠って民衆の患苦を厳ふ巣馨を帯ふものは、常に異数の繭若く按苧静的展鮭で

あつた。基督教の俸布按、この菜春を異教的人物から奪うて、さまざまの聖徒に橿せしめた。EbCニL竺ぎ︵邑沃 書に載せた一個の2巨打i臣l長C已に綻へば、ウェールズの飽から龍蛇を駆逐して民心を安堵せしめたところの ものは、聖サムソン︵芦S昌l芸︼J︶であつた。その寵蛇校定大な琶拒を有し、そのロから吐き出す毒気によつて

土地む荒靡せしめた。聖サムソン乃ち来ら寵蛇の潜んだ洞穴に入少、蘇の帯をその頸に整うた。さしも兇暴な悪

龍も、同聖徒に言葉むかけられると、忽ち況柔となり、牽か透るがままに淘穴を出た。聖徒乃ちこれを高厭から

︵一五︶ 海に投じ了つたといふ。更に蒙た聖ケイナ﹁︵警・こ〇篭るに節する基督数倍の記録に従へぼ、プレコンシ†− ︵字音冒hi諾︶由プ七カン侯︵苧yd冒︼l︶の一女がセダァーン河畔の森林地に居を桔へて、清浮な生野を﹁藤﹂

に捧げんと決心した時、蛇展の恕しきに苦しんで、蔚助を斬ると、﹁耐﹂のカによつて奉らゆる蛇が轟く石に化

し了つた。而して今日に至る愛で、同地方に於ける石は、すべての田野及び村落を通じて、恰も彫刻師の手によ

︵一﹂ハ︶ ,つて形造られたか\のやうに、蛇の委曲め姿に斉同してゐると。

かうした基数的説話の寮生囲按、単にケルト民衆が讃嘆して偉業となすところのものを異教的両人から基督数

的細入へ韓移させることによつて、新宗教の栄光をかがやかさう主いふ欲求だけで按なかったらしい。そこに娃、

ヽヽ よゎ民衆の箕際生括に即した穀倉政策的意萎が潜んでゐたことを息はしめる或るものが存する。

一鰹記蛇が湘沼に棲息して人畜に災することを説く物語転、決して重なる面詰詩的想像の産物ではなかった。

マッカロックが ケルト異教面詰ヤ準語数化 七 20J

(9)

ケルト異教神話の基督教化

碧rp邑s宰d⋮gO︸1ニ己監iごg−象ざ1⋮責uri︼J⋮tl⋮︸乙象藷myt︼邑董eS呂d霊室︼j︼−釘象Of葺・ −ier眉ti−efOrmⅦゝ象li羞︼n書terypl莞①⋮nd・義邑乱蓋①mbOdlm平家﹁已w邑苧Spri訂s♀琶邑≡ ︵一七︶ 己th①W仙−訂r㌘こ となした言説は正営である。、島国ケルト族の任地域が、地勢の上からいはゆる﹁ロック﹂ ︵−邑︶なるものの甚

だ多くを有したといふ自然虜境的現象と、諸民族が他のもろもろの民族以上に多くの龍蛇退治物語を産み出して

ゐるといふ説話的事寛との間には、明かに因果関係があり、而してその因果関係は、這般のロックが蛇魔の棲朗

として、民衆に大きな苦悩と困惑とを輿へたといふことを想定して始めて成り立つ。かくてかうした説話は、ヴ

ェー・シュテーケル︵Wi匿m警①k①−︶が﹃夢の言語﹄ ︵Di①Spr邑①d語学㌢m且に於て呼んで﹁民族夢﹂ ︵遥打宰ぎ已m︶若くは﹁民族願望﹂ ︵芸k雪11−︼等h︶となしたところのものであり、蛇屡の苦悩から免れて平 ● 安な生溝を獲得せんとする願望の魂詩的箕現として、この種の物語の塾生がある。かう考へて乗ると、基督教化

運動が龍蛇征服の事業を異教的紳人から奪取して、イエスの宗教の細入に辟せしめた底意は、民衆の苦悩の因を

夏険してその生活を安固ならしめたものは、茸に暫蛋の力であるといふことを説示することによつて、人心を

牧痩せんとするところに存したとしなくてはならぬ。

﹃レンスター書﹄︵ぎkOf訂i︸︼草︶の骨ぐるところによれぼ、ウルスターの王コノル︵彗芸On♀Ofq−st且 が、嘗てコンノートの勇者ケット︵軍粁et︶にレンスター王メスゲグラ︵岩毒gr且の頭警営造つ空丸 2〃4

(10)

を街に投げつけちれた。丸はコノルの頭肉に喰ひ込んだが、腎師が之む診して、﹁もし丸を取り去れぼ、立ろに 命む失ふ﹂と告げたので、苦痛む忍一んでその鐙にして置いた。その後七年過ぎた二日、コノルは直墓に太陽が暗 くなつたのむ見て、ドルイド呪倍を呼んでその兆徴を占せしめた。呪恰は自ら呪的恍惚の状態に入力、王に告げ た ていふ、﹁速き固の丘の上に三倍の十字架椒ち、その各とに一人の人間の釘づけにせらるるを見る。一人は不滅 の者の如し﹂と。三間うし日く﹁その一人按悪人なりや。﹂ 呪恰封へて﹁黙らーず。そは生ける藤の子なり﹂と云 ひ、つぶさに基督の死にっいて語った。と、コノル王は解かに敢怒して、釦を扱ぎ、蕗聖な森の楷梯に祈りつけ て、﹁われ、わが教の敵を屠ること正にかくや如くなるべし﹂と叫んだ。途端に密から丸が脆け落ちて、王は大 地に倒れ死し駕︶ かくしてこの詭話は、F▲レンスター書﹄に載せた形式に於ては、際厚に基督数的色彩を有し、大股な宇戸C・≡苧 iを按、■コノル王あ死を基督挺刑の日に起ったとして、雨着を同時代の存在と認めてゐる。 しかしコノル王が一個の史箕的人物であるか香かは、大きな疑問である。コノル王按﹁ネッサの子コンコパル﹂ として知られてゐる。薫るに十七世紀の初美に所謂童○巨岩邑望。によつて梶纂せられたP.愛蘭王国年代記L一 ︵A−1更訂ニ=l−①︼ハニ義d毒=﹀=一え毒d︶はこCnd−Cb害A.br邑Ⅰ≡邑︵﹁赤眉毛のコンコパル﹂の蓑︶ として知られ た一個のコンコパルを冒して、基督の化身前六年愛蘭のエサンを統治してゐた王者となしてゐるに拘らず、富商 ︵一九︶ の問題である﹁ネッサの子コンコパル﹂壱史的人物とする勇気を有しなかった。而して這般の躊躇は嘗然でなく てはならぬ。.なぜたら﹁ネッサの子コンコパル﹂は、明かに超自然的車遣格であり紳で一番る血縁者に南緯せられて ケルト異教紳話石其督教化 ノ(ノ.7

(11)

t ヽ, I ・1 一 寿∴㌣∵i −ご 轟熱 t ゐるからである。即ち 印﹁ネッサの子コンコパル﹂の妹デクテル若くはヂクテイル︵D窯g慧−De註賢①︶は、欒形自在で、鳥の形 ︵ニ○︶ をとつて去蒸し、且つ鳥乙女の潜を率ゐてゐた。このことはヂクテルが神性を帯びてゐたことを示唆す。而 して﹃レンスター書﹄は、紳人的真鯉クーフーサンを呼んで、明かにヘヘ・gd妥de註tiri。即ち﹁封耐君 好Tてこ爪 l ィ叫の息子Jとなしてゐる。 拘﹁ネッサの子コンコパル﹂とその妻を同じうしたエルイル︵Ai≡l︶の名は、ウエールス語のe寺−−に′相督す 甲㌣▼TT且 る愛蘭語であゎ、而してd琶−はヘビ1①−h。の義である。かくしてエルイ空竺個の超自然的零格である。 鞘﹁ネッサのチコンコパル﹂の妻試edbは、妖精族シー︵Sidh且の女王として、これ等の超自然的零格を支 ︵二三︶ 配したと俸へられる。 然らば、これ等の超自然的憂格と血縁若くは深い関係を有する﹁ネッサの子コンコパル﹂もまた二個のさうし た定格であるべきであらう。而してその推定を裏書するものとして、十二世紀の﹃褐牛書﹄ ︵B書kOご訂D2︸ 昏w︶ の記述がある。この書に載せた一・説話の筆録者按、強烈な国旨en−串isn−の信奉者であつたに拘らす、間 ︵ニ四︶ 腐のコンコパルに関しては、それが一個のdip邑m已de︵te岩畳已已gOe であることに特に言及してゐる。 コンコパルにして、史的人物でなくて、一個の紳であるとすれぼ、rその額の傷由事件も、尭に奉げた﹃レンス ター書﹄の青ふところが、果して本原的であつたか春かが、問題となつて葬る。 己の問帝は、自分の考ふるところでは、人腰廟に於ける形腰約款惰性の戯角から挑めちれなくてはならぬ。 ケルト異教神話の基督教化 一〇 2()β

(12)

多くの民族の宗教若くは諦話は、▲人間的な形態を有する紳が、その肉饉の一部に新著な紋損を露呈してゐると

なしてゐる尊貴、及び這般の肉琶的紋損がいかにして生起したかを侍へる説明的な蕗話か着してゐる事賢に於て、

太だ目に立つ一敦を示す。希晦宗教に於ける火節・穀冶紳としてのへ・−ファイストスは抜足である。そしてこのt

紳が抜足となつたのは、ヘーファイストスが嘗てアポロン紳む授けてゼウス甜に反抗し、そのため一ゼウス酵の怒

に鯛れて、天界から下界に投げ落されたからであ畠といふ。更にオリエンボス諸紳の■王者としてのゼウスさへも、

かうした肉欝的醗損む有したとなす俸承かも自由でなかった。アポロドーロスの記すところに従へぼ、ゼウスが

互人的怪匡チエフォ ︵ギpFC︶ と掃うたとき、その癖意の武器﹁雷電しが効む奏しないのを見て、鎮む探って猛

闘したが、デュフォ按ゼス掛から鎧を奮って、その手や足の艇を断ち去ったため、蹄々の王者も南奔四肢の自由

〇一五︶\ が利かなく患ったといふ。章って北欧の宗教に潜れぼ、吾人転、▲アサ顔族の王者たるオーディン︵Cd主が隻眼 であ少、軍蕗テイル ︵ギユが隻手であわ、宙霊前卜鱒︵穿こユが頭の﹂部に挟損を有するといふ亭箕に逢着す

る。而してこれ等の繭の肉琶的不完全性も亦それぞれ抵原的辞詰む有してゐる。オーディンは、世界樹イグドラ

ジル ︵Ⅰ芸dl空ニ︶ の板に房く﹁智露の泉﹂の水を飲んで叡智を軽んと欲して、泉の番人たる互髭ミミル ︵芦−ごi・r︶

に担至れ、おのが〓睨む輿へることによつて辛くもその望を遂げたと云はれ﹁テイルは軽震としての亘大な狼フ

ンリス ︵誓差そ︶ の口に片手をさし入れて奨み切られたと紳話されて居る。もしそれトルの肉鰐的鋏損に至っ ては、富商の問題であるコンコパル▼のそれと、まさに符節む合するが如く宰同してゐる。即ちトルが箭亘魔の一.

人と猛闘し、手にせる鋳槌を揮ってその頭む砕いたとき、頭の破片がトルの頭に則ね葬って、その﹁部むゑぐり

ケルト異教神話¢基督教化 プけ7

(13)

取ったといふのである。 翻って我が国の上代宗教及び古史神話を殴るとき†各人はここにも亦或る人態紳が肉牒的に妖損を有する事賛 に面接する。記・紀に見ゆる天日一箇紳は、その名の示す如く隻眼であり、更に民間信仰に於七も、多くの地方 に片目の紳が祀られて居り、.而してそれ等の紳の或る者には、紳が畑に入って作物に眼を突かれたために、二眼 を失ったのであるといふ神話がつき纏ってゐる。 これ等の尊貴は、果して何を意味するであらうか。多くの民族の宗教・紳話に於て、しかく多くの紳が肉牒的 妖陥を有することに一致してゐるといふ事箕は、単なる基想的作為の偶合とする解繹が到底安常であり得ないこ と訂強く示唆す告殊に古代希職人の如き﹁紳の形態的完成美﹂の造り上げに熱意し、而してそれを最後の目的 として﹁人間の形態的完成美﹂の造り上げに精進した民族が、何等の拘軌無くして、わざわざ不具形に赫々を表 象するといふことは、全く思料の埼外に出づるものでなくてはならぬ。然らば或る紳ミはいかなる事情の拘側に ょって、不具たることに甘んじなくそはならなかったであらうか。 この疑問は、﹁赫︺と﹁紳への犠牲﹂との関係様態を鈴鹿として始めて解ける。紳への犠牲となるべき人間に 、 封する民衆の取扱態度は、さまざまである。或る期間犠牲となるべき者む厚く款待して、美食・女色その他彼の 欲するも訂に自由に耽らしめる行き方は、その最も普通なものであるが、更に犠牲となるべく遥命づけられた者 の肉攫あ二部に損傷を輿へて、犠牲たることの措梗とする行き方も亦屡モ見るところである。而して﹁紳へ、の犠 牲﹂は、犠牲史の初頭に於ける観想にあつては、紳の代表者であるか若くは紳そのものとせられた。かくて犠牲 ケルト異教神話の基督教化 一ニ 20&

(14)

者に於ける肉鮭的紋損が、それがささげらるべき赫に移入せられて、赫そのものが這般の肉慣的紋損を有すると 観ぜられるに至るのほ、頗る自然の心理的踪超でなくてはならぬ。現に我国では、再に供へる魚の一眼を擬して 〓雲型間飼育して置く習俗があり、挺ってさうした魚む供へられる締そのものが宴眼であると信ぜられてゐた。 首面の問詣であるコンコパルの額の傷もノ畢責するに軽牡者がその内鮭の一部に加へられた損俵の﹁締に於ける 複撃であり、経ってコンコパルがメスゲグデの頭幣を以て琶った一兎を或る勇者に投げつけられて額の傷妄有 するに至ったとなす説話掟、一の後代的な説明であるとすべきであらう。 もしこの拒定にして常ってゐるとすれぼ、コンコパルの死因を解して、扱が基督教徒を屠ること梯を倒すが如 くであらうと敬語しため、叡の傷から奇怪な丸が脱落したの紅よるとなす﹃レンスター昏﹄の設問掟、営然基督 致免疫勤の所産でなくてはならぬ。 ご車ルフーク及びオルウェン物語﹄の語るところに綻へば、ルード・ロー・エレーント︵E邑巳葺苧¢inこ の女按、 へ己−︵=≡各班阜︼︼︷li︵〓−邑d亘ぎ已忘旨↓昏≡善dチ亡ご︸︼①家宣旨y;已−︶ニF¢tF↓墓−臣nd払邑首毒−t●。 であぢ、南して妖精王グーイン・アップ・ヌーズ︵n毛y・−苺ぎdd︶怯、最後審判の掘に至る奮で毎年五月朔日 にかの女の烏めに戟はねぼならなかった。蕃の起り披かうである。かの女按グーイティール︵︵山一く箋・¥︶ の花嫁 となるべきであつたが、ヌーズがこれを掠奪した。かくてヌーズとグーイティールとの間に惨烈な挙尉が起った。 ケルト異教耐話あ其督教化 209

(15)

\ 机 †、l ∴−.二 / l ■−− ﹁閤 ケルト異教神話の基督教化、 而して寧はヌーズの勝利に摩した。ヌーズはその勝利む記念するために、一人の老戦士を屠り、胸を裁って心臓 を取り出し、戦士の息子をして強ひて之を食はしめた。その由を耳にしたアーサーは、ヌーズむ喚問して、勝利 の獲物たる麗姫を奪ったぽかりでなく、ヌーズとグーイティール ︵二大︶ 相陶ほしめ、而して寧闘に於ける勝利者が麗人を獲ることに遥命づけた。 ケルト人の観念に従へぼ、五月一日は冬と夏とむ分つ境界線であつた。かくてこの日には諸憂格の間に字間が 行はれ、一方は冬の勢威を持績させようと努め、他方は夏の威令を確立しょうと努めると信ぜられた。五朔衛の 際男女が二つの集囲を形づくつて、各ミ五月桂をわがものにするために烈しく相季うた民俗や、二人の少年を選 んで、﹂を﹁夏の王﹂とし他む﹁冬の王﹂とし、大勢の老若が二つに分れて、一は﹁夏の王﹂を、他は ﹁冬の l 王﹂を園続しっつ得路を練り歩いた民俗の如き汝、這般の観念信仰の祭儀への具象他に他ならなかった。 ﹃キルフ﹂ク及びオルウェン物語﹄に於けるグーイン・アップ・ヌーズとグーイティールとの拳闘は、更に這 般の観念信仰が説話に反映した姿である。二倍の男性は﹁冬の王﹂と﹁夏の王﹂若くは冬の存績に努める重格と 夏の招死に努める震格との人態的表現であり﹂雨着の寧奪の封象とし、ての乙女は、季節の威力の象徴に他ならぬ。 かくしてこの説話は木原的には、言ふまでもなく非基督数的であり、は食前基督数的である。ただ最終審判日の 観念の介入によつて、基督数的色調を賦彩せられてゐる事覚は、吾人の昏々に看過すべからざる鮎である。這般 の基督数的観念の介入が、説話の形態そのものに輿へた欒此は必ずしも大きなものではない。しかし説話が詮表 してゐた内的観念に封する影響は殆んど致命的である。 27()

(16)

● 五胡節が±つの季節の交番の祭俵的表現であるやうに、この説話は該交替の紳語的詮表である。冬季が他の季

節によつて取って代按られるの掟、厳然たる自然の法則である。綴って祭儀に於て ﹁冬の王﹂が﹁夏の王﹂の出

現によつて殿返するやうに、締諸に於ても冬の買格按夏の震終に季節支配桓を譲興するとせられなくて按なら瀧。

而してケルト人は箕際に於て説話の上にさうした覿恕をを表出してゐた。ピーラ︵冒⋮£とアングース ︵A長且

との季節の紳話の如き按、その好侭の例詮である。 ■

アングースは春・夏の室格であ串、ピーラ按冬の霞格である。冬の間怯ピーラが世界を支屈し、撃と塞風とを

隋へ.て冥暗の山野をわが物顛に滑歩してゐるが、やがて西南の風が吹き始めると、ピーラは、すは春・夏の酪ア

ンダースの出現が近づいたと、あらゆる冬の■邪霞を呼び出して、アングースを迎へ撃つ。二者の田畢は永くつづ

いて、遽にピーラの敗北となり、アンダースが変らす燦々たる陽光の前に敢なく還去するのであった。しかしや

がてまた寒い冬が近づくと。今度はアンダースが悶に敗れて、何庭ともなくその姿を治し、ピーラの得意の世界

︵一一七︶ が展開すると再話されてゐた。

吾人が雷固の問題としてゐるマピノギに於ても、ヌーズとグーイティールとの寄附は、夏の出現によつて冬が

放逸する自然現象の橿徴として、少くとも葬る年愛では、前者の勝利によつてすべてが解決する形が木原的なも

のであつた。然るに最終審判日の観念が介入し葬ったため、l畢闘は永遠化せられ、這般の木原的な翫恕が破壊せ

られて了つたのである。

基督教此は、ノ﹁最終審判日まで﹂ の甑念を説話に詐撃することむ、その愛好すノる手法の一つとする。﹁さまょ

ケル千草教和語打羞転薮化 2J′

(17)

● ヾ十 ノー/ J ノ 一六 ケルト異教神話の基督教化 へる療太人﹂の説話がさうであ幻、﹁幽婁胎﹂の説話も亦さうである。吾人が考察してゐるマピノギも、この常 套的手法によつて、その木原的な自然観を歪曲せられたのであつた。それは季節の交替を説明する神話i季節 の交番に寛修される祭儀と表裏の関係をなして生きてゐた神話を、単なる麗人寧奪め物語に散文化してしまつた。 番人はそこに、民衆の生活史の一齢であつたものが、安生清から遊離した傷ましり攣化11昌幸−OrCがただの fま材⊥卑①に樽落するといふ欒此を見せせつけられる。 じんにん ケルト族の説話に於ける紳人的英雄の随一であるクープーリン ︵2註已已n︶に閲して、﹃褐牛書﹄の語るとこ ろに従へぼ、聖パトけノックが愛蘭王レィリ・マック・ネール︵訂①苛m窯慧iu︶に、基督敦の展埋と死後の責前 の恐ろしさとを澄示し、それによつてこの異教王を改宗せしめんがため、クーフーサンを地獄から喚び出したと 偉へられる。 一日レィサ王が聖パトⅥ/ックの伴侶聖べネン ︵St・謬ne︸−︶と共に、マック・インドツタの平野︵望已︼︼Ofm岩 Ⅰゴd阜︸ に立ってゐると、忽然として一陣の寒風が解起して、まさに二人の脚をさらはんとした。聖べネンは愕 き怪しむ王に封って、﹁これ地獄の風なり。撃ハトけノック地獄よりクーフーリンを召し出しっつあり﹂と教示し た。やがて濃霧が平野を薇ひ蓋したと見る間に、一の重大な幻の革が快敬する馬に牽かれて、騰ろに浮き出した。 革牒中にはグール族の戦士の装をしたクーフーサンが坐してゐた。この細入的英雄は、地獄に於けるおのれの苦 悩を説いて、 \ 2J2

(18)

となり、レィり王濫封して、切に基督教の諒と寧ハトサックとQ教を宿すべきととを勧め、終りにパトワヅクに 封って、おのれの天国に入るを容きれんことを懇願した。而してごの説話は、パ.サリックがクーフーサンの哀求

む容れ、而してレィⅤ王が基督教を信奉るに至ったことを呈示して琴ってゐる。

吾人はここに亦基督教化起動の教案なる︸手法を見出す。クーフーサン陪、愛蘭のヘラクレスで居る。戦士と

して他に比倫を有しない俊豪であるむ後にして地獄の﹁恵庭に封する無力が、彼自身の告白するところの如しと

せぼ、他の揖々たる一般人の死後の違令むみじぁさや、まさに知るべしである。基督教を信じない輩の頂門に下

すべき較槌として、これ以上に有力なもの扱あり得ないであらう。地獄の悔みむ駁く者がクーフーサンであると

いふ専箕掟、決して陶然若く−掠任意の選録ではない。それ按基督教化造動がその教具む極大にするために、狙ひ W︼をナー邑穿邑〓ラ宮きざ 〇Fp︵︶蔓−by筈寧已邑−已己−▲j yか㌣−︼︼○冒纂書芸W労=㍉軋−義−〇︸lを︼−オ W−−昏l t㌻¢d皇−∈ゴノづ宏一喜邑ぎーu〓 二≒三1ニー正一Vト亨−亡y︼−C⋮訂⋮、 拝賀d家畜認.−−−y駈毒Crd︸ ±旨d喜一一声u巴岩dヨ露W︰旨∈墨fj︼義串 Ⅰ︼−ど二巨の雲乙︵浄空交野〓 ケルト.呈穀雨話の某督教化 プアJ

(19)

■ ノ

㊥㍉﹂

アーサーは騎士俸誼圏の大立着である以前には、一箇の超自然的蜃格であつた。﹃オティア・インペリアサア﹄

︵○叶箪iII−p宰i已.且といふ古書の偉ぶるところによると、

﹁森林の看守人たちが、明るい月光を浴びて夜の巡回をなしてゐると、角笛を吹き曝らすやうな大きな音瞥を

耳にし、一群の夜魔に出違ふことが屡モある。看守人たちが是等の夜魔に何磨から釆たかと尋ねると、彼等は

答へて、われ等はアーサーの従者であると云ふ。﹂

とある。かくしてアーサーの本然的な性質は、日耳鼻民族の宗教・神話の大立者オーディン紳︵Odj︼−二ヨlet毒︶ −−亡重と怪犬とを従へて角笛を鳴らしつつ夜の基を飛ぶオーディン紳と同似したものであつた。騎士たちの王

者としてのアーサーはその後身に過ぎない。ところで基督教化運動は震格としてのアーサーを捉へないで、騎士

道の選手としてのアーサー王を捉へてゐる。九世紀にネンニウス︵宅賃⋮ius︶がものした﹃ブリトン史﹂︵呂i警告 苧itO︼lum︶ に現れたアーサーは、一個のdu舛b①u♀um で、諸王の首長に選ぼれて、サクソン人と十二同の快

哉を敢行し、殊にバドン山に於ける最後の合戦には、単身九盲人以上の敵を屠ったと俸へられるり而してこれ等

の争闘のに於て、アーサーはその眉の上に魔女マリアの像を載せてゐたと云はれ、若くはゼルサレムで造られた

クロろ︵ニ八︶ 十字架を着けてゐたと云はれる。更にジエオフレー・オブ・モンマス ︵雰○苧①yOf岩OnmO邑−ニーPT﹂ヒ違︶の ﹃英国王政史﹄、︵伺i狙百i⋮遥∈−賢t呂旨①︶の侍ふるところに従へぼ、アーサーがサクリン人と戦うた時、常 ナルト雄、教神話の基督教化 すました意識的な探捧であつた。 吾人はこれと全く同じ行虐方の基督教化的手法むアーサーに師する一説話に見出し得る。 \ 一八 2J4

(20)

︵二九︶ に巌女マリアの像む措いた楷む携へてゐた。

超自然的貢格とし七のアーサーはヾケルト人の異教のパンテオンに於て、決して有力な存在ではなかった。之

に反して浪量的騎士俸誼界に於けるアーサー王は■、クーフーワンに劣らぬほどの人気を有してぁた。、基督教化起

動が、ケルト俸詮のかすかずの異鮭の中からアーサー手鑑抜き出して、マザアの俊や十字架むその持物とさせた

ところに、吾人はこの運動¢一つの型を見出す。ケルト民衆に最も一言已告l である説話的人物を特に狙って基

督教他の手をさし伸ぼすといふ型である。

基督教化痘動は、異教面詰に封して倍々撃破の戦法に出づると共に、一方に於てはまた杢鰹襲撃の戦略を探少

上げたのであった。個々撃破に関しては、上に発つかの事例を奉げた。攻は杢農襲撃の形相を考察しなくてはな

らぬ。

希晦人の宗教・繭話に於ける静々が﹁オサユンボス紳族﹂として、北欧日耳鼻族の宗教・紳話に於ける赫々が

﹁アサ酵族﹂として、総括されてゐたやうに、ケルト族の宗教・面詰転於ける前々はツーアハウ・デー・ダナウ

ン ︵ゴ已Fp亡か亡巳呂−n︶ −−

﹁ダナ紳族﹂せして一のパンテオンを形成してゐた。かくてもし愛蘭やウェール

ズ等の異教民にイエスの宗教を布教することに成功せんとするならば、歩くともその一つの有力な方法娃、..ダナ

癖族に封し七重醍的攻撃の鋒を向くべきであつた。基督教化痘勤は果してこの手段む探り上けたであらうか。

八、九世紀頃の愛蘭・ウェールズの素僕な民衆たちは、もはやダナ紳族の本愚む知らないで、これむ一種の妖

ケルト異教神話仇′其背教化 2/J

(21)

′′〃 ・t l ケルト単数紳話の基督教化 一 ニ.〇 精族であると宿するやうになつてゐた。天界や港の世界や人間界を支配する赫であつたそのかみのことを忘れて、 シード ︵芸︶ といふ、人間の限には見えぬところに一国となつて生宿し、ときどき人間の世界に現れては、人 間の彼等に封する態度のいかんによつて、ささやかな助力若くは妨薯を輿へる野E釘 と考へるやうになつてゐ た。つまりその時代になると、喜入は民衆たちが、異教聾やか少し頃の赫々を放棄してしまつてゐるのを見出す のである。それならば、彼等はいかなる理由・原因があつてこれ等の神々む見棄てたのであらうか。マッカロッ ● クは、この事箕を一の大きな問題として、 ﹁如何にして古い神々は放棄せられるに至ったか。は.た何故に今も独シードに生き続けてゐると一般に推走せ られる佐室つたか。﹂ ︵三〇︶ といふ疑問盈呈出し、而して自ら之に答へて、 ﹁基督教に改宗した諸々の部族は、古い赫々を見捨てた。彼等は古い神々を見えざるところに住む一種の妖精 族となし、而して困窮した斬には内密にその冥助を求めたが、しかし紳としては之を信奉しないやうになつ た。然らば即ち基督教が、ノ古い細々の敗北冷麿の原因となつたに蓮ひないことは明白である。﹂ ︵三一︶ となしてゐる。かうした見方をしたのは、マッカロックだけではない。吾人は、多くの畢徒が、ダナ紳族の沈滅 を生起させた作図を基督教の優入俸播に摩することに一致してゐるのを見出す。而して這般の見解は恐らく動か ぬところlであらう。﹃褐尊書﹄が、ダナ紳族に開して、 ﹁その起床は、拳隷ある人々にも知られす。但しこの紳族の聴明なること及びその知識の秀抜なることより判 ,■ 276

(22)

断して、鮫等が天界より葬れ克被追放者なること揉、琴らく眞茸篭らんと息絞る。﹂

︵三ニ︶

上記し七、ケルト族の信奉し辛押々の査族を目して、ルシファユ族のやうに、天国からこの世界への巨縞の憂

t▲

目む見た存在詰となしてゐる亭覧の如き、這般の見解の安富であることむ豪富してゐる。

しかしかうした解業法、決して首面の間琶に完泰云解決を輿へ得るもの†掟ない。なぜならダナ蹄鉄が輪転し

充あ上には、ミレシア諦族が出現してゐるからである。切言すれぼダナ面妖はミレシア藤阪と闘争して放れたた

めに、その釦威む失墜して、或按妖精鋲と考へられるやうにな聖或按天国からの板張放者と考へら斬るやうに

なつたが、しかしそのあ主に別個の前浜が君臨したといふ停承が行はれてゐたからである。基督教此還動がダナ

蹄放せ拾医させるた努めたの挨、見れ等が異教の両々であつたからである。然らば基督敦拙宅動は何が政に同じ

く異教的存在経であるところのミレシア険をして、ダナ再扶に封する防利者の地位を獲得せしめたであらうか。

この巌たる革質転、更に一倍の間転として、吾人の解繹を要する。

ティー・ダブ竺−・Pルストン︵声W・Reロ邑書︶按、この間顧の解決が決して容易でないこよを括拝して、 ﹁光明壱美との主たち⋮−呪術及び巫術によつて代表せらるる恩恵力のすべてを転位する存在距が、■どうして

按かなくも人間に屈駁し、刻苦してかち轄た世襲桓む人間に奪はるるに至つか。ミレシア鮫が麦藁に登場す

るに及んで直ちに生起した彼等の勢力の長綜望息昧は何であ惹か。ミレシア族は暗黒の誇努力の味方ではな

かつ東。この際町討と恩恵との転念の明断な具象化であるアメルギンに指導せられてゐた。そして最大の

奪崇堅享け、愛蘭の有力な豪族はすべてその系統むミ.レシア医に走撃亡せた。然らば光明の王国が自己分裂 ケルトU∴数軒詰れ某督教化 2プア

(23)

ケルト異教神話の基督教化 、 二二 をしたのであつたか。若くは、さうではないとすれぼ、吾人は、ミレシア族の倭人と勝利との挿話をぼ、愛 蘭人の心に於ける如何なる概念に遡尋すべきであらうか。﹂ ︵一三ニ︶ となした。而して自ら、この難問に一の解答を出して、 ﹁この困惑すべき疑問に封して、自分が考へ得る唯一つの答は、ミレシア神話を目して他の諸神話よりも著し く後代に蟄生したものであり、而してその主要な特相に於て基督教の諸影響を受けた産果であつたと推定す る七とである。ダナ族はこの国土を所領してゐた。しかし彼等はみな異教紳であつた。かくて基督教固とし ての一個の愛蘭の租宗たちを代表することが出凍なかった。彼等はどうにかして取り除けらるべきものであ − り、彼等に比して迷惑な来歴を持つことの少ない或る種族が、彼等に取って代るべきであつた。かくてミレ ヽヽ シア族が﹁西班牙﹂から扮し凍られ、而してダナ紳族の主要な諸性質を、より人間化せられた形で賦興せら れたのであつた。﹂ ︵三四︺ と。ロルストンの解樺はいかにも聴烹である。しかし吾人が推服し得ない二つの鮎を有してゐる。第一は、﹁光 明と美との主たち﹂としてのダナ族だけを神々と認めて、これに取って代ったミレシア族を人間と見てゐる鮎で ヽヽ ある。ミレシア族はただの人間ではない。ダナ族に比しては超自然的要素がより稀薄であるかも知れぬが、やは り紳族である。彼等が﹁西班牙﹂から葬ったとする観想そのものが彼等の超自然性を裏書してゐる。古き代の英 園の民衆は、西班牙を超自然的璽格の所在地と観じてゐた。岳已n︶R■を一等tO晋2.︼︸。の民論の如きも、西班 牙が一避の励秘腐であるとする観念・信仰を基盤としてゐる。不満の儲二鮎は、ダナ廊族に取って代ったものが J/J

(24)

何故に特にミレシア族であらねばならなかつたかの説明が、ロルストンによつて全く説明されてゐない、若くは 吾人の酌得し得る程度に説明されてゐない鮎に存する。 この節たな靡間に正常なる解決む輿へるためには、吾人は聖パトワックの愛蘭入国以前ij由元四世紀以前に 於ける愛蘭の諸々の社台某国の情勢に眼を注がなくてはならぬ。 この時代に於ては、多くのケルト族が愛蘭の諾地方に占掠して互ひに相競うてゐた。而して聖パトリックの釆 任直前にあつては、二つの部族が特に優勢になってゐた。一はキアシェル ︵C覧蛋︶を中心とした部族であり、 他はタラ︵ぎr阜を首都さした部族である。これ等の部族は、俸承的にミレ︵宰−e︶を租宗として宿った。従っ て彼等が他の諸部族を医して穀倉に撃空言に至るや、その部族精赫按彼等を鋳ってミレを姶首とするミ︶シア 族に関する諸俸承に特殊の意義と地位とを輿ふることに熱意を持たしめた。而して基番数が愛蘭に琵潤して、ダ ナ蹄鉄が玲匿の悲起に陥ったことが、さうした叡蓋に更に大きく拍草した。彼等按ダナ蕗族の退場によつ七生じ た基位をぼ、ミレシア酵族によつて充たさせようと企てたらさうして企に於けるこれ等の部族の第一の欲求は、 ミレ及びその一族む中心とする諸説詰む﹁太初の世界﹂に据ゑつけることで■あつたらう。しかしそれ按不可能で あつた,。なぜなら、 仰 ミレシア族以前にダナ紳族が存在したこと。 、 聞∵ダナ紳族が党づ愛蘭む征服したこと。 接、置く愛蘭のケルト人甲信仰する停承であり、従って這阻の蕗承む腰無して、ミレシア族む﹁太初の世界﹂に ● _ ケルト累、教締話の基督教化 ノ/リ

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﹁ブザーザルの島﹂ ︵Hy・野望数−︶ ﹁アグーフロンの島﹂ ︵Yゴy軌A雲居且 の如き、みなこれである。その他﹁幻の園﹂、﹁魅惑の園﹂、﹁アンヌーン﹂ ︵Aコ享︸l︶、﹁夏の囲﹂ ︵Gw−監 y七Hぎ︶ も亦この範噂に屠する。 異教徒としてのケルト人にょって最も傾値あるものは、一にはダナ紳族であり、二に披これ等のかすかすの楽 園であつた。もしさうであるとすれぼ、基督教化の勢力は、その全裸攻撃の目標をこれ等の二つに畳かなくては ケルト異数紳話の基督教化 二四 定位させる企圃は、到底一般民衆の承認をかち得るものでないからである。かくて彼等は第云欲求を棄てて、 一 次善の策を探った。それは即ち﹁ダナ紳族と寧闘して途尤これを克服し、第二次的に愛腐の支配権を獲得したも のがミレシア族である﹂となす倖承であった。 ケルト宗教及び神話に於て最も強く且く廉く民衆の信仰を掴んでゐたものは、理想的福祉の欲求が箕現せらる る世界としての﹁楽土﹂ ︵暑賢エの観念表象であつた。ケルト人ほど多くの柴土を持つ民族は、殆ん腎他 にその類比を見出し得ない。 ﹁約束の歯﹂ ﹁率霜の圃﹂ ﹁生者の固﹂ ﹁青春の歯﹂ ︵ゴrT已ヨgirか︶ ︵眉義岩eu︶ ︵ゴr・ゴPm一訂○︶ ︵ゴでnpm・〇.的︶ ./ 22ひ

(26)

臣≡計量

ならぬ。基督教他の力按、ダナ前浜を妖転鮫に整化させ、また追放されたる天国民となした。それならぼ、異教 的パラダイスに封しては、いかなる庭寧仁執ったであらうか。答は二言にして墓きる。軽度に善をもの・厨按し きも■のを、極安に慈しきもの・厭ふべきものに整容させたのであつた。 基督教の浸萄は、ケルト的楽土の観念・表象に大きな整庇を輿へた。而してその変化は主とし七倍位の倒鍍で あつ挺。をれ按人の子の最も慾念する世界から人の子の最も蕪恵する世界にまで韓落し宅.なぜなら基替歌化違 動症﹁楽土﹂と﹁地獄﹂とを観念的に取回せしめたからである。その好侭の一章例としてアンヌーンの観念の髪 曲がある。覚に云ったやうに、アン一ヌーンは、異教挺としてのケルト人が怒足した楽匪の一つでーあ歩、之を妾配 するもの掟、異教蹄グーインであつた。然るにイエスの宗教がケルト朕の間に勢力を得るに綴って、アンヌーン 掟蹄厨的に異教的翫恕・信仰を剥奪され、而してさうした傾向に比例して、嘉疲﹂の観念・表象を薩摩紅して 奔挺。 ︵三五︶ 糾 アンヌうンの主宰者グーインが、邪憩な琴魂の追求者と観ぜられるに至ったこと。 拘 アンヌーンの患髭群がこの世の人々を琶滅することを阻止するため、﹁蹄しがグーインをしてそれ等の邪 ︵三大︶ 壷む統制させたと信ぜられるに至ったこと。 が、明かに之む歪示してぁる。そして▲かうした変化の生起が、基督教化遥勤に因してゐることは、﹁楽園﹂の祝 念が﹁鞄琴Jの駁念に置換される傾向が、ウェールズに於て鞋に著しかったといふ宗教文化史的蕃賢から容易に _ヽ / 拒知し得られる。ウェールズに於て転、﹁楽園﹂昼即する諦詩話が比較的新しい時代まで、異教的な地方宗儀と 彪 ケルト∴、数締荒む英資教化 一︰ム

(27)

\ 〓大 ケルト輿敦神話の基督教化 紆びついてゐたため空これを﹁地獄﹂化することが著しく覿難であり、絶って基督教化運動は、その困艶を敵 克するために、必然的にこの地域に於て特別の努力を彿はねぼならなかった。 三 島囲に於ける改宗者としてのケルト人按日毎に基督教化され、日毎に色褐せて行く祀免停釆の宗教やその綿々 に封して、どんな情感を抱いてゐたであちうか。筆を梱くに先立って少しくこの間題に簡れて見たい。 一つの説話に云ふ、異教神話の大立着であり、呪的吟唱詩人の一人で.あるアシーン︵○訂i︸︼︶が撃ハトリックに 出合った。聖パトワックは詳かに地獄の恐怖すべき■ことを説いて、﹁汝の一族は異教を奉じてゐたために、皆地 獄に坤吟してゐる。だが汝若し罪を悔いて、基督の奪い教に辟するならば、天国に入って不死の性を獲るであら う﹂と告げると、アシーンはそれには答へないで、天国では狩が出葬るか。天国には佳人がゐて撥を輿へるか。 天国では伶人が歌をうたひ古き物語を語るかと、重みかけて問うた。聖パトⅥノックが距面作って一々之を否定す ると、アシーンは昂然として這般の悦楽がないとすれぼ、堕地獄結構でござると答へたと。. この説話は、箕によくケルト人の古い宗教に封する執着と新しい宗教に封する反抗とを示してゐる。しかし彼 等の二者に封する心的態度は決してかうした一画だけではない。 彼等の間に俸承された﹁の神話に云ふ、ダナ紳族の一である海洋紳リーヤ︵巳ユに二大の男鬼と一人の女兄と があつた。栂母イーファ ︵AOi許︶が之む憎みて、ウェストミースのD雫童ゴ喜g︶−湖の時に誘ひ出し、巫術の呪 文によつて四飼の白鳥に髪形せしめ、三百年む官軍y一室義h 湖上に、次の三百年をモイル海峡に、更に次の三 ヽ ■ 22才

(28)

百年をエサス及びイ:ッシグローリィ附近の大西洋の上に造るべく、而して﹁南方の女﹂が﹁北方の男﹂と結婚

するまで、その呪縛が軽くこと藍且し駕四郎の白鳥は、恐ろしい呪縛の下に悲愁惨苦の発育年を過し冤その

間にミレシア族が幻の固﹁西野牙﹂からこの固に波布して、.ダナ藤阪を沈冷せしめ終ったが、該蹄鉄の残れる四 人としての白鳥たちは、依然として臣波の上に悲しい歌 ¢ヨl①−言二岳W墓Aま訂 W−−C−︶−董象〓−宰−n義−仁王︸Cロu猛、

A−︼d dH亡く①uS O∈t OH−tF①W已壷71﹂・

琶⊆呂W⊆−賢已已梁至W・Whit¢狂W巴声 Ullヒb邑F訂tFC frC旨i︼l叱b旨︼0、 −︼−b責狂by苫d岩旨狂警告d邑射 せ♀Ee寧d邑eur㌻已−宰掛ぎE¢ W¢dL−−k Ch u琵琶ぎuu¢芸ぎ ゴ責昌芸≡巴乙箪巴︼︼巴①d空ロgFt宰︸ 〓:E訂こh已−C⋮−d冒Ck狂d▼W臣i︼︼㌘ ケルト?、教師話の某督教化 i ∵ 一 七 2ユタ

(29)

ふ∵レ升 ∴∴∴. ‘な『

を歌ひつづけなくてはならなかつ冤そのうちに彼等はエリス澤上で始めて基督教の鐘の晋を聴いた。彼等はそ

の響に博き慣れたが、後にはそれが何となく懐かしく感ぜられるやうにな久遠に教合の一際者に身を托するに

至った。借着はイエスの敦を説き、而して彼等も放と聾を合せて勤行の所稽歌を唱へた。さうしてゐるうちに﹁甫

の女﹂であるマンスターの王女デオカ︵宮OC与が、﹁北の男﹂であるコンナクトの酋長レルグネン︵訂i肇①ゴ︶

と婚することになり、結約として四羽の白鳥を愛人に請ひ求め冤レルグネンはその由を障者に語ったが、隠者

は彼の要求む超絶した。蓋ったレルグネンは白鳥を捕へて﹁南の女﹂の許に引き招って行った。白鳥の羽根は轟

く脆け落ちた。永い間の呪縛が解けたのである。しかしそこに現れたのは、ダナ族の赫々としての輝く姿ではな

くて、枯塙憺博した白髪の纂姫であつた。﹁北の男﹂は驚惧して遁走したが、儒者は静かに彼等の傍に歩み寄っ

て沈鐘を菟した。死がやがて近づいて釆た。四柱の落脱した神々は隠者に乞うて一つの墓に合葬され、而して紳

︵三七︶ ︵基督教︶の慈みによつて天国に行った。 更に他の一つの神話に云ふ、ダナ紳族の︸である麗人エスネー︵芦︸Jか︶の生冶に急に欒此が起った。海神マ

ナンナンに表の魔豚があつて、いくらその肉を敬はれても、翌日は再び硯形に遣るのであつた。ダナ掛族は之

を食料にするのが常であつた。ところがエス哀−だけは之を口にしなくなつたので、諸励が怪しんで窃かにその

圏を凝ると、次の尊貴が明かになつた。

ケル†異教紳話の基督教化 、ヨ忘h告a苫C訂−扁宕−tO m薄t已∽ − W¢害①P−ロOh k①β−−義t?ni乳F 二八 224

(30)

ダナ綿怯㌫二人瀦エスネーの麗容に染心を起して、これに暴行を加へようとした。エスネ一転懸命に身を護っ た。それ以乗エスネーの守護霞︵篭邑㌻コd①⋮き︶訊かの女の置を離れて、眞正の﹁蔚﹂の天使がかの女む守護 することにな少、従ってエスネーは全くダナ締族の食料から厭離して、﹁廓﹂の意志によつて奇蹟的に養はれて ゐるのであつた。 夏雲日、エスオーはボイン河に浴みに行って、はしなくも﹁障形つ面紗﹂を失った。l・!それは﹁締﹂がか の女の婿奔の退命に関心を持つ讃であつた。−上板般の面紗が無くては、−のが姿を人間の限に曝さなくてはなら ぬ。かの女按惧悩の駿河岸を彷優してゐるうちに、見慣れぬ樟近むtた一屋の彪とりに出た。屋内には褐色の長 衣を鮭うた二人の男空且ってゐた。見慣れぬ家は数台であ夢、男薩基督敦の愴侶であつた。恰侶按かの女を屋内 にさし招いた。そtて身の上む働くと、エスネーを撃ハトリックの許に伴った。同聖徒は洗嘩式を執り行って、 異教耐を人間の豪族の一員としてしまつた。 或る日エスネーが基督敦の前に新をささげてゐると、忽然として基申に怪しい響とかの女の名を呼ぶ贅とを開 いた。それ按喪失したエスネーを探し求めるダナ諦医の整であつた。エスネー蛙飛び立って之に答へようとした。 その劉郡嶽しき情感の動揺のため、失心して床に倒れた。暫くして正気に還ったが、その俸病み労れて、最後の 宗儀を行ふ聖パトサックの胸におのが頭む任几れかけながら、やがて息が挺えた。同聖徒はかの女の名に因んでそ 〓ニ八︶ の敦脅む﹃エスネ一致昏﹄ ︵不≡︺ぎ;え︶と呼ぶやうに制令した。 ヽヽ これ等は、みなご至三︰⋮−ど十手 異教的文化階屏と基督数的文化階蜃との安協、若くはより適切には、後者 ケルト異教許諾仁基督教化 Jノ、;

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●▼■、 l テーマ の前者紅射する光被を主題とする説話である。而してこの後の貌詰がケルト旋の俸承真峯虹数多く見出されると

ヽヽ

いふ亭箕は、基督教化した限りの民衆が、より古い宗教的信仰と新釆のそれとの交渉むいかに深い蹄心を以て眺 めてゐたかを澄示する。 眺める心持は可なり複雑な心理的形相を併せ兵へてゐた。 川 少くとも愛蘭の早朝の改宗者たちは、彼等の組尭が、そして重た彼等自身が、嘗て信奉してゐた異教主義

ヽヽヽヽ

の世界の敗壊をぼ、慶しいいとしさの念若くは更に進んで遣瀬なき悔恨に近い悼む以て眺め琴してゐた。 ︵エスネlの死に閲する冒昏註。な挿話は、明かに這般の情念皇盟呈してゐる。︶ 拘 襲はれ行く異教主養は奈何ともし簸いとしても、何等かの機縁に縫ってその邁芳を礫存せしめたいといふ 心持き療極的に異教の存横に努力する強い意慾は動かないが、瀦極的に俸禾の宗教のささやかな回想の穫 を留めたいといふ欲求が働いてゐた。︵﹁エスネ一致禽﹂の挿話の如きは、その好箇め例澄である。固より此 アナグロニズム の挿話の蟄生は一種の時代錯誤である。ティー・ダブ竺−・ロルストンが指斥したやうに、ボイン河岸に 貿際に存してゐた或る数台が﹁エスネ一致合﹂の名を帯びてゐた事軍を逆用したところに、この挿話の生誕 があるのは疑ひを容れぬからである。しかしダナ紳族の一女性の悲しい邁命を俸ふる説話が、さうした事寛 を見適さないで、その中の一挿話にこれを探摸したといふ尊貴そのものが、異教の残香を取りとめたいとい ふ念願の動きをこ不唆してゐる。︶ これ革め事賓は、愛蘭の改宗時代に於ける民衆が、垂心的に基督教に味方し、国民的記憶が、まさに棄てんと ケルト異教称話の基督教化 三〇 226

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する若くは既に棄て去った異教をぼ、恐怖と蝶意とむ以て回転したと説く一成の蓼徒たちの見解の謬ってゐるこ とを吾人に明示してくれる。改宗の心理は、いづれの民族に於ても太だ微妙複雑である。そのデサケートな心の 動きの色合む凝硯すること無しlに、無難作な若くは安易な判断を下すことは、決してかうした問題に封する正し ヽ い取扱方ではない。 註 −︵十︶・L昏≡︼覧▲np巳uid−阜︼隻pニーpユ告m官軍比こG・ 三︶ J.A.岩a邑已−邑√雰Ec一声言−⊂−Q等︵妄−∝︶、p・畠・ 三︶ 写琶gゐ象苧昌︵亀・昌dぎby声∴亭ぢ胃︼Witbe欝y認byA・ぎttこ基ぃーS︶、芦軍誉 ︵四︶−し呈−∵貰息誉−ebiCごこ︼聖ド ︵五︶ ︻−e旨−岩農i更旨iOn、ヂ淫¢・ ︵大︶ 声営dw毎d窪a邑F茸重きA.せi註昌鶏叫。fぎn・9−軋邑旨y亡l〇−︵︶撃︸学−虻ウニ芦 ︵七︶ ソ︻邑C各島F∵OiJCit・こ︶−已ゎー−−こ・∽・P ︵八︶ 旨gGu−旨ch︶Ieで∵∈t・、p︼at缶匪㌍−く・ 人丸︶ ︻﹂呈l、旨中温nさi芸−︼こき・ ︵〓ヒ ピぎ∴更二一致cそご・・百A・.e・旨dき昌、止n詳≦eCe喜1︼タ〆ピく盲e呂象Li望≡re︸弘宮○−二ed呂dtr・by つ旨已L監l臣﹂巨︶こ︶.芝f. ︵一こ W●享を眉きこを室二宣言雇−㌢V−巨声 二二︶ 江∴〓−○﹀▲■仁−・已yニー↑弓豆−Ⅰ−Ⅰ■−虻㌢︵−監ひ︶ ● ケルト異教紳話の其督教化 2ゴ7

(33)

ノ ケルト輿教神話の基督教化 ︵一三︶ 声0﹀内earneyこnゴ属⊥↑︼l■ぎ︶雷●︵−禁芯︶ ︵一四︶ Le旨l−賀冒H已dhri∵芦どJ.〇痴CrOWeこn JRHA.AIこノ、・︼︶彗−f・︵−∝ゴ︶︶ ︵一五︶ こbe↓LPnd雪e冒−班こ︶ワ誓ト∴忘♪ ︵〓ハ︶ W.茫ke∝︶出riti巴↑重︶b︼i:琵.︵忘∝〇︶∵p■彗可− ︵二五︶ ︵二六︶ ︵二七︶ ︵二八︶ ︵二九︶

︵三〇︶ ︵一八︶ 夢さk象Lein諷er︸−虻∽−Yl−望bい○︸n弓r、Ⅷ呂S.呂裟●、pp.虻謡fごつ●W■ RO〓est吉−つh①︻訂gbヒeed肛Of句i巳︸ 二七︶ 害acCu−1萬︸−︶Cp.Git●︶pp.−隻︶−萱●

︵−琵虻︶、p●望〇. ︵一九︶ 句Ou↓害asters︶A・声だ¢ド ︵二〇︶ 尋in已芸才Iris各e↓e已①−SS.−生1忘廃−畠⊥会・ ︵ニー︶.出00k&訂inster︶−誌b● ︵二二︶ Hibbert LeOtureS−−悪きp・−∽00・ ︵二三︶ P誉uire、The寅笠hO−品y鼠the出ritish i巴and∽︵−望這︶︸p.芝P ︵二四︶ 出芸k Of t︸︶e冒1日QOW︶−○−b∵ヨed出riereen−ぎ宅ぎdiscl︼こri琵he穿温e−S● 莞声 ApO−−OdOrO∽−−●の︼∽● LOtg呂p乳nObiOn︸柏謡、培−● P A・害pcken乱2、W昌d2rぎ︼eニr2かSc量i00h岩yth呂d rしegend︵−芝ごもhap・Tこ叫一 宅eロ已u∽︶Hi資Orip出ritQロコm︶畑苫● 冥i洛Orip re習−日出ritpロll山鳥、つⅠⅠ−・−¢f誉 呂acC各島h︶Op・9t・、巧・会・ . 三二 22β

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︵三一︶ ︵三二︶ ︵三三︶ ︵三田︶ ︵三五︶ ︵三六︶ ︵三七︶ ︵三八︶ ケルト雄ハ教師話の基暫教化 ソ↓︰rCCuHOC︸︼−毒.︵︺Fこ︶.会・ ︼山喜k已the︺︶l︼n COWこ○●−︷r ぎこ邑こm盲l▲箋琵昌d︻義告dなe=訂C整斉こ㌢宮︵−芦ぎーニ袈・ た邑e芝きーOp●Ci︷・p・−旨・ ヴFcこu亡昌hCp●⊆t●−p・ド昆・ 芥l−声喜FandOノ壷−︶首lトetb−ぎ農どebiOmこ・空ふ・ 夢邑雇t昌︶○マCitJpp・−若⊥告・ ︸≡−邑On︶︵︶宇2t・ニー︸︶・−畠⊥声 2ノソ

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清洲困の国教には支部俸凍のものとPシヤから移入したトルコ・タタール系のものとの二つの系統があるが、

後者は固より比較的に新しく、奉天・恰蘭賓・海拉爾等に少数の教徒が散在してゐるに過ぎない。筆者は替に上

梓した拙著﹁満蒙の民族と宗教﹂の最後に、現今の満洲同教に関する二三の資料を採録して置いたが、故には此

等の安臥に擦り、更にこれに解説を加へて、専ら支部系の回教如ち清眞教の蒜を窺ふて見ようと息ふ。

清朝の初期己奔北重から満洲に弘壊した同数の敦旨・信仰・教程・教律・合斯及寺院の組織等は勿論支部中圃

の儒教と同様であゎ、き充それは俸統上所謂天方︵アラビヤ︶本葬の伊斯蘭︵Is昏且とも原則に於ては合致して

ゐるが、しかしその支部の同数欝従凍やはり多少とも支部の教峯の影響を受け、且つ進んでこれに響應しよう

とする意固をも有ってゐたことは、先づ彼等の用語を観ても明らかにこれを知り得るのである。即ち例へぼ清洲

の代表的掴教寺院である奉天の清虞南寺︵清初崇徳年間創建︶及清虞東寺︵嘉慶八年創建︶から近く公表され充 清洲の回教に就いて

清洲の何故に就いて

赤 絵 智

三四 ま≡紗

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ヽヽヽヽヽヽ ﹁教義凍宴﹂︵全文は前掲紳著四〇六責以て参照︶の第一項﹁教ぎには∵本数以遵天命以明明徳而育寓物善がぎ

とあつて、これ授章は奮凍の熟都岡教書中の或る要文を摘録したものであるが、敦に蓮衰命又は明明徳とは云ふ

きでもなく儒教の用語を襲用したのであるp愛たこの教旨の静真の中には﹁不失其良知良能務血於軍事﹂などの

語もあつて、少なくとも表面上それは全く儒教の要旨と同一であるかのやうにも見えるのである。しかし支部の

回教峯者即ち所謂周儒は固よりその天命や明徳の観念内容に皇で儒避の精細を踏襲してゐるのではなく、却てこ

れに同数本釆の特異な意味を盛ってゐる趣があることは注意すべきであつて、安部に於て最も古い漢文の同数書

の一として有名な正教虞訟︵王岱輿軍明菜祓十五年円︶上巻展曳の章には、尭づその天命をぼ箕に爽・の如く解

樺してゐるのである。

ヽヽヽヽヽヽ 済度正教其要有三。一日天命、二日天理二二日聖冶。此二重者乃萬行之根也。天命者乃人力所不能至者。如認

主之玄機己身之彼妙天地之木原萬物之所以。若非明命虞俸豊能至此。天命之義乃虞主勅命天仙、降俸至撃。従

天而下、故謂之天命、非所謂天降之命些玄武〝

これに依れぼ天命は所謂天理及聖治と相並んで、而も夫等とは直別されてゐるから、それは正にかの回教法に

ヽヽヽ 於ける甲賀咽j−−法理則︵漠澤主命叉按主制︶を指しでゐることが知られるのである。元乗回教法に依れぼ、その

ファルズ 正法転校程々の等級があるが、そめ第一がこの法理則であつて、これは覚に紳に依って厳命された最も強制的な

一 秋萄も疑を容れない敦規であり、若しこれに随はないならぼ、置に不信者とされるのである。侍これに就いて現

今の安部将教徒の簡単な一統明を引けぼ、﹁法理則此云主命、乃発展主︵アラー︶在天経︵コーラン︶申分付人 満潮の個数に就いて 三五 ノ、ブタ

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満洲の同数に就いて 三大 的。如念薩粛評朝的五功、主穆爾蒔︵J喜多F衆穫︶、大小渾、習拳経典等類、誠信此寄主命應嘗。如際昧不信、 郎成教外之人。運行的人得主同賜、失轍的人即是罪人、今世應受牧童、後世仇受天刑﹂とある。而して更にこの ヽヽ 天命即ち主命に次いで、さきに掲げられてゐる第二の天理は、同数故に於ても亦常に法理則の次位に規定されて ヽヽヽ ヽヽヽヽ ゐ ヽヽ 郎聖行、乃天然之誠。出自本心、自然而然者。﹂とあるに依って明らかであり、また第三の聖冶とは即ち警=n註

夢乃詣︵漢詩聖行又は聖則︶であつて、此等は何れも同数法規に於て遵守さるべき正法となつてゐるもので ある。 ヽヽ 次に所謂明徳に就いても眞詮の著者王岱輿は共著﹁清眞大審﹂に於て、虞主の数﹁なることを述べた後に、か の儒教の大峯の口吻を襲用して、これを下の如く説いてゐる。 ヽヽヽヽ ヽヽヽ 度数.一定、然後始知明徳之源。知明徳之源、而後明明徳。明明徳而後眞知。眞知而後知己。知己雨後心正。心 正雨後意誠。意誠而後舌定。否定而後身修。身修而後家奔。家斉而後圃冶云司。 然るに故に謂ふ明徳の眞意はまた必ずしも儒教に説く如き﹁大峯之道﹂に在るのではなくして、正教眞詮上巻 ヽヽヽ 虞賜の章に依れぼ、その明徳の源は箕に同数猫特の冒.ぎ!以娼嗣︵漢詩辟信又は誠信等︶に外ならない。郎 ヽヽヽヽヽ ヽヽヽ ち同車には﹁以購納三字乃西域本音、繹日郎明徳之源也。此乃眞主之動静賜之千人者。所以人達以其所賜方認得 眞主確嘗、故謂之眞賜、非受造之有也﹂と説かれてゐるのである。今この以購椚には舌上讃念と心中誠信との二 様の規定があり、其他にも種々の條件・断法・首然などが定められてはゐるが、要するにそれほ前掲の教義提要

参照

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